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関連審決 異議1999-73608
関連ワード 創作性(創作) /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  相違点の認定 /  上位概念 /  技術常識 /  化学構造 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  参酌 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 /  忌避 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 409号 特許取消決定取消請求事件
原告 ロレアル
訴訟代理人弁理士 志賀正武
同 船山武
同 高橋詔男
同 渡邊隆
同 実広信哉
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 大宅郁治
同 一色 由美子
同 森田 ひとみ
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告の受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第73608号事件について平成13年4月26日にした決定をいずれの請求項についても取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ケラチン繊維の酸化染色組成物と,この組成物を使用した染色方法」とする特許第2880110号(1995年1月19日にフランス国においてした特許出願に基づきパリ条約4条による優先権を主張して平成8年1月18日登録出願(以下「本件出願」という。)。平成11年1月29日登録。
以下「本件特許」という。請求項の数は16である。)の特許権者である。
本件特許の請求項1ないし16のすべてについて,登録異議の申立てがなされ,その申立ては,平成11年異議第73608号として審理された。原告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。本件訂正後の請求項の数は16である。本件訂正に係る発明のうち請求項1に係る発明を「本件訂正発明」といい,訂正後の全文訂正明細書(甲第9号証)を「本件明細書」という。本件出願の願書に図面は添付されていない。)を請求した。特許庁は,審理の結果,平成13年4月26日に,「特許第2880110号の請求項1ないし16に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年5月18日にその謄本を原告に送達した。出訴期間として90日が付加された。
2 本件訂正発明 「【請求項1】 染色に適した媒体中に、
-パラ-フェニレンジアミン、2-メチル-パラ-フェニレンジアミン、および酸とのそれらの付加塩類から選択される少なくとも1つの第1の酸化塩基、
-次の式(I): 【化1】 [上式(I)中、R1は、水素原子、またはC 1-C 4のアルキル基、C 1-C 4のモノヒドロキシアルキル基、またはC 2-C 4のポリヒドロキシアルキル基を表し; R2およびR 3は、同一でも異なっていてもよく、水素原子、またはC 1-C 4のアルキル基、もしくはC1-C 4のヒドロキシアルコキシ基を表し、
R4は、C 1-C 4のアルコキシ基、C 1-C 4のアミノアルコキシ基、C 1-C 4のモノヒドロキシアルコキシ基またはC 2-C 4のポリヒドロキシアルキル基、または2,4-ジアミノフェノキシアルコキシ基を表し、R1が水素原子を示す場合、R2およびR 4は同時にβ-ヒドロキシエチルオキシ基を示さず、R 1、R 2およびR 3が同時に水素原子を示す場合、R4はメトキシ以外のものである] で示されるメタ-フェニレンジアミン誘導体類、および酸とのそれらの付加塩から選択される少なくとも1つの修正剤、
-次の式(II): 【化2】 [上式(II)中、R5は、C 1-C 4のアルキル基、C 1-C 4のモノヒドロキシアルキル基、またはC2-C 4のポリヒドロキシアルキル基を表し; R6は、C 1-C 4のモノヒドロキシアルキル基、またはC 2-C 4のポリヒドロキシアルキル基を表し; R7は、水素原子、C 1-C 4のアルキル基、またはC 1-C 4のアルコキシ基、またはハロゲン原子を示す] で示される第3級パラ-フェニレンジアミン誘導体類、および酸とのそれらの付加塩類から選択される少なくとも1つの第2の酸化塩基、
を含有するが、ただし2-ヒドロキシ-4-アセチルアミノフェノキシエタノールを含有しないことを特徴とするヒトの髪等のケラチン繊維の酸化染色組成物。」 3 決定の理由 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,@本件訂正発明は,特開昭48-52948号公報(甲第5号証。以下,決定と同じく「刊行物2」という。),特開昭56-5410号公報(甲第6号証。以下,決定と同じく「刊行物3」という。),特開昭54-62335号公報(甲第7号証。以下,決定と同じく「刊行物4」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許出願の際独立して特許を受けることができず,本件訂正請求は,特許法120条の4第3項において準用する同法126条4項の規定に違反し認められない,A本件特許の請求項1ないし15に係る発明は,特開昭60-58468号公報(甲第4号証。以下,決定と同じく「刊行物1」という。)に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当する,B本件特許の請求項2ないし16に係る発明は,刊行物2ないし4に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができるから,特許法29条2項に該当する,というものである。
