関連審決 | 無効2001-35437 訂正2002-39129 |
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関連ワード | 技術的思想 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 発明の詳細な説明 / 着想 / 特許出願日 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 訂正審判 / 新規事項追加(新規事項の追加) / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 釈明 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 補助参加 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
600号
審決取消請求事件
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原告 株式会社デンソー 訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦,加藤大登,伊藤高順 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 紀本孝,三友英二,高橋泰史,林栄二,大橋信彦 被告補助参加人 三菱電機株式会社 訴訟代理人弁理士 青山葆,河宮治,石野正弘,稲葉和久 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/12/09 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は,参加によって生じたものも含め,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が訂正2002-39129号事件について平成14年10月23日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告補助参加人の請求した無効審判において,本件特許を無効とするとの審決がされたことから,審決取消訴訟を提起した上(東京高裁平成14年(行ケ)第161号事件),同訴訟係属中に本件訂正審判の請求をしたところ,本件審判の請求は成り立たないとの審決がされたため,その審決の取消しを求めた事案である。 なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。 1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯等 (1-1) 本件特許 特許権者:株式会社デンソー(原告) 発明の名称:「車両用交流発電機」 特許出願日:平成2年5月17日(特願平2-127559号) 設定登録日:平成12年3月10日 特許番号:第3041884号 (1-2) 無効審判手続 審判請求日:平成13年10月4日(無効2001-35437号) 審決日:平成14年2月28日 審決の結論:「特許第3041884号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。」 審決謄本送達日:平成14年3月11日(原告に対し) 審決取消訴訟:東京高裁平成14年(行ケ)第161号事件(本件と同日に判決言渡) (1-3) 本件訂正審判の請求(本訴の対象) 審判請求日:平成14年5月24日(訂正2002-39129号) 審決日:平成14年10月23日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年11月5日(原告に対し) (2) 本件訂正審判請求に係る特許請求の範囲の記載(下線が訂正を求めた部分。 以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「訂正発明1」などという。) 【請求項1】多相の固定子巻線を収容する複数の溝と,溝間に位置する複数の歯状鉄心とが形成された固定子と,前記固定子の前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が形成され,回転駆動される回転子と,バッテリの端子電圧を一定にするように前記回転子に界磁を供給する界磁巻線とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯状鉄心が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が前記固定子巻線の相数及び前記磁極の極数について1相1極当たり2とされており,前記固定子巻線は,三相 の第1コイル群と,この第1コイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角を互いに π/6ずらして配置された三相 の第2コイル群とを 備えており ,前記第 1コイル 群からの多相交流出力 を整流 する 第1レクティファイア と,前記第 2コイル 群からの 多相交流出力 を整流 する 第2レクティファイア とを 備え,両レクティファイア を並列 に接続 した 出力 が前記 バッテリ に供給 される ことを特徴とする車両用交流発電機。 【請求項 2】略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成され,該複数の溝に多相の固定子巻線を配し前記複数の溝間が複数の歯状鉄心とされた固定子と,界磁巻線を有し前記固定子の内側に回転自在に配されるとともに,前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置する前記歯状鉄心の数が一のみとなる ように配置されており,前記複数の歯状鉄心は,その数が,前記固定子巻線の相数および前記磁極の極数について1相1極当たり2とされるとともに,7個の前記歯状鉄心 が前記回転子の一の磁極 に対向 するように 配置 され ており,前記固定子巻線は,三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして前記固定子鉄心に巻装されていることを特徴とする車両用交流発電機。 【請求項 3】前記第 1コイル 群からの 多相交流出力 を整流 する 第1レクティファイア と,前記第 2コイル 群からの 多相交流出力 を整流 する 第2レクティファイア とを備え,両レクティファイア の出力 を並列 に接続 したことを 特徴 とする 請求項 2に記載 の車両用交流発電機 。 【請求項4】前記第1コイル群と前記第2コイル群とは,星型結線されていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の車両用交流発電機。 【請求項5】前記第1コイル群と前記第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であることを特徴とする請求項4記載の車両用交流発電機。 (3) 審決の理由の要旨 (3-1) 審決は,請求項1ないし3の訂正については,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないとし,その余の訂正は,明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当し,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないとした。 (3-2) その上で,審決は,独立特許要件の検討に進み,引用例として,特開昭51-87705号公報(甲4,引用例1),実願昭58-73630号(実開昭59-179500号)のマイクロフィルム(甲5,引用例2)を摘示して,その内容を認定し,さらに,特開昭59-185116号公報(甲6,周知例1),特開昭57-88840号公報(甲7,周知例2)を摘示してその記載内容を認定した。 そして,審決は,引用例1から引用発明1及び引用発明2として,次のとおり認定した。 『引用例1にはその従来例として,「多相の電機子巻線を収容する複数の溝と,溝間に位置する複数の歯部とが形成された電機子鉄心と,前記電機子鉄心の前記複数の歯部に対向する複数の磁極が形成され,回転駆動される回転子と,前記回転子に界磁を供給する界磁巻線とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記電機子鉄心の単一の前記歯部が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されており,前記複数の歯部は,その数が前記電機子巻線の相数及び前記磁極の極数について1相1極当たり整数個とされており,前記電機子巻線は三相のコイル群を備えている車両用交流発電機。」との発明(以下,引用発明1という。)ないしは「略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成され,該複数の溝に多相の電機子巻線を配し前記複数の溝間が複数の歯部とされた電機子鉄心と,界磁巻線を有し前記電機子鉄心の内側に回転自在に配されるとともに,前記複数の歯部に対向する複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置する前記歯部の数が一のみとなるように配置されており,前記複数の歯部は,その数が,前記電機子巻線の相数および前記磁極の極数について1相1極当たり整数個とされており,前記電機子巻線は三相のコイル群を備えた車両用交流発電機。」との発明(以下,引用発明2という。)が開示されているに等しいと認めることができる。』 (3-3) 審決は,「対比・判断」の検討をし,訂正発明1について,次のとおり認定判断した。 (a) 審決は,訂正発明1と引用発明1との一致点として,次のとおり認定した。 『両者は,「多相の固定子巻線を収容する複数の溝と,溝間に位置する複数の歯状鉄心とが形成された固定子と,前記固定子の前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が形成され,回転駆動される回転子と,前記回転子に界磁を供給する界磁巻線とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記固定子の単一の前記歯状鉄心が前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置するように配置されている車両用交流発電機。」の点で一致。』 (b) 審決は,訂正発明1と引用発明1との相違点として,次のとおり認定した。 『(相違点1)訂正発明1は,複数の歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2とされているのに対し,引用発明1は,複数の歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり整数個とされている点。 (相違点2)訂正発明1の固定子巻線が三相の第1のコイル群と,この第1のコイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角を互いにπ/6ずらして配置された三相の第2のコイル群とを備えており,前記第1コイル群からの多相交流出力を整流する第1レクティファイアと,前記第2コイル群からの多相交流出力を整流する第2レクティファイアとを備え,両レクティファイアの出力を並列に接続しているのに対し,引用発明1がかかる構成を備えていない点 (相違点3)訂正発明1がバッテリの端子電圧を一定にするように回転子に界磁を供給するものであって,両レクティファイアを並列に接続した出力がバッテリに供給されるのに対し,引用発明1がかかる構成を備えていない点』 (c) 審決は,相違点2について,次のとおり判断した。 『訂正明細書の,「このとき,ステータコイル30の主コイル31〜33と従属コイル34〜36の出力電圧波形は,第7図の実線Aおよび破線Bに示すとおり現れ,ここでは,従属コイル34〜36は主コイル31〜33に対して電気角で30゜の位相差が与えられているため,レクティファイヤ5,6によってそれぞれ三相全波整流された合成電圧Vの波形は,実線Cに示すとおり現れ,主コイル31〜33および従属コイル34〜36によるこの合成電圧波形は,破線Dに示す主コイル31〜33のみを整流した場合の単独電圧波形と比較して,最大電圧値と最小電圧値との差が小さくなる。」(訂正明細書7頁4行乃至11行),「従って,本実施例によると,リップル率は,従来のものと比較して,大幅に低減することができる。」(8頁15行乃至16行)との記載によれば,訂正発明1が前記相違点2にかかる構成を採用したのは,整流後の出力電圧波形のリップル率を低減させるためと認められるところ,前示引用例2の記載によれば引用例2に記載された発電機は訂正発明1と同様に整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するために,三相の第1のコイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角を互いにπ/6ずらして三相の第2のコイル群を配置し,第1コイル群からの三相交流出力を整流する第1レクティファイアと,第2コイル群からの三相交流出力を整流する第2レクティファイアの出力を並列に接続するという構成を採用するものである。 もっとも,引用例2に記載された発電機は回転計発電機であって,この点で引用発明1の自動車用交流発電機と異なるといえるが,しかしながら,引用例2の前示の構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由は何ら見当たらず,しかも,自動車用交流発電機においても整流後の出力電圧波形に脈動を生じることは当業者が当然に認識し得ることであるから,引用例2に接した当業者であれば引用例2の前示の構成を引用発明1に適用して整流後の出力電圧波形の脈動率を低減しようとすることは容易に着想できることであり,かかる適用に当たっては,引用発明1の三相コイル群に加えて第2コイル群として他の三相のコイルをその出力が重複しないように電気角を互いにπ/6ずらして配置して足りるのであるから,そうすると,訂正発明1の前記相違点2にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (d) 審決は,相違点1について,次のとおり判断した。 