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関連審決 異議2000-72905
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  寄せ集め /  実質的に同一 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 595号 特許取消決定取消請求事件
原告 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁理士 西川繁明
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 中島次一、一色由美子、井出隆一、林栄二、大橋信 彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が異議2000-72905号事件について平成13年11月15日にした決定を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 原告が特許権者である本件特許第3003837号(発明の名称「架橋性ポリエチレン組成物及び電線、ケーブル」)は、平成6年9月7日に特許出願され(特願平6-240552号)、平成11年11月19日に設定登録された。
(2) 異議 本件特許について、平成12年7月27日異議の申立てがあり(異議2000-72905号)、原告は、平成13年1月9日に訂正請求をしたが、特許庁は、平成13年11月15日、「訂正を認める。特許第3003837号の請求項1ないし3にかかる特許を取り消す。」との決定をし、その謄本を平成13年12月5日原告に送達した。
2 特許請求の範囲 平成13年1月9日付けの訂正請求書に添付された訂正明細書(甲4の2。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。
【請求項1】エチレンとブテン-1の共重合体であり、温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレンに、シラン化合物、有機過酸化物及びシラノール縮合触媒を添加してなる押出成形用の架橋性ポリエチレン組成物。
【請求項2】平均粒径が0.05mm〜2.0mmのグラニュー状直鎖状ポリエチレンを用いたことを特徴とする請求項1記載の架橋性ポリエチレン組成物。
【請求項3】請求項1ないし、請求項2の架橋性ポリエチレン組成物の被覆層を具え、該被覆層が架橋されていることを特徴とする電線、ケーブル。
(以下、上記請求項1ないし3に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明3」という。) 3 決定の理由の要旨 決定は、(1)本件発明1と引用例1(特開昭54-132648号公報。甲5)に記載された発明とを対比し、両発明は実質的に同一であるから、本件発明1は引用例1に記載された発明であると判断し、また、(2)本件発明2及び3は、引用例1に記載された発明及び引用例3(特開昭54-127944号公報。甲7)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断して、本件発明1ないし3についての特許を取り消した。その判断の要旨は、以下のとおりである。
(本件発明1について) 本件発明1と引用例1の発明とを対比する。
1 両者は、エチレン系重合体、シラン化合物、有機過酸化物及びシラノール縮合触媒からなる組成物である点で一致する。
本件発明1のエチレン系重合体は、エチレンとブテン-1との共重合体であり、
かつ、特定のメルトインデックスを有する直鎖状低密度ポリエチレンであるのに対し、引用例1の発明のエチレン系重合体は、エチレン-α-オレフィンとの共重合体であって、該α-オレフィンがブテン-1であるかどうか明らかでなく、また、
メルトインデックスが記載されていない点で一応相違する。
しかしながら、引用例1には、エチレン-α-オレフィン共重合体として、商品名ネオゼックス2015Mを用いた例(摘示事項e)が記載されており、一方、刊行物2には、L-LDPE樹脂(直鎖状低密度ポリエチレンの略記)としてエチレン-ブテン-1共重合体樹脂を挙げ、それがネオゼックスという商品名で市販されていることが記載されているのであるから、引用例1のネオゼックス2015Mは、エチレンとブテン-1との共重合体であり、かつ、直鎖状低密度ポリエチレンであるものと認められる。