決定は,上記結論を導くに当たり,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との一致点及び相違点について,次のとおり述べた。
「両者は,第1の酸化塩基,修正剤,式(TT)で示される第2の酸化塩基を含有するケラチン繊維の酸化染色組成物である点で一致し,修正剤が,前者は式(T)で示されるメタ-フェニレンジアミン誘導体類であるのに対して,後者は,修正剤としてメタフェニレンジアミン類と記載されているのであって,2,4-ジアミノアニソール等例示されているものに限定されるものではないから,少なくとも染毛剤において用いられるm-フェニレンジアミン類であれば適用できることが示され,特に置換基が限定されてないメタ-フェニレンジアミン誘導体である点で相違する。」
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,刊行物2に記載された発明の認定を誤り,その結果,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との一致点・相違点の認定を誤って,相違点を看過し(取消事由1),仮にそうでないとしても,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との相違点(決定自身が認定した相違点)についての判断を誤ったものであり(取消事由2),これらの判断の誤りが,それぞれ,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(刊行物2に記載された発明の認定の誤りによる一致点・相違点の認定の誤り) 決定は,刊行物2に,「第1の酸化塩基,第2の酸化塩基,及び修正剤として,m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール又はm-トルエンジアミン等のm-フェニレンジアミン類を含有する染毛組成物が記載されているものと認められる。」(決定書9頁12行〜15行)と認定し,この認定を前提にした上で,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との一致点・相違点について,「両者は,第1の酸化塩基,修正剤,式(TT)で示される第2の酸化塩基を含有するケラチン繊維の酸化染色組成物である点で一致し,修正剤が,前者(判決注・本件訂正発明)は式(T)で示されるメタ-フェニレンジアミン誘導体類であるのに対して,後者(判決注・刊行物2に記載された発明)は,修正剤としてメタフェニレンジアミン類と記載されているのであって,2,4-ジアミノアニソール等例示されているものに限定されるものではないから,少なくとも染毛剤において用いられるm-フェニレンジアミン類であれば適用できることが示され,特に置換基が限定されてないメタ-フェニレンジアミン誘導体である点で相違する。」(決定書9頁16行〜23行)と認定した。しかし,決定の刊行物2に記載された発明の認定は誤りであり,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との一致点・相違点の認定も,上記誤りを前提にする限りにおいて誤りである。
(1) 決定は,刊行物2の「本発明に使用されるパラ成分のほかに,他の既知のパラ成分例えば,p-トルエンジアミン,p-アミノフェノール,p-アミノジフェニルアミン,4,4’-ジアミノジフェニルアミン,p-フェニレンジアミン,2,6-ジメチル-p-フェニレンジアミン,2,5-ジアミノピリジン等を存在させることができる」(甲第5号証4頁左下欄13行〜19行)との記載中のp-トルエンジアミン及びp-フェニレンジアミンの記載を根拠に,刊行物2に,本件訂正発明の「第1の酸化塩基」が記載されていると認定した。
しかし,刊行物2の上記記載は,「本発明に使用されるパラ成分のほかに,・・・存在させることができる。」と表現されていることから分かるように,刊行物2記載の発明に必須のパラ成分(酸化塩基)に加えて,必要であれば配合してもよい他の任意の成分としていくつかの酸化塩基を挙げたものにすぎず,これらの酸化塩基を刊行物2における染色組成物を構成する必須の成分としたものではない。しかも,本件訂正発明の「第1の酸化塩基」に相当するp-トルエンジアミン(2-メチル-パラ-フェニレンジアミンに相当する。)及びp-フェニレンジアミンは,刊行物2に記載された任意の酸化塩基の中の一部にすぎない。多数の酸化塩基の中から,p-トルエンジアミン及びp-フェニレンジアミンだけを取り上げて,第1の酸化塩基の使用が必須の構成要件として刊行物2に開示されているということはできず,示唆されているということもできない。
刊行物2の上記記載からは,第1の酸化塩基+修正剤+第2の酸化塩基の組合せに係る発明が同刊行物に記載されていると認めることはできない。
決定が,刊行物2の上記記載を根拠に,同刊行物に本件訂正発明の第1の酸化塩基+修正剤+第2の酸化塩基の組合せの発明が記載されている,と認定したのは誤りであり,この認定を前提とする本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との一致点・相違点の認定も誤りである。
