関連審決 | 不服2001-13510 |
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関連ワード | 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 分割出願 / 着想 / 容易に想到(容易想到性) / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
177号
審決取消請求事件
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原告 本田技研工業株式会社 訴訟代理人弁理士 下田 容一郎 同 田宮寛祉 同 茅野直勝 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 尾崎和寛 同 高木進 同 八日市谷 正朗 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/01/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2001-13510号事件について平成14年3月6日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「小型船」とする発明について,平成元年12月28日にした特許出願の分割出願として,平成11年8月6日に特許出願をした(特願平11-224668号。以下「本件出願」という。)が,平成13年7月3日に拒絶査定を受けたので,同年8月2日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,同請求を不服2001-13510号として審理し,その結果,平成14年3月6日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を同年3月18日に原告に送達した。 2 特許請求の範囲(平成13年8月24日付け手続補正書に係る請求項1) 「船底1aの横断面が略V形の船体1の上面をデッキ10で覆ってエンジンルーム12を設け,該エンジンルーム12内で,船体の横断面が略V形の船底1a上に4サイクルエンジン2を収納,設置し,該4サイクルエンジン2の動力を,船体の長手方向に配置した推進軸5の後端部に配置したウオータジェット推進装置に伝達し,水を後方に噴射させて推進する小型船において,前記横断面が略V形の船底1a上に設置した4サイクルエンジン2は,船底1a上に配置したクランクケース2j,該クランクケース2j上のシリンダブロック2d,該シリンダブロック2d上の動弁機構を備えるシリンダヘッド2cからなり,前記4サイクルエンジン2は,前記シリンダヘッド2cが船体の一方の舷側に向けて上方に位置するように配置し,前記クランクケース2jを船底1a上の略中央に配置し,該4サイクルエンジン2のシリンダ軸線2eを横断面が略V形の船底1aから船体1の一方の舷側L方向に傾斜させて配置した,ことを特徴とする小型船。」(以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭62-125987号公報(甲第2号証。以下,審決と同じく「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)及び実願昭62-192192号(実開平1-95499号公報)のマイクロフィルム(甲第3号証。以下,審決と同じく「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し,特許を受けることができない,とするものである。 審決が上記結論を導くに当たり認定した本願発明と刊行物1発明との一致点・相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「船底の横断面が略V形の船体の上面をデッキで覆ってエンジンルームを設け,該エンジンルーム内で,船体の横断面が略V形の船底上にエンジンを収納,設置し,該エンジンの動力を,船体の長手方向に配置した推進軸の後端部に配置したウオータジェット推進装置に伝達し,水を後方に噴射させて推進する小型船」である点 (相違点) (1)「本願の請求項1に係る発明(判決注・本願発明)では,エンジンが4サイクルエンジンであって,前記4サイクルエンジンは,船底上に配置したクランクケース,該クランクケース上のシリンダブロック,該シリンダブロック上の動弁機構を備えるシリンダヘッドから成るのに対し,上記刊行物1には,その点に関する記載がない点」(以下「相違点1」という。) (2)「本願の請求項1に係る発明(判決注・本願発明)では,エンジンは,シリンダヘッドが船体の一方の舷側に向けて上方に位置するように配置し,クランクケースを船底上の略中央に配置し,該エンジンのシリンダ軸線を横断面が略V形の船底から船体の一方の舷側L方向に傾斜させて配置しているのに対し,刊行物1には,そのような点が開示されていない点」(以下「相違点2」という。) |
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原告主張の審決取消事由の要点
