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関連審決 異議2002-72416
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  上位概念 /  着想 /  優先日 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 154号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社デンソー
同訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦
同 加藤大登
同 伊藤高順
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 牧初
同 城戸博兒
同 小曳満昭
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2002―72416号事件について平成15年2月28日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「車両用交流発電機」とする特許第3271582号(平成10年4月20日特許出願(優先日平成9年5月26日),平成14年1月25日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき,平成14年10月1日,特許異議の申立てがされ(異議2002―72416号),特許庁は,平成15年2月28日,「特許第3271582号の請求項1ないし6に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年3月18日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 本件特許の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,各請求項の発明をそれぞれ「本件発明1」等という。)。
【請求項1】 軸方向両端部の少なくとも片側にファンを持つ回転子と,前記回転子の外周に対向配置した固定子と,前記回転子と固定子とを支持するフレームとを有する車両用交流発電機において, 前記固定子は複数のスロットを有する積層鉄心と,前記スロットに収納され,互いに接合されることにより固定子コイルを形成する複数のセグメント状の電気導体と,電気絶縁体であるインシュレータとを有し, 前記電気導体は,前記スロットの内外でほぼ同一の断面形状を有し,長辺と短辺を持つ略四角形断面を持ち,前記スロット内において隣接する前記電気導体の当接面を短辺側として径方向に1列に並ぶように配置され, 前記電気導体は前記スロットの奥側に位置する外層と内周開口側に位置する内層とに二分されたものが一対以上配設され,異なる前記スロットの内層の前記電気導体と外層の前記電気導体とが直列に接続されており, 隣接する前記電気導体の前記スロットから引き出される方向が前記固定子鉄心の周方向逆向きであり, 同一のスロットに配置される前記電気導体は,前記スロットの外側において,互いに離間しており, 前記スロットの径方向断面において前記電気導体およびインシュレータを除いた隙間があり,前記スロットの断面積に対する前記隙間の面積比を25%以下とすることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項2】 請求項1において, 前記スロットの内周側開口部の幅が,前記スロット内の前記電気導体の最小幅より狭く,前記電気導体と前記開口部の近傍にあるスロット内壁との間は前記インシュレータのみが配置されることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項3】 請求項1又は2において, 前記電気導体は,前記スロットあたりの数が4であることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項4】 請求項1から3のいずれかにおいて,前記電気導体はコイルエンドにおいて,前記スロットの径方向内側から見て前記電気導体の前記スロット間隔に相当する隙間が設けられていることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項5】 請求項1から4のいずれかにおいて, 前記電気導体は,略U字状であることを特徴とする車両用交流発電機。
【請求項6】 請求項1から4のいずれかにおいて, 前記電気導体は,略J字状であることを特徴とする車両用交流発電機。
