関連審決 | 異議2000-71266 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 相違点の認定 / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 援用権(援用) / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
546号
特許取消決定取消請求事件
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原告 ダイワ精工株式会社 訴訟代理人弁護士 山根祥利 同 近藤健太 同 的場美友紀 同 原山邦章 訴訟代理人弁理士 鈴江武彦 同 中村誠 同 幸長保次郎 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 二宮千久 同 村山隆 同 大野克人 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/12/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が異議2000-71266号事件について平成13年10月11日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「逆転防止装置」とする特許第2954462号の特許(平成4年12月10日にわが国においてした特許出願に基づく優先権を主張して,平成5年8月26日に特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年7月16日特許権設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。 本件特許について,特許異議の申立てがなされ,その申立ては,異議2000-71266号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載の訂正及び発明の名称の「魚釣用スピニングリールの逆転防止装置」への変更等を内容とする訂正(以下「本件訂正」といい,訂正後の全文訂正明細書を,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)を請求した。特許庁は,平成13年10月11日に,「訂正を認める。 特許第2954462号「魚釣用スピニングリールの逆転防止装置」の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年11月5日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲(本件訂正後) 「ローターを固着しかつハンドル軸の駆動歯車と噛合するピニオンを設けた回転軸筒は,リール筐体の前部に軸受を介して回転自在に支持され,該回転軸筒の軸受の前部には一体的にカラーが係合嵌着され,ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成しかつ前記ころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠の内周に回動範囲を規制して回動可能に嵌着すると共に前記環状保持体のガイド溝に収容されるころがり部材を正回転を許容し逆回転を防止する一方向のみ楔作用する方向にバネで付勢するようにしてクラッチ本体を構成し,前記環状外枠を本体固定部であるリール筐体に固着して前記環状保持体の内周に回動可能に嵌着するカラーを介して回転部材である回転軸筒の逆転防止装置を構成し,前記環状保持体に設けた回動操作部材を操作して環状保持体を規制回動範囲内で回動させて,前記環状保持体に収容した前記ころがり部材が楔作用して前記回転部材の正回転を許容し逆回転を防止する逆転防止状態を構成する作動位置と,前記ころがり部材が楔作用しない前記回転部材が正逆両回転可能な逆転防止状態を解除する非作動位置との両位置に切換え保持規制できるようにしたことを特徴とする魚釣用スピニングリールの逆転防止装置。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,本件発明は,特開昭56-105127号公報(審判甲第1号証,本訴甲第4号証。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)及び特開昭54-141285号公報(審判甲第2号証,本訴甲第5号証。以下「刊行物2」という。)記載の発明(以下「刊行物2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,というものである。 決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と刊行物2発明との一致点・相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「ローターを固着しかつハンドル軸と連動して回動される回転軸筒は,リール筐体の前部に軸受を介して回転自在に支持され,該回転軸筒の軸受の前部にはカラーが係合嵌着され,ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成し,前記ころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠に回動範囲を規制して回動可能に設けるようにしてクラッチ本体を構成し,前記環状外枠を本体固定部であるリール筐体に固着して,前記環状外枠の内周に回動可能に嵌着するカラーを介して回転部材である回転軸筒の逆転防止装置を構成し,前記環状保持体に設けた回動操作部材を操作して環状保持体を規制回動範囲内で回動させて,前記ころがり部材が楔作用して前記回転部材の正回転を許容し逆回転を防止する逆転防止状態を構成する作動位置と,前記ころがり部材が楔作用しない前記回転部材が正逆両回転可能な逆転防止状態を解除する非作動位置との両位置に切換え保持規制できるようにした魚釣用スピニングリールの逆転防止装置。」である点 (相違点) A「本件発明は,ローターを固着した回転軸筒にハンドル軸の駆動歯車と噛合するピニオンを設けるとともに,ころがり部材が楔作用する回転部材について,回転軸筒の軸受の前部に一体的に係合嵌着されるカラーを介して回転部材である回転軸筒の逆転防止装置を構成するのに対して,刊行物2に記載の発明は,ローターを固着した回転軸筒とハンドル軸との回転トルク伝達にかかる構成を開示していないとともに,ころがり部材が楔作用する回転部材について,回転部材である回転軸筒に係合嵌着されるカラーとの間にローターの軸筒部(7)を介在させて回転軸筒の逆転防止装置を構成している点。」