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関連審決 異議2002-70236
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 633号 特許取消決定取消請求事件
原告 独立行政法人港湾空港技術研究所
原告 五洋建設株式会社
原告 旭電化工業株式会社3名訴訟代理人弁理士 佐々木 功
同 川村恭子
同 久保健
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 鈴木公子
同 木原裕
同 高木進
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2002-70236号事件について平成14年11月5日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,発明の名称を「薬液注入による砂地盤の液状化対策工法」とする特許第3193950号発明(平成8年10月17日特許出願,平成13年6月1日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許について,その後,特許異議の申立てがされ,異議2002-70236号事件として特許庁に係属し,原告らは,平成14年8月20日,特許請求の範囲の記載等につき訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。
特許庁は,同事件について審理した結果,同年11月5日,「訂正を認める。特許第3193950号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月25日,原告らに送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(本件訂正に係るもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】シリカ系の水溶液型薬液を注入する砂地盤の液状化対策工法において,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするもので,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い且つ注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することを特徴とする薬液注入による砂地盤の液状化対策工法。
【請求項2】注入孔から放射状に薬液を浸透させようとする設定浸透距離が注入孔を中心として半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率を見込んで薬液の濃度調整を行うことを特徴とする請求項1に記載の薬液注入による砂地盤の液状化対策工法。
(以下,【請求項1】,【請求項2】に係る発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本件発明1,2は,平成7年5月25日社団法人土質工学会発行「第30回土質工学研究発表会-平成7年度発表講演集(3分冊の3)-」2107頁〜2108頁(甲4,以下「引用例1」という。)記載の工法及び引用例1に記載された技術的事項並びに周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができず,本件発明1,2についての本件特許は,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告ら主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件発明1,2の認定を誤り(取消事由1),引用例1及び周知技術の認定を誤り(取消事由2),相違点1ないし4の認定を誤り(取消事由3),相違点1ないし4の判断を誤った(取消事由4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1,2の認定の誤り) (1) 本件決定は,本件発明1と引用例1記載の工法との相違点2として,「本件発明1は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのに対し,引用例1記載の工法は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのか否か不明である」(決定謄本6頁第2段落)ことを認定し,本件発明1に係る「特許請求の範囲の請求項1の『前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い且つ注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する』との記載を,放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて,薬液の濃度調整と注入速度を徐々に低下させることを同時に行うことと解することはできない」(同頁下から第2段落)としたが,この本件発明1の認定は誤りである。
(2) 本件発明1,2において,注入速度を徐々に低下させることと,注入孔からの距離に応じて薬液の濃度を調整することとは切り離して考えることができない一体不可分の技術的事項であることは,本件明細書(甲2,3の2)の記載から明らかである。すなわち,発明の詳細な説明の【実施例等】中の段落【0009】〜【0011】に記載された第1の試験例においては,大型槽内の砂地盤に一定濃度の薬液を注入した場合の当該砂地盤の強度分布を求めており,注入孔の中心からの距離と強度との関係は【図5】に示されたとおりである。また,段落【0012】〜【0013】に記載された第2の試験例においては,希釈率が種々に設定された薬液を調製し,前記大型槽内の砂地盤と同様の砂を用いた小型の塊に各薬液を個別に注入して小型塊状サンプルとし,薬液が注入された後の小型塊状サンプルの強度を個々に測定しており,希釈率と強度との対応関係は【図6】のようになる。
【図5】のデータと【図6】のデータとを合わせれば,注入孔の中心からの距離と希釈率との関係が【図7】のように明らかになり,実際の砂地盤への注入に際しては【図7】のデータを利用し,注入孔からの距離に対応した希釈率を考慮して薬液の濃度調整を行うことにより,地盤改良を行うことができる。実際の注入の際に用いる【図7】のデータは,【図5】のデータに基づいて求められるのであるから,【図5】のデータを採取したときの条件と同様の条件で実際の地盤への注入を行わないとすれば,【図7】のデータを利用したことにはならず,本件発明1,2の目的を達成することは不可能であり,実際の地盤への薬液の注入において本件発明1,2に特有の作用効果を奏するためには,第1の試験例において【図5】のデータを採取したときの条件を適用することが不可欠である。このように,第1の試験例において【図5】のデータを採取したときの条件である「注入速度を徐々に低下させること」は,【図6】の希釈率と強度との関連も含めて,本件発明1,2の構成に必要不可欠である。
(3) また,希釈のされやすさは,地盤中における薬液の流速に関係しており,浸透距離が長くなって間隙水との接触面が大きくなるほど注入流速を遅くすることが必要であるから,注入速度を徐々に低下させることは,希釈の程度を考慮して行われる事項である。本件決定が「薬液の濃度調整と注入速度を徐々に低下させることを同時に行うことと解することはできない」としたのは,本件明細書の段落【0012】における「上記と同様の条件で」の記載を無視したものである。
