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関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  一致点の認定 /  周知技術 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10115号 審決取消請求事件

原告 株式会社天木 代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 小南明也
同 弁理士 竹中一宣
被告 株式会社岩福セラミックス 代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 西山聞一
同 弁護士 高橋美博
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/11/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35521号事件について平成16年10月22日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告の有する後記特許につき,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が無効とする審決をしたことから,特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成10年6月3日,発明の名称を「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」とする発明について特許を出願し,平成11年3月26日,特許庁から特許第2905776号として設定登録を受けた(甲1。以下「本件特許」という。)。
ところが,Aから特許異議の申立てがなされたため,特許庁において平成11年異議第74703号事件(以下「前件異議事件」という。)として審理され,その中で原告は,平成12年7月7日,請求項1の訂正と請求項3の削除等を内容とする訂正請求を行い(甲11の3),その結果,特許庁は,平成13年3月2日,「訂正を認める。特許第2905776号の請求項1および2に係る特許を維持する。」との決定(甲4の3)をした。
一方,被告は,平成15年12月24日,本件特許につき無効審判請求をした(甲2の1)。特許庁は,同請求を無効2003-35521号事件として審理し,その係属中の平成16年6月14日,原告は,請求項1の訂正等を内容とする訂正請求をした(甲2の6。以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)。
そして特許庁は,平成16年10月22日,「訂正を認める。特許第2905776号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。」等を内容とした審決(以下「本件無効審決」という。)をした。
(2) 発明の内容 本件特許に係る発明の内容は,以下のとおりである。
ア 平成11年3月26日の設定登録時 「【請求項1】 屋根地に多数本の横棧及び縦棧をクロス状に配置する棧の布設工程と,この布設工程で配置された横棧に屋根瓦の引掛けを係止するとともに,縦棧に安定駒を側面係止する屋根瓦の係止工程と,この係止工程で係止された縦棧と安定駒との側面係止の際に,当該安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される安定駒当接工程と,で構成されている安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。
【請求項2】 上記の屋根瓦は,瓦本体の尻側裏面に平坦形状の横棧当接部と,前記尻側に当接曲面を有する全体形状が半円弧形状でなる引掛けで構成されている請求項1の安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。
【請求項3】(省略)」 イ 平成13年3月2日の異議決定時(下線部は訂正部分) 記 「【請求項1】屋根地に多数本の横棧及び縦棧をクロス状に配置する棧の布設工程と,この布設工程で配置された横棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた 引掛 けを係止するとともに,縦棧 に屋根瓦 の尻側裏面 に設けた 安定駒 の差込 み側の側面 を当接する 屋根瓦 の係止工程と,この係止工程 において 縦棧 を安定駒 の差込 み側の側面に当接 する 際に,当該安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される安定駒当接工程と,で構成されている安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。
【請求項2】 上記の屋根瓦は,瓦本体と,この 瓦本体の尻側裏面に平坦形状の横棧当接部と,前記瓦本体の尻側 に設けた 横棧 に係止 される 当接曲面を有する全体形状が半円弧形状でなる引掛けとで構成されている請求項1に記載の安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。」 ウ 平成16年6月14日の本件訂正請求時(下線部が前記イと異なる部分) 記 「【請求項1】屋根地に多数本の横棧及び縦棧をクロス状に配置する棧の布設工程と,この布設工程で配置された横棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた引掛けを係止するとともに,縦棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接した際,この 縦棧 を横棧 の表面 と屋根瓦 の瓦本体 の尻側裏面 とで 形成 される 空間に設けて 浮き上がり 防止 を図る屋根瓦の係止工程と,この係止工程において縦棧を安定駒の差込み側の側面に当接する際に,当該安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される安定駒当接工程と,で構成されている安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。」(以下「本件発明1」という。) 「【請求項2】上記の屋根瓦は,瓦本体と,この瓦本体の尻側裏面に平坦形状の横棧当接部と,前記瓦本体の尻側に設けた横棧に係止される当接曲面を有する全体形状が半円弧形状でなる引掛けとで構成されている請求項1に記載の安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。」(以下「本件発明2」という。) (3) 審決の内容 ア 審決の内容の詳細は,別紙審決写しのとおりである。
