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関連審決 異議2000-72673
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13行ケ358特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ258審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10110特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ474特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
関連ワード 容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  優先権 /  優先日 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 104号 特許取消決定取消請求事件
原告 グラクソ・グループ・リミテッド
訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同 宮嶋学
同 弁理士 中村行孝
同 紺野昭男
同 横田修孝
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 谷口浩行
同 一色 由美子
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/12/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が異議2000−72673号事件について平成14年11月7日にした決定のうち,特許第3020757号の請求項8に係る特許を取り消すとの部分を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は,これを9分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
原告のために,この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2000-72673号事件について平成14年11月7日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「タキキニン拮抗体の医学的新規用途」とする特許第3020757号発明(平成4年9月18日出願〔優先権主張1991年(平成3年)9月20日(以下「本件優先日」という。),1992年(平成4年)2月11日,同年2月27日・英国〕,平成12年1月14日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき,特許異議の申立てがされ,同申立ては,異議2000-72673号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成13年9月10日,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成14年11月7日,「訂正を認める。特許第3020757号の請求項1ないし9に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月22日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(本件訂正に係るもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】タキキニン拮抗体を有効成分としてなり,該タキキニン拮抗体がNK1受容体拮抗体である,嘔吐治療剤。 【請求項2】嘔吐が,癌化学治療剤,放射線宿酔,放射線療法,毒物,毒素,妊娠,前庭障害,術後症,胃腸障害,胃腸運動低下,内臓痛,偏頭痛,頭蓋間圧上昇,頭蓋間圧下降またはオピオイド鎮痛薬により惹起されるものである,請求項1に記載の治療剤。 【請求項3】嘔吐が癌化学治療剤により惹起されるものである,請求項2に記載の治療剤。 【請求項4】嘔吐がシスプラチンまたはシクロフオスファミドにより惹起されるものである,請求項3に記載の治療剤。 【請求項5】嘔吐がモルヒネ,吐根または硫酸銅により惹起されるものである,請求項1または2に記載の治療剤。 【請求項6】タキキニン括抗体が下記の式A,B,C,D,E,F,G,H,V’またはWで表される化合物,またはその薬学的に許容される塩である,請求項1〜5のいずれか一項記載の治療剤。 【化1】) (ここで,Arはチエニル,フェニル,フルオロフェニル,クロロフェニルまたはブロモフェニルを表し;Rは水素または炭素原子を1から4個含むアルキルを表し;R1は炭素原子を5から7個含むシクロアルキル,ノルボルニル,ピロリル,2,3-ジヒドロベンゾフラニル,チエニル,アルコキシ部分に炭素原子を1から3個含むアルコキシチエニル,ピリジル,ヒドロキシピリジル,キノリニル,インドリル,ナフチル,アルコキシ部分に炭素原子を1から3個含むアルコキシナフチル,ビフェニル2,3-メチレンジオキシフェニル,またはフェニル基であって,シアノ,ニトロ,アミノ,アルキル部分に炭素原子を1から3個含むN-モノアルキルアミノ,フッ素,塩素,臭素,トリフルオロメチル,炭素原子を1から3個含むアルキル,炭素原子を1から3個含むアルコキシ,アリルオキシ,ヒドロキシ,カルボキシ,アルコキシ部分に炭素原子を1から3個含むアルコキシカルボニルベンジルオキシ,カルボキサミド,またはアルキル部分に炭素原子を1から3個含むN,N-ジアルキルカルボキサミドから選択される二つ迄の置換基により置換されていてもよいフェニルを表し;R11は炭素原子を3または4個含む枝分かれ鎖アルキル,炭素原子を5または6個含む枝分かれ鎖アルケニル,炭素原子を5から7個含むシクロアルキル,フリル,チエニル,ピリジル,インドリル,ビフェニル,またはフェニルであってフッ素,塩素,臭素,トリフルオロメチル,炭素原子を1から3個含むアルキル,炭素原子を1から3個含むアルコキシ,カルボキシ,アルコキシ部分に炭素原子を1から3個含むアルコキシカルボニルまたはベンジルオキシカルボニルから選択される二つ迄の置換基により置換されていてもよいフェニルを表す。但しR1が未置換フェニル,ピロリルまたはチエニルを表し,Arがチエニル以外の基をあらわすとき,R11は常に未置換フェニル,フルオロフェニル,クロロフェニル,ブロモフェニルまたはアルキルフェニル以外の基を表す。) 【化2】 (ここで,R1は水素または(C1-C6)アルキルを表し;R2はフェニル,ピリジル,チエニルまたはフリルを表し,このR2は,(C 1-C 4)アルキル,(C 1-C 4)アルコキシ,クロロ,フルオロ,ブロモ,ヨードおよびトリフルオロメチルから独立して選択される1個から3個の置換基によって置換されていてもよい;R3はフェニル,ナフチル,ピリジル,チエニルまたはフリルを表し,このR3は,(C1-C 4)アルキル,(C 1-C 4)アルコキシ,クロロ,フルオロ,ブロモ,ヨードおよびトリフルオロメチルから独立して選択される1個から3個の置換基によって置換されていてもよい。) 【化3】 (ここで,Yは(CH 2) m(mは1から3の整数),または下記の式で表される基, 【化4】 Pは0または1の整数であり; Zは酸素,硫黄,アミノ,N-(C1-C3)アルキルアミノまたは-(CH2) n-(nは0,1または2); Arはチエニル,フェニル,フルオロフェニル,クロロフェニルまたはブロモフェニルであり;R1は炭素原子を5から7個含むシクロアルキル,ピロリル,チエニル,ピリジル,フェニルまたは置換フェニルであり,ここで置換フェニルはフッ素,塩素,臭素,トリフルオロメチル,炭素原子を1から3個含むアルキル,炭素原子を1から3個含むアルコキシ,カルボキシ,アルコキシ部分に炭素原子を1から3個含むアルコキシカルボニル,およびベンジルオキシカルボニルから選ばれる1から3個の置換基により置換されている; R2はフリル,チエニル,ピリジル,インドリル,ビフェニル,フェニルまたは置換フェニルであり,ここで置換フェニルはフッ素,塩素,臭素,トリフルオロメチル,炭素原子を1から3個含むアルキル,炭素原子を1から3個含むアルコキシ,カルボキシ,アルコキシ部分に炭素原子を1から3個含むアルコキシカルボニル,およびベンジルオキシカルボニルから選ばれる1または2個の置換基により置換されている。) 