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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  技術的範囲 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  出願経過 /  参酌 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  異議申立 / 
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事件 平成 15年 (ネ) 3746号 特許権侵害差止請求控訴事件
控訴人(原告) 東和化成工業株式会社
訴訟代理人弁護士 竹田稔,川田篤,補佐人弁理士 廣田雅紀,小澤誠次,小栗久 典
被控訴人(被告) 上野製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 品川澄雄,吉澤敬夫,牧野知彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/10
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴人の求めた裁判
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙イ号製品目録(1)及び(2)記載の各製品を輸入し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,その占有にかかる原判決別紙イ号製品目録(1)及び(2)記載の各製品を廃棄せよ。
事案の概要
本判決においては,原判決と同様の意味において又はこれに準じて,「甲特許権」,「甲特許明細書」,「甲特許公報」,「甲発明」,「乙特許権」,「乙特許明細書」,「乙特許公報」,「乙発明」,「構成要件A」ないし「構成要件J」,「被控訴人製品」(原判決の表示は「被告製品」),「被控訴人方法」(原判決の表示は「被告方法」)との略称を用いる。
1 本件は,甲特許権及び乙特許権を有する控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人製品に含有するマルチトール含蜜結晶が甲発明の技術的範囲に属し,被控訴人方法が乙発明の技術的範囲に属することを主張して,被控訴人製品の輸入,販売及び販売の申出が甲特許権及び乙特許権を侵害するとして,被控訴人製品の輸入,販売及び販売の申出の差止め並びに被控訴人製品の廃棄を求めた事案である。
原判決は,被控訴人製品は甲発明の構成要件A,B及びCをいずれも充足しないのでその技術的範囲に属さず,被控訴人方法は乙発明の構成要件Hを充足しないのでその技術的範囲に属さないと認定判断し,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,控訴人から本件控訴が提起された。
本件の「事案の概要」及び「争点及びこれに関する当事者の主張」は,下記2,3のとおり,当審における当事者の主張の要点を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」及び「第3 争点及びこれに関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決2頁13行目の「特願平8-48453号」の次に,「(後記特願平3-509213号の分割)」を付加する。
2 当審における控訴人の主張の要点 (1) 控訴理由の要点 (1-1) 甲発明の構成要件Aの「密な結晶構造」の充足性(争点(1)ア)についての認定判断の誤り 原判決は,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶は「密な結晶構造」を有するといえず,構成要件Aを充足しないとしたが,この認定判断は誤りである。
(a) 被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶が構成要件Aの「密な結晶構造」を有するかは,従来品であるマルチトール含蜜結晶と比較して比較的密な結晶構造を有するかによって判断すべきである。すなわち,甲特許明細書に添付された従来品の写真である【図2】を基準とし,【図2】よりも「密」な構造を有するのであれば,構成要件Aの「密な結晶構造」と判断されるべきである。
しかし,原判決は,被控訴人製品を比較すべき対象が,甲発明に係る製品や従来品ではなく,甲特許明細書に添付された【図1】(b)の写真であるとの誤った前提に立って判断したものである。
(b) 原判決は,本件出願経過として,甲特許の拒絶理由通知書に対する意見書(乙1)の記載を認定判断の根拠として引用するところ,異議申立手続における控訴人の特許異議意見書(甲47-1)における主張や,異議の決定(甲75)など,甲特許の出願経過及び特許権設定後の異議の手続に照らすと,甲発明の構成要件Aにおける「密な結晶構造」とは,「従来の製造方法で得られたマルチトール含蜜結晶に比較すると従来品より比較的密な結晶構造を持つものを意味すること」が明らかである。
原判決が【図2】(b)と被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶とを比較することなく,【図1】(b)から被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶は「密な結晶構造」を有しないと判断したのは誤りである。
しかも,【図1】(b)の写真と被控訴人製品の写真であるとされる乙2,43の写真とは,撮影手段,解像度が明らかに相違するから,原判決のように,これらの写真を直接対比してその外見で判断すること自体常識的な評価ではない。さらに,原判決の判断は,乙2,43の写真においても,明らかに「破砕された,密な結晶構造」を持つと認められることを見誤っている。
(c) 原判決の甲7に関する認定も誤っている。甲7の顕微鏡写真に写ったマルチトール含蜜結晶は「密な結晶構造」を持つといえるものであり,その中央の「黒っぽい」部分は,単なる凹部で写真の陰になった部分と見られ,甲特許明細書に記載された【図2】(図面代用写真)に示されるような「ポーラスな部分」を示すものではなく,また,砂糖(グラニュー糖)のようなものが混入して付着したという構造ではなく,20kVの電子線で撮影されたことにより,中央が局部的に溶融されたという構造のものでもない(甲83)。この「黒っぽい」部分の映像が「密な結晶構造」を持つか否かの判断に影響があるものではない。
電子顕微鏡写真の映像を評価するとき,直接比較すべきは,撮影手段や解像度の異なる【図1】(b)の写真ではなく,同じ撮影手段で撮影され,同じ解像度を有する控訴人製品や従来品であることは,実験的な常識からしても明らかであるから,原判決の甲35及び36についての判示も誤りである。
同様に,原判決の甲72及び73の電子顕微鏡写真についての判示も,写真に写された結晶構造それ自体を判断することなく,それぞれの撮影における解像度の相違する電子顕微鏡写真を形式的に対比して認定したもので,誤りである。
