• この表をプリントする
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2001-35249
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  製造方法 /  新規性 /  公然知られ(29条1項1号) /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  実質的同一 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  着想 /  クレーム /  抵触 /  技術的意義 /  均等 /  実質的同一性 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  特許無効審決 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (行ケ) 239号 特許無効審決取消請求事件
原告 株式会社オーナーばり
訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
訴訟代理人弁理士 福田進
同 藤田典彦
被告 株式会社がまかつ
訴訟代理人弁護士 碩省三
同 植村公彦
訴訟代理人弁理士 古川泰通
同 河宮治
同 山田卓二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2001-35249号審判事件について平成14年4月2日にした審決中「特許第2584721号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ルアー用トリプルフック」とする特許(特許第2584721号,平成6年6月13日出願(以下「本件出願」という。),平成8年11月12日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。甲第1号証は,本件出願に係る願書に添付された明細書及び図面(以下,併せて「本件明細書」という。)の登録時点における内容を開示した特許公報である。なお,後記本件訂正により,「トリプルフック」とあるのは,1頁1欄11行目,15行目,2頁3欄47行目及び48行目のものを除き,「ルアー用トリプルフック」に訂正された。その他,誤字の訂正等を行うものを除けば,本件訂正は,要するに,発明の対象を「ルアー用」のトリプルフックに限定する,というものであって,それ以外に実質的な変更はなされていない。)の特許権者である。
被告は,平成13年6月7日,本件特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は,これを,無効2001-35249号審判事件として審理した。原告は,この審理の過程において,本件明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,審理の結果,平成14年4月2日,「訂正を認める。特許第2584721号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下単に「審決」という。)をし,その謄本を,平成14年4月12日,原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲 (1) 本件訂正前 「放射方向の等間隔に先曲げ部を外方に向けて配列した三本の釣針1,2,3をその軸部1a,2a,3aで固定して一体化し,一体化した軸部の基端に接続環4を形成するトリプルフックにおいて,軸部の基端に形成する接続環4を三本の釣針の先曲げ部1b,2b,3bのうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xと一致する方向に形成したことを特徴とするトリプルフック」 (2) 本件訂正後 「放射方向の等間隔に先曲げ部を外方に向けて配列した三本の釣針1,2,3をその軸部1a,2a,3aで固定して一体化し,一体化した軸部の基端に接続環4を形成するルアー用トリプルフックにおいて,軸部の基端に形成する接続環4を三本の釣針の先曲げ部1b,2b,3bのうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xと一致する方向に形成したことを特徴とするルアー用トリプルフック」(判決注・下線部が付加訂正部分である。)。
3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書記載のとおりである。要するに,本件発明は,本件出願前に公然知られた発明(播磨内陸生活文化総合センター,西脇市郷土資料館館長A作成の「展示履歴について(回答)」と題する書面(審判甲第1号証・本訴乙第1号証,以下「乙1文書」という。)に添付された写真の被写体である釣針)(以下「引用発明」という。)と実質的に同一であり,特許法29条1項1号に該当する,とするものである。
4 審決が認定した,引用発明の内容,本件発明と引用発明との一致点・相違点 (1) 引用発明 「放射方向の等間隔に先曲げ部を外方に向けて配列した三本の釣針をその軸部で固定して一体化し,一体化した軸部の基端に接続環を形成する3本錨型の掛け針において,軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針の先曲げ方向Xとほぼ一致する方向に形成した3本錨型の掛け針」(審決書5頁26行目〜30行目) (2) 本件発明と引用発明との一致点 「放射方向の等間隔に先曲げ部を外方に向けて配列した三本の釣針をその軸部で固定して一体化し,一体化した軸部の基端に接続環を形成する3本錨型の釣り針において,軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針の先曲げ方向Xと同方向に形成した3本錨型の釣り針」(審決書6頁10行目〜13行目)。
