運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2000-35391
関連ワード 承継 /  発明者 /  創作性(創作) /  製造方法 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  特許出願日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  変更 /  訂正明細書 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 406号 審決取消請求承継参加事件
原告 新日本製鐵株式会社
訴訟代理人弁護士 上谷 清,宇井正一,笹本 摂,山口健司,弁理士 亀松 宏
参加人 JFEスチール株式会社
訴訟代理人弁理士 鈴江武彦,河野哲,中村誠,幸長保次郎,堀内美保子
訴訟復代理人弁理士 川下洋一郎 被参加事件被告(脱退) JFEエンジニアリング株式会社(旧商号・日本鋼管 株式会社)
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35391号事件について平成14年4月24日にした審決のうち,特許第2616024号の請求項1に係る発明に関する部分を取り消す。
訴訟費用は参加人の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨
事案の概要
被参加事件被告は,後記本件特許の特許権者であった。原告は,本件特許について,無効審判の請求をしたところ,請求項2に係る発明についての特許を無効とし,請求項1に係る発明についての審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決のうち,後者の不成立とした部分の取消しを求めた(被参加事件)。その後,本件特許は,会社分割に伴って被参加事件被告から参加人(旧商号は川崎製鉄株式会社)に移転され,平成15年5月27日に移転の登録がされた。そこで,参加人は,本訴(審決取消請求承継参加事件)を提起し,原告は,参加人との関係で上記と同旨の判決を求めた。被参加事件被告は,原告の承諾を得て,訴訟から脱退した。
なお,当事者の主張及び証拠中において,「Fe-Zn合金めっき」と「Zn-Fe合金めっき」との用語が混在し,本判決においても,引用する原典における表記をそのまま採用した部分があるので,両者の表記が混在するが,参加人も指摘するとおり,いずれの表記であるかにより本質的な相違はないものと認められる。また,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:JFEスチール株式会社(参加人)。設定登録時は,被参加事件被告。
発明の名称:「電極損傷度合いの小さい電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法特許出願日:平成元年7月14日 設定登録日:平成9年3月11日 特許番号:第2616024号 (1-2) 本件手続 無効審判請求日:平成12年7月18日(無効2000-35391号) 訂正請求日:平成12年10月31日(本件訂正) 審決日:平成14年4月24日 審決の結論:「訂正を認める。特許第2616024号の請求項2に係る発明についての特許を無効とする。特許第2616024号の請求項1に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年5月8日(原告に対し) (2) 本件発明の要旨(本件訂正後のもの。下線部分が訂正部分。請求項1に係る発明を,審決及び当事者の主張における記載に従い,「本件発明1」という。)【請求項1】不溶性電極を使用する電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法において,導電性基体に酸化イリジウムを主成分とする被覆層が形成された電極を使用し,硫酸浴系のめっき液で,電流密度が50A/dm2〜200A/dm2の範囲,めっき液噴流流速が1.0m/秒〜5.0m/秒の範囲でFe-Zn合金 めっきを することを特徴とする電極損傷度合いの小さい電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法
【請求項2】不溶性電極を使用する電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法において,導電性基体に酸化イリジウムを主成分とする被覆層が形成された電極を使用し,光沢剤,ph緩衝材,及びスラッジ防止のための有機物の群から選択された1種又は2種以上の有機物添加剤を必須成分とする硫酸浴系のめっき液で,電流密度が50A/dm2〜200A/dm2の範囲,めっき液噴流流速が1.0m/秒〜5.0m/秒の範囲で電気めっきすることを特徴とする電極損傷度合いの小さい電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法
(3) 審決の理由の要旨 (3-1) 審決は,本件訂正請求(請求項1において,訂正前の「電気めっき」を「Fe-Zn合金めっき」と訂正するもの)を認めるとした上で,本件訂正後の請求項に記載された発明についての特許無効事由を検討した。審決は,まず,請求項2に係る発明についての特許を無効と判断した(この部分は本訴の審理対象外であるので,この部分に関する摘示は省略する。)。
(3-2) 審決は,本件発明1と審判甲1(本訴甲10,PLATING and SURFACE FINISHING,SEPTEMBER 1988,53〜58頁及びその部分訳。以下「引用例1」といい,これに記載の発明を「引用発明1」という。)とを対比し,一致点と相違点を次のように認定した。
『引用例1には,亜鉛メッキについて,液落下型の流動セルを用いて調査したことが記載され(摘記A1-1),併せて,「ARUS-Andritz-Ruthner Gravitel設備」を用いたこと,電解液は堰を超えて陽極と陰極(鉄板)の間の隙間に落下し,約1.7m/sで電極上を通り過ぎる整流された電解液流ができること,チタンに酸化イリジウムをコーティングした不溶性陽極が組み込まれていること,冷延鋼板に対してメッキし,電解液は亜鉛,硫酸及びアルミニウムを含有していたこと,電流密度がほぼ50,75,100,125,150A/dm2だったこと(以上,摘記A1-2)が記載されている。そして,本件発明1における「亜鉛系めっき」は,引用例1に記載の「亜鉛メッキ」を包含するものであり,引用例1に記載された,上記の硫酸を含有した電解液は,本件発明1における「硫酸浴系のめっき液」といえ,また,両者は,電流密度及びめっき液の流速が重複している。
以上のことからすると,本件発明1は,引用発明1と,「不溶性電極を使用する電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法において,導電性基体に酸化イリジウムを主成分とする被覆層が形成された電極を使用し,硫酸浴系のめっき液で,電流密度が50A/dm2〜200A/dm2の範囲,めつき液流速が1.0m/秒〜5.0m/秒の範囲でめっきをすることを特徴とする電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法。」の点で一致し,そして,(A)本件発明1では,めっき液の流速が「噴流」についてのものであるのに対して,引用発明1では,せきを超えて落下する流速についてのものであり,これが直ちに「噴流」の流速とはいえない点,(B)本件発明1では,形成するめっきが「Fe-Zn合金めっき」であるのに対して,引用発明1では亜鉛メッキである点,及び,(C)本件発明1では,製造される電気亜鉛系メッキ鋼板について,「電極損傷度合いの小さい」と特定されているのに対して,引用例1にはそのような記載が見当たらない点で,本件発明1は,引用発明1と,少なくとも形式上,相違していると認められる。』 (3-3) 審決は,上記相違点につき,次のように判断した。
