運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2001-1420
関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  新規性 /  29条1項3号 /  慣用技術 /  上位概念 /  下位概念 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  技術的特徴 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  実施 /  構成要件 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (行ケ) 465号 審決取消請求事件
原告 E.I. デュポン ドウ ヌムール アンド カンパニー
訴訟代理人弁理士 谷義一,阿部和夫,市川昌史,復代理人弁理士 岩崎利昭
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 佐々木秀次,谷口浩行,森田ひとみ,林栄二,一色由美子, 大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-1420号事件について平成14年4月23日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本願発明 出願人:原告 発明の名称:「熱互変性液晶ポリエステル」 出願番号:特願平3-348595号 出願日:平成3年12月6日(優先権主張1990年12月6日米国) (1-2) 本件手続 手続補正:平成10年10月29日 手続補正:平成12年10月2日 拒絶査定日:平成12年10月27日 審判請求日:平成13年2月5日(不服2001-1420号) 審決日:平成14年4月23日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年5月17日(対原告。出訴期間として90日を附加) (2) 本願発明の要旨(平成12年10月2日付け補正後のもの。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本願発明1」などというとともに,これらを総称して「本願発明」ともいう。)【請求項1】 本質的に (a)構造式(I) 【化1】 OO (b)構造式(U) 【化2】 OO (c)構造式(V) 【化3】 CCOO (d)構造式(W) 【化4】 COCO 及び (e)構造式(X) 【化5】 COOの反復単位からなり,ここに(I):(U)のモル比が65:35〜40:60の範囲であり,(V):(W)のモル比が85:15〜60:40の範囲であり,(V)及び(W)の合計に対する(I)及び(U)の合計のモル比が実質的に1:1であり,そして更に(I)+(U)100モル当り250〜450モルの(X)が存在する,熱互変性液晶ポリエステル組成物。
【請求項2】 本質的に (a)構造式(I) 【化6】 OO 構造式(U) 【化7】 OO 構造式(V) 【化8】 CCOO 構造式(W) 【化9】 COCO 及び 構造式(X) 【化10】 COOの反復単位からなり,ここに(I):(U)のモル比が65:35〜40:60の範囲であり,(V):(W)のモル比が85:15〜60:40の範囲であり,(V)及び(W)の合計に対する(I)及び(U)の合計のモル比が実質的に1:1であり,そして更に(I)+(U)100モル当り250〜450モルの(X)が存在する,液晶ポリエステル成分80〜60重量%,並びに (b)少なくとも1つのガラス強化/充てん剤成分20〜40重量%,からなり,ここに重量%は成分(a)及び成分(b)のみの重量をベースとする,ガラス強化/充てんされた熱互変性液晶ポリエステル組成物。
【請求項3】 液晶ポリエステル組成物が20パスカル・秒以上の溶融粘度を有する請求項1又は2の組成物。
【請求項4】 請求項2に記載の組成物から製造される成形品。
(3) 審決の理由の要点 (3-1) 審決は,本願の優先権主張の日前である平成2年4月13日に頒布された特開平2-102223号公報(本訴甲5。以下「引用文献」といい,その記載に係る発明を「引用発明」ともいう。)の記載として,次のとおり認定した。
