運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2000-35539
関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  同一の発明 /  技術常識 /  翻訳文 /  優先権 /  共有 /  援用権(援用) /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  設定登録 /  請求の範囲 /  公知事実 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (行ケ) 211号 審決取消請求事件
原告 日機装株式会社
訴訟代理人弁理士 吉田研二
同 石田純
同 志賀明夫
被告 ハイピリオン・カタリシス・インターナショナル・インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 浅村皓
同 浅村肇
同 小池恒明
同 岩井秀生
同 高松武生
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2000-35539号事件について平成14年3月20日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「炭素フィブリル」とする特許第1701869号発明(昭和60年12月4日出願〔優先権主張1984年(昭和59年)12月6日(以下「本件優先日」という。)・アメリカ合衆国〕,平成4年10月14日設定登録,以下,この特許を「本件特許」といい,その願書に添付した明細書〔以下「本件明細書」という。〕の特許請求の範囲の第1項に記載された発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は,平成12年10月5日,本件特許につき無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2000-35539号事件として審理した結果,平成14年3月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月1日,原告に送達された。
2 本件発明に係る特許請求の範囲の記載 約3.5〜約70nmの範囲の実質的に一定の直径をもち,直径の約102倍以上の長さをもち,規則的に配列した炭素原子の実質的に連続な層の多層から成る外部領域と内部コア領域とを有しており,各層とコアとがフィブリルの円柱軸に実質上同心的に配置されており,前記規則的に配列した炭素原子の各層は,C軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している黒鉛質からなることを特徴とする実質的に円柱状の炭素フィブリル。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写しのとおり,@本件発明は,Gray G. TIBBETTES「WHY ARE CARBON FILAMENTS TUBULAR?」Journal of Crystal Growth Vol. 66 p632-638 (1984)(甲1,以下「刊行物1」という。),小山恒夫,遠藤守信「気相成長カーボンファイバー-その構造と新製造技術・応用への展開-」工業材料第30巻第7号109〜115頁(1982)(甲3,以下「刊行物2」という。),及び,遠藤守信「気相成長炭素繊維の新しい展開」機能材料1984年7月号1〜11頁(甲4,以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下,刊行物1〜3に記載された各発明を,それぞれ「引用発明1」,「引用発明2」,「引用発明3」という。)と同一である,A本件発明は,引用発明1〜3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,との請求人(注,原告)の主張はいずれも理由がないとし,請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許を無効にすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,引用発明1及び引用発明2の認定を誤った結果,本件発明と引用発明1ないし引用発明2との相違点の認定を誤り(取消事由1,2),さらに,引用発明1〜3に基づく本件発明の容易想到性の判断をも誤った(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1との相違点の認定の誤り) (1) 審決の認定 審決は,本件発明と引用発明1との相違点として,@「炭素の実質的に連続な層の構成レベルについて,前者は,『炭素原子の実質的に連続な層』と特定しているのに対し,後者はこの点の明記がない点(相違点1)」,A「炭素フィブリルの形状及び長さについて,前者は『約3.5〜約70nmの範囲の実質的に一定の直径をもち,直径の約102倍以上の長さをもち』と限定しているのに対し,後者は,このような範囲の実質的に一定の直径のものを開示していないこと,また,その長さも明らかではない点(相違点2)」,B「炭素の実質的に連続な層の炭素原子の配列について,前者は,『規則的に配列した』と規定しているのに,後者では,この点が明らかでない点(相違点3)」,C「炭素の実質的に連続な層の各層について,前者は『C軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している(注,審決に「直交してなる」とあるのは誤記と認める。以下同じ。)黒鉛質からなる』と規定しているのに対して,後者は,この点が明らかでない点(相違点4)」(審決謄本7頁第4段落)を認定した上,「相違点1〜4があるので,本件発明は甲第1号証(注,刊行物1)に記載された発明(注,引用発明1)であるとはいえない」(同9頁第4段落)と判断したが,誤りであり,本件発明と引用発明1との間には相違点は存在しないというべきである。
(2) 相違点1,3,4について 審決は,相違点1,3,4に関し,「甲第1号証(注,刊行物1)の炭素ウィスカーは,炭素繊維の先駆物質(プレカーサー)となるものであるから,部分的にグラファイトであるとしても,該炭素ウィスカーの全部がグラファイトであるグラファイトファイバーと把握できるものではない」(審決謄本8頁第1段落)し,刊行物1の「図2は,炭素ウィスカー(フィラメント)の単純化されたモデル図であるから,図2から,炭素ウィスカー(フィラメント)の構造について,『炭素原子の実質的に連続な層』,『その層の炭素原子が規則的に配列していること』及び『炭素原子の実質的に連続な層の各層はC軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している黒鉛質からなること』が開示されているとすることはできない」(同)と認定判断したが,誤りである。
ア 刊行物1の図2について (ア) 刊行物1の図2は,著者による実験的,理論的な研究によって得られた触媒粒子上に成長した炭素フィラメントの現実の構造の形態の一つを,分かり易く模式的に示したものであり,根拠のない単なるモデル図などではない。すなわち,刊行物1は,「本論文で・・・実験に正当に一致する熱化学モデルを開発する」(甲2〔甲1の翻訳文〕の2頁第4段落)ことを目的とし,対象となる炭素フィラメントの構造及び形成についてのモデル化に成功したとの結論に至ったものであるから,同図2が炭素フィラメントの現実の構造を示していることは明らかである。