審決は,相違点1,2についての判断を誤り(取消事由1,2),本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)ものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) 審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点の一つ(相違点1)について,「クランクケース,該クランクケース上のシリンダブロック,及び該シリンダブロック上の動弁機構を備えるシリンダヘッドからなる4サイクルエンジンは周知であり,また,船底上にクランクケースを配置することは小型船において周知である(例えば特開昭63-212199号公報など)から,刊行物1記載の発明に,前記周知のエンジンを,船底上にクランクケースを配置して,設置することは当業者が容易になしえることである。」(審決書3頁18行〜24行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。 (1) 審決が挙げる特開昭63-212199号公報(以下「甲4文献」という。)には,4サイクルエンジンのクランクケースを船底上に配置することは記載されていない。シリンダヘッド上に動弁機構を備えておらずエンジンの高さが高くなることがない2サイクルエンジンについて,そのクランクケースを船底上に配置して設置することが記載されているにすぎない。 刊行物1にも甲4文献にも,シリンダヘッド上に設けられる動弁機構を含んでエンジンの高さが高くなる4サイクルエンジンを,ウオータジェット推進機構式の小型船(以下「小型ジェット推進艇」という。)に搭載することは記載されていない。刊行物1も,甲4文献も,動弁機構をシリンダヘッド上に配置する構造である4サイクルエンジンを,小型船に搭載しつつエンジンの高さを低く配設することを可能とした本願発明の着想,構成,作用効果を示唆するものではない。 審決がなし得ているのは,4サイクルエンジン自体が周知であることを指摘することだけである。しかし,4サイクルエンジン自体が周知であるからといって,この周知の4サイクルエンジンを刊行物1発明に採用することまでが容易になし得るということになるわけではない。 (2) 本件出願当時(平成元年当時),小型ジェット推進艇は,2サイクルエンジンを搭載したものに限られており,4サイクルエンジンを搭載したものは存在しなかった。 本件出願当時,4サイクルエンジンが船舶や船外機に搭載されていたことは事実である。しかし,本件出願当時の技術水準の下では,4サイクルエンジンは,比較的大型のスクリュー式の船舶(甲第12ないし第14号証),あるいは,船体に着脱自在に取り付けられ,エンジンの外形寸法の制約が比較的少ない船外機(甲第15ないし第19号証)に搭載されていたにとどまり,小型ジェット推進艇のように小型の船には搭載されていなかった。 このような,本願発明の出願時の技術水準に照らすと,審決の上記判断は,本願発明の出願時の技術水準を無視したものという以外にない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) 審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点の一つ(相違点2)について,「刊行物2には,推進装置付き小型水上乗り物において,エンジンの高さを低くするためにピストン軸線を水平にすることが記載されている。そして,エンジン付きの乗り物等において,エンジンの重心の位置,設置スペース等の観点から,シリンダ軸線が傾斜するようにエンジンを配置し,エンジン高さを低くすることは周知であり(例えば,特開平1-147123号公報(判決注・甲第5号証。以下「甲5文献」という。),実願昭62-66912号(実開昭63-173830号公報)のマイクロフィルム(判決注・甲第6号証。以下「甲6文献」という。),実願昭59-132907号(実開昭61-46232号公報)のマイクロフィルム(判決注・甲第7号証。以下「甲7文献」という。)など),前記「(相違点1について)」に示した周知の4サイクルエンジンを刊行物1記載の発明に適用する際に,刊行物2記載の発明および前記周知技術に基づき,4サイクルエンジンを,シリンダヘッドが船体の一方の舷側に向けて上方に位置するように配置し,クランクケースを船底上の略中央に配置し,該エンジンのシリンダ軸線を横断面が略V形の船底から船体の一方舷側L方向に傾斜させて配置することは当業者にとって困難性があるとはいえない。」(審決書3頁26行〜39行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。 (1) 刊行物2発明において,エンジン3を板状のボード本体1内に設けた凹部内に水平の向きに配置しているのは事実である。しかし,それは,同発明が波乗り用の板材に推進機を付帯させた「推進機付サーフボード」に係るものであり,サーフボード上面のデッキについては,平らなものとする要請があるため,板状のサーフボード上面に突出しないようにするためのことにすぎない。 刊行物2に記載されたエンジンは,クランクケースの反対側に吸気口3eを備えているため,傾斜して搭載するとクランクケースの位置が高くなってしまい,上記要請に応じることができなくなる。同刊行物に記載されたエンジンは,水平向き以外の配置が全く予定されていないものなのである。 