関連審決 | 異議1998-72278 |
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関連ワード | 発明者 / 物の発明 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 上位概念 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 択一的 / パリ条約 / 優先権 / 優先日 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / 合理的な理由 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
42号
特許取消決定取消請求事件
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原告 ロレアル 訴訟代理人弁理士 志賀正武 同 船山武 同 高橋詔男 同 渡邊隆 同 実広信哉 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 守安智 同 一色 由美子 同 森田 ひとみ 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/11/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年異議第72278号事件について平成12年9月26日にした決定をいずれの請求項についても取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文1,2項と同旨。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「一級,二級または三級アミン基を含むパラ-フェニレンジアミン,メタ-フェニレンジアミンおよびパラ-アミノフェノールまたはメタ-アミノフェノールからなるケラチン質繊維の酸化染色のための組成物,およびこの組成物を用いる染色方法」とする特許第2679955号(1994年1月24日にフランス国においてした特許出願に基づきパリ条約4条による優先権を主張して平成7年1月23日登録出願(以下「本件出願」という。)。平成9年8月1日登録。以下「本件特許」という。請求項の数は14である。)の特許権者である。 本件特許の請求項1ないし14のすべてについて,登録異議の申立てがなされ,その申立ては,平成10年異議第72278号として審理された。原告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。本件訂正後の請求項の数は14である。本件訂正に係る発明のうち請求項1に係る発明を「本件訂正発明」といい,訂正後の全文訂正明細書(甲第6号証)を「本件明細書」という。本件出願に係る願書に図面は貼付されていない。)を請求した。特許庁は,審理の結果,平成12年9月26日に,「特許第2679955号の請求項1ないし14に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年10月16日にその謄本を原告に送達した。出訴期間として90日が付加された。 2 本件訂正発明の特許請求の範囲 「【請求項1】 染色に好適な媒体中, (a)下記式(I)のパラ-フェニレンジアミン類から選ばれた少なくとも第1の酸化染料先駆体: (式中,基R1,R 2,R 3およびR 4は以下の条件に適合する: -R3およびR 4が,独立に,-(CH 2) n-OHにおいてnが2,3または4に等しい基を表すとき,R1およびR 2がいずれも水素原子を表すか, -またはR4が,-(CH 2) n-OR 5においてR 5がメチルまたはエチル基でありnが2または3に等しい基を表すか,またはモノ-またはジヒドロキシプロピル基を表すかのいずれかであるとき,R1,R 2およびR 3が水素原子を表すか, -またはR1およびR 2が,独立に,メチルまたはエチル基を表しかつベンゼン環の2,3;2,5;または2,6位に配位するとき,R3およびR 4が水素原子を表すか, -またはR1がイソプロピル基を表すとき,R2,R3およびR4が水素原子を表すかのいずれかである。) および/またはこれら式(I)の化合物の酸との少なくとも1種の付加塩; (b)下記式(II)の,メタ-フェニレンジアミン型の少なくとも第1のカプリング剤: (式中,R6は水素原子,アルキル基またはモノ-またはポリヒドロキシアルキル基を表し,R7は水素原子,アルキル基またはモノヒドロキシアルコキシ基を表し,R8は水素原子またはアルキル基を表し,R 9はアルコキシ基,アミノアルコキシ基,モノ-またはポリヒドロキシアルコキシ基または2,4-ジアミノフェノキシアルコキシ基を表し,上記のアルキルまたはアルコキシ基が1から4までの炭素原子を含み,上記のモノ-またはポリヒドロキシアルキル基およびモノ-またはポリヒドロキシアルコキシ基が2から3までの炭素原子を含むアルキルまたはアルコキシ基でかつ1から3までのヒドロキシル基からなるものを表し,R7またはR 8の少なくとも一方は水素原子を表すと理解されるべきものである。) および/または式(II)のこれら化合物の酸との少なくとも1種の付加塩; (c)-下記式(III)の,パラ-アミノフェノール型の,少なくとも第2の酸化染料先駆体: (式中,R10はアルキル,モノヒドロキシアルキルまたはモノアルコキシアルキル基を表し,上記のアルキルおよびアルコキシ基が1から4までの炭素原子を含むものである。) および/または式(III)のこれら化合物の酸との少なくとも1種の付加塩であるか -または下記式(IV): (式中,R11は1または2炭素原子を含むアルキル基または-CH 2-CH 2-CH2-OHを表す。)の,メタ-アミノフェノール型であって,2-メチル-5-N-(β-ヒドロキシエチルアミノ)フェノール及び2-メチル5-アミノフェノールを除く少なくとも第2のカプリング剤:および/または式(IV)のこれら化合物の酸との少なくとも1種の付加塩;のいずれかを含み,ただし, (i)式(I),(II)および(IV)の化合物を同時に含む場合は,式中のR1およびR 2がベンゼン環上の2,6位にあるメチル基を表し,R 3,R 4,R 6,R 7およびR 8が水素原子を表し,R 9がアミノエチルオキシ基を表し,かつR 11がβ-ヒドロキシエチル基を表す組成物, および(ii)式(I),(II)および(IV)の化合物を同時に含む場合は,式中のR1,R 2,R 3,R 6,R 7,R 8およびR 11が水素を表し,R 4がメトキシエチル基を表し,かつR9がβ-ヒドロキシエチルオキシ基を表す組成物を除外してなることを特徴とするケラチン質繊維のための酸化染料組成物。」 