また、Zが作成した実験報告書(甲9)によると、ネオゼックス2015Mは、
温度190℃、荷重1600gで測定したメルトインデックスは、62g/10分であるので、
ネオゼックス2015Mは、本件発明1の直鎖状低密度ポリエチレンに該当する。
引用例1には、ネオゼックス2015M、ビニルトリメトキシシラン(シラン化合物の一種)及びジクミルパーオキサイド(有機過酸化物の一種)を押出機を用いてペレットとすることが記載されており(摘示事項e)、さらに、シラノール縮合触媒の添加時期について、「シラノール縮合触媒はポリオレフィンとシランの反応前、反応中、あるいは反応後に混入することができる。」と記載されていることから(摘示事項g)、この「反応前」という記載は、シラノール縮合触媒をポリオレフィン、シラン化合物及び有機過酸化物と一括して、押出機に供給することであると解することができる。
そして、本件発明1においても、「組成物」は、シラノール縮合触媒を直鎖状低密度ポリオレフィン、シラン化合物及び有機過酸化物と一括して、押出機に供給することにより得ている。
さらに、引用例1には、シラン変性ポリオレフィンが架橋性であることが記載されている。
結局、本件発明1と引用例1の発明との相違点はなく、引用例1には「組成物」の形で発明を表現していないけれども、両発明は実質的に同一であるものと認められる。
2 特許権者(原告)は、引用例1の発明は、「ポリオレフィンをシラン変性するにはポリオレフィンと上記シラン及び有機ラジカル生成化合物を任意の装置で混合して140℃以上の温度とポリオレフィンの分解温度との間の任意の温度、好ましくは180ないし250℃で2ないし5分間反応させる。」(第4頁右上欄第13〜18行)、「このようにして得たシラン変性ポリオレフィンを架橋するにはシラン変性ポリオレフィンを通常押出、或いはその他の処理によって成形した後、シラノール触媒の存在下水と反応させる。」(第4頁左下欄第1〜5行)と記載されていること及び実施例からみて、ネオゼックス2015M、ビニルトリメトキシシラン及びジクミルパーオキサイドを押出機を用いてペレットとし、そのペレットとマスターバッチ(高圧法ポリエチレンとシラノール縮合触媒とからなる)とを押出機に供給して成形品を得ているのであるから、すなわち、引用例1の発明は、まず、直鎖状低密度ポリオレフィンとシランと有機過酸化物から押出機中で反応させ、シラン変性ポリオレフィン(ペレット)をつくり、成形時にシラノール縮合触媒を添加するいわゆる2工程方式であるのに対し、本件発明1は、直鎖状低密度ポリオレフィンとシランと有機過酸化物及びシラノール縮合触媒料を押出機に供給し成形品をつくるいわゆる1工程方式である点(相違点1)、引用例1の発明は、直鎖状低密度ポリオレフィンとは異なる高圧法ポリエチレン(マスターバッチ)を併用しているのに対し、本件発明は、特定の直鎖状低密度ポリオレフィンを単独で用いる点(相違点2)で相違していると主張している。
特許権者が主張する相違点について検討する。
・相違点1について 特許権者が主張している第4頁右上欄第13〜18行及び第4頁左下欄第1〜5行の記載に引き続いて、「シラノール縮合触媒を反応系に存在させるには水にさらす前にポリオレフィンに混入させておけばよい。」(第4頁第5〜7行)と記載した上で、引き続いて、「シラノール縮合触媒はポリオレフィンとシランの反応前、
反応中、あるいは反応後に混入することができる。」(摘示事項g)と記載されているのであるから、この摘示事項gの記載がシラノール縮合触媒の添加時期を具体的に明示し、すなわち、「反応前」は1工程方式を採用することを明示している。
そして、1工程方式を採用しても、第4頁右上欄第13〜18行及び第4頁左下欄第1〜5行の記載と相反するものでもない。(第4頁右上欄第13〜18行及び第4頁左下欄第1〜5行の記載は、シラノール縮合触媒の添加時期を指定しているのではなく、有機ラジカル生成化合物及びシラノール縮合触媒がいつどのようにポリオレフィン及びシラン化合物に作用するかを説明しているのである。) したがって、この点は相違点ではない。
・相違点2について 引用例1には、「エチレン-α-オレフィン共重合体を単独で用いること」(摘示事項a)が記載されている。したがって、この点は相違点ではない。
結局、特許権者の主張は、上記「本件発明1と引用例1の発明との相違点はない。」とする判断を覆すものではない。
(本件発明2について) 本件発明2は、請求項1を引用し、平均粒径が0.05〜2.0mmのグラニュー状直鎖状低密度ポリエチレンを用いることに限定するものである。