3 本件決定の理由の要旨 本件決定は,本件発明1ないし6は,米国特許第2407935号明細書(以下「引用例1」といい,そこに記載された発明を「引用発明1」という。),特開昭63―194543号公報及び特開平8-205441号公報に記載された発明並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
本件決定の理由のうち,取消事由の主張に関連する部分の要旨は,次のとおりである。
(1) 本件発明1と引用発明1の一致点,相違点 (一致点) 「交流発電機において, 固定子は複数のスロットを有する積層鉄心と,前記スロットに収納され,互いに接合されることにより固定子コイルを形成する複数のセグメント状の電気導体と,電気絶縁体であるインシュレータとを有し, 前記電気導体は,前記スロットの内外でほぼ同一の断面形状を有し,長辺と短辺を持つ略四角形断面を持ち,前記スロット内において隣接する前記電気導体の当接面を短辺側として径方向に1列に並ぶように配置され, 前記電気導体は前記スロットの奥側に位置する外層と内周開口側に位置する内層とに二分されたものが一対以上配設され,異なる前記スロットの内層の前記電気導体と外層の前記電気導体とが直列に接続されており, 隣接する前記電気導体の前記スロットから引き出される方向が前記固定子鉄心の周方向に異なっており, 同一のスロットに配置される前記電気導体は,前記スロットの外側において,互いに離間している交流発電機。」 (相違点2) 隣接する電気導体のスロットから引き出される方向が,本件発明1においては,固定子鉄心の周方向逆向きであるのに対し,引用例1に記載の発明においては,1つは真っ直ぐで,他方は固定子鉄心の周方向に屈曲して延びており,方向が異なってはいるが,逆向きとまではいえない点 (2) 相違点2についての判断 ア 本件発明1と引用発明1とは,隣接する電気導体がスロットから引き出される方向が互いに異なっていて,それらの電気導体端部は離れて位置することでは一致している。そして,2つの電気導体の端部の接続において,引用発明1のように,1つは真っ直ぐで,他方は固定子鉄心の周方向に延びているものを,本件発明1のように,片方でなく両方の端部とも接続部分に屈曲させること,すなわち,隣接する電気導体のスロットから引き出される方向を周方向逆向きとすることは,設計に当たり,適宜変更できる程度のものである。
イ 相違点2に関する作用効果についても,本件明細書に, 「本実施形態の複数の導体セグメントは,スロット内において電気導体が径方向へ1列に並ぶように配置され,しかも,コイルエンド部において,隣接する電気導体がスロット外に出るなり異なる角度をもって飛び出しており,隣接する電気導体が離間するようになっている。特に,本実施形態では,図6に示すように,隣接する電気導体のスロット外に引き出される方向が周方向で逆になるようにされている。これにより,コイルエンドにおいて,塩水などの電解液をスロット内へ導く溝が形成されることはなく,よってスロット内の腐食防止を図ることができる。 さらに,コイルエンドにおいて,隣接する電気導体が離間しているので,コイルエンド内に隙間が形成され,ここを通過する冷却風とともに塩水などの電解液も発電機外部へ飛散され易くなるという効果も得られる。」(段落「0026」「0027」) と記載される作用効果は,隣接する電気導体がスロットから引き出される方向が互いに異なっていて,それらの電気導体端部は離れて位置することになるという引用例1に記載の発明の構成によって,既にほぼ達成されている。 ウ なお,本件特許権者は,特許異議意見書において,引用例1に記載のものでは,真っ直ぐの電気導体の先端からスロットまでの距離が短く,水滴等がスロット開口側に移動し易いもので,さらに,真っ直ぐの電気導体先端とステータコアの端面との距離内に,6本分の電気導体の折り曲げ部を挿入する必要があって,各折り曲げ部間の隙間が狭くなり,その間での水滴の流れが発生することが考えられるのに対し,本件発明1ではそのようなことがない旨の主張をしている。確かに,所定の条件下においては,一方の電気導体端部が真っ直ぐな場合と屈曲している場合では,電気導体先端部からスロットまでの距離や,位置が重なる屈曲部の本数に差が生じることは有り得るにしても,この程度のことは,当然に予測される程度の差に過ぎず,格別顕著な作用効果とは認められない。 エ したがって,相違点2に関する本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
原告主張に係る本件決定の取消事由の要点
