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関連審決 異議1997-73139
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  単一性 /  優先権 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  拡張 /  合理的な理由 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 125号 特許取消決定取消請求事件
原告 ハイデルベルガー・ドルツクマシーネン・アクチエンゲゼルシヤフト
訴訟代理人弁護士 角田邦洋
訴訟復代理人弁護士 加藤義明
訴訟代理人弁理士 久野琢也
同 アインゼル・フェリックス=ラインハルト
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 伊波猛
同 安藤勝治
同 大野克人
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が,平成9年異議第73139号事件について,平成12年11月8日にした決定のうち,請求項1ないし14,16に係る部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「平版印刷機」とする特許(特許第2569213号,平成2年10月5日出願(優先権主張日平成元年10月5日,優先権主張国アメリカ,以下「本件出願」という。),平成8年10月3日設定登録,請求項の数は16である(以下,これらの請求により特定される発明を,まとめて「本件発明」といい,個別には,例えば,請求項1の発明を「本件発明1」と,請求項2の発明を「本件発明2」というなどのこともある。)。以下,「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許に対し,平成9年7月7日,すべての請求項につき,及び同月8日,請求項1,2及び3につき,それぞれ特許異議の申立てがなされた。特許庁は,これらを平成9年異議73139号事件として審理した上,平成12年11月8日,「特許第2569213号の請求項1ないし14,16に係る特許を取り消す。同請求項15に係る特許を維持する。」との決定をし,同月29日に,その謄本を原告に送達した。出訴期間として,90日が付加された。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面1ないし3参照) (1) 請求項1 シートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えており,かつ版胴(22,24)およびブランケット胴(14,16)を支持するためのサイドフレーム(96)と,版胴(22,24)に巻付けられた,始端部と終端部とを有する版板とを備えた形式のものにおいて,ブランケット胴(14,16)の1端が軸受装置(98)を備えており,サイドフレーム(96)内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分(94)がその閉鎖状態で軸受装置と係合しており,このサイドフレーム部分(94)が軸受装置(8)から離れた,したがってブランケット胴(14,16)から距離を置いた開放状態へ移動し,かつ再び軸受装置(98)内に係合した閉鎖状態に戻ることができるようになっており,ブランケット胴(14,16)のブランケット(18,20)がギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管として構成されており,かつ軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されていて,サイドフレーム部分(94)によって開放される開口部(102)から交換可能であり,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されていることを特徴とする平版印刷機。
(2) 請求項2 版胴(22,24)に巻付けられた,始端部と終端部とを有する版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウエブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,かつ少なくとも外層(66)とこれに続いた容積圧縮性の中間層(68)との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられていることを特徴とする印刷機。
(3) 請求項3 版胴(22,24)に巻付けられた,始端部と終端部とを有する版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウエブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管上のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非伸長性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,かつブランケット(18,20)を軸方向に手動でブランケット胴(14,16)から取外すことができるように,ブランケット(18,20)の内表面(86)とブランケット胴(14,16)の外表面(100)との間の締り嵌めを解除するためにブランケット胴(14,16)上に存在する管状のブランケット(18,20)の半径方向の膨張を実施するための手段が設けられていることを特徴とする印刷機。
(4) 請求項4 ブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)によって変形せしめられる前の変形していない状態にある時は,ブランケット(18,20)の外層は第1の容積を占めており,またブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)によって変形せしめられた時には,第1の容積に等しい第2の容積を占めており,ブランケット(18,20)の中間層の圧縮性の材料は,ブランケット(18,20)の外層が変形していない状態にある時は第3の容積を占めており,かつブランケット(18,20)の中間層は,ブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)によって変形せしめられた時には,第3の容積よりも小さな第4の容積を占めていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
(5) 請求項5 前記中間層(68)の圧縮性材料は空所を有しており,該空所は,ブランケット(18,20)の外層が変形していない状態にある間は第1のサイズであり,また該空所の少くとも幾つかは,ブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)上の版板によって変形せしめられた時には,第1のサイズよりも小さい第2のサイズになることを特徴とする,請求項4記載の印刷機。
(6) 請求項6 印刷機は前記版胴(22,24)とブランケット胴(14,16)とを支持するためのサイドフレーム(96)を有しており,該サイドフレーム(96)は,ブランケット胴(14,16)と軸方向に整合している支持位置と,該サイドフレーム(96)内に開口部(102)を設けるためにブランケット胴から離れている開放位置との間で,運動可能なサイドフレーム部分(94)を有しており,ブランケット(18,20)は,サイドフレーム(96)の該サイドフレーム部分(94)が開放位置にある時,サイドフレーム(96)内での開口部(102)を通過し,かつブランケット胴(14,16)と接触できるようになっていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
(7) 請求項7 前記ブランケット胴(14,16)が第1の直径を備えた円筒形の剛性外表面(88)を有しており,ブランケット(18,20)は第2の直径を備えた円筒形の剛性内表面(86)を有しており,該第2の直径は,第1の直径よりも小さくなっていて,ブランケット胴(14,16)とブランケット(18,20)との間には締り嵌め部が設けられており,ブランケット胴(14,16)は通路手段(106)を有し,通路手段を用いて,ブランケット(18,20)の内表面(86)に対して流体の流れを導いてブランケットを膨張せしめかつ第2の直径を増加せしめ,ブランケット(18,20)はそのために,ブランケット胴(14,16)上に軸方向に運動可能になっていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