刊行物1の図3には,実際に製造された炭素フィラメントについて測定された内径(ri)及び外径(ro)がプロットされ,炭素フィラメントの熱化学モデルに基づいて導入された式から求めた内径及び外径の理論値の曲線が記入されているところ,当該実験結果と理論的曲線とは,roがより小さい領域(ro<約20nm),すなわち形態の複雑な炭素沈殿物があまり形成されず,結晶性グラファイトが主である領域において,非常によい一致を示しており,このことは,上記図2に示された構造が,結晶性グラファイトから成る炭素フィラメントの現実の構造によく合致していることを示している。
(イ) また,刊行物1は,そのタイトル「炭素フィラメントは何故管状か?」が端的に示すとおり,「炭素フィラメントが管状である」ことが公知であることを前提に,その理由を解明しようとした論考である。その際,炭素フィラメントが十分に長い場合には,「ウィスカ全体が入れ子状で(nested)円筒状の黒鉛基底面で構成され」(甲2の3頁第1段落)ることは公知の前提事実とされ,筆者は,その事実を理論的に検証するために,十分に長い単結晶グラファイトでできた炭素フィラメントが形成されるときのエネルギー計算を実際に行い,エネルギー計算結果に基づいて炭素フィラメントの内径(ri)及び外径(ro)を理論値として求め,実際に製造された炭素フィラメントの内径及び外径の実験値と比較した。その結果,上記のとおり,実際に製造された炭素フィラメントの内径及び外径の実験値と,計算によって得られた理論値とがよく一致することが確かめられた(図3)ことから,「炭素フィラメントは何故管状か?」との問いに対する答えとして,「グラファイトの基底面が外部平面に平行で,中空コアを有してファイバが沈殿するのがエネルギ学的に好ましい」(甲2の4頁最終段落〜5頁第1段落)からであることが理論的に解明されたものである。
他方,刊行物1の図1は,気相成長法によって実際に製造された炭素フィラメントのTEM(透過型電子顕微鏡)像であるところ,当業者であれば,この図から,触媒粒子を基点とする円筒状の炭素フィラメントが写されていることを容易に理解することができる。また,刊行物1の図3においては,実際に製造された上記炭素フィラメントの内径及び外形についての実測値が示され,上記図1の炭素フィラメントが中空又は円筒状であることが明らかにされている。さらに,上記図3から,上記炭素フィラメントの外径と内径との差は3〜10nmであると認められるところ,当該炭素フィラメントのd002 (面間隔)は,後記イ(ウ)bのとおり,0.345nm程度かそれ以下であると考えられるから,当該炭素フィラメントは10〜数十格子層から成るグラファイト層によって形成されていることが分かる。
以上によれば,刊行物1の図2は,エネルギー計算の対象となる「円筒状」かつ「複数のグラファイト層」から成る現実の炭素フィラメントの構造を読者に分かりやすく示すために模式的に記載したものであるということができる。
(ウ) 刊行物1の「透過型電子顕微鏡検査(TEM)による直接的な観察の結果,炭素フィラメントはFe,Ni及びCoなどの遷移金属の触媒粒子から成長することが確信的に示された・・・電子回析研究により,炭化水素の熱分解により900℃以上で成長した長く,均一なフィラメントは少なくとも部分的にグラファイト(graphitic)であり,円筒の外側平面が主に最密の(closely packed)基底面・・・であることが示されている。フィラメントは常に管状であることが観察され,その内径は不安定であるため,目に見える高さの隆起は内部表面に見られることが多い・・・外径はより安定しているようである」(甲2の1頁下から第2段落)との記載は,実際に製造された炭素フィラメント(図1)についての観察結果を記述したものである。また,「本論文で,我々は炭素フィラメントの管状『年輪』構造がグラファイトの異方性表面自由エネルギから発生することを提案し,実験に正当に一致する熱化学モデルを開発する」(甲2の2頁第4段落)との記載からは,炭素フィラメントが管状「年輪」構造であることが実験的に確かめられた事実であること,及び,管状「年輪」構造の形成ダイナミクスがグラファイトの異方性表面自由エネルギーにより説明できることを理論的に示すことが刊行物1の論文の目的であることを理解することができる。
被告は,刊行物1の図1と図2とに差異があることを根拠に,図2はモデル図にすぎない旨主張するが,図2は,実際に製造された炭素フィラメントの構造を読者に分かりやすく説明するために記載した模式図であるから,図1と図2を単純に比較することによって,図2がモデル図にすぎないと判断すべきでなく,図1のみならず,上記観察結果や当時の公知事実に基づいて判断すべきである。そうすると,図2の炭素フィラメントに示された直線状点線は,上述の円筒状の多層構造を示すことが理解でき,上記実際に製造された炭素フィラメントの観察結果と何ら矛盾しないということができる。また,図2の炭素フィラメントを直線で表すことは,標準となるべき典型的な形式を表す場合に通常用いられる範囲内の手法である。
(エ) 気相成長炭素繊維は,1950年代から継続的に研究されている。炭素繊維が「グラファイト」であり,その構造は「中空構造」で,「多結晶ではあるが高度に配向しており,c軸は繊維軸にほぼ垂直である」こと(甲10),グラファイトウィスカーは「同心円状の管状」であること(甲11),成長の第1段階の繊維は直径は2〜50nmの範囲で10nmのものは最も多い中空チューブであり,細い繊維ほど結晶性がよいこと,中空チューブの周囲に炭素層面が年輪状に配列されていること(甲12)などが知られていた。また,炭素繊維の気相成長について,触媒粒子と基板との界面部において,中空で炭素格子面が年輪構造によく配向した炭素フィラメントが垂直方向に形成され,触媒粒子を基点として継続的に長さ方向に結晶性が良く成長すること,熱分解炭素は生成した炭素フィラメントの側面に沈着し,乱層構造を形成しつつ炭素フィラメントを太さ成長させるが,成長初期段階においては,長さ成長が支配的であることも知られていた。このような研究例の知見によれば,刊行物1の図2に記載のモデル図が,「円筒状」かつ「複数のグラファイト層」から成る現実の炭素繊維の成長初期段階における構造を模式的に示したものであって,単なる「仮想モデル」でないことは,極めて明白である。
(オ) また,そもそも,本件発明と引用発明1との対比に当たっては,本件発明の技術的思想が刊行物1において開示又は示唆されているか否かを検討すべきであるのに,審決は,刊行物1の図2によって示された技術的思想と本件発明の技術的思想とを対比せず,単に,刊行物1の図2がモデル図であるという理由のみによって,相違点1,3,4が開示されていないと短絡的に結論付けたものであって,誤りである。
刊行物1の図2が実際に製造された炭素フィラメントの現実の構造を示していることは上記のとおりであるが,仮に,上記図2が,図1に示される実際に製造された炭素フィラメントのTEM像とは異なる仮想的なモデル図であるとしても,後記ウのとおり,当該モデル図自体が本件発明の炭素フィブリルの構成を開示している以上,本件発明が新規性を欠いていることに変わりはないというべきである。
