運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2002-35210
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ12867損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ2473損害賠償等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ11856損害賠償請求事件 判例 特許
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  補償金請求権 /  警告 /  実施料相当額 /  模倣 /  悪意 /  善意 /  時効 /  ライセンス /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  技術的意義 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  損害額推定(損害額の推定) /  逸失利益 /  販売数量(販売数) /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  特許権者の許諾 /  請求の範囲 /  変更 /  合理的な理由 /  補助参加 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (ワ) 12858号 損害賠償請求事件
原告 株式会社ウエスタン・アームス
原告訴訟代理人弁護士 宗万秀和
同 藤原靖夫
同 天野義章
同 荒木和男
同 近藤良紹
同 早野貴文
同 鬼頭 栄美子
同 原 啓一郎
同補佐人弁理士 神原貞昭
被告 株式会社イリサワ
被告 有限会社桑田商会
被告 有限会社大友商会
被告 有限会社フジカンパニー
被告 東海模型株式会社
被告 株式会社大阪プラスチックモデル
被告ら訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 鷹見雅和
同補佐人弁理士 安原正義
被告ら補助参加人 有限会社マルゼン
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/02/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告株式会社イリサワは,原告に対し,44万0674円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告有限会社桑田商会は,原告に対し,136万0137円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告有限会社大友商会は,原告に対し,166万3836円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告有限会社フジカンパニーは,原告に対し,280万2926円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告東海模型株式会社は,原告に対し,6万3195円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告株式会社大阪プラスチックモデルは,原告に対し,89万8398円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。
9 この判決は,第1項ないし第6項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
原告の請求
1 被告株式会社イリサワは,原告に対し,金1135万4606円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告有限会社桑田商会は,原告に対し,金907万272円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告有限会社大友商会は,原告に対し,金907万272円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告有限会社フジカンパニーは,原告に対し,金1135万4606円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告東海模型株式会社は,原告に対し,金453万5136円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告株式会社大阪プラスチックモデルは,原告に対し,金453万5136円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,玩具銃(モデルガン)についての特許権(後記の本件特許権1,2)を有する原告が,いずれも玩具銃を取り扱う問屋である被告らに対し,被告らが販売する玩具銃は原告の上記特許権の特許発明技術的範囲に属すると主張し,被告らによる同玩具銃の販売(卸売)が原告の特許権(本件特許権1又は2。選択的併合)を侵害すると主張して,被告らに対し,特許法65条1項に基づく補償金及び同法102条2項に基づく損害賠償金(並びにこれらについての訴状送達の日の翌日からの遅延損害金)の支払を請求している事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実等。証拠によって認定した事実については末尾に証拠を掲げた。) (1) 当事者 原告は,玩具の開発,国内販売並びに輸出入等を目的とする会社であり,被告らは,いずれも玩具の販売あるいは卸売等を目的とする会社である。また,被告ら補助参加人(以下「補助参加人」という。)は,玩具の製造及び販売等を目的とする会社である(弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,以下の2つの特許権を有している(甲2,甲13)。
ア 本件特許権1 発明の名称 自動弾丸供給機構付玩具銃 特許番号 第2561429号 出願年月日 平成5年10月8日 出願番号 特願平5-252881 公開年月日 平成7年4月18日 公開番号 特開平7-103694 登録年月日 平成8年9月19日 イ 本件特許権2 発明の名称 自動弾丸供給機構付玩具銃 特許番号 第2561421号 出願年月日 平成5年5月17日 出願番号 特願平5-114605 公開年月日 平成6年11月25日 公開番号 特開平6-323786 登録年月日 平成8年9月19日 (3) 本件特許権1に係る明細書(以下「本件明細書1」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2。以下「本件公報1」という。)参照)の特許請求の範囲のうち請求項1の記載は次のとおりである(以下,請求項1記載の発明を「本件発明1」という。)。
「グリップ部内に配される弾倉部と,上記グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室と,銃身部の後端部に設けられ,上記弾倉部における一端の近傍に配される装弾室と,該装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動して上記ガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部と,上記銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部と,該スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,上記スライダ部と一体的に移動する受圧部と, 上記装弾室と上記受圧部との間に配され,上記スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされた可動部材と,該可動部材内において移動可能に設けられ,上記ガス導出通路部から上記可動部材内を通じて上記装弾室に至る第1のガス通路及び上記ガス導出通路部から上記可動部材内を通じて上記受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し,上記開閉弁部により上記ガス導出通路部が開状態とされている期間において,上記第1のガス通路を開状態として,上記蓄圧室からのガスを上記装弾室に供給する第1の状態から,上記第2のガス通路を開状態として,上記蓄圧室からのガスを上記受圧部に作用させて上記スライダ部を後退させ,それに伴う上記可動部材の後退を生じさせて,上記弾倉部の一端から上記装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部と,を備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃。」 (4) 本件特許権2に係る明細書(以下「本件明細書2」という。本判決末尾添付の特許公報(甲13。以下「本件公報2」という。)参照)の特許請求の範囲のうち請求項1の記載は次のとおりである(以下,請求項1記載の発明を「本件発明2」という。)。
「グリップ部内に配される弾倉部と,上記グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室と,銃身部の後端部に設けられ,上記弾倉部における一端の近傍に配される装弾室と,該装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動して上記ガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部と,上記銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部と,該スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,上記スライダ部と一体的に移動する可変容積圧力室と,上記装弾室と上記可変容積圧力室との間に配された可動部材と,該可動部材内に移動可能に設けられ,上記ガス導出通路部から上記可動部材内を通じて上記装弾室に至る第1のガス通路及び上記ガス導出通路部から上記可動部材内を通じて上記可変容積圧力室に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し,上記開閉弁部により上記ガス導出通路部が開状態とされている期間において,上記第1のガス通路を開状態として,上記蓄圧室からのガスを上記装弾室に供給する第1の状態から,上記第2のガス通路を開状態として,上記蓄圧室からのガスを上記可変容積圧力室に供給して上記スライダ部を後退させ,それに伴って上記可動部材を後退させ上記弾倉部の一端から上記装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部と,を備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃。」 (5) 本件発明1及び2を構成要件に分説すれば以下のとおりとなる(以下,分説したそれぞれを「構成要件A」などという。甲2,甲13,弁論の全趣旨)。
(本件発明1) A グリップ部内に配される弾倉部 B グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室 C 銃身部の後端部に設けられ,弾倉部における一端の近傍に配される装弾室 D 装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動してガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部 E 銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部 F 該スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,上記スライダ部と一体的に移動する部材である受圧部 G 装弾室と受圧部との間に配され,スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされた可動部材 H@ 可動部材内において移動可能に設けられ, A ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し, B 開閉弁部によりガス導出通路部が開状態とされている期間において,前記第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,前記第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行する C @ないしBの機能を有するガス通路制御部 I 上記AないしHを備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃 (本件発明2) A グリップ部内に配される弾倉部 B グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室 C 銃身部の後端部に設けられ,弾倉部における一端の近傍に配される装弾室 D 装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動してガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部 E 銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部 F スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,スライダ部と一体的に移動する可変容積圧力室 G 装弾室と上記可変容積圧力室との間に配された可動部材 H@ 可動部材内において移動可能に設けられ, A ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から上記可動部材内を通じて可変容積圧力室に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し, B 開閉弁部によりガス導出通路部が開状態とされている期間において,前記第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,上記第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを可変容積圧力室に供給してスライダ部を後退させ,それに伴って可動部材を後退させ弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行する C @ないしBの機能を有するガス通路制御部 I 上記AないしHを備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃 (6) 被告らは,補助参加人及び有限会社丸前商店が製造・販売する自動弾丸供給機構付玩具銃である「マルゼン イングラムM11」(以下「イ号物件」という。)及び「マルゼン UZIピストル」(以下「ロ号物件」という。)を業として販売している。
(7) 原告は,被告株式会社イリサワ(以下「被告イリサワ」という。),被告有限会社桑田商会(以下「被告桑田商会」という。),被告有限会社大友商会(以下「被告大友商会」という。)及び被告有限会社フジカンパニー(以下「被告フジカンパニー」という。)に対しては,平成7年6月3日に,被告東海模型株式会社(以下「被告東海模型」という。)及び被告株式会社大阪プラスチックモデル(以下「被告大阪プラスチックモデル」という。)に対しては,同月5日に,それぞれ書面(以下,「本件警告書」という。)をもって,本件発明に係る特許が出願公開されたことを警告した(甲7ないし12。枝番号は省略する。以下,同じ。)。
(8) 原告は,被告大友商会,被告フジカンパニー及び被告大阪プラスチックモデルに対しては平成14年3月4日に,その余の被告らに対しては同月2日に,原告に対する損害賠償債務の履行を催告した。
(9) 原告は,補助参加人及び有限会社丸前商店を相手方として,特許権侵害差止請求訴訟を東京地方裁判所に提起し(当庁平成9年(ワ)第5741号特許権侵害差止等請求事件。以下,この事件を「マルゼン事件」という。),平成13年2月8日,原告の請求を一部認容する一審判決が言い渡され(以下「マルゼン地裁判決」という。),同判決に対して補助参加人らが控訴したが,東京高等裁判所(東京高等裁判所平成13年(ネ)第1132号特許権侵害差止等請求控訴事件)において,平成14年1月30日,控訴棄却の判決が言い渡され(以下「マルゼン高裁判決」という。),同判決は上告期間経過により確定した(甲3ないし5。)。
2 争点及び当事者の主張 (1) イ号物件及びロ号物件の構成 (原告の主張) ア イ号物件及びロ号物件の構造 イ号物件及びロ号物件(以下,両物件を併せて「マルゼン製品」ということがある。)は,いずれも自動弾丸供給機構付玩具銃であり,意匠が違うのみで,構造は全く共通である。イ号物件の構成は別紙「物件目録1」記載のとおりであり,ロ号物件の構成は別紙「物件目録2」記載のとおりであるが,両者の構造を示すと以下のとおりである(括弧内の数字は,別紙物件目録添付の図面中の番号を示す。以下同じ。)。
a グリップ部(51)内に配される弾倉(10) b 吸排気口(38)が連結されてガスが注入される第1気室(42) c インナーバレル(20)の後端部に設けられた装弾室(52) d 弾丸(31)を発射させるべく操作されるトリガ(11)に連動して吸排気口(38)を開閉制御するバルブ(40) e インナーバレル(20)に沿って移動し得るものとされたボルト(2) f ボルト(2)におけるインナーバレル(20)の後方となる部分内に設けられ,ボルト(2)と一体的に移動するシリンダーブロック内底面(53) f’ボルト(2)におけるインナーバレル(20)の後方となる部分内に設けられ,ボルト(2)と一体的に移動する可変容積圧力室(54) g 装弾室(52)と,シリンダーブロック内底面(53)及び可変容積圧力室(54)との間に配され,ボルト(2)の移動方向に沿う方向に移動可能とされたノズルブロック(22) h ノズルブロック(22)内において移動可能に設けられた栓(25) イ マルゼン製品の作動状況 イ号物件の作動状況は,以下のとおりである(別紙「作動図AないしG」参照)。なお,ロ号物件の作動もイ号物件の@ないしGと同一であるが,ロ号物件は連発式の機構となっており,トリガ(11)を引いている間,以下のAないしGの作動を繰り返す。