(以下「相違点A」という。) B「本件発明は,ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成しかつ前記ころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠の内周に回動範囲を規制して回動可能に嵌着すると共に前記環状保持体のガイド溝に収容されるころがり部材を正回転を許容し逆回転を防止する一方向のみ楔作用する方向にバネで付勢するようにしてクラッチ本体を構成するのに対して,刊行物2に記載の発明は,ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成した環状外枠の前部に前記ころがり部材の前後動を規制する環状保持体を回動範囲を規制して回動可能に設けると共に前記環状外枠のガイド溝に収容されるころがり部材を正回転を許容し逆回転を防止する一方向のみ楔作用するようにしてクラッチ本体を構成している点。」(以下「相違点B」という。) |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定は,@本件発明と刊行物2発明との相違点を看過し,A本件発明と刊行物2発明との相違点の一つ(相違点B)についての判断を誤り,B本件発明の顕著な作用効果を看過したものであり,これらの誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきであ る。 1 本件発明と刊行物2発明との相違点の看過 (1) 相違点の看過-1(「ころがり部材を収容保持するガイド溝」) 決定は,刊行物2発明のガイド溝孔(13)が軸受部材(15)を「収容保持」するものである,と認定した上で(決定書7頁3行参照),この点を刊行物2発明と本件発明との一致点(「ころがり部材を収容保持するガイド溝」)として認定した(決定書8頁3行〜4行参照)。 本件発明において,ころがり部材7(刊行物2発明の軸受部材(15)に相当する。)は環状保持体9のガイド溝孔8(特許請求の範囲では「ガイド溝」。 刊行物2発明のガイド溝孔(13)に相当する。)に楔作用をする方向に付勢する発条11を介して設けられ,所定範囲回動し得るガイド溝孔8内で保持(すなわち位置規制)されている(本件明細書【0006】,【0008】,【0009】参照。)。本件発明における「保持」は,ころがり部材がこのように定位置に配置された状態を意味する。 これに対し,刊行物2発明においては,軸受部材(15)は,ベアリングガイド(14)のガイド溝孔(13)に嵌合するだけであって,ガイド溝孔に収容保持されていない(甲第5号証2頁左上欄13行〜右上欄1行,第1図〜第5図(別紙2)参照)。すなわち,ガイド溝孔(13)は,ローラー又はボールの軸受部材(15)が作動位置と非作動位置とにわたって移動し得るほどの広い空間部とされていることから,軸受部材(15)を定位置に規制し得ない。 上記一致点の認定は誤りであり,「本件発明のガイド溝孔は,ころがり部材を収容保持するのに対し,刊行物2発明のガイド溝孔は,ローラー又はボールの軸受部材(ころがり部材)を嵌合するだけで,収容保持していない点」を相違点として認定すべきである。 決定は,この相違点を看過した。 (2) 相違点の看過-2(「ころがり部材の前後動を規制した環状保持体」) 決定は,刊行物2発明において,係止片(19)を突設した規制板(18)が軸受部材(15)の「前後動を規制する」ものである,と認定した上で(決定書7頁4行〜5行参照),この点を刊行物2発明と本件発明との一致点として認定した(決定書8頁4行参照)。 本件発明において,ころがり部材7は環状外枠10に嵌着されている環状保持体9によって,その前後両側から支承されている(本件明細書の段落【0008】,図3ないし図5,図13ないし図15(別紙1)参照。)。本件発明における「前後動を規制する」は,ころがり部材7の前後動をこのように規制することを意味する。 これに対し,刊行物2発明では,ローラー又はボールの軸受部材(15)は規制板(18)によって片側方向(別紙2の第1図の図面左方向)の動きは規制されているものの,他側方向(同図面右方向)の動きは規制されておらず,前後動(同図面左右方向)を規制されているとはいえない。 上記一致点の認定は誤りであり,「本件発明のころがり部材は,環状保持体により前後動を規制されているのに対し,刊行物2発明のローラー又はボールの軸支部材(ころがり部材)は,規制板(環状保持体)によって片側方向の動きは規制されているものの,前後動は規制されていない点」を相違点として認定すべきである。 決定は,この相違点を看過した。 (3) 相違点の看過-3(「クラッチ本体」) 決定は,刊行物2発明の「一方向回転ベアリング(16)」が本件発明の「クラッチ本体」に相当する,とした上で(決定書7頁21行〜30行参照),この点を両発明の一致点として認定した(決定書8頁6行参照)。 本件発明の「クラッチ本体」は,ころがり部材7,環状保持体9及び環状外枠10から成り,しかもそれらはコンパクトに一体化(ユニット化)されているものである(特許請求の範囲,本件明細書の段落【0008】,【0011】参照)。 これに対し,刊行物2発明の「一方向回転ベアリング(16)」は,ベアリングガイド(14),軸受部材(15)及び規制板(18)から成り,しかも,それらは,一体化(ユニット化)されておらず,ピン(12)の存在によって初めて各個別の構成要素が一体化した機能を発揮することができるよう組み付けられているものである(甲第5号証2頁左上欄13行〜右上欄3行,第1図〜第5図(別紙2)参照)。 上記一致点の認定は誤りであり,「本件発明においては,ころがり部材,環状保持体及び環状外枠からクラッチ本体を構成するのに対し,刊行物2発明においては,ローラー又はボールの軸受部材(ころがり部材),規制板(環状保持体)及びベアリングガイド(環状外枠)は一方向回転ベアリングの本体を構成するものではない点」を,相違点として認定すべきである。 決定は,この相違点を看過した。 被告は,本件発明の特許請求の範囲には,コンパクトに一体化(ユニット化)されていることについての記載がない,と主張する。しかし,この点につき,本件発明の特許請求の範囲には「ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成しかつ前記ころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠の内周に回動範囲を規制して回動可能に嵌着すると共に,前記環状保持体のガイド溝に収容されるころがり部材を正回転を許容し逆回転を防止する一方向のみ楔作用する方向にバネで付勢するようにしてクラッチ本体を構成し」との明確な記載がある。 (4) 相違点の看過-4(「保持規制できる」) 決定は,刊行物2発明は,規制板(18)を作動位置と非作動位置との両位置に切り換え,軸受部材(15)(ころがり部材)を「保持規制できる」と認定した上で(決定書7頁15行〜17行参照),この点を両発明の一致点として認定した(決定書8頁11行〜13行参照)。 