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関連審決 訂正2001-39095
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  訂正要件 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 581号 審決取消請求事件
原告 ハイデルベルガー・ドルツクマシーネン・アクチエンゲゼルシヤフト
訴訟代理人弁護士 加藤義明
同 鹿野直子
同 角田邦洋
訴訟代理人弁理士 久野琢也
同 アインゼル・フェリックス=ラインハルト
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 伊波猛
同 安藤勝治
同 大野克人
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が,訂正2001-39095号事件について,平成13年12月4日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「平版印刷機」とする特許(特許第2569213号,平成2年10月5日出願(優先権主張日平成元年10月5日,優先権主張国アメリカ,以下「本件出願」という。),平成8年10月3日設定登録,請求項の数は16である。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
平成9年7月7日すべての請求項につき,及び,同月8日請求項1,2及び3につき,本件特許に対し,それぞれ特許異議の申立てがなされた。特許庁は,これらを平成9年異議73139号事件として審理した上,平成12年11月8日,「特許第2569213号の請求項1ないし14,16に係る特許を取り消す。同請求項15に係る特許を維持する。」との決定をし,同月29日に,その謄本を原告に送達した。
原告は,平成13年3月27日,上記決定に対し,取消訴訟を提起した。
(2) 原告は,平成13年6月13日,本件発明の明細書を全文訂正明細書(甲第3号証・以下「本件訂正明細書」という。この訂正の請求前の本件発明の明細書の内容は,甲第4号証のとおりである。以下,「本件訂正前明細書」という。)のとおり訂正する審判を請求した(以下「本件訂正審判請求」という。)。特許庁は,これを,訂正2001-39095号事件として審理し,その結果,平成13年12月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月14日,その謄本を原告に送達した。出訴期間として,90日が付加された。
2 本件訂正審判請求の内容(別紙図面1ないし3参照) (1) 本件訂正審判請求前の本件発明の明細書の記載は,次のとおりである(甲第4号証) ア 請求項1 シートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えており,かつ版胴(22,24)およびブランケット胴(14,16)を支持するためのサイドフレーム(96)と,版胴(22,24)に巻付けられた,始端部と終端部とを有する版板とを備えた形式のものにおいて,ブランケット胴(14,16)の1端が軸受装置(98)を備えており,サイドフレーム(96)内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分(94)がその閉鎖状態で軸受装置と係合しており,このサイドフレーム部分(94)が軸受装置(8)から離れた,したがってブランケット胴(14,16)から距離を置いた開放状態へ移動し,かつ再び軸受装置(98)内に係合した閉鎖状態に戻ることができるようになっており,ブランケット胴(14,16)のブランケット(18,20)がギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管として構成されており,かつ軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されていて,サイドフレーム部分(94)によって開放される開口部(102)から交換可能であり,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されていることを特徴とする平版印刷機。
イ 請求項2 版胴(22,24)に巻付けられた,始端部と終端部とを有する版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウエブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,かつ少なくとも外層(66)とこれに続いた容積圧縮性の中間層(68)との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられていることを特徴とする印刷機。
ウ 請求項3 版胴(22,24)に巻付けられた,始端部と終端部とを有する版板およびブランケット胴(14,16)を用いてシートまたはウエブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管上のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非伸張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,かつブランケット(18,20)を軸方向に手動でブランケット胴(14,16)から取外すことができるように,ブランケット(18,20)の内表面(86)とブランケット胴(14,16)の外表面(100)との間の締り嵌めを解除するためにブランケット胴(14,16)上に存在する管状のブランケット(18,20)の半径方向の膨張を実施するための手段が設けられていることを特徴とする印刷機。
エ 請求項4 ブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)によって変形せしめられる前の変形していない状態にある時は,ブランケット(18,20)の外層は第1の容積を占めており,またブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)によって変形せしめられた時には,第1の容積に等しい第2の容積を占めており,ブランケット(18,20)の中間層の圧縮性の材料は,ブランケット(18,20)の外層が変形していない状態にある時は第3の容積を占めており,かつブランケット(18,20)の中間層は,ブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)によって変形せしめられた時には,第3の容積よりも小さな第4の容積を占めていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
オ 請求項5 前記中間層(68)の圧縮性材料は空所を有しており,該空所は,ブランケット(18,20)の外層が変形していない状態にある間は第1のサイズであり,また該空所の少くとも幾つかは,ブランケット(18,20)の外層が版胴(22,24)上の版板によって変形せしめられた時には,第1のサイズよりも小さい第2のサイズになることを特徴とする,請求項4記載の印刷機。
カ 請求項6 印刷機は前記版胴(22,24)とブランケット胴(14,16)とを支持するためのサイドフレーム(96)を有しており,該サイドフレーム(96)は,ブランケット胴(14,16)と軸方向に整合している支持位置と,該サイドフレーム(96)内に開口部(102)を設けるためにブランケット胴から離れている開放位置との間で,運動可能なサイドフレーム部分(94)を有しており,ブランケット(18,20)は,サイドフレーム(96)の該サイドフレーム部分(94)が開放位置にある時,サイドフレーム(96)内での開口部(102)を通過し,かつブランケット胴(14,16)と接触できるようになっていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
キ 請求項7 前記ブランケット胴(14,16)が第1の直径を備えた円筒形の剛性外表面(88)を有しており,ブランケット(18,20)は第2の直径を備えた円筒形の剛性内表面(86)を有しており,該第2の直径は,第1の直径よりも小さくなっていて,ブランケット胴(14,16)とブランケット(18,20)との間には締り嵌め部が設けられており,ブランケット胴(14,16)は通路手段(106)を有し,通路手段を用いて,ブランケット(18,20)の内表面(86)に対して流体の流れを導いてブランケットを膨張せしめかつ第2の直径を増加せしめ,ブランケット(18,20)はそのために,ブランケット胴(14,16)上に軸方向に運動可能になっていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機 ク 請求項8 前記ブランケット(18,20)は,非圧縮性材料から成る円筒状の外層(66)と圧縮性材料から成る円筒形の中間層(68)と固い材料から成る層(74)とを有しており,更にブランケット(18,20)の該外層(66)は,ニップ部(26,28)において版胴(22,24)上のインキ転写面と転動係合状に配置されているギャップ部のない連続的な外表面を有しており,又ブランケット(18,20)の外層(66)は,少くともブランケットの中間層(68)の部分領域を,第1の状態から第2の状態に圧縮せしめるように変形することができ,またブランケット(18,20)の中間層(68)は多数の空所を包含しており,該空所は,ブランケット(18,20)の中間層(68)が第1の状態にある時は相対的に大きく,またブランケット(18,20)の外層(66)の変形によって第2の状態に圧縮されたブランケット(18,20)の中間層の部分領域内では,相対的に小さくなっていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
ケ 請求項9 前記外層(66)が,堅固な弾発的に変形可能な,非圧縮性の高分子材料から形成されており,中間層(68)は,圧縮性でかつ空所を包含している,弾発的に変形可能な,高分子材料の発泡体から形成されていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
コ 請求項10 ブランケット(18,20)が管状の輪郭を有しており,剛性の内層は中空状のスリーブ(80)を包含しており,該スリーブの内径は,ブランケット胴(14,16)の外径よりも小さくなっていて,ブランケット胴(14,16)と締り嵌めを行っていることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載の印刷機。
サ 請求項11 管状のブランケット(18,20)が,各層が異なる材料から成っていてもよい層状構造を有していることを特徴とする,請求項1から3までのいずれか1項記載のの(判決注・誤記と認める。)印刷機。
シ 請求項12 層状構造を有する管状のブランケット(18,20)の少なくとも1つの層が柔軟に変形可能な織物またはメッシュから形成されていることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
ス 請求項13 管状のブランケット(18,20)の少なくとも1つの層が非膨張性の材料から形成されていることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
セ 請求項14 管状のブランケット(18,20)が1つよりも多い数の圧縮性の層を有しており,かつ該圧縮性の層が異なる剛性を有していることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
