関連審決 |
無効2020-800076 無効2020-800034 |
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事件 |
令和
5年
(行ケ)
10093号
審決取消請求事件
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令和7年2月13日判決言渡 令和5年(行ケ)第10093号(第1事件)、第10094号(第2事件)審決取 消請求事件 口頭弁論終結日 令和6年12月2日 5判決 第1事件原告(無効審判参加人) 東和薬品株式会社 同訴訟代理人弁護士 牧野知彦 10 同平井佑希 同訴訟代理人弁理士 早坂巧 第2事件原告(同請求人) 共和薬品工業株式会社 15 第2事件原告(同請求人) 日医工株式会社 両名訴訟代理人弁護士 速見禎 同 溝内伸治郎 20 両名訴訟代理人弁理士 多田央子 同 神野直美 被告(同被請求人) 協和キリン株式会社 25 同訴訟代理人弁護士 三村量一 同 藤村亜弥 1 同訴訟代理人弁理士 南条雅裕 同 原秀貢人 同 瀬田あや子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2025/02/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
5 1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
【略語】 本判決で用いる略語は、別紙1「略語一覧」のとおりである。 10 第1 請求(各事件共通) 特許庁が無効2020-800076号事件について令和5年7月12日に した審決を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)15 (1) 本件特許の設定登録 被告は、発明の名称を「運動障害治療剤」とする発明について、平成15年 1月28日(優先権主張日は平成14年1月28日〔本件優先日〕)を国際出 願日とする特許出願(特願2003-563566号)をし、平成21年9月 18日、本件特許に係る特許権の設定登録を受けた(請求項の数1)。 20 (2) 本件の無効審判請求及び本件審決 ア 第2事件原告らは、令和2年8月31日、特許庁に対し、本件特許の無効 審判請求をし、特許庁は、同請求を無効2020-800076号事件と して審理を行った。なお、本件特許に関しては、後記(3)の無効審判請求事 件も特許庁に係属していたが、特許庁は、両事件を併合することなく、別々25 に手続を進めたものである。 イ 第1事件原告は、令和4年1月13日、請求人側への参加を申請し、同 2 年3月30日、参加許可の決定を受けた。 ウ 被告は、令和4年3月3日付けで本件特許の特許請求の範囲を変更する 訂正請求をした。 エ 特許庁は、令和5年7月12日付けで、前記ウの訂正請求を認めた上で、 5 審判の請求は成り立たない旨の本件審決をし、その謄本は令和5年 7 月2 1日原告らに送達された。 オ 原告らは、令和5年8月18日、本件審決の取消しを求めて、それぞれ 本件訴えを提起した。 (3) 別件の無効審判請求とその帰結10 ア 第1事件原告は、令和2年3月31日、特許庁に対し、本件特許の無効 審判請求をし、第2事件原告らは請求人側に参加した。 特許庁は、これを無効2020-800034号事件として審理を行っ た上、令和3年10月27日、被告が請求した特許請求の範囲の訂正を認 めた上、審判請求は成り立たない旨の審決をした。 15 イ 第1事件原告及び第2事件原告らは、上記審決の取消しを求める訴訟を 提起したが、知的財産高等裁判所は令和5年1月12日に請求を棄却する 旨の判決をし、同判決は同年9月22日の上告棄却・上告不受理の決定に より確定した。 2 本件特許に係る発明の内容20 (1) 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲(請求項1)は以下のとおりである。 なお、上記1(3)の無効審判請求事件に関し被告が請求した特許請求の範囲 の訂正及びこれを前提とする審決が確定しているので、特許法128条より、 本件特許は、当該訂正後の特許請求の範囲により登録がされたとみなされる。 25 その内容は、本件の無効審判手続においてされた訂正と同じである。 【請求項1】 3 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メ チルキサンチンを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法にお いて、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至っ 5 た段階の患者を対象とし、 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象およ び/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与 され、 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対10 象に投与される、 ことを特徴とする薬剤。 (2) 本件明細書の記載事項及び図面(抜粋)を、別紙2に掲げる。これによれ ば、本件明細書には、次のような開示があることが認められる。 ア 本発明は、少なくとも 1 種のアデノシンA2A受容体アンタゴニストを投15 与することを特徴とする運動障害を患っている患者を治療する方法に関す る(【0001】)。 イ パーキンソン病の治療法は知られていない。ほとんどのパーキンソン病 の初期患者は、ドーパミン補充療法による対症療法に対してよく応答する が、疾病が進行するにつれ能力障害が増加する(【0005】)。 20 L-ドーパは、パーキンソン病において、強くかつ急速な治療上の効果を もたらすが、最終的には、ウェアリング・オフ現象(L-ドーパが有効であ る期間の減少)、オン・オフ変動(薬剤治療における効果の「オン」状態す なわち患者にパーキンソン病の症状が比較的ない期間〕が、突然、容認でき ないほどに失われ、「オフ」状態すなわちパーキンソン状態を発現するこ25 と)、ジスキネジア(異常な不随意運動)等の運動合併症をはじめとするド ーパミンによって引き起こされる重篤で好ましくない反応が現れる(【0 4 007】、【0009】)。 ウ アデノシンA2A受容体アンタゴニストが数種類のパーキンソン病の動物 モデル(例えば、MPTP処置〔神経毒の一種のMPTPによる処置〕した サル)の運動機能障害を改善するが、またドーパミン作動性薬剤とは異な 5 るA2A受容体アンタゴニストの特徴も示すことを、行動研究は示している。 MPTP処置したマーモセット及びカニクイザルを用いた選択的アデノシ ンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002の抗パーキンソン病作 用の研究結果は、アデノシンA2Aアンタゴニストが、パーキンソン病の初 期の患者に単独療法として抗パーキンソン病効果をもたらす可能性がある10 こと、およびL-ドーパ治療を受けた運動合併症患者では、ジスキネジア を増加させることなく抗パーキンソン病作用を改善させる可能性があるこ とを示唆している(【0032】、【0033】)。 エ 本発明は、パーキンソン病患者に1種以上のアデノシンA2A受容体アン タゴニストを投与すること又は併用投与することを特徴とするL-ドーパ15 療法の副作用を軽減又は抑制する方法を提供する。このような治療は、例 えばL-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤で誘発される運動合併症 を患っている患者を治療して、オフ時間を減少させるおよび/またはジス キネジアを改善するのに有効であり得る(【0039】)。 本発明の方法に有用な好ましいアデノシンA2A受容体アンタゴニストは、 20 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メ チルキサンチン(KW-6002)を含有する(【0121】)。 本発明は、患者の覚醒時間中の「オン」状態の割合を増やすことによって L-ドーパによる副作用を軽減することを対象とする(【0124】)。 3 本件審決の理由の要旨25 本件審決の理由の要旨は以下のとおりである。 (1) 本件の無効審判手続でされた訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする 5 ものであり、その他法定の要件を満たすものとして、これを認める。 (2) 甲3には、以下の甲3発明が記載されていると認める。 【甲3発明】 アデノシン受容体アンタゴニストであるテオフィリン(1週間の負荷相で 5 は、毎日増量、100mg1日2回、6週間の一定状態相では、600mg/ 日、1週間のウォッシュアウト相では、毎日減量、100mg1日2回)を含 有する薬剤であって、 L-ドーパで治療され(764±170mg/日) L-ドーパ誘導性運動 、 副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パーキンソン病(APD)10 の患者に投与され、 オン時間の持続を〜30%増加させ、その結果、オフ時間の持続を減少さ せる作用を有する、薬剤。 (3) 本件発明と甲3発明の一致点及び相違点は、以下のとおりである。 【一致点】15 アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法におい て、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段 階の患者を対象とし、 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および20 /またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象 に投与される、薬剤。 【相違点】 本件訂正発明では、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが、「(E)-25 8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサン チン」であるのに対し、甲3発明では、「テオフィリン」である点。 6 (4) 相違点についての判断 ア 甲3の著者は、L-ドーパで治療されているAPD患者に、テオフィリ ンよりもより強力でより選択的なアデノシン受容体遮断作用を有する化合 物を適用することで、ウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させるこ 5 とができる可能性があると認識しており、また、当業者は、KW-6002 が、選択的アデノシンA2Aアンタゴニストであり、動物モデルにおいて、 テオフィリンよりもより強力な抗パーキンソン病活性を奏する薬剤である ことを理解できる。さらに、KW-6002について、ヒトのパーキンソン 病の治療薬として実際に使用する前提となる臨床試験が本件特許の優先日10 当時、進行中であった。