(a)『相違点(A),(C)は,…当業者が容易になし得る事項,または実質的な相違点を構成しないものである。』 (b)『相違点(B)について 引用例1には,亜鉛メッキについての記載がなされているものの,Fe-Zn合金めっきについての記載は見あたらない。この点に関して,請求人は,引用例1には,それに記載された製造方法が「純亜鉛めっき」だけに限られるものであることは記載されておらず,また,「亜鉛めっき」の技術的概念が「Fe-Zn合金めっき」の技術的概念を包含することは技術常識である,と主張している。
そこで,この点について検討すると,被請求人が提出した「参考文献A」(本訴甲2-1・2,IRON AND STEEL ENGINEER,November 1989,55〜59頁及びその部分訳)には,Gravitel法を用いた亜鉛めっき及びZn-Fe合金めっきについて記載され,このうち,Zn-Fe合金めっきについては,「これまでのところフルスケールの生産ラインでは行われていない。パイロットプラントテストは行われた。しかし,硫酸塩浴から満足のいく表面外観を有する製品を製造することが困難であることが判明している。」(摘記B2-1)と記載されている。そして,この記載によると,亜鉛めっきの場合と異なり,Zn-Fe合金めっきの場合には,この文献が発行された1989年11月時点で,なお,Gravitel法,すなわち液落下型の流動セルによる硫酸鉛浴(注:硫酸塩浴の誤記と認める。)からのZn-Fe合金めっきが困難であったことが示されている。なおかつ,(審判)甲2,4〜6にも,本件出願前,Gravitel法ないし液落下型の流動セルにより,Fe-Zn合金めっきを行ったことの記載は見当たらない。してみれば,引用例1に,液落下型流動セルによる亜鉛めっきが記載されているからといって,直ちにこれがFe-Zn合金めっきに対しても同様に適用できることを意味し,あるいは示唆するということはできない。』 (c)『そして,本件発明1は,当該相違点(B)に係る構成を含む,前記認定のとおりの構成を有することにより,電極の損傷が低減されることと併せて,さらに,Fe-Zn合金めっきにおいて,Fe2+ がFe3+ に酸化されるのが防止され,めっき液中のFe3+ の生成速度が抑制されるという,本件特許明細書に記載され,そして各甲号証に記載のない効果を奏したものと認められる。
なお,請求人は,このFe3+ イオンの生成抑制効果に関して,「参考資料2」,「参考資料3」を提示するとともに,Fe3+ イオンが水酸化鉄スラッジの発生源となることは周知の事項であり,その発生防止は周知の課題であると主張している。
しかし,これら証拠を含む甲号証のいずれにも,酸化イリジウムを主成分とする被覆層が形成された電極を使用し,本件発明1で特定されるめっき条件でめっきすることにより,Fe-Zn合金めっきにおけるFe3+ イオンの生成が抑制でき,あるいは,スラッジの発生を低減し得ることの記載は見当たらない。したがって,請求人の主張どおり,上記のFe3+ イオンに係る事項及び課題が周知であったとしても,そのことにより,本件発明1による,Fe3+ イオンの生成抑制効果が予期できるということはできない。』 (d)『以上のとおりであるから,本件発明1については,引用発明1であり,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができない発明であるとの請求人の主張,及び,(審判)甲1,2,4〜6に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができた発明であり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとの請求人の主張は,いずれも採用することができない。』 (3-4) 以上をふまえ,審決は,請求人の主張する理由及び提示した証拠方法によっては,本件発明1に係る特許を無効とすることはできない,と結論付けた。
2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 取消事由1(相違点(B)についての判断の誤り) 審決は,相違点(B)について,前記1(3)(3-3)(b)のとおり判断し,同(d)のように原告の主張を斥けた。しかし,上記判断は誤りである。
(1-1) 参考文献A(甲2-1)の解釈・認定の誤り 確かに,参考文献Aには,「硫酸塩浴から『満足のいく表面外観を有する製品』を製造することは困難であるように思える」との記載はある。しかし,「Gravitel法,すなわち,液落下型の流動セルによる硫酸塩浴からの『Zn-Fe合金めっき』が困難であった」との記載は,参考文献Aのどこにもない。
「満足のいく表面外観を有する製品」が「Zn-Fe合金めっき(製品)」であるといえない限り,「Zn-Fe合金めっきが困難であった」とすることはできないことは理の当然である。
しかし,本件発明1が属する技術分野である自動車の防錆鋼板の分野では,自動車の外板用途(自動車の外側)に用いる鋼板と,内板用途(自動車の内部)に用いる鋼板とがあることは,当業者にとって周知の事実である。
一方,参考文献Aにいう「満足のいく表面外観を有する製品」とは,表面外観,すなわち見た目が商品価値に占める割合の高い製品のことを意味していることは,その文言から明らかである。そして,見た目が商品価値に占める割合が高い製品は,人目にさらされる,自動車の外板用鋼板を指すことは,当業者の技術常識である。つまり,「Zn-Fe合金めっき(製品)」には,「満足のいく表面外観を有する製品」以外の製品(つまり内板用鋼板)も存在することは,少なくとも当業者にとっては,疑問の余地もない。
このように,「満足のいく表面外観を有する製品」が「Zn-Fe合金めっき製品」であるという前提は成り立たない。
そして,本件発明1の実施によって製造されるFe-Zn合金めっき製品が「満足のいく表面外観を有する製品」に限定されているなどの事情は存在しない。
よって,参考文献Aの上記記載から,審決のように「Zn-Fe合金めっきが困難であった」と解釈・認定することはできない。
(1-2) 参考資料5(甲4)の記載 (a) 本件出願時にZn-Fe合金めっきが当業者にとって困難であったか否かという技術水準の認定に関し,参考資料5(甲4)が証拠として提出されたのに,審決は,これを採用せず,参考文献Aによって認定した。
参考資料5(甲4)は,昭和61年12月1日発行の日刊工業新聞の記事であり,これによれば,当業者が,遅くとも上記発行日の当時(本件出願前)までに,フルスケール生産ラインで,Zn-Fe合金めっきにより「自動車用の外装材」としての防錆鋼板を製造していたことが読み取れる。
参考文献Aの記載は,筆者の主観的判断,単なる意見を述べたものにすぎないが,参考資料5は,業界では信用されている新聞による客観的な事実を報道するものであるから,当業者の技術水準の認定にあたって,参考資料5ではなく,参考文献Aを採用した審決の証拠の取捨選択は誤っている。
(b) 参考資料5を排斥して参考文献Aを採用した理由を記載しなかった審決には,理由不備又は審理不尽の違法がある。
(1-3) 甲3-1ないし3の記載 不溶性電極を使用し,かつ,硫酸浴系のめっき液を使用する電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法において,「亜鉛めっき」を行う場合と「Fe-Zn合金めっき」を行う場合との主たる相違点は,めっき液組成の違いである。そして,めっき液組成の違いに基づき,細かなめっき条件も当然異なってくる。しかし,「Fe-Zn合金めっき」のめっき液組成も,その組成に基づく細かなめっき条件も,当業者にとって周知の事項である(甲9)。このように,「亜鉛めっき」と「Fe-Zn合金めっき」との具体的相違点は,全て当業者にとって周知な事項であるから,引用発明1において,「亜鉛めっき」に代えて「Fe-Zn合金めっき」を適用することが,当業者にとって格別の困難性があるといえないことは明らかである。