ソ 請求項15 管状のブランケット(18,20)が少なくとも1つの圧縮性の層を有しており,かつこの層が自体に異なる剛性を有していることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
タ 請求項16 圧縮性の中間層(68)が圧力の適用で縮小し得る空所を有していることを特徴とする,請求項11記載の印刷機。
(2) 本件訂正審判請求の内容 請求項に係る本件訂正審判請求の内容は,次のとおりである。
ア 請求項1及び2中の,「かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非膨張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されて」を, 「かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,剛性の中空状のスリーブ(80)を包含する内層 上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,容積圧縮性の中間層(68)の半径方向内側には,容積非圧縮性の材料から成る層(74)が内層の剛性の中空状のスリーブ(80)に不動に支承されて配置されて 」,と,訂正する。
イ 請求項3中の,「ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管上のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,固い,非伸張性の材料から成る内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,かつブランケット(18,20)を軸方向に手動でブランケット胴(14,16)から取外すことができるように,ブランケット(18,20)の内表面(86)とブランケット胴(14,16)の外表面(100)との間の締り嵌めを解除するためにブランケット胴(14,16)上に存在する管状のブランケット(18,20)の半径方向の膨張を実施するための手段が設けられている」を, 「ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管上のブランケット(18,20)が弾性的に撓む,容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層(66)と,剛性の中空状のスリーブ(80)を包含する内層上に取付けられた,容積圧縮性の材料から成る中間層(68)少なくとも1つとを有するように,ブランケット(18,20)が少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,容積圧縮性の中間層(68)の半径方向内側には,容積非圧縮性の材料から成る層(74)が内層の剛性の中空状のスリーブ(80)に不動に支承されて配置されており,かつ中間層(68)とこれに続いた容積非圧縮性の層(74)との間には非圧縮性の材料が設けられており,かつスリーブ(80)の内表面(86)がブランケット胴(14,16)の外表面(100)に当接するとともに,ブランケット胴(14,16)から引張り力を受けていて,これによってブランケット胴(14,16)とブランケット(18,20)との間に締り嵌めが形成されており, ブランケット(18,20)を軸方向に手動でブランケット胴(14,16)から取外すことができるように,ブランケット(18,20)の内表面(86)とブランケット胴(14,16)の外表面(100)との間の締り嵌めを解除するためにブランケット胴(14,16)上に存在する管状のブランケット(18,20)の半径方向の膨張を実施するための手段が設けられている」,と訂正する。
ウ 請求項4ないし10,15及び16を削除する。
3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書記載のとおりである。要するに,本件訂正明細書の請求項1ないし7(それぞれ訂正前の請求項1ないし3,11ないし14に対応する。以下,まとめて「本件発明」といい,個別に,請求項1の発明を「本件発明1」,請求項2の発明を「本件発明2」といい,他もこれに倣う。)は,いずれも,特開昭62-218130号公報(甲第7号証,以下「甲7公報」という。審決にいう「刊行物1」である。これに記載された発明の総称を「引用発明」という。本件発明の各請求項に係る発明(「本件発明1」等)との対比で,「引用発明1」等と呼称することもある。),米国特許第4823693号明細書(甲第8号証,以下「甲8明細書」という。)及び実開昭63-30165号公報(甲第9号証,以下「甲9公報」という。審決にいう「刊行物3」である。),特公昭52-7371号公報(甲第10号証,以下「甲10公報」という。審決にいう「刊行物4」である。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明は,特許法29条2項により出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条1項により,なお従前の例によるとされる,同法による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)126条3項の規定により,本件訂正審判請求は認められない,とするものである。
4 審決が認定した,本件発明と引用発明との一致点・相違点 本件発明とが上記結論を導くに当たり認定した,本件発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(1) 本件発明1と引用発明1 (引用発明1の内容) 「・・・刊行物1(判決注・甲7公報)には,次の発明が開示されているものと認められる。
「巻取紙として形成された印刷担体を印刷するためのオフセット印刷機であって,着肉装置と湿らし装置とを備えており,かつ版胴5および転写胴5を支持するための機枠12,13と,版胴5に設けられた印刷板スリーブ1を備えた形式のものにおいて,転写胴5の他端31が,機枠13内に旋回可能に支承された軸受32にその閉鎖状態で係合しており,この軸受32が,転写胴5の他端31から離れた,したがって転写胴5から距離を置いた開放状態へ移動し,かつ再び転写胴5の他端31に係合した閉鎖状態へ戻ることができるようになっており,転写胴5の転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており,かつ転写胴5の表面から他端31を経て引抜きこの他端31を経て転写胴5の上に差込み可能に転写胴5の外表面上に支承されていて,軸受32によって開放される凹部34から交換可能であり,かつ管状の転写胴スリーブ1aが,ゴム層11と,ニッケル又は鋼から成る金属管であるベース金属スリーブ2とから形成されている平板印刷機。」」(審決書12頁3行目〜20行目) (本件発明1と引用発明1との一致点) 両者は,「シートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えており,かつ版胴(22,24)およびブランケット胴(14,16)を支持するためのサイドフレーム(96)と,版胴(22,24)に設けられた版板とを備えた形式のものにおいて,ブランケット胴(14,16)の1端が軸受装置(98)を介してサイドフレーム(96)内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分(94)にその閉鎖状態で係合して支持されており,このサイドフレーム部分(94)が,ブランケット胴(14,16)の1端から離れた,したがってブランケット胴(14,16)から距離を置いた開放状態へ移動し,かつ再びブランケット胴(14,16)の1端に係合した閉鎖状態へ戻ることができるようになっており,ブランケット胴(14,16)のブランケット(18,20)がギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管として構成されており,かつ軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されていて,サイドフレーム部分(94)によって開放される開口部(102)から交換可能であり,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む材料から成る円筒形の層と,剛性の中空状のスリーブ(80)を包含する内層とから形成されている平板印刷機。」(審決書13頁21行目〜39行目) (本件発明1と引用発明1との相違点) 「〈相違点1〉 ブランケット胴を軸受装置を介してサイドフレームで支持するための構造が,本件発明1では,ブランケット胴の1端が軸受装置を備えており,サイドフレーム内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分がその閉鎖状態で軸受装置と係合する構成であるのに対して,引用発明1では,ブランケット胴(転写胴)の1端が,サイドフレーム(機枠)内に旋回可能に支承されたサイドフレーム部分(軸受)にその閉鎖状態で係合する構成,即ち,ブランケット胴の1端を軸支する軸受装置がサイドフレーム側に備えられ,閉鎖状態でサイドフレーム部分の軸受装置とブランケット胴の1端とが係合するようになっており,軸受装置の設置位置が異なる点。
〈相違点2〉 管状のブランケットが,本件発明1では,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層と,剛性の中空状のスリーブを包含する内層上に取付けられた容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも1つとを有するように,少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,容積圧縮性の中間層の半径方向内側には容積非圧縮性の材料から成る層が内層の剛性の中空状スリーブに不動に支承されて配置されているのに対して,引用発明1では,管状のブランケット(転写胴スリーブ)は,剛性の中空状スリーブを包含する内層(ベース金属スリーブ)を有しているが,その外表面に設けたゴム層が弾性的に撓む材料から成るものの,該ゴム層が本件発明1における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成を併せ持っているの否か定かでないため,ブランケット全体の層構成が不明である点。
〈相違点3〉 版板が,本件発明1では,始端部と終端部とを有する版板であるのに対して,引用発明1では,印刷版スリーブであって版板がスリーブとして形成された点。」(審決書14頁3行目〜29行目) (2) 本件発明2と引用発明2 (引用発明2の内容) 「・・・刊行物1には次の発明が開示されているものと認められる。