【化5】 (ここで,Xは0から4の整数; Yは0から4の整数; Zは0から6の整数; (CH2) zを含む環は0から3個の二重結合を含んでいてもよく,(CH 2)zの炭素のうちの1個が酸素,硫黄または窒素で置換されていてもよい; mは0から12の整数で,(CH2) mの炭素-炭素単結合のうちのいずれかが炭素-炭素二重結合または三重結合により置換されていてもよく,また(CH2) mのいずれかの炭素原子がR8により置換されていてもよい; R1は水素,またはヒドロキシ,アルコキシまたはフルオロで置換されていてもよい(C1-C 6)アルキル; R2は水素,直鎖または枝分かれ鎖(C 1-C 6)アルキル,炭素原子のうち1個が窒素,酸素または硫黄により置換されていてもよい(C3-C 7)シクロアルキル;フェニルおよびナフチルから選ばれるアリール;インダニル,チエニル,フリル,ピリジル,チアゾリル,イソチアゾリル,オキサゾリル,イソキサゾリル,トリアゾリル,テトラゾリルおよびキノリルから選ばれるヘテロアリール;フェニル(C2-C 6)アルキル,ベンズヒドリルおよびベンジルから選択されるものであって,ここでアリールおよびヘテロアリール基,並びにベンジル,フェニル(C2-C6)アルキルおよびベンズヒドリル基のフェニル部分は,ハロ,ニトロ,(C 1-C6)アルキル,(C 1-C 6)アルコキシ,トリフルオロメチル,アミノ,(C 1-C 6)アルキルアミノ,(C 1-C 6)アルキル-O-C(O),(C 1-C 6)アルキル-O-C(O)-(C1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルキル-CO 2-,(C 1-C 6)アルキル-C(O)-(C 1-C 6)アルキル-O-,(C 1-C6)アルキル-C(O)-,(C 1-C 6)アルキル-C(O)-(C 1-C 6)アルキル-,ジ-(C1-C 6)アルキルアミノ,-CONH-(C1-C6)アルキル,(C1-C6)アルキル-CONH-(C1-C 6)アルキル,-NHC(O)Hおよび-NHC(O)(C 1-C 6)アルキルから独立して選ばれる1個またはそれ以上の置換基により置換されていてもよい; R5は水素または(C 1-C 6)アルキル; 或いはR2およびR5は,それらに結合している炭素と共に,炭素原子を3から7個もつ飽和炭素環式環を形成する,ここでこれらの炭素原子のうち1個は,酸素,窒素または硫黄により置換されていてもよい; R3はフェニルおよびナフチルから選ばれるアリール;インダニル,チエニル,フリル,ピリジル,チアゾリル,イソチアゾリル,オキサゾリル,イソキサゾリル,トリアゾリル,テトラゾリルおよびキノリルから選ばれるヘテロアリール;または炭素原子を3から7個もつシクロアルキルであって,ここでこれらの炭素原子のうち1個は窒素,酸素または硫黄により置換されていてもよく;アリールおよびヘテロアリール基は1個または2個の置換基により置換されていてもよい,また(C3-C 7)シクロアルキルは1個または2個の置換基により置換されていてもよい,ここで置換基とはハロ,ニトロ,(C1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルコキシ,トリフルオロメチル,アミノ,フェニル,(C1-C 6)アルキルアミノ,-CONH-(C1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルキル-CONH-(C 1-C6)アルキル,-NHC(O)Hおよび-NHC(O)-(C 1-C 6)アルキルから独立して選ばれるものである; R4は有効な結合部位をもつ窒素含有環のいずれの原子と結合していてよく,R7は有効な結合部位をもつ(CH 2) z含有環のいずれの原子と結合していてよい; R4,R6,R7およびR8は水素,ヒドロキシ,ハロ,アミノ,カルボキシ,カルボキシアルキル,(C1-C 6)アルキルアミノ,ジ(C 1-C 6)アルキルアミノ,(C1-C 6)アルコキシ,(C 1-C 6)アルキル-O-C(O)-,(C 1-C6)アルキル-O-C(O)-(C 1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルキル-CO2,(C1-C 6)アルキル-C(O)-(C 1-C 6)アルキル-O-(C 1-C6)アルキル-C(O)-,(C 1-C 6)アルキル-C(O)-(C 1-C 6)アルキル-,およびR2の定義中に述べられているラジカルからそれぞれ独立して選ばれるものである。但し(a)mが0のときR8は存在しない,(b)R4,R6,R7およびR8のいずれも,それらに結合している炭素と共にR5を有する環を形成しない,また(c)R4およびR7は同一の炭素原子とは結合しない。) 【化6】 (ここで,Qは置換されていてもよいアザビサイクリック環系残基; Xはオキサまたはチアを表す; YはHまたはヒドロキシを表す; R1およびR2はそれぞれ独立してフェニルまたはチエニルを表し,いずれの基もハロまたはトリフルオロメチルで置換されていてもよい; R3,R4およびR5はそれぞれ独立してH,C 1- 6アルキル,C 2- 6アルケニル,C2- 6アルキニル,ハロ,シアノ,ニトロ,トリフルオロメチル,トリメチルシリル,-ORa,SCH 3,SOCH 3,SO 2CH 3,-NRaRb,NRaCORb,NRaCO 2Rb,-CO 2Raまたは-CONRaRbを表す; RaおよびRbはそれぞれ独立してH,C 1- 6アルキル,フェニルまたはトリフルオロメチルを表す。) 【化7】 (ここで,Yは(CH2)n(nは1から4の整数を表し,(CH2)n中のいずれかの炭素-炭素単結合が炭素-炭素二重結合により置換されていてもよく,(CH2) n中のいずれかの炭素原子がR4で置換されていてもよく,また(CH 2)n中のいずれかの炭素原子がR7で置換されていてもよい。); Zは(CH2) m(mは0から6の整数を表し,(CH 2) m中のいずれかの炭素-炭素単結合が炭素-炭素二重結合または三重結合により置換されていてもよく,また(CH2) m中のいずれかの炭素原子がR8で置換されていてもよい。); R1は水素,または,ヒドロキシ,(C 1-C 4)アルコキシまたはフルオロで置換されていてもよい(C1-C 8)アルキル; R2は水素,直鎖または枝分かれ鎖(C 1-C 6)アルキルおよび(C 3-C 7)シクロアルキル(シクロアルキル中の1個のCH2がNH,酸素または硫黄により置換されていてもよい)から選ばれるラジカル;フェニルおよびナフチルから選ばれるアリール;インダニル,チエニル,フリル,ピリジル,チアゾリル,イソチアゾリル,オキサゾリル,イソキサゾリル,トリアゾリル,テトラゾリルおよびキノリルから選ばれるヘテロアリール;フェニル-(C2-C 6)-アルキル,ベンズヒドリルおよびベンジルであって,ここでアリールおよびヘテロアリール基,並びにベンジル,フェニル-(C2-C 6)-アルキルおよびベンズヒドリル基のフェニル部分はハロ,ニトロ,(C1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルコキシ,トリフルオロメチル,アミノ,(C1-C 6)アルキルアミノ,(C 1-C 6)アルキル-O-C(O)-,(C 1-C 6)アルキル-O-C(O)-(C 1-C 6)アルキル,(C1-C 6)アルキル-C(O)-O-,(C 1-C 6)アルキル-C(O)-,(C1-C 6)アルキル-O-,(C 1-C 6)アルキル-C(O)-,(C 1-C6)アルキル-C(O)-(C 1-C 6)アルキル-,ジ-(C 1-C 6)アルキルアミノ,-CONH-(C1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルキル-CONH-(C1-C 6)アルキル,NHC(O)Hおよび-NHC(O)-(C 1-C 6)アルキルからそれぞれ独立して選ばれる1個またはそれ以上の置換基により置換されていてもよく,またベンズヒドリルのフェニル部分の一つがナフチル,チエニル,フリルまたはピリジルで置換されていてもよい; R5は水素,フェニルまたは(C 1-C 6)アルキル;或いはR2とR5とが,それらに結合している炭素と共に,炭素原子を3から7個もつ飽和環を形成する,ここでこの環中のCH2基の一つが酸素,NHまたは硫黄で置換されていてもよい; R3はフェニルおよびナフチルから選ばれるアリール;インダニル,チエニル,フリル,ピリジル,チアゾリル,イソチアゾリル,オキサゾリル,イソキサゾリルおよびトリアゾリルから選ばれるヘテロアリール;テトラゾリルおよびキノリル;および炭素原子を3から7個もつシクロアルキルで,このシクロアルキル中のCH2基の一つはNH,酸素または硫黄で置換されていてもよい; ここでアリールおよびヘテロアリール基は1個またはそれ以上の置換基により置換されていてもよく,(C3-C 7)シクロアルキルは1個または2個の置換基により置換されていてもよい,ここで置換基とはハロ,ニトロ,(C1-C 6)アルキル,(C1-C 6)アルコキシ,トリフルオロメチル,アミノ,(C 1-C 6)アルキルアミノ,-CONH-(C1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルキル-C(O)-NH-(C1-C 6)アルキル,-NHC(O)Hおよび-NHC(O)-(C1-C 6)アルキルからそれぞれ独立して選ばれるものである。