そして,参考文献Aが引用する「Berry,B.H.,Iron Age,Aug.1988」(甲3-1,その訳文が甲3-2・3)には,「満足のいく表面外観を有する鉄-亜鉛合金めっきを製造することは,アメリカの5つの電気亜鉛めっきラインが1985年(ナショナル社のラインが初めて操業を開始した年)の創業以来直面している最も困難な技術的課題である。」,「昨年(1987年)の早期から,ダブルイーグル社とナショナル社はクライスラー社に非外板用途として鉄-亜鉛合金めっき製品を納入している。」,「ナショナル社のラインは,対照的に,20個のセルは全て縦型セルである。」,「ナショナル社他3社のラインは,硫酸塩浴を使っている。」,「クライスラー社 は,1986年10月に ナショナル社の鉄-亜鉛合金めっきを非外板用途で承認した。しかし,外板用途では,Ecorse lineの鉄-亜鉛合金めっきはいまだ承認されていない。ナショナル社の鉄-亜鉛めっき製品は,なお,表面にリンスパターンが残っている。Mr. Kingは,『表面外観を除けば,ナショナル社の外板用の鉄-亜鉛めっき製品は,あらゆる点ですばらしい。ナショナル社の鉄-亜鉛合金めっき製品は,今までみた電気めっき製品の中で一番のめっき密着性をもっている。そして,これこそ重要な特徴である。』と述べた。」という記載(甲3-2・3の訳による)がある。
これらによれば,1987年の早期の時点で,少なくとも,非外板用途(内板用途)では,ナショナル社が縦型めっきセル(すなわち液落下型の流動セル)及び硫酸塩浴を用いて,鉄-亜鉛合金めっき製品を製造していたことが認定できる。
このように,当業者は,本件出願時,実際に,縦型めっきセル(すなわち液落下型の流動セル)及び硫酸塩浴を用いて,鉄-亜鉛合金めっき製品を製造していたのであるから,審決のように,本件出願前,Gravitel法ないし液落下型の流動セルにより,Fe-Zn合金めっきが行われていたことを否定することは誤りであり,また,本件発明1の出願時に,Gravitel法,すなわち液落下型の流動セルによる硫酸塩浴からのZn-Fe合金めっきが困難であったと評価することができないことも明らかである。
よって,審決の「引用例1に,液落下型流動セルによる亜鉛めっきが記載されているからといって,直ちにこれがFe-Zn合金めっきに対しても同様に適用できることを意味し,あるいは示唆するということはできない。」との判断は,その前提とする根拠(当業者の技術水準)の認定がいずれも誤っているのであるから,審決の上記判断も誤っている。
以上によれば,引用発明1において,「亜鉛めっき」から「Fe-Zn合金めっき」に変更することは,当業者が容易になし得る事項であるから,本件発明1の構成を想到することが当業者に容易であることは明らかである。
(2) 取消事由2(本件発明1のFe3+ 生成速度抑制効果に対する評価の誤り) 審決は,本件発明1のFe3+ 生成速度抑制効果について,前記1(3)(3-3)(c)のように説示するが,誤りである。
(2-1) 本件発明1は,Fe3+ 生成速度抑制効果など有しない。
「Fe3+ 生成速度抑制効果」に関し,本件明細書(甲8。なお,訂正明細書は甲15)には,「Fe3+ の生成速度が低下するといった予期しない効果がみとめられる」との記載及び「第3図」しかない。
参加人は,「Fe3+ の生成速度」につき,上記第3図は,「単位通電電気量当たりのFe3+ の生成量」を生成速度として表示したものであるというが,そのような定義は,学術的に正しい用語とはいえず,電気めっき業界において一般的な用語でもなければ,本件明細書において定義付けがされているわけでもない。「Fe3+ の生成速度」とは,当業者の通常の理解に従って,「単位時間当たりのFe3+ の生成量」としてとらえなければならないものである。
本件発明1には,「単位時間当たりのFe3+ の生成量」の低減効果が存在しないのであるから,本件発明1は,「Fe3+ 生成速度抑制効果」など有しない。
(2-2) 参加人の主張を前提として,「Fe3+ 生成速度抑制効果」とは,「ファラデーの法則によれば単位通電電気量当たりのFe3+ の量が一定値になるはずなのに,本件発明1の構成によれば,低下するという効果」であると仮定しても,「ファラデーの法則によれば一定値になる」との前提自体誤っているから,そのような意味での「Fe3+ 生成速度抑制効果」も存在しない。
また,「Fe3+ 生成速度抑制効果」を「本件発明1の構成によれば,単位通電電気量当たりのFe3+ の量が低下するという効果」であると仮定しても,次の@ないしBのことがいえる。
@「Fe3+ 生成速度抑制効果」は,本件発明1に特有の効果ではない。すなわち,甲13の67頁のFig.3には,IrO2電極(本件発明1と同じ電極)と,Pb-0.5%Ag電極の2種類の電極について,電流密度と「酸化効率」との関係がグラフ化されている。これは,本件発明1の第3図と実質的に同じ現象を示すものであり,特に,本件発明1と電極の種類が異なる上記Pb-0.5%Ag電極においても,電流密度の増加に伴って「酸化効率」(参加人の定義する「Fe3+ 生成速度」)が低下している。このことは,参加人の定義する「Fe3+ 生成速度抑制効果」が,本件発明1の構成に特有の効果ではないことを示している。
A「Fe3+ 生成速度抑制効果」は,高電流密度めっき下でのめっき操業に必然的に伴う現象であり,それがあるからといって,直ちに進歩性があるということはできない。すなわち,@のことから,本件発明1の構成に特有の効果ではないこと,ひいては,高電流密度下でのめっき操業に当然伴う現象であることが明らかである。また,高電流密度にすれば,所定量のめっきが短時間で済むことも,当然の現象であり,当業者にとって当たり前のことである。
B「Fe3+ 生成速度抑制効果」,すなわち「電流密度が増加すれば,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量が減少する」という現象は,本件出願時の当業者にとって周知の技術常識である。甲17-1(特開昭59-31881号公報)及び甲18(特開昭59-47395号公報)には,「Fe2+ →Fe3+ +e-」の反応が飽和電流に達した後では,残りの電流はすべて酸素発生反応に費やされるから,飽和電流より高い電流値においては,電流値が高くなればなるほど,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量が減少するという思想がほぼそのまま記載されている。その上,その思想が実際のめっき操業に適用できることも開示されている。しかも,上記各公報が公開されたのは,本件発明1の出願の5年も前のことである。したがって,参加人の定義する上記効果は,出願時の当業者にとって既に周知の事項にすぎなかったことは明らかである。なお,甲17-1,18には,不溶性電極として酸化イリジウム(IrO2)が明示されていないが,甲16の記載(110頁以下)から明らかなように,電極材料の違いは酸素発生反応の生じやすさ(酸素過電圧)に影響を与えるのみであるから,酸化イリジウム電極においても,上記のことがそのまま妥当することは明らかであり,当業者であればそのことは容易に理解できる。また,本件出願時に酸化イリジウム電極をFe-Zn合金めっきの不溶性電極として用い得ること,酸化イリジウム電極の酸素過電圧が相対的に低いことは,当業者に周知であった。よって,出願時の当業者にとって,酸化イリジウム電極は,電極材料の選択の際の候補となり得る。
(2-3) 「単位通電電気量当たりのFe3+ の生成量の低減効果が,鉛系電極その他の電極と比較してIrO2電極の方が特別顕著に上回る」との事情は,本件明細書に記載のない事項であるから,本件発明1の効果として主張できるものではない。
また,上記事情は,証明されておらず,存在しない。少なくとも進歩性肯定の一事情となるような「特別顕著な効果」であると認定することはできない。
