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事件 平成 14年 (行ケ) 161号 審決取消請求事件
原告 株式会社デンソー
訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦,加藤大登
被告 三菱電機株式会社
訴訟代理人弁理士 青山葆,河宮治,石野正弘,稲葉和久
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2001-35437号事件について平成14年2月28日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告の請求した無効審判において,本件特許を無効とするとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯等 (1-1) 本件特許 特許権者:株式会社デンソー(原告) 発明の名称:「車両用交流発電機」 特許出願日:平成2年5月17日(特願平2-127559号) 設定登録日:平成12年3月10日 特許番号:第3041884号 (1-2) 本件無効審判手続(本訴の対象) 審判請求日:平成13年10月4日(無効2001-35437号) 審決日:平成14年2月28日 審決の結論:「特許第3041884号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。」 審決謄本送達日:平成14年3月11日(原告に対し) (1-3) 訂正審判の請求 審判請求日:平成14年5月24日(訂正2002-39129号) 審決日:平成14年10月23日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年11月5日(原告に対し) 審決取消訴訟:東京高裁平成14年(行ケ)第600号事件(本件と同日に判決言渡) (2) 特許請求の範囲の記載(訂正審判請求前のもの。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。) 【請求項1】多相の固定子巻線を収容する複数の溝と,溝間に位置する複数の歯状鉄心とが形成された固定子と,前記固定子の前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が形成され,回転駆動される回転子と,前記回転子に界磁を供給する界磁巻線とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯状鉄心が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が前記固定子巻線の相数及び前記磁極の極数について1相1極当たり2とされており,前記固定子巻線は,多相の第1コイル群と,この第1コイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角をずらして配置された多相の第2コイル群とを備えることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項2】前記第1コイル群と前記第2コイル群とは三相であり,両コイル群の各相コイルは,互いにπ/6ずらして前記固定子鉄心に巻装されていることを特徴とする請求項1記載の車両用交流発電機。
【請求項3】略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成され,該複数の溝に多相の固定子巻線を配し前記複数の溝間が複数の歯状鉄心とされた固定子と,界磁巻線を有し前記固定子の内側に回転自在に配されるとともに,前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯状鉄心が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が,前記固定子巻線の相数および前記磁極の極数について1相1極当たり2とされており,前記固定子巻線は,三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして前記固定子鉄心に巻装されていることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項4】前記第1コイル群と前記第2コイル群とは,星型結線されていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の車両用交流発電機。
【請求項5】前記第1コイル群と前記第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であることを特徴とする請求項4記載の車両用交流発電機。
【請求項6】前記第1コイル群からの多相交流出力を整流する第1レクティファイアと,前記第2コイル群からの多相交流出力を整流する第2レクティファイアとを備え,両レクティファイアの出力を並列に接続したことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の車両用交流発電機。
(3) 審決の理由の要旨 (3-1) 審決は,引用例として,特開昭51-87705号公報(審判甲1,本訴甲4,引用例1),実願昭58-73630号(実開昭59-179500号)のマイクロフィルム(審判甲2,本訴甲5,引用例2)を摘示して,その内容を認定した。そして,審決は,引用例1から引用例1発明Aと引用例1発明Bを認定した。その説示は,次のとおりである。
『引用例1には「多相の電機子巻線を収容する複数の溝と,溝間に位置する複数の歯部とが形成された電機子鉄心と,前記電機子鉄心の前記複数の歯部に対向する複数の磁極が形成され,回転駆動される回転子と,前記回転子に界磁を供給する界磁巻線とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記電機子鉄心の単一の前記歯部が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が前記電機子巻線の相数及び前記磁極の極数について1相1極当たり2とされている車両用交流発電機。」との発明(以下,引用例1発明Aという。)ないしは「略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成され,該複数の溝に多相の電機子巻線を配し前記複数の溝間が複数の歯部とされた電機子鉄心と,界磁巻線を有し前記電機子鉄心の内側に回転自在に配されるとともに,前記複数の歯部に対向する複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯部が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯部は,その数が,前記電機子巻線の相数および前記磁極の極数について1相1極当たり2とされており,電機子巻線は三相のコイル群を備えた車両用交流発電機。」との発明(以下,引用例1発明Bという。)が開示されているに等しいと認めることができる。』 (3-2) 審決は,「対比・判断」の検討をし,本件発明1について,次のとおり認定判断した。
