関連審決 | 異議2000-72901 訂正2003-39058 |
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関連ワード | 反復(反復可能性) / 反復実施 / 有用性 / 製造方法 / 新規性 / 29条1項3号 / 物質発明 / 試行錯誤 / 技術的手段 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 優先権 / 国内優先権 / 分割出願 / 原出願日 / 参酌 / 実施 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 釈明 / 補助参加 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
547号
特許取消決定取消請求事件
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原告 日本電気株式会社 訴訟代理人弁理士 加藤朝道 同 石田康昌 同 三宅俊男 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 佐藤修 同 森田 ひとみ 同 雨宮弘治 同 一色 由美子 同 宮川久成 同 伊藤三男 被告補助参加人 三菱化学株式会社 訴訟代理人弁理士 長谷川 曉司 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/12/15 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が異議2000-72901号事件について平成13年10月18日にした決定を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「フタロシアニン結晶とそれを用いた電子写真感光体」とする特許第3003664号発明(昭和63年4月15日付け特許出願に基づく優先権を主張して平成元年3月15日に特許出願した特願平1-64801号の一部を平成10年2月16日に分割出願,平成11年11月19日設定登録。以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2000-72901号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成12年12月25日付け訂正請求書により,願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書及び願書に添付した図面を併せて「本件明細書」という。)を請求した。 特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,平成13年10月18日,「訂正を認める。特許第3003664号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年11月5日,原告に送達された。 原告は,本件決定の取消しを求める本訴提起後の平成15年3月27日,本件明細書の特許請求の範囲の記載等を,明りょうでない記載の釈明を目的として,訂正する旨の訂正審判の請求をしたところ,特許庁は,同請求を訂正2003-39058号事件として審理した上,同年5月12日,上記訂正を認める旨の審決(以下「本件訂正審決」という。)をし,その謄本は,同月22日,原告に送達された。 2 本件明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】赤外吸収スペクトルにおいて,1332±2cm-1,1074±2cm-1,962±2cm-1,783±2cm-1に特徴的な強い吸収ピークを示す, 【化1】 (式中,X1,X2,X3,X4は各々独立的に各種ハロゲン原子を表し,n,m,l,kは各々独立的に0〜4の数字を表す。)で表されるフタロシアニン結晶。 【請求項2】赤外吸収スペクトルにおいて,さらに729±2cm-1,752±2cm-1,895±2cm-1,1059±2cm-1,1120±2cm-1,1288±2cm-1,1490±2cm-1に強い吸収を有するものであることを特徴とする請求項1記載のフタロシアニン結晶。 【請求項3】CuKαを線源とするX線回折スペクトルにおいて,ブラッグ角(2θ±0.2度)が27.2度に最大の回折ピークを示し9.7度,24.1度に強い回折ピークを示し,かつ11.8度,13.4度,15.2度,18.2度,18.7度に特徴的なピークを示す請求項1または請求項2記載のフタロシアニン結晶。 【請求項4】非結晶性チタニルフタロシアニン化合物をテトラヒドロフランにて処理することによって得られる,赤外吸収スペクトルにおいて1332±2cm-1,1074±2cm-1,962±2cm-1,783±2cm-1に特徴的な強い吸収ピークを示し,かつCuKαを線源とするX線回折スペクトルにおいて,ブラッグ角(2θ±0.2度)が27.2度に最大の回折ピークを示し9.7度,24.1度に強い回折ピークを示し,かつ11.8度,13.4度,15.2度,18.2度,18.7度に特徴的なピークを示すことを特徴とするフタロシアニン結晶。 【請求項5】導電層と感光層を備えた電子写真感光体において,該感光層中に電荷発生物質と電荷移動物質を有し,電荷発生物質として,請求項1または請求項2または請求項3または請求項4記載のチタニルフタロシアニン化合物を使用することを特徴とする電子写真感光体。 (以下,【請求項1】〜【請求項5】の発明を「本件発明1」〜「本件発明5」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1〜5を特定する事項である「赤外吸収スペクトル」については,原出願である特願平1-64801号の国内優先権主張の基礎とする特願昭63-93051号(以下「先の出願」という。)