(a)「(イ)2〜40モル%の式(1)で示される2,6-ナフタレンジカルボン酸単位, CCOO (1) (ロ)0〜40モル%の式(2)で示されるジカルボン酸単位, COCO (2) (ハ)3〜40モル%の式(3)で示される4,4’-ビフェノール単位, OO (3) (ニ)3〜40モル%の式(4)〜式(7)で示されるジオール単位の少なくとも1つ, OO (4) CH3OO (5) CH3OOCH3CH3 (6) OO (7) (ホ)20〜80モル%の式(8)で示されるオキシ安息香酸単位, COO (8)から成る芳香族ポリエステルであり,320℃,100sec-1での溶融粘度が10ポイズ以上の芳香族ポリエステル。
(ここで (1),(2),(3),(4),(5),(6),(7),(8) で示される上記単位のモル数を各々〔1〕,〔2〕,〔3〕,〔4〕,〔5〕,〔6〕,〔7〕,〔8〕で表すと,モル%は〔1〕+〔2〕+〔3〕+〔4〕+〔5〕+〔6〕+〔7〕+〔8〕に対する値である。)」 (b)「以上のほか,その芳香族ポリエステルが溶融相において液晶性を示すこと,ガラス繊維や各種充てん剤を添加することおよびその芳香族ポリエステルを成形して成形品にすることも記載されている。また,『本発明の芳香族ポリエステルは,…320℃,100sec-1での好ましい溶融粘度は100ポイズ以上,特に100〜10,000ポイズが成形性の点で好適である。』と記載されている。さらに,『(2)と(1)の比率(〔2〕/〔1〕)は,0≦〔2〕/〔1〕≦10が好ましい。(2)の化合物として特にテレフタル酸単位を含有する場合は0.2≦〔2〕/〔1〕≦7が特に好ましい。〔2〕/〔1〕が10を超えると流動開始点が高くなり,ポリマーを反応槽から抜き出すのが困難となるので好ましくない。』,『また,式(4)および/又は式(5)の単位と式(3)で示される単位との比率(〔4〕+〔5〕)/〔3〕は0.1〜10,特に0.3〜3の範囲が好ましい。』及び『式(1),(2)及び(8)で示される構成単位の含有量については,……特に0.2≦(〔1〕+〔2〕)/〔8〕≦4を満たすのが好ましい。』と記載されている。」 (3-2) 審決は,「対比」として,次のとおり認定判断した。
(a) 「引用文献に記載された発明における式(4),式(3),式(2),式(1)及び式(8)の単位は,本願発明1における,構造式(I)の反復単位,構造式(U)の反復単位,構造式(V)の反復単位,構造式(W)の反復単位および構造式(X)の反復単位にそれぞれ相当する。
すると引用文献に記載された発明において特に好ましいとされる(〔4〕+〔5〕)/〔3〕が0.3〜3の範囲であることは,(I):(U)のモル比が75:25〜23:77の範囲であることを示すものであり,0.2≦〔2〕/〔1〕≦7であることは,(V):(W)のモル比が88:12〜17:83の範囲であることを示すものである。また,ポリエステルの合成においては原料のジカルボン酸とジオールを実質的に1:1とすることは慣用技術でもあるから,引用文献に記載された発明においても(V)及び(W)の合計に対する(I)及び(U)の合計のモル比は実質的に1:1であるといえる。すると,引用文献に記載された発明において特に好ましいとされる0.2≦(〔1〕+〔2〕)/〔8〕≦4を満たすことは0.2≦(〔3〕+〔4〕)/〔8〕≦4を満たすことであり,すなわち(I)+(U)100モル当り25〜500モルの(V)が存在することを示している。
これらのことから,本願発明1と引用文献に記載された発明とを対比すると,両者は,ポリエステルを構成する反復単位が一致し,(V)及び(W)の合計に対する(I)及び(U)の合計のモル比が実質的に1:1であることも一致する。