2 取消事由2(引用例1及び周知技術の認定の誤り) (1) 本件決定は,引用例1(甲4)には「酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法」(決定謄本5頁4の(1))が記載されていると認定したが,引用例1の記載は,「液状化防止工法」をテーマとした酸性シリカゾルの固化剤としての実験にとどまり,実際の地盤に対して液状化防止のためにどのようにSiO2を注入していくかなどの具体的な「工法」については何ら記載されていないから,上記認定は誤りである。
(2) 本件決定は,「地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することは,本件特許の出願前に周知の技術」(決定謄本7頁下から第2段落)であると認定したが,誤りである。すなわち,本件決定が例示する「新版 土木工学ハンドブック 中巻」(甲5,以下「ハンドブック」という。)の「(6)最終注入圧の決定」の項には,「土かぶりの深い山岳トンネルでは,最終注入圧は湧水圧,注入目的などにより決定すればよく,通常,湧水圧の2〜3倍といわれている。断層破砕帯などで,地盤の固結,補強を目的とした注入では,注入圧力を高くして広範囲に強固なグラウトのくさびを形成するのがよい」と,「(7)注入圧,注入量のコントロール」の項には,「地盤のグラウト受入れが大きい注入初期においては注入圧は低く,注入量が多いので,ポンプの能力に任せてよいが,受入れが少なくなるにつれて次第に注入圧が高くなるので,注入速度を落して適正な注入圧を保たねばならない」と記載されている。これらの記載からすると,ハンドブックに開示された技術は,断層破砕帯等の岩盤の裂け目に端縁からグラウトを注入するに当たり,注入圧が過大にならないように注入圧に注意しながら注入を行うというものであって,湧水等を防ぐために亀裂をふさぐことを目的としているのに,圧力が過大になると,逆に亀裂を大きくしてしまうことから,注入圧に注意を要するものとされている。したがって,ハンドブックに開示された技術において,注入圧や注入量を調整するのは,注入後期においても,注入初期の圧力を保つためにほかならない。そうすると,ハンドブックにおいては,トンネルの湧水等を防ぐためにグラウトを注入する技術において,注入初期においては,ポンプ能力に任せてグラウトを注入するが,グラウトの受入れが少なくなるにつれて注入圧が高くなるので,注入速度を落とすという技術が開示されているとしか見ることができず,グラウトの受入れとは関係なく,所定形状の固結体を形成するために,「注入速度を徐々に低下させて薬液を注入すること」については全く開示されていない。
3 取消事由3(相違点1ないし4の認定の誤り) (1) 引用例1には,「酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法」は記載されていないから,これが記載されていることを前提とした本件決定における相違点1ないし4の認定は誤りである。
(2) 本件決定は,本件発明1と引用例1記載の工法との相違点1として,「本件発明1は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするもので,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うのに対し,引用例1記載の工法は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであるのか明示がなく,また,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うのか否か不明である」(決定謄本5頁最終段落〜6頁第1段落)と認定したが,誤りである。
引用例1は,一次元モデル地盤に関するものであるから,放射状に薬液を浸透させることは不可能であり,そのような技術的事項の開示も示唆もない。
引用例1には,「全量の30%の薬液をSiO2濃度6.6%(1.5倍)と高濃度にして注入し,引き続いて残りの70%を元の4.4%に戻して注入するという方法を試みた」とあり,浸透距離と希釈率との関係を推察せずに,何の根拠もなく適当に注入薬液の濃度を調整したことが記載されているにすぎず,「距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うこと」の開示も示唆もない。したがって,引用例1から当業者が「距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うこと」を明確に把握できない以上,これが「不明である」のではなく,「開示も示唆もされていない」というべきである。
(3) 本件決定は,本件発明1と引用例1記載の工法との相違点2として,「本件発明1は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのに対し,引用例1記載の工法は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのか否か不明である」(決定謄本6頁第2段落)と認定したが,誤りである。
引用例1には,「全量の30%の薬液をSiO2濃度6.6%(1.5倍)と高濃度にして注入し,引き続いて残りの70%を元の4.4%に戻して注入するという方法を試みた」とあるだけで,注入速度に関する記載は一切なく,当業者においても,引用例1からは注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することを理解することは不可能であり,これが「不明である」のではなく,「開示も示唆もされていない」というべきである。
(4) 本件決定は,本件発明2と引用例1記載の工法との相違点3として,「本件発明2は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするもので,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行ない,注入孔から放射状に薬液を浸透させようとする設定浸透距離が注入孔を中心として半径40cm の場合に2-20重量%,80cm の場合に10-30重量%,120cm の場合に20-45重量%の希釈率を見込んで薬液の濃度調整を行うのに対し,引用例1記載の工法は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであるのか明示がなく,また,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い,注入孔から放射状に薬液を浸透させようとする設定浸透距離が注入孔を中心として半径40cm の場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cm の場合に20-45重量%の希釈率を見込んで薬液の濃度調整を行うのか否か不明である」(決定謄本8頁第2段落)と認定したが,誤りである。
