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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ネ35職務発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成17ワ14399職務発明対価請求事件 判例 特許
平成11ネ3208補償金請求控訴事件 判例 特許
平成16ネ2790損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成11ワ12699売買代金等請求事件 判例 特許
関連ワード 冒認出願(冒認) /  特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  業務範囲 /  現在または過去の職務(現在又は過去の職務) /  無償の通常実施権 /  相当の対価(相当な対価) /  製造方法 /  共同研究 /  共同発明 /  優先権 /  分割出願 /  時効 /  援用権(援用) /  存続期間 /  製造承認 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  対価 /  拡張 /  除斥 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 5323号 職務発明の対価請求事件
原告A
訴訟代理人弁護士 川中宏
同 浅野則明
同 森川明
同 岩橋多恵
同 藤浦龍治
被告 大塚製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 松本司
同 山形康郎
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2003/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は、原告に対し、金10億円及びこれに対する平成14年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、被告の従業員として新薬の開発に従事した原告が、新薬に用いられる化合物等の発明について、第1次的には、原告は被告に特許を受ける権利を譲渡していないのに、被告が特許を取得したことにより、原告の特許を受ける権利侵害して原告に損害を与え、又は不当に利得したと主張して、主位的に不法行為に基づく損害賠償を、予備的に不当利得の返還を求めるとともに、第2次的には、仮に原告が上記特許を受ける権利を被告に譲渡したとすれば、特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を求めるとした事案(ただし、いずれも一部請求である。また、それぞれ附帯請求として訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を求めている。)である。
1 前提となる事実(いずれも争いがない。) (1) 被告は、医薬品、動物用医薬品、医薬部外品、臨床検査、医療用具等の製造、販売、輸出及び輸入を目的とする株式会社である。
原告は、昭和43年に株式会社大塚製薬工場に入社し、昭和46年に被告に転籍し、平成元年9月に被告を退職した。
(2) 被告は、昭和48年から、β-アドレナリン作動薬の創製研究を行い、その結果、メプチン(一般名:プロカテロール)を気管支拡張剤として開発し、昭和55年12月から製剤の販売を始めた。メプチンは、日本では市場占有率1位の喘息治療薬である。
原告は、上記研究において、新規化合物の合成研究に従事した。メプチンは、原告及び他の研究者らによって新規に合成されたものである。
(3) 被告は、メプチンに関し、別紙特許一覧表記載のとおり、日本国において特許権を取得した(以下、別紙特許一覧表記載の各特許権を、その番号を付して「本件特許権1」等といい、これらを総称して「本件各特許権」という。) (4) 被告には、昭和47年1月1日実施の「発明考案取扱規程」(乙1)がある。
(5) 原告は、平成14年5月31日、本件訴えを提起した。
2 争点 (1) 原告から被告への日本国におけるメプチンの物質特許(本件特許権2)、
その用途特許(本件特許権3)並びにその原料についての物質特許2件(本件特許権6及び7)に関する特許を受ける権利の譲渡の有無等 〔原告の主張〕 ア 原告は、日本国においてメプチンの物質特許(本件特許権2)、その用途特許(本件特許権3)並びにその原料についての物質特許2件(本件特許権6及び7)の特許を受ける権利を被告に譲渡していない。原告は、メプチンの製法特許41件の特許を受ける権利(本件特許権1、4及び5に係る特許を受ける権利を含む。)を被告に譲渡したが、その時点では、日本国では物質特許は認められていなかったのであるから、物質特許を受ける権利を譲渡することはあり得ない。また、