そうすると、当業者は、甲3発明のテオフィリンに 代えて、より強力でより選択的なアデノシン受容体遮断作用を有する選択 的アデノシンA2Aアンタゴニストであって、テオフィリンより強力な抗 パーキンソン病活性が臨床レベルで期待されているKW-6002を採用 することは認識し得るといえる。 15 しかし、パーキンソン病においては、プラセボ効果の影響が大きく、甲3 の臨床試験結果を受けて行われた二重盲検、クロスオーバー、プラセボ対 照試験において、テオフィリンがレボドパの抗PD作用を一貫して増大さ せなかったことが乙17(本件訴訟における甲イ80)に示されている。甲 3の試験自体、その詳細が不明であり、また、テオフィリンを使用した非盲20 検試験において一貫しない結果となっている。テオフィリンは非選択的ア デノシン受容体アンタゴニストであってアデノシンA2A受容体以外のア デノシン受容体作用もあるし、アデノシン受容体以外の他の受容体にも親 和性を持つことも知られていた。 さらに、甲3では、テオフィリンによるオフ時間の減少効果がアデノシ25 ンA2A受容体アンタゴニスト作用に基づく点の確認はされていないし、 L-ドーパ療法を長期に行うことにより生じるウェアリング・オフ現象等 7 の重要な発生原因は十分には解明されていないことが、本件特許の優先日 当時の技術常識であり、本件特許の優先日当時、アデノシンA2A受容体 アンタゴニストによってアデノシンA2A受容体を遮断することにより、 ウェアリング・オフ現象等が改善できることが実証されていたとはいえな 5 い。 これらを踏まえれば、当業者は、甲3の記載から、甲3発明においてテオ フィリンに代えて、アデノシンA2AアンタゴニストであるKW-600 2を採用することで、実際に、APD患者におけるウェアリング・オフ現象 等のオフ時間を減少させることができること、すなわち、KW-600210 が、本件訂正発明の「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオ フ時間を減少させる」ために使用できることを合理的に推認できたとはい えない。 イ 本件特許明細書には、実施例1として、二重盲検、プラセボ対照、無作為、 パラレル群の多施設試験研究による臨床試験の結果、ウェアリング・オフ15 をはじめとするL-ドーパ関連の運動合併症を伴うパーキンソン病患者に、 L-ドーパとともに、KW-6002を4週間ごとに、3段階((5/10 /20mg/日)、又は(10/20/40mg/日)のいずれか漸増的用 量)を投与したKW-6002群の被験者では、プラセボ群の被験者と比 較して、オフ時間における有意な減少があったこと(図1)が記載されてい20 る。当業者は、甲3の記載から、甲3発明においてテオフィリンに代えて、 KW-6002を採用することで、実際に、APD患者におけるウェアリ ング・オフ現象等のオフ時間を減少させることができることを合理的に推 認できたとはいえないから、上記効果は、予測し得ない効果である。 (5) したがって、本件発明は、甲3発明に基づき、当業者が容易に発明をする25 ことができたとはいえない。 4 取消事由 8 甲3発明に基づく本件発明の進歩性の判断の誤り 第3 当事者の主張 1 第1事件原告の主張 (1) 本件審決の判断枠組に誤りがあることについて 5 ア 本件審決は、甲3発明として、アデノシン受容体アンタゴニストである テオフィリンが「ウェアリング・オフのオフ時間の持続を減少させる作用 を有する薬剤」であることを認定しながら、その一方で、容易想到性の場面 においてプラセボの効果である可能性があるとか、試験の詳細が不明など として、同認定を否定するかのような説示をしている。仮にこの点を議論10 するのであれば、これは甲イ3から「ウェアリング・オフのオフ時間の持続 を減少させる作用を有する薬剤」という発明が発明(技術思想)として認定 できるか否かの問題である。 本件審決は、プラセボの可能性については、文字どおりその「可能性」が あると指摘するに止まり、少なくとも技術思想としては完成したものとし15 て甲3発明を認定している以上、容易想到性の判断に当たっては、そのよ うに認定された甲3発明を前提に容易想到性を検討しなければならない。 なお、被告は、本件審決における甲3発明の認定等には審決取消事由と ならない誤りがある旨主張するが、甲イ3の論文のタイトルは「テオフィ リンは進行期パーキンソン病患者において『オン』時間を増加させる」であ20 り、試験内容としてもウェアリング・オフを示す患者を対象にテオフィリ ンを投与し、オフ時間の減少(オン時間の増加)を測定しているのであるか ら、甲イ3においてテオフィリンが「L-ドーパ療法におけるウェアリン グ・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため に」投与されていることは明らかであって、この点の本件審決の認定に誤25 りはない。 イ 本件審決は、客観的な構成としては本件発明の構成を採用することは認 9 識し得るとしつつも、そのような構成を採用した場合の「効果」について、 これを当業者において合理的に推認できないと述べて、結論において容易 想到性を否定(進歩性を肯定)しているが、妥当な判断とはいえない。 本件審決が問題とする効果の予測性の点は、容易想到性判断に係る評価 5 障害事実の一つにはなり得るとはいえ、物の発明が奏する効果というのは、 その物の客観的な構成から生じるものであり、その構成を採用すれば、自 ずとその効果を奏することになるのであるから、それが甲イ3にKW-6 002を組み合わせた構成(すなわち、本件発明の構成)からして予想外の 顕著な効果というのでもない限り、評価障害事実としては極めて弱い位置10 付けになる。 本件においても、当業者が客観的な構成として、KW-6002を採用 することを認識し得る以上、その構成を備える医薬品は、当然にウェアリ ング・オフのオフ時間の減少という本件発明の効果を奏することになる。 そして、甲イ3自体において、より強力なアデノシン受容体アンタゴニス15 トを採用すべきことを述べているのであり、同様な内容は甲イ80にも記 載されているから、当業者においてそのような動機付けに基づいてKW- 6002を採用することを認識し得るのであれば、その構成を採用し、実 際に患者に投与してみれば、ウェアリング・オフのオフ時間の減少という 効果を奏するというのは、自ずと明らかな効果であって、何ら特別なもの20 とはいえない。 ある客観的な構成を採用した場合に、効果があるかもしれないし、ない かもしれないという状況は、研究開発においてはごく一般的に生じるもの であって、そのような状況に直面した時、効果の有無を確認してみるとい うのが、「当業者」の合理的な研究態度であって、成功するかどうか分から25 ないというだけでは、発明の動機付けを否定する理由にはなり得ない。 ウ 本件審決は、効果が(事前に)合理的に推認できないことや作用機序が実 10 証されていないことを指摘するが、物の発明である本件発明の進歩性の議 論において問題となるのは本件発明の客観的な構成に至ることが容易であ るか否かである。 客観的な構成としては、本件審決の認定によっても、当業者においてK 5 W-6002を採用すること(すなわち本件発明の構成を備えること)を 認識し得るとされており、効果を事前に合理的に推認できるかは問題とな らない。効果の作用機序が実証されていないことは、実際に試してみるこ との障害になるものではない。 (2) 当業者において相違点に係る本件発明の構成に想到するのは容易であるこ10 とについて ア 本件においては、当業者である甲イ3や甲イ80の著者は、テオフィリ ンをヒト患者に用いた試験の結果を踏まえ、より強力で選択的なアデノシ ンA2Aアンタゴニストを用いた臨床試験を行うべきであると、強く推奨し ている。 15 甲イ3や甲イ80で示された、L-ドーパの効果を延長するテオフィリ ンの効果は、それ自体は必ずしも強いものではなかったかもしれないが、 甲イ3ではオン時間の延長(オフ時間の短縮)については、投与開始時及び ウォッシュアウト完了から一週間後の両時点との対比で、ともに有意差が 得られ、甲イ80でも延長の傾向は見られているのであるから、テオフィ20 リンでは効果があるかないかがよくわからないのであれば、より効果が強 いことが予測される薬剤を用いて研究を進めるべきというのが、合理的な 当業者の態度であることは、これらの文献からも明らかである。 従来パーキンソン病に対する唯一の治療方法であったドーパミン補充療 法には、ほとんどの患者が数年でウェアリング・オフなどの応答変動を生25 じるという課題があることは、当業者の間では周知であった。ドーパミン 補充療法の、不可避で重大な課題を解決するための手段として、別機序の 11 アデノシンA2Aアンタゴニストを用いるルートは、本件優先日当時、当業 者の中で極めて高い注目を集めていたことは、本件審決も認定するとおり であり、KW-6002に効果が期待できるのであれば、それを試してみ るというのが、当業者としては当然の発想である。 5 イ 本件審決は、「当業者は、甲3の記載から、甲3の著者が、L-ドーパで 治療されているAPD患者(APD:進行期パーキンソン病)に、テオフィ リンよりもより強力でより選択的なアデノシン受容体遮断作用を有する化 合物を適用することで、ウェアリング・オフ現象の「オン」相を延長させ、 「オフ」相の持続を短縮させることができる可能性、つまり、ウェアリン10 グ・オフ現象のオフ時間を減少させることができる可能性があると認識し ていたことが理解できる。」として、殊更「甲3の著者が」の部分に下線を 付しており、これは甲イ3の著者が当業者でないことを示す趣旨と解され る。しかし、正当な学術的な経験や学位を有し、パーキンソン病の専門家で もある甲イ3の著者が当業者であることに疑いはない。 15 ウ 本件審決は、当業者が甲イ3の効果がプラセボ効果によるものである可 能性を認識するという根拠として、パーキンソン病ではプラセボ効果が強 大であることが知られていたこと(甲イ97)、甲イ81では二重盲検・プ ラセボ対照による臨床試験において、プラセボ群ですら26週間にわたっ て効果が継続しオフ時間が最高15%程度まで減少したことを挙げる。 20 しかし、甲イ97は、ポジトロン放射断層法を用いてプラセボ効果のメ カニズムを調査することを目的とした試験であり、短期間(具体的には1 日)における内因性ドーパミンの放出量を測定したものである。このよう な甲イ97の結果から、甲イ3のような長期間にわたって行われた試験の 結果が、プラセボ効果によるものであるなどとは到底いえない。 25 甲イ81ではプラセボ群で見られるオフ時間における変化について、ベ ースラインとの有意差の有無は検討されておらず、プラセボ群におけるオ 12 フ時間の減少が、有意なものであるのかどうかについては何も示されてい ない上、そもそもプラセボ群におけるオフ時間の変化の原因がプラセボ効 果であるとも記載されていない。甲イ81では1年という長期間にわたっ て試験が行われており、プラセボ群のオフ時間の変化は、プラセボ効果に 5 よるものではなく、季節変動によるものであると考えるのが自然である。 