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関連審決 訂正2002-39120
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 14年 (ワ) 25697号 特許権侵害に基づく損害賠償請求事件
原告 チッソ株式会社
訴訟代理人弁護士 花岡巌
同 木崎孝
補佐人弁理士 吉見京子
被告 メルク株式会社
訴訟代理人弁護士 生田哲郎
同 高橋淳
同 大友啓次
同 高橋隆二
訴訟代理人兼補佐人弁理士 伊藤克博
補佐人弁理士 宮崎昭夫
同 生沼徳二
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/02/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,43億8662万4000円及びうち10億7572万8000円に対する平成12年4月1日から,うち14億7360万円に対する同年10月1日から,うち16億548万円に対する平成13年4月1日から,うち2億3181万6000円に対する平成14年12月7日から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払え。
事案の概要等
1 本件は,「液晶組成物」に関する特許権を有する原告が,被告の製造販売する液晶組成物(別紙1「物件目録」記載の製品)が,原告の特許権の技術的範囲に属するとして,被告に対し,被告製品の製造販売による特許権侵害を理由とする損害の賠償を求めている事案である(なお,本件当事者間において,関連事件として同一の特許権の侵害を理由とする差止請求事件(平成14年(ワ)第25696号)が係属している。)。
2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び末尾に掲げた証拠により容易に認定される事実。ただし,当事者間に争いのない事実であっても,参考のために証拠を掲げたものもある。) (1) 当事者 原告は,機能材料,基礎化学品等の製造,販売,輸出等を業とする株式会社である。
被告は,化成品,医薬品,実験室用製品の製造,販売,輸出入等を業とする株式会社である。
(2) 原告の権利(甲1,2) 原告は,下記の特許権を有している(以下「本件特許権」という。)。
特許番号 第2965229号 登 録 日 平成11年(1999)8月13日 出願番号 特願平4-360271 出 願 日 平成4年(1992)12月28日 公 開 日 平成6年(1994)7月19日 発明の名称 液晶組成物 (3) 特許請求の範囲の記載等 ア 本件特許権は,平成4年12月28日に出願された後(以下,同出願を「原出願」という。),特許庁審査官から原告に対し,平成11年1月26日,拒絶理由通知(乙12)が発送され,これに対し,原告が,同年3月29日,補正書及び意見書(以下「本件意見書」という。)(乙13)を提出し,同年8月13日に登録されたものである(本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)。
その後,原告は,特許庁に対し,平成14年5月15日付け訂正審判請求書(甲3)による訂正審判を申し立て(訂正2002-39120。以下,「本件訂正」という。),原出願に係る明細書を別紙「全文訂正明細書」(甲4)に記載のとおり訂正することを求め,特許庁は,同年11月6日,同訂正を認める旨審決した(甲5)(以下,本件訂正による訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。
本件訂正において,原告は,原出願の明細書(甲2)の【請求項1】に記載された「液晶組成物」について,特許請求の範囲減縮を目的として,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さい,シアノ基含有化合物を含まないアクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物(ここで,Poは25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり,Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである。)。」との記載を挿入した。
原告は,上記のように訂正を申し立てた理由として,審判請求書(甲3・11頁)において,「原出願の明細書の【請求項1】に記載された「液晶組成物」を1.0重量%の吸着剤で精製処理した場合にらせんピッチの変化P/Poが1.10より小さい組成物に限定しようとするものですから,この訂正は,特許法第126条第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲減縮を目的とするものです。また,本発明においては好ましくない液晶組成物である比較例1や2において,らせんピッチの変化P/Poが1.10の液晶組成物が示されていることから,本発明においてピッチの変化P/Poが1.10より小さいことを限定することは新規事項の追加に該当するものではありません。」と記載している。
イ 本件明細書の【特許請求の範囲】のうち【請求項1】の記載は,別紙2の「本件発明のクレーム(請求項1)」のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
(4) 本件特許発明構成要件に分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。) A 一般式(T)で表される非カイラル化合物と, B 一般式(U)又は一般式(V)で表されるカイラル化合物とからなる, C シアノ基含有化合物を含まない, D アクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物 E 本液晶組成物中のカイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,本液晶組成物中の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない, F 液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さい(ここで,Poは25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり,Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである) G 別紙2記載の組成物A又は組成物Bに1重量%の4-〔トランス-4-(トランス-4-プロピルシクロヘキシル)シクロヘキシル〕-1-(1-メチルヘプチルオキシ)-2,6-ジフルオロベンゼンをカイラル剤として添加した液晶組成物を除く (5) 被告の行為等 被告は業として,別紙1「物件目録」記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造,販売している(ただし,別紙4「対象物件認否表」のとおり,別紙1「物件目録」IないしMの販売については争いがある。)。被告製品は,いずれも非カイラル化合物混合物にカイラル化合物を添加したTFT方式用ネマチック液晶組成物である。
原告は,被告製品は,別紙3「原告主張組成」のとおりの組成である旨主張する。これに対する被告の認否は,別紙4「対象物件認否表」の「原告主張組成についての被告の認否」のとおりである。
3 本件の争点 (1) 被告製品は,本件特許発明技術的範囲に属するか(争点1) @ 構成要件Dの充足性 ア 構成要件Dにおける「液晶組成物」にエステル基(-COO-)含有化合物を含む液晶組成物が含まれるか(争点1-@)。
構成要件Dの「液晶組成物」は液晶組成物の製造過程において混入した不純物を含有する半完成品たる液晶組成物を意味するか(争点1-A)。
A 構成要件Eの充足性 (争点1-B) 「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」との解釈(非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するかどうか)について B 構成要件Fの充足性(争点1-C) 「精製処理によるらせんピッチの変化P/Po」の解釈について (2) 本件特許権には無効事由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく原告の損害賠償請求は権利の濫用に当たり許されないか(争点2)(なお,以下「特許法」という場合,特に断らない限り,平成6年法律第116号による改正前の特許法をいう。) @ 特許法29条の2違反について(争点2-@) A 特許法29条1項2号(公然実施)の有無(争点2-A) B 特許法29条2項(進歩性)の欠如の有無(争点2-B) C 特許法36条4項又は5項違反について(争点2-C) D 特許法126条2項又は3項違反(訂正要件違反)について(争点2-D) (3) 自由技術の抗弁又は先願特許実施の抗弁(争点3) (4) 原告の損害額(争点4)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品は,本件特許発明技術的範囲に属するか)について (1) 争点1-@(構成要件Dの「液晶組成物」にエステル基(-COO-)含有化合物を含む液晶組成物が含まれるか)について (原告の主張) ア 本件明細書には,「エステル基含有化合物」を排除する旨の記載はなく,エステル基含有化合物を含む液晶組成物も,本件特許発明技術的範囲に含まれる。
イ(ア) 本件特許発明は,一般式(T)で表される非カイラル化合物と一般式(U)又は(V)で表されるカイラル化合物からなる組成物の発明であり,このような組成物に第三成分を単に付加しただけの組成物は,当然,その技術的範囲に属する。本件明細書の特許請求の範囲に記載される一般式(T)の非カイラル化合物にエステル基含有化合物が含まれないとしても,エステル基含有化合物を含む一般式(T)以外の非カイラル化合物が液晶組成物に含まれれば直ちに本件特許発明技術的範囲から外れるものではない。AとBとからなる組成物の発明に対して,第三成分Cを付加するだけの発明は,一般的にAとBとからなる組成物の発明技術的範囲に属するというべきである。
