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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ3668特許権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件 平成17ワ9357売掛代金等請求事件 判例 特許
平成11ワ8435特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成17行ケ10775審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ90審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  物を生産する方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  公知技術 /  上位概念 /  技術的範囲 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  クレーム /  特許発明 /  実施 /  加工 /  侵害 /  設定登録 /  発明の範囲 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 652号 審決取消請求事件
原告 住友電気工業株式会社
訴訟代理人弁理士 西川繁明
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 中島次一、一色由美子、井出隆一、林栄二、大橋信 彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が訂正2002-39147号事件について平成14年11月26日にした審決を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 原告が特許権者である本件特許第3003837号(発明の名称「架橋性ポリエチレン組成物及び電線、ケーブル」)は、平成6年9月7日に特許出願され(特願平6-240552号)、平成11年11月19日に設定登録された。
(2) 異議 本件特許について、平成12年7月27日異議の申立てがあり(異議2000-72905号)、原告は、平成13年1月9日に訂正請求をしたが、平成13年11月15日、「訂正を認める。特許第3003837号の請求項1ないし3にかかる特許を取り消す。」との決定を受けた(平成13年12月5日原告に謄本送達)ので、同月28日に同決定の取消を求める訴訟(東京高裁平成13年(行ケ)第595号)を提起した。
(3) 訂正審判 原告は、上記取消訴訟の提起後に、特許明細書の特許請求の範囲を下記2(2)のとおり訂正(本件訂正)することを等を目的とする訂正審判の請求をした(訂正2002-39147号。訂正後の発明の名称「被覆層を具えた電線またはケーブル」)が、特許庁は、平成14年11月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成14年12月6日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 登録時の明細書のもの【請求項1】エチレンとブテン-1の共重合体であり、温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレンと、シラン化合物、有機過酸化物及びシラノール縮合触媒からなることを特徴とする架橋性ポリエチレン組成物。
【請求項2】平均粒径が0.05mm〜2.0mmのグラニュー状直鎖状ポリエチレンを用いたことを特徴とする請求項1記載の架橋性ポリエチレン組成物。
【請求項3】請求項1ないし、請求項2の架橋性ポリエチレン組成物の被覆層を具え、該被覆層が架橋されていることを特徴とする電線、ケーブル。
(2) 訂正審判請求書添付の訂正明細書のもの【請求項1】エチレンとブテン-1の共重合体であり、温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括または別々に供給し、被覆層を成形した後、水分と接触させて架橋してなる被覆層を具えた電線またはケーブル。
【請求項2】直鎖状低密度ポリエチレンが、平均粒径が0.05mm〜2.0mmのグラニュー状直鎖状ポリエチレンである請求項1記載の電線またはケーブル。」(上記請求項1、2をそれぞれ「訂正請求項1」、「訂正請求項2」といい、その発明をそれぞれ「訂正発明1」、「訂正発明2」という。なお、以下において登録時の請求項に係る発明と本件訂正後の請求項に係る発明を特に区別せず「本件発明」と呼ぶことがある。) 3 審決の理由の要旨 審決は、訂正発明1、2と刊行物1(特開昭54-132648号公報。甲5)に記載された発明とを対比し、訂正発明1、2は、いずれも刊行物1に記載された発明(特許法29条1項3号)であって、特許出願の際独立して特許を受けることのできないものであるから、訂正は認められない、とした。
(1) 原告に対し通知された拒絶理由の要点 (訂正発明1について) 訂正請求項1の記載は、「エチレンとブテン-1の共重合体であり、温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括してまたは別々に供給し、被覆層を成形した後、水分と接触させて架橋してなる被覆層」と表現することにより、発明とされるものが、被覆層の製造方法を規定した上で(以下「本件製法要件」という。)、被覆層を具えた電線又はケーブルという構造を規定しているものである。
