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事件 消極的確認請求事件、損害賠償請求反訴事件
令和 7年5月 15日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 令和 5 年(ワ)第70527 号 消極的確認請求事件 令和 6 年(ワ)第70016 号 損害賠償請求反訴事件 口頭弁論終結日 令和 7年2月3日 5判決 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2025/05/15
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件本訴に係る訴えをいずれも却下する。
2 本件反訴に係る被告の請求を棄却する。
10 3 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 本訴請求 (1) 主位的請求15 原告と被告との間において、特許第 3989175 号の延長登録出願 2011-700199 号及 び 2011-700200 号に基づく延長登録後の特許権の効力が別紙物件目録記載の製品に 及ばないことを確認する。
(2) 予備的請求 被告が、原告に対し、別紙物件目録記載の製品の生産、譲渡及び譲渡の申出につ20 いて、特許第 3989175 号の延長登録出願 2011-700199 号及び 2011-700200 号に基づ く延長登録後の特許権に基づく差止請求権及び損害賠償請求権を有しないことを確 認する。
2 反訴請求 原告は、被告に対し、1 億円及びこれに対する令和 6 年 1 月 25 日から支払済みま25 で年 3%の割合による金員を支払え。
事案の概要等
1 1 事案の概要 (1) 本訴 本件本訴は、別紙物件目録記載の各製剤(以下、これらを併せて「原告製品」と いう。)を製造販売する原告が、発明の名称を「環状タンパク質チロシンキナーゼ阻 5 害剤」とする発明に係る特許第 3989175 号(以下「本件特許」といい、その特許権 を「本件特許権」という。)の特許権者である被告に対し、存続期間の延長登録を受 けた本件特許権の効力は、原告による原告製品の生産、譲渡及び譲渡の申出に及ば ない旨を主張して、主位的にはその旨の確認を求めると共に、予備的に、被告が原 告に対して本件特許権に基づく差止請求権及び本件特許権侵害不法行為に基づく10 損害賠償請求権をいずれも有しないことの確認を求める事案である。
(2) 反訴 本件反訴は、被告が、原告製品は本件特許に係る発明のうち特許請求の範囲請求 項 9 記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し、延長後の本件特 許権の効力は原告による原告製品の生産等に及ぶ旨を主張して、原告に対し、本件15 特許権侵害不法行為(民法 709 条。損害につき特許法 102 条 1〜3 項)に基づき、
1 億円の損害賠償及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である令和 6 年 1 月 25 日 から支払済みまで民法所定の年 3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案で ある。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容20 易に認められる事実。なお、枝番号のある書証は、特に明示しない限り枝番号を含 む。以下同じ。) (1) 当事者 原告は、医薬品の製造販売等を業とする株式会社である。
被告は、アイルランドに本社を有する医薬品の製造販売等を業とする法人である。
25 (2) 本件特許権及びその延長登録 ア 本件特許権 2 本件特許及び本件特許権の内容は、以下のとおりである(本件特許に係る明細書 を、以下「本件明細書」という。 。
) 特許番号 特許第 3989175 号 登録日 平成 19 年 7 月 27 日 5 出願番号 特願 2000-611914 号 出願日 平成 12 年 4 月 12 日 優先日 平成 11 年 4 月 15 日(優先権主張国 アメリカ合衆国) 発明の名称 環状タンパク質チロシンキナーゼ阻害剤 特許請求の範囲(請求項 9)10 「下式 の化合物またはその塩。」 イ 本件特許権の延長登録 被告は、別紙「存続期間の延長登録」記載のとおり(なお、薬事法改正後の医薬15 品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律につき、以下「薬 機法」という。 、本件特許権につき存続期間の延長登録出願をし、その登録を受け ) た(以下、同別紙記載の各延長登録のうち番号 3 及び 4 に係る延長登録出願、延長 登録及びその理由となった処分につき、番号 3 及び 4 を併せて、それぞれ「本件各 延長登録出願」 「本件各延長登録」及び「本件各処分」という。 。その内容は、同 、 )20 別紙の「政令で定める処分の内容」欄に各記載のとおりである。(乙 1、2) 上記各延長登録のうち、同別紙記載の番号 1 及び 2 に係る存続期間は既に満了し 3 ており、本件各延長登録についても、令和 6 年 1 月 274 日の経過をもっていずれも 存続期間を満了した。
(3) 原告の行為 ア 原告は、令和 5 年 10 月 4 日、被告がダサチニブの製剤として製造販売する 5 「スプリセル錠 20mg」及び「スプリセル錠 50mg」 (以下、これらを併せて「スプリ セル錠」という。)の後発医薬品として、原告製品について、別紙物件目録記載の効 能・効果(「慢性骨髄性白血病」との記載部分)及び以下の用法・用量(下線部分) の追加承認(以下「本件一変承認」という。)を取得した。(乙 3。なお、
「/」は改 行部分を示す。以下同じ。)10 「(慢性骨髄性白血病) (1) 慢性期 通常、成人にはダサチニブとして 1 日 1 回 100mg を経口投与する。/なお、患者 の状態により適宜増減するが、1 日 1 回 140mg まで増量できる。
(2) 移行期又は急性期15 通常、成人にはダサチニブとして 1 回 70mg を 1 日 2 回経口投与する。/なお、
患者の状態により適宜増減するが、1 回 90mg を 1 日 2 回まで増量できる。
(再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病) 通常、成人にはダサチニブとして 1 回 70mg を 1 日 2 回経口投与する。/なお、
患者の状態により適宜増減するが、1 回 90mg を 1 日 2 回まで増量できる。」20 イ 原告は、本件一変承認の取得に合わせて原告製品の添付文書の記載内容を変 更し、同承認により追加された効能・効果、用法・用量によって特定される慢性骨 髄性白血病の用途を含む原告製品の製造・販売を開始した。(乙 4) ウ 原告製品が本件発明の技術的範囲に属する化合物を含有することは、当事者 間に争いがない。
25 3 確認の利益の有無(本訴請求) (1) 主位的請求について 4 原告は、本件本訴に係る主位的請求として、延長登録後の本件特許権の効力が原 告製品に及ばないことの確認を求める。
しかし、一般に、確認の訴えにおいて確認の利益が肯定されるためには、当事者 間の紛争解決のために訴訟物である権利関係の存否を判決により確認する必要があ 5 り、かつ、確認の訴えによることが当該紛争の解決にとって適切であることを要す ると解される。本件のように当事者間の紛争が特許権侵害に係る権利関係の有無で ある場合、当事者間の紛争解決にとっては、端的に特許権者の特許権に基づく差止 請求権ないし特許権侵害不法行為に基づく損害賠償請求権等の存否を判決によっ て判断するのが適切であって、特許権の効力が被疑侵害物件等に及ぶか否かは、そ10 の判断の前提問題に過ぎない。
したがって、本件本訴に係る訴えのうち主位的請求は、確認の利益を欠き不適法 である。
(2) 予備的請求について 本件本訴に係る訴えの予備的請求のうち、被告の原告に対する本件特許権侵害の15 不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認を求める部分については、被告は、
本件反訴として、原告を反訴被告とする本件特許権侵害不法行為に基づく損害賠 償請求の訴えを提起している。そうすると、本件本訴に係る上記請求と本件反訴請 求とは訴訟物を同一にするものといえるから、原告の上記請求に係る訴えは、確認 の利益を認めることができず、不適法である(最高裁平成 13 年(オ)第 734 号、同20 年(受)第 723 号同 16 年 3 月 25 日第一小法廷判決・民集 58 巻 3 号 753 頁)。
他方、本件本訴に係る訴えの予備的請求のうち、被告の原告に対する本件特許権 に基づく差止請求権の不存在確認を求める部分については、本件各延長登録を含め 本件特許権の存続期間は既に満了していること、にもかかわらず原告と被告との間 で本件特許権に基づく差止請求権の存否に係る法的紛争がなお存在していることを25 うかがわせる具体的事情は見当たらないことに鑑みると、やはり確認の利益を認め ることができず、不適法なものというべきである。
5 以上のとおり、本件本訴に係る訴えは、いずれも確認の利益を欠く不適法なもの であるから、これらをいずれも却下すべきである。これに反する原告の主張は採用 できない。
4 争点(反訴請求) 5 (1) 延長登録された本件特許権の効力と原告製品(争点 1) (2) 本件各延長登録の無効理由の有無(争点 2) ア 本件各処分によって禁止が解除された行為が本件発明の実施に該当する行為 に含まれないこと(争点 2-1) イ 延長期間が過分であること(争点 2-2)10 (3) 被告の損害(争点 3)
争点に関する当事者の主張
1 延長登録された本件特許権の効力と原告製品(争点 1) (被告の主張) (1) 判断基準15 延長された特許権の効力は、その延長登録の理由である政令で定める処分の対象 となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場 合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明実施にの み及ぶところ、医薬品の場合、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力 は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特20 定された物(医薬品)のみならず、これと医薬品として実質同一なものにも及ぶ。