「版胴5に設けられた印刷版スリーブ1および転写胴5上に取付けられた転写胴スリーブ1aとを用いて巻取紙として形成された印刷担体を印刷するためのオフセット印刷機であって,着肉装置と湿らし装置とを備えた形式のものにおいて,転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており,かつ転写胴5の表面から他端31を経て引抜きこの他端31を経て転写胴5の上に差込み可能に転写胴5の外表面上に支承されていて,かつ管状の転写胴スリーブ1aが,ゴム層11と,ニッケル又は鋼から成る金属管であるベース金属スリーブ2とから形成されている印刷機。」」(審決書16頁35行目〜17頁10行目) (本件発明2と引用発明2との一致点) 「版胴(22,24)に設けられた版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む材料から成る円筒形の層と,剛性の中空状のスリーブ(80)を包含する内層とから形成されている印刷機。」である点(審決書17頁19行目〜27行目) (本件発明2と引用発明2との相違点) 「〈相違点4について〉 管状のブランケットが,本件発明2では,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る円筒形の外層と,剛性の中空状のスリーブを包含する内層上に取付けられた容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも1つとを有するように,少くとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されており,容積圧縮性の中間層の半径方向内側には容積非圧縮性の材料から成る層が内層の剛性の中空状のスリーブに不動に支承されて配置されており,かつ少なくとも外層とこれに続いた容積圧縮性の中間層との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられているのに対して,引用発明2では,上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様,管状のブランケット(転写胴スリーブ)は,剛性の中空状のスリーブを包含する内層(ベース金属スリーブ)を有しているが,その外表面に設けたゴムから成る円筒形のゴム層が弾性的に撓む材料であるゴムから成るものの,該ゴム層が本件発明2における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成を併せ持っているのか否か定かでなく,さらに,外層と中間層との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられているのか否かも定かでないから,ブランケット全体の層構成が不明である点」(審決書17頁32行目〜18頁11行目) 「〈相違点5について〉 相違点5は,上記本件発明1と引用発明1との相違点3と同様であり,・・・。」(審決書18頁26行目〜27行目) (3) 本件発明3と引用発明3 (引用発明3の内容) 「・・・刊行物1には,次の発明が開示されているものと認められる。
「版胴5に設けられた印刷版スリーブ1および転写胴5上に取付けられた転写胴スリーブ1aとを用いて巻取紙として形成された印刷担体を印刷するためのオフセット印刷機であって,着肉装置と湿らし装置とを備えた形式のものにおいて,転写胴スリーブ1aが,その内面に媒質の圧力を加えて膨張させることでこれと境界を成す転写胴5の支持面との間にエアクッションが設けられ圧力を緩和することでこれを転写胴5上に圧接固定することができるものであって,金属管であるベース金属スリーブ2と,ベース金属スリーブ2の表面に継目なしに被覆されたゴム層11から管状の輪郭に構成されており,かつ転写胴5の表面から他端31を経て引抜きこの他端31を経て転写胴5の上に差込み可能に転写胴5の外表面上に支承されていて,かつ管状の転写胴スリーブ1aが,ゴム層11と,ニッケル又は鋼から成る金属管であるベース金属スリーブ2とから形成されており,かつ転写胴スリーブ1aを他端31を経て手動で転写胴5の表面から取外すことができるように,転写胴スリーブ1aの内面と転写胴5の支持面との間における転写胴スリーブ1a内表面への圧力緩和による圧接固定を解除するために,転写胴5上に存在する転写胴スリーブ1aの内面に媒質の圧力を加えて膨張させてエアクッションが形成されるようにするための手段が設けられている印刷機。」」(審決書19頁3行目〜21行目) (本件発明3と引用発明3との一致点) 「版胴(22,24)に設けられた版板およびブランケット胴(14,16)上に取付けられたブランケット(18,20)とを用いてシートまたはウェブ材料(12)を印刷するためのオフセット印刷機であって,インキ装置と湿し装置とを備えた形式のものにおいて,ブランケット(18,20)が,ギャップ部のない連続的な外表面と,ギャップ部のない連続的な内表面とを有する管の形状を有しており,かつ軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面上に支承されており,かつ管状のブランケット(18,20)が弾性的に撓む材料から成る円筒形の層と,剛性の中空状のスリーブを包含する内層とから形成されており,かつブランケット(18,20)のスリーブの内表面(86)がブランケット胴(14,16)の外表面(100)に当接するとともに,ブランケット胴(14,16)から引張り力を受けていて,これによってブランケット胴(14,16)とブランケット(18,20)との間に締り嵌めが形成されており,ブランケット(18,20)を軸方向に手動でブランケット胴(14,16)から取外すことができるように,ブランケット(18,20)の内表面(86)とブランケット胴(14,16)の外表面(100)との間の締り嵌めを解除するためにブランケット胴(14,16)上に存在する管状のブランケット(18,20)の半径方向の膨張を実施するための手段が設けられている印刷機。」である点(審決書20頁5行目〜22行目) (本件発明3と引用発明3との相違点) 「〈相違点6について〉 ・・・上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様であり・・・ 〈相違点7について〉 ・・・上記本件発明1と引用発明1との相違点3と同様であり,・・・。」(審決書20頁25行目〜30行目)
原告の主張の要点
審決は,甲7公報,甲9公報及び甲10公報に記載された各技術の内容を誤解したため,甲7公報に記載された引用発明に,甲9公報及び甲10公報に記載された技術を適用できるとし,その結果,本件発明1ないし3は,甲7公報ないし甲10公報に接した当業者が,容易に想到できると誤って判断したものであり,また,本件発明1ないし3を引用した本件発明4ないし14,16も,甲7公報ないし甲10公報により当業者が容易に発明できると誤って判断したものであるから,上記いずれの請求項についても,違法として取り消されるべきである。
1 本件発明1の容易想到性の認定の誤りについて (1) 引用発明1の認定の誤り(別紙図面4参照) ア 審決は,引用発明1について,「・・・該ゴム層(判決注・「ベース金属スリーブ2」の表面に継目なしに被覆された「ゴム層11」)が本件発明1における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成を併せ持っているのか否か定かでないため,ブランケット全体の層構成が不明である」(審決書14頁22行目〜24行目),と認定している。
イ 甲7公報には,「ゴム層(Gummibelag)11で例えば継目なしに被覆された転写胴1aの横断面を第5図に示す。この場合もベース金属スリーブ2が使用される。ベース金属スリーブ2は厚さ約0.3mmの金属管である。ゴム層11は厚さ約1ないし5mmである。」(5頁右上欄16行目〜20行目)と記載され,その第5図には,一種類のハッチングで表示されたゴム層11が,同じく一種類のハッチングで表示されたベース金属スリーブ2とともに明確に記載されている。
このような場合,ゴム層11が単一かつ均一の層を成していることは明らかである。これを,本件発明1における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成を併せ持っていると解釈する余地は全くない。
ウ 被告は,ゴム層11が単一の層ではあっても,均一の層であるか否かは明らかでない,と主張する。
一種類のハッチングで表示されたゴム層が,そのハッチングの範囲において異なる部分を有しないということは,つまり,そのゴム層のハッチングの範囲において同一の部分が連続して存在しているということであるから,常識的にみて,そのゴム層はすべて同一の部分から成るもので,材料的に均一である,としか解釈のしようがないのである。
エ 被告は,ゴム層を形成するゴム材料の配合や加硫の仕方などによっては,単一の層に複数の構成・機能を有する均一の層でない層を設けることができる,と主張する。
しかし,そのような場合には,異なる部分ごとに異なるハッチングで表示されるべきである。
(2) 甲9公報及び甲10公報の内容の認定の誤り(別紙図面5及び6参照) ア 審決は,甲9公報及び甲10公報の認定において,「それらブランケットがスリーブとして形成した構成のものであるのか否か定かでない」(審決書15頁29行目〜30行目),と認定している。
イ しかし,甲9公報に係る実用新案の出願時点(昭和61年8月12日)においても,甲10公報に係る特許の出願時点(昭和46年4月12日)においても,スリーブ状のブランケットは公知ではなく,ブランケットといえば有端状のものであると理解される状況にあったから,それらには,有端状に限定されたブランケットのみが記載されている,としか理解できない。
(ア) 甲第11号証(「印刷技術一般(改訂版))には,それが発行された当時(昭和44年10月30日)の印刷に関する技術水準が記載されており,「2.5.2 ゴムブランケット,ゴムローラ」の項には,ゴムブランケットにつき,圧胴表面に巻きつけて用いられるもの,すなわち,必然的に有端状のものであること,ゴムシートに綿布などを張合わせて補強した構造を有するものであることが示されている。
「(3)輪転機」,「(2)平版印刷機」,「2.3平版印刷機」,「(2)オフセット輪転印刷機」の項からは,オフセット印刷機は平版印刷機に属するものであって,版胴,圧胴,ゴム胴(ブランケット胴)を有する輪転式のオフセット印刷機は,オフセット輪転印刷機,又はオフセット輪転機とも呼ばれていることが読み取られる。
(イ) 甲第12号証(「印刷工学便覧」)には,同号証の発行された当時(昭和58年5月1日)の印刷工学の技術水準が記載されている。
同号証の「I.理論編」の「11.4.1ブランケット a.概説」の項には,ブランケットはゴムと布などの補強層とからなるものであることが示されている。
「図-11.20 ブランケットの断面と変形挙動」には,「(b)圧縮性タイプ」のブランケットが,表面ゴムと圧縮層と補強層とから構成されていて,表面ゴムと圧縮層との間には別の布,すなわち補強層が介在していることが示されている。
「II.基礎編」の「ii)ブランケットの性質」及び「iii)ブランケットの取扱い」の項によれば,ブランケットにつき,シリンダに巻き締められて取り付けられるもの,すなわち必然的に有端状のものであること,シリンダに巻き締める力に耐える強度と,できるだけ伸びないような品質が必要であるため,補強層が使用されていること,ブランケットが印刷中に緩んだり伸びたりする原因は,ブランケットを巻き締める力を実質的に受け止めている補強層が印刷中に若干伸び切ってしまうものであることを把握することができる。
(ウ) 甲第13号証(「オフセット印刷技術」 平成9年発行)には,ゴムブランケットはゴム層と織布を積層した有端状のものであること,この織布はゴムブランケットに引張強度を与えるために決定的なものであること,緯糸方向よりも本質的に伸びにくい経糸方向において引っ張り力を受け止めることになるために,ゴムブランケットは伸びにくいものとなっていることが示されている。
また,同号証からは,新しいゴムブランケットは,装着後,織布に起因して若干伸び切ってしまうことも分かる。
(エ) 甲第14号証(「オフセット印刷入門」 昭和50年発行)には,空気クッションブランケットは,上から順にゴム層,織布,圧縮性のゴム層,織布の層構成,若しくはゴム層,織布,圧縮性のゴム層,織布,ゴム層,織布,ゴム層,織布(図339)の層構成を有すること,また,ブランケットが装着後に織布に起因してある程度伸び切ってしまうことが示されている。