(3) 本件発明と引用発明との相違点 「(1) 軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針の先曲げ方向Xと同方向に形成するに当たって,本件発明は軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xと一致する方向に形成したものであるのに対して,甲第1号証の発明(判決注・引用発明)は軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xとほぼ一致する方向ではあるが5度程度ずれて形成したものである点」(審決書6頁15行目〜21行目) 「(2) 3本錨型の釣り針が,本件発明がルアー用トリプルフックであるのに対して,甲第1号証の発明(判決注・引用発明)は3本錨型の掛け針である点」(審決書6頁22行目〜23行目) (以下,「相違点1」,「相違点2」という。)
原告の主張の要点
審決は,いずれも,発明の同一性についての判断において重要な意義を有する,以下の各点についての判断を誤ったものであり,これらの誤りは,それぞれ,本件発明と引用発明とは実質的に同一である,との結論に影響するものであるから,違法として,取り消されるべきである。
1 技術的思想の違いについて (1) 引用発明は,「ボラ掛け針」である。
ボラ掛け針も,本件発明におけるのと同じく,3本の針を軸部でまとめている。しかし,これは,魚を引っ掛けるためのものである。また,ルアーに直接取り付けるものではなく,釣り糸に直接取り付けるものである。したがって,ルアーに取り付けた場合のバランスを考慮する必要はない。
すなわち,ボラ掛け針には,ルアーに使用したときのバランスを考慮して,これをよくするために,接続環の方向と3本針のうち一本の先曲げ方向とを同じにする,という,本件発明にみられる技術思想は全くない。
(2) 他方,本件発明は,ルアー用のトリプルフックである(本件訂正によりそのように限定されている。)。そして,本件発明は,ルアーに接続されたときのバランスを考慮するものである。
本件発明と引用発明とは,このように技術的思想が全く異なるから,実質的に同一であるとすることはできない。
(3) 被告は,本件発明は,ルアー本体の腹部に設けた固定環に,スプリットリングを介して装着された場合に限って,その作用効果を発揮することができるにすぎないにもかかわらず,そのような限定は特許請求の範囲に記載されていない,と主張する。
そもそも,本件発明は,「ルアー用トリプルフック」であって,ルアー本体に関するものではない。取付方法について,特許請求の範囲に記載する必要はない。取付方法は,発明の詳細な説明中に記載されている。しかも,ルアーに釣り針を取り付ける際に,スプリットリングを用いるのは,ごく一般的な方法である。これにより,トリプルフックをルアー本体に着脱自在に装着することができるのである(甲第4号証の1ないし4)。
本件発明は,ごく一般的なルアー本体への針の取付方法を採用することを前提に,その作用効果を発揮することができる,としている。本件明細書の記載に,欠けるところはない。
(4) 原告は,本件発明の実施品に係るルアー用トリプルフックにつき,強度等で優れているため,掛け針的に使用することができることは認めるものである。しかし,強度等で優れたルアー用トリプルフックを掛け針的に使用することができるということは,掛け針をルアー用トリプルフックとして使用することができること,あるいは掛け針とルアー用トリプルフックとが互換性のある同一のものであることまでを意味するものではない。原告は,そのようなことまで認めてはいない。
原告が,本件発明の実施品を掛け針としても使用している,ということにより意味するのは,ボラ掛け針として使用している,ということではない。エサ(いわし等)の尾ひれの後方にルアー用トリプルフックを刺し,このエサに魚が食い付いた場合,このルアー用トリプルフックは掛け針として機能する,ということである(甲第5号証)。
ボラ掛け針は,ギャング釣り(掛け釣り)のための,純然たる掛け針であるから,上記使用の態様とは異なる。
(5) ルアーとは,英語の「誘惑する」,「おびきよせる」を語源とする擬餌針のことである。ルアー釣りでは,あくまで擬餌針を魚に食わせ,口に針を掛ける。
ギャング釣りとは釣り方も大きく異なる。
2 構成の違いについて (1) 審決は,「本件発明において「軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xと一致する方向に形成した」といっても,上でも述べたように図11や図12のような従来のトリプルフックに対向するものとして上記のように規定したものであり,どの程度の精度をもって一致させるかについて規定しているものでもないし,またこの種のトリプルフックは精密部品ではないのであるから,本件発明が5度程度の角度誤差も許容しない発明であるとすることはできない。」,とする(審決書6頁26行目〜32行目)。
(2) しかし,本件発明に係るルアー用トリプルフックの需要者は,精密部品と同程度の精密さを求めている。これは,本件発明の実施品が商業的に成功していることから明らかである。
本件発明は,正確なバランスを得るために,技術的精密さを追求している。5度も角度差があったのでは,接続環の方向と釣針1の先曲げ方向がほぼ同じであるということはできない。
したがって,構成の点からみても,本件発明と引用発明(ボラ掛け針)とを,実質的に同一であるとすることはできない。
(3) 被告は,水中におけるルアー本体の動き,スプリットリングの遊び等のため,ルアー用トリプルフックは,5度を大きく超える範囲で揺れるため,5度程度の角度差は問題にならない,と主張する。
被告が主張するような大きい揺れが生じ得ることは認める。しかし,接続環と針の先曲げ部のそれぞれの方向が厳密に一致するとすれば,この揺れは,バランスが取られる位置を中心として発生し,そのため,より正確なコントロールが可能となる。5度も角度差があっては,バランスが悪くなり,結果的に魚の食い付きが悪くなることは明らかである。
(4) 被告は,一般的な釣針の製造方法では,5度程度の誤差は避けられない,と主張する。しかし,原告は,改良した独自の製造方法を用いて,本件発明の実施品を製造している。この方法によれば,5度程度もの誤差なく製造することが十分に可能である。
原告は,審判手続において,一般的な製造方法を用いて,本件発明の実施品を製造している,などとは主張していない。逆に,本件発明の実施品の製造方法と,一般的な釣針のそれとが異なることを挙げて,後者を用いると思われる引用発明では,一定程度以上の角度差が生じることが避けられないことを述べているのである。
