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関連審決 異議1999-72647
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  置換 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 204号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本酸素株式会社
訴訟代理人弁護士 中島和雄
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 長濱義憲
同 橋本康重
同 大野克人
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/01/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成11年異議第72647号事件について平成14年3月4日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「金属製魔法瓶の製造方法」とする特許第2845375号発明(平成元年4月26日特許出願,平成10年10月30日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,その後,特許異議の申立てがされ,平成11年異議第72647号事件として特許庁に係属し,原告は,平成12年2月10日,特許請求の範囲の記載等について訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をした。
特許庁は,同事件について審理した上,平成14年3月4日,「特許第2845375号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載 (1) 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】の記載 金属製の内筒と金属製の外筒とを口部で連結して二重構造とし,これら内筒と外筒との間の空隙部を真空封止する金属製魔法瓶の製造方法において,前記内筒と一部分に小孔または切り抜きを穿設した外筒とを口部で連結して二重壁一体化構造とした後,前記小孔または切り抜きの近傍,あるいはその切り抜きの一部を覆うようにろう材を配して,真空加熱炉内に前記外筒の小孔または切り抜きが穿設された部分を上に向けて収納して真空加熱処理してろう材を溶融させて,このろう材を小孔または切り抜きに流し込み,これにより上記空隙部を真空封止することを特徴とする金属製魔法瓶の製造方法
(以下,上記【請求項1】に係る発明を「本件発明1」という。) (2) 本件訂正請求に係る特許請求の範囲の【請求項1】の記載(訂正箇所を下 線部で示す。) 金属製の内筒と金属製の外筒とを口部で連結して二重構造とし,これら内筒と外筒との間の空隙部を真空封止する金属製魔法瓶の製造方法において,前記内筒と一部分に0.1〜2.0mm の小孔または切り抜き間隙 を穿設した外筒とを口部で連結して二重壁一体化構造とした後,前記小孔または切り抜きの近傍,あるいはその切り抜きの一部を覆うようにNi,Cu,Al,Ti,及びP系のろう 材から選ばれる ろう材を配して,真空加熱炉内に前記外筒の小孔または切り抜きが穿設された部分を上に向けて収納して真空加熱処理してろう材を溶融させて,このろう材を小孔または切り抜きに流し込み,これにより上記空隙部を真空封止することを特徴とする金属製魔法瓶の製造方法
(以下,上記【請求項1】に係る発明を「本件訂正発明1」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)は,本件明細書又は図面(以下,これらを併せて「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則6条1項の規定により,なお従前の例によるとされる,平成11年法律第41号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する上記平成6年改正前の特許法126条1項ただし書の規定に適合しないので,本件訂正は認められないとした上,本件発明1は,実願昭62―156984号(実開平1―62734号)のマイクロフィルム及び特開昭60―148032号公報に記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1についての本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものとした。