(d) 原判決の上記誤りは,「見掛け比重」及び「吸油性」の認定に照らしても明らかである。すなわち,原判決は,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶について,電子顕微鏡による結晶構造の判断において密でない旨判断し,他方,見掛け比重や吸油性による結晶構造の判断においては,同一物質であるにもかかわらず,被控訴人製品が甲発明のマルチトール含蜜結晶構造よりも密であると判断したものであって,当業者の技術常識に反し,明らかに矛盾している。
(e) 被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶が「密な結晶構造」を持つことは,甲特許公報の【図2】(b)(図面代用写真)と,これと解像度をほぼ等しくする被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の写真(甲84〔e陳述書〕,90〔f実験報告書〕),甲35,36,72,73のほか,甲83〔g鑑定書〕から立証されている。
(1-2) 甲発明の構成要件Bの「見掛け比重」の充足性(争点(1)イ)についての認定判断の誤り (a) 本件特許出願当時,「マルチトール含蜜結晶粉末の見掛け比重」は,通常,JISK6721法により測定されることは,当業者に周知であり,この方法によれば,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶は,構成要件Bを充足する。原判決は,この判断を誤った。
(b) 我が国においてマルチトール含蜜結晶を工業的に生産し商業的に販売していたのは控訴人のみであり,糖アルコールの当業者は,このことを知っているから,甲発明における 「マルチトール含蜜結晶粉末の見掛け比重」は,明細書にこれに反する記載が存在しない以上,控訴人が用いてきたJISK6721法によるものと理解することが明らかである。
したがって,甲特許明細書の発明の詳細な説明に「比重の測定は,従来より知られた方法で行うことができる。」と記載されているが,当業者であれば,「従来より知られた方法」とは,JISK6721法と理解するのは当然である。
甲特許明細書に示されている従来品の見掛け比重の測定値は,「0.43〜0.59」であり,これをパウダーテスター法で測定すると「0.613」である(乙12)。JISK6721法を用いた場合とパウダーテスター法を用いた場合とでは,上記測定値は0.071〜0.102(平均0.091)低い値となる(甲45〔里見実験報告書〕)。パウダーテスター法による測定値は,甲特許明細書に示された数値範囲に入らないが,上記両法の差である0.091を控除すると,「0.522」となって,甲特許明細書に記載された数値範囲に入る。したがって,当業者には,甲特許明細書に記載された甲発明と従来品の各マルチトール含蜜結晶の見掛け比重の測定値は,JISK6721法によるものと理解される。
(c) 前記異議の決定においても,「ゆるみ見掛け比重は,通常JISK6721により測定されることは,本件特許の出願時当業者において周知であったと認められる。そうすると,本件明細書に『見掛け比重』の意味するところについて具体的な記載がないとしても,また,見掛け比重の測定方法について具体的に記載されていないとしても,本件明細書に記載の『見掛け比重』が,ゆるみ見掛け比重を意味すること,該ゆるみ見掛け比重が,通常JISK6721により測定されたものであることは,当業者なら容易に理解できることである」と認定判断している。
(d) 被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の「見掛け比重」をJISK6721法により測定すると,構成要件Bの数値範囲にある(甲7,8-1,72,73)。
なお,被控訴人は,パウダーテスター法による被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の値は「0.778ないし0.793」というが(乙5),前記のとおり,両法の差である0.091を控除して修正すると,「0.687〜0.702」となって,構成要件Bの数値範囲に入る。
(e) 以上に照らせば,被控訴人製品が構成要件Bを充足しないとした原判決の認定判断は,誤りである。
なお,原判決は,乙18,33,34等の証拠の見方を誤っている。
さらに,原判決は,「構成要件Bについては,JISK6721とパウダーテスター法のいずれによっても,見掛け比重の数値を充足する必要がある。」とする。
しかし,2つの異なる測定方法が存する場合に,通常測定すべき試料の測定値と同時に測定される対照(コントロール)の測定値を基準にして,試料の測定値がどちらの測定方法で測定されたものかを判断することは技術者の常識的な態度であり,2つの異なる測定方法における測定値に差異がある場合の両方法の測定値の対比は,両方法の測定値の相関から補正値を求め,一方の測定値と補正値により修正した他方の測定値とを比較することにより行われる。そうすると,原判決の認定するように,たとえ「構成要件Bの測定方法として,JISK6721とパウダーテスター法がある」としても,前記のように,いずれの方法によっても被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶が構成要件Bを具備することが明らかであり,原判決は誤りである。
(1-3) 甲発明の構成要件Cの「吸油性」の充足性(争点(1)ウ)についての認定判断の誤り (a) 原判決が吸油率の実験方法を対比するに当たって示した認定判断には誤りがあり,適切な実験方法である控訴人の測定方法に従えば,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶は,構成要件Cを充足する。
(b) 原判決は,吸油性は,「粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末」について測定すべきであるところ,控訴人の実験方法では,混合時間が長いか又は混合の方法が激しいために,この範囲を逸脱した微細な含蜜結晶粉末も含まれてしまうから,適切とはいえないとした。そして,被控訴人の実験方法は,適切な実験方法であり,これによれば,被控訴人製品は,吸油率が7.0%〜17%の範囲内にないと認定判断した。しかしながら,上記認定判断は,誤りである。
甲発明にいう「吸油率」は,甲特許明細書に記載されている方法で測定すべきところ,その方法とは,「ヒマシ油を粉末試料15gに加えて混合し,5分後,濾布を敷いた遠沈管(底に孔のあるもの)に移し,1300Gで10分間遠心分離し,濾布上に残ったケーキ重量を測定し,次式により計算した。吸油率(%)={[(ケーキ重量)-15]/15}×100」(甲特許公報【0114】【0115】)というものである。そうすると,被控訴人が行った測定方法は,試料をヒマシ油に混合した後に,当該試料を濾布を敷いた遠沈管に移すということを行っていないのであるから,甲特許明細書に記載された吸油率の測定方法に従ったものとはいえない。