(5) 引用発明と同種のボラ掛け針では,接続環と針の先曲げ部の角度差は,平均すると7度以上もある(甲第6号証)。
そもそも,ボラの掛け釣りは,撒き餌等によりおびき寄せられたボラを,それらの下方に垂らしておいたボラ掛け針を素早く引っ張り上げ,もってボラ掛け針でボラを引っ掛けて釣り上げるものである。ボラ掛け針には,本件発明において考慮されている,ルアーの操作性・安定性を考慮することがそもそもなく,したがって,その接続環と針の先曲げ部の方向を一致させる必要がないのである。
このことからも,本件発明と引用発明が別個のものであることは明らかである。
3 判断手法の誤りについて (1) 新規性の判断は,問題とされる発明と一つの引用発明との,1対1の対比でなされるべきものである。
しかし,審決は,引用発明のほか,実開平3-18758号公報,実開平5-37067号公報などを引用し,これらから周知技術を認定する手法を採用している。これは,進歩性判断の手法である。
特許無効審判においては,理由の補充が認められていない。新規性欠如のみが争点となっているときに,進歩性についての判断をすることは許されない(特許法131条2項但し書)。
(2) 仮に,進歩性を問題とするとしても,前記のとおり,引用発明には,ルアーに取り付けて針のバランスをとるという技術的課題はなく,また,構成上の差異がある(前記5度の角度差)。
引用例から,容易に着想できるものではない。
4 その他 原告は,ルアーフックにおいて最も重要な製品強度の課題を,3本の釣針を特殊な溶接技術により一体化することで解決し(従来は2本の針を一体化),そのうえで,接続環(スプリットリング)に対応した左右対称の形にした。
このような技術革新によって達成されたものを,ボラ掛け針と同一視することはできない。
被告の反論の要点
1 原告の主張1(技術的思想の違い)に対して (1) 原告は,本件発明の技術思想は引用発明にはない,と主張する。
しかし,そもそも,原告がいうところの技術思想の実現,すなわち,課題の解決は,本件発明の構成によってはなし得ない。
(2) 原告のいう本件発明の技術課題は,本件明細書によれば, 「【0003】【発明が解決しようとする課題】従来のトリプルフックでは,・・・ルアー本体が水中で引っ張られたときに釣針にかかる水の抵抗が左右均等でないためルアーの動きが一定しないとともに,水の抵抗によってトリプルフックが後方に回動されたときにトリプルフックを形成する三本の釣針のうちの一本がルアー本体に衝突し,トリプルフックとルアー本体が離れがちで一体的な擬餌の形態をなしにくい」(本件明細書・甲第1号証2頁3欄3行目〜14行目) ということであり,これが,本件構成により, 「【0006】【作用】図3に示すように,ルアー本体6の固定環7とトリプルフックの接続環4とにスプリットリング8を介在させてルアー本体6にトリプルフックを装着する。このとき,接続環4の方向と一致する先曲げ部がルアー本体6の前方に位置するように配置しておく。この状態で使用し,ルアー本体6が釣り糸9によって前方に引っ張られると,水の抵抗(流れ)によってトリプルフックは矢印で示すように後方へ回動する。すると,トリプルフックは図4に示すように接続環4が上下方向に向き,一本の釣針1の先曲げ部1bが上下方向を,他の二本の釣針の先曲げ部2b,3bが左右対象(判決注・「対称」の誤記と認める。)に斜め上方へ向き,ルアー本体6を抱き込むように位置することになる。したがって,トリプルフックに作用する水の抵抗はルアー本体のバランスを崩すことなく,かつルアー本体6とトリプルフックが自然に接近する。これにより,例えばルアー本体が魚の形状であると,トリプルフックがその胸鰭や尾鰭の場所にあたかもルアーの一部であるかの態様で位置することになる。」(本件公報2頁3欄40行目〜4欄8行目)(上記2箇所の引用部分につき,前記のとおり,【0006】の3番目のものと4番目のものを除き,「トリプルフック」を「ルアー用トリプルフック」と読み替える。以下,本件明細書の引用部分について同じ。)。
ということにより解決される,とする。
(3) このような作用効果は,本件発明のトリプルフックを,ルアー本体の腹部に,一定の方向に向けて設けた固定環に,スプリットリングを介して装着した場合に限って,実現されるものである。すなわち,上記作用効果が実現されるのは,数あるルアーの中でも,「プラグ」タイプの中の,更に一部のものにおいてにすぎない(乙第4号証,第6号証〜第18号証)。しかし,本件発明は,ルアー用トリプルフック自体をその対象とするものであり,それのルアー本体への取り付け方については何ら限定していない。本件発明の構成それ自体では,その目的とする課題解決を達成することができない。
原告は,本件発明はルアー用トリプルフックに関するものであり,ルアー本体に関するものではないから,上記のようなことを特許請求の範囲に記載する必要はない,とする。しかし,本件発明の作用効果を上記のようなものとする以上,これを発揮するための構成として,記載されて当然である。
(4) 本件発明に,ルアー使用時のバランスをとるという技術的思想を見いだすことができない以上,本件発明をルアー用に限定したことに,格別の技術的意義はない。他方,ルアー用のトリプルフックが掛け針として機能する場合もある(原告もこれを認めている。)。
したがって,本件発明が引用発明と実質的に同一であるとする審決の判断に誤りはない。
(5) 特許法39条1項の立法趣旨が,重複特許の排除にあることに照らせば,2個の発明が別の発明であるとするためには,両発明の異なることが客観的に識別され得るものでなければならない。発明の構成が全面的に一致し,または両発明に広狭の差があるだけで部分的に抵触する場合,構成の面から客観的に両発明を別個のものと認識することはできないのであるから,両発明は同一発明である。
他方,発明の目的は,発明者の主観的な意図である。作用効果は,本来客観的なものであるものの,明細書には,発明者が認識したもの,又は目的との関係で必要と考えられた作用効果だけが記載されているにすぎないから,これまた主観的なものである。このような,主観的な発明の目的,作用効果を基準として,発明の同一性を論ずることは適切でない(東京高裁昭和48年1月23日判決)。
本件発明と引用発明とは,その構成が全く同じである(5度の角度差が重要でないことについては,後記2のとおりである。)。