すなわち,参加人は,上記事情の結論を甲13及び乙17の記載から導いているが,乙17の図1,図2は,70A/dm2の電流密度における鉛系電極とIrO 2電極との比較しか示していないのであるから,それ以外の電流密度下(本件発明1の下限値である50A/dm2)で同様の結果になる保証はどこにもない。そして,甲13の記載によれば,「Fe3+ イオン生成に関し,低電流密度ではIrO 2電極よりPb-0.5%Ag電極の方が有利であり,高電流密度では,両者は同程度になる」というものでしかなく,参加人の主張の根拠となり得ない。甲13と乙17が全く反対の結論を採用していることから明らかなように,Fe3+ 生成量の低減効果に関する鉛系電極とIrO2電極の程度の差は,実験条件あるいは実験者の違いによって,差が認められなくなる程度のものでしかない。
なお,参加人は,本件明細書(甲8)の第3図のデータ(IrO2電極)と甲17-1の第1表のデータ(鉛系電極)との比較を根拠とするが,この二つを比較することに技術的な意味はない。
仮に上記のとおりでないとしても,上記事情は,特別顕著な差ではなく,出願時の当業者が格別の創作力を要することなく容易に想到できる程度のものである。
すなわち,Fe-Zn合金めっきにおいて,不溶性陽極を用いて高電流密度にしていけば,「酸化効率」(全体の通電量に占めるFe2+ 酸化に消費された通電量の割合)が低下していくこと,その理由が,全体の通電量に占める酸素発生反応に消費される通電量の割合が増加していくからであることは,当業者に周知であり(甲16,17-1,18),「酸化効率」と「Fe3+ 生成速度」が比例し,実質的に同じことを表していることは,自明である(甲17-1)。そして,Fe-Zn合金めっきの不溶性陽極として,IrO2電極を用い得ることも,本件出願時において当業者に周知である(甲9,21,26)。また,IrO2電極の酸素発生電位(酸素過電圧)が鉛系電極等他の電極と比較して相対的に低いことも,本件出願時に周知である(甲22,23,24-1,25-1)。さらに,酸素過電圧が低いということは,Fe-Zn合金めっきにおいて,電解エネルギー消費の観点から有利であるということであるから,酸化イリジウムが実際に電極材質の候補になり得るものであることも,本件出願前からの当業者の常識である(甲13,18)。酸素過電圧が相対的に低ければ,酸素発生反応が相対的に起こりやすいということであるから,他の電極に比較して陽極反応全体のうち酸素発生反応が占める割合が相対的に高くなるであろうことは,当業者であれば容易に予測がつくことである。
以上を総合すれば,「単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量(Fe3+ 生成速度)の低減効果が,鉛系電極よりIrO2電極の方が上回る」という事情は,出願時の当業者が容易に想到し得ることは明らかであるから,本件発明1の進歩性肯定の一事情とはなり得ない。
(2-4) 「Fe3+ 生成速度抑制効果」は,@本件発明1の構成要件である「めっき液噴流々速が1.0m/秒〜5.0m/秒」の範囲内で実施されたものか明らかとならないから,本件明細書に開示されていない効果であり,A発明の構成を思いついた後で,たまたま発見した効果(副次的効果)であるから,進歩性肯定の一事情として斟酌できないものであって,B本件発明1の構成のものとして,予測あるいは発見することの困難なものであり,かつ,当該構成のものとして予測あるいは発見される効果と比較して,よほど顕著なものではないから,進歩性の根拠となし得ないものである。
参加人は,本件発明1は「Fe3+ 生成速度抑制効果」と電極の長寿命化を両立させたものであり,両効果の両立は出願時の当業者が想到できるものではない旨主張するが,「電極の長寿化」は,審決が認定するとおり周知である。
3 参加人の主張の要点 (1) 取消事由1(相違点(B)についての判断の誤り)に対して (1-1) 甲2-1には,満足のいく表面外観を有するZn-Fe合金めっきが困難であることが指摘されており,純亜鉛めっき,Zn-Ni合金めっきの製造ができる旨の記載があるものの,満足のいく表面外観を有するZn-Fe合金めっき以外のZn-Fe合金めっきであれば製造ができる旨の記載はない。さらに,甲2-1には,甲10に記載された製造方法,すなわち,「ルスナーグラビテル設備を用い,電解液が堰を越えて陽極と陰極との間のすきまに落下する方式において,所定の液流速,所定の不溶性電極,所定の電流密度等の製造条件で行なう純亜鉛めっきの製造方法」がFe-Zn合金めっきに適用できることが示されてはおらず,また,亜鉛めっきの技術的概念がFe-Zn合金めっきの技術的概念を包含することは技術常識であることも何ら示されていない。審決の甲2-1(参考文献A)についての認定判断に誤りはない。
(1-2) 甲10と甲4との設備,めっきの種類,電極,電解液の流れの形態,電解液の流速,電流密度を対比すると,その間に共通するものはない。したがって,甲4は,甲10記載の純亜鉛めっきの製法をFe-Zn合金めっきに適用できるかを判断するための資料とはなり得ず,甲10の記載からはGravitel法を用いてFe-Zn合金を製造できるか全く判断できない。
本件出願当時,種々の異なる製造条件下でFe-Zn合金めっきを製造する方法があることは既に知られており,その製造条件も特定されているものではない。ただし,Gravitel ProcessによるFe-Zn合金めっきの製造方法は知られていない。したがって,甲2の製造方法では,Zn-Fe合金めっきはフルスケールの生産ラインでは行われていないのに対し,甲4の製造方法ではフルスケールの生産ラインで行われていたとしても,製造方法が異なる(参加人が知る限り,Gravitel Processではない方法)のであるから,何ら矛盾することはない。
原告は,甲2-1に関して,伝聞証拠であり,主観的判断を述べたものにすぎないなどと主張するが,甲2-1は,鉄と鋼の技術の専門家を対象とした雑誌であり,筆者らは,本件発明1の技術分野に精通している。筆者らは,この技術分野における技術的知識を前提にし,かつ,技術の専門家が読者であることを認識して,甲2-1の論文を投稿したものである。筆者らは,単純に甲3-1(Berry,B.H.,Iron Age,Aug.1988)32頁の記載をそのまま記載したというものではなく,むしろこの記載に基づいて,専門家としての見解を他の専門家に対して陳述したものと考えるのが妥当である。原告の主張は誤りである。
審決が甲2-1を採用して,甲10記載の意味を検討することに何ら問題はない。
既に述べたところに照らせば,審決において甲2-1を選択し,甲4を選択しなかったことに何ら違法性はないし,甲4を選択しても審決の結論に影響を及ぼさない。
(1-3) 純「亜鉛めっき」のためのめっき液組成を「Fe-Zn合金めっき」のためのめっき液組成に変更し,それに伴ってめっき条件を変更したとしても,必ず所望のFe-Zn合金めっきができるとは限らない。このことは,例えば甲2-1において,純亜鉛めっき,Zn-Niめっきはうまくいったが,Fe-Znめっきでは所望のものができなかった旨の記載があることからも理解できる。そして,甲10に記載された(純)亜鉛めっきの製造方法によるFe-Zn合金めっきの操業実績は,出願後においてもない。また,Fe-Zn合金めっきでは,Fe3+ がめっき阻害因子であるが,その発生量はZnめっきに比べて格段に多い。このように,「亜鉛めっき」に代えて「Fe-Zn合金めっき」を適用する際に,単にめっき液組成を変更しただけでは,例えば,めっき阻害因子であるFe3+ の発生量がどのようになるか不確定であり,経済的に,かつ,安定した品質でFe-Zn合金めっきを製造することができない。原告の主張は誤りである。
原告は,甲3-1ないし3を引用して主張するが,失当である。
甲3-1には,「縦型めっきセル」でFe-Zn合金めっきを製造すること以外,電流密度やめっき液流速について何ら記載されていない。ましてや,甲3-1には,縦型めっきセルが「液落下型の流動セル」であるとの記載はなく,示唆もない。原告は,何ら根拠を示すことなく「縦型セル」との記載から,「液落下型の流動セル」であると短絡しているが,そのような決め付けは理解できない。
甲3-1には液落下型の流動セルに関する記述はないのであるから,甲3-1の記載を考慮したとしても,審決に誤りはない。