上記のとおり,刊行物2発明は,小型ジェット推進艇において,エンジンを直立させると高さが高くなるため,これを低くするためにはどうしたらよいか,という技術課題とは全く関係がないものである。 (2) 審決が周知例として挙げる甲5文献は,陸上を車輪で走行する自動車の「自動車用エンジンユニット」に係る技術であり,本願発明のような水上乗り物に係る技術ではない。同文献におけるエンジンの倒れ,傾斜は,各シリンダを後上方に傾斜させて設けたもので,本願発明のようなエンジンを左右方向の一方に倒したものではない。 審決が周知例として挙げる甲6文献は,「乗り物」ではない陸上を走行する走行機である耕耘機に係るものであり,本願発明のような水上乗り物に係る技術ではない。しかも,同文献におけるエンジンの倒れ,傾斜は,「エンジンEを後ろ倒れの傾斜角θを有する後ろ倒れ傾斜姿勢に固設した」もので,本願発明のようなエンジンを左右方向の一方に倒したものではない。 審決が周知例として挙げる甲7文献は,陸上の走行機である動力運搬車に係るものであり,本願発明のような水上乗り物に係る技術ではない。しかも,同文献におけるエンジンの傾斜は,エンジン1を正面からみて運転席と反対方向に傾斜させ,運転席まわりを広くとり,エンジン全高を低くしたもので,本願発明のようなエンジンを左右方向の一方に倒したものではない。 上記のとおり,甲5ないし7文献は,本願発明の「ジェット推進機の小型船」とは全く異なる技術分野に属するものであるから,これらの文献に基づき認定した周知事項を,本願発明のエンジンの配置の構成に想到することが容易であると判断するための根拠とすることはできない。 被告は,シリンダ軸線を斜めにしてエンジンを配置した例として実願昭53-78180号(実開昭54-179694号)のマイクロフィルム(乙第4号証。以下「乙4文献」という。)を挙げる。しかし,乙4文献に開示されている技術は,本願発明とは全然異なる,小型漁船について甲板を低くする,との要望にこたえることを目的とするものにすぎず,本願発明に想到することが容易であるとするための根拠とはなり得ない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) 本願発明は,その構成により,4サイクルエンジンについて,シリンダ軸線を傾斜させてその全高を低くすることによって,船底1aの横断面を略V形とした船体1の重心を下げ,小型ジェット推進艇の低重心化を図ることができる,4サイクルエンジンを搭載する小型船の高さ方向の大きさを低く抑えることができる,という作用効果を奏する。 本願発明は,エンジンのシリンダ軸線を傾斜させて配置するにもかかわらず,クランクケース2jをその横断面が略V形の船底1a上の略中央に位置するように配置することにより,推進機構を駆動する出力軸を横断面略V形とした船底の低い位置に配置することが容易になるとの作用効果を奏する。また,本願発明は,シリンダヘッドが船底の横断面を略V形とした船体の一方の舷側に向けて上方に位置するように配置し,エンジンのシリンダ軸線2eを傾斜して配置することにより,V形船底を有する船,艇の限られた船内スペースをエンジンで2分することなく,船,艇の構成部品,構成機器類の配置を容易にするとの作用効果を奏する。 審決は,本願発明の上記顕著な作用効果を看過した。 |
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被告の反論の骨子
審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について 船の動力源としての4サイクルエンジンは周知である。このように船の動力源として周知の4サイクルエンジンを,本願発明のような小型ジェット推進艇を備えた小型船の動力源として採用する発想に到ること自体に,何ら困難性はない。小型ジェット推進艇のエンジンを4サイクルエンジンとすることは単なる設計上の選択事項というべきである。 たとい,甲4文献に記載されたエンジンが2サイクルエンジンであるとしても,審決が同文献を挙げたのは,船底にエンジンのクランクケースを配置することが周知であることを示す例としてのことであって,そのエンジンが4サイクルエンジンであることを前提としてのことではない。そして,4サイクルエンジンの場合にはクランクケースを船底に配置できない,という理由もない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 刊行物2発明における技術的課題(エンジンを低くする)の認識及び解決手段(シリンダ軸線を横にする)並びにエンジンの利用分野における周知の事項(シリンダ軸線を傾斜させて設置することによりエンジン高さを低くする)を勘案すれば,刊行物1発明の動力源として周知の4サイクルエンジンを使用した際の,「シリンダヘッド2cが船体の一方の舷側に向けて上方に位置するように配置し」,「該4サイクルエンジン2のシリンダ軸線2eを横断面がV形の船底1aから船体の一方の舷側L方向に傾斜させて配置」するという着想,構成は,刊行物2発明と甲第5ないし第7号証に例示されているエンジン利用分野における周知技術とから,当業者が容易に得ることのできるものである。 (2) 一般に,船において,低重心化は周知の課題である。 