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関連審決 異議2002-72663
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10490審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ12207特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14行ケ426特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成19ワ8064特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成19ネ10005損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的手段 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 197号 特許取消決定取消請求事件
原告 不二越機械工業株式会社
同訴訟代理人弁理士 綿貫隆夫
同 堀米和春
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 林茂樹
同 西川惠雄
同 高木進
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-72663号事件について平成15年3月31日にした決定のうち,特許第3279875号の請求項1及び2に係る部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,5,6,8,弁論の全趣旨) (1) 原告は,平成7年7月11日,名称を「研磨装置」とする発明について特許出願(特願平7-174602号)をした。特許庁は,同出願につき,特許すべき旨の査定をし,平成14年2月22日,特許第3279875号として設定登録をした(以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 本件特許については,平成14年10月30日付けで,Aから特許異議の申立てがされ,同申立ては異議2002-72663号として特許庁に係属した。
原告は,平成15年3月18日,本件特許に係る明細書の「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」について訂正の請求をした。特許庁は,上記事件について審理を遂げ,同年3月31日,上記訂正を認めるとした上,「特許第3279875号の請求項1及び2に係る特許を取り消す。同請求項3ないし5に係る特許を維持する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年4月16日,その謄本は原告に送達された。
2 前記訂正後の本件特許の請求項1及び2に係る発明の要旨は,前記訂正後の明細書(以下「本件訂正明細書」という。)及び登録時の図面からみて,次のとおりのものであると認められる(甲1,5,8。以下,請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発明2」という。)。
【請求項1】 表面にワークを研磨する研磨面が形成された定盤と,ワークを前記研磨面に押圧する押圧部と,該押圧部によって前記研磨面に押圧されたワークと前記定盤とを相対的に運動させる運動機構とを備え,ワークの表面を研磨する研磨装置において,前記押圧部には,該押圧部のワークの押圧面に設けられ,水の表面張力でワークを吸着して押圧部に保持するバッキング材と,前記バッキング材を貫通して設けられ,研磨の際には,ワークを前記研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備し,前記複数の噴出口が,前記ワークの全面に対応して均一に位置するように設けられていることを特徴とする研磨装置。 【請求項2】 表面にワークを研磨する研磨面が形成された定盤と,ワークを前記研磨面に押圧する押圧部と,該押圧部によって前記研磨面に押圧されたワークと前記定盤とを相対的に運動させる運動機構とを備え,ワークの表面を研磨する研磨装置において,前記押圧部の押圧面に吸引されたワークの保護層として,該押圧部の押圧面に形成されたフィルム材層又はコーティング層と,前記押圧部に,前記ワークの保護層としてのフィルム材層又はコーティング層を貫通して設けられ,研磨の際には,ワークを前記研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出し,ワークを前記押圧部に吸引する際には,前記ワークを吸引する複数の噴出口と,前記噴出口に接続されて設けられており,前記噴出口から所定圧力の空気を噴出する際には,前記所定圧力の空気が噴出流体供給手段から供給され,前記押圧部の押圧面にワークを吸引する際には,減圧状態とされる流体室とを具備し,前記複数の噴出口が,前記ワークの全面に対応して均一に位置するように設けられていることを特徴とする研磨装置。
3 本件決定の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明1について ア 本件発明1と特開平6-99348号公報(甲2。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)とを対比すると,両者は,「表面にワークを研磨する研磨面が形成された定盤と,ワークを前記研磨面に押圧する押圧部と,該押圧部によって前記研磨面に押圧されたワークと前記定盤とを相対的に運動させる運動機構とを備え,ワークの表面を研磨する研磨装置において,前記押圧部には,該押圧部のワークの押圧面に設けられ,水の表面張力でワークを吸着して押圧部に保持するバッキング材を具備している研磨装置である点」で一致し,「本件発明1では,押圧部には,バッキング材を貫通して設けられ,研磨の際には,ワークを研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備し,前記複数の噴出口が,前記ワークの全面に対応して均一に位置するように設けられているのに対して,刊行物1発明では,そのようになっていない点」(以下「相違点(1)」という。)で相違する。 イ 相違点(1)についての検討 (ア) 特開平1-188265号公報(甲4。以下「刊行物3」という。) には,「ラップ加工装置」に関連して,次の事項(以下「刊行物3の記載事項」という。)が記載されている。 a 「本発明は,従来の加工技術では得られなかった高精度なラップ加工面を,薄い部材であっても容易に得られるような,量産加工に適したラップ加工装置を提供することを目的とする。」