財団法人化学物質評価研究機構による試験報告書(甲87〔枝番号も含む〕)は,被控訴人から提供された被控訴人製造の粉末マルチトールを用いて被控訴人の実験方法による吸油率の測定をしたものであるが,吸油率7.68%を示し,甲特許の構成要件「7.0%〜17%」の範囲に入る。したがって,被控訴人の製品を,被控訴人の実験方法によって測定したとしても,被控訴人の提示した4.8ないし6.6%(乙3)及び平均値6.2%(乙45,46)という吸油率の値にならない。また,この試験報告書に示されるように,被控訴人の実験方法によって測定した,マルチトールの高純度の結晶粉末である単結晶粉末の吸油率の値が,ほぼ5.11%であるのに対して,被控訴人の提示した被控訴人製品の吸油率は上記のとおり,それと同等あるいはそれ以下の値を含むものであって,マルチトール含蜜結晶の吸油率が高純度結晶粉末であるマルチトール単結晶粉末と同等あるいはそれ以下ということは,実験的には,適正とはいえない。
(c) 原判決は,控訴人が行った実験(甲7)について,試料に砂糖が混合されているので,吸油率は減少した値となる傾向があり,試料として適切であるとはいえないとして,その実験結果を吸油率の認定の資料としなかった。
しかしながら,甲7の実験では,微量に混合されている砂糖の影響についても実験し,問題のないことを確認している。また,控訴人が実験結果として示した吸油率は,7.23%あるいは7.27%であり,甲特許の構成要件の吸油率の範囲に入るものであり,この実験を判断の対象から除外する理由にはならない。
(1-4) 乙発明の構成要件Hの「種結晶の存在下で」の充足性(争点(2))についての認定判断の誤り (a) 乙特許の出願当時,当業者には,結晶の製造に際して,系内で発生させた結晶核も,系外から添加した結晶核も,新たな結晶核の発生を促す役目を果たす,あるいは結晶成長の核となる結晶は,いずれも「種結晶」と称するものと理解されていたことは,原判決の認定したとおりである。
したがって,乙発明の構成要件Hにおける「種結晶の存在下」とは,マルチトール含蜜結晶を製造するに際し,マルチトール水溶液を細長い冷却・混練ゾーンを有する押出し機に連続的に供給する過程において,新たな結晶核の発生を促すため,系内において結晶核を自然発生させる方法と,系外から結晶核を添加する方法のいずれかの方法により,種結晶が存在する状態を意味し,構成要件Hは,この状態でマルチトール水溶液を冷却・混練してマルチトールマグマを生成させることを意味することは,文言上当業者にとって一義的に明白である。
このことは,乙特許明細書の記載からみても明白である。すなわち,「種結晶の存在下」と「種結晶の添加」とは明確に区別して用いられており,また,系外から結晶核を添加する方法に限定されず,系内において結晶核を自然発生させる方法でよいことが示唆されている。
被控訴人方法は,マルチトールの種結晶を添加している場合は,「種結晶の存在下」に冷却・混練するものであるから,構成要件Hを充足することは明らかである。仮に,被控訴人の主張するように,マルチトールの種結晶を添加していない場合であっても,系内での攪拌や水の添加等により,マルチトール結晶を自然発生させ,この結晶核の存在下に,冷却・混練を行っているものであるから,「種結晶の存在下に」冷却・混練を行っているのであり,被控訴人方法は,「種結晶の存在下」に該当する。
(b) 原判決は,「実施例は,それに制限されるものではないが,乙特許明細書に記載された実施例としては,種結晶を系外から添加する例のみが記載されているだけであって,乙特許明細書には,乙発明に種結晶が系内で自然発生する場合も含まれることは記載もされていないし,示唆もされていない。」と判示するが,誤りである。
前記のとおり,乙発明の構成要件Hにおける「種結晶の存在下」という発明を実施するに際して,「種結晶を存在させる」ためには,系内において結晶核を自然発生させる方法と,系外から結晶核を添加する方法とが周知であり,「種結晶の存在下」とは,そのいずれかの方法により,種結晶が存在する状態を意味することは,特許請求の範囲記載の文言上,当業者にとって,技術的に自明である。また,「種結晶の存在下」の要件を充足するために「種結晶を存在させる手段」,すなわち,「種結晶を添加する」か,あるいは「系内で自然発生させる」かは,乙発明の構成要件になっていない。
原判決は,乙発明の構成に欠くことのできない事項となっていない事項を挙げて,乙発明の構成に欠くことのできない事項を判断しており,誤りである。
さらに,実施例等の発明の詳細な説明は,望ましい実施の態様を挙げて記載するものであるから,その記載に限定されるというものではない。しかも,乙特許明細書中の原判決が引用する箇所は,手続補正書(甲4-2)の請求項2記載の発明(乙特許公報記載の請求項4)についての説明であり,この記載から請求項1記載の発明,すなわち,乙発明を限定的に解釈することはできない。
(c) 原判決は,乙特許の特許異議答弁書(乙14)の記載を引用して,控訴人は,先願発明と乙発明との差異を種結晶の添加という点に見出しているということができると判示しているが,二重の意味で誤っている。
すなわち,異議申立てにおける控訴人の主張は,乙発明と引用された異議甲第7号証記載の発明との差異を「種結晶を添加する」点に見出しているのではない。まして,乙発明が種結晶を添加するものに限定されると主張したものでもない。
また,異議手続において,被控訴人が異議甲第8号証(本訴乙15)を提示してそれに記載のものがマルチトール同様結晶化困難なソルビトールの製造方法を開示していると主張したのに対し,控訴人は,マルチトールとソルビトールは物性を異にし,かつ,異議甲第8号証記載のものは乙発明のように種結晶の存在下で冷却・混練するものではないと答弁したものであって,乙発明が種結晶を添加するものに限定されると主張したものではない。
このように,出願経過参酌しても,技術的範囲を系外から結晶核を添加する方法に限定することはできない。
(d) 原判決は,控訴人の乙特許の無効審判手続の口頭審理陳述要領書(乙25)の記載を引用して,控訴人が,マルチトール以外の糖類を用いたものは,種結晶の存在を前提とする乙発明とは無関係である旨主張したと判示している。
しかしながら,控訴人の上記主張は,「種結晶の組成」について言及しているもので,「種結晶の添加」について述べているものではない。したがって,「控訴人は先願発明と乙発明との差異をまさに種結晶の添加という点に見出しているということができる。」,「出願経過に照らしても,控訴人がこれに反する主張をすることは許されない。」との原判決の判断には繋がらないものである。
(e) 原判決は,特許請求の範囲に「種結晶の存在下で」とあることの意味や,甲55,20などに照らせば,控訴人が,乙特許出願当時,種結晶を系外から添加せず,系内で自然発生させるマルチトール含蜜結晶の製造方法をも念頭に置いていたものとは解されないなどと判示している。
しかしながら,種結晶の存在が乙発明の製造方法にとって必須の要件である以上,このことを特許請求の範囲に記載することは必要なことであり,原判決は,特許請求の範囲の記載事項を理解しない誤った判断である。また,乙特許の出願当時,当業者には,結晶の製造に際して,系内で発生させた結晶核も,系外から添加した結晶核も,新たな結晶核の発生を促す役目を果たす,あるいは結晶成長の核となる結晶は,いずれも「種結晶」と称するものと理解されていた以上,「種結晶の存在下」との文言が両方法を含むことは当然であり,出願経過参酌しても,これを限定的に解することはできない。
(f) 原判決は,被控訴人が種結晶を添加する方法を使用して被控訴人製品を生産していることを認めるに足りる証拠はないというべきであると結論付けている。
しかしながら,「タイ王国弁護士が作成した宣誓供述書」のみによって,「タイ王国における被控訴人方法が系外から種結晶を添加していないものであることを明らかにした」とする判決の認定は誤りである。