(オ) 甲第15号証(「1998年版 印刷辞典」)には,ギャップレスの,すなわち,円筒状若しくはスリーブ状のブランケットを使用する世界最初のオフセット輪転機であるサンデープレスは,昭和61年以降に開発されたことが記載されている。
サンデープレスが開発される前の技術水準では,ギャップレスのオフセット輪転機やスリーブ状のブランケットは実用可能なものではなかった。したがって,前掲甲第11号証及び第12号証は,スリーブ状のブランケットが実用化される前の技術水準を解説するものというべきであるから,甲第11号証及び第12号証に記載されたブランケットは,有端状のものだけを対象としており,スリーブ状のものは対象としていない,と解するべきである。要するに,甲第11号証及び第12号証に記載されたブランケットは,甲第15号証の「ギャップレスオフりん-輪」の項に参考図として記載された従来方式のブランケット(有端状のブランケット)に相当するものなのである。
さらに,同号証の,「ギャップレスオフりん-輪」と「つつじょうブランケット 筒状」の項によれば,スリーブ状のブランケットは,薄い金属(ニッケル)のパイプ(スリーブ)にゴム層を貼り付けた構造となっている。
(カ) 甲第16号証(「図解印刷技術用語辞典」 昭和62年8月30日初版1刷)には,「ギャップレスオフ輪」という印刷技術用語はまだ掲載されていない。甲第16号証の第2版(平成8年11月29日発行)である甲第17号証には,「ギャップレスオフ輪」が追加して掲載されている。
これらから,ギャップレスオフ輪は昭和62年8月30日の時点では,まだ開発されておらず,公知でなかったということができる。
(キ) 甲第17号証(「図解印刷技術用語辞典 第2版」 平成8年11月29日発行)の記載によれば,ギャップレスオフ輪に使用されるチューブ状,すなわち,スリーブ状のブランケットは,スチールのパイプ,すなわち,スリーブにゴムをライニングした構造となっている。
(ク) 甲9公報に係る実用新案の出願は昭和61年8月12日であり,甲10公報に係る特許の出願は昭和46年4月12日である。
このいずれの時点でも,甲7公報(昭和62年9月25日出願公開),甲8明細書(平成元年4月25日米国特許)はまだ頒布されておらず,それゆえ両刊行物に記載されたスリーブ状のブランケットは公知ではなかったと考えられる。
また,前記のとおり,甲第15号証によれば,ギャップレスオフ輪,すなわちスリーブ状のブランケットが開発されたのは,早くても昭和61年以降である,と認められる。甲第16号証及び甲第17号証によれば,ギャップレスオフ輪は,昭和62年8月30日ころに至ってもまだ開発されておらず,公知にもなっていなかったと推定することができる。
(ケ) 以上から,甲9公報に係る実用新案及び甲10公報に係る特許のいずれの出願時点においても,ギャップレスオフ輪,即ちスリーブ状のブランケットはまだ公知のものではなかったことが明らかである。
現実に,甲9公報には,そこに記載された補強層と圧縮性層と表面ゴム層とからなる圧縮性印刷用ブランケットを,スリーブ状に形成する旨の記載は全くない。甲10公報の,補強層Aと圧縮性層Bと繊維層Cと薄板(印刷面)Dとからなる印刷機用ブランケットに関しても同様である。
ウ ブランケットの構造の点からも,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットは,有端状と理解されるべきである。
(ア) 補強層(繊維層)と圧縮性層と表面ゴム層(薄板)とからなるブランケットの断面構造と,甲第12号証ないし甲第14号証に示されたゴムブランケットの断面構造とを比較すると,両者は,基本的に,上から順に表面ゴム層と補強層(織布)と圧縮性層と補強層(織布)を有するものであって,基本的構造に関して完全に一致している。
したがって,この点からみても,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットは,甲第12号証ないし甲第14号証に記載された,いわゆる従来方式の有端状のブランケットと同種のものということができる。
(イ) 甲7公報,甲第15号証及び第17号証に記載されたスリーブ状のブランケットは,いずれも,金属(ニッケル,ステンレス)のパイプ(スリーブ)にゴム層を貼り付けただけの構造となっている。
甲8明細書において,スリーブ15の材質は明示されていない。しかし,これに記載された印刷機においても,スリーブ15を圧縮空気によりわずかに拡張させてシリンダ3に取り付けることからは,圧縮空気の吹き出しを止めた後のスリーブ15のシリンダ3への締付け固定はスリーブ15の収縮力によるものと解せられ,そうであれば,スリーブ15は,甲7公報に記載されたベース金属スリーブ2と同様に,ごくわずかな拡張によって十分な締付け力を発揮する部材,すなわち相応の剛性と弾性を有する部材と考えられる。
以上からは,ギャップレスオフ輪(ギャップレスのオフセット印刷機)に使用されるスリーブ状のブランケットは,本来の形態として,金属若しくは金属以外の相応の剛性と弾性を有する材料から成る薄いスリーブにゴム層を被覆したものを必要不可欠な基本構成としていると考えられる。
そうすると,それ以外の構成のもの,甲9公報及び甲10公報に記載された金属のスリーブを欠くブランケットを,ギャップレスオフ輪用のスリーブ状のブランケットとして実際に利用することができないことは明白である。
エ 以上のとおりであるから,甲9公報及び甲10公報に記載された印刷機用の各ブランケットが,スリーブ状のものではなく,有端状のもののみを意図していたことは明らかである。
これに反する審決の認定は誤っている。
(3) 容易想到性について ア 審決は,「特に,有端状と限定されていない刊行物3(判決注・甲9公報),4(判決注・甲10公報)に記載されたブランケットの層構成をスリーブ状のブランケットの構成に採用することに格別の阻害要因は存在しないものと考えられ,引用発明1のオフセット印刷機において,ブランケットに対する圧力下における周長変化等を防止するために,刊行物3,4に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を採用して本件発明1の上記相違点2に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到しえたものである。」(審決書16頁4行目〜10行目),としている。
しかし,この判断は誤っている。
イ 引用発明1に,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を採用することについて (ア) 前記のとおり,引用発明1の管状のブランケットを構成するゴム層11は単一かつ均一の層であり,他方,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットは,複数の層から成るものであり,有端状のものに限定されている。
そもそも,管状のブランケットの構成の一部である単一の層を,有端状のブランケットの複数の層で置き換えることに想到するのは,容易ではない。
(イ) 甲第12号証及び第13号証によれば,シリンダ(胴)に巻き締められて取り付けられるゴム層と織布とから成る有端状のゴムブランケットにおいて,織布はゴムブランケットに引張強度を与えるためのものとして,すなわち補強層として決定的に重要である。したがって,甲9公報記載の有端状のブランケットの補強層3,12,4,14も,甲10公報記載の補強層A及び繊維層Cも,ブランケットに引張強度を与えるためのものとして必要不可欠な構成要素である。
本件訂正明細書には,「剛性の内層の材料には,ブランケット胴によって張力が掛けられており,ブランケットとブランケット胴との間には高い圧力関係が生じている。この圧力関係によって,ブランケットがブランケット胴の上に固定されることになり,その結果,印刷機の運転中,これらの間には相対的な運動が全く生じないようになる。」(5頁12行目〜15行目),「スリーブ80には,ブランケット胴14による引張応力が作用していて,ブランケット18とブランケット胴14との間に堅固な圧力関係を生ぜしめている。この圧力関係が,ブランケット18をブランケット胴14上に固定し,印刷機の運転中,それらの間に相対的な運動が発生しないようにこれを防止している。」(11頁9行目〜12行目),等の記載がある。
すなわち,管状若しくはスリーブ状のブランケットをブランケット胴に固着させる力は,金属スリーブの張力によってもたらされている。つまり,スリーブ状のブランケットの場合,金属スリーブ上に配置されたゴム層自体にはもはや補強層を必要とするほどの過大な引っ張り力が作用することはなく,またそのような過大な引っ張り力を作用させる必要もないと考えられるから,スリーブ状のブランケットにとっては,60〜90kgf/cmの引張強度を必要とする(甲第12号証)従来の有端状のブランケットに用いられている布などの補強層は,そもそも不要である。
(ウ) 本件訂正明細書には,「つまりブランケットは,ブランケット胴の上でブランケットが軸方向に運動可能になるように,半径方向で外方に(半径方向に張力がかけられて),これを膨張せしめて置く必要がある。」(5頁20行目〜22行目),「つまりスリーブ80は,ブランケット18がブランケット胴14上を動くことができるように,半径方向に膨張せしめられるか,又は半径方向に,外方に向って引張られなければならない。」(11頁17行目〜19行目),等の記載がある。
つまり,ブランケットの取付け・取り外しには,ブランケット,それも金属スリーブを半径方向に膨張させる必要がある。もし補強層を有する従来の有端状のブランケットをそのままスリーブ状のブランケットに利用すると,金属スリーブの半径方向の膨張に対して特に最下層の補強層が強く抵抗することは明白であり,その場合には,ブランケットを半径方向に必要なだけ膨張させることが極めて困難もしくは不可能になることもあり得る。
また,補強層は織布から成るものであって,金属スリーブのような弾性体ではないから,引張り力を受けてある程度伸び切ってしまうことがあるので,最下層の補強層が必ずしも金属スリーブの膨張・収縮に適切に追従して伸縮するという保証がなく,その結果,最下層の補強層が膨張・収縮に起因して金属スリーブからはがれて,ずれてしまうことも十分に予想できる。
(エ) 以上のとおりであるから,スリーブ状のブランケットに補強層を有する従来の有端状のブランケットの構成を適用することには,格別の阻害要因が存在するものというべきである。
(オ) 被告は,本件発明においても,有端状のブランケットに用いられる補強層と同様の補強層を設けることは除外していないから,補強層があることに基づく阻害要因がある,との原告の主張には矛盾がある,と主張する。
原告が主張しているのは,本件発明1ないし7には,従来の有端状のブランケットに用いられている補強層が不要であるばかりでなく,かえって有害である,ということである。本件発明1ないし7における非膨張性,非伸縮性の材料ないし可撓性の繊維材料は,ブランケットの取り付け・取り外しのために金属スリーブを半径方向に膨張させることに支障がない程度には伸縮し得るものであり,従来の有端状のブランケットに用いられる補強層とは異なる。
金属スリーブの膨張を妨げないような材料を採用することは,当業者にとって自明の設計的事項である。
ウ 甲9公報及び甲10公報記載のブランケットから,上部ゴム層を分離することについて (ア) 甲9公報には,「・・・圧縮性印刷用ブランケット10は非伸長性繊維で形成した織布11を2層積層して補強層12を形成し,・・・補強層12を構成する織布11は従来と同様に綿布,レーヨン布,ポリエステル布等を使用することができ,不織布であってもよい。織布11の積層は公知の方法によって行えばよい。従って,織布上にゴム糊をスプレッダーで塗布してもよいし,別途成型したゴムシートを接着剤を用いて積層してもよい。」(5頁13行目〜6頁6行目)と記載されている。