(a) 審決は,本件発明1と引用例1発明Aとの一致点として,次のとおり認定した。
『両者は,「多相の固定子巻線を収容する複数の溝と,溝間に位置する複数の歯状鉄心とが形成された固定子と,前記固定子の前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が形成され,回転駆動される回転子と,前記回転子に界磁を供給する界磁巻線とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯状鉄心が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が前記固定子巻線の相数及び前記磁極の極数について1相1極当たり2とされている車両用交流発電機。」の点で一致。』 (b) 審決は,本件発明1と引用例1発明Aとの相違点として,次のとおり認定した。
『本件発明1の固定子巻線が多相の第1のコイル群と,この第1のコイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角をずらして配置された多相の第2のコイル群とを備えているのに対し,引用例1発明Aがかかる構成を備えていない点』 (c) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
(c-1)『特許明細書の,「このとき,ステータコイル30の主コイル31〜33と従属コイル34〜36の出力電圧波形は,第7図の実線Aおよび破線Bに示すとおり現れ,ここでは,従属コイル34〜36は主コイル31〜33に対して電気角で30゜の位相差が与えられているため,レクティファイヤ5,6によってそれぞれ三相全波整流された合成電圧Vの波形は,実線Cに示すとおり現れ,主コイル31〜33および従属コイル34〜36によるこの合成電圧波形は,破線Dに示す主コイル31〜33のみを整流した場合の単独電圧波形と比較して,最大電圧値と最小電圧値との差が小さくなる。」(特許公報6欄45行乃至8欄1行),「従って,本実施例によると,リップル率は,従来のものと比較して,大幅に低減することができる。」(7欄50行乃至8欄47行)との記載によれば,本件発明1が前記相違点にかかる構成を採用したのは,整流後の出力電圧波形のリップル率を低減させるためと認められるところ,前示引用例2の記載によれば引用例2に記載された発電機は本件発明1と同様に整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するために,固定子巻線を,多相の第1コイル群とこのコイル群と出力が重複しないように電気角をずらして多相の第2コイル群を配置するという構成を採用するものである。 もっとも,引用例2に記載された発電機は回転計発電機であって,この点で引用例1発明Aの自動車用交流発電機と異なるといえるが,しかしながら,引用例2の前示の構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由は何ら見当たらないのであるから,引用例2に接した当業者であれば引用例2の前示の構成を引用例1発明Aに適用しようとすることは容易に着想できることであり,かかる適用に当たっては,引用例1発明Aの多相コイルに加えて第2コイル群として他の多相のコイルをその出力が重複しないように電気角をずらして配置して足りるのであるから,そうすると,本件発明1の前記相違点にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (c-2)『そして,本件発明1が奏する「回転子の隣り合う各磁極間に形成される磁束が,同一の歯状鉄心を介して形成されることが少なくなり,歯状鉄心が磁束が漏れる時間が短くなる。従って,漏れ磁束によって生じる固定子巻線に対する有効磁束の減少量が少なくなり,磁束の脈動が発生し難くなる。このため,発生電圧の変動および出力波形を乱すことが少なくなり,直流に整流した場合に安定した電圧が得られる。」(特許公報5欄9行乃至16行)との作用効果も引用例1及び引用例2の記載から当業者が予測できる範囲のものである。』 (3-3) 審決は,本件発明2の進歩性について,次のとおり説示した。
『本件発明2が本件発明1を引用し,本件発明1の多相の第1コイル群と多相の第2のコイル群がそれぞれ三相であること,第1のコイル群と第2コイル群と出力が重複しないようにπ/6ずらすとの構成を付加するものであることは請求項2の記載に照らして明らかである。 しかしながら,多相の第1コイル群と多相の第2のコイル群がそれぞれ三相であること,第1のコイル群と第2コイル群と出力が重複しないようにπ/6ずらす構成は引用例2に記載されているものであって,そして,本件発明1が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,本件発明2も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-4) 審決は,本件発明3について,次のとおり認定判断した。
(a) 審決は,本件発明3と引用例1発明Bとの一致点として,次のとおり認定した。
『両者は,「略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成され,該複数の溝に多相の固定子巻線を配し前記複数の溝間が複数の歯状鉄心とされた固定子と,界磁巻線を有し前記固定子の内側に回転自在に配されるとともに,前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯状鉄心が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が,前記固定子巻線の相数および前記磁極の極数について1相1極当たり2とされている車両用交流発電機。」の点で一致。』 (b) 審決は,本件発明3と引用例1発明Bとの相違点として,次のとおり認定した。