引用例1には,「全量の30%の薬液をSiO2濃度6.6%(1.5倍)と高濃度にして注入し,引き続いて残りの70%を元の4.4%に戻して注入するという方法を試みた」とあるだけで,浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて濃度調整を行ったものでないことは明らかであり,かつ,注入孔から放射状に薬液を浸透させようとする設定浸透距離が注入孔を中心として半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率を見込んで薬液の濃度調整を行ったものでもないことが明らかであって,これが「不明である」のではなく,「開示も示唆もされていない」のである。
(5) 本件決定は,本件発明2と引用例1記載の工法との相違点4として,「本件発明2は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのに対し,引用例1記載の工法は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのか否か不明である」(決定謄本8頁第3段落)と認定したが,誤りである。
引用例1には,「全量の30%の薬液をSiO2濃度6.6%(1.5倍)と高濃度にして注入し,引き続いて残りの70%を元の4.4%に戻して注入するという方法を試みた」とあるだけで,注入速度に関する記載は一切なく,当業者において,引用例1から,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することを理解することは不可能であり,これが「不明である」のではなく,「開示も示唆もされていない」というべきである。
4 取消事由4(相違点1ないし4の判断の誤り) (1) 本件決定は,相違点1について,「相違点1における本件発明1の事項とすることは,引用例1記載の工法及び同引用例1に記載された一次元モデル地盤を用いた実験で得られた上記技術的事項並びに周知の技術に基いて,当業者が容易に想到し得たことといえる」(決定謄本7頁第1段落)と判断したが,誤りである。
引用例1では,薬液が地盤内の間隙水によって希釈されたことが推察されたため,薬液の全量の30%を高濃度にして注入し,残りの70%を元の濃度に戻して注入した旨が記載されているが,これは,「希釈された」ことを考慮しただけであり,「希釈の程度」までは考慮されていない。しかも,その「希釈の程度」が浸透距離との関係で記載されていない以上,間隙水による薬液の希釈の程度に応じて濃度調整を行うことは,自明であるとはいえない。放射状に薬液を浸透させようとする距離設定というのは,一次元モデルでは絶対に想到できない技術的事項である。さらに,一次元モデル地盤で注入口から薬液を浸透させることと,実際の砂地盤における三次元的な放射状に薬液を浸透させることとは,全く別の技術的事項であり,その放射状に薬液を浸透させる距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に基づいて薬液濃度を調整し,かつ,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することは,一次元モデル地盤における注入口からの浸透距離とは異なるから,薬液濃度を調整し,かつ,注入速度を徐々に低下させるという技術的事項は,当業者が引用例1からは想到し得ないものである。仮に,引用例1において,一次元モデル地盤を用いた実験において地盤内の間隙水による薬液の希釈が推察されたこと及び薬液の濃度を調整して注入することが記載され,注入口からの薬液の浸透距離が延びるに従って地盤内の間隙水による薬液の希釈が高まることが示唆されているとしても,これらは,いずれも一次元モデルにおけるものであり,三次元の地盤に適用不可能であることは明らかである。したがって,「濃度を調整する場合に,間隙水による薬液の希釈の程度に応じて濃度調整を行うのは自明のことである」とした本件決定の判断は誤りである。
(2) 本件決定は,相違点2について,「引用例1記載の工法に上記周知の技術を適用して,相違点2における本件発明1の事項とすることは,その適用を阻害する技術的理由もないから,当業者が適宜なし得たことである」(決定謄本7頁下から第2段落)と判断したが,誤りである。
本件発明1は,距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率を考慮に入れて注入速度を徐々に低下させるものであって,薬液の濃度調整と注入速度の調整とを同時にする点に特徴があり,この2点は一連不可分で,切り離して考えられるものではなく,薬液の濃度を薄くしていくことと,注入速度を遅くすることという二つの事項を同時にコントロールするものである。また,本件発明1では,注入後期に注入速度を遅くするが,これは,液状化対策のための技術上,緩い砂地盤に対して薬液を注入し,注入時間も長くするという特徴があり,緩い砂地盤に対して長時間薬液を注入すると,薬液が注入孔の周囲に沿って逆流することが確認されているからである。この逆流は,長時間の注入により注入孔近傍の土質が更に緩み,強度低下や浸食という現象が起こるために生じ,このような現象に対処するために,注入速度を遅くすることが必要となる。本件明細書(甲2,3の2)の段落【0010】における「砂地盤表面からの薬液の漏洩が認められたために」との記載は,まさしく上記の現象を意味しているのであり,本件明細書において詳しく説明されていなくても,当業者は当該記載の意味をそのように理解することできる。
したがって,所望の強度を得るという本件発明1に特有の作用効果を奏するためには,注入速度を落とすことが必要である。
(3) 本件決定は,相違点3について,「相違点3における本件発明2の事項とすることは,引用例1記載の工法及び同引用例1に記載された一次元モデル地盤を用いた実験で得られた上記技術的事項並びに周知の技術に基いて,当業者が容易に想到し得たことといえる」(決定謄本9頁第1段落)と判断したが,誤りである。
上記のとおり,相違点1及び相違点2についての認定及び判断が誤っている以上,「濃度を調整する場合に,間隙水による薬液の希釈の程度に応じて濃度調整を行うのは自明のことであり,濃度を如何にするかは,地盤の成分や構造により異なると考えられる間隙水の量を考慮して適宜決定する設計事項であり,本件発明2のように『半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率』としたことに格別の技術的意義も認められない」(同)とした本件決定の判断は誤りである。
(4) 本件決定は,相違点4について,その容易想到性も肯定したが,相違点2判断の誤りと同じ理由から誤りである。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1,2の認定の誤り)について (1) 本件発明1に係る「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い且つ注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」との構成のうち,「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い」については,本件明細書(甲2,3の2)の段落【0013】に記載されている。一方,「注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ことについては,段落【0010】に,一定濃度の薬液を注入速度を徐々に低下させながら注入する旨記載されているが,薬液の希釈率と注入速度との関係については記載されていない。