しかしながら、引用例3には、ポリエチレン系樹脂、シラン化合物、有機過酸化物及びシラノール縮合触媒から、架橋ポリエチレンを製造するという引用例1の発明と同一の技術分野で、該ポリエチレンとして、15メッシュから50メッシュ(粒子径508ミクロン-1963ミクロン、0.508〜1.963mm)の範囲内に粒度分布を有する顆粒状ポリエチレンを用いることが記載されているのであるから、引用例1の発明においてこの程度の粒子のポリオレフィンを用いることは、当業者が容易にできることである。
(本件発明3)について 本件発明3は、請求項1あるいは請求項2を引用し、該組成物を架橋した被覆層とする電線、ケーブルに係る発明である。
引用例1には、シラン変性ポリオレフィンを架橋することが記載されていること、ケーブルに適用することが記載されているのであるから、本件発明3において、請求項1を引用する場合には、引用例1に記載された発明であり、請求項2を引用する場合には、引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易にできた発明である。
原告主張の決定取消事由
決定は、本件発明1と引用例1記載の発明との対比において、引用例1記載の発明の認定を誤った結果、両者に相違点はないとの誤った認定判断をし(取消事由1)、本件発明2の進歩性の判断を誤り(取消事由2)、本件発明3の進歩性判断も誤った(取消事由3)ものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と引用例1記載の発明との対比における認定判断の誤り) 決定は、本件発明1と引用例1記載の発明とを対比し、両者の間に相違点はないと認定判断したが、誤りである。
(1) 引用例1に1工程方式が記載されているとした認定の誤り ア シラン変性架橋ポリオレフィン成形品を製造する方法は、2工程方式と1工程方式に大別される。2工程方式では、(A)ポリオレフィン、シラン化合物、及び有機過酸化物を反応させてシラン変性ポリオレフィンを製造し、次いで、(B)シラン変性ポリオレフィン(通常、ペレット状)にシラノール縮合触媒を加えて成形用押出機に供給し、溶融押出しして成形品の形状に成形した後、該成形品を水分と接触させて架橋させる。また、この2工程方式の変形として、工程(A)において、シラノール縮合触媒の存在下にシラン変性ポリオレフィンを製造する方法があり、この場合には、工程(A)でシラノール縮合触媒を含有するシラン変性ポリオレフィン組成物を製造し、次いで、工程(B)で、シラノール縮合触媒を含有するシラン変性ポリオレフィン組成物を成形用押出機に供給し、押出成形して成形品を成形した後、成形品を水分と接触させて架橋させる。他方、1工程方式では、ポリオレフィン、シラン化合物、有機過酸化物、及びシラノール縮合触媒を含有する架橋性ポリオレフィン組成物を成形用押出機に供給し、成形用押出機中でシラン変性反応させるとともに、成形品の形状に押出成形し、次いで、該成形品を水分と接触させて架橋させる。
本件発明の「押出成形用の架橋性ポリエチレン組成物」は、1工程方式に用いられる組成物であって、あらかじめシラン変性ポリオレフィンの製造工程(A)を経ることなく、全ての原料を成形用押出機に供給し、成形品の形状に成形するものである。
これに対し、引用例1は、2工程方式を開示するのみであるから、両者は相違する。
この点に関し、決定は、引用例1の「シラノール縮合触媒はポリオレフィンとシランの反応前、反応中、あるいは反応後に混入することができる。」との記載は、
シラノール縮合触媒の添加時期を示すもので、「反応前」は1工程方式の採用を明示しているから、相違点はないと判断した。しかし、引用例1の「反応前」は、1工程方式を採用することを明示するものではなく、2工程方式において、シラノール縮合触媒をシラン変性反応前に混入することを教示するものにすぎない。よって、引用例1が1工程方式の採用を明示しているとの決定の認定判断は誤りである。
(2) 「押出成形用の組成物」についての認定の誤り 決定は、「本件発明1と引用例1の発明との相違点はなく、引用例1には「組成物」の形で発明を表現していないけれども、両発明は実質的に同一であるものと認められる。」と判断しているが、誤りである。