すなわち、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合 であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎないとき は、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含ま れ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属する。
25 また、医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定められた 「成分」に関する差異、
「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差異のい 6 ずれか一つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、僅か な差異又は全体的にみて形式的な差異がどうかは、特許発明の内容(当該特許発明 が、医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるのか、医薬品の有効成分の存在 を前提として、その安定性ないし剤型等に関する発明であるのか、あるいは、その 5 技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるのかなどを含む。以下同じ。 に基 ) づき、その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用 量、効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用 効果の同一性を比較検討して、当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。な お、
「医薬品の有効成分のみを特徴とする発明」とは、一般に物質特許と呼ばれる発10 明、すなわち、医薬としての有効性を有する新規な化学発明を意味するところ、政 令処分対象物と対象製品との比較検討は、特許発明の内容に基づき、その内容との 関連で行わなければならず、特許発明の内容を離れ、それと無関係の基準によりそ の異同を論じることは妥当でない。
(2) 本件発明の内容15 本件発明は、チロシンキナーゼ阻害作用を有するダサチニブという新規化合物に 係る物質特許発明であり、その技術的特徴はダサチニブという化合物そのもので あ って、その作用効果はチロシンキナーゼ阻害作用である。すなわち、本件発明は、
患者の体内においてチロシンキナーゼ阻害作用という薬効を発揮するダサチニブと いう化合物を見出したことを本質とする物質特許発明である。このため、当該新規20 化合物の固体状態における形態が無水物であるか水和物ないしその他の溶媒和物で あるか、特定の結晶形を有するかどうかは、物質発明である本件発明の本質とは無 関係であり、存在形態を問わず本件発明の技術的範囲に属する。
したがって、本件発明は、
「医薬品の有効成分のみを特徴とする発明」に当たるも のであるところ、ここにいう「医薬品の有効成分」とは、特定の存在形態に限定さ25 れない上位概念としての化合物を意味する。
(3) スプリセル錠と原告製品が医薬品として実質同一であること 7 ア 「成分」について (ア) 本件の場合、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能 及び効果」によって特定された「物」であるスプリセル錠の有効成分(患者の体内 で薬効を発揮する活性成分)は、ダサチニブである。他方、原告製品は、スプリセ 5 ル錠の後発医薬品である。そもそも、後発医薬品とは、先発医薬品と同一の有効成 分を同一量含む同一投与経路の製剤であり、効能・効果及び用法・用量が原則的に 同一で、先発医薬品と同等の臨床効果が得られる医薬品である。このため、原告製 品の有効成分とその含量、投与経路、用法・用量、効能・効果は、スプリセル錠と 同一である。
10 (イ) スプリセル錠と原告製品の差異は、@有効成分ダサチニブの原薬の固体状態 における形態(錠剤である製剤中の形態)につき、原告製品は無水物であるのに対 し、スプリセル錠は水和物である点、及びA製剤中の添加剤の成分が僅かに異なる 点のみである。
このうち、@については、延長登録制度の趣旨を踏まえて実質的に考察すべきで15 あるところ、
「有効成分」とは延長登録の理由となった政令処分に係る承認審査にお いて医薬品の有効性を評価する対象となった「患者の体内で薬効を発揮する活性成 分」を意味する。スプリセル錠と原告製品の「有効成分」はいずれも「ダサチニブ」 であり、同一である。
仮に、「有効成分」につき、原告主張のとおり、「品目」(薬機法 14 条 1 項)の同20 一性の判断要素である「有効成分」 (製造販売される医薬品に含まれる原薬)と同義 に解したとしても、@は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であって、両者 はなお実質同一である。すなわち、本件発明の内容との関連でスプリセル錠と原告 製品の技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討すると、両者は、患者の体内で ダサチニブがチロシンキナーゼ阻害作用を同程度に発揮する点で本件発明の本質を25 同程度に備えており、しかも、分量、用法・用量、効能・効果が同じであって、技 術的特徴及び作用効果の同一性がある。厚生労働省の通達によっても、水和物と無 8 水物の違いは化学構造の基本的相違を伴わないことから、既承認医薬品と同一の有 効成分から成る製剤を申請する場合と同様に取り扱うこととされているとおり、ダ サチニブが水和物か無水物かは僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎな い。
5 Aの有効成分以外の成分(添加剤)について見ても、スプリセル錠と原告製品の 違いは、前者にはポリエチレングリコール(以下「PEG」という。 が含まれる一方、
) 後者にはカルナウバロウが含まれている点だけであり、その余の添加剤は共通する 。
これらはいずれも周知慣用の医薬品添加剤であって、本件発明の内容との関連で、
スプリセル錠と原告製品の技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討すれば、添10 加剤としていずれを含むかは、僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎな い。
(ウ) スプリセル錠の審議結果報告書には、吸湿性が低く、安定な結晶性物質とし て安定生産が可能な一水和物が選択されたことや、添加剤に PEG (マクロゴール 400) が含有されていることなどが記載されているところ、@Aの差異により、原告製品15 にどのような影響があるかは不明である。しかし、原告製品は、後発医薬品として 先発医薬品と有効成分等が同一であることを前提に臨床試験が免除され、生物学的 同等性試験のみを経ることで、先発医薬品と同等の品質、有効性及び安全性を備え るものとして製造販売の承認を受けたのであるから、いずれも有意な差異とはいえ ない。
20 また、ダサチニブ無水物と水和物の平衡溶解度の違いも、両者は難溶性である点 において同等であり、有意なものとはいえない。そもそも、原告製品は、生物学的 同等性試験における「試験製剤と標準製剤の生物学的同等性評価パラメータの対数 値の平均値の差の 90%信頼区間が、log (0.80)〜log (1.25)の範囲」内にあるという原 則要件の充足が認められており、例外要件にいう溶出挙動の類似性は問題とならな25 い程度の差異に過ぎない。
イ 「分量」について 9 スプリセル錠と原告製品の「分量」は、いずれも 20mg と 50mg であり、同一であ る。
ウ 「効能・効果」及び「用法・用量」について スプリセル錠と原告製品の効能・効果及び用法・用量は同一である。
5 エ 小括 以上のとおり、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効能及 び効果」によって特定された「物」であるスプリセル錠と原告製品とは、本件発明 の内容に基づき、その内容との関連で技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討 すれば、
「成分、分量、用法・用量、効能・効果」のうち「成分」のみに差異がある10 ものの、いずれも、患者の体内でダサチニブがチロシンキナーゼ阻害作用を同程度 に発揮する点で本件発明の本質を同程度に備えており、しかも、分量、用法・用量、
効能・効果が同じであって、技術的特徴及び作用効果の同一性があるといえる。 し たがって、両者の差異は僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎず、両者 は医薬品として実質的に同一である。
15 (4) 「用途」の同一性 スプリセル錠と原告製品とは、効能・効果及び用法・用量において同一であるか ら、両者は「用途」(特許法 68 条の 2)において同一である。
なお、特許法 68 条の 2 に基づき特許権の効力が及ぶためには、「政令処分におい て定められた特定の用途に使用される物」であれば足り、当該対象製品が「政令処20 分において定められた特定の用途以外の用途を有しないこと」までは必要でない 。
したがって、原告製品の効能・効果としてイマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病及 び再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性リンパ性白血病があり、用法・用 量として当該効能・効果に対応する用法・用量があることは、スプリセル錠と原告 製品の「用途」が同一であるとの評価を妨げない。
25 (5) まとめ したがって、本件各延長登録により延長された本件特許権の効力は、原告製品の 10 製造等に及ぶ。
(6) 原告の主張について 本件明細書には、「本発明の化合物のプロドラッグや溶媒和物も本発明に含まれ る。 、
」 「好ましくは、式Tの化合物の溶媒和物は水和物である。」との記載があり、
5 この記載は、本件発明の化合物が溶媒和物であっても本件発明の技術的範囲に属す ることを前提にするものであって、ダサチニブの溶媒和物と無水物とを区別してい ない。すなわち、本件発明の化合物(ダサチニブ)には、無水物のほか水和物の形 態のものも含まれることから、本件発明について、溶媒和物はその技術的範囲に属 さないか、少なくともその技術的範囲から意識的に除外されているということはで10 きない。
また、医薬品の承認審査の実務上、水和物に関して禁止が解除されたとしても、
無水物の禁止は解除されない点は、延長された特許権の効力とは関係がない。むし ろ、前記のとおり、承認審査に当たり、無水物と水和物の違いは、既承認医薬品と 同一の有効成分からなる製剤を申請する場合と同様に取り扱われている。