(イ) 本件特許発明の作用効果は,アクティブマトリックス駆動の液晶表示素子に要求される高い電圧保持率を有し,かつ吸着剤処理等による精製によっても,らせんピッチの延長を生じないような液晶組成物が得られることにあるが,液晶組成物中にエステル基含有化合物が40%程度まで含まれていても,高い電圧保持率,らせんピッチの延長防止のいずれの点においても作用効果に違いは生じない。このことは,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0037】の表1及び段落【0039】の表2に示される実験結果における,混合物A-1(シアノ基を有する非カイラル化合物もエステル基含有化合物も含まない本件特許発明の液晶組成物),混合物B-1(非カイラル化合物成分がすべてシアノ基を有する非カイラル化合物である液晶組成物),混合物C-1(非カイラル成分がすべてエステル基含有化合物である液晶組成物)の電圧保持率の対比からも把握できる。
したがって,本件特許発明は,エステル基含有化合物が40%程度まで含まれている液晶組成物を排斥するものではない。
ウ 以上のとおりであるから,エステル基含有化合物を含む液晶組成物であっても,本件特許発明技術的範囲に含まれる。
(被告の主張) ア 本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】における一般式(T)の定義によれば,結合基としてエステル基は選択されていない。また,本件明細書の発明の詳細な説明段落【0040】には,「-CN基やカルボン酸エステル構造を官能基として有する化合物は,得られる液晶素子の電圧保持率を高く維持するという観点からは本発明の非カイラルな成分として不適当である。」との記載があり,エステル基含有化合物を含む液晶組成物は,本件特許発明技術的範囲に属しないことを明らかにしている。
イ また,本件明細書を精査しても,エステル基含有化合物が40%程度まで含まれている液晶組成物であっても,本件特許発明の効果が発揮される限り,本件特許発明技術的範囲に属することを示唆する記載はない。
したがって,本件特許発明技術的範囲には,エステル基含有化合物を含む液晶組成物は含まれないものと解釈せざるを得ない。
(2) 争点1-A(構成要件Dの「液晶組成物」は液晶組成物の製造過程において混入した不純物を含有する半完成品たる液晶組成物を意味するか)について (原告の主張) ア 本件明細書の特許請求の範囲においては,「下記一般式(T)で表される非カイラルな化合物と,吸着剤に対する吸着性が一般式(T)で表される非カイラルな化合物より大きくない下記一般式(U)または一般式(V)で表されるカイラルな化合物からなり,・・・・・シアノ基含有化合物を含まないアクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物」と記載されるとおり,「液晶組成物」が,「液晶組成物の製造工程において混入した不純物を含有する半完成品」であるか「製造工程での精製処理を終えた完成品」であるかについて何ら規定されておらず,発明の詳細な説明の中にも,液晶組成物を完成品と半完成品とに区別し,本件特許発明の液晶組成物がこのうちの半完成品であることを示唆する記載は一切ない。
かえって,実施例や比較例についてみると,精製処理前の液晶組成物のピッチ長(Po)と,精製処理後の液晶組成物のピッチ長(P)の比であるピッチ変化率P/Po(表1ないし5)や,精製処理後のらせんピッチが,液晶組成物の特性値として記載されている(段落【0058】表6)。
したがって,本件特許発明における液晶組成物は吸着剤処理後の完成品をも含むものである。
イ 被告は,ユーザーに販売される製品たる液晶組成物の特性としてピッチ長そのものを規定することは必須であるが,ピッチ長の変化率P/Poという特性を規定する意味はないので,クレーム中でP/Poという特性を規定する以上,ユーザーに渡すべき液晶組成物製品をクレームの主題にしているとは考えがたいという。
しかし,本件特許発明技術的意義は,吸着剤による精製処理によって材料中のカイラル剤の濃度が大きく変化しない(すなわち,吸着処理でらせんピッチが大きく変化しない)ような液晶組成物を提供することにあるので,その性質をピッチ長の変化率で規定することは当然である。
また,液晶組成物から不純物を取り除くための吸着剤による精製処理が,液晶組成物製造工程やリサイクル工程など様々な場面(時点)で必要となってくることは,当業者の常識である。
したがって,ピッチ長の変化率で液晶組成物の性質を規定したとしても,その液晶組成物は,液晶組成物メーカーが工場で製造途中の精製処理を行う前の「半完成品」であると限定して解釈しなければならないということはできない。
よって,構成要件Dの液晶組成物は,1度も吸着処理を行っていない半完成品たる組成物と限定して解釈すべきであるとの被告の主張には根拠がない。
ウ 以上からすると,完成品である被告製品は,構成要件Dを充足するものというべきである。
(被告の主張) ア 本件特許発明における「液晶組成物」は,そもそも液晶組成物の製造過程において混入した不純物を含有する半完成品たる液晶組成物に限定されるというべきである。すなわち,@本件明細書における実施例や比較例を見ても(本件明細書段落【0036】参照),製造過程での精製処理にかけられる前の液晶組成物のピッチ長を測定していること,A液晶組成物はユーザーの手に渡り,液晶パネル等の表示素子にそのまま導入されて目的を果たすのが通常であり,ユーザーによる吸着処理が全く想定されていないものであること,Bユーザーに販売される製品となる液晶組成物の特性として,ピッチ長そのものを規定することは必須であるが,ピッチ長の変化率P/Poという特性を規定する意味はないこと,Cディスプレイ用の液晶組成物として利用される準備が整ったものをさらに吸着処理にかけることはあり得ないこと,などの事情にかんがみると,本件特許発明における液晶組成物は,半完成品たる液晶組成物に限定されるものと解される。
イ 一方,被告製品は,製造工程での精製処理を終えた完成品であり,液晶組成物の製造工程で混入する不純物を含有する半完成品ではなく,今後,精製過程を経る可能性はない。
したがって,完成品である被告製品は,構成要件Dにおける「液晶組成物」を充足しない。
(3) 争点1-B(「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」との解釈〔非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するかどうか〕)について (原告の主張) ア 構成要件Eは,本液晶組成物中の一般式(U)又は同(V)のカイラル化合物の吸着性が,本液晶組成物中の一般式(T)の非カイラル化合物混合物の吸着性よりも大きくないことを意味する。
本件明細書の段落【0004】において,本件特許発明の目的が,「吸着剤処理等による精製において材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化しないような液晶混合物を提供すること」と記載されていることからしても,本件特許発明では,材料全体,つまり複数の非カイラル化合物混合物とカイラル化合物からなる材料全体の中でカイラル化合物が吸着されやすいかどうかを問題にしており,個々の非カイラル化合物とカイラル化合物の吸着性の大小関係を問題にしていないというべきである。
なお,本件明細書の段落【0036】ないし段落【0044】及び実施例においては,一般式(T)で表される複数の非カイラルな液晶化合物の混合物に,一般式(U)又は同(V)で表されるカイラル化合物を混合して,混合組成物の電圧保持率及び吸着剤精製処理前後のらせんピッチの変化率P/Poを測定しているが,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性を測定,対比していない。
イ(ア) 被告は,化合物と混合物は異なる概念であるから,請求項1に「吸着剤に対する吸着性が一般式(T)で表される非カイラルな化合物より大きくない一般式(U)または一般式(V)で表されるカイラルな化合物」と規定されている以上,吸着性は混合物ではなく単一の化合物ごとに判断されるべきであるという。
しかし,液晶組成物を作る場合,要求特性の目的に応じて10ないし20種類程度の非カイラル化合物を混合(ブレンド)することは,当該技術分野では周知のことであること,及び,一般式(T)で表される化合物の中には,それ単独では液晶状態になく,吸着性の比較ができない場合もあることは,当業者の常識である。したがって,化合物と混合物とが厳密には異なる概念ではあっても,請求項1の記載を読んだ当業者は,被告のいうように個々の非カイラル化合物すべてとカイラル化合物との吸着性の比較が必要であるなどとは考えない。
(イ) もし,仮に,被告が主張するように,個々の非カイラル化合物すべてとの比較においてカイラル化合物の吸着性が大きくないという関係が必要であるとすると,そのような液晶組成物のP/Poは理論的には≦ 1であるが,実施例では,P/Poが1を超えているものも示している。
(ウ) また,本件意見書(乙13・4頁)における記載は,官能基の種類及び分子量と,吸着剤に対する吸着性との一般的,定性的な傾向について示したものに過ぎない。官能基の種類と分子量が単一の化合物の属性であるからといって,本件特許発明の吸着性の比較が単一の化合物同士でなされなければならないと解すべき必然性もない。
ウ なお,被告は,本件特許発明の原理を,カイラル剤濃度が減少することがなく,ピッチ長は所望の設定値より延長しないこと,すなわちP/Po≦ 1であるとも主張するが,このように解することは明細書の記載に反する。
本件明細書段落【0004】に「本発明の目的は,・・・・カイラル化合物の濃度が大きく変化しないような液晶混合物を提供することにあり・・」と,段落【0080】に「以上に述べたように,・・・ピッチが延長することが殆どない液晶材料である。」とそれぞれ記載されているように,カイラル化合物の濃度のわずかな変化,ピッチ長のわずかな延長(つまりP/Poが1を超えること)を許容しているのである。
したがって,被告の上記主張にも理由がない。