刊行物2発明においては,操作杆(23)を回動し,カム(24)の突起(25)により規制板(18)を回動することにより,係止片(19)を作動位置と非作動位置との両位置に切り換えて,その状態を維持することはできる。しかし,軸受部材(15)(ころがり部材)は,(1)で述べたとおり,ベアリングガイド(14)のガイド溝孔(13)に嵌合するだけで,本件発明のころがり部材のようにばねによりガイド溝孔(13)に収容保持(定位置に配置)される,ということはない。そのため,特に楔作用をする位置においては,軸受部材(15)(ころがり部材)の楔作用の方向に広い空間部が生じ,軸受部材(15)はガイド溝孔(13)内において自由動が可能である。このようなとき,軸受部材(15)(ころがり部材)が「保持規制」されている,ということはできない(甲第5号証2頁右上欄13行〜左下欄8行,第1図〜第5図(別紙2)参照)。 上記一致点の認定は誤りであり,「本件発明においては,両位置に切り換えころがり部材を「保持規制できる」のに対し,刊行物2発明においては,両位置に切り換えることはできるものの,軸受部材(ころがり部材)を「保持規制」することはできない点」を相違点として認定すべきである。 決定は,この相違点を看過した。 2 本件発明と刊行物2発明との相違点Bについての判断の誤り (1) 刊行物1発明の認定の誤り-1(「締め付けローラ3の前後動を規制した保持器2」)について 決定は,刊行物1発明においては,保持器2が締め付けローラ3の前後動を規制している,と認定した(決定書5頁25行,26行)。 確かに,刊行物1発明の締め付けローラ3は,保持器2によって片側方向(別紙3の図2によれば図面下方向)の動きは規制されている。しかし,その反対方向(同図の図面上方向)の動きを規制する構成(動きを規制する部材の存在)を認めることはできないので,前後動(同図の上下の両方向)が規制されているとすることはできない。決定の上記認定は誤りである。 本件発明においては,ころがり部材7は,環状外枠10に嵌着されている環状保持体9によって,その前後両側から支承されており,前後動を規制されている。 刊行物1発明についての決定の上記認定は誤りである。刊行物2発明に刊行物1発明の「逆転防止装置」を採用して,相違点Bに係る本件発明の構成のようにすることは,当業者が容易に想到できるものと認められるとした,相違点Bについての決定の判断は,上記誤った認定を前提にするものであり,誤りである。 (2) 刊行物1発明の認定の誤り-2(「保持器2に設けたリングばね10による切り替え部材14」)について 決定は,刊行物1発明において,リングばね10は保持器2に設けられている,と認定した(決定書5頁25行,26行)。 しかし,刊行物1発明において,リングばね10は,保持器2だけに関連して設けられるものではなく,保持器2とスリーブ1とに関連した中間架設部材として設けられるものである。 刊行物1発明についての決定の上記認定は誤りである。刊行物2発明に刊行物1発明の「逆転防止装置」を採用して,相違点Bにかかる本件発明の構成のようにすることは,当業者が容易に想到できるものと認められるとした,決定の相違点Bについての判断は,上記誤った認定を前提にするものであり,誤りである。 (3) 技術常識の誤認による判断の誤り 決定は,刊行物1発明について,「ところで,一般に一方向クラッチの技術分野において,クラッチ接続時の回転部材と被回転部材との回転トルクの伝達構成について,被回転部材に回転部材の回転トルクを伝達して被回転部材を回転させる構成とするか,被回転部材を固定して回転部材の回転トルクに抗して伝達回転部材の回転を防止する構成とするかは,一方向クラッチの特性を利用するときの目的,用途に応じて当業者が適宜に選択すべき設計的事項である。そして,刊行物1に記載の発明の一方向クラッチは,回転部材である回転軸筒に対して,被回転部材である環状外枠の内周に回動範囲を規制して嵌着した環状保持体に回動操作部材を設けているところ,回動操作部材を切り替え操作するときの操作性を考慮すると,クラッチの接続又は遮断のいずれの状態においても回動操作可能となるように,前記回動操作部材が連結される環状外枠は何らかの部材に固定されているとみるのが技術常識であるから,結局,刊行物1に記載の発明には,逆転防止装置に適合した一方向クラッチが開示されていると認められる。」(決定書9頁19行〜32行)と判断した。 しかし,回動操作部材は連結された部材を回動するための部材であり,その連結された部材である環状外枠が固定されているならば,回動操作部材は本来の回動機能を果たすことができないことになる。 「回動操作部材を切り替え操作するときの操作性」と「回動操作部材が連結される環状外枠は何らかの部材に固定されている」こととの間には,何らの技術的な関係も存在しない。 また,そもそも,「一方向クラッチ」は,一方向のみの回転を伝達し,逆方向の回転は伝達することなく自由とする機械要素を意味する語にすぎない。一方向クラッチがすべて逆転防止の機能を有している,というわけのものではないのである。 決定のいう技術常識は存在しない。決定は技術常識を誤認した結果,相違点Bについての判断を誤ったものである。 被告は,刊行物1のリングばね10の操作性を考慮するとスリーブ1が回転不可能に固定されているとみるのが当然である,と主張する。しかし,甲第8号証の第4図をみると,そこには,入力ギヤ20,出力ギヤ19間に回動自在なコロ制御部材6を用いた2方向回転クラッチが開示されている。この開示内容によれば,回動自在なコロ制御部材6で操作される入力ギヤ20,出力ギヤ19のいずれか一方が必ず固定されていなければならないとの必然性はないことが明らかである。 (4) 適用阻害要因の看過による判断の誤り 刊行物1発明は,通常時においては一方向クラッチ作動位置にあり,操作者の操作力で切替え部材をリングばねに抗して旋回させたときのみクラッチ非作動位置になり,手を離すと切替え部材は自動的に元に戻り,通常時のクラッチ作動位置となる。クラッチ非作動位置では,操作者の操作力を利用しなければならず,装置そのものだけではその状態を維持することができない。 これに対し,刊行物2発明の魚釣用スピニングリールの逆転防止装置は,随時,手動で切換え操作をした後は,「逆転防止状態」と「逆転可能状態」のいずれかの状態を,装置そのものだけで維持することができるように構成されたものである。 刊行物1発明の自動復帰する一方向クラッチを,スリーブをリール本体に固定して魚釣用スピニングリールの逆転防止装置に適用しても,操作者が操作部材から手を放したときには,常時楔作用によるクラッチ作動位置となり,回転軸(ローター)は常時逆転防止状態を維持し続けることになる。