『前記「相違点2について」で検討したとおり,引用発明1の固定子巻線を三相の第1のコイル群と,この第1のコイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角を互いにπ/6ずらして配置された三相の第2のコイル群とを備えたものとすることは当業者が容易に想到できたことであり,かかる第1コイル群,第2コイル群の巻線を歯状鉄心間の溝に収容するとの観点から導かれる溝の数は,1相1極当たり2であるから,そうすると,引用発明1の1相1極当たり整数個とされる歯状鉄心の数につき,整数として2を選択して1相1極当たり2とすること,すなわち,訂正発明1の前記相違点1にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (e) 審決は,相違点3について,次のとおり判断した。 『周知例1,2に示すように,引用発明1が属する車両用交流発電機の技術分野においては,発電機の出力をバッテリに供給し,バッテリの端子電圧を一定にするように回転子に界磁を供給することは,周知の技術事項である。そして,第1,第2両レクティファイアの出力を並列に接続する構成が当業者が容易に想到できたものであること前示のとおりであるから,前記両レクティファイアを並列に接続した出力をバッテリに供給し,バッテリの端子電圧を一定にするように回転子に界磁を供給する構成となすこと,すなわち,訂正発明1の前記相違点3にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (f) 審決は,さらに,作用効果について,次のとおり判した。 『訂正発明1が奏する「回転子の隣り合う各磁極間に形成される磁束が,同一の歯状鉄心を介して形成されることが少なくなり,歯状鉄心が磁束が漏れる時間が短くなる。従って,漏れ磁束によって生じる固定子巻線に対する有効磁束の減少量が少なくなり,磁束の脈動が発生し難くなる。このため,発生電圧の変動および出力波形を乱すことが少なくなり,直流に整流した場合に安定した電圧が得られる。」(訂正明細書4頁25行乃至5頁1行),「製造工程上の制約,あるいは出力特性の要求などから実用的な三相の車両用交流発電機において,上記作用効果を得ることができる。」(訂正明細書5頁2行乃至4行)との作用効果も引用例1,引用例2,及び周知技術から当業者が予測できる範囲のものである。 したがって,訂正発明1は,引用例1,引用例2,及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。』 (3-4) 審決は,訂正発明2について,次のとおり認定判断した。 (a) 審決は,訂正発明2と引用発明2との一致点として,次のとおり認定した。 『両者は,「略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成され,該複数の溝に多相の固定子巻線を配し前記複数の溝間が複数の歯状鉄心とされた固定子と,界磁巻線を有し前記固定子の内側に回転自在に配されるとともに,前記複数の歯状鉄心に対向する複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備える車両用交流発電機において,前記回転子の前記磁極は,前記回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の前記磁極にわたって位置する前記歯状鉄心の数が一のみとなるように配置されている車両用交流発電機。」の点で一致。』 (b) 審決は,訂正発明2と引用発明2との相違点として,次のとおり認定した。 『(相違点1)訂正発明2は,複数の歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2とされるとともに,7個の歯状鉄心が回転子の一の磁極に対向するように配置されているのに対し,引用発明2は,複数の歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり整数個とされており,7個の歯状鉄心が回転子の一の磁極に対向する点につき明示するところがない点 (相違点2)訂正発明2の固定子巻線が三相の第1のコイル群と,三相の第2コイル群を含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして固定子鉄心に巻装されているのに対し,引用発明2がかかる構成を備えていない点』 (c) 審決は,相違点2について,次のとおり判断した。 『訂正明細書の,「このとき,ステータコイル30の主コイル31〜33と従属コイル34〜36の出力電圧波形は,第7図の実線Aおよび破線Bに示すとおり現れ,ここでは,従属コイル34〜36は主コイル31〜33に対して電気角で30゜の位相差が与えられているため,レクティファイヤ5,6によってそれぞれ三相全波整流された合成電圧Vの波形は,実線Cに示すとおり現れ,主コイル31〜33および従属コイル34〜36によるこの合成電圧波形は,破線Dに示す主コイル31〜33のみを整流した場合の単独電圧波形と比較して,最大電圧値と最小電圧値との差が小さくなる。」(訂正明細書7頁4行乃至11行),「従って,本実施例によると,リップル率は,従来のものと比較して,大幅に低減することができる。」(8頁15行乃至16行)との記載によれば,訂正発明2が前記相違点2にかかる構成を採用したのは,整流後の出力電圧波形のリップル率を低減させるためと認められるところ,前示引用例2の記載によれば引用例2に記載された発電機は訂正発明2と同様に整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するために,三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして前記固定子鉄心に巻装するという構成を採用するものである。 もっとも,引用例2に記載された発電機は回転計発電機であって,この点で引用発明2の自動車用交流発電機と異なるといえるが,しかしながら,引用例2の前示の構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由は何ら見当たらず,しかも,自動車用交流発電機においても整流後の出力電圧波形に脈動を生じることは当業者が当然に認識し得ることであるから,引用例2に接した当業者であれば引用例2の前示の構成を引用発明2に適用して整流後の出力電圧波形の脈動率を低減しようとすることは容易に着想できることであり,かかる適用に当たっては,引用発明2の三相コイルに加えて第2コイル群として他の三相のコイルを電気角でπ/6ラジアンをずらして固定子鉄心に配置して足りるのであるから,そうすると,訂正発明2の前記相違点2にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (d) 審決は,相違点1について,次のとおり判断した。 『前記「相違点2について」で検討したとおり,引用発明2の固定子巻線を三相の第1のコイル群と,三相の第2コイル群を含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして固定子鉄心に巻装されているものとすることは当業者が容易に想到できたことであり,かかる第1コイル群,第2コイル群の巻線を歯状鉄心間の溝に収容するとの観点から導かれる溝の数は,1相1極当たり2であるから,そうすると,引用発明2の1相1極当たり整数個とされる歯状鉄心の数につき,整数として2を選択して1相1極当たり2とすることは当業者が容易に想到できたものというべきである。 