@ ボルトハンドル(3)を手で後方に引き,ボルト(2)を後退させ,弾丸(31)を装弾室(52)に供給する準備をする。
A トリガ(11)を手で引くと,ボルト(2)が前進し,それに伴ってノズルブロック(22)が前方へ移動し,弾丸(31)が装弾室(52)に装填される(図A)。
B ボルト(2)が前進し,最前進位置に達した後,ハンマー(6)が前方に回転し,バルブ(40)を前方に押圧し,第1気室(42)内の圧縮ガスが吸排気口(38)から流入し,ノズルブロック(22)内の第2気室(36)及びバレル側通気孔(35)を通じて装弾室(52)へ供給される(図B)。
C 吸排気口(38)からノズルブロック(22)内の第2気室(36)及びバレル側通気孔(35)を通じて装弾室(52)へ供給された圧縮ガスによって,弾丸(31)が銃口方向に押し出され,加速される(図C)。
D 弾丸(31)がインナーバレル(20)の先端から発射されたことによるバレル側通気孔(35)のガス圧の低下によって,栓(25)が前方に移動し,吸排気口(38)からバレル側通気孔(35)を通じて装弾室(52)へ至るガスの供給が遮断され,それにより,圧縮ガスは吸排気口(38)からノズルブロック(22)内の第2気室(36)及びシリンダーブロック側通路(37)を通じてシリンダーブロック内底面(53)及び可変容積圧力室(54)へ供給されて,圧縮ガスがシリンダーブロック内底面(53)に作用して可変容積圧力室(54)が拡大され,ボルト(2)及びシリンダーブロック(23)が後退を開始する(図D)。
E ボルト(2)の後退により,シリンダーブロック(23)がハンマー(6)に接触し,ハンマー(6)が後方に回転して,ハンマー(6)によるバルブ(40)の押圧が解かれ,バルブ(40)が後方へ移動して,第1気室(42)から吸排気口(38)への圧縮ガスの流入がバルブ(40)により遮断される(図E)。
F 第1気室(42)から吸排気口(38)への圧縮ガスの流入が止まった後もボルト(2)及びシリンダーブロック(23)は慣性により後退し続け,ノズルブロック(22)がシリンダーブロック(23)から外れ,その隙間から圧縮ガスが排出される(図F)。
G シリンダーブロック(23)内部のガスが排出された後,スプリング(56)の付勢により,ノズルブロック(22)がシリンダーブロック(23)内部に収納され,次の弾丸を装弾室(52)へ装填する準備がなされる(図G)。
H なお,イ号物件では,連発式と単発式の切換えが可能になっており,連発式に設定した場合,トリガ(11)を引いている間,上記AないしGの作動が繰り返される。
ウ 被告ら及び補助参加人の主張に対する反論(本項において記載する番号は,別紙「被告ら説明書」添付図面に対応するものである。) (a) 別紙「被告ら説明書」@のうち「栓スプリング30の後方への付勢により軽く接触している」との点は否認する。被告ら及び補助参加人の説明にもあるように,栓25の後端の円錐状部分dは,栓スプリング30の後方への付勢により,シリンダーブロック側通路37のバレル側開口部に,それを確実に閉塞すべく,しっかりと押しつけられて接触しているのであり,「軽く」接触しているものではない。また,@の状態に対応する図面は,別紙「被告ら説明書」添付の図面(以下「被告図面」という。)aのみであり,被告図面bは対応していない。
(b) 別紙「被告ら説明書」A前段のうち「栓25の中央径大部bと円柱状部分cの下面にガス圧がかかり,栓25を上方に持ち上げ,円錐状部分dとシリンダーブロック側通路37との接触が解除され,吸排気孔38から流入された圧縮ガスは,バレル側通気孔35及びシリンダーブロック側通路37の双方に同時に流入する。」との点は否認する。
マルゼン製品は,栓25の後端の円錐状部分dが,その最大径部を残して大部分がシリンダーブロック側通路37の中にバレル側開口部から入り込むことにより,シリンダーブロック側通路37のバレル側開口部を確実に閉塞するものとされている。そして,栓25の後端の円錐状部分dの大部分がシリンダーブロック側通路37の中に入り込む状態は,コイルスプリング30により加えられる後方への付勢力によってとられ,かかる状態のもとにあっては,栓25は,その円錐状部分dがその最大径部を残しての大部分がシリンダーブロック側通路37の中に入り込んでいることにより,上下方向を含むシリンダーブロック側通路37の仮想中心軸線に直交する方向への移動は行えない。このような,円錐状部dを備えた栓25の構造は,それによってシリンダーブロック側通路37のバレル側開口部を閉塞してシリンダーブロック側通路37を閉状態とするとき,シリンダーブロック側通路37の仮想中心軸線に直交する方向への移動を阻止して,シリンダーブロック側通路37の閉状態を確実に維持することが意図されたことによるものであることは明らかである。すなわち,栓25の後端の円錐状部分dは,吸排気口38が開状態となり第2気室36にガスが流入した際,ガスがシリンダーブロック側通路37に流入しないようにそのバレル側開口部を確実に閉塞する作用を果たすものとされているのであり,円錐状部分dを備えた栓25の構造からして,吸排気孔38から流入するガスの圧力によって栓25が上方に持ち上げられることは考えられない。仮に,吸排気孔38から流入した圧縮ガスがバレル側通気孔35だけでなくシリンダーブロック側通路37に漏れいることがあるとしても,その際,シリンダーブロック側通路37に流入するガスは,実際の製造上回避できない栓25の後端の円錐状部分dとシリンダーブロック側通路37のバレル側開口部との間の極めて微細な間隙を通じたものであって,その量は製造上の誤差の範囲内のものである。したがって,被告ら及び補助参加人のマルゼン製品についての上記説明は誤りである。
(c) 別紙「被告ら説明書」A後段のうち「同時に第2気室36からシリンダーブロック側通路37に向かうガスは,シリンダーブロック23を後退させ始める」との点は否認する。
上記のように,第1気室42内の圧縮ガスが,吸排気孔38を経て,第2気室36内に流入すると,栓25の中央径大部bと円柱状部分cの下面にガス圧がかかり,栓25の後端を上方に持ち上げ,円錐状部分dとシリンダーブロック側通路37との接触が解除されるとする被告ら及び補助参加人の主張は,栓25の形状などマルゼン製品の構造に照らしてあり得ないことは明らかであり,吸排気孔38から流入した圧縮ガスがバレル側通気孔35及びシリンダーブロック側通路37の双方に同時に流入するとしても,シリンダーブロック側通路37に流入するガスの量は,製造上の誤差の範囲内のものであり,その流入量は微量であり,これによりボルト2が後退することはない。仮に被告ら及び補助参加人主張の通り,弾丸31がインナーバレル20内へ移動するときシリンダーブロック23が微妙に後退しているとしても,それはシリンダーブロック側通路37に流入したガスによるものではなく,ボルト2が最前進した際における部材どうしの衝突に伴う反動によるものであって,ガスによるシリンダーブロック23の後退は認められない。したがって,被告ら及び補助参加人のマルゼン製品に関する上記の説明は誤りである。また,被告図面cのような現象もマルゼン製品にはみられない。
(d) 別紙「被告ら説明書」Bのうち「シリンダーブロック側通路37に流入された圧縮ガスの圧力で,シリンダーブロック23は更に後方に後退している。」との点は否認する。
上記(b)に述べたように,吸排気孔38から流入された圧縮ガスが,バレル側通気孔35及びシリンダーブロック側通路37の双方に同時に流入するということは,マルゼン製品の構造に照らしてあり得ないことであり,そのガスによるシリンダーブロック23の後退も認められない。したがって,シリンダーブロック側通路37に流入された圧縮ガスの圧力で,シリンダーブロック23が更に後退するということもなく,被告図面dのような現象も,マルゼン製品にはみられないものである。
(e) 別紙「被告ら説明書」Cのうち「弾丸31の発射にともない,銃口側から排出され,バレル側通気孔35内は第2気室36に比し相対的に減圧する。そのため,栓25は栓スプリング30の付勢に抗し銃口側に吸引され移動し,栓25の中央径大部bで第2気室36とバレル側通気孔35とを遮断し,ガスはすべてシリンダーブロック側通路37に流入し,シリンダーブロック23が更に後退する。」との点は否認する。
上記(b)で述べたように,吸排気孔38から流入された圧縮ガスが,バレル側通気孔35及びシリンダーブロック側通路37の双方に同時に流入するということは,マルゼン製品の構造に照らしてあり得ないことであり,そのガスによるシリンダーブロック23の後退も認められない。したがって,バレル側通気孔35内が第2気室36に比し相対的に減圧するため,栓25は栓スプリング30の付勢に抗し銃口側に吸引され移動し,栓25の中央径大部bで第2気室36とバレル側通気孔35とを遮断し,ガスはすべてシリンダーブロック側通路37に流入し,シリンダーブロック23が更に後退するとの説明は誤りである。
弾丸31がインナーバレル20の先端から発射されたことによるバレル側通気孔35のガス圧の低下によって,栓25が前方に移動し,吸排気孔38からバレル側通気孔35を通じて装弾室52へ至るガスの供給が遮断され,それにより圧縮ガスは吸排気孔38からノズルブロック22内の第2気室36及びシリンダーブロック側通路37を通じてシリンダーブロック内底面53及び可変容積圧力室54へ供給されて,圧縮ガスがシリンダーブロック内底面53に作用して可変容積圧力室54が拡大され,ボルト2及びシリンダーブロック23がガス圧による後退を開始するのである。被告図面eは,弾丸がインナーバレル先端から発射されてからある程度の時間が経過した後の状況としてなら理解できるが,発射直後の状況とするなら,誤りである。
(被告ら及び補助参加人の主張) ア マルゼン製品の構造について マルゼン製品が原告主張の構成のうちaないしf及びhの構成を備えていることは認めるが,f’及びgの構成を有する点については否認する。
別紙物件目録添付の図面(以下「目録添付図面」という。)記載の(54)の空間は,被告図面fに記載したように,被告図面fの時点では,ノズルブロック(22)の後部が,シリンダーブロック(23)の開口端部より離脱しており,「圧力室」を形成することはない。したがって,「ボルト(2)と一体的に移動する可変容積圧力室(54)」も存在せず,マルゼン製品をf’,gのように説明することは事実と相違する。
イ マルゼン製品の作動状況について マルゼン製品の作動状況は,別紙「被告ら説明書」記載のとおりである。
(2) マルゼン製品は本件発明1の技術的範囲に属するか (原告の主張) ア マルゼン製品の構造は,前記(1)(原告の主張)記載のとおりであり,その構成aないしhはそれぞれ本件発明1の構成要件AないしHをすべて充足するから,マルゼン製品は本件発明1の技術的範囲に属する。
また,本件発明1は,弾丸の発射がトリガに対する操作に対して迅速に応答して行われ,しかも装弾室から発射される弾丸がスライダ部の移動による影響を受けて,その弾道に狂いが生じることになる事態が回避されるという作用効果を有するものであるところ,マルゼン製品も全く同一の作用効果を奏するものであり,マルゼン製品が本件発明1の技術的範囲に属することは明らかである。
構成要件Hを充足することについて 被告ら及び補助参加人は,マルゼン製品は本件発明1の構成要件Hを充足しないと主張するが失当である。被告ら及び補助参加人の主張する点については,すでに補助参加人も被告となったマルゼン地裁判決及びマルゼン高裁判決において結論が出ているというべきであるが,念のため反論すれば以下のとおりとなる。
まず,本件発明1は,ガス通路制御部が,第1の状態において,第1のガス通路を開状態,第2のガス通路を閉状態とする位置にあり,弾丸の発射後直ちに,第1のガス通路を閉状態,第2のガス通路を開状態とするように装弾室方向に移動することにより,第2の状態に移行する構成を有するものであって,第1の状態において,第2のガス通路は閉状態であり,この間に装弾室の弾丸が発射された後に,直ちに,ガス通路制御部の瞬間的な移動により第2の状態に移行し,第1のガス通路が閉状態となり,受圧部がガス圧を受けることでスライダ部及び可動部材が後退を開始するものである。
この点,マルゼン製品の栓(25)の後端の円錐状部分dは,吸排気口(38)が開状態となり第2気室(36)にガスが流入した際,ガスがシリンダーブロック側通路(37)に流入しないようにその開口部を閉塞する作用を果たすものとされていることが明らかであるから,被告ら及び補助参加人主張のように吸排気口(38)から流入した圧縮ガスがバレル側通気孔(35)及びシリンダーブロック側通路(37)の双方に同時に流入するとしても,その際シリンダーブロック側通路(37)に流入するガスの量は,製造上の誤差の範囲内のものである。そして,このように弾丸発射前にシリンダーブロック側通路(37)に流入するガスの量が製造上の誤差の範囲内のものであり,そのガスによるシリンダーブロック(23)の後退も認められないのであるから,弾丸発射前において,第1のガス通路に当たるバレル側通気孔(35)は開状態,第2のガス通路に当たるシリンダーブロック側通路(37)は閉状態というべきであって,その余の構成要件Hの要件に該当する構成が存することは明らかであるから,マルゼン製品は,本件発明1の構成要件Hを充足するというべきである。
なお,本件発明1の構成要件Hにおける「スライダ部の後退」とは,可動部材の後退を生じさせて次弾供給の準備を行うための後退でなければならないが,「スライダ部のわずかな後退」という微動は,本件発明の構成要件Hにいう「スライダ部の後退」には該当しないというべきである。また,吸排気口(38)から流入した圧縮ガスがバレル側通気孔(35)及びシリンダーブロック側通路(37)の双方に同時に流入するとしても,その際シリンダーブロック側通路(37)に流入するガスの量は,製造上の誤差の範囲内のものであって,「微動するにもガス圧は相当量必要」との主張は当たらない。
同一の作用効果を奏することについて 本件発明の目的の1つは,装弾室に装填された弾丸の発射後にスライダ部の移動が開始され,その結果,弾丸がスライダ部の移動による影響を受けて弾道に狂いが生じる事態が回避されることになる自動弾丸供給機構付玩具銃を提供する点にあり,そのため,第1の状態において第2のガス通路は閉状態であることを要するものであるが,マルゼン製品も同様の作用効果を奏するものである。 (被告ら及び補助参加人の主張) ア 原告の主張は否認する。以下に述べるとおり,マルゼン製品は本件発明1の構成要件Hを充足しない。
イ 本件発明1の構成要件Hは,第1のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを装弾室に供給し弾丸を供給する第1の状態から,弾丸の発射後に第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて弾倉部の一端から装弾室への弾丸(次弾)の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部を備えていることが要件となっている。
このことは,本件明細書1に,本件発明1の作用効果として,次のような記載がされていることからも明らかである。
「第1のガス通路を開状態にして,蓄圧室からのガスを,ガス導出通路及び第1のガス通路を通じて装弾室に供給し,装弾室に供給された弾丸の発射に利用する動作状態から,第2のガス通路を開状態にして,蓄圧室からのガスを,ガス導出通路部及び第2のガス通路を通じて受圧部に作用させ,それによりスライダ部を後退させる動作状態に移行する。それにより装弾室に供給された弾丸が発射された後,ガス導出通路部が開状態にされている期間に後退を開始したスライダ部は,ガス導出通路部が開状態にされた直後において,受圧部とともに慣性により最後退位置まで後退し,…(中略)…最後退位置に到達したスライダ部は前進に転じ,そのスライダ部の前進に伴って前進する可動部材により,弾倉部の一端に配された弾丸が装弾室に供給される。…(中略)…トリガが操作されると,蓄圧室からのガスが,直ちに装弾室に供給されて装弾室に供給された弾丸の発射に利用され,その後スライダ部の後退及びその後退に伴う可動部材の後退に利用される状態が確実に得られる。その結果,弾丸の発射がトリガに対する動作に迅速に応答して行われ,しかも,装弾室から発射される弾丸が,スライダ部の移動による影響を受けて,その弾道に狂いが生じることになる事態が回避される。」(本件公報1・6欄39行ないし7欄13行) 本件明細書1の他の部分を見ても,第1のガス通路が開状態の間に第2のガス通路が開状態となり,スライダ部の後退が始まっていてもよいことを示唆する記載は一切存在しない。
ウ マルゼン製品は,被告ら説明書に説明したとおり,吸排気口(38)が開状態の期間において,第1気室(42)からのガスを,吸排気口(38)から第2気室(36)内に流入させ,流入したガスは前後2方向に分かれ,前方に向かうガスはバレル側通気孔(35)から装弾部(52)に供給され弾丸(31)をインナーバレル(20)内に前進させると同時に,後方シリンダーブロック側通路(37)に向かうガスは,シリンダーブロック(23)を後退させ始める構成をとっている。すなわち,マルゼン製品における栓(25)は,ガスを始めにバレル側通気孔(35)に流入させ,その後シリンダーブロック側通路(37)に流入させるという開閉制御を行うものではなく,ガスが第2気室(36)内に流入する当初から両通路とも開状態とする点で,本件発明1の構成要件Hと異なる構成をとっている。
現にマルゼン製品ではわずかではあるが弾丸の発射より前にシリンダーブロック(23)に一体に固定されているボルトハンドル(3)が後退する現象が起きているのであって,このように,わずかではあってもボルト(スライダ部)が後退するということは,弾丸が銃口から発射される前に第2のガス通路に蓄圧室からのガスが侵入して受圧部に作用して生じる動きがあることの証左である。静止しているスライダ部を動かす力は大であり,微動するにもガス圧は相当量必要であり,この後退に伴う反動,発射される弾丸の弾道への影響は無視することはできない。