(2) 本件訂正発明は,「パラフェニレンジアミン又は2-メチル-パラ-フェニレンジアミン(あるいはそれらの塩)である第1の酸化塩基」+「特定の化学構造(式TT)を有する第2の酸化塩基」+「特定の化学式(式T)を有する修正剤」の具体的な組合せを特徴とする酸化染色組成物である。このような特定の複数の成分の具体的な「組合せ」に特徴を有する酸化染色組成物に係る発明の進歩性の判断に当たって本件訂正発明と比較されるべき従来技術は,当然に過去に存在していた酸化塩基と修正剤との具体的な「組合せ」であるべきである。
刊行物2において,酸化塩基と修正剤との具体的な組合せは,実施例について記載した部分(甲第5号証10頁右下欄9行〜13頁右上欄4行に記載された例8〜例17)に開示されているだけである。例8ないし例17の中で,本件訂正発明と比較対照されるべき従来技術は,本件訂正発明に最も近い酸化塩基と修正剤との組合せを開示している例14及び例17である。
この例14及び例17によるときは,刊行物2には,本件訂正発明における第1の酸化塩基と第2の酸化塩基とを組み合わせ,これに修正剤として,2,4-ジアミノアニソール(又はその硫酸塩)を使用した発明が開示されている,と認めるのが合理的である。
刊行物2に記載された発明のこのような認定を前提にするならば,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明とは,第1の酸化塩基,第2の酸化塩基を含有する酸化染色組成物である点で一致し,本件訂正発明では修正剤として式(T)の化合物を使用しているのに対し,刊行物2に記載された発明では,修正剤として式(T)の化合物は使用しておらず,2,4-ジアミノアニソールを使用しているという点で相違する,と認定すべきである。
決定は,その判断の基礎となる一致点・相違点の認定を誤っている。この誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) 決定は,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との相違点(決定自身が認定した相違点)について,同相違点に係る本件訂正発明の構成は刊行物2ないし4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた,と判断した。仮に,決定の本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との相違点の認定が正しいとしても,上記判断は誤りである。
(1) 被告の主張する基本的な考え方について 被告は,酸化染色組成物の分野においては,修正剤を適宜代えることは当業者が通常行っていることであり,染色の結果も視覚で直ちに確認することができ,染色特性の確認も当然行うことであり,新たな酸化染色組成物を得ることを目的として,既知の酸化塩基と既知の修正剤の組合せを検討することは,当業者が有する通常の創作能力の発揮であるから,既知の酸化塩基と既知の修正剤の組合せには,阻害要因が存在しない限り,格別の工夫を要しない,と主張する。
被告が,修正剤を適宜代えることは当業者が通常行っていることであるから,従来よりも優れた染色特性を有する,特定の化学式を有する酸化塩基と特定の化学式を有する修正剤の組合せを見いだすことが容易であるというのであれば,その考え方は誤りである。本件出願の優先日前において,染色に有効な酸化塩基として機能する化合物は多数存在し,かつ,修正剤として機能する化合物も多数存在していた以上,酸化染色組成物の技術分野の当業者が,酸化塩基と修正剤の組合せを研究するに当たって,修正剤を適宜代える程度で,従来よりも優れた染色特性を有する特定の酸化塩基と特定の修正剤の組合せを容易に見いだすことができた,などということは,あり得ないことである。
(2) 刊行物2に記載された発明と刊行物3に記載された発明との組合せについて ア 刊行物3に,本件訂正発明の修正剤に相当する2,4-ジアミノブトキシベンゼンについての記載が存在することは,事実である。しかし,同刊行物には,これを,本件訂正発明で使用される第1の酸化塩基及び第2の酸化塩基と組み合わせて使用すべきことについては,何らの記載もなく,これを示唆する記載もない。
イ 刊行物3には,2,4-ジアミノブトキシベンゼンが,光,天候,シャンプー,汗に対して良好な安全性を持つ呈色を生じる旨が記載されている。
しかし,酸化染色組成物による染色状態は,酸化塩基と修正剤との重合物質によってもたらされるものであるから,当該染色状態の光,天候,シャンプー及び汗等への耐性は,修正剤のみによって決定されるのではなく,当該組成物において組み合わされている酸化塩基と修正剤の両者に依存するというのが当業者の常識である。二つの酸化染色組成物の染色状態の相対的優劣は,あくまで,それぞれの組成物において使用される酸化塩基と修正剤との組合せによって決定されるのであり,決して修正剤のみによって決定されるものではない。
刊行物3の上記記載は,あくまで2,4-ジアミノブトキシベンゼンを修正剤として使用すれば一般に受け入れられるレベルの安定性を備えた染色状態を得ることができる旨を漠然と示すにとどまり,2,4-ジアミノブトキジベンゼンを特定の酸化塩基と組み合わせた場合にどの組合せが他の組合せよりも相対的に優れた染色特性をもたらすのか,といった点までをも開示するものではない。
