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関連審決 不服2002-9861
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 219号 審決取消請求事件
原告 ヒューレット-パッカード・インディゴ・ビー・ブイ(審決上の名称)インディゴ・ナムローゼフェンノ ートシャップ
同訴訟代理人弁理士 鈴江武彦
同 河野哲
同 中村誠
同 蔵田昌俊
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 矢澤清純
同 石川昇治
同 梅岡信幸
同 大野克人
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/02
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-9861号事件について、平成15年1月10日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、パリ条約による優先権を主張して(優先日1991年2月12日)、発明の名称を「結像装置」とする発明について、平成4年1月21日、特許出願をした(平成4年特許願第504210号、以下「本願」という。)が、平成14年2月25日付けで拒絶査定を受けたので、同年6月3日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を不服2002-9861号審判として審理した上、平成15年1月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月29日、原告に送達された。
(2) 本願の請求項1記載の発明(以下「本願発明1」という。)の要旨は、本件審決に記載された以下のとおりである。
【請求項1】結像領域を有する像形成面、 前記結像領域に、像部分と、前記結像領域の最も高く帯電した部分であるバックグラウンド部分とを含む静電潜像を形成するための像形成手段、液体トナー中に含まれる帯電した着色トナー粒子を使用して前記静電潜像を反転モードで現像して、前記像部分を覆う現像された像を形成し、それにより前記像形成面上の現像された像を第1電位とし、前記像形成面上のバックグランド部分を第2電位とする現像手段、前記現像手段の下流で前記像形成面を少なくとも部分的に放電させるための電磁放射源、および別の面に像を転写するために、前記少なくとも部分的な放電の後に、像が転写される、第3の電位に帯電されている中間転写部材を具備し、前記電磁放射源が、前記放電後のバックグランド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用することを特徴とする結像装置。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明1が、本願出願前に頒布された刊行物1(特開平2-264280号公報、甲2、以下「引用例1」という。)、刊行物2(特開昭53-123146号公報、甲3、以下「引用例2」という。)及び刊行物3(特表平4-503265号公報、甲4、以下「引用例3」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」ないし「引用発明3」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、本願発明1と引用発明1との相違点の判断を誤った(取消事由)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 本願発明1と引用発明1との相違点が、本件審決認定のとおり、「本願発明1の結像装置が「現像手段の下流で前記像形成面を少なくとも部分的に放電させるための電磁放射源」を具備しその「少なくとも部分的な放電の後に」像が中間転写部材に転写され、「電磁放射源が、前記放電後のバックグランド部分の電位と、
第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」のに対し、刊行物1に記載された発明(引用発明1)においては、そのような電磁放射源については記載されていない点」(5頁)であることは認める。
しかし、本件審決が、上記相違点の判断に当たり、「刊行物1(本訴甲2)の画像形成装置において、反転現像された感光体上のトナー像を中間転写媒体に静電的に転写するに際して、非像形成部(=バックグランド部分)に付着した電荷が転写時、感光体と中間転写媒体の間で絶縁破壊による放電をして、感光体の光導電性面の損傷や転写トナー像の乱れを起こさないようにするために、刊行物2(本訴甲3)に記載の、現像部位と転写部位の間に設けられる、感光体を光照射するための光照射装置(=電磁放射源)を採用することには、格別の困難性は認められない。」(6頁)と判断したこと、「そして、感光体の光導電性面の損傷や転写トナー像の乱れが起こらないようにするには、バックグランド部分の電荷が転写時、感光体と中間転写媒体の間で放電を起こさないことが肝要であるから、光照射装置による光照射後の感光体のバックグランド部分の電位と中間転写媒体の間の電位差を、絶縁破壊による放電が起きないよう、最小の絶縁破壊電圧の約360ボルト以下の値となるようにすることは、当業者が設計上望ましいこととして適宜採用する程度のことである。」(同頁)と判断したことは、いずれも誤りである。
