関連審決 | 不服2002-15169 |
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関連ワード | 製造方法 / 容易に実施 / 周知技術 / 公知技術 / 発明の詳細な説明 / パリ条約 / 優先権 / 優先日 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10261号
審決取消請求事件
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原告 エルジーフィリップスエルシーディー カンパニー リミテッド 同訴訟代理人弁護士 吉武賢次 同 宮嶋学 同訴訟代理人弁理士 橘谷英俊 同 吉元弘 被告 特許庁長官中嶋誠 同指定代理人 山下崇 同 平井良憲 同 宮下正之 同 高木彰 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/12/05 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2002―15169号事件について平成16年10月18日にした審決を取り消す。 |
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争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,特許庁に対し,1992年(平成4年)11月11日に大韓民国においてされた特許出願に基づきパリ条約4条による優先権を主張して,平成5年11月11日,発明の名称を「液晶表示装置の製造方法」とする特許出願(平成5年特許願第305983号。以下「本願」という。)を行ったところ,特許庁は,平成14年5月7日,拒絶査定をした。 そこで,原告は,平成14年8月8日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2002―15169号)ところ,特許庁は,平成16年10月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同月29日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲 本願に係る明細書及び図面(平成14年9月3日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本願明細書」という。)における「特許請求の範囲」の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。 「上下基板間に液晶が注入されて作成される液晶表示装置の製造方法において, 前記上下基板のうち,前記液晶表示素子の内側に位置する各々の表面上に透過率が低い偏光膜を塗布する段階と, 前記各偏光膜の上に各々感光剤を塗布し塑性する段階と, 前記各感光剤の上側に各々光源を設置する段階と, 前記各光源と前記各感光剤との間に各々偏光板マスクを位置させる段階と, 前記各光源から光を前記各偏光板マスクを透過させて偏光された光を形成し,偏光された前記各光によって前記各感光剤を露光させ前記各偏光膜を前記各偏光板マスクと同一偏光特性を有するようにする段階と, 露光された前記感光剤を現像する段階と, 現像された前記各感光剤をマスクに用いて前記各偏光膜をエッチングして各偏光板を作成する段階と, 現像された前記各感光剤を剥離させる段階と, を備えることを特徴とする液晶表示装置の製造方法。」 3 本件審決の理由 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願明細書の発明の詳細な説明には,@塗布する「偏光膜」の材料は何か,A「偏光板マスク」がどのようなものか,また,B「偏光膜」を形成するための原理は何か,がいずれも示されていないため,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから,本願は,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下,単に「特許法」という。)36条4項に規定する要件を満たしていないとするものである。 |
