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事件 平成 13年 (行ケ) 480号 審決取消請求事件
原告 株式会社ヨシタケ
訴訟代理人弁理士 平山洲光,菊池武胤,中野圭二
被告 ミネソタマイニング アンド マニュファクチャ リング カンパニー
被告 阪神高速道路公団
被告 財団法人阪神高速道路管理技術センター
被告ら訴訟代理人弁護士 上谷清,宇井正一,笹本摂,山口健司,弁理士 下道晶 久
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2000-35475号事件について平成13年9月17日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,被告らを特許権者とする後記本件特許について,無効審判の請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案であるが,上記審決がされた後に,被告らが特許請求の範囲減縮を目的とする訂正審判を請求し,訂正を認める旨の審決がされて確定したことにより,当事者の主張・立証及び裁判所の判断も,訂正審決後の特許請求の範囲に即して行われることになった。
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:被告ら 発明の名称:「標識照明システム及び方法」 国際出願日:平成7年7月27日(PCT/US95/09531) 優先権主張:平成6年8月1日(日本国) 設定登録日:平成11年4月9日 特許番号:第2910868号 (1-2) 本件無効審判手続 審判請求日:平成12年9月5日(無効2000-35475号) 訂正請求日:平成13年4月4日 訂正請求取下げ:平成13年8月23日 審決日:平成13年9月17日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成13年9月28日(原告に対し) (本訴提起日:平成13年10月26日) (1-3) 本件審決後における訂正審判手続(本件訂正審判) 訂正審判請求日:平成13年10月1日(訂正2001-39173号) 審決日:平成13年11月6日 審決の結論:「第2910868号に係る明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」 審決謄本送達日:平成13年11月16日(被告らに対し) (2) 本件発明の要旨 (2-1) 本件訂正審判請求前の特許請求の範囲の記載(本件審決が判断対象としたもの。請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。) 【請求項1】標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システムであって,前記照明源は,前記標識面に対して約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し,前記標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム。
【請求項2】前記照明源は,前記標識面の実質的に全てに対して約0°から約30°の間の入射角度で前記標識面に入射する光を放射する請求項1に記載のシステム。
【請求項3】前記標識は道路の路肩上に設置される請求項1に記載のシステム。
【請求項4】前記標識は道路上に設置される請求項1に記載のシステム。
【請求項5】前記照明源は道路の路肩上に設置され,前記標識は道路標識と広告掲示板から選択される請求項1に記載のシステム。
【請求項6】前記照明源は投光照明器を備え,前記投光照明器は実質的に前記標識面のみを照明するマスク手段を具備する請求項1に記載のシステム。
【請求項7】前記投光照明器は地上から次式,(100-L)X/100< H <(X+Y)(300-L)/300に基づいて前記標識面に対して設置され,ここで,Lは照明源と道路標識の間の水平距離,Xは地上から標識面の底部までの高さ,Yは標識自体の高さ,Hは投光照明器の地上からの高さであり,全ての距離はメートルであり,Lは100メートルより少ないか等しい,請求項6に記載のシステム。
【請求項8】前記入射角度は0°から約15°の範囲である請求項1に記載のシステム。
【請求項9】前記再帰性反射部は,少なくとも,カプセルレンズ型,露出レンズ型,及び封入レンズ型の再帰性反射材料の内のいずれか1つである請求項1に記載のシステム。
【請求項10】再帰性反射部分を備えた標識面を持つ標識を照明する方法であって,前記方法は,照明源を,前記標識面に対して前記標識面のいかなる再帰性反射点においても観察者の視野を遮らずに広観察角度を有効に利用するように配置し,前記照明源は前記道路標識上のいかなる点においても0°から約30°の範囲の入射角度を形成する光を放射する,標識を照明する方法。
【請求項11】前記標識面から前記照明源の距離が,約10から約100メートルである請求項10に記載の方法。」 (2-2) 本件訂正審判により訂正が認められた後の特許請求の範囲の記載(請求項番号に対応して,それぞれの発明を「訂正発明1」などという。本件訂正審判は,要するに,@請求項1を訂正し,A請求項6を削除するとともに,請求項7ないし11を順次1項ずつ繰り上げ,B訂正後の請求項9,10を訂正するものである。下線部が訂正箇所である。) 【請求項1】標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システムであって,前記照明源は標識からは 分離 して 距離 を離して 設置 されており ,前記標識面 に対して実質的 に標識 の面となる 部分 のみを 照明 する マスク 手段 を有する 投光照明器 を具備し,前記投光照明器 は約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し,前記標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム。
【請求項2】前記照明源は,前記標識面の実質的に全てに対して約0°から約30°の間の入射角度で前記標識面に入射する光を放射する請求項1に記載のシステム。
【請求項3】前記標識は道路の路肩上に設置される請求項1に記載のシステム。
【請求項4】前記標識は道路上に設置される請求項1に記載のシステム。