イ 引用発明1の炭素フィラメントのグラファイト性について (ア) 審決が,刊行物1記載の炭素フィラメントについて,「部分的にグラファイトであるとしても,該炭素ウィスカーの全部がグラファイトであるグラファイトファイバーと把握できるものではない」(審決謄本8頁第1段落)と認定判断した根拠は,@刊行物1に「均一なフィラメントは少なくとも部分的にグラファイト(graphitic)であり」(甲2の1頁下から第2段落)との記載があること(審決謄本8頁第1段落),A「甲第1号証(注,刊行物1)に記載の炭素ウィスカーは,高度に規則的に配列された黒鉛質に転換するための付加的な2500〜3000℃の高温処理(黒鉛化処理)を施される前のものであるので,黒鉛質転換の状態からみれば,グラファイト構造が部分的にあるとしても,炭素繊維の先駆物質(プレカーサー)であり,すなわち,全部がグラファイトであるグラファイトファイバー(完成製品)と把握できるものではない」(審決謄本10頁第3段落)の2点であると理解される。
(イ) しかしながら,上記(ア)@の点については,単に,より広い技術的可能性に配慮して,「少なくとも」部分的であると記載したものにすぎず,炭素フィラメントの「全部がグラファイトであるグラファイトファイバー」を除外する意図で記載されたものではない。また,上記のとおり,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントの実測値と,グラファイト構造であることを前提に算出された理論値とがよく一致していること(刊行物1の図3)は,当該炭素フィラメントの大部分がグラファイトであることを示しているというべきであり,炭素フィラメントの「全部」がグラファイトであることを証明することが非常に困難であることをも考慮すれば,大部分がグラファイトである刊行物1記載の炭素フィラメントについて,「部分的にグラファイトであるとしても,該炭素ウィスカーの全部がグラファイトであるグラファイトファイバーと把握できるものではない」として排斥する審決の認定判断は,誤りというべきである。
(ウ) また,上記(ア)Aの点については,審決は,炭素フィラメントがグラファイトであるか否かを高温処理の有無のみによって判断したものであると解されるが,炭素フィラメントがグラファイトであるか否かは,客観的な指標である炭素格子面間の面間隔(d002 )に基づいて判断すべきである。
a 一般に,炭素格子面間の面間隔(d002 )は,完全な単結晶の黒鉛の場合0.335nmであり,結晶が完全ではないときは,上記の値よりも大きくなり,乱層構造(非結晶)の場合は0.344nmである(甲12の7頁右欄参照)。
b 刊行物2においては,1000℃付近に加熱した基板上に生成する気相成長炭素繊維の構造について,「層面の平行積層は細いファイバーほど良好であることを示唆している。すなわち,ファイバー中心部が周辺部に比べてより高い結晶性を有している。一方,このファイバーは面間隔d00.2 が3.45Å(注,0.345nm)付近であり」(甲3の111頁左欄)と記載されており,2500〜3000℃の高温処理を施していない気相成長炭素繊維であっても,1000℃付近で気相成長した場合には,炭素繊維の面間隔d002 は,0.345nm付近にあることが示されているが,刊行物1記載の炭素フィラメントは970℃に加熱した状態で気相成長されたものであるから,その製造条件は刊行物2記載のものとほぼ等しい。そして,刊行物1記載の炭素フィラメントの直径は100nm未満であるのに対して,刊行物2記載の炭素繊維の直径は「1〜数100μm」(甲3の109頁左欄)であるから,刊行物1記載の炭素フィラメントは,刊行物2記載のものに比べ,かなり細いものであるということができるところ,上記のとおり,「層面の平行積層は細いファイバーほど良好であることを示唆している。すなわち,ファイバー中心部が周辺部に比べてより高い結晶性を有している」のであるから,刊行物1記載の炭素フィラメントの結晶性は,刊行物2記載のもののそれよりも良好であると考えられる。以上によれば,刊行物1記載の炭素フィラメントの面間隔は,刊行物2記載の炭素繊維の面間隔と同等か,又は,それよりも小さいものと考えられるから,0.345nm程度か,あるいはそれ以下であると認めることができる。
一方,本件発明の炭素フィブリルについては,「隣接層の間の間隔は高解像度電子顕微鏡検査によって測定し得,単結晶黒鉛に見られる間隔,即ち約0.339〜0.348ナノメートルをほんの少し上回るにすぎない」(甲6の11欄29行目〜33行目)とされているから,本件発明では,d002 が「0.348ナノメートルをほんの少し上回る」炭素フィブリルもグラファイトであると定義されているということができる。そうすると,刊行物1記載の炭素フィラメントの面間隔d002 は,本件発明でグラファイトとされる面間隔d 002 の範囲に入っていることになるから,本件明細書(甲6)中の基準に従えば,刊行物1記載の炭素フィラメントもグラファイトであることは明らかというべきであり,審決の上記認定判断は,この点を看過したものであって,明らかに誤りである。
c また,上記aのとおり,完全な単結晶の黒鉛の面間隔(d002)が0.335nmであるのに対し,上記bのとおり,本件発明の炭素フィブリルのd002 は「約0.339〜0.348ナノメートルをほんの少し上回る」ものであるから,当該炭素フィブリルは,高度に黒鉛化されているとは到底いえず,むしろ,乱層構造を含むものであると解するのが妥当である。そうすると,本件明細書(甲6)の記載に従えば,刊行物1記載の炭素フィラメントのグラファイト性の判断においては,フィラメント全体が高度に規則的に配列された黒鉛質であることまでは要求されず,上記のような本件発明の炭素フィブリルのグラファイト性と同程度であれば,本件発明でいう「黒鉛質」であるということができるものである。しかしながら,審決では,本件発明の炭素フィブリルが高度に規則的に配列された黒鉛質炭素といえるものでは到底ないにもかかわらず,この点を誤認して,刊行物1記載の炭素フィラメントが「部分的にグラファイトであるとしても,該炭素ウィスカーの全部がグラファイトであるグラファイトファイバーと把握できるものではない」ことを根拠に,これを排斥したものであるから,誤りである。
ウ 刊行物1の図2の開示事項について 刊行物1の図2は,上記アのとおり,根拠のない単なるモデル図などではないところ,同図には相違点1,3,4が開示されている。
(ア) 刊行物1には,「フィラメントの成長に要求される自由エネルギは,グラファイトウィスカの円筒表面がグラファイトの基底面である場合に最小化され,この場合,ウィスカ全体が入れ子状で(nested)円筒状の黒鉛基底面で構成されているとみなすことができる(図2)」(甲2の3頁第1段落)と記載されている。ここで,グラファイトの「基底面(basal plane)」とは,「黒鉛結晶において,炭素原子の120°の結合角を持つ三つのsp2混成軌道による共有結合から形成される六角網面の強固な面」(甲7の75頁左欄参照)であることを意味し,グラファイトのC軸とは,網面に沿った方向に垂直な方向を指す(甲8の57頁第1段落,甲9の345頁右欄参照)ところ,「グラファイトウィスカの円筒表面」の法線と「フィブリルの円柱軸」とは図2に示されるように垂直の関係にあるのであるから,上記「グラファイトウィスカの円筒表面がグラファイトの基底面である」ことは,当該ウィスカないしフィブリルを構成するグラファイトの「C軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している黒鉛質からなる」という相違点4に係る構成と実質的に同義である。したがって,相違点4が刊行物1に開示されていることは,明らかである。
(イ) また,上記「ウィスカ全体が入れ子状で円筒状の黒鉛基底面で構成されているとみなすことができる(図2)」との記載は,炭素フィラメントの円筒表面がグラファイトの基底面,すなわち,六角網面の強固な面により構成される平面に一致することを意味し,かつ,全体が入れ子状になっているというのであるから,平面的に連なった六角網面によって構成される当該面が同心円的に重なっていることも示されている。したがって,相違点1に係る「炭素原子の実質的に連続な層」との構成が刊行物1に開示されていることは,明らかである。