15 無水物と水和物とが一般的名称の異なる化合物である点も、 (薬機法 14 条 「品目」 1 項)の同一性に関する議論であって、延長された特許権の効力とは関係がない。
薬理学的にみて水和物と無水物とは物理的・化学的安定性等が異なるとされる点 についても、本件発明は、チロシンキナーゼ阻害作用を有する新規化合物の発明で あり、化合物や医薬品の物理的・化学的安定性等を特徴とする発明ではないから、
20 本件発明の内容に基づき、その内容との関連で、スプリセル錠と原告製品が実質同 一かどうかを判断するに当たり関係があるとはいえない。
スプリセル錠と原告製品とで、その用途に異なる部分がある点については、 用途」 「 (特許法 68 条の 2)の同一性の判断において、政令処分対象物の用途と対象製品の 用途とを対比したとき、対象製品の用途が政令処分対象物の用途を完全に包含して25 いる場合には、対象製品が政令処分対象物の用途を有するものとして製造等される 限りにおいて、用途の同一性が肯定されると解すべきである。原告製品は、スプリ 11 セル錠の効能 効果等を有する医薬品として製造等されたものであるから、
・ 両者は、
「用途」についても同一といえる。
さらに、原告が指摘する各成分は、本件発明の技術的特徴や作用効果とは全く関 係がないから、そもそも周知慣用技術であるかどうかを検討するまでもなく、実質 5 同一性の判断に影響を及ぼすことはない。加えて、結晶セルロース、ヒドロキシプ ロピルセルロース(以下「HPC」という。)及び酸化チタンは、いずれもスプリセル 錠のコーティング剤の成分として含まれており、HPC を結合剤ないしコーティング 剤として使用することは周知慣用技術である。カルナウバロウも、滑沢剤、光沢化 剤ないしコーティング剤として周知慣用の成分である。
10 (原告の主張) (1) 延長登録制度の趣旨及び延長後の特許権の効力が及ぶ範囲について ア 延長登録制度の趣旨等について 特許権の延長登録制度は、政令処分を受けることが必要であったために特許発明実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。 回 「15 復」は、特許権者が、政令処分を受けるまでの期間において被る不利益の内容とし て、特許権の全ての効力のうち、特許発明実施できなかったという点にのみ着目 したものである。また、特許権者は、特許発明技術的範囲の全てにわたって自由 に特許発明実施できる一方、医薬品等の薬機法等による規制がある分野では、仮 に特許権者に特許発明実施する意思及び能力があっても、厚生労働省等によって20 承認された具体的な物や方法しか実施できない。このため、延長登録制度によって 保護の対象となる範囲(排他権(差止請求権)の範囲)も、承認された具体的な物 や方法の範囲に限定される。
20 年の権利存続期間の原則に対する例外的な制度である延長登録制度に関する 解釈は、延長登録制度の上記趣旨等に反することのないように行われるべきである。
25 なお、現在の特許庁における延長登録に係る解釈・運用は、物質特許・用途特許に おいても、特許発明の内容や医薬品の有効成分及び効能効果等に着目するのではな 12 く、処分の対象となった個別具体的な医薬品を基準とし、同じ物質特許ないし用途 特許であっても、剤型や効能・効果の異なる医薬品に係る政令処分に基づいて、複 数回にわたる延長登録が認められている。延長された特許権の効力の範囲について も、このような運用を踏まえつつ、特許権者が実施できなかった期間を補償すると 5 いう延長登録制度の趣旨に反する結果とならない解釈がされるべきである。
イ 延長後の特許権の効力が及ぶ範囲について 延長された特許権の効力が及ぶ範囲を画する基準である「処分の対象となった物」 及びその処分において定められた「その物の使用される特定の用途」については、
延長登録制度の上記趣旨から、
「処分により禁止が解除された範囲」であるかどうか10 を基準とすべきであり、処分(医薬品の承認)によって薬機法による一般的禁止が 解除された範囲(物及び用途で特定された範囲)には延長登録された特許権の効力 が及ぶが、薬機法による禁止が解除されていない範囲(薬機法 14 条 1 項の新規承認 や同条 15 項の一部変更承認を受けなければ当該医薬品の製造販売できない範囲) は、その効力の範囲外である。延長された特許権の効力は政令処分の対象となった15 医薬品と実質同一の範囲にまで及ぶと解されるとすると、政令処分によって禁止が 解除された範囲と延長後の特許権の効力が及ぶ範囲は完全には一致しないものの、
「実質同一」の解釈に当たっても延長登録制度の上記趣旨を参酌すべきであり、そ の範囲を徒に拡張すべきではない。
(2) 原告製品に延長後の本件特許権の効力が及ばないこと20 ア 政令処分の対象について 上記のとおり、延長後の特許権の効力は、政令処分を受けるまでの期間につき自 己実施できなかった不利益の回復を目的として、政令処分により自己実施が可能と なった物の実施行為に及ぶ。本件各処分によって禁止が解除されたのは、一般名又 は有効成分を「ダサチニブ水和物」とする医薬品のみであるから、一般名又は有効25 成分を「ダサチニブ」(無水物)とする医薬品の禁止は解除されていない。
イ 有効成分について 13 (ア) 医薬品としての実質同一の類型としては、以下の 4 つの例が挙げられる。
類型@ 医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特 許発明において、有効成分ではない「成分」に関し、対象製品が、政令処分申請時 の周知・慣用技術に基づき、一部に異なる成分を付加、転換等しているような場合。
5 類型A 公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明に おいて、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部に異な る成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らし、両者の間 で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があるといえるとき。
類型B 政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に10 意味のない程度の差異しかない場合。
類型C 政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、
「用法、用量」も併せ てみれば同一といえる場合。
本件は、延長登録の理由とされた処分の対象となった医薬品が有効成分を「ダサ チニブ水和物」とするのに対し、原告製品の有効成分は「ダサチニブ」 (無水物)で15 あるから、そもそも行政処分の対象物における「有効成分」に差がある事案であり、
上記 4 類型のいずれにも属さない。むしろ、類型@からすると、医薬品の有効成分 のみを特徴とする特許発明において、有効成分ではない成分が一部異なる場合であ っても、それが周知・慣用技術でなければ実質同一とはいえないことから、本件の ように有効成分が異なる場合、医薬品として実質同一とはいえない。
20 (イ) ダサチニブ一水和物は、ダサチニブ無水物と比べて明らかに光安定性が高い という特徴を有する。また、スプリセル錠では、ダサチニブ一水和物を用いること でコーティング剤中の成分(可塑剤)に由来して分解物が生じることを防止するた め、コーティング剤中の可塑剤として PEG を含有したオパドライが使用されてい る。
25 他方、原告製品の開発に際し、ダサチニブ無水物を使用する関係で、PEG のほか、
一般的には可塑剤として用いられていない HPC をそれぞれ接触させた環境下に置 14 いた結果、PEG と接触させた場合には類縁物質が増加したのに対し、 HPC と接触 させた場合には、PEG の 2.5 倍の濃度で接触させているにも関わらず、類縁物質の 増加が見られなかった。そこで、原告は、HPC を可塑剤として使用できないかを検 討し、これをダサチニブ無水物と組み合わせる可塑剤として用いることを見出した。
5 その上で、原告は、ダサチニブ無水物を採用した場合の課題である光安定性を高 める(黄変を防止する)ために、コーティング剤の厚み及びコーティング剤中の酸 化チタンの分量を工夫した結果、コーティング剤に 20%相当量の酸化チタンを配合 し、コーティング剤の厚みを 20mg 錠につき素錠部の 4%相当量とし、50mg 錠につ いては、20mg 錠と同じコーティングの厚みとするべく、素錠の表面積当たりのコー10 ティング剤の量が同じになるように計算して、3.5%相当量とした。これに加え、原 告製品は、PEG が含まれていないことやコーティング剤中の酸化チタンの分量が多 いことなどに起因して錠剤の滑り性が劣ってしまうことが判明したため、原告は、
滑り性を向上させる目的でカルナウバロウをその表面に少量添加した。
以上のとおり、原告は、ダサチニブ無水物とダサチニブ一水和物の違いに由来す15 る光安定性やコーティング剤中の可塑剤による分解物の生じ方の違いに関わらず、
原告製品がスプリセル錠と同等の製剤として承認されるよう様々な創意工夫を行っ た。これは周知慣用とはいえない技術を含むものであるから、スプリセル錠と原告 製品は、医薬品として実質同一とはいえない。
(ウ) ダサチニブ無水物の平衡溶解度は、ダサチニブ水和物よりも 2.4 倍高い。ス20 プリセル錠と原告製品とは、このような平衡溶解度の違いに起因して、医薬品とし た場合の溶出性が大きく異なるところ、原告製品の承認申請の段階でも、両製剤の 溶出挙動は類似していないとの結論が示されていた。そこで、原告は、原告製品の 溶出性をスプリセル錠と類似するものとするべく、製剤の成分や構成を鋭意工夫し たが、溶出性が類似するとの評価を得るまでは近づけられなかったため、この点に25 ついて類似性を求めることは断念した。もっとも、原告は、ヒト消化管内では器官 によって pH が異なることに鑑み、pH を変化させた中でどのような溶出挙動を示す 15 か検証する pH シフト試験を実施したところ、一度低 pH を経て、そこから中性付 近まで pH を変化させた場合の溶出性は、原告製品とスプリセル錠とで大きく異な らず、総じて高い溶出率が維持されることが判明した。この結果等を踏まえ、原告 は、生物学的同等性の判定基準のうち、
「試験製剤と標準製剤の生物学的同等性評価 5 パラメータの対数値の平均値の差の 90%信頼区間が、log(0.80)〜 1og(1.25)の範囲に あるとき」という基準をクリアすべく開発を行い、原告製品の後発医薬品としての 承認に至った。こうした事情に照らせば、原告製品とスプリセル錠とは実質同一と はいえない。
