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関連審決 不服2000-20725
関連ワード 容易に実施 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実施 /  構成要件 /  発明の範囲 /  拒絶査定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 330号 審決取消請求事件
原告 株式会社ジェイエスピー
訴訟代理人弁理士 池浦敏明,川島利和
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 谷口浩行,森田ひとみ,林栄二,一色由美子,大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2000-20725号事件について平成14年5月9日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたが,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。審決の記載のうち,誤記であることが明らかな部分は,訂正した上で引用した。また,「ブレーカ」との表記は,書証等を引用する場合を含め,「ブレーカー」との表記に統一した。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本願発明 出願人:株式会社ジェイエスピー(原告) 発明の名称:「無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シート」 出願番号:特願平9-178913号 出願日:平成9年6月19日 手続補正:平成12年10月12日 (1-2) 本件手続 拒絶査定日:平成12年11月16日 審判請求日:平成12年12月28日(不服2000-20725号) 手続補正:平成13年1月29日 審決日:平成14年5月9日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年6月3日(原告に対し) (2) 本願発明の要旨(甲4。請求項2は省略。以下「本願発明」という。) 【請求項1】厚み3mm以上10mm未満,密度0.025g/cm3以上0.06g/cm3未満,平均気泡径0.5〜1.2mmの無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートであり,気泡形状が下記(1),(2)式を満足することを特徴とする無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シート。
0.65 しかしながら,発明の詳細な説明中には,前記事項に関する(@)特定の押出条件,(A)特定の構造のダイス,(B)オイル温調の正確な温度については何ら記載されていない。
また,段落【0060】によれば,特定の構造のダイスとは,例えば,樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成するとともに,ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような構造としたものである,との記載はされているが,具体的に「樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカー」がどのような構造のものであるかも何ら記載がないし,「ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり」とはどういう状態のものであるのかも具体的に示されていない。さらに,「ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような」とは,どの程度を示すのか具体的な例が何ら示されていない。実施例1〜6において,「ダイス部内の圧力を80kg/cm2以下とし(但し,実施例6のみは二次ブレーカーとして樹脂の流れが柱状の部分で遮られてしまう形状のものを使用した。)」と記載されているのみであるから,この記載をもって具体的な数値が示されているとすることはできない。(80kg/cm2以下とは,0kg/cm2のものまでを示すことを考慮すると,単に80kg/cm2以下とし,との記載では実施例としての特定の数値が具体的に示されているとはいえない。) また,段落【0072】において,「比較例1,2ではダイス部のオイル温調は行なわなかった」と記載され,比較例において,ダイス部のオイル温調が正確に行われないと,本件発明のものが得られないことが示されており,前記したとおり,押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールすることが必要と認められるが,段落【0070】の記載によれば,「ダイス部にはオイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロールした」と記載されているのみで,正確にコントロールした数値(特定温度)に関しての具体例は何ら記載がない。
さらに,段落【0074】の記載によれば,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を調整した以外は,比較例1,2と同様の操作を行ったが,コルゲートが激しく発泡シートを得ることができなかったと記載され,「ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」が重要な要素であるといえるが,それらについて,本願発明の発泡シートを得るための具体的な数値について何ら記載がされていない。