引用例1には、ポリオレフィンを変性するための反応装置として押出機を記載しているが、これはシラン変性反応工程(A)で使用されるものであって、この押出機で成形品を押出成形するものではない。引用例1の方法では、工程(A)でシラン変性ポリオレフィンを製造し、次の成形工程(B)においてシラン変性ポリオレフィン(通常はペレット)を押出成形して成形品を製造しているのであって、この2工程方式はポリオレフィンとシランとの「反応前」にシラノール縮合触媒を混入させる場合でも採用されている。したがって、引用例1では、シラン変性ポリオレフィンとシラノール縮合触媒とを含有する組成物が押出成形用の組成物となっている。
これに対して、本件発明の架橋性ポリオレフィン組成物は、これを押出成形機に供給して成形品の形状に押出成形するものであって、予めシラン化合物で変性したシラン変性ポリオレフィンを含有するものではない。
全成分を押出機に供給してシラン変性する場合のあることを示唆する記載が引用例1にあることを根拠に本件発明と引用例1の発明とは実質的に同一であるとした決定に誤りがあることは明らかである。
(3) 成形品の実質的な相違 引用例1で採用している2工程方式と本件発明で採用する1工程方式とでは、形式的な差異のみならず、得られる成形品に実質的な差異がある。
引用例1の実施例には、本件発明と同じJIS C-3605に準拠して測定したケーブルの抗張力、伸び及び加熱変形率のデータが示されているが(甲5の第1表)、伸びの測定値の最高はせいぜい434%であり(実施例1)、いまだ十分ではない。実際、本件明細書の参考例1(2工程方式)のケーブル物性も、1工程方式に比べて伸びの値が低くなっている。
しかも、引用例1の発明では、前記した通り、「特殊ポリオレフィン単独のシラン変性物は、架橋後の伸びはすぐれているが、メルトインデックス(M.I.)が非常に小さく、ケーブルヘの加工性が必ずしも十分とは言えない。従って架橋物の伸び特性を改善し、しかもシラン変性物の加工性を改善するためには、前記特殊ポリオレフィンに高圧法ポリエチレンを混合した組成物をシラン変性に供することがより望ましい。」(甲5の3頁右上欄19行〜左下欄6行)と、高圧法ポリエチレンの混合を教示しているが、それによって伸びが大きく低下して、加熱変形率も大きくなっている(表1の実施例2〜4)。
(4) 本件発明1と引用例1記載の発明とが異なること 以上(1)ないし(3)で述べたように、引用例1は2工程方式である上、高圧法ポリエチレンの混合を示唆しており、本件発明とは技術的思想が相違している。しかも、引用例1には、その結果、伸びと加熱変形率が悪化することが示されている。
また、引用例1には、ポリオレフィンとしてエチレン-α-オレフィン共重合体を単独で使用する場合のあることが記載されているものの、高圧法ポリエチレンの混入に関連して、実際には触媒マスターバッチの形で未変性の高圧法ポリエチレンを混合している(実施例1)。
したがって、本件発明1は、引用例1に記載された発明ではない。
2 取消事由2(本件発明2の進歩性判断の誤り) 決定は、本件発明2について、「本件発明2は、請求項1を引用し、平均粒径が0.05〜2.0mmのグラニュー状直鎖状低密度ポリエチレンを用いることに限定するものである。しかしながら、引用例3には、ポリエチレン系樹脂、シラン化合物、有機過酸化物及びシラノール縮合触媒から、架橋ポリエチレンを製造するという引用例1の発明と同一の技術分野で、該ポリエチレンとして、15メッシュから50メッシュ(粒子径508ミクロン-1963ミクロン、0.508〜1.963mm)の範囲内に粒度分布を有する顆粒状ポリエチレンを用いることが記載されているのであるから、引用例1の発明においてこの程度の粒子のポリオレフィンを用いることは、当業者が容易にできることである。」と判断したが、誤りである。
引用例3は、シラン変性によるポリオレフィンの架橋方法において顆粒状ポリオレフィンを使用することを教示しているが、ポリオレフィンがペレットの形状で供給されている場合が多いことを指摘した上で(甲7の1頁右下欄14〜18行)、
「ところがこれらの高融点または高分子量を有するポリオレフィンは一般的に密度が高くなる傾向にあり、液状物質の浸透および拡散速度が低下してしまう。このため、この種のポリオレフィンにシラングラフト水架橋法を適用する場合、従来のようにペレットの形状では成形品の外観および特性上種々の欠点を生ずることが判ってきた。」(同2頁左上欄末行〜右上欄6行)と、高密度ポリオレフィンを使用する場合に顆粒状ポリオレフィンを使用することを教示している。引用例3の表2には、顆粒状ポリオレフィンとして、密度が0.985g/cm3の高密度ポリエチレンであるショーレックスSS4002FD(表1に示されている。)を用いた配合例3〜6の場合に、押出外観が良好で絶縁体の発泡もないことが示されている。