(被告の主張) ア(ア) 本件特許発明においては,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性がすべての非カイラル化合物より大きくないことを要する。なぜなら,「非カイラル化合物」という文言が,混合物ではなく,単一の化合物を意味することは明らかであり,また,液晶ディスプレイに用いる液晶組成物の場合,非カイラル化合物は当然複数であるにもかかかわらず,原告は,特許請求の範囲において,「非カイラル化合物混合物」ではなく,あえて「非カイラル化合物」との文言を用いているのであるから,「非カイラル化合物」との記載を「非カイラル化合物混合物」と解釈することはできない。
(イ) また,平成11年1月13日付けの拒絶理由通知書(乙12)に対する原告の本件意見書(乙13)4頁においても,吸着剤に対する吸着性が,官能基の種類と分子量により決定される旨の記載があるところ,官能基の種類と分子量は,単一の化合物の属性であるから,吸着性の比較は単一の化合物同士でなされると解するほかない。
(ウ) 原告は,実施例においても,P/Poが1超のものを示していることなどを理由として,カイラル化合物の吸着性との大小の比較は,単一の非カイラル化合物ごとではなく非カイラル化合物の混合物との間でなされるべきであると主張する。しかし,実施例においてP/Poが1超のものを示していたとしても,構成要件Eで「吸着剤に対する吸着性が非カイラルな化合物より大きくないカイラルな化合物」と明確に規定している以上,構成要件Eの規定が優先する結果,単に,本件特許発明の特許請求の範囲の記載が詳細な説明によりサポートされていないことを示すものにすぎないから,原告の主張する根拠とはなり得ない。
(エ) 以上から,構成要件Eによれば,カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着性より大きくないことを要するところ,原告は,被告製品につき,これらを主張していないので,構成要件Eを充足しないことは明らかである。
イ(ア) なお,構成要件Eは,吸着剤による吸着処理に伴いピッチ長が延長しないこと,すなわち,P/Po≦1を意味するものと解される。なぜなら,本件特許発明の課題の解決原理は,フッ素系非カイラル液晶化合物を主成分とする液晶組成物において,非カイラル結晶化合物よりも吸着性の大きくないカイラル剤を用いると,吸着剤による吸着処理を行っても,非カイラル液晶化合物に対するカイラル化合物の相対比が減少することがなく,所望の設定ピッチ長が延長しないというものだからである。
(イ) 原告が提出した実験結果(甲7)によると,被告製品のうち,MSS-8033-1(別紙1「物件目録」のB)及びML-9707-1(別紙1「物件目録」のC)については,吸着処理に伴いピッチが延長している。よって,少なくともこれらの被告製品については,構成要件Eを充足しないことは明らかである。
(4) 争点1-C(構成要件Fの「精製処理によるらせんピッチの変化P/Po」の解釈)について (原告の主張) ア 「精製処理によるらせんピッチの変化P/Po」を測定する際の,吸着精製処理が何度目のものかどうかについては本件明細書には一切記載されていないから,何度目の吸着精製処理であれ,その処理前後におけるらせんピッチの変化P/Poが1.10より小さい液晶組成物であれば,構成要件Fを充足し,本件特許発明技術的範囲に属するというべきである。
本件特許発明の目的が,吸着剤による精製処理によって,材料中のカイラル化合物の濃度が大きく変化せず,結果としてらせんピッチが大きく変化しないような液晶組成物を提供することにあること,及び,実際の吸着剤による精製処理において,1度の吸着剤処理で十分な不純物除去ができなかった場合に,2度,3度と繰り返し吸着剤処理をするのは当然のことであることからすると,本件特許発明においては,吸着剤による精製処理の回数は問題にされていないと解すべきである。
イ したがって,別紙1「物件目録」記載の@ないしNの製品は,液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さいので,構成要件Fを充足する。
(被告の主張) ア 構成要件Dの液晶組成物は吸着剤処理がなされる前の組成物であるから,P/Poは,吸着剤処理前の半完成品たる液晶組成物に対して精製処理をし,これを測定すべきである。
しかし,被告製品は,被告において吸着剤処理がなされた後の製品であるから,これらを精製処理(すなわち2度目の精製処理)にかけて得たピッチの変化率はP/Poではない。
イ 原告は,被告製品について,精製処理をする前のピッチ長との比較を主張,立証していないから,構成要件Fを充足しない。
2 争点2(権利濫用の抗弁)について (1) 争点2-@(特許法29条の2違反)について (被告の主張) 本件特許発明は,被告の親会社であるメルク・ケージーエーエー・ダルムシュタット(以下「ドイツ法人メルク社」という。)の特許管理会社が,本件特許発明の出願日前である1992年(平成4年)7月24日に出願した特許出願(以下「基礎出願」という。乙2の2)を優先権の基礎出願として日本において特許出願した出願であって,本件特許発明の出願後に公開された出願(以下「先願」という。)の願書に最初に添付した明細書(乙2の1。以下,同明細書を「先願明細書」という。)に記載された発明と同一であるので,特許法29条の2の規定に違反して特許されたものである(乙2の1は,当該先願の公開公報(特開平6-206837号公報)であるが,先願は公開まで補正がないので,先願明細書の内容と同じである。)。
ア 先願明細書には,高いらせんねじれ能力(HTP)及び高い電圧保持率(HR)を有し,吸着剤(アルミニウム酸化物)処理による精製において液晶組成物中のカイラル化合物のロスがなく,あるいは事実上ない,混合物の発明(以下「先願発明」という。)が記載されており,特に実施例4においては,公知の非カイラル化合物にカイラル化合物CCP-308*.F.Fを添加したアクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物が開示されている。
先願明細書の請求項1ないし6に記載される発明は,ドープ剤である新規なカイラル化合物に関する発明であるが,それをネマチック液晶混合物のカイラルドーパントとして用いることによって特有の効果を奏する発明であることから,先願明細書の段落【0054】に記載される「ネマチック混合物」は,実施例4に記載された基本混合物A,Bのほか,基本混合物A,Bと近似する組成物はもちろん,すべてのネマチック混合物が該当することは当業者にとって自明の事項である。
そして,実施例4の測定結果を示す表Tは,先願明細書の段落【0054】に記載される高いらせんねじれ能力,高い電圧保持率,吸着剤の精製処理によるカイラル化合物のロスのない又は事実上ない,精製を実現する等の発明の効果を確認したものであるが,これは実施例4にのみ特有なものではなく,先願発明が有する効果一般を示すものである。したがって,基本混合物が実施例4に記載されるA,B以外のネマチック液晶混合物の場合であっても同様の効果を奏する液晶組成物が先願明細書に開示されていることは明らかである。
イ また,先願明細書には,カイラル化合物CCP-308*.F.Fを液晶混合物A又は混合物Bに添加した組成物は,吸着剤で精製処理したときに,処理前後でのらせんピッチの変化P/Poがそれぞれ1.04及び1.01であることも記載されている。同明細書には,ピッチの測定温度と吸着剤の重量の記載がないが,ピッチの測定は室温で行われることが通常であるから,測定温度に関しては実質的な差はないし,吸着剤の量に関しては,本件特許発明の明細書にも「吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)」としか記載がないことからすると,1%という数値には技術的意義はない。また,同明細書中で用いられる吸着剤は,酸化アルミニウムであるが,酸化アルミニウムはシリカゲル,活性炭と並んで極めて一般的な吸着剤であり,本件特許発明の明細書にも,「シリカゲル等を用いた吸着処理」(段落【0080】)との記載がある。
ウ さらに,先願明細書に「式Tの化合物はSTN用及びアクティブマトリックスディスプレイ用のネマチック液晶性の相のためのドープとして使用することも可能である。」と明記されていること,及び,表Tにおいてアクティブマトリックスに重要なHR値(電圧保持率)を測定していることからすると,アクティブマトリックス用を意図していることは明らかである。
エ 原告は,先願明細書の実施例4に記載されたピッチ9.3μ及び9.6μの各液晶混合物はTNモードのアクティブマトリックス用に適用できないと主張するが,そもそも液晶のピッチ長の設定は,アクティブマトリックス用か否かとは無関係であり,選択するモードとの関係でカイラル化合物の添加量を設計して調整されるものである。
オ なお,本件特許発明においては,構成要件Gにおいて,別紙2記載の組成物A又は組成物Bに1重量%のカイラル化合物CCP-308*.F.Fをカイラル剤として添加した液晶組成物が除外されている。
しかし,先願発明は,前記アのとおり,実施例4に示される具体的な液晶組成物に限られず,少なくとも先願明細書の式(T)で示されるカイラル化合物,特に略号CCP-308*.F.Fで例示されるカイラル化合物と非カイラル化合物とからなる液晶組成物であるので,仮に,構成要件Gにより先願明細書の実施例4が除外されたと解するとしても,先願明細書には本件特許発明と同一の液晶組成物が包含されているので,本件特許発明が先願明細書に記載された発明であることに変わりはない。
(原告の主張) ア 本件特許発明は,請求項1に記載されるとおりの特定のカイラル化合物(U)又は(V)に対して特定の非カイラル化合物(T)を選択し,組み合わせてなる,シアノ基含有化合物を含まない,アクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物であり,その組成をみれば明らかなとおり,本件特許発明の液晶組成物は,主成分である非カイラル化合物(T)やカイラル化合物(U)が,シアノ基(CN基)もエステル基も含まないことを特徴とするものである。
しかし,先願明細書に記載された発明は,式Tで表される特定のキラル2,6-ジフルオロベンゼン誘導体(請求項1ないし6)を提供する発明であって,該化合物の応用として,式Tの構造要素あるいは式Tの誘導体を含む液晶性媒体(液晶組成物のこと。請求項7,8),その液晶性媒体を含有する電気光学ディスプレイ(請求項9)及びSTN用液晶素子(請求項10)も一応記載はするものの,式Tで表されるカイラル化合物にどのような非カイラル化合物を選択し,組み合わせればよいのかというような発明を記載するものではない。しかも,先願明細書のカイラル化合物は,CN基やエステル基を含み得るものである。