; R4およびR7は,ヒドロキシ,水素,ハロ,アミノ,オキソ,シアノ,メチレン,ヒドロキシメチル,ハロメチル,(C1-C 6)アルキルアミノ,ジ-(C 1-C6)アルキルアミノ,(C 1-C 6)アルコキシ,(C 1-C 6)アルキル-O-C(O)-,(C1-C 6)アルキル-O-C(O)-(C 1-C 6)アルキル,(C 1-C 6)アルキル-C(O),(C 1-C 6)アルキル-C(O)-(C 1-C 6)アルキル-O,(C1-C 6)アルキル-C(O),(C 1-C 6)アルキル-C(O)-(C1-C 6)アルキル-,およびR2の定義中に記載されているラジカルからそれぞれ独立して選ばれるものである; R6はNHC(O)R9,-NHCH2R9,SO2R9またはR2,R4およびR7の定義中に記載されているラジカル; R8はオキシミノ(=NOH)またはR2,R4およびR7の定義中に記載されているラジカル; R9は(C 1-C 6)アルキル,水素,フェニルまたはフェニル(C 1-C 6)アルキル; 但し,(a)mが0の場合はR8は存在しない,(b)R4,R6,R7またはR8がR2の定義と同様である場合は,それは,それに結合している炭素と共にR5を有する環を形成することはできない,また(c)R4およびR7が同一の炭素と結合している場合,R4およびR7はそれぞれ独立して水素,フルオロおよび(C 1-C 6)アルキルから選ばれるものであるか,またはそれらに結合している炭素と共に,それらに結合している窒素含有環と共にスピロ化合物を形成する(C3-C 6)飽和炭素環式環を形成する。) 【請求項7】タキキニン拮抗体が式Wで表される化合物,またはその薬学的に許容される塩である,請求項6に記載の治療剤。 【請求項8】タキキニン拮抗体が(2S,3S)-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジン,またはその薬学的に許容される酸付加塩である,請求項7に記載の治療剤。 【請求項9】タキキニン拮抗体が,NK1受容体にのみ拮抗するNK 1受容体拮抗体である,請求項1に記載の治療剤。
(以下,上記請求項1〜9に係る発明を,それぞれ本件訂正発明1〜9という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正発明1〜7及び9に係る本件明細書の記載には不備があるから,本件訂正発明1〜7及び9に係る特許は,特許法36条4項,5項及び6項(平成6年法律第116号による改正前の規定を指す趣旨と解される。以下,「改正前特許法36条4項,5項及び6項」のようにいう。)に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであり,また,本件訂正発明6は,Cell. Mol. Neurobiology(本件決定に「Neurobiolgy」とあるのは誤記と認める。),3,No.2,113頁〜126頁(1983)(甲5,以下「甲5文献」という。),特表平3-503768号公報(甲6,以下「甲6公報」という。),特開昭62-252764号公報(甲7,以下「甲7公報」という。),米国特許第4920227号明細書(甲9,以下「甲9明細書」という。)及び特開昭63-196583号公報(甲10,以下「甲10公報」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの,本件訂正発明8は,甲5文献及び欧州特許公開公報第0436334A2(甲8,以下「甲8公報」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,本件訂正発明6及び8に係る特許は,いずれも特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,結局,本件訂正発明1〜9に係る特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認められるから,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件明細書に記載すべき事項についての認定判断を誤った(取消事由1)結果,本件訂正発明1〜7及び9に係る特許は,改正前特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるとの誤った結論に至り,また,本件訂正発明6及び8の進歩性に関する認定判断を誤った(取消事由2,3)結果,本件訂正発明6及び8に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(明細書の記載事項に関する認定判断の誤り) (1) 本件決定は,本件明細書の本件訂正発明1に係る特許請求の範囲においては,「NK1受容体拮抗体が如何なる化合物であるのか明確に記載がされているものではない」(決定謄本16頁第1段落)し,「NK1受容体拮抗作用を有する化合物が如何なるものであるのか,発明の詳細な説明中には,何ら具体的に記載されているものではないのであるから,どのような化合物が,NK1受容体拮抗体として把握できるのか,当業者にとって不明である」(同第2段落)から,本件訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載及びこれを引用する本件訂正発明2〜5及び9に係る特許請求の範囲の記載は改正前特許法36条の要件を満たさないものであり,また,本件明細書の特許請求の範囲の「請求項6に記載されている式A,B,C,D,E,F,G,H,V’またはWで表される化合物の中からタキキニン拮抗作用を有する化合物を選択することは,過度の試行錯誤を要するものといえる」(同第7段落)から,本件訂正発明6に係る特許請求の範囲の記載及びこれを引用する本件訂正発明7に係る特許請求の範囲の記載も改正前特許法36条の要件を満たさないものであり,さらに,本件明細書の発明の詳細な説明について,「如何なる化合物がNK1受容体拮抗作用を有するものであるのか,何ら具体的に記載されているものではないのであるから,どのような化合物が,NK1受容体拮抗体として把握できるのか,全ての化合物についてその活性を試験により確認する必要があり,このような確認試験を行うこと自体当業者にとって容易でないというべきである」(同17頁第1段落),「ある化合物が,それ自体の構造からでは,特定の生物学的な活性をもっているとは必ずしも確信を持って認識し得ないといえる本件発明(注,本件訂正発明1〜7及び9)は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易に実施することができる程度に記載されているとはいえない」(同第2段落)とし,結局,本件訂正発明1〜7及び9に係る本件明細書の記載は,改正前特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさないものであると判断した。
しかしながら,本件明細書の記載事項に関する本件決定の上記認定判断は,いずれも誤りである。
(2) 本件決定は,「NK1受容体拮抗作用を有する化合物が如何なるものであるのか,発明の詳細な説明中には,何ら具体的に記載されているものではない」(決定謄本16頁第2段落),「如何なる化合物がNK1受容体拮抗作用を有するものであるのか,何ら具体的に記載されているものではない」(同17頁第1段落)などとするが,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された「NK1受容体拮抗体」との語は,本件優先日当時において当業者によりその内容が明確に理解されていた。すなわち,本件明細書(甲4)の段落【0058】には,NK 1受容体拮抗活性を測定するための試験方法として,「Dam, V.および Quirion, R.の方法」(Peptides, 7, 855-864 (1986))及び「Brown, J.R.らの方法」(Tachykinin Antagonists, Hakanson, R. and Sundler, F. (Eds.) Elsevier: Amsterdam, (1985) pp. 305-312,甲12)を挙げており,本件優先日当時,既に上記複数の文献において,NK1受容体拮抗活性を測定するための試験方法が記載されていたのであるから,いかなる化合物がNK1受容体拮抗体であるのかを知ることは,当業者にとって格別困難なものでなかったことは明らかである。