『本件発明3の固定子巻線が三相の第1のコイル群と,三相の第2コイル群をを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして固定子鉄心に巻装されているのに対し,引用例1発明Bがかかる構成を備えていない点』 (c) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
(c-1)『特許明細書の,「このとき,ステータコイル30の主コイル31〜33と従属コイル34〜36の出力電圧波形は,第7図の実線Aおよび破線Bに示すとおり現れ,ここでは,従属コイル34〜36は主コイル31〜33に対して電気角で30゜の位相差が与えられているため,レクティファイヤ5,6によってそれぞれ三相全波整流された合成電圧Vの波形は,実線Cに示すとおり現れ,主コイル31〜33および従属コイル34〜36によるこの合成電圧波形は,破線Dに示す主コイル31〜33のみを整流した場合の単独電圧波形と比較して,最大電圧値と最小電圧値との差が小さくなる。」(特許公報6欄45行乃至8欄1行),「従って,本実施例によると,リップル率は,従来のものと比較して,大幅に低減することができる。」(7欄50行乃至8欄47行)との記載によれば,本件発明1が前記相違点にかかる構成を採用したのは,整流後の出力電圧波形のリップル率を低減させるためと認められるところ,前示引用例2の記載によれば引用例2に記載されたは本件発明3と同様に整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するために,三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして固定子鉄心に巻装するという構成を採用するものである。 もっとも,引用例2に記載された発電機は回転計発電機であって,この点で引用例1発明Bの自動車用交流発電機と異なるといえるが,しかしながら,引用例2の前示の構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由は何ら見当たらないのであるから,引用例2に接した当業者であれば引用例2の前示の構成を引用例1発明Bに適用しようとすることは容易に着想できることであり,かかる適用に当たっては,引用例1発明Bの三相コイルに加えて第2コイル群として他の三相のコイルを電気角でπ/6ラジアンをずらして固定子鉄心に配置して足りるのであるから,そうすると,本件発明3の前記相違点にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (c-2)『そして,本件発明3が奏する「回転子の隣り合う各磁極間に形成される磁束が,同一の歯状鉄心を介して形成されることが少なくなり,歯状鉄心が磁束が漏れる時間が短くなる。従って,漏れ磁束によって生じる固定子巻線に対する有効磁束の減少量が少なくなり,磁束の脈動が発生し難くなる。このため,発生電圧の変動および出力波形を乱すことが少なくなり,直流に整流した場合に安定した電圧が得られる。」(特許公報5欄9行乃至16行)との作用効果も引用例1及び引用例2の記載から当業者が予測できる範囲のものである。』 (3-5) 審決は,本件発明4の進歩性について,次のとおり判断した。
『本件発明4は,本件発明1乃至3を引用し,第1コイル群と第2コイル群とは星型結線されているとの構成を付加するものであることは請求項4の記載に照らして明らかである。 しかしながら,第1コイル群と第2コイル群とは星型結線されているとの構成は引用例2に示されている構成であって,そして,本件発明1乃至3が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,本件発明4も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-6) 審決は,本件発明5の進歩性について,次のとおり判断した。
『本件発明5が,本件発明4を引用し,その第1コイル群と第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であるとの構成を付加するものであることは請求項5の記載に照らして明らかである。 しかしながら,第1コイル群と第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であるとの構成は引用例2に記載されている構成であって,そして,本件発明4が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,本件発明5も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-7) 審決は,本件発明6の進歩性について,次のとおり判断した。
『本件発明6が,本件発明1乃至5を引用し,それらの発明に第1コイル群からの多相交流出力を整流する第1レクティファイアと,第2コイル群からの多相交流出力を整流する第2レクティファイアとを備え,両レクティファイアの出力を並列に接続するとの構成を付加するものであることは請求項6の記載に照らして明らかである。 しかしながら,第1コイル群からの多相交流出力を整流する第1レクティファイアと,第2コイル群からの多相交流出力を整流する第2レクティファイアとを備え,両レクティファイアの出力を並列に接続するとの構成は引用例2に示されている構成であって,そして,本件発明1乃至5が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,本件発明6も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-8) 審決は,被請求人(原告)の主張に対し,次のように説示し,これを排斥した。