訂正請求項1に係る発明が、製造方法の発明ではなく、物の発明であることは訂正請求項1の記載から明らかである。
訂正請求項1に係る発明が、物の発明である以上、本件製法要件は、物の製造方法の発明の要件として記載されたものではなく、被覆層を具えた電線又はケーブルという物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有しない。
訂正後の明細書の記載を検討しても、本件製法要件は、訂正発明1の対象となる物の構成、すなわち「被覆層を具えた電線またはケーブル」を特定する上では、被覆層の原材料が限定された物性の直鎖状低密度ポリエチレンであること及び被覆層が水分と接触させて架橋してなる点以外には何らの意味も有しない要件である。 訂正発明1と刊行物1記載の発明(特に実施例1)とを物の構成という点で対比すると、訂正請求項1の直鎖状低密度ポリエチレンは、刊行物1の「ネオゼックス2015M」を包含するものであり、同請求項の「水分と接触させて架橋してなる」は、刊行物1の「シラン変性架橋」と一致する。結局、刊行物1に記載の架橋処理後に得られたケーブルは、訂正請求項1に規定された物の構造としての要件を全て満たすことになるから、訂正発明1は刊行物1に記載された発明である。
(訂正発明2について) 訂正請求項2は、訂正請求項1を引用し、直鎖状低密度ポリエチレンが平均粒径0.05mm〜2.0mmのグラニュー状直鎖状ポリエチレンと技術的に限定しているが、この限定要件は、「被覆層を具えた電線またはケーブル」の構成として特定する上では、訂正明細書の記載(詳細な説明)に何も反映されていない。すなわち、
この限定要件は、物の構成として特定する上では、何らの意味も有しない要件である。
したがって、訂正発明2は、訂正発明1と何ら変わるところがなく、訂正発明1と同一の理由により、刊行物1に記載された発明である。
(2) 審決の判断(理由の「[3]判断」)の要点 原告は、訂正発明1、2について、「特定の製造方法」が物の構成を特定するものである旨主張しているが、訂正発明の詳細な説明にはそのような説明がないから、採用しない。
また、訂正発明1について、参考例1と実施例3を対比すると、「特定の製造方法」の採用による差異が一応認められるが、実施例3は本件発明の一部にすぎず、
この対比では本件発明全体において、「特定の製造方法」が物の構成を特定しているものとすることができない。
したがって、先に通知した理由のとおり、訂正発明1、2は刊行物1に記載された発明である。
原告主張の審決取消事由の要点
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1記載の発明との対比における認定判断の誤り) (1) 原材料の違い 審決は、被覆層の製造方法を規定した本件製法要件は、「被覆層を具えた電線またはケーブル」という物の構成を特定する上では、被覆層の原材料が限定された物性の直鎖状低密度ポリエチレンであること、及び被覆層が水分と接触させて架橋してなる点以外には、何らの意味も有しない要件であるとした上で、訂正発明1は刊行物1記載の発明と原材料が同一であり、刊行物1に記載された発明であると認定した。しかし、これは、訂正発明1と刊行物1記載の発明との間の原材料の違い、
ひいては被覆層の組成の違いを看過しており、誤りである。
訂正発明1は、被覆層の原材料として、「エチレンとブテン-1の共重合体であり、温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレン」(以下「特定の直鎖状低密度ポリエチレン」と略称する。)を単独で使用する点に重要な特徴を有している。この特定の直鎖状低密度ポリエチレンを単独で使用する態様は、刊行物1には記載されていない。
確かに、刊行物1の特許請求の範囲第2項には、「ポリオレフィンとしてエチレン-α-オレフィン共重合体(A)が単独で用いられる特許請求の範囲第1項記載のシラン変性架橋ポリオレフィンの製造方法。」と記載されているが(この請求項は補正で追加されたものである。)、刊行物1において、エチレン-α-オレフィン共重合体(A)を単独で使用する態様とは、実際には、高圧法ポリエチレンをブレンド(混合)する態様を意味している。
すなわち、刊行物1の第1表によれば、実施例1のポリオレフィン配合割合は、
エチレン-α-オレフィン共重合体が100重量部、高圧法ポリエチレンが0重量部であるが、実施例1の説明では、エチレン-α-オレフィン共重合体(ネオゼックス 2015M)100重量部にビニルトリメトキシシラン2重量部、ジクミルパーオキサイド0.15重量部を添加して得た混合物を押出機から押し出し、シラン変性ポリオレフィンのペレットを調製し(第1工程)、次いで、このシラン変性ポリオレフィン95重量部に高圧法ポリエチレン、ジブチル錫ジラウレート及び4、4’-チオビス(3-メチル-4-tertブチル)フェノールを100:1:2の重量比で含む触媒マスターバッチ5重量部を添加混合し、電線加工機によりケーブルを作製した(第2工程)とされており、実際には、触媒マスターバッチの形態で約5重量部の高圧法ポリエチレンをブレンドした混合物が使用されている。
また、刊行物1には、特殊ポリオレフィン(低密度のエチレン-α-オレフィン共重合体)のケーブルヘの加工性が十分ではないため、高圧法ポリエチレンを混合した組成物をシラン変性に供することがより望ましいことが記載されており(甲5の3頁右上欄15行〜左下欄6行)、実施例2〜4では、高圧法ポリエチレンを50〜90重量部もの高い配合割合で混合している(甲5の第1表)。