したがって,本件明細書において,「NK1受容体拮抗体」が,何ら具体的に記載されているものではないとする本件決定の認定判断は誤りである。
(3) また,本件決定は,「請求項6に記載されている式A,B,C,D,E,F,G,H,V’またはWで表される化合物の中からタキキニン拮抗作用を有する化合物を選択することは,過度の試行錯誤を要するものといえる」(決定謄本16頁第7段落)とするが,上記(2)のとおり,本件優先日当時,NK1受容体拮抗活性を測定するための試験方法は当業者に知られていたのであるから,「式A,B,C,D,E,F,G,H,V’またはWで表される化合物」の中から「NK1受容体拮抗体」であるかどうかを確認する実験操作は,所定の手順を踏めば実施でき,格別の創意工夫を要しない単なる繰り返し作業であって,「過度の試行錯誤」は何ら必要としないから,本件決定の上記認定判断は,誤りである。
(4) さらに,本件決定は,「どのような化合物が,NK1受容体拮抗体として把握できるのか,全ての化合物についてその活性を試験により確認する必要があり,このような確認試験を行うこと自体当業者にとって容易でないというべきである」(決定謄本17頁第1段落)とする。しかしながら,いかなる化合物がNK1受容体拮抗体であるかを知るための試験方法が本件明細書に記載されている以上,その確認試験を行うことが当業者にとって容易でないとする理由はない。
また,本件決定は,「ある化合物が,それ自体の構造からでは,特定の生物学的な活性をもっているとは必ずしも確信を持って認識し得ないといえる本件発明(注,本件訂正発明1〜7及び9)は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易に実施することができる程度に記載されているとはいえない」(同第2段落)と説示するが,上記の試験方法により「NK1受容体拮抗体」であることを認識できれば,更にその化合物の構造から特定の生物活性を有するかどうかを認識する必要はない。本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載のない化合物の構造という要件を持ち出して,化合物の構造から生物学的活性が認識できないことを理由に,「発明の詳細な説明に当業者が容易に実施することができる程度に記載されているとはいえない」とする本件決定の判断は,誤りである。
(5) 本件明細書には,@試験化合物であるシス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジン(2S,3S),A式(I)で表される化合物である(エキソ,エキソ)-2-(ジフェニルメチル)-N-〔(2-メトキシフェニル)メチル〕-1-アザビシクロ〔2.2.1〕ヘプタン-3-アミン,B試験化合物であるN-〔N1-〔L-ピログルタミル-L-アラニル-L-アスパルチル-L-プロリル-L-アスパラギニル-L-リシル-L-フェニルアラニル-L-チロシル〕-4-メチル-1-オキソ-2S-(6-オキソ-5S-1,7-ジアザスピロ〔4.4〕ノナン-7-イル)ペンチル〕-L-トリプトファナミドの3種のNK1受容体拮抗体が嘔吐治療剤として有効であることが示されており(段落【0102】),これらの化合物が相互に全く異なる化学構造を有することに照らせば,嘔吐治療効果を有する化合物であるか否かは,化合物の構造類似性を指標とするのではなく,NK1受容体拮抗作用を有するか否かにより決定されているということができる。そして,これらのうちの一つの化合物の鏡像異性体が他方の鏡像異性体に比べて1/1000のNK1受容体拮抗作用しか示さず,嘔吐治療効果も示さなかったとの記載(同段落)も,上記のことを支持しており,ある化合物がNK1受容体拮抗作用を示せばその化合物は抗嘔吐活性を示し,ある化合物がNK 1受容体拮抗作用を示さなければその化合物は抗嘔吐活性を示さないことが証明されている。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が容易に実施できる程度に記載されているというべきであり,これを否定した本件決定の判断は,誤りである。
(6) 上記(5)のとおり,本件明細書は,「NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有効である」との知見を新たに提供するものであり,この知見は,既知のNK1受容体拮抗体を嘔吐治療剤として用いることを可能とするのみならず,動物実験等を行うことなく,標準的なアッセイ法により候補化合物のNK1受容体拮抗活性を試験するというルーチンワークによって嘔吐治療に有効な化合物を見いだすことを可能とする点において,極めて有用なものである。
ところで,本件訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載は,「タキキニン拮抗体を有効成分としてなり,該タキキニン拮抗体がNK1受容体拮抗体である,嘔吐治療剤。」というものであり,NK1受容体拮抗体を有効成分とする嘔吐治療剤と定義付けられているところ,この特許請求の範囲の記載は,「NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有効である」という本件明細書によって新たに提供される上記知見から,的確に導き出されるもので,本件明細書に記載された発明の本質を的確に規定したものということができる。もとより,このような特定方法によって第三者の利益を害することは許されないが,上記(2)のとおり,「NK1受容体拮抗体」という語は,本件優先日当時,当業者に明確に理解されていた上,上記(2)及び(4)のとおり,ある特定の化合物が「NK1受容体拮抗体」であるかどうかを知ることは,当業者にとって格別困難なことではないから,第三者に不測の損害を与えることはない。他方,「NK1受容体拮抗体」との機能的な特定以外の方法によって本件訂正発明1を適切に特定することはできないのであるから,このような場合にまで機能的な特定を認めないとすることは,産業の発達に寄与する発明を保護するという特許法の趣旨にかんがみ適当でないというべきである。
2 取消事由2(本件訂正発明6の進歩性に関する認定判断の誤り) (1) 本件決定は,「刊行物15(注,甲5文献)には,P物質が嘔吐作用を有することが記載され,刊行物16(注,甲6公報)に記載された化合物がP物質摂受部位においてP物質の効果を相殺するものであるとの記載からすれば,『P物質の効果を相殺する』との記載は,P物質による嘔吐作用を抑制することの意味に理解することに何ら困難はない」(決定謄本22頁第2段落)とする。
しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲の請求項6は,請求項1を引用するものであるから,請求項1に記載の発明と同様,その有効成分は「NK1受容体拮抗体」でなければならないところ,甲6公報にいう「P物質拮抗体」と「NK1受容体拮抗体」とは同一ではなく,かつ,「NK 1受容体拮抗体」と「嘔吐治療」とを関連付ける記載は,甲5文献及び甲6公報にはない。したがって,本件決定は,上記請求項6に記載の「NK1受容体拮抗体」との特定事項を看過したまま,本件訂正発明6の進歩性を判断したとの違法があるというべきである。
(2) また,本件決定は,上記のとおり,甲6公報の「『P物質の効果を相殺する』との記載は,P物質による嘔吐作用を抑制することの意味に理解することに何ら困難はない」とするが,この判断も誤りである。すなわち,甲6公報の記載は,P物質の多様な生理活性が関係する疾患の一部についてP物質拮抗体が有用であったことを示すものではあっても,いかなるP物質拮抗体が,多様な生理活性のうち目指す生理活性の抑制・制御に有用であるかの具体的示唆までがされているとは言い難い。同様に,単にP物質が催吐性であることを開示する甲5文献の記載からは,P物質拮抗体であれば嘔吐の抑制が可能であるとの具体的な予測ないし予見はできないというべきであるから,本件決定の上記判断は,甲5文献及び甲6公報の記載から当業者が理解し得ない内容について示唆があるとしたものであって,誤りである。