原告主張の本件決定取消事由
1 本件訂正は本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであるのに,本件決定は,これが同記載事項の範囲内においてしたものとはいえず,本件訂正は不適法であるとして,その適否に関する判断を誤った(取消事由)結果,本件訂正発明1の進歩性の有無について判断することなく,本件発明1の進歩性を否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(本件訂正の適否に関する判断の誤り) (1) 本件決定は,本件訂正に係る訂正事項中,「『0.1〜2.0mmの小孔または切り抜き間隙を穿設し』点は,特許明細書または図面(注,本件明細書等)には何ら記載されておらず,また,該特許明細書または図面の記載から直接的かつ一義的にも導き出されるものとも言えないから,前記訂正事項1,2における訂正(注,本件訂正)は,特許明細書または図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとは認められない」(決定謄本5頁第3段落)と判断したが,以下のとおり,誤りである。 (2) 本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの小孔」について 本件決定は,「小孔については,具体的な数値は特許明細書または図面(注,本件明細書等)には何ら記載されておらず,また,該特許明細書または図面の記載から直接的かつ一義的にも導き出されるものとも言えない」(決定謄本4頁26行目〜28行目)と判断した。
しかしながら,本件発明1の小孔と切り抜きは,いずれも内筒と外筒との間の空隙部を真空封止するための排気孔とろう材による封止部とするための同一の機能を有するものである。本件明細書等(甲2)では,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を通じ,「小孔または切り抜き」と両者を一括した表現が用いられており,本件発明1に係る金属製魔法瓶の構造について例示した説明中の「切り抜き11の幅は小さ過ぎると排気が不充分となり,大き過ぎるとろう材の表面張力ではふさぎきれなくなってしまうために0・1〜2.0mmが適当である」(4欄22行目〜25行目)との記載も,切り抜きの場合である第1の例に固有の説明ではなく,小孔の場合の例(第2,第4,第6及び第7の各例)にも共通する事項の代表的な説明にほかならない。したがって,切り抜きの場合に幅0.1〜2.0mmが適当であるならば,小孔の場合にも直径ないし最大径が0.1〜2.0mmが適当であることは,本件明細書等の記載から直接的かつ一義的に導き出せる事項というべきである。
切り抜きの長さ方向の距離については,本件明細書等の特許請求の範囲はもとより,発明の詳細な説明中にも何らこれを限定する記載がない。切り抜きの幅が一定でも長さ方向の距離を延長すれば比例的に面積が大きくなるから,長さ方向の距離が任意であることを前提とする限りにおいては,排気が不十分とならない面積を確保するために,切り抜きの幅の下限値を0.1mmと一定値に限定する意味はない。したがって,切り抜きの幅の下限値0.1mmの合理的な意味としては,切り抜き幅が一定の場合に切り抜き面積が最小となる場合,すなわち,切り抜きの長さ方向の距離が最も短くなる場合の切り抜きを前提として,その場合でも排気が不十分とならない最小限度の面積を確保するための切り抜きの幅の下限値として規定したものと解すべきである。そうとすれば,その場合の切り抜き幅の下限値は,切り抜きの幅に対して長さ方向の距離が最も短くなる,実質的には長さと幅が等しいような極端に短小な切り抜きを前提として規定したものと解すべきことになるから,その場合の下限値0.1mmは,小孔の直径の下限値にもそのまま妥当し,被告が主張するように,「0.1〜2.0mmの小孔」とする本件訂正が本件明細書等の記載と矛盾することにはならない。
(3) 本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」について 本件決定は,「『切り抜き間隙』という記載には,切り抜きの幅というものを意味するだけでなく,それ以外に,幅と長さを含めた切り抜きの大きさ,すなわち切り抜きのすきま全体を意味する場合もあり,『0.1mm〜2.0mmの切り抜き間隙』は,実施例では切り抜きの大きさが0.5mm×8mmが記載されているのみであり,『0.1mm〜2.0mmの切り抜き幅』以外に,幅と長さを含めた切り抜きの大きさを0.1mm〜2.0mmとしたことを意味するものでもあり,この点において『0.1mm〜2.0mmの切り抜き間隙』は特許明細書または図面(注,本件明細書等)の記載から直接的かつ一義的にも導き出されるものとも言えない」(決定謄本4頁最終段落〜5頁第1段落)と判断した。