その要旨は,本件訂正請求を認めた上で,本件発明1は下記の引用例1及び周知技術に基づいて,本件発明2は引用例1及び特開平10-140741号公報に記載された発明並びに周知技術に基づいて,それぞれ,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定に違反する等としたものである。
記 ・引用例1 特開平8-302910号公報(審判甲1・本訴甲3の1) イ なお,審決は,本件発明1と引用例1記載の発明(以下「引用発明」という。)とを,本件発明2と引用発明とを,それぞれ対比して,一致点及び相違点を,下記のとおり認定した。
記 (ア) 本件発明1と引用発明の対比 (一致点) 屋根地に多数本の横棧及び縦棧をクロス状に配置する棧の布設工程と,この布設工程で配置された横棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた引掛けを係止するとともに,縦棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接した際,この縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設ける屋根瓦の係止工程とで構成されている安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。
(相違点1) 本件発明1が,浮き上がり防止を図る瓦の係止工程であるのに対し,引用例1には,そのような記載のない点。
(相違点2) 本件発明1が,係止工程において縦棧を安定駒の差込み側の側面に当接する際に,当該安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される安定駒当接工程を有するのに対し,引用例1には,そのような記載のない点。
(イ) 本件発明2と引用発明の対比 (一致点) 屋根瓦は,瓦本体と,この瓦本体の尻側裏面に横棧当接部と,前記瓦本体の尻側に設けた横棧に係止される引掛けとで構成されている点。 (相違点) 本件発明2は,平坦形状の横棧当接部と,当接曲面を有する全体形状が半円弧形状でなる引掛けとで構成されているのに対し,引用例1の横棧当接部と引掛けは,そのような形状ではない点。
(4) 審決の取消事由 しかしながら,審決には,以下のとおり認定判断の誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(本件発明1と引用発明との一致点の認定の誤り) ・ ・ 審決は,以下に述べるとおり,引用発明と本件発明1の理解を誤り,引用発明においては「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」が存在せず,また「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」でないにもかかわらず,これらの点で本件発明1と引用発明が一致すると誤って認定したものである。
(ア)@ 本件発明1における「安定駒」の位置については,原告は,前件異議事件において特許庁から取消理由通知(甲11の1)を受けたことを踏まえて,平成12年7月7日付け訂正請求(甲11の3)により「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」との訂正を行ったものであり,「尻側裏面」とは,願書に添付した図5,6(甲1)において安定駒103が記載された位置に限定されていることが明らかである。
そして,「尻側」とは,屋根に瓦を葺いた場合に,屋根の頂上側(棟側)に位置する瓦の上方面をいい,本件発明1において,安定駒103が「尻側」に設けられるということは,引掛け102と面一となるように構成されていることを意味する。
A 他方で,引用例1の図2,4(甲3の1)をみると,瓦の係止用凸起12(引掛けに相当)は瓦の「尻側」に位置するが,凸部13(安定駒に相当)は,凸起12よりも内側に位置し,「尻側」には位置していないから,凸部13は,「尻側裏面」に設けられたものではない。
B したがって,引用発明には,「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」が存在しないのに,審決が,これが存在することを前提に本件発明1との一致点を認定したことは誤りである。
(イ)@ 縦桟工法(屋根地の上に多数本の横木を横に配置し(横桟),その上に多数本の桟木を縦にクロス状に配置し(縦桟),その上に瓦を葺いていく工法)は,横桟工法(引掛けを横桟木に係止するようにして瓦を葺いていく工法)と比べて,施工が容易である,瓦を葺いた後に位置ずれ(特に横ずれ)しにくいといった作用効果(縦桟工法の本来的効果)を奏するものである。
本件発明1は,図4(甲1)から明らかなとおり,安定駒103の側面103a(差込み側の側面)を縦桟の右側側面に当接させることで,瓦の縦方向の位置決めを極めて容易にし,また,瓦を葺設した後も,安定駒の側面が縦桟木に当接していることから,瓦の横方向のずれを防止することができ,縦桟工法であること自体から導かれる「縦桟工法の本来的効果」を奏するものである。
A のみならず,本件発明1においては,縦桟に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接するに際し,縦桟は,横桟の表面(1a)と瓦本体の尻側裏面(10a)とで形成される空間(H)に設けられ(図4),安定駒の底面(103b)を横桟の表面に直接当接させることにより,瓦(図3,4の左側)は安定駒の底面によって支えられるので,瓦を縦桟木の上に載置する場合と比較して,瓦の荷重は安定駒の底面にかかることになり,力点の位置がその分だけ低くなる。しかも,仮に地震,強風などで瓦に対して水平方向(横方向)の力がかかったとしても,安定駒側面の縦桟側面に対する当接に加えて,瓦のいわば脚である安定駒の底面(いわば足裏に該当する。)と横桟表面の摩擦力によっても,横方向のずれを規制することができる。したがって,長い脚を採用するという点で,横方向のずれ規制の面で最大限の効果を発揮することができ,更に浮き上がり防止を図ることも可能となる。