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原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本願明細書の発明の詳細な説明が,上記@ないしBのいずれの点についても,当業者が本願発明を容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものであるのに,そうでないと誤って判断したものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。 1 「偏光膜」の材料について 本件審決は,偏光膜の材料について,「基板上に塗布した段階では偏光作用を有しない偏光膜の材料が何であるかは,全く不明である。」(2頁)と説示したが,誤りである。 (1) 本願明細書の段落【0010】に,「透過率の低い偏光膜16を塗布し」と記載されているとおり,基板上に塗布した段階においては,偏光膜は未だ偏光特性を有せず,偏光膜の材料としては透過率の低い物質であればよい。偏光膜の材料として透過率の高い材料を使用すると,エッチングされた方向以外の方向にも光が透過することがあり,偏光特性が低下するおそれがあるため,偏光膜の材料としては低透過率の材料を使用するのであって,これ以上具体的に物質を特定しなくとも,当業者であれば十分に実施可能である。本願発明は,偏光膜の材料に発明の特徴を有するものではないことからしても,ことさらこれ以上物質を特定する必要もない。 (2) また,本願出願前に公知であった甲12〜14の記載からすれば,本願発明を実施するにあたり,偏光膜の材料としてポリビニルアルコールのような材料を使用できることが,当業者にとって自明の事項である。 すなわち,甲12には,「従来,偏光フイルムとしては,沃素や二色性色素を吸着させた一軸延伸PVAフイルムが知られている。」(1頁右欄10〜12行)と記載され,また,この偏光フイルムが液晶ディスプレイの構成要素として用いられていることが記載されている(1頁右欄12行以下)。甲13には,液晶表示素子の偏光膜形成方法として,ポリビニルアルコールを偏光膜の材料として使用する実施例が記載されている(2頁右上欄下から6行以下)。甲14には,LCD(液晶表示素子)用偏光板は,ポリビニルアルコール等からなる偏光基体を延伸して偏光要素としてのヨウ素や二色性染料を染着せしめた偏光膜を有することが説明されている(1頁右欄5行以下)。 なお,甲12〜14に開示された偏光膜の製造方法におけるメカニズムが,本願発明のメカニズムと相違していても,同一の材料で互いに異なるメカニズムを介して偏光膜を形成できることは当業者にとって容易に把握できるものというべきであり,単にメカニズムが相違するからといって同一の材料を使用できないということはない。 (3) 以上のとおり,偏光膜の材料について本願明細書に記載されている以上に具体的に物質を特定しなくとも,当業者であれば本願発明を十分に実施可能である。 2 「偏光板マスク」の具体的構造について 本件審決は,段落【0010】,【0011】を含む,本願明細書全体の記載をみても,「偏光板マスク」が,単なる偏光板なのか,何らかのパターンを有するものなのか,全く不明である旨説示した(3頁)が,誤りである。 (1) マスクの構成は,マスクパターンを意味するものであるところ,本願発明の場合,偏光板マスクは,感光剤をパターニングするのに用いるものであって,偏光板マスクのパターンで感光剤がパターンされ,感光剤のパターンで偏光膜がエッチングされて,結局,偏光膜の偏光特性が偏光板マスクの偏光特性と同一となる。 本願明細書の段落【0011】に「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになり」と記載されているとおり,偏光板マスク18と偏光膜16とは同じ偏光特性を有すること,すなわち,偏光板マスクは,偏光膜に与えたい偏光特性と同じ偏光特性を有し,そのマスクパターンは,偏光膜の偏光特性によって多様に形成することができることは明らかである。 (2) また,本願出願前に公知であった甲15,甲16の記載からすれば,本願発明を実施するにあたり,偏光板マスクとして透明基板上にクロム等の金属からなる遮光パターンが形成された構造をしているようなマスクを使用できることが,当業者にとって自明の事項であったことは明らかである。 すなわち,甲15には,偏光マスクの製造方法に関し(段落【0001】),材料としてクロムを使用する,パターンを有するマスク(クロムマスク3c)が開示されている(段落【0002】ないし【0004】)。甲16には,透明基板上にクロム等の金属からなる遮光パターンが形成された構造をなすフォトマスクが開示されている(段落【0002】)。なお,本願発明の偏光板マスクは,偏光板(偏光膜)を製造するためのフォトマスクであることから,その機能を表すために,「偏光」という用語を用いたのであって,一般のフォトマスク,すなわち,所定の方向(例えば,上下又は左右スリットの形態)に光が透過できる一般的なフォトマスクを適用できることは,当業者にとって明らかである。 (3) したがって,偏光板マスクについて本願明細書に記載されている以上に具体的に特定しなくとも,当業者であれば十分に実施可能であることは明らかである 3 「偏光膜」の形成原理について 本件審決は,段落【0010】,【0011】を含む,本願明細書全体の記載をみても,「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになる」のは,どのような原理に基づくものなのか,全く不明である旨を説示した(3頁)が,誤りである。 (1) 本願明細書において,偏光膜を形成するための原理が逐一明らかにされていなくとも,偏光膜を形成するための具体的な手順さえ記載されていれば,当業者は本願発明を容易に実施できる。 すなわち,本願明細書の段落【0010】及び【0011】には,「上部及び下部偏光板15,14は,図5に示すように,下部基板1(あるいは上部基板6)上に透過率の低い偏光膜16を塗布し,全ての表面にわたって感光剤17を塗布して塑性した後上部に光源(図5には図示せず)を設け,その光源と感光剤17間に,偏光板マスク18を位置して感光剤17が各偏光板マスク18を透過して偏光された各光源により露光されるようにする。露光された各感光剤17を現像し,各偏光膜16をエッチングした後各感光剤17を剥離することにより,偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになり,上部及び下部偏光板15,14が形成される。」と記載されており,この手順を行うことで,本願発明を当業者は容易に実施できる。 なお,被告は,偏光板マスクの形状(スリット幅)や光源(偏光光源又は無偏光光源)が不明である旨指摘するが,偏光板マスクの形状は,偏光膜の偏光特性によって調整されるものであるので,一例を例示することはできてもいずれか一つに特定することはできず,本願発明の構成要件として形状をいずれか一つに特定する必要もない。また,偏光板マスクの光源は,感光剤を露光してパターニングするためのもので,いずれの光でも使用可能なことは自明であり,不明確ではない。 (2) 本願発明の原理によれば偏光膜を形成することが不可能である旨の被告の主張には,何の根拠もない。単に従来の公知技術に開示されていないとの理由だけで上記のような主張をするのは,新たな技術を否定するものであって,妥当ではない。 |
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被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。 1 「偏光膜」の材料について (1) 本願発明には,客観的に偏光作用を有するものと理解すべき「偏光膜」なる用語が用いられているのであるから,基板上に塗布した段階において「偏光膜」が偏光特性を有さない旨の原告の主張は,自己矛盾である。この点から見ても,「偏光膜」が実施し得る程度に具体性をもたないことが推認される。 仮に,原告の主張するように,「偏光膜」(塗布段階)が,偏光作用を付与する前の膜を意味するにすぎないとしても,偏光作用を付与するメカニズムとの関係で「偏光膜」(塗布段階)の構成を具体的に特定すべきことに変わりないことは当然である。偏光作用を有さない材料について,偏光作用の発現のためのメカニズムを特定することなく,単に透過率の低い物質ということだけで材料が特定できるはずもない。 (2) 原告が周知技術として挙げる甲12〜14は,いずれも,「偏光された光源により偏光膜をパターニングして偏光作用を与える」という,本願発明の偏光作用付与のメカニズム(段落【0010】,【0011】)とは全く異なるメカニズムで偏光作用を付与しており,そのような全く異なるメカニズムにおいてポリビニルアルコールを「偏光膜」(塗布段階)として使用することが周知であったからといって,本願発明においてポリビニルアルコールを使用することが当業者にとって自明であるとは到底いうことができない。 2 「偏光板マスク」の具体的構造について (1) 「偏光板マスク」の具体的構成を説明するのに,「偏光膜に与えたい偏光特性と同じ偏光特性を有するように構成」するなどと答えることは,問いをもって問いに答えるに等しく,偏光板マスクが「何であるか」という構成に関する説明に何らなっていないことは明らかである。 (2) 甲15,16に記載のものは,それぞれ,「偏光マスク」,「フォトマスク」であって,本願発明の「偏光板マスク」とは文言上相違するばかりでなく,具体的な構成を見ても,本願発明とは技術分野や目的が異なる特殊な形態のマスクを示すものにすぎないから,甲15,16が公知であったとしても,本願発明を容易に実施できるものではない。 3 「偏光膜」の形成原理について (1) 前記1,2のように,偏光膜を形成する各手順で使用される「偏光膜」や「偏光板マスク」の具体的構成も何ら明らかでない状態で,当業者が本願発明を容易に実施し得るべくもないことは明らかである。原告が挙げた甲12〜16の開示も,本願発明に関連ありそうな記載を部分的に引用したものにすぎず,本願発明の偏光板作成の原理を当業者が実施し得る程度に十分開示するものではない。 本願明細書の段落【0010】及び【0011】の記載をみても,偏光板マスク18がいかなる材料で形成され,どのような形状(スリット幅)に形成され,どのような光源(偏光光源又は無偏光光源)でマスクを照射するのかが,不明である。このように具体的な記載がない状況では,露光光が偏光板マスクの偏光特性に関する情報を有していたとしても,感光剤の現像・剥離,及び偏光膜16のエッチング工程で,偏光板マスクの偏光特性に関する如何なる情報が偏光膜16に伝達されるのか全く不明である。このように,本願明細書に示された手順だけでは到底当業者が実施し得るに十分とはいえず,かつそれを補う原理的説明もない以上,本件明細書には当業者が本願発明を実施するに足るだけの最低限の情報すら開示されていない。 (2) 仮に,本願発明の偏光作用付与の「原理」が,クロム等の金属による遮光パターンマスクにより,ポリビニルアルコールからなる基材をエッチングしてマスクに相当するスリットを空けるようなものを想定するものであったとしても,通常は甲12〜14にあるように,ポリビニルアルコール膜に延伸,ラビング,干渉溝を施すことで配向性を与え,ヨウ素や二色性染料をかかる配向方向に染着させることで偏光作用を与えるものが周知の偏光作用付与の原理であって,単にポリビニルアルコールにスリットを形成しただけのものが偏光作用を発現するものとは通常考えられない(なお,導体細線を対象光の波長以下のピッチでグリッド状に配列させた構成の物が偏光作用を有することは,例えば乙1,乙2に開示されているように周知であるが,材料は金属等の導体であって,本願発明の偏光板に関する技術水準を構成するものでない。)のであって,原告の主張・立証によっても,依然偏光作用付与の原理が不明である。 |
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当裁判所の判断
1 「偏光膜」の材料について 原告は,本件審決が,「基板上に塗布した段階では偏光作用を有しない偏光膜の材料が何であるかは,全く不明である。」(2頁)と説示したのは誤りである旨主張する。 (1) 本願明細書には,次のような記載がある。 「上下基板間に液晶が注入されて作成される液晶表示装置の製造方法において,前記上下基板のうち,前記液晶表示素子の内側に位置する各々の表面上に透過率が低い偏光膜を塗布する段階と,前記各偏光膜の上に各々感光剤を塗布し塑性する段階と,前記各感光剤の上側に各々光源を設置する段階と,前記各光源と前記各感光剤との間に各々偏光板マスクを位置させる段階と,前記各光源から光を前記各偏光板マスクを透過させて偏光された光を形成し,偏光された前記各光によって前記各感光剤を露光させ前記各偏光膜を前記各偏光板マスクと同一偏光特性を有するようにする段階と,露光された前記感光剤を現像する段階と,現像された前記各感光剤をマスクに用いて前記各偏光膜をエッチングして各偏光板を作成する段階と,現像された前記各感光剤を剥離させる段階と,を備えることを特徴とする液晶表示装置の製造方法。」(甲11の【請求項1】) 「このように製造された従来の液晶表示装置は,上部及び下部ガラス基板6,1の内側に上部酸化膜7と下部酸化膜2が形成され,上部酸化膜7と下部酸化膜2の内側に透明電極8及び3が形成され,上部及び下部透明電極8,3の内側に上部絶縁膜9と下部絶縁膜4が形成され,上部絶縁膜9と下部絶縁膜4の内側に,一定の方向にラビングされた上部及び下部配向膜10,5が形成される。上部及び下部配向膜10及び5間には一定の空間が形成され,かつこの空間内に液晶が充填され,また,上部及び下部ガラス基板6,1の外側には上部及び下部偏光板15,14が夫々取付けられた構造である。」(甲5の段落【0004】) 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,このような従来技術では,上部及び下部偏光板15,14が上部及び下部ガラス基板6,1の外部に露出しているので,外部衝撃や熱により損傷し易い。