しかしながら,「間隙」には,「すきま」と「へだたり」の二義がある(広辞苑第5版)ところ,「すきま」が,本件決定の説示するように,物と物との間のすいた所の幅と長さを含めた全体を意味する場合があり得るとしても,例えば,「1cmの雨戸のすきま」といえば,1cmのすきまが雨戸のすいた所の幅を意味していることが一義的に明確であって,すきまの幅と上下の長さを含めた雨戸のすいた所全体の大きさを意味しているとはだれしも思わないのと同様に,本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」,すなわち「0.1〜2.0mmの切り抜きのすきま」が,切り抜きにおけるすいた所の幅が0.1〜2.0mmであること,すなわち「0.1〜2.0mmの切り抜き幅」の意味であることは,文脈上一義的に明らかというべきである。
被告の反論
1 本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(本件訂正の適否に関する判断の誤り)について (1) 本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの小孔」について 本件明細書等(甲2)において,「0.1〜2.0mm」という数値限定とろう材の種類が記載されている箇所は,原告も引用する1箇所(4欄22行目〜25行目)のみであり,この記載によれば,第1図及び第2図が図示するスリット状の「切り抜き11」において,その長さ方向に直交する方向におけるスリット両側の間の距離が0.1〜2.0mmであって,0.1mmより小さいと排気が不十分となり,2.0mmより大きいとろう材の表面張力ではスリットをふさぎきれなくなるものと解される。小孔の形状については,本件明細書等の発明の詳細な説明には何ら記載されておらず,第4図及び第8図が図示するところによれば,その形状は,少なくとも円又はほぼ円に近い形状を含むものと認められる。そうすると,本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの小孔」とは,「直径0.1〜2.0mmの小孔」との意味であると解されるが,スリット状の切り抜きの長さ方向の距離は切り抜きの幅より長く,スリットの面積は0.1mmの直径の円孔の面積より常に大きいのであるから,直径0.1mmの小孔では排気の不十分とならない面積を確保することができないのであって,「0.1〜2.0mmの小孔」とする訂正は,本件明細書等の記載と矛盾することとなる。したがって,上記訂正が,本件明細書等に記載されておらず,また,本件明細書等の記載から直接的かつ一義的に導かれるものではないとした本件決定の判断に誤りはない。
(2) 本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」について 植木鉢の考案に係る実願昭62-171442号(実開平1-74743号)のマイクロフィルム(乙1)には,「第1図に於いて・・・各格子は格子枠12に囲まれた通気孔及び水抜孔としての格子間隙13から成っている。格子枠12はその格子間隙13が角形となるように形成してある。格子間隙13を角形にすることによって,格子間隙13に表面張力による水の膜が発生しないようにしている。格子間隙13が円いと水の膜が発生し易い(注,「発生し易いやすい」とあるのは誤記と認める。)からである。・・・空気や水だけを各格子枠12で囲まれた格子間隙(空間)13から通すことができる。又,実施例では,更に,水の膜の発生を避けるため,格子間隙13を単純な正四角形ではなく,湾曲した長方形としている。このように形成すると,張力が働こうとしても膜の足掛かりとなる格子間隙13の内周縁が相対する縁部と形態が異なるため,張力の均衡が得られず,従って,膜が発生し難くなるのである」(3頁7行目〜4頁13行目)と記載されている。これによれば,「間隙」が,孔の幅ではなく孔自体の空間を意味する語として使用されており,「間隙」に幅と長さの両方から定まる空間の面積部分を意味する用例もあることは明らかである。また,間隙とは,要するに,二つの面又は線の距離であると解されるから,見方によれば,長さを幅とみることもあり得るように,かなりあいまいな表現である。