操作者が操作部材から手を放して,逆転可能状態に切り換え,その状態を維持して所定の操作を行うといった,魚釣用スピニングリール特有の使い方はできない。刊行物1発明の一方向クラッチのリングばねの湾曲部は,刊行物2発明の作動杆とは,その取付けの構成及び切換え状態を維持する点における作用を異にする。 そもそも,刊行物1発明における一方向クラッチは,あくまでも一方向のみの回転を伝達し,逆方向の回転は伝達することなく自由とする機械要素であるにすぎず,本来的には逆転防止の機能は有していないのである。 これらの点に照らすと,刊行物2発明に示された魚釣用スピニングリールの逆転防止装置に代えて,刊行物1発明に示された逆転防止装置を適用することには,阻害要因があるというべきである。 決定は,上記阻害要因を看過した結果,相違点Bについての判断を誤ったものである。 3 本件発明の顕著な作用効果の看過 (1) 本件発明が採用しているこの種クラッチにおいては,衝撃力緩和のために複数個のころがり部材を使用し,複数の対抗するころがり部材同士が楔に接触することで楔作用状態となる。しかし,クラッチ本体に対してカラーの軸心が大きく偏心した場合には,ころがり部材の一部は楔作用状態にならず,強度,耐久性等の信頼性が大きく低下することから,カラーの振れが発生しにくい構造を採用することが必要となる。このような振れは,主として回転筒軸,カラー等の部材の加工精度や組立の観点から,すなわち,これらの部品が隙間を設けて嵌合し取り付けられることから,その嵌合する部品点数に応じて取付誤差が大きくなることにより発生することが知られている。本件発明は,相違点Aに係る「環状外枠を本体固定部であるリール筐体に固着して環状保持体の内周に回動可能に嵌着するカラーを介して回転部材である回転軸筒の逆転防止装置を構成」するとの構成を採用し,回転軸筒3に直接一体的にカラー6を係合嵌着し,カラー6の外側にころがり部材7を嵌合していることから,精度の確保が容易でないローター軸筒部の精度に影響されずに,カラーの振れを効果的に防止することができ,「ころがり部材の支持作用及び楔作用も安定して円滑確実に回転部材の逆転防止を行うことができる。」(本件明細書段落【0016】)との顕著な作用効果を奏する。 決定は,この顕著な作用効果を看過した。 (2) 本件発明は,「ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成しかつころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠の内周に回動範囲を規制して回動可能に嵌着する」との構成,及び「環状外枠を本体固定部であるリール筺体に固着して環状保持体の内周に回動可能に嵌着するカラーを介して回転部材である回転軸筒の逆転防止装置を構成」する,との構成を採用したことにより,「ころがり部材,環状保持体及び環状外枠を一体的にユニット化して製造時の組込み操作や分解清掃を迅速容易にして作業性を向上できると共にころがり部材の支持作用及び楔作用も安定して円滑確実に回転部材の逆転防止を行うことができる。」(本件明細書段落【0016】)との顕著な作用効果を奏する。 決定はこの顕著な作用効果を看過した。 |
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被告の反論の要点
1 原告の主張1(相違点の看過)について (1) 相違点の看過-1(「ころがり部材を収容保持するガイド溝」)の主張について 本件発明における,「ころがり部材を収容保持する」は,ころがり部材を特定の空間内に収容してその状態を維持することを意味し,特定の位置に収容して移動を規制することを意味するものではない。本件発明における「ころがり部材を収容保持するガイド溝」との記載は,ガイド溝の構造自体によってころがり部材を収容保持することを規定しており,ころがり部材が発条で付勢されている構成を含むものではない。発条の構成要件及びその作用をもって「収容保持」を解釈することは誤りである。 刊行物2発明におけるガイド溝孔(13)は,軸受部材(15)を作動位置と非作動位置のいずれかの位置に規制し得るものではないとしても,軸受部材(15)を収容保持するものであることに変わりはない。 (2) 相違点の看過-2(「ころがり部材の前後動を規制した環状保持体」)の主張について 刊行物2発明において,軸受部材(15)は,規制板(18)とベアリング押し板(11)とにより前後動を規制されている。決定が,刊行物2の記載の規制板(18)が軸受部材(15)の前後動を規制すると認定したことは誤りである。しかし,この誤りは,決定を取り消すべき理由とはならない。 本件発明の「ころがり部材の前後動を規制した環状保持体」の構成は,決定における本件発明と刊行物2発明との相違点の認定に含まれている。同構成は,相違点についての判断において引用する刊行物1発明に示されており,同判断においては,刊行物2発明に示される構成が,刊行物1発明に示される上記構成に容易に置き換えられるか否かが検討されているのである。 上記認定の誤りは,本件発明は刊行物1及び2記載の発明に基づいて容易に想到することができる,とした決定の結論に影響を及ぼすものではない。 (3) 相違点の看過-3(「クラッチ本体」)の主張について 決定は,刊行物2発明における「一方向回転ベアリング(16)」と,本件発明における「クラッチ本体」とは,いずれも,正回転を許容し逆回転を防止する逆転防止装置としての機能作用を同じくすることをもって「相当する」と認定したにすぎず,本件発明の「クラッチ本体」の構成要素である,ころがり部材7,環状保持体9及び環状外枠10がコンパクトに一体化してユニット化されていることを含めて,刊行物2発明における「一方向回転ベアリング(16)」が本件発明における「クラッチ本体」に相当する,と認定したわけではない。 そもそも,本件発明の「クラッチ本体」がコンパクトに一体化してユニット化されていること自体,特許請求の範囲に記載されている事項ではない。 (4) 相違点の看過-4(「保持規制できる」)の主張について 本件発明の特許請求の範囲においては,単に「範囲を規制して」とあることから分かるように,「規制」の状態は定位置の意味に限定されるものではない。 刊行物2発明は,操作杆(23)の回動により規制板(18)を回動することにより,係止片(19)を作動位置と非作動位置との両位置に切り替えて,ガイド溝孔(13)内における軸受部材(15)の移動範囲をそれに応じた所定の空間内に規制するものであるから,軸受部材(15)を「保持規制」するものであるということができる。本件発明の特許請求の範囲の「ころがり部材を正回転を許容し逆回転を防止する一方向のみ楔作用する方向にバネで付勢する」構成は,逆転防止装置の構成要件にとどまり,「保持規制」の作用を特定する技術事項となるものではない(本件発明に係る特許登録時の明細書(甲第2号証)の段落【0002】,【0003】,【0009】,【0010】,本件発明に係る出願当初の明細書(乙第4号証)の【特許請求の範囲】の【請求項1】,【請求項2】,段落【0004】〜【0006】,【0009】参照)。 