そうすると,本願明細書には,本願発明である「厚み3mm以上10mm未満,密度0.025g/cm3 以上0.06/cm3未満,平均気泡系0.05〜1.2mmの無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートであり,気泡形状が下記(1),(2)式を満足することを特徴とする無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シート。
0.65実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている,ということはできない。
(3-2) 審判請求人(原告)の主張に対する審決の排斥理由 審判請求人(原告)は,当審の本件審判事件に対する審尋の回答書において,「実施例1において,(イ)『特定の押出条件』とは,下記(ロ)の構成によるダイス内部の圧力が50kg/cm2となり,樹脂が流動する際の剪断発熱を抑制する条件であり,(ロ)『特定構造のダイス』とは,開口面積70cm2の多孔型の二次ブレーカーを用い,リップ角度が40度の急圧縮構造であると共にダイス内の樹脂流路間隔が8mmのダイスであり,(ハ)『オイル温調の正確な温度』とは,155℃である。」旨述べるとともに,(イ)については段落【0060】の記載に基づくものであり,(ロ)については段落【0060】の記載に基づくものであると記載し,かかる記載と平成13年4月11日提出の甲第2号証の記載等の技術常識に基づく試行錯誤により,当業者であれば容易に実施できることである,旨述べている。また,(ハ)については段落【0059】の記載に基づくものである旨述べている。
しかしながら,本件明細書には,前記「『特定の押出条件』が(ロ)の構成によるダイス内部の圧力が50kg/cm2となり,樹脂が流動する際の剪断発熱を抑制する条件である」こと,「『特定構造のダイス』が,開口面積70cm2の多孔型の二次ブレーカーを用い,リップ角度が40度の急圧縮構造であると共にダイス内の樹脂流路間隔が8mmのダイス」であること,「『オイル温調の正確な温度』が,155℃である」ことについては,これらの具体的な数値の記載は一切されているものではないし,これらの数値が本願明細書の記載から導きだせるとうい具体的な根拠もない。さらに,これらの数値を採ることが,本願請求項1の発明において周知の技術というものでもない。そうすると,前記回答書における前記説明が本願明細書の記載に基づいてなされているということはできない。
(3-3) 審決の結論 本願は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないので,拒絶すべきものである。
2 原告の主張(審決取消事由)の要点 審決は,本件明細書の記載内容を誤認し,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないと誤って判断したものであるから,取り消されるべきである。
すなわち,審決は,本願発明がその目的とする無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートの特定の気泡形状,すなわち,気泡形状を0.65発明の詳細な説明中には何ら記載されていないと判断し,さらに,「ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」についても,「重要な要素であるといえるが,それらについて,本願発明の発泡シートを得るための具体的な数値について何ら記載がされていない。」と判断しているが,誤っている。
その理由は,以下のとおりである。
(1) 「(@)特定の押出条件」及び「(B)オイル温調の正確な温度」について (1-1) 本件明細書(甲2)の段落【0059】には,「特定の押出条件とは,例えば押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールし,樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものである」という記載が存在する。したがって,この段落【0059】には,本願発明の発泡シートの気泡形状が前記の要件を満足するものとなるための「特定の押出条件」としては,使用する樹脂に応じて該樹脂の結晶化が起きない限界温度となるように環状ダイスの温度を正確に下げ,かつ,該限界温度に正確な温度コントロールで維持することにより溶融樹脂を高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させる,という技術手段を採用すれば,製造できることが開示されている。そして,該限界温度は,押出発泡工程において使用する樹脂,発泡剤及び発泡剤量に応じて特定され,当業者が知ることができるものであり,また,樹脂溶融物を冷却すれば,冷却温度が低くなれば低くなるほど,溶融樹脂の粘度が高くなることは,技術常識であるし,ダイス内から押出された樹脂がダイス外で発泡する場合,ゴム風船が膨らむように球状の気泡が形成されるが,形成された気泡は,樹脂の粘度が低い場合には,水飴の形が崩れるように自重あるいは外力により形状が変化してしまい扁平な形状となってしまうので,押出発泡工程における段落【0059】の記載に基づいて使用する発泡剤を含有する溶融樹脂を,結晶化が開始する温度を目途に結晶化は起こさないで,かつ,A/B及びA/Cの要件を満足する溶融粘度が得られる温度まで冷却することは,当業者が行い得ることである。