(8) 請求項8 前記ブランケット(18,20)は,非圧縮性材料から成る円筒状の外層(66)と圧縮性材料から成る円筒形の中間層(68)と固い材料から成る層(74)とを有しており,更にブランケット(18,20)の該外層(66)は,ニップ部(26,28)において版胴(22,24)上のインキ転写面と転動係合状に配置されているギャップ部のない連続的な外表面を有しており,又ブランケット(18,20)の外層(66)は,少くともブランケットの中間層(68)の部分領域を,第1の状態から第2の状態に圧縮せしめるように変形することができ,またブランケット(18,20)の中間層(68)は多数の空所を包含しており,該空所は,ブランケット(18,20)の中間層(68)が第1の状態にある時は相対的に大きく,またブランケット(18,20)の外層(66)の変形によって第2の状態に圧縮されたブランケット(18,20)の中間層(68)の部分領域内では,相対的に小さくなっていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
(9) 請求項9 前記外層(66)が,堅固な弾発的に変形可能な,非圧縮性の高分子材料から形成されており,中間層(68)は,圧縮性でかつ空所を包含している,弾発的に変形可能な,高分子材料の発泡体から形成されていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
(10)請求項10 ブランケット(18,20)が管状の輪郭を有しており,剛性の内層は中空状のスリーブ(80)を包含しており,該スリーブの内径は,ブランケット胴(14,16)の外径よりも小さくなっていて,ブランケット胴(14,16)と締り嵌めを行っていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
(11)請求項11 管状のブランケット(18,20)が,各層が異なる材料から成っていてもよい層状構造を有していることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載のの(判決注・誤記と認める。)印刷機。
(12)請求項12 層状構造を有する管状のブランケット(18,20)の少なくとも1つの層が柔軟に変形可能な織物またはメッシュから形成されていることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
(13)請求項13 管状のブランケット(18,20)の少なくとも1つの層が非膨張性の材料から形成されていることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
(14)請求項14 管状のブランケット(18,20)が1つよりも多い数の圧縮性の層を有しており,かつ該圧縮性の層が異なる剛性を有していることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
(15)請求項15 管状のブランケット(18,20)が少なくとも1つの圧縮性の層を有しており,かつこの層が自体に異なる剛性を有していることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
(16)請求項16 圧縮性の中間層(68)が圧力の適用で縮小し得る空所を有していることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
3 決定の理由 決定の理由は,別紙決定書記載のとおりである。要するに,本件特許の請求項1ないし14,16に係る発明は,いずれも,特開昭62-218130号公報(甲第5号証,以下「甲5公報」という。決定にいう「刊行物1」である。これに記載された発明の総称を「引用発明」という。本件発明の各請求項に係る発明(「本件発明1」等)との対比で,「引用発明1」等と呼称することもある。),米国特許第4823693号明細書(甲第6号証,以下「甲6明細書」という。)及び実開昭63-30165号公報(甲第7号証,以下「甲7公報」という。決定にいう「刊行物3」である。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,請求項1ないし14,16のいずれについても,特許法29条2項に違反してなされたものである,とするものである。
4 決定が認定した,本件発明と引用発明との一致点・相違点 本件発明とが上記結論を導くに当たり認定した,本件発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(1) 本件発明1と引用発明1 (引用発明1の内容)(別紙図面4参照) 「・・・刊行物1(判決注・甲5公報)には,次の発明が開示されているものと認められる。
「巻取紙として形成された印刷担体を印刷するためのオフセット印刷機であって,着肉装置と湿らし装置とを備えており,かつ版胴5および転写胴5を支持するための機枠12,13と,版胴5に設けられた印刷板スリーブ1を備えた形式のものにおいて,転写胴5の他端31が,機枠13内に旋回可能に支承された軸受32にその閉鎖状態で係合しており,この軸受32が,転写胴5の他端31から離れた,したがって転写胴5から距離を置いた開放状態へ移動し,かつ再び転写胴5の他端31に係合した閉鎖状態へ戻ることができるようになっており,転写胴5の転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており,かつ転写胴5の表面から他端31を経て引抜きこの他端31を経て転写胴5の上に差込み可能に転写胴5の外表面上に支承されていて,軸受32によって開放される凹部34から交換可能であり,かつ管状の転写胴スリーブ1aが,ゴム層11と,ニッケル又は鋼から成る金属管であるベース金属スリーブ2とから形成されていることを特徴とする平版印刷機。」」(決定書12頁1行目〜19行目) (本件発明1と引用発明1との一致点) 「両者は,「シートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えており,かつ版胴(22,24)およびブランケット胴(14,16)を支持するためのサイドフレーム(96)と,版胴(22,24)に設けられた版板とを備えた形式のものにおいて,ブランケット胴(14,16)の1端が軸受装置(98)を介してサイドフレーム(96)内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分(94)にその閉鎖状態で係合して支持されており,このサイドフレーム部分(94)が,ブランケット胴(14,16)の1端から離れた,したがってブランケット胴(14,16)から距離を置いた開放状態へ移動し,かつ再びブランケット胴(14,16)の1端に係合した閉鎖状態へ戻ることができるようになっており,ブランケット胴(14,16)のブランケット(18,20)がギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管として構成されており,かつ軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されていて,サイドフレーム部分(94)によって開放される開口部(102)から交換可能であり,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む材料から成る円筒形の層と,固い,非膨張性の材料から成る内層とから形成されていることを特徴とする平版印刷機。」(決定書13頁15行目〜32行目) (本件発明1と引用発明1との相違点) 「1.相違点1 ブランケット胴を軸受装置を介してサイドフレームで支持するための構造が,本件発明1では,ブランケット胴の1端に軸受装置を備えており,サイドフレーム内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分がその閉鎖状態で軸受装置と係合する構成であるのに対して,引用発明1では,ブランケット胴(転写胴)の1端が,サイドフレーム(機枠)内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分(軸受)にその閉鎖状態で係合する構成,即ち,ブランケット胴の1端を軸支する軸受装置がサイドフレーム側に備えられ,閉鎖状態でサイドフレーム部分の軸受装置とブランケット胴の1端とが係合するようになっており,軸受装置の設置位置が異なる点。
2.相違点2 管状のブランケットが,本件発明1では,弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも1つとを有するように,少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されているのに対して,引用発明1では,既に述べたように,管状のブランケット(転写胴スリーブ)は,固い,非膨張性の材料から成る内層(ベース金属スリーブ)を有しているが,その外表面に設けたゴム層が弾性的に撓む材料から成るものの,該ゴム層が本件発明1における外層と中間層との両者の構成を併せ持っているの否か定かでないため,ブランケット全体の層構成が不明である点。