原告は、ニュージーランドにおいてメプチンの物質特許の特許を受ける権利については、ニュージーランド特許法の関係で被告名義では出願できないので被告の特許担当部長であったB名義で出願するとの説明を被告から受け、Bに譲渡したが、これと日本国において特許を受ける権利とは別である。
被告が、その従業員であるBを介して、メプチンの物質特許の発明を、
原告の了解を得ないばかりか、原告に知らせることもなく日本国で冒認出願し、これが登録されたことによって、原告の日本国でメプチンの物質特許について特許を受ける権利は消滅した。また、メプチンの用途特許及び原料についての物質特許2件についても、本件特許権2に係る出願から分割出願し、これが登録されたことによって、原告の日本国でメプチンの用途特許及び原料についての物質特許2件の特許を受ける権利は消滅した。このように、被告は、原告が日本国においてメプチンの物質特許、その用途特許及びその原料についての物質特許2件の特許を受ける権利を失わせたのであって、これは原告に対する不法行為である。
被告は、自ら制定した発明考案取扱規程を有効なものとして主張しているが、被告研究所においてこの規程が掲示されるとかコピーが研究者に配付されることはなく、また、制定当時、研究所は徳島、特許担当部門は大阪にあって、普段の交流もなく、上記規程が有効に機能する状況にはなかった。
イ なお、不法行為に係る除斥期間の起算点は、被告名義による本件特許権2の設定登録日である昭和61年2月28日と解すべきである。
ウ また、同様に、被告は、メプチンの物質特許、その用途特許及びその原料についての物質特許2件を、原告に無断で、原告に知らせることもなく日本国で冒認出願してその特許を取得し、これを実施したことで利益を得ている。これは、
法律上の原因なく本件特許権2、3、6及び7の発明を実施したものであり、原告の損失において不当に利得したものである。
〔被告の主張〕 ア 本件に関し原告及び被告従業員である共同研究者らによってされた発明は、本件特許権1、4及び5を含む41件の製法特許に対応する発明であって、これと全く別個に、本件特許権2、6及び7の物質特許に係る発明をしたわけではなく、これらの物質特許は上記の製法特許により得られる物質をまとめたものにすぎない。被告は、発明考案取扱規程に基づき原告らから製法特許に対応する発明について特許を受ける権利の譲渡を受けたが、昭和51年まで日本国では物質特許が認められていなかったことから、まず日本国で製法特許を出願し、物質特許についてはニュージーランドで出願し、その優先権を利用して改めて日本国で物質特許を出願したものである。したがって、原告は、被告に対し、メプチンの製法特許を受ける権利を譲渡することで、物質特許を受ける権利も譲渡したものである。
仮にそうでないとしても、発明考案取扱規程第4条は、被告の従業員が完成させた職務発明に係る特許を受ける権利を被告に譲渡することを義務付けており、原告は、メプチンの物質特許、その用途特許及びその原料についての物質特許2件の特許を受ける権利を被告に譲渡している。
イ なお、メプチンの物質特許は、日本国での出願に先立ち、昭和50年4月29日にニュージーランドにおいて出願し、これを基礎として優先権を主張したものであるが、仮に、原告がメプチンの物質特許を受ける権利を被告に譲渡していなかったとしても、被告による不法行為はニュージーランドにおけるメプチンの物質特許出願であるから、本件訴えの提起以前に除斥期間が経過している。
(2) 不法行為による損害額及び不当利得の額 〔原告の主張〕 ア 被告は、原告の了解なく、その日本国においてメプチンの物質特許を受ける権利を失わせた。メプチンの発明は職務発明であるから、原告がその特許を受ける権利を被告に譲渡した場合には、これに対して相当の対価の請求権を有することになる。したがって、原告が被告の不法行為によって被った損害は、メプチンの物質特許の特許を受ける権利を被告に譲渡したときの相当の対価の額を下らない。
そして、後記(3)の原告の主張のとおり(ただし、原告が被告の不法行為によって損害を被ったのは、もっぱら本件特許権2についての特許を受ける権利侵害によるものである。)、原告が得ることができたはずの相当の対価の額は、25億2000万円となり、これが、原告が被告の不法行為により被った損害に当たる。
本件では、このうち10億円の損害賠償を請求する。