そして,本願発明1においては(I):(U)のモル比が65:35〜40:60としているのに対し,引用文献に記載された発明では75:25〜23:77としており,両者は一致する。また,本願発明1においては(V):(W)のモル比が85:15〜60:40としているのに対し,引用文献に記載された発明では88:12〜17:83としており,両者は一致する。さらに,本願発明1においては(I)+(U)100モル当り250〜450モルの(V)が存在するとしているのに対し,引用文献に記載された発明では,(I)+(U)100モル当り25〜500モルの(V)が存在するとしており,両者は一致する。」 (b) 「ところで,審判請求人は『本発明の熱互変成液晶ポリエステル組成物は,上記I,U,V,W及びVの各成分について,上記の特定の限定された範囲を採用することにより,1.5%以上の破断時の伸び,200℃より高い熱変形温度,及び365℃より低い融点を有するものであり,又これにガラス強化/充てん剤を含有するときは2.0%以上の破断時の伸び,230℃より高い熱変形温度,及び365℃より低い融点を有するもので,かかる条件を必要とする特定の用途に有用である。これに対し引用文献には,2〜40モル%の2,6-ナフタレンジカルボン酸単位(本願発明の成分W),0〜40モル%のジカルボン酸単位(本願発明の成分V),3〜40モル%の4,4′-ビフェノール単位(本願発明の成分U),3〜40モル%のジオール単位(本願発明の成分I),20〜80モル%のオキシ安息香酸単位(本願発明の成分V)からなる組成物が開示されている。しかしこの組成範囲は極めて広く,本発明の特定の組成範囲及びその技術的意義は引用例には具体的には何ら記載されていず,また示唆もされていない。』と主張するが,引用文献に記載された発明をその実施例に限定して解さなければならないという理由はないし,また,本願発明1と引用文献に記載された発明の実施例とでその特性に差異が見いだされるとしても,それは引用文献に記載された発明に属するポリエステルの特性にある程度の幅があることを確認したものにすぎないものであり,これをもって引用文献に記載された発明のうちで本願発明1に相当するものが引用文献に記載されていないとする根拠にはならない。」 (3-3) 審決は,以上をふまえ,本願発明1は引用文献に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないのであり,本願発明2ないし4について検討するまでもなく,本件審判の請求は成り立たないと結論付けた。
2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 前記1(3)の審決の理由の要点のうち,(3-1)及び(3-2)の(a)に記載の事実は認め,(3-2)の(b)及び(3-3)の認定判断を争う。審決は,本願発明1の技術的特徴の認定及び引用文献(甲5)の記載内容の認定を誤り,本願発明1が引用発明であるとして特許法29条1項3号に該当するという誤った判断に至ったものである。
(2) 本願発明1に係るポリエステル組成物は,@365℃より低い融点,A1.5%以上の破断時の伸び,及びB200℃より高い熱変形温度を有する。また,本願発明2は,ガラス強化/充填剤を含むポリエステル組成物であるが,これは,365℃より低い融点,2.0%以上の破断時の伸び及び230℃より高い熱変形温度を有することが記載されている。
本願発明1及び2については,@その融点が365℃以下であることにより,組成物の処理が容易になり,また,製造及び処理中の重大な熱劣化を生じずに製造及び処理されるという有利な効果がある。また,B熱変形温度が200℃(本願発明1)又は230℃(本願発明2)より高いことにより,両タイプの組成物を多くの高温最終用途に対して使用できるようにするという有利な効果がある。そして,A破断時の伸びが1.5%以上(本願発明1)又は2.0%以上(本願発明2)であることについては,破断時の伸びは組成物の強さの尺度であり,増大した値が高度に望ましいものであるが,1.5%以上(又は2.0%以上)という成型部品における破断時の伸びは,液晶ポリエステル組成物においてはまれであり,多くの高温最終用途に対して極めて望ましいという有利な効果を有する。
(3) 審決は,引用発明に係るポリエステルの有する特性又は物性(特に融点及び引張り強度や破断時の伸び等の機械的強度)に関する引用文献(甲5)の記載を全く考慮せずに,本願発明1に係るポリエステル組成物の反復単位及びモル比(又は含有量)と引用発明に係る芳香性ポリエステルの反復単位及びモル比(又は含有量)という構成のみの対比を行って,本願発明1の新規性を否定した。
