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関連審決 異議2001-73428
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  周知技術 /  参酌 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 275号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社白元
同訴訟代理人弁理士 伊藤進
同 長谷川 靖
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 藤井俊二
同 白樫泰子
同 高橋泰史
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001―73428号事件について平成15年5月16日にした決定を取り消す。
争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「薬剤吊り下げ装置」とする特許第3187703号(平成8年2月6日特許出願,平成13年5月11日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき,平成13年12月14日及び同月28日,特許異議の申立てがされ(異議2001―73428号),原告は,平成14年10月29日に訂正請求をした(以下「本件訂正」という。)が,特許庁は,平成15年5月16日,「訂正を認める。特許第3187703号の請求項1ないし6に係る特許を取り消す。」との決定(甲1。以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月31日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 本件訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,各請求項の発明をそれぞれ「本件発明1ないし6」という。)。
【請求項1】横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成し,前記横棒を挿入するときこのフック部自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させるハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部と, 前記ハンガー本体から下方に設けて内部に揮散性の薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。
【請求項2】横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の断面形状をT字状に形成してフック部自体が弾性変形可能にするとともに,このフック部との間に前記横棒を挿入するための着脱口を形成したハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を弾性変形させることによって撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部と, 前記ハンガー本体から下方に設けて内部に揮散性の薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。
【請求項3】横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の先端側を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成し,前記横棒を挿入するときこのフック部自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させるハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように略山型に形成して設け,かつこの山型の裾野に当たる部分の少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設け,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部と, 前記ハンガー本体から下方に設けて内部に揮散性の薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。
【請求項4】横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の断面形状をT字状に形成してフック部自体が弾性変形可能にするとともに,このフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成し,前記横棒を挿入するときこのフック部が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した脱着口を拡開させるハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように略山型に形成して設け,かつこの山型の裾野に当たる部分の少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設け,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を弾性変形させることによって撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部と, 前記ハンガー本体から下方に設けて内部に揮散性の薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。