さらに,原判決が,乙30,31を援用しつつ判示する点も,「種結晶を使用することなく」マルチトールの含蜜結晶を製造する方法について,特許出願がなされたということ以外,何も証明するものではなく,かつ,その特許出願の明細書に開示された方法は,小型の「KRCS2ニーダー」を用いた発明の開示であって,立会い実験の域を出るものでもない。
(g) 以上のとおり,被控訴人方法は乙発明の構成要件をすべて充足し,その技術的範囲に属するのであって,構成要件Hを充足しないとする原判決の認定判断は誤りである。
(2) 当審において追加された主張 仮に,乙発明の構成要件Hにおける「種結晶の存在下」が文言上,「種結晶を添加する」ことを意味するのに対し,被控訴人方法は,「種結晶を系内で自然発生的に生成させる」ものであって,これによってマルチトール含蜜結晶を工業的に生産することが可能であるとしても,被控訴人方法は,乙発明と実質的に技術的思想を同じくするものであり,乙発明の構成要件Hと均等なものとして,乙発明の技術的範囲に属するというべきである。
(a) 乙発明において,種結晶の存在下でマルチトール水溶液を細長い冷却・混練ゾーンを有する押出し機に連続的に供給し,これを冷却・混練してマルチトールマグマを生成させた後,押出しノズルから連続的に押し出すことは必須であるが,その場合存在する種結晶が添加されたものか,あるいは系内で自然発生させたものかは,発明の必須の要件ではない。したがって,「種結晶の存在下」で冷却・混練が行われる以上,「種結晶を添加する」か「種結晶を系内で自然発生的に生成させる」かは,非本質的部分である。
(b) 種結晶の添加を系内で自然発生的に生成させるものに置き換えても,乙発明の目的を達することができ,「種結晶を添加する」か,「種結晶を系内で自然発生的に生成させる」以外のすべての要件を具備する被控訴人方法は,乙発明とほぼ同一の作用効果を奏するものであって,置換可能性の要件を充足する。
(c) 乙特許の出願当時においても,当業者には,結晶の製造に際して,系内で発生させた結晶核も,系外から添加した結晶核も,新たな結晶核の発生を促す役目を果たす,あるいは結晶成長の核となる結晶は,いずれも「種結晶」と称するものと理解されていた。したがって,被控訴人方法によりマルチトール含蜜結晶を製造するに当たり,種結晶の添加を系内で自然発生的に生成させるものに置き換えることは,当業者であれば,容易に想到できたものである。
(d) 被控訴人方法は,乙発明と技術的思想を同じくする。乙発明のマルチトール含蜜結晶の製造方法は,従来技術であるブロック粉砕法とは異なる製造方法であり,被控訴人方法が乙発明の方法に依拠している以上,その出願当時容易に推考できたものでないことは明らかである。
(e) 乙発明の出願経過において,「種結晶を系内で自然発生的に生成させる」を意識的に除外した事実はない。
3 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 控訴理由に対して 控訴理由は,基本的に原審における主張の繰り返しであって,何ら原判決の認定判断に影響を与えるものではない。
(1-1) 甲発明の構成要件Aの「密な結晶構造」の充足性の主張に対して (a) 甲特許明細書の特許請求の範囲や【図面の簡単な説明】の欄の記載によれば,特許請求の範囲に記載の「密な結晶構造」であるか否かは,【図1】(b)に基づいて判断されなければならないことは極めて明確である。
(b) 甲特許明細書には顕微鏡写真の撮影条件は一切記載されていない以上,当業者が同じ撮影手段で撮影され,同じ解像度を有する顕微鏡写真を取得することは不可能である。控訴人の主張は,明細書に全く記載のない条件によって甲特許発明技術的範囲を定めることを意味しており,それだけで失当である。
甲特許明細書の段落【0111】の記載があっても,本件出願人が認識し特許明細書に記載した特許発明実施品とは,【図1】に記載のような構造を指すものであることは動かしようがない。
異議の決定(甲75)は,発明が【図1】の構造であることも認定するところであり,甲特許明細書添付の【図1】と【図2】を離れて,「従来品」や「発明品」を認定すべきとする根拠にはなり得ない。
控訴人は,拒絶理由に対する意見書(乙1)において,「密な結晶構造」かどうかの判断は甲特許明細書添付の【図1】と対比すべきであることを自認している。
(c) 控訴人は,原判決が,「密な結晶構造」と「見掛け比重」及び「吸油率」の関係について,相反する認定を行っている旨の主張をするが,前記のような,控訴人の「密な結晶構造」についての誤った判断基準を前提とする主張であり,何ら意味をなさない。控訴人の主張は,甲発明の規定するマルチトール含蜜結晶が不特定であることを控訴人が自認しているに等しい。なお,原判決は,被控訴人製品に係る粉末マルチトールについて,見掛け比重や吸油性が密であるなどと認定判断したわけではない。
(d) 甲83〔g鑑定書〕も何ら意味のないものである。乙50〔h鑑定書〕は,被控訴人製品が「密な結晶構造」を有しないことを明確にしている。
g鑑定書は,「密な結晶構造」であるかの判断を従来品写真である【図2】(b)に基づいてしており,根本的な誤りがある。また,甲特許明細書の「密な結晶構造」を示す写真を無視し,自ら勝手に「疎な結晶構造」という基準を立て,その基準を充足しないものを「密な結晶構造」であると決めつけるなど,採用に値しない。その他,根拠がなく,事実に基づかない誤った鑑定結果である。
(1-2) 甲発明の構成要件Bの「見掛け比重」の充足性の主張に対して (a) 被控訴人製品は,構成要件Bを充足しないとの原判決の判断は正当である。
(b) JISK6721法が粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として従来より公知とはいえない(この点でのみ原判決の認定は誤っている。)。甲特許の出願当時,上記測定方法としてパウダーテスター法が公知文献に記載された唯一の方法であり,甲発明の構成要件Bの「見掛け比重」はパウダーテスター法によるものと解さざるを得ない。
(c) 異議の決定は,通常JISK6721により測定されたものであることは,当業者なら容易に理解できることであると判断したが,誤っている。そもそも,異議の決定は,JISK6721法が粉末マルチトールの見掛け比重の唯一の測定方法であると認定したものではなく,パウダーテスター法が「従来より知られた方法」であることを否定したものでもない。
(1-3) 甲発明の構成要件Cの「吸油性」の充足性の主張に対して 被控訴人製品に含まれる粉末マルチトールの吸油率は,構成要件Cを充足しない(乙3,45)。そして,甲7,8-2,72,73,87-2の測定方法は適切でない。いずれも,原判決が認定判断したとおりであり,原判決に何ら不備はない。
(1-4) 乙発明の構成要件Hの「種結晶の存在下で」の充足性の主張に対して (a) 乙特許明細書の「特許請求の範囲」「発明の詳細な説明」の全記載を詳細に検討してみても,「種結晶の存在下」とは「種結晶」を「添加」,「導入」又は「供給」することのみを意味し,系内で自然発生的に結晶が発生する場合を包含しない。
(b) 乙特許の出願経過において,出願人自らが「種結晶の存在下」とは「種結晶の添加」を意味することを明言しており(乙14),系内で自然発生的に結晶が発生する場合を包含しない。控訴人の主張は,禁反言の法理に反する。