イ 被告は、原告のメプチンの物質特許についての発明を法律上の原因なく実施して利益を上げた。メプチンの発明は職務発明であるから、原告がその特許を受ける権利を被告に譲渡した場合には、これに対して相当の対価の請求権を有することになる。したがって、被告は、原告からメプチンの物質特許を受ける権利を譲り受けたときに支払うべき相当の対価を支払わない限度において利得をしていることになるから、相当の対価の額について不当利得が生じている。
相当の対価の額は後記(3)の原告の主張のとおり25億2000万円であるが、不当利得返還請求権の消滅時効期間(10年間)に鑑み、このうち本件訴訟の提起から10年を遡った時点からメプチンの物質特許の存続期間が満了するまでの約4年間分に相当する10億0800万円(25億2000万円×4/10)のうち、本件では10億円の不当利得返還を請求する。
ウ 原告は、メプチンの用途特許及び原料についての物質特許2件を受ける権利についても、被告に譲渡していないが、メプチンの物質特許が最も強力な効力を有するものであり、原告が被った損害ないし損失も、もっぱらこれに係るものであるから、本件訴訟では、被告が原告のメプチンの物質特許を受ける権利侵害したことによる損害ないし利得を主張する。
なお、特許法35条1項による無償の通常実施権は、使用者以外の者が特許権を設定登録した場合に発生するのであって、本件特許権2、3、6及び7のように、使用者である被告が特許権を設定したときには発生しない。
〔被告の主張〕 争う。
相当の対価の額についての主張の詳細は後記(3)の被告の主張のとおりである。
また、メプチンに係る原告の発明は職務発明に該当するから、被告は特許法35条1項により、無償の通常実施権を有していた。したがって、本件特許権2、3、6及び7の発明を実施したことによって得た利益は、法律上の原因に基づいて得られたものであって、不当利得は成立しない。
(3) 原告が受けるべき相当の対価の額 〔原告の主張〕 ア 本件特許権2、3、6及び7について特許を受ける権利が被告に譲渡されているとすれば、原告は、特許法35条3項に基づく相当の対価の請求権を有する。
発明について、物質特許と製法特許等が併存している場合においては、
物質特許が最も強力な効力を有するものであるから、発明者が受けるべき相当の対価の額の算定においては、物質特許(本件特許権2)のみを考慮すれば足りる。
被告は、昭和55年12月からメプチンの製剤を販売したが、メプチンの物質特許が登録された昭和60年6月25日からその特許の存続期間が満了する平成8年4月28日までのうち、昭和61年から平成7年までの間の被告によるメプチン製剤の総売上高は1200億円を下らない。
そして、このうち、被告がメプチンの物質特許を受ける権利承継したことによりその実施を独占することができたことに起因する部分は、50パーセントと評価するのが相当であり、実施料率は12パーセントと、当該発明における発明者の貢献度は50パーセントと、4名の共同発明者間の原告の貢献度は、開発に当たって原告が中心的な役割を果たしたことから70パーセントと評価するのが相当である。
したがって、原告が受けるべき相当の対価の額は、25億2000万円(1200億円×0.5×0.12×0.5×0.7)となるが、本件では、このうち10億円を請求する。
イ 被告は、本件各特許権について、原告に対し、出願補償及び登録補償以外に補償も報奨も支払っていない。なお、昭和56年2月に、社長表彰として30万円相当の腕時計を授与されたが、これは表彰に伴って授与された記念品であって、実績補償の性格は有さない。
〔被告の主張〕 ア 被告によるメプチン製剤の販売額は否認し、その余の主張は争う。
なお、メプチンの有効成分の合成は、公知の知見に被告の有していた知見を合わせれば、製薬合成を担当する研究者なら容易に想到し得たものであること、原告は、メプチンの合成研究において中心的な役割を果たしたものではなく、
合成研究に参加した4人の研究者の一人にすぎないこと、構造決定から製剤として完成するまで長期間を要したこと、さらに、新規化合物の合成は、製剤の完成に至るまでの第一歩にすぎず、製剤の完成までには多数者の関与、多額の経費、長期の時間を要することに照らせば、原告の貢献度は極めて低いものというべきであり、
原告が受けるべき補償額は、メプチン製剤の販売額に対して0.0025パーセント(0.01パーセントを発明者4名で4等分した数字)程度とされるべきである。
イ 被告は、原告に対し、本件各特許権について、発明考案取扱規程に従い、出願補償金(それぞれ3000円を発明者数である4で除した750円)及び登録補償金(それぞれ5000円を発明者数である4で除した1250円)を支払い(ただし、本件特許権2については、これに先立つ出願に係る製法特許の製法による目的物質を対象とした出願であり、既に製法特許において出願補償及び登録補償を支払っていたため、改めて出願補償及び登録補償は支払っていない。)、昭和56年2月に、実績補償としての意味を有する40万円相当の腕時計を授与した。