これにより液晶表示素子の信頼性および寿命を低下させ,短縮させる問題点があった。」(甲5の段落【0005】) 「本発明の目的は,従来の問題点を解消するためのもので,液晶表示素子の内部(上部及び下部ガラス基板の少なくとも一つの基板上)に偏光板を形成する液晶表示装置の製造方法を提供することにある。」(甲8の段落【0006】) 「上部及び下部偏光板15,14は,図5に示すように,下部基板1(あるいは上部基板6)上に透過率の低い偏光膜16を塗布し,全ての表面にわたって感光剤17を塗布して塑性した後上部に光源(図5には図示せず)を設け,その光源と感光剤17間に,偏光板マスク18を位置して感光剤17が各偏光板マスク18を透過して偏光された各光源により露光されるようにする。」(甲5の段落【0010】) 「露光された各感光剤17を現像し,各偏光膜16をエッチングした後各感光剤17を剥離することにより,偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになり,上部及び下部偏光板15,14が形成される。」(甲5の段落【0011】) 「ここで,上述した上部偏光板15と下部偏光板14は光を偏光させるためのもので,互いに垂直になる方向に偏光させるように構成されている。」(甲5の段落【0013】) (2) これらの記載からすると,本願発明は,液晶表示装置において,上部及び下部ガラス基板6,1の外側に,上部及び下部偏光板15,14がそれぞれ取り付けられた従来技術の構造では,上部及び下部偏光板15,14が,上部及び下部ガラス基板6,1の外部に露出しているため,外部衝撃や熱により損傷し易いという問題点があったことから,液晶表示素子の内部(上部及び下部ガラス基板の少なくとも一つの基板上)に偏光板を形成することによって上記問題点を解消するようにしたものであり,液晶表示素子の内部に偏光板を形成するための手法として,請求項1に記載の本願発明の工程を採用したものと認められる。 上下偏光板は,光を偏光させるものであるところ(上記段落【0013】),この上下偏光板は,上記工程により形成されるとされているのであるから(上記段落【0010】【0011】),上記塗布段階における,透過率が低い偏光膜自体には,偏光作用がなく(以下,塗布段階における偏光膜を「偏光膜(材料)」という。),上記「偏光膜(材料)」から上記偏光板を製造する工程中において,透過率が低い「偏光膜(材料)」に,偏光特性が付与されるものと解するほかない。 一方,本願明細書の発明の詳細な説明では,従来技術の説明においても,本願発明の実施例の説明においても,図面に示された上下偏光板には,同じ符号(上下偏光板14,15)が使用されていること(甲2,5)からすると,従来技術においても,本願発明においても,上下偏光板に偏光作用を与える構造自体は,異なるところがないものと解するのが相当であるものの,本願明細書中には,上記従来技術において採用されていた上下偏光板の材料,偏光作用を与える構造について,具体的説明はない。 また,上記処理工程において,「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をする」とされている(上記段落【0011】)ことからすると,偏光板には,偏光板マスクにおいて偏光作用をもたらす構造が転写されると解されるところ,この偏光板マスク18の構造についても本願明細書の発明の詳細な説明において具体的説明はない。 そうであれば,本願発明の製法において,出発材料である「偏光膜(材料)」も,これに転写する「偏光板マスク」の構造も明らかでないというべきであるから,当業者であっても本願発明を実施しようがなく,上記工程により,上下偏光板が,偏光作用を有するものとして形成されるかどうかは不明であるといわざるを得ない。 (3) これに対し,原告は,偏光膜の材料として透過率の高い材料を使用すると,エッチングされた方向以外の方向にも光が透過することがあり,偏光特性が低下するおそれがあるため,偏光膜の材料としては低透過率の材料を使用するのであって,当業者が実施するためにはそれだけの特定で十分である旨主張する。 しかし,本願発明によって得られるとする偏光膜が,エッチングされた方向以外の方向にも光が透過する可能性があるものであるとの説明は,本願明細書には見当たらない。