加えて、仮にテオフィリンにおいてプラセボ群と同程度の変化しかない としても、そのことは「その薬が効かない」ということを意味するのではな く、「プラセボ群と比較して有意な効果が確認できなかった」ということを 意味するにすぎない。甲イ3や甲イ80の著者が推奨しているのも、テオ10 フィリンそれ自体を用いるのではなく、テオフィリンに代えてより強力で 選択的なアデノシンA2Aアンタゴニストを採用するということであるから、 テオフィリンの効果の大小それ自体は、進歩性の議論に影響を及ぼすもの ではない。むしろテオフィリン自体は効果が小さいからこそ、より強力で 選択的な化合物(その第1候補はKW-6002である。 を採用する動機 )15 付けが高まるとすらいえる。 甲イ80の著者は、テオフィリンが効かないなどとは結論付けておらず、 むしろテオフィリン自体は効く可能性があることを前提に、その用量に問 題があったのかもしれないと考察している。そして、仮にテオフィリン自 体は有意差をもってオフ時間を減少させるものではなかったとしても、ア20 デノシンA2A受容体のより強力かつ選択的なアンタゴニストを用いた臨床 試験を強く推奨しているのである。 エ 本件審決は、甲イ3からは効果が合理的に推認できないという理由とし て、甲イ3の試験は詳細が不明であり、また、一貫性のあるデータともいえ ないとしている。 25 しかし、甲イ3の記載からすれば、各フェーズの切り替わりの時点で、オ フ時間及びオン時間の測定が行われたことは、極めて容易に理解できる。 13 また、甲イ3も甲イ80も、テオフィリンにより、効果の増強効果は見ら れないが、オン時間の延長効果が期待できると理解しており、両者の差は 単にその結果が有意差として現れているか否かだけである。その上で、甲 イ3も甲イ80も、テオフィリン自体では、オン時間の延長効果は弱いと 5 考え、より強力かつ選択的なアデノシンA2Aアンタゴニストでの臨床試験 を強く推奨している。甲イ80の結果から、テオフィリンの効果がプラセ ボによるものであると考えたのであれば、より強力かつ選択的なアデノシ ンA2Aアンタゴニストでの臨床試験を強く推奨することなどあり得ないか ら、甲イ3と甲イ80が一貫しないなどとはいえない。 10 オ 本件審決は、甲イ3におけるテオフィリンの作用がアデノシンA2A受容 体アンタゴニスト作用に基づく点が実証されていない点、ウェアリング・ オフ現象の発生原因が十分には解明されていなかったという点、作用機序 が異なる複数のパーキンソン病治療薬を併用しさえすれば、ウェアリング・ オフ現象のオフ時間を減少できるといった技術常識が存在していたとはい15 えないという点を問題とするが、甲イ3や甲イ80が述べるとおりに実際 にKW-6002を採用し、投与してみればウェアリング・オフのオフ時 間が減少するのであるから、テオフィリンの作用機序や、ウェアリング・オ フがなぜ生じるかや、なぜオフ時間が減少するかなどが解明、実証されて いないことが、動機付けを否定する理由になるものではない。 20 (3) 顕著な作用効果について 甲イ3では、ウェアリング・オフ現象を示している患者に対して、L-ドー パとともにテオフィリンを投与したところ、オフ時間が減少し、オン時間が 増加したことが示されている。当業者である甲イ3の著者も甲イ80の著者 も、テオフィリンを用いた試験の結果を踏まえて、より強力で選択的なアデ25 ノシンA2Aアンタゴニストを用いた臨床試験を強く推奨しているのは、より 強力で選択的なアデノシンA2Aアンタゴニストを用いれば、よりはっきりと 14 オフ時間の減少やオン時間の増加が示されるであろうことを予測しているか らに他ならない。 そうすると、本件審決が指摘する「L-ドーパ療法を行うパーキンソン病 の患者におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少できるという効果」 5 というのは、当業者が予測している効果そのものであって、「予測し得なかっ た効果」でも、「格別顕著な効果」でもない。 2 第2事件原告らの主張 (1) 本件審決の判断構造が不合理であることについて 本件審決は、相違点に係る構成を当業者が認識できる(想到できる)と判断10 しながら、本件発明の用途の効果を「合理的に推認できたとはいえない」と判 断し、容易想到性を否定する。しかし、進歩性の判断において、相違点にかか る構成の動機付けが肯定され、相違点にかかる構成が容易想到であるにもか かわらず、なお、「効果が合理的に推認できるか否か」という要素を付加する ことは本件審決独自の基準であって妥当ではない。 15 また、仮に進歩性判断の中で「効果が合理的に推認できるか否か」を検討す るとしても、本件審決が設定する「合理的に推認できる」の基準は不明確であ り、かつ、効果の期待可能性について極めて高いものを要求しており、基準の 設定が不当である。 なお、被告は、本件審決が「上記薬剤(テオフィリン)は、前記L-ドーパ20 療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ 時間を減少させるために前記患者に投与され」という点を一致点として認定 した点を批判するが、甲イ3には、「L-ドーパで治療され・・・、運動副作 用(ウェアリング・オフ12名、突然の「オフ」8名、ピークドーズ・ジスキ ネジア9名、及び二相性ジスキネジア2名)を有する12名のAPD患者の25 うち9名」に対してテオフィリンが投与され、「APD患者では、テオフィリ ンは、〜30%の『オン』時間の持続の増加及び『オフ』時間の持続の減少と 15 関連していた」ことが記載されており、甲イ3には、上記一致点にかかる構成 が記載されている。本件優先日前の文献である甲イ28及び甲イ80には、 甲イ3に記載されたテオフィリンのオフ時間減少効果について、肯定できる ものとして記載されていることからも、本件審決が甲イ3の記載から、「上記 5 薬剤(テオフィリン)は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現 象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に 投与され」という点を一致点として認定した点は妥当である。 (2) 本件審決が、甲イ3の結果はプラセボ効果である可能性があることを理由 に、「効果が合理的に推認できない」などとして容易想到性を否定した点につ10 いて ア 本件審決は、甲イ97及び甲イ81を摘示し、当業者は、テオフィリンに よりウェアリング・オフ現象におけるオフ時間が減少できたとの甲イ3の 試験結果が、プラセボ効果である可能性について認識するとしている。 甲イ97に記載されているのは、内因性ドーパミンの放出量がアポモル15 ヒネ投与による内因性ドーパミンの放出量と同等であることにとどまる。 二重盲検・プラセボ対照臨床試験のプラセボ群のウェアリング・オフ現 象におけるオフ時間の改善効果は、甲イ30、32、34では全く認められ ず、甲イ31では7%、甲イ33では11.1%、甲イ36では3.8%、 甲イ81では13%(投薬中に0%に戻った)であるから、これらの知見に20 接した当業者であれば、甲イ3の臨床試験でテオフィリンが投与前に比べ て30%、しかも有意差をもってオフ時間を減少させたことは、プラセボ 効果を大きく超える効果であると認識すると認定されるべきである。 なお、パーキンソン病治療において、オープン試験が一定の信用を有し、 薬効を示す証拠となりうることが文献上も明らかであり(甲イ22、27、 25 63) オープン試験であることの一事をもって、 、 甲イ3に明示的に記載さ れている医薬用途が理解できるように記載されていないと認定するのには 16 無理がある。 イ 本件審決は、甲イ80の記載を根拠に甲イ3の結果はプラセボ効果であ る可能性があると当業者が認識する可能性があるとするが、甲イ80で引 用する甲イ50(甲イ109も同じ文献であるが翻訳部分が異なるのみな 5 ので以下甲イ50のみ引用する。)の試験は、ウェアリング・オフを生じて いない患者が半数含まれ、オフ時間減少効果を評価するためのプロトコル ではなく、テオフィリンの抗パーキンソン効果を評価するプロトコルで行 われており、この結果をもって、ウェアリング・オフを生じた患者のみを対 象とし、オフ時間減少効果を評価するためのプロトコルで行われた甲イ310 において認められた効果を否定するのは無理がある。また、甲イ80の著 者は、テオフィリンに代えてアデノシンA2A受容体のより強力かつ選択的 な拮抗薬を用いた臨床試験を勧めているのであるから、当業者は、甲3発 明のテオフィリンに代えてKW-6002を採用する動機付けが生じる。 ウ 当業者は、甲イ3の記載及び技術常識から、甲3発明のテオフィリンに15 代えて、より強力でより選択的なKW-6002を採用した場合には一定 の効果があると期待する状態であったのであり、「効果は期待されるが試 してみなければ分からない」という状態は、甲3発明のテオフィリンをK W-6002に置換する動機付けを否定しない。 (3) 本件審決が、甲イ3の試験は詳細が不明であり、また、一貫性のあるデー20 タともいえないとした点について ア 本件審決は、甲イ3の試験において、1週間の負荷相、6週間の一定状態 相、1週間のウォッシュアウト相、最後の受診であるテオフィリン完全停 止1週間後が、図の横軸のどの部分に該当するのかを明確には理解できな いとして、甲イ3の試験は詳細が不明であるとする。 25 しかし、最後の受診はテオフィリンが完全に止められた後1週間であっ たと記載されており、図の横軸には受診1〜6が記載されているから、最 17 後の受診が受診6と受け取るのが自然である。受診は6回であるから、図 及び甲イ3の記載に照らせば、「ベースライン受診」である受診1から最後 の受診である「受診6」までの間に、テオフィリンの投与量をゼロから徐々 に増加し、6週間にわたり600mg/日の一定量を投与し、その後テオ 5 フィリンの投与量を徐々にゼロにし、ゼロのまま1週間後に「受診6」をし ていると通常理解できる。そして、甲イ3には、「APD患者では、テオフ ィリンは、〜30%の「オン」時間の持続の増加及び「オフ」時間の持続の 減少と関連していた(図)」と記載されているのであるから、図の記載と合 わせて、テオフィリンの投与開始により、テオフィリンの投与前(受診1)10 と比較して、オフ時間が最大30%、有意に減少したことを意味するもの である。 甲イ3の実験は、試験方法及び試験スケジュールも明確である。 イ 本件審決は、甲イ80の「(甲50において)テオフィリン150mg/ 日の非盲検試験では、PD患者15名において、投与後2週間以内に運動15 機能低下及び振戦が減少したことが明らかにされたものの(21)、(甲イ 3において)最近の6週間の非盲検試験では、テオフィリンの抗PD効果 はほとんどなく、有意性もなく臨床的に安定した作用もなかった(22) 」 。 との記載をもとに、同じテオフィリンを使用したPD患者に対する臨床試 験において一貫しない結果となっていたとしている(PD:パーキンソン20 病)。 