(2) 本件明細書の段落【0012】には,第2の試験例に関して,「水により希釈率が種々に設定された薬液を調製し,上記と同様の条件で,但し大型槽を使用することなしに且つ養生時間を薬液のゲルタイムである7日間に設定して固化砂の小型塊状サンプルを作成し,各サンプルの一軸圧縮強度を測定して当該強度と希釈率との関係を調べた」と記載されており,「上記と同様の条件」で試験したとされているが,何についての条件が,段落【0009】〜【0010】に記載された第1の試験例と同様であるのかが明らかではなく,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入しているとは解されない。しかも,薬液の希釈率と注入速度との関係についての記載はないから,原告ら主張のように「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ことが記載されているとはいえない。
2 取消事由2(引用例1及び周知技術の認定の誤り)について (1) 引用例1(甲4)には,「酸性シリカゾルによる液状化防止工法に関する研究」との表題の下に,「1.はじめに」として,「平成7年の阪神大震災による想像を絶する被害は・・・と考えられる。・・・既設の構造物に対する耐震対策方法には明確なものはなく,開発が急がれているのが現状である。著者等は,昨年度より恒久型の薬液注入剤を用いた既設構造物直下の液状化防止工法の開発を行っているが,今回,酸性シリカゾルを用いて注入による地盤改良の基礎的な実験を行い」(2107頁)と記載され,「2.実験内容」として,「長さ5mの1次元モデル地盤を用いた浸透特性に関する試験を行った。実験に使用した新潟砂の基本性状を表-1に示す」(同頁)と記載されている。そして,砂地盤が地震の際に液状化しやすいことは技術常識であるから,引用例1に接した当業者は,酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法が記載されていることを容易に理解し得る。
(2) ハンドブック(甲5)の「(7)注入圧,注入量のコントロール」の項には,「地盤のグラウト受入れが大きい注入初期においては注入圧は低く,注入量が多いので,ポンプの能力に任せてよいが,受入れが少なくなるにつれて次第に注入圧が高くなるので,注入速度を落して適正な注入圧を保たねばならない」と記載されている。そして,「(6)最終注入圧の決定」の項の「最終注入圧は湧水圧,地山の状態,注入の目的などによって決められる・・・特に土かぶりの浅い,軟弱な地盤のトンネルでは・・・・注入圧を決めなければならない・・・土かぶりの深い山岳トンネルでは,最終注入圧は湧水圧,注入目的などにより決定すればよく,通常,湧水圧の2〜3倍といわれている.断層破砕帯などで,地盤の固結,補強を目的とした注入では,注入圧力を高くして広範囲に強固なグラウトのくさびを形成するのがよい」との記載によると,上記記載における「地盤」は,地山,土を意味していると解され,岩盤のみを意味しているとは解されないから,ハンドブックには,地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することが記載されているということができる。したがって,ハンドブックを周知例として挙げて,「地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することは,本件特許の出願前に周知の技術」であるとした本件決定の認定に誤りはない。
3 取消事由3(相違点1ないし4の認定の誤り)について (1) 引用例1に酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法が記載されていることは,上記のとおりである。
(2) 引用例1記載の工法は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであることの明示がなく,また,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うのか否か不明であるから,本件決定における相違点1の認定に誤りはない。
(3) 引用例1記載の工法は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのか否か不明であるから,本件決定における相違点2の認定に誤りはない。
(4) 引用例1記載の工法は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであることの明示がないことは上記のとおりであり,また,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い,注入孔から放射状に薬液を浸透させようとする設定浸透距離が注入孔を中心として半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率を見込んで薬液の濃度調整を行うのか否か不明であるから,本件決定における相違点3の認定に誤りはない。
(5) 引用例1記載の工法は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのか否か不明であることは上記のとおりであるから,本件決定における相違点4の認定に誤りはない。
4 取消事由4(相違点1ないし4の判断の誤り)について (1) 引用例1には,一次元モデル地盤を用いた実験においてではあるが,注入口から薬液を浸透させると注入口からの薬液の浸透距離が延びる(浸透延長)に従って一軸圧縮強度が低下すること,この強度低下の原因として地盤内の間隙水による薬液の希釈が推察されたことが記載され,さらに,浸透距離の先端部すなわち浸透最遠部位である5m地点を含む注入範囲における強度低下を改善するために,薬液の濃度を高濃度に調整して注入することが記載されている。これらの記載によれば,引用例1の「一次元モデル地盤による浸透特性試験」おいて,上記のように,間隙水による薬液の希釈によって強度が低下したとの認識の下に濃度を調整する場合に,間隙水による薬液の希釈の程度に応じて濃度調整を行うことは自明のことである。
また,引用例1記載の工法は,耐震対策の方法の一つであり,薬液注入により砂地盤に強度をもたらすものであることは当業者に明らかであって,どのようにして薬液を注入するのかについて引用例1に明示はされていないが,砂地盤に薬液を注入して強度をもたらす場合,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて薬液を注入することは,本件特許出願前に周知の技術である。さらに,引用例1記載の一次元モデル地盤を用いた実験は,薬液注入工法によって地盤改良を行う際には,一つの注入ポイントから広範囲に均等な強度で改良できることが求められるところから,長さ5mのモデル地盤を用いて,一次元浸透実験を行ったというものであり,この実験の結果得られた技術的事項を引用例1記載の工法において採用することは当然に予定されていると考えるのが普通である。
そうすると,引用例1記載の工法において,薬液を注入する方法として,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて薬液を注入するという周知の技術を用いるに当たり,注入孔からの薬液の浸透距離が延びるに従って強度が低下するのを防ぐために,引用例1記載の一次元モデル地盤を用いた実験の結果得られた技術的事項を採用して,注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い,相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことというべきである。