(3) 本件決定は,「刊行物17(注,甲7公報),20(注,甲9明細書),21(注,甲10公報)には,キヌクリジン骨格を有する化合物がシスプラチンなどの化学療法剤による胃腸障害を伴う嘔吐の治療に用いられることが示されており,これらの刊行物17,20,21の記載に接した当業者は,同じキヌクリジン骨格を有する化合物により胃腸病等の治療がなされるとの記載がされている刊行物16(注,甲6公報)に記載の実施例で示された具体的な化合物については,これらの化合物を,嘔吐の治療に採用してみようとすることは,胃腸病には嘔吐を伴うものもあることから,容易に予測できることといえる」(決定謄本22頁第3段落)とする。この説示のうち,前半の甲7公報,甲9明細書及び甲10公報の開示内容に関する認定部分は正当であるが,後半において,甲6公報に記載の化合物を「同じキヌクリジン骨格を有する化合物」であると認定している部分は誤りである。すなわち,甲7公報,甲9明細書及び甲10公報に記載の化合物と,甲6公報に記載の化合物とは,キヌクリジン骨格に結合した官能基の種類,結合位置及び結合様式において大きく異なっており,甲7公報,甲9明細書及び甲10公報に記載の化合物の嘔吐抑制効果は,キヌクリジン環のみによるのではなく,他の部分の構造との組み合わせによって決定付けられるものと考えられる。したがって,両者を置き換え可能な「同じキヌクリジン骨格を有する化合物」であるとする本件決定の認定は誤りである。
また,そもそも,本件訂正発明6の嘔吐治療剤は,NK1受容体拮抗体を有効成分とするものであるところ,NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有効であることは,甲6公報,甲7公報,甲9明細書及び甲10公報に示唆されているものではない。特に,甲7公報及び甲9明細書には,嘔吐治療剤として用いられる化合物が5HTm受容体拮抗作用又は5HT3拮抗作用を有することが記載されており,本件訂正発明とは全く異なる技術思想を示唆している。加えて,嘔吐は特定の症状群を伴う複雑な障害で,これらの症状は「胃腸病」という広義の用語によって包含される多くの疾患には見られず,嘔吐と胃腸病とは互いに別個独立の疾患であるから,胃腸病の治療薬についての知見により嘔吐の治療薬についての手掛かりが得られることはないというべきである。
したがって,甲6公報に記載の実施例で示された化合物について,甲7公報,甲9明細書及び甲10公報を根拠に,嘔吐治療剤として採用することは当業者が容易に想到し得たものであるとする審決の上記認定判断は,誤りである。
(4) なお,甲5文献に記載の実験結果によれば,P物質に加えヒスタミン等合計13種の化合物が最後野神経を興奮させたとされ,甲5文献の筆者らの従前の報告では,P物質を含む8種の化合物が嘔吐を誘発したとされている。これら13種ないし8種の化合物のすべてに共通する性質及び構造が存在しないことは明らかであるが,にもかかわらず,それが嘔吐という同一の生体反応を誘発するという事実は,最後野における嘔吐が,複数の化合物を横断する普遍性ある反応により引き起こされるものであること,つまり,P物質に特異的なものではないことを強く示唆するものである。ましてや,P物質受容体は,「NK1受容体」,「NK 2受容体」,「NK3受容体」の少なくとも三つに細分化され(甲11),さらに非NK受容体までも存在する(甲13)ことにかんがみれば,P物質による嘔吐が,いずれの受容体を介して誘発されているのかは不明であり,いずれの受容体の拮抗体が嘔吐の抑制に有効であるかを当業者は認識し得ない。
3 取消事由3(本件訂正発明8の進歩性に関する認定判断の誤り) (1) 本件決定は,甲8公報及び甲5文献を根拠に,本件訂正発明8の進歩性を否定した(決定謄本22頁下から第4段落〜23頁第4段落)。
(2) しかしながら,上記2(2)のとおり,甲5文献の記載からは,P物質拮抗体であれば嘔吐の抑制が可能であるとの具体的な予測ないし予見はできないというべきであるから,本件決定の上記判断は,甲5文献の記載から当業者が理解し得ない内容をも示唆があるとするものであって,誤りである。
また,上記2(4)のとおり,甲5文献は,「NK1受容体拮抗体」と「嘔吐」の関係を示唆していないから,本件訂正発明8に係る化合物が「P物質拮抗体」であっても,「NK1受容体拮抗体」と「嘔吐」とを結合させた本件訂正発明8の進歩性は否定されない。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張はいずれも理由がない。
1 取消事由(明細書の記載事項に関する認定判断の誤り)について (1) 本件明細書(甲4)には,NK1受容体拮抗体について,「NK 1受容体に作用するタキキニン拮抗体が嘔吐の治療に特に有効であることが見出された」(段落【0009】),「したがって好ましい態様によれば,本発明は,嘔吐の治療におけるNK1受容体拮抗体の使用を提供する」(段落【0010】),「特に式(I)の化合物はNK1受容体拮抗体をもつ」(段落【0058】),「上記試験化合物の(2R,3R)鏡像異性体は,NK1受容体拮抗体としては(2S,3S)鏡像異性体に比べて1/1000の効力しかなく,上記の嘔吐試験では不活性であった」(段落【0102】)と記載されているだけである。段落【0011】〜【0024】には,好ましいタキキニン拮抗体の例が挙げられているが,これらの好ましいタキキニン拮抗体が,NK1 受容体拮抗体であるとは記載されていないし,嘔吐治療剤であることを裏付ける記載もない。したがって,本件明細書の記載によっては,どのような化合物がNK1受容体拮抗体として把握できるのかが当業者にとって不明であることは明らかというべきである。
(2) 原告は,本件明細書の段落【0058】に掲げられた文献にNK1受容体拮抗活性を測定するための試験方法が記載されていたのであるから,本件明細書には,「NK 1受容体拮抗体」が明確に記載されていたものといえる旨主張する。しかしながら,上記試験方法により,NK1受容体拮抗作用を示す物質を見いだすことができるとしても,いかなる物質が「NK1受容体拮抗体」であるのかが本件明細書に明確に記載されているとはいえない。原告は,いかなる化合物がNK1受容体拮抗体であるのかを知ることは当業者にとって格別困難なものでないとするが,上記試験方法を実施して無数の物質の中からNK1受容体拮抗作用を有する物質を選び出すこと自体,当業者にとって容易でないことは明らかである。
(3) 原告は,本件訂正発明6に係る「式A,B,C,D,E,F,G,H,V’またはWで表される化合物」の中から「NK1受容体拮抗体」であることを確認する実験操作は,所定の手順を踏めば実施できる単なる繰り返し作業であって,過度の試行錯誤は何ら必要としない旨主張する。
しかしながら,本件明細書の「試験化合物シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンの(2S,3S)鏡像異性体は,投与量を3mg/kgi.p.としたときに,シスプラチンによりフェレットに惹起された嘔吐を抑制した。上記試験化合物の(2R,3R)鏡像異性体は,NK1 受容体拮抗体としては(2S,3S)鏡像異性体に比べて1/1000の効力しかなく,上記の嘔吐試験では不活性であった」との記載(段落【0102】)によれば,上記「式A,B,C,D,E,F,G,H,V’またはWで表される化合物」がすべてタキキニン拮抗体としての作用を有するとはいえないことが明らかであり,上記化合物の中にはNK1 受容体拮抗体として採用してもその作用効果を発現しない化合物も含まれているであろうことは容易に理解できる。そうすると,上記化合物を嘔吐治療剤として使用するに当たり,NK1受容体拮抗体としての薬理学的作用効果を検討しなければならず,これは,当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきである。