エ また,構成要件Hにいう「第1の状態」とは,トリガが操作されてガス導出通路部が開状態とされ,第1のガス通路が開の状態にあるときから,装弾室から移動した弾丸が銃身内を通過して銃口から発射された後,第1のガス通路が閉状態にされるまでの間を意味すると解されるところ,本件発明1の作用効果である「装弾室から発射される弾丸が,スライダ部の移動による影響を受けて,その弾道に狂いが生じることになる事態が回避される」ためには,第1の状態を通じて第2のガス通路は閉状態とされていなければならないことになる。
しかしながら,マルゼン製品においては,実験結果から明らかなように,本件発明1の「ガス導出通路部」に相当する吸排気口(38)が開状態となる第1の状態初期段階から第2のガス通路が開となっているのであって,第1の状態において,第2のガス通路が閉状態とされていることはない。したがって,マルゼン製品の構成では,本件発明1の作用効果を奏することはできず,この点からも,マルゼン製品が本件発明1の構成要件を充足することはないというべきである。栓(25)の後端部dが円錐形状をしている主な目的は,栓(25)の中心位置を決めるためであってシリンダーブロック側通路(37)の開口部を閉塞するためではないのである。栓(25)の後端部dがシリンダーブロック側通路(37)の開口部を閉状態にするために存在するのであれば,栓(25)に付勢力を与える栓スプリング(30)としても相当強いバネを使用しなければならないはずであるが,実際には極めて弱いものを使用しており,シリンダーブロック側通路(37)の開口部を閉塞する栓としての機能は有しないものである。
オ さらに,本件発明1については,補助参加人及び有限会社丸前商店等が特許無効審判を請求したところ(無効2002-35210),無効審判請求は成り立たないとする審決(以下「本件審決」という。)がなされたが,その理由の中で,本件発明1の構成要件Hについて,ガス導出通路部が開状態とされている期間において,ガス通路制御部が,スライダ部を後退させるに止まらず,それに伴う可動部材の後退を生じさせるまでの制御を行うという動作が必要とされるものであるとの要旨認定がなされた。
仮に,構成要件Hがこのようなものであるとすると,マルゼン製品においては,「第1気室(42)から吸排気口(38)への圧縮ガスの流入がバルブ(40)により遮断される」(別紙作動図E)というガスの流入が遮断される時点では,本件発明1の可動部材に相当するノズルブロック(22)は未だ最前進位置にあり後退は生じていない。これに続く,「第1気室(42)から吸排気口(38)への圧縮ガスの流入が止まった後」(別紙作動図F)の時点でも,ノズルブロック(22)の後退は認められない。ノズルブロック(22)が後退するのは,その後,「シリンダーブロック(23)内部のガスが排出された後,スプリング(56)の付勢により,ノズルブロック(22)がシリンダーブロック(23)内部に収納され次の弾丸を装弾室(52)へ装填する準備がなされる」(別紙作動図G)時点である。したがって,マルゼン製品は,この点からも本件発明1の構成要件Hには該当しないものというべきである。
(3) 本件特許権1に明らかな無効事由があるか (被告ら及び補助参加人の主張) 本件発明1は,以下に詳述するとおり,平成5年10月1日発行の「月刊アームズ・マガジン10月号」の原告の製品に関する記事(乙4号証,以下「本件記事」という。)の記載及び平成5年2月5日公開の実開平5-8285公開の実願平3-64235号のCD-ROM(乙6号証)記載の発明から玩具銃分野における通常の知識を有する者が容易に発明できたので,発明の進歩性を欠き,特許法29条2項に違反して特許された無効事由があることが明らかである。したがって,原告の本件特許権1に基づく請求は,権利の濫用に当たり許されない。
ア 解決課題及び玩具銃の作用効果について 本件記事に記載された技術的事項(以下「乙4の技術的事項」という。
同発明の部位の名称については,乙5号証参照。)の解決課題及び作用効果については,以下の記載がある。
@「今までの1ウェイはスライドが下がってから弾が発射される物で,この点で実銃と大きく違っていた。しかもBB弾の着弾が狙点より下がる傾向もあった。BB弾がバレル内で加速を始める前にスライドが後退する為,その反作用で銃が前に押され,人間が手に持って発射した場合,どうしてもバレル先端が下を向き着弾が下がってしまうのだ。」 A「それに対しウエスタン・アームズの物は先にBB弾を発射し,その後でスライドが後退するのである,,これによってスライド後退の反動で,着弾が下がる事もなくなった。しかもただスライドが下がるのではなく,実銃と同じ“ロックド・ショート・リコイル”の作動をするのだ。バレルとスライドは確実にロックされていて,ショート・リコイルによってロッキング・ブロックが下がる事で初て開放される。たかだか数kgf/cm2の圧力の低圧ガスで,これ程リアルな作動を実現したのは,驚異という他はない。」 これらの乙4の技術的事項の解決課題,作用効果は,本件発明1の解決課題及び作用効果と共通する。
イ 本件発明1の構成要件Aについて 乙4の技術的事項においては,マガジンはグリップ内に配されるものであるから,同発明のグリップは本件発明1のグリップ部に該当し,乙4の技術的事項のマガジンは,本件発明1の弾倉部に該当する。よって,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件A「グリップ部内に配される弾倉部」を充足する。
ウ 本件発明1の構成要件Bについて 乙4の技術的事項においては,タンク若しくはガス・タンクはグリップ内に配されるものであり,グリップ内のガス通路1,ガス通路2及びガス通路3を通ってタンク内のガスは,シリンダーノズル,ラバーチェンバーに至るものである。よって,乙4の技術的事項のガス通路部は本件発明1のガス導出通路部に該当し,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件B「グリップ部内にガス導出通路部が連結されて配される蓄圧室」を充足する。
エ 本件発明1の構成要件Cについて 乙4の技術的事項においては,ラバーチェンバーはバレルの後端部かつ,マガジンの上端近くに位置し,ラバーチェンバー内にはBB弾が装着されるものである。よって,乙4の技術的事項のバレルは,本件発明1の銃身部に該当し,乙4発明のラバーチェンバーは本件発明1の装弾室に該当するものであるから,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件C「銃身部の後端部に設けられ,弾倉部における一端の近傍に配される装弾室」を充足する。
オ 本件発明1の構成要件Dについて 乙4の技術的事項においては,トリガーはラバーチェンバーに装着されたBB弾を発射するために操作され,トリガーが操作されると,ハンマーが倒れインパクトバルブ(放出バルブ)を開いてBB弾を飛ばすものである。よって,乙4の技術的事項のトリガーは本件発明1のトリガに該当し,乙4の技術的事項のインパクトバルブ(放出バルブ)は本件発明1の開閉弁部に該当するものであるから,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件D「装弾室に供給された弾丸を発射させるべく操作されるトリガに連動してガス導出通路部を開閉制御する開閉弁部」を充足する。
カ 本件発明1の構成要件Eについて 乙4の技術的事項においては,本件記事の説明及び図示からすると,スライダはバレル後方に後退するものである。本件発明1における「銃身部に沿って移動する」とは,本件明細書1図7ないし図11に示すようにスライダ部が後退し,その後図12に示すように前進することを意味すると考えられることから,乙4の技術的事項におけるスライダもバレルに沿って移動するといえる。よって,乙4の技術的事項は本件発明1の構成要件E「銃身部に対して設けられ,該銃身部に沿って移動し得るものとされたスライダ部」を充足する。
キ 本件発明1の構成要件Fについて 乙4の技術的事項において,ピストンBは,ピストンAの内部に設けられ,両ピストンはバレルの後方かつシリンダーノズル及びシリンダー(切り替えバルブ)内に設けられ,インパクトバルブが開いた状態で,タンク内のガスがインパクトバルブからシリンダー(切り替えバルブ)とピストンA及びピストンBの間に入りこれらを押すものである。そして,ピストンA及びピストンBはスライドと一体的に移動する部材である。したがって,本件発明1における「受圧部」の要件をピストンA及びピストンBは充足する。よって,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件F「該スライダ部における上記銃身部の後方となる部分内に設けられ,上記スライダ部と一体的に移動する部材である受圧部」の要件を充足する。
ク 本件発明1の構成要件Gについて 本件記事には,乙4の技術的事項の説明として以下の記載がある @ シリンダーノズルは,ラバーチェンバーとピストンA及びピストンBとの間に銃口側は小径で段差を介した後方は径大に設けられる旨,更にスライド上部前端には下方向に突起した凸部の存在が図示される(本件記事38頁図面)。同図面によれば,シリンダーノズルは,小径部分と大径部とが略等しい長さからなり,ピストンA及びピストンBとラバーチェンバーとの間にはシリンダーノズルの小径部と大径部の略1/3,すなわちシリンダーノズルの大半が位置する。更に,作動中に関しては,ピストンA及びピストンBとラバーチェンバーとの間に占めるシリンダーノズルの割合は更に大きくなる([推測図]@ないしC)。
A「ブロックが降下した後はスライドのみ後退し,ハンマーをコックする。流入口からガスが排気されれば,シリンダーもスプリングで元に戻る。この後リコイル・スプリングでスライドは前進し,最初の状態に戻る」との説明,[推測図]Bからさらに,ピストンA及びピストンBは後退し特にピストンBはピストンAよりも後退することで,スライド及びスライド上部前端に設けられた凸部が後退しハンマーがさらに引かれているが,未だシリンダーノズルがマガジン上部に位置しており,凸部はシリンダーノズルの段差に[推測図]Bより近接しているが,BB弾がラバーチェンバーへ入ることが出来ない旨の図示がある(本件記事[推測図]C)。
B また,[推測図]@におけるハンマー位置と対比すると,[推測図]Cに記載される状態はスライド後退の途中であることが分かり,[推測図]Aの図示からは,スライドは[推測図]Cの状態から更に後退するとともに,シリンダーノズルはその段差にスライドに設けられた凸部が係止され,スライドの後退とともに後退するものである。原告は,シリンダーノズルがマガジン上部から移動されることは,上記[推測図]@ないしCには図示されているわけではないと主張するが,ラバーチェンバーからBB弾がなくなると次弾をマガジンから補給しなければならず,そのためには邪魔をしているシリンダーノズルがマガジン上部から移動する必要があるのであって,そのことは,上記[推測図]@ないしCの記載や本件記事40頁上段の写真及びコメントから合理的に推測されるのであって,原告の批判は当たらない。
したがって,乙4の技術的事項において,シリンダーノズルはラバーチェンバーとピストンAとピストンBとの間に配され,スライダの移動方向に沿う方向に移動可能とされるものであるから,乙4の技術的事項のシリンダーノズルは本件発明1の可動部材に該当し,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件G「装弾室と受圧部の間に配され,スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされた可動部材」を充足する。
ケ 本件発明1の構成要件H@について 乙4の技術的事項において,シリンダー(切り替えバルブ)は,本件発明1の可動部材に該当するシリンダーノズル内を移動する。したがって,乙4の技術的事項におけるシリンダー(切り替えバルブ)は,本件発明1のガス通路制御部に該当し,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件H@を充足する。
コ 本件発明1の構成要件HAについて 本件記事には,乙4の技術的事項の説明として以下の記載がある。
@「トリガーを引くとハンマーが倒れ,放出バルブを開いてBB弾を飛ばす」との記載及びシリンダー(切り替えバルブ)のシリンダー銃口側先端に設けられる突起はシリンダーノズル内のラバーチェンバーに至る空間を未だ塞いでおらず,トリガーが引かれインパクトバルブが開きタンク内のガスがインパクトバルブからシリンダー(切り換えバルブ)とシリンダーノズルの隙間を通り,ラバーチェンバーに至り,BB弾を銃口側へ移動する旨の矢印による図示がある(本件記事39頁[推測図]@)。
A「一瞬遅れて切り替えバルブを叩き,ガスをシリンダー内に入れる」との記載並びにハンマーがシリンダー(切り替えバルブ)の後部を叩き,そのためシリンダー(切り替えバルブ)は銃口側に移動してシリンダー(切り替えバルブ)先端の突起はシリンダーノズルの銃口側空隙を塞ぐ旨,さらに,インパクトバルブが開いた状態で,タンク内のガスがインパクトバルブからシリンダー(切り替えバルブ)とピストンA及びピストンBの間に入り,これらを押す旨の矢印による図示がある(本件記事39頁[推測図]A)。
すなわち,「本件発明1のガス導出通路部に該当する乙4の技術的事項のガス通路1ないし3から,本件発明1の可動部材に該当するシリンダーノズル内を通じて,本件発明1の装弾室に該当するラバーチェンバーに至るガス通路4」及び「本件発明1のガス導出通路部に該当するガス通路1ないし3から,本件発明1の可動部材に該当するシリンダーノズル内を通じて,本件発明1の受圧部に該当するピストンA及びピストンBに至るガス通路5」の記載が,本件記事にはあるといえる。原告は,「ガス通路5」は,「ガス通路1ないし3」から,シリンダーノズル内ではなく,シリンダー(切り替えバルブ)内を通じてピストンA及びピストンBの銃口側端面に至るものとされていると主張するが,「ガス通路5」は,蓄圧室から「ガス通路1ないし3」を通じ,更にシリンダーノズル大径部下方のガス通路1〜3に通じるガス通路及びシリンダー(切り替えバルブ)内を通じてピストンA及びピストンBの銃口側端面に至るものであり,シリンダーノズル内を通じているということは可能である。また,シリンダー(切り替えバルブ)は,シリンダーノズルの中に入っているのだから,この点からみても「ガス通路5」がシリンダーノズル内を通じているということは可能である。
そして,乙4の技術的事項は,ハンマーがシリンダー(切り替えバルブ)の後部を叩き,そのためシリンダー(切り替えバルブ)は銃口側に移動してシリンダー(切り替えバルブ)先端の突起はシリンダーノズルの銃口側空隙を塞ぎ,インパクトバルブが開いた状態で,タンク内のガスがインパクトバルブからシリンダー(切り替えバルブ)とピストンA及びピストンBの間に入りこれらを押すガス通路5のあるものであるから,シリンダー(切り替えバルブ)が,ガス通路4及びガス通路5を開閉制御する構成を備えるものである。原告は,「ガス通路5」の主要部は,シリンダーノズルの大径部に設けられた透孔及びシリンダーノズルの大径部の一部分によって開閉制御されるのであって,シリンダー(切り替えバルブ)によって開閉制御されるのではないと主張するが,[推測図]によれば,「ガス通路5」が開閉制御される間,シリンダーノズルに設けられた透孔及びシリンダーノズルの大径部の一部分とも移動していないのであり,これらの部分が「ガス通路5」を開閉制御することはないというべきである。
以上より,乙4の技術的事項のシリンダー(切り替えバルブ)は,本件発明1におけるガス通路制御部に該当し,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件HA「ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し」を充足する。
サ 本件発明1の構成要件HBについて 上記において指摘した本件記事の記載から,乙4の技術的事項においては,本件記事39頁[推測図]@に図示される状態が,本件発明1における「第1の状態」に該当し,同[推測図]AないしCに図示される状態及びそれに続く状態が,本件発明1における「第2の状態」に該当するといえる。そして,上記[推測図]@の状態から同[推測図]AないしC及びC以後の状態への移行はシリンダー(切り替えバルブ)の移動によって行われる。原告は,シリンダーノズルがマガジン上部から移動されることは,上記[推測図]@ないしCには図示されているわけではないと主張するが,上記クBにおいて述べたとおり原告の批判は当たらない。
さらに,本件発明1出願前の平成5年2月5日公開のCD-ROM(乙6号証)には,「玩具空気銃」に関し以下の記載がある。
「そしてこの弾機の力による遊底の前進に伴ってピストンロッドも前進し,シリンダー室内でボルトの貫通孔に突出軸が入り,かつボルトもピストンロッドの前端面に押されて前進する。その際ボルトの前端は,弾丸把持チャンバーの後ろに供給された弾丸を前方に押出し,弾丸把持チャンバー内に弾丸を送りこみ,遊底も元の状態に戻る。」(同CD-ROM【0019】),「この様にして次弾の発射準備が整えられ,したがって更に引金を引くことにより前記した一連の動作が繰り返される。」(同CD-ROM【0020】),「また上記弾倉部3の上端の両側の係止縁9,9は弾丸把持チャンバー15の後に位置しており,このチャンバー15の後端にボルト18の前端が接している場合はボルト18が両端の係止縁9,9の間の間隙を通っている。従って弾丸6は当該ボルト18に押えられ,各係止縁9の真下には上がってこれない。」(同CD-ROM【0033】) これらの記載は,弾丸把持チャンバーへの弾丸の補充に関する記載であるが,弾丸把持チャンバーは本件発明1の装弾室に相当するものであり,本件明細書1に開示された装弾室への弾丸の補充については,この公知文献により既に公知であったというべきである。
また,乙11号証(平成5年2月1日発行の「月刊アームズ・マガジン2月号」)には,自動弾丸供給機構付玩具銃についての記載がある。
上記のような公知文献に照らすならば,本件記事の記載も自動弾丸供給機構付玩具銃の構成を説明しているものと解するのが自然である。
以上より,乙4の技術的事項のシリンダー(切り替えバルブ)は,本件発明1にいう「ガス通路制御部」に該当し,したがって,乙4の技術的事項は本件発明1の構成要件HB「開閉弁部によりガス導出通路部が開状態とされている期間において,前記第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,前記第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行する」を充足する。