しかし、前記(2)イのとおり、甲イ50と甲イ3では、併用薬の有無、用 量、判定基準、統計判断基準などのプロトコルが統一されていないのであ り、プロトコルが統一されていない別の臨床試験で異なる結果が出たこと を過大に評価すべきでない。 25 また、甲イ3より前に行われた甲イ50の試験では、テオフィリンの抗 パーキンソン病効果が認められているのであるから、当該試験は、むしろ、 18 当業者が甲イ3に示されたオフ時間の減少効果がプラセボ効果ではないと 考える根拠になるものである。 甲イ50、甲イ3、甲イ80のいずれの臨床試験もテオフィリンは何ら かの抗パーキンソン病作用を示しており一致している。 5 甲イ3の著者は、テオフィリンの抗パーキンソン病活性は弱かったが、 オフ時間減少効果はあったことから、より強力で選択的なアデノシンA2A 受容体アンタゴニストであれば、一層確実にオフ時間を減少させるであろ うと考えて、テオフィリンより強力で選択的なアデノシンA2A受容体アン タゴニストの使用を勧めている。 10 したがって、仮に、甲イ80の記載からテオフィリンの抗パーキンソン 病活性の大きさが弱いと本件優先日当時の当業者が認識したとしても、甲 3発明のテオフィリンに代えてKW-6002を採用する動機付けは阻害 されないし、抗パーキンソン病活性が弱いテオフィリンにおいてすら有意 なオフ時間減少効果が認められたのであるから、当業者は、これをKW-15 6002に代えた場合に、ヒトでオフ時間を減少させると推認することも 阻害されない。 (4) 本件審決がアデノシンA2A受容体アンタゴニスト作用と「オフ」時間減少 の関係が不明であるとする点について 本件審決は、甲イ3の進行期パーキンソン病患者において「オフ」時間を減20 少させるテオフィリンの作用がアデノシンA2A受容体アンタゴニスト作用に 基づく点は実証されておらず、また、一般的にも、本件特許の優先日当時、ア デノシンA 2A受容体アンタゴニストによってアデノシンA 2A 受容体を遮断 することにより、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動が改善できること が実証されていたとはいえない旨認定している。 25 しかし、本件優先日当時、一般的には、テオフィリンのアデノシンA2A受 容体アンタゴニスト作用と抗パーキンソン病活性とを結びつけて理解されて 19 いた。 甲イ4の「テオフィリンは非選択的アデノシン受容体アンタゴニストであ るだけでなく、ホスホジエステラーゼやグアノシン受容体にも親和性を持っ ている。従って、テオフィリンの作用部位はまだ確定していない。」(94頁 5 右欄37〜41行)との記載は、甲イ4の著者の見解として、テオフィリンの 作用部位が確定していないことを述べているだけである。 甲イ51(甲イ110。以下甲イ51のみ引用する。)には「皮肉にも、選 択的なものよりも非選択的なものの方がより有効であると証明されるかもし れない」との記載があるとしても、甲イ51全体としては、選択的A2A受容10 体アンタゴニストがパーキンソン病治療の新しい薬理学的アプローチになり 得ることを、多数の引用文献に基づいて記載しているのであるから、甲イ5 1に接した当業者であればむしろ、甲イ3のテオフィリンに代えて、最良の 選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストとして知られていたKW-60 02を使用することを強く動機付けられる。 15 少なくとも、当業者は、甲イ4や甲イ51に接したからといって、「甲3発 明のテオフィリンに代えて、より強力でより選択的なKW-6002を採用 したとしても、きっと効果がないから試しても無駄である」というような認 識を有することはなく、甲イ3の記載及び技術常識から、甲3発明のテオフ ィリンに代えて、より強力でより選択的なKW-6002を採用した場合に20 は一定の効果があると期待する状態であったというべきである。 (5) 本件優先日当時、作用機序が異なる複数のパーキンソン病治療薬を併用し さえすれば、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象やオン・オフ変 動のオフ時間を減少できるといった技術常識が存在していたとはいえないと する本件審決の判断について25 本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象のメカニズムが完全には解明さ れていなかったとしても、現実に、種々の抗パーキンソン病薬がウェアリン 20 グ・オフ現象の緩和のためにL-ドーパと併用されていた(甲イ44、168 〜170)。したがって、甲イ3にアデノシンA2A受容体アンタゴニストで あるテオフィリンがオフ時間の減少効果を有することが記載されており、K W-6002がテオフィリンと同じアデノシンA2A受容体アンタゴニストで 5 あると当業者が理解している以上、テオフィリンに代えてKW-6002を 用いれば、テオフィリンと同様に実際に進行期パーキンソン病患者でオフ時 間を減少させることは十分に推認できる。 (6) 本件発明の作用効果について @甲イ3には、テオフィリンがL-ドーパ治療を受けているパーキンソン10 病患者において、ウェアリング・オフ現象のオフ時間の持続を、投与前に比べ て30%(約1.8時間/覚醒時間)まで、有意に減少したことが記載されて いること、AKW-6002が、テオフィリンと同じアデノシンA2A受容体 アンタゴニストであるとともに、テオフィリンと異なり選択的アデノシンA2 A受容体アンタゴニストであり、より強力な抗パーキンソン病活性を奏する薬15 剤であるという技術常識があり、かつ薬効持続時間はテオフィリンよりはる かに長く、当該薬効持続時間の長さは、L-ドーパと併用しても発揮される ことが確認されていたのであるから(甲イ9、10、21、43、44)、当 業者は、甲3発明のテオフィリンに代えてKW-6002を適用した場合、 「少なくともテオフィリンと同程度か、それ以上の効果を有するだろう」と20 当然予測する。そうすると、本件明細書に記載の、KW-6002群の被験者 では、プラセボ群の被験者と比較して、オフ時間における有意な減少があっ たという効果は、甲イ3及び技術常識に基づき、当業者が予測できた程度の 効果にすぎない。 3 被告の主張25 (1) 本件審決における本件発明と甲3発明の一致点・相違点の認定には誤り(審 決取消事由にならない誤り)があること 21 本件発明は、いわゆる医薬用途発明である。そして、刊行物に医薬用途発明 が記載されているというためには、当該医薬用途に用いることが実施可能で あると優先日当時の当業者が理解できるように記載されている必要がある。 本件発明の医薬用途は、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象 5 および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる」ことであるところ、 後記(2)のとおり、本件優先日当時の当業者は、甲イ3において、テオフィリ ンについて、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/また はオン・オフ変動のオフ時間を減少させることができるとは理解できないか ら、甲イ3にはテオフィリンについて本件発明の医薬用途に用いることが実10 施可能であると本件優先日当時の当業者が理解できるように記載されている とはいえない。 そうすると、甲イ3には本来的には引用発明としての適格性にも疑いがあ る。仮に甲イ3の形式的記載から本件審決の認定する甲3発明を認定したと しても、本件審決が一致点として認定した「(薬剤は)前記L-ドーパ療法に15 おけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を 減少させるために(・・・患者に投与され)」という本件発明の発明特定事項 が記載されているとはいえず、この点は一致点ではなく、相違点となるべき である。 もっとも、本件審決のように甲3発明を認定し、上記発明特定事項につい20 て形式的観点からひとまず一致点とした上で、甲イ3の内容の信用性を本件 優先日当時の技術の状況、技術常識、当業者の理解等に基づいて客観的に検 討する判断手法もあり得るし、審決の結論にも誤りはないから、上記一致点・ 相違点の認定の誤りは審決取消事由とはならない。 (2) 以下の事情からすると、本件優先日当時、当業者が、甲イ3において、「テ25 オフィリンについて、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象およ び/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることができるとは理解で 22 きない」ため、優先日当時、当業者が、本件発明の化合物を本件発明の医薬用 途に用いることを動機付けられていたとはいえない。 ア 甲イ3は、心理的影響の大きい中枢領域の疾患についての臨床試験にも かかわらず、非盲検のオープン試験であり、テオフィリンについて、本件発 5 明の医薬用途に用いることができることを当業者が理解できるように記載 されているとはいえない。 なお、第2事件原告らは、二重盲検・プラセボ対照臨床試験のプラセボ群 のウェアリング・オフ現象におけるオフ時間の改善効果について過少に評 価している。甲イ33、35はオフ時間を基準としたオフ時間減少は10%10 を超える。また、甲イ81(追加部分として乙11)によれば、表2は3か 月目(13週目)に治験を受けていた患者全員(プラセボ患者)のデータが示 され(20%オフ時間減少)、一方グラフでは、1年間(52週)の治験を全 て終了した患者のデータが示されている(13週目で約7%、26週目で 約26%オフ時間減少と倍増)。13週目に治験を受けていたプラセボ患15 者の26週目におけるオフ時間減少は、倍増して40%(控えめにみて3 0%)と予測される。 イ しかも、本件優先日前に、甲イ3の報告を踏まえ、別のグループが、テオ フィリンについて、甲イ3がオープンラベルの試験であることを指摘しつ つ、甲イ3とは異なり、プラセボ対照試験かつダブルブラインド(二重盲20 検)試験による臨床試験を実施し、その結果を詳細に報告している(甲イ8 0)。それによれば、プラセボ群とテオフィリン群との間で、治療又は時間 経過における治療についての統計的差異は認められず、要約においても、 「進行期パーキンソン病の患者において、L-ドパの抗パーキンソン作用 を明瞭に増強させることもなければ、そのオン時間を明瞭に増加させるこ25 ともなかった。」と記載され、「テオフィリンは、一貫して、レボドパの抗 パーキンソン作用を増強させることに失敗した」と結論づけている。これ 23 を踏まえればなおさら、甲イ3において、テオフィリンについて、本件発明 の医薬用途に用いることができることを当業者が理解できるように記載さ れているとはいえない。 ウ 本件優先日当時、テオフィリンのヒト臨床における抗パーキンソン病効 5 果について検討した非盲検のオープンラベル試験が甲イ3以外にも存在す る(甲イ50)。 