『被請求人は,本件発明は,歯状鉄心の幅を小さくすることにより,各磁極間に形成される磁束が歯状鉄心を介して漏れる量を低減できるということに着目してなされたものであるが,甲第1号証では,歯状鉄心の幅を小さくして漏れ量を小さくするという技術思想が全くなく,漏洩磁束を低減するために1極1相あたりの歯状鉄心の数を2とする技術思想は何ら開示するものではない旨主張する。 確かに,甲第1号証(引用例1)には,漏洩磁束を低減するために1極1相あたりの歯状鉄心の数を2とすると明記するところはない。 しかしながら,引用例1の「第1に於いて,電機子鉄心1に毎相毎極当り1ケの溝を有し(整数個の場合もある),」(2頁左下欄3行乃至4行)との記載の技術的意味を考察すれば,引用例で説明する従来例の自動車用交流発電機の電機子鉄心に形成される溝は毎相毎極当たり1ケのみならず整数個(当然のことながら2ケも含まれる)備えた構成をも示すものということができることは前示のとおりであり,この構成は,本件発明1乃至6の「前記複数の歯状鉄心は,その数が前記固定子巻線の相数及び前記磁極の極数について1相1極当たり2とされており,」との構成と同じものである。 ところで,特許明細書の「しかし,上記の爪状を呈する磁極を備えた車両用交流発電機では,スロットが1相1極当たり1の割合で形成されているため,回転子の各磁極101,102と固定子の歯状鉄心103とが,第8図に示すような相対位置になるときに,各磁極101,102間に形成される磁束が歯状鉄心103に漏れる時間がある。この磁束の漏れは,有効磁束を減少させるばかりでなく,磁束の脈動を発生させるため,発生電圧の変動および出力波形を乱すことになり,直流に整流した場合にリップルの原因ともなる。」(特許公報3欄36行乃至45行)との記載,「コアステータ20aをロータ10に対して透視した場合に,例えば,ロータ10の各磁極12a,13aに対する歯状鉄心21aの相対位置が,第5図に示すとおり,最大重なり合った場合でも,歯状鉄心21aと各磁極12a,13aとの重なり部分が非常に小さくなる。このため,このとき,歯状鉄心21aを介して形成される磁極12a,13a間の磁束は非常に小さくなり,漏れ磁束を抑えることができる。」(6欄20行乃至27行)との記載によれば,本件発明1乃至6が漏れ磁束を抑えることができるとするのは,歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2であれば,第8図に示された従来の歯状鉄心の数が1相1極当たり1のものに比較して重なり部分が小さくなるためであるが,このこと自体は,当業者であればそれらの構造上自明の差異として認識できることであり,そうであれば,引用例1発明A乃至Bも本件発明1乃至6と同様に漏れ磁束を抑えているということができるのである。 したがって,被請求人の上記主張は理由のないものである。 また,被請求人は,「甲第2号証には,電気角30゜の位相差を持つ2組の三相交流出力電圧のそれぞれを全波整流して得られる直流出力を合成して出力として取り出すことにより,リップルを低減するものが示されているものの,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの爪状磁極にわたって位置している構成において,歯状鉄心の幅を小さくして漏洩磁束を低減することにより先細形状磁極に起因したリップル成分を低減するという技術思想は全く開示されていない」旨主張する。
しかしながら,甲第2号証(引用例2)を引用した趣旨は,本件発明1乃至6の第1コイル群とこれと位相差をずらした第2コイル群によって出力電圧のリップルを小さくするという本件発明1乃至6の構成が公知であることを示すためであって,そして,この甲第2号証が一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの爪状磁極にわたって位置している構成において,歯状鉄心の幅を小さくして漏洩磁束を低減することにより先細形状磁極に起因したリップル成分を低減するという技術思想のものでなければ,甲第1号証の自動車用交流発電機の固定子の巻線として適用できないとする技術的理由は何ら存在しないのであるから,したがって,被請求人の上記主張は理由のないものである。』 (3-9) 審決は,次のように結論付けた。
『本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。』 2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 取消事由1(本件発明1についての一致点・相違点の認定判断の誤り) (1-1) 引用例1(甲4)について 引用例1には,確かに本件発明と同様の技術分野に属する車両用交流発電機が開示されている。しかし,引用例1に記載の車両用交流発電機は,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの爪状磁極にわたって位置している場合の歯状鉄心を介しての漏洩磁束を,爪状磁極に部分的な面取りを施すことによって低減しようとするものである。引用例1には,整流出力のリップルが漏洩磁束に起因することの記載は一切なく,漏洩磁束を低減するために1相1極当たりの歯状鉄心の数を2とする技術思想は全く開示されていない。
つまりは,引用例1に記載される技術内容において,1相1極当たりの溝数を2以上の整数個にした場合,爪磁極表面に対向する歯状鉄心の表面積は減少するため,1相1極当たりの溝数が1の場合の出力性能を維持しようとすれば,爪磁極形状及び面取り形状を変化させる必要があることは,当業者にとっては当然の設計技術である。しかしながら,引用例1では,爪磁極形状については何ら触れていないことから考察すると,括弧付きの「(整数個の場合もある)」という記載は,何ら技術思想のないものであり,ましてや,1相1極当たりの溝数を2に特定するものでもない。審決において,漏れ磁束をより低減するためには,重なり部分を小さくすればよいとの考え方から推断すれば,漏洩磁束を低減するためには1相1極当たりの歯状鉄心の数を2とするのではなく,なるべく大きい数に設定するのが当然であるということになる。
(1-2) 本件発明1と引用例1発明Aとの一致点について 審決では,一致点の認定として,前記1(3)(3-2)(a)のとおり説示するが,誤っている。
上記のように,引用例1に記載された引用例1発明Aにおいては,固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2とされている根拠が全くないから,単なる括弧付きでされた「(整数子の場合もある)」の記載から,1相1極当たり2を導くことは不当,違法である。
また,引用例1には,整流出力のリップルが漏洩磁束に起因することの記載は一切なく,一方,本件発明1では,1相1極当たりの歯状鉄心の数を2とすることで,爪状磁極に特有の漏洩磁束を低減でき,これにより出力電圧が漏洩磁束により正弦波形から周期的に歪む量を格段に少なくできるので,発電波形のピークがなだらかになり,その整流出力のリップルが低減できるという車両用交流発電機としての実用上,その差異は極めて大きいといわざるを得ない。