(4) 改正前特許法36条4項は,「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない」と規定しているところ,これを医薬用途発明について考察すると,医薬発明は,特定の薬理効果を有することを実証により確認してはじめて医薬としての有効性が認識されるのであるから,明細書において実験により確認された薬理効果が記載されていない場合には,当業者はその発明の医薬としての有効性を認識すること,言い換えれば,発明の構成自体に基づいて効果を的確にあるいは容易に理解することができないものと解すべきである。また,明細書の記載に基づいて,医薬用途発明を当業者が容易に実施できるというためには,その医薬用途発明に係る物質あるいは組成物が明らかで,それを用いて有効に治療できること,あるいは有効に治療し得るであろうことを,明細書の記載から当業者が認識し得なければならない。このため,各症例に対する具体的薬理データを示して薬理効果の程度を明らかにする必要があり,この薬理効果の程度を的確に把握できなければ,当業者が有効な治療を行い得るとの認識を持ち得ないことは明らかである。
2 取消事由2(本件訂正発明6の進歩性に関する認定判断の誤り)について (1) 原告は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項6は,請求項1を引用するものであるから,請求項1に記載の発明と同様,その有効成分は「NK1受容体拮抗体」でなければならないところ,本件決定は,上記請求項6に記載された「NK1受容体拮抗体」との特定事項を看過したまま,本件訂正発明6の進歩性を判断した違法がある旨主張する。
しかしながら,上記請求項6に記載の化合物について「NK1受容体拮抗体」であることを明らかにしなければ,嘔吐治療剤として採用できないというものではない。すなわち,ある特定の化合物が嘔吐治療剤として採用できることが予測できるものであれば,薬理学的作用機序を解明しなくとも,臨床面から見ることによって嘔吐の治療薬として把握し得るのであって,その化合物がNK1受容体拮抗体であることを解明しなければ,嘔吐の治療薬として使用できないというものではないのである。したがって,甲6公報に記載の化合物が,NK1受容体拮抗体として明示されていなくとも,当業者にとって,これを嘔吐治療剤として採用することに何ら困難性はないというべきであり,本件決定が上記請求項6に記載された特定事項を看過したとの原告の主張は失当である。
(2) また,原告は,本件決定の「『P物質の効果を相殺する』との記載は,P物質による嘔吐作用を抑制することの意味に理解することに何ら困難はない」(決定謄本22頁第2段落)との説示は,甲5文献及び甲6公報の記載から当業者が理解し得ない内容について示唆があるとしたものであって,誤りである旨主張する。
しかしながら,甲5文献の記載から,P物質が嘔吐の化学物質受容体に作用して嘔吐を生じたものであろうことは容易に理解でき,また,甲6公報に記載の化合物が哺乳動物のP物質摂受部位に対するP物質の効果を相殺するものであることも容易に理解できることであるから,甲5文献及び甲6公報の記載から,P物質拮抗体が,P物質の作用により発現される嘔吐の作用を相殺して,嘔吐を抑制するであろうことは容易に理解できるところであって,審決の上記説示に何ら誤りはない。
(3) 原告は,本件決定が,甲7公報,甲9明細書及び甲10公報に記載された化合物と甲6公報に記載の実施例で示された具体的な化合物とは,「同じキヌクリジン骨格を有する化合物」であるとする本件決定の認定は誤りであるとも主張するが,両者は,官能基の種類,結合位置及び結合様式において多少異なっているとしても,両者の有するキヌクリジン骨格は格別相違しているものではない。
また,原告は,嘔吐と胃腸病とは互いに別個独立の疾患であるから,胃腸病の治療薬についての知見により嘔吐の治療薬についての手掛かりが得られることはないというべきである旨主張するが,甲9明細書,甲10公報及び1988年3月金芳堂発行,佐藤公道ほか著「薬理学のまとめ」(乙1)の記載によれば,嘔吐には胃腸障害により生じるものがあることは明らかであるから,嘔吐と胃腸障害は関連した疾患としてとらえることができ,原告の上記主張は失当である。
(4) 原告は,甲5文献に記載の実験結果等は,最後野における嘔吐の誘発が,P物質に特異的なものではないことを強く示唆するものであり,さらに,P物質受容体は,「NK1受容体」,「NK 2受容体」,「NK 3受容体」の少なくとも三つに細分化され,さらに非NK受容体までも存在することにかんがみれば,P物質による嘔吐が,いずれの受容体を介して誘発されているのかは不明であり,いずれの受容体の拮抗体が嘔吐の抑制に有効であるかを当業者は認識し得ない旨主張する。
しかしながら,甲5文献には,P物質によっても嘔吐が引き起こされたことが記載されているのであるから,P物質により嘔吐が生じたものとして理解することに何ら不思議はなく,「これらの観察は,最後野が嘔吐の化学受容体トリガーゾーンとして機能するという提案を強く支持する」(甲5の124頁第1段落,同抄訳2頁末尾)という記載は,P物質が嘔吐の化学受容体に作用して嘔吐を発生したとの意味に理解するのが自然である。また,P物質による嘔吐は,P物質の作用によるものであるから,P物質を抑制する物質,すなわち,P物質拮抗作用を有する物質を用いれば,P物質による嘔吐が抑制できるであろうことは容易に理解できることであり,P物質受容体についてまで解明しなければ嘔吐の治療剤として使えないというものではない。したがって,原告主張のように「P物質による嘔吐が,これらのどの受容体を介して誘発されているのか不明であり,いずれの受容体の拮抗体が嘔吐の抑制に有効であるのか,直ちに当業者は認識し得ない」としても,当該物質を嘔吐の治療剤として採用できないというものではない。原告の上記主張は失当である。
3 取消事由3(本件訂正発明8の進歩性に関する認定判断の誤り)について 原告は,甲8公報及び甲5文献を根拠に本件訂正発明8の進歩性を否定した本件決定の判断について,甲5文献の記載から当業者が理解し得ない内容をも示唆があるとするものであり,また,甲5文献は,「NK1受容体拮抗体」と「嘔吐」の関係を示唆していないから,本件訂正発明8に係る化合物が「P物質拮抗体」であっても,「NK1受容体拮抗体」と「嘔吐」とを結合させた本件訂正発明8の進歩性は否定されないとして,本件決定の上記判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,甲5文献の示唆についての審決の認定判断が正当であることは,上記2(2)及び(4)のとおりであり,また,甲8公報には,例64(甲8の37頁,同抄訳2頁「例64」の項)に記載された化合物を含む化合物が人間を含む哺乳動物において,P物質拮抗体として薬学的作用を有することが示されている。そうすると,上記例64の化合物を,嘔吐の治療剤として使用することに特に困難は見いだせないというべきであるから,甲5文献及び甲19公報において「NK1 受容体拮抗体」であることが特に記載されていないとしても,本件訂正発明8の進歩性に関する本件決定の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(明細書の記載事項に関する認定判断の誤り)について (1) 本件明細書における特許請求の範囲の記載は,上記第2の2のとおりであり,本件訂正発明1〜7及び9は,原告も自認するとおり,いずれも,「NK1 受容体拮抗体を有効成分とする嘔吐治療剤」として,有効成分をその機能によって規定する構成を採用しているものと認められる。原告は,上記第3の1のとおり,上記各発明の特定方法は,その発明の本質を的確に規定したものであり,上記方法以外によって当該発明を適切に特定することはできない(上記第3の1(6))などとして,上記各発明に係る本件明細書の記載につき改正前特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさないとする本件決定の認定判断は誤りである旨主張する。