甲3-1(訳は甲3-2・3,乙19)には,「各ナショナル電解セルで現在使われている…銀-鉛製不溶性陽極」と記載されており,当時のナショナル社によるFe-Zn合金めっき製造の実績が,鉛系電極によるものであって,IrO2電極によるものではないことが明記されている。甲3-1で,クライスラー社が1986年10月に内板(非外板)用途で承認したとされるナショナル社の鉄-亜鉛合金めっき製品は,実は,IrO2電極で製造されてはいなかったのである。
結局,甲3-1には,Fe-Zn合金めっきの製造が困難なものであるとしか記載されておらず,この点について甲2-1は正しく認定している。また,甲3-1には,Fe-Zn合金めっきの製造上の困難性(アスペクトの解消)が解消したとの記載はないし,Fe-Zn合金めっきの製造におけるFe3+ の生成量を,IrO 2電極を使用することにより低減しようとする当業者の目的意識や動機付けも見当たらない。当然,IrO2電極を用いてFe-Zn合金めっきを製造すれば,Fe3+ 生成量低減効果を奏するという知見も,IrO2電極の場合,その効果が従来の鉛系電極に比べて著しく高いという知見も,全く存在しない。それゆえ,甲3-1に照らして,又は甲3-1と他の証拠資料とをいかに組み合わせてみても,当業者が本件発明1を想到することは不可能又は困難である。
(2) 取消事由2(本件発明1のFe3+ 生成速度抑制効果に対する評価の誤り)に対して (2-1) 甲8の第3図は,横軸を電流密度(A/dm2),縦軸をFe3+ 生成速度とした図である。縦軸は,その単位(Kg/KA・Hr)から明らかなように,単位通電電気量当りのFe3+ の生成量(Kg)を生成速度として表示したものである。したがって,第3図は,電流密度が高くなるほど単位通電電気量当たりのFe3+ の生成量(Kg)が低くなることが示されている。したがって,第3図から,高電流密度条件で実施する本件発明1がFe3+ 生成速度抑制効果を有していることがわかる。
(2-2) 原告は,甲13の記載から,本件発明1に関連するFe3+ 生成速度の電流密度依存性はPb-0.5%Ag電極にもあり,IrO2電極に特有の効果ではないという。しかし,本件出願後において当業者が知り得たPb-0.5%Ag電極に係る現象は,本件出願前に存在していたPb-0.5%Ag電極にも共通に認められるはずであるが,このことは,本件出願当時の当業者がその現象を認識又は予見できたことまで意味しない。本件出願後の知見に基づく原告の主張は失当である。
なお,原告は,参加人の定義するFe3+ 生成速度抑制効果が本件発明1の構成に特有の効果ではないこと,高電流密度下でめっき操業に必然的に伴う現象であることを主張する。しかし,甲13は,Pb-0.5%Ag電極とIrO2電極とを対比検討しているが,これらの電極で生じた現象が任意の電極に一般的にいえるということは述べていない。原告の主張は失当である。
参加人は,甲17-1には,Pb-1%Ag電極について,陽極電流密度の増加に伴い陽極酸化効率が減少する傾向を示すデータが開示され,甲18には,Pb-1%Ag-1%Tl電極及びTaにPtをクラッドした電極について甲17-1と同種のものが開示されていることは認める。しかし,いずれにおいても,酸化イリジウム(IrO2)電極についてのデータは開示されていない。よって,本件発明1は,甲17-1,18とは,発明の構成上,電極材料の点で相違する。よって,本件発明1は,電極材料の相違により,当業者に予測困難な特別顕著な作用効果を奏するか否かが争点となる。なお,本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果との用語上の混乱を避けるために,以下,「電流密度の増加に伴い,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量が減少するという現象」を「Fe3+ 生成量低減効果」と略称する。 本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果と,甲17-1に開示されたデータとを対比してみると,当業者が通常使用する平板状電極の場合(甲17-1の第1表),Fe3+ 生成量低減効果(縦軸)は,本件発明1に係るIrO 2電極の方が,Pb-1%Ag電極よりも,少なくとも100%相当大きいこと,甲17-1には,特殊形状の電極を用いると,Fe3+ 生成量低減効果が増加することが開示されているが,そのような特殊な電極を使用する場合(甲17-1の第2表)ですら,Fe3+ 生成量低減効果は,本件発明1に係るIrO2電極の方が,Pb-1%Ag電極よりも,少なくとも75%相当大きいこと,甲17-1には,Pb-1%Ag電極について「60A/dm2」という臨界値が開示されているが,本件発明1に係るIrO 2電極について「50A/dm2」の位置に臨界値があることが鮮明になる。したがって,本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果は,Fe3+ 生成量低減効果の点において,甲17-1に開示された従来技術と同質のものを包含するが,その程度は当業者の予測を超えて著しく高いことが明らかである。以上により,本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果は,従来技術に比べて,Fe3+ 生成量低減効果が著しく高く,IrO2電極という新規な発明の構成に依拠した特別顕著なものといえる。
甲18は,電極にパルス電極を流すとFe3+ 生成量低減効果が高まる点について開示されている。しかし,IrO2電極を用いるとFe3+ 生成量低減効果が著しく高まる点について一切開示もなければ,示唆するところもない。本件発明1とは無関係である。
以上のように,原告は,甲17-1,18に基づき主張するが,これらの証拠のうちの原告の主張に好都合な箇所のみを抽出した上での主張にすぎない。甲17-1は,上記のとおり,Fe3+ 生成量低減効果を有すると定性的にはいえるが,IrO2電極を選択すればFe3+ 生成量低減効果が著しく高まるという定量的観点において,両者はその効果を異にするので,甲17-1により,本件発明1の効果の特別顕著性は否定されない。また,甲18は本件発明1と無関係である。
(2-3) 本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果は,ただ漫然と定まる条件の下で起こる効果ではない。これは,特定のめっき条件の下で特定の材料の電極,特に50A/dm2以上の高電流密度の下でIrO 2電極を使用してFe-Zn合金めっきを製造する際に起こる特有の効果である(50A/dm2以上にすることにより,20A/dm2時に比べて半減するというように,Fe3+ の生成速度が急激に低下する。)。この臨界的条件の技術的価値は,本件出願後に第三者である当業者によっても確認される形となっている(乙17)。なお,甲16には本件発明1と関連する重要事項が具体的に何も記載されていないのであって,これに基づいて,50A/dm2以上の高電流密度という臨界的条件の下で奏する本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果を認識又は予見できたとはいえない。
本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果は,特定のめっき条件においてFe-Zn合金めっきを製造する際に起こるIrO2電極特有の効果である。このことは,本件出願当時,Fe-Zn合金めっきの製造に多用されていた不溶性陽極である鉛系電極と対比すれば明らかである。本件出願前の刊行物である甲9,16には,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の電流密度依存性という観点については記述がない。