(c) 控訴人は,乙特許の無効審判事件において,マンニットや砂糖などのマルチトール以外の糖類を用いたものは,種結晶の存在を前提とする乙発明と無関係であると主張している(乙25)。
(d) 工業的な技術用語としての「種結晶」なる用語の普通の意味は,系外から添加する結晶を意味する(乙8〜11,26-1,甲23)。乙特許明細書中には,「種結晶」の普通の意味と異なった意味に定義した箇所はなく,普通の意味どおりに用いた記載のみしか存在しない。
(e) 乙発明は,従来技術に比べ,「種結晶」を添加する方法に特定されたものであることは明らかであり,種結晶を添加することなく原料であるマルチトール水溶液を冷却・混練することによってマルチトール結晶を製造する被控訴人方法は,乙発明と技術思想を異にする。
原判決の結論に誤りはない。
(2) 当審において追加された主張に対して (a) 控訴人は,乙特許に係る特許異議申立て手続において,乙発明と種結晶を添加しない先行発明との相違を,まさに種結晶を添加する点に見出しているとおり,乙発明が従来技術と異なる特徴部分は,乙発明の「種結晶の存在下」すなわち「種結晶の添加」にあるから,当該要件は乙発明の本質的部分である。
(b) 結晶核を自然発生させる被控訴人方法と,種結晶を添加する乙発明とでは,被控訴人方法は「大量の種結晶をわざわざ添加する必要がないので,その分,当然ながら製造効率が良い」という乙発明にない作用効果を奏するものであるから,両者が同一の作用効果を奏するものではなく,両者は置換可能な技術でないことは明らかである(甲55,乙29)。
(c) 被控訴人の「種結晶を添加しない」というマルチトールの製造方法は,当業者たる控訴人が疑い(本件準備書面),鑑定人も実用的方法でないと認識するように(甲55),当業者の常識に反し,意外なものであった。被控訴人は,被控訴人方法に係る特許出願をした(乙30)。被控訴人方法で粉末マルチトールを製造するに当たり,種結晶を添加する方法を,結晶核を系内で自然発生させる被控訴人方法に置き換えることは,被控訴人がそのノウハウを開示する前は,当業者にとって全く不可能であり,これらの置換容易に想到することなどは全くできなかったことが明らかである。
(d) 控訴人は,乙特許に係る特許異議申立て手続において,「甲第8号証(注:本訴乙15)に記載の発明は,溶融ソルビトールが押出し機内に種結晶を添加することなく供給されるだけであり,本願発明のように,種結晶の存在下で冷却・混練することは記載も示唆もされていない。」と主張しており,「系内で結晶核を自然発生させる」方法を意識的に除外したものである。
以上のとおり,被控訴人方法に均等論が適用される余地はない。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人製品は,甲発明の構成要件A,B及びCを充足することを認めるに足りないので甲発明の技術的範囲に属するとはいえず,被控訴人方法は,乙発明の構成要件Hを充足することを認めるに足りないので乙発明の技術的範囲に属するとはいえず,また,当審において追加されたいわゆる均等論の主張も採用することはできないので,控訴人の請求はいずれも理由がなく,控訴は棄却されるべきものと判断する。その理由は,下記のとおり付加するほかは,原判決が「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」として判示するとおりである。
2 控訴理由について (1) 甲発明の構成要件Aの「密な結晶構造」の充足性(争点(1)ア)について (1-1) 控訴人は,被控訴人製品が構成要件Aの「密な結晶構造」を有するかは,従来品であるマルチトール含蜜結晶(甲特許明細書添付【図2】(b)の写真のもの)と被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶とを比較して比較的密な結晶構造を有するかによって判断すべきであると主張し,原判決は,被控訴人製品を比較すべき対象が甲特許明細書に添付された【図1】(b)の写真であるとの誤った前提に立って判断したと非難する(なお,控訴人は,甲特許明細書(甲2)に添付の【図1】,【図2】のクリーンコピーとして甲82-1〜4を提出した。)。
しかし,甲特許明細書(甲2)の「図面の簡単な説明」にも記載されているように,「甲発明に係る乾燥,粉砕,分級後の粉末状のマルチトール含密結晶」の電子顕微鏡写真で倍率1000倍の写真は,【図1】(b)の(図面代用)写真である。被控訴人製品が甲特許の構成要件を充足するか否かの認定判断において,原判決が甲発明に係るマルチトール含密結晶の写真である【図1】(b)の写真を比較対象とすべきものと判示したことは,当然のことであって,相当である。
たとえ,甲特許明細書(甲2)の詳細な説明欄において,「図1と図2とを比較すると,本発明品は,従来品より比較的密な結晶構造であることが確認できる。」(段落【0111】)などの記載があり,異議の決定(甲75)が,上記記載を引用した上,「請求項1に記載の『密な結晶構造』とは,従来技術で得られるマルチトール含蜜結晶のもつ『比較的粗な多孔質の結晶構造』及び図2に示される従来の粉末状のマルチトール含蜜結晶のもつ結晶構造と比較して,孔または隙間がより少ない結晶構造を意味することは,当業者であれば容易に理解し得ることである」と判断しているからといって,上記判断を否定し得るものではない。
すなわち,異議の決定における上記説示は,異議申立人(被控訴人)による「『密な』というのは主観的な語句であり,不明確であって,当業者が客観的かつ具体的に理解することができない。」との特許法36条違反の主張を排斥する理由として示されたものであり(甲75),控訴人が引用する上記甲特許明細書の記載も含め,従来品の写真である【図2】と対比することが,【図1】の写真で表される甲発明に係るマルチトール含密結晶の「密な結晶構造」という要件を明確化するのに資する(特許法36条に反しない。)ということがいえるにとどまるものである。これらを含む控訴人の主張に照らして,甲特許明細書を精査しても,甲発明の技術的範囲の限界が従来品とされる【図2】の写真のものまで及ぶこと,あるいは,【図2】の写真よりわずかでも密なものであればすべて甲発明の技術的範囲に含まれることが開示されていると解することはできず,甲発明の技術的範囲を判断するのに,甲発明に係るマルチトール含密結晶の写真である【図1】のものを基準とすることなく,従来品であるとされる【図2】の写真を基準とすべきものと解することはできない(【図1】の写真を基準にするといっても,「密な結晶構造」の概念を明確化させる意味で,【図2】の写真を参照することは相当であるし,【図1】の写真にみられる「密」の程度にも全く幅がないというものではないのであって,【図1】よりもわずかながら「密」の程度が低い場合であっても,【図1】のものと同視し得る程度のものであるときは,構成要件Aを充足するものと評価すべきであると考えられる。しかし,このように考えても,被控訴人製品は,【図1】よりも「密」ではないというにとどまらず,両者の差異は,【図1】と同視し得る程度のものであるとはいえないのであって,被控訴人製品が構成要件Aを充足しないとした原判決の認定判断は,是認し得るものである。)。
控訴人の主張は,採用することができない。