客観的なスコア(UPDRS)による評価に基づくL-ドーパの抗パー キンソン作用について、甲イ50では、テオフィリンとの併用により増大 (p<0.01)が見られたとされているのに対し、テオフィリンの投与量10 や血中濃度がよりはるかに多い甲イ3では有意な増強は見られなかったと しており、極めて重要な効果において整合していない。 しかも、甲イ3、甲イ50の結果はいずれも、プラセボ対照試験かつダブ ルブラインド試験という厳密なプロトコルによる試験である甲イ80にお いて再現されなかった。 15 エ 甲イ3では、受診(Visit)のタイミングと週数との関係が理解できるよ うには記載されていない。 甲イ3には、その他にも、グラフに示されたオン時間/オフ時間は、患者 日誌で判断したものなのか医師評価により判断したものなのか理解できな い等、臨床試験の報告であるにもかかわらず詳細が不明であり、当業者が20 追試験をすることもできない甲イ3において、テオフィリンについて、本 件発明の医薬用途に用いることができることが理解できるように記載され ているとはいえない。 オ 本件優先日当時、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであれば 本件発明の医薬用途に用いることができると理解されていたわけではなく、 25 そのような知見を実証した動物実験も存在しておらず、それどころか、本 件発明の化合物について、有効用量のL-ドーパと併用しても、L-ドー 24 パの作用時間を延長させなかったことが理解できる一貫した実験結果が本 件優先日当時のスタンダードとされたあらゆる実験動物についても報告さ れていた(カニクイザルにつき甲イ64、ラットにつき甲イ1、コモンマー モセットにつき甲イ2、26〔甲イ105〕)。 5 カ 本件優先日当時、甲イ3において、テオフィリンに何らかの作用がある のかもしれないと当業者が少しでも想起して検討しても、テオフィリンが そもそも非選択的に各種のアデノシン受容体を阻害するのみならず、各種 の作用点がある薬剤であることに鑑みれば、その作用がアデノシンA2A受 容体を阻害することによる作用であるとは当業者はそもそも理解し得ない。 10 KW-6002の方がテオフィリンよりも作用時間が長いと理解されて いたわけではない。すなわち、ラットを用いた片側パーキンソン病試験(6 -OHDA病変試験)においては、テオフィリンは単独で90分の抗パー キンソン作用を示すが(甲イ123) KW-6002は単独で抗パーキン 、 ソン作用を示さない。 15 また、甲イ3によっても、「どのような化合物」が「どのような用量」に おいて抗パーキンソン作用を示すのか(いわんや、「ウェアリング・オフ現 象のオフ時間の減少」がもたらされるのか)何も想定できていない。 キ 被告と本件発明の化合物について共同研究していたロシュ社が、199 9年の初期には、薬物相互作用による副作用への懸念から共同研究から撤20 退していたという事情もあり、また、アデノシンA2A受容体アンタゴニス トにあって、本件発明の化合物の属する8-スチリルキサンチン骨格の化 合物については、光によって急速に光異性化するため、医薬品として検討 することに相応の制約があるという問題が指摘されていたという状況もあ った。 25 (3) 前記(2)のとおり、本件発明の化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付 けは認められないが、仮に動機付けが認められたとしても、「容易に発明をす 25 ることができた」といえるわけではない。すなわち、当業者が本願発明に向け た試みを行ったはずである、といえたとしても、当業者が本願発明に容易に 想到できたことが論証されていないのであれば、容易に想到し得た発明であ るということにはならない。 5 動物で十分に医薬用途についての有効性と安全性が確立されてからヒト臨 床試験を行うのが通常の臨床開発の進め方であるから、本件優先日当時の当 業者が、本件発明の化合物を本件発明の医薬用途に用いることを動機付けら れた場合、本件発明の化合物の有効用量のL-ドーパの作用時間に対する影 響について動物試験を行ったはずである。しかし、前記(2)オのとおり、本件10 優先日当時のスタンダードとされた実験動物において、本件発明の化合物を 併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させないという結果が 一貫して得られるという結果に直面することになるにすぎない。 その他、優先日から20年以上経過した今日においても、ヒト臨床におい て、「ウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少」を示すことが実証された選15 択的アデノシンA2A受容体阻害剤は本件発明の化合物以外には存在していな いこと、他の作用機序による非ドーパミン系薬剤についても、ヒト臨床にお いて、パーキンソン病に関連する病態を対象とする何らかの医薬用途に用い ることができることが実証されたものは存在していないことからも、当業者 に本件発明に至る合理的期待があったとはいえず、本件発明を容易に想到す20 ることができたとはいえない。 (4) 本件発明には、顕著な作用効果が認められる。 審理の対象となる発明が、当該発明の構成のものとして当業者が予測した 効果と比較した顕著な効果を有する場合に、進歩性を基礎付ける顕著な効果 が認められる。 25 ア 本件発明は、L-ドーパ治療を長期間継続することにより、至適な用量 のL-ドーパの投与を受けているにもかかわらず、進行期において不可避 26 的に現れる、ウェアリング・オフ現象のオフ時間を、1日の覚醒時間あたり 1.7時間も減少させることができる(本件明細書【0148】)画期的な 薬剤を提供することに成功している。 本件明細書の実施例1の試験の対象患者として、8時間あたり少なくと 5 も1.5時間(概算すれば1日の覚醒時間あたり約3時間)のウェアリン グ・オフ現象のオフ時間が生じている患者が選択されているため、1日あ たり1.7時間もオフ時間を減らすということは、至適な用量のL-ドー パの投与を受けているにもかかわらずウェアリング・オフ現象が発生して いる患者について、多大なQOLの向上をもたらすことを意味する。 10 イ 本件発明の構成のものとして本件優先日当時の当業者が予測した効果と は、当該発明の構成のものとした場合に合理的に予測したであろう効果を いうのであって、単に「そのような効果がもしかしたらあるかもしれない と考えることができた」というような効果ではない。 本件優先日当時、テオフィリンについてさえ、ウェアリング・オフ現象の15 オフ時間を減少させる効果があると理解されていなかったこと、テオフィ リンについてわずかながらもウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少さ せる効果があると当業者が理解したと仮定しても、それがアデノシンA2A 受容体の阻害によるものであると理解されていたわけではなく、KW-6 002の方がテオフィリンよりも作用時間が長いと理解されていたわけで20 もないこと、本件発明の化合物について、有効用量のL-ドーパと併用し てもその作用時間を延長させなかったことが理解できる一貫した実験結果 が優先日当時のスタンダードとされた実験動物についても報告されていた ことに鑑みれば、当業者が本件発明の構成のものとして合理的に予測した 効果としては、「ウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させる効果がそ25 もそもあるとはいえない(合理的に期待することはできない) というもの 」 にすぎない。 27 ウ そうすると、「本件明細書に記載の当該発明の実際の効果」は、「本件発 明の構成のものとして当業者が予測した効果」をはるかにしのぐ顕著な効 果であることは明らかである。 第4 当裁判所の判断 5 1 本件優先日当時の技術常識について 本件優先日当時、パーキンソン病に関連して、以下の点は技術常識であった ものと認められる。 (1) パーキンソン病は、ドーパミン作動性ニューロン細胞死に起因して起こり、 線条体でのドーパミン含量不足により、臨床的に安静時振戦、歯車様固縮、無10 動、姿勢反射障害の四大症候を呈する。治療としては、不足したドーパミンを 補充するL-ドーパ製剤を用いた対症療法(L-ドーパ療法)が基本となる (甲イ10、16〔甲イ146。以下甲イ16のみ引用する。〕)。 (2) L-ドーパ療法の初期には安定した抗パーキンソン病の治療効果(薬効) が得られるが、L-ドーパ長期服用を行っていると、薬効時間が短くなり(ウ15 ェアリング・オフ現象) さらにはスイッチを切ったように突然効果が切れて 、 しまう(オン・オフ変動)ようなことが目立ってくる。また、脳内でのL-ド ーパ濃度のピークで舞踏病様不随意運動(ピーク・ドーズ・ジスキネジア)が 出現したり、脳内L-ドーパ濃度の上昇期及び下降期に2相性に出現するジ ストニア(持続性の、異常な筋収縮)やジスキネジアが出現する場合がある。 20 なお、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動と、ジストニアやジスキネジ アは必ずしも相伴うものではなく、別の病態である(甲イ10、14〜16、 43)。 (3) 「ウェアリング・オフ現象」とは、薬効期間の短縮により、パーキンソン病 の症状の日内変動が出現する現象であり、その発生機序として、L-ドーパ25 長期投与によるL-ドーパの吸収、代謝の変化や、パーキンソン病そのもの の進行によるドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下などが考えら 28 れていた。また、「オン・オフ変動」は、L-ドーパの服用時刻、血中濃度に 関係のない、あたかも電気のスイッチを入れたり切ったりした時のような急 激な症状の変化を示す現象であり、その発生機序として、L-ドーパ長期投 与によるドーパミン受容体の感受性の低下が推測されていた(甲イ10)。 5 他方で、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動には、L-ドーパの継続 的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおける種々の事 象が関係しているとの指摘もあり(甲イ65、66)、その原因が十分に解明 されていたとはいえない。 L-ドーパとの組合せ使用が検討されていたドーパミンアゴニストは、L10 -ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキ ネジア、ジストニア、精神症状などを抑制すること、L-ドーパの代謝酵素で あるカテコール-O-メチル転移酵素(COMT)を阻害する「COMT阻害 剤」は、L-ドーパの作用時間を延長させることでウェアリング・オフ現象が 改善するものとされていた(甲イ43、52)。 15 (4) ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じ、L-ドーパ療法を受け ている進行期パーキンソン病患者に対して、薬効を有していないプラセボ薬 を投与した場合であっても、投与前と比べて、オフ時間の減少(オン時間の増 加)が確認されるというプラセボ効果が生じる場合がある(甲イ30〜36、 81)。