3 決定の理由 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,@本件訂正発明は,(ア)特開昭53-34734号公報(甲第3号証。以下,決定と同じく「刊行物1」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,(イ)特開昭55-145762号公報(甲第4号証。以下,決定と同じく「刊行物2」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,(ウ)刊行物1,2及び特開昭56-5410号公報(甲第5号証。以下,決定と同じく「刊行物9」という。)記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項に該当し特許出願の際独立して特許を受けることができないから,本件訂正請求を認めることはできない,A本件特許の請求項1ないし14に係る発明は,刊行物1,2,9,特開昭61-263911号公報,特公昭62-7890号公報,西独特許公開第3914394号明細書,特開昭57-44669号公報,米国特許第4330292号明細書に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項に該当する,B本件特許の請求項1ないし11に係る発明は,先願である特願平4-260185号に係る発明と同一であり,特許法29条の2に該当する,というものである。 決定は,本件訂正発明の刊行物1に記載された発明からの進歩性の判断に当たり,本件訂正発明と刊行物1記載の発明との一致点・相違点を,次のとおり認定した。 「本件訂正発明1(判決注・本件訂正発明)の組成物の3成分のすべてが引用発明1(判決注・刊行物1に記載された発明)と一致していることとなるが,ただ,引用発明1では,具体的に開示された組成物の例として,第1成分,第2成分,第3成分のいずれもが本件訂正発明1の3成分と一致しているものがない点で相違している。」 |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件訂正発明の進歩性について,刊行物1記載の発明から容易に発明をすることができたものであると誤って判断し,刊行物2記載の発明から容易に発明をすることができたものであると誤って判断し,刊行物1,2,9記載の各発明から容易に発明をすることができたものであると誤って判断したものであり,これらの誤りを重ねることにより,いずれの請求項についても誤った結論に至ったものであるから,すべて取り消されるべきである。 1 刊行物1記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り 決定は,本件訂正発明は,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた,と判断した。しかし,この判断は誤りである。 (1) 刊行物1記載の発明は,新規な発色剤として同刊行物記載の式(T)の化合物の提供をその技術思想の根幹とするものであり,これと組み合わされる酸化染料先駆体との種類には重点が置かれていない。同発明は,カプリング剤自体の改良を染色特性改良の手段とするものである。 これに対し,本件訂正発明は,特定の化学構造を有する第1の酸化染料先駆体と特定の化学構造を有する第1のカプリング剤と特定の化学構造を有する第2の酸化染料先駆体又は特定の化学構造を有する第2のカプリング剤との特定の組合せによって,光,洗浄,荒天,汗及び毛髪がさらされるであろう様々な処理に対して抵抗性が強く,特にシャンプーに対して極めて抵抗性が強い染料組成物を提供することを技術思想としている。本件訂正発明は,既知の酸化染料先駆体と既知のカプリング剤との組合せの改良という,刊行物1記載の発明とは全く異なる手法を採用して酸化染色組成物に求められる染色特性を更に改善しようとするものである。 両発明は,同じ酸化染色組成物という技術分野に属するものであっても,従来より好ましい酸化染色特性の実現のために採用する具体的な手法が全く異なるものであるから,技術思想あるいは発明の目的とするところを全く異にする。 (2) 刊行物1には,本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体(パラフェニレンジアミン類。以下「第1成分」ということがある。)+第1のカプリング剤(メタフェニレンジアミン類。以下「第2成分」ということがある。)+第2の酸化染料先駆体(パラアミノフェノール類)又は第2のカプリング剤(メタアミノフェノール類)(以下,両者を合わせて「第3成分」ということがある。)に相当する具体的な組合せは全く開示されていない。 刊行物1記載の式(T)及び式(TT)は非常に広範な化合物を含む上位概念的な記載である。特に,式(TT)は刊行物1に係る特許出願当時使用することが可能なあらゆる酸化ベース(酸化染料先駆体)を包含するものであり,本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体(同発明の式(T))よりもはるかに広範な化合物を規定している。このため,刊行物1の式(T)に含まれる具体的な化合物と式(TT)に含まれる具体的な化合物同士の理論的な組合せの数はほぼ無数といっても過言ではない。 刊行物1の式(TT)の範疇に本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体に相当する化合物が,式(T)の範疇に本件訂正発明の第1のカプリング剤に相当する化合物が,それぞれ含まれているとしても,そのような上位概念的な刊行物1の式(TT)に属する多数の化合物から,本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体に属する化合物を何の指針もなく特に注目して選択し,かつ,これと同時に,同様に多数の化合物が属する刊行物1の式(T)の範疇から本件訂正発明の第1のカプリング剤に属する化合物を何の指針もなく特に注目して選択し,両者を組み合わせることなど,あり得ることではない。 