しかも,本件明細書には,段落【0059】の記載だけでなく,「特定の押出条件」である環状ダイスの冷却温度の具体的な温度が記載され,かつ,使用する樹脂,発泡剤及び発泡剤量も具体的に記載されている。
すなわち,実施例として段落【0070】に,「実施例1〜6 基材樹脂,発泡剤及び気泡調整剤を押出機内で溶融混練した後,押出機の先端に取り付ける二次ブレーカー形状を樹脂の流れを大きく遮らない形状とし,ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のものを選択してダイス部内の圧力を80kg/cm2以下とし(ただし,実施例6のみは二次ブレーカーとして樹脂の流れが柱状の部分で遮られてしまう形状のものを使用した。),上記溶融混練物を環状リップよりマンドレル上に表1に示す吐出量で押出発泡して円筒状の発泡体を得た。次いで,この円筒状発泡体をそのままマンドレル上を通過させ,これをシート状に切り開いて発泡シートを得た。このとき,ダイス部にはオイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロールした。」という記載が存在する。この記載における「140〜160℃の範囲内の特定温度」が「特定の押出条件」の冷却温度に相当する記載である。また,使用する樹脂及び発泡剤については,段落【0071】に具体的に記載され,また,発泡剤量についても段落【0075】に具体的に記載されており,前述したとおり,使用する樹脂,発泡剤及び発泡剤量が定まれば,押出発泡工程において結晶化が起こらない限界温度は定まる。
審決は,前記の記載について,「段落【0070】の記載によれば,『ダイス部にはオイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の特定温度にコントロールした』と記載されているのみで,正確にコントロールした数値(特定温度)に関しての具体例は何ら記載がない。」と判断しているが,この判断は誤っている。
すなわち,前記の記載は,実施例1〜6のものにおいては,そこで結晶化温度126℃の基材樹脂(発泡剤等が含有されていない樹脂)に対して,溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内における任意の特定温度を採用すればよいことを示したものであるから,実施例1〜6で採用する特定温度については記載があるし,さらに,上述のような各段落に記載された技術的知見に基づいて,本願発明の構成要件A/B及びA/Cを満足するように「140〜160℃」の範囲内から特定温度を選定することは,当業者にとって何らの困難性もない。
したがって,本件明細書には特定温度条件については,当業者が本願発明の発泡シートを製造するために必要な記載はあるし,また審決の判断するように140〜160℃の範囲内の特定温度が具体的に記載されていないからといって,そこで採用する特定温度条件が当業者にとって不明であるとか,あるいは設定することが困難なものではない。
本願発明の目的物を製造する方法における特定の押出条件については,本件明細書の段落【0059】の「樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させる」という記載を前提に,実施例1〜6の記載をみるに,該実施例に記載のポリプロピレン樹脂の結晶化温度と140〜160℃の範囲内という記載を参照して,ポリプロピレン樹脂の溶融混練物を連続して徐々に冷却して行けば,当業者にとってその特定温度は容易に設定できるのであり,点に相当する特定温度が示されていないからといって,その実施にあたって,当業者にとって過度の試行錯誤を強いるというものではない。
したがって,特定温度の直接的な記載がなくても本件明細書の実施例1〜6に記載の発明は,当業者が容易に実施をすることができる。
すなわち,押出発泡法によるポリプロピレン樹脂発泡シートの製造工程において,高温のポリプロピレン樹脂の溶融混練物に対して,押出機下流側の冷却部での冷却を強めて行き,連続して徐々に該溶融混練物の温度を下げることにより,ダイスのリップから押し出される溶融混練物は発泡を開始し,さらに該溶融混練物の温度を下げて行き,目視により発泡シートの発泡状態を観察し,結晶化物が発生する直前の温度条件を突き止め,その温度条件を維持する操作条件で発泡を続けるという操作を行うものである。したがって,結晶化物の発生が確認された直前の温度(結晶化物の発生が確認された温度よりも高く結晶化物が発生しない最低温度)が特定温度に相当するが,前記のような操作を行えば,実施例1〜6の記載において,特定温度は容易に求めることができる。
(1-2) 本願発明の発泡シートを製造するために必要なオイル温調の正確な温度が本件明細書に記載されていることは,以上に記載したとおりである。したがって,「(B)オイル温調の正確な温度」について何ら記載がないとした審決の判断は,誤りである。