これにより、本件特許権2を含む本件各特許権について原告に対して支払うべき補償は支払済みである。
(4) 原告が受けるべき相当対価請求権についての消滅時効の起算点 〔被告の主張〕 被告の発明考案取扱規程によれば、実績補償は一回的な支払として規定され、「工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し、」と規定されているから、原告主張の相当対価請求権(実績補償)を行使することができる時とは、
各出願に係る特許が登録され、その実施状況の把握が可能となった時点であるというべきである。
メプチンの製剤は製造承認を得て昭和55年12月から販売が開始され、
その販売額は、薬事ハンドブック等で公開されているから、原告はその販売額等を知り得る立場にあった。また、本件各特許権の登録時期は別紙特許権目録記載のとおりであるが、最後に登録になった本件特許権3及び7の登録日である昭和62年4月22日には、メプチンの製剤の製造販売開始後6年半が経過している。したがって、原告主張の相当対価請求権(実績補償)の消滅時効の起算点は、遅くとも昭和62年4月22日であるというべきである。
そして、本件においては、昭和62年4月22日から本件訴えが提起された平成14年5月31日までに、既に10年が経過した。
仮に、実績補償請求権が各年ごとに発生するとしても、平成4年5月30日以前の請求権は、本件訴えの提起まで各10年が経過しているから、当該部分について、原告の実績補償請求権についての消滅時効は完成している。
また、原告は、昭和56年2月に、実績補償として40万円相当の金時計の交付を受けているのであるから、発明考案取扱規程による実績補償の対象となったことを認識できた。したがって、原告は、昭和56年以降、実績補償の不足額を請求することができたといえるから、本件訴えが提起された平成14年5月31日から10年を遡った平成4年5月当時において、原告が知り得たメプチンの販売額である、昭和55年から平成3年までの販売額についての実績補償請求権についての消滅時効は完成している。
被告は、上記消滅時効援用する。
〔原告の主張〕 職務発明について特許を受ける権利承継があった場合の対価請求権は、
特許出願に際して支払われる「出願補償」、特許権の設定登録がされたことに対して支払われる「登録補償」と、特許発明実施により使用者に利益が生じたことに対して支払われる「実績補償」に大別することができる。
そして、上記のうち、実績補償に関する対価請求権は、特許発明実施により使用者が利益を享受した時点で発生するのであるから、その時点が消滅時効の起算点である。すなわち、使用者が当該発明を独占することによって得られた利益が現実に明らかになっていなければ、従業者は相当の対価を算出できない。したがって、相当の対価請求権も、当該特許権から受けるべき利益の額の算定が実質的に可能となって初めて行使が可能となるものであり、それまでは消滅時効は進行しない。特許権は、存続期間があるから、その価値は存続期間満了による権利消滅時に初めて客観的に明らかになるものであり、その時点で特許権から受けるべき利益の額の算定が可能となる。
本件各特許権においては、そのうち出願日が最も遅いものの存続期間は平成8年4月28日までであるから、少なくともこの時点までは、消滅時効は進行していない。
また、職務発明を使用者に帰属させる代わりに相当の対価の請求権を認める特許法の趣旨は、従業者の利益を保護し、使用者と従業者の間の利害を調整しようとするものであるから、使用者は特許法35条に基づき自らが受けた利益の額を従業者に明らかにする義務を負っているものと解すべきである。使用者が従業者に対して自らが得た利益を明らかにしない限りは、従業者としても相当の対価の額を確定することができない(薬事ハンドブック等の数値はあくまでも推計値であるから、被告からメプチンの販売額等を開示されない以上、原告はそれらを知り得る立場にはなかった。)から、消滅時効の期間は進行しない。本件では、被告は自ら得た利益を明らかにしていないから、消滅時効の期間は進行していない。