ウ 用途について10 延長登録制度の運用上、処分の対象となった物の用途が同じ場合であっても、剤 型等が異なれば別医薬品として再度延長登録を受けることができるのであって、用 途が異なる場合は、医薬品として別物である。本件各処分によって禁止が解除され た範囲は、「慢性骨髄性白血病(ただしイマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病を除 く。 」 ) を用途とする範囲のみであるところ、原告製品の用途は「慢性骨髄性白血病」15 及び「再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病」である から、両者はその用途において異なる。
エ その他の点について (ア) 本件特許の内容に照らして実質同一といえないこと 「下式【化 3】の化合物またはその塩」と規定されているほか、本件 本件発明は、
20 「式 I で示される化合物は塩を形成し、かかる塩も本発明の技術的範囲 明細書では、
に属する」、
「本発明の化合物のプロドラッグや溶媒和物も本発明に含まれる。 とし 」 て、
「化合物」と「塩」「化合物」と「溶媒和物」とは、互いに明確に区別されてい 、
る。これらの記載によれば、本件発明につき、溶媒和物はその技術的範囲に属さな いか、少なくともその技術的範囲から意識的に除外されているといえる。すなわち、
25 ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物とは、本件発明の技術的範囲への属否からし て異なるから、医薬品として実質同一とはいえない。
16 (イ) 医薬品の承認審査の実務に照らして実質同一といえないこと 医薬品の承認審査の実務上、水和物に関して禁止が解除されたとしても無水物の 禁止は解除されず、有効成分を「水和物」として得た承認に基づき「無水物」の製 剤を製造販売すれば薬機法違反となる。すなわち、水和物と無水物とは、承認審査 5 の上で区別して取り扱われている。また、化合物の一般的名称は当該化合物の本質 成分全体に対して命名されたものであり、一般的名称が異なる化合物は、その本質 成分において異なる。医薬品の承認審査の実務においても、一般的名称が異なる化 合物は、有効成分が異なるものとして取り扱われている。このような観点からも、
ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物は、医薬品として実質同一とはいえない。
10 (ウ) 薬理学的にみても実質同一といえないこと 水和物と無水物とは、薬理学的にみても、温度、雰囲気、湿度、圧力、賦形剤な どに対する物理的・化学的安定性などが異なり、水への溶解性が 2.4 倍異なる。被 告は、本件各延長登録出願当時、ダサチニブの水和物や無水物の薬理学的な性質を 検討し、製剤化するために最適なものを選択した結果、吸湿性が低く、安定な結晶15 性物質として安定生産が可能な一水和物を選択し、ダサチニブの一水和物について 物質特許を取得した。また、被告は、本件特許出願の拒絶理由通知に対する意見書 においても、一水和物が著しく安定な形態を保持し、医薬としての有用性等も極め て高いことや、ダサチニブを結晶化するに当たって、
「モノ水和物」が最も安定であ ることを見出したなどと指摘しており、このような性質の相違を前提に、有効成分20 が「ダサチニブ水和物」であることを明記して承認申請を受けている。
「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実 施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて延長さ れた特許権の効力が及ぶとすることは、特許権者と第三者の公平を欠くことになる ところ、被告は、ダサチニブ無水物に延長後の特許権の効力を及ぼすためには、ダ25 サチニブ無水物についても政令処分を受けるべきであったといえるから、延長され た本件特許権の効力がダサチニブ無水物にも及ぶ旨主張することは、禁反言として 17 許されないばかりか、延長後の特許権の効力から意識的に除外されたダサチニブ無 水物について効力が及ぶことを主張するものであり、許されない。
(エ) 水和物特許が進歩性を認められていることに 鑑みると医薬品として実質同 一とはいえないこと 5 被告は、他の特許(特許第 5148115 号)の出願時の審査過程において、本件特許 の公表特許公報(特表 2002-542193 号)を引用文献とする進歩性欠如の拒絶理由通 知を受けたのに対し、ダサチニブを結晶化するに当たって、モノ水和物が最も安定 であるなどと主張し、設定登録に至った。均等の第 3 要件である置換容易性におけ る「容易」とは、当業者であれば誰もが特許請求の範囲に明記されているのと同じ10 ように認識できる程度の容易さをいい、進歩性における「容易」よりも範囲が狭い と一般的に解されている。他方、特許発明技術的範囲における均等は、特許発明技術的範囲の外延を画するものであり、具体的な政令処分を前提として延長登録 が認められた特許権の効力範囲における実質同一とはその適用される状況が異なる ため、延長登録の場合に均等の第 1 要件〜第 3 要件をそのまま適用すると、延長登15 録された特許権の効力の範囲が広がり過ぎ、相当でない。このため、延長後の特許 権の効力が及ぶ範囲である医薬品としての実質同一とは、均等の第 3 要件の「容易」 より更に狭い概念と理解される。
ダサチニブの無水物と一水和物とは、前者に対して後者が進歩性を認められるほ ど性質が異なるものであるから、医薬品として実質同一であるとはいえない。
20 (3) 被告の主張について ア 本件発明の本質に関する主張について 被告は、本件発明につき、患者の体内においてチロシンキナーゼ阻害作用という 薬効を発揮するダサチニブという化合物を初めて見出したことを本質とする物質発 明であると主張する。しかし、本件発明の請求項には、化合物が患者の体内に取り25 込まれるかどうかも、患者の体内でチロシンキナーゼ阻害作用という薬効を奏する かどうかも特定されていない。チロシンキナーゼ阻害作用という薬効については、
18 本件明細書には、具体的な実施例として、どの試験法を用いてどのような結果が得 られたのか記載がなく、また、患者に投与した場合のチロシンキナーゼ阻害作用に ついても記載がないから、被告の主張は誤りである。
イ 患者の体内で薬効を発揮する活性成分に関する主張について 5 被告は、原告製品もスプリセル錠も、患者の体内で薬効を発揮する活性成分はい ずれもダサチニブであり、ダサチニブ水和物も無水物も、患者の体内に入れば同じ であるなどと主張する。しかし、本件における「政令で定める処分」に相当する薬 機法 14 条 1 項及び 15 項の承認は、製造等の対象となる(患者の体内に入る前の) 医薬品に対するものであり、薬機法に基づく承認申請(審査)上の取扱いとしても、
10 患者の体内に入れば同じであるなどという考え方は採用されていない。また、本件 発明の請求項や本件明細書では「化合物」と「塩」等は書き分けられているところ、
化合物とその塩も、患者の体内に入ればいずれも化合物となるものであるにもかか わらず、あえて区別して規定されていることからも、本件発明は患者の体内に入る 前の状態の化合物を対象とするものといえる。したがって、被告の上記主張は、特15 許法及び薬機法の文言や承認申請(審査)上の取扱い及び本件発明の内容や本件明 細書の記載から乖離している。
2 本件各延長登録の無効理由の有無(争点 2) (1) 争点 2-1(本件各処分によって禁止が解除された行為が本件発明の実施に該 当する行為に含まれないこと)20 (原告の主張) 政令で定められる処分を受けたことによって禁止が解除されたとはいえないこと、
又は政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為がその特許発明実施に該当する行為に含まれないことのいずれかの事情がある場合、延長登録出 願について拒絶をすべきところ、本件各延長登録出願は、後者に当たる。すなわち、
25 本件各延長登録出願は、有効成分が「ダサチニブ水和物」であることを明記してさ れたものであるところ、これに基づく政令処分(承認)によって「禁止が解除され 19 た行為」は、ダサチニブ水和物を含む医薬品の製造等の行為である。他方、本件発 明はダサチニブ(無水物)又はその塩を技術的範囲とするものであるから、上記禁 止が解除された行為である水和物の製造及び販売行為を含まず、本件発明の実施に 該当する行為には含まれない。
5 したがって、本件各延長登録は、拒絶すべき出願に対してされたものとして特許 無効審判により無効にされるべきものであり(特許法 125 条の 3 第 1 項 1 号)、被 告は、原告に対し、延長後の特許権を行使できない(同法 104 条の 3 第 1 項)。
(被告の主張) 原告の主張は、本件発明の技術的範囲がダサチニブの無水物とその塩に限定され、
10 ダサチニブの水和物は本件発明の技術的範囲に属さないことを前提とするものであ る。しかし、ダサチニブの水和物は本件発明の技術的範囲に属するから、原告の主 張はその前提において誤りである。
(2) 争点 2-2(延長期間が過分であること) (原告の主張)15 特許庁の審査基準では、「処分を受けるのに必要な試験に要した期間と処分の申 請から処分を受けるまでの期間を併せた期間のうち、特許権の設定登録の日以降の 期間が、
特許発明実施をすることができなかった期間」となる。この期間内であ っても、処分を受けるのに必要ではなかったと認められる期間については、延長さ れない。」とされる。
20 本件において、一部変更の承認時に評価の対象となった治験データは@CA180-56、
ACA180-58 及びBC5 A180-138 の 3 つであるところ、A及びBの試験開始日は治験 計画届書提出日である平成 19 年 8 月 31 日よりも前であるから、これらは本件各延 長登録を受けるために必要な試験とはいえない。したがって、本件各延長登録を受 けるために必要な試験は@であるところ、この試験に要した期間は平成 19 年 9 月25 24 日〜平成 22 年 1 月 11 日までの 2 年 3 月 18 日であり、同期間が「処分を受ける のに必要な試験に要した期間」である。また、被告がスプリセル錠につき慢性骨髄 20 性白血病のうちイマチニブ抵抗性を除く部分について一部変更の申請をしたのは平 成 22 年 7 月 29 日であり、承認がされたのは平成 23 年 6 月 16 日であるから、「処 分の申請から処分を受けるまでの期間」は 10 月 18 日である。
したがって、「特許権の設定登録の日」である平成 19 年 7 月 27 日以降で、「処分 5 を受けるのに必要な試験に要した期間と処分の申請から処分を受けるまでの期間を 併せた期間」は、上記 2 年 3 月 18 日と 10 月 18 日を合わせた 3 年 2 月 7 日であり、