の願書に最初に添付した明細書に記載がなく,また,自明な事項でもないので,「赤外吸収スペクトル」を発明の特定事項とする発明には,先の出願に基づく優先権の主張の効果を認めることができず,先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明であるとはいえないから,その特許出願は,当該先の出願の時にされたものとはみなされず(平成5年法律第26号による改正前の特許法42条の2第2項参照),原出願の出願日である平成元年3月15日(以下「原出願日」という。)とみなされるとした上,本件発明1〜5は,特開昭64-17066号公報(甲3,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物発明1」という。)であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないから,その特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであって,特許法の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものであるとした。 4 本件訂正審決 本件訂正審決の確定により,本件明細書の特許請求の範囲は,【請求項1】に 「【化1】 」 とあるのが, 「【化1】 」 と訂正された。 上記訂正は,訂正前の化学構造式(1)の表記が,通常,窒素原子は3価(結合手が3本),炭素原子は4価(結合手が4本)であるところ,一部の原子については結合手を表す線が不足しているため明りょうでないものとなっていたのを,単にその化学結合の観点から明りょうにしたものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正であって,本件決定の判断に影響を及ぼすものではない。 |
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原告主張の本件決定取消事由
本件特許の出願日が,先の出願の出願日とはみなされず,原出願日である平成元年3月15日とみなされることは争わない。 本件決定は,本件発明4と刊行物発明1との同一性の認定判断を誤り(取消事由1),刊行物発明1が未完成であることを看過した(取消事由2)結果,刊行物発明1に基づく本件発明4についての新規性の判断を誤り,本件発明1〜3,5についての新規性の判断も誤った(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件発明4と刊行物発明1との同一性の認定判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明4と刊行物発明1との一応の相違点として認定した,「非結晶性チタニルフタロシアニン化合物をテトラヒドロフランにて処理することによって得られる点」(決定謄本7頁第2段落)について,「この発明(注,本件発明4)の非結晶性フタロシアニンのX線(回折)スペクトルは,段落番号【0054】の記載からみて,図8のものに相当するものと認められる。刊行物1(注,甲3)にはα型フタロシアニンの二例のX線回折図を第2図,第3図として掲げているが,第3図のものは,第2図と比較すると,X線強度が小さく,結晶が未発達(α型結晶が少なく非結晶を多く含むもの)なものと推認できる。そして,本件図8をみると,刊行物1の第3図と同じ位置に弱いピークが認められ,多少のα型結晶を含むものと推認される。また,刊行物1・・・には,電子供与性の溶媒として,テトラヒドロフラン中で処理することを示唆する記載があり,さらに本件発明4のフタロシアニン結晶は,本件明細書(注,甲18)の段落番号【0031】に記載されているように,『他の結晶形への転移がなく,きわめて安定した良好な結晶』であり,製造手段によらず当該結晶の同定ができるものであるから,この非結晶を出発原料とする製造手段を構成に採用することに格別の意義は認められない」(同頁第3段落〜第4段落)と認定,判断したが誤りである。 (2) 刊行物1(甲3)の第3図のα型結晶のX線スペクトルは,結晶が未発達であることを示す。しかし,刊行物1の合成例3の記載に「第3図のスペクトルのα型チタニルフタロシアニンを得た」(11頁右上欄)とあることから,この第3図のX線スペクトルは,あくまでもα型結晶の状態を示すものであり,この点は同図においてα型結晶に特徴的な7度付近の大きなピークの存在によって確認される。一方,本件発明4に係る本件明細書(甲1)の図8のX線回折図は,実施例1の製造方法より明らかなように,あくまでも非結晶性のチタニルフタロシアニンであり,このことは同X線回折図において,全体的にフラットなパターン形状を示していることからも明らかである。したがって,刊行物1の第3図と本件発明の図8が相違し,それぞれがα型結晶と非結晶の状態を示すことは明らかであり,原料化合物の結晶形に関する本件決定の上記認定は誤りである。 (3) 本件発明4においては,非結晶性のチタニルフタロシアニンを,分散溶媒として最適な溶媒,具体的にはテトラヒドロフランにより処理するものである(本件明細書〔甲18添付〕【請求項4】及び段落【0012】)。これに対して,刊行物1(甲3)には,「本発明によるチタニルフタロシアニンの製造方法を例示的に説明する。まず,例えば四塩化チタンとフタロジニトリルとをα-クロロナフタレン溶媒中で反応させ,これによって得られるジクロロチタニウムフタロシアニン(TiCl2Pc)をアンモニア水等で加水分解することにより,α型チタニルフタロシアニンを得る。