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関連審決 不服2002-4275
関連ワード 方法の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 273号 審決取消請求事件
原告 株式会社サムコインターナショナル研究所
訴訟代理人弁理士 小林良平
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 池田正人
同 影山秀一
同 三崎仁
同 高橋泰史
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が不服2002−4275号事件について平成15年5月6日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成5年8月19日,発明の名称を「セルフバイアス・プラズマコーティング法」(後に「セルフバイアス・プラズマCVDコーティング法及び装置」と変更)とする特許出願(特願平5-228237号,以下「本件特許出願」という。)をし,平成13年11月2日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等を補正したが,平成14年2月13日,本件特許出願につき拒絶の査定を受けたので,同年3月12日,これに対する不服の審判の請求をし,さらに,同年4月2日,上記明細書の特許請求の範囲の記載等を補正した(以下,この補正に係る明細書を,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)。
特許庁は,上記請求を,不服2002-4275号事件として審理した結果,平成15年5月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】a)反応室内で上部電極及び下部電極を略平行に設け, b)上部電極を接地し,下部電極に整合回路を介して高周波電源を接続し, c)反応室内にモノシランを含む原料ガスを導入し, d)下部電極の近傍に被コーティング物を配置し, e)下部電極を加熱することなく下部電極より高周波電力を投入する, ことにより,被コーティング物を加熱することなく被コーティング物の表面に窒化シリコン又は酸化シリコンの皮膜を堆積するセルフバイアス・プラズマCVDコーティング法。 【請求項2】a)反応室内の下部に略水平に設けられ,整合回路を介して高周波電源に接続され,冷却装置を備えた,被コーティング物を載置する下部電極と, b)反応室内の上部に,下部電極に略並行に設けられ,電気的に接地された上部電極と, c)反応室内にモノシランを含む原料ガスを導入するための原料ガス導入管と,を備えることを特徴とする,被コーティング物の表面に窒化シリコン又は酸化シリコンの皮膜を堆積するためのセルフバイアス・プラズマCVDコーティング装置。 【請求項3】a)電気的に接地された反応室と, b)反応室内の下部に設けられ,略水平部分を有し,整合回路を介して高周波電源に接続され,冷却装置を備えた下部電極と, c)テープ状の被コーティング物を下部電極の上記略水平部分の直上に掛け渡して走行させるべく設けられた1対のローラと, d)反応室内にモノシランを含む原料ガスを導入するための原料ガス導入管と,を備えることを特徴とする,テープ状の被コーティング物の表面に窒化シリコン又は酸化シリコンの皮膜を連続的に堆積するためのセルフバイアス・プラズマCVDコーティング装置。
(以下,上記【請求項1】〜【請求項3】に記載された発明を,それぞれ「本願発明1」〜「本願発明3」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明1は,特開平4-234121号公報(甲12,以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開平1-189128号公報(甲13,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないとし,さらに,本願発明2及び3についても,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明1と引用発明2との一致点の認定を誤った(取消事由1)結果,本願発明1は引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った判断をし,さらに,その誤った認定判断を前提に,本願発明2及び3の進歩性に関する判断をも誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由(本願発明1と引用発明2との一致点の認定の誤り) (1) 審決は,本願発明1と引用発明2との一致点として,「反応室内で上部電極及び下部電極を略平行に設け,上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続し,反応室内にモノシランを含む原料ガスを導入し,下部電極の近傍に被コーティング物を配置し,下部電極より高周波電力を投入する,ことにより,被コーティング物の表面に窒化シリコン又は酸化シリコンの皮膜を堆積するプラズマCVDコーティング法,の点」(審決謄本7頁第2段落)を認定したが,上記のうち,「上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続」するとの点を一致点として認定したことは誤りである。