2 原告の主張2(相違点Bについての判断の誤り)について (1) 刊行物1発明の認定の誤り-1(「締め付けローラ3の前後動を規制した保持器2」)について 刊行物1における,「スリーブ1内に保持器2が配置されており,この保持器内には締め付けローラ3が保持されている。」(甲第4号証2頁左下欄19行〜右下欄1行)との記載,及び,第2図(別紙3参照)によれば,スリーブ1内に配置された保持器2が,第2図の図面下方向において締め付けローラ3の下端に対向するように引き出し線2によって示される部材と,第2図の図面上方向において締め付けローラ3の上端に対向するように引き出し線無しで同一ハッチングで示される部材とから成り,これが締め付けローラ3をその軸方向の前後動を規制するように保持していることが,明らかである。 決定が刊行物1には「締付けローラ3の前後動を規制した保持器2」が記載されていると認定したことに誤りはない。 (2) 刊行物1発明の認定の誤り-2(「保持器2に設けたリングばね10による切り替え部材14」)について リングばね10が保持器2とスリーブ1とに関連した中間架設部材として設けられるものであることは,原告主張のとおりである。 決定は,このことを前提とした上で,リングばね10により保持器2を回動させる構成に着目して,支持部材であるスリーブ1に言及することなく,刊行物1には「保持器2に設けたリングばね10による切り替え部材14」が記載されていると認定したにすぎない。 (3) 技術常識の誤認による判断の誤り,の主張について 一方向クラッチは,回転部材の一方向のみの回転トルクをクラッチ接続により被回転部材に伝達し,回転部材の逆方向の回転トルクはクラッチ遮断により被回転部材に伝達しない機械要素である。一方向クラッチの特性を利用した機能用途は,クラッチ接続時に被回転部材に回転部材の回転トルクを伝達して被回転部材を回転させる基本的な用途にとどまらず,被回転部材を固定しておき,クラッチ接続時に回転部材の回転トルクに抗して回転部材の回転を防止するようにした逆転防止装置としての用途があることは,技術常識である。後者の,一方向クラッチの特性を利用した逆転防止装置は,魚釣用リールの技術分野において,回転部材の一方向のみの回転を許容し逆回転方向の回転を防止する逆転防止状態と,回転部材の両方向の回転を許容する両方向空転状態とに切換操作することができるようにした逆転防止装置として,周知慣用のものである(甲第5ないし第7号証参照)。 刊行物1には,リングばね10(回動操作部材)の一方の端部をスリーブ1(環状外枠)に固定し,他方の端部を保持器2(環状保持体)に係合して,リングばね10(回動操作部材)の湾曲部14を操作することによって保持器2(環状保持体)を回動させ,スリーブ1(環状外枠)に対する保持器2(環状保持体)の位置関係を,接続・遮断状態をとるクラッチ作動位置から,両方向空転状態をとるクラッチ非作動位置へと切り替える一方向クラッチが開示されている。刊行物1記載の一方向クラッチにおいて,被回転部材であるスリーブ1が回転不可能に固定されている場合には,軸11がいずれの回転状態にあっても,スリーブ1に固定されたリングばね10(回動操作部材)は非回転状態にあるため,クラッチ作動状態からクラッチ非作動状態への切り替え,及び,クラッチ非作動状態からクラッチ作動状態への切り替えのため,操作者がリングバネ10(回動操作部材)を操作することはたやすいことが明らかである。仮に,刊行物1記載の一方向クラッチにおける,被回転部材であるスリーブ1が回転可能に取り付けられていると,クラッチ作動時に軸11の回転トルクがスリーブ1に伝達されてリングばね10(回動操作部材)がスリーブ1とともに回転する状態になり,クラッチ非作動状態に切り替えるためにリングばね10(回動操作部材)を操作することに困難を伴うことが明らかである。 「刊行物1に記載の発明の一方向クラッチは,回転部材である回転軸筒に対して,被回転部材である環状外枠の内周に回動範囲を規制して嵌着した環状保持体に回動操作部材を設けているところ,回動操作部材を切り替え操作するときの操作性を考慮すると,クラッチの接続又は遮断のいずれの状態においても回動操作可能となるように,前記回動操作部材が連結される環状外枠は何らかの部材に固定されているとみるのが技術常識であるから,結局,刊行物1に記載の発明には,逆転防止装置に適合した一方向クラッチが開示されていると認められる。」(決定書9頁25行〜32行)との決定の判断に誤りはない。 (4) 適用阻害要因の看過による判断の誤り,の主張について 刊行物2には,一方向クラッチをクラッチ作動位置と非作動位置とに切換維持して魚釣用スピニングリール特有の所定の操作を行うようにした魚釣用スピニングリールの逆転防止装置の発明が記載されている。刊行物1記載の一方向クラッチを魚釣用スピニングリールの逆転防止装置に適用するに際して,それに適合するようにクラッチ作動位置と非作動位置のいずれにも切り換えてそれを維持することができる構造とすることは,当事者が適宜に解決することができる単なる設計的事項でしかない。刊行物1記載の一方向クラッチが上記構造になっていないことは,阻害要因にならない。 3 原告の主張3(顕著な作用効果の看過)について (1) 本件発明の,「ころがり部材の支持作用及び楔作用が安定して円滑確実に回転部材の逆転防止を行うことができる」(本件明細書の段落【0016】)との作用効果は,本件明細書において,ころがり部材7,環状保持体9及び環状外枠10をユニット化したことに基づく作用効果とされているのであって,相違点Aに係る構成の作用効果とはされていない。 魚釣用スピニングリールの逆転防止装置における,ころがり部材がカラーを介して回転部材に楔作用をすることによる作用効果は,一方向クラッチ又は逆転防止装置における周知の作用効果に由来するものでしかない。 (2) 刊行物1には,締め付けローラ3(ころがり部材),保持器2(環状保持体)及びスリーブ1(環状外枠)などからなるクラッチ本体をユニット化した構成が記載されている。本件発明の,ころがり部材,環状保持体及び環状外枠を一体的にユニット化して製造時の組込み操作や分解清掃を迅速容易にして作業性を向上できる,との作用効果は,刊行物1発明の構成から予測することが可能なものにすぎない。 |
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当裁判所の判断