3,相違点3 版板が,本件発明1では,始端部と終端部とを有する版板であるのに対して,引用発明1では,印刷板スリーブであり,版板がスリーブとして形成された点。」(決定書13頁36行目〜14頁20行目) (2) 本件発明2と引用発明2 (引用発明2の内容) 「・・・刊行物1には次の発明が開示されているものと認められる。
「版胴5に設けられた印刷板スリーブ1および転写胴5上に取付けられた転写胴スリーブ1aとを用いて巻取紙として形成された印刷担体を印刷するためのオフセット印刷機であって,着肉装置と湿らし装置とを備えた形式のものにおいて,転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており,かつ転写胴5の表面から他端31を経て引抜きこの他端31を経て転写胴5の上に差込み可能に転写胴5の外表面上に支承されていて,かつ管状の転写胴スリーブ1aが,ゴム層11と,ニッケル又は鋼から成る金属管であるベース金属スリーブ2とから形成されていることを特徴とする印刷機。」」(決定書16頁15行目〜29行目) (本件発明2と引用発明2との一致点) 「版胴(22,24)に設けられた版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む材料から成る円筒形の層と,固い,非膨張性の材料から成る内層とから形成されていることを特徴とする印刷機。」である点(決定書16頁36行目〜17頁6行目) (本件発明2と引用発明2との相違点) 「1.相違点1について 管状のブランケットが,本件発明2では,弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも1つとを有するように,少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,かつ少なくとも外層とこれに続いた容積圧縮性の中間層との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられているのに対して,引用発明2では,上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様,内層(ベース金属スリーブ)の外表面に設けたゴムから成る円筒形のゴム層が弾性的に撓む材料であるゴムから成るものの,該ゴム層が本件発明2における外層と中間層との両者の構成を併せ持っているのか否か定かでなく,さらに,外層と中間層との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられているのか否かも定かでないから,ブランケット全体の層構成が不明である点」(決定書17頁11行目〜23行目) 「2.相違点2について 上記本件発明1と引用発明1との相違点3と同様であり,・・・。」(決定書17頁34行目〜35行目) (3) 本件発明3と引用発明3 (引用発明3の内容) 「・・・刊行物1には次の発明が開示されているものと認められる。
「版胴5に設けられた印刷板スリーブ1および転写胴5上に取付けられた転写胴スリーブ1aとを用いて巻取紙として形成された印刷担体を印刷するためのオフセット印刷機であって,着肉装置と湿らし装置とを備えた形式のものにおいて,転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており,かつ転写胴5の表面から他端31を経て引抜きこの他端31を経て転写胴5の上に差込み可能に転写胴5の外表面上に支承されていて,かつ管状の転写胴スリーブ1aが,ゴム層11と,ニッケル又は鋼から成る金属管であるベース金属スリーブ2とから形成されており,かつ転写胴スリーブ1aを他端31を経て手動で転写胴5の表面から取外すことができるように,転写胴スリーブ1aの内面と転写胴5の支持面との間における転写胴スリーブ1a内表面への圧力緩和による圧接固定を解除するために,転写胴5上に存在する転写胴スリーブ1aの内面に媒質の圧力を加えて膨張させてエアクッションが形成されるようにするための手段が設けられていることを特徴とする印刷機。」」(決定書18頁9行目〜28行目) (本件発明3と引用発明3との一致点) 「版胴(22,24)に設けられた版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む材料から成る円筒形の層と,固い,非伸長性の材料から成る内層とから形成されており,かつブランケット(18,20)を軸方向に手動でブランケット胴(14,16)から取外すことができるように,ブランケット(18,20)の内表面(86)とブランケット胴(14,16)の外表面(100)との間の締り嵌めを解除するためにブランケット胴(14,16)上に存在する管状のブランケット(18,20)の半径方向の膨張を実施するための手段が設けられていることを特徴とする印刷機。」である点(決定書19頁7行目〜20行目) (本件発明3と引用発明3との相違点) 「1.相違点1について 上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様であり・・・ 2.相違点2について 上記本件発明1と引用発明1との相違点3と同様であり,・・・。」(決定書19頁23行目〜28行目)
原告の主張の要点
決定は,甲5公報と甲7公報に記載された各技術の内容を誤解したため,甲5公報に記載された引用発明に,甲7公報に記載された技術を適用することができるとし,その結果,本件発明1ないし3は,甲5公報ないし甲7公報に接した当業者が,容易に想到することができると誤って判断したものであり,ひいては,本件発明1ないし3を引用した本件発明4ないし14,16も,甲5公報ないし甲7公報により当業者が容易に発明できると誤って判断したものであるから,請求項1ないし14,16のいずれについても違法として取り消されるべきである。
1 本件発明1の容易想到性についての判断の誤りについて (1) 引用発明1の認定の誤り ア ゴム層11の認定の誤り (ア) 決定は,引用発明1について,「・・・該ゴム層11が本件発明1における「外層」と「中間層」との両者の構成・機能を併せ持っているのか否か定かでなく」(決定書13頁9行目〜11行目),「・・・該ゴム層が本件発明1における外層と中間層との両者の構成を併せ持っているのか否か定かでないため,ブランケット全体の層構成が不明である」(決定書14頁14行目〜16行目),と認定している。
(イ) しかし,甲5公報には,「ゴム層(Gummibelag)11で例えば継目なしに被覆された転写胴1aの横断面を第5図に示す。この場合もベース金属スリーブ2が使用される。ベース金属スリーブ2は厚さ約0.3mmの金属管である。ゴム層11は厚さ約1ないし5mmである。」(5頁右上欄16行目〜20行目)と記載され,その第5図には,一種類のハッチングで表示されたゴム層11が明確に記載されている。
このような場合,ゴム層11が単一の層を成していることは明らかであって,これを2層以上の層構成と解釈する余地は全くない。一種類のハッチングで表示された単一の層である限り,いかにその材料の配合や加硫の仕方に配慮しても,容積圧縮性と容積非圧縮性という,二つの異なる性質の層を構成として有しないことは当然である。
(ウ) 被告は,本件発明15において,一つの層が複数の異なる性質を持つ構成を採用していることから,引用発明1のゴム層11も,単一の層でないことがあり得る,と主張する。
本件発明15において,一つの圧縮性の層が,それ自体に異なる剛性を有していることが言及されていることは事実である。しかし,それは,圧縮性という一つの共通する性質の層について,剛性の異なる部分が存在することを示しているにすぎない。被告の主張するようなものとは明らかに異なる。
引用発明1のゴム層11が,本件発明1の外層と中間層の構成を併せ持つということはあり得ない。
イ ゴム層11と内層との一体性の認定の誤り (ア) 決定は,「・・・引用発明1において,上部ゴム層と内層(ベース金属スリーブ)との間には,上部ゴム層が通常のブランケット機能を担保し内層が固着機能を担保するとしか把握できないものであって,ブランケット胴(転写胴)の固着機能の点で両者が一体不可分でなければならないような特段の関係は認められない・・・」(15頁4行目〜8行目),と認定している。しかし,この認定は誤りである。
(イ) 決定は,引用発明1について,「・・・転写胴5の転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており・・・」(決定書12頁9行目〜14行目),と認定している。これによれば,転写胴スリーブ1aは,ベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11とから管状の輪郭に構成されているから,転写胴スリーブ1aの内面に圧力を加えると,ベース金属スリーブ2とゴム層11が一体となって膨張することになり,次に圧力を緩和すると,ベース金属スリーブ2とゴム層11が一体となって収縮して,圧縮固定されることになる。それゆえ,この場合のゴム層11の膨張・収縮作用も転写胴5への圧縮固定に寄与していることは明らかである。ベース金属スリーブ2とゴム層11は,転写胴5への固着機能の点で一体不可分である,というべきである。