他方,本件出願後の刊行物である甲13には,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の電流密度依存性については記述があり,高電流密度条件下での使用では,従来の鉛系電極(Pb-0.5%Ag電極)よりも本件特許に係るIrO2電極の方が単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の低減の観点から有効であることがわかる。また,本件出願後の乙17によれば,高電流密度条件下でのIrO2電極の使用は,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の低減の観点から有効で,低減効果は鉛系電極を上回ることがわかる。したがって,高電流密度条件下におけるIrO2電極を用いた場合の単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の低減効果は,本件出願当時Fe-Zn合金めっきに多用されていた鉛系電極を上回るものであることがわかる。
(2-4) 本件明細書の第3図は,本件発明の実施例4の結果を示すものである。
本件明細書には,Fe3+ 生成速度抑制効果について明確に記載されており,本件発明1がFe3+ 生成抑制を目的とすることが理解できる。たまたま発見した副次的効果であるとの原告の主張は,根拠がない。
本件発明1はFe3+ 生成速度抑制効果を有しているのであるから,当然にこの効果を斟酌すべきである。
本件発明1の効果は,Fe3+ 生成速度抑制効果のみではない。Fe3+ 生成速度抑制効果と電極の長寿命化を両立させた効果を有している。また,本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果及び電極の長寿命化の両効果は,特定の電流密度,めっき液噴流流速,電極材料等の条件の下で行われるFe-Zn合金めっきの製造において奏する。すなわち,IrO2電極以外の電極を用いた場合,Fe3+ 生成速度抑制効果と電極の長寿命化の両立を図ることはできない。また,出願当時の技術水準では,IrO2電極を用いた時に,Fe3+ 生成速度抑制効果と電極の長寿命化の両立しうるめっき条件を果たして設定し得るのか,その可能性すら推測することができない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(B)についての判断の誤り)について (1) 審決は,前記のとおり,本件発明1と引用発明1とが,不溶性電極を使用する電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法において,導電性基体に酸化イリジウム(IrO2)を主成分とする被覆層が形成された電極を使用し,硫酸浴系のめっき液で,電流密度が50A/dm2〜200A/dm2の範囲,めつき液流速が1.0m/秒〜5.0m/秒の範囲でめっきをすることを特徴とする電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法という点では一致するとした上,「噴流」の流速についての相違点(A)及び「電極損傷度合いの小さい」との点についての相違点(C)は,当業者が容易になし得る事項又は実質的な相違点を構成しないものと判断したが,結局,相違点(B)である「本件発明1では,形成するめっきが『Fe-Zn合金めっき』であるのに対して,引用発明1では『亜鉛めっき』である点」において,容易推考性を否定する判断をしたものである。相違点(B)についての判断においては,上記のような引用発明1(甲10)を「Fe-Zn合金めっき」に適用し得るか否かが争われ,原告は,本訴でもこの点を主に争うものである。
(1-1) まず,審決が検討した参考文献A(甲2-1)は,「Zn-Fe合金めっきはこれまでのところフルスケールの生産ラインでは行われていない。パイロットプラントテストは行われた。しかし,硫酸塩浴から満足のいく表面外観を有する製品を製造することは困難であることが判明した。」との内容の記載がある(なお,末尾部分の「appears」の和訳につき,原告は「困難であるように思われる。」と主張し(甲2-2),参加人は「困難であることが判明した。」と主張する。上記本文では参加人の訳に従ったが,いずれにしても,Zn-Fe合金めっきについては硫酸塩浴から満足のいく表面外観を有する製品を製造することは困難であることが記載されていると認めることができるのであって,上記和訳の差異が本件の結論に直接影響するものとは認められない。)。
(1-2) 上記甲2-1は,Zn-Fe合金めっきについては硫酸塩浴から満足のいく表面外観を有する製品を製造することは困難であるとしているが,それ以外の製品については明示するものではない。そこで,甲2-1の上記記載部分が引用している原典(甲3-1「Berry,B.H.,Iron Age,Aug.1988」。その抄訳が甲3-2,全訳が甲3-3及び乙19〔甲3-3に頁数を付記したもので訳文は同じ〕。)に遡って,より詳細に検討すると,次のような記載がある。
「昨年(判決注:1987年)の早期から,ダブルイーグル社とナショナル社は,クライスラー社に非外板用途として鉄-亜鉛合金めっき製品を納入している。」,「満足のいく表面外観を有する鉄-亜鉛合金めっきを製造することは,アメリカの5つの電気亜鉛めっきラインが1985年(ナショナル社のラインが初めて操業を開始した年)の操業以来直面している最も困難な技術的課題である。」,「ダブルイーグル社とナショナル社の初期の鉄-亜鉛製品は,業界関係者が現在一般に『アスペクト』と呼んでいる木目,リンスパターン,あるいは虎斑状の外観を持っていた。」,「クライスラー社は,EGA鋼のアスペクトを受け入れず,ダブルイーグル社とナショナル社は,それを取り除くことに取り組んでいる。」,「ナショナル社のラインは,対照的に,20個のセルは全て縦型セルである。」,「(写真下のキャプションとして)ナショナル社のラインにおける20個の垂直型のめっきセルは,亜鉛めっき及び鉄-亜鉛合金めっきの塗布に使用される。」,「ナショナル社は,現在,50pct不溶性及び50pct可溶性陽極を用いている。」,「ナショナル社他3社のラインは,硫酸塩浴を使っている。」,「クライスラー社は,1986年10月にナショナル社の鉄-亜鉛合金めっきを非外板用途で承認した。しかし,外板用途では,Ecorse ラインの鉄-亜鉛合金めっきは未だ承認されていない。
ナショナル社の鉄-亜鉛めっき製品は,なお,表面にアスペクト(リンスパターン)が残っている。Mr. Kingは,『アスペクトを除けば,ナショナル社の外板用の鉄-亜鉛めっき製品は,あらゆる点ですばらしい。ナショナル社の鉄-亜鉛合金めっき製品は,今までみた電気めっき製品の中で一番の塗料密着性をもっている。これこそ重要な特徴である。』と述べた。」,「ナショナル社は,今年Ecorseで,クライスラー社の非外板用途向けである65,000トンの鉄-亜鉛を含めて,250,000トンの電気亜鉛めっき鋼を生産すると,ナショナル社の社員は予測している。Ecorseラインは,1988年1月〜5月に月間5,000トンの鉄-亜鉛をコートし,さらに6月〜8月には月間6,000トンで行っており,1988年の残りの期間には最大で月間8,000トンまで拡大しよう。」 以上の記載によれば,ナショナル社は,1986年10月にクライスラー社から鉄-亜鉛合金めっきを非外板用途で承認され,1987年の早期から,硫酸塩浴を用いて鉄-亜鉛合金めっき製品を製造して,クライスラー社に非外板用途として鉄-亜鉛合金めっき製品を納入していること,1988年度途中の段階で,クライスラー社の非外板用途向けの鉄-亜鉛合金めっき製品は年間65,000トンの生産が見込まれていたこと,ナショナル社の鉄-亜鉛めっき製品は,表面にアスペクトが残っているものの,この点,すなわち,表面外観を除けば,あらゆる点ですばらしいものであるとの評価を受けていたことが認められる。
(1-3) 一方,甲15(本件発明の全文訂正明細書)には,「本発明は,上記従来技術の問題点を解決し,有機物を含んだめっき液においても高電流密度めっき,めっき液噴流の高流速めっきが可能であり,かつ電極損傷の度合いが小さい電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法を提供することを目的とする。」(3頁1〜3行)と記載されており,その他の記載を精査しても,本件発明1は,特に,表面外観の優れた製品の製造を目的とするものであるとは認められない。