(2) 地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することは,本件発明1についての出願前に周知の技術であり,引用例1記載の工法に上記周知の技術を適用して相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,その適用を阻害する技術的理由もないから,当業者が適宜にし得たことである。
(3) 上記のとおり,濃度を調整する場合に,間隙水による薬液の希釈の程度に応じて濃度調整を行うのは自明のことであり,濃度をいかにするかは,地盤の成分や構造により異なると考えられる間隙水の量を考慮して適宜決定する設計事項であって,本件発明2のように「半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率」としたことに格別の技術的意義は認められない。したがって,引用例1記載の工法において,薬液を注入する方法として,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて薬液を注入するという周知の技術を用いるに当たり,注入孔からの薬液の浸透距離が延びるに従って強度が低下するのを防ぐために,引用例1記載の一次元モデル地盤を用いた実験の結果得られた技術的事項を採用して,注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い,相違点3に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる。
(4) 本件決定の相違点4の判断にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1,2の認定の誤り)について (1) 本件決定は,「本件発明1は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのに対し,引用例1記載の工法ではその点が不明である」(決定謄本6頁第2段落)ことを相違点2として認定するとともに,本件発明1について「特許請求の範囲の請求項1の『前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い且つ注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する』との記載を,放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて,薬液の濃度調整と注入速度を徐々に低下させることを同時に行うことと解することはできない」(同頁下から第2段落)とした。換言すれば,本件決定は,本件発明1が,浸透最遠部位における薬液の希釈率とは無関係に「注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」構成であると認定したのに対し,原告らは,この認定を誤りであるとし,本件発明1は,「放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ものであり,「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行う」ことと,「注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」こととは,一体不可分の技術的事項であると主張する。
(2) 本件発明1における薬液の注入手法について,本件明細書(甲3の2)の特許請求の範囲の請求項1の「薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い且つ注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」との記載からだけでは,「薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い」かつ「注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」のか,「薬液の希釈率に応じて,薬液の濃度調整を行い」かつ「薬液の希釈率に応じて,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」のかが,文言上明らかではない。そこで,更に,本件明細書の記載について見ると,「薬液の注入は構造物直下での施工を念頭において注入圧力を比較的低めに,即ち75kPaに設定した処,初期の段階では約10リットル/min程度の比較的高速な注入ができたが,注入開始から約3時間後に砂地盤表面からの薬液の漏洩が認められたために注入速度を6-2リットル/minの範囲内で絞りながら注入を継続した。注入開始から11時間後に予定注入量の3150リットルに達したので,薬液注入を終了した。この場合における薬液の注入速度と総注入量との関係は図3のグラフに示される通りであった」(段落【0010】),「薬液の注入後,放置して28日間養生し,次いで槽構成枠を解体することにより現出した砂塊に対しノズルから水をジェット噴射して未固化の砂部分を除去した処,直径約260cm×高さ約140cmの固化塊状体が得られた。この塊状体に関し,中心部を通る垂直方向切断により4分割し,これらを解体して種々の部位からサンプルブロックを61点採取し,これらサンプルの一軸圧縮強度[qu(kPa)]をJIS A 1216-58(土の一軸圧縮試験方法)に準じて測定した。得られた強度分布は図4に示されている通りであった。この図から明らかなように,各サンプルにおける強度のバラツキは比較的大であるが,これは模型砂地盤の作成に際して振動棒により締め固めたために形成された砂地盤の密度に局所的なバラツキを生じたことが一因と推定される。しかしながら,注入孔の近傍においては一軸圧縮強度が約80kPaであって,設定強度の100kPaに近く,注入孔から離隔するに従い次第に強度が低下する傾向が認められる(注入孔の中心からの距離と一軸圧縮強度との関係をプロットしたグラフである図5をも参照)」(段落【0011】),「上記の強度低下の原因としては,砂地盤中に存在する水により薬液がその浸透時に到達距離が長くなるにつれて希釈されたことが考えられる。従って,次に,水により希釈率が種々に設定された薬液を調製し,上記と同様の条件で,但し大型槽を使用することなしに且つ養生時間を薬液のゲルタイムである7日間に設定して固化砂の小型塊状サンプルを作成し,各サンプルの一軸圧縮強度を測定して当該強度と希釈率との関係を調べた。結果は図6に示されている通りであった。この図において,希釈率とは薬液の重量に対する加水量の比である」(段落【0012】),「図5及び6に示された結果に基づいて,注入孔からの薬液の浸透距離と薬液の希釈率との関係を求めた処,図7に示されるグラフが得られた。このグラフは注入孔から半径60cmの部位においては砂層中の水分により薬液の希釈率が10重量%程度,90cmの部位においては20重量%となり,120cmの部位では30重量%に達することを示している。しかしながら,実際の砂地盤中における水分量は一定ではないので,図7において陰影を施した領域が注入孔からの距離と薬液の希釈率との関係を示しているものと推定される。従って,薬液の浸透距離を設定する場合に,図7に示されるグラフを利用すれば,その浸透最遠部位において薬液が如何なる程度希釈されるのかが判明するので,それに応じて注入すべき薬液における薬剤の濃度を設定し,これによって当該最遠部位においても所望の強度が発現するようになすことができる」(段落【0013】)と記載されている。