(2) 甲7公報記載の内容の認定の誤り(別紙図面5参照) ア 決定は,「刊行物3(判決注・甲7公報)には,ブランケットの層構成のみが記載され,スリーブとして形成された構成のものであるのか否か定かでない」(決定書15頁1行目〜2行目),としている。しかし,甲7公報に記載された圧縮性印刷用ブランケットは,有端状のものとしか理解できない。
イ 甲7公報には,「印刷面となる表面層と圧縮性層と補強層とからなる印刷用ブランケットにおいて,2層以上の織布または不織布を積層してなる補強層の上面に表面ゴム層を設け,下面に圧縮性層を設けたことを特徴とする圧縮性印刷用ブランケット」(実用新案登録請求の範囲),「第4図は従来の圧縮性印刷用ブランケットの構造を示す説明用断面図である。圧縮性印刷用ブランケットは通常,圧縮性層2を非伸長性繊維の織布で形成した補強層3で裏打ちし,さらに上面には非伸長性の補強層4を介して最上層に印刷面となる表面ゴム層5を積層して構成されている。織布は綿布,レーヨン布,ポリエステル布等であって,ブランケット用として織られた非伸長性の特殊な織布が用いられる。特に,表面ゴム層5の下面の補強層4は表面ゴム層5に布目が出ないように細い糸によって織られている。」(2頁15行目〜3頁6行目),「圧縮性を容易にするためには表面ゴム層5と圧縮性層2とをできるだけ近接させるのがよい。そのために,従来は表面ゴム層5と圧縮性層2の間には一層のみの補強層4が設けられているにすぎなかった。第5図は圧胴6とゴム胴7との関係を示すものである。従来の圧縮性印刷用ブランケットでは圧縮性層2は表面ゴム層5の動きをそのまま捉えることになり,ニップ幅W1は小さい面積で圧縮されることになる。小さいニップ面積で圧縮されることはそれだけ見掛け上の圧縮モジュラスが低下することになる。圧縮モジュラスが低下すれば印刷時の圧力が不足し十分な印圧が得られない。印圧が充分でないとインク潰れが悪く,特に一色のいわゆるベタ印刷には充分な印刷品質が得られなかった。・・・しかしながら,高品質の印刷は網点の再現性とともにインク潰れにも優れたものでなければならないので,圧縮性にも優れ,高印圧の印刷用ブランケットが望まれていたのである。この考案はかかる現況に鑑みてなされたもので,簡単な構造で網点再現性,インク潰れ等の印刷特性の優れた圧縮性印刷用ブランケットを提供することを目的とする。
(問題点を解決するための手段)この考案の構成は,上記目的を達成するため,印刷面となる表面層と圧縮性層と補強層とからなる印刷用ブランケットにおいて,2層以上の織布又は不織布を積層してなる補強層の上面に表面ゴム層を設け,下面に圧縮性層を設ける構成としたものである。」(3頁15行目〜5頁9行目),「第1図はこの考案に係る圧縮性印刷用ブランケットの断面図であって,圧縮性印刷用ブランケット10は非伸長性繊維で形成した織布11を2層積層して補強層12を形成し,この補強層12に圧縮性層13を設け,さらにこの圧縮性層13の上面に織布11aを2層積層して補強層14となし,最後に印刷面となる表面ゴム層15を順次積層して構成されている。補強層12を構成する織布11は従来と同様に,綿布,レーヨン布,ポリエステル布等を使用することができ,不織布であってもよい。織布11の積層は公知の方法によって行えばよい。従って,織布上にゴム糊をスプレッダーで塗布してもよいし,別途成型したゴムシートを接着剤を用いて積層してもよい。」(5頁12行目〜6頁6行目),「第2図は他の実施例を示すもので,前記実施例が圧縮性層13の上下面にそれぞれ織布11,11aを2層ずつ積層したのに対して,この実施例では圧縮性層13の下面には織布11を1層のみとし,上面に織布11を3層積層したものである。」(6頁19行目〜7頁3行目),「以上説明したように,この考案の構成によれば圧縮性層と表面ゴム層との間に2以上の織布または不織布を積層した補強層を設けたから見掛け上の圧縮モジュラスが向上し高い印圧が得られ,網点の再現性,インク潰れ等の印刷特性に優れた圧縮性印刷ブランケットを得ることができる。」(8頁8行目〜14行目),と記載されている。
ウ 甲7公報の以上の記載によれば,従来の圧縮性印刷用ブランケットにおいて既に用いられている一層の非伸長性の補強層4が,見かけ上の圧縮モジュラスが向上し高い印圧が得られ,網点の再現性,インク潰れ等の印刷特性に優れた圧縮性印刷用ブランケットを得ることを目的とするものではないことは明らかである。
エ 圧縮性印刷用ブランケットにおいて通常用いられる補強層の本来の目的・効果とは,シリンダ(ゴム胴)にブランケットを巻き締めて固定させる際及び印刷時に,ブランケットに作用するゴム胴の円周方向の引張り力を受け止めて,ブランケットを伸びや破損から保護する,ということにある。
甲7公報記載のブランケットも,圧縮性印刷用ブランケットであり,ブランケット用として織られた非伸長性の特殊な織布又は不織布によって形成された補強層3,4,12,14を,一体のものとして,必要不可欠の構成要素とするものである。甲7公報記載のブランケットが,見かけ上の圧縮モジュラスが向上し高い印圧が得られ,網点の再現性,インク潰れ等の印刷特性に優れた圧縮性印刷用ブランケットを得ることを目的とするものであるとしても,それは,前記圧縮性印刷用ブランケットの本来の機能に付加される新しい目的・効果にすぎない。
オ このような補強層を構成する織布又は不織布は,当然,有端状のシートの形態でしか作製できないはずである(甲第8号証ないし第10号証)。そして,有端状のブランケットを円筒状のスリーブとして形成しようとする場合,補強層,ひいてはこれを構成する織布又は不織布も,その両端部を重ね合わせて結合する必要があり,円筒形の軸線に沿って継目が生じる。しかも,この継目は,補強層を設ける目的を果たすため,十分に強固なものである必要があるから,相応に大きく隆起した形状となる。したがって,織布又は不織布を補強層として有するスリーブ上のブランケットの場合,その外表面と内表面に,織布又は不織布の継目に起因する隆起部が必然的に発生し,これは,ブランケットの外表面及び内表面の連続性を損ない,網点の再現性やインク潰れ等の印刷特性を低下せしめるはずである。しかし,甲7公報には,このような網点の再現性やインク潰れ等の問題が生じることについて言及されていない。織布又は不織布には,継目を設けることの記載もない。
甲7公報の記載のブランケットにおいて,印刷特性の向上という考案の目的を達成できない,スリーブ状のものは明白に排除されている,というべきである。
カ ギャップレス,円筒状若しくはスリーブ状のブランケットは,昭和61年以降開発されたものであり,昭和62年8月当時はまだ公知でなかった(甲第15号証ないし第17号証)。このことに照らしても,甲7公報のブランケットは,有端状のものと解すべきである。
キ 引用発明1のブランケットも,甲6明細書のブランケットも,ごくわずかな拡張によって十分な締付け力を発揮する部材,例えば金属を備えている。この種ギャップレスオフ輪に用いられるスリーブ状のブランケットは,金属若しくは相応の剛性と弾性を有する材料から成る薄いスリーブにゴム層を被覆していることを,基本的な構成としている。しかるに,甲7公報のブランケットは,金属のスリーブを欠いている。このようなものを,ギャップレスのスリーブ状のブランケットとして利用することはできない。
ク 被告は,原告の論法に従えば,本件発明1のブランケットも,必要に応じて可撓性の繊維材料又は非伸長性の材料を用いるから,有端状のものに限定して解釈されるべきことになる,と主張する。しかし,本件発明1における前記繊維材料等は,甲7公報の補強層3,4,12,14とは目的・作用において全く異なるから,これを有端状のものに限定して解すべき理由はない。
ケ 被告は,甲7公報記載の補強層4,14が,ブランケットをゴム胴に巻き締めて固定するための,ブランケット胴の円周方向の力を受け止めるとすると,常時圧縮性層を圧縮することになってしまう,と主張する。しかし,補強層4,14により,圧縮性層13が常時圧縮されるとしても,圧胴6の押圧による表面ゴム層15の動きを,補強層14を介して圧縮性層13が受け止める,という働きが阻害されるわけではない。補強層4,14の張力が非常に高く,圧縮性層13が完全に押しつぶされてしまうような場合は,表面ゴム層15の動きを圧縮性層13は吸収し得ないことになろう。しかし,そのようなことは甲7公報には何ら記載されていない(第3図,第4図)し,実際にもあり得ない。
甲7公報及び甲第9号証(特公昭53-16724)からは,圧胴6による押圧力に比べ,補強層4,14による圧縮圧力は(ブランケットの巻締め力がすべて補強層4,14で受け止められると仮定しても),50分の1程度にすぎない(甲第9号証)。補強層4,14の圧縮圧力によって,圧縮性層13が押しつぶされる,ということはない。