(1-3) 引用例2(甲5)について 引用例2には,確かに「第1コイル群とこれと位相をずらした第2コイル群によって出力電圧のリップルを小さくする」という構成が記載されている。しかし,引用例2は,回転数信号を制御信号として用いる場合に電圧波形の脈動率を小さく抑えるための回転計発電機の特有の技術課題を解決するためのものであり,回転数を検出する回転計発電機と,車両に用いられて車両用バッテリ及び車両負荷へ出力を供給するための車両用交流発電機とは,その用途が全く相違するものである。
用途が相違するために,上述のように,回転計発電機特有の技術課題(制御系信号を出力する際の脈動率低減)は,車両用交流発電機の技術的課題(車両用バッテリ等へ供給するための整流出力のリップル低減)と相違している。
審決は,「もっとも,引用例2に記載された発電機は回転計発電機であって,この点で引用例1発明Aの自動車用交流発電機と異なるといえるが,しかしながら,引用例2の前示の構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由は何ら見当たらない」と認定しているが,上記のように,引用例2のものは,回転数を検出する回転計発電機であり,かつ回転計発電機特有の技術的課題である「制御系信号を出力する際の脈動率低減」を解決するための構成が記載されており,単なる発電機という言葉が一致しているのみで,車両に用いられて車両用バッテリ及び車両負荷へ出力を供給するための車両用交流発電機に適用できるとするのは誤りである。引用例2に記載の技術的課題からすれば,引用例2に記載の「第1コイル群とこれと位相をずらした第2コイル群によって出力電圧のリップルを小さくする」構成については,発電機の出力を制御系信号として用いるための発電機,若しくは回転数を検出するための発電機のみに適用されてしかるべきであり,車両用交流発電機への適用は困難である。
(1-4) 引用例2(甲5)の構成と引用例1発明Aとの組合せについて 前記のとおり,引用例1の車両用交流発電機には,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの爪状磁極にわたって位置しているものは開示されているが,漏洩磁束を低減してリップルを低減するために1相1極当たりの歯状鉄心の数を2とする技術思想は全く開示されていない。すなわち,本件発明1は,車両用交流発電機における,出力のリップルを低減するためには,歯状鉄心の幅を小さくすることにより,各磁極間に形成される磁束が歯状鉄心を介して漏れる量を低減できることに着目してなされたものであるが,引用例1には,歯状鉄心の幅を小さくして漏れる量を小さくするという技術思想が全くない。なお,引用例1は,各磁極間に形成された磁束が歯状鉄心に漏れるのを防止するという課題が開示されているが,この課題を磁極の面取りという本件発明1とは全く異なる手段により解決しようというものであり,引用例1には本件発明1の上記技術思想は全くない。
引用例2についても,前記のとおりであり,電気角30°の位相差を持つ2組の三相交流出力電圧のそれぞれを全波整流して得られる直流出力を合成して出力として取り出すことにより,リップルを低減するものが示されているものの,その狙いは,回転計発電機特有の課題である,回転数信号を制御系信号として利用する際のものである。
ところが,審決は,「引用例2に接した当業者であれば引用例2の前示の構成を引用例1発明Aに適用しようとすることは容易に着想できることであり,かかる適用に当たっては,引用例1発明Aの多相コイルに加えて第2コイル群として他の多相のコイルをその出力が重複しないように電気角をずらして配置して足りる」と説示するが,引用例1において,車両用交流発電機の整流出力のリップルを低減するための技術思想が記載されておらず,ましてや,そのリップルが漏洩磁束に起因していることが開示されていない上,引用例2における,回転数を検出し,その制御系信号を出力するための回転計発電機における特有の課題を達成するための「電気角30°の位相差を持つ2組の三相交流出力電圧のそれぞれを全波整流して得られる直流出力を合成して出力として取り出すことにより,リップルを低減する」という構成を適用すること自体不適切であり,違法である。
以上のとおり,本件発明1は,車両用交流発電機において,歯状鉄心を介しての漏洩磁束が整流出力のリップルの原因となることを見出し,歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2として,歯状鉄心の幅を小さくすることにより漏洩磁束を低減,つまり整流出力のリップル低減を行うものである。さらに,歯状鉄心の数を固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2とすることにより,数が2倍になったスロットを利用して,互いに電気角がずれた2組のコイル群を重畳して,車両用交流発電機の整流出力のリップルを低減するものである。このような本件発明1は,引用例1,2から容易に想到できたものではない。
(2) 取消事由2(本件発明3についての一致点・相違点の認定判断の誤り) 前記(1)と同様の理由により,本件発明3と引用例1発明Bとの対比による審決の一致点の認定及び相違点の判断は,誤りである。
本件発明3は,引用例1,2から容易に想到できたものではない。
(3) 取消事由3(本件発明2,4ないし6の進歩性の判断の誤り) 前記のように,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものではないので,本件発明2は特許として認められるべきである。
上記のように,本件発明1ないし3は,当業者が容易に発明をすることができたものではないので,本件発明4は特許として認められるべきである。
本件発明4は,当業者が容易に発明をすることができたものではないので,本件発明5は特許として認められるべきである。
本件発明1ないし5は,当業者が容易に発明をすることができたものではないので,本件発明6は特許として認められるべきである。
3 被告の主張の要点 (1) 取消事由1に対して (1-1) 「整流出力のリップルが漏洩磁束に起因する(漏洩磁束を低減するとリップルが低減する)」という原告の認識自体承服できるものではない。
引用例1には,1相1極当たりの溝数,すなわち,歯状鉄心の数を2以上の整数個とするものが開示されており,本件発明1が漏洩磁束を抑えることができるのであれば,引用例1も同様に漏洩磁束を抑えているといえる。なお,引用例1に記載された「整数個」が2を含むことは当然である。歯状鉄心の数が本件発明1で主張されているように2であれば,漏洩磁束を抑えられることはもちろんであるが,2よりも大きな整数個であっても,当然漏洩磁束は抑えられる。