さらに,刊行物1には,特定の化学構造を有する本件訂正発明の第2の酸化染料先駆体又は特定の化学構造を有する第2のカプリング剤に該当するものをこれらに加重して組み合わせる必要性については,何ら記載されていない。 これに対し,本件訂正発明は,光,洗浄,汗等に対する抵抗性を更に向上させるため,特定の化合物同士の特定の組合せを見いだすことによって生まれた発明である。これは,上記のような状況の下で,刊行物1記載の発明に基づいて容易に発明をすることができるようなものではない。 (3) 本件訂正発明は,その具体的な組合せによって,刊行物1記載の発明に比べて予期し得ないほどに優れた効果を奏する。このことは,刊行物1の例19と例25の組成物と,これらの組成物に最も近い本件訂正発明に係る組成物の間で比較試験を行った甲第9号証の実験成績証明書に記載された試験結果から明らかである。 刊行物1記載の発明に開示されている酸化染色組成物と本件訂正発明に包含される酸化染色組成物とで,最も近い構成を備えたもの同士を比較した結果,本件訂正発明に包含される酸化染色組成物に有利な効果が生じることが認められるならば,本件訂正発明のすべての態様について有利な効果が生じることは自明である。 2 刊行物2記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り 決定は,本件訂正発明は,刊行物2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた,と判断した。しかし,この判断は誤りである。 (1) 刊行物2記載の発明は,新規な発色剤として同刊行物記載の式(T)の化合物の提供をその技術思想の根幹とするものであり,これと組み合わされる酸化染料先駆体との種類には重点が置かれていない。同発明は,カプリング剤自体の改良を染色特性改良の手段とするものである。 これに対し,本件訂正発明は,特定の化学構造を有する第1の酸化染料先駆体(第1成分)と特定の化学構造を有する第1のカプリング剤(第2成分)と特定の化学構造を有する第2の酸化染料先駆体又は特定の化学構造を有する第2のカプリング剤(第3成分)との特定の組合せによって,光,洗浄,荒天,汗及び毛髪がさらされるであろう様々な処理に対して抵抗性が強く,特にシャンプーに対して極めて抵抗性が強い染料組成物を提供することを技術思想としている。本件訂正発明は,既知の酸化染料先駆体と既知のカプリング剤との組合せの改良という,刊行物2記載の発明とは全く異なる手法を採用して酸化染色組成物に求められる染色特性を更に改善しようとするものである。 両発明は,同じ酸化染色組成物という技術分野に属するものであっても,従来より好ましい酸化染色特性の実現のために採用する具体的な手法が全く異なるものであるから,技術思想あるいは発明の目的とするところを全く異にする。 (2) 刊行物2には,本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体+第1のカプリング剤+第2の酸化染料先駆体又は第2のカプリング剤に相当する具体的な組合せは全く開示されていない。 刊行物2の式(TT)は非常に広範な化合物を含む上位概念的な記載である。式(TT)は刊行物2に係る特許出願の当時使用可能なあらゆる酸化染料先駆体(酸化ベース)を包含するものであり,本件訂正発明の式(T)の第1の酸化染料先駆体よりもはるかに広範な化合物の範囲を規定している。このため,刊行物2の式(T)に含まれる具体的な化合物と式(TT)に含まれる具体的な化合物同士の理論的な組合せの数は非常に多数に上る。 刊行物2の式(TT)の範疇に本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体に相当する化合物が含まれているとしても,そのような上位概念的な刊行物2の式(TT)に属する多数の化合物から本件訂正発明の第1の酸化染料先駆体に属する化合物を何の指針もなく特に注目して選択することなど,あり得ない。 これに対し,本件訂正発明は,光,洗浄,汗等に対する抵抗性を更に向上させるため,特定の化合物同士の特定の組合せを見いだすことによって生まれた発明である。これは,上記のような状況の下で,刊行物2記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。 しかも,刊行物2の特許請求の範囲第8項は第7項を引用していないのであるから,刊行物2は,式(TT)の酸化塩基と,式(TTT)の酸化塩基は択一的に使用すべきであり,これらを同時に使用すべきではない旨を示唆している。これは本件訂正発明の構成を否定するものである。 (3) 本件訂正発明は,その具体的な組合せによって,刊行物2記載の組成物に比較して予期し得ないほどに優れた効果を奏する。このことは,刊行物2記載の発明の例10と例12の組成物と,これらの組成物に最も近い本件訂正発明に係る組成物の間で比較試験を行った甲第9号証の実験成績証明書に記載の試験結果から明らかである。 3 刊行物1,2,9記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り (1) 刊行物9に記載された発明は,同刊行物に記載された式(T)のメタフェニレンジアミン又はその塩を配合することにより,好ましい染色特性を得ることを目的としている。 これに対し,本件訂正発明は,この化合物及びそれと組み合わされる通常の酸化染料先駆体に加えて,更に,式(TTT)の特定の第2の酸化染色先駆体又は式(TX)の特定の第2のカプリング剤を追加して使用することにより,更に優れた染色特性を得ることを目的としている。 両発明は,その目的,あるいは技術思想を異にする。 (2) 刊行物9には,本件訂正発明の特定の化合物同士の特定の組合せについて何ら記載がなく,これを示唆する記載もない。 刊行物9の式(T)のメタフェニレンジアミンと組み合わされるべき酸化塩基は本件訂正発明の式(T)の酸化染料先駆体のほかに様々な化合物を含む非常に広範なリストから選択される。