(3) 本件発明1についての取消事由のまとめ ア 決定は,相違点2についての判断として,「特に有端状と限定されていない刊行物3に記載されたブランケットの層構成をスリーブ状のブランケットの層構成に採用することに格別の阻害要因は存在しないものと考えられ,引用発明1のオフセット印刷機において,ブランケットに対する圧力下における周長変化等を防止するために,刊行物3に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を採用して本件発明1の上記相違点2に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到しえたものといわざるをえない。」(15頁8行目〜15行目),「引用発明1における上部ゴム層と内層とは固着機能上一体不可分のものでないことは上記したとおりであり,しかも,刊行物3に記載されたブランケットの層構成がスリーブ状のものを排除するとの格別の理由もないから,該適用不可能である旨の主張は根拠のないものであり採用できない。」(15頁22行目〜26行目),とする。
イ 前記のとおり,甲7公報に記載されたブランケットの層構成からは,その形状は有端状であり,スリーブ状のものが排除されていることは明白である。また,甲7公報記載の考案では,円周方向の引張り力を受け止めるための補強層3,4,12,14を必要不可欠の構成としているから,これを取り除いた残りの構造,即ち表面ゴム層5,15と圧縮性層2,13を1つの独立した技術思想としてとらえることもできない。
ウ 金属スリーブを持つブランケットを,ブランケット胴に嵌合させる際,ブランケット胴に設けられた小孔から空気を吹き出して,金属スリーブを膨張させる。従来型の有端状のブランケットの補強層は,この膨張の妨げになる。スリーブ状のブランケットに,従来型の有端状のゴムブランケットの構成を適用することには,格別の阻害要因がある。
エ 前記のとおり,引用発明1において,転写胴スリーブ1aを構成するベース金属スリーブ2とゴム層11は,転写胴5への固着機能の点で一体不可分であるから,転写胴スリーブ1aにおいて,単一の層からなるゴム層11を,甲7公報に記載された有端状の,しかも円周方向の引張り力を受け止めることができないためにゴム胴7への固着力の発生に寄与しない一部の層(表面ゴム層5,15と圧縮性層2,13)で置き換えることは,当業者が容易に想到できることではない。
オ 以上のとおり,決定は,引用発明1及び甲7公報記載の技術の内容を誤解し,その結果,引用発明1に,甲7公報記載の技術を適用することを妨げる要因を看過して,本件発明1が容易に発明できたと認定したものであるから,取り消されるべきである。
2 本件発明2について 決定は,本件発明2と引用発明2との相違点の一つ(相違点1)について「該相違点について検討すると,上記本件発明1と引用発明1との相違点2についての項で大概のところは検討済みであるが,刊行物3のブランケットには,上記(ウ)(エ)(カ)〜(ク)の記載によれば,少なくとも弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る外層(表面ゴム層)とこれに続いた容積圧縮性の材料から成る中間層(圧縮性層)との間に少なくとも1つの非膨張性(非伸長性繊維,尚,本件特許明細書中では「非伸縮性」と記載)の材料で形成した織布から成る補強層を更に設けているから,引用発明2のブランケットに刊行物3に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を適用して,本件発明2の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到しえたものといわざるをえない。」(17頁24行目〜33行目),とする。
しかし,前記のとおり,甲5公報のゴム層11は単一の層であり,甲7公報に記載された補強層を含むブランケットは有端状のものである。
引用発明2も,転写胴スリーブ1aを構成するベース金属スリーブ2とゴム層11は,転写胴5への固着機能の点で一体不可分というべきであるから,転写胴スリーブ1aにおいて,単一の層から成るゴム層11を,甲7公報の有端状であるブランケットの一部の層(表面ゴム層5,15と補強層4,14と圧縮性層2,13)で置き換えることは,当業者が容易に想到し得たことではない。
3 本件発明3について 決定は,本件発明3と引用発明3との相違点の一つ(相違点1)について,「上記発明1と引用発明1との相違点2と同様であり,これについての検討も上記本件発明1と引用発明1との相違点2について検討したとおりである。」(19頁24行目〜26行目),とする。
しかし,既に述べたところから,この判断は誤っていることが明らかである。
4 本件発明4ないし14,16について 決定は,本件発明4ないし14,16は,いずれも,甲5公報ないし甲7公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである,との判断を示している(19頁〜24頁)。
しかし,本件発明4,6ないし11は,本件発明1ないし3のいずれかを直接引用するものであり,本件発明5は,本件発明4を引用することで本件発明1ないし3のいずれかを間接的に引用するものであり,本件発明12ないし16は,本件発明11を引用することにより本件発明1ないし3のいずれかを間接的に引用するものであるから,本件発明1ないし3と同様に,甲5公報ないし甲7公報に記載された発明に基づき,当業者が容易に発明することができたものではない。
決定は,本件発明4,5,8,9,12ないし14,16について,それらの進歩性を,引用発明1ないし3の転写胴スリーブ1aのゴム層11に,甲7公報のブランケットの上部ゴム層の構成を適用することができる事を前提に,事実上否定している。しかし,前記のとおり,甲7公報のブランケットは有端状のものに限定されているから,引用発明1ないし3の転写胴スリーブ1aのゴム層11に適用することはできない。この点についての決定の判断も誤っている。
被告の反論の要点
1 本件発明1に関する主張に対して (1) 甲5公報のゴム層11の認定について 決定は,引用発明1のゴム層が単一の層であることを認めている。その上で,「該ゴム層が本件発明1における「外層」と「中間層」との両者の構成・機能を併せ持っているか否か定かでなく,ブランケット全体の層構成が不明である」と認定したものである。
引用発明1のゴム層11が単一の層であっても,その材料の配合や加硫の仕方などによっては複数の性質・機能を持たせることも可能であると考えられるから(本件発明15は,「1つの圧縮性の層・・・が自体に異なる剛性を有している。」としている。),本件発明1の外層と中間層の構成・機能を併せ持つこともあり得る。上記認定に誤りはない。
一種類のハッチングで表示されていることそれ自体により,直ちに同一の性質や機能を有する単一のものであると結論できる,直接的かつ合理的な理由はない。
また,「容積非圧縮性」も,絶対的なものではなく,材料の分子結合構造等の違いにより生じる剛性の大小に基づく,「容積圧縮性」の一態様にすぎない。
引用発明1のゴム層11においても,材料の配合や加硫の仕方などにより,それ自体に異なる剛性,すなわち,容積圧縮性の異なる部分を持たせることは可能である。
(2) 甲5公報のベース金属スリーブ2とゴム層11の一体性について 引用発明1において,ベース金属スリーブ2とゴム層11が一体に膨張・収縮するという,原告の主張はおおむね正しい。
引用発明1の管状のベース金属スリーブ2と転写胴5とは,本件発明1の内層を構成する支承スリーブ80とブランケット胴14,16と同様に,堅固な圧力関係による締り嵌め構造を形成するものである。引用発明1で,締り嵌め構造を形成する主たる要素であるベース金属スリーブ2の材料は,ニッケル又は鋼であり,固い,非膨張性のものであることは明らかである。ベース金属スリーブ2は,その内面に圧力を加えても,わずかしか膨張しないものと考えるべきである。
転写胴5に嵌合する際のベース金属スリーブ2の膨張・収縮はわずかなものであり,そうすると,ベース金属スリーブ2に継目なしに被覆されたゴム層11の収縮の程度も,それが原形の状態に復帰する程度のものにすぎないと考えられるから,ゴム層11の収縮が,ベース金属スリーブ2の転写胴5に対する固着機能に積極的に寄与するものであるとするのは,技術的に見て不合理である。
引用発明において,ゴム層11の膨張,収縮作用も,転写胴5への圧接固定に寄与するためには,例えば,あらかじめ,ゴム層11の内部に大きな収縮力を持たせた状態で,ベース金属スリーブ2に被覆する必要がある。しかし,甲5公報には,そのような事柄の開示も示唆もない。
したがって,ブランケット胴の固着機能の点で,ゴム層とベース金属スリーブ2が一体不可分である,ということはできない。