そうすると,「切り抜き」を「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」と訂正することは,「0.1〜2.0mmの切り抜き幅」だけでなく,「0.1〜2.0mmの切り抜き長さ」を含むものと解されるところ,長さ0.1〜2.0mmの場合,幅は長さより短く0.1mm未満も含む以上,本件明細書等に記載された0.1〜2.0mmの幅の範囲以外の幅を含むことになるから,上記訂正は,本件明細書等の記載の範囲を超えるものというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由(本件訂正の適否に関する判断の誤り)について (1) 本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの小孔」について ア まず,本件明細書等(甲2)の記載についてみると,発明の詳細な説明の「作用」に「第1図は本発明(注,本件発明1)において製造する金属製魔法瓶の真空封止前の状態を示すもので,金属製の内筒1と金属製の外筒2とを口部1aで接合して二重構造としたものであって,上記内筒1の口部1aに筒状の外筒胴部4が接合され,この外筒胴部4の底部側の開口端部5の内側にこの開口端部5を閉塞する外筒底部6が接合して二重壁の一体構造物とされたものである。本発明の金属製魔法瓶の製造方法によって真空封止を行うには,第1図に示したように,外筒底部6の底面6bの中央部にスリット状の切り抜き11を穿設しておき,この二重壁容器を倒立させ,該切り抜き11の一部を覆うようにペースト状のろう材12を盛ってやる。第2図はこの切り抜き11とペースト状のろう材12との位置関係を示したものである。切り抜き11の幅は小さ過ぎると排気が不充分となり,大き過ぎるとろう材の表面張力ではふさぎきれなくなってしまうために0.1〜2.0mmが適当である」(4欄10行目〜25行目)と,「製造例」に「本発明の金属製魔法瓶の製造方法により,1.0のステンレス鋼製の魔法瓶を製造したところ,以下に記載するような性能を得た。・・・このとき使用した・・・切り抜きの大きさは0.5mm×8mmであった」(6欄38行目〜49行目)と記載されている。
本件明細書等において,「0.1〜2.0mm」という数値限定とろう材の種類が記載されているのは,「切り抜き」に関する上記の「切り抜き11の幅は小さ過ぎると排気が不充分となり,大き過ぎるとろう材の表面張力ではふさぎきれなくなってしまうために0.1〜2.0mmが適当である」とする箇所のみであり,この記載と第1図及び第2図の図示によれば,スリット状の切り抜きにおいて,その長さ方向に直交する方向におけるスリット両側の幅の距離が0.1〜2.0mmが適当であること,0.1mmより小さいと排気が不十分となり,2.0mmより大きいとろう材の表面張力ではスリットをふさぎきれなくなることが開示されている。これに対し,「小孔」については,本件明細書等の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には形状の記載はなく,第4図及び第8図に円形又はほぼ円形に近い形状が図示されているが,その寸法の具体的な数値についての記載はない。以上のとおり,本件明細書等における「0.1〜2.0mm」という数値限定の対象は,「切り抜き」の幅の寸法であって,「小孔」の直径をどの程度とすべきであるかなどの定量的な事項は何ら開示されていないことが明らかである。
イ 原告は,本件発明1の小孔と切り抜きは,いずれも内筒と外筒との間の空隙部を真空封止するための排気孔とろう材による封止部とするための同一の機能を有するものであり,切り抜きの場合に幅0.1〜2.0mmが適当であるならば,小孔の場合にも直径ないし最大径が0.1〜2.0mmが適当であることは,本件明細書等の記載から直接的かつ一義的に導き出せる事項であると主張する。
しかしながら,本件明細書等(甲2)の特許請求の範囲の【請求項1】では,内筒と外筒との間の空隙部を真空封止するための排気孔とろう材による封止部とするための構成として「小孔または切り抜き」と記載している一方で,「前記小孔または切り抜きの近傍,あるいはその切り抜きの一部を覆うようにろう材を配して」と記載し,「小孔」と「切り抜き」を書き分けている。