これは,引き続いて,2-エトキシエタノール,ジグライム,ジオキサン,テトラヒドロフラン,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチルピロリドン,ピリジン,モルホリン等の電子供与性の溶媒で処理することが好ましい。次に,このα型チタニルフタロシアニンを50〜180℃,好ましくは60〜130℃の温度において結晶変換するのに十分な時間攪拌もしくは機械的歪力をもってミリングし,本発明のチタニルフタロシアニンが製造される」(3頁左下欄)と記載され,上記記載によれば,出発原料は「α型チタニルフタロシアニン」とされ,また,その第3図のX線回折図は,明白にα型に特徴的な結晶性ピークを示しているから,出発原料として「α型チタニルフタロシアニン」が必須であると解される。したがって,本件発明4と刊行物発明1とは,少なくとも出発原料として非結晶質のチタニルフタロシアニンを用いるか否か,その製造方法において基本的に異なるものである。基本的にα型の結晶構造を有するフタロシアニンを出発原料とした場合,本件発明4のフタロシアニン結晶を得ることは極めて困難である。 一方,本件発明4においては,本件明細書(甲1)の図8に示す非結晶を出発原料とすることによって,本件発明4のフタロシアニン結晶を成長させることができるのである。 (4) 刊行物1(甲3)におけるテトラヒドロフラン処理は,本件発明4におけるテトラヒドロフラン処理とは全く異なる。本件発明4のテトラヒドロフランは,非結晶のチタニルフタロシアニンを出発原料としてこれを処理して新規な結晶を製造するために用いる溶媒であるのに対し,刊行物1のテトラヒドロフラン処理は,出発原料のα型チタニルフタロシアニンの製造直後にこれを処理するものとして記載されているもので,α型チタニルフタロシアニンを結晶転移するために用いる溶媒であるとの記載はない。この結晶転移に用いる溶媒としては,刊行物1に「撹拌,混練,磨砕時に溶媒を必要とする場合には,撹拌混練時の温度において液状のものでよく,例えば,アルコール系溶媒,すなわちグリセリン,エチレングリコール、ジエチレングリコールもしくはポリエチレングリコール系溶剤,エチレングリコールモノメチルエーテル,エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ系溶剤,ケトン系溶剤,エステルケトン系溶剤等の群から1種類以上選択することが好ましい」(3頁右下欄〜4頁左上欄)と記載され,「結晶転移工程において使用される装置として・・・一般的な攪拌装置・・・結晶転移工程における温度範囲は」(4頁左上欄))との記載が続くことから,これが結晶転移における攪拌,磨砕時に関する記載であることが明らかである。すなわち,刊行物1においては,テトラヒドロフランは結晶転移工程に用いる溶媒としては記載されていない。このように,テトラヒドロフラン処理に関する記載が刊行物1に存在しても,処理の出発原料及び手順が本件発明4に係る製造方法とは異なるものであるから,刊行物1には,本件発明4に係るテトラヒドロフラン処理を示唆する記載はない。 2 取消事由2(刊行物発明1が未完成であることの看過) 刊行物1(甲3)記載のチタニルフタロシアニン結晶は,化学物質に係る発明として完成していない。刊行物1には,確かに,新規なX線回折スペクトルを有するチタニルフタロシアニン及びこれを含有する感光体の特性が記載されているが,株式会社ダイニチ従業員A作成の平成14年3月21日付け実験報告書(甲4-1,以下「甲4実験報告書」という。)に示すように,刊行物1に記載された製造方法によっては上記新規なX線回折スペクトルを有するチタニルフタロシアニン結晶は得られない。甲4実験報告書に記載された実験は,刊行物1の合成例1の方法に従って2種類の原料(α型結晶及びこれをアシッドペーストとしたもの)と2種類の分散溶媒(ポリエチレングリコール及びアセトフェノン)とを用いてサンドグラインダーにより磨砕し,得られた結晶についてX線回折スペクトルを測定したものである。その結果,いずれの実験条件においても,得られた結晶はα型又はβ型のチタニルフタロシアニン又はこれらの混合物のX線回折スペクトルを示し,刊行物1の第1図のX線回折スペクトルを示す新規な結晶を得ることはできなかった。しかも,実験3以外の条件では,撹拌開始後約30分以内に磨砕混合物が固化してしまい,撹拌を継続することができなかった。したがって,刊行物1の第1図に開示されたX線回折スペクトルを有する新規な結晶は,合成例1に開示された方法によって得ることができないことが分かった。さらに,甲4実験報告書に参考資料として添付した実験A〜Fは,分散媒であるアセトフェノン及びポリエチレングリコールの容量を10倍に増やして行った実験結果である。なお,これらの実験A〜Fは,刊行物1の記載が1桁誤っているとも考えられたので念のために行ったものである。この場合には,各実験条件において15時間まで撹拌を行うことができ,その途中のサンプルを採取して,X線回折スペクトルを測定した。しかしながら,得られた結晶はいずれもα型又はβ型のチタニルフタロシアニン結晶であり,この場合にも,刊行物1の第1図のX線回折スペクトルを示す新規な結晶を得ることはできなかった。以上より,刊行物1に記載された事項に基づいて,第1図に開示されたX線回折スペクトルを有する新規な結晶を得ることができないことは明らかである。化学物質の発明が完成しているといえるためには,化学物質そのものが明細書において確認できること,化学物質の製造方法が明細書において明らかになっていること及び化学物質の有用性が明細書に明らかになっていることの3要件が必要であり,そのいずれかを欠くものは,発明未完成とされる。そして,刊行物1に記載されたプリンタ,複写機等に使用される感光体に有用であるとして初めて得られたとされる新規な結晶に係る発明において,単にそのX線回折パターンが示されているだけでは,所定の発明が明らかに示されているとはいえず,また,出願時の技術常識に基づいて当業者がその製造方法を把握することもできないから,刊行物発明1は未完成であり,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができない。 3 取消事由3(本件発明1〜3,5についての新規性の判断の誤り) 上記のとおり,本件決定の本件発明4についての新規性の判断は誤りであるから,これを前提とする本件決定の本件発明1〜3,5についての新規性の判断も誤りである。 |