このことから,補強層12は2層の織布11と織布11を積層するためのゴム糊又はゴムシートから構成されているものと解される。そうすると,甲9公報に記載された「ブランケットの上部ゴム層の構成」とは,外層(表面ゴム層)と中間層(圧縮性層)と補強層におけるゴム層(ゴムシート)を意味することになる。
しかし,補強層におけるゴム層,すなわちゴムシートは,織布11を積層するために必要不可欠な構成要素であって,引張強度に寄与するか否かにかかわらず,織布11とは一体不可分の関係で使用されるものであるから,ゴムシートを補強層12から独立した別個の構成要素と見なすことはできない。
(イ) 甲10公報には,「好ましくは,補強層は1層のみとするのがよく,そして特に好ましい補強層は可撓性の重合体組成物に埋め入まれた可撓性の繊維部材から成るものである。」(3頁5欄34行目〜37行目),「前記補強層は繊維部材のほかに,高モジュラス,高弾性,低硬化性エラストマー組成物であることが好ましい可撓性重合体組成物を有してよい。」(3頁6欄42行目〜44行目),と記載されている。
これによれば,補強層は可撓性の重合体組成物を構成要素として有するものであり,しかも,この重合体組成物は繊維部材とは一体不可分の関係で,すなわち繊維部材の存在を前提として,使用されているものということになる。さらに,甲10公報には,「補強層の上記した好適な特性により,「プリントスルー(print through)」という望ましくない作用,即ち,横糸が縦糸を横切るような繊維模様が印刷作業中に印刷面上に再現出してくる現象,を最小に抑えることができる。」(3頁6欄37行目〜41行目)と記載されていることから,「プリントスルー」は繊維部材に起因するものと解される。審決も「「重合体組成物」については,プリントスルーの危険を減少させるためのものであって」(審決書22頁32行目〜33行目)と認定している。
この理由からも,重合体組成物が,引張強度に寄与するか否かにかかわらず,プリントスルーの原因となる繊維部材と一体不可分の関係で使用されていることは明らかである。
(ウ) したがって,甲9公報及び甲10公報に記載された各ブランケットから,補強層から分離されたゴム層(ゴムシート)若しくは可撓性重合体組成物を含む上部ゴム層の構成を,他のブランケットに転用することが可能な独立した技術思想として抽出できるとすることは,補強層の一体不可分であるべき構成要素の分離を前提とするものであって,技術的合理性を欠くものである。
(エ) 審決は,原告が「…,ブランケットの層構成について,概して,単に各構成要素が相互に機械的に剥離不能であることをもって,『一体不可分』である旨主張している」(審決書23頁12行目〜14行目)と認定している。
しかし,原告が主張している「一体不可分」とは,前述のように,ブランケットの補強層の構成要素に関するものであり,しかも甲9公報及び甲10公報に記載された補強層の使用態様,とりわけ積層やプリントスルーの低減といった目的・作用を根拠とするものであって,審決が認定するように「単に各構成要素が相互に機械的に剥離不能であることをもって」,補強層の構成要素が一体不可分であるというようなことを,原告は主張しているのではない。
(オ) 審決は,「引用発明1において,上部ゴム層と内層(ベース金属スリーブ)との間には,上部ゴム層が通常のブランケット機能を担保し内層が固着機能を担保するとしか把握できないものであって,ブランケット胴(転写胴)の固着機能の点で一体不可分でなければならないような特段の関係は認められず」(審決書15頁33行目〜37行目)と認定して,引用発明1の固着機能は担保しないといわれる上部ゴム層に,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を適用できるとしている。
しかし,審決のいう「刊行物3,4に記載されたブランケットの上部ゴム層」は,固着機能を達成するための補強層の構成要素であるゴム層(ゴムシート)や可撓性重合体組成物を含むものであるから,引用発明1の固着機能は担保しないといわれる上部ゴム層とは,固着機能のための構成要素の有無において相違している。したがって,「引用発明1において,上部ゴム層と内層(ベース金属スリーブ)との間には,・・・固着機能の点で一体不可分でなければならないような特段の関係は認められず」という審決認定の前提事項との整合性を考慮すれば,固着機能を持たない引用発明1の上部ゴム層に,固着機能を有する甲9公報及び甲10公報の上部ゴム層の構成を適用することはできないというべきである。
(カ) 審決は,本件発明におけるブランケットの形成方法として,有端状の平板材料を用いる方法も本件明細書に記載されていることをもって,有端状のブランケットの層構成を本件発明のブランケットに適用することに阻害要因はない,との判断の根拠の一つとする。
ブランケットのゴム層を有端状の平板材料から形成するという形成方法が,本件訂正明細書中に代替案として記載されていることは事実である。しかし,その形成方法は,従来の有端状のブランケットの層構成を用いることを必須とするものではない。
有端状の平板材料を用いることが代替的な形成方法として記載されていることと,従来の有端状のブランケットの層構成を適用することに阻害要因があるか否かの判断との間には,何の関係もない。
(4) 以上のとおり,引用発明1の転写胴スリーブ1aのゴム層11(上部ゴム層)に,甲9公報及び甲10公報に記載された有端状のブランケットの補強層のゴム層(ゴムシート)若しくは可撓性重合体組成物を含む上部ゴム層の構成を採用することには,明らかに格別の阻害要因が存在する。そのような上部ゴム層の構成を上記ゴム層11に採用することは,当業者にとって容易に想到できることではない。
したがって,引用発明1と,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの構成とから,当業者が,本件発明1の相違点2に係る構成に容易に想到することができるとした審決の判断は,誤りである。
2 本件発明2 審決は,「上記(1)3.〈相違点2について〉において検討した事項を踏まえて考えると,引用発明2のブランケットに刊行物3,4に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を適用して,本件発明2の上記相違点1(判決注・相違点4の誤記と認める。)に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到しえたものといわざるをえない。」(審決書18頁21行目〜25行目)と判断している。
しかし,審決の甲7公報,甲9公報及び甲10公報記載のブランケットに関する認定及び相違点2における判断にそれぞれ誤りがあることは,既に述べたとおりであるから,この誤った判断を前提とした審決の前記相違点4に関する判断も誤りであることは明らかである。
したがって,当業者といえども,引用発明2と甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの構成とから,本件発明2の相違点4に係る構成に容易に想到することはできないというべきである。本件発明2を,甲7公報ないし甲10公報に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
3 本件発明3 審決は,「相違点6は,上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様であり,これについての検討は,上記(1)3.〈相違点2について〉において検討したとおりである。」(審決書20頁26行目〜28行目)と判断している。しかし,審決の甲7公報,甲9公報及び甲10公報記載のブランケットに関する認定及び「〈相違点2について〉」における判断にそれぞれ誤りがあることは,前記のとおりであるから,審決の前記相違点6に関する判断も誤りであることは明らかである。
したがって,本件発明3を,甲7公報ないし甲10公報に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
4 本件発明4ないし7 審決は,本件発明4は,本件発明1ないし3のいずれかを引用するものであり,本件発明5ないし7は,本件発明4を引用するものであるから,本件発明1ないし3について審決で検討した事項を踏まえると,本件発明4ないし7は,それぞれの限定事項にかかわらず,甲7公報ないし甲10公報に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断している(審決書20頁36行目〜22頁2行目)。しかし,本件発明1ないし3が,甲7公報ないし甲10公報に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものでないことは,前記のとおりであるから,本件発明4ないし7も,甲7公報ないし甲10公報に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができないことは明らかである。
5 まとめ 以上のとおりであるから,本件訂正明細書の請求項1ないし7に係る発明(本件発明1ないし7)は,いずれも,甲7公報ないし甲10公報に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではなく,特許法第29条第2項の規定にかかわらず特許出願の際独立して特許を受けることができる発明であるから,本件発明1ないし7が独立特許要件を満たさないとして,本件訂正を認めないとする誤った結論に至った審決は,違法として取り消されるべきである。
被告の反論の要点
1 引用発明1の転写胴スリーブのゴム層について (1) 審決では,引用発明1のゴム層を単一の層と認めた上で,それが,本件発明1における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成に当たるものを併せ持っているのか否か定かでなく,ブランケット全体の層構成が不明である,と認定したものである。
原告が主張するように,引用発明1のゴム層が,本件発明1における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成に当たるものを併せ持っている,としたものではない。
(2) 甲7公報には,「ゴム層(Gummibelag)11で例えば継目なしに被覆された転写胴laの横断面を第5図に示す。・・・ゴム層11は厚さ約1ないし5mmである。」(5頁右上欄16〜20行)と記載されるとともに,その第5図には一種類のハッチングで表示されたゴム層が明確に記載されている。
第5図が,特許法施行規則第25条において規定する様式第30の備考8,「切断面には,平行斜線を引き,その切断面中異なる部分を表す切断面には,方向を異にする平行斜線を,それができないときは,間隔の異なる平行斜線を引く。」に沿って作成されたものであるとしても,同図中のゴム層が一種類のハッチングで表示されていることから推認できるのは,ゴム層が「異なる部分」を有しない,つまり,「単一の層」を成していることだけである。この「単一の層」が,同一の性質や機能を有する単一の部分から成る層,つまり,原告の言葉でいえば,性質や機能の点において「均一の層」を成していることをも推認することは,到底できない。
仮に,第5図の一種類のハッチングで表示されたゴム層が「単一の層」を成すものと認められるとしても,これが直ちに,「均一の層」を成すものと認めることはできない。