【請求項5】前記照明源は道路の路肩上に設置され,前記標識は道路標識と広告掲示板から選択される請求項1に記載のシステム。
【請求項 6】前記投光照明器は地上から次式,(100-L)X/100< H <(X+Y)(300-L)/300に基づいて前記標識面に対して設置され,ここで,Lは照明源と道路標識の間の水平距離,Xは地上から標識面の底部までの高さ,Yは標識自体の高さ,Hは投光照明器の地上からの高さであり,全ての距離はメートルであり,Lは100メートルより少ないか等しい,請求項1に記載のシステム。
【請求項 7】前記入射角度は0°から約15°の範囲である請求項1に記載のシステム。
【請求項 8】前記再帰性反射部は,少なくとも,カプセルレンズ型,露出レンズ型,及び封入レンズ型の再帰性反射材料の内のいずれか1つである請求項1に記載のシステム。
【請求項 9】再帰性反射部分を備えた標識面を持つ標識を照明する方法であって,前記方法は,照明源を,前記標識面に対して前記標識面のいかなる再帰性反射点においても観察者の視野を遮らずに広観察角度を有効に利用するように配置し,前記照明源は前記道路標識面上のみにいかなる点においても0°から約30°の範囲の入射角度を形成する光を放射する,標識を照明する方法。
【請求項 10】前記標識面から前記照明源の距離が,約10から約100メートルである請求項9に記載の方法。
(3) 審決の理由の要旨 (3-1) 本件無効審判の審決は,本件発明1ないし11の特許を無効とすることはできないと結論付けたが,その理由として,概ね次のとおり説示した。
(a) 甲6(実公昭48-37504号公報。本訴甲4)には,「照明器」について記載されているが,ここに示されるものは,単に摺動及び回動自在で臨画の形状と大きさを自在に変えられるマスク板を装着したスポット照明器にすぎず,本件発明の,約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射し標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム及び照明方法については記載も示唆もない。
(b) 甲8(日本工業規格「保安用反射シート及びテープ」JIS Z 9117-1984(1989年確認)。本訴甲3)は,日本工業規格「保安用反射シート及びテープ」に関し,単に測定方法と試験方法が示されるにすぎず,本件発明の,約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射し標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム及び照明方法については記載も示唆もない。
(c) 甲14(特開昭56-27498号公報。本訴甲6)には,「道路交通規制方式」について記載されているが,ここに示されるものは,「トンネル内に事故が発生した場合に,トンネル入口手前の所定区間の道路を交通規制するための道路交通規制方式であり,交通規制を行うためにトンネル入口に遮断膜を垂下し,これを投光器が照明する」というものであって,本件発明の,約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射し,標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム及び照明方法については何ら記載されていない。
(d) 甲15(特開平3-160600号公報。本訴甲7)には,「道路交通情報の表示装置」について記載されているが,ここに示されるものは,単にディスプレイパネルにレーザープロジェクタから注意事項を表示するものであって,反射された光によりパネルに描かれている内容を視認するものではなく,レーザープロジェクタが遠隔の交通管制センターからの指示どおりにディスプレイパネル上に焦点が合うように映写するというものであり,本件発明の,約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射し,標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム及び照明方法については何ら記載されていない。
(e) 甲16(特開平5-334569号公報。本訴甲5)には,「誘導灯」について記載されているが,ここに示されるものは,開閉扉などの壁面に,光源装置2から「非常口」等の標識を表示したものであって,光源装置2内の「被投光用原版8」の内容を壁面に拡大映写するものにすぎず,本件発明の,約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射し,標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム及び照明方法については何ら記載されていない。
(f) 甲17(特開昭54-117124号公報)には,「交通安全標識装置」について記載されているが,ここに示されるものは,図4に図示されているように,路面上に設けた道路鋲に関するものであって,本件発明の,約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射し,標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム及び照明方法については記載されていない。
(g) そして,本件発明,請求項1〜11に係る発明のいずれも,(1)標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システム及び照明方法である点,(2)照明源は標識面に対して約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射する点,(3)標識面は再帰性反射部分を備えた点,の構成において(これらが相俟って),運転者の良好な視認性と安全性が確保されるという,甲号各証に記載された発明に対して有利な効果を奏するものであると認められる。
そうすると,本件発明のその余の構成について詳細に検討するまでもなく,本件特許の請求項1〜11に係る発明が,甲号各証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとすることはできない。
(3-2) 本件訂正審判の審決は,概ね次のとおり説示して,訂正を認めた。