(ウ) さらに,上記記載に「黒鉛基底面」とあることから,黒鉛結晶の原子配列に従って炭素原子が規則的に配列されていることも明らかであるから,相違点3に係る「規則的に配列した」との構成が刊行物1に開示されていることも明らかである。
(3) 相違点2について ア 審決は,「甲第1号証(注,刊行物1)の図3には,・・・『複数のフィラメントの平均的な内径と外径の実験値』・・・と明記され,また図においても,白丸印に上下左右に測定値に巾のある場合のものがあることが示されている・・・からすると,実質的に一定の直径のものが示されているとはいえない」(審決謄本8頁第2段落)と認定判断した。
イ しかし,刊行物1の図3に幅(エラーバー)のある測定値が示されていることにのみ着目して,「実質的に一定の直径のものが示されているとはいえない」とする判断は,図3に示されたデータの意味を正当に評価したものとはいえない。刊行物1には,TEM写真からの実測値として,本件発明が規定する約3.5〜約70nmの範囲に含まれる実質的に一定の直径のものが示されていると認定するのが妥当である。
確かに,図3に示された各白丸印の幾つかには,測定値の幅(エラーバー)が付されているが,このエラーバーが示す誤差をroの大きいものから順に3番目までについて示すと,それぞれ,±1.8%,±2.1%,±2.2%となり,測定誤差もあることを考慮すれば,各データのro値に比べて相対的に十分小さいものであるということができる。そうすると,図3のエラーバーは,実質的に直径が一定でないことを示すのではなく,むしろ,「直径が実質的に一定である」ことを実験的に明らかにしたものであると認めるべきである。
本件発明においては,炭素フィブリルの直径について,「実質的に一定」とある程度の誤差があることを自ら規定しているのであり,そうだとすると,上記のような刊行物1の開示内容も「実質的に一定の直径」のものが示されていると解するほかはなく,エラーバーの存在を根拠に,刊行物1には「実質的に一定の直径の物が示されているとはいえない」とする審決の認定判断は,誤りである。
ウ 次に,相違点2のうち,「直径の約102倍以上の長さ」という構成については,刊行物1の図1に示された実際に製造された炭素フィラメントのTEM(透過型電子顕微鏡)写真によって,開示又は示唆されていると認めるべきである。
また,気相成長炭素繊維の成長過程に関する論文(甲13)によれば,反応時間が1時間のときの長さは30mm弱であるが,太さ成長はほとんど生じていないこと(fig.12),長さ成長速度はピーク時は約1mm/minであるが,太さはほぼ一定であること(694頁右欄最終段落),条件によっては20〜25cmの長さの繊維が観察されたこと(695頁左欄第1段落)が報告されている。これらの事実に照らせば,刊行物1における炭素フィラメント作成時の反応時間は5分であるから,長さ成長の速度を1mm/minとすれば,5分間で長さ5mm程度の炭素フィラメントへの成長が可能であると考えられ,他方,刊行物1記載の炭素フィラメントの直径は7〜40nmであるから,アスペクト比を100としたときの長さ(700〜4μm)への成長は十分に可能である。以上のとおり,炭素フィラメントの初期形成過程における長さ成長速度を考慮すれば,刊行物1においてアスペクト比100以上の炭素フィラメントは十分に得られていると容易に推認できるというべきである。
エ 以上によれば,刊行物1に相違点2が開示されていないとする審決の認定は,誤りである。
(4) 以上のとおり,本件発明と引用発明1との間に相違点1〜4は認められないから,本件発明は,引用発明1と同一の発明である。
2 取消事由2(引用発明2との相違点の認定の誤り) (1) 審決は,本件発明と引用発明2との相違点として,@「炭素の実質的に連続な層の構成レベルについて,前者は,『炭素原子の実質的に連続な層』と特定しているのに対して,後者は,この点の明記がない点(相違点1)」,A「ファイバの直径に関して,甲第3号証(注,刊行物2)の気相成長カーボンファイバーの直径は1〜数100μmであるので,本件発明の炭素フィブリルの直径の約3.5〜約70nmとは,285〜1428倍も大きさが異なる点(相違点2)」,B「炭素の実質的に連続な層の炭素原子の配列について,前者は,『規則的に配列した』と規定しているのに,後者では,中空チューブとその周辺の単結晶状ファイバーの層と周縁部の多結晶部分の層の2つの異なった組織の層で構成されている点(相違点3)」,C「炭素の実質的に連続な層の各層について,前者は『C軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している黒鉛質からなる』と規定しているのに対して,後者では,その明記がない点(相違点4)」(審決謄本11頁第4段落)と認定した上,「相違点1〜4があるので,本件発明は甲第3号証に記載された発明(注,引用発明2)であるとはいえない」(同12頁第2段落)と判断したが,誤りである。 (2) 刊行物2記載の炭素繊維は,刊行物1と同じ微小鉄粒子を触媒とした気相成長法により製造されているから,刊行物2記載の炭素繊維の成長の第1段階における炭素フィラメントは,刊行物1によって明確に分析されているような構造を有していることは容易に想像できるところであり,また,刊行物2で開示された炭素繊維は,「長さ30cm,直径1〜数100μm」であり,直径に比べて極めて長いことは明らかである。
(3) そうすると,本件発明と引用発明2との間に相違点1〜4は認められないから,本件発明は,引用発明2と同一の発明である。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り) (1) 審決は,「本件発明が・・・,甲第1,3及び4号証(注,刊行物1〜3)に記載された発明(注,引用発明1〜3)から,容易に発明することができたものとはいえない」(審決謄本13頁第3段落)と判断したが,誤りである。
(2) 審決は,引用発明1〜3から,本件発明を容易に想到することができたか否かを判断するに当たり,上記1のとおり,刊行物1記載の炭素フィラメントの認定を誤ったものである。本件発明と引用発明1との対比において,相違点1,3,4は認められないし(上記1(2)),残る相違点2について,仮に,この点が刊行物1に開示されていないとしても,刊行物1と同じ微小鉄粒子を触媒とした気相成長法により製造された刊行物2記載の炭素繊維のアスペクト比が100よりもはるかに大きいことからすれば,相違点2は容易に想到可能であるので,本件発明は,当業者によって容易に発明し得るものというべきである。
(3) また,審決が指摘するように,刊行物1記載の炭素フィラメントが成長初期段階後においては,熱分解炭素の析出により太さ成長したこと等により,その全部がグラファイトでないものであるとしても,炭素フィラメントを非酸化性雰囲気(不活性雰囲気)中で2000〜3000℃前後に加熱して行われる黒鉛化処理により,黒鉛結晶がより完全となり,分子配向が良くなること(甲3の112頁右欄第2段落)は,当業者に周知であるから,刊行物1記載の炭素フィラメントに上記周知の高温処理を施すことにより,中空円筒構造で基底面が入れ子状で,かつ,その「全部がグラファイトであるグラファイトウィスカー」が得られることは明らかである。そうすると,刊行物1記載の炭素フィラメントに周知技術である高温処理を施せば,相違点1〜4が存在しないことになり,審決の論理によっても,本件発明は刊行物1記載の炭素フィラメントに比して何ら進歩性を有しないことに帰するというべきである。