また,安定駒103は,瓦の「尻側裏面」に設けられ(すなわち,引掛け102と面一となるように構成される。),その一部は横桟の表面に当接しているが,一部は横桟の上にはなく宙に浮いた状態になっており,この部分の存在によって,浮き上がりや,回転防止の効果が一層高められる。仮に地震や台風によって瓦がわずかでも浮き上がったとしても,元の位置に復元することが容易となる。仮に安定駒が短く,尻側裏面まで延設されていない場合には,横桟の表面からずり落ちたり,瓦自体が回転する可能性が高くなる。
更に地震,強風などで瓦に対する垂直方向(上下方向)の力がかかったとしても,瓦のいわば脚である安定駒が横桟の表面に当接する構成,すなわち最も脚の長い構成を採用しているため,浮き上がりを防止することもできる。仮に浮き上がったとしても,縦桟の高さを超えるような上下動がない限り,安定駒の底面が縦桟に乗り上げることを回避できる。そのため浮き上がりが生じても元の状態に回復が容易である。
このように本件発明1は,「縦桟工法の本来的効果」に付加して,浮き上がり防止,回転防止の効果などの耐震・耐風効果を奏するものであるから(訂正明細書の段落【0017】,【0019】等),「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」である。
B 他方で,引用発明は,瓦裏面の「後部」(「尻側」ではない。)に「縦桟木の側面に当接係合し得る凸部(もしくは切欠段面)による係合部」を形成し,この係合部を形成する「平坦部14」に瓦を「載置」するものである。
また,この載置によって,引用発明の瓦工法は,横桟工法に比較して施工が容易である,瓦を葺いた後に位置ずれ(横ずれ)しにくいといった縦桟工法の本来的効果を奏するものの,この本来的効果の域を凌駕し,耐震・耐風効果を奏するものではないから,「耐震,耐風瓦工法」ではない。
C したがって,審決が,本件発明1と引用発明が「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」である点で一致すると認定したのは誤りである。
イ 取消事由2(本件発明1の相違点1に関する判断の誤り) 審決は,「上記相違点1を検討すると,甲第1号証(判決注・引用例)には,実施例においては瓦の平坦部14を有するものの,縦桟木(縦棧)に屋根瓦の尻側裏面に設けた凸部13(安定駒)の差込み側を当接した際,縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けることが記載されており,本件発明1とこの点に関し構成が異ならない以上,甲第1号証記載の発明も本件発明1と同様に浮き上がり(乙9号証(判決注・本訴甲4の9)(イ)のU矢印方向)防止を図れるものである。したがって,両者に格別の相違はない。」(10頁3〜9行)と判断した。
しかしながら,前記ア(イ)Aのとおり,本件発明1は,尻側裏面に設けた安定駒の縦桟に対する係止,同安定駒の横桟の表面に対する当接などの構成の複合によって,瓦のめくり上がり,回転が抑制され,「浮き上がり防止」効果を奏するものである。
審決は,引用発明が「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」であるとの誤った認定を前提としているため,引用発明においては縦桟工法の本来的効果のみを奏し,それを凌駕する耐震・耐風効果を奏しないとの点を看過し,縦桟工法を採用すれば,自ずから「浮き上がり防止」効果を奏すると誤解したものである。
したがって,引用発明も本件発明1と同様に「浮き上がり防止」を図ることができるから,両者に格別の相違はないとした審決の相違点1に関する判断は誤りである。
ウ 取消事由3(本件発明1の相違点2に関する判断の誤り) 審決は,「上記相違点2を検討すると,甲第1号証(判決注・引用例)には,凸部13(安定駒)の底面が横桟木2(横棧)に直接当接するとの記載はないが,甲第1号証に記載されているような桟瓦において,瓦の尻側裏面であって,瓦の山棧部とは幅方向に反対側の差込み部側に,横棧に直接当接する安定駒を設けることは,甲第2号証(判決注・本訴甲3の2)記載の突起3,3’,凸面10や甲3(判決注・本訴甲3の3)記載の脚片3等にみられるように,周知のことであるから,甲第1号証記載の発明の安定駒に該周知技術を適用して,相違点1の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易になし得ることであるし,これら周知技術は,揺動(乙9号証(判決注・本訴甲4の9)(イ)のI矢印方向)防止,ずれ(乙9号証(イ)のV矢印方向)防止という効果を当然奏するものと認められるから,このように構成したことによる格別の作用効果も認められない。」(10頁10〜20行)と判断したが,次に述べるとおり誤りである。
(ア) 周知技術の認定の誤り @ 審判甲2(本訴甲3の2)の第1図,第3図,第4図,第5図,第7図,第8図を見れば,突起3,3’,突面10が「尻側裏面」に設けられていないことが明らかである。なお,第9図の突面15は尻側裏面に設けられているといえなくはないが,引掛突起2Bと一体化されているにすぎない。
一方で,審判甲3(本訴甲3の3)の第1図では,脚片3が「尻側裏面」に設けられていることが示されている。
このように従来の瓦において「安定駒」(突起,脚片などがこれに相当する。)を設ける部位について,当業者は技術的にほとんど意識しておらず,瓦の裏面(瓦の山桟部とは幅方向に反対側の差込み部側)において「横桟木に当たる位置」であれば,その位置にこだわっていなかったことが明らかである。
したがって,「瓦の尻側裏面」に「安定駒を設けること」が周知であったということはできない。
A また,審判甲2(本訴甲3の2)及び審判甲3(本訴甲3の3)のいずれの明細書においても,引掛工法(横桟工法)に用いる瓦の裏面に,従来周知の安定駒を設けることが記載されているにすぎない。
そして,引掛工法において安定駒を用いることが周知であるとしても,上記各明細書には,屋根を葺いた後の横ずれ規制効果,浮き上がり防止効果を最大限に発揮して耐震性,耐風性を図るという技術思想については全く示唆されておらず,安定駒の底面を積極的に横桟に当接させて耐震,耐風効果を意図しようとするものではない。