また,発明の詳細な説明においても,第1図及び第2図が図示する「スリット状の切り抜き」を穿設した第1の実施例の記載(4欄7行目〜36行目),第3図ないし第5図が図示する「小孔」を穿設した第2の実施例の記載(4欄37行目〜50行目),第6図及び第7図が図示する「凹部の最深部に切り抜き」を穿設した第3の実施例の記載(5欄1行目〜14行目),第8図及び第9図が図示する「長溝状の段部の長手方向両端近傍に小孔」を穿設した第4の実施例の記載(5欄15行目〜27行目),第10図及び第11図が図示する「X形溝状の段部の底部に切り抜き」を穿設した第5の実施例の記載(5欄28行目〜40行目),第12図が図示する「半円筒状の段部の外周に形成される湾曲部に小孔」を穿設した第6の実施例の記載(5欄41行目〜49行目),第13図が図示する「外筒底部の外周上に設けたリング状の湾曲部に小孔」を穿設した第7の実施例の記載(5欄末行〜6欄6行目)とあるとおり,「小孔」を穿設した実施例と「切り抜き」を穿設した実施例とを,引用する図面も含めて分けて記載していることが明らかである。しかも,本件明細書等には,切り抜きの幅と長さのうちの幅は0.1mm〜2.0mmが適当であるとする点及び切り抜きの大きさが0.5mm×8mmの実施例が記載されているにとどまり,小孔については,その寸法の具体的な数値についての記載がないことは上記のとおりである。さらに,小孔と切り抜きが同一の機能を果たすものであっても,小孔と切り抜きは図面からみても明らかに形状及び寸法が相違しており,この相違がろう材の封止作用に影響することは,当業者が容易に推測し得るばかりでなく,本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの小孔」とは,「直径0.1〜2.0mmの小孔」との意味であると解されるが,本件明細書等に開示されているところによれば,スリット状の切り抜きの長さ方向の距離は切り抜きの幅より長く,スリットの面積は0.1mmの直径の円孔の面積より常に大きいから,直径0.1mmの小孔では排気の不十分とならない面積を確保することができないこととなる。
そうとすれば,原告主張のように,「切り抜き11の幅は小さ過ぎると排気が不充分となり,大き過ぎるとろう材の表面張力ではふさぎきれなくなってしまうために」,切り抜きの場合に幅0.1〜2.0mmが適当であるならば,小孔の場合にも直径ないし最大径が0.1〜2.0mmが適当であることが,本件明細書等の記載から自明であるとか,直接的かつ一義的に導き出せる事項であるということはできない。
ウ 原告は,また,切り抜きの長さ方向の距離については,本件明細書等(甲2)に何ら限定する記載がなく,切り抜きの幅が一定でも長さ方向の距離を延長すれば比例的に面積が大きくなるから,長さ方向の距離が任意であることを前提とする限り,排気が不十分とならない面積を確保するために,切り抜きの幅の下限値を0.1mmと一定値に限定する意味はないとして,切り抜きの幅の下限値0.1mmは,切り抜きの長さ方向の距離が最も短くなる場合の切り抜きを前提に,その場合でも排気が不十分とならない最小限度の面積を確保するための切り抜きの幅の下限値として規定したものであり,その場合の下限値0.1mmは,小孔の直径の下限値にもそのまま妥当するとも主張する。
しかしながら,本件明細書等の「切り抜き11の幅は小さ過ぎると排気が不充分となり,大き過ぎるとろう材の表面張力ではふさぎきれなくなってしまうために0.1〜2.0mmが適当である」との記載が切り抜きの場合の幅の寸法に関する記述であると解すべきことは上記のとおりであるし,切り抜きの大きさとして0.5mm×8mmとする実施例が例示され,排気を適正に行い得る切り抜きの寸法としてこの程度が必要であると考えられることからしても,0.1mmという微小な直径の小孔では,ろう材が急速に孔を覆ってしまい排気が不十分となることは,当業者の技術常識に照らして合理的に予測し得るところというべきである。さらに,本件明細書等には,「以上の例では,ろう材のみを小孔または切り抜きよりなる排気孔の近傍,あるいは一部を覆うように配した例について説明したが,ろう材中にステンレス鋼や炭素鋼等の,ろう材の溶融温度より高い溶融温度の金属粉を混合して,同様に排気孔上に溶融して封止すると,ろう材が溶融しても,これより溶融温度の高い未溶融の金属粉の存在で,溶融ろう材の流下間隔が狭められて,その金属粉間の間隙で溶融ろう材の表面張力が効果的に作用して,溶融ろう材の流下が抑制され,従って排気孔上で上記金属粉末が介在することにより,排気孔が幅広であってもろう材が落下することはなく,その封止を緊密にかつ確実に遂行し得る。その結果,排気孔の小孔や切り込みを大きくし得て,排気をより容易にすることができる」(6欄20行目〜33行目)と記載され,排気を効率的に行うためには排気孔はなるべく大きくすべきことが開示されているから,本件発明1において,直径0.1mmの小孔の排気孔が適切なものとして記載されているとは到底考えられないところである。そうすると,原告が主張するような,「切り抜き幅の下限値が,切り抜きの幅に対して長さ方向の距離が最も短くなる,実質的には長さと幅が等しいような極端に短小な切り抜き」は,本件明細書等に記載も示唆もされていないというべきである。