シ 本件発明1の構成要件Iについて 本件記事には,乙4の技術的事項の説明として以下の記載がある。
@ マガジン内には5発のBB弾が収納されている旨の図示がある(本件記事38頁図面,[推測図]@ないしC)。BB弾発射後は,スライドが後退する旨の図示があり,[推測図]@におけるハンマー位置と対比すると,[推測図]Cに記載される状態はスライド後退の途中であることが判る。
A 「ブロックが降下した後はスライドのみ後退し,ハンマーをコックする。流入口からガスが排気されれば,シリンダーもスプリングで元に戻る。この後リコイル・スプリングでスライドは前進し,最初の状態に戻る」との記載図示がある(本件記事[推測図]C,説明)。
ここで「ハンマーがコック」されるとは,ハンマーが水平方向になるまでスライドが後退して,ハンマー上にスライドが被さることでハンマーの垂直への移動を押える状態をいう。このときシリンダーノズルはスライド上部前端に設けられた凸部に引っ掛けられてスライドとともに後退する。この結果マガジン上部からシリンダーノズルが移動し,最上位に位置するBB弾はシリンダーノズルのあった位置に上昇する。リコイルスプリングでスライドが前進すると(本件記事[推測図]C参照),シリンダーノズルも前進し,最上位に位置するBB弾はシリンダーノズル先端に押されてラバーチェンバーに装弾される。
したがって,乙4の技術的事項の玩具銃は,マガジン内のBB弾が順次ラバーチェンバーに供給されるものであって,本件発明1にいう自動供給機構を備えるものである。なお,前記実願平3-64235号のCD-ROM(乙6)には弾丸把持チャンバーへの弾丸の補充についての記載があり,本件記事の記載もこれを前提としたものと解される。
以上より,乙4の技術的事項は,本件発明1の構成要件I「上記AないしHを備えて構成される自動弾丸供給機構付玩具銃」を充足する。
進歩性の欠如について 上記アないしシで述べてきたところから明らかなとおり,本件発明1の構成要件はすべて乙4の技術的事項に開示されている以上,本件発明1は新規性,進歩性を欠くものであり,明白な無効事由がある。
特に,本件明細書1において従来技術例として挙げられている実開平3-38593号公報に開示されている技術との比較において,乙4の技術的事項と本件発明1を比較した場合,「@従来技術では複数の弁を含むとされるガス通路制御部を1個の開閉弁部を含むガス通路制御部に変更し,A従来技術ではグリップ部内に配されていたガス通路制御部をスライダ部内に収納された可動部材内に配されたガス通路制御部に変更し,Bガス通路の構成が複雑なものとなってしまうことを避け,しかも,装弾室に装填された弾丸の発射後にスライダ部の移動が開始されることになるために,可動部材内に構成要件Hにあるような「第1のガス通路」及び「第2のガス通路」を設け,さらに,第1のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,第2のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを受圧部に作用させスライダ部及びそれに伴う可動部材の後退を生じさせて装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行するような,上記ガス通路の夫々を開閉制御するガス通路制御部を設けたこと」つまり構成要件Hの構成をとることという点では,全く同じ構成,作用効果を有するものである。このように乙4の技術的事項は,発明の最も重要な構成において本件発明1と同じ設計思想,作用効果を有するものであるから,乙4の技術的事項に基づいて本件発明1に想到することは極めて容易であるというべきである。 (原告の主張) 被告ら及び補助参加人の主張は争う。本件発明1が新規性及び進歩性を備えていることは明らかであり,無効事由はない。被告ら及び補助参加人の主張する,乙4の技術的事項と本件発明1の対比は以下の点において明らかに誤っているものである。
ア 本件発明1の構成要件Gについて (a) 被告ら及び補助参加人は,乙4の技術的事項におけるシリンダーノズルは,本件発明1の「可動部材」に該当し,本件発明の構成要件Gを充足すると主張するが誤りである。
まず,本件記事38頁の図面に示されるシリンダーノズルは,全体の中央部から銃口側に伸びる小径部と全体の中央部からハンマー側に伸びる大径部とを有して形成されており,その大径部内にシリンダー(切り替えバルブ)が収容されている。そしてシリンダーノズルの大径部内に収容されたシリンダー(切り替えバルブ)にはピストンAとピストンBが収容されており,ピストンAとピストンBとは,それらの銃口側端面がガス圧を受ける受圧部(本件発明1の構成要件F(受圧部)に相当する)を形成している。本件記事38頁の図面にあっては,シリンダーノズルの大径部内に収容されたシリンダー(切り替えバルブ)内におけるピストンAとピストンBの銃口側端面が形成する受圧部は,シリンダーノズルのハンマー側端部からその中央部に向かってシリンダーノズル全長の1/3ほど入り込んだ位置に達している。
これよりして,シリンダーノズルは,ラバーチェンバー(本件発明1の構成要件C(装弾室)に相当する。)と受圧部との間に配されたものではなく,ラバーチェンバーよりハンマー側の位置に,受圧部を内蔵するものとして配されているのである。いかにシリンダーノズルがラバーチェンバーとピストンA及びピストンBとの間に位置する事になる部分を有していようとも,シリンダーノズルがラバーチェンバーとピストンA及びピストンBとの間に設けられていることにはならない。
(b) また,本件記事38頁の図面,39頁の[推測図]@ないしC及び同[推測図]に関する説明のいずれにおいても,本件記事に示されるシリンダーノズルの移動については,一切図示されても記載されてもいない。すなわち,本件記事においては,シリンダーノズルが可動体であるか否か,ましてや,シリンダーノズルがスライド(本件発明1の構成要件E(スライダ部)に相当する。)の移動方向に双方向に移動可能とされているかどうかは不明である。
(c) それに対して,本件発明1の構成要件Gにいう「可動部材」は,装弾室と受圧部との間に配されなければならず,かつ,スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされていなければならない。したがって,乙4の技術的事項におけるシリンダーノズルは,本件発明1の構成要件Gにいう「可動部材」に該当するものでなく,乙4の技術的事項は,本件発明の構成要件Gを充足しない。
イ 本件発明の構成要件Hについて (a) 被告ら及び補助参加人は,乙4の技術的事項におけるシリンダー(切り替えバルブ)は,本件発明1のガス通路制御部に該当し,本件発明1の構成要件H@,同HA及び同HBを充足すると主張するが誤りである。
(b) 乙4の技術的事項における「ガス通路4」は,「ガス通路1ないし3」からシリンダーノズル内(シリンダー(切り替えバルブ)の外側)を通じてラバーチャンバーに至るものとされている。したがって,「ガス通路4」の主要部がシリンダーノズルに形成されており,それゆえ,実際にはシリンダーノズルは本件発明1の構成要件G(可動部材)に該当しないが,シリンダーノズルが本件発明1の構成要件G(可動部材)に該当すると仮定してみると,「ガス通路4」は,本件発明1における第1のガス通路に相当することになる。
(c) 一方,乙4の技術的事項における「ガス通路5」は,「ガス通路1ないし3」から,シリンダーノズル内ではなく,シリンダー(切り替えバルブ)内を通じてピストンA及びピストンBの銃口側端面に至るものとされている。すなわち,「ガス通路5」は,シリンダーノズル内を通じていないのであり,「ガス通路5」の主要部はシリンダーノズルに形成されていない。
この点に関し,「ガス通路5」の主要部はシリンダーノズルに形成されていないとする理由について明らかにする。
一般に,ある物Qが他の物Sの内部に収容されており,かつ物Sが更に他の物Tに収容されている場合,物Qは物Sの中にあるとともに物Tの中にあるということができる。これは,物Qの位置と物S及び物Tとの関係を表しているのであり,物Qの位置は物Qによってのみ定まる。
しかしながら,ガス通路がどこを通じているか,換言すれば,ガス通路がどこに形成されているかについては,ガス通路が,ガスの通り道,すなわち,空間であることからして,上記の物Qの位置の場合とは異なる。例えば,ガス通路が物Sに形成されている場合,たとえ,物Sが物Tに収容されていたとしても,ガス通路は物Sに形成されているのであって,物Tに形成されているのではない。すなわち,ガス通路が形成された物Sが物Tに収容されているに過ぎず,ガス通路は物S内を通じているのであって,物T内を通じているのではない。空間であるガス通路が,物Tに形成されて物Tを通じたものとされるためには,物T内であって物Sの外部を通じるものとされなくてはならない。
「ガス通路5」の場合,本件記事39頁の[推測図]Aから明らかな様に,「ガス通路5」の主要部はシリンダー(切り替えバルブ)に形成されており,そのシリンダー(切り替えバルブ)がシリンダーノズルの大径部に収容されているのである。すなわち,「ガス通路5」の主要部は,シリンダー(切り替えバルブ)に形成されているのであってシリンダーノズルに形成されているのではなく,「ガス通路5」の主要部が形成されたシリンダ(切り替えバルブ)がシリンダーノズルの大径部に収容されているに過ぎないのであり,「ガス通路5」はシリンダー(切り替えバルブ)内を通じているのであって,シリンダーノズル内を通じているのではない。
(d) 「ガス通路5」がシリンダーノズル内を通じないものであれば,実際にはシリンダーノズルは本件発明1の構成要件G(可動部材)に該当しないが,シリンダーノズルが本件発明1の構成要件G(可動部材)に該当すると仮定してみても,「ガス通路5」は,本件発明1における第2のガス通路に相当しないことになる。なぜなら,本件発明1における第2のガス通路は,ガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至るガス通路でなければならないからである。
(e) さらに,本件記事38頁の図面からわかるように,シリンダー(切り替えバルブ)がシリンダーノズルに形成された「ガス通路4」の主要部を開状態にするとき,シリンダー(切り替えバルブ)に形成された「ガス通路5」の主要部を閉状態にするものは,シリンダーノズルの大径部の一部分であり,また,シリンダー(切り替えバルブ)がシリンダーノズルに形成された「ガス通路4」の主要部を開状態にするとき,シリンダー(切り替えバルブ)に形成された「ガス通路5」の主要部を閉状態にするものは,シリンダーノズルの大径部に設けられた透孔である。すなわち,「ガス通路5」の主要部は,シリンダーノズルの大径部に設けられた透孔及びシリンダーノズルの大径部の一部分によって開閉制御されるのであって,シリンダー(切り替えバルブ)によって開閉制御されるのではない。
(f) このように,「ガス通路4」の主要部と「ガス通路5」の主要部とは,両者がシリンダーノズルに形成されていて,それらの夫々をシリンダーノズル内に配されたシリンダー(切り替えバルブ)が開閉制御するものとはされていない。そして,「ガス通路1ないし3」からシリンダー(切り替えバルブ)内を通じてラバーチェンバーに至る「ガス通路4」は,シリンダー(切り替えバルブ)によって開閉制御されるが,「ガス通路1ないし3」からシリンダー(切り替えバルブ)内を通じてピストンA及びピストンBの銃口側端面に至る「ガス通路5」は,シリンダーノズルの大径部に設けられた透孔及びシリンダーノズルの大径部の一部分によって開閉制御されるのであって,シリンダー(切り替えバルブ)によって開閉制御されるのではない。換言すれば,シリンダー(切り替えバルブ)は,「ガス通路4」については開閉制御するが,「ガス通路5」については開閉制御しない。
(g) さらに,本件記事39頁の[推測図]AないしC及びそれらについての説明にあっては,「ガス通路5」が開状態とされるとき,タンク(本件発明1の構成要件B(蓄圧室)に相当する。)からのガスをピストンA及びピストンBの銃口側端面に作用させてスライドを後退させることは記載されているが,それに伴ってシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジン(本件発明1の構成要件A(弾倉部)に相当する。)の一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行うことについては,一切記載されておらず,それゆえ,そのことを本件記事39頁の[推測図]AないしC上において読み取ることもできない。
したがって,シリンダー(切り替えバルブ)は,「ガス通路4」を開状態として,タンク(本件発明1の構成要件B(蓄圧室)に相当する。)からのガスをラバーチェンバーに供給する状態はとるが,「ガス通路5」を開状態として,タンクからのガスをピストンA及びピストンBの銃口側端面に作用させてスライドを後退させ,それに伴うシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジン(本件発明1の構成要件A(弾倉部)に相当する。)の一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行う状態はとらない。
(h) これに対して,本件発明1の構成要件H@ないしB(ガス通路制御部)は,可動部材内において移動可能に設けられ(H@),ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し(HA),開閉弁部によりガス導出通路部が開状態とされている期間において,第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させて,スライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行するもの(HB)でなければならない。乙4の技術的事項におけるシリンダー(切り替えバルブ)は,本件発明1のガス通路制御部に該当しない。
(i) なお,被告ら及び補助参加人は,実開平3-64235号のCD-ROMを挙げ,同CD-ROMの記載から,乙4の技術的事項が本件発明1の構成要件HBを充足することは明らかであると主張するが,失当である。なぜなら,たとえ,上記CD-ROMに弾丸把持チャンバーへの弾丸の補給についての記載があるとしても,そのことによって,乙4の技術的事項が変わるわけではなく,本件記事39頁の[推測図]AないしC及びそれらについての説明において,スライドの後退に伴ってシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジンの一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行うことが一切記載されておらず,同[推測図]AないしCに示されるシリンダー(切り替えバルブ)が,「ガス通路5」を開状態として,タンクからのガスをピストンA及びピストンBの銃口側端面に作用させてスライドを後退させ,それに伴うシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジンの一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行うという状態をとるものでないことについての事実は変わらないからである。
ウ 本件発明1の構成要件Iについて (a) 被告ら及び補助参加人は,乙4の技術的事項として推測された玩具銃は,本件発明1の自動供給機構付玩具銃に該当し,本件発明1の構成要件Iを充足すると主張するが誤りである。
(b) 上記ア及びイに述べてきたところから明らかなとおり,乙4の技術的事項として推測された玩具銃は,少なくとも,本件発明1の構成要件G(可動部材),すなわち,装弾室と受圧部との間に配され,スライダ部の移動方向に沿う方向に移動可能とされた可動部材を備えておらず,それゆえ,本件発明1における第1のガス通路,すなわち,ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至るガス通路,及び,第2のガス通路,すなわち,ガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至るガス通路が形成されておらず,さらに,本件発明1の構成要件H@ないしHB(ガス通路制御部),すなわち,可動部材内において移動可能に設けられ(H@),ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御し(HA),開閉弁部によりガス導出通路部が開状態とされている期間において,第1のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて,弾倉部の一端から装弾室への弾丸の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部を備えていない。したがって,乙4の技術的事項として推測された玩具銃は,本件発明1に係る自動弾丸供給機構付玩具銃には該当しない。
エ 本件発明1が進歩性を有していることについて (a) これまでに述べてきたところから,乙4の技術的事項として推測された玩具銃は本件発明1に係る自動弾丸供給機構付玩具銃には該当せず,したがって,乙4の技術的事項が本件発明1を開示したものではないことは明らかである。
そこで,本件記事に開示された技術事項から当業者が本件発明1を容易に想到することができたものかどうかを検討する。
(b) まず,乙4の技術的事項として推測された玩具銃において,シリンダーノズルをラバーチェンバーとの受圧部,すなわち,ピストンA及びピストンBの銃口側端面との間に配されたものとすることには,そうすべき必然性がなく,また,そうするためには,シリンダーノズルの大径部を大規模に変形させなくてはならない。それゆえ,シリンダーノズルをラバーチェンバーとピストンA及びピストンBの銃口側端面との間に配されたものとすることに想到することは,装弾室と受圧部との間に配された可動部材を備えた本件発明1の構成を知った当業者にとって初めて容易とされるのであって,本件発明1の構成を知らない当業者にとっては容易ではなかったというべきである。
(c) 次に,乙4の技術的事項として推測された玩具銃において,「ガス通路5」を,その主要部がシリンダーノズルに形成されて,「ガス通路1ないし3」から,シリンダー(切り替えバルブ)の外部であってシリンダーノズル内を通じてピストンA及びピストンBの銃口側端面に至るものとなすことには,そうすべき必然性がなく,また,そうするためには,シリンダー(切り替えバルブ)の外部であってシリンダーノズル内を通じることになる「ガス通路5」を開閉制御する新たな手段を設けなければならない。それゆえ,「ガス通路5」を,その主要部がシリンダーノズルに形成されて,「ガス通路1ないし3」から,シリンダー(切り替えバルブ)の外部であってシリンダーノズル内を通じてピストンA及びピストンBの銃口側端面に至るものとなすことに想到することは,ガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路を備えた本件発明1の構成を知った当業者であればいざ知らず,本件発明1の構成を知らない当業者にとっては容易ではなかったというべきである。
(d) さらに,乙4の技術的事項として推測された玩具銃において,シリンダー(切り替えバルブ)を,「ガス通路4」について開閉制御するとともに,「ガス通路5」についても開閉制御するようになし,さらに,「ガス通路4」を開状態として,タンクからのガスをラバーチェンバーに供給する状態から,「ガス通路5」を開状態として,タンクからのガスをピストンA及びピストンBの銃口側端面に作用させてスライドを後退させ,それに伴うシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジンの一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行う状態に移行するものとなすことには,そうすべき必然性がなく,また,そうすることは,「ガス通路5」が,その主要部がシリンダー(切り替えバルブ)に形成されていて,シリンダー(切り替えバルブ)内を通じるものとされている限り無理である。それゆえ,シリンダー(切り替えバルブ)を,「ガス通路4」について開閉制御するとともに,「ガス通路5」についても開閉制御するようになし,さらに,「ガス通路4」を開状態として,タンクからのガスをラバーチェンバーに供給する状態から,「ガス通路5」を開状態としてピストンA及びピストンBの銃口側端面に作用させてスライドを後退させ,それに伴うシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジンの一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行う状態に移行するものとなすことは,可動部材内において移動可能に設けられ,ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御する本件発明1の構成要件H(ガス通路制御部)を備えた本件発明1の構成を知った当業者であればいざ知らず,本件発明1の構成を知らない当業者にとっては容易ではなかったというべきである。
なお,たとえ,被告ら及び補助参加人が主張するように実願平3-64235号のCD-ROMに弾丸把持チェンバーへの弾丸の補充についての記載があるとしても,そのことと,乙4の技術的事項として推測された玩具銃において,シリンダー(切り替えバルブ)を,「ガス通路5」を開状態として,タンクからのガスをピストンA及びピストンBの銃口側端面に作用させてスライドを後退させ,それに伴うシリンダーノズルの後退を生じさせて,マガジンの一端からラバーチェンバーへの弾丸の供給のための準備を行う状態をとるものとなすこととは,別段の関係にはなく,後者は,上記CD-ROMの存在に関わりなく,当業者にとっては容易ではなかったというべきである。
(e) 以上の点からすれば,本件発明1が本件記事に開示された技術的事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものでなかったことは明らかである。さらに,本件記事掲載後に本件記事を掲載した者が本件記事で行った推測はすべて外れた旨のコメントをしていることも,本件記事が本件発明1に結び付くようなものではないことの証左である。
(4) マルゼン製品は本件発明2の技術的範囲に属するか (原告の主張) ア マルゼン製品の構造は,前記(1)(原告の主張)記載のとおりであり,その構成aないしhはそれぞれ本件発明2の構成要件AないしHをすべて充足するから,マルゼン製品は本件発明2の技術的範囲に属する。
イ 被告ら及び補助参加人は,本件発明2の構成要件となっている「可変容積圧力室」について,「蓄圧室からのガスの供給を受けて容積が変化する気密な室(部屋)からなり,かつこの室は,スライダ部の後退及び前進の間,終始可変容積圧力室としての機能を保ちつつスライダ部と一体的に移動するものでなければならない」と主張し,マルゼン製品はこのような「可変容積圧力室」の構成を欠いているから本件発明2の構成要件を充足しないと主張する。
しかしながら,「可変容積圧力室」に関する上記の被告ら及び補助参加人の理解はそもそも誤っており,「スライダ部と一体的に移動する可変容積圧力室」が「気密性」を保持することは,スライダ部後退の期間に限ってみたとしても,本件発明2の要件となっていないのであるから,被告ら及び補助参加人の主張は失当である。
(被告ら及び補助参加人の主張) ア 原告の主張は否認する。マルゼン製品は,本件発明2の構成要件を充足しない。
イ 本件発明2は「スライダ部と一体的に移動する可変容積圧力室」を必須構成要件とし,スライダ部の後退・前進に際し,その間ガスの供給を受けて容積が変化する気密な室としての機能を保ちつつ,終始スライド部と一体的に移動する構成を特徴とするものである。
これに対し,マルゼン製品は,別紙「被告ら説明書」に記載するとおり,被告図面fの時点では,ノズルブロック22の後部がシリンダーブロック23の開口端部より離脱し,シリンダーブロック23の外部に位置する状態となる。そのため圧縮ガスは,ノズルブロック22とシリンダーブロック23との間隙から急速に大気中に排出される。つまり,マルゼン製品は,ボルト2の後退に際し,その途中(被告図面f)の時点でシリンダーブロック23とノズルブロック22とが分離し,シリンダーブロック23とノズルブロック22内の圧力を急速に低下させるものであって,ボルト2の後退に際しその間終始気密な室としての機能を保ったままの「可変容積圧力室」を有しない。また,上記のボルト2の後退の際に,ボルト2と一体に移動するのは,シリンダーブロック23であってノズルブロック22はボルト2と一体的には移動しない。以上のように,マルゼン製品は,「スライダ部と一体的に移動する」「可変容積圧力室」に相当するものを有しておらず,本件発明2の技術的範囲に属しない。
ウ さらに,本件発明2の構成要件Hにおいても,本件発明1の構成要件Hと同様に,第1のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを装弾室に供給し弾丸を発射する第1の状態から,弾丸の発射後に第2のガス通路を開状態として,蓄圧室からのガスを受圧部に作用させてスライダ部を後退させ,それに伴う可動部材の後退を生じさせて弾倉部の一端から装弾室への弾丸(次弾)の供給のための準備を行う第2の状態に移行するガス通路制御部を備えていることが要件となっている。
しかしながら,「争点(2)マルゼン製品は本件発明1の技術的範囲に属するか」における「被告ら及び補助参加人の主張」に述べたとおり,マルゼン製品は上記のような構成を有しないから,本件発明2の構成要件Hを充足せず,この点からもマルゼン製品は本件発明2の技術的範囲に属しないというべきである。
(5) 補償金請求権の内容 ア 原告は,被告らに対し,前記1(前提となる事実)(7)にあるとおり,本件発明1及び本件発明2に係る特許が出願公開されたことを警告した。しかしながら,被告らは,上記書面到達の日から特許登録日の前日である平成8年9月18日までの間に,マルゼン製品を少なくとも下記丁数を下回らない数量販売し,下記金額を下回らない売上げを得た。
(a) 被告イリサワ イ号物件 1924丁 1622万5920円 ロ号物件 1224丁 679万6800円 (b) 被告桑田商会 イ号物件 1540丁 1298万8800円 ロ号物件 2448丁 535万6800円 (c) 被告大友商会 イ号物件 1540丁 1298万8800円 ロ号物件 2448丁 535万6800円 (d) 被告フジカンパニー イ号物件 1924丁 1622万5920円 ロ号物件 1224丁 679万6800円 (e) 被告東海模型 イ号物件 770丁 649万4400円 ロ号物件 484丁 267万8400円 (f) 被告大阪プラスチックモデル イ号物件 770丁 649万4400円 ロ号物件 484丁 267万8400円 イ 本件発明1及び本件発明2の実施料率は,いずれも12パーセントが相当である。
ウ よって,原告は被告らに対し,特許法65条1項に基づき,それぞれ下記の補償金請求権を有する。
(a) 被告イリサワ 276万2726円 (b) 被告桑田商会 220万1472円 (c) 被告大友商会 220万1472円 (d) 被告フジカンパニー 276万2726円 (e) 被告東海模型 110万0736円 (f) 被告大阪プラスチックモデル 110万0736円 エ なお,被告らは,自らが主張するマルゼン製品販売数量の根拠となる資料として,ごく一部を除き,商法上保存義務が課されている自社の会計帳票は存在しないとの理由で,それぞれの仕入先が保存している売上帳あるいは納品伝票を提出するにとどまっている。しかしながら,被告らが提出した帳簿類は不自然極まりない内容を含むものであり,その信用性は低いといわざるを得ない。少なくとも原告主張の数量は販売したと認めるのが相当である。
(被告らの主張) 原告の主張は争う。被告らが,本件警告書到達の日から平成8年9月18日までの間に販売したマルゼン製品の数量は,別表「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」の「補償金分」欄記載のとおりである。
また,補償金請求権実施料相当額と法定されているところ,原告は玩具銃メーカーであり,いわゆる製造問屋(メーカーが問屋に対して商品を販売する業務)としての営業活動があったとしても,純粋な意味で問屋業を営む業者ではない。また,本件では,原告はマルゼン製品について,確定したマルゼン高裁判決に基づき,メーカーである補助参加人から特許法65条1項に基づく補償金の弁済を受けている。しかも,補償金の額は,通常の実施料をもはるかに上回っている。したがって,原告は既に実施料相当額を回収済みであって重ねて被告らに請求することはできないというべきである。仮に原告が問屋業務を行っているとしても,その規模は被告らの比ではなく,原告が被告らと同様の利益を上げられなかったことは明白であり,被告らに対して補償金を請求することはできないというべきである。
(6) 補償金請求権の消滅時効 (被告らの主張) ア 仮に原告の主張する補償金請求権が存在したとしても,特許法65条5項において準用する民法724条の規定により,原告の被告らに対する補償金請求権は,本件発明1及び2の特許登録日である平成8年9月19日の3年後である平成11年9月19日の経過により時効消滅している。
被告らは,原告に対し,平成14年8月29日の本件口頭弁論期日において,上記時効援用した。
イ 原告は,被告らがマルゼン製品を扱っていることについて,本件訴訟を提起するまで知らなかったので,時効期間は進行していない旨主張しているが,失当である。
原告は,被告らに対し,平成7年6月当時から本件警告書を被告らに対して送付したり,調査会社らしき機関まで利用するなどして,自らの特許権を侵害するであろう者に対して並々ならぬ関心を寄せていたのであり,被告らがマルゼン製品を販売していたとして,原告がそれを本件訴訟の提起まで知らなかったということはあり得ない。
また,玩具銃を扱う問屋は,全玩具銃メーカー,全玩具銃製品を扱っていることが前提とされるものであるところ,原告代表者は,平成8年ころには,被告らも加盟している業界団体と密接な関係を有する玩具銃メーカーの団体の理事長の立場にあったものであり,被告らの存在を知らなかったということもあり得ない。また,平成8年ころの被告らの取扱商品については原告も広告を掲載している雑誌に掲載されていたものである。
このように,原告は,本件特許権1及び2が登録された平成8年9月19日以前から,被告らがマルゼン製品を扱っている事実を知っていたものであって,上記の原告の主張は到底信用できない。
ウ 被告らと原告とは,同一の玩具業界に属するのであって,仮に原告の主張するように,被告らがマルゼン製品を扱っている事実を知らなかったとしても,原告は被告らがマルゼン製品を扱っていることを調べようとすれば容易に調べられたことは明らかである。つまり,マルゼン製品は,イ号物件につき平成7年12月ころから,ロ号物件につき平成8年4月ころから販売が開始されているのであって,そのころから原告はマルゼン製品を各小売店から入手できる立場にあったはずであり,それを遡っていかなる問屋でマルゼン製品を扱っているかは容易に調べられたはずである。すなわち,遅くとも本件特許権1及び2が登録された平成8年9月19日の時点では,原告は,どの問屋でマルゼン製品を扱っているかを認識しうる状況にあったことになる。
この点,損害賠償請求権の消滅時効の起算点についての「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」(民法724条)とは,被害者が実際に知ったときはもとより,通常使用しうる手段で調べれば容易に確知し得る状況にある場合も含まれるものと解すべきである。なぜなら,不法行為の消滅時効は,長時間経過した場合の立証の困難さから公平を考えてかかる消滅時効期間を定めたものとされるが,被害者が容易に加害者及び損害を知り得るのにそれをことさら放置していた場合にまで消滅時効の進行を認めないことは,加害者の反証の困難さを考慮し公平に反するからである。
上記のとおり,原告は本件特許権1及び2が登録された平成8年9月19日以前から,被告らがマルゼン製品を扱っている事実を容易に知り得べき立場にいたことは間違いがないのであるから,原告の補償金請求権は,登録日である平成8年9月19日から3年が経過した平成11年9月19日をもって消滅時効が完成しているというべきである。
(原告の主張) 原告の被告らに対する補償金請求権は,次の事情により時効期間が進行していないから,被告らの消滅時効の主張は理由がない。
ア 原告は,本件特許権1及び2が平成7年4月18日に出願公開されたことにより,玩具業界の中で玩具銃を扱っている各問屋すべてに対し警告文書を発送した。そして,平成8年9月19日に本件特許権1及び2は登録されたが,原告は,どの問屋が特許権を侵害する玩具銃を扱っているかは把握していなかった。
イ その後,原告は,補助参加人及び有限会社丸前商店を被告として,特許権侵害差止等を求めて訴訟を提起し,認容判決を得た。そこで,業界内で本件特許権1を侵害するマルゼン製品を業として販売していると思われる被告らに対し,訴訟を提起したのである。
ウ 被告らを含む問屋については,その性質上,現実に店舗を構えて商品を販売する営業形態をとっておらず,原告にとって一体どの問屋がマルゼン製品を取り扱っているかは確知しえない。この意味において,原告は,各被告の侵害行為について未だに明確な認識がなく,「損害」についての「具体的かつ現実的な」認識を有していたとはいえず,消滅時効は進行していないというべきである。
エ なお,被告らは,損害賠償請求権の消滅時効の起算点についての「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」(民法724条)とは,被害者が実際に知ったときはもとより,通常使用しうる手段で調べれば容易に確知し得る状況にある場合も含まれるものと解すべきであると主張するが,このような解釈は,判例に反するのみならず,特許権侵害の被害者に酷な負担を強いるものであって公平を失する。もっとも,仮にこのような解釈を採用したとしても,本件において,原告は「通常使用しうる手段で調べれば容易に覚知し得る場合」にはなかったものである。
(7) 原告の損害 (原告の主張) ア 被告らは,マルゼン製品が本件発明1及び本件発明2の技術的範囲に属するものであるにもかかわらず,特許登録日である平成8年9月19日から現在までマルゼン製品を販売し,売上げを得ている。
イ 被告らがマルゼン製品の販売活動により得た利益は当該製品の販売額(定価×販売数量)の10パーセントを下らない。
イ号物件の定価は,「イングラムベーシック」が1万3500円,「イングラムフルセット」が1万6800円,ロ号物件の定価は,「UZIピストルベーシック」が8500円,「UZIピストルフルセット」1万2000円,「マイクロUZI」が1万2000円であるので,被告らが得る各マルゼン製品1丁についての利益は,「イングラムベーシック」が1300円,「イングラムフルセット」が1680円,「UZIピストルベーシック」が850円,「UZIピストルフルセット」が1200円,「マイクロUZI」が1200円となる。
したがって,被告らが得た利益は下記のとおりである。
(a) 被告イリサワ イ号物件 販売丁数 イングラムベーシック 2400丁 324万0000円 イングラムフルセット 36丁 6万0480円 ロ号物件 UZIピストルベーシック 3540丁 300万9000円 UZIピストルフルセット 132丁 15万8400円 マイクロUZI 1770丁 212万4000円 利益合計 859万1880円 (b) 被告桑田商会 イ号物件 販売丁数 イングラムベーシック 1920丁 259万2000円 イングラムフルセット 30丁 4万0400円 ロ号物件 UZIピストルベーシック 2832丁 240万7200円 UZIピストルフルセット 100丁 12万0000円 マイクロUZI 1416丁 169万9200円 利益合計 686万8800円 (c) 被告大友商会 イ号物件 販売丁数 イングラムベーシック 1920丁 259万2000円 イングラムフルセット 30丁 5万0400円 ロ号物件 UZIピストルベーシック 2832丁 240万7200円 UZIピストルフルセット 100丁 12万0000円 マイクロUZI 1416丁 169万9200円 利益合計 686万8800円 (d) 被告フジカンパニー イ号物件 販売丁数 イングラムベーシック 2400丁 324万0000円 イングラムフルセット 36丁 6万0480円 ロ号物件 UZIピストルベーシック 3540丁 300万9000円 UZIピストルフルセット 132丁 15万8400円 マイクロUZI 1770丁 212万4000円 利益合計 859万1880円 (e) 被告東海模型 イ号物件 販売丁数 イングラムベーシック 960丁 129万6000円 イングラムフルセット 15丁 2万5200円 ロ号物件 UZIピストルベーシック 1416丁 120万3600円 UZIピストルフルセット 50丁 6万0000円 マイクロUZI 708丁 84万9600円 利益合計 343万4400円 (f) 被告大阪プラスチックモデル イ号物件 販売丁数 イングラムベーシック 960丁 129万6000円 イングラムフルセット 15丁 2万5200円 ロ号物件 UZIピストルベーシック 1416丁 120万3600円 UZIピストルフルセット 50丁 6万0000円 マイクロUZI 708丁 84万9600円 利益合計 343万4400円 ウ よって,特許法102条2項により,原告の損害は各被告ごとに以下のとおりと推定されるものである。