これらの記載からすると,「注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ことについては,本件明細書中に記載されているが,薬液の希釈率と注入速度との関係については記載されているということはできない。
(3) 原告らは,本件決定が「薬液の濃度調整と注入速度を徐々に低下させることを同時に行うことと解することはできない」としたのは,段落【0012】における「上記と同様の条件で」の記載を無視するものであると主張する。しかしながら,段落【0012】には,上記のとおり「水により希釈率が種々に設定された薬液を調製し,上記と同様の条件で,但し大型槽を使用することなしに且つ養生時間を薬液のゲルタイムである7日間に設定して固化砂の小型塊状サンプルを作成し,各サンプルの一軸圧縮強度を測定して当該強度と希釈率との関係を調べた」とあり,「上記と同様の条件で」サンプルを作成したことが記載されているが,「上記と同様の条件で」とは,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することであるとは記載されていないし,ましてや,薬液の希釈率と注入速度との関係については何ら記載がなく,本件明細書に,「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ことが記載されているとは到底いえないから,原告らの上記主張は失当である。
(4) 原告らは,また,希釈のされやすさは,地盤中における薬液の流速に関係し,浸透距離が長くなって間隙水との接触面が大きくなるほど注入流速を遅くすることが必要であるから,注入速度を徐々に低下させることは,希釈の程度を考慮して行われる事項であると主張するが,仮に,希釈のされやすさが薬液の流速に関係するものであるとしても,本件明細書中には,注入速度の低下割合とか最終の注入速度を具体的にどのようなものとするかについて何ら記載はないのであるから,原告らの主張は,注入速度を遅くした方が希釈されにくいことをいうにとどまり,本件明細書中に,「浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ことが実質的に記載されているということはできない。
(5) したがって,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の「前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行い且つ注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」との記載を,「薬液の希釈率に応じて,薬液の濃度調整を行い」かつ「薬液の希釈率に応じて,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」と解釈することはできず,本件決定が,「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて,薬液の濃度調整を行うことと注入速度を徐々に低下させることとを同時に行う」と解することはできないとしたことに誤りはないから,原告らの取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(引用例1及び周知技術の認定の誤り)について (1) 原告らは,引用例1(甲4)に「酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法」が記載されているとした本件決定の認定の誤りを主張するが,引用例1には,「1.はじめに」の項に,「平成7年の阪神大震災による想像を絶する被害は・・・と考えられる。・・既設の構造物に対する耐震対策方法には明確なものはなく,開発が急がれているのが現状である。著者等は,昨年度より恒久型の薬液注入剤を用いた既設構造物直下の液状化防止工法の開発を行っているが,今回,酸性シリカゾルを用いて注入による地盤改良の基礎的な実験を行い」(2107頁)と記載され,「2.実験内容」の項に,「長さ5mの1次元モデル地盤を用いた浸透特性に関する試験を行った。実験に使用した新潟砂の基本性状を表-1に示す」(同頁)と記載されている。これらの記載からすると,引用例1が,酸性シリカゾルを用いた注入による地盤改良の基礎的な実験を行った結果を記したものであるとしても,恒久型の薬液注入剤を用いた既設構造物直下の液状化防止工法を念頭に置いたものであることは明らかである。そして,砂地盤中に注入孔から薬液を注入することは,引用例1の刊行前に周知の技術(例えば,本件決定も引用する特開昭52-48217号公報〔甲6〕,特開平4-76110号公報〔甲7〕)であるから,上記実験が,この注入という地盤改良工法における周知技術を採用している以上,「注入工法」に直結するものであることは当業者に容易に理解できるし,砂地盤が地震の際に液状化しやすいことは,技術常識であるから,引用例1には,酸性シリカゾルを実際の地盤にどのように注入するかなどの具体的な方法は記載されていないとしても,「酸性シリカゾルを薬液として注入する液状化しやすい砂地盤の液状化防止工法」が実質的に記載されているということができる。
したがって,これと同旨の本件決定の認定に誤りはない。
(2) 原告らは,ハンドブックにおいては,トンネルの湧水等を防ぐためにグラウトを注入する技術において,グラウトの受入状況とは関係なく,所定形状の固結体を形成するために,「注入速度を徐々に低下させて薬液を注入すること」は開示されていないと主張する。
しかしながら,ハンドブック(甲5)の「8.1.1概要」の項には,「トンネル掘削における注入の目的は・・・もう1つは地山の状態が軟弱あるいはポーラスな場合,強固なグラウトの注入によって地山を固結,補強することである」と記載されており,トンネル掘削におけるグラウト注入の目的の一つが,軟弱な地山の固結,補強にあることが理解できるし,また,「(7)注入圧,注入量のコントロール」の項には,「地盤のグラウト受入れが大きい注入初期においては注入圧は低く,注入量が多いので,ポンプの能力に任せてよいが,受入れが少なくなるにつれて次第に注入圧が高くなるので,注入速度を落して適正な注入圧を保たねばならない」と記載されており,次第に高くなる注入圧に合わせ注入速度を落としてグラウトを注入すること,すなわち,注入速度を徐々に低下させながらグラウトを注入することが理解できる。そして,「(6)最終注入圧の決定」の項の「最終注入圧は湧水圧,地山の状態,注入の目的などによって決められる・・・特に土かぶりの浅い,軟弱な地盤のトンネルでは・・・・注入圧を決めなければならない・・・土かぶりの深い山岳トンネルでは,最終注入圧は湧水圧,注入目的などにより決定すればよく,通常,湧水圧の2〜3倍といわれている.断層破砕帯などで,地盤の固結,補強を目的とした注入では,注入圧力を高くして広範囲に強固なグラウトのくさびを形成するのがよい」との記載によると,グラウトの注入が,原告らの主張するように,岩盤のみを対象としているとは解されず,また,注入圧力も,単にグラウトの注入圧が高くなると注入速度を落とすというようなものではなく,注入目的などにより決定される最終注入圧に応じて定められるものと理解される。