ところが,審決は,周知技術である高温処理の存在を認識していながら,刊行物1に記載の炭素フィラメントに周知技術である高温処理を施すことによって,全部がグラファイトである炭素フィラメントが得られることについては一切の検討を行わずに,本件発明の進歩性を判断したものであって,失当といわざるを得ない。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。
1 取消事由1(引用発明1との相違点の認定の誤り)について (1) 相違点1,3,4について ア 刊行物1の図2について (ア) 原告は,刊行物1の図2は,実験により実際に製造された炭素フィラメントの現実の構造を示すものであって,単なるモデル図ではない旨主張する。
しかし,いみじくも原告がその主張の中で自認するとおり,「モデル化」に成功したとされるものが,「モデル図ではないこと」や「炭素フィラメントの現実の構造であること」の根拠になるわけがない。
上記図2は,刊行物1に「フィラメントの成長に要求される自由エネルギは,グラファイトウィスカの円筒表面がグラファイトの基底面である場合に最小化され,この場合,ウィスカ全体が入れ子状で(nested)円筒状の黒鉛基底面で構成されているとみなすことができる(図2)」(甲2の3頁第1段落)と記載されているとおり,円筒の外側平面が主に最密の基底面であることをもって,「ウィスカー全体が入れ子状で円筒状の黒鉛基底面で構成されているとみなす」という単純化ないしはモデル化を行ったにすぎないものである。また,刊行物1には,「図2には,炭素ウィスカフォーメーションの理想化されたジオメトリが示されている」(甲2の3頁第3段落)とも明確に記載されている。
したがって,上記図2は,形成エネルギーを計算するための仮想モデルの域を出るものではなく,現実に同図に示すような物質が製造されたことを記載したものではない。
なお,原告は,刊行物1の図3に示された実測値と理論値とがよく一致していることは,上記図2が炭素フィラメントの現実の構造によく合致することを示している旨主張するが,原告の独断にすぎず,何ら根拠がない。
(イ) 原告は,刊行物1の執筆当時,フィラメントが十分に長い場合には,「ウィスカ全体が入れ子状で(nested)円筒状の黒鉛基底面で構成され」(甲2の3頁第1段落)ることは公知であった旨主張するが,誤りである。刊行物1の上記箇所に続く部分(甲2の3頁第1,2段落)を子細に読めば,刊行物1は,「いかに平面を湾曲させるかという問題は徹底的な顕微鏡研究によってのみ完全に解決が可能であるが,われわれは基底面を入り子円筒に『曲げる(bend)』ために,必要なエネルギを簡単に計算することができる」(同第2段落)として,計算は簡単にできることを開示しているものにすぎない。
(ウ) 原告は,刊行物1の図2は,同図1に示された現実の炭素フィラメントの構造を模式的に記載したものである旨主張する。しかしながら,上記図1及び図2を比較すると,図1における明らかな曲線が図2においては直線として表され,円筒部も,図1からは予想もできない直線状の点線によって分割されているのであって,このことからしても,図2がモデル図にすぎないことは明らかである。
イ 引用発明1の炭素フィラメントのグラファイト性について (ア) 原告は,刊行物1の図3において,実際に製造された炭素フィラメントの実測値と,グラファイト構造であることを前提に算出された理論値とがよく一致していることを根拠に,当該炭素フィラメントの「全部がグラファイト」であることが十分示唆される旨主張するが,原告の独断にすぎず,何ら根拠がない。
刊行物1記載の炭素フィラメントの全部がグラファイトであるグラファイトフィラメントと把握できるものでないことは,これが,高度に規則的に配列された黒鉛質に転換するために付加的な黒鉛化処理を施される前の先駆物質であることから明らかである。
(イ) 原告は,刊行物2に炭素繊維の面間隔が3.45Å付近である旨の記載があることを根拠に,刊行物1記載の炭素フィラメントは3.45Å(0.345nm)以下である旨主張する。しかし,この主張は,刊行物1に記載された先駆物質たる炭素フィラメントのグラファイト性を,それと直接関係があることが立証されているわけでもない刊行物2の記載を援用することによって組み立てたものにすぎないし,また,そもそも,炭素フィラメントのグラファイト性が炭素フィラメントの面間隔(d002 )のみによって決まるかのような原告の主張には,何らの根拠もない。刊行物2には,原告引用箇所に続けて「また層面の3次元的規則性を示すhk.l(l≠0)回析線も観測されず,いわゆる乱層構造である。本ファイバーの炭素層面間隔や乱層構造性は有機系カーボンファイバーのそれらと同様であり,1000℃付近で形成される炭素の一般的性状を示している」(甲3の111頁左欄第1段落)と記載されているのであり,これを乱層構造炭素(a)と黒鉛構造(b)のモデルを示した図2と併せて読めば,刊行物2の当該記述が,炭素繊維のグラファイト性を肯定したものでないことは明らかというべきである。
(ウ) 原告は,本件明細書(甲6)の「約0.339〜0.348ナノメートルをほんの少し上回る範囲」(甲6の11欄29行目〜33行目)との記載を根拠に,本件発明にいう「黒鉛質」とは,高度に黒鉛化された炭素構造のみを指すのではなく,乱層構造を包含して指していると解するのが妥当である旨主張する。しかし,本件明細書の該当箇所を丁寧に読めば,「隣接層の間の間隔は,単結晶黒鉛に見られる間隔をほんの少し上回るにすぎない」との趣旨を述べていることは明らかであり,原告の上記主張は本件明細書の記載を正解しないものである。
ウ 刊行物1の図2の開示事項について 相違点1に関し,刊行物1には,「フィラメント外径の測定において,熱分解堆積物が,繊維の厚みを,その初期形成後に増していた可能性があることは注目すべきである。かかる熱分解炭素の堆積物は,解像度の優れたTEM写真において判別可能である」(甲2の2頁,「2.実験」の第2段落)と記載されていることから,刊行物1に「炭素原子の実質的に連続な層」をもつものが記載されているという原告の主張が誤りであることは明らかである。
(2) 相違点2について 原告は,刊行物1の図3を根拠に,刊行物1には「実質的に一定の直径」の炭素フィラメントが示されていると主張するが,同図には,「複数のフィラメントの平均的な内径と外径の実験値」と「実験値の○印が理論値曲線上にあるかないか」が記載されているだけで,実質的に一定の直径のものが示されているという主張には何らの根拠もない。また,原告は,刊行物1においてアスペクト比100以上の炭素フィラメントは十分に得られていると容易に推認できるとも主張するが,本件発明がアスペクト比のみを規定しているものでないことはいうまでもない。
2 取消事由2(引用発明2との相違点の認定の誤り)について 原告は,刊行物2記載の炭素繊維は,成長の第1段階において刊行物1によって明確に分析されているような構造を有していることは容易に想像できる旨主張するが,上記1のとおり,刊行物1は,原告主張のような構造を開示しているものとは認められないから,原告の上記主張は失当である。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と引用発明1との相違点に関して刊行物2及び刊行物3を検討した上で,本件発明の進歩性を肯定しているが,更に,原告が本訴で提出する文献(甲10〜13)を加えて検討しても,審決と全く同様の結論になることは疑いがない。