刊行物9に記載された発明において式(T)のメタフェニレンジアミンに加えて任意に追加することが可能なカプリング剤も,本件訂正発明の式(TX)のカプリング剤のほかに様々な化合物を含む広範なリストから選択される。 刊行物9に記載される酸化塩基及びカプリング剤のリストに本件訂正発明の第1及び第2の酸化染料先駆体並びに第2のカプリング剤に相当する化合物がそれぞれ含まれているとしても,そのような多数の化合物のリストから当該第1及び第2の酸化染料先駆体に属する化合物及び第2のカプリング剤に属する化合物を何の指針もなく特に注目して選択することなど,あり得ることではない。 これに対し,本件訂正発明は,光,洗浄,汗等に対する抵抗性を更に向上させるため,特定の化合物同士の特定の組合せを見いだすことによって生まれた発明である。これは,上記のような状況の下で,刊行物9記載の発明に基づいて容易に発明をすることができるようなものではない。 (3) 本件訂正発明は,その具体的な組合せによって,刊行物9記載の組成物に比較して予期しないほどに優れた効果を奏する。このことは,刊行物9の例9の組成物と,これらの組成物に最も近い本件訂正発明に係る組成物の間で比較試験を行った甲第7号証の比較実験成績書に記載の試験結果から明らかである。 |
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被告の反論の要点
1 原告の主張1(刊行物1記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り)について (1) 染毛剤において,@毛髪への染色性が良く,毛幹に損傷を与えないこと,A毒性がないこと,B刺激性,感作性が少ないこと,C染毛後の色調が空気,日光により変退色しないこと,Dシャンプー,ヘアリンス,ヘアスプレー等の使用により変退色しないことなどが必要とされることは,周知である(乙第1号証参照)。 刊行物1記載の発明も,結果的に得られる染毛剤が上記各条件をある程度のレベルで満足することを目指して研究開発されるものである点において,本件訂正発明と技術思想や目的を同じくしている。 (2) 酸化染料先駆体とカプリング剤とを組み合わせて使用する酸化染料組成物の技術分野においては,既知の酸化染料先駆体と既知のカプリング剤とを適宜組み合わせて,その染色効果を検討し,所望の酸化染料組成物を得ることがごく普通に行われている(乙第2,第3号証参照)。特定の酸化染料先駆体と特定のカプリング剤の組合せにより得られる色合いは異なるのであるから,所望の他の色合いを出そうとすれば,他の酸化染料先駆体や他のカプリング剤と適宜組み合わせることが行われることになる。染色結果は,視覚で直ちに確認することが可能であり,その染色特性を確認することも,当業者が染毛剤の開発に当たって当然に行うことであって,そのような確認作業は格別複雑,困難なものではない。それらを組み合わせることに格別の阻害要因がない限り,新たな酸化染料組成物を得ることを目的に,既知の酸化染料先駆体と既知のカプリング剤との組合せを検討すること自体には,格別の創意工夫を要しないことは明らかである。このような行為は当業者が通常行うことである以上,そのようにして成る染料組成物の発明には,原則として進歩性を認めるべきではない。 とりわけ,各成分がすべて一つの刊行物に記載されている場合には,それぞれの選択範囲は狭くなるものであり,その組合せの検討における困難性はより一層小さくなる。 刊行物1には,式(T)のメタフェニレンジアミン類(本件訂正発明の第2成分と一部重複する。),式(TT)のパラフェニレンジアミン類(本件訂正発明の第1成分と一部重複する。),及び2-メチル-4-アミノフェノール(本件訂正発明の第3成分)が記載されており,式(T)の発色剤と組み合わせて用いる酸化ベース(酸化染料先駆体)として式(TT)のパラフェニレンジアミン類が採用されること,及びp-フェニレンジアミン類とp-アミノフェノール類を同時に含有することができることが記載されている(甲第3号証2頁左上欄1行〜右下欄6行)。同刊行物には,式(T)のメタフェニレンジアミン類,式(TT)のパラフェニレンジアミン類,及びp-アミノフェノールあるいは2-メチル-4-アミノフェノールの三者を同時に配合する例も,具体的に記載されている(例13,19,25等)。 特許文献においては,実施例には通常特許出願人が最良と思うものが具体的に記載されているから,刊行物1記載の上位概念で示された三つの各成分が多くの化合物を包含するとしても,上記事項と使用者の好みを考慮しつつ,具体的な3成分の組合せの試みを更に実施しようとする当業者は,まずは実施例記載の組合せとともに,同実施例で具体的に使用されている化合物を異なる組合せで採用したものから検討すると考えるのが自然である。 刊行物1に本件訂正発明の組合せに至る何の指針もないとの原告の主張は失当である。 (3) 甲第9号証の実験成績証明書に記載されている実験は,いずれも,本件訂正発明に係る第1ないし第3成分の組合せについても,刊行物1記載の三者の組合せについても,それらの中のごく一部の態様同士を比較実験しているにとどまり,このようなごく一部の態様のみの比較実験において認められた本件訂正発明の態様についての相対的に優れた程度の効果のみでは,刊行物1から読み取ることのできる,第1ないし第3成分に相当する各化合物群を組み合わせて採用した際に奏される通常程度のばらつきの範囲を超えて,優れた効果が奏されると断じるには,到底足りない。 2 原告の主張2(刊行物2記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り)について (1) 刊行物2には,特定の式(T)の構造を有するメタフェニレンジアミン類の発色剤(本件訂正発明の第2成分と一部重複する。)を含む染色用組成物が,同刊行物中の(A)ないし(C)のいずれか少なくとも1種類の酸化塩基(本件訂正発明にいう「酸化染料先駆体」に相当する。)の共存下で,日光や不利な天候条件下でも,あるいは洗っても変化しない良質の色調を毛髪に与える染色用組成物を得ることができる旨が記載されている。 刊行物2に記載された発明に係る酸化染料組成物は,本件訂正発明に係る組成物と共通の目的を有する。 (2) 刊行物2には,カプリング剤としての式(T)のメタフェニレンジアミン類,酸化塩基(A)としての式(TT)のp-パラフェニレンジアミン類(本件訂正発明の第1成分と一部重複する。),及び,酸化塩基(B)としての式(TTT)のパラアミノフェノール類(本件訂正発明1における第3成分中の第2の酸化染料先駆体と一部重複する。),さらには,式(T)のカプリング剤以外の第2のカプリング剤(例えば甲第4号証4頁右下欄19行〜5頁左上欄15行。特に,第4頁右下欄19行〜5頁左上欄8行には,メタアミノフェノール類も例示されている。)を併せて配合し得ることも,記載されている。 刊行物2には,式(T)のメタフェニレンジアミン類,式(TT)のパラフェニレンジアミン類,及び式(TTT)のパラアミノフェノール類/第2発色剤の一方あるいは両方,の3者を同時に配合する例も,具体的に記載されている(例えば,例5,7,10,12,13,15〜17,21,22)。 刊行物2の上記記載に基づいて,式(T)のメタフェニレンジアミン類に該当するいずれか任意の化合物に対し,式(TT)のパラフェニレンジアミン類に該当するいずれか任意の化合物,及び,p-アミノフェノールあるいは2-メチル-4-アミノフェノールのいずれか,を同時に配合することは,既に刊行物2中で十分に動機付けられていることであり,前記3者のそれぞれについて,本件訂正発明における第1ないし第3成分とそれぞれ重複する範囲に包含される成分を選択して組み合わせることも,上記の動機付けの範囲で当業者にとり適宜なし得た範囲のことである。 (3) 甲第9号証の実験成績証明書及び甲第8号証の意見書記載の比較実験結果から,本件訂正発明の染毛剤の耐シャンプー性が,刊行物2から予測される耐シャンプー性と比較して当業者が予測しがたいほど優れていると判断することはできない。 3 原告の主張3(刊行物1,2,9記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り)について (1) 原告の主張は,刊行物9記載の発明を単独で本件訂正発明と対比させた上でなされたものにすぎない。決定が,刊行物1記載の発明の本件訂正発明の各成分にそれぞれ対応する成分に代えて刊行物2に記載された発明又は同9に記載された発明の本件訂正発明の各成分に対応する成分を組み合わせて使用することは当業者にとり容易になし得ることである,とした点に直接反論するものではない。 (2) 刊行物9記載の発明をを刊行物1,2各記載の発明と組み合わせた場合の進歩性についての決定の判断に誤りはない。 刊行物9記載の発明は,刊行物1,2各記載の発明と,技術分野や目的においても,採用する酸化染料先駆体やカプリング剤の基本的な化学構造においても共通する。 染毛剤の分野においては,従来から,各種の発色剤,酸化ベース(酸化染料先駆体)が開発され,これらから使用者の好みに対応できる多くの色調を生み出す発色剤,酸化ベースの複数種の組合せを始め,染毛剤として,光,汗,シャンプー等に耐える等の必要条件をも満たす各種成分の組合せが検討されてきている。各種組合せの評価も,髪に対する染色実験等により比較的短時間で容易に確認することが可能である。それらの実験等による評価は,色調・色の変化の,視覚あるいは簡単な機器での確認によっても,十分になし得る事柄である。。 発色剤や酸化ベースとなる化合物が既に知られているものであれば,試験すべき組合せの数が多いことは,所定の組合せに到達することを困難とする事情にはなり得ない。 (3) 甲第7号証の実験成績証明書の一例での比較結果は,本件訂正発明の効果を格別のものと評価するに足るものではない。 |
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当裁判所の判断
1 原告の主張1(刊行物1記載の発明からの想到容易性についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件訂正発明は既知の酸化染料先駆体と既知のカプリング剤との組合せの改良によって染色特性を改善しようとするものであるのに対し,刊行物1記載の発明は,カプリング剤自体の改良によって染色特性を改善しようとするものであるから,両発明は,技術思想あるいは発明の目的とするところを異にするとして,刊行物1記載の発明から本件訂正発明を容易に想到することはできない,と主張する。 しかしながら,刊行物1記載の発明から本件訂正発明に想到することが容易であるとする判断にとって,両発明の技術思想あるいは目的が同じであることは,決して,必要条件ではない。異なった技術思想や目的の下に同じ構成に至ることは十分にあり得ることであり,このような場合に,技術思想や目的を異にすることをもって両発明を別のものとすることができないことは,論ずるまでもないことであるからである。技術思想や目的における相違は,それが構成に反映する限りにおいて意味を持ち得るにすぎない。本件において問題とされるべきであるのは,両発明の技術思想や目的における異同ではなく,刊行物1記載の発明そのものの中に,同発明から本件訂正発明の構成に至るに必要な動機付けとなるものが存在するか否かである。その動機付けは,もちろん,本件訂正発明の動機付けとなったものと同じであってもよい。しかし,同じである必要は全くないのである。この意味において,原告の上記主張は,主張自体として失当である。 (2) 上記の点をおくとしても,原告の主張は採用することができない。 ア 本件明細書(甲第6号証)には,本件訂正発明について,次の記載がある。 (ア)「【産業上の利用分野】本発明はケラチン質繊維,特にヒトのケラチン質繊維の酸化染色のための組成物に関するものであり,この組成物は,以下本明細書に化学式を記載するように,一級,二級または三級アミン官能基を含む少なくとも1種のパラ-フェニレンジアミン,少なくとも1種のメタ-フェニレンジアミン,およびこれに加えてパラ-アミノフェノールまたはメタ-アミノフェノールのいずれかの組合せからなるものである。本発明はまたこれら組成物の使用に関する。」(段落【0001】) (イ)「【従来の技術】一般に「酸化塩基」として知られる酸化染料先駆体,特にオルソ-またはパラ-フェニレンジアミン類,オルソ-またはパラ-アミノフェノール類,およびこれも発色変調剤(coloration modifier)として知られ,更に詳しくはメタ-フェニレンジアミン類,メタ-アミノフェノール類およびメタ-ジフェノール類であり,酸化塩基の縮合の生成物によって得られる「基調」発色の変調と艶の増強を可能にするカプリング剤(修正剤)を含む染料組成物でケラチン質繊維,そして特にヒトの毛髪を染める方法は知られている。 