(a) 被告イリサワ 859万1880円 (b) 被告桑田商会 686万8800円 (c) 被告大友商会 686万8800円 (d) 被告フジカンパニー 859万1880円 (e) 被告東海模型 343万4400円 (f) 被告大阪プラスチックモデル 343万4400円 エ なお,被告らは,自らが主張するマルゼン製品販売数量の根拠となる資料として,ごく一部を除き,商法上保存義務が課されている自社の会計帳票は存在しないとの理由で,それぞれの仕入先が保存している売上帳あるいは納品伝票を提出するにとどまっている。しかしながら,被告が提出した帳簿類は不自然極まりない内容を含むものであり,その信用性は低いといわざるを得ない。
(被告らの主張) ア 損害の推定が許されないことについて 不法行為に基づく損害賠償請求権とは,権利者が被った損害のてん補を目的とするものである以上,権利者が現に被った損害の額以上の損害賠償請求権が認められるのは不合理である。つまり,原告は,侵害者のうち,メーカー,問屋,小売店のいずれに対しても特許法102条2項による損害賠償を請求することはできても,原告が現に被った損害の額以上の損害賠償請求が認められるのは不当であり,同一侵害品について,メーカー,問屋,小売店のそれぞれが得た利益の総額を,原告の逸失利益として常に請求し得るというものではない。
この点,原告は玩具銃メーカーであり,いわゆる製造問屋(メーカーが問屋に対して商品を販売する業務)としての営業活動があったとしても,純粋な意味で問屋業を営む業者ではない。実際,原告は平成14年4月までは小売店への卸業務(問屋業務)は行っていなかった。
したがって,原告に対しメーカーとしての損害がてん補されれば,それ以上の問屋の分としての損害賠償請求を認めるのは不合理である。そして,本件において原告は,マルゼン製品について,メーカーである補助参加人及び卸売業者である有限会社丸前商店から,確定したマルゼン高裁判決に基づき,特許法102条2項に基づく損害賠償金の弁済を受けている。
つまり,原告は,メーカーとしては,マルゼン製品について,補助参加人と有限会社丸前商店の売上利益を逸失利益として回収することにより,本件特許権1及び2の侵害による損失を既に全額回収しているのであって(同一需要に対する損害は既に回収済み),さらに本訴において問屋の利益を逸失利益として請求する訴えの利益を欠くものである。
さらに,被告らは,それぞれ問屋としての営業基盤,顧客先,販路を有し,原告とは異なる営業組織,販売力によって利益を得ているので,原告のようなメーカーと比べて,営業形態,顧客範囲,利益率等は大きく異なるのであり,被告らがマルゼン製品の販売を止めたとしても,原告が被告らの販売数を売り上げ,被告らの得た利益を上げることは不可能である。
加えて,平成9年当時,市場には,本件特許権1及び2の実施品の競合品となるべき玩具銃が多数存在していたのであって,被告らがマルゼン製品の販売を中止したからといって,原告が同量販売できたともいえない。
したがって,本件においては特許法102条2項の推定は及ばないというべきである。
販売数量について 原告の主張は争う。被告らが,平成8年9月19日以降に販売したマルゼン製品の数量は,別表「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」の「損害賠償時効消滅分」欄及び「損害賠償(時効中断)」欄記載のとおりであり,原告の主張は過大である。なお,原告は,被告らが証拠として提出した帳簿類について信用できない旨主張するが,原告の主張はいわれのない非難に過ぎない。特に補助参加人及び有限会社丸前商店の販売については,マルゼン事件において計算鑑定が行われているところ,被告らが証拠として提出した帳簿類は当該計算鑑定の結果とも矛盾のないものであって,十分に信用できるものである。
ウ 販売単価について 原告は,被告らの利益を算定する基礎となるマルゼン製品の価格につき,イ号物件につき「イングラムベーシック」「イングラムフルセット」,ロ号物件につき「UZIピストルベーシック」「UZIピストルフルセット」「マイクロUZI」の各商品ごとの価格を基準とすべきであると主張している。
しかし,これらマルゼン製品において,「フルセット」というのは「ベーシック」の構成製品に,マガジン(標準品よりも多数装弾可能なもの),外部ガスボンベとの接続ホース等を付加しただけのものであり,しかもこれら付加品は別途アクセサリーとしてばら売りでの購入も可能なものであって,単に消費者の購入の便宜を考えてセット販売したものに過ぎない。
また,ロ号物件の「マイクロUZI」も,「UZIピストルベーシック」に金属製の折り畳み式ストック(銃床)を付加しただけのものである。
上記のとおり,マルゼン製品の「フルセット」及びロ号物件の「マイクロUZI」は,それぞれ「ベーシック」製品にオプションを付加したものに過ぎず,マルゼン製品の価格は,それぞれ「ベーシック」の価格を基礎とすべきである。
(8) 損害賠償請求権の消滅時効 (被告らの主張) ア 仮に原告の主張する損害賠償請求権が存在したとしても,原告の被告らに対する損害賠償請求権は,本件発明1及び2の特許登録日である平成8年9月19日の3年後である平成11年9月19日より,日々時効消滅している 被告らは,平成14年8月29日の本件口頭弁論期日において,上記消滅時効援用した。
イ 原告は,被告らがマルゼン製品を扱っていることについて,本件訴訟を提起するまで知らなかったので,時効期間は進行していない旨主張しているが,前記(6)の「被告らの主張」イで述べたとおり,原告の主張は失当である。
ウ また,原告は時効の中断を主張する。しかし,マルゼン製品の販売による損害は,日々における個々の製品の販売により生じるものであり,原告が被告らに対し催告をしたとする日(被告大友商会,同フジカンパニー及び同大阪プラスチックモデルについては平成14年3月4日,その他の被告らに対しては同年3月2日)から過去3年間分のマルゼン製品の販売に関しては,平成14年6月14日の本平件訴訟の提起により時効は中断するが,それ以前の分に関しては時効は中断しない。つまり,被告大友商会,同フジカンパニー及び同大阪プラスチックモデルについては平成8年9月19日から平成11年3月1日までのマルゼン製品販売分,その他の被告については平成8年9月19日から平成11年3月3日までのマルゼン製品販売分に関しては時効の中断は生じない。
(原告の主張) ア 原告の被告らに対する損害賠償請求権は,前記(6)の「原告の主張」に述べた事情により,原告は,被告らが本件特許権1及び2を侵害するマルゼン製品を扱っている事実については本件訴訟を提起するまで知らなかったものであり,時効期間は進行していないのであるから,被告らの消滅時効の主張は理由がない。
イ 被告らの主張するように,原告の被告らに対する損害賠償請求権について,平成11年9月19日より日々時効消滅しているとしても,原告は被告大友商会,被告フジカンパニー及び被告大阪プラスチックモデルについては平成14年3月4日に,その余の被告については同月2日に催告を行い,同年6月14日に本件訴訟を提起した。したがって,原告の被告らに対する損害賠償請求権は,平成14年3月2日ないし同月4日に時効が中断している。
(9) 不当利得返還請求 (原告の主張) ア 補償金請求権消滅後の不当利得返還請求 仮に,被告らの主張するように,原告の被告らに対する補償金請求権時効消滅しているとしても,被告らは,警告書到達の日から平成8年9月18日までの間に,実施料相当額の金員を利得したものであるから,原告は被告らに対し,不当利得返還請求権を有している。
被告らは,補償金請求権について,「立法政策上,改正法によって創設された特殊の権利であって,不法行為による損害賠償請求権とも不当利得返還請求権とも異なるものと解される。したがって,補償金請求権に重複して不当利得返還請求権が発生するとは解せず,補償金請求権の消滅時効が完成した場合には,もはや不当利得返還請求はなし得ないと解すべきである」と主張する。しかし,仮に補償金請求権が,被告らが主張するように法によって創設された権利であるとしても,そのことから直ちに不当利得返還請求をなし得ないことにはならない。
不当利得の制度は,損失者と利得者との間に生じている不当な財産法秩序を回復するため,公平の理念に基づいて利得者にその利得の返還義務を負担させることを目的とする制度であるところ,仮に法によって創設された権利であったとしても,法により認められた補償金請求権が実現されず,本来支払うべき補償金が支払われていない状態は,不当な財産法秩序の状況が生じているというべきである。このような不当な財産法秩序の状況を解消し,本来の状況に回復させるためには,公平の見地から,不当利得返還請求権が認められるべきである。また,補償金請求権と不当利得返還請求権との併存を否定すべき理由もない。
さらにいえば,本件のように多数の流通業者を被告として補償金を請求する場合には,現実には,問題となっている製品の製造者であるメーカーを被告として当該製品が特許権を侵害するものであるか否かの判断を求める訴訟を先行せざるを得ず,流通業者を相手に請求をする時点では,短期消滅時効の期間が経過せざるを得なくなる。このような状況にあって,補償金請求権が短期消滅時効により消滅し,不当利得返還請求は認めないとするのであれば,特許権者の保護に欠け,特許法の精神を有名無実化することになってしまうというべきである。
イ 損害賠償請求権時効消滅後の不当利得返還請求 (a) 仮に,被告らの主張するように,原告の被告らに対する損害賠償請求権が平成8年9月19日より日々時効消滅しているとしても,被告らは,マルゼン製品を販売することにより,前記(7)の原告の主張に記載した原告の損害額に相当する利得を得,原告はこれに相当する損害を被ったものであるから,原告は被告らに対し,不当利得返還請求権を有している。 被告らは,不当利得返還請求の内容は,実施料相当額に限定されると主張するが,実施料相当額はあくまでも不当利得の額の最低限度なのであって,不当利得返還請求の内容は,実施料相当額に限定されるものではない。すなわち,不当利得の制度は損失者と利得者との間の不当な財産法秩序を回復するため,公平の観念に基づいて利得者にその利得の返還義務を負担させることを目的とするものであるところ,特許権の侵害者は,特許権者の許諾なく特許発明実施することで特許法によって特許権者に排他的に割り当てられているところの市場機会を利用するとともに,他方で,実施により特許発明に対する市場の需要を満足させることで,特許権者が市場機会を利用する可能性を喪失せしめているのであって,かかる市場機会の収奪は,損失者たる特許権者と利得者たる特許権侵害者との間に不当な財産法秩序を生じさせているといえる。したがって,特許権侵害者が市場機会の収奪によって得た利益(すなわち侵害品の販売によって得た利益)は,法律上の原因のない不当な利得というべきであり,他方,特許権者はこの利益に対応する損失を被ったというべきであり,特許権侵害者は,公平の観念に基づいて,市場機会の収奪により得た利益を返還するのが相当というべきである。
以上によれば,本件において,原告が,被告らに対して請求できる不当利得の額は実施料相当額に限らず,被告らがマルゼン製品を販売することによって得た利益の額(具体的には,前記(7)の原告の主張に記載した原告の損害額と同額)というべきである。
(b) 悪意の受益者 また,仮に,上記被告らがマルゼン製品の売上げにより得た利益全額が不当利得返還の対象額として妥当でないとしても,被告らは,以下に述べる事情に照らし,民法704条の「悪意の受益者」として,同条所定の返還義務を負うというべきである。
まず,原告は,被告らに対し,本件発明1及び2が出願公開された後に,特許権出願に係る発明の内容を記載した本件警告書を送付している。その後,原告は,本件特許権1及び本件特許権2のいずれについても平成8年9月19日に特許権設定の登録を受けた。
ところで,原告は,日本における代表的な玩具銃会社であり,他方,被告らは玩具銃を取り扱う問屋であるところ,このような玩具銃を取り扱う問屋であれば,原告から警告文書を受けた場合,その後の動向に注目するのが通常というべきである。このような被告らの立場からすれば,本件特許権が平成8年9月19日に特許に特許権設定の登録を受けたことを知っていたはずである。また,原告は,被告らをはじめとする問屋・小売店各社に対し,本件特許権が平成8年9月18日に特許権の設定の登録を受けた旨の文書を発送し,被告らには遅くとも同月22日には到達した。したがって,被告らは,少なくとも平成9年1月22日には原告が本件特許権を有していることを知っていた。
さらに,マルゼン製品が本件特許権1及び2の技術的範囲に属する可能性があることも被告らは承知していたといえる。被告らは,玩具銃を取り扱う問屋として専門的な知識を十分有しており,本件特許権1及び2の内容については,本件警告書及び上記特許権設定の登録を受けた文書により当然のこととして把握していた。そしてそれにより本件発明1及び2が従来技術とどこが異なるかも把握していた。このような被告らにおいては,マルゼン製品が本件特許権の技術的範囲に属する実施品の可能性があることは当然承知していたというべきである。また,被告らは,補助参加人からの説明によりマルゼン製品が本件特許権1及び2を侵害する危険性があることも十分に認識していた。
仮に,被告らにおいてマルゼン製品が本件特許権の技術的範囲に属し,その販売が本件特許権1及び2を侵害することを知らなかったとしても,本件警告書及び上記特許権設定登録の連絡文書を原告から受け取っている以上,少なくとも被告らは,原告が有する本件特許権1及び2により実施される玩具銃がこれまでの玩具銃とどこが異なるかということは,上記被告らのおかれている立場もあわせ考えれば,認識できたものである。民法704条が「公平の観念」に基づく規定である以上,単なる悪意者だけでなく重大な過失ある善意者についても「悪意の受益者」と同様に解するのが同条の趣旨に合致するというべきところ,このような被告らが,マルゼン製品が本件特許権の技術的範囲に属し,その販売が本件特許権を侵害することになることを知らなかったとしても。知らなかったことには重大な過失があるというべきである。
(被告の主張) ア 補償金請求権時効消滅後の不当利得返還請求 補償金請求権については,出願公開の制度が設けられる以前は出願公告以前の出願中の発明については何らの請求権も存在しなかったこと,補償金請求権の行使の時期,手段,成立要件,額の算定,行使の効果などすべて本条の規定によること等から,立法政策上,改正法によって創設された特殊の権利であって不法行為による損害賠償請求権とも不当利得返還請求権とも異なるものと解される。したがって,補償金請求権に重複して不当利得返還請求権が発生するとは解せず,補償金請求権の消滅時効が完成した場合には,もはや不当利得返還請求はなし得ないと解すべきである。
イ 損害賠償請求権時効消滅後の不当利得返還請求 (a) 不当利得返還請求として原告が被告らに対して請求できるのは実施料相当額に限定されると考えられるところ,本件では,実施料相当額の損失も存在しないため,損害賠償請求権が消滅時効に係った部分の不当利得返還請求もなし得ないというべきである。
本件においては,マルゼン事件において,メーカーである補助参加人に対して売上代金の12パーセントという極めて高額の実施料相当額が認められているが,これは,特許権者がメーカーとの実施許諾契約を通じて,製品が転々流通する下流に位置する問屋,小売店に対しても実施を許諾しているということを前提にしていると解さざるを得ない。仮に,メーカー,問屋,小売に対して別個に実施権を許諾する場合には,その実施料は当然低廉な額に抑えられるはずである。しかし,原告は,メーカーに対して高額な実施料を徴収し,問屋,小売に対して別個に実施権を許諾していない。
このことからすると,本件においては,既に補助参加人らが原告に対し,マルゼン製品の全丁数分につき,補償金及び損害賠償金(当然実施料相当額よりも高額)を支払っており,原告に生じた損失は既にてん補されているということができるから,原告に不当利得返還請求の要件である損失がそもそも存在しないのである。
したがって,原告の損害賠償請求のうち消滅時効が完成した分については,不当利得返還請求権も存在しない。
(b) 原告は,被告らが「悪意の受益者」であるとして民法704条に基づく不当利得返還請求が可能であると主張する。
しかし,ある利得が将来法律上の原因のないものとなる可能性を知るだけでは,「悪意の受益者」とはいえない。また,そもそもある製品が特許権を侵害しているかどうかは裁判所においても非常に微妙な判断が要求されるものであるところ,マルゼン製品が本件特許権を侵害しているということは,平成14年1月30日にマルゼン高裁判決が言い渡され,それが確定して初めて分かったことである。したがって,被告らがマルゼン製品を販売していた当時,マルゼン製品が本件特許権1及び2を侵害しているという事実につき悪意であったということはあり得ない。
当裁判所の判断
1 争点(1)(イ号物件及びロ号物件の構成)及び争点(2)(マルゼン製品は本件 発明1の技術的範囲に属するか)について マルゼン製品が本件発明1の構成要件AないしG及びIを充足することは当事者間に争いがない。そこで,以下,マルゼン製品が本件発明1の構成要件Hを充足するかどうかにつき判断する。