刊行物3に記載された2,4-ジアミノブトキシベンゼンを,本件訂正発明の第1の酸化塩基であるパラフェニレンジアミン又は2-メチル-パラフェニレンジアミン,並びに,第2の酸化塩基である式(TT)の第3級パラフェニレンジアミン誘導体と組み合わせた場合に,他の酸化塩基との組合せよりも優れた染色特性(高耐汗性,低選択性等)をもたらす保証となるものは,刊行物3には記載も示唆もされていないのであるから,当業者といえども,同刊行物の記載に基づいて,刊行物2記載の酸化染色組成物の修正剤として2,4-ジアミノブトキシベンゼンを採用して従来よりも優れた染色特性を得ることなど,容易に想到することができるはずがないのである。
@パラフェニレンジアミン(酸化塩基)と2,4-ジアミノブトキシベンゼン(修正剤)との組合せから成る酸化染色組成物と,Aパラフェニレンジアミン(酸化塩基)と2,4-ジアミノアニソール(修正剤)との組合せから成る染色組成物についての比較実験結果(甲第14号証の実験成績証明書)によれば ,@の組合せよりもAの組合せの方が毛髪の染色状態の着色力及び耐光性の点で明らかに優れていることが認められる。
刊行物3記載の2,4-ジアミノブトキシベンゼンを修正剤として使用すれば,刊行物2記載の2,4-ジアミノアニソールを修正剤として使用する場合に比べて,酸化塩基にかかわらず,必ず優れた染色特性が得られる,というわけではないことは明らかである。
ウ 刊行物3には,2,4-ジアミノアニソール及び2,4-ジアミノエトキシベンゼンが突然変異誘発性が高いのに対し,2,4-ジアミノブトキシベンゼンが突然変異誘発性がないとの記載がある。
しかし,それは,あくまで2,4-ジアミノブトキシベンゼンが突然変異誘発性の面で優れていることを示しているのであって,酸化塩基と組み合わせて得られた染色状態の耐性,選択性及び着色力の面で優れているかどうかを示しているものではない。刊行物3には,2,4-ジアミノブトキシベンゼンを特定の酸化塩基と組み合わせる場合に,どの酸化塩基と組み合わせた場合に他の酸化塩基と組み合わせた場合よりも相対的に優れた染色特性をもたらすのか,といった情報は記載も示唆もされていない。
本件訂正発明のそもそもの目的は,「特に耐性があり,選択性が低く,強い着色力を生じる新規の染料類を得ること」であり,突然変異誘発性の低減ではない。
エ 刊行物2には,同刊行物記載の発明に使用すべきメタフェニレンジアミン類としては,m-フェニレンジアミン及び2,4-ジアミノアニソール及びm-トルエンジアミンだけが例示されており,他のメタフェニレンジアミン系化合物については記載も示唆もされてはいない。そうである以上,m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール及びm-トルエンジアミン以外の化合物をメタフェニレンジアミン類として採用することには明らかな阻害要因が存在し,これを採用することは,当業者といえども容易にはできなかったというべきである。
(3) 刊行物2に記載された発明と刊行物4に記載された発明との組合せについて ア 刊行物4には,本件訂正発明の修正剤に相当する2,4-ジアミノフェノキシエタノールを,本件訂正発明で使用される第1の酸化塩基及び第2の酸化塩基と組み合わせて使用すべきことについては,何らの記載もなく,これを示唆する記載もない。
イ 刊行物4の記載には刊行物2に記載された発明と刊行物4に記載された発明とを組み合わせることを阻害する要因が含まれている。
刊行物4には,2,4-ジアミノフェノキシエタノールを修正剤として用いて,もともとグレイの毛髪に対して染色を行った場合と,漂白して白くした毛髪に対して染色を行った場合とでは,染色状態が目に見えて異なることが示されている(刊行物4第7頁右上欄の表参照。)。このように,毛髪の状態の違いで得られる染色状態が異なる結果となる,いわゆる「選択性」は,毛髪の染料組成物では忌避されるべき性質であり,酸化染色組成物としてはできるだけ選択性の低いものが当然に好ましい。
当業者は,酸化染色組成物として好ましくない選択性が表れることが刊行物4に記載されている2,4-ジアミノフェノキシエタノールの使用を回避しようとするはずである。
むしろ,選択性が現れることが刊行物4から予想される2,4-ジアミノフェノキシエタノールを使用しても,特定の第1の酸化塩基及び第2の酸化塩基とともに使用すれば,選択性が低い染色状態が得られるという点は,当業者にとっても予想外の驚くべきことであるから,この点からも本件訂正発明の刊行物2及び4に記載の発明に対する進歩性が認められるべきである。
(4) 本件訂正発明の効果の予測性について 本件訂正発明は,当業者の予測しえなかった顕著な効果を奏する。このことは,本件明細書の段落【0041】〜【0054】の記載や,平成12年7月7日付け特許異議意見書(甲第10号証)添付の実験成績証明書,平成13年3月5日付け意見書(甲第12号証)添付の実験成績証明書に記載された実験結果等からも明らかである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(刊行物2に記載された発明の認定の誤りによる一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 刊行物2には,「なお,本発明は次の態様で実施することができる。」(甲第5号証13頁右上欄7行)として, 「(15) R1及びR 2は2-オキシエチル基,R 3及びR 4は水素原子を示し,p-フェニレンジアミンを含有する前記第1項(判決注・「アルキル基又はアルコキシ基が1〜6個の炭素原子を有し,オキシアルキル基が2〜6個の炭素原子を有する特許請求の範囲記載の染毛剤。」)記載の染毛剤。