(3) 「単一の層」と「均一の層」とが別異の概念であることは,例えば,本件訂正前の請求項15に係る発明において,「管状のブランケット(18,20)が少なくとも1つの圧縮性の層を有しており,かつこの層が自体に異なる剛性を有している」と規定されていることからも明らかである。この請求項15に係る発明に関しての本件訂正前明細書の発明の詳細な説明には,「有利には圧縮性の第2層68は,一様の剛性を備えた高分子発泡体から形成されているが,第2層は又,異なった剛性を有する空所内包型の発泡体から成る円筒形の内方部と外方部とを備えて構成されていても宜い。」(甲第4号証7頁13欄41〜45行)と記載され,しかも,この「圧縮性の第2層」については,図面上一種類のハッチングでのみしか表示されていないものであり,そうであれば,本件訂正前明細書においても,一種類のハッチングでのみしか表示されていない「単一の層」である「圧縮性の第2層」が,「異なった剛性を有する空所内包型の発泡体から成る円筒形の内方部と外方部とを備えて」いるもの,つまり,「均一の層」ではないものということになるからである。また,ゴム層を形成するゴム材料の配合や加硫の仕方などによっては,「単一の層」に複数の構成・機能を有する「均一の層」でない層を具現し得ることも否定できない。
(4) したがって,仮に,引用発明1の一種類のハッチングで表示されたゴム層が「単一の層」を成すものと認められるとしても,この「単一の層」が直ちに「均一の層」を成すものとするべき直接的かつ合理的理由はなく,結局,ゴム層11に関して,本件発明1における外層,中間層及び容積非圧縮性の材料から成る層の3者の構成を併せ持っていると解釈する余地は全くない,とすることはできない。
審決の認定に誤りがある,ということはできない。
2 甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの構造について (1) 原告は,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットは,有端状のものに限定されていると解するべきである旨主張する。
しかし,審決は,甲9公報及び甲10公報に記載された印刷機用の各ブランケットが,スリーブとして形成した構成のものであるのか否か定かではないとした上で,これを前提として判断を行っているのであるから,原告の主張には理由がない。
(2) 甲9公報及び甲10公報では,それらに記載されたブランケットにつき,スリーブとして形成されたものであるとも,有端状のものに限定されたものであるとも記載されていない。
甲9公報に記載されたブランケットは,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る外層(表面ゴム層)と容積圧縮性の材料から成る中間層(圧縮性層)と容積非圧縮性の材料から成る層(補強層の一部であるゴムシート)との上部ゴム層を有する圧縮性印刷用ブランケットであり,高速オフセット印刷機に使用されるものであって,高速運転中においても外層の動きを中間層によりとらえることにより,ブランケットに対する圧力下における周長変化による版胴,ゴム胴,圧胴の周速の不一致を防止し画像にズレを生じさせないようにしたものである。
甲10公報に記載されたブランケットは,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る外層(印刷面)と容積圧縮性の材料から成る中間層(圧縮性層)と容積非圧縮性の材料から成る層(可撓性重合体組成物)との上部ゴム層を有する印刷機用ブランケットであり,高速オフセット印刷作業のための望ましい性質を有するものである。
両ブランケットの上部ゴム層と本件発明1の相違点2に係る構成の上部ゴム層とは,構成においても機能及び作用効果においても概略一致するものである。
(3) 甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの機能及び作用効果は,ブランケットをブランケット胴に装着した状態において,つまり,筒状或いはスリーブ状にしてブランケット胴に装着した状態において発揮ないしは達成されるものである。
(4) したがって,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上記機能及び作用効果に着目して,引用発明1の上部ゴム層に甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上部ゴム層の技術の適用を考慮する場合においては,その上部ゴム層の技術がスリーブ状のブランケットに係る技術であるか有端状のブランケットに係る技術であるか,あるいは,その公表時点においてスリーブ状のブランケットが公知であるか否かは,格別意味があることではない。
仮に,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの技術が原告が主張するように有端状のブランケットに限定されるものであるとしても,このことは,何ら,引用発明1の上部ゴム層(ゴム層11)への上記技術の適用に際しての阻害要因となるものではない。
(5) 本件発明1に係る請求項1の記載の「容積非圧縮性の材料から成る層」との表現からみれば,刊行物3に記載されたブランケットにおける本件発明1の容積非圧縮性の材料から成る層に対応する層は,補強層の一部であるゴムシートのみにあえて限定する必要がなく,補強層全体をも含み得るものであり,また,甲10公報に記載されたブランケットにおける,本件発明1の容積非圧縮性の材料から成る層に対応する層は,可撓性重合体組成物のみにあえて限定する必要がなく,補強層をも含み得るものである。
3 引用発明1に刊行物3,4に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を採用することについて (1) 原告は,引用発明1のブランケットを構成するゴム層として,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を採用することについて,引用発明1の管状のブランケットを構成するゴム層は「単一且つ均一の層」であり,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットは,管状つまりスリーブ状ではなく,有端状のものに限定されているのであるから,引用発明1のゴム層に甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの層構成を採用することに阻害要因がある,と主張している。
(2) 引用発明1の管状のブランケットを構成するゴム層が「単一且つ均一の層」でないこと,また,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットが,有端状のものに限定されているものでないこと,さらに,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットが,仮に,有端状のブランケットに限定されるものであるとしても,これにより,引用発明1の上部ゴム層への上記両公報に記載された技術の適用に際しての格別の阻害要因にはならないことは,既に述べたとおりである。
(3) 原告は,管状若しくはスリーブ状のブランケットには,有端状のブランケットに用いられている補強層は全く不要であり,また,補強層を有する従来の有端状のブランケットをそのままスリーブ状のブランケットに利用すると,ブランケットの取り付け・取り外しの際の金属スリーブの半径方向の膨張に対して補強層が強く抵抗し,それが極めて困難もしくは不可能になり,さらに,織布から成る補強層が必ずしも金属スリーブの膨張・収縮に適切に追従して伸縮するという保証はない,として,スリーブ状のブランケットに,補強層を有する従来の有端状のブランケットの構成を適用することには格別の阻害要因が存在する,と主張している。
(4) 例えば,本件発明2においては,「かつ少なくとも外層(66)とこれに続いた容積圧縮性の中間層(68)との間に1つの非膨張性の材料から成る層が設けられている」と規定され,本件発明3においても,「かつ中間層(68)とこれに続いた容積非圧縮性の層(74)との間には非伸縮性の材料が設けられており」と規定され,本件発明2,3における上記のように規定された技術事項に関しての本件訂正前明細書の発明の詳細な説明には,「例へば可撓性の繊維材料又は非伸縮性の材料を,各層66,68及び74の間又はその内部に設けることも可能である。」(甲第4号証7頁13欄38〜40行)と記載されている。このように,本件発明においても,上記従来の有端状のブランケットに用いられている補強層と同様の補強層を設けることを何ら除外していない。
補強層があることが,スリーブ状のブランケットへの適用を阻害する要因になるとする原告の主張には矛盾がある。
(5) 原告は,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上部ゴム層における容積非圧縮性の材料から成る層は,いずれも,補強層を成す繊維部材と一体不可分の関係にあり,機械的のみならず,目的・作用の点からも分離不能であるから,甲9公報及び甲10公報に記載された各ブランケットから補強層のみを分離した上部ゴム層の構成を,他のブランケットに転用することが可能な独立した技術思想として抽出することは,技術的合理性を欠く,と主張している。
しかし,甲9公報及び甲10公報に記載された各ブランケットの上部ゴム層と本件発明1の相違点2に係る上部ゴム層とは,構成においても機能及び作用効果においても概略一致するものであり,しかも,本件発明において,「容積非圧縮性の材料から成る層(74)」を設けたことによる作用効果について本件特許明細書の発明の詳細な説明には何ら言及されていないのであるから,甲9公報及び甲10公報に記載された各ブランケットにおいて上部ゴム層と補強層とが一体不可分であるべきであるとの原告の一方的な見解に基づく技術的合理性を欠く旨の主張は,それこそ技術的合理性を欠くものである。
そもそも,本件発明1に係る請求項1の記載においては,「容積非圧縮性の材料から成る層(74)」としか限定されていないことからみて,甲9公報及び甲10公報に記載された各ブランケットから,補強層をあえて分離せずに,補強層を含むブランケット全体を上部ゴム層として適用することも誤りではない。
一体不可分であるべきか否かに係る上記原告主張の技術的合理性についての問題は,もともと存在しない。
(6) 本件訂正前明細書中には,ブランケット形成方法の代替案として,「ブランケットを平滑な平板材料で製作し,続いてこれをスリーブ80の周囲に巻き付けてそこに接着することも可能である。材料片の両方の端部は互いに境を接するようにする。」(甲第4号証7頁14欄5行目〜8行目)との記載がある。
これによれば,上記代替案は,ゴム層の材料として有端状の平板材料を用い,平板材料を,その端部同士を接着するとの限定もなし,単に境を接するようにスリーブの周囲に巻き付けてそこに接着して,ブランケットを形成するものであると思料される。
この代替案では,有端状の平板材料に従来の有端状のブランケットに用いられている補強層と同様の補強層を設けることを格別除外していないから,有端状のブランケットの層構成を適用することに基づく阻害要因がある,との原告の主張は,なおさら理由がない。
(7) 引用発明1における,上部ゴム層と内層(ベース金属スリーブ)との関係について,上部ゴム層が通常のブランケット機能を担保し内層が固着機能を担保するとの関係しか把握できない。両者間に,ブランケット胴(転写胴)の固着機能の点で一体不可分でなければならない,というような特段の関係は認められず,甲第9公報及び甲10公報にそれぞれ記載されたブランケットが,仮に,有端状のものに限定されるものであって,その層構成に補強層を有するものであるとしても,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成をスリーブ状のブランケットの上部ゴム層の構成に採用することには,総合的にみて,格別の阻害要因は存在しないことが明らかである。