(2) 本願発明は、現像手段の下流において、電磁放射源により、像形成面を少なくとも部分的に放電させるに際し、電磁放射源の電圧上昇に伴って、像形成面(像部分及びバックグラウンド部分)の電位(第1及び第2電位)が変化するが、
最適転写電位(像が転写される中間転写部材の電位=第3の電位)も変動するという知見、及び、電磁放射源の電圧が一定値を超える場合、最適転写電位を維持しつつ中間転写部材へ転写しようとすると、バックグラウンド部分と中間転写部材との間の電位差が大きくなりすぎ、放電(絶縁破壊)現象が発生するという知見、すなわち、電磁放射源には、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定すること(中間転写部材と像形成面上の像部分の電位差を大きくすること)と、中間転写部材と像形成面上のバックグラウンド部分との間の電位差を放電を防止できる程度に小さくすることとを両立させ得る特定の出力条件が存在するという、新たな知見を基礎として、電磁放射源を出力制御することにより、像形成面の放電後、中間転写部材を最適転写電位すなわち「第3の電位」に帯電させること及び「電磁放射源が、放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」という相違点に係る構成要件を採用するものである。
上記各知見は、新規なものであるから、このような知見が得られない引用例2(甲3)及び3(甲4)からでは、当業者は、引用発明1において、電磁放射源の電圧を特定条件に制御するという発想を得ることはできず、上記構成要件を採用することを想到し得ない。
(3) まず、引用発明2が、「現像部位と転写部位の間に感光体を光照射するための光照射装置を設けた」反転現像式電子写真装置であることは認めるが、引用発明2は、中間転写部材を備えていないものであるため、同発明から、放電後に、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定するという発想は生じない。
また、電磁放射源による放電の場合に、その放電電圧により、中間転写部材の最適転写電位が変動するという知見がなければ、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定することはできない。
このような引用発明2を引用発明1に適用しても、本願発明1の上記構成を想到することはできない。
(4) また、引用発明3に、光導電性面16と中間転写部材70との間の電位差が大きいと、空隙を横断する絶縁破壊が生じ、この絶縁破壊が生じる電位差、すなわち、最小破壊電圧は約360ボルトであることが示されていることは認めるが、
光照射装置による放電をした場合、いかにして感光体表面と中間転写部材との間の電位差を約360ボルト以下にするか、その手法は示されていない。
このような引用発明3からも、本願発明1の上記構成を想到することはできない。
(5) 仮に、引用発明2の光照射装置を引用発明1に適用して、放電電圧(光照射装置の電圧)を上げていけば、感光体表面は漸次電気的にほぼ中性に近づいていくのであるから、当業者は、十分な放電を目的として、可能な限り最大の放電量(放電電圧、光照射装置の電圧)で放電を行うはずであり、他方、放電電圧(光照射装置の電圧)を上げすぎれば、バックグラウンド部分が電気的にほぼ中性となる場合であっても、転写時の放電(絶縁破壊)に起因する像の乱れが生じるのである。
したがって、引用発明2の光照射装置を引用発明1に適用しても、「少なくとも部分的な放電の後に、像が転写される、第3の電位に帯電される中間転写部材」という要件と、「電磁放射源が、放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」という要件とを矛盾なく達成できるわけではない。
3 被告の反論の要点 本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 引用例2には、「従来の反転現像式電子写真装置における…用紙上の像の乱れは、電荷が転写時、感光体表面と用紙間で放電することが原因と考えられる」が、「本発明による感光体光照射装置を設けた反転現像式電子写真装置においては、現像後の感光体表面は、電気的にほぼ中性の状態となるので、反転現像法特有の…用紙上の像の乱れ…等の欠点が大幅に改善される」と記載されているから、転写時の放電に起因する像の乱れ等を防止することを目的として、引用発明1に引用発明2の光照射装置を適用することは、当業者が容易に想到することである。その場合、光照射装置による非像形成部の電荷の消去、すなわち、像形成面の放電後に、像形成部の像を中間転写部材に転写しなければならないから、中間転写部材の電位を像が転写される電位に帯電させること、すなわち、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定することは、装置の設計上当然のことである。