刊行物2発明がエンジンの高さを低くするためにはどうしたらよいかという技術的課題を認識した上で,エンジンを直立させるとエンジンの高さが高くなることに着目し,エンジンを横にすることによってこの課題を解決したものであることは,明らかである。 エンジンの高さについての課題を解決したこの刊行物2発明を低重心化の課題を内包する小型ジェット推進艇の発明(刊行物1発明)に関連付けることに,何ら困難性はないというべきである。 (3) 甲5ないし7文献は,動力源にエンジンを使用する技術ないし動力源にエンジンを使用するものについての当該エンジンの設置に関する技術の分野,すなわちエンジンの利用分野において,エンジンのシリンダ軸線を傾けることによってエンジン重心位置を低くするとともに,設置スペースの自由度を高くするという当業者においては周知の技術的事項を開示するものの例示にすぎない。上記周知の技術は,甲5ないし7文献のほか,例えば乙第1ないし第4号証にも示されている。 シリンダ軸線が傾斜するようにエンジンを配置する技術は,非常に広い技術分野で採用されている技術であり,エンジン利用分野における一般的な技術といい得るものである。小型ジェット推進艇に限りこのような一般的技術の採用が困難であるとする理由はない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告が主張する本願発明の作用効果は,いずれも刊行物1,刊行物2に記載された発明及び周知の技術から当業者が容易に予測できる程度のものにすぎない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が本願発明と刊行物1発明との相違点の一つ(相違点1・本願の請求項1に係る発明(判決注・本願発明)では,エンジンが4サイクルエンジンであって,前記4サイクルエンジンは,船底上に配置したクランクケース,該クランクケース上のシリンダブロック,該シリンダブロック上の動弁機構を備えるシリンダヘッドから成るのに対し,上記刊行物1には,その点に関する記載がない点)について,周知技術に基づき容易に想到し得る,と判断したのは,誤りである,と主張する。 (2) 甲第12ないし第19号証及び弁論の全趣旨によれば,本件出願当時において,4サイクルエンジン自体は周知であったことが認められる。 刊行物1発明の小型ジェット推進艇において,推進装置の動力源として上記の周知の4サイクルエンジンを用いることに想到することは,反対に解すべき特段の事情が認められない限り,当業者において容易に成し得ることというべきである。 原告は,本件出願当時においては,小型ジェット推進艇は,2サイクルエンジンを搭載されたものに限られており,4サイクルエンジンを搭載したものは存在しなかった,と主張する。本件出願前において,4サイクルエンジンを小型ジェット推進艇を開示した公知文献は,本件証拠中に見当たらない。しかしながら,仮に,本件出願当時において,4サイクルエンジンを搭載した小型ジェット推進艇が存在しなかった事実が認められるとしても,そのことから,直ちに,小型ジェット推進艇において4サイクルエンジンを搭載することに想到することが困難であったということになるものではないことは明らかである。 本件出願に係る明細書(甲第8,第9号証)中には,小型ジェット推進艇に4サイクルエンジンを搭載する場合における,同エンジンが動弁機構等をシリンダヘッド上に配置する構造であるためエンジンの高さが高くなるとの課題の指摘はあるものの(段落【0003】。この課題は,相違点1の問題ではなく相違点2の問題である。),4サイクルエンジンを搭載すること自体を困難とする事情があることについての記載は見当たらない。本件全証拠を検討しても,他に,小型ジェット推進艇において,その動力源として4サイクルエンジンを用いること自体を困難とする特段の事情があったことを示す資料は見当たらない。 原告の主張は,採用することができない。 (3) 原告は,甲4文献は,4サイクルエンジンを小型ジェット推進艇に搭載することは記載されていないから,4サイクルエンジンを小型船に搭載しつつエンジンの高さを低く配設することを可能とした本願発明の着想,構成,作用効果を示唆するものではない,と主張する。 しかしながら,甲第4号証及び弁論の全趣旨によれば,小型船の船底上にクランクケースを配置することは周知であったものと認められる。審決が甲4文献を挙げたのが,「船底上にクランクケースを配置することは小型船において周知である」ことを例示するためであることは,その説示自体で明らかである。たとい甲4文献に記載されたエンジンが2サイクルエンジンであるとしても,4サイクルエンジンの場合には船底にクランクケースを配置しようと考えることは困難である,とする理由は本件全資料を検討しても見いだすことができない。4サイクルエンジンを刊行物1発明の小型ジェット推進艇の駆動源として適用する際に,エンジンのクランクケースに係る上記周知の配置(クランクケースの船底上への配置)を採用しようと考えることは,当業者において容易になし得ることであると認められる。 原告の主張を採用することはできない。 (3) 以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が本願発明と刊行物1発明との相違点の一つ(相違点2・本願発明では,エンジンはシリンダヘッドが船体の一方の舷側に向けて上方に位置するように配置し,クランクケースを船底上の略中央に配置し,該エンジンのシリンダ軸線を横断面が略V形の船底から船体の一方の舷側L方向に傾斜させて配置しているのに対し,刊行物1にはそのような点が開示されていない点)について,刊行物2発明及び及び周知技術に基づき容易に想到し得る,と判断したのは,誤りである,と主張する。 しかしながら,そもそも,エンジンを動力源として利用する装置において,エンジンを利用する対象となる装置の用途,形状等に応じてエンジンの配置を変更することは,当業者が必要に応じて適宜行い得る程度の事項であるというべきである。小型ジェット推進艇に4サイクルエンジンを搭載することに想到することが容易であることは1で述べたとおりである。4サイクルエンジンを搭載するに当たり,これを直立した形で配置すると,エンジンの高さが高くなってしまい不都合である,ということは,むしろ自明といい得る事柄であり,この不都合の除去という課題は,4サイクルエンジンを採用しようとすることに伴い,自動的に認識されるに至るものというべきである。そして,この課題に直面した当業者において,高さを調節するためにエンジンを直立位置から横向きないし斜め向きの位置に配置の仕方を変更すること(エンジンのシリンダ軸線を水平ないし傾斜するようにすること)は,これを困難とする特段の事情が認められない限り,当業者において容易に想到し得ることである,というべきである。本件全資料を検討しても,上記特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。 (2) 原告は,刊行物2発明は,波乗り用の板材に推進機を付帯させた推進機付きサーフボードに係る技術であり,もともとサーフボード上面を平らにする要請があるため,エンジンを水平の向きに配置したものにすぎない,同発明においては,水平の向き以外のエンジンの配置しか予定されていない,と主張する。 しかしながら,甲第3号証によれば,刊行物2発明は,サーフボードの上面を平らにするため,エンジンを直立させる位置に置くことができないとの技術課題の下で,エンジンのシリンダ軸線を水平にすることによってこれを解決したものであることが明らかである。 審決は,刊行物1発明において4サイクルエンジンを搭載する場合に刊行物2発明のエンジンの水平配置をそのまま適用するとしたものではない。審決が刊行物2発明を引用したのは,同発明におけるエンジンの高さを低くするためにシリンダ軸線を水平にする,との技術思想に着目し,これを,エンジンの高さを低くするためにエンジンのシリンダ軸線を傾斜させて配置するとの構成を採用する動機付けを示唆するものとするためであることは,その説示自体で明らかであり,審決がこのようにしたことを誤りであるということはできない。 原告の主張は,審決の正しい理解に基づくものではなく,採用することができない。 (3) 原告は,審決が,シリンダ軸線が傾斜するようにエンジンを配置し,エンジン高さを低くすることが周知であることの認定の根拠とした甲5ないし7文献は,陸上走行乗り物のエンジン配置等の技術を記載したものであって,本願発明のような水上乗り物に係る技術を記載したものではないから,これらの文献に基づき認定した周知事項を根拠に,本願発明のエンジンの配置の構成に想到することが容易であるということはできない,と主張する。 しかしながら,甲5ないし7文献に示された上記エンジン配置についての周知の事項が,エンジンの用途を問わず適用することが可能な技術であることは,事柄の性質上明らかである。 仮に,上記周知の事項が陸上走行乗り物についての技術であるとしても,上記周知の事項に接した当業者において,それが陸上走行乗り物についての技術であるから,水上乗り物には適用することを考えない,とするのは,当業者の創作能力を余りに低い水準に設定するものであるというほかなく,採用することができない。 原告は,甲5ないし7文献に示された周知技術と本願発明とは,エンジンの傾斜の方向が異なる,と主張する。 しかしながら,エンジンのシリンダ軸線を傾斜させるとの技術的事項に接した当業者にとって,傾斜の方向をどのようにするかは,エンジンを搭載する対象物の形状に応じて適宜決定することのできる設計的事項にすぎない。本願発明のような傾斜方向にエンジンを配置することに想到することが容易であることは明らかである。 原告の主張はいずれも採用することができない。 (4) 以上のとおりであるから,取消事由2は理由がない。 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告が主張する本願発明の作用効果は,いずれも,本願発明の構成を採用することによって得られる自明の効果にすぎない。このような作用効果を顕著な作用効果として本願発明の特許性の根拠とすることができないことは明らかである。 取消事由3は理由がない。 |
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結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決の認定判断にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 阿部正幸 |
裁判官 | 高瀬順久 |