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被告及び被告補助参加人の反論
本件決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(本件発明4と刊行物発明1との同一性の認定判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲3)には,「本発明(注,刊行物発明1)の実施例を説明するが,まず本発明に係るチタニルフタロシアニンの合成例1,及び比較例のα型チタニルフタロシアニンの合成例2及び3を示す」(10頁右下欄),「(合成例2)・・・この生成物は第2図に示したα型チタニルフタロシアニンであった。 (合成例3)合成例2のチタニルフタロシアニンをアシッドペースト処理し,第3図のスペクトルのα型チタニルフタロシアニンを得た」(11頁左上欄〜右上欄)と記載されており,これらの記載によれば,第3図にはα型チタニルフタロシアニンをアシッドペースト処理(硫酸処理)したα型チタニルフタロシアニンが示され,第2図と第3図のX線回折スペクトルを比較すると,第2図ではα型チタニルフタロシアニンの特徴的なピークが見られるのに対し,第3図では全体的にX線強度が小さくなっているものの,α型チタニルフタロシアニンに特徴的なピークが見られることが認められ,第3図には,α型チタニルフタロシアニンをアシッドペースト処理(硫酸処理)することにより非結晶化された結果,α型結晶と非結晶が混在しているもののX線回折スペクトルが示されている。一方,本件明細書(甲18)によれば,本件発明4の非結晶性チタニルフタロシアニン化合物について,「本発明においては,かくして得られる粗チタニルフタロシアニン化合物を非結晶化処理の後,テトラヒドロフランにて処理する」(段落【0022】),「非結晶性チタニルフタロシアニン化合物は単一の化学的方法,機械的な方法でも得られるが,より好ましくは各種の方法の組合せによって得ることができる。たとえば,アシッドペースティング法,アシッドスラリー法,等の方法で粒子間の凝集を弱め,次いで機械的処理方法で摩砕することにより非結晶性粒子を得ることができる。・・・また,化学的処理方法として良く知られたアシッドペースティング法は,95%以上の硫酸に顔料を溶解もしくは硫酸塩にしたものを水または氷水中に注ぎ再析出させる方法であるが,・・・さらに条件良く非結晶性粒子を得ることが出来る。その他,結晶性粒子を直接機械的処理できわめて長時間摩砕する方法,アシッドペースティング法で得られた粒子を前記溶媒等で処理した後摩砕する方法等がある。・・・上記の様にして得られた非結晶性チタニルフタロシアニン化合物をテトラヒドロフラン中にて処理を行い,新たな安定した結晶を得る」(段落【0024】〜【0028】),「アシッドペースト法[モザー・アンド・トーマス著『フタロシアニン化合物』(1963年発行)に記載されているα形フタロシアニンを得るための処理方法]により処理したチタニルフタロシアニンのX線回折図(図8)赤外吸収スペクトル(図5)も合わせて示す」(段落【0029】),「硫酸処理直後に得られる非結晶性フタロシアニンの赤外吸収スペクトルは図5の様であった(比較例2)。この結晶のX線スペクトルを図8に示す」(段落【0054】),「【図8】比較例2により得られた公知のチタニルフタロシアニンのX線回折図」(【図面の簡単な説明】)と記載されている。以上の記載によれば,本件明細書(甲1)の図8には,非結晶性チタニルフタロシアニン化合物のX線回折スペクトルが示され,このものは粗チタニルフタロシアニン化合物にアシッドペースティング処理(硫酸処理)を行ったものであること,そして,同図8は,確かにフラットなパターンであるが,そのピークを刊行物1(甲3)の第3図と比較するとα型結晶の同じ位置にピークが認められる。そして,本件明細書を精査しても,本件発明4の非結晶性チタニルフタロシアニン化合物が,完全非結晶のもの(100%非結晶のもの)として定義されているわけではないから,非結晶と結晶が混在しているものを特に排除するものではないと理解すべきである。そうすると,刊行物1の第3図は,α型チタニルフタロシアニンを硫酸処理して得られたものであり,本件明細書の図8もチタニルフタロシアニンを硫酸処理している点で相違しておらず,また,刊行物1の第2図のα型チタニルフタロシアニンで特定する結晶は,そのピークがシャープであるのに対し,刊行物1の第3図は明らかにピークがブロードであり,その強度も小さくなっていることから,「第3図のものは,第2図(注,同第2図)と比較すると,X線強度が小さく,結晶が未発達(α型結晶が少なく非結晶を多く含むもの)なものと推認できる」(決定謄本7頁第3段落)とした本件決定の認定に誤りはない。また,本件明細書の図8は,上記したように,確かにフラットなパターンであるが,そのピークを刊行物1の第3図と比較すると,α型結晶の同じ位置にピークが認められることから,「本件(注,本件明細書)図8をみると,刊行物1の第3図と同じ位置に弱いピークが認められ,多少のα型結晶を含むものと推認される」(同)とした本件決定の認定に誤りはない。 (2) 刊行物1(甲3)には,「上記のα型チタニルフタロシアニンの別の作製方法としては,TiCl2Pcを望ましくは5℃以下で硫酸・・・水または氷水中に注ぎ,再析出もしくは加水分解し,α型チタニルフタロシアニンが得られる」(3頁右下欄)として,硫酸を用いること,すなわち,アシッドペースト処理(硫酸処理)を示唆する記載があることから,刊行物1においても,α型結晶と非結晶のものが混在したチタニルフタロシアニンを出発原料とすることが開示されている。 (3) 本件決定の「刊行物1・・・には,電子供与性の溶媒として,テトラヒドロフラン中で処理することを示唆する記載があり」(7頁下から第2段落)との記載は,本件発明4と刊行物発明1とを対比して,「非結晶性チタニルフタロシアニン化合物をテトラヒドロフランにて処理することによって得られる点」を一応の相違点として挙げていることからも明らかなように,刊行物1にはチタニルフタロシアニンをテトラヒドロフラン中で結晶転移することについて記載されているという趣旨ではなく,テトラヒドロフランはチタニルフタロシアニン結晶の合成用溶媒等として普通に使用されているものであるという趣旨で記載されたものである。本件発明4のフタロシアニン結晶は,他の結晶形への転移がなく,極めて安定した良好な結晶であって,製造手段によらず当該結晶の同定ができるのであり(段落【0031】),また,例えば,特開昭63-116158号公報(乙7)には「本発明のチタンフタロシアニン系化合物は,前記方法で粗合成し,各種溶剤で精製した後に以下の方法で処理する。すなわち,アシッドペースティング法・・・等の化学的処理により,粗合成粒子の凝集力を弱め,次いで,機械的処理方法で摩砕することによりきわめて微小な一次粒子を得ることができる。上記記載の方法で得られた一次粒子を,適切な溶剤を用いて,・・・いずれかの方法を行い,精製および結晶を整えることにより,・・・チタンフタロシアニン系化合物を得ることが出来る」(4頁左下欄),「粗合成されたチタンフタロシアニン系化合物を適切な溶剤,例えば,THF(注,テトラヒドロフランの略称)等で洗浄することにより,直接,本発明と同じ・・・チタンフタロシアニン系化合物を得ることも可能である」(5頁左上欄〜右上欄)と記載され,これらの記載により,原出願日当時,テトラヒドロフランをチタニルフタロシアニンの結晶転移に使用することをうかがわせる技術があることを考慮すれば,「この非結晶を出発原料とする製造手段を構成に採用することに格別の意義は認められない」とした本件決定の判断に誤りはない。 2 取消事由2(刊行物発明1が未完成であることの看過)について (1) 刊行物1(甲3)には,刊行物発明1は高感度を示す感光体に関するものであるという技術分野の記載に続いて,従来のチタニルフタロシアニンについての問題点及びその解決手段を記載し,刊行物発明1は従来にない独特のスペクトルを呈するものであるとした上,その基本構造及び製造方法が記載され,具体的な製造例として合成例1がX線回折図(第1図)と共に示され,さらに,実施例1においてこのチタニルフタロシアニンを用いた電子写真感光体が示されている。以上の記載によれば,刊行物1には,従来のチタニルフタロシアニンの技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段が明確に記載されており,具体的に,X線回折スペクトル(第1図)と共に製造例(合成例1)及び電子写真感光体(実施例1)が示されているから,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的に記載されている。そうすると,刊行物1には,これに接する当業者が刊行物発明1がそこに示されていることを理解し,それが実施可能であることを理解し得る程度に記載されているから,刊行物発明1が未完成ということはできない。 (2) 被告補助参加人従業員B作成の平成14年8月21日付け実験報告書(丙1,以下「丙1実験報告書」という。)に示すように,被告補助参加人が実施した実験では,原料であるα型チタニルフタロシアニン結晶が若干残存したものの,その大半は刊行物1記載のチタニルフタロシアニン結晶であるという結果が得られた。このチタニルフタロシアニン結晶は,X線回折スペクトルのデータから明らかなように,刊行物1記載のチタニルフタロシアニン結晶と同一である。また,その赤外吸収スペクトルのデータから明らかなように,本件発明4で規定する赤外吸収ピークのすべてが観測された。丙1実験報告書では,原料であるα型チタニルフタロシアニン結晶が完全には転換されていないが,刊行物1記載のチタニルフタロシアニン結晶が約70%の割合で得られていることを考慮すると,刊行物発明1は十分に反復実施できるものである。なお,丙1実験報告書の実験1と実験2との結果を比較すると明らかなように,磨砕助剤である食塩の粒径が磨砕処理を行うことができるか否かの一つの要因と考えられ,磨砕処理において粒径範囲を適宜選択し実施する程度のことは,技術常識の範囲であり,通常の作業にすぎない。 以上のように,丙1実験報告書記載の実験の結果から,刊行物1には,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げる程度に具体的,客観的に発明が記載されていることは明らかであり,また,得られたチタニルフタロシアニンはその赤外吸収スペクトルから本件発明のフタロシアニン結晶と同一化合物である。 