しかも,透過率が高いか低いかは,相対的なものであるところ,本願明細書には,具体的な透過率についても,得られるとする偏光膜の偏光特性が,材料の透過率によりどのように低下するかについても何ら記載されていないのであるから,当業者が本願発明を実施するにあたり,透過率が低い材料として何を選定するかの選定基準が不明というべきである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (4) また,原告は,甲12〜14の記載からすれば,偏光膜の材料としてポリビニルアルコールのような材料を使用できることは,当業者にとって自明である旨,また,同一の材料であれば,異なるメカニズムを介したとしても偏光膜を形成できることは当業者にとって容易に把握できる旨を主張する。 確かに,甲12〜14には,ポリビニルアルコール樹脂を材料として偏光膜(本願発明における「偏光板」に相当する。)を形成することが記載されており,本願出願前に,ポリビニルアルコールは偏光膜の形成材料として周知のものであったことが認められる。 しかし,甲12〜14の偏光膜は,ポリビニルアルコール樹脂膜そのものではなく,当該樹脂膜に対して,各種の加工を施して,偏光作用を付与させたものである。すなわち,甲12(特開平1-105204号公報)の偏光膜は,ポリビニルアルコールフィルムを延伸させたものに沃素又は二色性染料を含有させて偏光作用を与えたものであり(1頁右下欄10〜12行等),甲13(特開平1-138531号公報)の偏光膜は,ポリビニルアルコール膜の表面をラビングした後にヨウ素をドープすることで偏光作用を与えたものであり(2頁右下欄1〜9行),甲14(特開平3-294802号公報)の偏光膜は,ポリビニルアルコールフィルムを延伸させたものにヨウ素又は二色性染料を染着させたり,感光性ポリビニルアルコール樹脂層に干渉露光により無数の細溝を形成し,当該細溝内にヨウ素又は二色性染料を配向・染着させることで偏光作用を与えたものである(1頁右下欄5〜8行,2頁左上欄2〜7行等)。上記甲12〜14に記載されたポリビニルアルコール樹脂に偏光作用を与えるための加工は,いずれも,本願発明における処理工程とは異なるのであり,本願発明の処理工程も,後記2のとおり,本願出願前に周知であるとはいえないのであるから,本願出願前,ポリビニルアルコールが偏光膜の形成材料として周知のものであるとはいっても,本願発明における処理工程との関係において,ポリビニルアルコールを偏光膜の材料として使用できることが自明であるとはいえないことは明らかである。 また,本願発明においては,「透過率が低い」偏光膜(材料)を偏光板の形成材料として用いている。甲12に,「偏光フィルムにおいては,透過度と偏光度とは相反する関係にあり,透過度と偏光度は偏光素子による染色度合によって調節される。偏光フィルム中の偏光素子の濃度が高い程,フィルムの透過度は低くなり,一方,偏光度は高くなって最高値は100%になる。これに対して,フィルム中の偏光素子の濃度が低い程,透過度は高くなり,一方,偏光度は低くなる。」(2頁右下欄7〜14行)と記載されているとおり,透過率は,偏光度を左右するための大きな要因となり得るものと認められ,偏光膜(材料)の重要な特性であるといえるところ,本願明細書の詳細な説明中には,偏光膜(材料)の透過率について,何ら具体的な記載はないから,ポリビニルアルコールが,「透過率が低い」偏光膜(材料)として使用できるか否かも,不明というべきである。 したがって,原告の上記主張も採用することができない。 (5) 以上のとおり,「基板上に塗布した段階では偏光作用を有しない偏光膜の材料が何であるかは,全く不明である。」とした本件審決の説示には誤りはなく,この点についての原告の主張は理由がない。 2 「偏光板マスク」の具体的構造について 原告は,本件審決が,段落【0010】,【0011】を含む,本願明細書全体の記載をみても,「偏光板マスク」が,単なる偏光板なのか,何らかのパターンを有するものなのか,全く不明である旨説示した(3頁)のは誤りである旨主張する。 (1) 本願発明においては,「前記各光源から光を前記各偏光板マスクを透過させて偏光された光を形成し,偏光された前記各光によって前記各感光剤を露光させ前記各偏光膜を前記各偏光板マスクと同一偏光特性を有するようにする段階と,露光された前記各感光剤を現像する段階と,現像された前記各感光剤をマスクに用いて前記各偏光膜をエッチングして各偏光板を作成する段階」(請求項1)という処理工程を経て,偏光板が形成されるのであるから,偏光板マスクの偏光特性が,偏光板に転写され,偏光板マスクの偏光特性が,偏光板の偏光特性を規定することになるはずである。 そうであれば,偏光板の偏光特性を規定することとなる,偏光板マスクの偏光特性が明らかにされないと,偏光板を形成できるかどうかも,また,得られるとする偏光板の偏光特性も定まらないことは明らかである。 しかし,前記1のとおり,本願明細書中には,従来技術の偏光板の構造(本願発明の偏光板と,偏光作用をもたらす構造を同じくしていると解される。)