原告が,いかに,ルアー使用時のバランスを向上させるという目的・課題や作用効果の違いを強調しても,構成が同一である以上,本件発明と引用発明は同一である,といわざるを得ない。
欧州特許庁も,先行文献において,当該特許発明クレームの対象となっている特定の使用についての指示がなくても,その使用に適している同等の物品が開示されていれば,その特定の使用のための物のクレーム新規性はない,との見解を示している(乙第25号証) 2 原告の主張2(構成の違い)に対して (1) 原告は,引用発明には,接続環の方向と3本の釣針のうちの一つの先曲げ方向との間に5度の角度差があることをもって,本件発明と引用発明とは,構成上も実質的に同一であるとすることはできない,と主張する。
(2) 本件発明のトリプルフックを,本件明細書3頁の図3に示されているように,ルアー本体の腹部に固定された固定環と,この固定環に掛けられたスプリットリングとを介して,ルアー本体に装着した場合,そのように連結された固定環とスプリットリング,またスプリットリングと接続環との間にはそれぞれ遊びがあるため,トリプルフックはその軸部を中心として5度をはるかに超える角度範囲でルアー本体に対して回転し得る。実際に,単純にルアーが水中で釣り糸に引っ張られた状態でも,このような回転は起こる。この回転に比べれば,5度程度の角度差は問題にならない。
(3) ルアーフィッシングとは,小魚や小動物の形に似せた,金属又はプラスチック製の擬似餌を用いる釣り方である。魚がルアーに引っかかるのは,ルアーを餌と間違えて食いつくため,あるいは不可解な動きをする相手に攻撃をしかけるためである,といわれている。
そのため,ルアーフィッシングでは,釣り竿を前後左右に,ときには大きくときには小さく動かしたり,リールの回転を調整してルアーを引いたり止めたりして,本物の魚(餌)であると思わせるような動きをルアーに与える。このようなルアーの動きにおいて,トリプルフックは一定の位置にとどまることなく,ルアーに対して回転したり左右に振れたりする。
この動きも,上記5度の範囲をはるかに超えるものである。
このようなルアーフィッシングの実態を考慮すると,本件発明の構成要件中の「軸部の基端に形成する接続環4を三本の釣針の先曲げ部1b,2b,3bのうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xと一致する方向に形成した」の「一致した」を,5度程度の角度差すら許容しないほどの精密さを要求しているものとすることはできない。
(4) そもそも,本件発明は,どの程度の精度をもって,接続環と釣針の先曲げ部の各方向を一致させるかについて何ら規定していない。原告は,5度の角度差が大きなものである,とするが,それが,例えば,2度や3度の角度差と峻別できるとしても,実際には,何らかの測定装置をもって観察しないと認識できない程度のものにすぎない。
原告が特許庁に提出した第2回審判事件答弁書(乙第2号証)で挙げられている釣針の一般的製造方法は,「作業者は釣針の先曲げ部を手で持ち,軸部の基端部分を固定部材と中心軸の間に差し込み,回転アームを回転させることによって接続環を形成している」(3頁9行目〜11行目)というものである。この方法では,接続環の方向と先曲げ部の方向を厳密に一致させることはむずかしく,5度程度の角度差はほとんど不可避的に生じ得る。5度程度の角度差がある引用発明も,上記各方向を一致させる意図で製造されたものと認めることができるというべきである。
(5) 以上のとおりであるから,本件発明と引用発明が実質的に同一である,とした審決の判断は正当である。
3 原告の主張3(判断手法の誤り),4(その他)に対して (1) 原告は,審決が,乙1文書,実開平3-18758号公報,実開平5-370677号公報により,周知技術を認定している判断手法は,新規性についての判断のものではなく,進歩性についての判断のためのものである,と主張する。
(2) 審決は,実開平5-37067号公報と,「海と川のシカケと釣り方 釣りの新百科」(毎日新聞釣友会編 金園社。乙第3号証。以下「乙3文献」という。)とから,3本の錨型の釣り針をルアー用トリプルフックとして用いることが周知であることを認定し,これと,ルアー用トリプルフックが掛け針として機能すること(当事者に争いのない事実)とを併せて,引用発明が掛け針であることと,本件発明がルアー用トリプルフックであることに,実質的な違いがあるとはいえない,と認定したものである。
(3) 原告は,3本の釣針を特殊な溶接技術で一体化したことを強調する。しかし,このようなことは,本件発明の構成とは全く関係がない。
当裁判所の判断
1 引用発明の理解について (1) 引用発明がボラの掛け釣り用の掛け針であることは,当事者間に争いがなく,また,乙第1号証(乙1文書)により認めることができる。
(2) ボラの掛け釣りとは,以下のようなものである,と認めることができる。
ア 乙3文献(乙第3号証) 「ボラのギャング釣り(判決注・「ギャング釣り」と「掛け釣り」とがほぼ同義であることは,弁論の全趣旨で明らかである。)・・・ シカケ サオは三メートル前後のものでリールは使わない。道糸は八号か一〇号,赤と黄色のビニールバケの下に八号の糸でイカリバリを結ぶ。オモリはナツメの引き通し一五号がよい。
釣り方 一人で四本,五本とサオを出す。サオかけに固定し,舟に立ち上がって片足ずつ交互に体重をかけてユサユサと舟をゆすっていると誘われた魚群が集る。水深四メートルぐらいのところでタナは底から三〇センチほど。コツッとかグイッとかいろいろのアタリがくるが,一気にサオを立て,道糸を手に取ってたぐり寄せる。」(乙第3号証608頁下段17行目〜609頁下段6行目) イ 「実戦的フィッシング-海・川釣魚図鑑・仕掛け集 ダイワカラー釣魚図鑑」(乙第22号証) 「エサは砂泥中の有機物や小生物,ノリなどを泥と一緒に吸い込む。・・・ 冬期に海岸近くに群れているボラを見ていると,体を下に向けて盛んにエサを食べている。しかし,この頃は,脂瞼が発達してエサを見つけにくいのと,砂泥中の小生物やノリを食べているため,めったなことではエサを食べない。関西ではイカダのカカリ釣りによる釣り方が盛んで,2〜3kgもある大型が釣られている。」(160頁右欄8行目〜20行目) 「掛け釣りは魚が見えないときには,サオ先に全神経を集中して,アタリ(何かが触れた感じ)があったら瞬間的にアワセる。ハリ掛かりしたらイトを絶対にゆるめないで一気にとり込む。