【請求項5】横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の断面形状をT字状に形成して自体を弾性変形可能にするとともに,このフック部との間に前記横棒を挿入するための着脱口を形成したハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように略山型に形成して設け,かつこの山型の裾野に当たる部分の少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設け,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を弾性変形させることによって撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部と, 前記ハンガー本体から下方に設けて内部に揮散性の薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。
【請求項6】横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の断面形状をT字状に形成して自体を弾性変形可能にするとともに,このフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成し,前記横棒を挿入するときこのフック部が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させるハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を弾性変形させることによって撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部と, 前記ハンガー本体から下方に設けて内部に揮散性の薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。
3 本件決定の理由の要旨 本件決定は,本件訂正を認めた上,本件発明1ないし6は,意匠登録第787954号公報(甲2。以下「引用刊行物1」といい,そこに記載された発明を「引用発明1」という。),実願平4-5237号(実開平5-67265号)のCD-ROM(甲3。以下「引用刊行物2」といい,そこに記載された発明を「引用発明2」という。)及び実願平2-74761号(実開平4-32689号)のマイクロフィルム(甲4。以下「引用刊行物3」といい,そこに記載された発明を「引用発明3」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
本件決定の理由のうち,本件発明1に関する部分の要旨は,次のとおりである。
(1) 本件発明1と引用発明1の一致点,相違点 (一致点) 横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設するとともに,このフック部との間に前記横棒を挿入する着脱口を形成したハンガー本体と, 前記ハンガー本体から下方に向けて内部に薬剤を含浸させたものを収納する薬剤収納部を形成した薬剤収納体と, を備えた薬剤吊り下げ装置 (相違点) (1-A)本件発明1では,フック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成しているのに対し,引用発明1では,そのような構成が採られていない点。
(1-B)本件発明1では,横棒を挿入するときフック部自体が反保持空間側に撓んで横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させるのに対し,引用発明1では,前記構成が不明である点。
(1-C)本件発明1では,フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部を備えたのに対し,引用発明1では,そのようなストッパー部を備えたとは認められない点。
(1-D)本件発明1では,薬剤が揮散性であるのに対し,引用発明1では,防虫液と記載しているだけであって,該防虫液が揮散性であるのか否か明示がない点。
(2) 相違点についての判断 ア 相違点(1-A)について 引用刊行物3には,物干しざお用フックにおいて,係止部4の先端部に内側から外側に向かって拡開する突出片6を形成すること,すなわち引用刊行物3には,フック部に相当する係止部4の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成することが記載されている。そして引用発明1におけるフック部に関する技術と引用刊行物3記載の発明におけるフックに関する技術はいずれもハンガーの係止部分に関する技術であって同じ技術分野に属するから,引用刊行物3記載の上記技術を引用刊行物1記載の薬剤吊り下げ装置に施し,相違点(1-A)における本件発明1の構成とすることは当業者が容易に想到し得ることである。
イ 相違点(1-B)について 引用刊行物3には,「物干しざお1の直径よりもやや大なる内径部2を有し,該内径部2の内側に略三角形状の突片3を形成した略半円状の係止部4を合成樹脂等で形成する」,「本考案の物干しざお用フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿すると,略三角形状の突片3,3に一旦当接する。そして更に押し込むと,部材のもつ弾性によって前記突片3,3間を拡開しながら乗り込えて該突片3,3間の内径部2に内嵌されるのである。」と記載され,引用刊行物3には,フック自体が弾性変形して着脱口を拡開し物干しざおを内嵌することが明記されてはいない。しかしながら,引用刊行物3にはフックの内側部分に設けられた突片3,3自体を弾性によって拡開し物干しざおを内嵌するとの記載はなく(単に「部材のもつ弾性によって突片3,3間を拡開」と記載されているだけである。),また突片3,3自体に弾性を持たせるような構成も採られていない。そして引用刊行物3記載の物干しざお用フックは,図面の記載から明らかなように長尺の部材として構成され,しかも該フックは突片3,3を含めて合成樹脂等で形成されている。さらにハンガー或いは引掛具において,フックを長尺なものとし,かつ合成樹脂等で形成することにより,フック自体を弾性変形させ着脱口を拡開させることは従来周知である〔例えば,実公昭46-8331号公報(取消理由で引用した引用刊行物2),実公昭49-37502号公報(同じく引用した引用刊行物7),実願平3-103176号(実開平6-53438号)のCD-ROM(同じく引用した引用刊行物8)参照〕。これら事項を参酌すれば,引用刊行物3記載のフックは,突片3,3間(すなわち,着脱口)を該突片3,3自体の弾性変形によって拡開し物干しざおを内嵌させるものとは認められず,少なくともフック自体が弾性変形して反保持空間側に撓み突片3,3間(すなわち,着脱口)を拡開し物干しざおを内嵌させるものと認められる。したがって引用刊行物3には,横棒(物干しざお)を挿入するときフック自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させる構成が開示されているものと認められる。そして引用刊行物1記載のフック部に関する技術と引用刊行物3記載のフックに関する技術はいずれもハンガーの係止部分に関する技術であって同じ技術分野に属するから,引用刊行物3記載の上記技術を引用刊行物1記載の薬剤吊り下げ装置に施し,相違点(1-B)における本件発明1の構成とすることは当業者が容易に想到し得ることである。