以上の記載を総合的に考慮すると、刊行物1において、エチレン-α-オレフィン共重合体を「単独で使用する」こととは、実際には、少なくとも約5重量部の高圧法ポリエチレンをブレンドした混合物の使用を意味していると理解される。したがって、刊行物1にエチレン-α-オレフィン共重合体を文字どおり単独で使用する態様が記載されているということはできない。
さらに、刊行物1記載の発明では、実際には、高圧法ポリエチレンをブレンドして使用していることもあって、そのケーブル物性の伸びの値は、本件発明と同じJIS C-3605によって測定して、最高値が434%(甲5の第1表、実施例1)にすぎず、訂正明細書実施例1〜6はもとより、同じ2工程方式を採用している訂正明細書の参考例1の490%よりも著しく低くなっている。
以上によれば、被覆層の原材料が、訂正発明1では、特定の直鎖状低密度ポリエチレンであるのに対して、刊行物1では、エチレン-α-オレフィン共重合体(広く直鎖状低密度ポリエチレンを含む。)と高圧法ポリエチレンとの組成物である点で、両者は明らかに相違しており、刊行物1に記載の架橋後に得られたケーブルは、訂正発明1に規定された物の構造としての要件をすべて満たすものではないことが明らかである。
(2) 製法による限定を含まないものとして訂正発明1を解釈した誤り ア シラン変性架橋ポリオレフィンの被覆層の製造方法としては、A.ポリオレフィン、シラン化合物及び有機過酸化物からシラン変成ポリオレフィン(のペレット)を製造する工程(第1工程)、得られたシラン変成ポリオレフィンにシラノール縮合触媒を加えて成形用押出機に供給して成形品を製造する工程(第2工程)を経てから、成形品を水分と接触させて架橋して被覆層を製造する方法(以下「2工程方式」という。)と、B.上記材料を成形用押出機に供給して成形品を製造し、この成形品を水分と接触させて架橋して被覆層を製造する方法(以下「1工程方式」という。)がある。
訂正請求項1は、製造方法による物の特定を含む請求項、すなわち、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームであり、そこに記載された「被覆層」は、訂正請求項1記載の原材料を「成形用押出機に一括又は別々に供給し被覆層を形成する」という1工程方式で形成されたものを、水分と接触させて架橋することにより得られたものと解釈されるべきである。
(ア)プロダクト・バイ・プロセス・クレームは、@製造方法による物の特定の仕方が明確であり(発明の範囲明確性)、かつ、A特許の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき事情が明瞭に存する場合には、製造方法により限定された物の発明を規定するものとして許容されるべきである。
訂正請求項1は、以下に述べるとおり、上記@、Aの2要件を満たしている。
@ 訂正請求項の記載によれば、訂正発明1は、原材料が特定の直鎖状低密度ポリエチレンに限定されていること、及び、1工程方式でシラン変性する方法を採用するものであることが明瞭である。さらに、訂正発明1には、シラン変性後、シラン変性直鎖状低密度ポリエチレンを水分と接触させて架橋することが規定されており、最終製品が、架橋シラン変性直鎖状低密度ポリエチレンの被覆層を具えた電線又はケーブルであることが明確に規定されている。
なお、1工程方式自体は、公知のシラン変性架橋法であって、当業者であれば訂正請求項1の規定により当該製造方法を明確に理解することができる。
A 訂正発明1の「被覆層を具えた電線またはケーブル」は、同じ特定の直鎖状低密度ポリエチレンを用いて2工程方式により製造されたケーブルと被覆層を構成する原料組成が同じである点で、上位概念では区別がつかないが、訂正明細書の参考例1と実施例3とを対比すると、両者はメルトインデックスが65.0g/10分の同じ直鎖状低密度ポリエチレンを用いているにもかかわらず、2工程方式を採用した参考例1の成形品に比べて、1工程方式を採用している実施例3の成形品は、ほぼ同じ抗張力が得られるとともに、伸びが約100%向上して可撓性が顕著に優れ(490%から587%)、加熱変形率も1.5%低くなって耐熱性が改善されている(14.2%から12.7%)。特に、伸びが高いことは、可撓性が要求されるケーブルにとって技術的に重要である。
このような両者の物性上の顕著な差異は、1工程方式による成形品と2工程方式による成形品とで、物が相違していることを明らかに示している。しかし、現段階においては、訂正発明1の物について、被覆層の化学的構造等によって2工程方式による物と区別して直接的に定義することができない。
(イ)以上のように、訂正発明1は、物の製造方法によって物自体を特定することに例外的に合理性が認められる場合に該当する。すなわち、訂正発明1の被覆層は、原材料とシラン変性架橋プロセスから見て、前述の1工程方式又は2工程方式により製造され得るものであって、これらの方式以外の他の製造方法は、実質的に存在しない。しかも、訂正明細書には、刊行物1に記載の2工程方式で得られたものが参考例1(比較実験例)として、訂正発明1の1工程方式により得られたもの(実施例1〜6)と対比して示され(甲4の2、7頁表1)、訂正発明1の被覆層が2工程方式ではなく1工程方式により製造されたものを意味することが客観的に明確である。そして、これらの2つの方式以外の他の製造方法は存在しないから、訂正発明1で規定する物が、物自体として製法要件とは無関係に広く解釈される余地はない。訂正発明1の物を製法要件を加味して解釈することは、特許法36条5項の規定にも適合する。