引用発明に係るポリエステルの反復単位及び特定のモル比(又は含有量)は,そのポリエステルの有する特性又は物性と密接に関係していることが引用文献の全体にわたって記載されている。すなわち,引用発明は,芳香族ポリエステルが従来使用されているポリエステルの製造装置(320℃以下の温度)で製造できることを発明の目的及び解決課題としている。さらに,引用発明の実施例1〜33では,得られたポリエステルの流動開始温度がいずれも320℃以下であることが記載されている。ここで,「流動開始温度」とは,ポリマーが最初に流動し始める温度をいい,ポリマーの融点よりも若干高い温度になる。したがって,上記実施例に示されるポリエステルの融点は,上記「流動開始温度」よりも更に低くなる。
以上のように,引用文献に開示される特定の反復単位及び特定のモル比(又は含有量)を有する芳香族ポリエステルの中には,320℃以上の融点を有するものが存在しないことを示している。したがって,引用文献に本願発明1が記載されているとすることはできない。
(4) 審決は,「本願発明1と引用文献に記載された発明の実施例とでその特性に差異が見いだされるとしても,それは引用文献に記載された発明に属するポリエステルの特性にある程度の幅があることを確認したものにすぎないものである」との理由を述べる。
しかしながら,引用発明に係るポリエステルは320℃以下の融点を有していることが示されているところ,本願発明1の発明者は,引用発明に係るポリエステルと同一の反復単位及び同一の単量体モル比(又は含有量)のポリエステルであっても,該ポリエステルの物性とは明らかに異なる物性を有するポリエステルの存在を見いだしたのである。このような物性の差異は,上記審決のようにはいえない。このような理由に基づいて本願発明1の新規性を否定するのは不当である。
本願発明1は,所望の物性を得るための単量体のモル比(又は含有量)の範囲を特定した点で引用発明との差異が十分に見いだされるのであるから,その新規性は肯定されるべきである。
(5) 本願発明1は,上位概念として引用文献(甲5)の「発明の詳細な説明」に記載されたポリエステルに包含される下位概念のポリエステル成分(ただし,引用文献の実施例に示されるポリエステルのいずれにも該当しない。)を含む熱互変性液晶ポリエステル組成物に係る選択発明であるととらえることができる。
このような選択発明である本願発明1の熱互変性液晶ポリエステル組成物に含有されるポリエステル成分は,引用発明のポリエステルが発揮する特定の物性とは区別される新たな特定の物性(前記@ないしB)を具現する一群のポリエステルとして,前記の構造式(T)ないし(W)からなるポリエステル成分のうち特定の反復単位モル比を有するものを選択し,これらの構成を「特許請求の範囲」に記載したものである。したがって,たとえ引用発明と反復単位モル比において重複する場合であっても,新規な構成を有するポリエステル成分を含む本願発明1に係る熱互変性液晶ポリエステル組成物の効果まで判断して,引用発明のポリエステルが発揮する特定の物性とは区別されるものとして,本願発明1の新規性を判断すべきである。
さらに,有機高分子化合物は,反復単位(構成単位の種類),反復単位モル%(反復単位モル比),反復単位配列(ブロックポリマー,ランダムポリマー等),立体構造などの異なる分子の集合体になっている場合がほとんどである。有機化合物の反復単位の種類及びそのモル比で特定される場合においても,種々の分子量,種々の反復単位の配列のものが分布して存在し,その性質は個々の単分子の特性よりもむしろ全体の性質として認識されるものである。したがって,有機高分子化合物において反復単位及びモル比が同一であっても,直ちに同じ特性を有する有機高分子化合物とすることはできない(分子量分布,反復単位配列,あるいは立体構造などが異なれば,別の特性を有する有機高分子化合物となる。)。本願発明1のポリエステル成分と引用発明のポリエステルでは,反復単位モル比の数値だけを見れば前者が後者に包含され,一見同一の特性を有する有機高分子化合物にみえるが,両者は,互いに区別される別の一群の有機高分子化合物としてとらえるべきである。したがって,有機高分子化合物の特性の特殊性を考慮すれば,有機高分子化合物の構成のみではなく効果まで比較して同一かどうか判断すべきである。
しかし,審決は,本願発明1と引用発明の実施例との特性の差異が「引用文献に記載された発明に属するポリエステルの特性にある程度の幅があることを確認したものにすぎない」として一律にとらえて,本願発明1の新規性判断を行うものであって,上記のような差異を有する特性がみられる場合にまで,一律にとらえて,ポリエステル反復単位及びモル比の構成のみを比較し,反復単位モル比の数値範囲の違いに基づく発明の効果を実質的に考慮しないで,発明の新規性を否定するものであり,明らかに不当である。