ゴム製のギジエや高知式では,小きざみに仕掛けを上下し魚を誘う。」(161頁右欄「釣り方」の題名の枠内10行目〜15行目) 162頁には,ボラの掛け釣りの「ギジバリの仕掛け」として,ヨリモドシの下に,ナツメオモリとそれを包むように略短冊状の赤と黄色のゴムを多数取り付け,さらにその下に,ワイヤーを介して三つ又のイカリバリを取り付けた仕掛けが図示されている。
(3) 以上からは,ボラの掛け釣りは,擬似餌を用いてボラを誘引し,集まったボラを釣る方法であり,その擬似餌は,赤と黄色のビニールバケないしゴム等である,と認められる。ただし,その釣り方は,掛け針で引っ掛けるというものであり,針を魚に食わせる(あるいは飲み込ませる)ことを意図しているものとは認められない。
2 相違点についての判断について (1) 相違点2についての判断について ア 原告は,本件発明はルアー用トリプルフックであり,引用発明はボラ掛け針であって,ルアー用トリプルフックとボラ掛け針とは異なるから,両発明は同一でない旨主張する。
これは,審決の相違点2の判断に係るものである。まず,これについて判断する。
イ 「ルアー用トリプルフック」の語が,「ルアー」に用いられる「トリプルフック(3本針)」を意味することは,明らかである。
「ルアー」の語が釣りとの関係でどのようなものと理解されているかに関し,本件で証拠とされている文献には次のような記載がある。
(ア) 「ルアーは欧米から輸入された擬似バリの呼称である。英和辞典には,動詞として〈おびき寄せる〉〈誘惑する〉という意味である。つまりルアーとは,金属片やプラスチックなどで成型した擬似バリのことである。日本で考案されたものをルアーと区別して擬似バリと呼ぶが,擬似バリもルアーも生き餌以外のものを使って,魚に生き餌のように見せかけて食わせてしまうハリのことで,同義語といえよう。」(乙3文献142頁上段1行目〜8行目) (イ) 「ルアーの分類 @スプーン・・・日本語ではサジのことで,サジの頭の形をしたものなど,金属片にイカリバリを接続したものをスプーンと呼んでいる。・・・ Aスピナー 金属片ののついているものを呼び,水中を引くと羽根が回転し,昆虫や魚のように見せかける。・・・ Bプラグ 木,プラスチック,ゴムなどで魚を形どったものを呼ぶ。・・・ Cジグ オモリの付いた擬似バリ。
Dスピナーベイト V字型の金具の一方にを付け,一方にジグを付けたルアー・・・ Eワーム ドバミミズ,イモリなどの形に,柔かいプラスチックで作ったもので,ハリは付けられずに市販されている・・・ Fフライ 洋式毛バリの呼称で,釣りバリにイト,鳥の羽根毛,獣毛,コルクなどをとり付け,渓流魚の好む昆虫類に模して作られている。」(乙3文献(乙第3号証)142頁上段13行目〜143頁上段5行目) (ウ) 「ルアーフィッシングとは 金属やプラスチックなどでできた擬似餌。魚や小動物の形に似せたものがある。
魚がルアーに食いつく理由は,エサと間違えることのほかに,不可解な動きをする相手に攻撃をしかけるためといわれている。海釣りの場合はほとんどエサと間違えて食いつくことが多いようだ。」(「海 最新釣り仕掛け集」)(乙第21号証128頁1行目〜8行目) ウ 関係証拠にみられるルアーについての上記各記載によれば,ルアーとは,魚をおびき寄せる物体(擬似餌等)又はそれと釣り針との組み合わせのことであり,ルアーフィッシングとは,ルアーを用いる釣りのことであると認められる。
前記のとおり,ボラの掛け釣りも,魚をおびき寄せる物体を用いてボラを誘引し,これを釣り上げるものであるから,「ルアーフィッシング」の一種であるということができる。したがって,引用発明のボラ掛け針も,「ルアー用トリプルフック」に該当する,と認められる。本件明細書の記載を中心に本件全資料をみても,この認定の妨げとなるものを見いだすことはできない。
エ 原告の主張するとおり,ボラの掛け釣りは,魚を誘引する部材を用いて魚をおびき寄せる釣りではあるものの,ボラ掛け針を魚に食わせる(飲み込ませる)ことを狙う釣りではない。しかし,このことは,前記認定を覆すものではない。
確かに,本件明細書の【発明の詳細な説明】において示された,トリプルフックを取り付けるルアーの種類(プラグ型であると認められる。)や取り付け方は,ボラの掛け釣りのそれとは異なるものである。
しかし,本件発明は,「ルアー用トリプルフック」の発明であり,特許請求の範囲において,その構造ないし形状が規定されているものの,これをどのようなルアーと組み合わせて用いるか,ルアーにどのように取り付けるかについての記載はない。また,本件明細書中には,特許請求の範囲はもとより,【発明の詳細な説明】中にも,本件発明のルアー用トリプルフックが,魚に食い付かせて釣るという用法に限定して用いられる,と理解すべき根拠となる記載もない。例えば,本件明細書の【作用】には,図3と併せて,魚の形をしたプラグに本件発明を取り付ける態様が記載されてはいるものの,同時に「例えばルアー本体が魚の形状であると,トリプルフックがその胸鰭や尾鰭の場所にあたかもルアーの一部であるかの態様で位置することとなる。」(2頁4欄5行目〜8行目)とも記載されていて,これが例示として挙げられたものにすぎないことが明らかである。【発明の効果】においても,「ルアー本体にアタックするターゲットを確実に釣ることができる効果がある。」(3頁5欄22行目〜23行目)とあり,これが,針に魚が食い付いて釣ることができる態様だけを想定している記載と理解することはできない。しかも,前記認定のとおり,「ルアーフィッシング」は,もともと,ルアーに攻撃をしてきた魚を釣り上げる態様も含むものである。このような状況の下で,一般的な理解として,それが,ハリを食わせて魚の口に掛ける釣り方に限定されていると認めることもできない。そうすると,そもそも,本件発明のルアー用トリプルフックは,これを魚に食い付かせて釣り上げる態様に限定して用いられるものであると認めることはできないのである。
したがって,ボラの掛け釣りが,ボラの体の部位を問わず,引っ掛けてこれを捕獲する釣り方であるとの事実の下でも,これと,魚を引っ掛ける用法に用いられることも含んでいる本件発明のルアー用トリプルフックとが,この点において異ならない,との認定が覆るものではない。
原告の上記主張は,失当である。