さらに、出願の経緯を考慮することが許されるならば、訂正発明1は、もともと組成物(物)の発明として特許権が付与され、その後、刊行物1記載の物との明瞭な区別化の必要によって、プロダクト・バイ・プロセス・クレームを採用するに至ったものであり、カテゴリーを製法に変更することが許されないという事情が存在する。
以上によれば、訂正発明1は、特許の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき特段の事情が存することが明らかであるから、特許性(新規性進歩性)を判断する上で、製法要件を考慮することが妥当かつ必要である。
イ 審決の誤り 審決は、「請求人は、請求項1及び2にかかる発明について、『特定の製造方法』が物の構成を特定する旨主張しているが、本件発明の詳細な説明にはそのような説明はないから、この主張は採用しない。」(審決4頁下から6行〜4行)と判断する。しかし、訂正明細書には、1工程方式が明瞭に記載されており(甲4の【0011】)、実施例においても1工程方式の製造方法が具体的に記載され、さらに、参考例1との対比実験により、訂正発明1のものが顕著に改善されたケーブル物性を有し、物としての新規性を有することが明らかであるから、審決の前記判断は失当である。
審決は、「また、請求項1に係る発明について、参考例1と実施例3とを対比すると、『特定の製造方法』の採用による効果の差が一応認められるが、実施例3は本件発明の一部にすぎず、この対比では本件発明全体において、『特定の製造方法』が物の構成を特定しているものとすることはできない。」(審決4頁下から3行〜5頁1行)と判断している。
しかし、「魚住剛作成の実験成績証明書」(平成15年2月26日付け、甲7)には、参考例1及び実施例3で使用しているのとは異なる直鎖状低密度ポリエチレンを用いた場合においても、1工程方式によるもののケーブル物性が、破断伸びの点で、2工程方式によるもののケーブル物性に比べて顕著に優れているとの実験結果が示されている。
このように、同じ直鎖状低密度ポリエチレンを用いた場合に、2工程方式に対する1工程方式の物性上の優位性は明らかである。
訂正明細書実施例1〜6と参考例1とを対比しても、様々なメルトインデックスを有する直鎖状低密度ポリエチレンを用いて1工程方式でケーブルを作製した場合(実施例1〜6)、いずれのケーブルも、参考例1の2工程方式により得られたケーブルに比べて、優れた伸び(可撓性)を示している。これらの実験結果は、本件訂正発明1で規定する1工程方式によれば、特定の直鎖状低密度ポリエチレンと組み合わせることにより効果の差異があり、製造方法により物を特定できることが明らかである。したがって、審決の前記判断は、失当である。
2 取消事由2(訂正発明2と刊行物1記載の発明との対比判断の誤り) 刊行物1には、グラニュー状のエチレン-α-オレフィン共重合体を使用することは記載されていない。
他方、訂正明細書には、グラニュー状の特定の直鎖状低密度ポリエチレンを使用することにより、ケーブル物性の伸び及び加熱変形率が顕著に改善された被覆ケーブルの得られることが示されている(甲4の1の表1の実施例4)。
しかも、訂正明細書の特許請求の範囲には、当初からグラニュー状直鎖状低密度ポリエチレンを使用することが規定されており、このような顕著に優れた物性を有するケーブルに着目し、明細書に記載していたことが明らかである。
刊行物1には、このような顕著に優れた物性を有するケーブルは記載されていない。
したがって、訂正発明1について述べたのと同じ理由に加えて、上記の理由により、訂正発明2は、刊行物1に記載された発明ではない。
被告の反論の要点
1 取消事由1に対して (1) 原材料について 刊行物1に、エチレン-α-オレフィン共重合体(A)を単独で用いる旨の記載があることは原告も認めており、当業者は、そのような記載があれば、たとえ実施例で他のポリエチレンが少量使用されていたとしても、他のポリエチレンを使用することなく実施することができるというべきであるから、他のポリエチレンを使用しないことも「刊行物1に記載された発明」に該当する。
(2) 製法限定を含む請求項の解釈 原告は、本件発明の対象を当該製造方法に限定して解釈すべき特段の事情があるから、特許性を判断する上で、製法要件を考慮すべきである旨主張する。
しかし、刊行物1には、1工程方式の製造方法を示す「シラノール縮合触媒はポリオレフィンとシランの反応前・・・・・に混入することができる。」(甲5の4頁左下欄7〜9行)との記載があり、1工程方式の製造方法についても新規性はないから、本件発明の対象を1工程方式の製造方法によって作られたものに限定して解釈すべき特段の事情があるものではない。
原告の主張は、「物の発明」において、製法限定要件を付加すること、及び、それにより特許の対象を製造方法に限定して解釈することを求めているものであるが、本件のように当該製造方法に限定して解釈すべき特段の事情が認められない場合には、原告の主張は「物の発明」を「物を生産する方法の発明」に実質的に訂正(変更)すること求めているに等しく、現行法においては認められないものである(特許法2条3項1号、3号、126条)。
また、原告は、訂正明細書には1工程方式が明瞭に記載されているので、審決が「請求人は、請求項1及び2にかかる発明について、『特定の製造方法』が物の構成を特定する旨主張しているが、本件発明の詳細な説明にはそのような説明はないから、この主張は採用しない。」としたことは誤りであると主張する。