請求項1の訂正事項は,「特許請求の範囲減縮」に該当し,願書に最初に添付された明細書及び図面に記載された事項の範囲内において訂正されたものであると認められ,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものではないので,特許法126条2項及び3項に規定する訂正の要件に適合するものである。さらに,訂正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができない発明であるとすることもできないので,本件訂正事項は,同条4項の規定にも適合する。
その余の訂正事項は,請求項6の削除とこれに伴って請求項7以下の請求項の項番号を繰り上げるものであり,また,請求項10(訂正後の請求項9)の訂正は,請求項1と実質的に同内容の訂正事項であり,請求項11(訂正後の請求項10)の訂正も請求項6の削除に伴い請求項の項番号を訂正しただけのものであるから,これらの訂正事項も,特許法126条1項1号に該当し,同条2〜4項に規定する訂正の要件に適合するものである。
2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 訂正発明1について (1-1) 「標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システムであって」,「前記照明源は,前記標識面に対して約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し」との構成(訂正前後で同じ)について この構成は,本件特許公報(甲2)の明細書及び図面に出願前公知公用の従来技術として記載されている。
すなわち,甲2には,「図5及び図6は従来の道路標識の照明システムの例である。図5において,標識10は,例えば,ランプ(通常,蛍光灯)のような照明源20に照射され,標識10及び照明源20の両方は支柱30に取り付けられる。照明源20は上から標識10を照明する。図6において,照明源20は下から道路標識10を照明する。標識10及び照明源20の両方は支柱30に取り付けられる。これらの照明源及び道路標識の照明方法はJIS(日本工業規格)及び日本道路標識設置基準に基づくものである。」と記載されており,図5又は図6に記載の標識照明システムは従来公知である。
また,甲2には,「もし,照明源20が図6に示すように道路標識10に隣接して配置されると,照明源からの光は道路標識上で0°から60°の範囲の入射角度を形成する。」と記載されているので,照明源を図6において下縁辺からではなく中央付近から照明すれば「前記照明源が,前記標識面に対して約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し」との構成にすることができることは当業者には明白である。
(1-2) 「前記標識面は再帰性反射部分を備えた」との構成(訂正前後で同じ)について 甲2には,「現在,道路標識として採用されている再帰性反射道路標識は,多くは道路上の比較的高い位置に設置されており,通常,広い観察角度を持っていない。」,「第5図及び第6図に示す従来の標識面は広有効観察角度を持たず」,「狭観察角度応答のみを持つ再帰性反射シートを採用した図6の従来技術の測定Dと比較して」と記載されていることから,第5図及び第6図に示す従来の標識面は,広有効観察角度を持たないが,道路標識として採用されている再帰性反射道路標識として,「前記標識面は再帰性反射部分を備えた」構成を具備してこることは,十分に示唆されている。
なお,甲2の記載(3頁6欄38〜44行)にあるように,訂正発明1に適切とされる広有効観察角度を持つ再帰性反射材料も,狭観察角度応答のみを持つ再帰性反射材料と同様に,出願前から公前知られ公然実施されていたものである。
また,再帰性反射材料に関しては,甲3(審判甲8)の6頁の図2の封入レンズ形反射シートの「反射性能試験装置」には,5頁7行に記載のように,投光器(照明源)から15m以上(d’=d)離れた反射シートの試験片に,5頁10〜11行に記載のように,5°,30°,40°の入射角で照明光を当てて,その反射光を観測する試験装置が開示されている。このことは,本件特許出願優先日より前から,JIS規格において,封入レンズ形反射シートは,道路標識等に使用することを前提とする上記のような試験がなされていた事実を明白に物語るものであり,かつ,当業者が照明の必要に応じて,入射角度を5°,30°,40°等から,約0°から約30°に限定して照射することに何ら障害になる要因はない。
そして,甲3のJIS規格には,「反射シートは,道路標識や安全標識に使われている指向性をもった反射体であって,再帰反射,すなわち,光の照射を受けると入射と同じ方向に光を強く反射する性質を持っている。」(15頁9〜10行)と解説されており,解説図1の反射の形態(c)に,再帰反射が図示されている。
(1-3) 「前記照明源は標識からは分離して距離を離して設置されており」との構成(本件訂正における付加)について この構成は,甲5(審判甲16)の請求項1から明らかで,照明技術分野では自明の構成である。本件無効審判の審決は,上記甲5の技術内容を「光源装置内の被投光用原版8の内容を壁面に拡大映写するものにすぎず」と認定しているが,その図4,段落【0017】,【0019】の「標識表示部4」と「光源装置2」の位置関係からすると,「前記照明源は標識からは分離して距離を離して設置されており」との構成であることは明白である。
(1-4) 「実質的に標識の面となる部分のみを照明するマスク手段を有する投光照明器を具備し」との構成(本件訂正における付加)について この構成は,甲4(審判甲6)において,投光用の窓孔7に,摺動及び回動自在な4枚の可変マスク板10を介挿し,相対位置を変化させることにより,被照明面に対し投光光輝域の臨画を明瞭に結像させながら,同臨画の形状及び大きさを任意に変更することができるスポット照明用の照明器が記載されていること(1頁1欄23〜33行,2頁3欄15行〜4欄5行,2頁4欄12〜17行)からも明らかなように,従来周知の技術手段である。
スポットライトとは,本来,そういうものであることは,当業者に限らず,誰でも承知しているところである。
(1-5) 以上のように,訂正前の請求項1の発明は,本件明細書中において従来技術として特許権者自らが示している出願前公知の発明から,当業者が容易に発明をすることができたものであることは明白であり,特に証拠として本件特許発明の出願前に頒布された刊行物等を証拠として提出するまでもなく無効原因を含んでいる。