本件決定は,以下のとおり,相違点2に係る進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは決定の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 引用発明1は,電気導体をコアに挿入した後の折り曲げをなくすることを目的としているために,直線状端部を有している。したがって,その直線状端部を,隣接する電気導体のスロットから引き出される方向を周方向逆向きとするように変更することは,引用発明1の技術的解決手段の方向性に反するものであり,到底容易に着想できるものではない。
2 被告が周知技術として挙げる乙1,乙2からも,スロットの錆発生を抑制するために,隣接する電気導体のスロットから引き出される方向を固定子鉄心の周方向逆向きとするという構成は,全く想起されない。
すなわち,乙1には,第6図に導体1,2及び導体1’,2’が逆方向に屈曲している構造が記載されている。しかし,第6図の導体は,第4図に示すU字形棒巻線18の端部を示すものであり,このU字形棒巻線18は上下に重ねられて配設されるものである(2頁左下欄)。したがって,U字状部分においては二つの導体が重なり,間には雨樋のような働きをする溝が形成される。このため,乙1のものでは,車両用交流発電機に使用した場合,この溝を経由して塩水などの電解液がスロットへ流れ込みやすくなっている。
また,乙2にも,上コイル4aと下コイル4bとが逆向きに屈曲している回転電機が図示されている。しかしながら,このコイル4a,4bは本件発明1のような固定子スロットに配置されるものではなく,乙2のコイルは,それ自体が回転する回転子に用いられるものである。したがって,乙2の回転電機を車両用交流発電機に適用したとしても,塩水等は回転子の回転に伴う遠心力で吹き飛ばされ,スロットへ浸入することは考えられない。
3 本件発明1は,走行時のタイヤからの跳ね上げ水による被水条件が厳しく,走行時に塩を含む水を巻き込むことになり特に厳しい腐食環境にさらされる車両用交流発電機において,スロットに錆が発生してその結果スロットの断面積が減少して,固定子コイル断線をきたすという車両用交流発電機特有の課題に初めて着目し,前記構成を採用した結果,隣り合う電気導体間に溝が形成されないので,外部から冷却風とともに取り込まれた塩水などの電解液がこの溝を伝わってスロット内へ流れ込むといった不具合が防止され,これによってスロットの錆発生が抑制できるという作用効果を有するものである。
引用発明1は,直線状端部が溝を形成して塩水などの電解液成分をスロット内に導きやすい構成である。例えば,引用例1の図1には,スロットから出た直後の2本の電気導体が依然として溝を形成しており,塩水などの電解液成分をスロット内に導きやすい構成が図示されている。実験によれば,電気導体の屈曲の差により,スロット入口およびスロット内における錆の堆積,発生に差が確かめられ,スロット内の錆に起因する故障が発生するまでの時間に約10%程度の差が生じることが認められた(甲6)。
したがって,本件発明1と引用発明1では,電気導体の太さや隙間等を同じ条件とした場合に,被水環境の下で使用された場合の被水量の差等顕著な作用効果の差があるといえる。
被告の反論の要点
以下のとおり,本件決定における相違点2に係る進歩性判断には誤りはないから,原告の主張する本件決定の取消事由には理由がない。
1 原告は,「引用発明1は,電気導体のコア挿入後の折り曲げをなくする技術であって,本件発明1のように,電気導体の端部を周方向に逆向きとすることとは相容れないものである。」旨主張する。
しかしながら,引用例1には,「積層薄板の開口を通して縦に導体を挿入することが提案されており,これは,望ましい最小の幅にスリットを維持することを可能とする。しかしながら,積層薄板と組立てた後に,導体の端部を折り曲げなければならないという問題点があり,これは過剰に大きい製造コストをもたらす。」(訳文1頁)と記載されているように,従来技術として,一端を直線状とした電気導体をコアのスロット(開口)に挿入した後に,その端部を折り曲げることも開示されている。
引用発明1において,直線状の端部を折り曲げないのは,折り曲げによる製造コストを節約するためであり(訳文3頁),そのようなコスト上昇を厭わない場合,電気導体をスロットに縦方向から挿入後にその直線状端部を折り曲げればよいことは,上記従来技術が開示するところである。そして,例えば,引用例1の図lにおいて,電気導体17bの右側直線端部を折り曲げる際には,この端部は,その6つ下側のスロットに挿入された電気導体16aの右側折曲端部と接続されるのであるから,その接続される折曲端部側に向けて折り曲げられることは当然であり,したがって,同じスロット内に隣接する電気導体16aの折曲端部20とは,本件発明1と同様に周方向逆向きとなるものである。
2 引用例1に記載された,直線状の電気導体をスロットに挿入した後に互いに周方向逆向きにスロットから引き出されるように折り曲げるという従来技術は,例えば,乙1,2にも開示されている。