審決は,「(@)特定の押出し条件を採用すること,」とは別に「(B)環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールすること,が必要と認められる。」と判断している。しかし,本件明細書の段落【0059】の「特定の押出条件とは,例えば押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールし,(中略)高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものである。」という記載から明らかなように,本件明細書において,オイル温調は,特定の押出条件のうち,樹脂を高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるための例示手段として記載されているものであって,本願発明の無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートを得るための必須要件の一つがオイル温調に限定されるものではない。
確かに,オイル温調は,連続的に数十時間に及ぶ長期間にわたる無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートの製造においても,正確なダイス温度コントロールが可能な優れた環状ダイスの温調手段であり,本願発明の目的物を得ることができる。しかし,本願発明の目的物を得るためには,本件明細書の段落【0059】の「樹脂の温度を(中略)高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものである。」という記載,及び段落【0070】の「ダイス部にはオイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロールした。」という記載から明らかなように,発泡性の溶融樹脂混練物の温度を正確にコントロールして高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させればよく,そのために採用し得る温調手段は,環状ダイスを正確に温度コントロールするための温調手段であれば,オイル温調に限られるものではない。したがって,環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールすることが本願発明の目的物を得るための必須要件の一つだとする審決のこの点の判断も誤っている。
(2) 「(A)特定構造のダイス」について (2-1) 本件明細書の段落【0060】には,「特定の構造のダイスとは,例えば,樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成するとともに,ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような構造としたものである。」との記載があり,また,段落【0070】には,「押出機の先端に取り付ける二次ブレーカー形状を樹脂の流れを大きく遮らない形状とし,ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のもの」という記載が存在し,これら記載により,本願発明が発泡シートを得るために必要な「特定構造のダイス」を十分に開示していると,当業者は容易に理解できる。
すなわち,「樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成する」という記載において,環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを有する押出機は,例えば,甲7の95頁37図に記載のような構成のものであることは,当業者にとって自明あるいは周知のことである。前記のような二次ブレーカーを有する押出機において,「樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカー」も,例えば,甲7の95頁38図,98頁43図に記載されているように,本出願前に周知のものである。したがって,二次ブレーカーとして,既知の二次ブレーカーを採用すればよいことは,当業者にとって容易に理解できることである。
また,本件明細書の段落【0060】の「ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような構造としたものである。」という記載における「ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり」という構造は,本件明細書の実施例1〜6の記載における「ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のものを選択して」という記載から,ダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状の構造のものであることは,当業者にとって十分に理解できる。
したがって,審決の「具体的に『樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカー』がどのような構造のものであるかも何ら記載がないし,『ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり』とはどういう状態のものであるのかも具体的に示されていない」という判断は誤っている。
(2-2) 審決は,「『ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような』とは,どの程度を示すのか具体的な例が何ら示されていない。」と判断している。