(1) 本件明細書1の「特許請求の範囲」の記載によれば,本件発明1における「ガス通路制御部」は,可動部材内において移動可能に設けられ,ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路とガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路のそれぞれを開閉制御するものであり,この開閉制御により,第1のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを装弾室に供給する第1の状態から,前記第2のガス通路を開状態として蓄圧室からのガスを受圧部に作用させる第2の状態に移行する機能を有するものとされる。
また,本件明細書1の発明の詳細な説明においては,発明が解決しようとする課題として,「本発明は,……ガス圧動作部が,その構成が簡略化されて,蓄圧室からガス圧動作部に至るガス通路及び蓄圧室から装弾室に至るガス通路の構成を複雑化しないものとして配され,しかも装弾室に装填された弾丸の発射後にスライダ部の移動が開始されることになる自動弾丸供給機構付玩具銃を提供することを目的とする」(同明細書【0006】)との記載があり,さらに,本件発明1の作用として「……ガス通路制御部が,トリガに対する操作に応じて作動する開閉弁部によってガス導出通路部が開状態にされている期間において,第1のガス通路を開状態にして,蓄圧室からのガスを,ガス導出通路部及び第1のガス通路を通じて装弾室に供給し,装弾室に供給された弾丸の発射に利用する動作状態から,第2のガス通路を開状態にして,蓄圧室からのガスを,ガス導出通路部及び第2のガス通路を通じて受圧部に作用させ,それによりスライダ部を後退させる動作状態に移行する」(同明細書【0010】),「受圧部及びガス通路制御部が形成する簡単な構成とされたガス圧動作部により,トリガが操作されると,蓄圧室からのガスが,直ちに装弾室に供給されて装弾室に供給された弾丸の発射に利用され,その後スライダ部の後退及びその後退に伴う可動部材の後退に利用される状態が確実に得られる。その結果,弾丸の発射がトリガに対する操作に迅速に応答して行われ,しかも装弾室から発射される弾丸がスライダ部の移動による影響を受けて,その弾道に狂いが生じることになる事態が回避される」(同明細書【0010】)との記載がある。
以上の本件明細書1の記載を総合するならば,本件発明1における「ガス通路制御部」は,第1の状態において,第1のガス通路を開状態,第2のガス通路を閉状態とする位置にあり,弾丸の発射後直ちに,第1のガス通路を閉状態,第2のガス通路を開状態とするように装弾室方向に移動することにより,第2の状態に移行する構成であって,第1の状態において,第2のガス通路は閉状態であり,この間に装弾室の弾丸が発射された後,ガス通路制御部の移動により第2の状態に移行し,第1のガス通路が閉状態となり,受圧部がガス圧を受けることでスライダ部及び可動部材が後退を開始するものと認められる。
(2) 証拠(甲3ないし5,21ないし26,乙2,3,8,16ないし18,検乙1,2。枝番号は省略する。以下,同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,マルゼン製品の栓(25)は,吸排気口(38)からノズルブロック(22)内を通じて装弾室(52)に至る第1のガス通路及び吸排気口(38)からノズルブロック(22)内を通じてシリンダーブロック内底面(53)に至る第2のガス通路をそれぞれ開閉制御するものであり,上記第1のガス通路を開状態,上記第2のガス通路を閉状態とする第1の状態から,装弾室の弾丸が発射された後直ちに装弾室(52)側に移動することにより,標記第1のガス通路を閉状態とする一方,上記第2のガス通路を開状態とする第2の状態に移行し,第1気室(42)からのガスをシリンダーブロック内底面(53)に作用させてボルト(2)を後退させ,それに伴うノズルブロック(22)の後退を生じさせるものであるから,本件発明1の「ガス通路制御部」の構成を充足するものと認められる。
以上より,マルゼン製品は本件発明1の構成要件Hを充足するものと認められる。
(3) 上記の点に関して,被告ら及び補助参加人は,マルゼン製品における栓(25)は,ガスを始めにバレル側通気孔(35)に流入させ,その後シリンダーブロック側通路(37)に流入させるという開閉制御を行うものではなく,ガスが第2気室(36)内に流入する当初から第1のガス通路及び第2のガス通路の両通路とも開状態とする点で,本件発明1の構成要件Hとは異なる構成である旨を主張する。
しかしながら,証拠(甲3ないし5,検乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,マルゼン製品は,栓(25)の後端の円錐状部分dがシリンダーブロック側通路(37)の開口部を閉塞する形状を有し,吸排気口(38)が閉状態のときには栓スプリング(30)の付勢により接触して,シリンダーブロック側通路(37)を閉状態としており,また,栓(25)のバレル側通気孔挿入部分aが先端部のみをテーパー状とした細長い円筒形状を有し,かつノズルブロック(22)に隙間なく嵌挿されていることは明らかである。そうすると,栓(25)の後端の円錐状部分dは,吸排気口(38)が開状態となり第2気室(36)にガスが流入した際,ガスがシリンダーブロック側通路(37)に流入しないようにその開口部を閉塞する作用を果たすものであると認められる。この点,被告ら及び補助参加人は,栓(25)の後端部dが円錐形状をしているのは中心位置を決めるためであって,シリンダーブロック側通路(37)の開口部を塞ぐためではないと主張するが,上記の栓(25)の形状及び栓(25)の後端部dをシリンダーブロック側通路(37)の開口部に接触させる機能を有する栓スプリング(30)の存在に照らし採用することができない。被告ら及び補助参加人は,栓スプリング(30)の力が極めて弱いことも上記の主張の根拠とするけれども,そもそも「極めて弱い」とする基準が不明なのであって,この点は何ら上記認定を左右するものではない。
以上の認定事実によれば,マルゼン製品における栓(25)は,ガスを初めにバレル側通気孔(35)に流入させ,その後シリンダーブロック側通路(37)に流入させるという開閉制御を行う構成を有するものと認められ,被告ら及び補助参加人の前記主張は採用することができない。
(4) なお,被告ら及び補助参加人は,実験の結果によれば,吸排気口(38)が開状態となる第1の状態の初期段階から第2のガス通路が開となっていることが明らかであると主張する。なるほど,乙2,8号証によれば,補助参加人がイ号物件を用いて行った実験においては,弾丸が装弾室から移動すると同時にシリンダーブロック側通路(37)にもガスが流入する現象がみられた事実が認められる。しかしながら,甲22号証によれば,原告がイ号物件を用いて行った実験においては,弾丸が装弾室からインナーバレル内に移動した時点のシリンダーブロック側通路(37)内のガス圧は,バレル側通気孔(35)内のガス圧が約0.66kgf/cm2(大気圧を0とした場合の圧力表記であるゲージ圧による。)であるのに対し,約0.03kgf/cm2と著しい差があったことが認められるのであって,被告ら及び補助参加人の主張するガスの流入は仮にあったとしても,設計上意図されたものではなく(設計上弾丸が発射される前の段階でシリンダーブロック側通路(37)にガスを流入させる構成をあえて採用する合理的な理由は見いだしがたい。),むしろ製造上の誤差の範囲内というべきである。
また乙16,17号証,18号証の1ないし3によれば,補助参加人がイ号物件を用いて行った実験において,ボルト(2)が最前進した際における部材同士の衝突に伴う反動による後退の後,弾丸が銃身内を通過中の時点で,ボルト(2)に取り付けられた電極と銃本体内部に取り付けられた電極が離れる現象が見られた事実が認められる。しかしながら,そもそも,上記実験において弾丸が銃身内を通過中に電極が離れた理由がボルト(2)がガスによって後退した結果によるものかどうかは不明であるといわざるを得ない。
結局,被告ら及び補助参加人の主張する実験の結果は,マルゼン製品が本件発明1の構成要件Hを充足するという前記判断を左右するものではないというべきである。
(5) さらに被告ら及び補助参加人は,本件審決が,本件発明1の構成要件Hにつき,「ガス導出通路部が開状態とされている期間において,ガス通路制御部が,スライダ部を後退させるに止まらず,それに伴う可動部材の後退を生じさせるまでの制御を行うという動作が必要とされるもの」との要旨認定を行ったことを捉え,「マルゼン製品においては,第1気室(42)から吸排気口(38)への圧縮ガスの流入がバルブ(40)により遮断される」(別紙作動図E)というガスの流入が遮断される時点では,本件発明1の可動部材に相当するノズルブロック(22)は未だ最前進位置にあり後退は生じていないから,本件発明1の構成要件Hを充足することはない旨主張する。
しかしながら,本件明細書1の発明の詳細な説明の欄には,本件発明1の作用として「……装弾室に供給された弾丸が発射された後,ガス導出通路部が開状態にされている期間に後退を開始したスライダ部は,ガス導出通路部が閉状態にされた直後において,受圧部とともに慣性により最後退位置まで後退し,その慣性によるスライダ部の後退に伴って可動部材が後退して…」との記載があること(【0010】),実施例としても,ガス圧の供給が停止された後に可動部材の後退を生じる例が紹介されていること(【0035】)から明らかなように,「ガス導出通路部が開状態とされている期間において可動部材の後退を生じさせるまでの制御を行う」という本件審決における認定判断は事実と異なるものであり,このような認定判断を前提とする被告ら及び補助参加人の主張を採用することはできない。
(6) 以上によれば,マルゼン製品は本件発明1の技術的範囲に属するものと認められる。
2 争点(3)(本件特許権1に明らかな無効事由があるか)について (1) 被告ら及び補助参加人は,本件発明1は,いずれも本件発明1の出願前の刊行物である本件記事及び実願平3-64235号のCD-ROMに開示された技術的事項から玩具銃分野における通常の知識を有する者が容易に想到することができたとして,本件特許権1には明らかな無効事由があると主張する。そこで,以下この点につき判断する。
(2) 本件記事は,本件発明1の実施品の発売前に公表された当該実施品に関する推測記事であるが,以下のような記載がある。
ア 本件記事の38頁上部には,「ガス・オペレーション・システム」「WESTREN ARMS M92FS」というタイトルの下方に,玩具銃の正面及び背面写真が掲載されており,その右側に,[推測図・構造]と付記された玩具銃要部の拡大図(以下「要部拡大図」という。)が記載されている。
イ 要部拡大図には「バレル」,「ラバーチェンバー」,「シリンダーノズル」,「シリンダー(切り替えバルブ)」,「ピストンA」,「ピストンB」,「ハンマー」,「ファイアリングピン」,「インパクトバルブ」,「トリガー」,「マガジン」,「タンク」という部材名の記載がある。そして各部材の位置関係としては,「マガジン」はグリップ部内に配されており,「タンク」はグリップ部内にガス導出通路部が連結されて配されており,「シリンダー(切り替えバルブ)」は「シリンダーノズル」内に設けられており,「ピストンB」は「ピストンA」の内側に設けられ,両ピストンはバレルの後方でシリンダーノズル及びシリンダー(切り替えバルブ)内に設けられていることが示されている。また同図は,「ラバーチェンバー」に弾丸が装着され,かつ「インパクトバルブ」は閉状態でタンク内のガスはシリンダーノズルに入ってきていない状態を示しているが,この状態のもとで「シリンダー(切り替えバルブ)」の銃口側先端に設けられる突起はシリンダーノズル内のラバーチェンバーに至る空間を未だ塞いでいないことが示されている。
ウ 本件記事の本文には以下の記載がある。
「今までの1ウェイはスライドが下がってから弾が発射される物で,この点で実銃とは大きく違っていた。しかもBB弾の着弾が狙点より下がる傾向もあった。BB弾がバレル内で加速を始める前にスライドが後退するため,その反作用で銃が前に押され,人間が手に持って発射した場合,どうしてもバレル先端が下を向き着弾が下がってしまうのだ。」 「それに対しウェスタン・アームズの物は先にBB弾を発射し,その後でスライドが後退するのである。これによってスライド後退の反動で,着弾が下がることもなくなった。しかもただスライドが下がるのではなく,実銃と同じ“ロックド・ショート・リコイル”の作動をするのだ。バレルとスライドは確実にロックされていて,ショート・リコイルによってロッキング・ブロックが下がることで初めて開放される。たかだが数kgf/cm2の圧力の低圧ガスで,これ程リアルな作動を実現したのは,驚異という他はない。」 「『切り替えバルブ』の切り替えは内部の可動パーツではなく,ハンマーで行っていると見た方が良い様だ。つまり,ハンマーが落ちると,ハンマー下部でマガジンの放出バルブを押し開いて発射用のガスを出し,BB弾を飛ばす。次に一瞬遅れてハンマー上部でスライドの『切り替えバルブ(を作動させるパーツ)』を叩き,ガスをシリンダー内に導くという具合である。」 「最後にこれまでの事をまとめてみると,……ガスはBB弾を発射した後『切り替えバルブ』でシリンダー内に送られる……切り替えはハンマーで行い,バルブの開放と切り替えのタイム・ラグは,ピンの長さで作っている……シリンダーはフレーム側を支えとし,ピストンがスライドを動かす……マガジンの放出バルブはハンマーの打撃で開かれるが,トリガー・バーで保持される事も考えられる。」 エ 本件記事39頁には,@からCの4つの推測図(以下「推測図@」のようにいう。)及びその説明文が記載されている。
推測図@においては,トリガーが引かれ,ハンマーが後方から前方に起こされてインパクトバルブを開き,タンクから出たガスがシリンダーノズル内のシリンダー(切り替えバルブ)の前方を通ってラバーチェンバーに流入して,弾丸を前方に押し出す状態が示されている。
推測図Aにおいては,ハンマーがシリンダー(切り替えバルブ)の後部を叩いて,シリンダー(切り替えバルブ)の位置を前方に移動させ,タンクから開放状態の弁部を通って出たガスが,シリンダーノズル内のシリンダー(切り替えバルブ)に流入して,ガス圧がピストンA及びBの端面に作用している状態が示されている。
推測図Bにおいては,タンクのガス出口はインパクトバルブで閉じられ,スライドがピストンA及びBと共に,後方に移動してハンマーを押している状態が示されている。説明文には,「バレルとスライドは結合されているので一緒に下がる」との説明が加えられている。
推測図Cにおいては,タンクのガス出口はインパクトバルブで閉じられ,スライド及びピストンA及びBは,推測図Bの状態よりもさらに後方に移動してハンマーがコックされ,また,ピストンBはピストンAよりも後方に位置する状態が示されている。説明文には,「流入口からガスが排気されれば,シリンダーもスプリングで元に戻る。この後リコイル・スプリングでスライドは前進し,最初の状態に戻る。」 (3) 以上の本件記事(乙4)に開示された技術的事項を本件発明1の構成要件と比較すると,少なくとも構成要件のうち以下の諸点が開示されているとはいえない。
構成要件Fにおいては,「スライダ部と一体的に移動する受圧部」が要件となっているところ,本件記事(乙4)の技術的事項においては受圧部に相当する「ピストンA,Bの端面」が「スライド」と一体的に移動する部材かどうか明確でなく,構成要件Fが開示されているとはいえない。
構成要件Gにおいては,「可動部材」が「装弾室」と「受圧部」との間に配されていることが要件となっているところ,本件記事(乙4)の技術的事項においては,可動部材に相当する「シリンダーノズル」は,その前端部が装弾室に相当する「ラバーチェンバー」の位置に達していて,その後端部が受圧部に相当する「ピストンA,Bの端面」を越えて後方に延びているものであるから,「装弾室」と「受圧部」との間に配されているとはいえず,構成要件Gが開示されているとはいえない。
構成要件Hにおいては,「ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御」する「ガス通路制御部」が要件とされているが,本件記事(乙4)の技術的事項には上記の「第2のガス通路」が存在しているとはいえず,また「ガス通路制御部」に相当する「シリンダー(切り替えバルブ)」は,その内部に通路が形成されるガス通路についての開閉制御を行うものとはいえず,構成要件Hが開示されているとはいえない。。
(4) 被告ら及び補助参加人は,上記のアの点に関して,本件発明1における「受圧部」がスライド部と一体的に移動することの技術的意義とは,ガスをガス導出通路部及び第2のガス通路を通じて受圧部に作用させそれによりスライダ部を後退させハンマが回動されることにあるところ,本件記事(乙4)の技術的事項においても同様の作用をするものであるから,本件記事において構成要件Fも開示されていると主張する。しかしながら,ピストンAの端面とピストンBの端面は両者が一体となって受圧部を形成しているところ,上記推測図@ないしCによれば,ピストンAはスライドの後退途中においてスライドから離れるものであるから,少なくともピストンAの前端面はスライドと一体的に移動するものでないというべきである。
また,被告ら及び補助参加人は,上記認定(3)のウに反し,乙4の技術的事項においても,ガス導出通路部から「シリンダーノズル」内を通じて「ピストンA,Bの端面」に至る「第2のガス通路」が存在すると主張するが,上記推測図@ないしCによれば,ガス導出通路部から受圧部に相当する「ピストンA,Bの端面」に至るガス通路は,「シリンダー(切り替えバルブ)」内を通じているのであって,「シリンダーノズル」内を通じているのではないから上記の被告ら及び補助参加人の主張は採用することができない。
以上のとおりであって,本件記事(乙4)の技術的事項においては本件発明1の構成要件F,G及びHに相当する事項が開示されているとはいえず,実願H3-64235号CD-ROM記載の内容など,被告ら及び補助参加人が主張する諸事情を考慮しても,本件記事の記載から玩具銃分野における通常の知識を有する者が本件発明1を容易に想到し得たとは認められない。
したがって,本件特許権1に無効事由があることが明らかであるということはできず,被告ら及び補助参加人の権利濫用の主張は理由がない。
3 マルゼン製品の販売数量について 証拠(甲28ないし31,乙22ないし31,36,37)及び弁論の全趣旨を総合すると,被告らによるマルゼン製品の販売数量は別表「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」記載のとおりであると認められる。