さらに、被告主張の発明考案取扱規程は、労働者に対する周知を欠いており、就業規則としての有効性に疑問がある。仮に、これが有効であるとしても、実績補償については、支払時期も支払回数も定めておらず、毎年支払うことも、登録後一定時点で支払うことも、特許権の存続期間満了時に支払うことも可能な規定となっている。従業者としては、被告が上記規定に基づいて然るべき実績補償をしてくれるであろうと特許権の存続期間満了までは期待し得る。もっとも、その途中で被告が何らかの実績補償をしていたならば、不足分の対価請求権はその時点から消滅時効の期間が進行するといい得るが、本件のように、何らの実績補償もされていない場合には、特許権の存続期間が満了するまでは、被告が上記規定に基づいて実績補償を支払ってくれると期待して当然であって、この間は相当の対価の請求権の行使を期待することは法律上も困難である。よって、本件では、少なくとも平成8年4月28日までは、消滅時効の期間は進行していない。
また、原告は、昭和56年2月に、社長表彰として時計を授与されたが、
これは社長表彰の副賞であるし、発明考案取扱規程にも、実績補償は金銭として規定されているのであるから、この時計は実績補償の性格を有さない。
以上のとおりであるから、いずれにしても、平成14年5月31日に訴えを提起した本件においては、消滅時効の期間は経過していない。
当裁判所の判断
1 争点(1)(原告から被告への日本国におけるメプチンの物質特許〔本件特許権2〕、その用途特許〔本件特許権3〕並びにその原料についての物質特許2件〔本件特許権6及び7〕に関する特許を受ける権利の譲渡の有無等)について (1) 甲第1ないし第7号証の各1、2及び弁論の全趣旨によれば、メプチンに関する本件各特許権のうち、本件特許権2はメプチンの物質特許、同3は用途特許(薬剤)、同6、7は中間体の物質特許、同1、4及び5は製造法に関する特許であること、本件特許権2はニュージーランド国1975年(昭和50年)4月29日出願に基づく優先権主張に係るものであること、本件特許権3、6及び7はいずれも本件特許権2の出願からの分割出願によるものであること、本件特許権2、
3、6及び7の出願はいずれもBを出願人としてされたことが認められる。
そして、本件特許権1、4及び5に係る発明を含むメプチンの製造方法に関する41件の発明について、原告が特許を受ける権利を被告に譲渡したことは、
当事者間に争いがない。また、ニュージーランドにおいてメプチンの物質特許について特許を受ける権利を原告がBに譲渡したことは、原告の自認するところである。
(2) 前記第2の1(4)のとおり、被告には昭和47年1月1日実施の発明考案取扱規程が存在するところ、乙第1号証によれば、同規程は、被告において従業員に発明考案等を奨励するとともに、発明等の取扱い及び対価の支払について定め、
発明者としての権利を保障し、合わせて当該発明に係る特許権等の工業所有権の円滑な管理運用に資することを目的とするものであること(第1条)、従業員が被告の業務範囲に属する事項について発明をした場合は、別に定める様式により遅滞なく所属上長を経て発明考案審査委員会に届けなければならないこと(第3条)、従業員は第3条によって届け出た発明等で、それをなすに至った行為がその者の現在又は過去の職務に属する場合(特許法35条職務発明と称する。)は、それに基づく日本及び外国における工業所有権を受ける権利及び工業所有権を被告に譲渡しなければならないこと(第4条)、被告は第4条によって工業所有権を受ける権利を取得した場合は、審査の上必要と認めたものについては特許等の出願を行うこと(第7条)、第7条の審査及び対価の支払を公正適切に行うため発明考案審査委員会を置くこと(第8条)、第7条により特許等の出願を行った場合、被告はその発明者等に対し所定の補償金(出願補償)を支払うこと(第9条)、第7条による特許等の出願が登録になった場合、被告はその発明者等に対し所定の補償金(登録補償)を支払うこと(第10条)、上記委員会は、工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し、当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合は、その発明者等に対し補償金(実績補償)を支給すること(第11条)などの条項が定められていることが認められる。
(3) 乙第2号証(枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、上記(1)のとおり原告(及び共同発明者ら)から41件の発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けた後、日本国及び海外での特許出願及び登録に際し、発明考案取扱規程に基づき、発明考案審査委員会において出願補償及び登録補償の補償金支払の決定をし、社内の事務処理を経て原告及び共同発明者らに支払をしていること、
これに対し、原告及び共同発明者らから異議が述べられたようなこともなかったことが認められる。