(2) 本願発明1〜3に係るプラズマCVD装置では,下部電極に高周波電源を接続し,下部電極より高周波電力が投入され,上部電極が接地される。これにより両電極間にプラズマが生成されるのであるが,プラズマは両電極間に均一に生成されるのではなく,高周波電力が投入される電極の方に主に生成される。この点について,平成12年8月25日オーム社発行「インターユニバーシティ プラズマエレクトロニクス」(甲14)には,高周波放電によるプラズマの生成について,「圧力が高くなるにつれて中心部が暗くなってきて二つの電極の近くだけが光るようになる。・・・RF(注,高周波)を加える電極Kには直流の負電圧(自己バイアスという)が発生し,そのシースによって加速されて正イオンが電極Kに衝突する。
このようなイオン衝撃が望ましいプロセスでは,基板を電極Kの上に置き,それを避けたいプロセスでは接地電極Aの上に基板を置く」(106頁)と記載され,さらに,図6・4(b)(107頁)には,電位分布が,高周波電極K側で高く,接地電極A側で低いことが明りょうに示されている。
本願発明1〜3に係るプラズマCVD装置においては,高周波電極側に被処理物を置くため,堆積速度が速く,例えば,セルフバイアス電圧を500Vとすることにより従来の倍以上の100nm/min,700Vとすることにより従来の3倍以上の150nm/minという高速の成膜速度が得られるものである(甲2の4頁,図3)。
これに対し,引用例2(甲13)における実施例(3頁左上欄最終段落〜同左下欄第1段落,第1図)及び従来技術(2頁左上欄第2段落〜同右上欄第1段落,第4図)では,下部電極を接地し,上部電極に高周波電源を接続し,上部電極より高周波電力を投入している。この場合,プラズマ密度は上部電極近傍で高く,そこで生成されたイオンが飛行して下部電極上に載置した試料に衝突することにより堆積が行われる。そのため,堆積に寄与するプラズマの密度も低く,プラズマ温度も低い。これにより,引用例2に記載の装置では,試料を「60℃」程度の温度に保持するために,加熱装置が必要となる。引用例2には,下部電極に高周波を投入する例は全く記載されていない。
(3) 以上のとおり,本願発明1〜3に係るプラズマCVD装置と引用例2に記載の装置では,その構成が異なることにより,その成膜原理(作用)が全く異なり,それによる効果の相違も非常に大きい。このように,高周波投入電極を上部電極,下部電極のいずれとするかは,上記(2)のとおり,プラズマ処理の作用,効果において大きな差異があるため,任意に変更可能なものではなく,本件特許出願当時,目的に応じて明確な使い分けがされていたものである。
審決は,本願発明1と引用発明2との間における高周波電源の接続方向に関する差異を看過し,上記のとおり,これを一致点として誤って認定したものであるから,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 取消事由2(本願発明2及び3の進歩性の判断の誤り) 審決は,本願発明1に関する引用発明2との一致点及び相違点の認定判断を前提にして,本願発明2及び3に固有の構成に係る容易想到性についてのみ検討を加え,その進歩性を否定した(審決謄本10頁第4段落〜11頁第2段落)が,上記1のとおり,本願発明1と引用発明2との一致点の認定に誤りがある以上,この誤った認定を前提とする本願発明2及び3の進歩性に関する判断も誤りである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本願発明1と引用発明2との一致点の認定の誤り)について (1) 確かに,引用例2(甲13)に記載された実施例で用いられるプラズマCVD装置では,上部電極に高周波電力が供給されているが,引用発明2は,本来,高周波電源の接続方向につき上下の限定をしていないから,審決は,同発明の実施例のみを念頭に置いていた点で一部に瑕疵があるとしても,原告主張に係る一致点の認定の誤りないし相違点の看過はないというべきである。
(2) プラズマコーティング方法においては,上部電極に高周波電源を接続するタイプと同じく,下部電極に高周波電源を接続するタイプの装置も,本件特許出願当時から周知であり(甲12,乙1〜4),これら二つのタイプの平行平板型プラズマ装置は,プラズマ堆積用装置として相互に共通するものである。
