関連審決 | 無効2002-35130 |
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関連ワード | 発明者 / 製造方法 / 新規性 / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 援用権(援用) / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 減縮 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
22号
審決取消請求事件
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原告 出光石油化学株式会社 同訴訟代理人弁護士 富岡英次 同 渡辺光 同訴訟代理人弁理士 平山孝二 同 服部博信 被告 ダイセル化学工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫 同 牧野知彦 同訴訟代理人弁理士 古谷聡 同 義経和昌 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/01/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2002-35130号事件について平成14年12月6日にした審決を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「難燃性ポリカーボネート樹脂組成物」とする特許第3137864号(平成7年3月2日出願(以下「本件出願」という。)。平成12年12月8日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 被告は,平成14年4月8日,特許庁に対し,本件特許を無効とすることを求めて審判の請求をした。 (3) 特許庁は,上記請求を無効2002-35130号事件として審理をした上,平成14年12月6日,「特許第3137864号の請求項1〜4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月18日に原告に送達された。 2 本件発明の要旨は,別紙記載のとおりである(以下,別紙記載の請求項1ないし4に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)。 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。 (1) 本件発明1について ア 特開平6-16918号公報(甲3。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」ともいう。)と本件発明1とを対比すると,引用発明1における「ポリカーボネート系樹脂」は,本件発明1における「一般式(I)で表される構造の繰り返し単位を有する芳香族ポリカーボネート(PC)」に相当し,引用発明1における「燐化合物」は本件発明1における「一般式(IV)で表されるハロゲン非含有リン酸エステルモノマー」に相当し,引用発明1における「フッ素系樹脂」は本件発明1における「ポリテトラフルオロエチレン」に相当するものであり,これらの点について,両発明間で実質上の相違点は見出せない。 イ 次にこれら添加剤の配合量について検討すると,燐化合物については,刊行物1に,ポリマーブレンド100重量部に対して1〜20重量部が更に好ましい範囲として記載され(段落【0008】),フッ素系樹脂については,同じく0.01〜5重量部の範囲で用いられる旨記載されている(段落【0013】)ことから,本件発明1で規定する範囲と十分重複する範囲が記載されており,この点についても実質上の相違点とすることはできない。 ウ 最後にポリマーブレンドの組成について検討すると,本件発明1は,耐衝撃性ポリスチレンをポリカーボネート75〜90重量%に対し,10〜25重量%配合するものであり,刊行物1には,ポリカーボネートに対し耐衝撃性ポリスチレンを配合した実施例等の直接的記載はなされていない。 しかしながら,刊行物1には,ポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として利用できる樹脂の中で代表的なものとしてHIPS(本件発明1で規定する耐衝撃性ポリスチレン)が明記されており(段落【0014】),ポリカーボネート系樹脂とその他の樹脂との配合割合は重量比で50/50,更に好ましくは60/40〜95/5であることが示され(段落【0018】),実施例においては,ABSを用いた例ではあるものの,同比で80/20の例も記載されているのであるから,この点についても実質的な相違点とすることはできない。 原告(被請求人)は,本件発明1は,従来のPC-ABS系に代えて,PC-HIPS系を採用し,しかも各成分の配合量を特定したことを特徴とするものであり,この点は,刊行物1には記載されていない旨主張するが,刊行物1に記載された発明がこの実施例(すなわちPC-ABS系)のみに限定されるべきでないことはもとより当然のことであり,例えば,特開昭54-45359号公報(甲4。以下「刊行物2」という。)にも記載されているとおり,ポリカーボネートが本来的にもつ成形加工性における難点をハイインパクトポリスチレン(HIPS)の添加により解決すること,その際,その量比についても具体的に80/20(PC/HIPS)程度を採用することは周知であったと認められるから,原告のかかる主張は採用の限りでない。 エ 以上のとおり,刊行物2に記載された周知事項をも参酌すれば,本件発明1の構成要件はことごとく刊行物1に記載されているというほかなく,そうである以上,本件発明1は刊行物1に記載された発明と認めるほかはない。 (2) 本件発明2について 本件発明2は,刊行物1及び「実用プラスチック事典編集委員会編集「実用プラスチック事典」1994年(平成6年)1月5日発行」356〜360,365〜366,403〜408頁」(甲5)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 本件発明3について 本件発明3は,本件発明1と同様,刊行物1に記載された発明とせざるを得ない。 (4) 本件発明4について 本件発明4は,本件発明1と同様,刊行物1に記載された発明とせざるを得ない。 (5) むすび 以上のとおりであるから,被告(請求人)の主張する他の無効理由について検討するまでもなく,本件特許の請求項1ないし4に係る発明は,特許法29条1項3号若しくは同条2項の規定に違反して特許されたものである。 |