(4) 特許法35条2項は、従業者等がした発明のうち職務発明以外のものについては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は無効とする旨規定しているが、その反対解釈として、職務発明については、「契約、勤務規則その他の定」でそのような条項を定めることは有効であると解されるところ、被告の発明考案取扱規程も、特許法35条にいう「契約、勤務規則その他の定」に当たるものというべきである。そして、
上記(3)の事実も併せ考えると、被告においては、上記発明考案取扱規程は従業員に周知され、従業員も同規程の存在を認識した上で、これによる取扱いに異議を述べてこなかったものと推認される。
そうすると、被告の従業員がした職務発明についての特許を受ける権利については、上記規程第4条の規定に基づき、発明者である従業員はこれを被告に譲渡する義務があったものである。そして、メプチンに関してなされた一連の発明のうち、本件特許権1、4及び5に係る発明を含むメプチンの製造方法に関する41件の発明については、原告が特許を受ける権利を被告に譲渡しており、また、本件特許権2の出願の優先権主張の基礎となったニュージーランドでの出願についても、原告は同国で特許を受ける権利を被告従業員のBに譲渡しているのである。化学物質についての物質特許を認めた昭和50年法律第46号により改正された特許法が昭和51年1月1日から施行されていることからすると、メプチンの物質特許である本件特許権2に係る特許出願が、本件特許権1、4及び5の製造法の特許出願に後れて、ニュージーランド出願に基づく優先権主張をして昭和51年にBを出願人として出願されたのは、我が国の特許法の規定や外国での出願手続上の制約の下で、特許出願手続上の技術的な理由に由来するものと推認される。
以上の事実によれば、本件特許権2に係る発明についての特許を受ける権利は、発明完成のころに、被告の発明考案取扱規程の定めに従い、原告(及び共同発明者)から被告に承継されたものと推認するのが相当である。これに反して、職務発明である本件特許権2について日本において特許を受ける権利を特に被告に承継することなく、原告に留保するような特段の事情があったこともうかがわれず、
かえって、そのような留保をするとすれば不自然なことといわねばならない。また、本件特許権3、6及び7については、本件特許権2の出願から分割出願されたものであるから、本件特許権2の特許を受ける権利が被告に承継されている以上、
これらの特許を受ける権利もまた被告に帰属したものというべきである。
(5) 原告は、メプチンの製法特許についての特許を受ける権利を被告に譲渡した時点では、日本国では物質特許は認められていなかったのであるから、日本国において物質特許の特許を受ける権利を譲渡することはあり得ないと主張する。
しかしながら、前記のとおり、被告においては、発明考案取扱規程によって、職務発明について特許を受ける権利を使用者等に譲渡することが義務付けられていたのであるから、同規程に基づき発明者である従業員が被告に職務発明についての特許を受ける権利を譲渡したときは、当事者間において特に一部の権利について譲渡を留保した等の特段の事情がない限り、その発明に関して現在及び将来にわたって特許を受ける権利の一切が被告に譲渡されたものと認めるのが相当である。
メプチンの物質特許である本件特許権2については、前記のとおり、物質特許制度を認めた昭和50年改正特許法の施行を待って出願が可能になったものであるが、
これに先立って、同じ発明について、原告から出願手続上の必要により被告従業員にニュージーランドでの特許を受ける権利が譲渡され、同国で出願されていることからみても、同発明の日本における特許を受ける権利の一切は被告に譲渡されたものと認められる。物質特許制度が我が国で認められる前に物質とその製法について発明をした者が、その特許を受ける権利を使用者に譲渡した場合には、将来物質特許が認められるようになったときに当該物質について特許を受ける権利も含めて、
譲渡がされたものと解すべきである。このように解さなければ、職務発明について特許を受ける権利を使用者等に譲渡した後になって、特許法制の改正によって新たな分類や方法で特許を受けることが可能となったときに、発明者の下に再び特許を受ける権利が生じるという、いずれの当事者も予定していなかった事態を招くこととなって相当ではない。
なお、本件特許権2自体については、原告に対する出願補償金及び登録補償金を支払っていないことは被告が自認するところであるが、本件特許権2の出願(昭和51年4月28日)以前に、その製法に関する発明の出願補償金及び登録補償金として41件分の補償金を支払っていたため、改めて本件特許権2についての出願補償金及び登録補償金を支払わなかったという被告の主張も、首肯できないものではないから、上記事実も前記認定を左右するものではない。