溝数を2以上の整数個にするに際して爪磁極形状及び面取り形状を変化させる必然性はない。これは,本件特許明細書の第8図と第5図とを比較しても何ら爪磁極形状及び面取り形状が変更されていないことからも,明らかである。
引用例1には,1相1極当たりの歯状鉄心の数(=溝数)を2以上の整数個とし漏洩磁束を低減するという技術思想が開示されている。引用例1に開示された「歯状鉄心の数(=溝数)を2以上の整数個にする」という構成は,本件発明1で主張している「歯状鉄心の数を2とする」という構成を開示しているに等しい。引用例1に対し,本件発明1において歯状鉄心の数を2に特定することによる特有の技術的意義は存在せず,単なる設計上の選択的事項にすぎない。
(1-2) 引用例2に記載された回転計発電機と,車両用交流発電機とでは,用途が相違していても,その発電原理,基本的構成は共通である。
回転計発電機,車両用交流発電機のいずれにおいても,その課題は「交流発電機において,直流出力の電圧波形のリップル(=脈動率)を小さく抑える必要がある。」という点で共通しており,その直流出力が制御系信号に用いられるのか,車両用バッテリ等へ供給するために用いられるのかの相違に有意差はない。
回転計発電機,車両用交流発電機のいずれであろうが,要は交流発電出力を整流した後,直流出力するという点で共通した構成の発電機であり,また,その用途も,制御系信号,車両用バッテリ等への供給のいずれであろうが,要は直流出力を必要とするという点で共通の用途である。このような構成,用途において必要とされる直流出力のリップルを小さくするという課題が共通の課題であることは,当業者であれば当然想到される。
(1-3) 上記のとおり,車両用交流発電機において整流出力のリップルを低減することは周知の技術思想であり,さらに,車両用交流発電機において整流出力波形のピーク数を増加することでリップルを低減できることも周知である。したがって,当業者であれば,引用例1の車両用交流発電機において,整流出力のリップルを低減するために,引用例2の構成を適用することは極めて容易に想到し得る。
また,原告は「リップルが漏洩磁束に起因していることが開示されていない」と主張しているが,「リップルが漏洩磁束に起因している」という原告の認識自体承服できるものではない。仮に,この認識が認められるとしても,引用例1に引用例2の構成を適用することが不適切であるという原告の主張は不当である。すなわち,引用例1に引用例2の構成を適用する狙いは,「漏洩磁束に起因したリップルを低減する」ためではなく,「車両用交流発電機において従来から周知の整流出力のリップルを低減する」ためである。つまり,引用例1に開示された車両用交流発電機において,整流出力のリップルを低減すべきであるという課題が周知で,更に整流出力波形のピーク数を増加することで整流出力のリップルを低減できるということも周知である。一方,引用例2には,整流出力のリップルを低減すべきであるという課題及び整流出力波形のピーク数を増加することで整流出力のリップルを低減するための構成が開示されている。したがって,引用例1に開示された車両用交流発電機に引用例2の構成を適用することは,当業者であれば極めて容易に想到されるものである。原告が主張する「リップルが漏洩磁束に起因しているか否か」は,引用例1に対する引用例2の適用の容易性を判断するには全く無関係な事項である。
(1-4) 以上のように,原告の主張に何一つ妥当なものはなく,考慮に値するものではない。したがって,本件発明1を無効とするという審決は取り消されるべきものではない。
(2) 取消事由2に対して 前記(1)と同様の理由により,取消事由2に関する原告の主張にも何一つ妥当なものはなく,考慮に値するものではない。したがって,本件発明3を無効とするという審決は取り消されるべきものではない。
(3) 取消事由3に対して 本件発明1は無効とされるべきものであり,ひいては本件発明2を特許として認める理由はない。
本件発明1ないし3は無効とされるべきものであり,ひいては本件発明4を特許として認める理由はない。
本件発明4は無効とされるべきものであり,ひいては本件発明5を特許として認める理由はない。
本件発明1ないし5は無効とされるべきものであり,ひいては本件発明6を特許として認める理由はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1についての一致点・相違点の認定判断の誤り)について (1) 本件発明1と引用例1発明Aとの一致点の認定について (1-1) 引用例1(甲4)には,次の記載がある。
「自動車用交流発電機は三相同期発電機の一様であって,その磁極は爪形磁極が用いられている。一般に第1図に示す如く(従来例は本発明の実施例図面を併用して説明する。)毎極毎相溝数が1の構成であり,その磁極は第2図に示す如く,前端前側辺6-3及び後端6-4に於いてほぼ斜溝率=1.0の斜溝をした梯形状としてあり,磁極底部6-1はほぼ極ピッチτに等しい。このため電機子鉄心との対応関連に於いて,第1図,第2図に示す如く,電機子鉄心歯部2の歯(I)2-1に於いて磁極N4-1と磁極S4-2が磁極前側辺6-3,後側辺6-4に於いて重畳し,磁束が正負打消しあい磁束が無効に作用し,有効な磁束が減少する。この無効な磁束量は全磁束の約10%を占めており,機器の小形化の妨げとなっていた。勿論,この斜溝構成は磁気吸引力の変動に基因する磁気振動を減少させるために有効な手段であった。」(1頁右下欄13行〜2頁左上欄10行) 「以下本発明第1〜第3図に示す実施例に基づき説明すると,第1に於いて電機子鉄心1に毎相毎極当り1ケの溝を有し(整数個の場合もある),三相であるため極ピッチでの範囲に3つの溝と3本の電機子鉄心歯部2を有する。それぞれの溝には電機子巻線3が巻装されてなり,巻線(U),巻線(V),巻線(W)と位相の異る3相巻線を構成しており,ここから交流出力を得る。図に於いて3本対の電機子鉄心歯部2は溝ピッチαの配置で歯(T)2-1,歯(U)2-2,歯(V)2-3と構成されている。次に均一空隙長Gを介して回転する磁極4が,正の磁極(N)4-1,負の磁極(S)4-2と交互に極ピッチτの配置で構成されており,磁束は正の磁束(N)4-1から空隙を介して電機子鉄心1に流れ込み,再び空隙を介して負の磁極(S)4-2に戻る磁気回路を構成している。