個別の文献におけるプラセボ効果の有無及び程度については当事者20 間に争いがあるが、プラセボ効果がある場合の影響は、例えば、3%(甲イ3 1図2B、12週目)から13%(甲イ81図、26週目)程度とされており、 L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・ オフ現象/オン・オフ変動について、一定程度のプラセボ効果が認められる ことは技術常識である。 25 (5) テオフィリンは、アデノシンA2A受容体だけでなく、ホスホジエステラー ゼやグアノシン受容体にも親和性を有する、非選択的アデノシンA 2A受容体 29 アンタゴニストである(甲イ1、4)。 テオフィリンは、げっ歯類(マウス、ラット)のパーキンソン病モデル動物 実験において、単独での投与で、健常な回転行動の誘発、自発運動活性の増 大、薬物誘導性カタレプシー(筋硬直)の減少といった抗パーキンソン病作用 5 を示していた(甲イ4、甲イ6〔甲イ45〕、甲イ123)。ただし、これら のモデル動物は6-ヒドロキシドーパミン(6-OHDA)により、ドーパミ ンニューロンを損傷させてパーキンソン病の症状を誘発させたものであり、 ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたものではない。 また、本件優先日当時、テオフィリンが進行期パーキンソン病患者におい10 て抗パーキンソン病作用を有するか否か、ウェアリング・オフ現象/オン・オ フ変動に影響するか否かについて確認するための、臨床試験が行われていた (甲イ3、50、80)。 (6) KW-6002は、テオフィリンやカフェインなどの非選択的アデノシン 受容体アンタゴニスト作用をもつ薬剤に比べ、格段優れたアデノシンA 2A受15 容体選択性と親和性が得られる、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニス トであると認識されていた(甲イ16)。 また、げっ歯類(マウス、ラット)や霊長類(コモンマーモセット、カニク イザル)のモデル動物を用いて、KW-6002が、L-ドーパの抗パーキン ソン病作用を増大するか否か、L-ドーパの抗パーキンソン病作用の持続時20 間を増加するか否かなどについて確認するための、動物実験が行われていた (甲イ1、2、4、7、64)。甲イ1は、その要約において、「これらのア デノシンA2A受容体アンタゴニストによるアポモルヒネ誘導性の回転の総カ ウントの増加は、強度の増大よりも寧ろ、主として回転持続時間の延長によ るものと思われる。これらの結果は、アデノシンA2A受容体アンタゴニスト25 が、進行したパーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬剤応答の持続時 間の短縮を緩和するのに有用である可能性があることを示唆している。 、 」 甲 30 イ2は「結論として、アデノシンA2A受容体アンタゴニストは、単独療法と してのみならず、L-ドーパ及びドーパミンアゴニスト薬剤との組合せで、 パーキンソン病の有用な療法である可能性がある。特に、『ウェアリング-オ フ』及び『オン-オフ』応答変動を有する患者において、KW-6002のよ 5 うな化合物は、ジスキネジアを長引かせることなく、『オン時間』を増加させ ることができる可能性がある。 としており、 」 進行期パーキンソン病患者にお けるドーパミン作動薬剤応答の持続時間の短縮を緩和するのに有用である可 能性や、ジスキネジアを長引かせることなく、オン時間を増加させることが できる可能性があることは当業者が認識していた。ただし、これらのモデル10 動物は、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたものではな い。モデル動物のうち、げっ歯類については前記(5)のとおりであり、霊長類 については、MPTPが投与され、ジスキネジアが誘発されているが(甲イ 2、7、64)、ジスキネジアがウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動と 相伴うものでないことは前記(2)のとおりである。したがって、これらの動物15 実験は、KW-6002がL-ドーパの抗パーキンソン病作用一般に及ぼす 影響を超えて、ウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動に及ぼす影響に関 し、直接的な情報を与えるものではない。 また、甲イ16のとおり、本件優先日当時、KW-6002は、英国及び日 本において抗パーキンソン病薬として臨床開発中であり、米国においてパー20 キンソン病患者を対象としたフェーズU試験が進行していたものの、ウェア リング・オフ現象/オン・オフ変動を生じているL-ドーパ療法を受ける進 行期パーキンソン病患者にKW-6002のような選択的アデノシンA2A受 容体アンタゴニストを投与することで、オフ時間が減少することの確認まで はされていなかった。また、甲イ80において、「アデノシンA2A受容体の25 より強力かつ選択的なアンタゴニストを用いた臨床試験をさらに実施する必 要がある。」と記載されているように、本件優先日当時において、KW-60 31 02が有する「アデノシンA2A受容体アンタゴニスト作用」、すなわちアデ ノシンA2A受容体の阻害作用が、「L-ドーパ療法を受ける進行期パーキン ソン病患者においてオフ時間の減少をもたらすこと」について、信頼できる 臨床試験等によって裏付けられた知見が確立していたわけではなく、その実 5 際の効果、作用機序を含め、十分に解明されていなかった。 2 取消事由(甲3を主引用例とする本件発明の進歩性の判断の誤り)について (1) 甲イ3の記載 甲イ3は、英文で全1頁からなる「臨床/科学ノート」であり、以下のとお りの記載がある(訳文、特に下記カ、キの直接引用に係る訳文は本件審決に従10 う。)。 ア テオフィリンは進行期パーキンソン病患者において「オン」時間を増加 させる(タイトル)。 イ L-ドーパはパーキンソン病に対する最も有効な対症療法薬であるが、 長期的な使用は障害を引き起こす運動副作用の発現をしばしば合併する。 15 この副作用は、大脳基底核の出力経路における微調整された神経化学的 平衡の変化によって生じる可能性があるため、L-ドーパと大脳基底核の 出力経路を調節する薬剤とを併用する実験的な治療法が推奨される。ラッ トモデルにおいてアデノシンA2A受容体の遮断がドーパミン作動薬の抗パ ーキンソン病効果を増強することを示した、甲イ3の著者らによる過去の20 試験結果(文献4〔甲イ123に相当〕)に基づき、理想的な治療の標的が アデノシンA2A受容体である。 そこで、パーキンソン病患者においてアデノシンアンタゴニストである テオフィリンの効果を試験することとなった。 ウ 全ての患者は、臨床的に明らかな特発性パーキンソン病を有すると診断25 され、初期パーキンソン病(EPD;Hoehn&Yahrステージ≦2、 かつ、いまだL-ドーパの投与無し)又はL-ドーパ誘導性の運動副作用 32 を有する進行期パーキンソン病(APD;Hoehn&Yahrステージ >2、かつ、L-ドーパ投与中)の何れかに分けられた。 ベースライン受診(受診1)の後、患者は1週間の負荷相(毎日増量、1 00mgbid、6週間の一定状態相(600mg/日)及び1週間のウォ 5 ッシュアウト相(毎日減量、100mg bid)に付された。最後の受診 は、テオフィリンが完全に停止された後1週間後であった。 エ L-ドーパ未投与の初期パーキンソン病患者11名中、10名が試験を 完了した 12名の進行期パーキンソン病患者のうち9名が試験を完了した(3名10 の脱落者のうち2名は追跡調査ができず、1名は試験から退いた。)。 全ての患者において、テオフィリンはパーキンソン病の主観的改善と関 連していた。テオフィリンはまた、全体的な統一パーキンソン病評価スケ ール(UPDRS;〜10%)、及びUPDRS運動スコア(項目19〜3 1;〜15%)を、非有意に改善する傾向をもたらした。 15 図に示すように、進行期パーキンソン病患者において、テオフィリンは 「オン」時の持続時間の〜30%の増加及び「オフ」時の持続時間の減少に 関連づけられた。 オ 実験の結果は、テオフィリンにごくわずかな抗PD作用があることを示20 しているが、症状に対する有益性は統計学的に有意ではなく、臨床的にも 33 確固たるものではなかった。さらに、テオフィリンがドーパミンD2受容体 アゴニストに対する相乗効果を有することを明らかにした甲イ123の試 験とは対照的に、甲イ3の実験ではテオフィリンはL-ドーパの効果を増 強しなかった。 5 カ 「この試験の最も顕著な知見は、テオフィリンがAPD患者において「オ ン」相を有意に延長させた(及びその結果「オフ」相の持続を短縮させた) ことである。この効果はささいなものではなく、ジスキネジアの如何なる 検出可能な悪化とも関連しない。投与量を増量することで「オン」相の持続 時間を延長させ得る現在利用可能な抗PD療法は通常、ジスキネジアの重10 症度も高める可能性があることから、これは注目に値する特性である。」 キ 「我々は、ここで報告した適度に有益な作用は、PDの治療におけるアデ ノシンアンタゴニストの価値を弱めるというよりむしろ裏付けるものであ り、至適な抗PD作用を達成するためにどの化合物をどの投与量で用いる かを決定するための追加試験を必要とするものであると考えている。我々15 はまた、我々の研究が、アデノシン受容体の遮断がPD治療の重要な手段 であるという原理についての強力な証拠であり、テオフィリンよりもより 強力でより選択的な化合物が臨床試験に利用できるようになれば、それら を用いて試験すべきであるとも確信している。」 (2) 甲3発明の認定20 上記開示によれば、甲イ3には、臨床試験をもとに、テオフィリンが進行期 パーキンソン病患者において、オン時間の持続を〜30%増加させ、その結 果、オフ時間の持続を減少させた旨の記載がある。 甲イ3の試験は、甲イ80で言及されているとおりオープン試験で行われ たものであり(争いがない。)、甲イ80で行われているような、より厳密な25 試験として知られる、ランダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験で行 われたものではないから、前記の技術常識からは、甲イ3の試験結果として 34 示されるオフ時間の減少効果(オン時間の増加効果)にはプラセボ効果も含 まれ得ると理解されるが、すべてがプラセボ効果であるとまではいえず、当 該試験において、テオフィリンが進行期パーキンソン病患者においてオフ時 間の持続を減少させる「作用を有する」ことを示したこと自体が否定される 5 ものではない。 そうすると、甲イ3には、本件審決が認定するとおりの甲3発明が記載さ れているものと認められる。 (3) 本件発明と甲3発明の一致点及び相違点 ア 甲3発明の「テオフィリン」と本件発明の「KW-6002」とは、「ア10 デノシンA2A受容体アンタゴニスト」である限りにおいて一致する。 