オ 原告は,相違点2の判断について,審決は進歩性の判断手法を用いる誤りを犯している,と主張する。
しかし,審決は,引用発明をルアー用に転用ないし応用することの容易推考性を論じているのではない。本件発明と引用発明の実質的同一性を判断するに当たり,この根拠の一つとして,本件出願当時周知であった事項のいくつかを認定しているにすぎない。そして,本件発明及び引用発明の把握が,本件出願当時周知であった事項で上記把握に影響するものを前提になされるべき事柄であることは,論ずるまでもないところである。
判断手法の誤りをいう原告の主張も採用できない。
カ 審決は,相違点2の判断について, 「本件発明は「ルアー本体にバランスよく装着することができるとともに,あたかもルアー本体の一部のように馴染んで装着することができるトリプルフックを得る」ことを目的とするものである。
しかし,この目的は,図3に示すように,本件発明のような構造のトリプルフックをルアー本体6の腹部に設けた固定環7にスプリットリング8を介在させてトリプルフックの接続環4を装着したときに限って実現できるものであり,例えばルアー本体6の固定環7に直接トリプルフックの接続環を装着する場合は,本件発明が従来技術としてあげている図12のような接続環が三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針1の先曲げ方向Xと直角となるようなトリプルフックを装着しなければ本件発明と同様の目的は達成できない。(このタイプの装着構造については,前審において提出された刊行物提出書に添付の実開平3-18758号公報に示されている。) ところが,本件発明はトリプルフックをルアー本体に対して,どの部分に,どのような装着構造をもって取り付けるのかを具体的に規定するものではなく,単にルアー用トリプルフックと規定しているだけであり,本件発明のルアー用トリプルフックは,本件発明の目的に関する限り,ルアー用に限定したことに格別の技術的意義はないといわざるを得ない。
そして,軸部の基端に形成する接続環を三本の釣針の先曲げ部のうちの一本の釣針の先曲げ方向Xと一致する方向に形成したルアー用トリプルフックは本件発明の明細書の詳細な説明中に,本件発明に対する従来例としてあげた実開平5-37067号公報(判決注・本訴乙第5号証)に記載されているように公知であるし,また,3本錨型の釣り針をルアー用トリプルフックとして用いることは上記刊行物提出書に添付の実開平3-18758号公報(判決注・本訴乙第4号証)や被請求人が提出した乙第2号証にも記載されているように周知であるし,さらに口頭審理の調書に記載されているように,ルアー用のトリプルフックは掛け針として機能する場合があることが当事者間に争いがないところであるから,甲第1号証の発明が掛け針であることと本件発明がルアー用のフックであることに,実質的な違いがあるとすることはできない。」(7頁1行目〜28行目), との理由を述べている。上記のとおり,審決は,引用発明がルアー用トリプルフックに該当するかどうか,については,少なくとも明示的には判断していない。
しかし,審決は,本件発明は,ルアー用トリプルフックをルアー本体のどこにどのように取り付けるか具体的に規定していないこと,ルアー用のトリプルフックは掛け針として機能する場合があることを認定している。そうすると,ボラの掛け釣りにおいて,ルアーに相当するものがあれば,掛け針であるボラ掛け針と,本件発明とが実質的に同一であるとする結論に至ることは可能である。審決は,ボラの掛け釣りにおいて,ルアーに相当するものがあるか否かを明文で認定してはいないものの,この点については実質的に当事者間に争いがあるとは認められず,また,前記のとおり,証拠により認めることができる。
審決の上記理由付け自体,誤りであるとすることはできないというべきである。
いずれにせよ,引用発明が本件発明にいう「ルアー用トリプルフック」の一種と認められることは前記のとおりである以上,審決の上記認定判断に,結論に影響する誤りがあるとすることができないことは明らかである。
(2) 相違点1についての判断について ア 相違点1について,原告は,引用発明において,接続環の方向と,錨型の3本の釣り針のうちの一本の先曲げ部の方向とに5度の角度差があることをもって,これらの間に実質的な差異がある,と主張する。原告のこの主張は,敷衍すると,@5度もの角度差があったのでは,本件発明の作用効果(ルアーの安定性・操作性の向上)が十分発揮することができないこと,A上記作用効果を発揮するため,本件発明は,特別な方法により製造されるものであり,極めて高い精度を有する(実施品について,角度差平均0.9度)のに対し,一般のボラ掛け針は,角度差のばらつきがこれとは比較にならないほど大きいこと(平均7.9度)(甲第6号証,乙第2号証),を根拠とするものである。
前者について,ルアーフィッシングは,釣り竿を操作することにより,必要に応じてルアーを自在に操作するものであるから,ルアーに左右不均等な外力が掛からない状態で,本件明細書の記載(図3及び図4)のように,ルアー用トリプルフックがルアーに対して厳密に正対する状態にあることは,どの方向にルアーを動かす場合でも,より確実かつ容易な操作を可能にするという点で,好ましいものであると一般的にいい得る。この限りで,原告の主張は正しい。
この点は,結局,本件発明の「一致する」との文言を,どのように(どの程度厳格に)理解すべきかに懸かっている。しかし,そもそも,上記@の点について判断するまでもなく,原告の主張は理由がないことが明らかである。その理由は次に述べるとおりである。
イ 前記のとおり,原告は,本件発明のトリプルフックは,特別な方法により製造され,極めて高い精度を有する,と主張する。しかし,本件明細書中のどこにも,原告のいう特別な製造方法は,少なくとも当業者が実施できる程度には開示されていない。