この点に関し,原告は,乙22ないし27号証(被告らの仕入れ状況を示す帳簿類の写しを被告ら代理人において報告書として提出したもの)は,そもそも被告らの仕入れ状況しか記載されておらず,被告らの売上を示す資料として適切とは言い難いし,その内容においても不自然な点がみられ,上記の各書証に基づいて被告らのマルゼン製品の販売数量を認定するのは適切でない旨主張する。
しかしながら,マルゼン製品の流通状況からみて,被告らは仕入れと近接した時期に販売していると考えられることから,仕入れの状況から販売状況を推認することは不合理とはいえない(原告もモデルガン販売店の通常の仕入れ形態として,在庫負担を極小にするため必要数量のみを発注するものである旨を認めている。甲28)。また,乙30号証(マルゼン事件における計算鑑定書)によれば,平成7年11月9日から平成11年12月13日までの補助参加人のイ号物件の販売数量が3万2693個,ロ号物件の販売数量が2万0232個であると認められるところ, 上記認定に係る被告らの仕入れ状況は,イ号物件が合計9003個,ロ号物件が合計4091個であって,問屋6社の合計数量として不自然であるということはできない。さらに上記各証拠からうかがわれる被告らの仕入れの間隔や1回ごとに仕入れる商品の種類や個数にも特段不自然な点も認められないから,乙22ないし27号証から認められる被告らの仕入れ状況を根拠として,これらを仕入れの日から近接した日にすべて販売したという前提のもとに被告らによるマルゼン製品の販売数量を認定することは十分に合理性を有するというべきである。
原告は,上記乙22ないし27号証に表れている補助参加人の出荷状況と各被告の仕入れ状況が一致していない場合があることや,他の問屋の売上と比較して上記各証拠に表れている被告らの仕入れ数量は不自然であり,過少である旨を主張するが,これらの原告の主張を踏まえて各証拠を検討しても,その信用性を否定するほどの事情は認められず,結局のところ,原告の指摘する事情は,前記認定を左右するものとまではいえない。
4 争点(6)(補償金請求権の消滅時効)について 前記3認定の事実に証拠(甲6ないし12,乙12,13,15,30,34,35)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告は,平成7年6月ころ,被告らに対して本件警告書を送付したこと,原告は全国のすべての問屋に対して本件警告書を送付したわけではなく,被告らを含むいくつかの問屋等に対して上記警告書を送付したものであること,原告の代表者は,平成8年1月ころ,玩具銃メーカーによって構成される業界団体の理事長を務めるなどしており,玩具銃の流通の実態について知悉する立場にあったこと,マルゼン製品は,イ号物件につき平成7年12月ころから,ロ号物件につき平成8年4月ころから販売が開始されたものであること,マルゼン製品については本件特許権1の登録以前から業界誌の広告等に掲載されていたこと,被告らは本件特許権1の登録前にイ号物件を合計5000個以上,ロ号物件を合計1800個以上販売したものであること,原告は,自らあるいは第三者を使って,自らの特許権を侵害すると考えられる製品の販売状況の調査を行っていたこと,原告は玩具銃メーカーであり,問屋である被告らの店舗に立ち入って販売状況を確認することは容易であること,といった事実が認められる。
これらの事実を総合すれば,原告は,遅くとも本件特許権1が登録された時までには,被告らがマルゼン製品を取り扱っていた事実を知っていたと認められる。したがって,特許法65条5項において準用される民法724条により,原告の被告らに対する補償金請求権は本件特許権1が設定登録された平成8年9月19日から3年の経過により時効消滅したというべきである。
原告は,原告が具体的な損害について確知し得なかった以上消滅時効は進行しないと主張するが,特許法65条5項にいう「特許出願に係る発明の実施の事実‥‥‥を知った」とは,その文言どおり,発明の実施に当たる事実,すなわち本件においてはマルゼン製品販売の事実を知ることを意味するものであって,当該販売について販売数量や販売額などの具体的な数額を知ることまでをも要するものではない。上記認定の各事実によれば,本件特許権1の登録前に原告は被告らがマルゼン製品を販売していた事実を知っていたものであるから,消滅時効は,本件特許権1の登録時から進行するものである。原告の主張は,採用することができない。
5 争点(7)(原告の損害),争点(8)(損害賠償請求権の消滅時効)について (1) 被告らの販売数 被告らが,平成8年9月19日以降に販売したマルゼン製品の数量は,上記3において認定したとおりである。
(2) 消滅時効および時効中断 上記4認定のとおり,原告は遅くとも本件特許権1が設定登録された平成8年9月19日より前までには,被告らがマルゼン製品の販売をしていることを知っていたものである。
そして,民法724条の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは,不法行為の被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれらを知った時を意味するものと解されるところ(最高裁平成8年(オ)第2607号同14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁,最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照),本件においては,原告において,被告らがマルゼン製品を販売している事実を知ることで,被告らに対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度に損害の発生及び加害者を知ったものといえるから,平成8年9月19日から特許権侵害を理由とする損害賠償請求権につき消滅時効が進行したものというべきである。
ところで,特許権侵害が継続的に行われている場合には,日々新たな侵害行為が行われ,これに基づく損害が発生していると解されるから,日々の侵害行為に基づく損害につきそれぞれ別個に消滅時効が進行することになるところ,本件においては,平成8年9月19日以降被告らが販売するごとに日々新たな損害が発生し,別個に消滅時効が進行することになるものである。
前記「前提となる事実」(前記第2,1(8))に記載のとおり,原告は,被告大友商会,被告フジカンパニー及び被告大阪プラスチックモデルに対しては平成14年3月4日に,その余の被告らに対しては同月2日に,原告に対する損害賠償債務の履行を催告した上で,同年6月14日に本訴を提起したものであるから,被告大友商会,被告フジカンパニー及び被告大阪プラスチックモデルについては平成14年3月4日に,その余の被告らについては同月2日に,過去3年間分のマルゼン製品の販売による損害賠償請求権につき時効が中断しているが,それ以前に生じた損害については時効消滅している(被告東海模型によるマルゼン製品の販売は,すべて時効消滅に係る期間に行われているので,同被告に対する損害賠償請求権はすべて時効消滅している)。
(3) 特許法102条2項に基づく損害額 ア 被告らは,原告が本件特許権1を製造業者としてしか実施していないことから,販売業者である被告らに対して特許法102条2項に基づく損害を請求する前提を欠くと主張する。
しかしながら,特許法102条2項を適用する前提として,権利者と侵害者とが同一の形態の業務を行っていることを要すると解することはできないし,また,本件においては,乙21号証によれば,原告は平成14年4月に「渋谷卸部」を開設するなどして,販売業者としての業務も行っていたと認められるから,本件において,同項による損害額の推定を覆すに足りる事情が存在するとも認められない。
また,被告らは,マルゼン事件の確定判決に基づき補助参加人及び有限会社丸前商店が,原告に対して損害賠償金の支払いをしており,原告はすでに損害額を填補されていると主張する。
特許権を侵害する製品が製造業者により製造され,又は輸入業者により国内に輸入された後,卸売業者,小売業者等を転々と流通する場合においては,これらの各業者はそれぞれ不法行為者として損害賠償義務を負うものであり,各業者の債務は不真正連帯の関係に立つものである。したがって,同一の製品につき,既にある関与者が損害賠償債務を履行しているときには,当該弁済額につき,他の関与者との関係でも権利者の損害が填補されているということができる。
被告らの上記主張は,上記のような立場から弁済の抗弁をいうものと理解することが可能であるが,本件においては,被告らが主張する補助参加人及び丸前商店の弁済に係る損害賠償金に係るマルゼン製品と本件において損害賠償の基礎とされている被告らの販売に係るマルゼン製品とが同一の製品であることが証拠上明らかとなっているとは認められない。
上記によれば,被告らの主張は,いずれも採用することができない。
イ 前記前提となる事実(前記第2,1)に弁論の全趣旨を総合すると,被告らは,マルゼン製品の販売により,いずれも少なくとも販売価格の10パーセントに相当する利益を得たことが認められる(原告主張のとおり)。
被告らが時効消滅に係る期間よりも後の期間(被告大友商会,被告フジカンパニー及び被告大阪プラスチックモデルについては平成11年3月4日以降,その余の被告ら(ただし,被告東海模型を除く。)については同月2日以降)に販売したイ号物件及びロ号物件の数量は,下記のとおりである。
被告らがマルゼン製品を販売するに当たっては,アクセサリーとセットにした商品(具体的には,イ号物件に関しては「M11イングラムフルセット」,ロ号物件に関しては「UZIピストルフルセット」,「マイクロUZI」)も存在することから,これらのセット商品の場合には,当該セット商品の価格を売上額算定の基礎とすべきである。被告らは,これらは個別の商品としての販売もしているものを敢えてセットにして販売しているに過ぎないというが,少なくともセット商品を購入した顧客は,これらを一体の商品として購入したものであり,アクセサリーはマルゼン製品(本体)の通常形態による使用に用いるものとして購入されたものであるから,セット商品については全体の販売額を基礎として損害額を算定するのが相当である。
本件においては,全体の販売期間を通じての各商品の販売数は下記のとおりであると認定できる(甲28ないし31,乙22ないし31,36,37)。
@ 被告イリサワ 販売丁数 イ号物件 イングラムベーシック 365丁 イングラムフルセット 84丁 合計 449丁 ロ号物件 UZIピストルベーシック 278丁 UZIフルセット 48丁 マイクロUZI 26丁 合計 352丁 A 被告桑田商会 イ号物件 イングラムベーシック 2184丁 イングラムフルセット 408丁 合計 2592丁 ロ号物件 UZIピストルベーシック 513丁 UZIフルセット 240丁 マイクロUZI 156丁 合計 909丁 B 被告大友商会 イ号物件 イングラムベーシック 2039丁 イングラムフルセット 303丁 合計 2342丁 ロ号物件 UZIピストルベーシック 879丁 UZIフルセット 87丁 マイクロUZI 136丁 合計 1102丁 C 被告フジカンパニー イ号物件 イングラムベーシック 2458丁 イングラムフルセット 394丁 合計 2852丁 ロ号物件 UZIピストルベーシック 1086丁 UZIフルセット 79丁 マイクロUZI 221丁 合計 1386丁 D 被告東海模型(ただしすべて時効消滅) イ号物件 イングラムベーシック 108丁 イングラムフルセット 36丁 合計 144丁 ロ号物件 UZIピストルベーシック 78丁 UZIフルセット 12丁 マイクロUZI 24丁 合計 114丁 E 被告大阪プラスチックモデル イ号物件 イングラムベーシック 468丁 イングラムフルセット 156丁 合計 624丁 ロ号物件 UZIピストルベーシック 228丁 UZIフルセット 60丁 マイクロUZI 60丁 合計 348丁 しかしながら,上記の時効消滅に係る期間の後の期間におけるイ号物件及びロ号物件のうちのそれぞれの商品の販売個数は明らかでない。そこで,被告らの販売したマルゼン製品のイ号,ロ号各物件中において,「ベーシック」,「フルセット」等の種別の商品が占める割合は全期間を通じて同一であるものとして,上記@ないしEのイ号,ロ号物件の各販売丁数から各種別の商品ごとの販売割合を算出し,時効消滅対象後の期間におけるイ号,ロ号物件の各販売丁数に上記販売割合を乗じて当該期間における各種別の商品ごとの販売個数を算出し,これに争いのない各種別の商品の各単価を乗じて販売金額を算定し,更に10パーセントの利益率を乗じて算出したのが,下記における利益額である(円未満切り捨て)。
@ 被告イリサワ 販売丁数合計 被告の利益額 イ号物件 40丁 5万6469円 ロ号物件 18丁 1万6624円 合計 7万3093円 A 被告桑田商会 イ号物件 84丁 11万7763円 ロ号物件 60丁 6万0148円 合計 17万7911円 B 被告大友商会 イ号物件 129丁 17万9657円 ロ号物件 59丁 5万4328円 合計 23万3985円 C 被告フジカンパニー イ号物件 401丁 55万9631円 ロ号物件 96丁 8万8872円 合計 64万8503円 D 被告大阪プラスチックモデル イ号物件 48丁 6万8760円 ロ号物件 60丁 5万8241円 合計 12万7001円6 争点(9)(不当利得返還請求)について (1) 補償金請求権消滅後の不当利得返還請求について 原告は,原告の被告らに対する補償金請求権時効消滅している場合であっても,被告らは,警告書到達の日から平成8年9月18日までの間に,実施料相当額の金員を不当に利得したものであるとして,予備的に不当利得の返還を請求している。
しかしながら,特許法65条1項に規定される補償金請求権は,出願公開制度が導入されたことにより早期に出願内容が公開され,事実上第三者による発明の模倣が可能となり,出願人に損失が生じる事態が想定し得るところ,このような事態を恐れて発明をした者が特許出願を控えることも考えられるため,特許権の設定登録前は対象となる権利が存在しない以上権利侵害はあり得ず,また発明の実施を独占することによる利得も観念し得ないのであるが,特許法において,出願人を救済するための特別の請求権を政策的に設けることとしたものであると解される。
そうであれば,特許権の設定登録前に第三者が出願された発明を実施して利得を得た場合であっても,出願人にはそれに対応する損失がないと解されるのであるから,不当利得は成立しないというべきである。したがって,原告の請求は理由がない。
(2) 損害賠償請求権時効消滅後の不当利得返還請求について 前記前提となる事実(前記第2,1)に,上記3及び5各認定の事実並びに弁論の全趣旨を総合すると,被告らは,本件特許権1が設定登録された平成8年9月19日以降,被告大友商会,被告フジカンパニー及び被告大阪プラスチックモデルについては平成11年3月3日までの間に,その余の被告らについては同月1日までの間に,別表「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」の「平成8年9月19日から平成11年X日前日まで」の欄に記載のとおりの数量のマルゼン製品を販売し,イ号物件及びロ号物件の各製品の販売価格の10パーセントに相当する利得を得たこと,原告には実施料相当額の損失が生じたことが認められる。
ところで,本件発明1の実施料率については,マルゼン地裁判決及びマルゼン高裁判決において他のライセンス契約の事例をも参考として実施料率を12パーセントと認定された(甲3,4)ものであるところ,本件における被告らとの関係においてこれと異なる実施料率とすべき事情も認められないことから,販売価格の12パーセントと認めるのが相当である。
しかしながら,上記のとおり,被告らの利得が販売価格の10パーセントにとどまる以上,不当利得返還請求もこの限度で認めるのが相当である。原告は,被告らが悪意の受益者であると主張するが,本件全証拠を総合しても,被告らが上記期間におけるマルゼン製品の販売当時,同製品が本件特許権1を侵害することにつき悪意であったとは認められない。
以上によれば,被告らが原告に対して返還すべき不当利得の額としては,別表「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」の「平成8年9月19日から平成11年X日前日まで」の欄記載の被告らのマルゼン製品の売上数量に,上記5(3)イと同様各種別の商品の割合等を考慮した価格を乗じた金額の10パーセントと認めるのが相当であり,下記のとおりとなる。
ア 被告イリサワ イ号物件 140丁 19万7643円 ロ号物件 184丁 16万9938円 合計 36万7581円 イ 被告桑田商会 イ号物件 588丁 82万4343円 ロ号物件 357丁 35万7883円 合計 118万2226円 ウ 被告大友商会 イ号物件 747丁 104万0342円 ロ号物件 423丁 38万9509円 合計 142万9851円 エ 被告フジカンパニー イ号物件 1092丁 152万3983円 ロ号物件 681丁 63万0440円 合計 215万4423円 オ 被告東海模型 イ号物件 24丁 3万4380円 ロ号物件 30丁 2万8815円 合計 6万3195円 カ 被告大阪プラスチックモデル イ号物件 384丁 55万0080円 ロ号物件 228丁 22万1317円 合計 77万1397円 8 結論 以上によれば,本訴における原告の請求については,本件特許権1の侵害を理由とする損害賠償請求及び不当利得返還請求として(本件特許権2の侵害については,本件特許権1の侵害と選択的に主張されているので,判断しない。),被告イリサワに対して44万0674円,被告桑田商会に対して136万0137円,被告大友商会に対して166万3836円,被告フジカンパニーに対して280万2926円,被告東海模型に対して6万3195円及び被告大阪プラスチックモデルに対して89万8398円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成14年7月18日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
よって主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 大須賀寛之
裁判官 松岡千帆