1 原告の主張1(相違点の看過)について (1) 本件発明と刊行物2発明との相違点の看過-1(「ころがり部材を収容保持するガイド溝」)の主張について 原告は,@本件発明において,ころがり部材をガイド溝に収容「保持する」とは,ガイド溝に収容されたころがり部材を,発条によって楔作用をする方向に付勢することによって特定の位置に配置された状態に置く,ということであり,A刊行物2発明において,軸受部材(本件発明のころがり部材に相当する。)は,ガイド溝孔(本件発明のガイド溝あるいはガイド溝孔に相当する。)内の広い空間部分に嵌合されているだけで,ガイド溝孔内を移動し得るものであり,定位置に配置されていない点において本件発明とは相違するから,決定が「ころがり部材を収容保持するガイド溝」を有する点を両発明の一致点として挙げたのは誤りであり,決定は,この点の相違を看過した,と主張する。 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲(前記第2の2)においては,「ころがり部材を収容保持するガイド溝」との構成は,「前記環状保持体のガイド溝に収容されるころがり部材を正回転を許容し逆回転を防止する一方向のみ楔作用する方向にバネで付勢するようにしてクラッチ本体を構成し」との構成要件とは別個の構成要件として記載されている。このような特許請求の範囲の記載内容に照らすと,「ころがり部材を収容保持するガイド溝」との要件は,ばねによる付勢を含まず,ころがり部材を特定の空間(ガイド溝)内に収容してその状態を維持することを意味するにとどまり,ばねによる付勢などによってころがり部材の移動を規制する,との意味までを含むものではない,と解するのが相当である。 本件明細書(甲第3号証参照)には,環状保持体9のガイド溝孔8内において,発条による付勢によってころがり部材7を特定の位置に配置する構成が実施例として記載されている(段落【0008】,【0009】)。しかし,この実施例は,本件発明の特許請求の範囲のすべての要件を満たすものとして記載されているのであるから,上記解釈と矛盾するものではなく,これと異なる解釈を採るべき根拠となるものではない,というべきである。他に,本件明細書中に,上記解釈と異なる解釈を採る根拠となるべき記載は見当たらない。 仮に,本件発明の「ころがり部材を収容保持する」との構成要件に,ばねによる付勢などによってころがり部材の移動を規制する,との意味が含まれると解すべきであるとしても,決定は,本件発明がガイド溝に収容されるころがり部材をばねにより付勢する点を,刊行物2発明との上記相違点Bの一部として認定しているから,決定に上記の点について相違点の看過はない,というべきである。 いずれにせよ,決定に,上記の点について相違点の看過はなく,原告の主張は採用することができない。 (2) 相違点の看過-2(「ころがり部材の前後動を規制した環状保持体」)の主張について 原告は,刊行物2発明において,軸受部材(15)は,規制板(18)によって片側方向(別紙2の第1図の図面左方向)の動きは規制されているものの,他側方向(同図面右方向)の動きは記載されていないから,決定が,刊行物2発明において,規制板(18)が軸受部材(15)の前後動を規制するものであると認定し,「ころがり部材の前後動を規制した環状保持体」を有する点を本件発明との一致点として認定したのは誤りであり,相違点を看過していると主張する。 刊行物2発明において,軸受部材(15)は,規制板(18)とベアリング押し板(11)とによって前後動を規制されており(甲第5号証2頁左上欄5行〜右上欄11行参照),規制板(18)のみによって前後動を規制されているのではないこと,この意味において,決定の刊行物2発明の認定及び本件発明との一致点の認定が誤っていることは,被告が認めるところである。 しかしながら,本件発明における「ころがり部材」及び刊行物2発明における「軸受部材」は,いずれも前後動を規制されており,その前後動を規制する手段において相違するものである。決定は,この相違点について,相違点Bの認定中において,本件発明は,「ころがり部材を収容するガイド溝を形成しかつ前記ころがり部材の前後動を規制した環状保持体」であるのに対し,刊行物2発明は,「ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成した環状外枠の前部に前記ころがり部材の前後動を規制する環状保持体を回動範囲を規制して回動可能に設け」ているとして,実質的に相違点として認定し,この相違点につき,刊行物2発明に示される上記構成を,刊行物1に記載されたころがり部材の前後動を規制した環状保持体の構成(刊行物1発明がこの構成を含むと解すべきことは後記のとおりである。)に置き換えることを容易であると判断したものであることは,決定の記載内容から明らかである。 決定に相違点の看過はなく,上記認定の誤りは,決定の結論に影響を及ぼさないというべきである。 そもそも,決定は,刊行物2発明は,規制板「のみ」によって,軸受部材の前後動を規制するものであると認定したものではない。同発明における規制板が,他の部材とともにであるにせよ,軸受部材の前後動を規制する機能を果たしていることは明らかである。決定の上記一致点の認定は,不正確な表現ではあるものの,誤りではない,とすることも可能である。 いずれにせよ,原告の主張は採用することができない。 (3) 相違点の看過-3(「クラッチ本体」)の主張について 原告は,本件発明の「クラッチ本体」は,ころがり部材7,環状保持体9及び環状外枠10から成り,これらはコンパクトに一体化してユニット化されているのに対し,刊行物2発明における「一方向回転ベアリング(16)」は,ベアリングガイド(14)と軸受部材(15)及び規制板(18)とから成り,これらは一体化(ユニット化)されておらず,ピン(12)の存在によって初めて各個別の構成要素が一体化した機能を発揮することができるように組み付けられているものである点において相違するにもかかわらず,決定が刊行物2発明の「一方向回転ベアリング(16)」が本件発明の「クラッチ本体」に相当し,この点において,両者が一致するとしたのは誤りであり,決定は,両者の相違点を看過したものである,と主張する。 しかしながら,決定は,上記の点に関し,本件発明と刊行物2発明とは,「ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成し,前記ころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠に回動範囲を規制して回動可能に設けるようにしてクラッチ本体を構成し」(決定書8頁4行〜6行)との限度において一致する,としたにすぎず,それ以外の具体的構成においてまで,両発明が一致する,と認定したものではないこと,それ以外の具体的構成については,相違点Bとして認定し,判断していることは,決定の記載から明らかである。 決定に相違点の看過はなく,原告の主張は採用することができない。 (4) 相違点の看過-4(「保持規制できる」)の主張について 刊行物2発明は,規制板(18)を回動して,係止片(19)を作動位置と非作動位置との両位置に切り換えることによって,ガイド溝孔(13)内における軸受部材(15)の移動範囲を,それぞれ所定の空間内に規制するものであるから(甲第5号証),軸受部材(15)を「保持規制」するものである,ということができる 原告は,本件発明におけるころがり部材は,ばねによりガイド溝孔内に収容保持(定位置に配置)されているのに対し,刊行物2発明における軸受部材(15)は,ベアリングガイド(14)のガイド溝孔(13)に嵌合するだけで収容保持(定位置に配置)されておらず,特に楔作用をする位置においては,ガイド溝孔内において自由動が可能であるため,「保持規制」されているとはいえないとして,決定が,本件発明と刊行物2発明とは,ころがり部材(軸受部材)を作動位置と非作動位置との両位置に切換え「保持規制できる」ようにした点において一致する,としたのは誤りであり,決定は両発明の相違点を看過している,と主張する。 しかしながら,本件明細書(甲第3号証参照)には,従来例として挙げた刊行物2発明について,「従来の方式は,ころがり部材を楔作用をするように支持した保持体の一側面にころがり部材の楔作用を作動位置と非作動位置に規制保持する切換部材を設け,ころがり部材を抜け止め支持しているので,ころがり部材,保持体及び切換部材がバラバラに分離しており,製造時の組込み操作及び分解操作時の作業性が悪く取扱いが不便であると共に切換部材によるころがり部材の支持作用が寸法精度及び支持強度上不安定であり,円滑確実な楔作用を維持できない等の問題点がある。」(段落【0003】,下線部は判決において付した。)との記載がある。同記載によれば,本件明細書は,刊行物2発明である,ばねを構成要件としない逆転防止装置についても,ころがり部材の楔作用を作動位置と非作動位置とに「規制保持」する,との用語を用いていることから,これと同義の「保持規制」との用語も,本件発明の「ころがり部材をばねで付勢する。」との構成とは別個の構成として用いていると解するのが相当である。 本件発明に係る出願当初の明細書(乙第4号証は同出願の公開特許公報である。)においては,ばねによる付勢の構成は,特許請求の範囲に記載されておらず,発明の詳細な説明中において,「ころがり部材は発条により楔作用をする方向に付勢するのが好適である。」(段落【0005】)とされていたにとどまる。同明細書中には,同発明について「前記環状保持体9にはこれを回動するための回動操作部材13が一体又は一体的に設けられ該回動操作部材13をリール筺体4に支持された操作杆14のガイドにより,環状保持部材9を回動してころがり部材7を図3の楔作用をする作動位置と図4の楔作用をしない非作動位置とに保持規制するように構成されている。」(段落【0009】)との記載があり,ばねによる付勢を構成要件としていなかった出願当初の発明についても「保持規制」するとの用語が用いられている。 これらの記載も,本件発明における「保持規制」についての上記解釈を裏付けるものであるということができる。 上に述べたところによれば,本件発明における「保持規制」の構成を,ころがり部材をばねで付勢して定位置に配置することである,と解することができないことは明らかである。 原告の主張は,その前提において誤っており,採用することができない。 2 原告の主張2(相違点Bについての判断の誤り)について (1) 刊行物1発明の認定の誤り-1(「締め付けローラ3の前後動を規制した保持器2」)について 原告は,刊行物1発明における締め付けローラ3は,保持器2によって片側方向(別紙3の図2によれば図面下方向)の動きは規制されているものの,その反対方向(同図の図面上方向)の動きを規制する構成(動きを規制する部材の存在)を認めることができないので,前後動(同図の上下方向)が規制されているとすることはできない,として,決定が刊行物1発明において保持器2が締め付けローラ3の前後動を規制している,と認定したのは誤りである,と主張する。 しかしながら,刊行物1(甲第4号証)には,「スリーブ1内に保持器2が配置されており,この保持器内には締め付けローラ3が保持されている」(2頁左下欄19行〜右下欄1行)との記載があり,図2(別紙3の図2参照)においては,締め付けローラ3の下方に保持器2が示され,締め付けローラ3の上方には,特に引出し線によって番号を表示されてはいないものの,保持器2と同一のハッチングで示された部材(以下「上方部材」という。)が示されている。刊行物1のこれらの記載によれば,特に別に理解すべき特段の事情の認められない限り,上方部材も保持器2として示されている下方の部材と一体の部材として,保持器2を構成し,内部に締め付けローラを保持してその前後動を規制しているものと解するのが相当である。 刊行物1の図2には,保持器2及び上方部材のものと同一のハッチングで,「軸受けローラ(ころ)9を保持する別の保持器8」(2頁右下欄8行〜9行)が表示されている。しかし,このことから,上方部材が保持器8を意味すると解するのは不自然である。上方部材は下方の部材と一体として締め付けローラを保持しており,保持器8が同一ハッチングで表示されているのは,いずれも保持器である点で共通しているからにすぎないと考えるのが合理的である。 他に,刊行物1における締め付けローラ3の規制手段について,上記と異なる理解をすべき根拠となるべき特段の事情は,本件全資料を検討しても,見いだすことができない。 原告の主張は採用することができない。 (2) 刊行物1発明の認定の誤り-2(「保持器2に設けたリングばね10による切り替え部材14」)について 原告は,刊行物1発明において,リングばね10は,保持器2とスリーブ1とに関連した中間架設部材として設けられるものであるから,決定が,同発明においてリングばね10は保持器2に設けられている,と認定したのは誤りである,と主張する。 刊行物1発明において,リングばね10は保持器2とスリーブ1とに関連した中間架設部材として設けられるものであることは,当事者間に争いがない。 決定は,刊行物1について,「スリーブ1の内部で保持器2の保持器8とは逆の側にリングばね10が配置されている。このリングばねの直径は保持器2の直径と等しい。リングばね10は,スリーブ1を装着されている軸11とは接触していない。リングばね10はその一方の端部に折り曲げ部12を有しており,これはスリーブ1の孔13内に係合して,スリーブ1に固定されている。」(決定書4頁29行〜33行)と認定している。同認定内容に照らすと,決定は,リングバネが保持器2とスリーブ1に関連した中間架設部材であることを当然の前提としているものと理解するのが合理的である。刊行物1発明の内容を要約した個所(決定書5頁21行〜33行)において,「保持器2に設けたリングばね10による切り替え部材14」(決定書5頁25行〜26行)が記載されていると認定して,スリーブ1について言及しなかったのは,当然の前提として省略したものにすぎず,スリーブ1がリングばね10を支持していないとの趣旨を述べたものでないことは明らかである。 