B したがって,「瓦の尻側裏面であって,瓦の山棧部とは幅方向に反対側の差込み部側に,横桟に直接当接する安定駒を設けることが周知である」との審決の認定は誤りである。
(イ) 容易想到性に関する判断の誤り @ 本件発明1は,瓦工法における従来技術(引掛工法,縦桟工法,安定駒)を前提とするものであるが,安定駒の設置部位の限定と,当該安定駒と縦桟木,横桟木の当接位置関係などを有機的に結びつけ統合することで,特殊な瓦・桟木(例えば,甲6の1のような嵌込み凹部や,甲7のようなX字溝を設けた桟木)を用いなくとも,縦桟工法の本来的効果のみならず,耐震・耐風効果を奏することができるというものであり,本件発明1の構成によって格別の作用効果を奏するものである。
このことは,訂正明細書(甲2の6)の「最も簡単な操作により瓦の主として棟方向への葺設の簡便化かつ確実化を図り,かつ葺き上げ精度の向上が図れること」,「屋根瓦の浮き上がり防止,換言すると屋根瓦の飛散防止,耐震性向上,雨仕舞いの向上が図れる」との記載(段落【0019】)のとおりである。
A 他方,審判甲2(本訴甲3の2)及び審判甲3(本訴甲3の3)には,本件発明1の本質的部分である,縦桟工法と安定駒を組み合わせ,耐震・耐風を図るという技術思想が全く記載されておらず,示唆もされていない。また,前件異議事件の決定(甲4の3)も,これと同旨の判断をしている。
B したがって,引用発明の安定駒に「該周知技術を適用して,相違点1(判決注・「相違点2」の誤記と認める。)の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易になし得ることである」とした審決の判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 (1) 取消事由1に対し ア(ア) 「側」とは「かたわら」,「そば」,「近くの所」という意味であるから,「尻側」とは「尻の近くの所」を意味する。
そして,引用例1の凸部13(安定駒)は,係止用凸起12と同じく,瓦の「裏面後端部」に設けられているから,「尻側裏面」に設けられていることは明白である。
(イ) 本件訂正後の請求項1,2(本件発明1,2)の記載によれば,引掛け,安定駒及び横棧当接面の形成位置は同じ「尻側裏面」であるが,引掛け及び安定駒と横棧当接面の形成位置は明らかに異なるから,同じ「尻側裏面」で位置説明するのであれば,何らかの定義づけが必要となるはずである。
しかし,「尻側裏面に設けた安定駒」という発明特定事項は,出願当初明細書及び訂正明細書の「発明の詳細な説明」にすら記載されておらず,発明の一実施例を示す図面において,本件発明1の安定駒103及び引掛け102が面一であることが図示されているにすぎないから,尻側裏面に設けた安定駒」は「引掛け102」と面一となるように構成することに限定されるものではない。
また,原告主張の「尻側」が「尻端面」を意味するのであるとしても,「尻側」には厚みがないため,その裏面は存在しないことになるから,「尻側裏面」は,「瓦本体」における「尻端面」よりある程度の幅を有した部分となるはずであるが,その範囲は原告の主張を前提としても明確でない。
イ(ア) 引用例1には縦桟木に屋根瓦の尻側裏面に設けた凸部13(安定駒)の差込み側を当接した際,平坦部が存在するものの,縦桟を横桟の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けることが事実上記載されており,引用発明は地震や強風時にもずれない安定性の良い葺設状態を保持できるものであるから耐震,耐風瓦であることは明白である。
また,引用例1には,「凸部13」が本件発明1の「安定駒」と同様に,「尻側裏面」に設けられることも明記され,凸部13を縦桟木の一方の側面に沿わせるか,係合させるようにして屋根面に載置する構成により,原告主張の「縦桟工法の本来的効果」を有するのみならず,「本訴甲4の9(審判乙9)(イ)の矢印U方向の浮き上がり」を防止する作用効果もある。なお,引用例1における係合部は,「凸部13」又は「切欠段面17」であって,「凸部13及び平坦部14による係合部」なるものはなく,また,引用例1には,一実施例として平坦部14を縦桟の表面に「載接」する構成は開示されているが,平坦部14を縦桟の表面に「載置」する構成は開示されていない。
(イ) このように本件特許の屋根瓦の「浮き上がり防止」は,あくまでも安定駒及び縦棧側面の係止工程による効果を意味するものであって,本件特許における横棧及び安定駒の当接工程による効果とは無関係であり,相乗効果なるものは存しない。
また,本件特許の屋根瓦の「回転防止」に関しては,引掛けを横棧に係止すれば自ずから回転が発生しないことは明らかである。
さらに,屋根瓦における引掛け及び安定駒を面一として,安定駒の一部に,横桟の上にはなく宙に浮いた状態になる部分を設けることにより,なぜ浮き上がり防止効果及び回転防止効果が一層高められるのか,あるいはなぜ浮き上がった屋根瓦が元の位置に復帰し易くなるのか明らかにされていない。このことは,安定駒を上記構成にした屋根瓦を縦桟工法に使用しても,引用発明にはない顕著な効果がないことの証左である。
(2) 取消事由2に対し 原告が主張する「浮き上がり防止を図る」ことが「本訴甲4の9(審判乙9)(イ)の矢印U方向の浮き上がり」防止を図ることができるというのであれば,引用発明にも,本件発明1の安定駒と同様に,縦桟木の側面に当接する凸部が示されているため,同じ効果を奏することは当然である。
(3) 取消事由3に対し 引用例1には,凸部13の底面が横桟木2(横棧)に直接当接するとの記載はないが,引用例1に記載されているような桟瓦において,瓦の尻側裏面であって,瓦の山棧部と幅方向に反対側の差込み部側に,横棧に直接当接する安定駒を設けることは,甲3の2記載の突起3,3’,凸面10や甲3の3記載の脚片3等にみられるように,周知のことであるから,引用発明の安定駒に上記周知技術を適用して,本件発明1の相違点2に係る構成とすることは,当業者であれば容易になし得ることである。また,上記周知技術は,揺動防止,ずれ防止という効果を当然奏するものであるから,このように構成したことによる格別の作用効果もない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,原告主張の本件審決の取消事由(請求原因(4))について,以下,順次判断する。