(16) R1及びR 2は2-オキシエチル基,R 3及びR 4は水素原子を示し,p-トルエンジアミンを含有する前記第1項記載の染毛剤。」(甲第5号証13頁右下欄3行〜8行) との記載がある。
刊行物2には,実施例14,15,17において,p-フェニレンジアミンを含有する染色組成物が記載されている。
刊行物2には,その特許請求の範囲に示される成分に含まれる本件訂正発明の第2の酸化塩基に相当する成分と,p-フェニレンジアミン,p-トルエンジアミンとの配合を否定する記載はない。
以上によれば,刊行物2には,本件訂正発明の第2の酸化塩基に加えて,本件訂正発明の第1の酸化塩基に相当するp-フェニレンジアミン及びp-トルエンジアミンを配合する酸化染毛組成物が記載されているということができる。決定が,刊行物2に本件訂正発明の第1の酸化塩基と第2の酸化塩基とを組み合わせて使用することが記載されていると認定したのは正当である。
(2) 原告は,特許公報に記載された技術を従来技術としてある酸化染色組成物の新規性進歩性等の特許性を議論する場合には,当該特許公報の「実施例」の部分に開示される酸化塩基と修正剤との組合せを対比検討の対象となる発明としなければならず,本件の刊行物2においては,実施例14,17がこれに当たる,と主張する。
しかし,刊行物2に記載された発明の認定の基礎となるのは,実施例に記載されている事項に限られず,実施例以外の部分に記載されている事項や,同刊行物に記載されている事項に技術常識参酌することにより,当業者が刊行物2に記載されている事項から導き出せる事項も,認定の基礎とすることができる,と解すべきである。
刊行物2には,「本発明の酸化染料組成物中に普通使用されるm-フェニレンジアミン類の例としてはm-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール,及びm-トルエンジアミンがある。」(5頁左上欄7行〜10行)として,m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール,及びm-トルエンジアミンはあくまでも例示であることが示され,刊行物2記載の酸化染毛組成物の実施例(8ないし17)のすべてにおいて,上記m-フェニレンジアミン類を配合することが記載されている。
決定が,刊行物2に,修正剤として,「m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール又はm-トルエンジアミンなどのm-フェニレンジアミン類を含有する染毛組成物が記載されているものと認められる。」と認定したことに誤りはなく,これに基づく一致点・相違点の認定にも誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 酸化塩基と修正剤とを組み合わせて使用する酸化染色組成物の技術分野においては,既知の酸化塩基と既知の修正剤とを適宜組み合わせて,その染色効果を検討し,所望の酸化染色組成物を得ることがごく普通に行われている(乙第1,第2号証参照)。しかも,染色の結果は,視覚で直ちに確認することが可能であり,このような確認作業は,当業者が染色組成物の開発に当たって当然に行うことであって,困難なものではない。新たな酸化染色組成物を得ることを目的として,既知の酸化塩基と既知の修正剤の組合せを検討することは,当業者が有する通常の創作能力の範囲内のことであって,その組合せに阻害要因が存在しない限り,格別の創意工夫を要しないことが明らかである。
(2) 刊行物2に記載された発明と刊行物3に記載された発明との組合せについて 刊行物3には,m-フェニレンジアミン類の一種である2,4-ジアミノ-ブトキシベンゼンが,本件訂正発明記載の第1の酸化塩基又は第2の酸化塩基と組み合わせて使用されること,修正剤としてのm-フェニレンジアミン類の中でも2,4-ジアミノアニソール等と比較して特に優れていることが記載されているのであり,刊行物2においてm-フェニレンジアミン類として記載され,具体的には2,4-ジアミノアニソール等が例示されている修正剤を,刊行物3記載の2,4-ジアミノ-ブトキシベンゼンに置き換えることは,刊行物3に,十分な動機付けとなり得る程度の記載がある,というべきである。
(3) 刊行物2に記載された発明と刊行物4に記載された発明との組合せについて 刊行物4には,m-フェニレンジアミン類の一種である2,4-ジアミノフェノキシタールが,本件訂正発明の第1の酸化塩基又は第2の酸化塩基に当たるものと組み合わせて使用されること,修正剤としてのメタフェニレンジアミン類の中でもトルエンジアミン,m-フェニレンジアミン等と比較して特に優れていることが記載されているのであり,刊行物2においてメタフェニレンジアミン類として記載され,具体的には2,4-ジアミノアニソール等が例示されている修正剤を,刊行物4記載の2,4-ジアミノフェノキシタールに置き換えることについては,刊行物4に,十分な動機付けとなり得る程度の記載がある,というべきである。
(4) 本件訂正発明の効果の予測性について ア 上記のとおり,2,4-ジアミノ-ブトキシベンゼンが修正剤として特に優れていることが刊行物3に記載されている以上,刊行物2に記載された修正剤を刊行物3に記載された2,4-ジアミノ-ブトキシベンゼンに置き換えて得た酸化染毛組成物が優れた効果を有することは,当業者であれば十分に予測することが可能な事項である。
イ 上記のとおり,2,4-ジアミノフェノキシタールが修正剤として特に優れていることが刊行物4に記載されている以上,刊行物2に記載された修正剤を刊行物4記載の2,4-ジアミノフェノキシエタノールに置き換えて得た酸化染毛組成物が優れた効果を有することは,当業者であれば十分に予測することが可能な事項である。