また,訂正後の請求項1の発明は,解決すべき課題及び解決手段ともに,ありきたりの従来技術の単なる寄せ集めであり,当業者であれば,極めて容易に発明をすることができたものである。
(2) 訂正発明9について (2-1) 訂正発明9の「再帰性反射部分を備えた標識面を持つ標識を照明する方法であって,前記方法は,照明源を,前記標識面に対して前記標識面のいかなる再帰性反射点においても観察者の視野を遮らずに広角観察角度を有効に利用するように配置し」との構成(訂正前の請求項10と同じ。)について この構成は,本件特許の特許公報(甲2)に,「本件発明の標識面に使用する適切な再帰性反射材料は当業者において容易に選択でき,図示の例は,カプセルレンズ型再帰性反射材料,露出レンズ型再帰性反射材料,又は封入レンズ型再帰性反射材料で,適切な材料はシート状(可撓性又は比較的剛性)で市場で入手可能であり,必要に応じて塗装又はコーティングで形成される。」(3頁6欄38〜44行)と記載されているように,訂正発明9に適切とされる広角観察角度をもつ再帰性反射材料は,当業者によって出願前から公然知られていたものであり,上記構成は,当業者が容易に想到することができる当たり前の方法である。
(2-2) 訂正発明9の「前記照明源は前記道路標識上のみにいかなる点においても0°から約30°の範囲の入射角度を形成する光を照射する,標識を照明する方法。」との構成(「のみに」との点は本件訂正における付加。その余は,訂正前の請求項10と同じ。)について この構成は,甲4(審判甲6)において,「投光用の窓孔7に,摺動及び回動自在な4枚の可変マスク板10を介挿し,相対位置を変化させることにより,被照明面に対し投光光輝域の臨画を明瞭に結像させながら,同臨画の形状及び大きさを任意に変更することができるスポット照明用の照明器」が記載されていること(1頁1欄23〜33行,2頁3欄15行〜4欄5行,2頁4欄12〜17行)から明らかなように,従来周知の技術手段である。
(3) 訂正発明2(訂正前後で文言は同じ。)について 訂正発明2の「前記照明源は,前記標識面の実質的に全てに対して約0°から約30°の間の入射角度で前記標識面に入射する光を放射する請求項1に記載のシステム。」というものであるが,この構成は,甲4(審判甲6)において,「投光用の窓孔7に,摺動及び回動自在な4枚の可変マスク板10を介挿し,相対位置を変化させることにより,被照明面に対し投光光輝域の臨画を明瞭に結像させながら,同臨画の形状及び大きさを任意に変更することができるスポット照明用の照明器」が記載されていること(1頁1欄23〜33行,2頁3欄15行〜4欄5行,2頁4欄12〜17行)から明らかなように,「請求項1において,照明源が標識面の実質的に全てに対して入射する光を放射する」ような構成は,自明な構成である。
なお,このような構成は,甲5(審判甲16)に記載の図2の第2実施例の説明(2頁2欄48行〜3頁3欄9行)から,「壁に誘導標識10を描いた標識表示部4の全てを光源装置2が照射している」構成が記載されているように,照明技術分野では従来から自明なことである。
照明器で入射角度0°から30°の範囲で照明することができる範囲は非常に広く,当業者が通常の方法で照明器により標識を照明すれば,入射角度30°以内で照明することは容易であり,訂正発明2のシステムが,照明器で標識を0°から30°の範囲で照明することは,特段の技術ではなく常識的なことである。
(4) 訂正発明3及び4(訂正前後で文言は同じ。)について 訂正発明3及び4の構成は,道路標識として従来周知の構成である。甲6(審判甲14)や甲7(審判甲15)に記載の図面を見るまでもなく,慣用技術である。
(5) 訂正発明5(訂正前後で文言は同じ。)について 道路の路肩上に設置された照明源により,道路標識と広告掲示板から選択される標識を照明する構成は,甲6(審判甲14)において,「投光器6で標識5を照明する手段」が記載されているように,従来周知の構成である。
(6) 訂正発明6について 訂正発明6の構成(訂正前の請求項7と同じ。)は,本件特許公報(甲2)において,「標識システムが車40と道路標識10の間の距離が200メートルの場合に最適化されるときに,支柱の高さHの適切な値は次のように算出される(Lは通常,100メートルより少ないか等しく,好適には約50メートルより少ないか等しく,より好適には約20メートルと40メートルの間である)。」…(式の記載は省略)…「この高さにおいて,運転者は最適な視野角度に置かれ,照明源から放射された光によって車40の運転者は容易に道路標識を認識し読むことができる。この距離において,運転者は通常,狭い仰角,例えば,約0°で道路標識を見ることになる。」(4頁7欄33〜45行)と説明されているが,前掲の「実質的に前記標識面のみを照明するマスク手段を具備する投光照明器の構成」又は「標識面に対して約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射する構成」と,理論的にどのように関連するのか意味不明である。
訂正発明6の「(100-L)X/100構成要件において最適と指摘する範囲に入っていることを意味し,換言するならば,当業者が,従来周知の慣用手段として,高い位置にある標識をその中央の高さで照明すれば,その照明源の高さは,この式の好適な実施例の範囲に入ってくるということであるから,訂正発明6の構成要件は,従来周知の慣用手段を包含し,従来技術を条件式で表したにすぎない構成であって,到底,独占権を付与することができない。
(7) 訂正発明7について 訂正発明7の構成(訂正前の請求項8と同じ。)は,訂正発明1における入射角度を0°から約15°の範囲に任意に限定したものであり,訂正発明1と同様に特許を受けることができないものである。
(8) 訂正発明8について 訂正発明8の構成(訂正前の請求項9と同じ。)は,単に,従来公知又は周知の再帰性反射部の構成を選択的に羅列したものであり,特許を受けることができないものであることは明白である。
(9) 訂正発明10について 訂正発明10の構成(訂正前の請求項11と同じ。)は,当業者が必要に応じて設定可能な自明なことといわざるを得ない。
3 被告らの主張の要点 (1) 訂正発明1についての取消事由に対して (1-1) 原告は,本件特許公報(甲2)の明細書の内容に照らして,訂正発明1が進歩性を有しないなどの主張をする。しかし,そもそも特許性が争われている当該特許発明の明細書そのものは,「特許出願前に公然知られた発明」(特許法29条1項)に当たらない。甲2に基づく主張は不合理である。