(2頁左上欄16〜19行) b 「上記の目的を達成するために,本発明では被加工材をワークプレートに貼り付けることなく,空気圧で面板に軽く押し付けながらラップ加工するように構成したものである。」(2頁右上欄1〜4行) c 「第1図の原理図に示すように,ワーク(被加工材)1をワークホルダ4に嵌合した状態で面板3の上に載せてラップ加工する。この場合,部材がシリコンウエハのような中実円板状の場合には,(a)のように,ワークホルダ4の下面の外周に設けた突起41の内側に・・・部材を嵌合する。・・・このような状態で,ワーク1に背面から空気を負荷すれば,ワークとワークホルダとの間には間隙が生ずる。このような状態でラップ加工することにより,当初歪んでいた部材でも,ラップ加工が進展するに従って次第に平坦に加工される。この場合,ワークホルダには接着していないため,ラップ加工中にストレスを受けたとしても,空気圧を適当な値に調整すれば部材は自由に変形でき,平坦性を十分に向上できるものである。」(2頁右上欄6行〜同頁左下欄5行) d 第1図 ワーク1を面板3の研磨面へ押圧するようにワークホルダ4から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備していること。 (イ)a 刊行物3の記載事項における「面板3」,「ワークホルダ4」及び「ラップ加工装置」は,それぞれ本件発明1の「研磨面が形成された定盤」,「押圧部」及び「研磨装置」に相当することが明らかであることから,結局,刊行物3には,研磨装置において,研磨の際には,ワークを研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備することが記載されていることになる。
そして,刊行物1発明及び刊行物3の記載事項は,いずれも研磨装置に関するものであることから,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用することにより,研磨の際に,所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段から真空路78を介して所定圧力の空気を導入し,この空気をバッキング材である多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bから噴出させてワークを研磨面へ押圧するように構成することに格別の困難性は見当たらない。
b 本件発明1では,複数の噴出口が,バッキング材を貫通し,かつ,ワークの全面に対応して均一に位置するように設けられているのに対して,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用したものでは,そのような噴出口は,特に設けられていない。
しかしながら,刊行物1発明のバッキング材は,多孔質ポリウレタン製であることから,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用したものは,実質上,バッキング材全体にわたって複数の噴出口が設けられていることになり,作用効果において本件発明1と格別異なるところがない。また,実願昭58-148136号(実開昭60-56461号)のマイクロフィルム(甲3。以下「刊行物2」という。)には,「ウエーハを吸着する発泡ウレタンなどの合成樹脂製のシート(2)に,このシート(2)を貫通する小孔(5)・・・を均一に分散して穿設すること」(以下「刊行物2の記載事項」という。)が記載されており,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用するに当たって,そのバッキング材に,バッキング材を貫通し,かつ,ワークの全面に対応して均一に位置するように複数の噴出口を設けることは,必要に応じ適宜なし得る設計的事項にすぎない。
(ウ) そして,本件発明1を特定する事項によってもたらされる効果も,刊行物1発明並びに刊行物3及び刊行物2の各記載事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではない。
(エ) したがって,本件発明1は,刊行物1発明並びに刊行物3及び刊行物2の各記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (2) 本件発明2について ア 本件発明2と刊行物1発明とを対比すると,両者は,「表面にワークを研磨する研磨面が形成された定盤と,ワークを前記研磨面に押圧する押圧部と,該押圧部によって前記研磨面に押圧されたワークと前記定盤とを相対的に運動させる運動機構とを備え,ワークの表面を研磨する研磨装置において,前記押圧部の押圧面に吸引されたワークの保護層として,該押圧部の押圧面に形成されたフィルム材層又はコーティング層と,前記押圧部に,ワークを前記押圧部に吸引する際には,前記ワークを吸引する複数の通孔と,前記通孔に接続されて設けられており,前記押圧部の押圧面にワークを吸引する際には,減圧状態とされる流体室とを具備している研磨装置である点」で一致し,「本件発明2では,押圧部に,ワークの保護層としてのフィルム材層又はコーティング層を貫通して設けられ,研磨の際には,ワークを前記研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出し,ワークを前記押圧部に吸引する際には,前記ワークを吸引する複数の噴出口と,前記噴出口に接続されて設けられており,前記噴出口から所定圧力の空気を噴出する際には,前記所定圧力の空気が噴出流体供給手段から供給され,前記押圧部の押圧面にワークを吸引する際には,減圧状態とされる流体室とを具備し,前記複数の噴出口が,前記ワークの全面に対応して均一に位置するように設けられているのに対して,刊行物1発明では,そのようになっていない点」(以下「相違点(2)」という。)で相違する。
イ 相違点(2)についての検討 (ア) 前記(1)のイで検討したように,刊行物3には,研磨装置において,研 磨の際には,ワークを研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備することが記載されている。
そして,刊行物1発明及び刊行物3の記載事項は,いずれも研磨装置に関するものであることから,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用することにより,押圧部に,ワークの保護層としてのフィルム材層又はコーティング層を貫通して設けられ,研磨の際には,ワークを前記研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出し,ワークを前記押圧部に吸引する際には,前記ワークを吸引する複数の通孔と,前記通孔に接続されて設けられており,前記通孔から所定圧力の空気を噴出する際には,前記所定圧力の空気が噴出流体供給手段から供給され,前記押圧部の押圧面にワークを吸引する際には,減圧状態とされる流体室とを具備するように構成することに格別の困難性は見当たらない。