しかしながら、「いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形により特許を得ようとする者は、発明の対象を製法としないで物とすることを何らかの理由で自ら選択した以上、当該物は当該製法によって製造された物に限られることを主張するなら、そのことを出願に係る明細書に明示すべきであり」(東京高等裁判所第6民事部平成14年6月11日判決・平成13年(行ケ)第84号)、訂正明細書には本件発明1、2に係る物が当該製造方法(1工程方式)によって製造された物に限られる旨の記載はないから、上記原告の主張は失当である。
なお、甲7の実験成績証明書は、1工程方式のものが2工程方式のものよりも優れた伸びを示す場合があることを示すとしても、単にある条件の事例にすぎないものであり、これをもって本件発明全体において「特定の製造方法」が物の構成を特定しているものとすることはできないことに変わりはない。
2 取消事由2(訂正発明2と刊行物1記載発明の対比判断の誤り)について 審決の認定判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 刊行物1における「原材料」について 原告は、刊行物1(甲5)には、被覆層の原材料として、訂正請求項1に記載された特定の直鎖状低密度ポリエチレンを高圧法ポリエチレンと混合して使用する態様しか記載されておらず、単独で使用する態様は記載されていないと主張する。
ア 刊行物1には、次の記載が認められる(下線は判決による付加)。
(特許請求の範囲)「1.中圧法又は低圧法によって製造されかつ密度が0.910ないし0.945g/cm3のエチレン-α-オレフィン共重合体(A)を10重量%以上含むポリオレフィンを、遊離ラジカル生成化合物の存在下、140℃以上の温度で、シラン化合物と反応させ、次いでこのシラン変成ポリオレフィンをシラノール触媒の存在下、水と接触させることを特徴とするシラン変成架橋ポリオレフィンの製造方法
2.ポリオレフィンとしてエチレン-α-オレフィン 共重合体 (A) が単独 で用いられる 特許請求の範囲第1項記載のシラン変成架橋ポリオレフィンの製造方法。」(甲5末尾の手続補正書部分)(発明の詳細な説明)「本発明においてシラン変成に供されるポリオレフィンとしては、中、低圧法によって 製造 された 密度 0.910 ないし 0.945 g/cm3のエチレン -α-オレフィン 共重合体 (以下特殊 ポリオレフィン という )単独 か、あるいは該特殊ポリオレフィンと他のポリオレフィン、具体的には高圧法ポリエチレン、及び/又はエチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-アクリル酸エチル共重合体等のエチレン-不飽和エステル共重合体若しくはその変性体との混合物であって樹脂混合物中の特殊ポリオレフィン含量が10重量%以上のもの、・・・が挙げられる。また本発明においては、これらシラン変成に供するポリオレフィンに、・・・加工助剤として少量のポリプロピレン、高密度ポリエチレンを加えてもよい。」(甲5の2頁左下欄12行〜右下欄10行)「本発明において用いられる特殊ポリオレフィンを更に詳しく説明すると、
特殊ポリオレフィンとは、エチレンとプロピレン、ブテン-1、・・・等のα-オレフィンとを原料として合成されたエチレンを主体としたエチレン-α-オレフィン共重合体であって、中圧法、又は低圧法例えばフィリップス法、チーグラー法あるいはその類似方法によって製造され、かつその密度(JISK6760に規定された方法により測定された密度)が0.910ないし0.945g/cm3のものである。かかる特殊ポリオレフィンは広く実用化されているが、市販されているものとしては、例えば三井石油化学工業株式会社製商品名ネオゼックスが知られている。」(同2頁右下欄11行〜3頁左上欄6行)、
「本発明における架橋物の伸びの改善効果はシラン変成に供するポリオレフィンとしてこの特殊 ポリオレフィン を単独 で使用 する 場合 はもちろん 、この特殊ポリオレフィンと高圧法ポリエチレンなどの他のポリオレフィンとの混合物であって、特殊ポリオレフィンを10重量%以上含むポリオレフィン混合物を使用する場合も十分発揮される。特殊ポリオレフィン含量が10重量%以下では、シラン変成架橋物の伸びの改善効果がなく好ましくない。」(同3頁右上欄5〜14行)「本発明で得られるシラン変成架橋ポリオレフィンを電力ケーブルとして使用する場合シラン変成 に供する ポリオレフィン として 、前記特殊 ポリオレフィン 単独はもちろん 使用可能 である が、特殊ポリオレフィン単独のシラン変成物は、架橋後の伸びはすぐれているが、メルトインデックス(M.I.)が非常に少さく、ケーブルへの加工性が必ずしも十分とは言えない。従って架橋物の伸び特性を改善し、しかもシラン変成物の加工性を改善するためには、前記特殊ポリオレフィンに高圧法ポリエチレンを混合した組成物をシラン変成に供することがより望ましい。」(同3頁右上欄15行〜左下欄6行) イ 上記記載(特に下線部)によれば、刊行物1の特許請求の範囲第2項及び発明の詳細な説明には、「特殊ポリオレフィン」、すなわち、特定の密度(その密度は、訂正発明1の直鎖状低密度ポリエチレンの密度と重複する範囲のものと認められ、原告はその点については争っていない。)を有する、中、低圧法によって製造されたエチレン-α-オレフィン共重合体(α-オレフィンとして訂正発明1のブテン-1も含まれている。)を単独で使用する態様が刊行物1の発明に包含されるものとして明記されていると認められる。