(2) 原告は,刊行物1の炭素フィラメントを黒鉛化処理することにより本件発明のものが得られることは,当業者が容易に想到することである旨主張する。
しかしながら,本件優先日当時,目視可能な(10μm)炭素繊維が最終製品であり,10nm〜数百nmの炭素フィラメントは,目視可能な炭素繊維を形成する過程の初期段階において生成されるものであったこと,当時,工業的には,上記炭素フィラメントそのものを何かに利用しようとする考えはまだなく,これを大量生産することは困難であったことは,当事者間に争いがない。そして,そうであるとすれば,原告自ら,物としての炭素フィラメントの産業上の利用可能性に着眼する本件発明の技術的思想が,本件優先日当時,存在しなかったことを自認しているに等しいというべきである。
しかも,原告は,黒鉛化処理により本件発明のものが得られることを何ら立証していない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1との相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,相違点1,3,4に関し,「甲第1号証(注,刊行物1)の炭素ウィスカーは,炭素繊維の先駆物質(プレカーサー)となるものであるから,部分的にグラファイトであるとしても,該炭素ウィスカーの全部がグラファイトであるグラファイトファイバーと把握できるものではない」(審決謄本8頁第1段落)し,刊行物1の「図2は,炭素ウィスカー(フィラメント)の単純化されたモデル図であるから,図2から,炭素ウィスカー(フィラメント)の構造について,『炭素原子の実質的に連続な層』,『その層の炭素原子が規則的に配列していること』及び『炭素原子の実質的に連続な層の各層はC軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している黒鉛質からなること』が開示されているとすることはできない」(同)とする審決の認定判断は誤りであり,上記各相違点は,すべて刊行物1の図2に開示されている旨主張する。
この原告の主張は,刊行物1には,その図2に示された構造の炭素フィラメントの発明が記載されていることを前提とするものであるところ,一般に,ある発明を特許法29条1項3号に掲げる刊行物に記載された発明として引用することができるというためには,その発明が記載された刊行物において,当業者が,当該刊行物の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物を製造することができる程度の記載がされていることが必要であると解されるから,原告の上記主張が成り立つためには,刊行物1において,図2に示された構造の炭素フィラメントを当業者が製造することができる程度の記載がされていなければならないというべきである。
(2) そこで,以下,刊行物1において,上記(1)の程度の記載がされていると認められるか否かについて検討する。
ア 刊行物1には,@「序文」の項に,「径が10〜数100nmの範囲のフィラメントは,一酸化炭素,炭化水素,及び分子を含むより複雑な炭素の熱分解により豊富に生成される。近年,これらのフィラメントに技術的な関心が高まっている。これは,これらのフィラメントが,ベンゼンや天然ガスなどの炭化水素を熱分解して生成される肉眼的な(10μm)炭素繊維の先駆物質であるためである」(甲2の1頁,「1.序文」の第1段落),A「実験」の項に,「炭素コーティングしたTEM(透過型電子顕微鏡)グリッドをFe(NO3) 3の水溶液0.02Mでドープ処理し,フィラメントの成長に適したミクロン以下の鉄粒子を生成した。
次に,グリッドを8mmIDの石英反応器に挿入し,970℃に保持し,60%の天然ガスと40%のH2の混合物に5分間さらした。天然ガスは主としてCH 4であるが,1.8%のC2H 6,0.8%のCO 2及び0.9%のCO 2を含んだ。このような条件下で,ガスは高温反応器中に4秒間存在した後,グリッドに衝突(encounter)した。グリッドをAr下で反応器から取り除き,TEMで観察した(図1)。フィラメント外径の測定において,熱分解堆積物が,繊維の厚みを,その初期形成後に増していた可能性があることに注目すべきである。かかる熱分解炭素の堆積物は,解像度の優れたTEM写真において判別可能である」(甲2の2頁,「2.実験」の第1,2段落)と記載されている。
そして,刊行物1記載の実験により製造された物質については,「複数のフィラメントの平均的な内径と外径の実験値」(甲2の6頁,図3に関する説明文)を示すものであるとされる図3に,(外径:内径)が(約7nm:約5nm)から,(約39nm:約22.5nm)までの17のフィラメントの平均的な外径及び内径の平均的な測定値が○印でプロットされている。ここで,図3における外径の値は,「フィラメント外径の測定において,熱分解堆積物が,繊維の厚みを,その初期形成後に増していた可能性があることに注目すべきである。かかる熱分解炭素の堆積物は,解像度の優れたTEM写真において判別可能である」(上記A)との記載から見て,熱分解堆積物の沈積部分を除いて測定された値から求められたものであると解されるから,上記の値は,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントから,熱分解堆積物の沈積部分を除いた外径の平均値を示すものであり,熱分解堆積物の沈積部分をも含めた実際の外径は同図からは明らかでないというほかはない(ただし,上記@に示された従来技術から判断すれば,10〜数百nmの範囲内のものであると推定することは可能である。)。
イ また,気相成長により製造された肉眼的な炭素繊維の構造については,刊行物2の写真3(甲3の110頁)に示されるもの,すなわち「ファイバーの00.2格子像を写真3に示す.・・・これによると,本繊維は中空チューブを有しており,その中空チューブ周辺は直線的で長い炭素層面からなり,単結晶様組織である(c).ファイバー周縁部は長さ10Å程度の微小層面が2〜3枚平行に積層した微小ドメイン(結晶子に相当)で形成されている(d).縞の間隔は約3.5Åであり,d00.2 に対応したものである」(甲3の111頁左欄最終段落〜112頁左欄第1段落),「中心部の単結晶様部分と周縁部の炭素の多結晶部分の2つの異なった組成で構成されている」(同112頁右欄第1段落)との知見が得られており,また,当該炭素繊維の成長過程については,長さが増加する段階と,その表面に炭素の熱分解堆積物が沈積することにより太さが増加する段階とから成ることも知られている(例えば,甲4の2頁右欄「3.製造技術-Seeding法とその新しい展開」の項,特に同3頁右欄第1段落,甲11の訳文2頁第2段落,甲12の2頁第1図及び同頁右欄第1段落,甲13の694頁Fig.12及び同頁右欄第1段落)。
ウ 上記アのとおり,刊行物1記載の実験により得られた炭素フィラメントは,「肉眼的な(10μm)炭素繊維の先駆物質」(上記ア@)であって,かつ,「熱分解堆積物が,繊維の厚みを,その初期形成後に増していた可能性がある」(上記アA)ものであるところ,肉眼的な炭素繊維の構造及び成長過程に関する上記イの各知見を併せ考慮すれば,その「熱分解堆積物」の部分は,上記刊行物2にいう「周辺部の炭素の多結晶部分」に相当するものと解するのが相当であるから,その構造は,刊行物2の図2(a)(甲3の111頁)に示されるような乱層構造であって,「長さ10Å程度の微小層面が2〜3枚平行に積層した微小ドメイン」で形成されているものであると推認される。