(1-2) 控訴人は,原判決が,本件出願経過として,甲特許の拒絶理由通知書に対する意見書(乙1)の記載を認定判断の根拠とした点を批判する。
検討するに,乙1は,審査官が,本件発明の特許出願前に頒布された刊行物に記載された発明(商品名「アマルティ20」)を引用し,本件発明はその引用発明であるから特許法29条1項3号に該当するとの拒絶理由通知をしたのに対し,控訴人が意見を述べたものである。控訴人は,乙1において,原判決が引用した箇所のほか,「甲第3号証(判決注:上記アマルティ20に係る発明を記載)の電子顕微鏡写真を本願の図1(b)及び図2(b)の電子顕微鏡写真とを対比すると,甲第3号証の「アマルティ20」の結晶構造は,従来のマルチトール含密結晶を示す図2(b)に近似するものであり,本願発明のマルチトール含密結晶を示す図1(b)の結晶構造とは明らかに相違しています。」と主張している。これらによれば,控訴人自身が乙1においては,【図1】(b)の写真に基づいて「密な結晶構造」を主張していることは否定できないのであって,上記(1-1)に判示したところにも照らせば,原判決が上記の点を理由の1つとして掲げた点に違法はない。
なお,控訴人は,乙2,43と甲特許明細書の【図1】(b)の写真とでは,撮影手段,解像度が明らかに相違するとして,原判決が乙2,43の写真と上記【図1】(b)の写真とを対比して判断した点を非難する。しかし,同明細書では,【図1】(b)の写真の撮影条件について,走査型電子顕微鏡による1000倍の倍率による撮影であるということ以外に,具体的な撮影条件が開示されていないのであるから,両者の撮影条件を問題とする控訴人の主張は,直ちに採用の限りではない。なお,上記【図1】(b)の写真には,「15kV」との文字が写し出されており,これが加速電圧であると推測され,乙2,43の写真の撮影における加速電圧がこれと異なるとしても,直ちに原判決の説示が相当でないということはできないし,後記のとおり,本件では,そもそも,被控訴人製品が構成要件Aを充足することを認めるに足りる証拠がないのであるから,上記の点をもって,原判決の結論を是認し得ないということにはならない。
(1-3) 控訴人は,甲7,35,36,72及び73についての原判決の認定を非難する。
原判決が甲7について指摘した点,すなわち,中央部分の黒っぽい部分や,対象試料1への砂糖が混合の点に関する原判決の説示は,限られた証拠から推測する部分もあるが,乙50〔h鑑定書〕,51にも照らせば,甲7の写真の問題点を指摘するものとして是認し得るものである。控訴人の主張する点をしんしゃくして原判決が甲7に添付の写真の証拠価値を否定した判断を検討しても,相当でないということはできない。その他,前記(1-1)に判示したところにも照らせば,甲35,36に関して原判決が説示する点は,是認し得るものである。また,甲72,73の写真がぼやけているようにみえることを指摘する点などの原判決の説示は,乙50にも照らして,是認することができ,控訴人の主張は採用の限りではない。なお,甲83〔g鑑定書〕については後に触れる。
(1-4) 控訴人は,原判決が,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶について電子顕微鏡による結晶構造の判断において密でない旨判断し,他方,見掛け比重や吸油性による結晶構造の判断においては,同一物質にもかかわらず,被控訴人製品が甲発明のマルチトール含蜜結晶構造よりも密であると判断したものであって,当業者の技術常識に反し,明らかに矛盾していると主張する。
しかし,控訴人の上記主張は,前記(1-1)における主張を前提とするものと解され,その前提となる主張が採用し得ないことは前判示のとおりであり,その他,控訴人の主張を考慮しても,原判決に矛盾などがあるとはいえない。
(1-5) 控訴人は,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶が「密な結晶構造」を持つことは,甲特許公報の【図2】(b)(図面代用写真)と,これと解像度をほぼ等しくする被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の写真(甲84〔e陳述書〕,90〔f実験報告書〕),甲35,36,72,73のほか,甲83〔g鑑定書〕から立証されていると主張する。
しかし,【図2】(b)の写真と対比すべきであるとの主張自体が採用し得ないことは前判示のとおりである。甲35,36,72,73についても,(1-3)に判示したところにも照らし,また,原判決がこれら証拠について説示することころ自体を検討しても,是認し得るものである。
そこで,当審で提出された甲84〔e陳述書〕,甲90〔f実験報告書〕),甲83〔g鑑定書〕についてみておく。
甲84は,甲特許公報に添付の【図1】,【図2】の写真を撮影したeが当時の撮影条件を示した上で,同じ条件で4つの試料を撮影したもの,甲90は,甲84の撮影を依頼した控訴人従業員であるfが撮影結果を報告するものである。しかし,控訴人は,これらの写真と前記【図2】(甲2,82-2・4)の写真との対比により,「密な結晶構造」を主張するものであるから,前記(1-1)のとおり,その主張は採用し得ないものである。
甲83における構成要件Aに関する部分は,甲特許明細書の【図2】の写真を対比基準として意見を述べるものであって,前記(1-1)のとおり,採用し得ないものというほかない。なお,甲83には,被控訴人から提出された試料3,4についての甲84の写真と甲特許明細書添付の【図1】の写真(甲2,82-1・3)とを比較しても極めて類似した構造であり,前者が「密な結晶構造」をもつといえるとする部分がある。しかし,その根拠とするところは,【図2】の写真にあるような「約3μmから10μm程度の多数の空隙を持つ部分」を「ポーラスな部分」であるとした上,この「ポーラスな部分」がほとんどないということから,上記の意見を導き出すものであり,実質的には,【図2】の写真を基準にして判断しているというほかなく,前記(1-1)の理由により,上記部分も採用の限りではない。そして,上記甲84の試料3,4の写真(甲90のものも同じ)と上記【図1】の写真とを,直接に対比して検討しても,乙50も指摘するとおり,後者と同視し得る程度に前者が「密な結晶構造」を有しているとまでは認めることはできない。その他,甲83が検討対象とした甲7,35,36,72,73などについては,前判示と同様のことがいえる。以上のとおりであるから,甲83〔g鑑定書〕に甲91〔g意見書〕を合わせ考慮しても,乙50〔h鑑定書〕に照らし,甲83を根拠とする控訴人の主張は,採用の限りではない。
よって,被控訴人製品のマルチトール含密結晶が「密な結晶構造」を有し構成要件Aを充足することについては,これを認めるに足りないというべきであって,これと同旨の原判決の認定判断は,相当として是認することができる。
(2) 甲発明の構成要件Bの「見掛け比重」の充足性について (2-1) 控訴人は,我が国において唯一マルチトール含蜜結晶を工業的に生産し,商業的に販売していた控訴人が,JISK6721法を用いてきたので,当業者は,「従来より知られた方法」とはJISK6721法であると理解するのであり,異議の決定においても,控訴人の主張に沿う認定がされていることを主張する。