2 取消事由1(本件発明1と引用発明との一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,本件発明1の「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」の「尻側」とは,屋根に瓦を葺いた場合に,屋根の頂上側(棟側)に位置する瓦の上方面をいい,本件発明1において,安定駒103が「尻側裏面」に設けられるということは,引掛け102と面一となるように構成されていることを意味するものであるところ,引用例1の凸部13(安定駒に相当)は,「尻側」に位置する瓦の係止用凸起12(引掛けに相当)よりも内側に位置し,「尻側」に位置していないから,審決が,本件発明1と引用発明に「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」が存在することを前提に一致点の認定をしたのは誤りである旨主張する。
ア(ア) 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,「屋根地に多数本の横棧及び縦棧をクロス状に配置する棧の布設工程と,この布設工程で配置された横棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた引掛けを係止するとともに,縦棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接した際,この縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けて浮き上がり防止を図る屋根瓦の係止工程と,この係止工程において縦棧を安定駒の差込み側の側面に当接する際に,当該安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される安定駒当接工程と,で構成されている安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。」であって,「尻側裏面」に関しては,「屋根瓦の尻側裏面に設けた引掛け」,「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」,「この縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けて」との記載がある。
また,本件発明2の特許請求の範囲(請求項2)は,「上記の屋根瓦は,瓦本体と,この瓦本体の尻側裏面に平坦形状の横棧当接部と,前記瓦本体の尻側に設けた横棧に係止される当接曲面を有する全体形状が半円弧形状でなる引掛けとで構成されている請求項1に記載の安定駒利用の耐震,耐風瓦工法。」であって,「尻側裏面」に関しては,「この瓦本体の尻側裏面に平坦形状の横棧当接部と,前記瓦本体の尻側に設けた横棧に係止される当接曲面を有する」の記載がある。
(イ) これらの記載によれば,本件発明1においては,瓦の「尻側裏面」に「引掛け」,「安定駒」,「横棧当接部」が設けられること,縦桟が横桟の表面と瓦本体の「尻側裏面」とで形成される空間に設けられることが認められる。
加えて,乙1(広辞苑(第四版)株式会社岩波書店発行)によれば,「側」とは,「その物の外面・周囲」,「かたわら,はた」,「物の一方の面」などを意味することが認められる。
(ウ) 以上の認定事実に照らすと,本件発明1,2の特許請求の範囲(請求項1,2)に,安定駒(103)が瓦の「尻側裏面」に設けられるということが引掛け(102)と面一となるように構成するとの記載があるとまで認めることはできないし,また,「尻側」とは,屋根に瓦を葺いた場合に,屋根の頂上側(棟側)に位置する瓦の上方面(すなわち,瓦の棟側の「端面」)を意味するものと認めることもできない。かえって,瓦の棟側の「端面」よりも軒側に後退した位置にある瓦の裏面の「横棧当接部」や,「縦桟が設けられる空間を形成する瓦本体の裏面」,すなわち,「横桟の表面と対向する位置にある瓦本体の裏面」も,請求項1,2の「尻側裏面」に当たるものと認めるのが相当である。
イ(ア) また,原告は,引用発明に「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」が存在しないことの根拠として,本件発明1における「安定駒」の位置については,前件異議事件において特許庁から取消理由通知(甲11の1)を受けたことを踏まえて,平成12年7月7日付け訂正請求により,「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」との訂正を行ったものであり,「尻側裏面」とは,願書に添付した図5,6(甲1)において安定駒103が記載された位置に限定されている旨主張する。
そこで検討するに,訂正明細書(甲2の6)に,「この横棧1には瓦10(各種棧瓦,軒瓦,袖瓦,平板瓦,本葺き瓦等の瓦)の瓦本体10’で,かつこの尻側裏面10aに設けられた横棧当接部101と,瓦10の瓦本体10’で,かつこの尻側10bに設けられた引掛け102の当接曲面102a(図5参照)又は当接平面102a’(図6参照)がそれぞれ係止される。」(段落【0016】)との記載があること,願書添付の図3,5,6(甲1)によれば,図3,5,6には,安定駒103の棟側の端面が引掛け102の棟側の端面とが面一であるように記載されていることが認められる。
(イ) しかしながら,前記認定のとおり,本件発明1の「横棧当接部」は「尻側裏面」に設けられるところ,図5,6記載の横桟当接部101は,瓦本体の棟側の端面にはなく,その端面よりも軒側に後退した位置にあり,安定駒103及び引掛け102の端面と面一になっていないことは明らかである。
また,訂正明細書(甲2の6)には,「縦棧2は,安定駒103の底面103bが横棧1の表面1aに当接した際,表面1aと瓦10の瓦本体10’の尻側裏面10aとで形成される空間Hに設けられる構成である」(段落【0017】)との記載があること,図4ないし6(甲1)によれば,瓦本体10’の「尻側裏面10a」(縦桟が設けられる空間Hを形成する,横桟の表面1aと対向する位置にある瓦本体の尻側裏面)も,安定駒103及び引掛け102の端面と面一になっていないことは明らかである。