(2) また、引用例3に、「空気の場合は、2つの面間の空隙に関しての最小破壊電圧は、約8μmの空隙に対して典型的に約360ボルトの電圧差で発生する。
…このような絶縁破壊は光導電性面および/または像を損傷してしまう。」と記載されていることからして、感光体表面と(用紙に代わる)中間転写部材との間の電圧が約360ボルト以下であれば放電(絶縁破壊)が起こらず、放電に起因する像の乱れ等が大幅に改善されることは、当業者に、自明のことであるから、「感光体表面」すなわち「バックグラウンド部分」と「中間転写部材」との間に放電を発生させないで像を適切に転写することは、当業者が容易に想到することである。
そうであれば、像を適切に転写すること〔中間転写部材が、少なくとも部分的な像形成面の放電の後に、像が転写される第3の電位に帯電されること〕と、
放電が発生しないこと〔電磁放射源が、像形成面の放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位(中間転写部材の電位)との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用すること〕とが矛盾なく併存することを、当業者は予測できる。
(3) なお、原告は、「電磁放射源が、放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」という構成要件が、格別のものであるかのように主張しており、この主張は、電磁放射源の電圧を一定値を超えないように制御することを前提とするものであるが、本願発明1において、「電磁放射源が、像形成面の放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位(中間転写部材の電位)との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」ために採用される、電磁放射源の作用条件(出力レベル)が特許請求の範囲に規定されているわけではないから、本願発明1が、電磁放射源の作用条件(出力レベル)について格別の構成を採用したというものではない。
しかも、中間転写部材を最適転写電位、すなわち「第3の電位」に帯電させることと、「電磁放射源が、放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」という本願発明1の構成要件が、特別の作用条件下においてのみ達成され得るということはできない。
当裁判所の判断
1 本願発明1と引用発明1との相違点が、本件審決認定のとおり、「本願発明1の結像装置が「現像手段の下流で前記像形成面を少なくとも部分的に放電させるための電磁放射源」を具備しその「少なくとも部分的な放電の後に」像が中間転写部材に転写され、「電磁放射源が、前記放電後のバックグランド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」のに対し、刊行物1に記載された発明(引用発明1)においては、そのような電磁放射源については記載されていない点」(5頁)であることは、当事者間に争いがない。
2 引用発明2(甲3)が、現像部位と転写部位の間に感光体を光照射するための光照射装置を設けた反転現像式電子写真装置であることは、当事者間に争いがなく、本件審決認定(3ないし4頁)の引用例2の記載によれば、同発明には、光照射装置による光照射によって、現像後の像転写直前の感光体表面の非像形成部が、
電気的にほぼ中性の状態となるので、反転現像方式特有の欠点、例えば、非像形成部に付着した電荷が転写時、感光体表面と用紙間で放電することが原因と考えられる用紙上の像の乱れ等の欠点が大幅に改善されることが開示されているものと認められる。
また、引用発明3(甲4)に、光導電性面と中間転写部材との間の電位差が大きいと、空隙を横断する絶縁破壊が生じ、この絶縁破壊が生じる電位差、すなわち、最小破壊電圧が約360ボルトであることが示されていることは、当事者間に争いがなく、本件審決認定(4頁)の引用例3の記載によれば、同発明には、2つの面間の空隙が空気の場合、約8μmの空隙に対して典型的に約360ボルトの電圧差で絶縁破壊が発生すること、この絶縁破壊電圧は約8μmよりも大きい空隙や小さい空隙に関し大幅に増大すること、このような絶縁破壊は光導電性面及び/又は像を損傷してしまうことが開示されているものと認められる。
以上の認定事実によれば、引用発明2は、非像形成部に付着した電荷が転写時、感光体表面と用紙間で放電するのを防止するために、光照射装置を設けたものであり、この感光体表面と用紙間で発生する放電と、引用発明3における2つの面間で生ずる絶縁破壊とは、同じ現象であると認められる。そうすると、引用発明1のような中間転写部材を備える静電像複写装置においても、感光体表面と中間転写部材との間に空気が存在する空隙がある限り、同様の放電が起こることは容易に予測され、その解決のために、引用発明1において、引用発明2に開示されている放電防止技術である光照射装置による光照射を採用して、感光体表面を電気的にほぼ中性の状態することは、当業者にとって容易に想到し得ることといわなければならない。