3 取消事由3(本件発明1〜3,5についての新規性の判断の誤り)について 上記のとおり,本件発明4についての原告の取消事由1,2の主張は理由がないから,これを前提とする原告の取消事由3の主張も理由がない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明4と刊行物発明1との同一性の認定判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明4と刊行物発明1との一応の相違点について,「この発明(注,本件発明4)の非結晶性フタロシアニンのX線(回折)スペクトルは,段落番号【0054】の記載からみて,図8のものに相当するものと認められる。刊行物1(注,甲3)にはα型フタロシアニンの二例のX線回折図を第2図,第3図として掲げているが,第3図のものは,第2図と比較すると,X線強度が小さく,結晶が未発達(α型結晶が少なく非結晶を多く含むもの)なものと推認できる。そして,本件図8をみると,刊行物1の第3図と同じ位置に弱いピークが認められ,多少のα型結晶を含むものと推認される。また,刊行物1・・・には,電子供与性の溶媒として,テトラヒドロフラン中で処理することを示唆する記載があり,さらに本件発明4のフタロシアニン結晶は,本件明細書(注,甲18)の段落番号【0031】に記載されているように,『他の結晶形への転移がなく,きわめて安定した良好な結晶』であり,製造手段によらず当該結晶の同定ができるものであるから,この非結晶を出発原料とする製造手段を構成に採用することに格別の意義は認められない」とした本件決定の認定,判断が誤りであると主張し,その理由として,刊行物1(甲3)の第3図のX線スペクトルは,α型結晶の状態を示すものであり,一方,本件発明4に係る本件明細書(甲1)の図8のX線回折図は,非結晶性のチタニルフタロシアニンであり,両者のX線回折図は,それぞれα型結晶と非結晶の状態を示し,相違すること,本件発明4と刊行物発明1とは,少なくとも出発原料として非結晶質のチタニルフタロシアニンを用いるか否か,その製造方法において基本的に異なるものであること,及び刊行物1におけるテトラヒドロフラン処理は,本件発明4におけるテトラヒドロフラン処理とは全く異なることを挙げる。 (2) 本件発明4は,本件決定(決定謄本6頁3.6[本件発明4について]の項)が,相違点(1)に挙げる原料及び処理手段(非結晶性チタニルフタロシアニン化合物をテトラヒドロフランにて処理することによって得られる)、相違点(2)に挙げる赤外吸収スペクトル(赤外吸収スペクトルにおいて1332±2cm-1,1074±2cm-1,962±2cm-1,783±2cm-1に特徴的な強い吸収ピークを示す)及び一致点に挙げるX線回折スペクトル(CuKαを線源とするX線回析スペクトルにおいて、ブラッグ角(2θ±0.2度)が27.2度に最大の回析ピークを示し9.7度、24.1度に強い回析ピークを示し、かつ11.8度、13.4度、15.2度、18.2度、18.7度に特徴的なピークを示す)により特定されるフタロシアニン結晶に係る特定の結晶形を有する化学物質に関する発明である。このように、本件発明4は,@原料及び処理手段、A赤外吸収スペクトル、BX線回折スペクトルで特定される特定の結晶形を有する化学物質に関する発明であり、その化学物質の化学構造について本件明細書の特許請求の範囲【請求項4】においては明示されていないが、それが本件発明1に係る【請求項1】で示されている化学構造式を持つものであり、それと刊行物1(甲3)の3頁に記載された化学構造式のものがいずれもチタニルフタロシアニンとして公知の化学物質であって、 両者の化学構造式に相違がないことについては,原告も争ってはいない。 しかしながら,原告は,本件決定のした本件発明4と刊行物発明1との相違点に係る上記@,Aの認定判断のほか,一致点に係る上記Bの認定判断も争うので,まず,本件発明4のフタロシアニン結晶のX線回折スペクトル(甲1の図2)と刊行物1(甲3)のフタロシアニン結晶のX線回折スペクトル(甲3の第1図)を,その特徴となるピークに関して比較検討すると,本件発明4に係る【請求項4】では,回折ピークとして,@9.7±0.2度(強い),A11.8±0.2度,B13.4±0.2度,C15.2±0.2度,D18.2±0.2度,E18.7±0.2度,F24.1±0.2度(強い),G27.2±0.2度(最大)の8個のピークを挙げ,一方,刊行物発明1に係る特許請求の範囲では,主要ピークとして,少なくとも,@9.5±0.2度,A9.7±0.2度,B11.7±0.2度,C15.0±0.2度,D23.5±0.2度,E24.1±0.2度,F27.3±0.2度の7個のピークを挙げているところ,上記各ピークのうち,本件発明4の@,A,C,F,Gの5個のピークは,それぞれ刊行物発明1のA,B,C,E,Fに対応するものと認められ,本件発明4のB,D,Eのピークは,刊行物1の第1図にも,それぞれ存在することが確認できる。また,刊行物発明1の@のピークは同Aのピークに極めて近接するピークであり,本件発明4の図2ではピーク@と重なっているものと考えられ,刊行物1記載発明のDのピークは,本件明細書(甲1)の図2にも,ピークFの左肩部分に存在することが確認できるから,両X線回折スペクトルは,主要なピークが一致し,また,全体として観察しても極めて類似していることが認められ,この点に関する本件決定の認定判断に誤りがあるとはいえない。 (3) ところで,X線回折スペクトルが一致した場合,その結晶構造が同一のものであることは化学常識であり,化学構造及び結晶構造が同一であれば両者の赤外吸収スペクトルが同一のものであることも,当業者が容易に理解する化学常識であるから,化学構造及び結晶構造が特定されていれば,化学物質発明は過不足なく特定されているものということができ,その製造手段の差異は,原料化合物の結晶形及び処理手段を含めて,化学物質の異同には関係しない事項である。