ウ 相違点(1-C)について 引用刊行物3には,フックのハンガー本体側への延設部に対向させて略三角形状の突片3を設けることが記載され,この略三角形状の突片3は,着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けた構成となっている。そして引用刊行物3には,突片3の脱着口の挿入側に配された上向きのテーパー部が吊り下げる横棒(物干しざお)をフック部の保持空間内にガイドする点について明記されてはいない。しかしながら,引用刊行物2には,蒸散剤ケース(薬剤吊り下げ装置に相当)において,吊り下げる横棒(ハンガー掛け20)を着脱口(脱着口)に挿入する際にこの横棒を保持空間内にガイドすることが記載され,このように横棒をガイドすることは薬剤吊り下げ装置において知られた技術であるとともに,引用刊行物3には「本考案の物干しざお用フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿すると,略三角形状の突片3,3に一旦当接する。そして更に押し込むと,部材のもつ弾性によって前記突片3,3間を拡開しながら乗り込えて該突片3,3間の内径部2に内嵌されるのである。」と記載され,この記載からみて,物干しざお1は,突片3,3によりガイドされて保持空間内に収容されることが示唆されているものと認められる。してみると,引用刊行物3記載の上記技術を引用刊行物1記載の薬剤吊り下げ装置に施し,フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドすること,さらには上記相違点(1-B)で検討したように引用刊行物3には,横棒によってフック(フック部)自体を弾性変形させること等によって撓ませて着脱口(脱着口)の径を拡開することが記載され,着脱口(脱着口)の径を広げるガイドとすること,すなわち相違点(1-C)における本件発明1の構成とすることは,引用刊行物2記載の事項を基礎とし,引用刊行物3記載の事項から当業者が容易に想到し得ることである。
エ 相違点(1-D)について 引用刊行物2には,薬剤吊り下げ装置に相当する蒸散剤ケースにおいて,室温程度の温度により自然蒸散する蒸散剤を,例えばパルプ,樹脂,透過性中空板状収納体などに含浸したものを内部に収納することが開示されており,引用刊行物2記載の蒸散剤は,揮散性の薬剤と認められる。してみると,引用刊行物1記載の薬剤吊り下げ装置において,防虫液として(或いは,防虫液にかえて)引用刊行物2記載の揮散性の薬剤を用いる程度のことは,いずれも薬剤吊り下げ装置に関する技術であることから当業者が容易になし得ることである。
(3) まとめ そして,本件発明1が奏する作用,効果は,引用発明1ないし3から容易に予測することができたものである。
したがって,本件発明1は,引用発明1ないし3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
原告主張に係る本件決定の取消事由の要点
本件決定は,本件発明1と引用発明1との相違点(1-A)ないし(1-C)についての判断を誤った結果,本件発明1についての進歩性の判断を誤り,また,同様の理由により本件発明2ないし6についての進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは本件決定の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(1-A)ないし(1-C)の各判断の共通の誤り) (1) 本件発明1は,本件明細書の「発明が解決しようとする課題」の項に記載されているように,比較的軽量な防虫剤等の薬剤容器を洋服ダンス等の吊り下げ横棒に吊り下げ,衣類の出し入れの際に衣類が薬剤容器に接触することによる脱落を防止するものである。これに対し,引用発明3は,引用刊行物3の「産業上の利用分野」,「考案が解決しようとする課題」及び「作用」の項に,物干しざおに係止部を嵌合させることにより,該係止部の突片が物干しざおに固定し,風などによって物干しざおの長さ方向に洗濯物が移動するのを防ぐとともに,物干しざおからの落下をも防止するものであることが記載されているように,物干しざお用フックに関する発明であり,濡れた洗濯物などの重量物を吊り下げるため,その加重に対し容易に変形しないものである。したがって,本件発明1と引用発明3とは,課題及び作用効果が相違し,関連する技術分野に属するものとはいえない。
(2) また,後記4(2)ア記載のとおり,本件発明1と引用発明3は,その作用が全く異なる。
(3) さらに,引用発明3は,引用刊行物3の「実施例」の項に記載されているように,@物干しざおの直径よりやや大なる内径部2,Aこの内径部2の内側にほぼ対向させて2個設けた略三角形状の突片3,3,B少なくとも内径部2側の突片3,3間が物干しざお1の半周以上となる位置に形成,という構成があって初めて機能するものであるところ,仮に,引用発明3を引用発明1に適用して本件発明1の構成としようとすると,薬剤吊り下げ装置のフック部の内径部に一対の略三角形状の突片であるストッパーを対向して設けることになるが,その結果,横棒に吊り下げにくく,また,横棒の軸方向に対し交差する方向に防虫剤用容器が固定されてしまうことになり,しかも,薬剤を洋服ダンス内に均等に揮散させるべく横棒のほぼ中央に固定した場合には,吊り下げ固定した防虫剤用容器が洋服の出し入れの邪魔になってしまうという不都合が生じ,本件発明1の防虫剤等の薬剤吊り下げ装置として機能しなくなる。
(4) 加えて,引用発明3には,本件発明1に関する示唆もない。
(5) 以上のとおり,@本件発明1と引用発明3とは,技術分野,作用効果等が全く異なり,A引用発明3の構成は,本件発明1の機能を阻害するものであり,B引用発明3には,本件発明1に関する示唆もない。したがって,引用発明3は,およそ本件発明1の動機付けとなり得ないものであり,引用発明3に基づき,本件発明1の進歩性を否定することはできない。