毛髪の酸化染色の分野において,酸化染料先駆体とカプリング剤とは,それらが合体されたとき青色から青紫色までまたは赤紫色までの範囲の発色を起こすことができるように,また,光,洗浄,荒天,汗,および髪が曝されるであろうさまざまな処理に十分な抵抗性を有するように盛んに探求されている。」(段落【0002】,【0003】) (ウ)「【発明が解決しようとする課題】これまで,これらの「基調」発色は,特にパラ-フェニレンジアミンを基とする染料によって得られていた。しかし,パラ-フェニレンジアミンの使用は現在,毒物学的理由から議論されている。 本発明者は,一級,二級または三級アミン官能基を含むパラ-フェニレンジアミンをメタ-フェニレンジアミンと,更に追加的に以下に構造を示すパラーアミノフェノールまたはメタ-アミノフェノールのいずれかと組み合わせることによって,新規な非-毒性で抵抗性の,しかも青色から青紫色までまたは赤紫色までの範囲の濃い色を発色する染料が得られることを見出した。 この発見が本発明の基礎を成している。」(段落【0004】,【0005】) (エ) 本件訂正発明は,上記課題を解決するため,前記特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用した(段落【0006】〜【0015】)。 (オ)「上記により得られた新規な染料は,青色から青紫色または赤紫色に至るまでの範囲で濃厚な発色の達成を可能とし,これらの染料は非-毒性でありかつ特に光,洗浄,荒天,汗,および毛髪が曝されるであろうさまざまな処理に対して抵抗性である。これらは,特筆すべきことに,シャンプーに対してきわめて抵抗性である。」(段落【0016】) イ 刊行物1(甲第3号証)には,次の記載がある。 (ア)「ケラチン質繊維,毛髪および毛皮の染色分野において古くから知られているようにm-フエニレンジアミン化合物は重要な役割を演じているものである。この化合物は現今染色剤と呼ばれる化合物の部類の要素となっている。p-フエニレンジアミンまたはp-アミノフエノールと共に酸化ベースと呼ばれるこの発色剤化合物はアルカリ性の酸化ふん囲気中で着色されたインダミン,インドアニリンまたはインドフエノールを生じる。 p-フエニレンジアミンとm-フエニレンジアミンは共に酸化性のアルカリ性ふん囲気中でそして特に過酸化水素の存在下でケラチン質繊維に非常に強い青色を与えることができるインダミンを生じる。 それのみならずm-フエニレンジアミンはp-フエニレンジアミンと共に酸化性のアルカリ性ふん囲気中でインドアニリンを生じ,これはケラチン質繊維に多かれ少なかれ紫赤色の着色を与える。 m-フエニレンジアミンはこのように発色剤として考えたときに毛管染色(capillary dyeing)において二重の役割を演じている。青色と赤色を与えることである。」(4頁左上欄4行〜右上欄5行) (イ)「本発明の目的は毛の染色用組成物に有用なm-フエニレン発色剤を構成することができる新しい化合物を開示することである。本発明による化合物は発色剤として良好な染色性と非常に無害性であるという2つの性質を兼ね備えているので,この化合物は毛管染色において特に有用である。 本件発明はその目的は次の新規な工業製品である。 これは一般式(T) (判決注・式中の定義は省略) で表わされる化合物あるいはその相当する塩から成るものである。」(4頁左下欄11行〜右下欄15行) (ウ)「アルカリ性酸化媒質中で式(T)の化合物は大部分を占めるp-フエニレンジアミンといっしょに毛に強い青色の着色を与える。それは多少緑色または紫色がかつているが光線,悪天候および洗髪に抵抗性をもつものである。」(5頁左上欄1行〜5行) (エ)「式(T)の化合物のある数のものは染色の見地からいつて,それらがp-アミノフエノールまたは2-メチル-4-アミノフエノールといっしょにすると安定な赤色をも与えることができるという追加の利点を持っている。」(5頁左下欄18行〜右下欄2行) ウ 上に認定した本件明細書及び刊行物1の各記載によれば,本件訂正発明及び刊行物1に記載された発明は,いずれも,酸化染料先駆体(酸化ベース)とカプリング剤(修正剤,発色剤)とを組み合わせて使用する酸化染料組成物の技術分野に属するものであるということができる。刊行物1に記載された発明は,毛の染色用組成物に有用な新規なカプリング剤(発色剤,修正剤)の改良に関するものである。しかし,カプリング剤は酸化染料先駆体と組み合わせて使用することを前提として開発されるものであり,刊行物1には,上記のとおり,カプリング剤を酸化染料先駆体と組み合わせて使用することが記載されている。刊行物1に記載された発明がカプリング剤の改良に関するものであることは,同発明と本件訂正発明とが技術分野を同じくするとの上記判断を何ら妨げるものではない。 また,上記認定によれば,刊行物1に記載された発明は,毛髪の染色に当たり,良好な染色性や無害性を備えた染色剤を得ることを目指すという点において,本件訂正発明と技術思想ないし発明の目的を共通にしていることが明らかである。そして,両発明にこのような共通項がある以上,刊行物1に記載された発明の中には,本件訂正発明に向けて進むための動機付けは十分に存在するというべきである。 両発明が技術思想や発明の目的を異にする,との原告の主張は採用することができない。 (3) 決定は,刊行物1には,本件訂正発明の酸化染料組成物の3成分と一致する化合物が記載されているとした上で,「引用発明1(判決注・刊行物1記載の発明)の例19では,第2成分,第3成分(パラアミノフェノール類)は本件訂正発明1(判決注・本件訂正発明)のものと一致しているが,第1成分として4-アミノ-N-メチルアニリンジヒドロクロリドが使用されている。同じく例25では,第1成分,第2成分は本件発明1(判決注・本件訂正発明)のものと一致しているが,第3成分に相当するものとしてパラアミノフェノール及びメタアミノフェノールが使用されており,本件訂正発明1の第3成分とは異なっている。すなわち,本件訂正発明1の組成物の3成分のすべてが引用発明1と一致していることとなるが,ただ引用発明1では,具体的に開示された組成物の例として第1成分,第2成分,第3成分のいずれもが本件訂正発明1の3成分と一致しているものがない点で相違している。