本件発明2では,複数の噴出口が,ワークの保護層としてのフィルム材層又はコーティング層を貫通し,かつ,ワークの全面に対応して均一に位置するように設けられているのに対して,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用したものでは,そのような噴出口は,特に設けられていないが,この点は,前記(1)のイでその旨検討したように,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用したものと実質上異なるところがないか,あるいは,必要に応じ適宜なし得る設計的事項にすぎない。
(イ) そして,本件発明2を特定する事項によってもたらされる効果も,刊行物1発明並びに刊行物3及び刊行物2の各記載事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではない。
(ウ) したがって,本件発明2は,刊行物1発明並びに刊行物3及び刊行物2の各記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
当事者の主張
(原告主張の取消事由) 本件決定は,相違点(1)に関する判断等を誤るとともに(取消事由1),相違点(2)に関する判断等を誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(1)に関する判断等の誤り) (1) 相違点(1)に関する判断の誤り ア 本件決定は,刊行物3には,刊行物3の記載事項が記載されていると認定した上で,相違点(1)に関して,「刊行物1発明及び刊行物3の記載事項は,いずれも研磨装置に関するものであることから,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用することにより,研磨の際に,所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段から真空路78を介して所定圧力の空気を導入し,この空気をバッキング材である多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bから噴出させてワークを研磨面へ押圧するように構成することに格別の困難性は見当たらない。」(前記第2の3(1)イ(イ)a)と判断したが,以下に述べるとおり,この認定判断は誤りである。
(ア) 刊行物1発明は,研磨時には,ウェーハを水張り状態で,かつ,チャックによりウェーハを加圧しながら研磨するものであり,研磨時,水張りでウェーハが空回りしないために,バックパッド84Bには高摩擦係数をもつものが使用される。刊行物1では,真空路78を通って,エアと純水がバックパッド84Bに噴出されることがあるが,これはバックパッド84B洗浄のためであって,研磨終了後,しかも研磨場所とは相違する場所で行われるにすぎない。
これに対して,刊行物3記載の技術は,研磨時には,被加工材をワークプレートに貼り付けることなく,空気圧で面板に軽く押しつけながら(この点に関し,本件決定は,刊行物3には,複数の噴出口が設けられているとしているが,ワーク1に向けて幅広のリング状に空気を噴出する,言わば1つの噴出口が設けられているにすぎず,本件決定は,刊行物3についての認定を誤っている。),ラップ加工するように構成されている(甲4の2頁右上欄1〜4行)。
このように,刊行物1発明と刊行物3記載の技術は,研磨時,前者はチャックによってバックパッドを介してワークを押圧する接触式のもの(以下,この方式を単に「接触式」という。)であり,後者はチャック(ワークプレート)とワーク(被加工材)とは非接触で,空気圧でワークを面板に押しつけるもの(以下,この方式を単に「非接触式」という。)であって,両者は技術的手段を全く異にするものである。
被告は,刊行物1発明と刊行物3の技術とが接触式と非接触式という点で異なっているとはいえ,これは単にワーク(ウェーハ)を研磨するための手段が相違するにすぎず,両者はワーク(ウェーハ)を研磨するという基本的な構成において相違するものではない旨主張するが,接触式の場合には,ワーク(ウェーハ)の裏面側を基準とする研磨となるため,これに接触するバックパッド(バッキング材)の表面の平坦度や材質に大きく影響される一方,非接触式の場合には,下定盤の研磨布に当接するワーク(ウェーハ)の表面側を基準とする研磨となり,裏面側の状態には一切影響を受けないのであるから,接触式の場合と非接触式の場合とでは,研磨の基準を正反対のものとし,研磨の基本的構成は全く相違するというほかない。
したがって,接触式をその内容とする刊行物1発明において,非接触という全く逆の構成を採用することは,容易に想到し得るものではない。すなわち,そもそも,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用するという前提を想到すること自体に困難性があるというべきである。しかも,刊行物3記載の研磨装置(ラップ加工装置)では,幅広のリング状をなす噴出口から,直接に空気を被加工材に向けて噴出させており,被加工材とワークプレートとは非接触なのであるから,バッキング材は必要でなく,バッキング材の必要がない技術を,バッキング材(バックパッド)を有する刊行物1発明に,直ちに適用し得るものではない。
(イ) 被告は,刊行物1発明と刊行物3記載の研磨装置とについて,「両者は,上定盤(ワークプレート)を介してワーク(ウェーハ)を押圧しながら研磨する研磨装置である点で技術分野が共通しており,さらに,高精度の研磨を行う点で技術課題が共通するものである。」と主張するが,刊行物1発明と刊行物3記載の研磨装置が技術分野を共通にするものであることは認めるにしても,「高精度の研磨を行う点」だけでもって,両者の「技術課題が共通する」とは到底いえない。
刊行物1には,「本発明は上記事情に鑑みてなされたもので,ウェーハの研磨面を全面に亙ってきわめて高精度かつ均一にカセットツウカセットで全自動仕上研磨することを課題としている。」(甲2の段落【0012】)との記載はあるが,刊行物1発明は,「上記事情」すなわち「本発明者らは,剛性体研磨で突起のように部分的に突き出している膜面を研磨除去しようとすると突起が破損してパーティクルとなり,これにより研磨傷がつき製品とならなかった。また,前記突起除去研磨では従来の仕上げ研磨より軟質で沈み込みの大きい研磨条件で突起を優先研磨し高平坦化することを試みた。これによりウェーハの凸部分は強く加圧されメカノケミカル反応が促進して平坦化が進行する。しかしながら,その結果,ウェーハを吸着した上定盤が研磨布に沈み込むことによりウェーハの周縁部が強く研磨されてしまい,周縁部が数mm幅に亙って光沢が生じ,1000オングスト(ロ)ーム以下の均一研磨が行われないという問題があった。また真空吸着孔が研磨面に転写されるという問題もあった。」(同段落【0011】)という事情に鑑みてなされたものであって,刊行物1発明の技術課題は,上定盤でウェーハを加圧する接触式の研磨装置における課題,すなわち,ウェーハを吸着した上定盤が研磨布に沈み込むことによるウェーハの周縁部の過研磨,及び真空吸着孔の研磨面への転写防止にある。