イ また,甲9(液晶若手研究会編「液晶材料研究の基礎と新展開」173,174頁),甲10(石原将一ほか,「第17回液晶討論会予稿集」158,159頁)に示されているように,先願の優先日当時,アクティブマトリックス用として唯一実用化されTNモードに適用できる液晶組成物のピッチ長が50〜100μm程度の範囲にあることは,当業者には周知であるところ,先願明細書記載の実施例4に記載されている混合物A及びBのピッチ長は各々9.8μm,9.3μmである。したがって,先願明細書に記載された混合物が,そのままではアクティブマトリックス用液晶組成物として適用できないことは,当業者がみれば明らかである。
ウ したがって,本件特許発明が先願発明に記載された発明(あるいは記載されているに等しい事項から把握される発明)であるという被告の主張には理由がない。
(2) 争点2-A(29条1項2号公然実施の有無)について (被告の主張) 本件特許出願日(1992年[平成4年]12月28日)前の1990年[平成2年]7月-12月期及び1991年[平成3年]1月-6月期において,被告は,シャープ株式会社(以下「シャープ」という。)に対し,MS89530及びMS89530Aに相当する液晶製品を販売していた(乙24,29,37)。
シャープ製のLCカラーTV Crystaltron 6E-JD1-BK製造番号313223及びCrystaltron 6E-H1-SL製造番号312296に含まれる液晶組成物の分析結果は,シャープ液晶カラーTVセットの分析結果(乙30)に示されるとおりであり,これは上記被告液晶製品MS89530及びMS89530Aに対応するものであった。
また,このことは,吸着剤処理によるピッチ変化率の測定結果(乙38)によっても明らかである。
したがって,本件特許発明は,本件特許出願前に日本国内で公然実施された発明であるから,特許法29条1項2号の規定に違反して,特許されたものである。
(原告の主張) 被告の関連会社であるドイツ法人のメルクパテント社は,本件特許に対応する原告の欧州特許(欧州特許番号0609566)について,本件訴訟と同様に,特許出願前の公然実施(ECP54条(2))による無効を主張し,本件訴訟において,被告が提出する乙24ないし37のうち,乙36以外はすべて欧州特許庁にも提出されているが,欧州特許庁では,出願前の公然実施を認めていない。
また,乙24ないし29及び37は,被告の主張を立証し得るような確実な証明力を有するものではないし,乙30は,推定の結果だけしか記載されておらず,その推定過程なくしては,第三者が推定の当否を検討することは不可能であるから,組成の証明としては不十分である。そして,被告の乙31ないし36は,被告が液晶製品MS89530等を製造していたことを立証するものであるが,主たる直接的な立証に重大な欠陥があるから,採用できない。
さらに,本件特許発明の出願前に,当業者が,シャープ製の液晶TV中の液晶混合物を分析して,その成分化合物を同定し,組成を知ることは事実上不可能であったから,公然実施されていたという被告の主張は認められない。
(3) 争点2-B(進歩性の欠如)について (被告の主張) ア 進歩性の欠如1について (ア) 本件特許発明は,乙20(「LIXON INFORMATION」と題する原告製品のパンフレット)に基づいて,あるいは,乙20及び特開平3-85518号公報(乙39),特開平4-161924号公報(乙40),「Helical Twisting Power of Chiral Dopants in Nematic Liquid Crystals」(R.HOCHGESAND,H.J.PLACH,and I.C.SAGE/1989.7,乙41),「New Chiral Dopants With High Helical Twisting Power in Nematic Liquid Crystals」(R.HOCHGESAND,H.J.PLACH,and V.REIFFENRATH/1989.7,乙42),特表平5-501735号公報(乙49)等に記載された発明に基づいて,当業者が,容易に発明することができたものであるから,本件特許発明は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである。
(イ) すなわち,乙20の7頁に中間混合物として記載されたFB-01は,本件特許発明実施例で使用された混合物Aと同一であり,また,乙20の2頁にカイラルドーパントとして使用できると記載されるコレステリルノナノエート(CN)は,本件明細書中の混合物A-3,A-4に用いられたカイラル化合物であって,アクティブマトリックス用の液晶混合物に添加してねじれを与えるカイラル剤として従来より慣用されていたものである(例えば乙39,40)。そして,乙20には,FB-01(本件明細書における液晶混合物A)にカイラルドープ剤を添加することが不都合であるとの記載もないから,同じ乙20にカイラルドーパントとして記載されているCNを液晶混合物FB-01に添加し,本件特許発明の具体例である混合物A-4を創製することは,当業者が容易になし得ることである。
(ウ) また,乙20に開示された多数の液晶混合物のうち,乙44(実験報告書)の2頁に示すように,少なくともLIXON5041XX及び5047XXに含まれるすべての非カイラル化合物は,一般式(T)に包含されるものである。これらの液晶組成物に用いられるカイラルドーパントは,C15であってCNではないものの,乙20にはC15とともにCNが記載されており,また,乙41,乙42にも,カイラルドーパントとして,C15と並んでCNが記載されているから,C15に替えてCNを用いていることは当業者が容易になし得るものである。
(エ) さらに,アクティブマトリックス用のフッ素化された非カイラル液晶化合物の混合物は,例えば,乙49等にも記載されているから,乙20で添加することが示唆されている慣用のカイラル剤であるCNを,リバースドメインを防止するために,乙49等の非カイラル液晶混合物に添加することは当業者が容易になし得ることである。
進歩性の欠如2について 本件特許発明は,特開昭59-10540号公報(乙45),特開昭63-22893号公報(乙46),特開昭63-48239号公報(乙47)に記載された発明に基づき,当業者が容易に発明することができたものであるから,本件特許発明は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである。
すなわち,乙20,乙49等には,フッ素化された液晶化合物のみからなる液晶組成物がアクティブマトリックス用のものとして好ましいことが記載され,また,乙45ないし47によれば,リバースドメイン発生防止等のために,本件特許発明の一般式(U)で示されるカイラル化合物をネマチック液晶混合物に添加することは周知であるから,乙20,乙49等に記載された液晶組成物に乙45ないし47のカイラル化合物を添加して液晶組成物を創製することは当業者が容易になし得るものである。
(原告の主張) ア 進歩性の欠如1について (ア) そもそも,乙20は,日本国内外において頒布された刊行物ではない。乙20は,原告が秘密保持契約を結んでいる顧客に対して渡したものである。
したがって,乙20を基にする進歩性の欠如の主張は採用されるべきではない。
(イ) 乙20には,CNをどのような非カイラル化合物と組み合わせて液晶組成物を構成するかについて記載がなく,その示唆もない。CNがアクティブマトリックス用カイラル剤として周知というだけでは進歩性の欠如の理由とならない。
(ウ) 乙20は,CNとC15がドーパントとして置換可能であることを示しているわけではないから,C15をCNに置き換えようという動機付けがない。また,乙41及び乙42には,本件特許発明の一般式(T)で表される非カイラル化合物と,一般式(U)又は(V)で表されるカイラル化合物を組合せることについての記述はなく,また,吸着剤の影響については何も述べていない以上,当業者はC15をCNに変更しようという動機付けを得ない。
(エ) 乙49等に記載される非カイラル化合物の混合物に,CNを添加することの動機付けはないし,非カイラル化合物がシアノ基を含まない方が好ましいことは示されていないから,乙20に記載された液晶組成物に限らず,その他,フッ素化された液晶化合物を含む液晶混合物にCNを添加したアクティブマトリックス用液晶組成物を容易に創製し得るという被告の主張は根拠がない。
(オ) 以上のとおりであるから,本件特許発明は,乙20に基づいて,あるいは,乙20と乙39ないし42,乙49に基づいて,当業者が容易に発明することができるとする被告の主張には理由がない。
進歩性の欠如2について 乙45ないし47,乙20,乙49等には,吸着処理によるピッチ変化を少なくするという課題を解決するために,特定のカイラル化合物と特定の非カイラル化合物とを組み合わせようとする動機は開示も示唆もされていないから,これらを組み合わせることが容易であるとはいえない。
また,乙45ないし47,乙20,乙49には,リバースドメイン発生防止のために,これらの文献に記載の発明を組み合わせようとする動機が見いだせない。
したがって,乙45ないし47に記載されたカイラル化合物を乙20,49等に記載された非シアノ系フッ素化液晶混合物に添加することは当事者が容易になし得ることとはいえない。
(4) 争点2-C(36条4項又は5項違反-記載不備)について (被告の主張) ア 吸着剤に関する規定が不明確であること (ア) 本件特許発明構成要件Fにおいて「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さい」と規定されているが,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合」の意味が不明確である。
すなわち,液晶組成物を精製する吸着剤として通常使用されるものには,活性炭,アルミナ,シリカゲル等があるが,液晶化合物の吸着性は吸着剤の種類によって大きく異なるし,同じ種類,例えば,同じシリカゲルであっても吸着性が大きく異なるものがある。しかし,本件特許発明では,吸着剤の種類が特定されていない。実際に,被告が吸着剤の種類を変えてP/Poの実験を行ったところ,吸着剤が変わると吸着性が大きく変化することが明らかであった(乙51の実験結果)。