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当事者の主張
(原告の主張する本件審決の取消事由) 本件審決は,本件発明1の新規性,進歩性に関する判断を誤り(取消事由1,2),また,上記判断を誤った結果,本件発明2ないし4に関する新規性,進歩性の判断をも誤った(取消事由3)ものであり,違法として取り消されるべきものである。 1 取消事由1(本件発明1の新規性判断の誤り) 本件発明1は,刊行物1に記載された発明ではなく,かつ,刊行物1に記載されているに等しい事項から把握される発明でもない。その理由は,以下に述 べるとおりである。 (1) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されていないことについて ア 本件審決においては,刊行物1には,ポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として利用できる樹脂の中で代表的なものとしてHIPSが明記されていると判断している。 確かに,刊行物1には,「本発明で使用されるポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として熱可塑性樹脂であれば特に制限なく有効に利用できる。それらの中の代表的なものを例示すれば,ポリスチレン系樹脂(PS,HIPS),アクリロニトリル・スチレン系樹脂(SAN),アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン系樹脂(ABS),・・・等が挙げられ・・・。」(段落【0014】)と記載されて,数多くの樹脂が列挙され,その中の1つとしてHIPSが記載されている。 イ しかしながら,刊行物1の上記記載から,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが発明として刊行物1に記載されていると当業者が認識することはできない。その理由は,次のとおりである。 (ア) 刊行物2,特開昭49-18941号公報(甲6),特公昭57-2 7133号公報(甲7)には,次の記載がある。 a 刊行物2には,スチレン系樹脂とポリカーボネート樹脂との組成物の例として,ポリカーボネート樹脂にハイインパクトポリスチレン(ブタジエン-スチレン共重合体)をブレンドする例が挙げられている(甲4の1頁右欄17行〜2頁左上欄1行)。しかし,刊行物2は,ポリカーボネートとHIPSとをブレンドすることは,ポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたものであり,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性の向上を意図したものではない,としている(同2頁左上欄11〜15行)。 b 甲6には,刊行物2と同様に,ポリカーボネートにハイインパクトポリスチレン(HIPS)をブレンドすることが記載されているが,同刊行物は,ポリカーボネートとHIPSとをブレンドすると,ポリカーボネートの流動性は改善されるが,ポリカーボネートの優れた機械的特性,特に衝撃強度が著しく低下するという欠点を有する,としている(1頁右下欄15行〜2頁右上欄7行)。 c 甲7には,「ポリスチレンとポリカルボネート(判決注:ポリカーボネート)は相性が悪く,力学的性質の貧弱な濁った混合物を形成する」(1頁2欄19〜21行)ことが記載されている。 (イ) 刊行物2,甲6及び甲7の上記各記載から考えた場合,ポリカーボネートとHIPSをブレンドすると,ポリカーボネ-トが本来的に有する耐衝撃性のような機械的強度が犠牲になるというのが技術常識である。したがって,当業者であれば,耐衝撃性,難燃性,流動性の優れたポリカーボネート樹脂組成物を製造しようとする場合は,ポリカーボネートとHIPSはブレンドすべきでないと考えるのが相当であり,仮に両者をブレンドすれば,得られた組成物は,流動性はよくても,それ以外の機械的特性が悪く,使用に耐え得るものではないと認識するはずである。 被告は,刊行物2に記載されたポリカーボネートとHIPSであるスチレン系樹脂とのブレンド樹脂において,そのIZOD強度は,本件発明1において好ましいとされているIZOD強度を遙かに上回るから,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物の耐衝撃性が悪く,使用に耐えないとの原告の主張には理由がない旨主張する。しかしながら,当業者が通常認識するHIPSとは,伸びが100%を超えない程度のものであり,かつ,通常のポリスチレンと比べ,耐衝撃性を3ないし4倍に上げ,弾性率を2ないし3割下げたものであり,さらに,ポリカーボネート(PC)と比較した場合,同程度の弾性率と,PCよりは低い耐衝撃性を有するものである。このような技術常識が存在するにもかかわらず,被告は,耐衝撃性(IZOD強度)がポリカーボネートの5倍,硬度(弾性率とも相関する。)がポリカーボネートの1/5,伸び率が300%を超えるような刊行物2記載のスチレン系樹脂をHIPSと称しているが,かかる認識を前提とする被告の主張は,技術常識から離れたものであって,理由がない。 このように,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物は,機械的特性,特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えないものであり,ポリカーボネートとHIPSとを組み合わせても,難燃性に優れ,かつ流動性,耐衝撃性にも優れたポリカーボネート樹脂組成物を製造することができないということが,刊行物1の発行当時及び本件出願当時の技術常識であった。 (ウ) 上記(イ)の技術常識を有する当業者が,上記アに摘示した刊行物1の記載に接した場合,同刊行物には,HIPSが数多くの樹脂の1つとして列挙されているものの,ポリカーボネートにその樹脂を組み合わせることにより,流動性は改良されるとしても,引用発明1の効果を奏し得ない組成物が記載されているにすぎないと考えるのが,通常の理解の仕方である。 ウ したがって,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせは,刊行物1に記載されているとはいえず,本件審決の上記認定は,当業者の認識と異なるものであり,誤りである。 (2) ポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されていないことについて 上述のように,刊行物1には,ポリカーボネートとHIPSを重量比で50/50〜99/1,あるいは60/40〜95/5の割合で配合したポリカーボネート組成物で,流動性は改良されたものの,耐衝撃性の低いものが記載されている。 これに対して本件発明1では,ポリカーボネート樹脂とHIPSは相溶性が悪く,両者を配合した組成物は,流動性は改良されるものの,耐衝撃性は低下するとの技術常識に反して,刊行物1に記載されたポリカーボネートとHIPSとの配合割合より狭い範囲である75/25〜90/10という範囲を選択するこ とにより,難燃性,流動性及び耐衝撃性のすべてが優れたポリカーボネート樹脂組成物を得ることに成功したのである(本件特許に係る【請求項1】,本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の段落【0009】等)。 このことは,本件明細書の(A)成分(ポリカーボネート)が95重量%を超え,(B)成分(HIPS)が5重量%未満では,流動性等の性能が不十分であること,及び,(A)成分が70重量%未満で,(B)成分が30重量%を超えると,目的とする難燃性を得ることが困難になるほか,耐衝撃性に大きな低下をもたらすため,不都合であるとの記載からも明らかである(段落【0037】)。また,本件特許の出願段階に提出された平成12年9月7日付手続補正書(甲8)の表2からも裏付けられる。すなわち,ポリカーボネート/HIPSの重量比が99/1以下の98/2であって,刊行物1記載の配合割合を満たす比較例4では,SFL(成形流動性)が劣る。また,ポリカーボネート/HIPSの重量比が50/50以上の65/35及び50/50であって,刊行物1記載の配合割合を満たす参考比較例1a及び参考比較例1bでは,難燃性,IZOD(耐衝撃性)が劣る。その一方で,本件発明1の配合割合を満たす,PC/HIPSの重量比が90/10及び80/20である参考実施例1a及び実施例1は,難燃性,IZOD(耐衝撃性)並びにSFL(成形流動性)ともに優れている(甲8の表2)。 上記のとおり,ポリカーボネートとHIPSとの配合割合を,重量比で75/25〜90/10とすること,具体的に80/20(PC/HIPS)程度とすることは,刊行物1に何ら開示されていない。 (3) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせ及びその配合割合は,刊行物2を参酌しても,刊行物1に開示されているとはいえないことについて 本件審決は,ポリカーボネートが本来的にもつ成形加工性における難点をハイインパクトポリスチレン(HIPS)の添加により解決すること,その際,その量比についても具体的に80/20(PC/HIPS)程度を採用することは,刊行物2にも記載されているとおり周知であったと判断している。しかし,刊行物2の記載を参酌しても,刊行物1に「ポリカーボネート75〜90重量%及びHIPS10〜25重量%を含む」点が記載されているとはいえない。 先に述べたように,刊行物1の発行当時,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせは,機械的特性,特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えないものであるといった問題点があり,両者の配合によっては,耐衝撃性等が優れたポリカーボネート樹脂組成物が得られないとの技術常識があった。したがって,当業者であれば,刊行物2の記載が意味するものは,ポリカーボネートにHIPSを添加すると,加工性(流動性)は改良されるとしても,機械的特性,特に耐衝撃性が劣った樹脂組成物が得られるということであると理解するのが通常である。 さらに,刊行物2には,HIPSをどの程度配合するかについての記載もなく,ポリカーボネートとHIPSの量比を特定するための指針,例えばその量比と得られた樹脂組成物の物性との関係が知られていたものでもないから,両者の量比を80/20とすることが周知であったとはいえない。 以上のとおり,刊行物2の記載を参酌した場合に,刊行物1に記載されているのは,ポリカーボネートにHIPSを配合(但し,配合比は明らかにされていない。)すると,加工性(流動性)は改良されるものの,ポリカーボネートの本来の特質である耐衝撃性が劣った組成物しか得られないということであり,刊行物2を参酌しても,ポリカーボネート75〜90重量%及びHIPS10〜25重量%を含む樹脂組成物が,刊行物1に記載されていたということは到 底できない。 (4) まとめ 以上のとおり,ポリカーボネートが本来的にもつ成形加工性における難点をハイインパクトポリスチレン(HIPS)の添加により解決すること,その際,その量比についても具体的に80/20(PC/HIPS)程度を採用することは,たとえ刊行物2の記載を参酌しても,刊行物1に記載されているとはいえない。したがって,本件発明1の新規性を否定した本件審決の判断が誤りであることは明らかである。 2 取消事由2(本件発明1の進歩性判断の誤り)について 本件審決は,「本件請求項1〜4に係る発明は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり」と述べるにとどまり,本件発明1が特許法29条2項に違反して特許されたものである理由を全く述べていない。しかし,本件発明1は,当業者が公知文献及び出願当時の技術常識等に基づいて容易に発明をすることができたものではない。