そして,刊行物1発明は,上記技術課題を解決するためになされたものであって,「多数の連通気孔を有する厚さ0.5〜3mmの発泡樹脂製のシートを介して下定盤の上面に研磨布が固定されている」(甲2の段落【0013】)という構成により,「このシートがウェーハに圧迫されて弾性変形する。発泡樹脂製のシートは,ウェーハとの対向部が凹むとともに,ウェーハとの対向部の外周縁から外方へ一定幅の部分がなだらかに凹むから,研磨布を下定盤の上面に直接貼付した場合より沈み込みを大きく出来,なだらかなうねりのようなウェーハの凸部分でも強く加圧されメカノケミカル反応が促進して平坦度が向上する。」(同段落【0073】)という作用効果を奏し,「チャック84の下には,通常ワックスレス研磨に用いられる厚さ1mmの高摩擦係数をもつ多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bが取り付けられ,この下面にウェーハが真空吸着され,また研磨時には真空を解放し水張り状態で研磨され,研磨終了後には再び真空吸着される。この研磨は仕上研磨のため荷重が小さく水張りでウェーハが回転することはない。」(同段落【0032】)という構成により,「真空吸着口によるディンプル不良の発生を防止する。」(同段落【0058】)という作用効果を奏する。
他方,刊行物3記載の研磨装置は,「現状では加工後の形状が傘状,又はポテトチップ状などに変形しており,その度合いも例えば通常の干渉計で測定できないようなオーダー(10〜20μm)になっていることが多い。しかも,これらの部品では量産加工性も強く要求されることから,高精度にラップ加工ができ,しかも量産にも適用できる加工治具の開発が極めて強く要求されていた。本発明は,従来の加工技術では得られなかった高精度なラップ加工面を,薄い部材であっても容易に得られるような,量産加工に適したラップ加工装置を提供することを目的とする。」(甲4の2頁左上欄8〜19行)との記載から明らかなように,薄い部材を高精度にラップしようとすることを技術課題とするものであって,被加工材をワークプレートに貼り付けることなく,空気圧でラップ面板に軽く押し付けながらラップ加工するという構成により,所期の作用効果を達成するものである。
(ウ) 上記したとおり,刊行物1発明と刊行物3記載の研磨装置とは,その具体的技術課題を全く異にしており,また,両者はそもそもその研磨の基本的構成を全く異にしていることからして,刊行物1発明に刊行物3の記載事項を適用しようにも適用のしようがないというべきである。
イ 本件決定は,前記第2の3(1)イ(イ)bのとおり認定し,刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用するに当たって,そのバッキング材に,バッキング材を貫通し,かつ,ワークの全面に対応して均一に位置するように複数の噴出口を設けることは,必要に応じ適宜なし得る設計的事項にすぎないと判断しているが,誤りである。
刊行物2における合成樹脂製のシート(2)も,刊行物1におけるバックパッドと同様に,ウェーハを吸着するものにすぎず,本件発明1を何ら示唆するものではなく,本件発明1の進歩性を否定する要因とはなり得ない。刊行物2には,「そして,加圧終了後,ポリシング加工されたウェーハ(7)…が装着されている本実施例の研磨治具を再び台座(8)上に載置し,図示せぬクランプ治具で固定する。
つぎに,切換弁(14)を閉じ,切換弁(15)を開いて,圧縮空気源(17)より,導管(13),案内孔(12)及び小孔(5)…,(6)…を介して,圧縮空気を研磨治具側に供給し,シート(2)に密着しているウエーハ(7)…を剥離させる。」(甲3の6頁7〜14行)と記載されており,圧縮空気を研磨治具側に供給する場合が示されているが,これはウェーハをシートから剥離するためであって,しかも,研磨終了後に,研磨場所とは異なる台座上で行うものにすぎない。
(2) 本件発明1の作用効果に関する判断の誤り 本件決定は,本件発明1の効果について,本件発明1を特定する事項によって奏される効果も,刊行物1発明並びに刊行物3及び刊行物2の各記載事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではないと判断したが,誤りである。
本件発明1は,研磨前及び研磨後には,バッキング材に含有された水の表面張力でワークを押圧部に保持するものであり,研磨の際には,押圧部の押圧面に装着されたバッキング材を貫通する複数個の噴出口から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出し,ワークをバッキング材から離して空気圧で定盤の研磨面に押圧するものであって,研磨前,研磨後の搬送時,及び研磨時の双方のときにおいて,ワークを傷つけることを防止できるという有利な効果を奏することが明らかである。
2 取消事由2(相違点(2)に関する判断等の誤り) (1) 本件決定は,本件発明2と刊行物1発明の相違点(2)について,前記第2の3(2)イ(ア)のとおり認定判断しているが,取消事由1において主張したのと同趣旨の理由により,この判断は誤りというべきである。
(2) また,本件決定は,本件発明2の効果について,本件発明2を特定する事項によって奏される効果も,刊行物1発明並びに刊行物3及び刊行物2の各記載事項から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものではないと判断したが,誤りである。
本件発明2は,研磨前及び研磨後には,フイルム材層またはコーティング層を介してワークを押圧部に吸引保持するものであり,研磨の際に,押圧部の押圧面に形成されたフイルム材層またはコーティング層を貫通する複数個の噴出口から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出し,ワークをフイルム材層またはコーティング層から離して空気圧で定盤の研磨面に押圧するものであって,研磨前,研磨後の搬送時,及び研磨時の双方のときにおいて,ワークを傷つけることを防止できるという有利な効果を奏することが明らかである。
(被告の反論) 本件決定の判断には原告の主張する誤りはない。