しかし,パウダーテスター法もまた,「従来より知られた方法」の1つであり,粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として,当業者が通常パウダーテスター法ではなく,JISK6721の方法を用いることが明らかであると認めるに足りる証拠はないとした原判決の認定は,その挙示する証拠に照らし,相当として是認することができる。控訴人は,原判決が乙18,33,34等の証拠の見方を誤っているとも主張するが,原判決に誤りがあるとはいえない。
原判決が認定したパウダーテスター法の使用状況等に関する事情に照らせば,控訴人がJISK6721法を用いてきたからといって,上記認定を覆すに足りるものではない(控訴人は,JISK6721法の使用状況として甲94ないし100〔枝番号を含む〕を提出するが,上記パウダーテスター法に関する事情のほか,乙52ないし55にも照らせば,JISK6721法が当時の唯一の測定法として確立されていた又は使用されていたと認めることはできない。)。
そして,異議の決定も,必ずしも,パウダーテスター法が用いられることを否定して,JISK6721法が唯一の測定法であると認めた趣旨ではないものと解され,原判決の認定と直ちに矛盾するものではない。
(2-2) 控訴人は,仮に,パウダーテスター法で測定するとしても,JISK6721法を用いた場合とパウダーテスター法を用いた場合とでは,前者が平均0.091低い値となるので,パウダーテスター法による測定値は,甲特許明細書に示された数値範囲に入らないが,上記の差を控除すると,甲特許明細書に記載された数値範囲に入るので,当業者は,甲特許明細書に記載された測定値は,JISK6721法によるものと理解すること,被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の「見掛け比重」をJISK6721法により測定すると,構成要件Bの数値範囲にあること(甲7,8-1,72,73),被控訴人が主張するパウダーテスター法による被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶の値は,前記のように両者の誤差を修正すると,構成要件Bの数値範囲に入ることを主張する。そして,控訴人は,さらに,2つの異なる測定方法が存する場合に,通常測定すべき試料の測定値と同時に測定される対照(コントロール)の測定値を基準にして,試料の測定値がどちらの測定方法で測定されたものかを判断することは技術者の常識的な態度であり,2つの異なる測定方法における測定値に差異がある場合の両方法の測定値の対比は,両方法の測定値の相関から補正値を求め,一方の測定値と補正値により修正した他方の測定値とを比較することにより行われるので,原判決の認定するように,たとえ「構成要件Bの測定方法として,JISK6721とパウダーテスター法がある」としても,前記のように,いずれの方法によっても被控訴人製品のマルチトール含蜜結晶が構成要件Bを具備することが明らかであり,原判決は誤りであるとも主張する。
しかし,控訴人主張のとおり控訴人がJISK6721法を用いてきたとしても,控訴人は,甲特許明細書においては,その方法を開示することなく,あえて「従来より知られた方法」との包括的な記載をしたものである(甲2)。そして,前記のとおり,JISK6721法のほかに,パウダーテスター法もまた,「従来より知られた方法」の1つであり,粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として,当業者が通常パウダーテスター法ではなくJISK6721の方法を用いることが明らかであると認めるに足りる証拠はない。
控訴人は,上記のように,甲特許明細書に記載された測定値と,パウダーテスター法で測定した場合の測定値を対比し,さらに,JISK6721法を用いた場合とパウダーテスター法を用いた場合との測定値の差を修正することを主張する。しかし,いずれの方法で測定したか甲特許明細書に記載はなく,控訴人主張のような作業を経ない限り,容易に知ることはできないものであって,甲特許出願後の者が,当業者として当然に控訴人主張のような必ずしも容易とは思われない作業をしてしかるべきであるとすべき事情は認められない。むしろ,あえて「従来より知られた方法」との包括的な記載をして特許を取得した以上,控訴人は,上記のような作業の手間とリスクを出願後の者に転嫁することは許されず,広い概念で規定したことによる利益とともに,その不利益も控訴人において負担すべきである。
したがって,本件において,従来より知られたいずれの方法によって測定しても,特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り,特許権侵害にはならないというべきであるとの原判決の判断は,是認し得るものであり,これを前提とした,構成要件Bの充足性に関する原判決の認定判断も相当であるというべきである。控訴人の主張は,採用することができない。
(3) 甲発明の構成要件Cの「吸油性」の充足性について (3-1) 「吸油性」に関する控訴人の実験方法(甲7,8-2,72,73)が適切でなく,被控訴人の実験方法(乙3,45)が適切な方法であるとした原判決の認定判断は是認し得るものである。
控訴人は,控訴人の実験方法に関する上記書証を排斥した原判決の判示を非難するが,その主張にかんがみ改めて検討しても,上記判断を覆すべきものとは解されない。
(3-2) 控訴人は,試験報告書(甲87〔枝番号を含む〕)を提出し,被控訴人の製品を,被控訴人の実験方法によって測定したとしても,被控訴人の実験による乙3,45に記載の吸油率の値にならないこと,さらに,被控訴人の実験による被控訴人製品の吸油率は,マルチトールの高純度の結晶粉末である単結晶粉末の吸油率の値と同等あるいはそれ以下の値を含むものであることから,実験的には,適正とはいえないと主張する。
一方,被控訴人からは,甲87〔枝番号を含む〕の実験方法において,あらじめ濾布にヒマシ油をしみ込ませておくこと,濾布外にしみ出た余分なヒマシ油でスパチュラに付着した全ての試料を濾布内に洗い込むことの各作業がされておらず,これらの点でそもそも被控訴人の実験方法とは異なるとの指摘がされた。
控訴人は,この指摘を受けて,上記各作業を行ったが実験常識なので記載しなかった旨の甲87の実験担当者の書簡(甲101)を提出した。
検討するに,甲87〔枝番号を含む〕を検討しても,上記各作業が行われたことをうかがわせる記載はない。そして,甲101にいう実験常識を裏付ける証拠は提出されていない。また,仮に,甲87で被控訴人の実験と同じ方法が採られたとした場合,両者の結果が相当に異なることになるが,甲87では,単に対立する結果が示されただけであり,被控訴人の実験の信憑性を否定するに足りる証拠もない。
結局,前記のとおり,控訴人の実験方法(甲7,8-2,72,73)が適切でなく,甲87の実験についても被控訴人の実験(乙3,45)と対比して甲87の方を採用すべきものといい得るだけの証拠はないのであるから,結局,被控訴人製品が構成要件Cを充足することについては証明がないというほかない。
(4) 乙発明の構成要件Hの「種結晶の存在下で」の充足性について (4-1) 原判決の認定(原判決27頁10行目から29頁23行目まで)は,挙示の証拠関係に照らし,是認することができる。この認定に係る,@乙特許明細書(甲4-1・2)の記載に加え,A控訴人の特許異議答弁書(乙14)及び無効審判手続の口頭審理陳述要領書(乙25)における主張ないし陳述内容,並びにB原判決29頁12行目から23行目までに記載の事情にも照らせば,構成要件Hの「種結晶の存在下で」とは,「種結晶を系外から添加して」という意味に解釈すべきであるとの原判決の認定判断は,相当として是認し得るものである。
