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関連ワード 特許を受ける権利 /  発明者 /  実質的に同一 /  信義則 /  実施 /  同意 /  実施権 / 
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事件 平成 15年 (ネ) 5273号 特許権返還等請求控訴事件
控訴人 A
被控訴人 昭和産業株式会社
被控訴人 敷島スターチ株式会社
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 岩丸豊紀
同 柴谷晃
同 久米智昭
同 野澤 吉太郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決主文第2項を取り消す。
(2) 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,下記の請求事項全2件を平成15年7月17日から実施せよ。 ア 別途提示する控訴人作成「陳謝書面」に,被控訴人らの各代表者の直筆署名及び押印すること イ 同完成「陳謝書面」を,「朝日新聞」「毎日新聞」「中日新聞」及び「日本経済新聞」の社会欄又は科学欄に葉書大にて「謝罪広告」すること 2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
1 本件は,被控訴人敷島スターチ株式会社(以下「被控訴人敷島スターチ」という。)の元従業員である控訴人が同社及び同社の親会社である被控訴人昭和産業株式会社に対し,控訴人が被控訴人敷島スターチに勤務中にしたイノシトールの製造法に関する発明等について,被控訴人らとの間で特許を受ける権利の譲渡契約を締結していないにもかかわらず,被控訴人らが無断で特許権を取得した上,この事実を隠蔽し,控訴人の名誉を毀損したなどと主張して,@上記発明に係る特許権の返還,A謝罪文の交付及びB謝罪広告の掲載を求めた事案である。
原判決は,上記訴えのうち,@の請求に係る訴えを却下し,A,Bの請求をいずれも棄却したのに対し,控訴人が,上記棄却部分の取消しを求めて本件控訴を提起した(なお,控訴人は,当審において,上記@の請求に係る訴えを取り下げ,被控訴人らはこれに同意した。)。
2 控訴人の請求原因等 (1) 控訴人は,被控訴人敷島スターチに従業員として勤務していた間,下記の特許権(以下「本件特許@」などという。)に係る発明(以下「本件各発明」という。)をした。
@ イノシトールの製造法(特許番号第1532071号) A フィチン及びフィチン酸の製造法(特許番号第1411449号) B METHOD FOR OBTAINING PHYTIN(米国特許。USP:4,668,813) (2) 被控訴人らは,(ア)東京地方裁判所平成14年(ワ)第21376号事件の準備書面において,控訴人が本件各発明をしたことを否定し,捏造による虚偽の主張を展開して控訴人を愚弄し,控訴人の発明者名誉権を著しく毀損し,(イ)本件特許Bについて,控訴人に無断で発明権譲渡書(U.S.ASSIGNMENT)を偽造し,代理人を通じて米国特許庁に提出して特許権及び実施権を取得した上,この事実を隠蔽し,(ウ)本件各発明について,虚偽の発明者を設定し,控訴人から特許を受ける権利の譲渡を受けることなく,控訴人の特許権を剥奪した。被控訴人らの上記行為は,控訴人の名誉を毀損するものである。
(3) よって,控訴人は,被控訴人らに対し,民法723条に基づき,謝罪文の交付及び謝罪広告の掲載を求める。
(4) なお,被控訴人ら主張の前訴事件は,本件と全く無関係な事件であるから,同事件の判決の存在により,上記(ア)の行為を理由とする主張が信義則違反であるということはできない。また,被控訴人らは,控訴人に仕事を与えないなど控訴人への嫌がらせにより退職を余儀なくさせようとしていたものであるし,控訴人は,本件各発明が多額の利益を挙げていることを熟知していたから,このような状況の下で,控訴人が,被控訴人らに対し,本件各発明に係る特許を受ける権利を譲渡するはずがない。
3 請求原因に対する被控訴人の認否 請求原因事実は否認する。上記(ア)の行為を理由とする主張は,前訴(東京地方裁判所平成15年(ワ)第5383号)の蒸し返しであり,信義則に照らして許されない。
当裁判所の判断
1 まず,控訴人は,「被控訴人らが,(ア)東京地方裁判所平成14年(ワ)第21376号事件の準備書面において,控訴人が本件各発明をしたことを否定し,捏造による虚偽の主張を展開して控訴人を愚弄し,控訴人の発明者名誉権を著しく毀損した。」旨主張する。
しかしながら,証拠(乙1,2)によれば,控訴人は,「被控訴人らが,東京地方裁判所平成14年(ワ)第21376号事件の準備書面において,控訴人が本件各発明等の発明者であることを全面的に否定するなどして,控訴人の名誉を毀損した。」旨主張して,被控訴人らに対し,謝罪文の交付及び謝罪広告の掲載を求める訴えを提起したこと(東京地方裁判所平成15年(ワ)第5383号),同事件につき,謝罪広告の掲載を求める部分については訴えを却下し,謝罪文の交付を求める部分については,上記準備書面の陳述が違法なものとはいえないとして請求を棄却する判決が言い渡され,これが既に確定していることが認められる。
そうすると,上記(ア)の主張に基づき謝罪文の交付及び謝罪広告の掲載を求めることは,まさに上記前訴の蒸し返しに当たるものというべきであるから,このような主張は,信義則に照らして許されない。
なお,控訴人は,「前訴事件は,本件と全く無関係な事件である。」旨主張するが,上記前訴事件は,上記(ア)の主張とほぼ同一の請求原因事実に基づき,本件と同じく謝罪文の交付及び謝罪広告の掲載を求めるものであるから,本件のうち上記(ア)の主張に基づく部分と実質的に同一の事案であって,本件と無関係な事件とは到底いうことができない。
2 次に,控訴人は,「被控訴人らが,(イ)本件特許Bについて,控訴人に無断で発明権譲渡書を偽造し,代理人を通じて米国特許庁に提出して特許権及び実施権を取得した上,この事実を隠蔽し,(ウ)本件各発明について,虚偽の発明者を設定し,控訴人から特許を受ける権利の譲渡を受けることなく,控訴人の特許権を剥奪した。」旨主張する。
しかしながら,民法723条は,「名誉ヲ毀損シタ」場合に「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」を命ずることができる旨規定しているところ,同条にいう「名誉」とは,人がその人格的価値について社会から受ける客観的な評価(社会的名誉)を指すものであって,人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価(名誉感情)は含まないものと解すべきである(最高裁昭和45年12月18日第2小法廷判決・民集24巻13号2151頁参照)。
これを本件についてみるに,上記(イ),(ウ)の主張は,要するに,被控訴人らが,本件各発明に係る特許を受ける権利を控訴人から譲り受けたように偽って,本来控訴人に帰属すべき特許権・実施権を取得した上,その事実を隠蔽していた旨の主張と解されるが,そのような行為があったとしても,それにより,控訴人の人格的価値について社会から受ける客観的な評価が低下するとは認められず,結局,上記(イ),(ウ)の主張に係る行為をもって,控訴人の「名誉ヲ毀損シタ」場合に当たるということはできない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
3 以上によれば,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がない。よって,同請求をいずれも棄却すべきものとした原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人