1 取消事由1(相違点(1)に関する判断等の誤り)について (1) 相違点(1)に関する判断について ア 原告は,刊行物3には,複数の噴出口など設けられておらず,ワーク1に向けて幅広のリング状に空気を噴出する,言わば1つの噴出口が設けられているにすぎないから,本件決定が,刊行物3には,研磨装置において,研磨の際には,ワークを研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備することが記載されていることになると認定したことは誤りである旨主張する。
原告のいう幅広のリング状の噴出口とは,刊行物3の第1図のワークホルダ4における二股の空気通路の各下端開口に連通する凹部を指しているものであるが,この凹部は,技術常識からすると,上記各開口から噴出する空気の圧力をワーク1の背面に均等に負荷するための均圧用の溝であって噴出口ではない。空気を噴出する噴出口は,上記二股の空気通路の各下端開口であって,これが,上記第1図において2箇所存在するから,少なくとも2箇所の噴出口が存在しており,複数の噴出口を具備しているという本件決定の認定に誤りはない。なお,刊行物3は,主として空気圧でワークを押圧しながらラップ加工するという技術思想について引用するものであって,噴出口が複数であるか否かは,本件各発明の容易推考性の判断に影響を及ぼすものではない。
イ 原告は,刊行物1発明と刊行物3に記載の研磨装置とでは,技術課題及び技術的手段を全く異にしており,刊行物1発明に刊行物3の記載事項を適用することは容易に想到できることではない旨主張する。
しかし,刊行物1には,「一方,上定盤の内部には,上定盤の下面に開口する真空路が形成されるとともに,真空路に接続された減圧手段が設けられている。」(甲2の段落【0004】),「この研磨機を使用するには,研磨面を下に向けてウェーハを所定位置に運んだ上,上定盤を降下させてウェーハの非研磨面を吸着固定し,軸を回転して下定盤上に移動降下し,研磨布にメカノケミカル研磨液等を滴下させつつ,下定盤を回転させる。すると,上定盤およびウェーハが摩擦力で従動回転するとともに,研磨布とウェーハ研磨面との相対摩擦により,ウェーハ研磨面が研磨される。」(同段落【0005】),「本発明は上記事情に鑑みてなされたもので,ウエーハの研磨面を全面に亙ってきわめて高精度かつ均一にカセットツウカセットで全自動仕上研磨することを課題としている。」(同段落【0012】),また,「チャック84の下には,通常ワックスレス研磨に用いられる厚さ1mmの高摩擦係数をもつ多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bが取り付けられ,この下面にウェーハが真空吸着され,また研磨時には真空を解放し水張り状態で研磨され,研磨終了後には再び真空吸着される。この研磨は仕上研磨のため荷重が小さく水張りでウェーハが回転することはない。」(同段落【0032】)と記載されており,これらの記載から,刊行物1発明は,上定盤にワークを吸着固定して押圧する従来の技術に代えて水張り状態で押圧して研磨する研磨装置であることが明らかである。
他方,刊行物3には,「従来,ラップ加工においては,第2図に示すように被加工物1をワークプレート2にワックス等で張り付けたのち,ラップ面板3に載せて加工をしていた。しかし,被加工物が薄くなる(例えば,幅/厚さの比が50〜200程度)に従って,貼り付けたときに変形を起こす。・・・本発明は,従来の加工技術では得られなかった高精度なラップ加工面を,薄い部材であっても容易に得られるような,量産加工に適したラップ加工装置を提供することを目的とする。・・・上記目的を達成するために,本発明では被加工材をワークプレートに貼り付けることなく,空気圧で面板に軽く押し付けながらラップ加工するように構成したものである。」(甲4の1頁右下欄1行〜2頁右上欄4行)と記載されており,この記載からすれば,刊行物3記載のものは,ワークプレートにウエーハをワックスで貼り付けて押圧する従来の技術に代えて空気圧で押圧して研磨する研磨装置であるということができる。
すなわち,両者は,上定盤(ワークプレート)を介してワーク(ウェーハ)を押圧しながら研磨する研磨装置である点で技術分野が共通しており,さらに,高精度の研磨を行う点で技術課題が共通するものである。さらに,原告も認めるように,刊行物1発明は,エアと純水をバックパッド84Bに噴出することができる構成を有している。
してみると,刊行物1発明と刊行物3に記載の研磨装置とが接触式と非接触式という点で異なっているとはいえ,単にワーク(ウェーハ)を押圧するための手段が相違するにすぎないのであるから,両者は,ワーク(ウェーハ)を研磨するという基本的構成において格別の相違はなく,両者の技術分野及び技術課題は共通するといえるから,当業者が刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用することを想起することは容易であり,さらに刊行物1発明は,エアと純水をバックパッド84Bに噴出する構成をすでに有しているのであるから,刊行物3の記載事項を適用する大きな動機づけとなるのは明らかである。
したがって,刊行物3の記載事項を,技術分野及び課題が共通する,刊行物1発明に適用することにより,研磨の際に,所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段から真空路78を介して所定圧力の空気を導入し,この空気をバッキング材である多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bから噴出させてワークを研磨面へ押圧するように構成することに格別の困難性は見当たらないし,また,その適用を阻害する要因も認められない。
ウ 原告は,刊行物2における合成樹脂製のシート(2)も,刊行物1におけるバックパッドと同様に,ウェーハを吸着するものにすぎず,本件発明1を何ら示唆するものではなく,本件発明1の進歩性を否定する要因とはなり得ない旨主張する。
しかし,本件決定が刊行物2を引用したのは,刊行物2に,ウェーハを吸着する発泡ウレタンなどの合成樹脂製のシートを貫通する小孔が均一に分散して穿設されている構成が記載されていることから,「刊行物3の記載事項を刊行物1発明に適用するに当たり,そのバッキング材に,バッキング材を貫通し,かつ,ワークの全面に対応して均一に位置するように複数の噴出口を設けることは,必要に応じ適宜なし得る設計事項にすぎない。」との判断を導くためであり,刊行物2が,本件発明1を直接示唆しているとして引用したわけではない。原告の主張は,本件決定を誤解するものであり,失当である。
(2) 本件発明1の作用効果に関する判断について 原告は,本件発明1が特有の作用効果を奏する旨主張する。
しかし,刊行物1発明は,研磨前,研磨後の搬送時において,多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bを介してワーク(ウェーハ)を吸着保持するものであり,また,刊行物3の記載事項は,研磨の際に,ワークをワークホルダから離して空気圧で研磨面に押圧するものである。