引用発明2は,冷却を含む,試料の温度制御に着目したCVD方法の発明であることからして,高周波電源の接続方向について特定の接続タイプのプラズマCVD装置を用いることを必須の構成要件とするものではないし,引用発明2に用いるプラズマCVD装置として,いずれか一方の接続タイプの特定のプラズマ装置に限定すべき理由もない。引用例2には,実施例で用いられた,上部電極に高周波電源を接続した特定のタイプの堆積装置を必須とすることの記載は見られず,下部電極に高周波電源を接続するタイプの堆積装置を用いた場合は,当該発明の所期の効果を奏しないとする記載も見当たらない。
以上のような,本件特許出願当時の技術水準及び引用発明2の本質からすれば,引用発明2のプラズマCVD法においては,その実施例に示された上部電極に高周波電源を接続するタイプの装置に限定されるものではなく,下部電極に高周波電極を接続するタイプの装置を用いることをも適宜選択し得るものというべきであるから,審決が,「上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続」するとの点を,本願発明1と引用発明2の一致点として認定したことに実質的な誤りはない。
(3) 原告は,引用例2に記載の装置では,試料を「60℃」程度の温度に保持するため加熱装置が必要となると主張するが,引用例2発明が,「樹脂材料など耐熱性の乏しい材料」へのプラズマCVDを課題としてされたものであることから,試料の温度は実施例の「60℃」に限定されず,それ以下の温度をも対象とした発明であることは明らかである。また,そもそも,本願発明1は,試料温度を特定した発明ではないから,試料温度の相違に関する原告の主張は,本願発明1の構成に基づかない主張である。
(4) 原告が本願発明1の効果として主張する成膜速度は,実施例における特定の処理条件下で,約200V以上のセルフバイアス電圧(甲2の段落【0011】)という特定のセルフバイアス値を与えた場合に得られる成膜速度である。しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】には,上記効果を奏するために必要な処理条件に係る特定はされていないから,原告の主張は,特許請求の範囲に記載された本願発明1の構成に基づくものではなく,失当である。
(5) 原告は,本件特許出願当時,当業者の間では,平行平板型プラズマ装置において高周波投入電極を上部電極,下部電極のいずれとするかは,目的に応じて明確な使い分けがされていた旨主張する。
しかし,引用例1(甲12)においては,下部電極に高周波電源を接続した図6(チャンバ22)の場合と,上部電極に高周波電源を接続した図8(チャンバ23)の場合について,「単一のチャンバのみを用いて両堆積を行うこともできる」(段落【0040】)と記載されており,チャンバ22とチャンバ23の二つのチャンバは,いずれもプラズマ堆積層の形成に用いられるものであり,しかも相互に互換性を有するものとされている。このことからも明らかなとおり,下部電極に高周波電源を接続するタイプと上部電極に高周波電源を接続するタイプの二つの平行平板型プラズマ装置は,プラズマ堆積用の装置として,相互に共通し,当業者が必要に応じ適宜置き換え得るものであって,その使い分けは明確なものとはいえない。
2 取消事由2(本願発明2及び3の進歩性の判断の誤り)について 上記1のとおり,審決における本願発明1と引用発明2との一致点の認定に誤りはないから,本願発明2及び3の進歩性に関する審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明1と引用発明2との一致点の認定の誤り)について (1) 審決は,本願発明1と引用発明2との一致点として,「反応室内で上部電極及び下部電極を略平行に設け,上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続し,反応室内にモノシランを含む原料ガスを導入し,下部電極の近傍に被コーティング物を配置し,下部電極より高周波電力を投入する,ことにより,被コーティング物の表面に窒化シリコン又は酸化シリコンの皮膜を堆積するプラズマCVDコーティング法,の点」(審決謄本7頁第2段落)を認定しているところ,原告は,上記認定のうち,「上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続」するとの点を一致点として認定した部分は誤りである旨主張する。