また、甲3発明の「L-ドーパで治療され(764±170mg/日)、 L-ドーパ誘導性運動副作用であるウェアリング-オフを有する進行期パ ーキンソン病(APD)患者」は、本件発明の「パーキンソン病のヒト患者 であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/また15 はオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」に相当する。 以上の点については本件審決が認定するとおりであり、当事者間にも争 いはない。 イ 他方、本件発明は、KW-6002を含有する薬剤という、「物」の発明 ではあるものの、特定の患者に投与され、当該患者における特定の症状(疾20 病)に適用される、医薬についての発明(医薬発明)であって、化合物など の化学物質自体の発明や、使用目的(用法)についての特定がない組成物の 発明とは異なる。 このような用途発明としての本件発明と引用発明との一致点及び相違点 の認定に当たっては、引用発明が用途発明として認められるか否かを吟味25 し、用途発明としての一致点を抽出できないときは、これを相違点として 明らかにすべきである。 35 そして、特に医薬の分野においては、機械等の技術分野と異なり、構成 (化学式等をもって特定された化学物質)から作用・効果を予測すること は困難なことが多く、対象疾患に対する有効性を明らかにするための動物 実験や臨床試験を行ったり、あるいは、化学物質が有している特定の作用 5 機序が対象疾患に対する有効性と密接に関連することを理解できる実験を 行うなど、時間も費用も掛かるプロセスを経て、実施可能性を検証して、初 めて用途発明として完成するのが通常である。このこととの平仄から考え ても、引用発明が用途発明と認められるためには、単に、引用発明に係る物 質(薬剤)が、対象とする用途に使用できる可能性があるとか、有効性を期10 待できるとか、予備的な試験で参考程度のデータながら有望な結果が得ら れているといったレベルでは足りず、当該物質(薬剤)が対象用途に有用な ものであることを信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されて いるなど、当業者において、対象用途における実施可能性を理解、認識でき るものでなければならないというべきである。このように解さないと、上15 記のようなプロセスを経て完成された実施可能性のある医薬用途発明が、 実施可能性を認め難い引用発明によって、簡単に新規性、進歩性を否定さ れることになりかねず、その結果は不当と考えざるを得ない。 刊行物に医薬用途発明が記載されているというためには、当該医薬用途 に用いることが実施可能であると当業者が理解できるように記載されてい20 る必要がある旨をいう被告の主張は、以上の趣旨をいうものとして首肯で きる。 ウ このような観点から、甲3発明の薬剤につき、「進行期パーキンソン病患 者においてオフ時間の持続を減少させるため」という用途における実施可 能性を当業者が理解、認識できるものとして甲イ3に記載されているかど25 うか、以下に検討する。 (ア) まず、甲イ3は、その試験が、本件明細書の実施例1で採用する「ラン 36 ダム化・プラセボ対照・ダブルブラインド試験」と比べると精度が低い 「オープン試験」で行われているというだけでなく、試験を完了した患 者数も9名と少ない上、臨床/科学ノートの形式による全1頁での報告 にすぎず、そのため、論文(フルペーパー)の形式であれば当然記載され 5 るはずの試験の方法についての詳細な記載がなく、試験に参加した患者 等におけるバイアス(投与されている薬が効くという思い込みなど)の 防止が図られているか否かさえ把握することができず、また、どのよう にオン・オフ時間を測定したのか等についての基本的な情報もなく、そ の正確さを検証することができない。上記のような内容及び形式の甲イ10 3(全1頁で試験の概要のみを示した臨床/科学ノート)は、それ単独で 信用できる臨床試験結果と評価することは困難であり、本来、これを受 けて、甲イ3の著者や他の研究者らによって、論文(フルペーパー)の形 式で、テオフィリンのオフ時間減少効果の有無について進行期パーキン ソン病患者で試験した報告に進むことが想定されるのに、そのような報15 告に至っていない。このような点にも照らすと、甲イ3の試験結果は、上 記医薬用途を示すものとしては、不十分といわざるをえない。 甲イ3の著者自身も、進行期パーキンソン病患者におけるウェアリン グ・オフ現象/オン・オフ変動について、「テオフィリンが治療上有効で ある」とか、「テオフィリンを用いれば治療薬を提供できる」とまで述べ20 ているわけではない。 (イ) さらに、KW-6002などの、テオフィリンよりも強力で選択的な アデノシンA2A受容体アンタゴニストを各種パーキンソン病モデル動物 に投与することで、パーキンソン病症状に対するアデノシンA2A受容体 の阻害作用の影響を確認することが行われてはいたものの、それらのモ25 デル動物はウェアリング・オフ現象/オン・オフ変動を生じていたもの ではなく、テオフィリンが有する複数の作用のうちの一つでもあるアデ 37 ノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキ ンソン病患者においてL-ドーパの作用時間を延長させる(オフ時間を 減少させる)効果をもたらすという、ウェアリング・オフ現象/オン・オ フ変動についての作用機序が存在することについて、本件優先日当時に 5 は具体的に明らかになっていなかった。 (ウ) そうすると、甲3発明の薬剤が、「進行期パーキンソン病患者におけ るオフ時間の持続を減少させるため」に使用できる(実施可能である)と 当業者が理解、認識するものであるとは認められないというべきである。 エ 以上を前提にすると、被告が主張するとおり、甲3発明の薬剤が「L-ド10 ーパで治療される」当該患者の「オン時間の持続を〜30%増加させ、その 結果、オフ時間の持続を減少させる作用を有する」ものであることを理由 に、本件発明の「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象およ び/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与 され、前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前15 記対象に投与される」ものに相当するとして、甲3発明の医薬用途を肯定 し、これを本件発明との一致点とした本件審決の認定には誤りがあるとい わざるを得ない。 オ そこで、改めて本件発明と甲3発明の一致点及び相違点を検討すると、 正しくは以下のようなものとして認定すべきである。 20 【一致点】 アデノシンA2A受容体アンタゴニストを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法にお いて、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至っ た段階の患者を対象とし、 25 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対 象に投与される、薬剤。 38 【相違点1】 本件発明は、「L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/ またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与され」る 用途発明としての「薬剤」であるのに対し、甲3発明は、そのような用途発 5 明とは認められない点。 【相違点2】 本件発明は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストが (E) 「 -8-(3, 4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(K W-6002)」であるのに対し、甲3発明は、アデノシンA2A受容体ア10 ンタゴニストが「テオフィリン」である点。 カ 第1事件原告は、甲イ3の論文のタイトルや、試験内容がウェアリング・ オフを示す患者を対象にテオフィリンを投与し、オフ時間の減少(オン時 間の増加)を測定していることを理由に、第2事件原告らは、甲イ3におけ るテオフィリンの投与対象である進行期パーキンソン病患者では、テオフ15 ィリンは、〜30%のオン時間の持続の増加及びオフ時間の持続の減少と 関連していた旨記載され、甲イ28及び甲イ80には、甲イ3に記載され たテオフィリンのオフ時間減少効果について肯定できるものとして記載さ れていることを理由に、本件審決における本件発明と甲3発明の一致点・ 相違点の認定に誤りはない旨主張する。 20 しかし、甲イ3に、テオフィリンが、「進行期パーキンソン病患者におけ るオフ時間の持続を減少させるため」の用途に有用なものであることにつ いて、当業者が信頼するに足るデータによる裏付けをもって開示されてい るといえないことは前述のとおりである。また、甲イ28は新たな実験を 行ったものではなく、「臨床医は、運動変動を有する治療されたPD患者に25 おいて、非選択的A2Aアンタゴニストであるテオフィリンの投与後のオン 時間の増加に気付いた(文献55)。」(文献55が甲イ3)として甲イ3の 39 記載を確認したものにすぎず、甲イ80には、「非盲検試験で、非特異的ア デノシンA2A受容体アンタゴニストのテオフィリンによって、進行期PD 患者においてパーキンソン病症状が改善し(21) オン時間が増加するこ 、 とが明らかになった(22)。」との記載はあるものの(21が甲イ50、 5 22が甲イ3)、それに続いて「二重盲検、プラセボ対照試験のデータは未 だない。 とも記載されており、 」 さらなる検証を要することを前提としてい たもので、甲イ3を採用すべきものとしているわけではない。 前記(1)キの甲イ3の記載からは、甲3発明の薬剤は、「至適な抗PD作 用を達成するためにどの化合物をどの投与量で用いるかを決定するための10 追加試験」 「アデノシン受容体の遮断がPD治療の重要な手段であると や、 いう原理」について確認するため「テオフィリンよりもより強力でより選 択的な化合物」を用いて試験をするきっかけとはなるとはいえるが、それ 自体が「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/ま たはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、 15 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象 に投与される」との用途につき、当業者が実施可能性を理解、認識できるも のとはいえない。 (4) 相違点の容易想到性について 上記(3)オで認定した相違点を前提に、容易想到性を以下検討する。 20 ア 相違点1について 甲イ3におけるテオフィリンのオープン試験の結果や、甲イ3の考察に おける、「至適な抗PD作用を達成するためにどの化合物をどの投与量で 用いるかを決定するための追加試験を必要とするものであると考えてい る。」