ポリカーボネートとHIPSとをブレンドすること及びその際の配合割合を特定のものとすることにより,難燃性,流動性及び耐衝撃性に優れたポリカーボネート樹脂組成物が得られることについての記載ないし示唆が,刊行物1,刊行物2及び甲6には全くない。 つまり,前記1で述べたように,本件出願当時,ポリカーボネートとHIPSとを配合すると,機械的特性,特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えないものであることはよく知られていたところであり,ポリカーボネートとHIPSとを組み合わせても,難燃性に優れ,かつ流動性,耐衝撃性にも優れたポリカーボネート樹脂組成物を製造することができないというのが技術常識であった。現に,刊行物1に記載のとおり,ポリカーボネートとHIPSとを重量比で50/50〜99/1,あるいは60/40〜95/5の配合割合で配合した場合,流動性は多少なりとも改善されるが,耐衝撃性に欠ける樹脂組成物しか得られないのである。 しかし,本件発明1は,ポリカーボネートとHIPSとの配合割合を最適化することにより,刊行物1,刊行物2等の引用例に記載されていない耐衝撃性と,難燃性及び流動性とが共に改善されるという際だって優れた効果を奏するものである。 このような効果は,上述した技術常識からすれば,当業者が予測し得る範囲外のものであることは明白である。 上記のとおり,当業者であっても,刊行物1,刊行物2及び本件出願当時の技術常識等に基づいて容易に本件発明1を想到することはできない。よって,本件審決が,本件発明1の進歩性の判断を誤ったことは明白である。 3 取消事由3(本件発明2ないし4の新規性及び進歩性判断の誤り)について 本件発明2ないし4は,いずれも本件発明1の従属項であり,本件発明1の構成要件を満たすものであるから,本件発明1が新規性,進歩性を有する以上,本件発明2ないし4も新規性及び進歩性を有することは明白である。 本件発明2ないし4の新規性,進歩性を否定した本件審決の判断が誤りであることは明らかである。 (被告の反論) 1 取消事由1について (1) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されていないとの原告の主張について ア 刊行物1の段落【0014】には,「本発明で使用されるポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として熱可塑性樹脂であれば特に制限なく有効に利用できる。それらの中の代表的なものを例示すれば,ポリスチレン系樹脂(PS,HIPS),アクリロニトリル・スチレン系樹脂(SAN),アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン系樹脂(ABS)・・・」と記載され,代表的なものの例示としてポリスチレン系樹脂(PS,HIPS)が筆頭に挙げられている。この記載は,当業者に対しポリカーボネートとHIPSの組み合わせを直接開示したものにほかならない。刊行物1の出願人の電気化学工業株式会社は,この種の樹脂の専門メーカーの1つであり当業者にほかならないから,そのような当業者が特許明細書中で記載したこの明確な記述について,他の当業者がポリカーボネートとHIPSの組み合わせを認識できないなどということはあり得ない。 刊行物1の実施例7は,HIPSをABSに変えた以外はすべて本件発明1と同じ構成を具えており,かつ,刊行物1の段落【0014】にはHIPSとABSがともにポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として代替可能であることが明記されている。 したがって,刊行物1には本件発明1の構成がすべて開示されていることになり,そのような記載は当業者にその記載のとおり理解が可能であるから,刊行物1により本件発明1に新規性が認められないとした本件審決の判断に誤りはない。 イ 原告は,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物は耐衝撃性が悪く使用に耐えないことがよく知られていたと主張するが,事実に反する。 (ア) 一般論として,耐衝撃性などの強度が高いポリカーボネートに,異物 であるポリスチレンやHIPSを混合すれば,ポリカーボネート特有の強度が落ちることは当然である。しかしながら,ポリカーボネートに流動性の向上等の目的でスチレン系樹脂を混合することは従来から行われ,しかも可及的にポリカーボネートの強度を下げないように工夫することも行われていた。要するに,ポリカーボネートに対するスチレン系樹脂の配合量を少なくし,これをポリカーボネート中に均一に分散させれば(ポリカーボネートの海の中にスチレン系樹脂が島状に分散した構造で,「海島構造」という。),ポリカーボネート本来の強度が大きく低下しないことは常識である。 刊行物2に「従来から,ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に高くなることが見いだされている(プラスチックスVol.21,Noll.)」(2頁右上欄3〜6行)と記載されているのは,このような常識を示す。刊行物2に係る特許の出願人の日本合成ゴム株式会社(現商号・ジェイエスアール株式会社)は,この種の樹脂の専門メーカーの1つであり,該記載は当業者の常識をよく物語っている。刊行物2の表1のa-1,a-2には,ポリカーボネートとスチレン系樹脂(実施例1に基づくHIPSである)のブレンド樹脂が記載され,スチレン系樹脂の配合量が10%のときと20%のときのIZOD強度がそれぞれ76Kg-cm/cm,64Kg-cm/cmであることが記載されている。 本件出願前に刊行された刊行物2に記載されたポリカーボネートとHIPSのブレンド樹脂において,そのIZOD強度は,次の(イ)に述べる本件発明1のIZOD強度を遥かに上回る値であるから,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物は耐衝撃性が悪く,使用に耐えない旨の原告の主張には全く根拠がない。 (イ) 上記のように,従来からポリカーボネートにHIPSを含むスチレン系樹脂を配合することは行われており,その当時の技術水準でも十分に耐衝撃性の高い樹脂が得られていたことは刊行物2のみならず,1981年2月に公表されたPCT特許の公表特許公報(乙1)などからも裏付けられる。 すなわち,乙1には,ポリカーボネートにポリスチレン(PS)をブレンドした樹脂(ポリマーアロイ)が記載され,乙1の4頁右下欄記載の表のポリマーアロイ12は,PC75重量%,PS25重量%の混合物であるが,IZOD強度は26.5Kg-cm/cmである。乙1にいう「スチレン樹脂」には,ハイインパクトポリスチレン樹脂を含み,これが好ましいとされており(乙1の4頁左上欄参照),同表2のポリスチレン(PS)樹脂100%のIZOD強度の値15.2Kg-cm/cmという数値からみて,当該PSはHIPSであることが分かる。IZOD強度の値が10Kg-cm/cmを越えるようなポリスチレン樹脂は,HIPS(HIと略称される。)でのみ得られ,ポリスチレン単独の樹脂(GPと略称される。)では得られないからである(「プラスチック成型材料商取引便覧」1995年版(改訂第11版)(乙2)参照)。 本件発明1にいう耐衝撃性について,本件明細書には「通常,15Kg-cm/cm以上が実用上好ましい範囲である。」(段落【0047】)と記載され,現在の特許請求の範囲に含まれる実施例では,IZOD強度において25Kg-cm/cmと31Kg-cm/cmでしかない。しかし,上記のとおり本件出願当時の技術水準において,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物が,耐衝撃性(IZOD強度)についても本件発明1と同等以上の強度を有していたことは明らかであり,それらは使用に耐えないようなものではない。 (ウ) 刊行物2におけるPCとHIPSのブレンドの記載について 刊行物2には,PCとHIPS等のブレンドについて,「これらは主としてポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたものであり,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性の向上を意図したものではない」(2頁左上欄11〜15行)と記載されている。 しかしながら,刊行物2のこの記載は,「大幅な耐衝撃性の向上を意図したものではない」との記載から明らかなとおり,ポリカーボネートとHIPSのブレンドによって耐衝撃性が劣化することを意味しているのではなく,大幅な耐衝撃性の向上が得られないことを記述しているにすぎない。上記(ア)で述べたとおり,刊行物2の表1のa-1,a-2には, ポリカーボネートとスチレン系樹脂(実施例1に基づくHIPSである。)のブレンド樹脂が記載され,スチレン系樹脂の配合量が10%のときと20%のときのIZOD強度がそれぞれ76Kg-cm/cm,64Kg-cm/cmであることが記載されている。 (エ) 甲6の記載について。 甲6には,「従来,ポリカーボネートの成形性の改良法として,ポリカーボネートにポリスチレンをブレンドする方法(特公昭43-6295号公報参照)やハイインパクトポリスチレンをブレンドする方法(英国特許第854,475号明細書参照)が知られている。これらの方法によりポリカーボネートの流動性は改善されるが,・・・ポリカーボネートの優れた機械的特性,特に衝撃強度が著しく低下するという欠点を有する。」(1頁右下欄15行〜2頁左上欄7行)と記載されている。 前記のとおり,ポリカーボネートに異物であるポリスチレンやHIPSをブレンドすれば,ポリカーボネート固有の強度が落ちることは常識であるから,甲6の上記記載はこのような一般論を述べたものか,若しくは甲6に記載の試験における特有の事情を述べたもののいずれかにすぎず,本件出願当時の技術水準を示すものではない。例えば,甲6の上記引用箇所に続くポリカーボネートにHIPSを配合した組成物の具体的記載をみると,「ポリカーボネート60重量%とハイインパクトポリスチレン40重量%とからなる樹脂組成物の衝撃強度は,1/4インチ棒では5.6Kg・cm/cm,1/6インチ棒では6.4Kg・cm/cmと低く」(2頁右上欄5〜8行)というものであり,HIPSの配合割合が40重量%と極めて高く,この例の場合には前記したようなスチレン系樹脂が島状に均一に分散した構造「海島構造」とならず,いわゆる両連続構造となってしまい,高い耐衝撃性が得られない場合である可能性が高いことが示されている。 いずれにせよ,ポリカーボネートとスチレン系樹脂のブレンドによっても,さほど強度が落ちないようにできることは,刊行物2や乙1に記載のとおりであり,原告の援用する甲6の記載をもって,一般的にポリカーボネートにHIPSを配合した組成物の耐衝撃性が悪いことなどは裏付けられない。 (オ) 甲7の記載について。 甲7には,「ポリスチレンとポリカルボネートは相性が悪く,力学的性質の貧弱な濁った混合物を形成する」(1頁2欄19〜21行)と記載されている。 しかしながら,この記載も,ポリカーボネートとスチレン系樹脂のブレンドによってポリカーボネート固有の強度が落ちることの一般論を述べているにすぎず,ポリカーボネートとHIPSの組み合わせが使用に耐えないものであることなどを裏付けるものではない。また,甲7は,ポリカーボネートとポリスチレンの組み合わせであり,HIPSとの組み合わせではないから,直接本件の参考にはなるものではない。 甲7記載の発明のように,スチレン系樹脂の相溶性を問題とし,添加剤を用いて相溶性を改善するための発明等も存在するが,少なくとも,甲7の上記箇所にいう「力学的性質の貧弱な組成物」が,どのような構成で,どの程度貧弱なことを指すのかは分からず,一方で,ポリカーボネートとスチレン系樹脂の混合物であっても,刊行物2や乙1に開示されているとおり,本件出願当時の技術水準において既に本件発明1が求める程度以上の耐衝撃性が得られていたことは知られていたから,甲7の上記記載は,ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物が使用に耐えない程の耐衝撃性が悪いことの根拠にはならない。 (カ) 以上のとおり,刊行物2,甲6,甲7の上記各記載を総合的に考えても,ポリカーボネートにHIPSをブレンドすると使用に耐えないほど機械的強度が低下することが技術常識であるなどということはない。 