(2) そこで,本件明細書(甲4)の記載について検討すると,発明の詳細な説明には,有効成分である「NK1受容体拮抗体」と医薬用途である「嘔吐治療剤」に関連するものとして,@「今般,我々は,P物質拮抗体およびその他のニューロキニン拮抗体を含むタキキニン拮抗体が嘔吐の治療に有効であることを見出した」(段落【0003】),A「NK1受容体に作用するタキキニン拮抗体が嘔吐の治療に特に有効であることが見出された」(段落【0009】,B「したがって好ましい態様によれば,本発明は,嘔吐の治療におけるNK1受容体拮抗体の使用を提供する。本発明に使用される特定のタキキニン拮抗体は,下記の特許明細書に総括的かつ明確に開示されているものを含む。・・・特に好ましいタキキニン拮抗体は,下記の特許明細書に開示されているものである」(段落【0010】,なお,これに続く段落【0011】〜【0023】には,特許公報の番号とともに化合物を表す式が記載されている。),C「特に式(I)の化合物はNK1受容体拮抗作用をもつ。この作用は,Peptides, 7, 855-864 (1986) に記載されているうさぎの大脳皮質膜を用いるDam, V. およびQuirion, R.の方法により,うさぎの皮質中の3H-P物質を置き換える能力を試験管中で測定することにより,またTachykinin Antagonists, Hakanson, R. and Sundler, F. (Eds.) Elsevier: Amsterdam, (1985) pp. 305-312 に記載されているBrown, J.R.らの方法によるうさぎの胸郭大動脈の機能の研究により示される」(段落【0058】),D「式(I)の化合物が制吐作用をもつことが,例えば,シスプラチンによりフェレットに惹起される嘔吐が,前記の試験方法により抑制されることから分かる」(段落【0063】),E「生物学的データ 試験化合物(±)シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンの制吐作用を,シスプラチンによりフェレットに惹起される嘔吐を抑制する能力により示した。この嘔吐のモデルでは,シスプラチン(200mg/m2 i.p.)を投与してから約1時間後にむかつきと嘔吐が起きた。シスプラチンに反応して最初にむかつきが生じた時に試験化合物を投与した(例えば,i.p.,p.o.,i.v.,s.c.,i.c.v.)。また嘔吐に対する試験化合物の効果は,適当な対照物質(例えば水)との比較により決定した。試験化合物は,その投与量を3mg/kgi.p.としたときに制吐作用を示した。上記の試験化合物(3mg/kgi.p.)は,嘔吐の原因物質であるシクロフォスファミド(200mg/kgi.p.),モルヒネ(0.5mg/kgs.c),吐根(2mg/kgp.o)および硫酸銅を同時に投与した場合にも,制吐作用を示した。試験化合物シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンの(2S,3S)鏡像異性体は,投与量を3mg/kgi.p.としたときに,シスプラチンによりフェレットに惹起された嘔吐を抑制した。
上記試験化合物の(2R,3R)鏡像異性体は,NK1受容体拮抗体としては(2S,3S)鏡像異性体に比べて1/1000の効力しかなく,上記の嘔吐試験では不活性であった。式(I)で表される化合物(エキソ,エキソ)-2-(ジフェニルメチル)-N-〔(2-メトキシフェニル)メチル〕-1-アザビシクロ〔2.2.1〕ヘプタン-3-アミン(実施例1)も,投与量を5mg/kgi.p.としたときに,シスプラチンによりフェレットに惹起された嘔吐を抑制した。試験化合物N-〔N1 -〔L-ピログルタミル-L-アラニル-L-アスパルチル-L-プロリル-L-アスパラギニル-L-リシル-L-フェニルアラニル-L-チロシル〕-4-メチル-1-オキソ-2S-(6-オキソ-5S-1,7-ジアザスピロ〔4.4〕ノナン-7-イル)ペンチル〕-L-トリプトファナミドもまた投与量10μgi.c.v.のシスプラチンによりフェレットに惹起される嘔吐を抑制した。上記のインビボ実験の間,タキキニン拮抗体化合物の投与による明らかな副作用または中毒効果はみられなかった」(段落【0102】)との記載が認められる。
(3) ところで,改正前特許法36条4項は,「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない」と規定しているところ,本件訂正発明のような医薬についての用途発明においては,一般に,有効成分として記載されている物質自体から,それが発明の構成である医薬用途に利用できるかどうかを予測することは困難であるから,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているというためには,明細書において,当該物質が当該医薬用途に利用できることを薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載により裏付ける必要があり,出願時の技術常識を考慮しても,それがされているものとはいえない発明の詳細な説明の記載は,改正前特許法36条4項の規定に違反するものといわなければならない(東京高裁平成8年(行ケ)第201号,平成10年10月30日判決参照)。また,いわばその裏返しとして,医薬についての用途発明においては,特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えるものである場合には,その特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないし,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものであるともいえないから,改正前特許法36条5項1号及び2号に規定する要件を満足しないものと解するのが相当である。
(4) 以上の見地から,上記(2)で認定した本件明細書の発明の詳細な説明の記載を見ると,医薬用途の裏付けとなる記載は,段落【0102】の記載のみであると認められるところ,同段落には,@(±)シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンのうち,(2S,3S)鏡像異性体はNK1受容体拮抗体としての効力があり,嘔吐を抑制する効果が認められたのに対し,(2R,3R)鏡像異性体はNK1受容体拮抗体としての効力が(2S,3S)のものの1/1000しかなく,嘔吐試験でも不活性であったこと,A式(I)で表される化合物である(エキソ,エキソ)-2-(ジフェニルメチル)-N-〔(2-メトキシフェニル)メチル〕-1-アザビシクロ〔2.2.1〕ヘプタン-3-アミンは,嘔吐を抑制したこと,BN-〔N1 -〔L-ピログルタミル-L-アラニル-L-アスパルチル-L-プロリル-L-アスパラギニル-L-リシル-L-フェニルアラニル-L-チロシル〕-4-メチル-1-オキソ-2S-(6-オキソ-5S-1,7-ジアザスピロ〔4.4〕ノナン-7-イル)ペンチル〕-L-トリプトファナミドも嘔吐を抑制したことが記載されている。ところで,上記のうち,Aに記載された化合物については,段落【0058】において「NK1受容体拮抗作用をもつ」とされているが,そのことを明らかにするデータは示されておらず,Bに記載された化合物については,そもそもNK1受容体拮抗活性を有することを示唆する記載自体が存しないから,結局,本件明細書の発明の詳細な説明において,NK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性との双方が確認されているのは,上記@の(±)シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンのうち,(2S,3S)鏡像異性体についてのみであると認められる。
そうすると,明細書の発明の詳細な説明に,構造類似性のない相当多種類のNK1受容体拮抗作用を有する物質が嘔吐治療に有効であることを確認できる記載があるなど,NK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性との相関関係を当業者が客観的に把握できると認められる場合であれば別論,本件明細書の発明の詳細な説明においては,NK1受容体拮抗体である(2S,3S)-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンが嘔吐治療に利用できることは裏付けられているといえるものの,それ以外のNK1受容体拮抗体については,そもそもNK 1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性の相関関係を裏付ける記載がないのであるから,それらを有効成分とする嘔吐治療剤について,当業者が容易に実施可能な程度に発明の詳細な説明の記載がされているものとは認められないというべきである。
(5) この点について,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0102】の記載を根拠として,嘔吐治療効果を有する化合物であるか否かは,化合物の構造類似性を指標とするのではなく,NK1受容体拮抗作用を有するか否かにより決定されているのであり,ある化合物がNK1受容体拮抗作用を示せばその化合物は抗嘔吐作用を示すことが証明されている旨主張する(上記第3の1(5))。しかしながら,原告のこの主張は,上記段落【0102】に記載された3種の化合物のすべてがNK1受容体拮抗活性を有することが確認されているとの前提に立つところ,そもそもその前提において誤りを含むものであることは上記のとおりであるから,採用の限りではない。