そうすると,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントは,熱分解堆積物から成る黒鉛結晶の構造とは別異の構造をその外側部分に有するものであり,刊行物1の図2に示された構造の炭素フィラメントそのものであるということはできない。
エ さらに,上記ウの結論は,刊行物1記載の実験の条件と,本件発明の実験の条件とを対比することによっても支持される。
本件発明の炭素フィブリルは,特許請求の範囲(上記第2の2)に記載されたとおり,「実質的に連続な層」の構造を有する炭素フィブリルであるから,「長さ10Å程度の微小層面が2〜3枚平行に積層した微小ドメイン」である熱分解堆積物の沈積部分がない炭素フィブリルであることは,その構成自体から明らかである。そして,本件発明の炭素フィブリルは,金属含有微粒子の存在下に炭素の熱分解堆積物が沈積しないような前駆物質及び反応条件,例えば,「前駆物質以外の重要な反応パラメータ」として挙げられる,短い反応時間,供給ガス流中の水素に対する炭化水素前駆物質の小さい比率,低い反応温度,熱的に安定な炭化水素前駆物質の使用などの反応条件を選択し組み合せることにより製造されるものであると認められる(本件明細書9欄6行目〜28行目)。
他方,刊行物1記載の実験においては,「熱分解堆積物が,繊維の厚みを,その初期形成後に増していた可能性がある」との記載(上記アA)自体からもうかがわれるとおり,炭素フィラメントの製造に際し,熱分解堆積物の沈積がしないような条件を選択して採用された形跡は特段見当たらない上,例えば,本件発明において重要な反応パラメータの一つであるとされる「任意の希釈剤・・・もしくは炭素と反応して気体生成物を発生させ得る化合物」の濃度(甲6の9欄9行目〜12行目)について見ると,本件発明の炭素フィブリルの製造においては,「供給ガス流中の水素に対する炭化水素前駆物質の比率を小さくする」とされ,具体的には,「約9:1の水素:ベンゼン」(同11欄8行目,13行目〜14行目,16欄6行目〜7行目)との濃度,すなわち10%程度の炭化水素前駆物質濃度が使用されているところ,刊行物1記載の実験においては,上記アのとおり,「60%の天然ガスと40%のH2の混合物」を使用したことが記載され,その天然ガスは「主としてCH4」であるとも記載さされているから,結局,約60%の炭化水素前駆物質濃度が使用されているということができる。そうすると,炭化水素前駆物質の濃度は本件発明におけるものに比して非常に高濃度であり,刊行物1の炭素フィラメントは,熱分解堆積物が沈積しやすい条件の下で製造したものであるということができ,上記ウの結論と整合する。
オ ところで,刊行物1は,「熱分解堆積物が,繊維の厚みを,その初期形成後に増していた可能性がある」(上記アA)としているので,反応時間を短くすること等によって,「熱分解堆積物の沈積がない」炭素フィラメントを製造する「可能性」について示唆していると解する余地もないでもないから,念のため,その点についても検討すると,上記イのとおり,肉眼的な気相成長炭素繊維の成長過程は,長さが増加する段階と,その表面に炭素の熱分解堆積により太さが増加する段階とから成るとされ,さらに,その長さが増加する段階は太さが増加する段階と共存ないしオーバーラップするものであることが知られている(甲4の2頁の図1,甲13の694頁fig.12,甲6の4欄40行目〜5欄4行目,5欄28行目〜31行目)のであるから,単に,刊行物1に上記程度の記載があることをもって,当業者が,熱分解堆積物の沈積がない炭素フィラメントを製造可能であったとすることは到底できないというべきである。
なお,原告は,気相成長炭素繊維の「熱分解時間に対する基板温度,繊維の太さ,長さの関係」を示す甲13のfig.12のグラフ等を根拠に,長さ成長段階では,太さ成長はほとんど生じていない旨主張する(上記第3の1(2)ア(エ),第3の1(3)ウ)。しかし,上記グラフは,刊行物1の実験における反応時間である5分程度のような短時間の成長の部分について記載するものではない上,同グラフ中において「核形成期」と記載されていることから見て,触媒を用いた炭素繊維の気相成長についてのグラフであるとも認められないから,同グラフを根拠に,炭素繊維の気相成長反応,特に刊行物1記載の実験におけるような触媒を用いた製造方法において,初期の段階で生成する炭素フィラメントが熱分解堆積物の沈積を伴わないものであると認めることまではできない。
(3) これに対し,原告は,刊行物1の図3において,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントについての実測値と,グラファイト構造であることを前提に算出された理論値とが,外径(ro)がより小さい領域(ro<約20nm)で非常によい一致を示しており,このことは,刊行物2に示された構造が,実際に製造された炭素フィラメントの現実の構造に合致していることを示すものである旨主張する(上記第3の1(2)ア(ア))。しかしながら,上記(2)アのとおり,図3に示された外径(ro)は,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントから,熱分解炭素の堆積物の沈積部分を除いた外径の平均値を示すものであり,上記堆積物をも含めた実際の外径は同図からは明らかでないというほかはないから,刊行物1の図3は,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントの構造が,図2に示されたような熱分解堆積物を有さない炭素フィラメントそのものであるということの根拠にはならないというべきであり,原告の上記主張は,採用することができない。
なお,原告は,刊行物1の論文としての目的,構成や,気相成長炭素フィラメントに関する他の研究例の知見を根拠に,刊行物1の図2で示された構造は,実験により実際に製造された炭素フィラメントの構造を示すものである旨主張する(上記第3の1(2)アの(イ)ないし(エ))が,これらの主張が採用できないことは,上記(2)で説示したところから明らかというべきである。
(4) また,原告は,本件明細書の「単結晶黒鉛に見られる間隔,即ち約0.339〜0.348ナノメートルをほんの少し上回るにすぎない」(甲6の11欄31行目〜33行目)との記載を根拠に,本件発明の「黒鉛質」には,熱分解堆積物のような乱層構造をも含むものであるとも主張する(上記第3の1(2)イ(ウ))。
しかしながら,本件発明の各層は,特許請求の範囲で規定されるとおり,「規則的に配列した炭素原子の実質的に連続的な層」であり,「前記規則的に配列した炭素原子の各層は,C軸がフィブリルの円柱軸に実質的に直交している黒鉛質からなる」ものであるのに対し,他方,炭素の熱分解堆積物の構造は,上記(2)ウのとおり,乱層構造で,「10Å程度の微小層面が2〜3枚平行に積層した微小ドメイン」であると認められるから,これを「規則的に配列した炭素原子の実質的に連続的な層」であると認めることはできない。また,このことは,本件明細書において,「黒鉛質」という用語を,「熱炭素」すなわち「炭素の熱分解堆積物」と対比して用いていることからも明らかである(甲6の4欄10行目〜12行目,同40行目〜43行目,同末行〜同5欄2行目,同7行目〜9行目など)。