現に,本件明細書に記載の比較例1は,ポリカーボネート80重量%とHIPS20%の組成物であるが,そのIZOD強度は26Kg-cm/cmもあり,決してその強度が本件特許の実施例よりも劣っていることはない。比較例1では,ごく微量(0.1重量部)のPTFEが含まれているが,本件明細書の 段落【0039】には,PTFEは溶融滴下防止効果を目的とするもので,その配合量が増えると耐衝撃性に悪影響があることが明記されていることからも明らかなとおり,少なくともPTFEがIZOD強度の向上に寄与することはないから,比較例1は実質的にポリカーボネートとHIPSの混合物と理解して差し支えない。ポリカーボネートにHIPSを配合した組成物の耐衝撃性が悪いという原告の主張は,本件明細書の記載自体とも矛盾するのである。 (2) ポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されていないとの原告の主張について 刊行物1に開示されているポリカーボネート組成物の耐衝撃性は極めて高く,例えば,実施例6のPC/ABSが重量部で90/10の組成物の耐衝撃性は,IZODで73Kg-cm/cmもある。この事実は,前述したポリカーボネートの海にスチレン系樹脂の島が分散している構造によるものであり,刊行物1に記載された組成物の耐衝撃性が低いとする原告の主張は全く根拠がない。 また,刊行物2の表1のa-1,a-2には,ポリカーボネートとHIPSのブレンド樹脂が記載され,スチレン系樹脂/PCの配合量が10/90%の例と,20/80%の例が示され,IZOD強度がそれぞれ76Kg-cm/cm,64Kg-cm/cmであることが記載されている。したがって,本件発明1におけるポリカーボネートとHIPSとの組み合わせの際の配合割合の数値にも新規性がないことは明白である。 2 取消事由2について 本件発明1には,新規性が認められないから,その進歩性の有無を論ずるまでもなく,本件発明1に係る特許は,特許法29条1項3号に違反して許されないものである。 のみならず,本件発明1は,これをいかに減縮しても,進歩性が認められない。原告の主張する耐衝撃性については,その組成範囲や衝撃強度については刊行物2に記載があり,PCとABSの組み合わせに代えてPCとHIPSを組み合わせることで流動性が向上すること自体は公知である。また難燃性について,TPPとPTFEの組み合わせも刊行物1に記載されているところである。 3 取消事由3について 本件発明1には新規性が認められないから,本件発明1が新規性を有することを前提に,本件発明2ないし4の進歩性,新規性を否定した本件審決に誤りがあるとする原告の主張は失当である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1の新規性判断の誤り)について (1) ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されているか否かについて 原告は,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが刊行物1に開示されていない旨主張するので,検討する。 ア 刊行物1(甲3),刊行物2(甲4)には,次のとおりの記載がある。 (ア) すなわち,刊行物1(甲3)には,「【0014】本発明で使用されるポリカーボネート系樹脂以外の樹脂として熱可塑性樹脂であれば特に制限なく有効に利用できる。それらの中の代表的なものを例示すれば,ポリスチレン系樹脂(PS,HIPS),アクリロニトリル・スチレン系樹脂(SAN),アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン系樹脂(ABS)・・・等が挙げられ,」と記載され,また,「【0022】表1」の「実施例7」の欄には,PC/ABS重量部が80/20であり,燐化合物/金属塩としてTPP(燐酸クレジルジフェニル)/酢酸亜鉛を10/0.01重量部,PDMS(ポリジメチルシロキサン)/PTFE(ポリ四フッ化エチレン)を-/0.2重量部含むもののアイゾット衝撃強度(1Z0D kg-cm/cm)が68であることが記載されている。 (イ) また,刊行物2(甲4)には,@「ポリカーボネート樹脂(A)95〜50重量部と,・・・スチレン系樹脂(B)5〜50重量部とよりなる高耐衝撃性高加工性ポリカーボネート樹脂組成物。」(特許請求の範囲),A「スチレン系樹脂とポリカーボネート樹脂との組成物の例として,ポリカーボネート樹脂にハイインパクトポリスチレン(ブタジエン-スチレン共重合体)をブレンドする(英国特許第854,475号),ABS樹脂(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレングラフト共重合体)をブレンドする(特公昭38-15225),・・・等を挙げることができる。」(1頁右下欄17行〜2頁左上欄10行),B「しかし,これらは主としてポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたものであり,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性の向上を意図したものではない。」(2頁左上欄11〜15行),C「従来から,ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に高くなることが見出されている(プラスチックスVol.21,No11)。」(2頁右上欄3〜6行)とそれぞれ記載され,さらに,Dその「表1,実施例2」における「a-1」,「a-2」の欄には,ブタジエン-スチレン共重合体,すなわちHIPSであるスチレン系樹脂(a)にポリカーボネート樹脂を配合した実施例2について,その重量比が10/90であるものの1/4インチ アイゾット衝撃強度(1Z0D kg-cm/cm)が76kg-cm/cmであり,同重量比が20/80のものの同アイゾット衝撃強度が64kg-cm/cmであること(3頁右下欄2行目から4頁右上欄18行,5頁表1)が記載されている。 