念のため,若干の反論をしておくと,以下のとおりである。
甲2の図5又は図6に記載の標識照明システムには,照明源からの光を所定の範囲の角度で入射させるという技術思想は全くない。したがって,訂正発明1のように,運転者が走行する車線上から見て観察角度が一定の範囲内となり,標識面からの反射光を有効に活用できる範囲内に収めるため,入射角度を約0°から約30°とすることについては何ら記載も示唆もされていない。また,原告が主張するように,照明源を図6において下縁辺からではなく,中央付近から照射する構成をとった場合,照明源20が標識10の正面に位置してしまい,運転者が標識を視認する際の妨げとなり標識として機能しなくなることは明らかである。
訂正発明1は,照明源を標識から分離して距離を離して設置しているため,甲2の図5及び図6に示されている従来の道路標識の証明システムのように,上方又は下方に設けられた照明源により遮られることなく容易に標識を視認できるという効果を奏するものである。訂正発明1は,図5及び図6に記載の従来例に比べて,その効果の点においても特有の利点を有する。
(1-2) 訂正発明1は,再帰性反射シートを標識に用いること自体は既に公知技術であることを前提とした上で,再帰性反射シートを訂正発明1の構成要素の1つとして使用し,有用な標識照明システムを構築したものであるから,再帰性反射シートを標識に用いることが公知であるからといって,訂正発明1の進歩性が否定されることにはつながらない。
甲3の5頁及び6頁に記載された測定方法は,図2に記載された反射性能試験装置を用い,入射角5°,30°,40°で小試験片(幅70mm×長さ150mm)に投光器から光を入射させ,観測角12′,20′,2°における再帰反射係数を測定するものである。観測角が上記のように極めて狭いこと,反射シートの試験片が上記のように極めて小片であること,評価項目が単に「照度」に限られていることからも明らかなように,甲3は,反射シートの単純な「反射率」の試験方法を開示するものにすぎない。ここにいう「投光器」は車の前照灯(ヘッドライト)や携帯電燈を想定しているのであり(乙6),「受光器」は車の乗用者や携帯電燈の携帯者であり,投光者がそのまま受光者となることが想定されている。したがって,甲3は,単純に反射率の測定装置を開示しているにすぎず,入射角を特定の角度に固定しており,訂正発明1のように入射角度を一定の範囲に規制することにより観察角度を一定の範囲に収めるとする技術思想は全くうかがわれない。
したがって,甲3は,観測角が所定の範囲内となるようにし,それにより道路上で運転者が標識を視認し易くするため,標識への入射角を0°〜30°の範囲とする訂正発明1の技術思想を開示又は示唆するものではなく,ましてや,訂正発明1の入射角度が約0°から約30°の範囲の入射角度で光が入射するのは実質的に標識の面となる部分のみである構成は,何ら開示も示唆もされていない。
なお,本件特許出願以前においては,訂正発明1の構成と同一の標識照明システム,又は同一に近い標識照明システムが,日本国内はおろか世界のいずれの国においても一切例を見ず,実施されていない。
また,前記のとおり,訂正発明1は,再帰性反射シートを標識に用いること自体は既に公知技術であることを前提とした上で,再帰性反射シートを訂正発明1の構成要素の1つとして使用する,有用な標識照明システムを構築したものであるから,標識が再帰性反射部分を備えていることが公知であるからといって,訂正発明1の進歩性が否定されるものではない。
(1-3) 甲5に示されたものは,開閉扉などの出入り口の上部壁面に,光源装置2から「非常口」等の誘導標識を表示するものであって,光源装置2内の「被投光用原版8」に描写された内容を壁面に拡大映写するものにすぎない。つまり,照明源から分離して距離を離して設置されているのは標識ではなく,スクリーンとしての壁にすぎず,これをもって,照明源を標識から分離して距離を離して設置することが,照明技術分野で自明の構成であるとするのは失当である。
(1-4) 甲4は,単に,可変マスクを使用して照明範囲を任意に変えられるようにした照明器具を開示するにすぎず,原告が主張するような「実質的に標識の面となる部分のみを照明するマスク手段を有する投光照明器具を具備し」なる構成を開示するものではない。
また,訂正発明1は,甲4に示されたような照明器具が既に公知技術であることを前提とした上で,そのような照明器具を特許発明の構成要素の1つとして使用し,有用な標識照明システムを構築したものである。原告は,訂正発明1の構成要素の一部が公知であることをもって,訂正発明1の進歩性を否定するが,訂正発明1の本質を理解しないものである。
(1-5) そもそも,訂正発明1は,前述のような技術思想に基づいて一定の構成を採用したものであり,単なる従来技術の寄せ集めではない。また,原告の主張においては,なぜ当業者であれば極めて容易に発明できたものであるか理由が示されておらず,根拠がない。構成要素の一部が公知であることをもって,訂正発明1が容易であるとするのは,訂正発明1の技術思想を無視した主張である。
(2) 訂正発明9についての取消事由に対して (2-1) 前記のとおり,甲2の記載から訂正発明9の特許性を否定しようとすること自体,極めて不合理である。
さらに,訂正発明9は,再帰性反射シートを標識に用いること自体は既に公知技術であることを前提とした上で,再帰性反射シートをその構成要素の一つとして使用する,有用な標識照明方法を構築したものである。したがって,再帰性反射部分を備えた標識が公知であることをもって,訂正発明9の進歩性を否定することは失当である。
原告主張のように,なぜ「当業者がそうしようと思えばいつでも容易にそうすることができる当たり前の方法である」と言えるのか,何ら根拠は示されておらず,理解できない。訂正発明9は,新たな技術思想に基づいて個々の要素を効果的に組み合わせ,新規かつ進歩性のある照明方法を構築したものである。
(2-2) 甲4には,単に,可変マスクを使用して照明範囲を任意に変えられるようにしたスポット照明用の照明器が開示されているにすぎない。甲4のスポット照明用の照明器をもって,訂正発明9の方法が従来周知の手段であるとすることはできない。