また,同じ吸着剤であっても,その純度により,その吸着性は大きく異なるにも関わらず,本件明細書の特許請求の範囲にはその純度も規定されていない。本件明細書の段落【0036】に,吸着剤処理に関して,「・・・吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)を・・・」との記載あるが,この記載では,シリカゲルの純度が50%の場合もあるし,100%の場合もある。
したがって,本件明細書の特許請求の範囲には,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されていないから,本件特許発明は,特許法36条5項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。
(イ) 原告は,RP-18というシリカゲルは,液晶組成物の吸着剤処理には通常使用しない旨主張するが,そもそも本件明細書の特許請求の範囲には,吸着剤の種類に関して何ら限定は付されていない上,RP-18は,液晶組成物の吸着処理においても,当然使用されるものである。
「RP-18」とは,逆相シリカゲルとよばれる吸着剤であり,疎水性をより強くするため,表面をオクタデシル基で化学修飾したシリカゲルである。
したがって,RP-18は,液晶組成物から,一般式(T)に該当する非カイラル化合物及び一般式(U)に該当するカイラル化合物を合成する過程で生じる,中間生成物及び望ましくない副産物などの有機不純物を取り去る傾向を有するものである。
また,RP-18は,KG40やKG100と共に吸着剤として,ドイツ法人メルク社の販売用カタログに掲載され,KG40やKG100と同程度に販売されているものである。
(ウ) 原告は,吸着剤を変えてもピッチの変化率に変わりがないことの証拠として,原告の実験結果(甲23)を提出するが,これは被告の上記主張に対する反論とはならない。
なぜなら,甲23は,被告の実験対象とはその対象物が異なり,カイラル化合物は極性基を含まないものであるから,吸着剤の種類を変えたとしても,ピッチの変化率に差がつきにくいものだからである。
イ カイラル化合物と非カイラル化合物の吸着性との大小との比較と,P/Po<1.10の関係が矛盾すること 構成要件Fは,液晶組成物全体についてP/Po<1.10を規定している。
一方,構成要件Eは,カイラル化合物の吸着性が非カイラル化合物の吸着性より大きくないことを規定しているのであるから,P/Po≦1を満足することを意味する。
そうすると,構成要件Fにおいて,P/Po<1.10と規定する意味はないから,本件明細書の特許請求の範囲には,「発明の構成に欠くことができない事項のみ」を記載しておらず,本件特許発明は,同法36条5項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。
ウ 非カイラル化合物とカイラル化合物の吸着性の比較に関する記載不備について (ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性との比較が全くなされておらず,構成要件Eを満たす発明が記載されていないから,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載」されておらず,本件特許発明は,特許法36条5項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。
(イ) また,非カイラル化合物の吸着性より,吸着性が大きくないカイラル化合物をどのようにして選ぶかが,発明の詳細な説明に記載されていないから,発明の詳細な説明には,当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,本件特許発明は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。
エ P/Po<1.10を満たす発明が本件特許発明の効果を奏するか不明であること 構成要件Fの「P/Po<1.10」は,訂正審判請求書に記載されているように,比較例1,2のP/Po=1.10を根拠としたものであるが,1.10より小さければ効果があるとは,本件明細書に一切記載されていない。
したがって,P/Po<1.10を満たすすべての範囲において,本件特許発明の効果を奏することが本件明細書の発明の詳細な説明には記載されておらず,当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえないから,本件特許発明は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。
オ 本件特許発明が全体として容易に実施できる程度に記載されていないこと 本件特許発明における一般式(T)は極めて広範な定義であり,シアノ基,エステル結合を含まない条件の下でもほとんどの非カイラル液晶化合物が含まれる。また,一般式(U)も極めて広範な定義である。
本件明細書の発明の詳細な説明には,このようなカイラル化合物と非カイラル化合物をどのように組み合わせて選ぶかについて記載がないから,当該組合せによって得られる数の液晶組成物から,本件特許発明構成要件を満たす組成物を選び出すことは,当業者に過度の試行錯誤を強いることになる。よって,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。
したがって,本件特許発明は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。
(原告の主張) ア 吸着剤に関する規定が不明確であることについて (ア) 被告は,吸着剤が変わると吸着性が大きく変化すると主張する。しかし,被告が行った実験では,吸着剤として,KG40,KG100,RP-18,KG40乾燥物,KG100乾燥物が用いられているところ,RP-18を除けば,P/Poの値はむしろほぼ一致している。
RP-18は,表面をオクタデシル基で化学修飾させたシリカゲルであり,「逆相クロマトグラフィー」に使用されるものであって,一般的に,非極性の化合物を分離する場合に使用されるシリカゲルであるから,本件特許発明のように,イオン性不純物を吸着処理によって取り除く場合には,RP-18は使用しない。
(イ) なお,被告の実験(乙51)において,KG100のシリカゲルを使用した場合のP/Poの値は,KG40のシリカゲルを使った場合と若干異なっているが,このような差異は問題にならない。むしろ,原告が,被告と同様の実験を行ったところ,本件特許発明の組成物であれば,いずれの吸着剤を使用した場合も,P/Poの値に差異は認められなかった(甲23の実験結果参照)。
また,被告の実験データによれば,本件特許発明の組成物に該当する組成物D-2では,いずれの吸着剤を使用してもP/Po<1.10を満たしているし,本件特許発明の組成物に該当しない組成物D-1では,P/Poが1.10を超えている(ただし,RP-18は除く。)から,吸着剤の種類は特定しなくても特許請求の範囲は明確である。
したがって,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合」という規定では本件特許発明の範囲が不明確であるという被告の主張は,理由がない。
イ カイラル化合物と非カイラル化合物の吸着性との大小との比較と,P/Po<1.10の関係が矛盾することについて 被告は,構成要件Eは,個々の非カイラル化合物すべてとの比較においてカイラル化合物の吸着性が大きくないという関係が必要であることを規定していると主張するが,この主張の前提は誤っている(前記1(3)「原告の主張」)。本件特許発明の技術思想からすると,P/Poが1を超えることを許容しているのは明らかであるから,P/Poが1.10より小さいという構成要件Fは,本件特許発明の構成に欠くことができない事項である。よって,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,発明の構成に欠くことができない事項のみを記載すべきとした36条5項2号の規定に違反するものではない。
ウ 非カイラル化合物とカイラル化合物の吸着性の比較に関する記載不備について 本件特許発明の意義からすれば,個々の化合物の吸着性の比較が必要でないことは,前記1(3)「原告の主張」のとおりであるから,本件明細書における発明の詳細な説明において,個々の非カイラル化合物の吸着性と,カイラル化合物の吸着性とが比較されていないからといって,特許を受けようとする発明が,発明の詳細な説明に記載されていないとはいえない。
また,P/Po<1.10を満たす組成物であれば,本件特許発明構成要件Eを充足するから,発明の詳細な説明には,当業者が容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されていないとはいえない。
エ P/Po<1.10を満たす発明が本件特許発明の効果を奏するか不明であることについて 本件特許発明は,吸着性に関して,カイラル化合物の吸着性が非カイラル化合物の吸着性より大きいという構成要件Eを満たすことで,吸着処理又は精製処理によってらせんピッチが延長することがほとんどないという効果を有しており,その結果特許登録されたものである。そうすると,P/Po<1.10という限定のない発明(つまりP/Poの上限の限定のない発明)についても,吸着処理によりカイラル化合物の濃度が大きく変化しないという効果は既に読みとれていたものであるから,本件明細書にはP/Po<1.10を満たす発明の効果が記載されていないという被告の主張には,理由がない。
オ 本件特許発明が全体として容易に実施できる程度に記載されていないことについて 一般式(T)で表される非カイラル化合物については本件明細書段落【0017】〜段落【0028】の記載を参考にして選び,一般式(U)で表されるカイラル化合物については,段落【0030】〜段落【0032】の記載を参考にして選べばよいのであって,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその発明を容易に実施できる程度に発明の目的,構成及び効果が記載されている。
(5) 争点2-D(特許法126条2項,3項違反-訂正要件違反)について (被告の主張) ア 本件訂正によって追加された構成要件F「ピッチ変化P/Poが1.10より小さい」は,特許査定時の明細書又は図面に記載した事項の範囲内ではない。