(3) 甲7公報に記載された圧縮性印刷用ブランケットについて 原告は,甲7公報のブランケットが,補強層3,4,12,14を必要不可欠の要素としている,と主張する。
しかし,表面ゴム層5,15と圧縮性層2,13との間に設けられた非伸長性の補強層4,14は,見掛け上の圧縮モジュラスが向上し高い印圧が得られ,網点の再現性,インク潰れ等の印刷特性に優れた圧縮性印刷用ブランケットを得る,という目的・効果のために,圧胴6の圧力下における表面ゴム層5,15の挙動を制限するためのものであり,ブランケットの巻き締め固定に関係するものとは認められない。甲7公報中に,そのようなことを示唆する記載もない。
甲7公報の「圧縮性層13は表面ゴム層15の動きを補強層14を介して捉える」(7頁6行目〜7行目)という記載から,補強層4,14は,圧胴6の圧力下にない表面ゴム層5,15の部分においては,圧縮性層2,13を圧縮していない必要があることが明らかに読み取られる。これからは補強層4,14には大きな張力がかかっていないこと,すなわち,ブランケットの巻き締め固定に関与していないことが裏付けられる。また,「特に,表面ゴム層5の下面の補強層4は表面ゴム層5に布目が出ないように細い糸によって織られている」(3頁4行目〜6行目)との記載からも,補強層4,14が,大きな力を受けるものではないことがうかがわれる。補強層4,14は,補強層3,12と機能が全く異なる。
甲7公報記載のブランケットにおいては,ゴム胴7側の補強層3,12を除外した上部の層構成に特徴があり,補強層3,12はゴム胴7への固定手段としてのみとらえることができるから,甲7公報の記載の目的・効果に照らすと,補強層3,12を目的達成に必要不可欠の構成要素とすることはできない。
(4) 原告は,甲7公報の記載のブランケットが,有端状のものに限定される,と主張する。
上記のとおり,甲7公報のブランケットの補強層4,14は,表面ゴム層5,15の挙動を制限するためのものであり,ブランケットの巻き締め固定にかかわるものではない。
補強層3,12が,固定機能を持たせるため,有端状のシートの形態でしか作製できないはずのものであるとしても,これとは機能が異なる,補強層4,14自体が,そうである必然性はない。そして,補強層4,14は,ブランケットの巻き締め固定にかかわるものではないから,補強層3,12以外の,種々の固定手段を持つブランケットに当然適用し得るものであり,その場合,補強層4,14を,有端状のものに限定して解釈すべき理由はない。
原告の論法に従うなら,本件発明1も,必要に応じて可撓性の繊維材料又は非伸長性の材料をその内部に設けるから,有端状のものに限定して解釈すべきことになる。原告の主張は,失当である (5) 本件発明1は,金属スリーブ80を取り囲むブランケットの代替案として,「ブランケットを平滑な平板材料で製作し,続いてこれをスリーブ80の周囲に巻き付けてそこに接着することも可能である。材料片の両方の端部は互いに境を接するようにする。」(甲第2号証7頁14欄5行目〜8行目),としている。本件発明1のブランケット自体,スリーブ状のものに限定されていない。
甲7公報記載のブランケットが,有端状のものを巻いたものであるとしても,本質的に本件発明1のものと異ならない。
(6) 相違点の判断について 補強層4,14は,固定手段としての役割を果たすものではないから,継目を設けるとしても,引張り力に対する強度を持たせるために,これを厚く隆起したものにする必要性はない。
以上のとおり,引用発明1において,固着機能上一体不可分のものでない上部ゴム層11を,特に有端状と限定されておらず,補強層3,12と可分である,ブランケットの固着機能に関係しない表面ゴム層5,15と補強層4,14及び圧縮性層13をもって置き換えることに,何ら阻害要因はない。そして,引用発明1のオフセット印刷機に,ブランケットに対する圧力下における周長変化を防止するために,甲7文献記載のブランケットの上部ゴム層(表面ゴム層5,15,補強層4,14及び圧縮性層13)を適用することは,当業者が容易に想到し得たものである。決定の判断に誤りはない。
2 本件発明2について 「本件発明2は,本件発明1において,ブランケット胴をサイドフレームで支持するための構成を外すとともに管状のブランケットについてさらに限定を加えたものであるが,本件発明1とほぼ同様の構成を有するものである。」との本件発明2の認定,本件発明2と引用発明2の一致点の認定については,原告も争わない。
本件発明2と引用発明2の相違点について,決定は,「引用発明2では,上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様,内層・・・の外表面に設けたゴムから成る円筒形のゴム層が弾性的に撓む材料であるゴムから成るものの,該ゴム層が本件発明2における外層と中間層との両者の構成を併せ持っているのか否か定かでなく,さらに,外層と中間層との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられているのか否かも定かでないから,ブランケット全体の層構成が不明である点で相違する。」(決定書17頁17行目〜23行目)としている。この相違点の認定及び相違点の判断については,前述のとおりである。
3 本件発明3について 「本件発明3は,本件発明1において,ブランケット胴をサイドフレームで支持するための構成を外すとともに管状のブランケットとブランケット胴との締り嵌め解除手段を加えてさらに限定したものであるが,本件発明1とほぼ同様の構成を有するものである。」との本件発明の認定,本件発明3と引用発明3の一致点の認定については,原告も争わない。
本件発明3と引用発明3との相違点は,本件発明1と引用発明1との相違点2と同様であって,この相違点の認定及び相違点の判断については,前述のとおりである。
4 本件発明4ないし14,16について 本件発明4ないし14,16が,それぞれ,本件発明1ないし3のいずれかを直接的あるいは間接的に引用するものであることは認める。
引用発明1ないし3の転写胴スリーブ1aのゴム層11に,甲7公報のブランケットの上部ゴム層の構成を適用することの容易想到性については,前記のとおりである。
本件発明4,5,8,9,12,13,14,16に関して,新たにつけ加えられた各限定事項は,甲7公報にいずれも開示されており,原告もこれを争わない。
原告は,本件発明4,5,8,9,12,13,14,16について,その各限定事項の進歩性を否定した決定の判断を事実上争っている。しかし,引用発明1ないし3の転写胴スリーブ1aのゴム層11に,甲7公報のブランケットの上部ゴム層の構成を適用することができることについては,前記のとおりである。
5 以上のとおり,請求項1ないし14,16のいずれについても,決定の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 引用発明1の認定の誤りについて (1) ゴム層11の単一性について ア 原告は,甲5公報のゴム層に同一のハッチングが付されていることから,これは同一の性質や機能を備える単一の部分から成る層と解することが合理的であるとして,「該ゴム層が本件発明1における外層と中間層との両者の構成を併せ持っているのか否か定かでないため,ブランケット全体の層構成が不明である」とする,決定の認定には誤りがある,と主張する。
イ 決定において,「(2)本件発明1と引用発明1との対比」(12頁)で「その表面に継目なしに被覆された「ゴム層11」が,ギャップ部のない連続的な外表面を有するものであり,かつ,弾性的に撓む材料から成るものであると認めることができても,該ゴム層11が本件発明1における「外層」と「中間層」との両者の構成・機能を併せ持っているのか定かでなく,本件発明1の「外層」及び「中間層」に相当するということができないから,該転写胴スリーブ1aの全体の層構成としては相違する」(13頁7行目〜13行目),と認定している。
これによれば,決定は,引用発明1の「ゴム層11」が本件発明1における「外層(66)」,「中間層(68)」との両者の構成・機能を併せ持っているか否か明らかでないとして,すなわち,併せ持っている可能性を否定しないままに,この点が明らかでないことを根拠に,引用発明1のスリーブ1aは全体の層構成の点で本件発明1のスリーブとは相違するとしたものであることが,明らかである。したがって,もし,引用発明1の「ゴム層11」が,上記の構成機能を持たないと積極的に認定できるものであるとすると,審決の相違点2の認定は,その限りで誤りということになる(しかし,その場合であっても,審決は,結局のところ,両発明における層構成を相違点として把握し,これについて検討しているのであるから,その検討の内容が,上記誤りがあったとしても,すなわち,引用発明1の「ゴム層11」は本件発明1における「外層(66)」,「中間層(68)」の構成・機能を併せ持っていないとの認定の下でも,正当なものと判断できるならば,上記誤りは,結局のところ,結論に影響を及ぼすものではないということになる。