しかし,審決の摘示する記載自体から明らかなように,本願発明においては,A/B及びA/Cの要件を満足する発泡シートを得るためには,ダイス内部の圧力として,80kg/cm2未満の低い圧力を採用すればよいことを記載しており,目的とする発泡シートを製造するためにどのような圧力を採用すればよいかは,ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満という要件を満足する範囲で,他の要件,例えばダイスのリップクリアランスなどを考慮して適宜決定できるものである。
したがって,前記のような判断を本件明細書の記載不備の根拠としたことは誤っている。
また,ダイス内部の圧力を80kg/cm2未満の圧力に調節するためには,ダイス内部の圧力を調節するための慣用の技術手段,例えば,ダイスとして,その内部の樹脂流路の容積が大きいものを採用すればよいことも,当業者にとって自明のことである。さらに,本件明細書段落【0072】の「ダイス内部の樹脂流路の全体が狭い形状の従来のダイス」という記載からも,圧力調節手段として樹脂流路の容積が大きいものを採用すればよいことは,当業者にとって十分に理解することができる。
(2-3) 審決は,「80kg/cm2以下とは,0kg/cm2のものまでを示すことを考慮すると,単に80kg/cm2以下とし,との記載では実施例としての特定の数値が具体的に示されているとはいえない」と判断している。
しかし,実施例の記載において特定の数値が具体的に示されていなくても,80kg/cm2以下という記載に基づいて,実施例1〜6が実施可能なことは上述のとおりであるが,本願発明の発泡シートを製造するに当たり採用する押出発泡法においては,使用する樹脂は加圧加熱下に溶融混練された状態にあり,加圧下にあること,さらには押出発泡法においては,上述のようにダイス内の圧力とダイス外に押出された際の圧力差によって発泡するものであることは,押出発泡法における極めて基礎的な技術常識である。よって,「80kg/cm2以下」という記載に接した当業者が前記の記載中に,前記審決の判断するように0kg/cm2のものまでを含んでいるとは到底理解するものではない。このように,0kg/cm2のものまでを示すとする審決の判断は,技術常識に反し誤っている。
加えて,0kg/cm2のものまでを示すとすると,何故に実施例における80kg/cm2以下という記載が,実施例としての特定の数値が具体的に示されていないことになるのか理解できず,審決の判断には,理由の不備もある。
(3) 「リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」について 審決は,「段落【0074】の記載によれば,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を調整した以外は,比較例1,2と同様の操作を行ったが,コルゲートが激しく発泡シートを得ることができなかったと記載され,『ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整』が重要な要素であるといえるが,それらについて,本願発明の発泡シートを得るための具体的な数値について何ら記載がされていない」と判断している。
しかし,審決の指摘する記載は,いずれも本願発明の要件を満たさない比較例1,2と4という比較例同士の記載の比較に基づく判断であって,本願発明の発泡シートを製造する方法ではないから,本件明細書に本願発明の発泡シートを製造する方法が記載されているかどうかの判断においては関係がない記載である。
したがって,このような本願発明の発泡シートを製造する方法とは無関係な記載に基づいて,本願発明の発泡シートを得る方法が本件明細書中に記載がないと判断したことは誤っている。
3 被告の主張の要点 審決の認定判断は正当であり,原告主張のような違法はない。
(1) 「(@)特定の押出条件」及び「(B)オイル温調の正確な温度」についての主張に対して 本件明細書の段落【0070】の記載によれば,ダイス部にオイル温調機を設け,溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の「特定温度に正確にコントロールした」としているが,実施例1〜6には,正確にコントロールされた「特定温度」の値についての記載は一切されていない。
また,本件明細書段落【0058】には,「本件発明の発泡シートは,例えば,この円筒状発泡体6の製造段階で,特定の押出条件と特定の構造のダイスを採用する等すればよい。」と記載されているものの,続く段落【0059】〜【0060】において,特定の押出条件と特定の構造のダイスについて記載しているとしても,何ら具体的な記載をしているものではないし,段落【0059】に記載の「樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,高い粘度を保持したまま」とは,限界温度が何度であるのか明確でない。つまり,実施例1〜6において採用されている基材樹脂は,段落【0071】の記載によれば,結晶化温度が126℃で,融点が158℃である樹脂である。そして,前記樹脂の混練物の温度を140℃〜160℃の範囲内で正確にコントロールするとしても,特定の温度について示されていない以上,結晶化温度が126℃で,融点が158℃である樹脂について,この樹脂の結晶化が起きない限界温度が140℃〜160℃の範囲内の何度であるのか不明であることは明らかである。
しかも,実施例と同じ基材樹脂を使用した比較例1〜4(なお,比較例3においてはオイル温調が行われたものである。)においては,本願発明で規定する発泡シートが全く得られていない。