イ 本件発明1においては,ポリカーボネート75〜90重量%に対し,耐衝撃性ポリスチレンを10〜25重量%配合するものとされているところ,刊行物1(甲3)には,実施例としては,原告主張のとおり,ポリカーボネートにABS樹脂をブレンドしたものしか記載されていない。しかし,上記ア(ア) に認定のとおり,刊行物1には,当該ABS樹脂に先立って,「ポリスチレ ン系樹脂(PS,HIPS)」が,使用できる熱可塑性樹脂の代表的なものとして例示されているから,刊行物1に接した当業者は,ポリカーボネートとHIPSとの組み合わせが開示されているものと認識するというべきである。 このことは,刊行物1の先行発明である刊行物2において,既にポリカーボネートにHIPSをブレンドする公知例(英国特許第854,475号)が開示されていることからも首肯し得るというべきである。 ウ(ア) 原告は,ポリカーボネートとHIPSをブレンドした組成物についての問題点を指摘した前記ア(イ)の刊行物2のB記載並びに甲6及び7の各記載から考えた場合,ポリカーボネートとHIPSをブレンドすると,ポリカーボネ-トが本来的に有する耐衝撃性のような機械的強度が犠牲になるというのが技術常識であり,当業者であれば,耐衝撃性,難燃性,流動性の優れたポリカーボネート樹脂組成物を製造しようとする場合は,ポリカーボネートとHIPSはブレンドすべきでないと考えるのが相当であり,仮に両者をブレンドすれば,得られた組成物は,流動性はよくても,それ以外の機械的特性が悪く,使用に耐え得るものではないと認識するはずである旨主張する。 (イ) そこで検討するに,確かに,刊行物2に前記ア(イ)Bのとおり記載されているほか,特開昭49-18941号公報(甲6)には,「従来,ポリカーボネートの成形性の改良法として,ポリカーボネートにポリスチレンをブレンドする方法(特公昭43-6295号公報参照)やハイインパクトポリスチレンをブレンドする方法(英国特許第854,475号明細書参照)が知られている。これらの方法によりポリカーボネートの流動性は改善されるが,実際の射出成形において,その成形品は層状構造を有するために,外力が加えられた場合,剥離現象が認められ,特に薄物成形品の商品価値を著しく損うという欠点を有すると共にポリカーボネートの優れた機械的特性,特に衝撃強度が著しく低下するという欠点を有する。」(1頁右下欄15行〜2頁左上欄7行。以下「甲6の@記載」という。)と記載され,また,特公昭57-27133号公報(甲7)には,「ポリスチレンとポリカルボネートは相性が悪く,力学的性質の貧弱な濁った混合物を形成する」(1頁2欄19〜21行)と記載され,ポリカーボネートとHIPSをブレンドした場合の問題点が指摘されている。 しかしながら,前記ア(イ)の刊行物2のC記載によれば,ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に高くなるとされており,また,同D記載の実施例2のa-1,a-2によれば,10又は20重量%のHIPSを含むポリカーボネート樹脂は,アイゾット衝撃強度が76又は64kg-cm/cmであるとされ,この値は,本件明細書の段落【0047】において,実用上望ましいとされている値の15kg-cm/cm以上をはるかに上回る値である。そして,上記記載C及びDを併せてみれば,前記ア(イ)の刊行物2のB記載は,その文言どおり,HIPSを含むスチレン系樹脂とポリカーボネート樹脂との組成物が,主としてポリカーボネート樹脂の加工性(流動性)を改良することを目的としたものであり,ポリカーボネート樹脂の本来の性質を保持しつつ,かつ,大幅な耐衝撃性の向上を意図したものではない旨を指摘するにとどまるものであり,それ以上に,HIPSとポリカーボネートをブレンドしたものが,「特に耐衝撃性が悪く,使用に耐えない」ことを示唆したものではないと解するのが相当である。 なお,原告は,刊行物2(甲4)の引用する「プラスチックスVol. 21,No11」には,「従来から,ポリカーボネート樹脂の海にスチレン系樹脂の島を均一に分散させた場合,耐衝撃性が大幅に高くなることが見出されている」との記載は一切ない旨主張するが,そのことを確認する証拠はないし,また,甲4に係る発明の出願者がその文献に基づいて上記のとおりの判断をし,そのことが甲4に記載されていることは明らかであるから,仮に上記文献に原告主張の記載が存在しないとしても,そのことは上記判断を左右するものではない。 また,原告は,当業者が通常認識するHIPSとは,伸びが100%を超えない程度のものであり,かつ,通常のポリスチレンと比べ,耐衝撃性を3ないし4倍に上げ,弾性率を2ないし3割下げたものであり,さらに,ポリカーボネート(PC)と比較した場合,同程度の弾性率と,PCよりは低い耐衝撃性を有するものであるところ,刊行物2に記載のスチレン系樹脂は,耐衝撃性(IZOD強度)がポリカーボネートの5倍,硬度(弾性率とも相関する。)がポリカーボネートの1/5,伸び率が300%を超えるようなものであって,かかるスチレン系樹脂はHIPSということができないものである旨主張する。しかし,前記刊行物2に記載の実施例2は,ブタジエン-スチレン共重合体にポリカーボネート樹脂を配合したものであり,ここに記載されているブタジエン-スチレン共重合体はまさにHIPSであるスチレン系樹脂であると解するのが技術常識というべきであり(甲12の117頁の「2 原料」及び118頁の「3製造方法 (2)」,甲4の1頁右下欄18行〜2頁左上欄1行の記載参照),HIPSを原告主張のものに限定する根拠はないし,また,当業者の間に原告主張のような技術常識が存在することを認めるに足りる的確な証拠はない。 (ウ) 弁論の全趣旨によれば,一般論として,耐衝撃性などの強度が高いポリカーボネートに,異物であるポリスチレンやHIPSを混合すれば,ポリカーボネート特有の強度が落ちることは技術常識に属することと考えられるところ,甲6には,上記記載に続けて,ポリカーボネートにHIPSを含むポリスチレンを配合した組成物についての試験結果が示され,「上表よりわかるようにポリスチレンとの混合により流動性は著しく改善されるが,いずれも衝撃強度の低下が著しく,又ポリスチレンを含有したものには全て剥離現象が認められた。