(3) 訂正発明2についての取消事由に対して 甲4(審判甲6)は,単に,可変マスクを使用して照明範囲を任意に変えられるようにしたスポット照明用の照明器を開示するにすぎず,この照明器をもって,「請求項1において,照明源が標識面の実質的に全てに対して入射する光を放射する」構成が自明なものとなるものではない。また,甲5(審判甲16)に示された「誘導灯」は,開閉扉などの出入り口の上部壁面に,光源装置2から「非常口」等の誘導標識を表示したものであり,光源装置2内の「被投光用原版8」の内容を壁面に拡大映写するものである。この「誘導灯」をもって,「請求項1において,照明源が標識面の実質的に全てに対して入射する光を放射する」構成が自明となるものではない。
すなわち,訂正発明2の構成は,標識面の実質的に全ての部分について,約0°から約30°の間の入射角度で入射する光を放射するようにしたものであり,しかも,この入射角度で光が放射されるのは標識面のみに限定されている。これによって,標識以外の余分なものが運転者の目に入らず,運転者は標識面の表示をすばやく視認可能であるとの効果を奏すし,また,入射する光は,標識面以外を照射することがないためもれ光が生じることもなく,もれ光によって反対車線を走るドライバーが眩惑される不都合もない。さらに,もれ光が生じないので,もれ光によって道路の沿道の建物に対してもまぶしさを与えることはないとの効果も奏する。
これに対して,原告が主張するのは,照明器で入射角0°から30°の範囲で照明することが可能な範囲がいかに広いか,という単なる現象であるにすぎず,訂正発明2が特定の技術思想に基づいて,入射角度を0°から30°の範囲と特定したのとは全く意味が異なる。
(4) 訂正発明3及び4についての取消事由に対して 訂正発明3及び4は,請求項1の従属項であり,請求項1に記載のシステムにおいて,標識を道路の路肩上又は道路上に設置したものである。したがって,単に「標識が道路の路肩上に設置される」ことなどが慣用技術であるとしても,請求項1(訂正発明1)の特許性が明らかであるから,訂正発明3が周知の構成であるということはできない。
(5) 訂正発明5についての取消事由に対して 訂正発明5は,請求項1の従属項であり,請求項1に記載のシステムにおいて,照明源が道路の路肩上に設置され,標識は,道路標識又は広告掲示板標識から選択されたものである。したがって,単に「照明源が道路の路肩上に設置され」,「標識は道路標識又は広告掲示板である」ことが周知の構成であるとしても,請求項1(訂正発明1)の特許性が明らかであるから,訂正発明5が周知の構成であるということはできない。
(6) 訂正発明6についての取消事由に対して 「(100-L)X/100 訂正発明6は,請求項1の従属項であり,請求項1に記載のシステムにおいて,照明源の高さを上記式で規定したものである。原告は,訂正発明6における標識,照明源である投光器,視認者との配置関係において,照明源の高さがこの式の範囲に入るとの証拠を何等示さず,単に,照明源を上記式の範囲に入る高さに設定することが慣用技術であると主張しているにすぎず,根拠のない主張である。
(7) 訂正発明7についての取消事由に対して 訂正発明7は,請求項1と同様,いずれの証拠にも記載されていない新規な技術思想に基づいて構成されたものであり,十分に進歩性を有するものである。
(8) 訂正発明8についての取消事由に対して 訂正発明8は,請求項1の従属項であり,請求項1に記載のシステムにおいて,再帰性反射部をカプセル型レンズ等にしたものである。したがって,単に「再帰性反射部をカプセル型レンズ等にした」ことが周知の構成であるとしても,請求項1の特許性が明らかである以上,訂正発明8が特許を受けることができないものとの主張は,不合理である。
(9) 訂正発明10についての取消事由に対して 原告は,訂正発明10の構成要件が当業者が必要に応じて設定可能な自明なものであると主張するが,何らの根拠も示していない。なお,訂正発明10は,訂正後の請求項9に記載の方法において,視認性を効果的に高めることができる距離として,標識面から照明源までの距離を約10mから100mとしたものである。
当裁判所の判断
1 訂正発明1について (1) 原告は,「標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システムであって」及び「前記照明源は,前記標識面に対して約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し」との構成(訂正前後で同じ)について,本件特許公報(甲2)の明細書及び図面に出願前公知公用の従来技術として記載されていると主張する。
そこで,甲2の記載をみると,従来の道路標識の照明システムの例として,【第5図】及び【第6図】が示され,【第5図】に記載のものは,「標識10は,例えば,ランプ(通常,蛍光灯)のような照明源20に照射され,標識10及び照明源20の両方は支柱30に取り付けられる。照明源20は上から標識10を照明する」というものであり(3頁5欄25〜28行),【第6図】に記載のものは,「照明源20は下から道路標識10を照明する。標識10及び照明源20の両方は支柱30に取り付けられる」というものであって(3頁5欄28〜30行),これらの照明源及び道路標識の照明方法は,JIS(日本工業規格)及び日本道路標識設置基準に基づくものである(3頁5欄30〜32行)。加えて,甲2には,「もし,照明源20が図6に示すように道路標識10に隣接して配置されると,照明源からの光は道路標識上で0°から60°の範囲の入射角度を形成する。」と記載されている(4頁8欄12〜15行)。
これらの記載によれば,訂正発明1の上記構成には,甲2において従来技術として記載された態様を包含しているようにも解される。
(2) 原告は,「前記標識面は再帰性反射部分を備えた」との構成(訂正前後で同じ)について,従来技術であると主張する。そして,被告らも,再帰性反射シートが従来から標識等に用いられていること自体は,認めるところである。
(3) 原告は,「前記照明源は標識からは分離して距離を離して設置されており」との構成(本件訂正における付加)について,甲5(審判甲16)の請求項1から明らかで,照明技術分野では自明の構成であると主張する。
そこで,甲5に関する審決の説示をみると,(甲5には)「『誘導灯』について記載されているが,ここに示されるものは,開閉扉などの壁面に,光源装置2から『非常口』等の標識を表示したものであって,光源装置2内の『被投光用原版8』の内容を壁面に拡大映写するものにすぎず…」としている。