(4-2) 控訴人は,当業者には,結晶の製造に際して,系内で発生させた結晶核も,系外から添加した結晶核も,新たな結晶核の発生を促す役目を果たす,あるいは結晶成長の核となる結晶は,いずれも「種結晶」と称するものと理解されていたことを主張する。しかし,上記引用した原判決の認定事情に照らせば,乙発明における「種結晶の存在下」という語句が,系内において結晶核を自然発生させる方法をも含むものであると解釈することはできない。
(4-3) 控訴人は,乙特許明細書の記載において,「種結晶の存在下」と「種結晶の添加」とは明確に区別して用いられており,また,系外から結晶核を添加する方法に限定されず,系内において結晶核を自然発生させる方法でよいことが示唆されているとも主張する。
そこで,乙特許明細書を検討するに,「4発明の開示」の項の発明内容を詳細に説明する部分(甲4-1,8欄9行目〜11欄25行目)において,発明の一般的説明がされており,「種結晶」を「導入」,「添加」するとの記載と,「種結晶の存在下で」との記載があることが認められる。明細書全体の流れの中でこれらの語句の意義を検討すると,「種結晶の存在下で」との語句は,「マルチトール水溶液」を「冷却・混練する」際の状況を表すものとして使用され,種結晶をどのようにして発生させるかという行為の場面では,「導入」ないし「添加」と記載されていることが認められる。このように使い分けがされているが,それは状況又は行為という場面に即しての使い分けであって,同明細書では,「種結晶」は,系外から「導入」ないし「添加」すること,そして,「導入」,「添加」された「種結晶」が「存在する」状況下で,「マルチトール水溶液」を「冷却・混練する」ものであることが開示されていると解されるのであって,「種結晶の存在下で」という語句が,「導入」,「添加」とは別に,種結晶が系内で自然発生する場合を含むとの意味で使われているものとは解されない。なお,同明細書の実施例を説明する部分では,「種結晶」を「導入」又は「供給」する実施態様が記載され,種結晶が系内で自然発生する態様は何ら示されていない(甲4-1,11欄34行目以下)。
このように,乙特許明細書において,「種結晶の存在下」との語句を使用する場合に,系内において結晶核を自然発生させる方法を念頭において記載されているものと解することは困難である。
これに加えて,前記Aの控訴人の従前の主張ないし陳述や,Bの技術水準ないし当業者の認識等に関する事情に照らせば,控訴人の主張は採用の限りではない。
(4-4) 控訴人は,実施例等の発明の詳細な説明の記載に限定されるというものではないこと,その記載も請求項1記載の発明に関するものではないことを主張する。
しかし,原判決は,実施例の記載から直ちに結論に至ったものではなく,乙特許明細書に種結晶が系内で自然発生する場合も含まれることの記載,示唆がないことを説示しているのであり,さらに,前記A,Bの事情も合わせて,判断したものであって,前記のとおり,その認定判断は是認し得るものである。控訴人の主張は採用の限りではない。
(4-5) 控訴人は,特許異議答弁書(乙14)及び口頭審理陳述要領書(乙25)の各記載に関しても,原判決を非難する。
しかし,その主張するところに照らして,上記書証を検討しても,原判決の認定は相当であり,控訴人の主張は,直ちに採用することはできない。特に,乙14においては,特許出願公告昭60-3371号公報(乙15)に記載の発明との対比が問題とされたのに対し,控訴人(特許出願人)は,「甲第8号証に記載の発明(判決注:上記乙15記載の発明)は,溶融ソルビトールが押出し機内に種結晶を添加することなく供給されるだけであり,本願発明(判決注:乙発明)のように,種結晶の存在下で冷却・混練することは記載も示唆もされていない。」と答弁しており,「種結晶の添加のない」ことと「種結晶の存在下で」ということが異なるものと主張しているものというほかない(「種結晶の存在下で」ということが,「種結晶を添加するのではなく,系内で自然発生するもの」を指すのであれば,上記のようにはいい難いはずである。)。
(4-6) 控訴人は,前記Bの認定判断について非難するが,原判決に誤りがあるとはいえない。
(4-7) 控訴人は,タイ王国弁護士が作成した宣誓供述書のみによって,「タイ王国における被控訴人方法が系外から種結晶を添加していないものであることを明らかにした」とする原判決の認定は誤りであり,乙30,31を援用しつつ判示する点も適切でない旨の主張をする。
この点に関する原判決の認定判断(原判決29頁26行目から31頁1行目まで)は,「被控訴人が種結晶を添加する方法を使用して被控訴人製品を生産していること」について,要するに,これを認めるに足りる証拠は存在しないというものであり,上記事実を認めるに足りる証拠が提出されていないのであるから,是認し得るものである。控訴人の主張は,採用することができない。
3 当審において追加された主張について (1) 証拠(甲21ないし32,55,56,59,64ないし71,乙8ないし11,26,29〔枝番号を含む〕)によれば,種結晶は,新たな結晶核の発生を促し,又は結晶成長の核となるものであって,マルチトール含密結晶の製造方法においては,重要な役割を果たすものであること,一方,種結晶を系外から添加するのではなく,自然発生的な核形成とする構成にすると,「大量の種結晶をわざわざ添加する必要がないので,その分,当然ながら製造効率が良い」という作用効果を奏するものであること,しかし,マルチトールは,結晶化しにくい糖であり,種結晶を添加するのが実用的であると考えられてきたこと,乙発明に先行する技術においては,マルチトール含密結晶の形成に際し,種結晶を系外から添加する例が示されているのみであることが認められる。
これらの事情に照らせば,種結晶を系外から添加する構成を採る乙発明と系内で結晶核を自然発生させる構成を有する被控訴人方法とは,マルチトール含密結晶の製造方法としての技術思想に異なるものがあるといわざるを得ず,上記のような構成の異なる部分が乙発明の本質的部分ではないとは認め難く,さらに,本件全証拠によっても,被控訴人方法を実施した時点において,系外から添加しない構成を当業者が容易に想到することができたとまでは認めるに足りない。
(2) なお,前認定の控訴人の特許異議答弁書(乙14)及び口頭審理陳述要領書(乙25)における主張ないし陳述に照らせば,系内に結晶核を自然に発生させる構成を意識的に除外したとみる余地も考えられる。
(3) 以上によれば,少なくとも上記(1)の点において,被控訴人方法が乙発明の構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するものと認めるには足りないというほかない。
よって,控訴人の主張は,採用することができない。
4 結論 以上によれば,原判決は相当であり,また,控訴人が当審において追加した主張も採用の限りではないから,控訴人の請求はいずれも理由がなく,本件控訴は棄却を免れない。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利