しかしながら,刊行物1においては,染色用組成物として例5〜例26に種々の組合せが示されており,発明の詳細な説明においても,第1成分と第2成分,第3成分の種々の組合せのうち特定の組合せに限定されているものとも認められない。引用発明1のうち例19についてみると,第1成分として4-アミノ-N-β-メチルアニリンジヒドロクロリドに代えて,同じく式(TT)に包含される他のパラフェニレンジアミン類(例えば例25の第1成分である4-アミノ-N-メトキシエチルアニリン硫酸塩)を選択することは当業者が容易になし得ることであり,例25についてみると,第3成分としてパラアミノフェノール,メタアミノフェノールに代えて,例えば例19の第3成分である2-メチル-4-アミノフェノールジヒドロクロリドを選択することはやはり当業者が容易になし得ることである。この1成分の置換はいずれも本件訂正発明1に該当する組成物を生じる。」(決定書11頁23行〜12頁7行)と判断した。 原告は,刊行物1(甲第3号証)に記載された組成物を構成する要素に属する多数の成分の中から,本件訂正発明の成分の組合せに対応する特定の成分の組合せに特に注目して,この組合せを選び出すことを容易なことであるとする決定の論理には,合理的な理由がないと主張する。 しかしながら,証拠(乙第1ないし第3号証)及び弁論の全趣旨によれば,酸化染料組成物とは,酸化染料先駆体(酸化塩基)を過酸化水素等で酸化させて発色させる髪等の染色に用いられる組成物であり,酸化染料先駆体が酸化により重合して生成する高分子型の色素に種々のカプリング剤(修正剤,発色剤)が組み込まれて様々な色調が生成するものであること,本件出願の優先日の当時,本件訂正発明の属する,酸化染料先駆体及びカプリング剤を組み合わせて使用する酸化染料組成物の技術分野において,酸化染料先駆体として機能し得る多数の化合物群(p-フェニレンジアミン,パラトルエンジアミン,パラアミノジフェニルアミン等)及びカプリング剤として機能し得る多数の化合物群(メタフェニレンジアミン,レゾルシン,ピロガロール,ピコカテコール等)が周知であったこと,酸化染料組成物に対しては,それが人の毛髪染色に使用されるものであることから,無毒性,低刺激性,耐汗性,耐光性,耐シャンプー性等の染色特性が求められること,このため,上記技術分野の当業者は,上記の具体的な染色特性のそれぞれにつき更なる改善を目指して,酸化染料先駆体(酸化塩基)として機能する化合物群から少なくとも一つ以上の化合物を取り出し,かつ,カプリング剤(修正剤,発色剤)として機能する化合物群から少なくとも一つ以上の化合物を取り出し,それらを組み合わせたときの染色特性を研究していること,本件訂正発明は,毛髪用の酸化染料組成物の技術分野に属する,周知の酸化染料先駆体と,周知のカプリング剤とを組み合わせて使用するものであること,が認められる。 これらの事実に照らすと,毛髪用の酸化染料組成物の技術分野の当業者において,新たな酸化染料組成物を得ることを目的に,刊行物1に記載された酸化染料先駆体(酸化塩基)として機能する既知の化合物群とカプリング剤(修正剤,発色剤)として機能する既知の化合物群とを組み合わせて使用することを試みることは,その組合せを阻害する要因が認められない限り,格別の創意工夫を要することなく,容易に行うことができることである,というべきである。本件全資料を検討しても,本件訂正発明につき,上記組合せを阻害する要因があると認めることはできない。 かえって,刊行物1(甲第3号証)の記載中には,上記組合せを試みることを促す要因となるものが見いだされる。同刊行物には,次の記載がある。 ア「(6)発色剤として,一般式 (T) (式中の定義は省略)で表わされる化合物少くとも1種を含む酸化ベース少くとも1種を水溶液中に含有するケラチン質繊維そして特に毛の染色用組成物。」(特許請求の範囲6) イ「(11)一般式 (式中の定義は省略)で表わされるp-フェニレンジアミンまたはその相当する酸の塩の少くとも1つを酸化ベースとして含むことを特徴とする前項(6)〜(10)の1つに記載の組成物。」(特許請求の範囲11) ウ「アルカリ性酸化媒質中で式(I)の化合物は大部分を占めるp-フェニレンジアミンと一緒に毛に強い青色の着色を与える。それは多少緑色または紫色がかっているが光線,悪天候および洗髪に抵抗性をもつものである。」(5頁左上欄1〜5行) エ「本発明を説明するために以後純粋に説明的なそして限定しない例によって式(I)の化合物の製造およびその使用を次のように記載する。 1.(2,4-ジアミノ)フェノキシエタノールのジヒドロクロリド 2.(2-アミノ-4-アミノ-N-メチル)フェノキシエタノールのジヒドロクロリド 3.(2,4-ジアミノ)フェニルメトキシエチルエーテルのジヒドロクロリド 4.(2,4-ジアミノ)フェニルメシルアミノエチルエーテルのジヒドロクロリド これら4つの化合物群は特に下記の酸化べースで非常に安定性のよい青色の着色を与える。 p-フェニレンジアミン,p-トルイレンジアミン,2-メチル-5-メトキシ-p-フェニレンジアミン,2,6-ジメチル-3-メトキシ-p-フェニレンジアミン,2,6-ジメチル-p-フェニレンジアミン,4-アミノ-N-メトキシエチルアニリン,4-アミノ-N,N-エチル-カルバミルメチルアニリンおよび4-アミノ-N,N-ジ-β-ヒドロキシエチルアニリン 式(I)の化合物のある数のものは染色の見地からいって,それらがp-アミノフェノールまたは2-メチル-4-アミノフェノールといっしょにすると安定な赤色をも与えることができるという追加の利点をもっている。このことは例として記載した初めの2つの化合物の場合にそうである。これらの化合物を含む染色用組成物は同時にp-フェニレンジアミン類とp-アミノフェノール類を含有することができる。」(5頁右上欄16行〜右下欄6行) オ「例19 次の染色用組成物を作る。 例1の化合物(判決注・(2,4-ジアミノ)フェノキシエタノールのジヒドロクロリド,本件訂正発明の式(TT)の化合物(第2成分)に相当する。)・・・ 2-メチル-4-アミノフェノールジヒドロクロリド(判決注・本件訂正発明の式(TTT)の化合物(第3成分)に相当する。)・・・ 4-アミノ-N-メチルアニリンジヒドロクロリド(判決注・p-フェニレンジアミン系化合物,本件訂正発明を組成する成分とは対応しない。)