イ また,本件訂正前の発明は,構成要件Eに基づき,P/Po≦1となる作用効果を有していたのに,本件訂正後の発明は,P/Po<1.10の範囲を含むという本件訂正前の発明とは異なる作用効果を有しており,このような矛盾する発明の効果を付加することは,実質上,特許請求の範囲変更するものである。
なお,構成要件Fを付加したことにより,構成要件Eが不要となるものであれば,本件訂正は,明らかに特許請求の範囲拡張を意図したものといえる。
ウ したがって,本件訂正は,特許法126条2項及び3項の規定に違反してされたものである。
(原告の主張) 構成要件FのP/Po<1.10は,比較例であるP/Poが1.10以上の組成物を除外するために,P/Poの上限を限定したものであるから,構成要件Fを追加する訂正は,特許明細書に記載した事項の範囲であるし,特許請求の範囲拡張するものではない。
また,構成要件EとFは矛盾していないから,当該訂正は,実質上特許請求の範囲変更するものでもない。
3 争点3(自由技術の抗弁又は先願特許実施の抗弁)について (被告の主張) (1) 別紙1「物件目録」@ないしH及びNの製品は,先願明細書に記載された液晶組成物そのものである。すなわち,上記の被告製品(以下,まとめて「先行被告製品」ということがある。)は,先願明細書の実施例4に明示的に記載されているカイラル化合物(コードCCP-308*.F.F)を,先願明細書に明示的に記載された非カイラル化合物と,先願明細書に係る特許出願(先願)の出願時における周知技術を適用して得られる非カイラル化合物とからなるネマチック液晶混合物にドープしたものであるから,先行被告製品は,先願明細書に記載される発明に含まれる液晶組成物であるといえる。
(2) よって,先行被告製品は,本件特許発明の出願時の公知技術に該当するから,これを本件特許発明技術的範囲に属する旨主張することは不当である。
(原告の主張) 先願明細書に記載された発明は,同明細書中の式Tで表される特定のキラル2,6-ジフルオロベンゼン誘導体(CCP-308*.F.Fを含む)を提供する発明であり,先願明細書には,式Tで表される特定のカイラル化合物をドープした液晶組成物は,実施例4以外具体的に何ら記載されていない。先願明細書は,公知の化合物の中から,CCP-308*.F.Fに組み合わせて用いる非カイラル化合物をどのように選択するかは何ら記載も示唆もしていないのであるから,それは,何らCCP-308*.F.Fをドープする非カイラル化合物を示していることにはならない。
したがって,先行被告製品は,先願明細書に記載されているとはいえない。
4 争点4(原告の損害額)について (原告の主張) (1) 本件特許の登録日である平成11年8月13日から平成14年9月30日までの間に,被告が販売した被告製品(別紙1「物件目録」@ないしNの製品)の単価及び数量は,別紙5記載の各期間ごとに,A欄及びB欄記載の各金額を下ることはない。
したがって,各期間ごとにおける被告製品の売上高は,別紙5記載のD欄記載の各金額を下ることはない。
(2) 被告が,平成11年12月から平成14年9月までの間に被告製品を販売することによって得た利益は,いずれの時期においても売上高の40%を下ることはない。
したがって,この間に被告が得た利益は,少なくとも別紙5の損害計算表E欄記載の合計金額137億7103万2000円を下ることはなく,特許法102条2項により,原告は,同額の損害を被ったものと推定される。
原告は,本訴において,平成11年12月から平成13年3月までの販売による損害(10億7572万8000円+14億7360万円+16億548万円=合計41億5480万8000円)について,その一部を請求するものである。
また,遅延損害金については,平成11年12月から平成12年3月までの損害については,同年4月1日を起算日として,同年同月から同年9月までの損害については,同年10月1日を起算日として,同年同月から平成13年3月までの損害については同年4月1日を起算日としてそれぞれ支払済みまでの民法所定の年5分に割合による遅延損害金を請求する。
(3) また,被告は,平成11年8月13日から同年11月末日までについて,本来支払うべき実施料を支払わずに被告製品を販売したものであるから,実施料相当額について,法律上の原因なく利得し,原告は,これにより同額の損失を被った。
そして,被告製品の販売についての実施料は,被告の売上高の10%が相当であるから,上記期間の被告の売上げに対し,原告が不当利得として受け取るべき実施料相当額は,別紙5の損失計算表E欄記載の合計金額2億3181万6000円を下ることはない。
(4) 以上より,原告は,被告に対し,本件特許権に基づき,不法行為による損害賠償として,41億5480万8000円及びうち10億7572万8000円に対する平成12年4月1日から,うち14億7360万円に対する同年10月1日から,うち16億548万円に対する平成13年4月1日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,並びに,不当利得返還請求として,2億3181万6000円及びこれに対する平成14年12月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張) 原告の主張は,すべて争う。
当裁判所の判断
1 争点1-@(本件特許発明の「液晶組成物」にエステル基(-COO-)含有化合物を含む液晶組成物が含まれるか)ついて (1) 本件明細書の【特許請求の範囲】中の【請求項1】の記載によれば,構成要件Dにおける「液晶組成物」は,「一般式(T)で表される非カイラル化合物」と,「一般式(U)または一般式(V)で表されるカイラル化合物とからなる・・・アクティブマトリックス用ネマチック液晶組成物」とされている。
そして,本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】の一般式(T)で表される非カイラル化合物については,別紙2のとおり,「・・・X,YおよびZはそれぞれ独立に単結合,-CH2-CH 2-,-OCH 2-または-CH 2O-を示し,R1およびR2は,それぞれ独立に,H,C nH 2n+1 -,C nH 2n+1 O-もしくはCnH 2n+1 -O-C kH 2k -(ただし,nおよびkはそれぞれ独立に1ないし18の整数である),またはCnH 2n-1 -,C nH 2n-1 O-,C nH 2n-1 -O-CkH 2k -,C nH 2n-3 -,C nH 2n-3 O-もしくはC nH 2n-3 -O-C kH 2k -(ただし,kは上記と同じ,nは2ないし18の整数である)を示し,(n+k)≦18であり,該式における少なくとも一つのH原子はF原子で置換されていてもよい。」と記載されており,上記一般式(T)におけるX,Y,Z,R1,R 2の選択肢からすると,本件非カイラル化合物にはエステル基は含まれないと解される。
したがって,本件特許発明の特許請求の範囲における液晶組成物のうち,一般式(T)に記載の非カイラル化合物に,エステル基含有化合物が含まれないことは,明らかである。
(2)ア 原告は,本件特許発明は,一般式(T)で表される非カイラル化合物と一般式(U)又は(V)で表されるカイラル化合物からなる組成物の発明であり,このような組成物に第三成分を単に付加しただけの組成物は,当然,その技術的範囲に属する旨主張する。
しかし,上記のとおり,本件明細書の特許請求の範囲においては,本件液晶組成物が,一般式(T)で表される特定の非カイラル化合物と,一般式(U)又は同(V)で表される特定のカイラル化合物とからなることを明示しているのであるから,本件特許発明においては,液晶組成物を構成する非カイラル化合物とカイラル化合物は,それぞれ当該一般式(T)及び同(U),(V)に明示される化合物からしか選択し得ないと解するのが合理的である。
したがって,当該選択の範囲を超えて,エステル基を有する非カイラル化合物が第三の成分を混合し得るという原告の主張は,到底採用できない。
イ さらに,原告は,エステル基含有化合物が40%程度含まれていても,高い電圧保持率,らせんピッチの延長防止のいずれの点においても作用効果に違いはないから,本件特許発明は,エステル基含有化合物が40%程度まで含まれている液晶組成物を排斥するものではない旨主張する。
しかし,そもそも,一般的に作用効果が同じであれば特許請求の範囲に属するものであるということはいえない上,40%程度以下ならば混合されていてもよいとする根拠についても,本件明細書における発明の詳細な説明に何ら記載はないから,原告の主張を採用することはできない。
2 争点1-A(構成要件Dの「液晶組成物」は液晶組成物の製造過程において混入した不純物を含有する半完成品たる液晶組成物を意味するか)及び争点1-C(構成要件Fの「精製処理によるらせんピッチの変化P/Po」の解釈)について (1) 争点1-A(構成要件Dの「液晶組成物」は液晶組成物の製造過程において混入した不純物を含有する半完成品たる液晶組成物を意味するか)の判断については,ひとまずおくこととし,まず,争点1-C(構成要件Fの「精製処理によるらせんピッチの変化P/Po」の解釈)から判断することにする。
(2) 争点1-C(構成要件Fの「精製処理によるらせんピッチの変化P/Po」の解釈)について ア 吸着剤処理の前後のピッチ長の変化率を表した「P/Po」の解釈については,本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明では明確にされていない。
イ 本件明細書には,「らせんピッチ」に関して次の記載がある。