処分を受けるのに必要な試験が行われていない空白の期間である平成 22 年 1 月 11 日〜同年 7 月 29 日の期間(6 月 18 日)は、この期間に含まれない。
本件特許権の存続期間満了日は令和 2 年 4 月 12 日であり、これに 3 年 2 月 7 日10 を加算すると令和 5 年 6 月 19 日となるから、原告が原告製品につき追加承認を取 得した同年 10 月 4 日時点では、既に延長に係る期間が満了していた。
したがって、本件各延長登録における延長期間は過分であり、少なくとも延長期 間のうち 3 年 2 月 7 日を超える部分については特許無効審判により無効にされるべ きものであるから、被告は、原告に対し、延長後の特許権を行使できない。
15 (被告の主張) 特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分である薬機法所定の製造等の承認 を受けることが必要であるために「特許発明実施をすることができなかった期間」 は、同承認を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうち いずれか遅い方の日から、右承認が申請者に到達することにより処分の効力が発生20 した日の前日までの期間である。ここにいう「試験を開始した日」とは、臨床試験 を実施することが治験計画届や治験を実施する医療機関との契約書等によって客観 的に明確になった日をいい、政令で定める処分を受けるのに必要な臨床試験を実施 することが治験計画届で客観的に明確である場合、「特許発明実施をすることが できなかった期間」は、当該治験計画届の日付又は特許権の設定登録の日のうちの25 いずれか遅い方の日から、当該政令で定める処分が申請者に到達することにより処 分の効力が発生した日の前日までの期間を意味することになる。
21 本件各延長登録出願ないし登録は、治験計画届書提出日である平成 19 年 8 月 31 日から政令で定める処分を受けた日の前日である平成 23 年 6 月 15 日までの 3 年 9 月 15 日を「特許発明実施することができなかった期間」としてされたものであ り、何ら誤りはない。被告は、@CA180-56 の試験につき、データカットオフの日(臨 5 床試験により取得されるデータのうち、その日までに取得される全てのデータが解 析の対象とされることを示す日。)である平成 22 年 1 月 11 日以降も試験を実施し つつ、試験データの統計的解析等を行い、また、承認申請書等の作成にも相当な 時 間を要していたのであり、原告の指摘する空白期間を除外すべき理由はない。
3 被告の損害(争点 3)10 (被告の主張) (1) 特許法 102 条に基づく損害額 原告による原告製品の製造・販売は、本件発明の業として実施に当たり、本件 特許権を侵害するものである。これによる被告の損害額は、特許法 102 条 1 項〜3 項のそれぞれを適用して計算し、最も高い金額を選択すると、1 億円を下らない。
15 (2) 弁護士費用 被告の損害の回復のために要する弁護士費用は、上記損害額の 10%を下らない。
(3) 小括 したがって、被告は、原告に対し、本件特許権侵害不法行為による損害賠償の 一部請求として、1 億円の支払を求める。
20 (原告の主張) 否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点 1(延長登録された本件特許権の効力と原告製品) (1) 延長された特許権の効力の及ぶ範囲について25 ア 特許法 68 条の 2 は、特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨が、政令処分を 受けることが必要であったために特許発明実施をすることができなかった期間を 22 回復することを目的とするものであることに鑑み、存続期間が延長された場合の当 該特許権の効力について、その特許発明の全範囲に及ぶのではなく、
「政令で定める 処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定めら れている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発 5 明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものである。同条は、
「政令で定める処分の対象と なつた物」「当該用途に使用されるその物」を含む。以下同じ。
( )の範囲内では、政 令処分を受けることが必要であったために特許発明実施することができなかった 特許権者を救済するために、延長された特許権の効力を及ぼすことが必要と認めら れる反面、その範囲を超えて延長された特許権の効力を及ぼすことは、期間回復に10 よる不利益の解消という限度を超えて特許権者を有利に扱うことになり、前記の延 長登録の制度趣旨に反するばかりか特許権者と第三者との衡平を欠く結果となるこ とから、前記のとおり定められたものである。
イ 「政令で定める処分の対象となつた物」に係る特許発明実施行為の範囲に ついて15 (ア) 「政令で定める処分」が薬機法所定の医薬品に係る承認に係るものである場 合、同承認に必要な審査の対象となる事項等に鑑みると、存続期間が延長された特 許権は、具体的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」 によって特定された「物」についての「当該特許発明実施」の範囲で効力が及ぶ と解するのが相当である。
20 そうすると、相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)につき、具体 的な政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」において異 なる部分が存在する場合、対象製品は、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ 範囲に属するということはできない。もっとも、政令処分で定められた上記審査事 項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容25 易に免れることができるとすれば、延長登録制度の趣旨に反するのみならず、衡平 の理念にもとる結果になる。このような観点から、存続期間が延長された特許権に 23 係る特許発明の効力は、政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、効能及 び効果」によって特定された「物」 (医薬品)のみならず、これと医薬品として実質 同一なものにも及ぶというべきであり、第三者はこれを予期すべきである。
したがって、政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する 5 場合であっても、当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に過ぎない ときは、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに 含まれ、存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解される。
(イ) ここで、医薬品の成分を対象とする物の特許発明において、政令処分で定め られた「成分」に関する差異、
「分量」の数量的差異又は「用法、用量」の数量的差10 異のいずれか 1 つないし複数があり、他の差異が存在しない場合に限定してみれば、
僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは、特許発明の内容(当該特許 発明が、医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるか、医薬品の有効成分の存 在を前提として、その安定性ないし剤型等に関する発明であるか、又は、その技術 的特徴及び作用効果はどのような内容であるかなどを含む。以下同じ。)に基づき、
15 その内容との関連で、政令処分において定められた「成分、分量、用法、用量、効 能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の 同一性を比較検討して、当業者の技術的常識を踏まえて判断すべきである。
上記場合において、対象製品が政令処分で定められた「成分、分量、用法、用量、
効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれ20 る類型の 1 つとして、「医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長 登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関し、対象製品が、政 令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、
転換等しているような場合」を挙げることができる。この場合、その差異は上記「僅 かな差異又は全体的にみて形式的な差異」に当たり、対象製品は、医薬品として政25 令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである。
(2) 事実認定 24 前提事実(前記第 2 の 2)、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が 認められる。
ア 本件明細書の記載 (ア) 発明の分野/本発明は環状化合物およびそれらの塩、上記化合物を免疫学的 5 および腫瘍学的傷害などのチロシンキナーゼ関連の傷害の処置に用いる方法、およ び上記化合物を含む医薬組成物に関する。 【0001】 ( ) (イ) 本発明の化合物のプロドラッグや溶媒和物も本発明に含まれる。本明細書で 用いる語句“プロドラック”は、患者に投与すると、代謝または化学プロセスによっ て化学変換を受けて、式Iの化合物またはその塩および/または溶媒和物を生成す10 る化合物を意味する。好ましくは、式Iの化合物の溶媒和物は水和物である。
(【0043】) (ウ) 利用性/本発明の化合物は、タンパク質チロシンキナーゼ、特に Lck、…お よび Blk などの Src-ファミリーキナーゼを阻害することから、免疫学的および腫瘍 学的障害などのタンパク質チロシンキナーゼ-関連障害の、予防および治療を含む 処置に有用である。本発明の化合物はまた、HER1 および HER2 を含む受容体型チ15 ロシンキナーゼを阻害するので、乾癬および癌などの増殖性傷害の処置に有用であ る。… “タンパク質チロシンキナーゼ-関連障害”は、異常なチロシンキナーゼ活性 から生じる障害、および/またはこれら酵素の 1 つ以上の阻害によって軽減される 障害である。たとえば、…T 細胞活性化および増殖を含む T 細胞仲介疾患の処置は、