これに対して、本件発明2は、特定の直鎖状低密度ポリエチレンとしてグラニュー状(顆粒状)のものを使用するので、それによって、抗張力、伸び及び加熱変形率が顕著に優れたケーブル等の成形品が得られるのである(実施例4)。
このような本件発明2の構成は、顆粒状の高密度ポリエチレンの使用を教示している引用例3の記載からは、当業者といえども容易に想到することができず、しかも本件発明2の奏する顕著な作用効果は引用例1と引用例3の教示を組み合わせても予期することはできない。
本件発明2は、引用例1及び3に記載された技術的事項を寄せ集めることにより当業者が容易に想到することができたものではなく、その作用効果もこれらの引用例の記載からは予測できない。
3 取消事由3(本件発明3の進歩性判断の誤り) 決定は、本件発明3について、「本件発明3は、請求項1あるいは請求項2を引用し、該組成物を架橋した被覆層とする電線、ケーブルに係る発明である。引用例1には、シラン変性ポリオレフィンを架橋することが記載されていること、ケーブルに適用することが記載されているのであるから、本件発明3において、請求項1を引用する場合には、引用例1に記載された発明であり、請求項2を引用する場合には、引用例1及び2(原告注.3の誤記)に記載された発明に基づいて当業者が容易にできた発明である。」と判断したが、誤りである。
前記したとおり、本件発明1の押出成形用の架橋性ポリエチレン組成物は、引用例1に記載されたものではなく、また、本件発明2の組成物は、引用例1及び引用例3の記載から容易に推考できたものではないから、これらの本件発明1又は2の押出成形用の架橋性ポリエチレン組成物の被覆層を備え、該被覆層が架橋されている電線、ケーブルは、引用例1に記載されたものと同じではなく、また、引用例1と引用例2の教示を組み合わせることにより当業者が容易に想到することができたものでもない。
しかも、本件発明3の電線、ケーブルの奏する前記のような顕著な作用効果は、
引用例1及び3の記載からは到底予測することはできない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本件発明1と引用発明1との対比における認定判断の誤り)に対して (1) 1工程方式と2工程方式について 引用例1にも、そこで参照文献として記載されている甲第11号証にも、ポリオレフィンとシラン、遊離ラジカル発生剤及びシラノール縮合触媒からなる組成物が、架橋ポリオレフィンの製造原料として明確に開示されている。
原告は、上記組成物が、その後「1工程方式」で成形されるか「2工程方式」で成形されるかで組成物としての違いが生じるかのように主張するが、そもそも本件請求項1には、「1工程方式」あるいは「2工程方式」という語は用いられておらず、「1工程方式」であるか否かは、本件発明1とは関係のないことである。原告の主張は、請求項の記載に基づくものではなく、失当である。
(2)「押出成形用の組成物」について 原告は、引用例1では、押出機はポリオレフィンをシラン変性する反応装置として用いられるのであって成形品を押出成形するものではないとし、引用例1における押出成形用の組成物は、「シラン変性ポリオレフィン」とシラノール縮合触媒とを含有する組成物である、と主張している。
この主張は、引用例1の反応前にシラノール縮合触媒を混入した場合の組成物、
すなわち「ポリオレフィンとシラン及び有機ラジカル生成化合物、シラノール縮合触媒からなる組成物」が直接押出成形されないことをもって押出成形用ではないという趣旨と解されるが、引用例1の該組成物が押出機内でシラン変性反応がなされるとの記載(甲5の4頁右上欄)をみれば、変性反応後すぐに押出成形される場合も十分に開示されていると理解することができる。さらに、仮に、該組成物がいったんシラン変性反応を行わせた後、別工程として押出成形された場合でも、最終的には押出成形品になるのであるから、該組成物は「押出成形用」の組成物であるといえる。
結局、変性反応と押出成形が異なる装置で別工程で行われようと、同一押出機で同時に行われる場合であろうと、前記組成物が最終的に押出成形品になる以上、それが「押出成形用」の組成物であることに変わりはない。
なお、原告は、引用例1のシラン変性架橋ポリオレフィン成形品があたかも2工程方式でしか製造し得ないかのように主張し、本件発明の組成物は1工程方式に用いられるものであることを強調するが、上記ポリオレフィン成形物の製法として1工程方式も2工程方式と並んで周知(甲7、乙3(特開昭51-82361号公報。これは本件明細書【0011】において1工程方式の製法として原告自身が挙げている文献である。))であって、何ら格別の方法ではない。