についても,偏光板マスク18の構造についても具体的に説明がされていない。 また,後記3のとおり,本願明細書には,本願発明の処理工程を経ることにより,偏光作用のない偏光膜(材料)から偏光作用を有する偏光板を作成することができるとする偏光板の形成原理が示されているわけではない。 したがって,本願発明の処理工程によって当業者が偏光板を形成できるとは認められない。 (2) これに対し,原告は,本願発明の偏光板マスクは,感光剤をパターニングするのに用いるものであって,偏光板マスクのパターンで感光剤がパターンされ,感光剤のパターンで偏光膜(材料)がエッチングされて,結局,偏光膜の偏光特性が偏光板マスクの偏光特性と同一となるものである旨主張する。 本願明細書の前記記載によれば,本願発明の処理工程により,偏光膜の偏光特性が偏光板マスクの偏光特性と同一となるとされているが,そうであれば,偏光板の偏光特性を規定することとなる,偏光板マスクの偏光特性が明らかにされないと,偏光板を形成できるかどうかも,また,得られるとする偏光板の偏光特性も定まらないことは,上記のとおりである。したがって,原告の上記主張は,「偏光板マスク」の具体的構造が不明である旨の本件審決の判断を何ら左右しない。 (3) また,原告は,本願発明の偏光板マスクは,偏光板(偏光膜)を製造するためのフォトマスクであることから,その機能を名称に付与したものであって,本願発明においては,一般のフォトマスク,すなわち,所定の方向に光が透過できる一般的なフォトマスク,例えば,甲15,16のように,偏光板マスクとして透明基板上にクロム等の金属からなる遮光パターンが形成された構造をなしているようなマスクを使用できることは,当業者にとって自明である旨主張する。 しかし,甲15(特開平5-188576号公報),甲16(特開平4-366841号公報)は,それぞれ平成5年7月30日,平成4年12月18日に公開されたものと認められるから,本願出願日(優先日)である平成4年11月11日当時の技術水準を示すものとはいえず,これらに基づいて,本願発明の偏光板マスクが上記構造のマスクであると解することはできない。 しかも,甲15に記載のものは,ウェハにパターン光を投射させるための偏光マスクであって,互いに異なる偏光を通す第1,第2偏光膜をクロムマスク3cをはさんで形成して解像力を向上させるものであり(2頁右欄1〜3行,22〜28行,図4d),そもそも,「偏光膜」を形成するためのものではないから,かかる偏光マスクが,本願発明の「偏光板マスク」に相当することが自明であるなどとはいえない。また,甲16に記載のものは,半導体素子製造のリソグラフィ工程において被投影原版として用いられるフォトマスクであって,遮光部に隣り合って,互いに直交する偏光を通す偏光部材を付加することで解像力を向上させるようにしたものであるから(2頁左欄12〜14行,3頁左欄22〜25行),甲15と同様,本願発明とは,技術分野,目的が異なり,かかるフォトマスクが,本願発明の「偏光板マスク」に相当することが自明であるとはいえない。 なお,甲15,16に記載された偏光マスク,フォトマスクは,これらのマスクに光を投射して,ウェハ等にマスクパターン(遮光パターン)を転写するためのものにすぎず,これによりウェハ等に偏光特性が生じているわけではないから,原告の主張するように,本願発明が,偏光板マスクのパターンを感光剤に転写し,このパターンに基づいて偏光膜(材料)をエッチングするものであるとしても,これによって偏光膜(材料)に偏光特性が得られるかどうかは不明というべきである。 そうすると,本願発明における「偏光板マスク」ないしは処理工程が,本願出願前周知であるとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。 (4) 以上のとおり,本願明細書の記載から,「偏光板マスク」がどのようなものであるかを理解することはできないから,「偏光板マスク」が単なる偏光板なのか何らかのパターンを有するものなのか全く不明であるとした本件審決の説示に誤りはなく,この点についての原告の主張も理由がない。 3 「偏光膜」の形成原理について 原告は,本願明細書において,偏光膜を形成するための原理が逐一明らかにされていなくとも,偏光膜を形成するための具体的な手順さえ記載されていれば,当業者は本願発明を容易に実施できるから,本件審決が,本願明細書全体の記載をみても,「偏光膜16は偏光板マスク18と同じ偏光をすることになる」のは,どのような原理に基づくものなのか,全く不明である旨を説示した(3頁)のは誤りである旨主張する。 (1) 原告の上記主張は,本願明細書に,偏光膜を形成するための具体的な手順が記載されていることを前提とするところ,前記1,2のとおり,本願明細書には,偏光板を形成するための具体的な処理工程(偏光膜の材料及び偏光板マスクの具体的構造)が示されていないのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。本願明細書には,偏光板の形成原理はもちろん,偏光板を形成するための具体的な処理工程も示されていないのであって,当業者が本願発明の処理工程によって,偏光板を形成できるかどうかが不明であるといわざるを得ない。 (2) この点に関し,原告は,偏光板マスクの形状は偏光膜の偏光特性によって調整されるものであるので,一例を例示することはできてもいずれか一つに特定することはできず,本願発明の構成要件として偏向板マスクの形状をいずれか一つに特定する必要もない旨,また,光源は感光剤を露光してパターニングするためのもので,いずれの光でも使用可能なことは自明であり,不明確ではない旨主張する。 しかし,光源についてはさておき,形状についてみると,偏光板マスクの形状が偏光膜の偏光特性によって調整されるものであるとしても,このことから,偏光板の形成原理が明らかになるわけではないし,具体例を一例に特定できないとしても,本願明細書には具体例が一例も示されていないのであるから,当業者が本願発明を実施できないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) なお,導体細線を対象光の波長以下のピッチでグリッド状に配列させた構成のものが偏光作用を有することは,例えば乙1(特開平3-84502号公報),乙2(特開昭58-42003号公報)に開示されているように周知と認められる。しかし,乙2に,「従来,偏光板としては@複屈折結晶を用いたニコルプリズム,グラムトムソンプリズムなど,あるいはA沃素を含むポリビニルアルコール(PVA)延伸フィルム,B2色性色素を含むプラスチックフィルムを延伸したもの,などが使われていた。・・・本発明は,・・・微細な導電格子を用いることで偏光板を作製しようとするものであり」(2頁左上欄3〜17行),「沃素-PVA延伸フィルムによる偏光の原理は,・・・PVA中で沃素は錯体を形成し,延伸方向に平行な直線状の導電部が形成される。このフィルムに垂直に光が入射すると延伸方向と一致する電界成分を持つ光はフィルム内に電流を誘起し,ジュール熱を発生するために吸収されてしまう。一方延伸方向と垂直な偏光成分を持つ光は,電流を誘起することができないため,吸収されずに透過してしまう。二色性色素の場合も一般に分子が細長くなっており,この長軸方向に微視的な電流が流れるのであるから,偏光の原理は,沃素-PVAフィルムの場合と同様である。したがって微細な導電格子パタンは,上記偏光フィルムをモデル化したものと考えられ,同様な偏光作用を持つことが期待できる。格子の巾およびピッチ,特にピッチは使用する光の波長帯よりも小さいことが必要である。」(同頁左上欄下より2行〜右上欄16行)と記載されているとおり,導体細線を対象光の波長以下のピッチでグリッド状に配列させた構成のものにおいて偏光作用が生じるのは,直線状の導電部によりフィルム内でジュール熱を発生させることによるものである。このように,本願出願前に周知であった上記構成のものは,本願発明の「偏光膜(材料)」をエッチングして製造されるものと構造を異にしているから,本願発明の「偏光膜」がスリットを有しているとしても,本願発明の「偏光膜」が偏光作用を奏するかどうかは不明であるといわねばならない。 (4) この点に関し,原告は,単に従来の公知技術に開示されていないとの理由だけで,本願発明の原理によれば偏光膜を形成することができないとするのは,新たな技術を否定するものである旨主張する。 しかし,本願発明が,従来の公知技術に開示されない新たな技術であるというのであれば,偏光膜を形成するための原理等を明らかにすることにより新たな技術を第三者に公開してこそ,本願発明について特許を受けることができるものである。原告の上記主張は,特許法36条4項所定の開示要件が設けられた趣旨を正解するものでなく,採用することができない。 (5) 以上のとおり,偏光膜16が偏光板マスク18と同じ偏光作用を有するように形成される原理が全く不明である旨の本件審決の説示に誤りはなく,この点についての原告の主張も理由がない。 4 結論 以上のとおり,本件審決を取り消すべき旨の原告の主張は理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 嶋末和秀 |
裁判官 | 沖中康人 |