審決は,本願発明1の技術的特徴の認定を誤ったものである。
(6) 上位概念として引用文献に記載されているポリエステルのうち,「実施例等」に裏付けられている特性と同程度の特性を有するポリエステルについてのみ,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された」に該当するものとすべきである。
しかし,審決は,「本願発明1と引用文献に記載された発明の実施例との特性の差異」が「引用文献に記載された発明に属するポリエステルの特性にある程度の幅があることを確認したものにすぎない」として一律に捉えて,ポリエステルの反復単位及びモル比の構成のみに基づいて,本願発明1の新規性を否定したものである。
審決は,引用文献の記載内容の認定を誤ったものである。
3 被告の主張の要点 (1) 本願発明1は,構造式(I)ないし(V)の反復単位と,この反復単位のモル比又は含有量が特定の割合で存在する熱互変性液晶ポリエステル組成物を発明の構成とするものである。したがって,本願発明1の認定をするに当たり,原告が主張する技術的特徴は何ら関係がない。
(2) 本願発明1と引用発明とは,ポリエステルを構成する反復単位が一致し,その反復単位のモル比又は含有量が一致している。さらに,本願発明1のポリエステル組成物と引用発明のポリエステル組成物とは「熱互変性液晶ポリエステル組成物」である点でも一致している。ポリエステルを構成する反復単位及びその反復単位のモル比又は含有量が一致することによりもたらされるポリエステル組成物の「熱互変性液晶」を示すという性質は,異なるものではないのであるから,審決において「本件発明1と引用文献に記載された発明の実施例とでその特性に差異が見いだされるとしても,それは引用文献に記載された発明に属するポリエステルの特性にある程度の幅があることを確認したものにすぎないものであり,これをもって引用文献に記載された発明のうちで本件発明1に相当するものが引用文献に記載されていないとする根拠にはならない。」とした点に誤りはない。
両者の発明の構成が一致している以上,その構成によりもたらされるポリエステル組成物の物性が同程度の範囲の値を示すということは,当業者において明らかである。
結局,審決において,本願発明1は引用文献に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないとしたことに,原告が主張する誤りはない。
(3) 原告は,融点を含む物性について種々主張するが,これらのことは,本件特許請求の範囲の請求項1には一切記載されていないのであるから,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,失当である。
当裁判所の判断
1 引用発明は,引用文献(甲5)の特許請求の範囲第1項に記載されたものであって,前記第2,1(3)(3-1)(a)に記載したとおりである。これによれば,引用発明における芳香族ポリエステルを特定する要件は,(A)ポリエステルを構成する反復単位,反復単位のモル比という化学構造に関する要件と,(B)「320℃,100sec-1での溶融粘度が10ポイズ以上」というポリエステルの性質に関する要件からなるものであることが明らかである。
ところで,引用発明における上記化学構造の要件(A)と上記性質に関する要件(B)の関係についてみると,引用文献(甲5)の記載に照らしても,また,本願発明1に関する実施例であると認められるLCP6(甲7段落【0055】の最下段**印付きのもの)は,引用発明の化学構造の要件(A)を満足するものであるものの,融点が349℃であり,引用発明の性質に関する要件(B)「320℃,100sec-1での溶融粘度が10ポイズ以上」を満たさないものであることからしても,引用発明の化学構造の要件(A)を満たすものは,性質に関する要件(B)を当然に満たすわけではなく,要件(A)と(B)は,別個独立の要件であって,引用発明は,化学構造の要件(A)を満たすものに対して,さらに性質に関する要件(B)の限定を加えたものであるというべきである。