原告の主張は,採用することができない。 (3) 技術常識の誤認による判断の誤り,の主張について 甲第5ないし第7号証及び弁論の全趣旨によれば,一方向クラッチは,回転部材の一方向のみの回転トルクをクラッチ接続により被回転部材に伝達し,回転部材の逆方向の回転トルクをクラッチ遮断により被回転部材に伝達しないようにする機械要素であること,一方向クラッチの特性を使用するに際して,回転トルクを伝達して被回転部材を回転させる基本的な利用形態だけでなく,被回転部材を固定しておき,クラッチ接続時に回転部材の回転を防止するようにした逆転防止装置として用いる形態もあることは当業者の技術常識であること,魚釣用リールの技術分野において,一方向クラッチを逆転防止装置として用いることは周知慣用の技術であること,が認められる。 上に述べたところによれば,当業者が刊行物1発明の一方向クラッチを逆転防止装置として用いることを想起することは,格別困難なことではないことが明らかである。 原告は,決定が,刊行物1発明について,「回動操作部材を切り替え操作するときの操作性を考慮すると,クラッチの接続又は遮断のいずれの状態においても回動操作可能となるように,前記回動操作部材が連結される環状外枠は何らかの部材に固定されているとみるのが技術常識であるから,結局,刊行物1に記載の発明には,逆転防止装置に適合した一方向クラッチが開示されていると認められる。」(決定書9頁27行〜32行)と判断したことについて,このような技術常識は存在せず,決定は技術常識を誤認した結果,相違点Bについての判断を誤ったものである,と主張する。 しかしながら,刊行物1発明の一方向クラッチにおいて,操作者が操作する回動操作部材としての「切り替え部材14」をクラッチの接続又は遮断のいずれの状態においても回動操作することを可能なものとするためには,回動操作部材が連結された環状外枠としての「スリーブ1」が相対的に固定されている必要があることは,自明のことである。このことを技術常識に属するとした決定の判断に誤りはないというべきである。 原告は,刊行物1記載の一方向クラッチを逆転防止装置として用いる際に,スリーブ1を回転不可能に固定する必然性はない,と主張し,その根拠として甲第8号証の記載を援用する。しかしながら,甲第8号証に記載されたものは,回動操作部材に相当するコロ制御部材6と環状外枠に相当する外輪1及びこれと一体の出力ギヤとが独立して配設されており,コロ制御部材6の環状鍔部6aに切欠き部6bを設けて,外部のストッパ18により揺動回転を制御するものであって,刊行物1発明における逆転防止装置のように,回動操作部材と環状外枠とが共動する関係にあるという構成を欠くものであるから,刊行物1発明の一方向クラッチを逆転防止装置として用いる際にスリーブ1を固定する必然性はない,との主張の根拠とはなり得ないものである。 原告の主張は採用することができない。 (4) 適用阻害要因の看過による判断の誤り,の主張について 原告は,刊行物1発明の自動復帰する機能を備える一方向クラッチは,操作者が手を放すと,クラッチ作動位置となって常時逆転防止状態を維持し続けることとなり,操作部材から手を放して,装置そのものだけでクラッチの被作動位置の逆転可能状態を維持することができないから,これを,逆転防止状態と逆転可能状態のいずれかの状態を装置そのものだけで維持することができるように構成された刊行物2発明に適用するについては,阻害要因がある,と主張する。 しかしながら,刊行物2は,一方向クラッチを逆転防止状態と逆転可能状態のいずれかの状態を装置そのものだけで維持して魚釣用スピニングリール特有の使い方が可能な逆転防止装置を既に備えているのであるから,このような刊行物2発明に刊行物1発明の一方向クラッチを採用する際に,魚釣用スピニングリールとしての特有の使い方ができるよう,装置そのものだけで逆転防止状態と逆転可能状態のいずれにも切り換え維持することができる構造を備えるようにすることは,当業者が当然に行うべき設計的事項にすぎないものというべきである。 原告の主張は採用することができない。 3 原告の主張3(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明は,相違点Aに係る構成を採用することによって,カラー等の部材の部品点数を減少し,取付誤差を小さくしてカラーの軸心の振れを発生しにくくした結果,「ころがり部材の支持作用及び楔作用も安定して円滑確実に回転部材の逆転防止を行うことができる」との顕著な作用効果を奏する,と主張する。 回転軸筒に一体的にカラーを係合嵌着させてその外周に逆転防止部材を配置するとともに,その回転軸筒の前側にローターの軸筒部を係合嵌着させた魚釣用スピニングリールの逆転防止装置,及び,回転軸筒に一体的にカラーとしての内輪を係合嵌着させてその外周にころがり部材を配置するクラッチが,いずれも周知技術であることは,当事者間に争いがない。刊行物2発明において,ころがり部材が楔作用をする回転部材について,上記周知技術を採用し,回転部材である回転軸筒に係合嵌着されるカラーとの間にローターの軸筒部を介在することに代えて,回転軸筒に一体的にカラーを係合嵌着させる構成を採用することを,当業者が容易に想到できるものと解すべきことは,決定の述べるとおりである。 原告の主張する上記作用効果は,上記回転軸筒に一体的にカラーを係合嵌着させるとの構成を採用したことによる自明の効果にすぎないものというべきであり,これを特許性の根拠となる顕著なものとすることはできない。 原告の主張を採用することはできない。 (2) 原告は,本件発明は,「ころがり部材を収容保持するガイド溝を形成しかつころがり部材の前後動を規制した環状保持体を環状外枠の内周に回動範囲を規制して回動可能に嵌着する」との構成,及び「環状外枠を本体固定部であるリール筺体に固着して環状保持体の内周に回動可能に嵌着するカラーを介して回転部材である回転軸筒の逆転防止装置を構成」する,との構成を採用したことにより,「ころがり部材,環状保持体及び環状外枠を一体的にユニット化して製造時の組込み操作や分解清掃を迅速容易にして作業性を向上できると共にころがり部材の支持作用及び楔作用も安定して円滑確実に回転部材の逆転防止を行うことができる。」との顕著な作用効果を奏するにもかかわらず,決定はこれを看過した,と主張する。 しかしながら,上記作用効果は,上記構成を採用したことによる自明の効果にすぎないというべきであり,これを特許性の根拠となる顕著なものとすることはできない。 原告の主張は採用することができない。 |
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結論
以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 阿部正幸 |
裁判官 | 高瀬順久 |