ウ 本件明細書【0041】〜【0054】の記載及び実験結果(甲第10,第12号証)は,何ら,刊行物2に記載された修正剤を刊行物3又は4に記載された修正剤に置き換えて得た酸化染色組成物が,予想外の著しく優れた効果を有することを示すものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物2に記載された発明の認定の誤りによる一致点・相違点の認定の誤り)について (1) 決定は,刊行物2に「第1の酸化塩基,第2の酸化塩基,及び修正剤として,m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール又はm-トルエンジアミン等のm-フェニレンジアミン類を含有する染毛組成物が記載されているものと認められる。」(決定書9頁12行〜15行)と認定した。
原告は,決定が上記認定の根拠として挙げる,刊行物2中の「本発明に使用されるパラ成分のほかに,他の既知のパラ成分例えばp-トルエンジアミン,・・・p-フェニレンジアミン・・・等を存在させることができる。」(甲第5号証4頁左下欄13行〜19行からの引用。決定書6頁22行〜24行。)との記載からは,本件訂正発明における第1の酸化塩基を構成要素とする発明が記載されていると認めることはできない,と主張する。
決定が,上記認定の根拠とした刊行物2中の記載について検討する。
上記記載中には,本件訂正発明における第1の酸化塩基に相当するp-トルエンジアミン,p-フェニレンジアミンだけではなく,それ以外の多数の酸化塩基が列挙されている。この記載だけをみるならば,そこに列挙された多数の酸化塩基の中から特に本件訂正発明における第1の酸化塩基に該当するものだけを取り上げて,これを構成要素とする発明を認定することができるかどうかを問題にする余地はあり得る。しかしながら,刊行物2(甲第5号証)には,「なお本発明は次の態様で実施することができる。・・・。(15) R1及びR 2は2-オキシエテル基,R3及びR 4は水素原子を示し,p-フエニレンジアミンを含有する前記第1項(判決注・アルキル基又はアルコキシ基が1〜6個の炭素原子を有し,オキシアルキル基が2〜6個の炭素原子を有する特許請求の範囲記載の染毛剤)記載の染毛剤。(16)R1及びR 2は2-オキシエテル基,R 3及びR 4は水素原子を示し,p-トルエンジアミンを含有する前記第1項記載の染毛剤。」(甲第5号証13頁右上欄7行,右下欄3行〜8行)との記載があり,実施例14,15,17として,p-フエニレンジアミンを用いた例が記載されている。刊行物2のこれらの記載によれば,同刊行物には,本件訂正発明の第1の酸化塩基に該当するp-フェニレンジアミンやp-トルエンジアミンを第2の酸化塩基及び修正剤と組み合わせた発明が記載されているということができる。刊行物2のこれらの記載を考慮するならば,決定が,刊行物2に列挙されている多数の酸化塩基の中から,上記の実施態様,実施例において具体的に使用されているp-フェニレンジアミン及びp-トルエンジアミンを取り上げて,刊行物2に,本件訂正発明における第1の酸化塩基を構成要素とする発明が記載されている,と認定したことに誤りはない,というべきである。
原告も,上記のように主張しながら,結論としては,刊行物2に,実施例14及び17として,本件訂正発明における第1の酸化塩基と第2の酸化塩基とを組み合わせ,これに(本件訂正発明の修正剤とは異なる)修正剤を使用した発明が開示されていることを認めている(第3の1の(2)参照)。原告の上記主張は,結局のところ,刊行物2に本件訂正発明の構成要素である第1の酸化塩基が記載されていることは認めつつ,決定がそのように認定した根拠として挙げたところが誤りであるといっているにすぎないことになる。しかし,刊行物2の上記記載状況の下では,仮にこれを誤りと呼ぶにしても,その誤りは,決定の結論に影響を及ぼさないことが明らかであるから,原告の主張は失当である。
(2) 決定は,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明とは,「第1の酸化塩基,修正剤,式(TT)で示される第2の酸化塩基を含有するケラチン繊維の酸化染色組成物である点で一致し,修正剤が,前者は式(T)で示されるメタ-フェニレンジアミン誘導体類であるのに対して,後者は,修正剤としてメタフェニレンジアミン類と記載されているのであって,2,4-ジアミノアニソール等例示されているものに限定されるものではないから,少なくとも染毛剤において用いられるm-フェニレンジアミン類であれば適用できることが示され,特に置換基が限定されていないメタ-フェニレンジアミン誘導体である点で相違する。」(決定書9頁16行〜23行)と認定した。
原告は,@本件訂正発明のような「第1の酸化塩基+修正剤+第2の酸化塩基」という複数の成分の具体的な「組合せ」に特徴を有する発明の進歩性の判断に当たっては,過去に存在した酸化塩基と修正剤との具体的な「組合せ」を本件訂正発明と比較すべきである,A刊行物2において,本件訂正発明と比較対照されるべき具体的な組合せを示す従来技術は,実施例14及び17であり,これらの実施例によれば,刊行物2には本件訂正発明における第1の酸化塩基と第2の酸化塩基とを組み合わせ,これに修正剤として2,4-ジアミノアニソール(又はその硫酸塩)を使用した発明が開示されていると認定すべきである,B本件訂正発明と刊行物2に記載された発明とは,第1の酸化塩基,第2の酸化塩基を含有する酸化染色組成物である点で一致し,修正剤について,本件訂正発明では式(T)で示される化合物を使用しているのに対し,刊行物2に記載された発明では式(T)で示される化合物を使用しておらず,2,4-ジアミノアニソールを使用している点で相違する,と認定すべきである,C決定は,刊行物2に記載された発明の認定及び本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との一致点・相違点の認定を上記のように行っておらず誤っている,と主張する。