(3) 成形品について 原告は、引用例1に開示された組成物が参考例1の組成物に相当するとの前提で、本件明細書の参考例1(甲4の1、段落【0012】参照)は実施例のケーブルと比較し物性が悪いと主張する。しかし、上記したとおり、その前提自体が誤りであるから、その効果の差がどのようであれ、本件発明1と引用例1との同一性の判断には全くかかわりがない。
2 取消事由2(本件発明2の進歩性判断の誤り)について 原告は、引用例3(甲7、特開昭54-127944号公報)には、高密度ポリオレフィンを使用する場合には、顆粒状ポリオレフィンを使用することを教示しており、これに対して、本件発明2は、直鎖状低密度ポリエチレンを使用しており、
引用例3の記載から容易に想到できないものであると主張している。
しかしながら、引用例3は高密度ポリオレフィンにのみ適用される技術として開示されたものではない。例えばその特許請求の範囲の記載中のポリオレフィンには何ら密度の限定はなく、その目的についても「本発明の目的は、従来の化学架橋法及びペレット形状のポリオレフィンを使用するシラングラフト水架橋法の諸欠点を解消し、すぐれた機械的特性を有する架橋ポリオレフィンの得られる新規な架橋方法を提供しようとするものである。」(甲7の2頁左下欄9〜13行)とされ、その粒子径の技術的意義に関して「60メッシュ・アンダーの粉末状ポリオレフィンを・・使用する場合には、押出成形品の発泡や押出量の不足による作業能率の低下がみられるし、逆に10メッシュ・オバーの粒子径を有するポリオレフィン・・の場合には、先に述べたようなビニルシラン類などの液体状配合剤のポリオレフィンへの含浸または浸透・拡散が困難となり、押出成形された架橋ポリオレフィンの外観及びゲル分率などの特性を低下させる。これらの欠点は、使用されるポリオレフィンが高融点または高分子量であればあるほど顕著なものとなる」(甲7の2頁右下欄8〜20行)と記載されている。
高融点又は高分子量を有するポリオレフィンは一般的に密度が高くなる傾向がある(甲7の2頁左上欄最下行〜右上欄1行)とされるから、高密度ポリオレフィンについて上記欠点が特に問題とされるとはいえるが、押出成形品の発泡や押出量の不足による作業能率の低下を防ぎ、液体状配合剤のポリオレフィンへの含浸又は浸透・拡散を促進して、押出成形された架橋ポリオレフィンの外観及びゲル分率などの特性を向上させることは、密度の高低を問わず、架橋ポリオレフィンに普遍的に望まれることであるから、低密度ポリオレフィンにおいても上記粒度について検討し、より一層の特性向上を図ることは当業者が容易に行い得ることである。
3 取消事由3(本件発明3の進歩性判断の誤り)について 引用例1にシラン変性ポリオレフィンを架橋すること、ケーブルに適用することが記載されていること、及び上記のとおり決定の本件発明1、2に対する判断は正当であることからすれば、決定の本件発明3に対する判断も正当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と引用例1記載の発明との対比における認定判断の誤り)について (1) 1工程方式と2工程方式との差異に関する主張について ア 原告は、押出成形用の架橋性ポリエチレン組成物が、本件発明1では、1工程方式に使用される組成物(特定のポリエチレンに、シラン化合物、有機過酸化物及びシラノール縮合触媒を添加してなる組成物)であるのに対し、引用例1では、2工程方式に使用される組成物(あらかじめシラン変性されたシラン変性ポリオレフィンとシラノール縮合触媒を含有する組成物)であるから、両者は異なると主張し、この点に関連して、決定が、引用例1の「1工程方式のシラノール縮合触媒はポリオレフィンとシランの反応前、反応中、あるいは反応後に混入することができる。」(甲5の4頁左下欄7〜9行、決定における摘示事項g)との記載を根拠として引用例1に1工程方式が開示されていると認定したことは、誤りであると主張する。
イ まず、引用例1について検討すると、次のとおりである。
引用例1には、次の記載@〜Cが認められる。