乙1,2記載のものは,発電機ではないものの,発電機も含む上位概念の回転機又は回転電機の技術分野に属するものであるから,直線状の電気導体をスロットに挿入した後に,互いに周方向逆向きにスロットから引き出されるように折り曲げることは,発電機の技術分野においても周知の技術である。
したがって,引用発明1において,同じスロット内の電気導体を周方向逆向きにスロットから引き出す構成とすることは,コスト上昇を問題にしないのであれば,引用例1における従来技術として示唆され,また,乙1,2に示されるとおりの周知技術からも容易に想到できることであるから,本件決定の判断に誤りはない。
3 原告は,「本件発明1では,隣り合う電気導体間に溝が形成されないので,外部から冷却風とともに取り込まれた塩水などの電解液がこの溝を伝わってスロット内へ流れ込むといった不具合が防止され,これによってスロットの錆発生が抑制できるという顕著な作用効果を有する。」旨主張する。
しかしながら,固定子鉄心から軸方向へ突出した部分を周方向逆向きに屈曲させる構成は,前記のように周知のものであり,上記の作用効果の差も,周知技術自体が有するもの,ないしは周知技術から通常に予測されるものにすぎない。
原告が挙げる実験報告書(甲6)は,実際の動作環境とは異なる環境において実験されたものであり,また,塩水噴霧放置試験終了後の本件発明1相当品と引用発明1相当品との比較においては,円形の固定子鉄心の一部のみを比較しており,円形の固定子鉄心全体での比較ではない。このような比較において,堆積物の付着量の差が10%程度であることは,顕著な差異であるとはいえない。
当裁判所の判断
1 原告は,「引用発明1は,電気導体をコアに挿入した後の折り曲げをなくすることを目的としているために,直線状端部を有しているから,その直線状端部を,隣接する電気導体のスロットから引き出される方向を周方向逆向きとするように変更することは,引用発明1の技術的解決手段の方向性に反するものであり,到底容易に着想できるものではない。」旨主張するので,検討する。
(1) 引用発明1が,本件決定の認定のとおり, 「交流発電機において, ステータ10は複数の開口13を有する積層体12で形成されたステータコア11と,前記開口13に収納され,互いに接合されることによりステータコイルを形成する複数のセグメント状の電気導体16,17と,電気絶縁体であるインシュレータ材のライニング23とを有し, 前記電気導体16,17は,前記開口13の内外でほぼ同一の断面形状を有し,長辺と短辺を持つ略四角形断面を持ち,前記開口13内において隣接する前記電気導体16,17の当接面を短辺側として径方向に1列に並ぶように配置され, 前記電気導体16,17は前記開口13の奥側に位置する外層と内周開口側に位置する内層とに二分されたものが一対配設され,異なる前記開口13の内層の前記電気導体17と外層の前記電気導体16とが直列に接続されており, 隣接する前記電気導体16,17の前記開口13から引き出される方向が,1つは真っ直ぐで,他方は前記ステータコア11の周方向に屈曲して延びており, 同一の開口13に配置される前記電気導体16,17は,前記開口13の外側において,互いに離間している交流発電機」 というものであることは,当事者に争いがない。
(2) 引用例1には, 「積層薄板の開口を通して縦に導体を挿入することが提案されており,これは,望ましい最小の幅にスリットを維持することを可能とする。しかしながら,積層薄板と組立てた後に,導体の端部を折り曲げなければならないという問題点があり,これは過剰に大きい製造コストをもたらす。
我々は,新しい構成の導体の使用を提案する。それは,積層薄板への端部からの挿入を許容し,さらに導体が積層薄板に挿入された後のコストがかかる導体端部の折り曲げを無くすことを許容する。」(甲3,訳文1頁) と記載されており,この記載からすると,従来は,電気導体をコアの開口に挿入した後に,その直線状の端部を折り曲げるようにしていたものであり,引用発明1は,この従来技術を改善することを目的としてなされたものと認められる。
また,引用例1には, 「この出願の重要な特徴は,それぞれの導体がひとつの直線端部とひとつの折曲端部とを有することである。直線端部は,導体が開口を通して端部から,直線端部から先に,コアに挿入されることを許容する。折曲端部は,他の導体の直線端部との各導体の簡単な接続を可能とする。各々の導体のただ一方の端部だけが折り曲げられているから,コアの開口に導体が配置された後の導体の形状加工が必要ではない。これは,コストの大幅な低減をもたらす。導体は,スロット15を通して挿入されないから,それらの幅は,高い電気的な効率のために要求される最小の幅に維持される。