2 取消事由2(相違点(1-A)の判断の誤り) 本件発明1のフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部は,後記4(2)ア記載のとおり,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部と協働してフック部の着脱口を拡開するものである。
これに対し,引用発明3は,係止部4の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成した構成を有してはいるものの,これは,物干しざお1への係合を容易にし,係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿する際にガイドするものにすぎず,ストッパー部のテーパー部と協働してフック部を拡開するものでない。
したがって,引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-A)に係る本件発明1の構成とはならないので,本件決定の相違点(1-A)に関する判断は,誤りである。
3 取消事由3(相違点(1-B)の判断の誤り) 本件発明1は,後記4(2)ア記載のとおり,フック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部と,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部とが協働してフック部の着脱口の径を広げるものである。
これに対し,引用発明3は,横棒(物干しざお)を挿入するときフック自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させる構成を有してはいるものの,本件発明1の両テーパー部の協働によってフック部を拡開する構成が何ら示唆されていない。
したがって,引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-B)に係る本件発明1の構成とはならないので,本件決定の相違点(1-B)に関する判断は,誤りである。
4 取消事由4(相違点(1-C)の判断の誤り) (1) 本件発明1は,後記(2)ア記載のとおり,容器本体の上辺に設けた脱落防止用のストッパー部に積極的にガイド機能を与えて,このストッパー部のテーパー部によって吊り下げ横棒を斜め上方にガイドして,フック部先端部のテーパー状部に当接させて該フック部先端部を押し上げ,このフック部を反保持空間側に撓ませるようにしたものである。
これに対して,引用発明2は,本件発明1の如くフック部を容器本体から上方に張り出した構成のものとは異なったものであり,容器本体の上方に横方向に開口した凹窪部により吊り下げ部が形成され,この凹窪部が容器本体側に窪むものであって,単に,この凹窪部に至る容器本体の上辺を消極的にガイド機能として用いるにすぎない。
したがって,本件発明1と引用発明2とは構成及び作用を異にするから,引用発明2は,相違点(1-C)に係る本件発明1の構成を想到する基礎とすることはできない。
(2)ア 本件発明1は,フック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部と,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部とが協働してフック部の着脱口の径を広げるものである。すなわち,本件発明1は,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部を横棒に当接させて,このテーパー部にて該吊り下げ横棒を斜め上方に徐々に案内(ガイド)して,フック部先端部のテーパー状部に当接させ,該フック部先端部を押し上げ,着脱口を拡開させるものである。
これに対し,引用発明3は,フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿して相対向した突片3,3に一旦当接し,更に押し込むことによって上記略三角形状の突片3,3の各斜面に分力として押し広げる力が加わり,突片3,3間を拡開しながら乗り込えて物干しざお1を内嵌するものである。すなわち,引用発明3は,突片3,3で物干しざおをガイドするものではない(なお,この点につき,本件決定は,「引用刊行物3には,物干しざお1は,突片3,3によりガイドされて保持空間内に収容されることが示唆されている。」と認定するが,誤りである。)。
イ また,本件発明1では,ストッパー部は,薬剤収納体の上辺にフック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口の挿入側に上向きのテーパー部を形成して設けられている(一つのストッパー部を設けている。)。これに対し,引用発明3では,係止部4の開放部7の内側,すなわち内径部の外側に相対向した略三角形状の突片3,3を形成したものであって,突片3,3は一対必要とし,一つでは引用発明3の作用を果たさない。
ウ したがって,本件発明1のストッパー部と引用発明3の突片とは構成が相違し,その作用も異なっているから,引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-C)に係る本件発明1の構成とはならない。
(3) 以上のとおり,引用発明1に,引用発明2を基礎とし,引用発明3を組み合わせても,相違点(1-C)に係る本件発明1の構成とはならないので,本件決定の相違点(1-C)に関する判断は誤りである。
被告の反論の要点
本件決定の判断に誤りはないから,原告の主張する本件決定の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(相違点(1-A)ないし(1-C)の各判断の共通の誤り)について 本件決定は,引用刊行物1を主引用例とした上,本件発明1との相違点につき,引用発明1に引用発明3を適用することにより当業者が容易に想到し得ることであると判断しているのであるから,本件発明1と引用発明3との間の技術分野の相違等の原告主張は,それ自体失当である。