本発明の特に好ましい実施態様である。T 細胞活性化および増殖を選択的にブロッ20 クする化合物が好ましい。酸化ストレスによって内皮細胞 PTK の活性化をブロック することにより、好中球結合を誘発する接着分子の表面発現を制限したり、好中球 活性化に必要な PTK を阻害する本発明の化合物は、たとえば虚血および再灌流傷害 の処置に有用である。 【0095】 ( ) すなわち、本発明は、タンパク質チロシンキナーゼ-関連障害の処置方法を提供25 し、この処置法は、処置を必要とする患者に、式Tの化合物の少なくとも 1 種の有 効量を投与する方法から成る。下記に記載される他の処置剤は、本発明の化合物と 25 ともに、本発明の方法に用いることができる。 【0096】 ( ) 本発明の化合物のタンパク質チロシンキナーゼ-関連障害の処置における使用の 例としては、これらに限定されるものでないが、ある範囲の障害の処置を上げるこ とができ、例えば、移植…;例えば、結腸癌腫および胸腺腫などの Lck または Src 5 などの他の Src-ファミリーキナーゼが活性化もしくは過発現すぐ(overexpressed) 癌、または Src-ファミリー・キナーゼ活性が腫瘍成長もしくは生存を促進する癌; …及び斑状強皮症が挙げられる。 【0097】 ( ) Lck 以外の Src-ファミリーキナーゼ…は、単球およびマクロファージの Fc ガン マ受容体反応において重要である。 【0098】 ( )10 さらに、Lck 以外の Src-ファミリーキナーゼ…は、ぜん息…および他のアレルギ ー性疾患において重要な役割を演じる肥満細胞および好塩基球の Fc イプシロンレ セプタ誘発脱顆粒に重要である。 【0099】 ( ) 本発明の化合物の単球、マクロファージ、T 細胞等に対する組合せ活性は、上記 のいずれかの障害の処置に価値を有しうる。 【0100】 ( )15 個々の具体例において、本発明の化合物は、その病因にかかわらず上記の具体的 な障害の処置に有用であり、例えば、移植拒絶、…癌、…虚血性または再灌流傷害 などのアレルギー性疾患、または PTK との関連するかまたはしないアトピー性皮膚 炎の処置が挙げられる。 【0101】 ( ) HER1 および HER2 キナーゼを阻害する能力によって、本発明の化合物は乾癬お20 よび癌を含む増殖性疾患の処置にも用いることができる。HER1 受容体キナーゼは、
非-小細胞肺…および乳癌を含む多くの固形腫瘍に出現し活性化されると報告され ている。同様に、_HER2 受容体キナーゼは、乳房、卵巣、肺および胃癌に過剰出現 すると報告されている。…HER1 および HER2 キナーゼの阻害剤は 2 つの受容体の いずれかからの情報伝達に依存する腫瘍の処置の効果があると期待される。
(【0102】)25 また本発明は、タンパク質チロシンキナーゼ-関連障害を処置しうる式Tの化合 物の少なくとも 1 種の有効量と、医薬的に許容され得る媒体または稀釈剤から成る 26 医薬組成物をも提供する。本発明組成物は、以下に記載の他の治療薬を含有しても よく、また医薬製剤の分野で周知の技法に従って、例えば、通常の固体又は液体媒 体あるいは稀釈剤並びに所望投与の型式に適切な種類の医薬用添加剤(例えば、、賦 形剤、結合剤、保存剤、安定化剤、フレーバー等)を用いることによって製剤化す 5 ることができる。 【0103】 ( ) 式Tの化合物は、適当ないずれの手法によっても投与することができ、例えば錠 剤…などの形状で経口投与…で直接投与し、非毒性の医薬的に許容され得る媒体ま たは稀釈剤含有の単位投与剤形で投与することができる。 【0104】 ( ) 経口投与用組成物の具体例としては、例えば、嵩を増やす微結晶セルロース…が10 挙げられる。…また潤滑剤、滑剤、フレーバー、着色剤および安定化剤も、加工や 使用の容易さのために加えてもよい。 【0105】 ( ) 経鼻エアロゾルまたは吸入投与用組成物の具体例としては、例えば、ベンジルア ルコール…、および/または当該分野で知られているような他の可溶化もしくは分 散剤を含有しうる食塩水溶液が挙げられる。 【0106】 ( )15 非経口投与用組成物の具体例としては、例えば、適当な非毒性の非経口投与に許 容しうる希釈剤もしくは溶剤…を含有しうる、注射用溶液または懸濁液が挙げられ る。 【0107】 ( ) 直腸投与用組成物の具体例としては、例えば、適当な非刺激性賦形剤…を含有し うる坐剤が挙げられる。 【0108】 ( )20 局所投与用組成物の具体例としては、プラスチベース…などの局所用担体が挙げ られる。 【0109】 ( ) (エ) なお、本件明細書には実施例及び参考例の記載があるが(【0131】以下)、本 件発明に係る化合物の生物活性に関する具体的なデータは、上記部分を含め、本件 明細書上は示されていない。
25 イ スプリセル錠の医薬品インタビューフォーム スプリセル錠の医薬品インタビューフォーム(乙 5 の 2)の「II.名称に関する項 27 目」には、以下の記載がある。
ウ 原告製品とスプリセル錠の成分等 スプリセル錠(乙 5 の 1)と原告製品(乙 4)の各添付文書における有効成分や添5 加剤に係る記載を項目ごとに対比すると、以下のとおりである(下線部は相違する 点を示す。なお、添加剤のうち「乳糖水和物」及び「乳糖」が同じ物質であること は、当事者間に争いがない。 。
) スプリセル錠 原告製品 一般名 ダサチニブ水和物 ダサチニブ 販売名 スプリセル錠 ダサチニブ錠「サワイ」 有効成分 ダサチニブ水和物 ダサチニブ(無水物) 添加剤 カルナウバロウ 乳糖水和物 乳糖 結晶セルロース 結晶セルロース クロスカルメロースナトリウム クロスカルメロース Na HPC HPC ステアリン酸マグネシウム ステアリン酸 Mg ヒプロメロース ヒプロメロース 酸化チタン 酸化チタン 28 PEG400効能又は 慢性骨髄性白血病 慢性骨髄性白血病効果 再発又は難治性のフィラデルフ 再発又は難治性のフィラデルフ ィア染色体陽性急性リンパ性白 ィア染色体陽性急性リンパ性白 血病 血病用法 〈慢性骨髄性白血病〉 〈慢性骨髄性白血病〉用量 (1) 慢性期 (1) 慢性期 通常、成人にはダサチニブとし 通常、成人にはダサチニブとし て 1 日 1 回 100mg を経口投与す て 1 日 1 回 100mg を経口投与す る。なお、患者の状態により適 る。なお、患者の状態により適 宜増減するが、1 日 1 回 140mg 宜増減するが、1 日 1 回 140mg まで増量できる。 まで増量できる。
(2) 移行期又は急性期 (2) 移行期又は急性期 通常、成人にはダサチニブとし 通常、成人にはダサチニブとし て 1 回 70mg を 1 日 2 回経口投与 て 1 回 70mg を 1 日 2 回経口投与 する。なお、患者の状態により する。なお、患者の状態により 増減するが、1 回 90mg を 1 日 2 増減するが、1 回 90mg を 1 日 2 回まで増量できる。 回まで増量できる。
〈再発又は難治性のフィラデル 〈再発又は難治性のフィラデル フィア染色体陽性急性リンパ性 フィア染色体陽性急性リンパ性 白血病〉 白血病〉 通常、成人にはダサチニブとし 通常、成人にはダサチニブとし て 1 回 70mg を 1 日 2 回経口投与 て 1 回 70mg を 1 日 2 回経口投与 する。なお、患者の状態により する。なお、患者の状態により 適宜増減するが、1 回 90mg を 1 適宜増減するが、1 回 90mg を 1 29 日 2 回まで増量できる。 日 2 回まで増量できる。
エ スプリセル錠について (ア) 厚生労働省医薬食品局審査管理課作成に係る平成 20 年 12 月 4 日付け「審議 結果報告書」(甲 5)には、スプリセル錠に関し、以下の記載がある。
「2) 製剤開発/ダサチニブ遊離塩基及び薬学的に使用可能な塩について、製剤化 5 に最適なものを選択するための検討が行われた。その結果、吸湿性が低く、安定な 結晶性物質として安定生産が可能な一水和物が選択された。/なお、海外第 I 相試 験で使用された錠剤は、その後、安定性試験で分解物(BMS-707525-01)が観察さ れ、当該分解物はコーティング剤中に含まれる…との反応により生じたことが判明 したことから、以降の臨床試験用及び市販予定の錠剤は、当該分解物が生成しない10 ようにするために、コーティング剤中の可塑剤としてポリエチレングリコール(マ クロゴール 400)を含有したオパドライが、コーティング剤(プレミックス)とし て使用されている。」 (イ) 被告出願に係る特許(特許第 5173794 号)に係る審査過程での拒絶理由通知 に対する被告の意見書(甲 23)には、以下の記載がある。
15 「13.…可塑剤として PEG400 を含有するフィルムコートを用いるとき、錠剤中の 式 I の化合物の総分解生成物は予想外に低いことが分かった。…コーティング中に PEG を含有する錠剤は、式 I の化合物の化学的安定性の改善という…予想しえない 利益を提供する。」 オ 原告製品について20 (ア) 原告製品の医薬品インタビューフォーム 原告製品の医薬品インタビューフォーム(甲 26)の「9.溶出性/〈溶出挙動にお ける同等性及び類似性〉」欄には、溶出試験の結果につき、以下の記載がある。