刊行物2に記載された発明の修正剤についての決定の認定の当否についてみる。
決定の認定と原告の主張との違いは,要するに,刊行物2に記載された発明の修正剤を,原告が実施例に記載された「2,4-ジアミノアニソール」と主張するのに対し,決定が,実施例に記載されたものにとらわれず,同刊行物中に記載されたところに基づいて,「m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール又はm-トルエンジアミン等のm-フェニレンジアミン類」として,2,4-ジアミノアニソールを含む上位概念として広くとらえている点にある。
原告は,本件訂正発明のような複数の成分の具体的な「組合せ」に特徴を有する発明の進歩性の判断においては,刊行物2記載の発明は,具体的な組合せを記載した実施例の記載から認定すべきである,と主張する。複数の成分の組合せの発明の特許性(新規性進歩性)について判断するに当たり,比較検討の対象となるべき引用発明は,複数の成分の組合せの発明として認定するのが,その後の比較検討の作業を能率よくする上で好ましいのが,一般的であろう。しかしながら,そのことは,特許公報から引用発明として複数の成分の組合せの発明を認定するに当たり,認定の根拠を実施例の記載だけに限定する理由とはなり得ない。実施例の記載以外の記載であっても,複数の成分の組合せの発明を把握できる場合には,当然に,引用発明の認定の根拠となり得る。これを実施例に限定する原告の主張は独自のものという以外になく,採用できないことが明らかである。
刊行物2(甲第5号証)には,「本発明の酸化染料組成物中に普通使用されるm-フェニレンジアミン類の例としてはm-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール及びm-トルエンジアミンがある。」(甲第5号証5頁左上欄7行〜10行)との記載がある。また,刊行物2には,酸化染毛組成物の実施例として,例14,例17の2,4-ジアミノアニソールを用いた組合せだけではなく,例15に,N,N-ビス-(β-オキシエチル)-3-メチル-p-フェニレンジアミン(本件訂正発明の第2の酸化塩基に相当)とp-フェニレンジアミン(本件訂正発明の第1の酸化塩基に相当)と2,4-ジアミノトルエンすなわちm-トルエンジアミンとの組合せも記載されている。これらの記載に照らすと,刊行物2には,第1の酸化塩基及び第2の酸化塩基に,修正剤として,m-フェニレンジアミン,2,4-ジアミノアニソール又はm-トルエンジアミン等のm-フェニレンジアミン類を配合した染毛組成物が記載されていると認めることができる。決定の,刊行物2に記載された発明の認定に誤りはない。
(3) 以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 本件訂正発明の構成の想到容易性について 決定は,本件訂正発明と刊行物2に記載された発明との相違点である修正剤について,刊行物2に記載された修正剤として刊行物3又は4に記載された本件訂正発明における修正剤と同じ式(T)に包含される修正剤を用いることに想到することは容易である,と判断した。
原告は,決定の上記相違点についての判断は誤りであると主張する。
しかしながら,証拠(乙第1,第2号証)及び弁論の全趣旨によれば,酸化染料組成物とは,酸化塩基を過酸化水素等で酸化させて発色させる髪等の染色に用いられる組成物であり,酸化塩基が酸化により重合して生成する高分子型の色素に種々の修正剤が組み込まれて様々な色調が生成するものであること,本件出願の優先日の当時,本件訂正発明の属する,酸化塩基及び修正剤を組み合わせて使用する酸化染料組成物の技術分野において,酸化塩基として機能し得る多数の化合物群(p-フェニレンジアミン,パラトルエンジアミン,パラアミノジフェニルアミン等)及び修正剤として機能し得る多数の化合物群(メタフェニレンジアミン,レゾルシン,ピロガロール,ピコカテコール等)が周知であったこと,酸化染料組成物に対しては,それが人の毛髪染色に使用されるものであることから,無毒性,低刺激性,耐汗性,耐光性,耐シャンプー性等の染色特性が求められること,このため,上記技術分野の当業者は,上記の具体的な染色特性のそれぞれにつき更なる改善を目指して,酸化塩基として機能する化合物群から少なくとも一つ以上の化合物を取り出し,かつ,修正剤として機能する化合物群から少なくとも一つ以上の化合物を取り出し,それらを組み合わせたときの染色特性を研究していること,本件訂正発明及び刊行物2ないし4に記載された発明は,いずれも,毛髪用の酸化染料組成物の技術分野に属し,周知の酸化塩基と,周知の修正剤とを用いたものであること,が認められる。
これらの事実に照らすと,毛髪用の酸化染料組成物の技術分野の当業者において,刊行物2に記載された修正剤として,同一技術分野に属する刊行物3又は4に,決定が認定する内容(決定書9頁〜10頁参照)を伴って記載されている修正剤を使用することを試みることは,その組合せを阻害する要因が認められない限り,格別の創意工夫を要することなく,容易に行うことができることである,というべきである。ところが,本件全資料を検討しても,上記組合せを阻害する要因があると認めることはできない。