そして,審決が相違点2について加えた検討が,このようなものに当たることは,後に述べるところから明らかである。)。
ウ しかしながら,引用発明1のゴム層11についての決定の上記認定自体,間違いであるということはできない。
特許法施行規則第25条では,願書に添付する図面において,切断面を表すに際して,異なる部分には方向を異にするか,間隔の異なるハッチングを付すこと,と規定されている。しかしながら,当該規定は,出願に際して,出願する発明の内容を明確に表すために,異なる部分を表示することを求めるためのものであって,発明が主たる課題としている構成以外をも細部にわたって表すことまでを求めるものということはできない。
引用発明1の主たる課題は,オフセット印刷において従来公知の印刷用版板を印刷装置に固設された支持円筒に締付セグメントを使用して緊締するものでは,エンドレスな画像を印刷することができなかった不都合,及び緊締装置により非対称回転となることで大きな振動が発生するために小さな寸法の印刷しかなし得なかった不都合等を解消するために,円筒状の印刷版スリーブを採用して,これを交換することで多種類の印刷要請に応えること,とされている。
そして,実施例としての円筒状の印刷用スリーブの例示に,多層金属スリーブ(第1図,第2図),及びゴム層11を採用したスリーブ(第5図)が掲げられているのである。
つまり,引用発明1では,円筒状スリーブを採用し,これを容易に交換し得るようにしたことに,その構成の重点があるのであり,円筒状スリーブの層構成に関して,前記2種類のものを掲げる以上にその詳細を示しているところはないのである。
このようなとき,審決において,甲5公報記載の引用発明1において,ゴム層11が単一の層構成であることまでは図面を参照して認定できるものの,詳細が明示されていないので層構成を把握することができないとした審決の認定を,誤りとすることはできないというべきである。「ゴム層11」が単一の層としてしか示されていないことを強調する,原告の主張は採用することができない。同一対象を表現するに当たっても,それを単一とするかしないかは,どのような点に着目して表現するかによって変わり得るものであるという,当然のことを忘れたものであるからである。
(2) ゴム層11と内層の一体性について ア 原告は,ゴム層11と内層(ベース金属スリーブ2)は,転写胴への固着機能の点で両者が一体不可分である,と主張する。
イ 甲5公報には,ゴム層11と内層が,一体となってブランケット胴への固着機能を発揮する,との記載はない。スリーブの固着に関しては,「スリーブ1(判決注・スリーブ1とは多層金属スリーブのことである。)はベース金属スリーブ2の上に中間金属層3と表面金属層4を被着したものである。・・・ベース金属スリーブ2の材料として,例えば,ニッケル又は鋼が考えられる。・・・」(4頁右下欄7行目〜5頁右上欄1行目),「スリーブ1は胴5の表面6上に種々の仕方で固定することができる。例えば,スリーブ1を均一に加熱し,その場合スリーブは膨張するから,胴5の表面6の上に差込むことができる。続いて冷却すると,スリーブ1は再び収縮し,表面6の上に密着されるから,表面6に圧接付着する。」(5頁左上欄5行目〜10行目)としており,スリーブの固定には種々の仕方があることを述べ,その例として,金属の加熱・冷却に伴う膨張・収縮による取付・固着を挙げている。
ウ 確かに,ベース金属スリーブが膨張すると,上部ゴム層11も膨張し,当然収縮力も発生する。この意味で,ゴム層11が,転写胴への締め付け固着について,物理的に全く関与していないとは言い切れない。
しかし,引用発明1の多層金属スリーブが,例えばばね材のように,大きく収縮して締め付け力を発揮するものとは認められない。一般的に,収縮の度合いがわずかであれは,金属とゴムとでは,その締め付け力が大きく異なることは明らかである。このことは,原告の主張(「刊行物1に記載された転写胴層1aもベース金属スリーブ2にゴム層11を被覆したものであり,刊行物2に記載されたゴムブランケットもスリーブ15にゴム層を加硫して被覆したものである。・・・スリーブ15は,刊行物1に記載されたベース金属スリーブ2と同様に,ごく僅かな拡張によって十分な締付け力を発揮する部材,即ち相応の剛性と弾性を有する部材と考えられる。したがって,以上のことから見て,ギャップレスオフ輪(ギャップレスのオフセット印刷機)に使用されるスリーブ状のブランケットは,本来の形態として,金属もしくは相応の剛性と弾性を有する材料から成る薄いスリーブにゴム層を被覆したものを必要不可欠な基本構成としていると考えられる」(準備書面(3)12頁8行目〜23行目))にも現われている。
そうすると,引用発明1において,ゴム層11がなければ,ベース金属スリーブが転写胴に固着できない,と認めることはできない。この点についての原告の主張は,理由がない。
2 甲7公報の認定の誤りについて (1) 原告は,決定の「相違点2について」の判断で,「ところで,刊行物3には,ブランケットの層構成のみが記載され,スリーブとして形成した構造のものであるのか定かでない」とする点について,刊行物3記載の発明の認定に誤りがあると主張する。
甲第15号証及び甲第17号証によれば,ギャップレスオフ輪は,昭和61年以降開発されたものであり,甲7公報の出願時である昭和61年8月当時は,まだ公知でなかった,と認めることができる。そして,同公報には,そこに記載されたブランケットがスリーブ状であるか否かについて何も述べられていない。このような状況の下では,甲7公報に記載されたブランケットそのものはスリーブ状のものではない,と解するのが最も合理的であることが明らかである。「スリーブとして形成した構造のものであるか定かでない。」とする決定の認定は,その限りでは,誤りというべきである。
しかしながら,審決の上記認定が誤りであるとしても,そのことが直ちに審決を取り消すべき理由になるわけではない。審決が甲7公報に記載されているものとして把握した技術が,それ自体としてみたとき,ブランケットが有端状であることを離れてもその技術的意味を認めることのできるものであるならば,甲7公報に記載されているブランケットが有端状のものに限られることは,上記技術を有端状でないブランケットに適用することを何ら妨げるものではないことが,明らかであるからである。
(2) 決定は,「刊行物3(判決注・甲7公報)には,上記(ア)〜(ク)の記載によれば,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る外層(表面ゴム層)と補強層との間に,容積圧縮性の材料から成る中間層(圧縮性層)少なくとも1つとを有するように少なくとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されているブランケットの構成が記載されており,このブランケットは,外層の動きを中間層により捉えてブランケットに対する圧力下における周長変化により版胴,ゴム胴,圧胴の周速の不一致を防止し画像にズレを生じさせないようにしたものであり,本件発明1におけるブランケットと同等の機能を有するものである。」(14頁32行目〜39行目),「特に,有端状と限定されていない刊行物3に記載されたブランケットの層構成をスリーブ状のブランケットの層構成に採用することに格別の阻害要因は存在しない」(15頁8行目〜11行目)と認定している。
要するに,決定は,甲7公報に記載されたブランケットの層構成が,本件発明1のブランケットのものと同等の機能を有することを前提に,その層構成を引用発明1に適用できるか否かを検討している。そうすると,甲7公報のブランケットそのものは有端状のものに限定されるとしても,そのことを前提としつつ,その層構成だけを抽出できるか否か,さらに,抽出できた層構成を引用発明1に適用できるか否か,を検討すれば足りることになる。
3 本件発明1の進歩性の判断について (1) 甲7公報記載の「補強層」について ア 原告は,甲7公報記載のブランケットにおける補強層3.4,12及び14は,版胴への緊締状態を良好に保つためのものであり,このような補強層を必要不可欠のものとしない本件発明1に適用可能なものと当業者が認識し得るものではない,と主張する。
イ 甲7公報では,まず,圧縮性印刷用ブランケットでは,バルジ現象を防止する上で圧縮性を容易にすることが求められる反面,ベタ印刷等の印刷品質を高める上で高い印圧が要求されること,これら圧縮性と印圧とは矛盾した要求であって,圧縮性に優れ,高印圧を得られる圧縮性印刷用ブランケットが望まれていることが説明されている((考案が解決しようとする問題点) 3頁10行目〜5頁9行目)。
そして,甲7公報の考案では,この従来の問題点を解決すべく,その実用新案登録請求の範囲に記載された「印刷面となる表面層と圧縮性層と補強層とからなる印刷用ブランケットにおいて,2層以上の織布または不織布を積層してなる補強層の上面に表面ゴム層を設け,下面に圧縮性層を設ける」構成を採用している。