a 「ダサチニブ錠 20mg「サワイ」」について ・「結果」欄25 「〈50rpm:pH1.2〉/標準製剤の平均溶出率が 40%(5 分)及び 85%(60 分)付近 30 の 2 時点において、試験製剤の平均溶出率は標準製剤の平均溶出率±15%の範囲に なかった。また f2 関数の値が 42 以上でなかった。/〈50rpm:pH4.0〉/標準製剤 の平均溶出率が 40%(5 分)及び 85%(45 分)付近の 2 時点において、試験製剤の 平均溶出率は標準製剤の平均溶出率±15%の範囲になかった。また f2 関数の値が 42 5 以上でなかった。/〈50rpm:pH6.8〉/規定された試験時間(360 分)において、試 験製剤の平均溶出率±9%の範囲になかった。…/〈100rpm:pH1.2〉/両製剤とも 15 分以内に平均 85%以上溶出した。」 ・「結論」欄 「以上の結果より、両製剤の溶出挙動は類似していないと判断した。/しかしな10 がら生物学的同等性試験で同等性が確認されたため、両製剤は生物学的に同等であ ると判断した。」 b 「ダサチニブ錠 50mg「サワイ」」について ・「結果」欄 「〈50rpm:pH1.2〉/標準製剤の平均溶出率が 40%(15 分…)及び 85%(120 分)15 付近の 2 時点において、試験製剤の平均溶出率は標準製剤の平均溶出率±15%の範 囲にあった。/〈50rpm:pH4.0〉/標準製剤の平均溶出率が 40%(10 分)及び 85% (180 分)付近の 2 時点において、試験製剤の平均溶出率は標準製剤の平均溶出率 ±15%の範囲になかったが、f2 関数の値が 42 以上であった。/〈50rpm:pH6.8〉/ 規定された試験時間(360 分)において、試験製剤の平均溶出率は標準製剤の平均20 溶出率±9%の範囲になかった。…/〈100rpm:pH1.2〉/標準製剤の平均溶出率が 40%(5 分)及び 85%(45 分)付近の 2 時点において、試験製剤の平均溶出率は標 準製剤の平均溶出率±15%の範囲になかった。また、f2 関数の値が 42 以上でなかっ た。」 ・「結論」欄25 「以上の結果より、両製剤の溶出挙動は類似していないと判断した。/しかしな がら生物学的同等性試験で同等性が確認されたため、両製剤は生物学的に同等であ 31 ると判断した。」 c 生物学的同等性試験について 生物学的同等性試験とは、先発医薬品に対する後発医薬品の治療学的な同等性を 保証することを目的として行われる試験である。その同等性の判定は、以下の基準 5 で行われる。(乙 12) 「試験製剤と標準製剤の生物学的同等性評価パラメータの対数値の平均値の差の 90%信頼区間が、log(0.80)〜1og(1.25)の範囲にあるとき、試験製剤と標準製剤は生物 学的に同等と判定する。/なお、上記の判定基準の適合しない場合でも、試験製剤 と標準製剤の生物学的同等性評価のパラメータの対数値の平均値の差が log(0.90)〜10 1og(1.11)であり、且つ、…溶出試験で溶出挙動が同等と判定された場合には、生物 学的に同等と判定する。」 「溶出挙動の類似性の判定/試験製剤の平均溶出率を、標準製剤の平均溶出率と 比較する。…全ての溶出試験条件において、以下のいずれかの基準に適合するとき、
溶出挙動が類似しているとする。…溶出試験による類似性の判定は、生物学的に同15 等であることを意味するものではない。」 (イ) 原告製品の医薬品製造販売承認書 原告製品の各医薬品製造販売承認書(甲 32)添付の「医薬品製造販売承認申請書」 には、いずれも、以下の記載がある。
●(省略)●20 カ 原告の行った各種試験等について (ア) ダサチニブ無水物原薬と添加剤の接触試験 原告が平成 29 年 1 月〜同年 3 月を試験期間として実施したダサチニブ無水物の 原薬と添加剤の接触による純度の変化を測定する試験に係る令和 6 年 8 月 6 日付け 「試験結果報告書(接触試験) (甲 25)には、要旨、以下の記載がある。
」25 a 試料調製と試験方法 ・無水物原薬と HPC 32 ダサチニブ無水物 4.0g と HPC2.0g を混合し、60℃60%RH の開放条件で 2 週間保 管後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて総類縁物質量を測定した。
・無水物原薬とマクロゴール 400(PEG400) ダサチニブ無水物 5g とマクロゴール 400 1.0g を混合し、60℃60%RH の開放条件 5 で 2 週間保管後、HPLC を用いて総類縁物質量を測定した。
b 考察 無水物原薬と PEG400 を混合して 60℃60%RH 開放条件で保管すると、イニシャ ルと比較して総額縁物質が 0.19%から 0.22%に増加することが認められた。それに 対して無水物原薬と HPC を混合した場合には、HPC はマクロゴール 400 の 2.5 倍の10 濃度で接触させているにも関わらず、60℃60%RH 開放条件の保管後であってもイニ シャルからの純度の変化がなく、PEG400 よりも良好な安定性を示すことが判明し た。
(イ) ダサチニブ水和物/無水物の原薬の光安定性試験 原告が実施したダサチニブ水和物とダサチニブ無水物の原薬の光安定性に関する15 試験に係る令和 6 年 6 月 5 日付け「試験結果報告書(原薬光安定性)(甲 17) 」 には、
以下の記載がある。
a 試験@ 「〈試験目的〉/ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物の原薬について光照射によ る性状の変化を報告する。」20 「 試験方法〉/ダサチニブ水和物、およびダサチニブ無水物の原薬を 〈 10000Lux./hr に 5 日間放置した。」 「〈考察〉/原薬単独の光安定性試験の結果、無水物原薬は光安定性が著しく悪く、
10000Lux の光照射下わずか数分で黄変したのに対し、水和物原薬は 10000Lux/hr、
5 日間(計 120 万 Lux・hr)の光照射後もわずかに黄変したのみであり、光安定性に25 おいて水和物と無水物では明らかな差が認められた。」 b 試験A 33 「〈試験目的〉/ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物の原薬について光照射によ る純度の変化を報告する。」 「〈試料調製方法〉/・原薬(無水物)/無水物原薬(イニシャル)を試料とした。
/・光、原薬(無水物)/無水物原薬を、室温で 2 週間、3600Lux./hr の可視光下で 5 静置した(トータル約 120 万 Lux・hr)ものを試料とした。/・原薬(水和物)/水 和物原薬(イニシャル)を試料とした。/・光、原薬(水和物)/水和物原薬を、
室温で 2 週間、3600Lux./hr の可視光下で静置した(トータル約 120 万 Lux・hr)も のを試料とした。
「〈試験結果〉 原薬 光、原薬 原薬 光、原薬 (無水物) (無水物) (水和物) (水和物) 純度(%) 99.86 98.00 99.94 99.54 最大 0.07 0.56 0.02 0.11 不純物(%)10 「〈考察〉/水和物原薬へ 120 万 Lux・hr 照射した後の純度はイニシャルから 0.4% 減の 99.54%、最大不純物含量 0.11%であり、光照射下でも良好な安定性を示した。
それに対して無水物原薬へ 120 万 Lux hr 照射した後の純度はイニシャルから 1.86% ・ 減の 98.00%、最大不純物含量 0.56%であり、無水物原薬は水和物原薬よりも光安定 性が悪いことが示された。以上より、無水物原薬を用いる場合には光下でも黄変や15 類縁物質の増加が生じないよう、製剤設計を入念に検討する必要があることが判明 した。」 (ウ) ダサチニブ水和物及びダサチニブ無水物の平衡溶解度ないし溶出性につい て a 平衡溶解度について20 論稿“Structural and Physicochemical Aspects of Dasatinib Hydrate and Anhydrate phases” (2013 年(平成 24 年)4 月 4 日公開。甲 9)には、ダサチニブの無水物と水和物の 34 平衡溶解度は、無水物が水和物より 2.4 倍溶解度が高い旨の記載がある。
b 溶出率について 原告が実施したダサチニブ水和物含有製剤とダサチニブ無水物含有製剤の製剤溶 出性に関する試験に係る令和 6 年 6 月 5 日付け「試験結果報告書(製剤溶出性)」 5 (甲 20)には、上記論稿「と同じ傾向が今回製造した水和物製剤、無水物製剤にお いても見られ、pH5.0、あるいは pH6.8 の液への溶出性において、無水物製剤におい て水和物製剤よりも、際だって高い溶出性を示した。」との記載がある。
(エ) 生物学的同等性試験の非同等リスクに関する試験 原告が原告製品開発時に行った実験結果に係る令和 6 年 11 月 12 日付け「試験結10 果報告書(生物学的同等性試験の非同等リスクについての評価)(甲 30)は、ヒト 」 の消化管内における pH 変動を想定した pH シフト試験により評価した結果を報告 するものであるところ、同報告書には、以下の記載がある。
「〈背景〉/ダサチニブ無水物を原薬とする製剤の開発過程において、…特に pH4.0 以上において先発製剤との溶出挙動の乖離が認められており、これらの要因はダサ15 チニブ水和物とダサチニブ無水物の溶解度の差であると考えられた。この原薬溶解 度の差、および溶出試験の結果からヒト BE 試験において非同等となるリスクがあ ると考えたため、…生物学的同等性が得られる可能性について検証を行うこととし た。/経口投与された医薬品はヒトの消化管内において単一的な溶液組成および pH 下で存在するのではなく、消化管内環境の pH は強酸性の胃内部から、十二指腸、
20 小腸へと移行するにつれ、pH が 4.0 程度から最終的には中性付近の pH7.0 程度へと 上昇する。したがって、pH が酸性条件から中性付近へと pH シフトさせたヒトの消 化管内環境を模した条件における溶出挙動を別途評価することで、ヒト BE 試験で 非同等となるリスクを検証可能であると考えた。」 「〈試験に用いた試料〉/@無水物原薬/A水和物原薬/B自社品-1/C自社品-225 /D先発スプリセル錠 50mg」(なお、B及びCは「いずれも開発段階の処方」とさ れる。) 35 「〈考察〉/ダサチニブ製剤は低 pH 条件では溶出性が高いが、中性付近では溶出 率が下がる。しかしながら、pH シフト試験においては…原薬の種類及び製剤の種類 に関係なく、同様の溶出挙動を示した。pH シフト試験の溶出率は中性付近…で実施 した溶出試験の結果…よりも高い溶出率となっており、過飽和状態となっているこ 5 とが示唆された。また、その過飽和状態は 2hr 経過後においても変動なく保持され ていることがわかる。/したがって、ヒト消化管内においても pH が低い胃内で溶 出した原薬が pH が中性付近となる小腸に移行した後において、過飽和状態を生じ ることで高い溶出率を維持し、水和物と無水物の違いや、添加剤の違いによる影響 が低くなる可能性が示唆された。」10 (オ) 添加剤グレードの試験 原告が原告製品の開発時に行った実験結果に係る令和 6 年 11 月 12 日付け「試験 結果報告書(添加剤グレードの検討) (甲 31)は、pH1.2 における溶出挙動を先発 」 製剤に近づけるために行った添加剤グレードの検討について報告するものであると ころ、同報告書には以下の記載がある。
15 「〈初期検討〉/pH1.2 で当社の初期検討処方と先発製剤の素錠の溶出挙動を比較 した結果、無水物原薬を用いた沢井試作製剤では製造方法によらず、水和物原薬を 用いた先発製剤(素錠)よりも初期の溶出性が低い傾向であった。」 「〈結晶セルロースのグレード検討〉/造粒部および後添部に使用する結晶セルロ ースのグレードの検討を行った。」20 「〈試験結果〉/造粒部の結晶セルロースとして UF-711 を使用し、後添部に PH- 102 を使用した試作品Cが最も先発製剤の溶出挙動に近い値を示した。以上より、