他方,原告は,上記引用に係る記述を根拠に,本件発明は,「単結晶黒鉛に見られる間隔」,すなわち単結晶黒鉛のd002 が「約0.339〜0.348ナノメートル」であるとの前提に立つものである旨主張する。確かに,単結晶黒鉛のd002 が約0.335nmであることは科学的に明らかな事実であるから,ここで「約0.339〜0.348ナノメートル」という数値が記載されていること自体は不可解なことであるというほかはないが,上記引用部分の文意は,その前の部分をも併せて読めば,多層から成る本件発明の炭素フィブリルの「隣接層の間の間隔」が,「単結晶黒鉛に見られる間隔・・・をほんの少し上回るにすぎない」と,各層の間の間隔が非常に狭いことを叙述しようとする趣旨であることも明らかであるから,その限りでは,上記のような本件発明の構成や本件明細書の他の箇所の記載とも符合する。
以上によれば,本件発明における「黒鉛質」には,熱分解堆積物のような乱層構造を含まないと解するのが相当であり,原告の上記主張は,採用することができない。
(5) さらに,原告は,仮に,刊行物1の図2が実験により実際に製造された炭素フィラメントの現実の構造とは異なる仮想的なモデル図であるとしても,当該モデル図自体が本件発明の炭素フィブリルの構成を開示していると主張した(上記第3の1(2)ア(オ))上,炭素フィラメントを非酸化性雰囲気(非活性雰囲気)中で2000〜3000℃前後に加熱して行われる黒鉛化処理により,黒鉛結晶がより完全となることは当業者に周知であるから,刊行物1記載の炭素フィラメントに周知技術である上記黒鉛化処理を施せば,本件発明の進歩性は否定される旨主張する(上記第3の3(3))ので,この主張にかんがみ,周知技術である上記黒鉛化処理により熱分解堆積物が黒鉛化するとの技術常識を加味すれば,刊行物1の記載から,当業者が,刊行物1の図2に示された構造の炭素フィラメントそのもの(熱分解堆積物を含まないもの)を製造可能であったといえるか否かについても検討する。
上記のとおり,刊行物1記載の実験で実際に製造された炭素フィラメントは,その外側に熱分解堆積物の沈積部分を有するものであると認められるところ,当該熱分解堆積物がどの程度の厚さであるかを示す的確な知見ないし証拠はないから,その厚さは,厳密には不明であるというほかはない。また,成長開始当初の部分と成長の先端部分では,炭化水素ガスにさらされる時間は異なると考えられるが,にもかかわらず,炭素フィラメントの外側に熱分解堆積物がほぼ均一に沈積すると認めるべき証拠もない。そうであるとすると,炭素フィラメントの外側に沈積した上記熱分解堆積物は,「熱処理温度の上昇とともに微小な炭素層面が合体して直線的層面に発達する.2800〜3000℃での熱処理によると,3次元的規則性をもった巨大なグラアファイト層面がファイバー軸に正確に平行に配列する」(甲3の112頁右欄第3段落)と記載されているとおり,黒鉛化処理によって黒鉛化するものであると認められるとしても,そのようにして得られた炭素フィラメントの外径は,必ずしも一定ではない可能性が高いと考えられる。
加えて,本件優先日当時,炭素繊維は,「宇宙・航空技術の分野からスポーツ用品そして自動車に至るまでその実用が拡大しつつあり,いよいよ重要な工業材料としての地位を確保するようになった」,「高強度,高弾性,高電気伝導性を有しており,カーボンファイバーとプラスチック,金属,炭素との複合材料は,宇宙・航空技術の分野を中心にバイオニクスや電気,電子材料などへも実用されるようになってきている」(甲3の109頁左欄第1段落)とあるように,各種用途に使用されてはいたものの,それらの炭素繊維の径は,刊行物1にも記載(上記(2)ア@)されているとおり,「肉眼的な(10μm)」太さのものであって,それより微小な径の炭素フィラメントは,その前駆体として認識されるにすぎないものであったと認められる。そうすると,本件優先日当時,当業者においては,目視可能な炭素繊維が最終製品であり,径が10nmから数百nmの炭素フィラメントは,目視可能な炭素繊維を形成する過程の初期段階において生成されるものであって,当時,工業的には,上記炭素フィラメントそのものを何らかの用途に利用しようとする発想はまだなかったことがうかがわれ(以上の点は原告の自認するところである。),そうである以上,刊行物1記載の炭素フィラメントと同程度の微小な径の炭素フィラメントについて,それ自体の用途に応じた性質を更に改善するために,熱分解堆積物層を黒鉛化処理しようとする発想もなかったといわざるを得ないから,上記黒鉛化処理に係る技術常識を考慮しても,刊行物1には,これに接した当業者が,相違点2に係る「実質的に一定の直径」を持つ,刊行物1の図2に示された構造の炭素フィラメントを製造する程度の記載がされているとまでは認められないというほかはない。
(6) 以上によれば,刊行物1記載の実験により実際に製造された炭素フィラメントは,熱分解堆積物から成る黒鉛結晶の構造とは別異の構造をその外側部分に有するものであって,刊行物1の図2に示された構造の炭素フィラメントそのものであるとはいえず,また,刊行物1には,他に,上記熱分解堆積物から成る構造を持たない炭素フィラメントを製造する方法について開示ないし示唆する記載は見受けられないから,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,刊行物1をもって,当業者が,熱分解堆積物を持たない図2に示された構造の炭素フィラメントそのものを製造することができる程度の記載がされているとは認められない。
(7) そうすると,刊行物1の記載によっては,その図2に示された構成の炭素フィラメントの発明をもって,引用発明とすることはできないというべきであるから,審決の相違点1,3,4に関する判断は,これと同旨をいうものとして是認することができる。したがって,相違点2に関する原告のその余の主張を検討するまでもなく,原告の取消事由1の主張は,理由がない。
2 取消事由2(引用発明2との相違点の認定の誤り)について 原告は,本件発明と引用発明2との間に相違点1,3,4が認められない根拠として,刊行物2記載の炭素繊維の成長の第1段階における炭素フィラメントは,刊行物1によって明確に分析されているような構造を有していることは容易に想像ができる旨主張する(上記第3の2)ところ,刊行物1の記載によって相違点1,3,4の存在を否定することができないことは,上記1で説示したとおりであるから,その余の点について検討するまでもなく,原告の取消事由2の主張は,理由がない。
3 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は,審決が刊行物1記載の炭素フィラメントの認定を誤ったことを前提に,引用発明1〜3の組み合わせによって,相違点1,3,4に係る本件発明の容易想到性が肯定される旨主張する(上記第3の3(1)及び(2))が,その前提において失当であることは上記1(5)〜(7)のとおりであるから,原告の上記主張は,採用の限りではない。
(2) また,原告は,炭素フィラメントを非酸化性雰囲気(非活性雰囲気)中で2000〜3000℃前後に加熱して行われる黒鉛化処理により,黒鉛結晶がより完全となることは当業者に周知であるから,刊行物1記載の炭素フィラメントに周知技術である上記黒鉛化処理を施せば,本件発明の容易想到性は肯定されるとも主張する(上記第3の3(3))。しかしながら,上記1(5)で説示したところから明らかなとおり,本件優先日当時,刊行物1記載の炭素フィラメントに上記黒鉛化処理を施すことによって,刊行物1の図2に示された構造の炭素フィラメントそのもの(熱分解堆積物を含まないもの)や本件発明の炭素フィブリルを得ることが,当業者にとって容易に想到し得ることであったとは認められないから,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,原告の取消事由3の主張は,いずれも理由がない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