また,原告は,本件明細書は,「NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有効である」との知見を新たに提供するものであるとの前提に立って,本件訂正発明1〜7及び9の特許請求の範囲の記載は,その知見から的確に導き出されるものであるとも主張する(上記第3の1(6))。しかし,上記(4)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明においては,ただ一つの化合物についてNK1受容体拮抗活性と嘔吐治療活性の双方が確認されているにすぎず,原告のいうような「NK1受容体拮抗体が嘔吐の治療に有用である」という包括的な知見を提供するものとは到底認められないから,原告の上記主張は誤った前提に基づくものであって失当であるというほかはない。
(6) 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,(2S,3S)-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジン以外のNK1受容体拮抗体につき,それが嘔吐治療剤として有効であることを裏付ける記載を欠くものであると認められるから,本件訂正発明1〜7及び9に係る本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているとはいえず,改正前特許法36条4項に規定する要件を満たさないというべきである。
さらに,同様の理由により,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1〜7及び9の記載は,発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えた発明が記載されているものというほかはなく,発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえず,かつ,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものともいえないから,改正前特許法36条5項1号及び2号に規定する要件を満たさないというべきである。
そうすると,本件訂正発明1〜7及び9に係る特許は,改正前特許法36条4項,5項及び6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるとして,これを取り消した本件決定の判断は,結論において相当であるということができるから,その余の点について検討するまでもなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件訂正発明6の進歩性に関する認定判断の誤り)について 上記1のとおり,改正前特許法36条4項,5項及び6項の規定に違反することを理由に本件訂正発明6に係る特許を取り消した本件決定の判断は,結論において相当であるから,原告の取消事由2の主張については検討を要しない。
3 取消事由3(本件訂正発明8の進歩性に関する認定判断の誤り)について (1) 本件決定は,本件訂正発明8について,「刊行物19(注,甲8公報)には,新規な3-アミノピペリジン誘導体及び関連する化合物として『(+)S,S-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジン』(注,本件訂正発明8に係る化学物質と同一の物質である。)が記載され,この薬理活性化合物は,サブスタンスP拮抗剤であることが記載されている」(決定謄本22頁下から第4段落)こと,「刊行物15(甲5文献)には,P物質が嘔吐作用を有することが記載されている」(同下から第3段落)こと,及び「拮抗物質または拮抗作用とは,薬物の奏する作用を減弱または消滅させる場合のものをいうことは前記のとおり周知である」(同下から第2段落)ことを各認定した上,「そうすると,刊行物19に記載されている『P物質拮抗剤』とは,P物質の作用を減弱または消滅する薬物のことであることは明らかであるから,『P物質拮抗剤』とは,刊行物15の記載からみて,P物質により生じる嘔吐を減弱または消滅する薬物のことも示していることは容易に理解できるところである」から,「刊行物19に記載されているP物質拮抗体であるところの『(+)S,S-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジン』を,嘔吐治療剤として採用してみる程度のことは容易に想到できること」であって,「訂正後の請求項8に係る発明(注,本件訂正発明8)は,刊行物15,19に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」(同22頁最終段落〜23頁第4段落)と判断した。 (2) そこで,本件訂正発明8の進歩性に関する本件決定の上記認定判断の当否について検討する。
ア まず,本件訂正発明8は,上記1(4)において認定したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明において,NK1受容体拮抗体である(2S,3S)-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンが嘔吐治療に利用できることを裏付ける記載があることから,上記第2の2の【請求項8】のとおり,これを特許請求の範囲として記載したものであると認められる。
イ 本件決定が引用する甲5文献には,「最後野ニューロンを興奮させる全物質は,セロトニンおよびノルエピネフリンを除き,催吐性であり,一方で,興奮作用を示さない3種の物質はいずれも,催吐性であることは知られていない。従って,これらの実験結果は,嘔吐において最後野が主要な役割を果たすことを強く支持するものである」(甲5の113頁最終段落〜114頁第1段落,同抄訳2頁第1段落),「我々は,静脈投与した際に・・・サブスタンスP・・・が催吐性であり・・・ことを見出した。これらの観察は,最後野が嘔吐の化学受容体トリガーゾーンとして機能するという提案を強く支持するものである」(甲5の124頁第1段落,同抄訳2頁第3段落)と記載されているものの,サブスタンスP(P物質)の拮抗体が実際に嘔吐を抑制することを裏付ける記載は認められない。
また,同じく本件決定が引用する甲8公報には,「本発明は,新規な3-アミノピペリジン誘導体および関連する化合物,これら化合物を含んでなる医薬組成物,ならびに炎症性および中枢神経系障害その他幾つかの障害の治療および予防におけるこれら化合物の使用に関する。本発明による医薬上活性な化合物は,P物質拮抗体である」(甲8の2頁第1段落,同抄訳1頁第2段落)と記載され,当該発明に包含される多数の化合物の合成例の一つとして,例64に,(2S,3S)-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンを合成したことが記載されているが,他方,この物質が,実際にP物質拮抗体であることや,P物質の関連する疾病の治療剤として利用できることを裏付ける記載は認められない。
ウ 上記イのとおり,甲5文献及び甲8公報においては,P物質拮抗体が嘔吐を抑制することについても,(2S,3S)-シス-3-(2-メトキシベンジルアミノ)-2-フェニルピペリジンがP物質拮抗体であってP物質の関連する疾病の治療剤として利用できることについても,これを裏付ける記載はないのであるから,上記物質を嘔吐治療剤として利用することは,これらの刊行物の記載から推測される膨大な可能性の一つにすぎないものというべきである。そうであるとすれば,特定の有効成分が嘔吐治療剤という特定の医薬用途に利用できることが発明の詳細な説明において裏付けられている本件訂正発明8について,そうした裏付けを欠き,単に膨大な可能性の中の一つとして本件訂正発明8に特定された物質に嘔吐治療剤としての用途があり得ることを推測させるにすぎない甲5文献及び甲8公報の記載に基づいて,その進歩性を否定することはできないというほかはない。
(3) そうすると,本件訂正発明8について,甲5文献及び甲8公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件決定は,本件訂正発明8の容易想到性の判断を誤ったものというべきであり,原告の取消事由3の主張は理由がある。
4 以上によれば,原告の請求は,本件決定の結論のうち,本件訂正発明8に係る特許を取り消すとの部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