(2) そこで,まず,本件明細書(甲2,10)の記載についてみると,「従来の平行平板電極形プラズマCVD装置を図9により説明する。密閉室から成る反応室51内に下部電極52と上部電極53を平行に配置する。上部電極53には整合回路57を介して高周波電源59を接続する。下部電極52は接地すると共に,被コーティング物を加熱するためのヒータ54を設ける。・・・コーティングを行なうときは,被コーティング物58を下部電極52上に置き,反応室51を密閉した後,ガス導入路55から原料ガスを反応室51内に導入し,上部電極53より13.56MHzの高周波電力を投入する」(段落【0003】),「上記従来のプラズマCVD法では,プラズマを使用しない場合よりは低温でよいが,それでも被コーティング物58を300℃程度に加熱しなければならない。このため,装置にはヒータ54を備えなければならず,また,高温に加熱すると変質する被コーティング物58(例えば,プラスチック等)に対してはコーティングを行なうことができなかった」(段落【0004】),「本発明はこのような課題を解決するために成されたものであり,その目的とするところは,被コーティング物を加熱することなく窒化シリコン及び酸化シリコンをコーティングすることのできる方法を提供することにある」(段落【0005】),「上記課題を解決するために成された本発明に係るセルフバイアス・プラズマCVDコーティング法は,a)反応室内で上部電極及び下部電極を略平行に設け,b)上部電極を接地し,下部電極に整合回路を介して高周波電源を接続し,c)反応室内にモノシランを含む原料ガスを導入し,d)下部電極の近傍に被コーティング物を配置し,e)下部電極を加熱することなく下部電極より高周波電力を投入する,ことにより,被コーティング物を加熱することなく被コーティング物の表面に窒化シリコン又は酸化シリコンの皮膜を堆積することを特徴とする」(段落【0006】),「従来の方法と異なり,本発明に係る方法では下部電極を電気的に浮遊状態として上下電極間にプラズマを生成するため,下部電極が負となるセルフバイアスが生成されるとともに,下部電極(カソード)近傍にイオンシースが生成される。これによりプラズマ中のシリコンイオンが加速され,下部電極近傍に置いた被コーティング物の表面で,原料ガスとしてモノシラン及びアンモニアを用いた場合には窒化シリコン,モノシランと酸素,N2Oを用いた場合には酸化シリコンの皮膜が生成される」(段落【0007】)との記載がある。
以上の記載によれば,本願発明1は,上部電極に整合回路を介して高周波電源を接続し,下部電極を接地するタイプの従来のプラズマCVD装置においては300℃程度の加熱が必要なため,高温で変質する材料に対してコーティングができないという課題があったところ,この課題を解決するため,上部電極を接地し,下部電極に整合回路を介して高周波電源を接続し,下部電極より高周波電力を投入することで,被コーティング物を加熱することなくコーティングが行えるようにしたものであることが認められる。
(3) 他方,引用例2(甲13)には,「従来のプラズマCVD方法に使用するプラズマCVD装置を第4図に基づいて説明する。・・・試料4はアース接地された試料保持手段である試料台8に載置され,試料台8に搭載された加熱手段であるヒータ9により加熱される。さらに,試料台8に対向して電極10が設けられており,電極10は高周波電源11より高周波電力が供給されて真空容器1の内部に低温プラズマを発生する」(2頁左上欄第2段落),「一般にプラズマCVD方法で形成する膜は,・・・・いずれもSiH4を化合物ガスとして使うことが多く,したがって形成されたプラズマCVD膜中に水素を多少混合しており,これがプラズマCVD膜の性質を大きく左右している」(2頁右上欄第2段落〜同左下欄第1段落),「しかしながら上記のような従来の方法では,試料4を300℃程度に加熱するため,樹脂材料など耐熱性の乏しい材料にプラズマCVD膜を形成することができないという問題点があった。また,単に加熱温度を下げてプラズマCVD膜を形成すると,水素を多く含有したプラズマCVD膜となり,高温で形成するプラズマCVD膜と異なった性質を示し,特に,パッシべーション膜として用いられる場合においては水素の混入はプラズマCVD膜のパッシべーション性能を著るしく劣化させてしまうという問題があった」(同第2段落),「本発明は上記問題を解決するものであり,耐熱性の乏しい材料にもプラズマCVD膜の形成が可能で,かつ優れたパッシべーション性能を有するプラズマCVD膜を形成可能なプラズマCVD方法を提供することを目的とするものである」(同第3段落),「上記問題を解決するため本発明のプラズマCVD方法は,反応ガスおよび供給と真空排気が可能な真空容器と,前記真空容器内に低温プラズマを発生させるプラズマ発生手段と,プラズマCVD膜を堆積させる試料を保持する試料保持手段と,前記試料を加熱する加熱手段とを備えたプラズマCVD装置を用いて,前記加熱手段により前記試料を100℃以下の温度に加熱し,前記プラズマ発生手段によりプラズマパワー密度が300mW/cm2以上の低温プラズマを発生させて前記試料上にプラズマCVD膜を形成する方法である。