(1-4) そして,甲11(「第3版鉄鋼便覧Y二次加工・表面処理・熱処理・溶接」社団法人日本鉄鋼協会編,昭和57年5月31日発行)には,「10・2・4 複合亜鉛めっき鋼板 a.概要 電気亜鉛めっき鋼板の耐食性や塗料密着性などの表面特性を改善するために,Znイオンを主成分とし,Fe,Ni,Co,Cr,Mo,Sn,In,Zrイオンなどを添加しためっき浴,有機樹脂粉末あるいは無機粉末を添加しためっき浴などによって,亜鉛をマトリックスとして共析させる方法である。…ここでは1971年に工業化されたZn-Mo-Co複合亜鉛めっき鋼板について概説する。…b.製造法 通常の電気亜鉛めっき鋼板と同様な製造順序に従って連続的に処理される。処理条件も電気亜鉛めっきに準ずる。」(418頁)と記載されている。これによれば,上記発行日当時において,Fe-Zn合金めっきなどの複合亜鉛めっきの製造は,亜鉛めっきと同様の順序で行われ,処理条件も亜鉛めっきに準じて行われるものであることが,当業者の間で広く認識され,周知となっていたものと認められる。
(1-5) 以上によれば,甲2-1(参考文献A)は,「硫酸塩浴から満足のいく表面外観を有する製品を製造すること」という観点から,Zn-Fe合金めっき製品の製造の困難さを述べたものであると解され,この記載の根拠となっている甲3-1によれば,ナショナル社は,本件出願前から,表面にアスペクトが残って表面外観に劣るとはいえ,クライスラー社の承認を得て,非外板用途として硫酸塩浴から得られる鉄-亜鉛合金めっき製品を製造・納入し,クライスラー社は,これを使用していたことが認められるのである。そして,このことは,上記のように,本件出願前に公刊物に紹介されている。このような事情に照らせば,本件発明1のように,表面外観の優れためっき鋼板を製造することを目的としない場合には,甲11に記載された技術常識に従って,亜鉛めっきの製造方法として公知であった引用発明1(甲10)の方法をFe-Zn合金めっきに適用してみることは,当業者が容易に想到し得ることであるということができる。よって,審決の相違点(B)に対する判断は誤りであるというほかない。
(2) 参加人は,甲2-1には,満足のいく表面外観を有するZn-Fe合金めっき以外のZn-Fe合金めっきであれば製造できる旨の記載はないし,引用例1(甲10)の製造方法がFe-Zn合金めっきに適用できることも,亜鉛めっきの技術概念がFe-Zn合金めっきの技術的概念を包含することが技術常識であることも示されていないと主張するが,既に判示したところに照らせば,この主張は採用できない。
(3) 参加人は,「亜鉛めっき」に代えて「Fe-Zn合金めっき」を適用することの困難性を主張する。また,甲2-1でFe-Znめっきでは所望のものができなかった旨の記載があること,甲10に記載された亜鉛めっきの製造方法によるFe-Zn合金めっきの操業実績が本件出願後においてもないこと,Fe-Zn合金めっきではめっき阻害因子であるFe3+ の発生量がZnめっきに比べて格段に多いことを挙げて,甲10の方法をFe-Zn合金めっきのためのめっき液組成に変更し,それに伴ってめっき条件を変更したとしても,必ず所望のFe-Zn合金めっきができるとは限らないとも主張する。
しかしながら,参加人が困難であるとする理由は,結局,種々の処理条件の違いであると認められるところ,合金組成が異なれば処理条件に違いが生じるのは当然である。そして,甲9の実施例に,硫酸塩浴を用いた鉄-亜鉛合金めっき方法における条件(めっき浴の組成,温度,空塔速度,電流密度等)が種々記載されているように,硫酸塩浴を用いたFe-Zn合金めっきの条件は,本件出願前に既に知られていたものと認められるから,仮に引用例1(甲10)に記載された亜鉛めっきの条件がFe-Zn合金めっきに適当でないなら,これをFe-Zn合金めっきに適した条件に変更する程度のことは,当業者が通常の創作能力の範囲で行うことであって,参加人が主張する点は,引用例1(甲10)の方法をFe-Zn合金めっきに適用することを妨げる要因にはなり得ない。
そして,甲2-1の記載の趣旨については既に判示したとおりであり,また,本件出願後においても操業実績がないことは,引用例1(甲10)の方法をFe-Zn合金めっきに適用することを阻害する要因にはならないし,Fe3+ の発生量が低減できることは,後に判示するとおり,当業者に予測可能な事項である。
よって,参加人の上記主張は,いずれも採用の限りではない。
(4) 参加人は,甲3-1は,「縦型めっきセル」であるが,これが「液落下型の流動セル」である根拠はないこと,甲3-1のナショナル社によるFe-Zn合金めっき製造が鉛系電極によるもので,IrO2電極によるものではないことなども主張する。
しかし,前判示のとおり,(1-1)ないし(1-5)に記載した事情から,引用例1の方法(引用発明1は,Gravitel法すなわち液落下型でIrO2電極との構成を含む。)をFe-Zn合金めっきに適用する動機付けを認めるに十分であり,甲3-1に「液落下型の流動セル」を用い,IrO2電極を使用して,Fe-Zn合金めっきをすることについてまで記載されていなければ,上記の適用ができないというものではない。上記主張も採用の限りではない。
2 取消事由2(本件発明1のFe3+ 生成速度抑制効果に対する評価の誤り)について (1) 原告は,「Fe3+ の生成速度」は,「単位時間当たりのFe3+ の生成量」であると理解されるのであり,「単位通電電気量当たりのFe3+ の生成量」であるなどと理解することはあり得ないと主張する。
しかしながら,本件明細書に添付された第3図(甲8)には,横軸を電流密度(A/dm2),縦軸をFe3+ 生成速度とした図が記載されており,縦軸の「Fe3+ 生成速度」の単位「Kg/KA・Hr」は,電流値(KA)に通電時間(Hr)を乗じて求められる通電量(KA・Hr)で,Fe3+ 生成量(Kg)を除して得られる数値の単位を意味すると認められるので,本件発明1でいう「Fe3+ 生成速度」とは,「単位通電電気量当たりのFe3+ の生成量」と解するのが相当であって,原告の主張は採用することができない。
(2) そこで,「Fe3+ の生成速度抑制効果」すなわち,「電流密度が増加すれば,単位通電電気量あたりのFe3+ 生成量が減少する」という現象が本件出願時の当業者にとって周知の効果であったか否かについて,検討する。
(2-1) 甲17-1には,以下の記載がある。
「本発明は,Feメッキ,またはFe-Zn等のFe系合金メッキ,あるいはSnメッキ等の多価イオンが関与する電気メッキ方法に関する。この種の多価イオンが関与する電気メッキを行う場合,メッキ浴中のFe2+ イオン,またはSn2+ イオンは,陽極において,Fe2+ →Fe3+ +e,またはSn2+ →Sn4+ +2eの反応によって,Fe3+ またはSn4+ に酸化される。特に,鉛,鉛-銀合金,または白金等の不溶性陽極を用いると,水の電気分解によるO2ガス発生反応が抑制され,前記酸化反応が優先的にかつ顕著に生じる。その結果,メッキ浴中のFe2+ 濃度の変化により(以下Fe系メッキについて主に説明する),特にFe系合金メッキの場合において,合金組成が変化し均一な皮膜が得られないとともに,電流効率が低下するなどの問題点を招く。」(1頁左下欄〜右下欄), 「先に触れたように,陽極では次記(4)および(5)式の反応が生じる。
Fe2+ →Fe3+ +e …(4) H2O→2H++1/2O 2+2e…(5) 一般に,電流密度を上げていくと,ある電流密度で急に電位が上昇する個所がある。この点を限界電流密度という。本発明者らは,種々の条件の下でFeメッキの場合の電流〜電位の関係について調べたところ,例えば第1図に示す結果を得た。
…このような実験結果から明らかになったことは,(4)式の反応は拡散律速反応であり,(4)式の反応が生じる限界電流密度以上の電流密度では,(4)式の反応に消費された残りの電流は,(5)式の水の電解反応に消費されることである。