ところで,引用発明2の歯状鉄心の数を1相1極当たり2とすると,固定子巻線は三相なのであるから,1極当たりの歯状鉄心の数は6となるのであり,そうすると,歯状鉄心の1つが回転子の回転方向に隣接する2つの磁極にわたって位置する回転位置にあるときには,必然的に7個の歯状鉄心が回転子の一の磁極に対向することとなるのである。 よって,訂正発明2の前記相違点1にかかる構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。』 (e) 審決は,さらに,作用効果について,次のとおり判断した。 『訂正発明2が奏する「回転子の隣り合う各磁極間に形成される磁束が,同一の歯状鉄心を介して形成されることが少なくなり,歯状鉄心が磁束が漏れる時間が短くなる。従って,漏れ磁束によって生じる固定子巻線に対する有効磁束の減少量が少なくなり,磁束の脈動が発生し難くなる。このため,発生電圧の変動および出力波形を乱すことが少なくなり,直流に整流した場合に安定した電圧が得られる。」(訂正明細書4頁25行乃至5頁1行),「略円筒状を呈し内周に軸方向の複数の溝が形成された固定子と,この固定子の内側に回転自在に配され,複数の磁極が外周に備えられた回転子とを備え,製造工程上の制約,あるいは出力特性の要求などから実用的な三相の車両用交流発電機において,上記作用効果を得ることができる。」(訂正明細書5頁5行乃至9行)との作用効果も引用例1,引用例2から当業者が予測できる範囲のものである。 したがって,訂正発明2は,引用例1,引用例2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。』 (3-5) 審決は,訂正発明3の進歩性について,次のとおり判断した。 『訂正発明3が,訂正発明2を引用し,その発明に第1コイル群からの多相交流出力を整流する第1レクティファイアと,第2コイル群からの多相交流出力を整流する第2レクティファイアとを備え,両レクティファイアの出力を並列に接続するとの構成を付加するものであることは請求項3の記載に照らして明らかである。 しかしながら,第1コイル群からの多相交流出力を整流する第1レクティファイアと,第2コイル群からの多相交流出力を整流する第2レクティファイアとを備え,両レクティファイアの出力を並列に接続するとの構成は引用例2に示されている構成であって,そして,訂正発明2が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,訂正発明3も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-6) 審決は,訂正発明4の進歩性について,次のとおり判断した。 『訂正発明4は,訂正発明1乃至3を引用し,第1コイル群と第2コイル群とは星型結線されているとの構成を付加するものであることは請求項4の記載に照らして明らかである。 しかしながら,第1コイル群と第2コイル群とは星型結線されているとの構成は引用例2に示されている構成であって,そして,訂正発明1乃至3が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,訂正発明4も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-7) 審決は,訂正発明5の進歩性について,次のとおり判断した。 『訂正発明5が,訂正発明4を引用し,その第1コイル群と第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であるとの構成を付加するものであることは請求項5の記載に照らして明らかである。 しかしながら,第1コイル群と第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であるとの構成は引用例2に記載されている構成であって,そして,訂正発明4が当業者が容易に発明をすることができたものであること前示のとおりであるから,訂正発明5も当然に当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。』 (3-8) 審決は,請求人(原告)の主張について,次のとおり説示して排斥した。 『請求人は,整流出力のリップルが漏洩磁束に起因すること,漏洩磁束を低減するために1極1相あたりの歯状鉄心の数を2とすること,が引用例1には開示されておらず,1相1極当たりの溝数を2以上の整数個にした場合,1相1極当たりの溝数が1の場合の出力特性を維持しようとすれば,爪磁極形状及び面取り形状を変化させる必要があるにもかかわらず,引用例1では,爪磁極形状については何ら触れていないことから考察すると,括弧付きの(整数個の場合もある)という記載は何ら技術思想の無いものであり,ましてや,1相1極あたりの溝数を2に特定するものでは無い旨主張する。 なるほど,引用例1には1相1極当たりの溝数を2に特定することは記載されておらず,整数個とすることについての技術的意義も明記されていない。しかし,引用例2の第1コイル群とこれと位相差を有する第2コイル群によって出力電圧のリップルを小さくするとの構成を引用発明1又は2に適用するにあたり,かかる第1コイル群,第2コイル群の巻線を歯状鉄心間の溝に収容するとの観点から導かれる溝の数は,1相1極当たり2なのであるから,そうすると,引用発明1又は2の1相1極当たり整数個とされる歯状鉄心の数につき,整数として2を選択して1相1極当たり2とすることは当業者が容易に想到できたものということができるのである。 なお,請求人は,1相1極当たりの溝数が1の場合と2以上の場合とで爪磁極形状を変化させる必要があると主張する。しかし,磁極形状について,引用例1には,「その磁極は第2図に示す如く,前端前側辺6-3及び後端6-4に於いてほぼ斜溝率=1.0の斜溝をした梯形状としてあり,磁極底部6-1はほぼ極ピッチτに等しい。」(1頁右欄17行乃至20行),「ここで図の如き磁極4と電機子鉄心1の対向関係に於いて磁極4の磁極底部6-1の幅Wが極ピッチτとほぼ等価であるため歯(I)2-1には正の磁極(N)4-1と負の磁極(S)4-2が重畳する。」(2頁左下欄18行乃至右下欄2行)と記載され,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の磁極にわたって位置する様子が図示されているのであるから,引用例1には,斜溝率の定義が不明であるとしても,少なくとも磁極底部の幅Wはほぼ極ピッチτに等しく,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の磁極にわたって位置するような磁極形状が開示されているということができ,それ以外の磁極形状とすることは何ら記載されていないのである。また,引用例1には,無効磁束を減少し出力増加を図るために磁極を面取りすることが記載されてはいるが,かかる記載をもって,1相1極当たりの溝数を2以上の整数個にした場合にも1相1極当たりの溝数が1の場合の出力特性を維持すべきであるということはできない。したがって,引用例1において,1相1極当たりの溝数を2以上の整数個とする場合であっても,上記のように磁極底部の幅Wはほぼ極ピッチτに等しく,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの先細形状の磁極にわたって位置するような磁極形状を採るとするのが最も自然な解釈というべきである。 