ここで図の如き磁極4と電機子鉄心1の対向関係に於いて磁極4の磁極底部6-1の幅Wが極ピッチτとほぼ等価であるため歯(T)2-1には正の磁極(N)4-1と負の磁極(S)4-2が重畳する。点線で示したのが従来公知の磁極断面形状であるが,この場合,歯(T)2-1には正負の磁束が流れ込むので互に打消しあい無効な磁束となる。この磁束の量は全磁束の約10%と高い割合を占めている。」(2頁左下欄2行〜右下欄6行) (1-2) 上記のうち,「自動車用交流発電機は三相同期発電機の一様であって,その磁極は爪形磁極が用いられている。一般に第1図に示す如く(従来例は本発明の実施例図面を併用して説明する。)毎極毎相溝数が1の構成であり」という記載によれば,自動車用交流発電機は三相同期発電機に分類されるもので,引用例1の第1図に示されるような毎極毎相溝数が1の構成が従来一般的であったことが認められるが,引用例1には「第1に於いて,電機子鉄心1に毎相毎極当り1ケの溝を有し(整数個の場合もある)」というように,毎相毎極当たり整数個の溝を有する場合もあることが記載されている。そして,この記載から想定される溝と電機子鉄心歯部の数を整数倍にしたものについてみると,このものにおいても,上記の「電機子鉄心歯部2の歯(I)2-1に於いて磁極N4-1と磁極S4-2が磁極前側辺6-3,後側辺6-4に於いて重畳し,磁束が正負打消しあい磁束が無効に作用し,有効な磁束が減少する。」という,溝を1個とした従来例と同じ問題点が発生することは,当業者に明白である。そうすると,引用例1における従来例として,毎相毎極当たり整数個の溝を有するものを把握したとしても,引用例1の解釈に矛盾を生じることはない。したがって,引用例1には,従来例として,毎極毎相溝数が整数個である自動車用交流発電機が記載されているといえる。
(1-3) 原告は,引用例1について,前記第1,2(1)(1-1)のとおり主張するので,この点について検討する。
引用例1(甲4)の記載全体をみれば,「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数」のものであっても,面取りによって漏洩磁束の低減は可能であることが明らかである。したがって,引用例1の実施例が,面取りによって漏洩磁束を低減するものであったとしても,引用例1には,毎極毎相溝数が複数個のものは記載されていないということはできない。
また,「1相1極当たりの歯状鉄心の数が1」であったものを,スロットの内周端間の隙間をそのままにして「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数」のものとする場合に,出力性能を維持するには,一般的にいって,爪磁極形状及び面取り形状を変化させる必要のあることは,原告主張のとおりであるとしても,もともと,「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数」のものにおいては,原告主張のような爪磁極等の形状変更が必要であるとはいえないのであるから,原告の主張するような理由をもって,引用例1において,毎極毎相溝数が1のものしか想定されていないということにはならない。
そして,「整数個」には「2」が含まれることは明らかであり,また,後述するとおり,「1相1極当たりの歯状鉄心の数を2」,すなわち,「毎極毎相溝数を2」としたものが,交流発電機の技術分野において,既に知られているのであるから,引用例1に,毎極毎相溝数を「整数個」有するものとして,「2個」有するものが記載されていると認めるのが相当である。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(1-4) 原告の前記第1,2(1)(1-4)の主張中には,引用例1につき,「引用例1では,歯状鉄心の幅を小さくして漏れ量を少なくするという技術思想が全くない。」というものがあるので,ここで検討しておく。
引用例1において,前記(1-1)のように,「歯(T)2-1には正の磁極(N)4-1と負の磁極(S)4-2が重畳する。点線で示したのが従来公知の磁極断面形状であるが,この場合,歯(T)2-1には正負の磁束が流れ込むので互に打消しあい無効な磁束となる。」との記載があるところからすると,毎極毎相溝数を整数個とすれば,歯状鉄心の数も整数倍となり,当然,その幅も小さくなるのであるから,一つの歯状鉄心に対する正の磁極(N)と負の磁極(S)との重畳が少なくなって,無効な磁束が減少することは明らかであるので,引用例1には,実質的に,歯状鉄心の幅を小さくして漏れ量を少なくすることが記載されているものと解される。
(1-5) 以上によれば,本件発明1と引用例1発明Aとの一致点として,審決が前記第1,1(3)(3-2)(a)のように認定したことに誤りはないというべきである。
(2) 本件発明1と引用例1発明Aとの相違点の判断について (2-1) 引用例2(甲5)には,次の記載がある。
「後者の方法では直流出力電圧により指示針のみを作動させるだけでなく,制御系の信号として用いる場合があり,直流出力の電圧波形の脈動率を小さく抑える必要がある。」(2頁1行〜4行) 「第5図は本考案にかかる回転計発電機の一実施例による発電機の2組の三相交流出力電圧をそれぞれ全波整流した直流出力を並列接続する場合の接続図である。
第5図において21は発電機のU相のUO間の発生電圧,22はU相と電気角で120゜の位相差をもつV相のVO間の発生電圧,23はさらにV相と電気角で120゜の位相差をもつW相のWO間の発生電圧を示す。また24は発電機のU′相のU′O′間の発生電圧,25はU′相と電気角で120゜の位相差をもつV′相のV′O′間の発生電圧,26はさらにV′相と電気角で120゜の位相差をもつW′相のW′O′間の発生電圧を示す。その他の符号は第1図と同様である。U′,V′,W′相はU,V,W相に対して独立して電気角で30゜の位相差をもって三相交流電圧を発生する。U,V,W相とU′,V′,W′相はそれぞれ6個の整流素子4により全波整流し,それぞれの直流出力電圧を端子P及びNにて並列接続して合成直流電圧を出力する。」(4頁7行〜5頁5行) 「第6図は発電機の毎極毎相の巻線数が2の場合を示し,巻線6はU相,巻線7はU′相,巻線8はV相,巻線9はV′相,巻線10はW相,巻線11はW′相となるように接続する。」(5頁13行〜16行) 「U相,V相,W相の電気位相角はそれぞれ120゜,またU′相,V′相,W′相の電気位相角もそれぞれ120゜となって,U相巻線6の巻線ピッチはフルピッチでT=6とし,巻線6と7との位相角はフルピッチの1/6として,巻線6〜11を鉄心5に配置し,上記説明のように接続することにより,電気角で30゜の位相差をもち互いに独立した2組の三相交流電圧を発生させることができる。」