その際、光照射装置による像形成面の放電後に、像形成部の像を中間転写部材に転写しなければならないのであるから、中間転写部材の電位を像が転写可能な電位、すなわち、第3電位に帯電させることは、技術常識上当然のことというべきである。
他方、引用発明3に、2つの面間の空隙が空気の場合に、約8μmの空隙に対して典型的に約360ボルトの電圧差で絶縁破壊が発生し、この絶縁破壊電圧は約8μmよりも大きい空隙や小さい空隙に関し大幅に増大するとして、絶縁破壊の発生し得る最小値の電位差が開示されているのであるから、感光体表面の非像形成部の電位(第2電位)と中間転写部材の電位(第3電位)との電位差を約360ボルト以下とすれば、絶縁破壊(放電)が生じないことは、当業者が容易に理解できるところであり、中間転写部材の帯電電位(第3電位)を絶縁破壊の生じない、上記電位差を保ち得る範囲において設定することも、当業者が容易に想到し得ることというべきである。
したがって、上記説示と同旨の本件審決の相違点の判断(5頁ないし6頁)に誤りはない。
3 原告は、本願発明1において、電磁放射源の電圧上昇に伴って、像形成面(像部分及びバックグラウンド部分)の電位(第1及び第2電位)が変化するが、
最適転写電位(像が転写される中間転写部材の電位=第3の電位)も変動するという知見、及び、電磁放射源の電圧が一定値を超える場合、最適転写電位を維持しつつ中間転写部材へ転写しようとすると、バックグラウンド部分と中間転写部材との間の電位差が大きくなりすぎ、放電(絶縁破壊)現象が発生するという知見、すなわち、電磁放射源には、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定すること(中間転写部材と像形成面上の像部分の電位差を大きくすること)と、中間転写部材と像形成面上のバックグラウンド部分との間の電位差を放電が防止できる程度に小さくすることとを両立させ得る特定の出力条件が存在するという、新たな知見を基礎として、電磁放射源を特定条件に出力制御した後に、中間転写部材を最適転写電位、
すなわち「第3の電位」に帯電させるもので、第3電位は、最適転写電位(中間転写部材と像形成面上の像部分の電位差が大きい。)であると主張する。
しかしながら、この第3電位について、特許請求の範囲には、「放電後に、
像が転写される」電位と規定されるのみであって、最適転写電位であるとは記載されていない。また、特許請求の範囲には、第3電位と放電後の第2電位との電位差について、「約360ボルト以下の値」と規定されているが、第3電位と放電後の第1電位との電位差について、具体的な数値が規定されているわけではなく、第1電位と第2電位の関係も規定されていない以上、これらの規定から、第3電位と放電後の第1電位との電位差の関係を一義的に理解することは困難であり、上記文言どおり「放電後に、像が転写される」電位と解すべきである。
なお、本願発明1に係る明細書(甲5、以下「本願明細書」という。)にも、「現像された像内の帯電したトナー粒子をドラム10から中間転写部材30に良好に転写することを保証するために、中間転写部材30の表面とドラム10の表面上の像部分112との間に好適な電位差が推持されなければならない。この電位差の大きさは、いくつかの要因、例えば、トナーの型式、トナー層の電荷および厚さならびに表面12および中間転写部材30の表面に対するトナーの相対親和性により左右される。この電位差の大きさは像部分112の絶対電位の関数であるとは考えられず、最適の電位差に近いある範囲の電位差により、良好な結果が得られる。」(13頁〜14頁)と記載され、第3電位と放電後の第1電位との最適の電位差は、上記の各種要因によっても異なり、最適の電位差に近いある範囲であれば実用され得るものと認められるから、本願明細書の記載を参酌しても、「第3電位」とは、特許請求の範囲の記載どおりに、「放電後に、像が転写される」電位と解するのが妥当である。
したがって、本願発明1でいう第3電位とは、「放電後に、像が転写される」電位であって、放電後の第2電位との電位差が、約360ボルト以下である電位と認定できるだけであり、中間転写部材と像形成面上の像部分の電位差が大きい最適転写電位であるとする原告の上記主張を採用することはできない。そして、引用発明1が、放電後に「像が転写される、第3の電位に帯電されている中間転写部材」を具備することは、本件審決が本願発明1との一致点として認定した(7頁)とおりである。
4 原告は、引用発明2が、中間転写部材を備えていないものであるため、同発明から、放電後に、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定するという発想が生じることはなく、また、電磁放射源による放電により、中間転写部材の最適転写電位が変動するという知見がなければ、中間転写部材の電位を最適転写電位に設定することはできないから、このような引用発明2を引用発明1に適用しても、本願発明1の上記構成を想到することはできないと主張する。