そうすると,ハンドブックには,軟弱な地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することが記載されており,当業者も当然にその内容を理解しているものであるから,本件決定が,ハンドブックを周知例として挙げ,「地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することは,本件特許の出願前に周知の技術」であると認定したことに誤りはない。
(3) したがって,原告らの取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(相違点1ないし4の認定の誤り)について (1) 原告らは,引用例1には「酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法」が記載されていないことを前提として,相違点1ないし4の認定の誤りを主張するが,その前提が失当であることは上記のとおりである。
(2) 原告らは,本件発明1と引用例1記載の工法との相違点1の認定の誤りを主張し,確かに,引用例1には,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとすること,注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うことについて,直接言及する記載は見当たらない。しかしながら,引用例1が,「酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法」と認められる以上,砂地盤の強度をもたらすという目的を有することは明らかであるし,同工法の実施に当たって,何らかの注入手法を採用することも明らかであるから,本件決定が,「引用例1記載の工法は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであるのか明示がなく」としたことに誤りはなく,また,上記の工法においては濃度調整を行っているのであるから,本件決定が,「注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うのか否か不明である」としたことにも誤りはない。
(3) 原告らは,本件発明1と引用例1記載の工法との相違点2の認定の誤りを主張するが,本件決定は,引用例1から,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することが理解できるとするものでないことは明らかであるし,引用例1に記載の上記工法において,薬液の注入が,ある速度で行われることは当然であるから,本件決定が,「引用例1記載の工法は,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入するのか否か不明である」としたことに誤りはない。
(4) 原告らは,本件発明2と引用例1記載の工法との相違点3の認定の誤りを主張する。しかしながら,本件決定が,「引用例1記載の工法は,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであるのか明示がなく,また,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うのか否か不明である」としたことに誤りがないことは上記のとおりである。また,本件決定は,引用例1記載の工法が,注入孔から放射状に薬液を浸透させようとする設定浸透距離が注入孔を中心として半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率を見込んで薬液の濃度調整を行うものであると認定しているわけではないから,本件決定の相違点3の認定は誤りであるということはできない。
(5) 原告らは,本件発明2と引用例1記載の工法との相違点4の認定の誤りを主張するが,この点に関する認定に誤りがないことは,上記のとおりである。
(6) したがって,原告らの取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(相違点1ないし4の判断の誤り)について (1) 原告らは,相違点1の判断の誤りとして,引用例1(甲4)には,希釈の程度が浸透距離との関係で記載されていない以上,間隙水による薬液の希釈の程度に応じて濃度調整を行うことは,自明であるとはいえないと主張する。
しかしながら,引用例1が「酸性シリカゾルを薬液として注入する砂地盤の液状化防止工法」と認められ,砂地盤の強度をもたらすという目的を有することは上記のとおりである。そして,砂地盤に薬液を注入する場合,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて薬液を注入することは,特開昭52-48217号公報(甲6),特開平4-76110号公報(甲7)等に見られるとおり,本件特許出願前に周知の技術であるから,引用例1記載の工法において,このような周知技術を採用することは当業者が容易に想到し得るところである。また,引用例1の「3-3一次元モデル地盤による浸透特性試験」の項に,「図-5はSiO2濃度を4.4%に固定して・・・注入を行ったケースについて,注入口からの各距離(浸透延長)における改良体の一軸強度の分布を表わしたものである。注入口付近ではqu=0.9kg f/cm2程度の強度が得られたが,浸透延長が延びるにしたがって強度の低下が見られ,浸透延長5m地点ではqu=0.3kg f/cm2程度という結果であった。この強度低下の原因として,先端部の薬液が地盤内の間隙水によって希釈されたことが推察された」との記載があり,注入口からの薬液の浸透距離が延びる(浸透延長)に従い一軸圧縮強度が低下するが,この強度低下の原因は地盤内の間隙水による薬液の希釈にあると推察されることが記載されている。さらに,上記記載に続く「改良案としてまず全量の30%の薬液をSiO2濃度6.6%(1.5倍)と高濃度にして注入し,引き続いて残りの70%を元の4.4%に戻して注入するという方法を試みた。本法を用いた場合の一軸強度の分布を図-6に示す。図-6より明らかなように,5mの注入範囲の全域においてほぼ均等にqu=0.8kg f/cm2程度に改良することができた。このように注入時のSiO2濃度を調整することによって均一に改良することが可能であることがわかった」との記載は,希釈されるがゆえに元の薬液濃度では達成できないとされる浸透最遠部位である5m地点での強度を,薬液の濃度を調整することにより,他の部位と同等の強度分布とすることを示すものである。そして,浸透延長が延びるに従って薬液の希釈による強度の低下が見られるのであれば,浸透最遠部位の拡がりに応じた薬液の希釈の程度,すなわち,希釈率によって,注入する薬液濃度をより濃くすればよいことは,当業者の容易に理解し得るところであるから,引用例1は,一次元モデル地盤を用いた実験においてではあるが,浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うことを示唆するものということができる。