したがって,本件発明1の「尻側裏面」とは,図5,6において安定駒103が記載された位置に限定されている旨の原告の前記主張は,採用することができない。
ウ そして,引用例1(甲3の1)には,請求項1として「屋根面の勾配方向所要間隔に横方向に延在する横桟木を配設するとともに,この横桟木の上に勾配方向に延在する縦桟木を横方向所要間隔に配設し,他方,瓦の裏面後部に,横桟木に対する係止用凸起と縦桟木の側面に当接係合し得る凸部もしくは切欠段面による係合部とを形成しておいて,前記係止用凸起を横桟木に係止させるとともに,前記係合部を縦桟木の一方の側面に沿わせるか係合させるようにして載置し,縦桟木と横桟木とに沿って各瓦を屋根の勾配方向および横方向に並べて葺設することを特徴とする瓦の葺設工法。」との記載があること,図2(甲3の1)において,凸部13が,係止用凸起12の棟側の端面よりも軒側に後退し,かつ,横桟木2の上方に位置する瓦本体の裏面の部位に設けられていることが図示されていることが認められる。
そうすると,引用例1の凸部13は,瓦本体の「尻側裏面」に設けられたものと認めるのが相当であるから,審決が,本件発明1と引用発明に「屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒」が存在することを前提に一致点を認定したことに誤りはないというべきである。
(2) 原告は,本件発明1は,横桟工法に比較して施工が容易である,瓦を葺いた後に位置ずれ(横ずれ)しにくいといった「縦桟工法の本来的効果」に付加して,浮き上がり防止,回転防止の効果などの耐震・耐風効果を奏するものであるから(訂正明細書の段落【0017】,【0019】等),「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」であるのに対し,引用発明は,瓦裏面の「後部」に「縦桟木の側面に当接係合し得る凸部(もしくは切欠段面)による係合部」を形成し,この係合部を形成する「平坦部14」に瓦を「載置」することによって,「縦桟工法の本来的効果」を奏するものの,この本来的効果の域を凌駕し,耐震・耐風効果を奏するものではないから,「耐震,耐風瓦工法」ではないのに,審決が,本件発明1と引用発明が「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」である点で一致すると認定したのは誤りである旨主張する。
ア しかし,本件発明1,2の特許請求の範囲(請求項1,2)には,「耐震,耐風瓦工法」の具体的な意味についての記載がないことが認められる。
また,訂正明細書(甲2の6)には,「縦棧2は,安定駒103の底面103bが横棧1の表面1aに当接した際,表面1aと瓦10の瓦本体10’の尻側裏面10aとで形成される空間Hに設けられる構成であるので,瓦10の浮き上がり防止,換言すると底面103bと横棧1の表面1aとの確実な当接を図り,瓦10の飛散防止,耐震性向上,雨仕舞の向上に利用できる。そして,通常は横棧1と縦棧2との兼用使用を図り,経費節減,管理及び作業の容易化を達成する。」(段落【0017】),「【発明の効果】請求項1の発明は,屋根地に多数本の横・縦棧をクロス状に配置し,この横棧に瓦の尻側裏面に設けた引掛けを係止するとともに,縦棧に瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接した際,この縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けて浮き上がり防止を図り安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される構成である。従って,最も簡単な操作により瓦の主として棟方向への葺設の簡便化かつ確実化を図り,かつ葺き上げ精度の向上が図れること,又は原則として縦棧と横棧とを兼用して使用できること,等の特徴がある。また安定駒の底面と横棧当接部と横棧の表面との確実な当接を図り,屋根瓦の浮き上がり防止,換言すると屋根瓦の飛散防止,耐震性向上,雨仕舞の向上が図れる特徴がある。」(段落【0019】)との記載があることが認められるが,これらの記載によっても,「耐震・耐風」に関する具体的な作用についての説明がされておらず,また,訂正明細書の「発明の詳細な説明」の他の記載をみても,「耐震・耐風効果」が,原告主張の「縦桟工法の本来的効果」を凌駕する作用効果である旨の具体的な説明はされていない。
そうすると,本件発明1の「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」にいう「耐震,耐風」とは,特定の作用を意味するものではなく,地震や風に耐える作用を一般的に表現したにすぎないものと認めるのが相当である。
イ そして,引用例1(甲3の1)には,「さらに,こうして葺かれた瓦は,横桟木に係止して勾配方向のずれが規制されるとともに,縦桟木によって横方向のずれも規制でき,また瓦の側端部を縦桟木に載接させることにより揺動やガタつきを規制できることもあって,地震時や強風時にもずれなく安定性のよい葺設状態を保持できる。」(段落【0038】)との記載があることに照らすと,引用発明は,地震や強風に耐える作用効果を奏することを目的とするものと認められるから,「耐震,耐風瓦工法」であるものと認められる。
そうすると,審決が,本件発明1と引用発明が「安定駒利用の耐震,耐風瓦工法」である点で一致すると認定したことに誤りはないというべきである。
(3) したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(本件発明1の相違点1に関する判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1は,尻側裏面に設けた安定駒の縦桟に対する係止,同安定駒の横桟の表面に対する当接などの構成の複合によって,瓦のめくり上がり,回転が抑制され,「浮き上がり防止」効果を奏するものであるのに対し,引用発明においては,縦桟工法の本来的効果のみを奏するものの,「浮き上がり防止」効果を奏するものではないのに,審決が,「甲第1号証記載の発明(判決注・引用発明)も本件発明1と同様に浮き上がり(乙9号証(判決注・本訴甲4の9)(イ)のU矢印方向)防止を図れるものである。したがって,両者に格別の相違はない。」などと判断したのは誤りである旨主張する。