原告は、実施例等の具体例に、中、低圧法のエチレン-α-オレフィン共重合体を単独で用いた場合がないと主張するが、刊行物1の発明の詳細な説明中には「前記特殊ポリオレフィン単独はもちろん使用可能であるが」との記載があるのであるから、単独で使用した実施例が記載されていないという理由によっては、単独で使用する態様が記載されていないということはできない。
以上のとおり、訂正発明1と刊行物1記載の発明との間に原材料について相違があるということはできない。
(2) 製法による限定を含まないものとして訂正発明1を解釈したことが誤りである旨の主張について 原告は、訂正発明1の被覆層は、1工程方式で製造されるものに限定されるのであるから、審決が、訂正発明1を製法による限定を含まないものとして解釈して刊行物1に記載された発明との対比判断をしたことは誤りである旨主張する。
しかし、以下に示すとおり、原告の上記主張は、理由がない。
ア 本件特許の訂正請求項1は、「エチレンとブテン-1の共重合体であり、
温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括または別々に供給し、被覆層を成形した後、水分と接触させて架橋してなる被覆層を具えた電線またはケーブル。」との表現により、発明とされるものが特定の被覆層を具えた電線またはケーブルであること(物の発明)を明らかにしつつ、その被覆層が、(a)エチレンとブテン-1の共重合体であり、温度190℃、荷重21600gで測定したメルトインデックスが45g/10分以上、160g/10分以下である直鎖状低密度ポリエチレンと、(b)シラン化合物と、(c)有機過酸化物と、(d)シラノール縮合触媒を、
「成形用押出機に一括または別々に供給し、被覆層を成形した後、水分と接触させて架橋してなる」ことを規定しているものである。
訂正請求項1の記載において、(a)ないし(d)の材料(成分)を成形用押出機に一括または別々に供給し、被覆層を成形した後、水分と接触させて架橋してなる被覆層とすることは、被覆層の製造方法を記載したもの(この製造方法の記載を審決に倣い「本件製法要件」という。)であるが、訂正発明1が物の発明であることからすれば、本件製法要件は、訂正発明1における「被覆層を具えた電線またはケーブル」を物として特定するために規定されたという以上の意味を有し得ないと解することが相当である(したがって、訂正発明1の特許要件となる新規性進歩性を判断する場合において、本件製法要件については、それが発明の対象となる物の構成を特定するための要件としてどのような意味を有するかという観点から検討する必要はあるものの、それ以上に、その製造方法自体が公知技術との対比において新規性進歩性を有するかを検討する必要はない。なお、これは、特許請求の範囲に製法記載を含む発明の特許性(新規性進歩性等)を判断する場合についていえることであって、侵害事件において製法記載を含む特許請求の範囲侵害被疑物件とを対比して技術的範囲への属否を判断する際に、これとは別の観点から、特許発明技術的範囲を当該製法記載により限定されたものとして解釈すべき場合があることを否定するものではない。)。
イ ところで、@審決は、本件製法要件は、訂正発明の対象となる物の構成、
すなわち、「被覆層を具えた電線またはケーブル」という発明の対象となる物の構成を特定する上では、(@)被覆層の原材料が特定の直鎖状低密度ポリエチレンであること、及び(A)被覆層が水分と接触させて架橋してなる点以外には意味を有しておらず、訂正発明1の特許性を考えるに当たっては、上記(@)、(A)の要件によって特定される物(特に「被覆層」)の構成という点についてのみ公知技術との対比判断をすれば足りるとの前提に立って、訂正発明1と刊行物1記載の発明とを対比したのに対し、A原告は、本件製法要件は、上記(@)、(A)の要件の他に、(B)直鎖状低密度ポリエチレンを有機過酸化物の存在下にシラン化合物と反応させるシラン変性工程と押出成形とが1工程で行われること(1工程方式)を規定していると主張し、訂正請求項1はこれら(@)ないし(B)の要件によって物の構成を特定しているものであるから、審決が訂正発明1と刊行物1記載の発明との対比において1工程方式という製法を考慮に入れなかったことは、誤りであると主張する。
本件では、「直鎖状低密度ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括又は別々に供給し、被覆層を成形した後」という訂正請求項1の記載が、訂正発明1における被覆層の形成方法として、2工程方式とは区別されたものとしての1工程方式を規定したものと解釈できるかどうかにまずもって問題があるが、以下では、ひとまず原告の主張に沿って、上記記載が1工程方式を規定したものであるとした場合に、訂正発明1の被覆層が1工程方式という製法によって特定された被覆層と解釈されるべきである旨の原告の主張の当否を検討することとする。
ウ まず、訂正明細書(甲4の2)を検討すると、発明の詳細な説明には、
「直鎖状ポリエチレンをシラン変性して架橋成形物を得る方法には、特公昭48-1711号に示されるような、直鎖状ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物を単軸押出機、二軸押出機、バンバリーミキサー、ニーダー等任意の混合装置で混合してシラン変性した直鎖状低密度ポリエチレンをつくり、成形時にシラノール縮合触媒を添加し、水分と接触させる方法があるが、本発明では、特開昭51-82361号に示されるような、直鎖状低密度ポリエチレンとシラン加工物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括または別々に供給し、成形品を成形した後、水分と接触させて架橋する方法を採用する。」(【0011】)と記載されており、これによれば、シラン変性架橋ポリオレフィン成形物の製造方法として、2工程方式も1工程方式も共に本件特許出願当時には公知のものとして出願人(原告)に認識されていたことが明らかである。