その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない。
(6) 以上によれば、日本国におけるメプチンの物質特許(本件特許権2)、その用途特許(本件特許権3)並びにその原料についての物質特許2件(本件特許権6及び7)に関する特許を受ける権利は、原告から被告に譲渡され、被告に帰属するに至ったものというべきであるから、これらの権利の承継がされていないことを前提とする、原告の不法行為による損害賠償請求及び不当利得返還請求は、いずれも理由がない。
2 争点(4)(原告が受けるべき相当対価請求権についての消滅時効の起算点)について (1) 特許法35条3項は、「従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、
職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ(中略)たときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定しており、勤務規則等で職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させることを義務付けている場合には、そのような勤務規則等の定めに従って、従業者が使用者に職務発明についての特許を受ける権利承継させたときに、従業者は相当の対価を受ける権利を取得することになる。そして、勤務規則等に対価の支払時期の定めがある場合には、その定めによる支払時期が到来するまでの間は、相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして、その支払を求めることができないものというべきである(最高裁判所第三小法廷平成15年4月22日判決・民集57巻4号477頁参照)。
これを本件についてみるに、被告には発明考案取扱規程が存在し、同規程は、被告における職務発明については特許を受ける権利を被告に譲渡することを義務付けるとともに、その場合の補償金として、出願補償、登録補償が支払われるほか、実績補償も支払われる場合があることは、前記のとおりである。実績補償についての上記規程第11条の規程は、「委員会〔同規程第8条によって被告に設置される発明考案審査委員会を指す。〕は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し、委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においては、その発明等をなした者に対して補償金を支給する。(50,000円以上)」というものである(乙第1号証)。
上記発明考案取扱規程の実績補償に関する条項によれば、実績補償は、発明の実施後、その効果を検討した上で、補償金を支給するものと規定するにとどまっており、一義的に明確な支払回数や支払時期の定めがあるとはいえない。
ところで、職務発明についての特許を受ける権利を使用者に承継させた場合に従業者が受けるべき相当の対価の請求権は、前記のとおり、承継のときに発生するものである。この相当の対価の額は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」(特許法35条4項)ものであるが、相当の対価の額の算定に当たって、当該特許発明を使用者等が実施したこと等により使用者等が得た利益など、承継後の事情が判明するときにこれを参酌することは可能であるが、対価の請求権の発生時において、特許法35条4項の定める「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」についても、客観的に見込まれる利益の額は算定可能であり、
権利の発生時に対価の額も定まるといえる。上記のとおり、勤務規則等による支払時期の定めは、相当の対価の請求権を行使するに際しての法律上の障害にすぎないことを考慮すれば、被告の発明考案取扱規程による実績補償の支払時期は、特許権の登録後、被告が発明を実施したときに到来するものと解するのが相当である。
この点につき、原告は、実績補償は特許の実施により使用者等が利益を享受した時点で対価請求権が発生すると主張するが、既に述べたところに照らして採用することができない。
また、原告は、使用者等が現実に得た利益が算定可能にならなければ対価請求権の行使は可能とならず、特許権は存続期間があるから、その価値は存続期間満了時になって初めて客観的に明らかになる旨主張するが、相当の対価の額を算定するに当たって、使用者等が現実に得た利益の額は、これが判明する場合には参酌し得るけれども、これが明らかでなければ相当の対価が定まらないというものではないことは既に述べたとおりであり、特許権の存続期間満了を待たなければ相当の対価の額の算定が不可能ないし著しく困難という性質のものではない。原告の上記主張も採用することができない。