すなわち,本件明細書の「【0008】従来のトリプルフックは,一本の長寸法の線材の両端部にそれぞれ先曲げ部を形成し,これを二つ折りとすることによって二本の釣針と接続環4を形成していたため(判決注・図11,図12がこれに関する図である。),正確な寸法と精度の高い加工を施さなければバランスのとれたトリプルフックを製造することができなかった。これに対して図1に示す実施例では,釣針を一本ずつ加工するため均質な製品を能率的に加工できることになる」(2頁4欄24行目〜31行目)とし,この図1では,接続環を有する一本の釣針(その先曲げ部の方向は,接続環の方向と一致している)に接続環を有しない2本の釣針を接合している構成を示している。しかし,これは,単にトリプルフックを形成する一方法を述べたにすぎない。精度の高いトリプルフックを作るためには,接続環を有する一本の釣針について,いかにその接続環の方向と針の先曲げ部の方向を厳密に一致させるか,いかに複数の針を均質に作るか,いかに3本の針を正確に120度の角度をおいて接合させるか等についても細心の注意を払い,工夫する必要があるはずである。ところが,それらについての具体的な開示は何らなされていない。
本件明細書の【0009】及び【0010】には,「図5ないし図7に示す実施例は,全く同じ条件で作られた三本の釣針1,2,3の軸部を束ねて別の結合部材5で固定し,結合部材5に接続環4を形成する実施例を示すものである。
この実施例の結合部材5は,三本の釣針の軸部1a,2a,3aがタイトな状態で嵌挿される管状とし,図7に示すように軸部が挿入された管内に接着剤10を充填して固定するものである。もっとも,三本の釣針の軸部1a,2a,3aと管状の結合部材を固定するには,かしめ加工によることもできる。管状の結合部材5の上端はこれを偏平に押圧加工して貫通孔を穿ち接続環4としている。このときの接続環4は,図6に示すように一本の釣針1の先曲げ方向Xと一致する方向に形成しておく。
【0010】この実施例では,全く同じ形状の三本の釣針を用いて製造するため,より均質な製品を能率的に製造することができるとともに,結合部材に形成する接続環は必然的に結合部材の中心,すなわち三本の釣針からなるトリプルフック全体の中心に位置することになる。」(2頁4欄32行目〜49行目)との記載がある。この実施例においても,接着剤やかしめにより三本の釣針を管状の結合部材に固定する際に,図7のような状態にし,これを保つこと,接続環4を,一本の針の先曲げ部方向と正確に一致するように形成すること(すなわち,管状の結合部材の押圧加工,貫通孔の穿孔の方法)に特別の工夫を要するはずであるのに,これらについての開示もない。
本件明細書の【0011】には,「図8ないし図10に示す実施例は,三本の独立した釣針の軸部を結合部材で結合して一体化するものであって,結合部材5を合成樹脂材とし釣針の軸部を一体成型するものである。この実施例では,上記管状の結合部材を使用する実施例の効果と同等の効果を奏するとともに,結合部材自体の形状を任意の変形形状とすることができる。」(3頁5欄4行目〜10行目)との記載がある。これについても,上記【0009】及び【0010】記載の実施例と同様,どの程度の精度が実現できるかの手掛かりとなる製造方法の開示をしていない。
ウ そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件発明のルアー用トリプルフックの製造方法として,従来からある,通常の製造方法が採用されるべきものであり,例えば乙第2号証(本件の審判手続に係る第2回審判事件答弁書)記載のような,ボラ掛け針の製造方法も採用し得る,と理解することになる(これは,一本の釣針の先曲げ部の反対の端を曲げて,接続環を形成する方法であり,これはボラ掛け針の親針とし得るものであるから,本件発明の第1の実施態様の製造方法の一部となるものである。)。
そして,やはり従来からある製造方法により製造されたと認められる(原告自身,その旨の主張をしている。)ボラ掛け針(株式会社ハヤブサ製「ボラ掛35号」)においては,前記のとおり,接続環と3本の針の内の1本の先曲げ部との間には,平均7.9度程度の角度差が生じている(甲第6号証,乙第2号証,弁論の全趣旨)。このことからは,本件発明において採用され得る製造方法の観点からみて,「一致する方向」には,7度ないし8度程度の角度差がある場合をも含まれると理解されるべきである。
したがって,引用発明において,5度の角度差があったとしても,これは,本件発明と引用発明とが実質的に異なるとの評価を導き出すものとはなり得ない。
エ なお,ルアー用トリプルフックという製品の性質からも,本件発明の「一致する方向」を,厳密に解すべき理由はない,というべきである。
本件明細書の記載中に,この「一致する方向」の精度,許容される誤差(角度差の範囲)について,上記のとおり,製造方法に関するものに限らず,直接かつ具体的にこれについて述べる記載はない。
そもそも,およそ機械部品である以上,誤差が全くないものは考えられないのはいうまでもないから,本件発明における「一致する方向」についても,ある程度の範囲の角度差は許容されるものと解すべきである。
本件発明のルアー用トリプルフックは,遊びがわずかしか許されない,精密機械部品に該当するものではない。そして,本件明細書に記載されている本件発明の使用態様は,ルアー本体の固定環に,スプリットリングを介して,本件発明のトリプルフックを取り付けるというものであって,この取付形態では,水流の状態等に応じて,必ずしも使用者の意思を忠実に反映することなく,トリプルフックがルアー本体に対し前後左右上下に相当程度自由に回動し得る。
また,左右不均等の外力がかからない状態においてルアーに対して正対するか否かは,例えば,ルアー本体の形状(左右対称の度合の程度),ルアー本体の固定環の取付け位置及びその方向にも影響されると認められ,一般的に実質的に誤差が認められないほど精密に,ルアー本体が左右対称に作られているとか,固定環がルアー本体を鉛直方向に二等分する面上に存在するよう固設されているとも認められない。
そうすると,ルアー用トリプルフックという物品の性質上,接続環と釣針のうちの一本の先曲げ方向との一致の精度に,それほど高いものが要求されると認めることはできないのである。
オ 以上のとおりであるから,5度程度の角度差をもって,本件発明と引用発明が実質的に同一でない,とする原告の主張は採用できない。
(3) 原告は,引用発明には,本件発明における技術思想がないことを強調して主張する。そこで,この点について判断する。
ア 前記認定のとおり,ボラ掛け針は,その釣り方から明らかなとおり,本件明細書に記載された目的(特定の課題の解決)や作用効果の達成を意図していない。この点は,原告主張のとおりである。