結局,段落【0058】の「本件発明の発泡シートは,例えば,この円筒状発泡体6の製造段階で,特定の押出条件と特定の構造のダイスを採用する等すればよい。」と記載されているのみで,本願発明の発泡シートを得るための具体的な記載がされている個所は,明細書のどこにも見いだせない。
そうすると,従来技術(甲7〜9)のポリプロピレン系樹脂発泡シートを得る技術において,特定の押出条件と特定の構造のダイスを採用することで,本願請求項1記載の特定の物性をもつポリプロピレン系樹脂発泡シートを得ることができたものであるとする本願発明は,前記記載のとおり,正確にコントロールされた「特定温度」についての記載は一切されていないから,本願発明を実施するに当たり特定の押出条件を決定することができないものであり,また,従来技術では本願発明の発泡シートが得られないことが記載されている段落【0004】〜【0009】からみても,本願発明を実施するに当たっては,過度の試行錯誤を強いるものであることは明らかである。そうすると,段落【0059】の記載及び出願時の技術常識に基づいても,当業者が本願発明を実施することができるとはいえない。
原告の主張が失当であることは明らかである。
(2) 「(A)特定構造のダイス」についての主張に対して 本願発明に採用される「特定の構造のダイス」とは,本件明細書の段落【0060】によれば,「特定の構造のダイスとは,例えば,樹脂が環状ダイスのシャフトを支持する二次ブレーカーを通過するときに樹脂の流れを大きく遮らない形状の二次ブレーカーを用いてダイスを構成するとともに,ダイス内部がリップ先端で急圧縮となり,ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような構造としたものである。」と記載されている。
しかしながら,本件明細書において,比較例1〜2の方法に関して「実施例6と同様の二次ブレーカーと,ダイス内部の樹脂流路全体が狭い形状の従来のダイスを用い」との記載があること,比較例3の方法における「ダイスの一部にしぼりを取り付けた。」との記載があること,及び段落【0004】〜【0009】の従来技術では困難であったことを指摘する記載があることからみて,当業者は,実施例1〜6を実施するに際し,いかなる形状のダイスを使用すればダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となり,本願発明の発泡シートが得られるのか,全く不明といわざるを得ない。
本願発明は,ダイス形状については「ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のものを選択して」と記載されているのみで,他に具体的な形状についての記載はされていないから,ダイス内部の圧力が80kg/cm2未満となるような構造のものがいかなる形状のものであるか十分に理解できるものということはできない。
本願発明を実施するに当たり,特定の構造のダイスが如何なる構造を有しているのか不明である以上,「特定の構造のダイス」を採用することができないものというべきであって,この点において,本件明細書は,本願発明について実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえないことは明らかである。
原告の主張は,失当である。
(3) 「リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」についての主張に対して 本件明細書の段落【0074】の記載からすれば,比較例4は,比較例1,2と同様の操作を行うものであるが,それ以外に,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を調整したもので,この結果,コルゲートが激しく発泡シートを得ることができなかったのである。しかしながら,比較例1,2は,明細書の表2から明らかなとおり,平均気泡径が本願発明の範囲外のものではあるが,発泡シートが得られているのである。
そうすると,比較例4において,比較例1,2と同様の操作を行ったにもかかわらず発泡シートが得られなかった要因が,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を調整したことにあることは明らかである。
そうであれば,円柱状発泡体における発泡シートの成否は,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整に存することになる。それにもかかわらず,その具体的な条件である数値について示されていないのであるから,いかなる数値を採用すれば,発泡シートが得られるのかは全く不明である。
そうすると,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を調整することが,本願発明の発泡シートを得るための「特定の押出条件と特定の構造のダイス」に密接に係わっていることは明らかである。
したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は,失当である。
当裁判所の判断
1 「(@)特定の押出条件」及び「(B)オイル温調の正確な温度」について (1) 本件明細書(甲2。なお,出願当初の明細書が甲2,公開公報が甲3,平成13年1月29日付け手続補正書〔請求項1を補正するもので,これに伴って補正された段落は【0011】【0023】【0025】【0093】のみ。〕が甲4である。)には,以下の記載がある。