次に,甲5の記載をみると,段落【0014】,【0015】において,第1実施例として,上記審決が説示した記載がされている(いわゆるスライド映写装置タイプ)が,そのほかに,次のような記載もある。すなわち,段落【0016】として,「<第2実施例>図2は,本発明に係る誘導灯の第2実施例を示す一部切欠斜視図であり,天井空間内に収容される状態で,天井1に光源装置2が設けられ,一方,その光源装置2からの光が,開閉扉3を設けた所定の出入り口の上部の壁面に照射されるとともに,その所定の壁面部分に,誘導標識10を描写した標識表示部4が設けられて誘導灯が構成されている。」,段落【0017】として,「光源装置2は,装置本体5内に光源11と集光用の第1の凸レンズ12とスリット13と第2の凸レンズ14とを設けて構成され,光源11からの光を標識表示部4に投射することにより,その標識表示部4に描写された誘導標識10を表示するようになっている。」との記載があり,【図2】には,壁面上に誘導標識が描かれた標識表示部が設けられ,この部分を光源が照射する態様が記載されている。このほか,第3実施例,第4実施例においても,上記第1実施例,第2実施例のいずれのタイプを使用してもよいことが記載されている(段落【0018】,【0019】)。
そうすると,審決の上記説示が,甲5において,光源装置内の「被投光用原版」の内容を壁面に拡大映写する,いわゆるスライド映写装置タイプしか開示されていないという趣旨であるならば,正確でないというほかなく,上記第2実施例のようなタイプの構成も開示されているというべきである。
(4) 原告は,「実質的に標識の面となる部分のみを照明するマスク手段を有する投光照明器を具備し」との構成(本件訂正における付加)について,甲4(審判甲6)に記載されたスポット照明用の照明器からも明らかなように,従来周知の技術手段であると主張する。
そこで,甲4に記載された発明をみると,摺動及び回動自在な4枚のマスク板を介挿した可変マスクを,投光レンズと光源灯の間に取り付け,可変マスク板の相対位置を変化させることにより,被照明面に対し投光光輝域の臨画を明瞭に結像させながら,同臨画の形状及び大きさを任意に変更することができるスポット照明用の照明器が記載されていることが認められる。
(5) 以上をふまえて,訂正発明1の進歩性について検討する。
(a) 前記(1)の点については,まず,本件特許公報(甲2)そのものが,本件における訂正発明との関係で,「特許出願前」に公然知られた発明を記載したものには当たらないことは明らかである上,当該明細書中で従来の技術として記載された事項をどのように考慮するかの問題はしばらくおき,原告主張の前提に立って検討しても,以下のとおり,訂正発明1の進歩性を否定することにはならない。
すなわち,前認定の【第5図】,【第6図】に関する甲2の記載から明らかなように,甲2で従来技術とされているのは,いずれも支柱に標識及び照明源が一体として取り付けられた態様である。したがって,本件訂正前の構成についてみれば,上記従来技術として記載された態様を包含している疑いを払拭しきれない面もあったというべきであるが,訂正発明1では,「照明源は標識からは分離して距離を離して設置されており」との構成を有し,上記従来技術として記載された態様のものは,この構成を備えていないことは明らかである。
(b) 前記(2)の点については,周知慣用の技術的手段構成要件の一部に含まれることをもって,訂正発明1の進歩性を直ちに否定する理由となるわけではない。
なお,原告は,甲3の日本工業規格「保安用反射シート及びテープ」JIS Z 9117-1984)に記載されている封入レンズ方反射シートの試験方法が,入射角度を5°,30°,40°に変えて試験することを開示しており,これを約0°から約30°に限定することは何ら障害にならないと主張する。
しかしながら,甲3の5〜6頁に記載された「反射性能の測定」試験は,15m以上離れた210×150mmの反射シート試験片に入射角5°,30°,40°で光を投射し,これを12′,20′,2°の観測角から照度Esを測定するというものであって,反射シートの単純な反射率の試験方法を開示するものにすぎない。また,観測角が12′,20′,2°と極めて狭いことから,自動車のヘッドライトが標識を照らす場合のように,投光者と受光者が一致する場合を想定していることは明らかである。
これに対し,訂正発明1は,標識から分離して路肩等に設置した照明源から標識面のみを入射角度約0°から30°の範囲で照射し,光源とは離隔した路上を走行する車両から反射光を見るというものであって,上記反射試験が想定する状況とは全く異なるものである。訂正発明1の構成が甲3と相違することは明白である。
(c) 前記(3)の点については,甲5において,第2実施例として記載されたタイプの構成も開示されているというべきである。
ところで,甲5に記載された発明は,火災発生等の非常時における非常口といった目的場所や行き先に誘導するなどのために使用される誘導灯に関する発明であり(段落【0001】),従来の誘導標識を表示したパネルを取り付けたボックスそのものに蛍光灯が内蔵されていたため,ボックスが厚みのある大きなものとなり,ボックスを壁,天井に取り付けるために,意匠性が低下し,また,電気配線に起因して意匠性が低下し,さらに,壁面に穴を開けてボックスを取り付けていたため,手間と施工性が低下するなどの欠点があり,これらの意匠性を向上させ,光源装置の構成を簡略化すること目的とする発明である(段落【0003】〜【0006】)。そして,第2実施例に関する前掲記載によれば,確かに,甲5に記載の発明は,照明源と標識が分離されているという点では訂正発明1と共通するものの,描写された誘導標識を単に光源装置で照射するというものにすぎないのであって,訂正発明1の有する「標識面に対して実質的に標識の面となる部分のみを照明するマスク手段を有する投光照明器を具備し,前記投光照明器は約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し,前記標識面は再帰性反射部分を備えた」との構成を全く有していない。その他,甲5からは,訂正発明1の上記構成についての示唆があることも認められない。