一方,ポリカーボネート60重量%とハイインパクトポリスチレン40重量%とからなる樹脂組成物の衝撃強度は,1/4インチ棒では5.6Kg・cm/cm,1/6インチ棒では6.4Kg・cm/cmと低く・・・」(2頁右上欄1〜8行)と記載され,さらに,「本発明者は,異種樹脂の配合によりポリカーボネートの成形性が向上し,ポリカーボネートの熱変形温度の低下が小さく,しかも耐衝撃性に優れたポリカーボネート組成物について鋭意研究した結果,メタアクリル酸エステル,芳香族モノビニル系化合物及びアクリロニトリルの1種以上をグラフト成分とした特定割合のポリブタジエン成分を含有するポリブタジエン系グラフト共重合体(A),ポリスチレン(B)及びポリカーボネート(C)とを特定割合で混合して得られるポリカーボネート組成物が上記の要件を満足することを見出し,本発明に到達したものである。」(2頁右上欄10行〜左下欄1行)と記載されている。 してみると,甲6は,HIPSを含むスチレン系樹脂とポリカーボネートとのブレンドが,耐衝撃強度を低下させるなどの一般的問題を抱えながらも,ポリカーボネートに流動性の向上等の目的で従来から行われている発明であることを紹介し,上記問題点を解決するため,甲6記載の発明が行われたことを明らかにしているものと認められる。しかして,上記の試験結果は,HIPSを含むポリスチレンの配合割合が40重量%と極めて高く,この例の場合には,刊行物2に記載されているようなスチレン系樹脂が島状に均一に分散した構造「海島構造」とはならず,高い耐衝撃性が得られない場合であることが推認されるから,甲6の@記載は,本件出願当時の技術水準を示すものではないというべきである。 (エ) また,上記検討の結果からすれば,甲7の上記記載も,ポリカーボネ ートとスチレン系樹脂のブレンドによってポリカーボネート固有の強度が落ちることの一般論を述べているにすぎないとみるべきである。 (オ) 結局のところ,前記ア(イ)の刊行物2のB記載並びに甲6の@記載,甲7の前記記載を根拠に,当業者であれば,仮にポリカーボネートとHIPSを混合すれば,得られた組成物は,流動性はよくても,それ以外の機械的特性が悪く,使用に耐え得るものではないと認識するはずであるという原告の主張は理由がなく,甲10のうち原告と同趣旨をいう部分も採用することはできない。 (2) ポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されているか否かについて 原告は,本件発明1は,刊行物1記載の配合割合よりせまい範囲である75/25〜90/10という範囲を選択することにより,難燃性,流動性及び耐衝撃性のすべてが優れたポリカーボネート樹脂組成物を得ることに成功したものであるところ,刊行物1には,ポリカーボネートとHIPSを重量比で50/50〜99/1,あるいは60/40〜95/5の割合で配合したポリカーボネート組成物で,流動性は改良されるものの耐衝撃性の低いものが記載されているにすぎず,ポリカーボネートとHIPSとの配合割合を,重量比で75/25〜90/10とすること,具体的に80/20(PC/HIPS)程度とすることは,刊行物1に何ら開示されていない旨主張している。 しかしながら,本件明細書(甲2)には,本件発明1におけるIZOD(アイゾット衝撃強度)について,「通常,15Kg-cm/cm以上が実用上好ましい範囲である。」(段落【0047】)と記載されているところ,前記(1)ア(ア)に認定したとおり,刊行物1には,実施例7として,ポリカーボネートとABSとの組み合わせに係る組成物ではあるが,PC/ABS比が80/20のもののアイゾット衝撃強度(1Z0D kg-cm/cm)が68kg-cm/cmであることが示されており,このアイゾット衝撃強度は,本件発明1の場合に実用上望ましい値とされる上記の15kg-cm/cmをはるかに上回るものである。そして,ABSに替えてHIPSを同量使用したものも,これに準じた特性を発揮するであろうことは,当業者であれば容易に推測し得るところであるといえる。 そして,前記(1)ア(イ)に認定のとおり,刊行物2には,HIPSを10又は20重量%含有するポリカーボネートのアイゾット衝撃強度が76又は64kg-cm/cmであることが開示されており,上記配合割合を80/20程度とすることは,本件出願当時周知であったということができる。 したがって,上記周知の事項をも考え併せれば,刊行物1には,「ポリカーボネートとHIPSとの配合割合を,重量比で75/25〜90/10とすること,具体的に80/20(PC/HIPS)程度とする」ことが開示されているというべきであり,原告の上記主張は理由がない。 2 取消事由2(本件発明1の進歩性判断の誤り)について 本件発明1が新規性を具備しないことは前記1に説示のとおりであるから,本件発明1の進歩性をいう原告の主張は失当である。 のみならず,仮にポリカーボネートとHIPSとの配合割合が刊行物1に開示されていないとしても,前記1(2)に説示したところからすれば,かかる配合割合を本件発明1のとおりに選択設定することは,刊行物1及び刊行物2の記載から容易に想到できることというべきであるし,また,本件発明1の奏する作用効果も,前記1(1)アに認定の刊行物1及び刊行物2の記載から予測される範囲内のものであると認められる。したがって,本件発明1に進歩性を認めることはできない。 3 取消事由3(本件発明2ないし4の新規性及び進歩性判断の誤り)について 原告は,本件発明2ないし4は,本件発明1の要件すべてを満たすものであるから,本件発明1が新規性,進歩性を有する以上,本件発明2ないし4も新規性及び進歩性を有する旨主張する。 しかしながら,本件発明1が新規性,進歩性を具備しないものであることは前記1,2に説示のとおりであるから,原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。 4 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見出せない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
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裁判官 | 青蜉] |
裁判官 | 清水節 |