そこで,原告の上記主張を本件発明1と引用発明1との相違点の判断における引用発明3の適用性についての主張と善解するに,引用発明1の「防虫剤用容器のフック部」と,引用発明3の「物干しざお用フック」とは,洋服ダンスの洋服吊り下げ棒や物干しざおのような横棒に,物を吊り下げるフック部という点で,共通の技術分野ということができる。
また,引用刊行物3には,物干しざおからの落下を防止するという課題も記載されており,引用発明3は,この点で本件発明1と課題が共通するものである。
そして,引用発明1の「防虫剤容器のフック部」も,洋服ダンスの横棒に吊り下げられるものであり,吊棒からの落下を防止するという課題があることは明らかであるから,引用発明1に引用発明3を適用して本件発明1とする動機付けがある。
なお,引用発明3も,フック部(係止部4)の突出片6に対向している突片3が,横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ,着脱口の径を広げるようにガイドするものであって,本件発明1と作用効果が異なるものではない。
2 取消事由2(相違点(1-A)の判断の誤り)について 後記4(2)記載のとおり,引用発明3においても,突出片6及びそれに連続する突片3は,横棒をフック部の保持空間にガイドしつつ,フック部(係止部4)の突出片6に対向している突片3と協動して,着脱口の径を広げるようにガイドするものであり,本件発明1のテーパー状部とその作用に差異はない。
そして,引用刊行物3には,フック部に相当する係止部4の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成することが記載されているから,引用刊行物3は,相違点(1-A)における本件発明1の構成が記載されているといえる。
したがって,「引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-A)に係る本件発明1の構成とはならない。」旨の原告の主張は失当である。
3 取消事由3(相違点(1-B)の判断の誤り)について 後記4(2)記載のとおり,引用発明3も,フック部(係止部4)の突出片6に対向している突片3と,突出片6及びそれに連続する突片3とが協動して,横棒をフック部の保持空間にガイドしつつ,着脱口の径を広げるようにガイドするものであって本件発明1と差異はない。
そして,引用刊行物3には,横棒(物干しざお)を挿入するときフック自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させる構成が記載されているから,引用発明3には前記相違点(1-B)における本件発明1の構成が記載されているといえる。
そうすると,上記相違点(1-B)についての本件決定の判断に誤りはない。
4 取消事由4(相違点(1-C)の判断の誤り)について (1) 本件決定は,横棒をフック部の着脱口に挿入する際に横棒を保持空間内にガイドすることが知られた技術であることを裏付けるために引用刊行物2を引用したにすぎず,引用発明2から相違点(1-C)を容易に想到できたとするものではないから,「本件発明1と引用発明2とは構成及び作用を異にするから,引用発明2は,相違点(1-C)に係る本件発明1の構成を想到する基礎とはならない。」旨の原告の主張は失当である。
(2)ア 原告は,「本件発明1は,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部を横棒に当接させて,このテーパー部にて該吊り下げ横棒を斜め上方に徐々に案内(ガイド)して,フック部先端部のテーパー状部に当接させ,該フック部先端部を押し上げ,着脱口を拡開させるものである。」旨主張する。しかしながら,本件発明1は,ストッパー部につき,「フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイド しつつ 該横棒によって前記フック部自体を撓ませて・・・前記着脱口の径を広げるように ガイド するストッパー部」を有するものであって,ストッパー部のテーパー部は,横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ,着脱口の径を広げるようにガイドするものである。したがって,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当である。
イ 引用刊行物3の記載及び図面によれば,引用発明3の突片3は,略三角形状の形状であり,内径部2の内側に対向して形成されており,フック部(係止部4)の突出片6に対向している突片3は,着脱口(開放部)を狭めるように設けられていて,前記着脱口の挿入側に上向きのテーパー部が設けられている。また,引用発明3において,物干しざお用フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿すると,突片3の挿入側に上向きに設けられたテーパー部に沿って移動し,物干しざおが突片3,3間を拡開し(押し広げ)ながら突片3,3間の内径部2に内嵌されるものである。
そうすると,フック部(係止部4)の突出片6に対向している突片3が,横棒をフック部の保持空間内 にガイド しつつ ,着脱口 の径を広げるように ガイドする ものであることは明らかである。そして,引用発明3の突片3と本件発明1のストッパー部とは,フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口を狭めるように設けられていて,前記着脱口の挿入側に上向きのテーパー部が設けられている点で構成に差異がないから,両者は同様の作用を奏するといえる。
ウ したがって,「本件発明1のストッパー部と引用発明3の突片とは構成が相違し,その作用も異なっているから,引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-C)に係る本件発明1の構成とはならない。」旨の原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(1-A)ないし(1-C)の各判断の共通の誤り)について (1) 原告は,「本件発明1と引用発明3とは,技術分野,作用効果等が全く異なり,また,引用発明3には,本件発明1に関する示唆もない。したがって,引用発明3は,およそ本件発明1の動機付けとなり得ないものであり,引用発明3に基づき,本件発明1の進歩性を否定することはできない。」旨主張する。