砂地盤に薬液を注入する場合,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて薬液を注入する技術は,本件出願前に周知のものであり,引用例1に記載の工法において,この周知技術の採用は容易であることは上記のとおりであるところ,この周知技術によれば,注入孔を中心として三次元方向に薬液が浸透することは明白であるから,距離設定を三次元のどの方向のものとするにせよ,引用例1に,浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うことが示されているのであれば,注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うことは,当業者が容易に想到し得ることというべきである。
(2) 原告らは,また,相違点1の判断の誤りとして,放射状に薬液を浸透させようとする距離設定は,一次元モデルでは絶対に想到できない技術的事項であって,一次元モデル地盤で注入口から薬液を浸透させることと,実際の砂地盤における三次元的な放射状に薬液を浸透させることとは,全く別の技術的事項であり,放射状に薬液を浸透させる距離設定の浸透最遠部位と,一次元モデル地盤における注入口からの浸透距離とは異なるから,薬液濃度を調整し,かつ,注入速度を徐々に低下させるという技術的事項は,当業者が引用例1からは想到し得ない旨主張する。
しかしながら,重力の影響により差異が生ずる可能性はあるものの,薬液を注入口から放射状に注入すれば,三次元いずれの方向においても,同様の浸透が生ずると考えるのが自然である。加えて,本件明細書(甲2,3の2)には,「改良すべき砂地盤における単位面積当たりの薬液注入箇所の数を減じて作業性を向上させるために、薬液の上記浸透距離を半径 50cm 以上に、例えば 100cm 又はそれ以上に設定する場合、即ち薬液注入工事の施工ピッチを大きくする場合には、注入位置から離れた部位では砂地盤中の水分による薬液の希釈は無視できず、これが原因で設定強度に達しない可能性があり、従って改良された砂地盤に品質保証をもたらすためには砂地盤中の水分による薬液の希釈も考慮に入れて薬液の注入作業を実施する必要性がある。そこで、薬液の設定浸透距離と砂地盤中の水分による薬液の希釈との関係を示す技術文献の存否について検索を行ったが、このような報告は見当たらなかった」(段落【0004】)と記載されており,薬液注入工事の施工ピッチと関連して薬液浸透距離の説明がされていることから見ても,三次元放射方向へ浸透させるに当たり,一次元での浸透とは異なる特段の事情が存在するとは認められないから,原告らの主張は採用することができない。
なお,原告らは,本件発明は,注入開始からの時間に応じて薬液濃度を変化させるものであるかのように主張するが,本件発明は,薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うものであり,「薬液を浸透させようとする距離設定」とは,「薬液の浸透距離を任意に設定すること」を意味し,また,「浸透最遠部位」とは,「設定された浸透距離における最遠部位」を意味することが本件明細書の記載から明らかであるから,原告らの主張は失当である。
したがって,本件決定の「相違点1における本件発明1の事項とすることは,引用例1記載の工法及び同引用例1に記載された一次元モデル地盤を用いた実験で得られた上記技術的事項並びに周知の技術に基いて,当業者が容易に想到し得たことといえる」(決定謄本7頁第1段落)とした判断に誤りはない。
(3) 原告らは,相違点2の判断の誤りの前提として,本件発明1は,距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率を考慮に入れて注入速度を徐々に低下させるものであって,薬液の濃度調整と注入速度の調整とを同時にする点に特徴があり,この2点は一連不可分で,切り離して考えられるものではなく,薬液の濃度を薄くしていくことと,注入速度を遅くすることという二つの事項を同時にコントロールするものである旨主張するが,この主張が失当であることは上記のとおりである。また,軟弱地盤中に固化剤のような薬液を注入する場合に,注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入することは,本件出願前に周知の技術であり,砂地盤も軟弱地盤であることに変わりはないのであるから,引用例1記載の工法に上記周知の技術を適用することは,当業者が適宜し得たことというべきである。
原告らは,さらに,本件発明1では,長時間の注入により注入孔近傍の土質が更に緩み,強度低下や浸食という現象により逆流が生ずることに対処するために,注入後期に注入速度を遅くするものであって,当業者は,本件明細書の段落【0010】における「砂地盤表面からの薬液の漏洩が認められたために」との記載の意味をそのように理解することができるから,所望の強度を得るという本件発明1に特有の作用効果を奏するためには,注入速度を落とすことが必要であると主張するが,本件発明1は,「注入速度を徐々に低下させながら薬液を注入する」ものであって,注入後期に注入速度を遅くするという限定条件が付されたものでもなければ,薬液が注入孔の周囲に沿って逆流することに対応して(例えば,逆流の程度によって)注入速度を遅くするという限定条件が付されたものでもないから,相違点2は,上記のとおり,周知技術の適用により当業者が容易に想到し得たものというほかない。
したがって,本件決定の「引用例1記載の工法に上記周知の技術を適用して,相違点2における本件発明1の事項とすることは,その適用を阻害する技術的理由もないから,当業者が適宜なし得たことである」(決定謄本7頁下から第2段落)とした判断に誤りがあるとはいえない。
(4) 原告らは,相違点3の判断の誤りとして,濃度をいかにするかは地盤の成分や構造により異なると考えられる間隙水の量を考慮して適宜決定する設計事項である以上,本件発明2のように構成することに格別の技術的意義が認められないとした本件決定の判断は誤りである旨主張するが,本件発明2は,本件発明1と同様,砂地盤中に注入孔から薬液を放射状に浸透させて所定の強度をもたらそうとするものであり,前記注入孔を中心として放射状に薬液を浸透させようとする距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率に応じて薬液の濃度調整を行うことが当業者に容易想到であることは上記のとおりである。そして,上記の濃度調整を行う場合に,距離設定の浸透最遠部位における薬液の希釈率が,地盤の成分や構造により異なるであろうことも容易に予測し得ることであるから,施工場所における実際の間隙水の量を考慮して薬液の希釈率を決定することは,当業者の設計事項ということができ,本件発明2のように「半径40cmの場合に2-20重量%,80cmの場合に10-30重量%,120cmの場合に20-45重量%の希釈率」としたことには格別の技術的意義ないし臨界的意義を認めることはできないというべきである。
したがって,本件決定の「相違点3における本件発明2の事項とすることは,引用例1記載の工法及び同引用例1に記載された一次元モデル地盤を用いた実験で得られた上記技術的事項並びに周知の技術に基いて,当業者が容易に想到し得たことといえる」(決定謄本9頁第1段落)とした判断に誤りがあるとはいえない。
(5) 原告らは,相違点4の判断の誤りを主張するが,相違点2の判断に誤りがあるとはいえないことは上記のとおりであるから,原告らの上記主張も採用の限りではない。
5 以上のとおり,原告らの取消事由の主張はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告らの請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