上記主張は、本願発明1が第3電位(中間転写部材の電位)を最適転写電位(中間転写部材と像形成面上の像部分の電位差が大きい。)に設定するという構成を有することを前提とするものであるが、この第3電位を最適転写電位に設定するという前提が誤りであることは前示のとおりであるから、原告の上記主張を採用する余地はない。
5 また、原告は、引用発明3に、光照射装置による放電をした場合、いかにして感光体表面と中間転写部材との間の電位差を約360ボルト以下にするか、その手法は開示されていないから、このような引用発明3により、本願発明1の上記構成を想到することはできないと主張する。
確かに、引用発明3には、光照射装置による放電をした場合、感光体表面と中間転写部材との間の電位差を約360ボルト以下にするための手法は開示されていない。しかしながら、本願発明1においても、その特許請求の範囲には、前示のとおり、像形成面の放電後の、第2電位と第3電位の電位差「約360ボルト以下」が条件として規定されているだけであり、このような電位差条件を得るために必要な光照射の出力条件(放電強さ)や特定の構成などが記載されているわけではない。また、本願発明1の第3電位自体についても、前示のとおり、「放電後、像が転写される」と規定されるのみであるから、放電後に像が転写され得る電位が要求されるだけである。このように本願発明1においては、放電後に像が転写され得る第3電位を維持しつつ、放電後における中間転写部材の第3電位と像形成面の第2電位との電位差が規定され、電磁放射源の放電の結果として要請される条件が示されるだけであって、この結果を得るための特別の出力条件(放電強さ)や構成、
すなわち、そのための手法を開示するものではない。
したがって、引用発明3に、感光体表面と中間転写部材との間の電位差を約360ボルト以下にするための手法は示されていないことを理由に、引用発明3から本願発明1の構成を想到できないとする原告の主張は、本願発明1自体も同様の手法を開示していないことを看過するものであって、到底、採用することができない。
6 さらに、原告は、引用発明2の光照射装置を引用発明1に適用したとしても、放電電圧(光照射装置の電圧)を上げていけば、感光体表面は漸次電気的にほぼ中性に近づいていくのであるから、当業者は、十分な放電を目的として、可能な限り最大の放電量(放電電圧、光照射装置の電圧)で放電を行うはずであり、他方、放電電圧(光照射装置の電圧)を上げすぎれば、本願明細書に記載したとおり、バックグラウンド部分が電気的にほぼ中性となる場合であっても、転写時の放電(絶縁破壊)に起因する像の乱れが生じるのであるから、「放電の後に、像が転写される、第3の電位に帯電される中間転写部材」という要件と、「電磁放射源が、放電後のバックグラウンド部分の電位と、第3の電位との差が、約360ボルト以下の値に減少するように作用する」という要件とを矛盾なく達成できるわけではないと主張する。
しかしながら、引用発明2は、反転現像方式特有の欠点を解消するために、
光照射装置により像形成面の放電を行い、感光体表面を電気的にほぼ中性とすることを明示するものであるが、その場合に、光照射装置の出力をできる限り上昇させることを開示ないし示唆するものではなく、また、当業者にとって、感光体表面を電気的にほぼ中性とする状態が達成できるのであれば、それ以上に限りなく光照射装置の出力電圧を上昇させる必要がないことは自明のことといえるから、当業者が、十分な放電を目的として可能な限り最大の放電量で放電を行うことを前提とする原告の主張には、合理的な根拠がない。
なお、本願明細書の図3ないし図5の記載によれば、最適転写電位を維持しつつ、電磁放射源の出力を極めて強くすると、感光体表面と中間転写部材との間の電位差が拡大して絶縁破壊の可能性が高まる現象が認められるが、この現象は一定の高出力条件下に限られており、そのような出力条件でなくとも、光照射により感光体表面を電気的にほぼ中性とすることが可能であることは、同図の記載から明白である。また、本願発明1においても、感光体表面と中間転写部材との間の電位差を約360ボルト以下と規定するのみであって、前示のとおり、そのための電磁放射源の出力条件等の制御内容を規定するものではなく、電磁放射源の出力を一定以下に制限することなどは、特許請求の範囲に何ら示されていないから、上記両要件を両立させることを技術課題と認識して格別の条件・構成を採用したものということはできない。
したがって、当業者が、引用発明1に引用発明2の構成を採用し、引用発明3に開示された電位差を考慮して、上記の両要件を達成する範囲で第3電位を選択することに困難性はなく、いずれにしても、原告の上記主張は採用することができない。
7 結論 そうすると、本願発明1は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 沖中康人