(ア) 段落【0003】(全文訂正明細書9頁) 「・・・・・この液晶材料には通常カイラル剤が含まれている。これ等のカイラル剤を添加した液晶組成物は,その製造工程上から混入するイオン性不純物を取り除くためには,吸着剤等による処理やカラムクロマトグラフィによる精製が効果的である。従来好ましく用いられているカイラル剤をフッ素系の非カイラルな液晶化合物に,混合した液晶組成物を吸着剤処理もしくはカラムクロマトグラフィーにより精製する場合に,フッ素系の非カイラルな液晶化合物は従来のカイラル剤化合物よりも吸着剤或いはカラム充填剤に対する吸着性が小さいためにカイラル剤が選択的に吸着され,液晶組成物中のカイラル化合物の濃度が減少し,その結果得られる液晶材料のらせんピッチが所望の値より長くなり,素子の表示不良の原因となることがあった。」 (イ) 段落【0041】(全文訂正明細書36頁) 「本発明は,電圧保持率の極めて高い混合物Aの成分化合物ならびにこれと同様に高い電圧保持率を示す化合物の特徴を生かし,かつシリカゲル等の吸着剤に対してこれらの電圧保持率の極めて高い非カイラルな化合物よりも吸着性が大きくないカイラルな化合物をこれらの非カイラルな化合物に組み合わせることにより,吸着剤による精製処理にも好適なカイラルネマチック混合物を提供しようとするものである。・・・」 (ウ) 段落【0080】【本件特許発明の効果】(全文明細訂正書54頁) 「本件特許発明の液晶組成物は電圧保持率が高く,かつ,シリカゲル等を用いた吸着処理またはこれらを充填剤としたカラムクロマトグラフィーによる精製処理によってそのカイラルピッチが延長することが殆どない液晶材料である。」 (エ) 上記の(ア)ないし(ウ)の記載からすると,本件特許発明において「P/Poが1.10より小さい」ことを規定しているのは,液晶組成物の製造工程において必然的に混入する不純物を除去するための精製処理を行っても,らせんピッチ長が延長しないということであるから,本件明細書の特許請求の範囲に記載されている「P/Po」は,精製処理前(未精製状態)のピッチ長と,精製処理後のピッチ長を測定し,その変化率を規定したものと解するのが相当である。このように解釈することは,一般に,記号で「0」の添え字を付けて記載する場合,通常,初期状態を意味することとも符合し,この点からも合理的である。
ウ 原告は,本件特許発明のようにP/Poが1.10より小さいという特徴を有する液晶組成物は,何度目の吸着処理の前後(例えば,2度目と3度目の吸着剤処理の前後)であっても,らせんピッチの変化率は1.10より小さくなるから,2度目以降のらせんピッチの変化率をもって,P/Poと同視しうる旨主張し,甲6(原告社員作成の技術説明書),甲7(原告社員作成の吸着剤処理実験報告書)の実験結果を提出する。
しかし,原告の示した上記結果は,原告の主張どおり,本件特許発明のように,P/Poがもともと小さい液晶組成物において,何度目の吸着剤処理の前後であっても,らせんピッチの変化がほとんどないことを示したにすぎず,この結果から,原告が主張するように,一般に,P/Poの解釈について,何度目の精製処理前後のらせんピッチの変化率であっても,P/Poと同視しうるものである,との解釈を直ちに導くことはできない。
よって,原告の主張を採用することはできない。
3 争点1-B(構成要件Eの「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」との解釈〔非カイラル化合物が複数の化合物の混合物である場合において,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物との吸着性を対比することを意味するかどうか〕)について (1) 構成要件Eは「本液晶組成物中のカイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,本液晶組成物中の非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」とされているところ,岩波理化学辞典第5版(乙1)によれば,「化合物」とは,「化学変化によって2種またはそれ以上の元素の単体に分けることができる純粋物質をいう。あるいは,2種以上の元素の原子の化学結合によって生じた純粋物質といってもよい。・・・・」と定義され,「混合物」とは,「機械的操作(濾過,遠心分離など)あるいは状態変化(蒸留,再結晶など)によって2種またはそれ以上の物質(単体または化合物)に分離することのできる物質。純粋物質と対比される。混合物をつくっている各単体または化合物は混合物の成分とよばれる。・・・」と定義されていることから,化合物と混合物とは明らかに区別されるものである。
そうすると,構成要件Eにおいては,「・・・カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,・・・非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性・・・」と記載されている以上,構成要件Eの解釈としては,非カイラル化合物とカイラル化合物の吸着性を比較した場合,カイラル化合物の吸着性が,個々の非カイラル化合物の吸着性より大きくないことを規定しているものと解さざるを得ない。
(2) この点,原告は,本件明細書の記載や実施例において,@個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性を測定,対比していないこと,A一般式(T)で表される化合物は,それ単独では室温でネマチック液晶の状態にない場合がほとんどであり,非カイラル化合物が一般的に混合物で用いられること等が当業者の技術常識であることからすると,カイラル化合物の吸着性は,非カイラル化合物混合物の吸着性と比較されるべきであると主張する。
しかし,上記@の点については,本件明細書中には,非カイラル化合物の混合物の吸着性とカイラル化合物についても何ら測定,対比がなされていないのであるから,個々の非カイラル化合物の吸着性とカイラル化合物の吸着性を測定,対比していないことをもって,カイラル化合物の吸着性は,非カイラル化合物混合物の吸着性と比較されるべきであると解釈することはできない。
また,上記Aの点についてみても,本件特許発明において,「吸着性が,・・・・非カイラルな化合物より大きくない・・・カイラル化合物」との記載を文言どおり解釈し,個々の非カイラル化合物の吸着性をカイラル化合物との吸着性と対比するとしても,これを満たす限り非カイラル化合物を複数選択し,混合物とすることは可能である。したがって,非カイラル化合物は一般的に混合物として用いられるという当業者の技術常識自体は,非カイラル化合物の混合物とカイラル化合物との吸着性を対比すべきとの原告の主張の根拠とはなり得ない。
よって,原告の主張は採用できない。
(3) なお,被告は,構成要件Eは,フッ素系非カイラル液晶化合物を主成分とする液晶組成物において,非カイラル結晶化合物よりも吸着性の大きくないカイラル剤を用いると,吸着剤による吸着処理を行っても,非カイラル液晶化合物に対するカイラル化合物の相対比が減少することがなく,所望の設定ピッチ長が延長しないことを意味するから,「P/Po≦1」と解すべきである旨主張する。
しかし,構成要件Eにおいて,カイラル化合物の吸着性が非カイラル化合物の吸着性より大きくないことが,らせんピッチが延長しにくいことと関係があるとしても,P/Poの値については,別途「P/Po<1.10」と規定しているのであるから,構成要件Eの規定をもって,「P/Po≦1」と解さなければならない論理必然性はない。よって,被告の上記主張は採用できない。
4 小括 以上を前提に,被告製品が,本件特許発明構成要件を充足するか否かを判断する。
そもそも前記前提となる事実に記載のとおり,被告が販売している製品,その組成については当事者間に争いがあるところであるが,仮に,原告の主張どおり,別紙1「物件目録」IないしMを含めた被告製品全部を被告が販売しており,その組成が原告の主張する別紙3「原告主張組成」のとおりであるとしても,次のとおり,いずれの製品も本件特許発明の特許請求の範囲には属しない。
(1) まず,上記1で認定したとおり,非カイラル化合物としてエステル基含有化合物を含むものは,本件特許発明構成要件Dを充足しない。
したがって,非カイラル化合物にエステル基含有化合物を含むことが明らかである別紙1「物件目録」B,F及びHの製品については,いずれも構成要件Dを充足しない。
(2) また,上記1ないし3における各構成要件の解釈を前提とすると,本件において,別紙1「物件目録」記載の製品について,構成要件Eにおける「カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性は,非カイラル化合物の吸着剤に対する吸着性よりも大きくない」こと,及び,構成要件Fの「らせんピッチの精製処理による変化P/Po」の要件を充足することの証明はなされていない。
したがって,いずれの製品も,構成要件E及びFを充足するとはいえない。
(3) 以上のとおりであるから,被告製品(別紙1「物件目録」@ないしNの製品)は,いずれも,本件特許発明の特許請求の範囲に属するものとは認められない。
5 上記のとおり,被告製品は,本件特許の特許請求の範囲に属するものとはいえないが,争点2-C(特許法36条4項,5項違反)についても,念のため判断しておく。
(1) 後掲各証拠によれば,次の事実が認められる。
ア 精製処理に関する本件明細書(甲4)の記載について (ア) 本件明細書の特許請求の範囲には,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さい・・・液晶組成物」「(ここで,Poは25℃において測定した吸着剤処理前の液晶組成物のらせんピッチであり,Pは25℃において測定した吸着剤処理後の液晶組成物のらせんピッチである。」との記載がある。
(イ) また,段落【0036】には,「次ぎに,例をあげて本発明を説明する。・・・混合物Aにカイラル剤として・・・・(化合物aと略称する)を1重量%混合して本発明であるカイラルネマチック液晶混合物A-1を調整する。・・・比較のため,・・・・(化合物bと略称する)を1重量%混合物Aに混合してカイラルネマチック液晶混合物A-2を調整した。・・・・カイラルネマチック液晶混合物A-1およびA-2に吸着剤(シリカゲル50%以上含有する)を混合物重量に対してそれぞれ1.0%,3.0%・・添加して処理した後,25℃においてそのらせんピッチPを測定し,らせんピッチの精製処理による変化をP/Poにて表1に示す。精製処理は吸着剤を添加した後室温で約24時間攪拌した後,吸着剤を濾別する方法で行った。」との記載がある。
イ 吸着剤の種類の相違による精製処理前後の実験結果 (ア) 原告の実験結果(甲23) @ 本件明細書記載の液晶混合物A(99重量%)にカイラル化合物e(1重量%)を混合して調整した本件特許発明の液晶組成物に,被告の市販品であるシリカゲル40,シリカゲル100,シリカゲルRP-18を吸着剤として添加し,室温で約24時間攪拌した後,吸着剤を濾別し,精製処理前後のらせんピッチを室温25℃で測定した。
その結果は,別紙6の表1のとおりであり,吸着剤の添加割合が1重量%のときのP/Poの値は,シリカゲル40を使用すると「1.00」,シリカゲル100を使用すると「1.01」,シリカゲルRP-18を使用すると「1.01」であった。