そして,本件発明4に係る【請求項4】の「フタロシアニン結晶」と刊行物発明1に係る特許請求の範囲の「チタニルフタロシアニン」のX線回折スペクトルは,上記のとおり,主要なピークが一致し,また,全体として観察しても極めて類似しているのであるから,両者のX線回折スペクトルは,同一の化学物質(チタニルフタロシアニン)の同一の結晶に基づくものであると解することができ,したがって,本件発明4に係る【請求項4】の「フタロシアニン結晶」と刊行物発明1に係る特許請求の範囲の「チタニルフタロシアニン」は,同一の化学物質(チタニルフタロシアニン)の同一の結晶であると認めることができる。 (4) そして,本件発明4に係る【請求項4】の「フタロシアニン結晶」と刊行物発明1に係る特許請求の範囲の「チタニルフタロシアニン」は,同一の化学物質(チタニルフタロシアニン)の同一の結晶であると認めることができる以上,仮に,原料化合物の結晶形の差異や処理手段についての本件決定の認定,判断に原告主張の誤りがあるとしても,それが特定の結晶形を持つ化学物質に係る本件発明4と刊行物発明1の対比に影響を及ぼすものではないから,両者の原料化合物の結晶形に関する認定,判断及び刊行物発明1の処理手段に関する認定の誤りをいう原告の主張は,それ自体失当というほかない。 (5) したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(刊行物発明1が未完成であることの看過)について (1) 原告は,甲4実験報告書に記載された実験の結果,いずれの実験条件においても,得られた結晶はα型又はβ型のチタニルフタロシアニン又はこれらの混合物のX線回折スペクトルを示し,刊行物1の第1図のX線回折スペクトルを示す新規な結晶を得ることはできなかったことを理由に,刊行物1に記載された事項に基づいて,第1図に開示されたX線回折スペクトルを有する新規な結晶を得ることができず,刊行物発明1は未完成であり,引用発明とすることができないと主張する。 (2) 本件発明4が刊行物発明1と同一であるとして特許法29条1項3号により特許を受けることができないとされるためには,刊行物発明1が発明として完成していること,すなわち,刊行物1(甲3)の明細書に,その技術内容が,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的に記載されていることを要し,上記刊行物の頒布時(公開特許公報の公開日である平成元年1月20日)における技術常識を参酌し,明細書の記載によって判断されるべきものである。 そこで,まず,刊行物1の明細書の記載内容について見ると,フタロシアニン結晶の製造について,「本発明によるチタニルフタロシアニンの製造方法を例示的に説明する。まず,例えば四塩化チタンとフタロジニトリルとをα-クロロナフタレン溶媒中で反応させ,これによって得られるジクロロチタニウムフタロシアニン(TiCl2Pc)をアンモニア水等で加水分解することにより,α型チタニルフタロシアニンを得る。これは,引き続いて,2-エトキシエタノール,ジグライム,ジオキサン,テトラヒドロフラン,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチルピロリドン,ピリジン,モルホリン等の電子供与性の溶媒で処理することが好ましい。次に,このα型チタニルフタロシアニンを50〜180℃,好ましくは60〜130℃の温度において結晶変換するのに十分な時間攪拌もしくは機械的歪力をもってミリングし,本発明のチタニルフタロシアニンが製造される。なお,上記のα型チタニルフタロシアニンの別の作製方法としては,TiCl2Pcを望ましくは5℃以下で硫酸に一度溶解もしくは硫酸塩にしたものを水または氷水中に注ぎ,再析出もしくは加水分解し,α型チタニルフタロシアニンが得られる。上記のようにして得られたチタニルフタロシアニンは,乾燥状態で用いることが好ましいが,水ペースト状のものを用いることもできる。攪拌,混練の分散媒としては通常顔料の分散や乳化混合等に用いられるものでよく,例えばガラスビーズ,スチールビーズ,アルミナビーズ,フリント石が挙げられる。しかし,分散媒は必ずしも必要としない。磨砕助剤としては通常顔料の磨砕助剤として用いられているものでよく,例えば,食塩,重炭酸ソーダ,ほう硝等が挙げられる。しかし,この磨砕助剤も必ずしも必要としない。攪拌,混練,磨砕時に溶媒を必要とする場合には,攪拌混練時の温度において液状のものでよく,例えば,アルコール系溶媒,すなわちグリセリン,エチレングリコール,ジエチレングリコールもしくはポリエチレングリコール系溶剤,エチレングリコールモノメチルエーテル,エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ系溶剤,ケトン系溶剤,エステルケトン系溶剤等の群から1種類以上選択することが好ましい。結晶転移工程において使用される装置として代表的なものを挙げると,一般的な攪拌装置,例えば,ホモミキサー,ディスパーザー,アジター,スターラーあるいはニーダー,バンバリーミキサー,ボールミル,サンドミル,アトライター等がある。結晶転移工程における温度範囲は50〜180℃,好ましくは60〜130℃の温度範囲内に行なう。また,通常の結晶転移工程におけると同様に,結晶核を用いることも有効である」(3頁左下欄〜4頁左上欄)との記載,及び「ホ.実施例 以下,本発明の実施例を説明するが,まず本発明に係るチタニルフタロシアニンの合成例1,及び比較例のα型チタニルフタロシアニンの合成例2及び3を示す。(合成例1)α型チタニルフタロシアニン10部と,磨砕助剤として食塩5乃至20部,分散媒として(ポリエチレングリコール)(注,昭和63年10月7日付け手続補正書による補正で,「アセトフェノン」と訂正された。)