そして、訂正明細書には、訂正請求項1に規定された特定の直鎖状低密度ポリエチレンを用いて被覆層を形成する例として、1工程方式と2工程方式の双方の実例が示されており(1工程方式につき実施例1ないし6【0013】〜【0018】、2工程方式につき参考例1【0012】)、発明の詳細な説明欄の全記載を検討しても、電線又はケーブルの被覆層を1工程方式で形成した場合と2工程方式で形成した場合とで、被覆層自体に相違があることを述べた記載はなく、このことを示唆する記載もない。
かえって、@登録時明細書(甲3)には、段落【0005】に「【課題を解決するための手段】本発明は、・・・特定の直鎖状低密度ポリエチレンをベースポリマーとして用いることによって、加工性、機械的強度、耐熱性が改善されることを見出したもので」(【0005】)という、発明の特徴が特定の直鎖状低密度ポリエチレンの使用にあることを示唆する記載があり、さらに、段落【0011】に、
「直鎖状低密度ポリエチレンをシラン変性して架橋成形物を得る方法には、特公昭48-1711号に示されるような、・・・シラン変性した直鎖状低密度ポリエチレンをつくり、成形時にシラノール縮合触媒を添加し、水分と接触させて架橋する方法であってもよく、又特開昭51-82361号に示されるような、直鎖状低密度ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括または別々に供給し、成形品を成形した後、水分と接触させて架橋する方法でもかまわない。」として、直鎖状低密度ポリエチレンの架橋成形物を得る方法として1工程方式と2工程方式の双方が言及され、そのいずれの工程を採用してもかまわないという趣旨が述べられていたこと、A訂正明細書における参考例1(2工程方式)は、登録時の明細書においては、実施例とされていたものであること(甲3及び甲4の1、2によれば、登録時明細書の実施例1がその後、参考例1に訂正され、これに伴って、訂正明細書の段落【0011】の記載が「・・本発明では、特開昭51-82361号公報に示されるような、直鎖状低密度ポリエチレンとシラン化合物と有機過酸化物とシラノール縮合触媒を成形用押出機に一括または別々に供給し、成形品を成形した後、水分と接触させて架橋する方法を採用する。」という記載に訂正されたことが認められる。)からすると、登録時明細書までは、出願人(原告)自身の認識においても、1工程方式か2工程方式かという製造方法が本件発明における被覆層の化学的構造、組織、性質等を特定する上で意義のあるものとはされていなかったことが推認されるのである。
原告は、訂正明細書においては、2工程方式により得られたものが参考例1として、1工程方式により得られたもの(実施例1〜6)と対比して示されているから、訂正発明1の被覆層が2工程方式ではなく1工程方式により製造されたものを意味することは明確であると主張するが、訂正明細書には、段落【0012】の【実施例】との表題の下に、「参考例1」として、シラン変性された直鎖状低密度ポリエチレンのペレットを押出機で押し出し、被覆層を具えたケーブルを成形したことが記載され、表1に参考例1、実施例1〜6及び比較例1〜6のそれぞれの物性値が示されているのみであって、このような訂正明細書の記載態様からは、参考例1が実施例1〜6とは製造方法の相違により物自体が異なるものとして、1工程方式による実施例と対比して示されていることが当業者に明確であるとは認めることができない。
以上検討したところによれば、訂正明細書の訂正請求項1には、原告の主張するところの1工程方式を規定したものと読む余地のある記載が存在するものの、その発明の詳細な説明には、1工程方式という製法が発明の対象とされた電線またはケーブルの被覆層の構造、性質等の物としての構成を特定する上で特段の意義を有する要件であることを示す記載はないのであって、結局、1工程方式という製法が被覆層の物としての構成を特定する上で意義のある要件であることは、訂正明細書の記載からは当業者には明らかでないというべきである。
そうである以上、1工程方式という製造方法は、訂正発明1における被覆層の物としての構成を特定する上で意義のある要件と認めることはできない。この点、審決は、訂正請求項1の記載中の被覆層の製造方法を規定した部分(本件製法要件)は、「訂正後の明細書の記載を検討しても、訂正発明1の対象となる物の構成・・・を特定する上では、被覆層の原材料が限定された物性の直鎖状ポリエチレンであること及び被覆層が水分と接触させて架橋させてなる点以外には何らの意味も有しない要件である。」として、訂正発明1と刊行物1記載の発明とを原材料及び被覆層の架橋方法の点で比較した上、「刊行物1記載の架橋処理後に得られたケーブルは、訂正請求項1に規定された物の構造としての要件をすべて満たすことになるから、訂正発明1は刊行物1に記載された発明である。」と判断しており、その判断に誤りはない。