しかしながら,本件決定は,引用刊行物1を主引用例とした上,本件発明1と引用発明1との間の相違点につき,引用発明1に引用発明3を適用することにより当業者が容易に想到し得ることであると判断しているのであるから,本件発明1と引用発明3との間の技術分野の相違等を指摘する原告の上記主張は,本件決定の判断内容を正解しないものであり,それ自体失当である。
また,本件明細書の「発明の属する技術分野」及び「発明が解決しようとする課題」の記載(【0001】,【0007】〜【0010】)によれば,本件発明1は,薬剤容器の吊り下げ横棒からの脱落を防止しつつ,横棒の径が着脱口の大きさよりも大きくても横棒に吊り下げることができるようにした薬剤吊り下げ装置に関するものであると認められる。一方,引用刊行物3の「産業上の利用分野」及び「考案が解決しようとする課題」の記載によれば,引用発明3は,物干しざおに対する移動や物干しざおからの落下を防止した物干しざお用フックに関するものであると認められる。しかしながら,薬剤吊り下げ装置と物干しざお用フックとは,吊り下げる場所や対象などに違いはあるものの,横棒に物を吊り下げる装置である点で近接した技術分野に属するものということができる。のみならず,本件発明1と引用発明3とは,横棒からの落下を防止するという課題の面においても共通している。そして,ある課題を解決するために,共通の課題を有する発明や近接した技術分野の技術の適用を試みることは,当業者が当然に行うことである。したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。
(2) また,原告は,「引用発明3を引用発明1に適用すると,薬剤吊り下げ装置のフック部の内径部に一対の略三角形状の突片であるストッパーを対向して設けることになるが,その結果,横棒に吊り下げにくく,また,横棒の軸方向に対し交差する方向に防虫剤用容器が固定されてしまうことになり,しかも,薬剤を洋服ダンス内に均等に揮散させるべく横棒のほぼ中央に固定した場合には,吊り下げ固定した防虫剤用容器が洋服の出し入れの邪魔になってしまうという不都合が生じ,本件発明1の防虫剤等の薬剤吊り下げ装置として機能しなくなる。」旨主張する。
上記主張は,引用発明3を引用発明1に適用すると,薬剤吊り下げ装置が横棒に固定されてしまうことを前提としたものであると解されるところ,引用発明3を引用発明1に適用して本件発明1の構成とするに際して,薬剤吊り下げ装置の機能を考慮し,引用発明3の係止部4の突出片6に対向している側の突片3のみを適用した上,ストッパー部の大きさを,薬剤吊り下げ装置が固定されずに揺動可能であるが落下はしない程度に調整することは,当業者が当然採用すべき設計的事項にすぎないものというべきであるから,引用発明3を引用発明1に適用することを妨げる要因はない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) 以上のとおり,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点(1-A)の判断の誤り)について 原告は,「本件発明1のフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部は,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部と協働してフック部の着脱口を拡開するものである。これに対し,引用発明3の係止部4の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成した構成は,物干しざお1への係合を容易にし,係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿する際にガイドするものにすぎず,ストッパー部のテーパー部と協働してフック部を拡開するものでない。したがって,引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-A)に係る本件発明1の構成とはならない。」旨主張する。
しかしながら,本件決定の認定した相違点(1-A)は,「本件発明1では,フック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成しているのに対し,引用発明1では,そのような構成が採られていない点。」であるところ,引用発明3が「フック部(係止部4)の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成した」構成を有することは原告も自認している。してみると,上記構成を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に適用すると,相違点(1-A)に係る本件発明1の構成となることは明らかであるから,原告の上記主張は理由がない。
(なお,後記4(2)ア記載のとおり,本件発明1は,「ストッパー部の上向きのテーパー部」が「フック部先端部のテーパー状部」よりも先に横棒に当接を開始すること,及び「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部先端部のテーパー状部」が同時に横棒に当接する時期があることを規定するものではないから,原告の「本件発明1のフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部は,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部と協働してフック部の着脱口を拡開するものである。」旨の上記主張はそれ自体理由がない。) 以上のとおり,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点(1-B)の判断の誤り)について 原告は,「本件発明1は,フック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部と,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部とが協働してフック部の着脱口の径を広げるものである。これに対し,引用発明3は,横棒(物干しざお)を挿入するときフック自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させる構成を有してはいるものの,本件発明1の両テーパー部の協働によってフック部を拡開する構成が何ら示唆されていない。したがって,引用発明3を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に組み合わせても,相違点(1-B)に係る本件発明1の構成とはならないので,本件決定の相違点(1-B)に関する判断は,誤りである。」旨主張する。