また,請求人は,引用例2は回転計発電機の特有の技術課題を解決するためのものであり,バッテリ端子電圧を一定にするように回転子に界磁を供給する界磁巻線を有する車両用交流発電機と,界磁電流の制御異常が起こりえない磁石界磁型の回転計発電機は用途が全く相違し,したがって引用例2を引用例1に組み合わせることは容易ではない旨主張する。 しかしながら,引用例2の,第1コイル群とこれと位相をずらした第2コイル群によって出力電圧の脈動を小さくするという構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由は何ら見当たらず,しかも,自動車用交流発電機においても整流後の出力電圧波形に脈動を生じることは当業者が当然に認識し得ることであるから,引用例2に接した当業者であれば引用例2の前示の構成を引用発明2に適用して整流後の出力電圧波形の脈動率を低減しようとすることは容易に着想できることというべきである。よって,請求人の上記主張は理由のないものである。』 (3-9) 審決は,次のように結論付けた。 『訂正発明1ないし5は,特許法第29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正審判の請求は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条1項の規定によりなお従前の例によるとされる,平成6年法律第116号による改正前の特許法126条3項の規定に適合せず,当該訂正は認められない。』 2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 取消事由1(訂正発明1についての相違点1ないし3に関する判断の誤り) (1-1) 引用例1(甲4)について 引用例1に記載の車両用交流発電機は,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの爪状磁極にわたって位置している場合の歯状鉄心を介しての漏洩磁束を,爪状磁極に部分的な面取りを施すことによって低減しようとするものである。 この漏洩磁束の低減により,「無効磁束の減少を計り機器の出力増加を計り得る」ことをその技術思想としている。つまり,引用例1には,出力増加のために漏洩磁束を低減することの記載があるのみで,整流出力のリップルが漏洩磁束に起因することの記載は一切なく,漏洩磁束を低減するために1相1極当たりの歯状鉄心の数を2とする技術思想は全く開示されていない。 1相1極当たりの歯状鉄心の数を複数とすれば,スロットの内周端間の隙間は,例えば,コイルの挿入及びスロットの内周端間の漏洩磁束の防止により,最低限所定の間隔を設定する必要があり,歯状鉄心の数を複数とすれば,単純に隙間を複数(半分)にすることはできず,結果として,スロット内周端の周方向幅を小さくせざるを得ず,出力低下が生じてしまい,引用例1記載の技術思想である出力向上に矛盾する。よって,引用例1の車両用交流発電機においては,1相1極当たりの歯状鉄心の数を複数に設定すること自体あり得ず,ましてや2とする点は技術的に開示されていない。 そして,乙1ないし4も脈動率を低減する点のみが記載され,整流出力のリップルが漏洩磁束に起因する点の記載は一切ない。 (1-2) 引用例2(甲5)について 引用例2には,確かに「第1コイル群とこれと位相をずらした第2コイル群によって出力電圧のリップルを小さくする」という構成が記載されている。しかし,引用例2は,回転数信号を制御信号として用いる場合に電圧波形の脈動率を小さく抑えるための回転計発電機の特有の技術課題を解決するためのものである。 回転計発電機は,回転数の上昇に伴い,直流出力が直線的に上昇するように設計し,この直流出力を計ることで回転数を検出するものである。したがって,直流出力自身がリップル成分を持つと,正確な回転数が検出できないために上記構成を採用するものである。 それに対して,車両用交流発電機は,バッテリへの供給のため,低回転域から出力を必要とし,直線的に出力が上昇するものではない。さらに,車両用交流発電機は,その出力自体が発電機制御に用いられるために,制御安定上,リップルを低減することに技術的価値がある。 すなわち,回転計発電機特有の技術課題(制御系信号を利用する際の脈動率低減)は,車両用交流発電機の技術課題(車両用バッテリへ供給するための整流出力のリップル低減)と相違しており,引用例2に記載の技術的課題からすれば,引用例2記載の「第1コイル群とこれと位相をずらした第2コイル群によって出力電圧のリップルを小さくする」構成については,発電機の出力を制御系信号として用いるための発電機,もしくは回転数を検出するための発電機のみに適用されてしかるべきであり,車両用交流発電機への適用は困難である。 (1-3) 引用例2を引用例1に適用することについて 以上のとおり,引用例1には,リップル低減という技術思想はなく,単に出力向上を行うという技術思想が記載されているのみである。そして,引用例2には,リップルを低減するものが示されているものの,回転計発電機の特有の課題を狙ったものであり,車両用交流発電機とは,整流出力のリップルを抑制するための技術思想が明らかに相違するものである。 また,周知例1(甲6),周知例2(甲7)における車両用交流発電機においては,出力電圧を所定の値に設定する点の記載はあるものの,整流出力のリップルがバッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない旨の問題点の示唆及び直流出力のリップルに関する記載は一切ない。 一方,訂正発明1は,車両用交流発電機において,整流出力のリップルが,バッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない点に着目して,歯状鉄心を介しての漏洩磁束が整流出力のリップルの原因となることを見出し,歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2として,歯状鉄心の幅を小さくすることにより漏洩磁束を低減,つまり整流出力のリップル低減を行うものである。さらに,歯状鉄心の数を固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2とすることにより,数が2倍になったスロットを利用して,互いに電気角がずれた2組のコイル群を重畳して,車両用交流発電機の整流出力のリップルを著しく低減するものである。 以上によれば,引用例2に記載のリップル低減のための構成を単なる発電機の分野が同一というだけで,引用例1に組み合わせることはできず,訂正発明1は,引用例1,2及び周知例1,2並びに乙1ないし4から容易に想到できたものではなく,特許性を有していることは明らかである。 (2) 取消事由2(訂正発明2についての相違点1,2に関する判断の誤り) 審決は,訂正発明2については,引用例1における引用発明2との対比により,判断したものであるが,前記取消事由1におけると同様のことがいえ,訂正発明2は,引用例1,2及び周知例1,2に基づいて容易に想到できたものではなく,特許性を有していることは明らかである。 (3) 取消事由3(訂正発明3ないし5の進歩性に関する判断の誤り) 訂正発明1,2が,当業者が容易に発明をすることができたものではないことは,前記のとおりである。