「特定の押出条件とは,例えば押出機先端に取り付けた環状ダイスをオイル温調で正確に温度コントロールし,樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ,高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるというものである。」(段落【0059】) 「実施例1〜6 基材樹脂,発泡剤及び気泡調整剤を押出機内で溶融混練した後,押出機の先端に取り付ける二次ブレーカー形状を樹脂の流れを大きく遮らない形状とし,ダイス形状としてダイス内部の樹脂流路がリップ先端で急に狭くなった形状のものを選択してダイス部内の圧力を80kg/cm2以下とし(ただし,実施例6のみは二次ブレーカーとして樹脂の流れが柱状の部分で遮られてしまう形状のものを使用した。),上記溶融混練物を環状リップよりマンドレル上に表1に示す吐出量で押出発泡して円筒状の発泡体を得た。次いで,この円筒状発泡体をそのままマンドレル上を通過させ,これをシート状に切り開いて発泡シートを得た。このとき,ダイス部にはオイル温調機を設けて上記溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロールした。なお,詳細は以下のとおりである(実施例1〜6共通)。」(段落【0070】) 「〔基材樹脂〕 ・エチレン-プロピレンブロック共重合体 MI ・・・・・・2.0g/10分 結晶化温度 ・・・・・・126℃ 融点 ・・・・・・158℃ ドローダウン性 ・・・・・・5m/分 溶融張力 ・・・・・・23g 動的粘弾性 ・・・・・・α=0.8,β=4.2 tanδ=2.1〜1.5 (ω=0.1〜1rad/秒) 平衡コンプライアンス ・・・・・・1.5×10-4cm/dyn (210℃,100N/m2一定,時間0〜300秒) 単位応力あたりの剪断歪み回復・・・・・・6.2×10-5cm/dyn (210℃,剪断速度1/秒) 重量平均分子量(Mw) ・・・・・・3.7×105(※1) Z平均分子量(Mz) ・・・・・・1.2×106(※1) ※1:Waters150CV GPCを使用し,135℃トリクロロベンゼンを溶媒としてカラムWaters μ-Styrogel HT(103,104,105,106Å),溶液濃度0.2重量%,流速1ml/分の条件で測定した。)〔発泡剤〕 ・ブタン〔気泡調整剤〕 ・クエン酸モノナトリウム塩〔押出機〕 ・タンデム押出機〔配合及び温度条件〕基材樹脂100重量部に対する発泡剤及び気泡調整剤の配合量を表1に示す。また,押出発泡する際の一次ブレーカー部の温度条件も表1に併せて示した。」(段落【0071】) 「【表1】 」(段落【0075】) (2) 本件明細書の上記記載によると,環状ダイスの温度条件に関しては,「樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ」るという点と,「基材樹脂,発泡剤及び気泡調整剤を押出機内で溶融混練した溶融混練物の温度を140〜160℃の範囲内の特定温度に正確にコントロールした。」という点が開示されているだけである。
その他の温度の記載としては,実施例1ないし6,比較例1ないし4における一次ブレーカーの温度について,特定値の記載があるのみである。仮に,一次ブレーカーの温度を手がかりとして検討するとしても,実施例1ないし4,6及び比較例1ないし4がいずれも158℃であり,実施例5が156℃である(もっとも,甲6の【表1-2】では,実施例5も158℃と記載されている。)。これら各例により得られた結果を記載(ただし,比較例4は,発泡シートを得ることすらできなかったので除外)した段落【0077】の【表2】及び段落【0078】の【表3】を参照しつつ検討しても,上記条件としては,158℃又は156℃のものしか記載されていないため,温度の違いを原因として,成形性などの結果に有意な差異が生じることが示されているとは認められない。
(3) 原告は,オイル温調でコントロールする環状ダイス中の溶融混練物の温度について,得られた発泡シートの発泡状態を目視により観察して,結晶化物が発生する直前の温度条件を突き止め,その温度条件を維持する操作条件で発泡を続ける操作を行うものであると主張する。
しかし,本件明細書には,そのような条件の設定方法について記載はなく,「樹脂の温度を結晶化が起きない限界温度まで下げ」るという記載から,そのような設定方法が示唆されるものとも認められないし,他にそれを示唆する記載があるものとも認められない。目視により観察した発泡状態と結晶化物の発生との関係や,それらと本願発明の特定の気泡形状との関係自体も不明である。
本願発明の実施例の場合,結晶化温度が126℃,融点が158℃の樹脂(エチレン-プロピレンブロック共重合体)を用いて,その溶融混練物の限界温度が140〜160℃の範囲内とする。しかし,発泡剤等を配合した組成物について結晶化が起きない温度の設定には,実施例で使用したのと同じ組成物について実施しようとしても,140〜160℃の範囲内において,160℃から徐々に温度を下げて発泡シートの発泡状態の観察を行うのには,ある程度の試行錯誤が必要であるし,実施例と異なる樹脂組成物については,それが140〜160℃の範囲内になるかどうかも不明であって,さらに試行錯誤の程度が大きくなるものと認められ,本願発明全体の実施についてみれば,過度な試行錯誤が必要であると認められる。