しかしながら,本件決定の認定した相違点(1-B)は,「本件発明1では,横棒を挿入するときフック部自体が反保持空間側に撓んで横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させるのに対し,引用発明1では,前記構成が不明である点。」であるところ,引用発明3が「横棒(物干しざお)を挿入するときフック部自体が反保持空間側に撓んで横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させる」構成を有することは原告も自認している。してみると,上記構成を引用発明1の薬剤吊り下げ装置に適用すると,相違点(1-B)に係る本件発明1の構成となることは明らかであるから,原告の上記主張も理由がない。
(なお,後記4(2)ア記載のとおり,本件発明1は,「ストッパー部の上向きのテーパー部」が「フック部先端部のテーパー状部」よりも先に横棒に当接を開始すること,及び「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部先端部のテーパー状部」が同時に横棒に当接する時期があることを規定するものではないから,原告の「本件発明1は,フック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状部と,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部とが協働してフック部の着脱口の径を広げるものである。」旨の上記主張はそれ自体理由がない。) 以上のとおり,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(相違点(1-C)の判断の誤り)について (1) 原告は,「本件発明1は,容器本体の上辺に設けた脱落防止用のストッパー部に積極的にガイド機能を与えて,このストッパー部のテーパー部によって吊り下げ横棒を斜め上方にガイドして,フック部先端部のテーパー状部に当接させて該フック部先端部を押し上げ,このフック部を反保持空間側に撓ませるようにしたものである。これに対して,引用発明2は,本件発明1の如くフック部を容器本体から上方に張り出した構成のものとは異なったものであり,容器本体の上方に横方向に開口した凹窪部により吊り下げ部が形成され,この凹窪部が容器本体側に窪むものであって,単に,この凹窪部に至る容器本体の上辺を消極的にガイド機能として用いるにすぎない。したがって,本件発明1と引用発明2とは構成及び作用を異にするから,引用発明2は,相違点(1-C)に係る本件発明1の構成を想到する基礎とはならない。」旨主張する。
しかしながら,本件決定は,相違点(1-C)についての判断において,「引用刊行物2には,蒸散剤ケース(薬剤吊り下げ装置に相当)において,吊り下げる横棒(ハンガー掛け20)を着脱口(脱着口)に挿入する際にこの横棒を保持空間内にガイドすることが記載され,このように横棒をガイドすることは薬剤吊り下げ装置において知られた技術である」(17頁26〜29行)としているから,薬剤吊り下げ装置の技術分野において,横棒をガイドすることが周知技術であることを示すために引用刊行物2を挙げたにすぎず,引用発明2の構成に基づき本件発明1の相違点(1-C)に係る構成を容易に想到することができると判断したものではない。したがって,原告の上記主張は,本件決定の判断内容を正解しないで批判するものにすぎず,理由がない。
(2) また,原告は,「本件発明1は,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部を横棒に当接させて,このテーパー部にて該吊り下げ横棒を斜め上方に徐々に案内(ガイド)して,フック部先端部のテーパー状部に当接させ,該フック部先端部を押し上げ,着脱口を拡開させるものである。これに対し,引用発明3は,フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿して相対向した突片3,3に一旦当接し,更に押し込むことによって上記略三角形状の突片3,3の各斜面に分力として押し広げる力が加わり,突片3,3間を拡開しながら乗り込えて物干しざお1を内嵌するものである。すなわち,引用発明3は,突片3,3で物干しざおをガイドするものではない(なお,この点につき,本件決定は,「引用刊行物3には,物干しざお1は,突片3,3によりガイドされて保持空間内に収容されることが示唆されている。」と認定するが,誤りである。)。したがって,本件発明1のストッパー部と引用発明3の突片とは構成が相違し,その作用も異なっている。」旨主張する。
ア しかしながら,前記第2,2記載のとおり,本件発明1が, 「横棒に引っかけて該横棒に吊り下げられるフック部を延設し,このフック部の先端部を内側から外側に向かって拡開するテーパー状に形成し,前記横棒を挿入するときこのフック部自体が反保持空間側に撓んで前記横棒を挿入するために形成した着脱口を拡開させるハンガー本体と, 前記フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて前記着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向 きの テーパー 部が前記吊 り下げる 横棒 を脱着口 に挿入 する 際にこの 横棒をフック 部の保持空間内 にガイド しつつ 該横棒 によって 前記 フック 部自体 を撓ませて ,又は前記 フック 部と自身 の両方 を撓ませて 前記着脱口 の径を広げるように ガイド する ストッパー部と,… を備えたことを特徴とする薬剤吊り下げ装置。」 であることは,当事者間に争いがない。
そうすると,本件発明1においては,「ストッパー部の上向きのテーパー部」は上記下線部のように作用するものであること,及び「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部」とが同時に横棒に当接する時期があることは規定されているものの,「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部先端部のテーパー状部」との位置関係は何ら規定されていないから,「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部先端部のテーパー状部」がそれぞれ横棒に当接を開始する時期の先後関係は規定されていないし,「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部先端部のテーパー状部」が同時に横棒に当接する時期があることも規定されていない。