4 本件発明1についてのまとめ したがって,審決が,「引用発明2のブランケットに刊行物3,4に記載されたブランケットの上部ゴム層の構成を適用して,本件発明2の上記相違点1(4の誤り)に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到しえたものといわざるをえない。」(審決書18頁22〜25行)と判断したことに何ら誤りはない。
5 本件発明2について 本件発明2と引用発明2との相違点(相違点4)は,本件発明1と引用発明1との相違点2に加えて,引用発明2に,本件発明2における外層と中間層との間に一つの非膨張性の材料から成る層が設けられている構成を有するのか否かも定かでない点を付加したものである。
甲9公報に,前記の本件発明2の相違点4に係る構成のうちの上記付加した点の構成が記載されていることは明らかであり,そして,甲7公報,甲9公報及び甲10公報記載のブランケットに関する認定及び相違点2についての判断に何らの誤りがないことは前記のとおりであるから,相違点2についての判断を前提とした相違点4についての判断にも何らの誤りはない。
6 本件発明3について 本件発明3と引用発明3との相違点(相違点6)は,本件発明1と引用発明1との相違点2と同様であり,そして,甲7公報,甲9公報及び甲10公報記載のブランケットに関する認定及び相違点2についての判断に何らの誤りがないことは,前記のとおりであるから,相違点2についての判断を前提とした相違点6についての判断にも何らの誤りはない。
したがって,審決において,「相違点6は,上記本件発明1と引用発明1との相違点2と同様であり,これについての検討は,上記(1)3.〈相違点2について〉において検討したとおりである。」(審決書20頁26〜28行)と認定して,結局,「本件発明3は,刊行物1〜4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。」(審決書20頁34〜35行)と判断したことに何ら誤りはない。
7 本件発明4ないし7 本件発明4は,本件発明1ないし3のいずれかを引用するものであり,本件発明1ないし3に付加された限定事項は,当業者が必要に応じて採用する程度の技術事項にすぎない。
本件発明5ないし7は,本件発明4を引用して本件発明1ないし3のいずれかを間接的に引用するものであり,それぞれに付加された限定事項は,甲9公報に記載されており,あるいは,当業者が必要に応じて採用する程度の技術事項にすぎない。
8 以上のとおりであるから,本件発明1ないし7は,いずれも,甲7公報ないし甲10公報に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない発明であるから,本件発明1ないし7が独立特許要件を満たさないとして,本件訂正を認めないとする結論に至った審決には何らの誤りはない。
当裁判所の判断
1 引用発明1の認定の誤りについて (1) 原告は,甲7公報のゴム層に同一のハッチングが付されていることから,これは同一の性質や機能を備える単一の部分から成る層と解することが合理的であるとして,引用発明1についての,審決の,「該ゴム層が本件発明1における外層と中間層との両者の構成を併せ持っているのか否か定かでないため,ブランケット全体の層構成が不明である」とする認定には誤りがある,と主張する。
(2) 審決は,「2.本件発明1と引用発明1との対比」(12頁22行目)で,「引用発明1の「転写胴スリーブ1a」については,・・・」(13頁2行目以下),「その表面に継目なしに被覆された「ゴム層11」が,ギャップ部のない連続的な外表面を有するものであり,かつ,弾性的に撓む材料から成るものであるが,本件発明1における「外層(66)」,「中間層(68)」及び「層(74)」の構成・機能を併せ持っているのか定かでないから,本件発明1の上部ゴム層に相当するということができず,その全体の層構成の点で本件発明1の「ブランケット(18,20)」とは相違する・・・」(13頁2行目〜18行目),と認定している。
これによれば,審決は,引用発明1の「ゴム層11」が本件発明1における「外層(66)」,「中間層(68)」及び「層(74)」の構成・機能を併せ持っているか否か明らかでないとして,すなわち,併せ持っている可能性は否定しないままに,この点が明らかでないことを根拠に,全体の層構成の点で,本件発明1のブランケット(18,20)とは相違する,としたものであることが明らかである。したがって,もし,引用発明1の「ゴム層11」が,上記の構成機能を持たないと積極的に認定できるものであるとすると,審決の相違点2の認定は,その限りで誤りということになる(しかし,その場合であっても,審決は,結局のところ,両発明における層構成を相違点として把握し,これについて検討しているのであるから,その検討の内容が,上記誤りがあったとしても,すなわち,引用発明1の「ゴム層11」は本件発明1における「外層(66)」,「中間層(68)」及び「層(74)」の構成・機能を併せ持っていないとの認定の下でも,正当なものと判断できるならば,上記誤りは,結局のところ,結論に影響を及ぼすものではないということになる。そして,審決が相違点2について加えた検討が,このようなものに当たることは,後に述べるところから明らかである。)。
(3) しかしながら,引用発明1のゴム層11についての審決の認定自体,間違いであるということはできない。
特許法施行規則第25条では,願書に添付する図面において,切断面を表すに際して,異なる部分には方向を異にするか,間隔の異なるハッチングを付すこと,と規定されている。しかしながら,当該規定は,出願に際して,出願する発明の内容を明確に表すために,異なる部分を表示することを求めるためのものであって,発明が主たる課題としている構成以外をも細部にわたって表すことまでを求めるものということはできない。
引用発明1の主たる課題は,オフセット印刷において従来公知の印刷用版板を印刷装置に固設された支持円筒に締付セグメントを使用して緊締するものでは,エンドレスな画像を印刷することができなかった不都合,及び緊締装置により非対称回転となることで大きな振動が発生するために小さな寸法の印刷しかなし得なかった不都合等を解消するために,円筒状の印刷版スリーブを採用して,これを交換することで多種類の印刷要請に応えること,とされている。
そして,実施例としての円筒状の印刷用スリーブの例示に,多層金属スリーブ(第1図,第2図),及びゴム層11を採用したスリーブ(第5図)が掲げられているのである。
つまり,引用発明1では,円筒状スリーブを採用し,これを容易に交換し得るようにしたことに,その構成の重点があるのであり,円筒状スリーブの層構成に関して,前記2種類のものを掲げる以上にその詳細を示しているところはないのである。
このようなとき,審決において,甲7公報記載の引用発明1において,ゴム層11が単一の層構成であることまでは図面を参照して認定できるものの,詳細が明示されていないので層構成を把握することができないとした審決の認定を,誤りとすることはできないというべきである。「ゴム層11」が単一の層としてしか示されていないことを強調する,原告の主張は採用することができない。同一対象を表現するに当たっても,それを単一とするかしないかは,どのような点に着目して表現するかによって変わり得るものであるという,当然のことを忘れたものであるからである。
2 甲9公報及び甲10公報の認定の誤りについて (1) 原告は,甲9公報及び甲10公報において,「それらブランケットがスリーブとして形成した構成のものであるのか否か定かでない」(審決書15頁29行目〜30行目)との審決の認定を争い,これらの公報に記載されたブランケットは,有端状のものに限定されている,と主張する。
(2) 甲第15号証ないし甲第17号証によれば,ギャップレスオフ輪は,昭和61年以降開発されたものであり,甲10公報の出願時である昭和46年4月の時点はもとより,甲9公報の出願時である昭和61年8月当時においても,まだ公知でなかった,と認めることができる。そして,これらの公報には,そこに記載されたブランケットがスリーブ状であるか否かについて何も述べられていない。このような状況の下では,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットそのものはスリーブ状のものではない,と解するのが最も合理的であることが明らかである。
「スリーブとして形成した構造のものであるか定かでない。」とする審決の認定は,その限りでは,誤りというべきである。
しかしながら,審決の上記認定が誤りであるとしても,そのことが直ちに審決を取り消すべき理由になるわけではない。審決が甲9公報及び甲10公報に記載されているものとして把握した技術が,それ自体としてみたとき,ブランケットが有端状であることを離れてもその技術的意味を認めることのできるものであるならば,上記各公報に記載されているブランケットが有端状のものに限られることは,上記技術を有端状でないブランケットに適用することを何ら妨げるものではないことが,明らかであるからである。
(3) 審決は,「刊行物3(判決注・甲9公報)において,(ア)〜(ク)の記載によれば,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る外層(表面ゴム層)と織布をゴム層を介して積層して成る補強層との間に,容積圧縮性の材料から成る中間層(圧縮性層)少なくとも1つとを有するように少なくとも部分的に容積圧縮性の材料から形成されているブランケットの構成が記載され,上記補強層の織布を積層したゴム層が容積非圧縮性の材料から成るのか否か定かでないが,刊行物3における他の補強層についての「表面ゴム層15と補強層14は非圧縮性層である」(記載事項(ク)参照)との記載からみて,当該ゴム層が容積非圧縮性の材料から成るものと推認でき,そして,刊行物3のブランケットは,高速オフセット印刷機に使用されるものであり,高速運転中においても外層の動きを中間層により捉えてブランケットに対する圧力下における周長変化による版胴,ゴム胴,圧胴の周速の不一致を防止し画像にズレを生じさせないようにしたものであるから,本件発明1におけるブランケットの層構成と同等の機能を有するものと思量され」(15頁3行目〜16行目),「刊行物4(判決注・刊行物4)において,(ア)〜(エ)の記載によれば,弾性的に撓む容積非圧縮性の材料から成る外層(例えば,ニトリルゴム組成物から成る印刷面)と補強層との間に,容積圧縮性の材料から成る中間層(圧縮性層)少なくとも1つとを有するように少なくとも部分的に容積圧縮性の材料から形成され,中間層(圧縮性層)と補強層との間に外層(印刷面)と同様の材料から成る層(例えばニトリルゴムとポリプロピレン又はナイロンとの混合物の可撓性重合体組成物)が補強層をその表面に半ば埋め込むように形成されているブランケットの構成が記載され,そして,刊行物4のブランケットは,高速オフセット印刷作業のための望ましい性質を有する・・・」(15頁17行目〜25行目),「従って,刊行物3,4にそれぞれ記載されたブランケットの層構成は,本件発明1の相違点2に係る構成と一致するものであるところ,・・・特に,有端状と限定されていない刊行物3,4に記載されたブランケットの層構成をスリーブ状のブランケットの構成に採用することに格別の阻害要因は存在しない・・・」(15頁28行目〜16頁6行目),と認定している。
要するに,審決は,甲9公報及び甲10公報に記載されたブランケットの層構成が,本件発明1のブランケットと同等の機能を有することを前提に,その層構成を引用発明1に適用できるか否かを検討している。すなわち,審決は,ブランケットの形態ではなく,その層構成に着目しているのである。したがって,甲9公報及び甲10公報のブランケットがそれ自体としては有端状のものに限定されるとしても,そのことを前提として,その層構成だけを抽出できるか否か,さらに,抽出できた層構成を引用発明1に適用できるか否か,を検討すれば足りることになる。