…しからば,(4)式の反応を抑制するためには,陽極の電流密度を,ある条件の下で定められる限界電流密度より高めればよい。…陽極で生成するFe3+ 量,すなわち陽極での反応のうち全電気量に対する陽極酸化の割合(陽極酸化効率)を所望の75%以下とするためには,陽極の電流密度を60A/dm2以上とするのがよいと判明した。」(2頁右下欄〜3頁右上欄) (2-2) 甲18(1頁左下欄〜右下欄,2頁左下欄〜3頁左上欄,3頁左下欄)にも,甲17-1の上記記載とほぼ同様の事項が記載されている。
(2-3) 以上の甲17-1,18の記載によれば,不溶性電極を用いると,飽和電流密度を超える電流密度において,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量が減少するという現象が生じることは,本件出願時に既に知られていたことが認められる。
そうすると,本件明細書に添付の第3図に示された,高い電流密度において単位通電電気量当たりのFe3+ の生成量が減少するという本件発明1の効果は,本件発明1が不溶性電極を用いている以上,当業者が合理的に予測できる効果にすぎないというべきである。この点に関する審決の認定判断は誤りである。
(3) 参加人は,本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果と,甲17-1に開示されたデータとを対比し,本件発明1に係るFe3+ 生成速度抑制効果は,Fe3+ 生成量低減効果の点において,甲17-1に開示された従来技術と同質のものを包含するが,その程度は当業者の予測を超えて著しく高いことが明らかであって,甲17-1は,Fe3+ 生成量低減効果を有すると定性的にはいえるが,本件発明1のようにIrO2電極を選択すれば,Fe3+ 生成量低減効果が著しく高まるという定量的観点において,両者はその効果を異にするので,甲17-1により,本件発明1の効果の特別顕著性は否定されないと主張する。
検討するに,本件明細書の第3図のデータ(IrO2電極)と甲17-1の第1表のデータ(鉛系電極)とを対比すると,めっき液の組成は,前者においては,ZnSO4・7H 2Oが350±20g/l,FeSO 4・7H 2Oが150±10g/l,酢酸ソーダが20±5g/l,Na2SO 4が30±10g/lであるのに対し,後者においては,ZnSO4・7H 2Oが125g/l,FeSO 4・7H 2Oが250g/l,Na2SO 4が75g/lであること,後者においては,めっき液流速が2m/sec又は5m/secであり,Fe3+ 濃度が1〜3g/l又は5〜10g/lであるのに対し,前者においては記載がないことの点で異なることが認められる。ところで,甲17-1における「回転ディスク電極の回転数を変えて,即ち浴の攪拌条件を変えて,Z2の領域の限界電流密度がどのように変化するかを調べたのが第2図である。この結果から明らかなことは回転数が高いほど即ち攪拌が大であるほど限界電流密度が大きくなることである。」(3頁左上欄),「Fe3+ 濃度が低いほど限界電流密度が大きくなることである。」(3頁右上欄)との記載によれば,めっき液流速やFe3+ 濃度の違いが限界電流密度の大きさに影響を及ぼすことが認められる。そうすると,上記のような違いのある両者のデータを比較しても,電極自体の差異による単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の低減効果の違いを定量的に比較したことにはならない。よって,本件明細書の第3図と甲17-1第1表のデータとの対比によって,本件発明1が参加人主張のような効果を奏すると認めることはできない。
(4) 参加人は,甲13,乙17の記載から,高電流密度条件下におけるIrO2電極を用いた場合の単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量の低減効果は,本件出願当時Fe-Zn合金めっきに多用されていた鉛系電極を上回るものであることがわかると主張する。
しかし,甲13には,「そこで,IrO2電極とPb-0.5%Ag電極とでFe3+ イオン生成速度にどの程度相違があるか,を調査した。…Fig.3に酸化効率と電流密度の関係を示す。…この結果より,高電流密度で電解する限り,Fe3+ イオン生成に関してIrO2電極がPb-0.5%Ag電極より不利となることはないと言える。」(67頁左欄〜68頁左欄)と記載されており,Fig.3によれば,陽極電流密度70A/dm2における酸化効率は,IrO 2電極の方がPb-0.5%Ag電極より若干低いことが認められるものの,電流密度50A/dm2における酸化効率は,むしろIrO2電極の方がPb-0.5%Ag電極より若干高いか少なくとも同程度であることが認められる。また,乙17によれば,鉄-亜鉛めっき時の浴中のFe3+ イオン濃度は,電流密度70A/dm2において,IrO 2電極の方がPb-0.5%Ag電極より低く,有利であることが認められるにすぎない(【0008】,【0009】図1,図2)。そうすると,甲13及び乙17の記載から,電流密度50A/dm2〜200A/dm2を構成要件とする本件発明1が,規定された電流密度の全範囲において,鉛電極を用いた場合に比べ,単位通電電気量当たりのFe3+ 生成量を定量的に顕著に低減するという効果を奏すると認めることはできない。
(5) 参加人は,本件発明1は,Fe3+ 生成速度抑制効果と電極の長寿命化を両立させた効果を有するとも主張する。
しかしながら,本件訂正明細書(甲15)に「酸化イリジウムを主成分とする被覆層は,高電流密度,高めっき液噴流流速の苛酷なめっき条件においてその溶解量は極めて少なく,まためっき液に有機物の添加剤が含まれていてもその効果は変わらない。本発明は,このように消耗度が小さい被覆層を形成させた電極を使用し,その効果が特に発揮される苛酷なめっき条件による電気亜鉛系めっき鋼板の製造方法を提供するものである。」(3頁3段落)と記載されていることからすると,「電極の長寿命化」の効果は,高電流密度,高めっき液噴流流速の過酷なめっき条件であっても,酸化イリジウムを主成分とする被覆層が形成された電極を用いることによって奏される効果であると認められる。そうすると,「電極の長寿命化」の効果は,電流密度,めっき液噴流流速の点,及び酸化イリジウムを主成分とする被覆層が形成された電極を用いるという点で本件発明1と一致している引用例1(甲10)においても,当然に奏される効果であると解されるから,引用発明1(甲10)と比較して,本件発明1の有利な効果であると認めることはできない。また,「Fe3+ 生成速度抑制効果」は,前判示のとおり,甲17-1,18から当業者が予測可能なものにすぎない。したがって,上記二種類の効果を合わせても,本件発明1の引用発明1に対する進歩性を肯定するに足りるような効果であるとはいえない。
(6) 取消事由2に関する当事者の主張は,多岐にわたるが,上記説示した点において審決の認定判断は誤りであり,原告のその余の主張について判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。なお,上記のほか,参加人の主張を精査しても,審決の上記認定判断の誤りにもかかわらず,審決の結論を維持すべき事由を見いだすことはできない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由1,2はいずれも理由があるので,審決のうち,本件発明1に関する部分は,取消しを免れない(なお,参加人の準備書面中には,相違点(A),(C)について,審決の判断に誤りがあることをいう部分がある。
この点は,特許の無効を妨げるべき主張であると解されるものの,本件審判の手続の経緯及び当裁判所における当事者双方の主張立証の状況にかんがみると,直ちに当裁判所で判断するのではなく,更に審判で審理を尽くさせるのが相当である。)。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利