そして,原告主張の「本件発明1は,脱落防止用のストッパー部に形成した上向きのテーパー部を横棒に当接させて,このテーパー部にて該吊り下げ横棒を斜め上方に徐々に案内(ガイド)して,フック部先端部のテーパー状部に当接させ,該フック部先端部を押し上げ,着脱口を拡開させるものである。」構成は,「ストッパー部の上向きのテーパー部」が「フック部先端部のテーパー状部」よりも先に横棒に当接を開始すること,及び「ストッパー部の上向きのテーパー部」と「フック部先端部のテーパー状部」が同時に横棒に当接する時期があることを前提としているから,上記特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,理由がない。
イ また,引用刊行物3には,「物干しざお用フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿すると,略三角形状の突片3,3に一旦当接する。そして更に押し込むと,部材のもつ弾性によって前記突片3,3間を拡開しながら乗り込えて該突片3,3間の内径部2に内嵌されるのである。」(5頁7〜12行)と記載されている。同記載によれば,引用発明3において,物干しざお1は,略三角形状の突片3,3に一旦当接した後,さらに押し込むことにより,突片3,3間を乗り込えて内径部2に内嵌されるのであるから,突片3,3は,形成された各斜面の分力によって押し広げられるものであるとしても,物干しざお1が略三角形状の斜面を乗り込えるガイドの機能をも有していることは明らかである。したがって,原告の「引用発明3は,突片3,3で物干しざおをガイドするものではない。」旨の主張は,理由がない。
ウ 以上のとおり,原告の上記主張は理由がない。
(3) さらに,原告は,「本件発明1では,ストッパー部は,薬剤収納体の上辺にフック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口の挿入側に上向きのテーパー部を形成して設けられている(一つのストッパー部を設けている。)。これに対し,引用発明3では,係止部4の開放部7の内側,すなわち内径部の外側に相対向した略三角形状の突片3,3を形成したものであって,突片3,3は一対必要とし,一つでは引用発明3の作用を果たさない。したがって,本件発明1のストッパー部と引用発明3の突片とは構成が相違し,その作用も異なっている。」旨主張する。
ア 本件決定の認定した本件発明1と引用発明1との相違点(1-C)は,「本件発明1では,フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部を備えたのに対し,引用発明1では,そのようなストッパー部を備えたとは認められない点。」というものであり,要するに,ストッパー部を具備するか否かの点である。
イ そして,引用発明3の係止部4の突出片6に対向している側の突片3について検討すると,該突片3は,開放部7を狭めるように設けられており,略三角形状の外側の斜面が開放部7の挿入側の上向きのテーパー部となっていることは明らかである。また,この斜面が,物干しざお1を開放部7に挿入する際のガイドとなっていることは前記(2)イ記載のとおりである。さらに,引用刊行物3には,「内径部2の内側に略三角形状の突片3を形成 した 略半円状の係止部 4を合成樹脂等 で形成 する 」(4頁13〜15行),「物干しざお用フックの係止部4の開放部7を物干しざお1に外挿すると,略三角形状の突片3,3に一旦当接する。そして更に押し込むと,部材のもつ 弾性 によって 前記突片 3,3間を拡開 しながら 乗り込えて該突片3,3間の内径部2に内嵌されるのである。」(5頁7〜12行)との記載があるから,物干しざお1が略三角形状の斜面を乗り込える際に,係止部4及び突片3が物干しざお1によって撓み,開放部7の径が広がることも明らかである。
そうすると,引用発明3の係止部4の突出片6に対向している側の突片3は,本件発明1の「フック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口を狭めるように設け,かつ少なくとも前記脱着口の挿入側に上向きのテーパー部を設けて,この上向きのテーパー部が前記吊り下げる横棒を脱着口に挿入する際にこの横棒をフック部の保持空間内にガイドしつつ該横棒によって前記フック部自体を撓ませて,又は前記フック部と自身の両方を撓ませて前記着脱口の径を広げるようにガイドするストッパー部」に相当するものであると認められる。
ウ なお,引用発明3では,物干しざお用フックが物干しざお上を移動しないようにするために,突片が一対の構成であるとしても,引用発明1においては,薬剤吊り下げ装置の機能上,同装置が横棒上を移動しないようにする必要はなく,逆に移動できないほど固定することには支障があるのであるから,当業者であれば,引用発明3を引用発明1に適用するに際して,薬剤吊り下げ装置の機能を考慮し,引用発明3の係止部4の突出片6に対向している側の突片3のみを適用することは当然である。したがって,原告の主張する本件発明1と引用発明3との相違,すなわち,「本件発明1では,ストッパー部は,薬剤収納体の上辺にフック部のハンガー本体側への延設部に対向させて着脱口の挿入側に上向きのテーパー部を形成して設けられている(一つのストッパー部を設けている。)。これに対し,引用発明3では,係止部4の開放部7の内側,すなわち内径部の外側に相対向した略三角形状の突片3,3を形成したものであって,突片3,3は一対必要とし,一つでは引用発明3の作用を果たさない。」点は,相違点(1-C)の判断に影響を及ぼすものではないというべきである。
(4) 以上のとおり,取消事由4は理由がない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,同様に,本件発明2ないし6についての本件決定の進歩性判断にも誤りはなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人