してみると,原告が主張する研磨前,研磨後の搬送時,及び研磨時の双方のときにおいて,ワークを傷つけることを防止できるという効果は,これら刊行物1発明及び刊行物3の記載事項から当然予測される効果の域を出ないものとみるほかなく,したがって,これをもって本件発明1に特有の作用効果とみることはできない。
2 取消事由2(相違点(2)に関する判断等の誤り)について 原告は,本件決定がなした,相違点(2)及び本件発明2の作用効果に関する判断も,取消事由1において主張したのと同趣旨の理由により,誤りがある旨主張する。
しかし,取消事由1に理由はなく,したがって,相違点(2)及び本件発明2の作用効果に関する本件決定の判断にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(1)に関する判断等の誤り)について (1) 相違点(1)に関する判断について 原告は,刊行物1発明と刊行物3記載の技術とでは,研磨が接触式であるか非接触式であるかという点で基本的構成が異なるばかりか,前者においては,技術的課題が,「ウェーハを吸着した上定盤が研磨布に沈み込むことによるウェーハの周縁部の過研磨,及び真空吸着孔の研磨面への転写」防止にあるのに対し,後者においては「薄い部材を高精度にラップしようとする」ことにあり,両者は,技術的課題も異なっており,刊行物1発明に刊行物3記載の技術を適用することはできない旨主張するので,以下,この主張の当否について検討する。
ア 刊行物1発明と刊行物3記載の技術とは技術的課題が異なるとする原告の主張について (ア) 刊行物1(甲2)によれば,刊行物1発明は,本件決定が認定すると おり,刊行物1に記載の以下の内容のものであると認められる。(なお,本件訂正明細書(甲5,8)の記載と刊行物1の記載とを対比すると,刊行物1発明の「ウェーハW」,「上定盤6」は,本件発明1の「ワーク」,「押圧部」にそれぞれ相当するものと認められる。) 「表面にワークとなるウェーハWを研磨する研磨面が形成された下定盤100と,ウェーハWを前記研磨面に押圧する上定盤6と,該上定盤6に よって前記研磨面に押圧されたウェーハWと前記下定盤100とを相対的 に運動させる運動機構とを備え,ウェーハWの表面を研磨する研磨装置において,前記上定盤6には,該上定盤6のウェーハWの押圧面に設けられ,移送時には真空吸引力でウェーハWを吸着すると共に研磨時には真空を解放して水張り状態でウェーハWを吸着して上定盤6に保持する多孔質ポリウレタン製のバックパッド84Bと,ウェーハWのバックパッド84Bへの非吸着時にバックパッド84Bの洗浄を行うためのエアと純水とを供給する手段と,前記バックパッド84Bが取り付けられるチャック84を貫通して設けられ,ウェーハWを前記バックパッド84Bに吸引する際には,前記ウェーハWを吸引する複数の細孔90と,前記細孔90に接続されて設けられており,前記細孔90からエアと純水とを供給する際には,前記エアと純水とが供給手段から供給され,前記バックパッド84Bにワークを真空吸引力で吸着する際には,減圧状態とされる凹部88とを具備する研磨装置。」 しかして,刊行物1(甲2)には,「上定盤6はトップリング76にウェーハWを吸着させた状態で,図5に示すように研磨機構8の下定盤100上に搬送し,ウェーハWをトップリング76と下定盤100の間に支持する。この後は上定盤6による吸着は止め,水張りにてウェーハを保持し,真空吸着口によるディンプル不良の発生を防止する。」(段落【0058】)と記載されており,この記載からすれば,刊行物1発明に係る研磨装置は,上定盤6により,ウェーハWを研磨面に押圧して研磨する際に,ウェーハWを上定盤6に真空吸着で保持したのでは,ウェーハWにディンプル不良の発生がみられることから,ウェーハWを水張りで保持してディンプル不良の発生を防止する機能を有するようにしたものと認められる。上記研磨装置において,真空吸着口によりディンプル不良が発生するということは,上定盤6とウェーハWとが直接接触するということにほかならず,この直接接触にこそ上記不良の発生要因が存することは明らかであるから,刊行物1発明の研磨装置は,ワーク(ウェーハW)を押圧するに際して,ワーク(ウェーハW)にディンプル不良が発生するのを防止するため,押圧部(上定盤6)において真空吸着による直接保持を避け,水張りによる間接保持を採用した点にその技術的意義を有しているものと解することができる。
(イ) 他方,刊行物3(甲4)には,@「本発明は,従来の加工技術では得られなかった高精度なラップ加工面を,薄い部材であっても容易に得られるような,量産加工に適したラップ加工装置を提供することを目的とする。」(2頁左上欄16〜19行),A「本発明では被加工材をワークプレートに貼り付けることなく,空気圧で面板に軽く押し付けながらラップ加工するように構成したものである。」(2頁右上欄1〜4行),B「第1図の原理図に示すように,ワーク(被加工材)1をワークホルダ4に嵌合した状態で面板3の上に載せてラップ加工する。
この場合,部材がシリコンウエハのような中実円板状の場合には,(a)のように,ワークホルダ4の下面の外周に設けた突起41の内側に,・・・部材を嵌合する。・・・このような状態で,ワーク1に背面から空気を負荷すれば,ワークとワークホルダとの間には間隙が生ずる。このような状態でラップ加工することにより,当初歪んでいた部材でも,ラップ加工が進展するに従って次第に平坦に加工される。この場合,ワークホルダには接着していないため,ラップ加工中にストレスを受けたとしても,空気圧を適当な値に調整すれば部材は自由に変形でき,平坦性を十分に向上できるものである。」(2頁右上欄6行〜同頁左下欄5行)と記載されており,また,例えば,第1図には,「ワーク1を面板3の研磨面へ押圧するようにワークホルダ4から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備していること。」が示されている。これらの記載及び図面からすれば,刊行物3記載の研磨装置(ラップ加工装置)は,「研磨の際には,ワークを研磨面へ押圧するように押圧部から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出する複数の噴出口と,前記噴出口から噴出する所定圧力の空気を供給する噴出流体供給手段とを具備する」ものであることが明らかである。