造粒部の結晶セルロースのグレードは UF-711、後添部は PH-102 としたものを最終 処方の素錠として採用した。」 「〈ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)のグレード検討〉…/HPC として SL25 及び SSL グレードを使用した場合、L グレードと比較して、初期の溶出性がやや低 い傾向が認められた。以上より、HPC のグレードは L とした。」 (なお、
「L」 「SSL」 〜 36 は、粘度によるグレードを意味する。) (3) 検討 上記(1)及び(2)を踏まえ、原告製品が、政令処分たる本件各処分の対象となった物 であるスプリセル錠と実質同一なものとして、存続期間が延長された本件特許権の 5 効力の及ぶ範囲に属するか否かを検討する。
ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件発明は「化合物または その塩」の発明であり、専ら新規化合物を対象とした化合物発明といえる。換言す れば、本件発明の特許請求の範囲としては、
「医薬」ないし「医薬組成物」に関する 発明であることは記載されていない。もっとも、本件明細書には、
「本発明は環状化10 合物およびそれらの塩…および上記化合物を含む医薬組成物に関する」旨の記載が あるほか(【0001】 、本件発明の「利用性」として、本件発明に係る化合物等の医薬 ) としての利用を想定し得る具体的な障害及び疾患が広く例示されている。これに加 え、本件発明の技術的範囲に属する原告製品及びスプリセル錠において現に有効成 分として本件発明に係る化合物等が用いられていることをも考慮すると、本件発明15 は、専ら医薬品の有効成分となる新規化合物を対象とした発明であり、医薬品の有 効成分のみを特徴とする特許発明と理解される。
前記のとおり、医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録さ れた特許発明において、有効成分ではない「成分」に関し、対象製品が、政令処分 申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等20 しているような場合、対象製品は、医薬品として政令処分の対象となった物と実質 同一なものに含まれると解すべきである。
本件における「対象製品」たる原告製品は、政令処分で定められた「成分、分量、
用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」であるスプリセル錠との比 較において、有効成分ではない「成分」に関し、スプリセル錠が添加剤として PEG40025 を添加するのに対し、原告製品ではこれを添加しておらず、コーティング剤として カルナウバロウが添加されている。このような差異について、ダサチニブ水和物を 37 有効成分とするスプリセル錠は、安定性試験でコーティング剤中に生じた分解物の 生成を抑えるために PEG を添加したものとみられる。他方、原告製品は、吸湿性や 安定性においてダサチニブ水和物に劣るダサチニブ無水物を有効成分とするところ、
安定性につき、PEG を含む場合よりも HPC を混合した方が優れることを確認し、
5 PEG を HPC に転換したものとみられる。これに加え、原告は、ダサチニブ無水物は ダサチニブ水和物に比して平衡溶解度ないし溶出性が高い性質を有すると考えられ るところ、結晶セルロース及び HPC のグレードを検討した結果を踏まえ、スプリセ ル錠に溶出挙動が近いものを選択したとみられる。さらに、安定性においてダサチ ニブ無水物がダサチニブ水和物に劣る点については、証拠(甲 18、29)及び弁論の10 全趣旨によれば、原告製品の酸化チタンの含有量を 20%とし、コーティング剤の厚 みを 20mg 錠については素錠の 4.0%w/w、50mg 錠については 3.5%w/w とすると共 に、光安定性を高めるために多量の酸化チタンが含まれることなどを原因として錠 剤の滑り性が劣ることから、スプリセル錠に含まれない成分であるカルナウバロウ を添加したとみられる。
15 以上のとおり、本件における「対象製品」たる原告製品は、政令処分で定められ た「成分、分量、用法、用量、効能及び効果」によって特定された「物」であるス プリセル錠と対比すると、有効成分ではない「成分」である PEG を転換すると共に、
カルナウバロウを添加しており、スプリセル錠(ダサチニブ水和物)と原告製品(ダ サチニブ無水物)との有効成分の違い等に起因する課題を踏まえ、上記添加剤の付20 加ないし転換を行っているものとみられる。このような添加剤の付加ないし転換が 周知・慣用技術に基づくものと認めるに足りる的確な証拠はなく、むしろ、原告が 自己の技術等に基づき、原告製品の溶出挙動をスプリセル錠のそれに近付け、又は スプリセル錠との生物学的同等性を得るために、これらの添加剤の付加ないし転換 を行ったことがうかがわれる。
25 したがって、原告製品は、医薬品としてスプリセル錠と実質同一なものに含まれ るということはできない。
38 イ 被告の主張について (ア) まず、被告は、原告製品は、後発医薬品として、先発医薬品と有効成分等が 同一であることを前提に臨床試験が免除され、生物学的同等性試験のみを経ること で、先発医薬品と同等の品質、有効性及び安全性を備えるものとして製造販売の承 5 認を受けているのであるから、原告製品とスプリセル錠とで差異があるとしても有 意な差異とはいえない旨主張する。しかし、このような被告の主張は、要するに、
医薬品の承認制度の面から、後発医薬品として承認されたものは全て実質同一物に 当たるというに等しく、特許法 68 条の 2 の制度趣旨等に鑑みると直ちには採用で きない。
10 (イ) また、被告は、本件発明はチロシンキナーゼ阻害作用を有するダサチニブと いう新規化合物に係る物質特許発明であり、「医薬品の有効成分のみを特徴とする 発明」に当たるところ、
「医薬品の有効成分」とは、上位概念としての化合物を意味 するものであり、特定の存在形態に限定されない旨、及び、原告製品は、患者の体 内でダサチニブがチロシンキナーゼ阻害作用を同程度に発揮する点で、スプリセル15 錠と同程度に本件発明の本質を備えており、その差異は僅かな差異又は全体的にみ て形式的な差異に過ぎない旨を主張する。
確かに、本件明細書には、
「本発明の化合物のプロドラッグや溶媒和物も本発明に 含まれる。…好ましくは、式Iの化合物の溶媒和物は水和物である」【0043】 ( )との 記載があることなどに鑑みると、ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物というスプ20 リセル錠と原告製品の有効成分における差異は、医薬品としての効能に影響しない ことがうかがわれる。しかし、政令処分が薬機法所定の医薬品に係る承認である場 合、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった 物を特定するための事項としての「成分」は、有効成分に限られない。また、本件 明細書には、生物活性に関する具体的なデータは開示されていないし、本件発明の25 化合物が有用とされる具体的な障害の処置の例として、スプリセル錠及び原告製品 の効能・効果である「慢性骨髄性白血病」及び「再発又は難治性のフィラデルフィ 39 ア染色体陽性急性リンパ性白血病」は明示的には示されておらず、加えて、医薬品 を構成する添加成分等については一般的な例が開示されているにとどまり、具体的 な医薬品の構成は開示されていない。これらの事情に鑑みると、本件発明に係る特 許の内容を踏まえても、ダサチニブ水和物とダサチニブ無水物という差異が医薬と 5 しての効能に影響しないことをもって、スプリセル錠と原告製品とが実質同一なも のとみることは必ずしもできない。
(ウ) 被告は、スプリセル錠と原告製品の違いは、前者には PEG が含まれるのに 対し、後者にはカルナウバロウが含まれている点だけであり、その余の添加剤は共 通するところ、これらはいずれも周知慣用の医薬品添加剤である旨主張する。
10 このような添加剤の付加ないし転換が周知・慣用技術に基づくものと認めるに足 りる的確な証拠はないことは前記のとおりである。また、これらの添加剤それ自体 が周知慣用の成分であるとしても、当該添加剤の添加量や、その有効成分及び他の 添加剤との関係のほか、具体的な製造に当たりいかなる添加剤を採用し、どのよう に添加をするかは、医薬品の性状・性質、更には医薬製剤としての作用効果に影響15 を与え得る。前記のとおり、原告は、自己の技術等に基づき、原告製品の溶出挙動 をスプリセル錠のそれに近付け、又はスプリセル錠との生物学的同等性を得るため に、これらの添加剤の付加ないし転換を行ったことがうかがわれることを踏まえる と、添加されている添加剤の成分が周知慣用のものであることをもって直ちに原告 製品とスプリセル錠の差異が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たると20 はいえない。
(エ) その他被告が縷々指摘する点を考慮しても、この点に関する被告の主張は採 用できない。
ウ 小括 以上のとおり、本件において、対象製品である原告製品は、「成分、分量、用法、
25 用量、効能及び効果」によって特定された「物」たるスプリセル錠と医薬品として 実質同一であると認めることはできないから、延長登録された本件特許権の効力が 40 原告製品の製造等に及ぶとはいえない。
2 まとめ したがって、その余の点につき検討するまでもなく、被告は、延長後の本件特許 権に基づく差止請求権及び本件特許権侵害不法行為に基づく損害賠償請求権を有 5 しない。
結論
よって、原告の本訴請求はいずれも不適法であるから、これらをいずれも却下し、
他方、被告の反訴請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとお り判決する。
10
追加
20杉浦正樹41 別紙当事者目録本訴原告兼反訴被告沢井製薬株式会社(以下「原告」という。)同訴訟代理人弁護士古城春実牧野知彦平井佑希同訴訟復代理人弁護士足立梓本訴被告兼反訴原告ブリストル-マイヤーズスクイブホールディングスアイルランドアンリミテッドカンパニー(以下「被告」という。)同訴訟代理人弁護士北原潤一梶並彰一郎高橋美智留同訴訟代理人弁理士日野真美同補佐人弁理士吉光真紀42 別紙物件目録下記1及び2の医薬品5記1販売名:ダサニチブ錠20mgサワイ効能・効果:1慢性骨髄性白血病2再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ10性白血病2販売名:ダサニチブ錠50mgサワイ効能・効果:1慢性骨髄性白血病2再発又は難治性のフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ15性白血病以上※別紙「存続期間の延長登録」は省略43
裁判長裁判官 15杉浦正樹
裁判官 志摩祐介