これにより,甲7公報記載の考案では,「第3図は圧胴6とこの考案に係る印刷用ブランケットを取り付けてなるゴム胴7との関係を示す。圧縮性層13は表面ゴム層15の動きを補強層14を介して捉えることになるのでニップ幅W2はそれだけ広くなり,広いニップ面積で圧縮されることになる。圧縮性層13に従来と同様の圧縮性層を使用したとすれば圧縮量は変わらないものの,見掛け上の圧縮モジュラスは向上する。従って,従来なし得なかった圧縮性に優れ,しかも高い印圧のブランケットを得ることができる。」(7頁4行目〜14行目),「(考案の効果) この考案の構成によれば圧縮性層と表面ゴム層との間に2以上の織布または不織布を積層した補強層を設けたから見掛け上の圧縮モジュラスが向上し高い印圧が得られ,網点の再現性,インク潰れ等の印刷特性に優れた圧縮性印刷用ブランケットを得ることができる。」(8頁8行目〜14行目)としている。
ウ 甲7公報には,補強層4,14について,原告が主張するような版胴に緊締するために張力を確保する機能を持たせるとの説明は一切なく,以上のとおり,見掛け上の圧縮モジュラス向上と高い印圧確保のための構成としての説明がされているのみである。
甲7公報の出願時点において,圧縮性印刷用ブランケットが有端状のものを版胴に緊締して使用することが一般的であって,同公報記載のブランケットそのものは,円筒状のスリーブとして使用することを前提としてはいないとしても,これに記載されたブランケットの補強層4,14は,専ら「見掛け上の圧縮モジュラス向上と高い印圧確保のための構成」であり,ブランケットが有端状であることとはつながりのないものである,と優に認めることができる。
(2) 甲7公報のブランケットの層構成を,引用発明1に適用することの容易性について ア 印刷品質の向上は,あらゆる種類の印刷用ブランケットに共通して求められることであることに照らすと,甲7公報において開示された有端状のブランケットの層構成を,スリーブ状のブランケットの層構成に用いること自体は,当業者が容易にかつ当然に想到することである。
引用発明1のゴム層11を,より高い印刷品質が得られる甲7公報のブランケットの層構成の一部,少なくとも容積圧縮性の材料から成る中間層一つと,その上の補強層と,その上の弾性的にたわむ,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層に置き換えることも,当業者が容易に想到できるものである,と認められる。
イ 甲7公報のブランケットが有端状のものに限定されている,とした場合,その補強層14も,程度の差はともかく,ブランケット胴への固着機能に関係していると認められる。
しかし,甲7公報記載のブランケットには,補強層12も存在し,これもまた,固着機能に寄与していると認めることができる。しかも,補強層14が圧縮性層13の上部に存在するに対し,補強層12が下部に存在することからは,ブランケットの固着のため巻き締められ,補強層12に強い力がかかっても,圧縮性層13の変形・圧縮という影響を及ぼしにくいものである。他方,補強層14は,圧縮性層13の上部に存在するから,これを巻き締めると,圧縮性層13を圧縮させてしまう。これは,版胴による押圧力を受け止めるという圧縮性層13の本来の機能の妨げになるものである。
そうすると,甲7公報のブランケットのブランケット胴への固着機能に関して,補強層12が主たるものであると認定できる。少なくとも,甲7公報の記載からは,補強層14なくして,ブランケット胴への固着が果たせない,と解することはできない。したがって,当業者が,甲7公報のブランケットの層構成のうち,補強層12より上の(外側の)層構成を,分離可能なものとして認識し,抽出することに,何ら困難性はない。
ウ 原告は,甲7公報記載のブランケットの層構成の一部を抽出して刊行物1記載のものに適用することができないことの理由として,引用発明1においては,ブランケット胴への固着機能を担保する金属スリーブに対して,刊行物3記載の層構成を適用した場合には,最下層の補強層が金属スリーブの半径方向への膨張に対して追従し得ない場合があり得ると指摘する。
そもそも,前記認定のとおり,甲7公報記載の考案から,印刷品質を向上させるため,補強層12より上の(外側の)層構成を抽出して適用することができるのであるから,そもそも最下層の補強層を適用することによる支障の存在は,問題とならない。
本件発明1においては,ブランケットとブランケット胴との緊締に際しての圧力関係,支承スリーブ(80)や剛性の内層(74)の膨張の度合い等は,特段説明がされておらず,単に「軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面に支承されて」と規定しているにすぎない。引用発明1においても,上記圧力関係や,ベース金属スリーブ2の膨張の程度は明らかでない。むしろ,前記のとおり,その膨張の程度は,ごくわずかなものであると推測されるのである。
甲7公報に,ブランケットを軸方向に取り外すことを可能にすることが記載されている以上,甲7公報記載のブランケットの層構成の一部を適用するに当たって,軸方向に取り外すことが可能である引用発明1が既に備えている構成を阻害しないようにすることは,当業者であれば当然に考慮すべき事項であり,そのことが困難であるとも認められない。
甲7公報は,補強層14の引張り強度が,金属スリーブの膨張を不可能ないし著しく困難にするようなものであることを示唆する記載もない。原告の主張は確たる根拠もなく可能性だけを論じ立てるものであって,採用できない。
エ 原告は,甲7公報記載のブランケットは,有端状のものに限定されており,これをスリーブ状にしても,必然的にギャップが生じるものであって,本件各発明において規定するブランケットとは異なるものとなる,と主張する。
決定は,甲7公報のブランケットの層構成の一部を,引用発明1に適用できるか否かの観点から,本件発明1の容易相当性を判断しているものであって,現実の甲7公報の記載のブランケットそのものを引用発明1のブランケットと置き換えることの容易性を判断しているのではない。原告の上記主張は,誤った前提に立つものであり,失当である。
しかも,本件明細書中にも,「代替案として,ブランケットを平滑な平板材料で製作し,続いてこれをスリーブ80の周囲に巻き付けてそこに接着することも可能である。材料片の両方の端部は互いに境を接するようにする。」(7頁14欄4行目〜8行目)との記載があり,端部を有しかつ境を有するようにして,有端状のシートからスリーブ状のブランケットを形成することが,代替案として記載されている。すなわち,現実には,甲7公報記載のブランケットが有端状のものであっても,その層構成の一部を持つ有端状のシートから,本件発明1のブランケットを形成し得るのである。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明1の容易想到性を認めた決定の判断は,正当である。
4 本件発明2について 原告の主張は,本件発明1に関するものと同じく,@甲5公報に記載されたゴム層11が単一の層に限定されていること,A甲7公報に記載された補強層を含むブランケットが有端状のものに限定されていて,円筒状のスリーブとして形成した構成のものを排除していること,を根拠として,転写胴スリーブ1aにおいて,単一の層からなるゴム層11を,甲7公報に記載の有端状のものに限定されているブランケットの一部の層(表面ゴム層5,15と補強層4,14と圧縮性層2,13)で置き換えることは,当業者が容易に想到することができたものとはいえないから,本件発明2は,刊行物1〜3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,とするものである。
しかし,これら原告の主張が採用し得ないことは,既に述べたとおりである。本件発明2に関する原告の主張も採用することができない。
5 本件発明3について 原告の主張は,本件発明1及び本件発明2と同じ理由で,本件発明3は,刊行物1〜3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,とするものである。
しかし,これら原告の主張が採用し得ないことは,前記のとおりであるから,本件発明3に関する原告主張も採用することはできない。
6 本件発明4〜14,16について 原告の主張は,要するに,本件発明1ないし3と同様に,甲5公報ないし甲7公報に記載された発明に基づき,当業者が容易に発明することができたものではないから,これと異なる判断を前提に,本件発明1ないし3を直接的ないし間接的に引用する本件発明4〜14,16も,進歩性が認められるべきである,とするものである。
しかし,この本件発明1ないし3が,甲5公報ないし甲7公報により,当業者が容易に想到できたことは,前記のとおりである。
7 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他,決定には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久