さらに加熱手段の他に,試料を冷却する冷却手段と,試料の温度を一定に保つように冷却手段および加熱手段を制御する温度制御手段を加え,このプラズマCVD装置を用いて,試料を冷却手段により強制冷却しつつ加熱手段により100℃以下の温度に加熱制御し,プラズマ発生手段によりプラズマパワー密度が300mW/cm2以上の低温プラズマを発生させて試料上にプラズマCVD膜を形成する方法である」(同最終段落〜同頁右下欄第2段落),「上記構成により,100℃以下に加熱することで耐熱性の乏しい材料にプラズマCVD膜の形成が可能となり,プラズマパワー密度を300mW/cm2以上とすることで,プラズマCVD膜に取り込まれる水素の量を抑え,パッシべーション膜に適したプラズマCVD膜が形成される。さらに,試料を冷却手段により強制冷却しつつ加熱手段により100℃以下の温度に加熱制御することにより,試料上に成膜を繰り返す場合にプラズマによって発生する試料台の発熱により起る試料の温度上昇を抑え,かつプラズマパワー密度を300mW/cm2以上とすることにより,パッシべーション膜に適した水素含有量のプラズマCVD膜が耐熱性の乏しい材料上にも再現性よく形成される」(3頁左上欄第1段落〜第2段落),「第1図に本発明のプラズマCVD方法に使用するプラズマCVD装置の概略断面図を示す。以下従来の第4図のプラズマCVD装置と同一構成には同一の符号を付して説明を省略する。第1図において,13は試料台8の内部に設けられた試料4の冷却手段としての冷却水路であり,冷却水路13に冷却水を流すことにより試料台8を介して試料4は強制冷却される。また試料台8の内部には,試料台8を介して試料の温度を測定する温度検出手段である温度センサ(温度計)14が設けられており,温度センサ14の試料温度検出信号aは温度制御装置15に入力される」(3頁左上欄最終段落〜同右上欄第2段落)との記載がある。
以上の記載によれば,引用発明2は,本件明細書で従来技術とされているものと同種の上部電極に高周波電源を接続し,上部電極より高周波電力を投入するタイプのプラズマCVD装置(第4図)では,試料台に加熱手段を設けて試料を300℃程度に加熱するため,樹脂材料などの耐熱性の乏しい材料にプラズマCVD膜を形成することができず,一方,単に加熱温度を下げると,化合物ガスSiH4に起因する水素を多く含有し,高温で形成するプラズマCVD膜と異なった性質を有する膜しか形成できないという課題があったところ,温度を100℃以下に下げて加熱するとともに,プラズマパワー密度が300mW/cm2以上の低温プラズマを発生するとの構成により,上記の課題を解決したというものであると認められる。
また,引用例2には,その実施例(第1図)として,従来技術として記載された,上部電極に高周波電源を接続し試料台にヒータ(加熱手段)を有するタイプのプラズマCVD装置(第4図)に,試料の温度を一定に制御するため,冷却水路13及び温度制御装置15を設けた装置が記載されているが,下部電極に高周波電源を接続するタイプのプラズマCVD装置においても,同じ課題が存在し,この課題を同じ手段で解決できるか否かについては,何らの記載も示唆もされていない。
(4) 以上によれば,本願発明1と引用発明2とは,耐熱性に乏しい材料のコーティングを可能にするという目的において共通するものの,当該目的を達成するために,本願発明1は,「上部電極を接地し,下部電極に整合回路を介して高周波電源を接続」するようにしたものであるのに対し,引用発明2は,温度を100℃以下に下げて加熱するとともに,プラズマパワー密度が300mW/cm2以上の低温プラズマを発生するようにしたものであると認められ,また,上記(3)のとおり,引用例2においては,従来技術(第4図)としても,実施例(第1図)としても,上部電極に高周波電源が接続されたタイプのプラズマCVD装置のみが記載されており,下部電極に高周波電源を接続するタイプのプラズマCVD装置においても,それと同じ課題が存在し,この課題を同じ手段で解決できるか否かについては,何らの記載も示唆もされていないことが明らかである。
(5) この点について,被告は,上部電極に高周波電源を接続するタイプと同じく,下部電極に高周波電源を接続するタイプの装置も本件特許出願当時から周知であり,二つのタイプの平行平板型プラズマ装置は,プラズマ堆積用装置として相互に共通し,互換性ないし置換可能性を有するものであるとの技術水準と,引用発明2は,冷却を含む,試料の温度制御に着目したCVD方法の発明であるという同発明の本質からすれば,引用発明2は,上部電極に高周波電源を接続するタイプの装置に限定されず,下部電極に高周波電極を接続するタイプの装置を用いることをも適宜選択し得るというべきであるから,審決が,「上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続」するとの点を,本願発明1と引用発明2の一致点として認定したことに実質的な誤りはない旨主張する。