@「ポリオレフィンをシラン変性するにはポリオレフィンと上記シラン及び有機ラジカル生成化合物を任意の装置で混合して140℃以上の温度とポリオレフィンの分解温度との間の任意の温度、好ましくは180ないし250℃で2ないし5分間反応させる。反応装置は任意の装置を使用できるが、通常は押出機、バンバリーミキサー、ロールミル等の装置で行うことが好ましい。」(甲5の4頁右上欄13〜20行) A「このようにして得たシラン変性ポリオレフィンを架橋するにはシラン変性ポリオレフィンを通常押出、あるいはその他の処理によって成型した後、シラノール縮合触媒の存在下水と接触させ反応させる。シラノール縮合触媒を反応系に存在させるには水にさらす前にポリオレフィン中にシラノール縮合触媒を混入しておけばよい。」(同4頁左下欄1〜7行) B「シラノール縮合触媒はポリオレフィンとシランの反応前、反応中、あるいは反応後に混入することができる。」(同4頁左下欄7行〜9行) C 実施例1として、ネオゼックス2015M、ビニルトリメトキシシラン及びジクミルパーオキサイドを押出機を用いてペレットとし、そのペレットと触媒マスターバッチ(高圧法ポリエチレンとシラノール縮合触媒とからなる。)を押出機に供給して成形品を得ている例が記載されている(同5頁左上欄15行〜右上欄末行)。
上記記載のうち、記載@は、ポリオレフィンを有機ラジカル生成化合物存在下でシランと反応させてシラン変成ポリオレフィンを製造する工程を、記載Aは、得られたシラン変成ポリオレフィンを成形した後、シラノール縮合触媒の存在下水と接触させて反応させる工程(架橋反応)を記載したものであり、シラノール縮合触媒の添加時期については、記載Bに「ポリオレフィンとシランの反応前、反応中、反応後」の3通りの態様が記載されていることが明らかである。そして、記載Bにおける「反応前」とは、ポリオレフィンとシラン及び有機ラジカル生成化合物との混合物が加熱処理される前であるから、シラノール縮合触媒は、ポリオレフィンとシラン及び有機ラジカル生成化合物との混合物に混入されることになる。
そうすると、引用例1において、ポリオレフィンとシランとの「反応前」にシラノール縮合触媒を添加するときには、成形品を製造する工程全体が1工程方式であると2工程方式であるとにかかわらず、ポリオレフィンとシランの反応前に、(a)ポリオレフィン、(b)シラン化合物、(c)有機過酸化物、(d)シラノール縮合触媒からなる、架橋性ポリエチレン組成物が存在することが明らかである。
したがって、決定が、引用例1に開示されたネオゼックス2015Mは請求項1に特定されたメルトインデックスを有する直鎖状低密度ポリエチレンであると認定した上で(この認定については争いがない。)、引用例1には、(a)本件発明1のポリオレフィン、(b)シラン化合物(ビニルトリメトキシシラン)、(c)有機過酸化物(ジクミルパーオキサイド)、及び(d)シラノール縮合触媒を添加してなる架橋性ポリエチレン組成物が記載されていると認定判断したことに誤りはないというべきである。引用例1には、押出成形用組成物として、「シラン変性されたポリオレフィン」と「シラノール縮合触媒」を含有する組成物が存在するのみである旨の原告の主張は、採用することができない。
ウ 原告は、組成物が1工程方式に用いられるか2工程方式に用いられるかの差異を強調するが、本件特許の請求項1は、その記載の文言上、押出成形用の架橋性ポリエチレン組成物が、(a)特定の性質を有する直鎖状低密度ポリエチレンに、(b)シラン化合物、(c)有機過酸化物及び(d)シラノール縮合触媒を添加してなるものであることを規定しているのみであって、それがどのような方式の工程に使用されるかについてまで特定しているものではないから、原告の主張する点は、請求項の記載に基づかないものというほかない。引用例1において、シラノール縮合触媒が「反応前」に混入される場合に存在する組成物は、前記イのとおり、本件発明1と同一の組成((a)特定のポリオレフィンに(b)シラン化合物、(c)有機過酸化物及び(d)シラノール縮合触媒を添加してなるもの)であるから、組成物自体についてみれば、本件発明1の組成物と同一のものということができる。
(2)「押出成形用の組成物」について 原告は、引用例1にはポリオレフィンを変成するための装置として押出機が記載されているが、これは成形品を押出成形するものではなく、引用例1の方法における押出成形用の組成物は、「シラン変成ポリオレフィン」とシラノール縮合触媒から成るものであって、本件発明1のように(a)特定のポリオレフィンに、(b)シラン化合物、(c)有機過酸化物、及び(d)シラノール縮合触媒を添加してなるものではないと主張する。