一方,本願発明1の構成は,前記第2,1(2)の【請求項1】として記載したとおりである。これによれば,本願発明1は,引用発明の化学構造の要件(A)に相当する構成要件によってのみ特定されており,上記の性質に関する要件(B)に相当するような構成要件は記載されていないことが明らかである。
2 以上検討したところによれば,本願発明1と引用発明とを対比するには,本願発明1の前記のような化学構造の要件をもつポリエステル組成物全体と,化学構造の要件(A),かつ,性質に関する要件(B)を合わせもつ引用発明のポリエステル(組成物)とを対比すべきこととなる。
そこで,本願発明1と引用発明における化学構造に関する要件を対比すると,審決が前記第2,1(3)(3-2)(a)に記載のように認定したとおりであり,この点は,原告も認めて争わない。すなわち,両者は,ポリエステルを構成する反復単位が一致しており,反復単位のモル比も一致しているのである(なお,本願発明1は「熱互変性液晶ポリエステル組成物」と,引用発明は「芳香族ポリエステル」とそれぞれ称されているところ,審決は,対比の認定判断として,この点を検討対象に取り上げていないが,原告はこの点は争っていない。)。そして,性質に関する要件については,引用発明では要件(B)のような限定が加わっているが,本願発明1ではこれに相当する要件については何らの限定もなく,より広く,抽象的な構成要件となっている。以上からすれば,本願発明1の構成は,公知文献である引用文献(甲5)に記載されたもの(引用発明)を含むものといわざるを得ない。
本願発明1は引用文献に記載された発明(引用発明)であるとの審決の認定判断は,上記説示したところと同旨のものと解し得るのであって,誤りがあるとはいえない。
3 なお,本件明細書(甲2,3,7)によれば,本願発明の実施例として,LCP1ないしLCP9が示されており(甲7が補正後のもの。LCP6は,「HDT」(熱変形温度),「破断時の伸び」及び「引張強さ」の項目において,30%のガラスを含むものとガラスを含まないものが示されており,これらにガラスを含まない甲7段落【0055】の最下段**印付きのものが本願発明1の実施例であり,その余のガラスを含むものが本願発明2の実施例であると認められる。),そのいずれもの融点(Tm)が334℃以上であることが認められる。したがって,本願発明の実施例をみる限り,いずれも引用発明の性質に関する要件(B)を満たさない(要件(B)は,320℃で溶融状態にあることが当然の前提であると解される。)。しかし,上記実施例が本願発明1のすべてを示すものでないことはいうまでもないのであるから,この点が上記2の結論を覆すものではない。
なお,上記実施例をまとめた甲7段落【0055】をみると,LCP1,3,4及び対照1の比較により,単量体モル比のHQ/BP(構造式(T):(U)のモル比)の値が小さいほど融点が下がる傾向が認められ,そして,LCP3の「HQ/BP=40/60」は本願発明におけるHQ/BPの下限値である。次に,LCP4,8,9及び対照2の比較により,単量体モル比のT/2,6N(構造式(V):(W)のモル比)の値が小さいほど融点が下がる傾向が認められ,T/2,6Nは,実施例中ではLCP4の「T/2,6N=70/30」が最小であるが,本願発明における下限値は「T/2,6N=60/40」であり(甲7),実施例ではこの例は示されていない。さらに,LCP2,4,5,6及び7の比較により,単量体モル比の4HBA(構造式(T)+(U)100モル当たりの構造式(X)のモル数)の値が小さいほど融点が下がる傾向が認められ,4HBAは,実施例中ではLCP2の「4HBA=300」が最小であるが,本願発明における下限値は「4HBA=250」であり(甲7),実施例ではこの例は示されていない。実施例としては,LCP2とLCP3の融点(Tm)が334℃で最も低いが,本願発明の範囲全体では,LCP2からさらにHQ/BPを50/50から40/60に,T/2,6Nを70/30から60/40に,4HBAを300から250にそれぞれ含有割合を変更しても本願発明の構成要件を満たすところ,この変更を行えば,融点が更に下がることが予測される。また,LCP3も,T/2,6Nを70/30から60/40に,4HBAを320から250にそれぞれ変更し得るものであり,この変更を行えば,融点が更に下がることが予測される。そして,LCP2又は3とLCP7とでは融点の差が18℃存在する。そうすると,本件明細書全体の記載を検討しても,特に,本願発明の実施例を考慮しても,本願発明1の構成から引用文献記載の構成が除かれることが示されているわけではない。