なお,原告は,刊行物3記載の研磨装置には,「複数の噴出口など設けられておらず,ワーク1に向けて幅広のリング状に空気を噴出する,言わば1つの噴出口が設けられているにすぎない」と主張するが,刊行物3(甲4)には,「第3図に,ドーナツ状円板をラップ加工するために設計した装置を示す。ワークを嵌合する突起部41の上に空気受給体42を載せ,これを介して加圧用空気だめdに空気を送ってワークを加圧する。」(2頁左下欄10〜14行)と記載されているとおり,原告が1つの噴出口であるとする幅広のリング状凹部は,加圧用の空気だめであり,第4図に図示されているように,この加圧用空気だめには,複数本(第4図(a)では2本表示されている。)のチューブ48が接続され,チューブ48先端から加圧用空気が噴出されると認められるから,刊行物3記載の研磨装置には複数の噴出口が設けられていると解するのが妥当である。
しかして,刊行物3(甲4)には,C「被加工物が薄くなる(例えば,幅/厚さの比が50〜200程度)に従って,貼りつけたときに変形を起す。
これをラップ加工すると,貼りつけた状態では精密な加工面(平面等)を得られても,剥すと貼付けたときの変形が回復して元の形に戻るため,折角得た高精度な加工面が崩れてしまう。また,加工中に新たなストレスを受けてその影響のために変形することもしばしばある。」(1頁右下欄4〜12行),D「上記の目的を達成するために,本発明では被加工材をワークプレートに貼り付けることなく,空気圧で面板に軽く押し付けながらラップ加工するように構成したものである。」(2頁右上欄1〜4行)と記載されており,この記載からすれば,刊行物3記載の研磨装置は,被加工材(研磨対象となるものであり,本件発明におけるワークに相当するものと認められる。)を研磨面へ押圧して研磨するに際し,ワークプレート(その機能からみて本件発明における押圧部に相当するものと認められる。)へ被加工材を貼り付けたのでは,変形回復等による被加工材の不良が発生するため,被加工材を空気圧を用いて押圧して,被加工材の不良発生を防止するようにしたものと認められる。上記研磨装置において,上記変形回復による被加工材の不良発生が,ワークプレートへの被加工材の貼り付けという,ワークプレートでの被加工材の直接保持に起因することは明らかであるから,刊行物3記載の研磨装置は,ワーク(被加工材)を押圧するに際して,ワーク(被加工材)に変形回復等による不良が発生するのを防止するため,押圧部(ワークプレート)への貼り付けというワーク(被加工材)の直接保持を避け,空気圧による押圧という間接保持を採用した点にその技術的意義を有しているものと解することができる。
(ウ) そうすると,刊行物1発明と刊行物3記載の技術とは,いずれも,ワークを押圧部によって直接保持することによるワークの不良発生を防止するものであり,研磨時において,ワークを押圧するに際して,押圧部によるワークの直接保持を避けるという点で,技術課題を共通にするものといえるから,刊行物1発明において刊行物3の記載事項を適用することは,技術課題が共通することからして,当業者ならば容易に想到し得ることというべきである。
原告は,刊行物1発明は,「ウェーハを吸着した上定盤が研磨布に沈み込むことによるウェーハの周縁部の過研磨,及び真空吸着孔の研磨面への転写」防止を技術課題としているのに対し,刊行物3記載の技術は,「薄い部材を高精度にラップしようとする」ことを技術課題としており,両者は技術課題を異にしているから,刊行物1発明に対し刊行物3の記載事項を適用することは容易ではない旨主張する。
しかし,刊行物1,刊行物3に明示されている課題が異なっているとしても,両者は,押圧部によるワークの直接保持を避けるという点で,客観的に見て,共通の課題を有するものであることは,上述したとおりであるから,両者が,技術課題を異にしているということはできず,上記原告の主張は採用できない。
なお,刊行物1(甲2)には,「チャック84には,前記凹部88と対向する位置に,多孔質セラミックス製で多数の細孔90が互いに分散して形成されている。チャック84の下面すなわちバックパッド84Bと接触する面84Aは,その中央部が下方に向けて凸となるように曲面で構成され,この曲面の曲率半径は,100〜1,000m,8インチ結晶で中心部の高さが5〜20μmとされている。この範囲であると,ウェーハ研磨時に,後述する研磨布100の沈み込み率とほぼ同じになり,ウェーハWの研磨量が均一化される利点を有する。」(段落【0031】)と記載されており,この記載からすると,刊行物1発明において,ウェーハを吸着した上定盤が研磨布に沈み込むことによるウェーハの周縁部の過研磨防止という課題を解決するための手段としては,チャック84の下面84Aを中央部が下方に向けて凸となるような曲面で構成するという手段を採用しているものと認められるが,真空吸着孔の研磨面への転写防止という点の技術課題は,前記(ア)に説示したとおり,「ウェーハWを上定盤6に真 空吸着させず,水張りでウェーハを保持する」という手段を採用することによりその解決が図られているものと認めるのが相当であり,後者の解決手段は,まさに刊行物3記載の技術と技術課題を共通にするものである(刊行物1発明と刊行物3記載の研磨装置とが技術分野を共通にするものであることを原告が自認していることのほか,上記認定のとおり,両者は押圧部によるワークの直接保持の回避という共通の課題を有していることを勘案すると,刊行物1発明が,上記認定のとおり,刊行物3記載の発明にはみられない「ウェーハ周縁部の過研磨の防止」という課題を有しているからといって,刊行物1発明に刊行物3の技術を適用することが阻害される筋合いではない。)。
イ 刊行物1発明と刊行物3記載の技術とは基本的構成に差異があるとする原告の主張について (ア) 確かに,刊行物1発明は,バックパッドを介した水張りでワークを押 圧するものであるのに対し,刊行物3記載の技術は,空気圧でワークを面板に押しつけるものであって,両者は,チャックによる押圧手段を異にしており,原告の主張するように,前者は接触式と,後者は非接触式ととらえることもできる。
しかし,仮に,研磨装置が,押圧手段の違いにより,原告主張のように,接触式と非接触式とに分類されるとしても,刊行物1発明と刊行物3記載の技術とは,上述したとおり,技術的課題を同じくしているのであるから,刊行物1発明において,接触式,非接触式のいずれを選択することも当業者ならば容易に想到し得ることというべきである。しかも,刊行物1発明においては,押圧部(上定盤6)が,エアと純水とを供給する細孔90を有しており,もともと,エアをバックパッド84Bを通して噴き出すエア噴出手段を備えているのであるから,刊行物1発明において刊行物3の記載事項を適用し,このエア噴出手段を,研磨に際しワーク(ウェーハW)に対して作動するように設計変更することは,当業者にとって何の困難もないというべきである。
なお,原告は,刊行物1では,真空路78を通って,エアと純水がバックパッド84Bに噴出されることがあるが,これはバックパッド84Bの洗浄のためであって,研磨終了後,しかも研磨場所とは相違する場所で行われるにすぎないとし,エア噴出手段の作動目的,作動場所の相違を主張するが,刊行物1発明が上記エア噴出手段を備えている以上,かかる相違点は,空気圧によるワーク押圧の技術を開示した刊行物3の記載事項に接した当業者が,この技術の刊行物1発明への適用を想到することの阻害要因になるとは考えられない。