3 本件発明1の進歩性の判断について (1) 原告は,そもそも,スリーブ状のブランケットの構成の一部である単一の層を,有端状のブランケットの複数の層で置き換えることに想到するのは,容易ではない,と主張する。
しかし,印刷用ブランケットにおいて,それがスリーブ状であるか有端状であるかにかかわらず,当該ブランケットの単一の層ないし複数の層構成を,印刷品質の向上のためにより有効である層構成で置き換えることに想到することは,一般的にいえば,当業者にとって容易なことであるということができる。
本件でも,具体的に,甲9公報及び甲10公報の層構成を,引用発明1に適用することが容易か否かを考察すれば足りるというべきである。
(2) 甲9公報及び甲10公報のブランケットを,引用発明1に適用することの容易性について ア 前記のとおり,本件証拠上,甲9公報及び甲10公報のブランケットは,有端状のものと理解するのが相当である。そうすると,これを有端状のままスリーブ状のブランケットとして形成する場合には,ベースとなるスリーブ上に巻き回して形成することになる。本件訂正前明細書は,「代替案として,ブランケットを平滑な平板材料で製作し,続いてこれをスリーブ80の周囲に巻き付けてそこに接着することも可能である。材料片の両方の端部は互いに境を接するようにする。」(甲第4号証7頁14欄4行目〜8行目),として,この方法を許容している。
甲9公報のブランケットは,例えば第1図の表面ゴム層15,補強層14,織布11a,圧縮性層13,織布11,補強層12及び織布11から成り,甲10公報のブランケットは,耐溶媒エラストマーから成る薄板の形態を備えた印刷面D,繊維層C,圧縮性層B及び補強層Aから成っている。そして,それぞれの層構成全体,あるいはその一部を,「上部ゴム層」(引用発明1のベース金属スリーブ2の外側の層,すなわちゴム層11)として適用することが考えられる。
イ 前記のとおり,印刷品質の向上は,印刷用ブランケットに共通して求められることであることに照らすと,この点でより効果の高い層構成を採用すること自体は,当業者が容易にかつ当然に想到することである。
甲9公報では,考案の効果として「・・・圧縮性層と表面ゴム層との間に2以上の織布または不織布を積層した補強層を設けたから見掛け上の圧縮モジュラスが向上し高い印圧が得られ,網点の再現性,インク潰れ等の印刷特性に優れた圧縮性印刷用ブランケットを得ることができる。」(8頁9行目〜14行目)と,甲10公報では,「本発明の目的は高速オフセツト印刷作業のための望ましい性質を有する印刷機用ブランケツトを形成することである。このような作業に使用するためのブランケツトは弾性重合体の圧縮性層を有することが適切である。このような圧縮性層を設ける目的は(a)印刷機のニツプ部に近接した位置でブランケツト印刷面に生じる小さなスタンデイングウエーブによつて起る印刷像の「ぼけ」,即ち,印刷像が不鮮明になるのを防止すること,(b)「激突」を吸収すること,即ち,例えば印刷作業中紙シートが偶然に1枚以上導入された場合における印刷されるべき材料の厚さの瞬間的な増加を吸収し,ブランケツトに永久的な損傷を与えないようにし,あるいはブランケツトの印刷上の品質を害することのないようにすること,及び(c)印刷機のニツプ部で圧縮されたブランケツトの厚さを正常な厚さに回復させることによつて印刷作業中の印刷面の平坦度及びブランケツトの厚さを維持する・・・」(1頁2欄1行目〜18行目),「補強層の上記した好適な特性により,「プリントスルー(print through)」という望ましくない作用,即ち,横糸が縦糸を横切るような繊維模様が印刷作業中に印刷面上に再現出してくる現象,を最小に抑えることができる。」(3頁6欄37行目〜41行目),と記載されている。そして,これらの記載によって示されている上記各公報記載の層構成の効果は,ブランケットが有端状のものであることを離れて存在し得るものであることが明らかである。
そうだとすれば,引用発明1のゴム層11を,より高い印刷品質が得られる等の効果を期待できる,甲9公報及び甲10公報のブランケットの層構成で置き換えることは,その動機があり,当業者が容易に想到できるものである,と認められる。
ウ 原告は,甲9公報及び甲10公報に記載されているブランケットにおける「補強層」は,有端状のスリーブに引っ張り強度を与えるために必要なものであるから,それだけでブランケット胴に対する十分な固着力を発揮する金属製のスリーブを備える引用発明1にはそもそも不要であるばかりか,このような補強層を備えたブランケットは,金属製スリーブの膨張・収縮に適切に追従することができず,スリーブのブランケット胴への取付けの障害となったり,最下層の補強層が金属スリーブからはがれて,ずれてしまったりすることもあり得,適用の阻害要因がある,と主張する。
エ 本件発明1においては,ブランケットとブランケット胴との緊締に際しての圧力関係,支承スリーブ(80)や剛性の内層(74)の膨張の度合い等は,特段説明がされておらず,単に「軸方向に取外し可能にブランケット胴(14,16)の外表面に支承されて」と規定しているにすぎない。引用発明1においても,上記圧力関係や,スリーブ1の膨張の程度は明らかでない。むしろ,実施例に記載されている,「スリーブ1はベース金属スリーブ2の上に中間金属層3と表面金属層4を被着したものである。・・・ベース金属スリーブ2の材料として,例えば,ニッケル又は鋼が考えられる。・・・」(4頁右下欄17行目〜5頁右上欄1行目)との記載からは,その膨張の程度は,ごくわずかなものであると推測される。
このことは,原告自身,準備書面(1)において,「刊行物2(判決注・甲8明細書)に記載された印刷機においても,・・・スリーブ15は,刊行物1に記載されたベース金属スリーブ2と同様に,ごく僅かな拡張によって十分な締付け力を発揮する部材,即ち相応の剛性と弾性を有する部材と考えられる。・・・」(16頁4行目〜10行目),と述べるところである。
甲7公報に,ブランケットを軸方向に取り外すことを可能にすることが記載されている以上,甲9公報及び甲10公報記載のブランケットの層構成を適用するに当たって,軸方向に取り外すことが可能である引用発明1が既に備えている構成を阻害しないようにすることは,当業者であれば当然に考慮すべき事項であり,そのことが困難であるとも認められない。
オ 引用発明1の支承スリーブ(80)や剛性の内層(74)が,取付け・取り外しにより膨張と収縮を繰り返して,そのことにより,甲9公報及び甲10公報の補強層が伸び切って,その上部ゴム層が剥離を起こす,とも認められない。
前記のとおり,引用発明1のスリーブの膨張・収縮の程度はわずかである,と認められる。また,補強層がある程度伸び切ってしまうことを挙げる甲第13号証及び第14号証は,従来方式の,有端状のブランケットを巻き締めて装着した場合の現象のことを述べているものであって,これが,スリーブ状のものとして形成されたブランケットの補強層に必ず当てはまるとは認められない。
(3) 原告は,甲9公報及び甲10公報のブランケットにおいて,補強層からゴム層を分離することはできない,と主張する。
原告のいうのは,甲9公報及び甲10公報のブランケットは,有端状であるがゆえに,補強層が必須であり,これから分離されたゴム層ということは考えられない,ということであろう。しかし,スリーブ状のブランケットである引用発明1のブランケットの改善を考える当業者にとって,上記両公報記載のブランケットにみられる層構成を参考にするに当たり,有端状であることに関連する要素を除き,スリーブ状のブランケットに関連した要素のみに着目することに,格別な困難はないはずである。困難があるとすれば,本来は有端状であることに関連しない要素ではあるものの,それが有端状であることに関連する要素に強く結び付くものとしてしか把握できない場合であろう。しかし,両公報に記載されたブランケットについて,補強層とゴム層との間にこのような関係を認めることはできない(原告自身,本件発明においても,有端状のブランケットに用いられる補強層と同様の補強層を設けることは除外していないから,補強層があることに基づく阻害要因がある,との原告の主張には,矛盾がある,との被告の主張に対し,本件発明において用いられる補強層は,従来の有端状のブランケットに用いられる補強層とは異なる,金属スリーブの膨張を妨げないような材料を採用することは,当業者にとって自明の設計的事項である,と答え,従来の技術を新しい技術に適用するにあたっては,新しい技術にふさわしくなるように適宜変更を加えることを,当然のこととしているのである。)。
のみならず,審決は,補強層を除いた層構成のみを引用発明1に適用する,と判断しているものではない。そして,本件発明1は,その特許請求の範囲の文言上,補強層が存在する層構成を除外するものではない。
補強層が存在しても,甲9公報及び甲10公報のブランケットの層構成を引用発明1に適用し得ることは,前記のとおりである。
仮に,原告の主張するとおり,甲9公報及び甲10公報のブランケットから補強層だけを除外した層構成を想到することができないとしても,そのことは,進歩性の判断に何ら影響を及ぼすものではない。
(4) 以上のとおりであるから,引用発明1に,甲9公報ないし甲10公報のブランケットを適用することを想到するのは,容易であったと認めることができる。
(5) 引用発明1のゴム層11を,甲9公報ないし甲10公報のブランケットで置き換えると,容積圧縮性の材料から成る外層,容積圧縮性の材料から成る中間層少なくとも一つ,剛性の中空状のスリーブを包含する内層になることは明らかであるから,相違点2に係る本件発明1の構成になることは明らかである。
したがって,本件発明1の容易想到性を認めた審決の判断は,相当である。
(6) 上述したところによれば,請求項1に係る訂正には訂正要件が欠けているというほかなく,本件訂正審判請求は,他の点に係る訂正に訂正要件が備わっているか否かにかかわらず,全体として,成り立たないことになる。したがって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないことが明らかである。
念のため,以下において本件発明2ないし7についての判断を示す。
4 本件発明2について 原告は,本件発明1における相違点2の判断に誤りがあることを前提として,本件発明2における相違点4に関する判断の誤りがあることを,取消事由とするものである。
しかし,審決の,相違点2に関する判断に誤りがないことは,前記のとおりである。本件発明2に関する原告の主張も採用することができない。
5 本件発明3について 原告は,本件発明1における相違点2の判断に誤りがあることを前提として,本件発明3における相違点6に関する判断の誤りがあることを,取消事由とするものである。
しかし,審決の,相違点2に関する判断に誤りがないことは,前記のとおりである。本件発明3に関する原告の主張も採用することができない。
6 本件発明4ないし7について 原告は,本件発明4ないし7に関して,新たに加えられた各限定事項自体の進歩性否定の認定・判断を誤りとしているものではない。本件発明4ないし7が,直接ないし間接的に本件発明1ないし3のいずれかを引用することを前提に,本件発明1ないし3の独立特許要件の判断に誤りがあることから,本件発明4ないし7の独立特許要件の判断にも誤りがある,とするものである。
しかし,本件発明1ないし3の独立特許要件の判断に誤りがないことは,前記のとおりである。
したがって,本件発明4ないし7に関する原告の主張も採用することはできない。
7 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久