原告は,@酸化染色組成物の染色状態の優劣は修正剤のみによって決まるものではなく,それぞれの組成物において使用される酸化塩基と修正剤との組合せによって決定されるのであるから,刊行物3,4にそこに記載された修正剤が優れた効果をもたらすとの記載があったとしても,これを第1の酸化塩基及び第2の酸化塩基と組み合わせた場合に優れた染色特性をもたらす保証はなく,このことは甲第14号証の実験結果からも明らかである,A刊行物4には,刊行物2に記載された発明と刊行物4に記載された発明とを組み合わせることを阻害する要因が含まれている,と主張する。
しかしながら,刊行物3,4に記載された修正剤を第1の酸化塩基及び第2の酸化塩基と組み合わせた場合に優れた染色特性をもたらす保証がなくとも,上記修正剤が優れた効果を発揮する可能性が上記刊行物に具体的に示されている以上,当業者において,この修正剤を組み合わせることを試みることは当然に行うことである。仮に,この修正剤を組み合わせることによって不都合が生じることがありそうであっても,この修正剤に優れた点があり,優れた効果を発揮する可能性がある以上,当業者において,優れた点を生かそうとしてこの修正剤を組み合わせることを試みることも,当然に行うことであるといってよいことは明らかである。
原告の主張は,いずれも採用することができない。
(2) 本件訂正発明の効果について 刊行物2に記載された発明の修正剤として刊行物3又は刊行物4に記載された修正剤を選択して本件訂正発明の構成に想到することが容易であると解すべきことは,上に述べたとおりであるから,本件訂正発明の進歩性が肯定されるためには,同発明が現実に示すものとして本件出願より明らかにされた効果が,当業者が同発明の構成のものとして予想することができない顕著な効果を奏することが必要である(したがって,比較の対象は,従来技術の示す効果ではなく,同発明の構成のものと当業者が予想する効果である。)。
原告は,本件明細書の段落【0041】〜【0054】の記載や,平成12年7月7日付け特許異議意見書(甲第10号証)添付の実験成績証明書,平成13年3月5日付け意見書(甲第12号証)添付の実験成績証明書に記載された実験結果等から,本件訂正発明が当業者の予測し得なかった顕著な効果を奏することは,明らかである,と主張する。
本件明細書の上記記載中には,第1の酸化塩基に相当する成分と修正剤に相当する成分の二成分を含有する比較例1,修正剤に相当する成分と第2の酸化塩基に相当する成分の2成分を含有する比較例2と比較して,本件訂正発明の3成分を含有する組成物が洗髪に対する抵抗力に優れた着色を達成することが示されているにすぎない。これをもって,本件発明が,当業者が本件発明の構成のものとして予想することのできない著しく優れた効果を奏することを示すものとすることはできない。
また,本件において,本件訂正発明が顕著な作用効果を奏するというためには,本件訂正発明の構成に含まれるもののうち,決定により,刊行物2に記載された発明の修正剤に代えて刊行物3又は刊行物4に記載の修正剤を選択することによって得ることが容易であるとされた構成が,予想外の著しく優れた効果を有することが認められなければならない,というべきである。
甲第12号証に添付された実験成績証明書の実験C’は,第1の酸化塩基としてパラ-フェニレンジアミンを,修正剤として1-アミノプロピルオキシ2,4ジアミノベンゼンを用いて,第2の酸化塩基を種々変更して配合した組成物の耐汗性,選択性の効果について示すものであり,甲第10号証に添付された実験成績証明書の実験A及び甲第12号証に添付された実験成績証明書の実験A’は,修正剤として2,4-ジアミノ-ブトキシベンゼンを,第2の酸化塩基としてN-エチル,N-β-ヒドロキシエチルパラフェニレンジアミンを用いて,第1の酸化塩基を種々変更して配合した組成物の選択性,着色力の効果について示すものにすぎず,いずれも,刊行物2(甲第5号証)の修正剤に代えて刊行物3又は4記載の修正剤を選択することによって得られる本件訂正発明の構成の効果を示すものではない。
甲第10号証に添付された実験成績証明書において,修正剤を変更したことによる効果を示すのは,実験Bのみであり,甲第12号証に添付された実験成績証明書において,修正剤を変更したことによる効果を示すのは,実験B’のみである。しかしながら,これらは,修正剤として,2,4-ジアミノアニソール,1,3-ジアミノベンゼン(刊行物2におけるm-フェニレンジアミンと同じ物質),2-メチル-1,5-ジアミノベンゼン(刊行物2におけるm-トルエンジアミンと同じ物質)を用いた場合と比較した,2,4-ジアミノエトキシベンゼンを用いた場合の効果を示すものであって,刊行物2(甲第5号証)に記載された修正剤に代えて刊行物3(甲第6号証)に記載された2,4-ジアミノブトキシベンゼン又は刊行物4(甲第7号証)に記載された2,4-ジアミノフェノキシエタノールを修正剤として用いた場合の効果について示すものではない。
以上のとおり,本件明細書の上記記載及び各実験成績証明書は,刊行物2(甲第5号証)に記載された修正剤に代えて,刊行物3(甲第6号証)に記載された2,4-ジアミノ-ブトキシベンゼン又は刊行物4(甲第7号証)に記載された2,4-ジアミノフェノキシエタノールを用いることによる効果を明らかにするものではなく,本件訂正発明が,その進歩性を肯定するに足る顕著な効果を奏するものであることを認めるに足りるものではない。
(3) 上に述べたところによれば,取消事由2も理由がない。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久