なお,実施例においてでも,その温度条件を140〜160℃という範囲ではなく,具体的に最良の温度条件(点としての温度条件)が記載されていたならば,実施例以外の場合の条件設定について,樹脂のMI,結晶化温度,融点,発泡剤等の配合量等を勘案して,それを探索するための指標を与えることとなって,その場合には,本願発明全体について過度な試行錯誤までは必要とならない可能性があるとも考えられる。しかし,本件明細書ではそれが行われておらず,実施例1ないし6の温度条件(溶融混練物の温度)が何度であったか不明であるし,比較例についてもどのような温度条件で行われたかについて不明であって,他に温度条件を設定するための方法も示唆されているものとは認められない(原告は,本件審判手続における平成13年11月30日付け回答書(甲6)において,実施例及び比較例の押出条件等の詳細を【表1-2】として記載し,そこでは,「樹脂温度」として特定値の温度が示されているが,このような記載は本件明細書には全く存在しない。)。よって,本件明細書には「特定の押出条件」,特に,その環状ダイス部の温度条件(溶融混練物の温度)に関して,当業者が実施可能な程度に記載がなされているものとは認められない。
(4) 原告は,オイル温調につき,特定の押出条件のうち,樹脂を高い粘度を保持したまま環状ダイスを通過させるための例示手段として記載されているにすぎず,必須のものではないと主張する。
しかし,上記のとおり,環状ダイス部の温度条件(溶融混練物の温度)そのものが当業者が実施可能な程度に記載がなされているものとは認められないのであるから,この結論は,温調手段としてオイル温調を採用するか否かにかかわらないものというほかない。
2 「リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整」について 原告は,審決の指摘する記載は,いずれも本願発明の要件を満たさない比較例1,2と4という比較例同士の記載の比較に基づく判断であって,本願発明の発泡シートを製造する方法ではないから,本件明細書に本願発明の発泡シートを製造する方法が記載されているかどうかの判断においては関係がない記載であり,審決の判断は誤りである旨主張している。
そこで,検討するに,本件明細書の記載によれば,比較例4は,比較例1,2とは,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度を異なる条件とした以外は,同様の操作により行われたものである(段落【0074】)。その結果,比較例1,2では,本願発明の特定の気泡形状ではないものの,発泡シート自体は得られたのに対し,比較例4では,発泡シートさえ得られなかったものである(段落【0074】,【0078】の【表3】)。これによれば,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度が,比較例1,2と比較例4との結果を分ける原因となったことが認められる。このことからすれば,実施例1ないし6においても,リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度について異なる条件(例えば比較例4と同様の条件)で行った場合には,発泡シートが得られない可能性があるものと認められる。
確かに,本件明細書中には,実施例に関し,リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度についての明示的な記載は見当たらない。しかし,本件明細書に記載された範囲では,実施例1ないし4は,全く同じ条件であるようになっているにもかかわらず,段落【0077】の【表2】,【0078】の【表3】によれば,それぞれ異なる発泡シートが得られている。これは,実施例1ないし4の結果を左右する押出条件であっても,本件明細書において開示されていないものがあることを意味する。そこで,厚みがそれぞれ異なる発泡シートが得られていることから考えれば,実施例1ないし4は,押し出された円柱状発泡体の引取速度が異なるものであると推認される(現に,原告は,前掲回答書(甲6)において,実施例1ないし4において上記引取速度を異ならせた旨を述べている。)。このように,上記引取速度は,実施例1ないし4によって得られた発泡シートの違いを導いた重要な条件ないし要素であることが認められる。そして,本件明細書の段落【0074】のほか段落【0055】,【0056】などの記載に照らせば,リップクリアランスの調整もまた,得られる発泡シートの性状等に影響を及ぼす要素であることが認められる。
以上の点にかんがみれば,リップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度が本願発明の実施に関して重要な要素であるとし,その具体的数値について何ら記載がないことを咎めた審決の判断が誤りであるとはいえない。
3 以上のとおり,本件明細書においては,少なくとも,「(@)特定の押出条件」を構成する環状ダイスの温度条件(溶融混練物の温度)について,具体的な条件が記載されておらず,示唆もされていないというほかない。そして,ダイスのリップクリアランス及び押し出された円柱状発泡体の引取速度の調整についても同様であるとした審決の判断が誤りであるということもできない。
そうすると,その余の要素に関する審決の判断の当否について判断するまでもなく,本件明細書には,本願発明に係る無架橋ポリプロピレン系樹脂発泡シートを得るための記載が,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているということができないのであって,特許法36条4項の要件を満たさないとした審決の判断は,是認し得るものである。
よって,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利