さらに、原告は、上記発明考案取扱規程の規定が、実績補償について、支払時期も支払回数も定めておらず、毎年支払うことも、登録後一定時点で支払うことも、特許権の存続期間満了時に支払うことも可能な規定となっていると主張するが、既に述べたとおり、発明者は、特許権が登録され、被告が発明を実施した時点で実績補償に係る対価請求権を行使することができるのであるし、上記規程の定めに照らすと、特許権の存続期間が満了するまでは、被告が実績補償を支払ってくれると期待して当然であるということもできないから、対価請求権の行使を期待することが法律上困難であるということもできない。
(2) 以上を前提として、本件特許権2、3、6及び7について、特許を受ける権利を被告に譲渡したことによる対価請求権の消滅時効の起算点について判断する。
前記第2の1(3)のとおり、本件各特許権は、昭和53年11月30日から昭和62年4月22日までの間に順次登録され、このうち本件特許権2は昭和61年2月28日に、同3は昭和62年4月22日に、同6は昭和61年12月24日に、同7は昭和62年4月22日にそれぞれ登録されている。
一方、前記第2の1(2)のとおり、被告がメプチンの製剤を販売し始めたのは昭和55年12月である。
以上によれば、原告が相当の対価請求の算定対象としている本件特許権2については、特許を受ける権利承継による対価請求権のうち実績補償に係る部分は、本件特許権2が昭和61年2月28日に登録されたことによって、原告において行使することができる状態となったと認められる。
したがって、本件特許権2についての対価請求権の消滅時効の起算点は、
最も遅くとも昭和61年3月1日であるというべきであり、原告が本訴を提起した平成14年5月31日より前に、その時効期間が経過していることは明らかである。また、その余の本件特許権3、6及び7をみても、最も遅い登録日は、昭和62年4月22日であるから、これを基準としても消滅時効期間が経過していることに変わりはない。
なお、権利の行使につき事実上の障害がある場合には消滅時効期間は進行しないことがあるとしても、被告従業員であった原告が被告を退職した時から本件訴訟の提起まで既に10年が経過した本件においては、その消滅時効期間が経過していることも明らかである。
(3) 以上によれば、本件特許権2、3、6及び7についての特許を受ける権利承継による相当の対価請求権は、時効によって消滅したものというべきである。この点の被告の主張は理由がある。
3 結論 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。 なお、原告は、本件口頭弁論終結後に弁論再開の申立てをするとともに、平成15年10月28日付け第11準備書面を提出したが、それらの内容を検討しても、上記認定判断を左右するものではなく、弁論を再開する必要を認めない。
よって、主文のとおり判決する。
追加
(別紙)特許一覧表1.名称カルボスチリル誘導体の製造法出願日昭和49年6月13日出願番号S49-67823登録日昭和53年11月30日特許番号第934287号2.名称新規カルボスチリル誘導体出願日昭和51年4月28日出願番号S51-47892登録日昭和61年2月28日特許番号第1304078号3.名称新規カルボスチリル誘導体を含有する気管支拡張分割出願日昭和59年10月15日出願番号S59-214095(前記2の分割出願)登録日昭和62年4月22日特許番号第1376213号4.名称カルボスチリル誘導体の製造法出願日昭和49年5月22日出願番号S49-58317登録日昭和53年11月30日特許番号第934280号5.名称カルボスチリル誘導体の製造法出願日昭和49年5月22日出願番号S49-58315登録日昭和53年11月30日特許番号第934279号6.名称新規カルボスチリル誘導体分割出願日昭和59年10月15日出願番号S59-214098(前記2の分割出願)登録日昭和61年12月24日特許番号第1355287号7.名称新規カルボスチリル誘導体分割出願日昭和59年10月15日出願番号S59-214097(前記2の分割出願)登録日昭和62年4月22日特許番号第1376214号以上
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 田中秀幸
裁判官 守山修生
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