すなわち,本件発明は,特許請求の範囲の記載だけからは認められないものの,【発明の詳細な説明】中に,「図3に示すように,ルアー本体6の固定環7とトリプルフックの接続環4とにスプリットリング8を介在させてルアー本体6にトリプルフックを装着する。このとき,接続環4の方向と一致する先曲げ部がルアー本体6の前方に位置するように配置しておく。この状態で使用し,ルアー本体6が釣り糸9によって前方に引っ張られると,水の抵抗(流れ)によってトリプルフックは矢印で示すように後方へ回動する。すると,トリプルフックは図4に示すように接続環4が上下方向に向き,一本の釣針1の先曲げ部1bが上下方向を,他の二本の釣針の先曲げ部2b,3bが左右対象(判決注・「対称」の誤記と認める。)に斜め上方へ向き,ルアー本体6を抱き込むように位置することになる。したがって,トリプルフックに作用する水の抵抗はルアー本体のバランスを崩すことなく,かつルアー本体6とトリプルフックが自然に接近する。これにより,例えばルアー本体が魚の形状であると,トリプルフックがその胸鰭や尾鰭の場所にあたかもルアーの一部であるかの態様で位置することになる。」(本件明細書2頁3欄41行目〜4欄8行目)と記載されていることから分かるとおり,ルアー本体(【発明の詳細な説明】で具体的に挙げられているものはプラグである。)に取り付け,ルアーを動かした状態でのバランスがよくなり,ひいては,トリプルフックの3本の先曲げ部分がバランスよくルアー本体に寄り添う,という技術思想がある。
これに対し,引用発明のボラ掛け針は,プラグに取り付けるものではなく,これを竿により引いた時に,それ以外の何らかの物(ボラ掛け釣りの釣り方では,ビニールバケや重り等)に対し,一定の向きで位置させる,というような技術思想もない。
したがって,引用発明において,接続環の方向と,錨型の3本の釣り針のうちの一本の先曲げ部の方向を一致させる発想も,その必要もないこともまた,明らかである。そうすると,引用発明,すなわち乙1文書に示されているボラ掛け針において,そのすべてが,本件発明の構成,すなわち,接続環の方向と,錨型の3本の釣り針のうちの一本の先曲げ部の方向とが一致している,という構成を備えている,と認めることはできない。このことは,前記のとおり,市販されているボラ掛け針において,接続環の方向と,錨型の3本の釣り針のうちの一本の先曲げ部の方向の角度差が,平均して7度程度以上もあることからも,裏付けられるものである(甲第6号証,乙第2号証)。
イ しかし,比較される二つの発明の構成が同一であるときは,仮に,両発明の間で,技術思想,発明の目的,発明者が作用効果としているものが異なっていたとしても,構成において同じものである以上,二つの発明は発明として同一である。技術思想,発明の目的,発明者が作用効果としているものは,それが客観的な構成に結び付かない限り(例えば,当業者が予想し得なかった作用効果を持つことを新たに発見し,かつそのような作用効果を発揮する新たな用法のみに用いることを構成要件とすることにより,客観化することが考えられる。),結局のところ,すべて主観的なものにすぎないのであり,主観的なものにすぎない以上,客観的な構成としては同じ発明につき複数のものが存在し得ることになる。もし,このような主観的なものにおける相違を根拠に両者を別の発明としてそれぞれに特許を与えることになれば,客観的には区別し得ない発明につき複数の特許が成立することになる。特許制度とは相いれないこのような結果を認めることはできないのである。
ボラ掛け針において,接続環の方向と,錨型の3本の釣り針のうちの1本の先曲げ部の方向とが一致していても何の問題もなく,そのような構成を排除する必要も,排除する技術思想も認めることができない。したがって,数多く生産されるボラ掛け針において,上記各方向が実質的に一致するものも一定割合(その割合は,許容される角度差の範囲をどの程度とするかによる。)で出現し得,現に,乙1文書で開示されているのである。
もっとも,実質的に方向が一致するものの数が,ごくごくわずかである場合は,特許法の解釈としては,これを無視することとして,なお構成が同じものが存在するとはいえない,とする余地はある。しかし,上記のとおり,現在市販されいるボラ掛け針(株式会社ハヤブサ製)100本を比較した結果では,本件発明のような技術思想がない上記ボラ掛け針において,その角度差は平均7.9度あり,これは,本件発明の実施品の平均(0.9度)と比べるとかなり大きいものではあるものの,なお,4度以下のものは6個,6度以下のものは16個ある。引用発明を基準として,5度以下というのをとりあえずの臨界値としても,この値以下のものがごくごくわずかである,とすることはできない(甲第6号証,乙第2号証) ウ 前記のとおり,本件特許においては,本件発明を取り付けるルアーの種類も,その取り付け方も,特許請求の範囲で特定していない。したがって,原告が主張し,本件明細書の【発明の詳細な説明】に記載された作用効果(水中でのトリプルフックの安定した動き等)は,当業者にとって予測容易か否かを論じるまでもなく,これをもって新規性を認める根拠とすることができないことが明らかである。
エ 以上のとおりであるから,技術思想や作用効果の有無・相違を考慮しても,ルアー用トリプルフックの一種である引用例のボラ掛け針の構成を,同じルアー用トリプルフックのものとして採用している本件特許は,新規性がないとの結論が左右されるものではない。
(4) 本件では,無効審判手続において,ボラ掛け針である引用発明と本件発明との同一性が問題となっていた。このような状況の下では,原告には,特許請求の範囲を含む本件明細書の訂正をして,本件発明の範囲を限定する機会があり,例えば,ボラ掛け針を本件発明から除外し,あるいは本件発明のトリプルフックを取り付けるルアーの種類,取り付け方法を明記するような訂正を行い,その構成要件を明確にし限定する訂正をすることは,原告にとって格別困難なことではなかった,と認めることができる。このような機会を持ちながら,これを適切に行使しなかったため,特許請求の範囲が広く理解され,そのため,本件発明が無効となる結果に至ったとしても,やむを得ないことという以外にない。
3 結論 以上のとおりであるから,本件発明と引用発明が実質的に同一でないとする,原告主張の取消事由には理由がなく,新規性の欠如を根拠に,本件特許を無効とした審決に誤りはない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久
  • この表をプリントする