(d) 前記(4)の点については,甲4に記載の発明は,スポット照明器に関するもので,照明される光輝域の臨画をあたかも幻灯器等における投光窓枠線のように画然と被照明面において光学的にピントを結ばせると同時に,光輝域の臨画の形状及び大きさを所望に応じて任意手動的に方形,矩形,菱形,台形,円形等に変更し得るようにすることを目的としたものであり,一般室内又は展示場等における特殊スポット照明効果を挙げたい場合,種々の形や大きさのスポット照明を行うことができて便利であるとされる発明である(1頁1欄23〜33行)。そして,甲4の発明は,照明光域の臨画の形状を方形,矩形,台形,菱形,不等辺四辺形,円形等任意の形状及び大きさに変化させる(2頁3欄22〜26行)ために,4枚のマスク板を使用して,一般室内又は展示場等における特殊スポット照明効果を挙げる(1頁1欄30〜31行)というものであり,一方,訂正発明1におけるマスクは,照明源が実質的に道路標識の面のみを照明するマスクを持つ投光照明器を具備するものである結果,照明源から放射された光は他のレーン,例えば対向車線のレーンを走行する車両の運転者を悩ますことはないとの作用効果を果たすものである(甲2の3頁6欄25〜29行)。
したがって,原告の主張は,特定の目的物に集中的に光を照射する「スポットライト」が周知技術であるとの限度では,首肯し得るものの,光の投射範囲を制限するマスク手段の果たす作用効果は,訂正発明1と甲4記載の発明とでは,上記のとおり基本的に相違するものであり,甲4が訂正発明1の上記構成を示唆するものとは認められない。
(e) 以上を要するに,原告の主張する前記各甲号証においては,訂正発明1の構成要素の各部分につき,断片的にこれを開示ないし示唆するものと解し得る記載があるものの,各甲号証に記載された従来の発明の技術分野,課題,発明の目的,作用効果などに照らせば,各甲号証に記載された従来の発明は,いずれも,訂正発明1の「標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システムであって,前記照明源は標識からは分離して距離を離して設置されており,前記標識面に対して実質的に標識の面となる部分のみを照明するマスク手段を有する投光照明器を具備し,前記投光照明器は約0°から約30°の範囲の入射角度にて前記標識面に入射する光を放射し,前記標識面は再帰性反射部分を備えた標識照明システム。」との構成を想起させるものではなく,また,訂正発明1の上記構成に想到すべく各甲号証に記載された従来の発明を組み合わせることも,当業者にとって容易であるとは認められない(前判示の甲5に記載の発明内容に関する審決の認定が正確でない点は,進歩性を肯定した審決の結論に影響を及ぼさない。)。
さらに,訂正発明1は,「標識面を持つ標識と照明源を備えた標識照明システム」で,「再帰性反射部分を備えた標識面」と「標識からは分離して距離を離して設置された照明源」,「標識面に対して実質的に標識の面となる部分のみを照明するマスク手段を有する投光照明器」とを有し,「投光照明器から約0°から約30°の範囲の入射角度にて標識面に入射する光を放射される」との構成からなるもので,これらが相まって,広有効入射角度及び広有効観察角度を有し,光を効率的に反射して,観察者の視野を遮ることなく,標識面をより容易に読み,理解することができ,同時に,交通の流れに支障をきたすことなく好都合かつ安全に保守することも可能としたという有利な効果を奏するものであることが認められ(甲2,乙7),その効果が顕著であることは,証拠(乙3〜5)に照らしても明らかである。このような効果を前記各甲号証から,又はこれらの組み合わせから,予測することが容易であるとはいえない。
2 訂正発明9について (1) 原告は,「再帰性反射部分を備えた標識面を持つ標識を照明する方法であって,前記方法は,照明源を,前記標識面に対して前記標識面のいかなる再帰性反射点においても観察者の視野を遮らずに広角観察角度を有効に利用するように配置し」との構成(訂正前の請求項10と同じ。)について,甲2にも記載されているように,上記のように適切とされる広角観察角度をもつ再帰性反射材料は,当業者によって出願前から公知のものであると主張する。
再帰性反射材料(シート)が標識等に使用されていることが従来周知であることは,被告らも認めるところであるが,これを照射する照明源を観察者の視野を遮ることなく,広角観察角度を有効に利用するように配置するという構成について開示した証拠は提出されていない。そして,この構成を採ることが当業者により容易になし得ることを裏付ける事情も証拠上見当たらない。原告の主張は,採用することができない。
(2) 原告は,「前記照明源は前記道路標識上のみにいかなる点においても0°から約30°の範囲の入射角度を形成する光を照射する,標識を照明する方法。」との構成(「のみに」との点は本件訂正における付加。その余は,訂正前の請求項10と同じ。)について,甲4(審判甲6)に記載されたスポット照明用の照明器があることから明らかなように,従来周知の技術手段であると主張する。
しかしながら,訂正発明1に関して判示したところから明らかなように,甲4のマスク装置は,展示場等で使用されるスポットライトに関するものであって,投射される光の形状を規定するものであり,特定の対象物「のみ」を照射しようとするものではなく,また,「いかなる点においても0°から約30°の範囲の入射角度を形成する光を照射する」との構成も何ら示唆するところはない。このように,訂正発明9と甲4に記載の発明とは,全く異なるものであって,甲4によって,訂正発明9の上記構成が従来周知の技術であると認めることはできない。原告の主張は,採用することができない。
3 訂正発明2ないし8及び訂正発明10について 訂正発明1,9に進歩性が認められ,原告主張の無効事由がないことは前判示のとおりである。そうすると,訂正発明2ないし8は訂正発明1に,訂正発明10は,訂正発明9に,それぞれ従属して,これを更に限定する内容の発明であるから,いずれも進歩性が認められる。
よって,訂正発明2ないし8及び訂正発明10に固有の要件についての周知性,容易想到性などについて原告が主張する点の当否を論じるまでもなく,上記各訂正発明の特許無効をいう原告の主張は,理由がないというほかない。
4 なお,本件は,特許の無効事由が認められないとして無効審判請求は成り立たないとした審決があった後に,特許請求の範囲減縮を目的とする訂正審決が確定した事案である。原告は,審決取消事由として,審決が判断した訂正前の構成に限定を加えた構成による訂正発明の進歩性の欠如を主張し,対比される引用例も審決で引用されているのと同一であるから,本訴においては,この取消事由について審理し,本判決においても,これについて判断したものである(ちなみに,原告はこのような措置をとるべきであると主張し,被告らも原告のこの主張を認める旨の答弁をしている。)。
5 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利