しかしながら、引用例1において、ポリオレフィンとシランの「反応前」にシラノール縮合触媒を添加する場合に、(a)オレフィン、(b)シラン化合物、(c)有機過酸化物、(d)シラノール縮合触媒からなる組成物が存在していることは前示のとおりであり、その組成物は、まず、シラン変成工程を経るものとしても、次の工程で押出成形品になるものであるから、「押出成形用の組成物」であるということができる。原告の主張は、本件発明における「押出成形用の組成物」は、直接成形して成形品とする組成物、すなわち1工程で成形品になる組成物を意味するとの前提に立ったものであるが、本件明細書には押出成形用の組成物の意味を原告の主張するように限定して解釈すべき根拠となる記載は存在しないから、押出成形用の組成物とは、その字義どおり、押出成形に用いられるものであれば足り、直接押出成形するものであると、一旦シラン変性させてから押出成形するものであるとを問わないと解するのが相当である。
(3) 成形品の違いについて 原告は、本件発明1の1工程方式で製造される成形品は、引用例1の2工程方式で製造される成形品と異なって、物性が優れているので、本件発明1は引用例1に記載された発明ではないと主張する。しかし、本件発明1に係る組成物が1工程方式に使用するものであることは特許請求の範囲には記載されていない事項であるから、原告の主張は、採用できない。
(4) 以上のとおりであるから、取消事由1は、理由がない。
2 取消事由2(本件発明2の進歩性判断の誤り)について 原告は、決定が、引用例1の発明に引用例3に記載された顆粒状ポリオレフィンを用いることは当業者が容易になし得ることであると判断したことに対し、引用例3は、高密度ポリオレフィンを使用する場合に顆粒状(グラニュー状)のものを使用することを教示するだけであり、本件発明2のようにグラニュー状の直鎖状低密度ポリエチレンを使用することにより、抗張力、伸び、加熱変形率が顕著に優れた成形品が得られることは予測ができないから、決定の判断は誤りであると主張する。
しかしながら、引用例3が高密度ポリオレフィンにのみ適用される技術を開示したものではないことは、その特許請求の範囲のポリオレフィンの密度に関して限定がなく、その目的も「本発明の目的は、従来の化学架橋法及びペレット形状のポリオレフィンを使用するシラングラフト水架橋法の諸欠点を解消し、すぐれた機械的特性を有する架橋ポリオレフィンの得られる新規な架橋方法を提供しようとするものである。」(甲7の2頁左下欄9〜13行)とされていることから明らかである。そして、同引用例には、その粒子径の技術的意義に関して「60メッシュ・アンダーの粉末状ポリオレフィンを・・使用する場合には、押出成形品の発泡や押出量の不足による作業能率の低下がみられるし、逆に10メッシュ・オバーの粒子径を有するポリオレフィン・・の場合には、先に述べたようなビニルシラン類などの液体状配合剤のポリオレフィンへの含浸または浸透・拡散が困難となり、押出成形された架橋ポリオレフィンの外観及びゲル分率などの特性を低下させる。これらの欠点は、使用されるポリオレフィンが高融点または高分子量であればあるほど顕著なものとなる」(甲7の2頁右下欄8〜20行)と記載されており、押出成形品の発泡や押出量の不足による作業能率の低下を防ぎ、液体状配合剤のポリオレフィンへの含浸又は浸透・拡散を促進して、押出成形された架橋ポリオレフィンの外観及びゲル分率などの特性を向上させることは、ポリオレフィンの密度の高低を問わず、架橋ポリオレフィンに普遍的に望まれることであるから、低密度ポリオレフィンにおいても、上記粒度について検討し、より一層の特性向上を図ることは当業者が容易に行い得ることというべきである。
なお、原告はグラニュー状のものを使用することによる効果を主張するが、本件明細書(甲4の2)には、グラニュー状のものを用いた実施例4(メルトインデックス63.7、コモノマーがブテン-1であるベースポリマーでケーブルを製造)の測定値が示されているものの、原料がグラニュー状である以外は条件が同じであるものとの比較がなされておらず、原告の主張する効果がグラニュー状の原料を使用したことによる効果であると認めることはできない。
以上によれば、引用例1の発明において引用例3に記載された程度の粒子(顆粒状)のポリオレフィンを用いることは当業者が容易になし得ることであるとした決定の判断に誤りはなく、取消事由2は、理由がない。
3 取消事由3(本件発明3の進歩性判断の誤り)について 前示のとおり、本件発明1及び2について決定がした認定判断に誤りはないから、誤りがあることを前提として本件発明3についての進歩性判断に誤りがあるとする原告の主張に理由がないことは明らかである。
取消事由3は、理由がない。 4 結論 原告主張の取消事由1〜3はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利