ア 原告は,本件発明1の「浮き上がり防止」効果について,請求原因(4)ア(イ)Aにおいて,@本件発明1においては,縦桟に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接するに際し,縦桟は,横桟の表面(1a)と瓦本体の尻側裏面(10a)とで形成される空間(H)に設けられ(図4),安定駒の底面(103b)を横桟の表面に直接当接させることにより,瓦(図3,4の左側)は安定駒の底面によって支えられるので,瓦を縦桟木の上に載置する場合と比較して,瓦の荷重は安定駒の底面にかかることになり,力点の位置がその分だけ低くなり,しかも,仮に地震,強風などで瓦に対して水平方向(横方向)の力がかかったとしても,安定駒側面の縦桟側面に対する当接に加えて,瓦のいわば脚である安定駒の底面(いわば足裏に該当する。)と横桟表面の摩擦力によっても,横方向のずれを規制することができるから,横方向のずれ規制の面で最大限の効果を発揮することができ,更に浮き上がり防止を図ることも可能となる旨(以下「主張@」という。),A本件発明1の安定駒103は,瓦の「尻側裏面」に設けられ(すなわち,引掛け102と面一となるように構成される。),その一部は横桟の表面に当接しているが,一部は横桟の上にはなく宙に浮いた状態になっており,この部分の存在によって,浮き上がりや,回転防止の効果が一層高められ,仮に地震や台風によって瓦がわずかでも浮き上がったとしても,元の位置に復元することが容易となる,仮に安定駒が短く,尻側裏面まで延設されていない場合には,横桟の表面からずり落ちたり,瓦自体が回転する可能性が高くなる旨(以下「主張A」という。),B本件発明1においては,地震,強風などで瓦に対する垂直方向(上下方向)の力がかかったとしても,瓦のいわば脚である安定駒が横桟の表面に当接する構成,すなわち最も脚の長い構成を採用しているため,浮き上がりを防止することもでき,仮に浮き上がったとしても,縦桟の高さを超えるような上下動がない限り,安定駒の底面が縦桟に乗り上げることを回避できるため浮き上がりが生じても元の状態に回復が容易である旨(以下「主張B」という。)主張する。しかしながら,次に述べるとおり原告の主張@ないしBはいずれも採用することができない。
(ア) 原告の主張@について 原告の主張@に係る本件発明1の作用効果は,訂正明細書(甲2の6)に記載がないのみならず,瓦の荷重が安定駒の底面にかかることにより,引用発明と比較して浮き上がり防止効果に格別の差異が生じるものと認めることはできないし,また,瓦に対して水平方向に力が加わった際の横方向のずれについても,そもそも安定駒の側面が縦桟に当接しており,横方向のずれを規制するものと認められるから,安定駒の底面と横桟表面の摩擦力に格別の意味があるものと認めることもできない。
したがって,原告の主張@は採用することができない。
(イ) 原告の主張Aについて 原告の主張Aは,本件発明1の安定駒は,瓦の「尻側裏面」に設けられ(すなわち,引掛けと面一となるように構成される。),その一部は横桟の表面に当接しているが,安定駒の横桟の上にはなく宙に浮いた部分の存在によって,浮き上がりや,回転防止の効果が一層高められる,などというものであるが,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)及び訂正明細書(甲2の6)の記載上,本件発明1において,安定駒103が「尻側裏面」に設けられるということは,引掛け102と面一となるように構成されていることを意味するものでないことは先に説示したとおりであり(前記2(1)ア,イ),また,安定駒に,横桟の上にはなく宙に浮いた部分が存在するとの点も,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づかない主張であるから,原告の主張Aは採用することができない。
(ウ) 原告の主張Bについて 原告の主張Bに係る本件発明1の作用効果も,訂正明細書(甲2の6)に記載がないのみならず,安定駒の底面が縦桟に乗り上げ易いか否かは,本件発明1における縦桟の高さや引用発明の凸部の高さによっても変わり得るのであるから,安定駒が横桟に当接することによって,原告が主張するような格別の効果が生じるものと認めることはできない。
イ(ア) 次に,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には,「浮き上がり防止」に関し,「縦棧に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接した際,この縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けて浮き上がり防止を図る屋根瓦の係止工程」と記載されているが,「浮き上がり防止」の具体的な作用効果についての記載がないことが認められる。
(イ) また,訂正明細書(甲2の6)には,「浮き上がり防止」の作用効果について,「縦棧2は,安定駒103の底面103bが横棧1の表面1aに当接した際,表面1aと瓦10の瓦本体10’の尻側裏面10aとで形成される空間Hに設けられる構成であるので,瓦10の浮き上がり防止,換言すると底面103bと横棧1の表面1aとの確実な当接を図り,瓦10の飛散防止,耐震性向上,雨仕舞の向上に利用できる。」(段落【0017】),「【発明の効果】請求項1の発明は・・・この横棧に瓦の尻側裏面に設けた引掛けを係止するとともに,縦棧に瓦の尻側裏面に設けた安定駒の差込み側の側面を当接した際,この縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けて浮き上がり防止を図り安定駒の底面が横棧に直接当接して安定的に葺工される構成である。・・・また安定駒の底面と横棧当接部と横棧の表面との確実な当接を図り,屋根瓦の浮き上がり防止,換言すると屋根瓦の飛散防止,耐震性向上,雨仕舞の向上が図れる特徴がある。」(段落【0019】)との記載があるが,「浮き上がり防止」がどのような作用を意味するものであるのかについての具体的な説明はない。