積層薄板への導体の組立は,以下のように実施することができる。コアの一端に配置されるべき折曲端部を有するすべての導体が,挿入される。その後に,コアの他端に配置されるべき折曲端部を有するすべての導体が,挿入される。そして,環状接続具24が,環状体の端部に適用される。代替手段として,所定の開口のための2つの導体が,他の開口のための2つの導体の前に挿入されてもよい。」(甲3,訳文3頁) と記載されているから,引用発明1は,導体を開口に挿入した後は,それぞれの導体の形状加工は不要で,導体の折曲端部と,他の導体の直線端部とが環状接続具24の適用により接続されるものと認められる。
(3) 前記(1),(2)の認定事実によれば,引用発明1は,従来技術においては,導体の直線上の端部の折り曲げが必要であったものを,一つの直線端部と一つの折曲端部とを有する導体を用いることによって,折り曲げを不要としたことに技術的意義を有するもの,すなわち,導体を,一つの直線端部と一つの折曲端部とからなる形状・構造を有するものとすることによって,導体の挿入に支障を来さないばかりか,開口への挿入後における導体の形状加工を不要にすることができたものというべきである。したがって,仮に,開口への挿入後に導体の形状加工を行って,導体の形状・構造を上記のものと異なるものに変更するならば,引用発明1の上記目的を達成することができないことは明らかである。
したがって,引用発明1に基づいて,同発明の直線端部を折り曲げることを当業者が想到することは考え難いから,本件決定の「隣接する電気導体のスロットから引き出される方向を周方向逆向きとすることは,設計に当たり,適宜変更できる程度のものである。」との判断は誤りというべきであり,原告の取消事由の主張は理由がある。
(4) なお,被告は,「引用発明1において,直線状の端部を折り曲げずに済ませているのは,折り曲げによる製造コストを節約するためであるから,そこにおいて,同じスロット内の電気導体を周方向逆向きにスロットから引き出す構成とすることは,コスト上昇を問題にしないのであれば,引用例1における従来技術として示唆され,また,乙1,2に示されるとおりの周知技術からしても容易に想到できることである。」旨主張する。
確かに,乙1の第6図のもの,乙2の図1,図5のものは,「隣接する電気導体が,スロットから引き出された後,互いに固定子鉄心の周方向逆向きに曲げられている」ものと認められ,また,引用例1に従来技術として記載されているものも,同様の接続構造を有しているものと容易に推認することができる。
しかしながら,引用発明1において,直線状の端部を折り曲げること,すなわち,導体を折り曲げることを採用することは,引用発明1の技術的意義に反することは上記のとおりである。
また,乙1の第6図,乙2の図1,図5のものは,導体が,スロットを出た後にスロットから明らかに離れた位置で周方向逆向きに曲げられて,隣接する電気導体同士の離間が始まっているから,「隣接する電気導体のスロットから引き出される方向が,固定子鉄心の周方向逆向き」とはいえない。したがって,仮に,引用発明1に,乙1,2のように直線上の端部を折り曲げることを適用しても,本件発明1の「隣接する電気導体のスロットから引き出される方向が,固定子鉄心の周方向逆向き」との構成に到達できない。なお,乙2には,スロットを出てすぐにコイルを曲げようとすると,磁気鉄心端面のエッジにコイルが当たりこの点を起点にしてコイルが曲げられるから,コイル被膜・絶縁紙等の絶縁物が破壊するという不都合が生じるため,このような不都合を解消するものとして,ひねり曲げ起点を鉄心端面から一定の距離離れた位置とするものであることが記載されているから(【発明が解決しようとする課題】欄),乙2において,スロットを出た直後にコイルを曲げることはそもそも想定されていない(もっとも,引用発明1とは異なり,乙1や乙2に記載の発明を引用発明とした場合における本件発明1の進歩性の有無の問題は,別論である。)。
加えて,引用発明1において,直線状の端部を折り曲げようとすると,折曲端部との接続位置も変わってくるため,それに合わせて,折曲端部の形状も変更を余儀なくされることとなるから,このような変更は,導体形状を含めた導体構造自体にも影響が及ぶことは明らかであり,単に,折り曲げ工程の追加による製造コストの上昇にとどまるものではない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
2 以上のとおり,本件決定の相違点2に係る進歩性の判断は誤りであり,この誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって,本件決定は取消しを免れない。
以上によれば,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 沖中康人