A 本件明細書に記載の液晶組成物A(99重量%)に従来から使用されているエステル基を有するカイラル化合物b(1重量%)を混合して調整した液晶組成物に吸着剤を添加し,上記@と同一の条件で,吸着剤を濾別し,精製処理前後のらせんピッチを測定した。その結果は,別紙6の表2のとおりであり,P/Poの値は,吸着剤添加割合が1重量%であるときは,シリカゲル40及びシリカゲル100は「1 .14」,シリカゲルRP-18で「1.01」であった。
(イ) 被告の実験結果(乙51) @ 本件明細書段落【0036】記載の混合物A(99重量%)に,本件明細書の表1の混合物A-2(比較例)に相当するエステル基を有するカイラル化合物(S-811)(1重量%)を混合して調整した液晶組成物に,吸着剤(1重量%)を添加し,室温で24時間攪拌した後,精製処理前後のピッチ長を測定した。
使用した吸着剤は,被告の市販品であるKG40,KG100,RP-18,KG40乾燥物,KG100乾燥物であり,P/Poの測定結果は,別紙7の表の「D-1:S-811」の欄に記載のとおりである。
この結果,P/Poの値は,KG40を使用したときは「1.19」,KG100を使用したときは「1.11」,RP-18を使用したときは「1.00」,KG40乾燥物を使用したときは「1.19」,KG100を使用したときは「1.14」を示した。
A 本件明細書段落【0036】記載の混合物A(99重量%)に,本件明細書における一般式(U)に該当するカイラル化合物(IS-11348)(1重量%)を混合して調整した液晶組成物に,吸着剤(1重量%)を添加し,室温で24時間攪拌した後,精製処理前後のピッチ長を測定した。
使用した吸着剤は,上記@と同様であり,P/Poの測定結果は,別紙7の表の「D-2:IS-11348」の欄に記載のとおりである。
この結果,P/Poの値は,KG40を使用したときは「1.07」,KG100を使用したときは「1.04」,RP-18を使用したときは「1.00」,KG40乾燥物を使用したときは「1.07」,KG100を使用したときは「1.07」を示した。
(2) 以上を前提に,争点2-Cについて判断する。
ア 本件特許発明の特許請求の範囲の請求項1においては,「液晶組成物に対する重量比が1.0%の吸着剤で精製処理した場合,らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さい」ことが発明の構成として記載されており,本件特許発明は,「らせんピッチの精製処理による変化P/Po」という出願人(原告)が独自に規定した特性に基づき,この値が「1.10より小さい」という特定の値になることをもって,本件特許発明の対象である液晶組成物の範囲を特定しようとするものと認められる。
一般に,物の発明において,機能,特性等によって当該物を特定する場合,当該機能,特性等は,標準的なもの以外のものによる場合には,当該機能,特性等の定義や測定方法は,明細書において,明確に記載されなければならず,特に,特定の数値により,物の機能,特性等を限定したような場合には,当該機能,特性等の定義や測定方法を明確にし,特定の物が当該特許請求の範囲に属するものか否かが明確になるようにしなければならない。
イ ところで,上記のとおり,本件明細書の特許請求の範囲には,吸着剤処理(精製処理)の条件については一切記載されておらず,液晶組成物に対し,重量比1.0%の吸着剤を加えることのみが記載され,本件明細書の発明の詳細な説明においても,本件特許発明の具体例の説明において,「シリカゲルを50%以上含有する吸着剤」を用いること,「室温で24時間攪拌する」ことしか記載されていない。
しかし,「シリカゲルを50%以上含有する吸着剤」の記載のみでは,@シリカゲルの具体的含有比率(純度),A吸着剤を構成するシリカゲル以外の具体的構成成分,B具体的なシリカゲルの種類を何ら特定することはできず,当該記載をもって吸着剤処理の条件や方法が明確に定義されているとはいえない。以下,詳述する。
(ア) まず,本件特許発明において用いる吸着剤中のシリカゲルの具体的含有比率(純度)や吸着剤を構成するシリカゲル以外の具体的構成成分の特定について検討すると,「シリカゲルを50%以上含有する吸着剤」との上記記載からは,シリカゲル50%と単なるキャリア物質が50%の場合も,シリカゲルのみ100%の場合も,両方想定できるから,液晶組成物に対する実質的な吸着成分の添加割合については明確に特定されていないことになる。
そして,本件明細書の段落【0043】の表3に記載される混合物A-4例において,吸着剤の添加割合が1.0重量%のP/Poが1.03,吸着剤の添加割合が3.0重量%のP/Poが1.17と記載されていることにかんがみれば,液晶組成物に対する吸着剤の添加割合が,P/Poの値に大きく影響を与えることは明らかである。
したがって,本件特許発明において,吸着剤処理に用いる吸着剤中のシリカゲルの具体的含有比率(純度)及びシリカゲル以外の具体的構成成分を特定し,液晶組成物に対する実質的な吸着成分の添加割合を特定していなければ,本件特許発明構成要件としてP/Poが1.10より小さいことを規定しても,上記条件のみでは,本件特許発明の範囲に含まれる液晶組成物を特定するための客観的な要件として機能し得ない。
(イ) 次に,具体的なシリカゲルの種類の特定について検討する。
まず,甲24(被告の製品パンフレット)によれば,シリカゲルには,表面細孔径の違いなどにより,種々のシリカゲルが存在するものであり,「KG40」「KG100」という吸着剤は,液晶組成物の吸着処理において一般的に使用されるシリカゲルであることが認められる(なお,甲22及び甲24によれば,シリカゲル「RP-18」は,逆相クロマトグラフィーに使用され,主に,無〜低極性物質に多く用いられるものであるから,液晶組成物の製造工程上から混入するイオン性不純物を取り除くような場合に通常用いるシリカゲルではないと解される。)。
そして,純度100%の上記KG40及びKG100を用いて,P/Poの値を測定した上記の原告及び被告の実験結果(甲23,乙51)からすると,具体的なシリカゲルの種類の違いにより,P/Poの値が異なることが明らかとなっている(原告の実験結果によれば,KG40及びKG100を使用した場合のP/Poの値の両者の差異は,「0.01」である(甲23。別紙6-表1)が,本件明細書の特許請求の範囲の記載において,P/Poの値は「1.10」という小数点第2位までの数値で規定されている以上,「0.01」の差は,有意な差異と認められる。)。
ウ 原告は,RP-18以外のシリカゲルを用いた場合については,本件特許発明の特許請求に掲げられた組成物D-2では,P/Po<1.10という本件特許発明構成要件を満たし,他方,本件特許発明の特許請求の範囲に掲げられない組成物D-1では,P/Po<1.10という要件を満たしていないのであるから,本件特許発明において,吸着剤の種類を特定しなくても,本件明細書の特許請求の範囲の記載は明確である旨主張する。
しかし,「P/Poが1.10より小さい」という要件が,本件特許発明の範囲に含まれる液晶組成物を規定するための要件である以上,P/Poの測定方法が明確であるといえるためには,本件特許発明の対象である一般式(T)で表される非カイラル化合物と,一般式(U)又は一般式(V)で表されるカイラル化合物とからなる,液晶組成物全般において,P/Poの値がシリカゲルの種類や濃度によらず一定であることが客観的に明確でなければならない。
原告の上記主張は,単に,被告が具体的に用いた4つの100%シリカゲルと(シリカゲルRP-18を除く)2つの液晶組成物による対比実験(乙51)において,本件特許発明に含まれる液晶組成物がP/Po<1.10という要件を満たし,本件特許発明に含まれない液晶組成物が/Po<1.10の要件を満たさないという結果を得たことを指摘しているだけであり,シリカゲルの種類や濃度を具体的に定めなくても,P/Poが1.10より小さいという要件を満たす液晶組成物と,これを満たさない液晶組成物とは,常に明確に区別しうるものであるということについては,何ら具体的に立証しているとはいえない。
したがって,原告の実験結果のみに基づく上記原告の主張は採用できない。
エ なお,「P/Poが1.10より小さい」という要件は,本件特許後の本件訂正において特許請求の範囲減縮を目的として追加された(甲3)という経緯と,本件訂正における訂正事項に,特願平5-182829号の願書に添付した明細書に記載された先願発明を除くことを目的とした訂正が含まれることからすると,「P/Poが1.10より小さい」という要件を追加したのは,当初の特許請求の範囲に規定される構成要件では,本件特許発明の液晶組成物と先行技術として開示されている液晶組成物とを明確に区別できないと考えたことによるものと推認される。
そうであるならば,「P/Po」の定義及びその測定条件,測定方法については,本件特許発明の範囲を確定するための要件として,厳密な明確性が要求されるべきであるところ,原告の反論によっても,本件明細書の特許請求の範囲の記載が不明確であるとの上記結論を左右するものではない。
オ したがって,本件明細書の特許請求の範囲における「らせんピッチの精製処理による変化P/Poが1.10より小さい」の記載は不明確であるといわざるを得ず,特許請求の範囲に「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が明確に記載されていないというべきである。
よって,本件特許発明は,特許法36条5項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3) 小括 以上によれば,本件特許権には無効事由の存することが明らかであり,本件特許権に基づく原告の損害賠償請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないというべきである(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。
結論
以上をまとめると,被告製品(別紙1「物件目録」@ないしNの製品)については,本件明細書の特許請求の範囲に属するものとはいえず,かつ,本件特許権には無効事由の存することが明らかであって,本件特許権に基づく原告の損害賠償請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 大須賀寛之
裁判官 松岡千帆