(6頁2行〜9行) 「第8図は第7図の2組の三相交流電圧をそれぞれ全波整流した直流出力電圧を第5図における端子P及びNで並列接続した合成直流出力電圧波形を示す。直流電圧脈動率は(最大電圧-最小電圧)/平均電圧で表わされるので,第4図に示す従来の直流出力電圧に対して本考案による第8図に示す直流出力電圧の波形では脈動率が半減し準直流に近づくことを示している。」(6頁20行〜7頁8行) (2-2) 以上の記載からすると,引用例2には,整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するために,「三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして前記固定子鉄心に巻装されている」という本件発明3ないし6の構成,すなわち,「多相の第1コイル群と,この第1コイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角をずらして配置された多相の第2コイル群とを備える」という本件発明1,2の構成を採用した回転計発電機が記載されていると認められ,また,「毎極毎相の巻線数が2」,すなわち,「毎極毎相溝数を2」としたものが記載されていると認められる。
(2-3) 引用例2に記載された発電機は,回転計発電機であり,車両用交流発電機ではないが,車両用交流発電機は,回転計発電機と発電原理を同じくしているのであるから,引用例2は,三相交流発電機において,整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するための構成を開示するものといえる。
(2-4) 原告は,引用例2に記載の技術的課題からすれば,引用例2に記載の構成については,発電機の出力を制御系信号として用いるための発電機,若しくは回転数を検出するための発電機のみに適用されてしかるべきであり,車両用交流発電機への適用は困難であると主張する。
しかし,引用例2には,その構成ないし技術が制御系信号を利用する際の脈動率低減にのみ使用可能であると認めるような記載は見当たらないから,原告の主張は,採用の限りではない。
(2-5) 車両用交流発電機は,回転計発電機と発電原理を同じくしているのであるから,車両用交流発電機においても,「発電機の毎極毎相の巻線数が2」のものを採用する場合には,引用例2と同様,コイルの巻装態様いかんによって,整流後の出力電圧波形に脈動を生じることは,当業者に明らかであり,「発電機の毎極毎相の溝数(巻線数)が2」である引用例1発明Aに対して,脈動を低減し得るとする引用例2記載の発明を適用して,整流後の出力電圧波形の脈動率を低減しようとすることは,当業者が容易に着想できることというべきである。
しかも,複数の歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について,1相1極当たり2である点で,引用例1発明Aと引用例2記載の発明は,共通の構造を有しており,引用例1発明Aに引用例2記載の発明の構成を適用するに当たっては,引用例2の三相コイルに加えて第2コイル群として他の三相のコイルを電気角でπ/6ラジアンをずらして固定子鉄心に配置するという,引用例2の構成をそのまま適用できるのであるから,適用に当たり構造上の格別の工夫も要しない。
(2-6) また,本件明細書(甲2)の「このとき,ステータコイル30の主コイル31〜33と従属コイル34〜36の出力電圧波形は,第7図の実線Aおよび破線Bに示すとおり現れ,ここでは,従属コイル34〜36は主コイル31〜33に対して電気角で30゜の位相差が与えられているため,レクティファイヤ5,6によってそれぞれ三相全波整流された合成電圧Vの波形は,実線Cに示すとおり現れ,主コイル31〜33および従属コイル34〜36によるこの合成電圧波形は,破線Dに示す主コイル31〜33のみを整流した場合の単独電圧波形と比較して,最大電圧値と最小電圧値との差が小さくなる。」(6欄45行〜8欄1行),及び,「従って,本実施例によると,リップル率は,従来のものと比較して,大幅に低減することができる。」(7欄50行〜8欄47行)との記載によれば,本件発明1,2において,「前記固定子巻線は,多相の第1コイル群と,この第1コイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角をずらして配置された多相の第2コイル群とを備える」という構成,及び,本件発明3ないし6において,「前記固定子巻線は,三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして前記固定子鉄心に巻装され」という構成により奏される作用効果は,整流後の出力電圧波形のリップル率を低減するというものでしかないと認められるところ,引用例1発明Aに引用例2記載の発明の構成を適用すれば,直流に整流した電圧のリップルが低減できることは明らかであるから,本件発明1ないし6により,当業者が予測できない作用効果が奏されているということもできない。
(2-7) 以上によれば,相違点にかかる構成は当業者が容易に想到できるものとした審決の判断に誤りはなく,取消事由1には,理由がない。
2 取消事由2(本件発明3についての一致点・相違点の認定判断の誤り)について (1) 前記1(1)と同様の理由により,本件発明3と引用例1発明Bとの一致点として,審決が前記第1,1(3)(3-4)(a)のように認定したことに誤りはない。
(2) 既に判示したところに照らせば,審決が,本件発明3と引用例1発明Bとの対比をした上,相違点について判断したところ(前記第1,1(3)(3-4)(c))は,是認し得るものである。
(3) そうすると,原告主張の取消事由2は,理由がない。
3 取消事由3(本件発明2,4ないし6の進歩性の判断の誤り) 原告の主張は,本件発明1,3が当業者が容易に発明をすることができたものではないことを前提に,本件発明2,4ないし6も特許として認められるべきであるというものである。
しかし,前判示のとおり,本件発明1,3は,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから,結局,原告主張の取消事由3も理由がない。
4 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利