しかしながら,引用発明2は,上記(3)のとおり,上部電極に高周波電源を投入するタイプのプラズマCVD装置においては,試料台に加熱手段を設けて試料を300℃程度に加熱するため,樹脂材料などの耐熱性の乏しい材料にプラズマCVD膜を形成することができず,一方,単に加熱温度を下げると,水素を多く含有し,高温で形成するプラズマCVD膜と異なった性質を有する膜しか形成できないという課題を認識し,温度を100℃以下に下げて加熱するとともに,プラズマパワー密度が300mW/cm2以上の低温プラズマを発生するとの構成により,上記の課題を解決したものであって,その発明としての本質は,単に「冷却を含む,試料の温度制御」に着目した点のみにあるのではないというべきである。また,引用例2における「冷却を含む,試料の温度制御」は,上記のとおり,従来,300℃程度の高温加熱が必要とされていたことを前提に,耐熱性の乏しい材料にCVD膜を形成できるようにするために行われるものであると理解されるところ,被告が,下部電極に高周波電源を接続するタイプの装置が記載されているとして挙げた例(甲12,乙1〜4)は,いずれも,被コーティング物を加熱するための特段の手段を持たないものであると認められるから,そもそも,当該下部電極に高周波電源を接続するタイプの装置においては,引用例2における「冷却を含む,試料の温度制御」が前提とする,300℃程度の高温加熱が必要とされていたと認めることはできない。
そうすると,引用発明2に係る「冷却を含む,試料の温度制御」が,下部電極に高周波電源を接続するタイプのプラズマCVD装置にも同じように適用できるものであるとは認められないから,引用発明2の「本質」をいう被告の上記主張は,明らかに失当である。
また,被告が主張するように,本件特許出願当時,下部電極に高周波電源が接続されたタイプの装置が,上部電極に高周波電源を接続するタイプと同じく,平行平板型プラズマ装置として周知であったとしても,単にそれだけで,上記装置が引用例2に記載されているとはいえないことは当然である。さらに,被告主張に係る技術水準の点についても,仮に,一般論としてみれば,上記二つのタイプの平行平板型プラズマ装置は,プラズマ堆積用装置として相互に共通し,互換性ないし置換可能性を有するものであるといえたとしても,上記のとおり,下部電極に高周波電源が接続されたタイプのプラズマCVD装置については,引用発明2が前提とする課題を備え,その解決手段に適合するものであるとは認められないから,引用発明2を構成するプラズマCVD装置としての互換性ないし置換可能性を有するとはいえず,被告の主張は採用の限りではない。
したがって,従来技術(第4図)としても,実施例(第1図)としても,上部電極に高周波電源が接続されたタイプのプラズマCVD装置のみが記載されている一方,下部電極に高周波電源を接続するタイプのプラズマCVD装置においても,それと同じ課題が存在し,この課題を同じ手段で解決できるか否かについては何らの記載も示唆もない引用例2について,下部電極に高周波電源が接続されたタイプのプラズマCVD装置までもが実質的に記載されていると認める余地はないというべきである。
(6) 以上によれば,本願発明1と引用発明2との間には,本願発明1に係るプラズマCVD装置においては,上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続するとの構成を採用しているのに対し,引用発明2に係る装置においては,上部電極を高周波電源に接続するとの構成を採用している点において差異があると認めるのが相当であるから,「上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続」するとの構成を一致点とした審決の認定は,誤りというべきである。そして,この誤りが,ひいては相違点の看過として,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告の取消事由1の主張は理由がある。
2 取消事由2(本願発明2及び3の進歩性の判断の誤り)について 本願発明2及び3のプラズマCVDコーティング装置は,いずれも,本願発明1に係る装置と同様,上部電極を接地し,下部電極に高周波電源を接続するとの構成を採用していると認められるところ,審決は,本願発明1に関する認定判断を前提にして,本願発明2及び3に固有の構成に係る容易想到性についてのみ検討を加えた上,その進歩性を否定した(審決謄本10頁第4段落〜11頁第2段落)。
しかしながら,上記1のとおり,本願発明1と引用発明2との一致点の認定に誤りがある以上,この誤った認定を前提とする本願発明2及び3の進歩性に関する判断も誤りであるというほかはないから,原告の取消事由2の主張は理由がある。
3 以上によれば,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由があるから,審決は,違法として取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