10部をサンドグラインダーに入れ,60℃乃至120℃で7乃至15時間摩砕した。この場合,高温でグライングすると,β型結晶形を示し易くなり,また,分解し易くなる。容器より取り出し,水及びメタノールで磨砕助剤,分散媒を取り除いた後,2%の希硫酸溶液で精製し,ろ過,水洗,乾燥して鮮明な緑味の青色結晶を得た。この結晶はX線回折,赤外線分光により,第1図の本発明のチタニルフタロシアニンであることが分った。また,その赤外線吸収スペクトルは第4図の通りであった。なお,吸収スペクトルの極大波長(λmax)は817nm±5nmにあるが,これはα型チタニルフタロシアニンのλmax=830nmとは異なっている。(合成例2)フタロジニトリル40gと4塩化チタン18g及びα-クロロナフタレン500mlの混合物を窒素気流下240〜250℃で3時間加熱攪拌して反応を完結させた。その後,漏過(注,「濾過」の誤記と認める。)し,生成物であるジクロロチタニウムフタロシアニンを収得した。得られたジクロロチタニウムフタロシアニンと濃アンモニア水300mlの混合物を1時間加熱還流し,目的物であるチタニルフタロシアニン18gを得た。生成物はアセトンにより,ソックスレー抽出器で充分洗浄を行った。この生成物は第2図に示したα型チタニルフタロシアニンであった。(合成例3)合成例2のチタニルフタロシアニンをアシッドペースト処理し,第3図のスペクトルのα型チタニルフタロシアニンを得た」(10頁右下欄〜11頁右上欄)との記載があり,合成例1において,その製造工程が詳細に記載されている。そして,刊行物1には,合成例1で原料とした「α型チタニルフタロシアニン」が,合成例2で得られたものか,又は合成例3で得られたものかについての明示はないが,合成例1で使用しない「α型チタニルフタロシアニン」の製造法を記載したものとは解し難いから,当業者は,合成例2で化学合成されたα型チタニルフタロシアニンを,更にアシッドペースト処理して得られた「α型チタニルフタロシアニン」が合成例1の原料であると理解するものというべきである。 そして,丙1には,被告補助参加人が実施した刊行物1の合成例1の追試実験では,原料であるα型チタニルフタロシアニン結晶が一部残存したものの,残りの大部分は,X線回折スペクトルのデータから,刊行物1記載のチタニルフタロシアニン結晶と同一であるという結果が得られたこと,及びその赤外吸収スペクトルのデータから,本件発明4で規定する赤外吸収ピークのすべてが観測されたことが記載されており,これらを参酌すると,他に反証のない限り,刊行物1には,その技術内容が,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的に記載されているというべきである。 (3) ところで,原告の提出する甲4実験報告書に記載された実験では,原料1(α型チタニルフタロシアニン)を硫酸処理して得られた原料2を使用した結晶転移実験が実験(4)〜(6)で行われており,この硫酸処理は,刊行物1(甲3)におけるアシッドペースト処理(合成例3の工程)に相当するものと認められるから,この実験(4)〜(6)は,刊行物1の合成例1の追試実験として行われたものと認められるが,実験(1)〜(3)は,刊行物1の発明の詳細な説明の記載に基づくアシッドペースト処理を経ない原料(α型チタニルフタロシアニン)を使用したものであり,また,A作成の平成14年11月1日付け実験報告書(甲9)及び同平成15年2月18日付け実験報告書(甲13)に記載された各実験は,いずれもα型チタニルフタロシアニンについてアシッドペースト処理をしたものを原料とはしていないので,いずれも刊行物1の合成例1の追試実験であるとは認められない。そして,上記実験(4)〜(6)の3通りの追試実験のうち,合成例1に記載された溶媒(アセトフェノン)で行われているのは,実験(4)のみである。一般に,発明の完成に要求される上記反復実施の可能性は,科学的に再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いものであることを要しないと解すべきであって(最高裁平成12年2月29日第三小法廷判決・民集54巻2号709頁参照),化学物質発明の最適な実施の態様として明細書に記載されている具体例(実施例等)について,それを追試する場合には,明細書中で与えられている実験条件と,そこに記載されていないが当業者が技術常識に照らし通常考え得る範囲の実験条件を適宜組み合わせて,十分な試行錯誤を行い,いずれの場合にも所期の結果が得られないときには,明細書に,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的,客観的に記載されていないということができるが,甲4実験報告書によれば,温度条件,サンドグラインダーの回転数,摩砕助剤の使用量等の実験条件について,実験(4)においては,ただ1通りの組合せについて行われているにとどまり,その1通りの組合せが最適の実験条件を選択したものであるとの立証もないのであるから,結局,十分な試行錯誤を行ったということはできず,その実験結果のみによっては,上記(2)の認定判断を左右するに足りないというべきであり,他に,この認定判断を覆すに足りる的確な反証はない。 (4) したがって,刊行物発明1の未完成をいう原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 取消事由3(本件発明1〜3,5についての新規性の判断の誤り)について 上記のとおり,本件発明4についての原告の取消事由1,2の主張は理由がないから,これを前提とする原告の取消事由3の主張も理由がない。 4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 早田尚貴 |