ウ そして,引用例1の図5(甲3の1)には,「縦桟(縦桟木3)に屋根瓦の尻側裏面に設けた安定駒(凸部13)の差込み側の側面を当接した際,縦桟が横桟(2)の表面と屋根瓦の瓦本体(10)の尻側裏面とで形成される空間に設けられる構成」が図示されていることが認められるから,審決が「上記相違点1を検討すると,甲第1号証(判決注・引用例)には,実施例においては瓦の平坦部14を有するものの,縦桟木(縦棧)に屋根瓦の尻側裏面に設けた凸部13(安定駒)の差込み側を当接した際,縦棧を横棧の表面と屋根瓦の瓦本体の尻側裏面とで形成される空間に設けることが記載されており,本件発明1とこの点に関し構成が異ならない。」と認定したことに誤りはない。
加えて,前記ア及びイの認定事実に照らすと,「安定駒103の底面103bが横桟1の表面1aに当接」することによる本件発明1の「浮き上がり防止」効果は,引用発明との対比において,「浮き上がり防止」について格別の意義を有するものではないというべきである。
エ そうすると,審決が,「甲第1号証記載の発明(判決注・引用発明)も本件発明1と同様に浮き上がり(乙9号証(判決注・本訴甲4の9)(イ)のU矢印方向)防止を図れるものである。したがって,両者に格別の相違はない。」と判断したことに,誤りはないものと認められる。
(2) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(本件発明1の相違点2に関する判断の誤り)について (1) 周知技術の認定の誤りの有無 ア 原告は,審判甲2(本訴甲3の2)の第1図,第3図,第4図,第5図,第7図,第8図を見れば,突起3,3’,突面10が「尻側裏面」に設けられていないこと,一方で,審判甲3(本訴甲3の3)の第1図では,脚片3が「尻側裏面」に設けられていることが示されていることからすれば,従来の瓦において「安定駒」(突起,脚片などがこれに相当する。)を設ける部位について,当業者は技術的にほとんど意識しておらず,瓦の裏面(瓦の山桟部とは幅方向に反対側の差込み部側)において「横桟木に当たる位置」であれば,その位置にこだわっていなかったことが明らかであるから,審判甲2(本訴甲3の2)及び審判甲3(本訴甲3の3)から,審決が「瓦の尻側裏面であって,瓦の山棧部とは幅方向に反対側の差込み部側に,横棧に直接当接する安定駒を設けることが周知である」と認定したことは誤りである旨主張する。
イ しかしながら,「横桟の表面と対向する位置にある瓦本体の裏面」も,本件発明1の「尻側裏面」に当たるものと認めるのが相当であることは先に説示したとおりであり(前記2(1)ア(ウ)),審判甲2(本訴甲3の2)によれば,「突起3,3’,突面10」は,いずれも横桟の表面と対向する位置に設けられているから,瓦の「尻側裏面」に設けられたものと認められること,審判甲3(本訴甲3の3)の第1図の脚片3が「尻側裏面」に設けられていることは原告も認めていることからすれば,審決が,審判甲2(本訴甲3の2)及び審判甲3(本訴甲3の3)に基づいて,「桟瓦において,瓦の尻側裏面であって,瓦の山棧部とは幅方向に反対側の差込み部側に,横棧に直接当接する安定駒を設けることが周知」であったと認定したことに誤りはないというべきである。
したがって,原告の前記主張は採用することができない。
(2) 容易想到性に関する判断の誤りの有無 ア 原告は,本件発明1は,安定駒の設置部位の限定と,当該安定駒と縦桟木,横桟木の当接位置関係などを有機的に結びつけ統合することで,特殊な瓦・桟木(例えば,甲6の1のような嵌込み凹部や,甲7のようなX字溝を設けた桟木)を用いなくとも,縦桟工法の本来的効果のみならず,耐震・耐風効果といった格別の作用効果を奏するものであるのに対し,審判甲2(本訴甲3の2)及び審判甲3(本訴甲3の3)には,本件発明1の本質的部分である,縦桟工法と安定駒を組み合わせ,耐震・耐風を図るという技術思想が全く記載されておらず,示唆もされていないから,引用発明の安定駒に「該周知技術を適用して,相違点1(判決注・「相違点2」の誤記と認める。)の本件発明1に係る構成とすることは,当業者であれば容易になし得ることである」とした審決の判断は誤りである旨主張する。
イ しかし,本件発明1の相違点2に係る構成によって,原告の主張するような耐震・耐風効果といった格別の作用効果を奏するものと認めることができないことは先に説示したとおりである(前記3(1))。
また,訂正明細書(甲2の6)には,本件発明1(請求項1)の「発明の効果」として,「最も簡単な操作により瓦の主として棟方向への葺設の簡便化かつ確実化を図り,かつ葺き上げ精度の向上を図れること,又は原則として縦棧と横棧とを兼用して使用できること,等の特徴がある。また安定駒の底面と横棧当接部と横棧の表面との確実な当接を図り,屋根瓦の浮き上がり防止,換言すると屋根瓦の飛散防止,耐震性向上,雨仕舞の向上が図れる特徴がある。」(段落【0019】)との記載があるが,このような効果が,引用発明及び前記周知技術から予測できる域を超える格別顕著なものであると認めるに足りる具体的な根拠は示されていない。
かえって,訂正明細書(甲2の6)には,「・・・通常前記軒先瓦に続いて次の瓦を葺工するが,この場合,縦棧の側面に安定駒の差込み側の側面を当接する。この際,当該安定駒の底面が横棧に直接当接する構成であり,例えば,隣接瓦間に隙間,ガタが生じない構成とする。これにより在来の横棧のみによる葺工法と同様な施工効果が発揮できる構造にする。」(段落【0013】)との記載があることに照らすと,本件発明1は,従来周知の安定駒と同様の作用を期待して,安定駒の底面を横桟に当接させる構成としたものと認めることもできる。
さらに,甲6の1,甲7記載の工法のように,瓦裏面の嵌め込み凹部や突起が縦桟やV字溝に嵌合する構造が採用されているものではない点において,本件発明1も,引用発明と同様であるから,本件発明1の「耐震・耐風瓦工法」にいう「耐震・耐風」を,甲6の1,甲7記載の工法によって奏する「耐震・耐風効果」に限定して解する余地はない。
ウ そうすると,引用発明の安定駒に,前記(1)イの周知技術を適用して,相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者(その発明の属する分野において通常の知識を有する者)であれば容易に想到することができたものと認められるから,審決に原告主張の判断の誤りはないというべきである。
なお,前件異議事件の決定における本件発明1の進歩性に関する判断判断は,当裁判所を拘束するものではなく,前記認定を左右するものではない。
(3) したがって,原告主張の取消事由3も理由がない。
5 結論 以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二