そして,訂正発明3は,訂正発明2を引用して,第1レクティファイアと第2レクティファイアとの限定を加えたもの,訂正発明4は,訂正発明1ないし3を引用して第1コイル群と第2コイル群とは星型結線されているとの限定を加えたもの,訂正発明5は,訂正発明4を引用して第1コイル群と第2コイル群との星型結線により得られる中性点は互いに非結線であるとの限定を加えたものである。よって,訂正発明3ないし5も特許として認められるべきである。 3 被告の主張の要点 (1) 取消事由1に対して 引用例1は,1相1極当たりの歯状鉄心の数を複数とする構成をも示すものといえる。そして,1相1極当たりの歯状鉄心の数を複数とすれば,歯状鉄心の数が1の場合に比べて,1つの歯状鉄心の幅は小さくなり,歯状鉄心を介した漏洩磁束が低減するということができる。そして,訂正発明1が属する自動車用交流発電機の技術分野において,整流後の出力電圧波形の脈動を低減しようとすることは,周知の技術課題である(乙1ないし4)。そうすると,同じ技術分野に属する引用発明1についても同様に,出力電圧波形に生じる脈動を低減しようとすることは,当業者であれば普通に認識することのできた技術課題ということができる。 そして,引用例2に記載された回転計発電機は,直流出力電圧を制御系の信号として用いる場合があるために,直流出力の電圧波形の脈動率を小さく抑える必要があるというものではあるが,整流後の出力電圧波形の脈動を低減するとの観点では,前記周知の自動車用交流発電機における課題と共通する課題を解決するものであって,しかも,引用例2の構成が回転計発電機にしか適用できないとする技術的理由も見当たらない。 そうすると,自動車用交流発電機における前記周知の課題を認識する当業者が引用例2(甲5)に接すれば,そこに開示された脈動率低減のための前示構成を引用発明1に適用し,整流後の出力電圧波形の脈動率を低減しようとすることは容易に着想し得たということができる。すなわち,引用例1に漏洩磁束を低減してリップルを低減するという技術思想が開示されておらず,引用例2が回転計発電機の技術課題を解決するためのものであるとしても,自動車用交流発電機の技術分野における前記周知の技術課題を前提とすれば,引用発明1に引用例2の構成を適用することは,当業者が容易に着想し得たということができる。審決の判断は正当である。 なお,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,整流出力のリップルが,バッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない旨の問題点は何ら記載されておらず,単に,直流に整流した電圧のリップルを低減することが記載されているのみである。 (2) 取消事由2,3に対して 前記で主張したのと同様の理由により,訂正発明2ないし5についての審決の判断にも誤りはない。 4 被告補助参加人の主張の骨子 審決には,原告の主張するような引用例1及び2並びに周知例1及び2の記載に対する誤った理解は認められない。よって,訂正発明1ないし5が,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正は認められないとした審決は,適法なものであり,覆されるべきものではない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明1についての相違点1ないし3に関する判断の誤り)について 原告は,審決取消事由として,各相違点ごとに,各別に区分,明記して主張しているわけではないが,その趣旨を酌み取りつつ,以下,順次検討する。 (1) 相違点1について (1-1) 引用例1(甲4)には,次の記載がある。 「自動車用交流発電機は三相同期発電機の一様であって,その磁極は爪形磁極が用いられている。一般に第1図に示す如く(従来例は本発明の実施例図面を併用して説明する。)毎極毎相溝数が1の構成であり,その磁極は第2図に示す如く,前端前側辺6-3及び後端6-4に於いてほぼ斜溝率=1.0の斜溝をした梯形状としてあり,磁極底部6-1はほぼ極ピッチτに等しい。このため電機子鉄心との対応関連に於いて,第1図,第2図に示す如く,電機子鉄心歯部2の歯(I)2-1に於いて磁極N4-1と磁極S4-2が磁極前側辺6-3,後側辺6-4に於いて重畳し,磁束が正負打消しあい磁束が無効に作用し,有効な磁束が減少する。この無効な磁束量は全磁束の約10%を占めており,機器の小形化の妨げとなっていた。勿論,この斜溝構成は磁気吸引力の変動に基因する磁気振動を減少させるために有効な手段であった。」(1頁右欄13行〜2頁左上欄10行) 「以下本発明第1〜第3図に示す実施例に基づき説明すると,第1に於いて電機子鉄心1に毎相毎極当り1ケの溝を有し(整数個の場合もある),三相であるため極ピッチでの範囲に3つの溝と3本の電機子鉄心歯部2を有する。それぞれの溝には電機子巻線3が巻装されてなり,巻線(U),巻線(V),巻線(W)と位相の異る3相巻線を構成しており,ここから交流出力を得る。図に於いて3本対の電機子鉄心歯部2は溝ピッチαの配置で歯(T)2-1,歯(U)2-2,歯(V)2-3と構成されている。次に均一空隙長Gを介して回転する磁極4が,正の磁極(N)4-1,負の磁極(S)4-2と交互に極ピッチτの配置で構成されており,磁束は正の磁束(N)4-1から空隙を介して電機子鉄心1に流れ込み,再び空隙を介して負の磁極(S)4-2に戻る磁気回路を構成している。ここで図の如き磁極4と電機子鉄心1の対向関係に於いて磁極4の磁極底部6-1の幅Wが極ピッチτとほぼ等価であるため歯(T)2-1には正の磁極(N)4-1と負の磁極(S)4-2が重畳する。点線で示したのが従来公知の磁極断面形状であるが,この場合,歯(T)2-1には正負の磁束が流れ込むので互に打消しあい無効な磁束となる。この磁束の量は全磁束の約10%と高い割合を占めている。」(2頁左下欄2行〜右下欄6行) (1-2) 上記のうち,「自動車用交流発電機は三相同期発電機の一様であって,その磁極は爪形磁極が用いられている。一般に第1図に示す如く(従来例は本発明の実施例図面を併用して説明する。)毎極毎相溝数が1の構成であり」という記載によれば,自動車用交流発電機は三相同期発電機に分類されるもので,引用例1の第1図に示されるような毎極毎相溝数が1の構成が従来一般的であったことが認められるが,引用例1には「第1に於いて,電機子鉄心1に毎相毎極当り1ケの溝を有し(整数個の場合もある)」というように,毎相毎極当たり整数個の溝を有する場合もあることが記載されている。そして,この記載から想定される溝と電機子鉄心歯部の数を整数倍にしたものについてみると,このものにおいても,上記の「電機子鉄心歯部2の歯(I)2-1に於いて磁極N4-1と磁極S4-2が磁極前側辺6-3,後側辺6-4に於いて重畳し,磁束が正負打消しあい磁束が無効に作用し,有効な磁束が減少する。」という,溝を1個とした従来例と同じ問題点が発生することは,当業者に明白である。そうすると,引用例1における従来例として,毎相毎極当たり整数個の溝を有するものを把握したとしても,引用例1の解釈に矛盾を生じることはない。したがって,引用例1には,従来例として,毎極毎相溝数が整数個である自動車用交流発電機が記載されているといえる。 (1-3) 原告は,引用例1に記載の車両用交流発電機は,一の歯状鉄心が回転子の回転方向に隣接する2つの爪状磁極にわたって位置している場合の歯状鉄心を介しての漏洩磁束を,爪状磁極に部分的な面取りを施すことによって低減しようとするものであると主張し,さらに,1相1極当たりの歯状鉄心の数を複数とすれば,スロットの内周端間の隙間は,例えば,コイルの挿入及びスロットの内周端間の磁束漏洩の防止により,最低限所定の間隔を設定する必要があり,歯状鉄心の数を複数とすれば,単純に隙間を複数(半分)にすることはできず,結果として,スロット内周端の周方向幅を小さくせざるを得ず,出力低下が生じてしまい,1相1極当たりの歯状鉄心の数を複数に設定すること自体あり得ないなどと主張する。 しかし,審決が訂正発明1の対比の対象として認定した引用発明1及び2は,いずれも引用例1(甲4)において「従来例」として記載された「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数」のものである(なお,原告は,この認定については争っていない。)。しかも,「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数」のものであっても,面取りによって漏洩磁束の低減が可能であることは,引用例1の記載全体からして明らかである。したがって,引用例1に記載の実施例が,面取りによって漏洩磁束を低減するものであっても,引用例1には,毎極毎相溝数が複数個のものが記載されていないということはできない。 また,仮に,「1相1極当たりの歯状鉄心の数が1」であったものを,スロットの内周端間の隙間をそのままにして「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数」のものとした場合には,原告主張のように,一般的に,出力低下が生じるであろうといえなくもない。しかし,上記のとおり,審決は,引用例1の「従来例」として記載されたものを引用発明1及び2として認定したのであり,これは,もともと「1相1極当たりの歯状鉄心の数が複数個」のものであるから,原告主張のような出力低下の事態が生じるわけではない。よって,原告の主張は失当である。 (1-4) 「整数個」という概念に「2」が含まれることは明らかであり,また,後述するとおり,「1相1極当たりの歯状鉄心の数を2」,すなわち,「毎極毎相溝数を2」としたものが,交流発電機の技術分野において,既に知られているのであるから,引用例1の毎極毎相溝数が「整数個」であるものとして,毎極毎相溝数が「2個」のものを選択することは,当業者ならば容易に想到し得るというべきである。 (1-5) したがって,相違点1につき,当業者が容易に想到できるとした審決の判断に誤りはない。 (2) 相違点2について (2-1) 引用例2(甲5)には,次のような記載がある。 「後者の方法では直流出力電圧により指示針のみを作動させるだけでなく,制御系の信号として用いる場合があり,直流出力の電圧波形の脈動率を小さく抑える必要がある。」(2頁1行〜4行) 「第5図は本考案にかかる回転計発電機の一実施例による発電機の2組の三相交流出力電圧をそれぞれ全波整流した直流出力を並列接続する場合の接続図である。 第5図において21は発電機のU相のUO間の発生電圧,22はU相と電気角で120゜の位相差をもつV相のVO間の発生電圧,23はさらにV相と電気角で120゜の位相差をもつW相のWO間の発生電圧を示す。また24は発電機のU′相のU′O′間の発生電圧,25はU′相と電気角で120゜の位相差をもつV′相のV′O′間の発生電圧,26はさらにV′相と電気角で120゜の位相差をもつW′相のW′O′間の発生電圧を示す。その他の符号は第1図と同様である。U′,V′,W′相はU,V,W相に対して独立して電気角で30゜の位相差をもって三相交流電圧を発生する。U,V,W相とU′,V′,W′相はそれぞれ6個の整流素子4により全波整流し,それぞれの直流出力電圧を端子P及びNにて並列接続して合成直流電圧を出力する。」(4頁7行〜5頁5行) 「第6図は発電機の毎極毎相の巻線数が2の場合を示し,巻線6はU相,巻線7はU′相,巻線8はV相,巻線9はV′相,巻線10はW相,巻線11はW′相となるように接続する。」(5頁13行〜16行) 「U相,V相,W相の電気位相角はそれぞれ120゜,またU′相,V′相,W′相の電気位相角もそれぞれ120゜となって,U相巻線6の巻線ピッチはフルピッチでT=6とし,巻線6と7との位相角はフルピッチの1/6として,巻線6〜11を鉄心5に配置し,上記説明のように接続することにより,電気角で30゜の位相差をもち互いに独立した2組の三相交流電圧を発生させることができる。」(6頁2行〜9行) 「第8図は第7図の2組の三相交流電圧をそれぞれ全波整流した直流出力電圧を第5図における端子P及びNで並列接続した合成直流出力電圧波形を示す。直流電圧脈動率は(最大電圧-最小電圧)/平均電圧で表わされるので,第4図に示す従来の直流出力電圧に対して本考案による第8図に示す直流出力電圧の波形では脈動率が半減し準直流に近づくことを示している。」(6頁20行〜7頁8行) (2-2) 上記記載からすると,引用例2には,「整流後の出力電圧波形の脈動率を低減するために,三相の第1コイル群と,三相の第2コイル群とを含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして前記固定子鉄心に巻装するという構成を採用した回転計発電機」が記載されていると認められ,また,このものは,「毎極毎相の巻線数が2」,すなわち,「毎極毎相溝数を2」としたものであると認められる。 (2-3) 引用例2に記載された発電機は,回転計発電機であって,自動車用交流発電機ではないが,「第8図は第7図の2組の三相交流電圧をそれぞれ全波整流した直流出力電圧を第5図における端子P及びNで並列接続した合成直流出力電圧波形を示す。直流電圧脈動率は(最大電圧-最小電圧)/平均電圧で表わされるので,第4図に示す従来の直流出力電圧に対して本考案による第8図に示す直流出力電圧の波形では脈動率が半減し準直流に近づくことを示している。」(6頁20行〜7頁8行)という記載からすると,三相交流電圧の整流後の出力電圧波形の脈動率(リップル)を低減するための構成を開示するものである。 (2-4) 一方,乙1ないし4の記載に照らせば,自動車用交流発電機の技術分野において,整流後の直流出力電圧にはリップルが生じること,この出力電圧波形のリップルを低減しようとすることは,当業者にはよく知られた周知の知見及び技術課題であったことを認めることができる。 (2-5) そうすると,自動車用交流発電機の技術分野に属する引用発明1についても,整流後の直流出力電圧にリップルが生じることは,当業者が容易に予測でき,出力電圧波形に生じるリップルを低減する必要性も普通に認識できるから,整流後の出力電圧波形の脈動率を低減できるとする引用例2の技術を適用して,整流後の出力電圧波形の脈動率を低減しようとすることは,当業者が容易に着想できることであるというべきである。 そして,引用発明1及び引用例2記載の発明は,複数の歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について,1相1極当たり2である点において,共通の構造を有しており,引用発明1に引用例2記載の発明の構成を適用するに当たっては,引用例2の三相コイルに加えて第2コイル群として他の三相のコイルを電気角でπ/6ラジアンをずらして固定子鉄心に配置するという構成をそのまま適用できるのであるから,適用に当たり構造上の格別の工夫も要しない。 (2-6) 原告は,引用例2は,回転計発電機特有の技術課題(制御系信号を利用する際の脈動率低減)を解決しようとするもので,引用例2記載の構成は,発電機の出力を制御系信号として用いるための発電機,もしくは回転数を検出するための発電機のみに適用されてしかるべきであり,車両用交流発電機への適用は困難であると主張する。 しかし,引用例2には,「三相コイルに加えて第2コイル群として他の三相のコイルを電気角でπ/6ラジアンをずらして固定子鉄心に配置するという」技術が,制御系信号を利用する際の脈動率低減にのみ使用可能であるということを認め得るような記載は見当たらず,引用例2記載の発明を車両用交流発電機の分野で使用することを妨げる事情が存するとは認められない。原告の上記主張は,採用し得ない。 (2-7) さらに,原告は,訂正発明1は,車両用交流発電機において,整流出力のリップルが,バッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない点に着目して,歯状鉄心を介しての漏洩磁束が整流出力のリップルの原因となることを見出し,歯状鉄心の数が固定子巻線の相数及び磁極の極数について1相1極当たり2として,歯状鉄心の幅を小さくすることにより漏洩磁束を低減,つまり整流出力のリップル低減を行うものであるとした上,引用例1には,リップル低減という技術思想はないこと,引用例2には,リップルを低減するものが示されているものの,車両用交流発電機とは,整流出力のリップルを抑制するための技術的思想が明らかに相違するものであること,周知例1(甲6),周知例2(甲7)における車両用交流発電機においては,整流出力のリップルがバッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない旨の問題点の示唆及び直流出力のリップルに関する記載は一切ないことなどを挙げて,引用例2を引用例1に組み合わせて訂正発明1の構成に容易に想到し得るものとすることはできないと主張する。 しかしながら,本件全文訂正明細書(甲3に添付)の発明の詳細な説明欄には,訂正発明1ないし5の技術的課題ないし作用効果について,「本発明は,車両用交流発電機における漏れ磁束を低減させることにより,直流に整流した場合のリップルの減少を図ることを目的とする。」(3頁8行〜9行),「車両用バッテリ7の端子電圧に応じてロータコイル14の通電制御を行って車両用バッテリ7の端子電圧を一定にする電圧調整装置9に与えられる。」(6頁最下行〜7頁1行),「以上のとおり,本発明では,ステー夕コアの歯状鉄心の数が,ステータコイルの相数およびロータの磁極の極致について,1相1極当たり2設けられているため,歯状鉄心による漏れ磁束が減少し,各ステータコイルに対する磁束の乱れが少なくなる。この結果,整流された出力電圧のリップルが,低減され,電圧変動の少ない高品質な直流電源とすることができる。」(8頁17行〜22行)などと記載されているのみであって,整流出力のリップルがバッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できないということの指摘は,何らなされていない。また,リップルの低減により界磁電流を確実に制御できることを裏付ける証拠も見当たらない。 また,上記全文訂正明細書中には,「このとき,ステータコイル30の主コイル31〜33と従属コイル34〜36の出力電圧波形は,第7図の実線Aおよび破線Bに示すとおり現れ,ここでは,従属コイル34〜36は主コイル31〜33に対して電気角で30゜の位相差が与えられているため,レクティファイヤ5,6によってそれぞれ三相全波整流された合成電圧Vの波形は,実線Cに示すとおり現れ,主コイル31〜33および従属コイル34〜36によるこの合成電圧波形は,破線Dに示す主コイル31〜33のみを整流した場合の単独電圧波形と比較して,最大電圧値と最小電圧値との差が小さくなる。」(7頁4行〜11行),「従って,本実施例によると,リップル率は,従来のものと比較して,大幅に低減することができる。」(8頁15行〜16行)と記載されている。これらの記載によれば,訂正発明1において,「固定子巻線は,三相の第1コイル群と,この第1コイル群の各相コイルと出力が重複しないように電気角を互いにπ/6ずらして配置された三相の第2コイル群とを備え」という構成を採用し,訂正発明2において,「固定子巻線が三相の第1のコイル群と,三相の第2コイル群を含み,前記第1コイル群の各相コイルに対して前記第2コイル群の各相コイルは電気角でπ/6ラジアンずらして固定子鉄心に巻装され」という構成を採用したのは,整流後の出力電圧波形のリップル率を低減させるためであると認められ,全文訂正明細書には,それ以外の目的で上記構成が採用されていることを示す記載は見当たらない。 以上によれば,訂正発明1ないし5は,単に,直流に整流した電圧のリップルを低減するものであって,バッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御するものではないものと解するのが相当である。 そうすると,原告の上記主張によっても,引用例2記載の発明の構成を引用発明1に適用ないし組み合わせることの妨げとなるものではないし,訂正発明1の相違点2に係る構成の容易想到性を否定し得るものではない。そして,技術的課題ないし作用効果についてみても,訂正発明1のものは,引用例2記載の発明の構成を引用発明1に適用したものから,当業者が予測できる範囲のものというべきである。 (2-8) したがって,相違点2についての審決の判断に誤りはない。 (3) 相違点3について 前記のとおり,訂正発明1は,車両用交流発電機において,整流出力のリップルが,バッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない点に着目してされた発明であるなどとする原告の主張は,明細書の記載に基づかないものである。そうすると,周知例1(甲6),周知例2(甲7)における車両用交流発電機においては,整流出力のリップルがバッテリの端子電圧を一定に制御する際の界磁電流を確実に制御できない旨の問題点の示唆及び直流出力のリップルに関する記載は一切ないことなどを理由として,審決の判断を誤りであるとする原告の主張は,採用することができない。そして,前判示の点も総合すると,相違点3についての審決の判断も是認し得るものというべきである。 (4) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は,理由がない。 2 取消事由2(訂正発明2についての相違点1,2に関する判断の誤り)について 既に判示したところに照らせば,審決が,訂正発明2につき,引用例1における引用発明2との対比をした上,相違点1,2について判断したところ(前記第1,1(3)(3-4)の(c),(d),(e))は,是認し得るものであり,原告主張の取消事由2は,理由がない。 3 取消事由3(訂正発明3ないし5の進歩性に関する判断の誤り)について 原告の主張は,訂正発明1,2がいずれも当業者が容易に発明をすることができたものではないことを前提に,訂正発明3ないし5も特許として認められるべきであるというものである。 しかし,前判示のとおり,訂正発明1,2は,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから,原告主張の取消事由3も理由がない。 4 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 田中昌利 |