エ 原告は、訂正発明1は、「その物の製造方法によって物自体を特定することに、例外的に合理性が認められる」場合に該当するから、訂正発明1における被覆層は1工程方式によるものに限定されると主張する。しかしながら「製造方法によって物を特定することに例外的に合理性が認められる」場合に該当するか否かは、特許請求の範囲中の製造方法の記載が、当該物の構造、性質その他の物を特定するための直接的な指標を記載する代わりに、当該製造方法によって物自体を特定するために記載されたものであることが、当業者に理解可能なように明細書に記載されている場合に初めて問題となる事項というべきところ、本件の訂正明細書には、そもそも、原告の主張する「1工程方式」が発明の対象とされる物の構成を特定する上で意義のある要件であることは明らかにされていないのであるから、被覆層を形成する方法(1工程方式か2工程方式か)は、訂正発明1の対象とされる「被覆層を具えた電線またはケーブル」という物の構成を特定する上では、特段の意義を有しない要件とみるべきものである。原告の上記主張は採用することができない。
オ なお、原告は、ケーブルの物性に関する評価結果を記載した訂正明細書の表1及び甲7の実験成績証明書に依拠して、1工程方式による被覆層と2工程方式による被覆層とでは、原材料が同じであっても、ケーブルの物性値は前者の方が顕著に改善されているから、物性値の相違により、両者の物が相違することが明らかであると主張するので、念のため、この点についても検討すると、次のとおりである。
(ア)訂正明細書の表1に示された実施例1〜6と参考例1のケーブルの物性値を検討すると、1工程方式で製造された訂正発明1の実施品のうち、グラニュー状の原料を使用していない実施例1〜3、5、6における抗張力、伸び、加熱変形率というケーブルの物性には幅があり(抗張力2.05〜2.35kg/mm2、伸び550〜673%、加熱変形率11.8〜18.9%)、それらが同一の化学構造グループを形成しているものと直ちに認めることはできない。
さらに、それらの値を2工程方式の参考例1(抗張力2.35kg/mm2、伸び490%、加熱変形率14.2%)と比べてみても、抗張力、加熱変形率には重複があり、1工程方式によるものと2工程方式によるものとの性質の違いが画然としているものとは認められない。
結局、表1に示されたケーブルの物性値を検討しても、原料のメルトインデックスの相違による性質の相違としては説明できないほどの工程による性質の相違があるとは認められない。
(イ)甲7の実験成績証明書によれば、1工程方式で作製したケーブル(実験1)と2工程方式で作製したケーブル(実験2)とを比較したとき、前者の伸びは後者の1.36倍(607/446)程度であるとする記載が認められるが、この1組の比較だけでは、ベースポリマーの性質の相違(メルトインデックス等)にかかわらず、1工程方式のものが2工程方式に比して優れた効果を奏するかどうか不明といわざるを得ない。甲7の実験結果は、結局、原材料の特定の配合と特定の条件下における物性値の違いを示すものにすぎず、1工程方式か2工程方式かの工程の相違によって物自体が異なることを裏付けるに足りるものではない。
(ウ)以上によれば、ケーブルの物性値の比較によっても、被覆層が1工程方式で製造されるものと2工程方式で製造されるものとが物自体として異なるとまではいうことができない。
(3) まとめ 以上のとおりであるから、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(訂正発明2と刊行物1記載の発明との対比における判断の誤り)について 原告は、刊行物1にはグラニュー状の原料を使用することについて記載はなく、
訂正発明2に係る発明のケーブルは顕著に優れた物性を有するものであるから、刊行物1に記載された発明であると判断した審決は誤りである旨主張している。 訂正発明2は、訂正発明1と同様に物(被覆層を具えた電線又はケーブル)を対象とした発明であり、その特許請求の範囲に、被覆層を製造する方法(請求項1と同じ)を規定し、さらに、当該製造方法に使用する直鎖状低密度ポリエチレンが特定粒径のグラニュー状であることを記載したものである。
しかし、訂正明細書には、直鎖状低密度ポリエチレンとして特定粒径のグラニュー状のものを使用する意義についての記載はなく、グラニュー状の直鎖状低密度ポリエチレンを原料として使用した実施例と、グラニュー状ではない原料を使用した実施例との間で、物性値を比較しても(ただし、メルトインデックスの同じものが使用されていないので、正確な比較にはならない。)、例えば、@実施例4の原料(グラニュー状)のメルトインデックス63.7、ケーブルの抗張力2.35kg/mm2、伸び690%、加熱変形率11.8%に対して、A実施例3の原料(ペレット)のメルトインデックス65.0、ケーブルの抗張力2.30kg/mm2、伸び587%、加熱変形率12.7%、B参考例1(2工程方式)の原料(ペレット)のメルトインデックス65.0、ケーブルの抗張力2.35kg/mm2、伸び490%、加熱変形率14.2%のように、ケーブルの抗張力はほぼ同じで、伸びが1.18倍(690/587)、1.41倍(690/490)、加熱変形率93%(11.8/12.7)、83%(11.8/14.2)となり、グラニュー状のものを原料としたことによる特段の物性の違いがあるとまでは認められない。
したがって、訂正請求項1における直鎖状低密度ポリエチレンを、訂正請求項2においてさらに特定の「グラニュー状」に限定した点が、「被覆層を具えた電線又はケーブル」を物の構成として特定する上では何らの意味も有しない限定要件であるとした審決の認定に誤りはなく、その認定に基づいて、訂正発明2も刊行物1に記載された発明であるとした審決の判断にも誤りはない。
よって、取消事由2も理由がない。
3 結論 以上、原告主張の取消事由1、2はいずれも理由がないから、請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利