エ 以上のとおりであるから,本件決定の「小孔については,具体的な数値は特許明細書または図面(注,本件明細書等)には何ら記載されておらず,また,該特許明細書または図面の記載から直接的かつ一義的にも導き出されるものとも言えない」(決定謄本4頁26行目〜28行目)とした判断に誤りがあるとはいえない。
(2) 本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」について ア 原告は,「間隙」には,「すきま」と「へだたり」の二義があり,「すきま」が,本件決定のように,物と物との間のすいた所の幅と長さを含めた全体を意味する場合があり得るとしても,本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」,すなわち「0.1〜2.0mmの切り抜きのすきま」が,切り抜きにおけるすいた所の幅が0.1〜2.0mmであること,すなわち「0.1〜2.0mmの切り抜き幅」の意味であることは,文脈上一義的に明らかであると主張する。
しかしながら,本件明細書等(甲2)において,「0.1〜2.0mm」という数値限定とろう材の種類が記載されている唯一の箇所である上記の「切り抜き11の幅は小さ過ぎると排気が不充分となり,大き過ぎるとろう材の表面張力ではふさぎきれなくなってしまうために0.1〜2.0mmが適当である」との記載にあるとおり,「0.1〜2.0mmが適当である」とされるのは,あくまで「切り抜きの幅」であって,「切り抜き間隙」ではない。本件明細書等において「間隙」との用語が用いられているのは,「・・ろう材中にステンレス鋼や炭素鋼等の,ろう材の溶融温度より高い溶融温度の金属粉を混合して,同様に排気孔上に溶融して封止すると,ろう材が溶融しても,これより溶融温度の高い未溶融の金属粉の存在で,溶融ろう材の流下間隔が狭められて,その金属粉間の間隙で溶融ろう材の表面張力が効果的に作用して,・・」(6欄22行目〜28行目)の部分のみであるが,これは,ろう材中に混合された金属粉間の隙間のことについて言及した箇所であるから,切り抜きや小孔の大きさに関する本件訂正とは無関係である。原告が主張するように,本件訂正に係る「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」の「切り抜き間隙」が「切り抜きの幅」を意味するものとすれば,本件明細書等に明示の記載のある「切り抜きの幅」との用語を用いるはずであって,別の箇所で用いられている「間隙」を「幅」と同一語義の用語として置換したものとすれば,それなりの首肯するに足りる理由がなければならない。ところが,「間隙」には,「すきま」と「へだたり」の二義があること,「すきま」が,物と物との間のすいた所の幅と長さを含めた全体を意味する場合があり得ることは,本件決定の説示(決定謄本4頁最終段落)するとおりであり,原告の自認するところでもある。本件明細書等には,上記のとおり,切り抜きの幅と長さのうちの幅は0.1mm〜2.0mmが適当であるとする点及び切り抜きの大きさが0.5mm×8mmの実施例が記載されているにとどまることに照らすと,本件訂正に係る「0.1mm〜2.0mmの切り抜き間隙」との表現は,「0.1mm〜2.0mmの切り抜き幅」以外に,幅と長さを含めた切り抜き全体の大きさについての「0.1mm〜2.0mmの大きさ」との意味をも包含するものといわざるを得ない。そうとすれば,原告が主張するように,「0.1〜2.0mmの切り抜き間隙」が「0.1〜2.0mmの切り抜き幅」の意味であることが文脈上一義的に明らかであって,本件明細書等の記載から自明であるということはできない。
イ したがって,本件決定の「『0.1mm〜2.0mmの切り抜き間隙』は特許明細書または図面(注,本件明細書等)の記載から直接的かつ一義的にも導き出されるものとも言えない」(決定謄本5頁第1段落)とした判断に誤りがあるとはいえない。
(3) 以上によれば,本件訂正が本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないとして,これを不適法であるとした本件決定の判断に誤りがあるということはできない。
2 以上のとおり,原告主張の本件決定取消事由は理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