・・・」(12頁右上欄7行〜左下欄7行) 刊行物1の上に認定した記載によれば,同刊行物は,上記式(I)の化合物に特徴を有し,この化合物を,(II)式で表されるp-フェニレンジアミン等の酸化塩基と混合することによって得られる,光線,悪天候及び洗髪に抵抗性を持つ染色用組成物について記載していること,式(I)に包含される化合物のうち,特に,上記1.又は2.の化合物を使用する場合には,p-アミノフェノールまたは2-メチル-4-アミノフェノールを更に加えることで,安定な赤色をも与える組成物となることも記載されていること,が認められる。 上記例19に記載された成分のうち,@(2,4-ジアミノ)フェノキシエタノールのジヒドロクロリドは,刊行物1における式(I)に包含される成分であるから,刊行物1に記載された発明において特徴的な成分であり,A4-アミノ-N-メチルアニリンジヒドロクロリドは,刊行物1における式(II)に包含される成分であるから,@の成分と一緒に配合することにより「光線,悪天候および洗髪に抵抗性をもつ組成物」を得るために必要な成分であり,B2-メチル-4-アミノフェノールジヒドロクロリドは,@,Aの成分と一緒に配合することにより,安定な赤色を与えるために必要な成分であると認めることができるから,例19の組成物において,これらの成分に着目することは,当業者が当然に行うことであるということができる。さらに,例19において,酸化ベース(酸化染料先駆体)であるBの成分は,刊行物1における式(II)に包含される成分中から任意に選択された成分であると認められるから,同じく式(II)に包含される他の多数の成分の中から,特に,刊行物1の5頁左下欄や実施例に具体的な化合物名が例示されている成分(例えば4-アミノ-N-メトキシエチルアニリン等)と置換してみるといったことについても,動機付けは十分にあるということができる。 原告の主張は,採用することができない。 (3) 刊行物1に記載された酸化染料先駆体及びカプリング剤を選択して本件訂正発明の構成に想到することが容易であると解すべきことは,上に述べたとおりであるから,本件訂正発明の進歩性が肯定されるためには,同発明が現実に示すものとして本件出願により明らかにされた効果が,当業者が同発明の構成のものとして予想することができない顕著な効果を奏することが必要である(したがって,比較の対象は,従来技術の示す効果ではなく,同発明の構成のものと当業者が予想する効果である。)。 原告は,甲第9号証の実験成績証明書に記載された試験結果は,本件訂正発明のうち刊行物1(甲第3号証)に開示される最も近い構成を備えた組成物が刊行物1記載の組成物の中で本件訂正発明に最も近い構成を備えたものに比較して好ましい染色特性を有することを示すものであるから,本件訂正発明のすべての態様について優れた効果を合理的に理解できると主張する。 しかしながら,原告の上記主張は,主張自体として失当である。本件訂正発明が現実に有するものとして明らかにされた効果と対比されるべきであるのは,本件訂正発明の構成のものとして当業者が予想する効果であって,従来技術の効果ではないというべきであるのに,原告が採り上げているのは,仮に,本件訂正発明に最も近い構成のものであるとしても,つまるところ,従来技術にすぎない刊行物1記載の組成物の効果であるからである(刊行物1記載の組成物を更に好ましいものとしようとして得られるのが本件訂正発明なのであるから,後者が前者に比べて優れた効果を示すことは,一般的には十分に予想し得ることである。) 上記の点をおき,原告の主張を,刊行物1記載の組成物の中で本件訂正発明に最も近い構成を備えたものの示す効果を,本件訂正発明の効果として当業者が予想する効果とみるべきである,という趣旨であると理解しても,採用することはできない。本件においては,少なくとも次のようにいうことができるからである。 甲第9号証の実験成績証明書に記載されたシャンプー耐性についてみる。 実施例7(刊行物1の例19の組成物)ではΔEが18.3であるのに対し,実施例8(例19における「4-アミノ-N-メチルアニリン」を「4-アミノ-N-β-メトキシエチルアニリン」に置換した組成物)のΔEは16であることが示されている。この実験結果によれば,実施例8(ΔE16)は,実施例7(ΔE=18.3)に比較するとシャンプー耐性が向上しているということができる。 しかしながら,上記試験結果は,あくまでも例19における「4-アミノ-N-メチルアニリン」を本件訂正発明の第1成分であるパラ-フェニレンジアミン類に含まれる「4-アミノ-N-β-メトキシエチルアニリン」に置換したただ一つの態様についての効果を示すにとどまり,例19における「4-アミノ-N-メチルアニリン」を刊行物1の式(II)に包含され,具体的な化合物名が例示されている,本件訂正発明の第1成分であるパラ-フェニレンジアミン類に含まれる他の成分(例えば,「4-アミノ-N-β-メトキシエチルアニリン」とは構造の異なる「2,6-ジメチル-p-フェニレンジアミン」,「4-アミノ-N,N-ジ-β-ヒドロキシエチルアニリン」)に置換した場合の効果まで示すものではない。 上記試験結果からは,刊行物1の例19において4-アミノ-N-メチルアニリンを,刊行物1の式(II)に包含され,本件訂正発明の第1成分であるパラ-フェニレンジアミン類に含まれる他の成分に置換することにより,刊行物1の記載から予想できない顕著な効果を奏すると結論づけることはできない。 原告は,刊行物1発明に開示されている酸化染色組成物と本件訂正発明に包含される酸化染色組成物とで,最も近い構成を備えたもの同士を比較した結果,本件訂正発明に包含される酸化染色組成物に有利な効果が生じることが認められるならば,本件訂正発明のすべての態様について有利な効果が生じることは自明である,と主張する。しかし,一つの態様について有利な効果が生じるからといって,他の態様についても有利な効果が生じるとは限らないことは,事柄の性質上,論ずるまでもなく明らかなことである。 原告の主張を採用することはできない。 2 原告の主張1は理由がない。 |
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結論
以上のとおりであるから,原告の主張1は理由がないから,その余の原告の主張について判断するまでもなく,原告の請求は理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |