関連審決 | 異議1999-74260 |
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関連ワード | 物の発明 / 方法の発明 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 相違点の認定 / 上位概念 / 下位概念 / 優先権 / 分割出願 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
499号
特許取消決定取消請求事件
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原告 株式会社オーイケ 訴訟代理人弁理士 今井彰 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 石井良夫 同 高橋泰史 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/12/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年異議第74260号事件について平成13年9月17日にした特許取消決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「コンクリート製品の製造方法,耐久性型枠および埋設物」とする特許第2930940号の特許(平成5年12月15日に日本国でした特許出願(特願平5-343703号)による優先権を主張して,平成6年12月12日出願の平成6年特許願第307822号の分割出願として特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年5月21日に特許権設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は23である。)の特許権者である。 本件特許に対し,請求項1ないし23のすべてについて,特許異議の申立てがなされ,特許庁は,この申立てを,平成11年異議74260号として審理した。原告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書について,訂正を請求した(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書(甲第12号証)を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年9月17日に,「特許第2930940号の請求項1ないし23に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年10月9日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(本件訂正後の請求項1) 「【請求項1】インサート保持具または該インサート保持具が装着されたインサートを耐久性型枠の所定の位置に繰り返し設定する際に、それらから耐久性型枠側に突き出た少なくとも1本の突起部を、裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠の設定孔に表面から挿入して設定し、脱型する際にコンクリート製品と前記耐久性型枠の間に働く力によって前記突起部が分断されることを特徴とするコンクリート製品の製造方法。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,@本件発明は,実公昭59-3863号公報(本訴甲第2号証。以下,決定と同じく「刊行物1」という。),実公昭50-38183号公報(本訴甲第5号証。以下,決定と同じく「刊行物4」という。)及び実願昭49-130181号(実開昭51-55868号)のマイクロフィルム(本訴甲第6号証。以下,決定と同じく「刊行物5」という。)記載の各発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正は認められない,A請求項1ないし7,9ないし12,14,15,19,20,22,23に係る発明は,いずれも公知文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,B請求項1ないし23の記載には不備があるから,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4,5項に違反し,請求項1ないし23に係る発明は特許を受けることができない,というものである。 決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と刊行物1に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)との一致点・相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「インサート保持具を耐久性型枠の所定の位置に繰り返し設定する際に,それらから耐久性型枠側に突き出た突起部を,耐久性型枠の設定孔に表面から挿入して設定し,脱型する際にコンクリート製品と耐久性型枠の間に働く力によって突起部が分断されることを特徴とするコンクリート製品の製造方法」である点 (相違点) 「本件訂正発明1(判決注・本件発明)では,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠であるのに対して,刊行物1発明では,その点が記載されていない点」 |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明と刊行物1発明との相違点を看過し(取消事由1),相違点についての判断を誤り(取消事由2),本件発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)ものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点の看過) (1) 本件発明と刊行物1発明とは,次の点において相違するにもかかわらず,決定は,これらの相違点を看過した。 A 相違点A 本件発明では,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠の設定孔にインサート保持具の突起具を挿入する工程を有するのに対し, 刊行物1発明は,裏面に鞘管のない型枠の螺孔へ取付ねじを螺合させる工程を有する点。 B 相違点B 本件発明では,脱型する際に,コンクリート製品と裏面に鞘管の設けられた耐久性型枠の間に働く力によって,突起部が分断される工程を有するのに対し,刊行物1発明では,脱型する際に,コンクリート製品にインサートされた筒体と,裏面に何もない型枠の間で,取付けネジが反対側に引張られ,ちぎれるように切れる工程を有する点。 C 相違点C 決定は,本件発明が製造方法の発明であるにもかかわらず,その製造方法を採用することが容易であるか否かを判断せず,本件発明を物の発明であると誤認し,型枠に鞘管に類するものを設けることが容易であるか否かということしか判断していない。 D 相違点D 決定は,刊行物1発明について,「裏面に鞘管のない(耐久性)型枠を使用して実施する」との要素を捨象して,「耐久性型枠の設定孔にインサート保持具の突起部を挿入する工程」と「脱型する際にコンクリート製品と,耐久性型枠の間に働く力によって突起部が分断される工程」とからなる上位概念の発明として認定し,これを下位概念の発明である本件発明とを対比して,一致点を認定した。 このような対比の方法は許されない。決定は一致点の認定を誤り,結果として重要な相違点を看過した。 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) 決定は,刊行物4及び5の記載を根拠に,本件発明と刊行物1との相違点に係る本件発明の構成に想到することは容易であるとした。 しかしながら,刊行物4及び5には,脱型する際にコンクリート製品と,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠の間に働く力によって突起部が分断される工程についての記載もこれを示唆する記載もない。かえって,刊行物4には,脱型するときに,本件発明の突起部に対応する保持片4が切れないように,型枠裏面の支承ブロックから外すことが,刊行物5には,脱型するときに,本件発明1の突起部に対応するボルト3が切れないような型枠1及びカラー2とすることが記載されている。すなわち,刊行物4及び5に開示されているのは,本件発明の突起部に対応するものを抜けやすくするために先端が小さくなるテーパー状の鞘管であり,脱型するときに,突起部が分断されないようにすることを目的としたものである。刊行物4及び5には,相違点に係る本件発明の構成(工程)とは全く反対の方法で脱型する製造方法が記載されているから,本件発明の上記構成(工程)を,刊行物4及び5に基づき容易に想到することができたものとすることはできない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) 本件発明は,型枠の裏面に鞘管が設けられた設定孔に突起部を挿入して分断することにより,突起部が分断されるまで突起部を鞘管で保持することができるという効果を奏する。このため,型枠が薄くても突起部の接触面積を大きくすることができ十分な付着力が得られるので,その力を,突起部を分断するために活かすことができる。したがって,インサートを安定して型枠に設定することができるのみならず,脱型する際に突起部を確実に分断することができ,方形または溝型の内面を成形する内型枠の裏面という,脱型する際に作業員の手の届かない部分に鞘管を取り付け,そのような内型枠でもコンクリート製品との干渉なく脱型することができる,という顕著な作用効果が得られる。 決定は,この顕著な作用効果を看過した。 |
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被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点の看過)について 刊行物1には,耐久性型枠の設定孔に表面から挿入して設定する,ことが記載されているから,原告が主張する相違点Aは,原告のいう,「耐久性型枠の設定孔にインサート保持具の突起部を挿入する工程」を,裏面に鞘管が設けられた型枠を使用して実施するか,裏面に鞘管のない型枠を使用して実施するかの違いということになる。 刊行物1において「インサートされた筒体5」は,第4図(別紙図面参照)の形状からみて,脱型する際にはコンクリート製品と一体化されているから,脱型する際にコンクリート製品にインサートされた筒体と型枠との間に働く力,は,脱型する際にコンクリート製品と耐久性型枠との間に働く力,と同義であること,「取付ねじ9」はその機能に照らし本件発明における「突起部」に相当すること,取付ねじが反対側に引っ張られ,ちぎれるように切れるとは,取付ねじがコンクリート製品と耐久性型枠との間に働く力によって分断されることにほかならないことを考慮すると,刊行物1には,「脱型する際に,コンクリート製品と耐久性型枠との間に働く力によって突起部が分断される工程」が記載されていることになる。原告が主張する相違点Bは,「脱型する際に,コンクリート製品と耐久性型枠との間に働く力によって突起部が分断される工程」を,裏面に鞘管の設けられた耐久性型枠を使用して実施するか,裏面に鞘管のない耐久性型枠を使用して実施するかの違いということになる。 原告が主張する相違点A及びBは,上記各工程を実施するのに,本件発明が裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠を使用しているのに対し,刊行物1発明では裏面に鞘管のない耐久性型枠を使用して実施していること,と整理することができる。決定はこの点を相違点として認定しており,相違点の看過はない。 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について 本件発明において採用されている「型枠に鞘管を設けること」という構成は,当業者が通常行う範囲の事柄であり,これが特許権の根拠になることはあり得ない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 型枠に鞘管を設けることが,型ばらし時の突起部の分断に当たってより確実な分断が起こるように有利に作用することは,鞘管の採用に伴い当然に付随してくる作用効果であって,当業者にとって自明ともいうべきことである。 このような効果は,進歩性の判断に当たって格別参酌ないし検討すべき効果には当たらない。決定が特にこの点について言及しなかったことに違法はない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について (1) 相違点A及び相違点Bについて 原告は,決定が,本件発明と刊行物1発明との対比において,相違点A(本件発明は,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠の設定孔にインサート保持具の突起具を挿入する工程を有するのに対し,刊行物1発明は,裏面に鞘管のない型枠の螺孔へ取付ねじを螺合させる工程を有する点),及び,相違点B(本件発明は,脱型する際にコンクリート製品と,裏面に鞘管の設けられた耐久性型枠の間に働く力によって突起部が分断される工程を有するのに対し,刊行物1発明は,脱型する際に,コンクリート製品にインサートされた筒体と,裏面に何もない型枠の間で,取り付けネジが反対側に引張られ,ちぎれるように切れる工程を有する点)を看過した,と主張する。 本件発明と刊行物1発明とが,それぞれ,相違点A及びBに係るそれぞれの構成を有することは,当事者間に争いがない。このことを前提として,本件発明と刊行物1発明とを対比すると,両発明は,いずれも「耐久性型枠の設定孔のインサート保持具の突起部を挿入する工程」(刊行物1発明における,「螺孔に取付ねじを螺合させる工程」がこれに当たることは明らかである。以下「設定工程」という。)及び「脱型する際に,コンクリート製品と耐久性型枠との間に働く力によって突起部が分断される工程」(以下「脱型工程」という。)とを有する点で一致し,これらの各工程を,本件発明においては,裏面に鞘管の設けられた耐久性型枠を用いて実施するのに対し,刊行物1発明においては,裏面に鞘管の設けられていない耐久性型枠を用いて実施する点において相違する,ということができる。 決定のした,両発明は,「インサート保持具を耐久性型枠の所定の位置に繰り返し設定する際に,それらから耐久性型枠側に突き出た突起部を,耐久性型枠の設定孔に表面から挿入して設定し,脱型する際にコンクリート製品と耐久性型枠の間に働く力によって突起部が分断されることを特徴とするコンクリート製品の製造方法」である点において一致し,「本件訂正発明1(判決注・本件発明)では,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠であるのに対して,刊行物1発明では,その点が記載されていない点」において相違する,との認定は,上に述べたところと同旨であることが明らかである。決定は,原告主張の相違点A及びBに係る相違点を認定しているということができる。決定に,原告主張の相違点の看過はない。 (2) 相違点Cについて 原告は,決定が,本件発明が製造方法の発明であるにもかかわらず,物の発明であると誤認して進歩性の判断を行った,と主張する。しかしながら,決定は,本件発明と刊行物1発明とがいずれも製造方法の発明であることを前提に一致点,相違点の認定を行った上で進歩性の判断を行ったものであることは,上記説示と決定書の記載とに照らし明らかである。 (3) 相違点Dについて 原告は,決定が刊行物1発明から「裏面に鞘管のない(耐久性)型枠を使用して実施する」との要素を捨象して,「耐久性型枠の設定孔にインサート保持具の突起部を挿入する工程」(設定工程)と「脱型する際にコンクリート製品と,耐久性型枠との間に働く力によって突起部が分断される工程」(脱型工程)とからなる上位概念の発明として認定し,これを下位概念の発明である本件発明とを対比して一致点を認定したのは誤りである,と主張する。 しかしながら,決定が,本件発明と刊行物1発明とを,いずれも原告が上位概念と述べている水準の抽象度でとらえた上で,両発明はこの抽象度でとらえた限度では一致すると認定し,これを前提に,次に,より低い抽象度において両発明をみて,原告が決定が捨象したと主張する,裏面に鞘管のある(耐久性)型枠を使用して実施するのか,裏面に鞘管のない(耐久性)型枠を使用して実施するのか,の点を相違点として認定したものであり,そこには,何らの誤りもないことが明らかである。 原告の主張は,採用することができない。 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について 原告は,相違点(脱型工程において,型枠の裏面に鞘管を設けているか否か)に係る本件発明の構成は,刊行物4及び5記載の発明から容易に想到することができたものではなく,上記各刊行物記載の発明を刊行物1発明に適用するについては,むしろ阻害要因がある,と主張する。 原告は,本件発明における鞘管は,刊行物4の支承ブロック及び刊行物5のカラーとは異なる構造のものである旨主張する。 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲は,「インサート保持具または該インサート保持具が装着されたインサートを耐久性型枠の所定の位置に繰り返し設定する際に,それらから耐久性型枠側に突き出た少なくとも1本の突起部を,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠の設定孔に表面から挿入して設定し,脱型する際にコンクリート製品と前記耐久性型枠の間に働く力によって前記突起部が分断されることを特徴とするコンクリート製品の製造方法」というものである。同記載によれば,本件発明において,鞘管の形状に特に限定はないから,これを刊行物4の支承ブロック及び刊行物5のカラーと異なる構造のものであるとすることはできない。 原告の主張は,特許請求の範囲に基づかないものであるというほかなく,採用することができない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件発明は,型枠の裏面に鞘管が設けられた設定孔に突起部を挿入して分断することにより,突起部が分断されるまで突起部を鞘管で保持することができるという効果を奏する,と主張する。 本件発明の構成自体の推考が容易であることは,上述したところから明らかである。 構成自体の推考が容易であると認められる発明に対し,その作用効果を根拠に特許性を認める場合,その根拠となる作用効果は,当該構成のものとして予測あるいは発見することの困難なものであり,かつ当該構成のものとして予測あるいは発見される効果と比較して,よほど顕著なものでなければならないというべきである。 このような観点に立ってみた場合,原告主張の作用効果は,仮に,本件発明のものと認めることができるとしても,本件発明に特許権を認める根拠とはなり得ないものというべきである。 次に,念のために,原告主張の作用効果が本件発明のものと認めることができるか,についてみる。 本件明細書(甲第12号証)には,本件発明の効果に関し,以下の記載がある。 「【課題を解決するための手段】このため,本発明の製造方法は,インサート保持具または該インサート保持具が装着されたインサートを耐久性形枠の所定の位置に繰り返し設定する際に,それらから型枠側に突き出た少なくとも1本の突起部を型枠に設けられた設定孔に表面から挿入またはねじ込んで設定し,脱型する際にコンクリート製品と耐久性型枠の間に働く力によって前記突起部が分断して抜けるコンクリート製品の製造方法において,裏面に鞘管が設けられた設定孔に突起部を挿入することにより接触面積を大きくし,付着力が得られるようにしてインサートを安定して設定できるようにしている。・・・。 したがって,インサート保持具または該インサート保持具が装着されたインサートを設定可能な耐久性型枠であって,滑らせるように脱型する部分または旋回して取り外す部分を有する耐久性型枠においては,それら滑らせるように脱型する部分または旋回して取り外す部分に,インサート保持具または該インサート保持具が装着されたインサートを設定することにより,インサートを型枠に設定するときの付着力の強化を図れる。したがって,滑らせるように脱型したとき,あるいは旋回して取り外したときに,突起部のその力により分断される。従って,従来のような,取付ボルトを外すといった脱型の前作業は一切不要である。このため,内型枠で形成される面のように,作業員の手の入らない,型枠を滑らせて脱型する面にインサートの埋設されたコンクリート製品を提供することができる。・・・。 このため,型枠の外側から取付ボルトを通す必要はなく,作業員1人でも簡単にインサートを型枠に設定できる。そして,型枠を旋回するなどの方法で取り外す場合は,脱型時の剪断力あるいは引っ張り力によって突起部が分断されるのでインサートを埋設していないコンクリート製品と同様の工程で作業を行える。」(段落【0012】〜【0014】) 「【発明の効果】以上に説明したように,本発明のインサート保持具または該インサート保持具が装着されたインサートから突き出た突起部を耐久性型枠の設定孔に挿入して設定するコンクリート製品の製造方法あるいは耐久性型枠において,設定孔にそって鞘管を型枠の裏面に設けることにより設定孔と突起部との接触面積を大きくすることが可能であり,突起部を型枠に空けてある設定孔に差し込んで大きな付着力が得られるので,型枠の表面に油脂,離型剤などが塗布されていてもインサートを安定して設定できると共に,型枠を滑らせて脱型するとき,あるいは回転して取り外すときに,その力によって突起部が切断される。このため,インサートを埋設していないコンクリート製品と同じ工程で製造できる。さらに,また,突起部を設定孔にねじ込んで設定する製造方法あるいは型枠においても,大きな付着力を必要としているときは,型枠の裏面にナットなどを溶接して付着力の強化を図ることができ,同様の効果が得られる。 したがって,本発明のコンクリート製品の製造方法および耐久性型枠においては,設定用のボルトなどの治具を型枠に取り付けたり,取り外す手間は全くいらず,作業員1人でも簡単に,短時間でインサートを型枠の所定の位置に安定して設定できる。そして,脱型する際は,脱型に係る力によって突起部が切断されるので,インサートを埋設していないコンクリート製品と同じ工程で作業を行える。 このため,従来のようなコンクリート製品と型枠を一緒に持ち上げて反転させたり,ジャッキアップした下からインサート固定用のネジを外す危険な工程を省き,省力化をはかれる。また,旋回して取り外す型枠では,旋回半径の小さな場所にインサートを装着してもこば欠けは起きない。 このように,本発明に係るコンクリート製品の製造方法あるいは耐久性型枠を採用することによって,作業員の労力を軽減でき,コンクリート製品の製造期間の短縮とコストの削減を図れる。従って,本発明のインサート保持具は,工場プレハブ化されたコンクリート製品を増産し,大型で高性能のコンクリート製品を供給するうえで好適なものである。」(段落【0104】〜【0106】) 本件明細書の上記記載中には,鞘管を設けることによって,大きな付着力が得られる,との記載はあるものの,型枠の裏面に鞘管が設けられた設定孔に突起部を挿入して分断することにより,突起部が分断されるまで突起部を鞘管で保持することができる,という効果については,これを示す明確な記載がなく,本件明細書中の他の部分にも,本件発明が原告主張の効果を奏することを示す記載は見当たらない。 かえって,本件訂正前の明細書(甲第11号証はこれに係る特許公報である。)には, 「インサートまたはインサート保持具を耐久性型枠の所定の位置に繰り返し設定する際に,それらから耐久性型枠側に突き出た少なくとも1本の突起部を,裏面に鞘管が設けられた耐久性型枠の設定孔に表面から挿入して設定し,脱型する際にコンクリート製品と耐久性型枠の間に働く力によって前記突起部の少なくとも1部が破壊,分断または変形して抜ける ことを特徴とするコンクリート製品の製造方法」(【特許請求の範囲】の【請求項1】), 「【課題を解決するための手段】このため,本発明の製造方法は,インサートまたはインサート保持具を耐久性型枠の所定の位置に繰り返し設定する際に,それらから型枠側に突き出た少なくとも一本の突起部を型枠に設けられた設定孔に表面から挿入またはねじ込んで設定し,脱型する際にコンクリート製品と耐久性型枠の間に働く力によって前記突起部の少なくとも1部が破壊,分断または変形して抜ける コンクリート製品の製造方法において,裏面に鞘管が設けられた設定孔に突起部を挿入することにより接触面積を大きくし,付着力が得られるようにしてインサートを安定して設定できるようにしている。・・・。 したがって,インサートまたはインサート保持具を設定可能な耐久性型枠であって,滑らせるように脱型する部分または旋回して取り外す部分を有する耐久性型枠においては,それら滑らせるように脱型する部分または旋回して取り外す部分に,インサート又はインサート保持具から突き出た少なくとも1本の突起部を挿入可能な設定孔が形成すると共に,さらに,その設定孔の型枠の裏面に突起部との付着力が得られる鞘管が設け,その耐久性型枠に対し,鞘管に接触し付着力が得られる長さの突起部を備えたインサートまたはインサート保持具を設定することにより,インサートを型枠に設定するときの付着力の強化を図れる。したがって,滑らせるように脱型したとき,あるいは旋回して取り外したときに,突起部の少なくとも1部がその力により分断され,あるいは型枠から抜ける 。従って,従来のような,取付ボルトを外すといった脱型の前作業は一切不要である。このため,内型枠で形成される面のように,作業員の手の入らない,型枠を滑らせて脱型する面にインサートの埋設されたコンクリート製品を提供することができる。・・・ このため,型枠の外側から取付ボルトを通す必要はなく,作業員1人でも簡単にインサートを型枠に設定できる。そして,型枠を旋回するなどの方法で取り外す場合は,脱型時の剪断力あるいは引っ張り力によって突起部の少なくとも一部が破壊,または分断され,さらには変形して抜ける のでインサートを埋設していないコンクリート製品と同様の工程で作業を行える。」(段落【0012】〜【0014】) 「【発明の効果】以上に説明したように,本発明においては,突起部を設定孔に挿入して設定する製造方法あるいは耐久性型枠において,設定孔にそって鞘管を型枠の裏面に設けることにより設定孔と突起部との接触面積を大きくすることが可能であり,突起部を型枠に空けてある設計孔に差し込んで大きな付着力が得られるので,型枠の表面に油脂,離型剤などが塗布されていてもインサートを安定して設定できると共に,型枠を滑らせて脱型するとき,あるいは回転して取り外すときに,その力によって突起部が切断され,あるいは型枠から抜ける。 このため,インサートを埋設していないコンクリート製品と同じ工程で製造できる。・・・。 したがって,本発明のコンクリート製品の製造方法および耐久性型枠においては,設定用のボルトなどの治具を型枠に取り付けたり,取り外す手間は全くいらず,作業員1人でも簡単に,短時間でインサートを型枠の所定の位置に安定して設定できる。そして,脱型する際は,脱型に係る力によって突起部が切断され,あるいは型枠から抜ける ので,インサートを埋設していないコンクリート製品と同じ工程で作業を行える。」(段落【0104】〜【0105】) との記載があることが認められる(下線部は,判決において付した。)。 本件訂正前の明細書の上に認定した記載によれば,本件訂正前の発明において,鞘管を設けることにより,大きな付着力が得られること,脱型時には,突起部が切断される場合と単に型枠から抜けるにとどまる場合があること,が認められる。仮に,鞘管について,本件訂正前においては,これを設置しても突起部を分断しないことがあったものを,本件訂正によって鞘管が突起部を分断するまで保持するものとしたとすれば,本件訂正によって訂正前の明細書に記載されていなかった新たな発明を追加することになる。このような訂正が許されないことは明らかである。本件訂正は,それを適法なものと取り扱う限り,「鞘管」の構造を変更したものではなく,本件発明における鞘管も本件訂正前と同じ構造のものであると解するほかない。そうである以上,本件発明が,鞘管を設けることによって,型枠の裏面に鞘管が設けられた設定孔に突起部を挿入して分断することにより,突起部が分断されるまで突起部を鞘管で保持することができる,という効果を奏すると認めることはできないものというべきである。 いずれにせよ,本件発明が特許権の根拠となるだけの顕著な作用効果を有するとの原告の主張は採用することができない。 |
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結論
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 阿部正幸 |