次に,原告は,本願発明1に係るポリエステル組成物は,@365℃より低い融点,A1.5%以上の破断時の伸び(本願発明2の場合は2.0%以上),及びB200℃より高い熱変形温度(本願発明2の場合は230℃より高い)を有すると主張する。しかしながら,この点は,特許請求の範囲に記載がない上,本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載を参酌しても,本願発明の化学構造の要件を満たすものであれば,すべて必ず上記@〜Bの性質を有するものと認められるということはできない。この点をさておいて,原告の上記主張を前提に検討するとしても,ポリエステル組成物の溶融温度が320℃よりも低いものを排除していることにはならない。
4 原告は,本願発明1は,引用発明に包含される下位概念のポリエステル成分を含む熱互変性液晶ポリエステル組成物に係る選択発明であると主張し,選択発明である本願発明1の熱互変性液晶ポリエステル組成物に含有されるポリエステル成分は,引用発明のポリエステルが発揮する特定の物性とは区別される新たな特定の物性(前記@ないしB)を具現する一群のポリエステルとして,前記の構造式(T)ないし(W)からなるポリエステル成分のうち特定の反復単位モル比を有するものを選択し,これらの構成を「特許請求の範囲」に記載したものであるから,たとえ引用発明と反復単位モル比において重複する場合であっても,新規な構成を有するポリエステル成分を含む本願発明1に係る熱互変性液晶ポリエステル組成物の効果まで判断して,引用発明のポリエステルが発揮する特定の物性とは区別されるものとして,本願発明1の新規性を判断すべきであると主張する。
しかしながら,前判示のとおり,本願発明1は,化学構造に関する要件のみで構成されているのに対し,引用発明は,化学構造に関する要件(A)に加えて,性質に関する要件(B)の限定をしたものであるから,原告が主張するように,引用発明が上位概念で本願発明1がその下位概念に位置し,選択発明の関係にあるとはいえない。
よって,原告の主張は,選択発明であるとの前提自体において採用の限りでない。
念のため,本願発明1の物性(前記@ないしB)に関する原告の主張について検討しても,以下のとおり,採用することができない。
まず,引用文献(甲5)の記載を検討するに,引用発明の目的は,従来の製造装置(例えば320℃以下の温度でのバルク法,たて型重合槽)で製造でき,かつ,ハンダ耐熱(240℃又は260℃,10sec以上とする)に耐え,かつ,高弾性率,高強度,高流動性の芳香族ポリエステルを得ることにあるとされてはいるが,320℃以下の温度で製造できること,320℃,100sec-1での溶融粘度が10ポイズ以上であることなどの記載があり,原告主張の「@365℃より低い融点」ということと矛盾しない。また,原告主張の「A1.5%以上の破断時の伸び」という点についても,引用文献では,実施例において,破断伸度が3.1%(実施例1),2.9%(実施例2),1.9%(実施例3)というように,Aの1.5%以上のものが開示されている。さらに,「B200℃より高い熱変形温度」についても,引用文献では,熱変形温度と関連付けてハンダ耐熱性が記載されており,240℃又は260℃でのハンダ耐性があるものが開示されている(8頁左上,9頁左上欄)。このように,本願発明1の物性として原告が主張する点は,公知文献である引用文献において引用発明の効果として開示されている。
さらに,本件明細書(甲2,3,7)を検討しても,本願発明のものと対比する対照例は,融点が383℃及び361℃という2例にすぎず,本件明細書における実施例及び対照例は,いずれも引用発明の構成要件を満たすものではなく,結局,本件明細書には,本願発明1と引用発明との物性ないし効果を対比した結果を示す記載は存在しない。そして,本件全証拠を精査してもこれを示すものは見当たらない。
以上によれば,原告が物性として主張する点については,いずれも採用することができない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利