(イ) また,原告は,刊行物3記載の技術は,幅広のリング状をなす噴出口から,直接に空気を被加工材に向けて噴出させており,被加工材とワークプレートとは非接触なのであるから,バッキング材は必要でなく,バッキング材の必要がない技術を,バッキング材(バックパッド)を有する刊行物1発明に,直ちに適用し得るものではない旨主張するが,刊行物1発明において,バッキング材(バックパッド)が,空気を通すものであることは明らかであるから,刊行物1発明において,バッキング材(バックパッド)が設けられているからといって刊行物3記載の技術を適用できないとする理由はない。
さらに,原告は,接触式の場合には,ワーク(ウェーハ)の裏面側を基準とする研磨となり,したがって,これに接触するバックパッド(バッキング材)の表面の平坦度や材質に大きく影響される一方で,非接触式の場合には,下定盤の研磨布に当接するワーク(ウェーハ)の表面側を基準とする研磨となり,裏面側の状態には一切影響を受けないから,接触式の場合と非接触式の場合とでは,研磨の基準が正反対であり,研磨の基本的構成は全く相違するというほかないとし,研磨の基準が異なることを理由に研磨の基本的構成の相違を主張する。しかし,研磨の基準は,接触式,非接触式いずれを採用するかによって自ずと変更されるものであり,それに合わせて,必要なら基準面を調整することも,当業者ならば適宜行い得ることにすぎないから,かかる基準の相違があるからといって,刊行物1発明において,刊行物3記載の技術を適用することが困難であるとはいえない。
ウ 刊行物2の記載事項は本件進歩性を否定する要因にはなり得ないとする原告の主張について 原告は,刊行物2における合成樹脂製のシート(2)は,刊行物1におけるバックパッドと同様に,ウェーハを吸着するものにすぎず,本件発明1を何ら示唆するものではなく,本件発明の進歩性を否定する要因にはなり得ない旨主張する。
しかしながら,刊行物2(甲3)には,「ウエーハを吸着する発泡ウレタンなどの合成樹脂製のシート(2)に,このシート(2)を貫通する小孔(5)・・・を均一に分散して穿設すること」(刊行物2の記載事項)が記載されていると認められるところ,本件決定が,本件発明1の進歩性の判断に当たって,刊行物2を引用例として挙げたのは,刊行物2の記載事項に照らせば,刊行物1発明に刊行物3の記載事項を適用する場合において,バッキング材に,これを貫通し,かつ,ワークの全面に対応して均一に位置するように複数の噴出口を設けることは適宜なし得ることであるとの判断を導くためであり,刊行物2に基づき,ウェーハを吸着しない非接触式の押圧が容易に想到できるとしたものではないから,原告の上記主張は,本件決定のした判断を正解しないで,これを非難するものにすぎず,失当というべきである。
(2) 本件発明1の作用効果について 原告は,「本件発明1は,研磨前及び研磨後には,バッキング材に含有された水の表面張力でワークを押圧部に保持するものであり,研磨の際に,押圧部の押圧面に装着されたバッキング材を貫通する複数個の噴出口から研磨面側へ向かって所定圧力の空気を噴出し,ワークをバッキング材から離して空気圧で定盤の研磨面に押圧するものであって,研磨前,研磨後の搬送時,及び研磨時の双方のときにおいて,ワークを傷つけることを防止できるという有利な効果を奏することが明らかである。」と主張する。
しかし,本件発明1において,研磨前,研磨後の搬送時に水の表面張力でワークを押圧部に保持することは,発明の構成要件とされていない。仮に,本件発明1において,搬送時にも水の表面張力によりワークを押圧部に保持する構成が採用されているとしても,本件訂正明細書(甲5,8)には,「先ず,押圧部41aを移動して,ウェーハ24を,バッキング材の表面からなる外側面に,水の表面張力によって吸着させる。流体室32を減圧してウェーハ24を吸引して確実に保持してもよい。そして,押圧部41aを移動して,ウェーハ24を定盤56の研磨面60上に位置させる。」(段落【0021】)と記載されており,搬送時に,ウェーハを確実に保持するためには,ウェーハ24を吸引する必要があるものと認められる。他方,刊行物1(甲2)には,「持ち上げられたウェーハWの上方に上定盤6を動かし,トップリング76を降ろしてあらかじめエアを含む純水で洗浄し,水を含むバックパッドの下面をウェーハWの上面に当接させ,真空路78を介してウェーハWを吸引固定する。
上定盤6はトップリング76にウェーハWを吸着させた状態で,図5に示すように研磨機構8の下定盤100上に搬送し,」(段落【0058】),「ウェーハWの所定時間の研磨が完了したら,再びトップリング76にウェーハWを吸着し,トップリング76を上昇させ,上定盤6を走行させて反転機構9上に走行し真空吸着を解放しウェーハWをウェーハ凹部160を有するウェーハ保持部に離脱させる。」(段落【0064】)と記載されているのであって,本件発明1と刊行物1発明とでは,研磨前,研磨後の搬送時の態様において格別異なるところはないというべきである。したがって,本件発明1における搬送時にワークを傷つけないという効果が,当業者の予測できない効果であるということはできない。
また,研磨時にワークを傷つけないという本件発明1の効果は,非接触式の刊行物3記載の技術によっても奏されていることは前記(1)ア(イ)のとおりであるから,かかる効果が格別のものであると認めることはできない。
(3) したがって,原告の主張する取消事由1には理由がない。
2 取消事由2(相違点(2)に関する判断等の誤り)について (1) 原告は,本件決定が,本件発明2と刊行物1発明の相違点(2)に係る構成を想到することは容易であると認定判断したことは,取消事由1で主張したのと同趣旨の理由により,誤りであり,本件発明2の作用効果につき格別のものではないとした認定判断も誤りである旨主張する。
しかし,本件発明1と刊行物1発明との相違点(1)に関して本件決定がした判断が相当であることは,前記1(1)に既に説示したとおりである。
また,原告が主張する,本件発明2の作用効果は,研磨前,研磨後の搬送時,及び研磨時の双方のときにおいて,ワークを傷つけることを防止できるというものであり,この作用効果は,本件発明1が奏する作用効果と同じものであると認められるところ,この作用効果が格別のものではないことも,前記1(2)にみたとおりである。
(2) したがって,原告の主張する取消事由2には理由がない。
3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がなく,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人