との記載から、テオフィリンが、「L-ドーパ療法におけるウェアリ25 ング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるた め」の薬剤として使用できるか否か、すなわち治療上有効な化合物である 40 か否かを明らかにするために、「ランダム化・プラセボ対照・ダブルブライ ンド試験」のような、より厳密な試験を採用し、テオフィリンの効果の有無 についてさらなる試験研究を行うことまでは、当業者に動機付けられると いえる。 5 しかしながら、甲イ3に示される試験結果は、テオフィリンについての、 進行期パーキンソン病患者におけるウェアリング・オフ現象および/また はオン・オフ変動に対する有効性の判断をするに足りるものではない。 また、テオフィリンはアデノシンA2A受容体アンタゴニストの一つであ るが、非選択的なものであり、本件優先日当時、テオフィリンなどのアデノ10 シンA2A受容体アンタゴニストが有しているアデノシンA 2A 受容体の阻 害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてオ フ時間を減少させる効果をもたらすという作用機序が存在することについ て具体的に明らかになっておらず、また、進行期パーキンソン病患者にお けるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動に対して治療15 上有効なアデノシンA2A受容体アンタゴニストは知られていなかった。 そうすると、テオフィリンやアデノシンA2A受容体アンタゴニストにつ いてのさらなる試験研究の結果を見るまでもなく当然に、甲イ3からは、 甲3発明の薬剤の用途を、本件発明の薬剤の用途とすることについてまで、 当業者に動機付けられるとはいえない。 20 イ 相違点2について テオフィリンが、非選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであり、 KW-6002が、テオフィリンよりも強力な選択的アデノシンA 2A受容 体アンタゴニストであることは、本件優先日当時の技術常識である。 そして、甲イ3には、テオフィリンが、L-ドーパ療法を受ける進行期パ25 ーキンソン病患者においてオフ時間の持続を減少させる作用を有すること についての試験結果が示され、その考察において、「テオフィリンよりもよ 41 り強力でより選択的な化合物が臨床試験に利用できるようになれば、それ らを用いて試験すべきである」と記載されていることからすると、甲イ3 の試験においてテオフィリンで確認されたオフ時間の持続を減少させる作 用が、テオフィリンが有する複数の作用のうちのアデノシンA2A受容体の 5 阻害作用によって奏されるものであるか否かについて明らかにするために、 甲イ3の試験やさらなる試験研究において使用するとの限度においては、 甲3発明の薬剤において、非選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニスト であるテオフィリンに代えて、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニス トであるKW-6002を採用すること(KW-6002について優先的10 に確認すること)までは、当業者に動機付けられるといえる。他方、試験研 究を超えて、本件発明の薬剤の用途とする上で、テオフィリンに代えてK W-6002を採用することまでは、技術常識を踏まえても、甲イ3の記 載からは、当業者に動機付けられるとはいえない。 ウ 第1事件原告の主張について15 (ア) 第 1 事件原告は、甲イ3や甲イ80の著者は、テオフィリンをヒト患 者に用いた試験の結果を踏まえ、より強力で選択的なアデノシンA2Aア ンタゴニストを用いた臨床試験を行うべきであると、強く推奨している こと、テオフィリンでは効果があるかないかがよくわからないのであれ ば、より効果が強いことが予測される薬剤を用いて研究を進めるべきと20 いうのが、合理的な当業者の態度であること、従前のパーキンソン病に 対する治療方法としては、ほとんどの患者が数年でウェアリング・オフ などの応答変動を生じるドーパミン補充療法しかなかったため、これと 別機序のアデノシンA2Aアンタゴニストを用いるルートは、当業者の中 で極めて高い注目を集めており、KW-6002に効果が期待できるの25 であれば、それを試してみるというのが、当業者としては当然の発想で ある旨主張する。しかし、甲イ3(前記(1)キ)は試験研究を行うことを 42 推奨しているだけであるし、テオフィリンのアデノシンA2Aアンタゴニ ストとしての作用点が効果を生じたかも不明である。また、甲イ80は、 アデノシンA2Aアンタゴニストであるテオフィリンを用いたヒトにおけ るパーキンソン病に対するプラセボ対照試験・ダブルブラインド試験、 5 クロスオーバー試験を行った上で、「結論として、PDにおけるテオフィ リンの有用性を示唆する豊富な実験データ及び過去の非臨床試験の結果 にもかかわらず、著者らの探索的臨床試験実施計画によれば、テオフィ リンはレボドパの抗PD作用を一貫して増大させなかった。本試験中に 用いた用量がテオフィリンの抗PD効果をはっきりと明らかにするには10 過剰であったのか又は不十分であったのかについて未だ結論は出ていな い。より強力かつ選択的なA2Aアンタゴニストを用いた臨床試験をさら に実施する必要がある。 として、 」 更なる試験研究の必要性を述べている にすぎない。 そうすると、当業者が、試験研究を超えて、KW-6002を採用した15 医薬品とすることまで試してみるはずであるとはいえない。 (イ) また、第1事件原告は、甲イ3や甲イ80が述べるとおりに実際にK W-6002を採用し、投与してみればウェアリング・オフのオフ時間 が減少するのであるから、テオフィリンの作用機序や、ウェアリング・オ フがなぜ生じるかや、なぜオフ時間が減少するかなどが解明、実証され20 ていないことが、動機付けを否定する理由になるものではない旨主張す る。しかし、甲イ3の試験の詳細が不明であり、テオフィリンが非選択的 アデノシンA2Aアンタゴニストであり、甲イ3や甲イ80においてテオ フィリンのアデノシンA2A受容体アンタゴニストとしての作用点が効果 を生じたかも不明である状況では、当業者が実際にKW-6002を採25 用し、投与してみればウェアリング・オフのオフ時間が減少すると認識 するという前提自体が存在せず、第1事件原告の主張は採用できない。 43 (ウ) その他、第1事件原告が種々主張するところは、甲3発明の薬剤の用 途を、本件発明の薬剤の用途とすることが当業者において認識できるこ と、甲イ3や甲イ80の著者が選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニ ストについて試験研究のみならず薬剤の用途とすることまで勧めている 5 ことを前提とする点において採用できない。 エ 第2事件原告らの主張について (ア) 第2事件原告らは、甲イ3の記載及び技術常識から、甲3発明のテオ フィリンに代えて、より強力でより選択的なKW-6002を採用した 場合には一定の効果があると期待する状態であったのであり、「効果は10 期待されるが試してみなければ分からない」という状態は、甲3発明の テオフィリンをKW-6002に置換する動機付けを否定しない旨主張 するが、甲3発明から医薬用途を認定できることを前提とする点におい て採用できない。 (イ) 第2事件原告らは、本件優先日当時の文献からは、一般的には、テオ15 フィリンのアデノシンA2A受容体アンタゴニスト作用と抗パーキンソン 病活性とを結びつけて理解されていた旨主張する。 しかし、甲イ4には「テオフィリンは非選択的アデノシン受容体アン タゴニストであるだけでなく、ホスホジエステラーゼやグアノシン受容 体にも親和性を持っている。従って、テオフィリンの作用部位はまだ確20 定していない。」との、甲イ51には「皮肉にも、選択的なものよりも非 選択的なものの方がより有効であると証明されるかもしれない」との記 載があり、本件優先日当時は、テオフィリンのアデノシンA2A受容体ア ンタゴニスト作用と抗パーキンソン病活性、さらにはウェアリング・オ フのオフ時間との関係は不明というほかはない。 25 (ウ) 第2事件原告らは、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象のメカ ニズムが完全には解明されていなかったとしても、現実に、種々の抗パ 44 ーキンソン病薬がウェアリング・オフ現象の緩和のためにL-ドーパと併 用されていたから、甲イ3にアデノシンA2A受容体アンタゴニストであ るテオフィリンがオフ時間の減少効果を有することが記載されており、 KW-6002がテオフィリンと同じアデノシンA2A受容体アンタゴニ 5 ストであると当業者が理解している以上、テオフィリンに代えてKW- 6002を用いれば、テオフィリンと同様に実際に進行期パーキンソン 病患者でオフ時間を減少させることは推認できる旨主張する。 しかし、オフ時間減少のためにL-ドーパと併用されていた薬剤は、 抗コリン薬(甲イ10、170)を除き、ドーパミン受容体に直接結合し10 てドーパミン様の薬理作用を表すドーパミンアゴニスト(甲イ10、4 3、168等)や、ドーパミン作動系の活性を総合的に高める塩酸アマン タジン(甲イ10) L-ドーパの作用時間を延長させるCOMT阻害剤 、 (甲43、52) ドーパミンを分解する酵素を阻害するモノアミン酸化 、 酵素阻害薬(甲イ10、43、169)、ドーパミン合成の長期持続活性15 に係るゾニサミド(甲イ44)等、ドーパミンやL-ドーパに係るもので あって、非ドーパミン系薬剤でオフ時間が減少するとの技術常識が存在 するという知見が確立していたとはいえない。 (5) 顕著な作用効果について ア 本件明細書には、実施例1として、L-ドーパ関連の運動合併症を伴う20 パーキンソン病患者に、L-ドーパとともに、KW-6002を4週間毎、 3段階で、 (5/10/20mg/日) 又は 、 (10/20/40mg/日) のいずれか漸増的用量を投与したKW-6002群の被験者は、プラセボ 群の被験者と比較して、オフ時間における有意な減少があったこと(図1) が記載されており(【0147】以下)、当該試験の結果から、選択的アデ25 ノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002が、ヒト患者にお いて、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオ 45 ン・オフ変動のオフ時間を減少させるという、治療薬を提供する上で有効 な効果を有しており、KW-6002を含有する薬剤は、「L-ドーパ療法 におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時 間を減少させるため」に使用できることを、把握することができる。 5 イ 他方、前記(3)ウのとおり、甲イ3の試験結果からは、非選択的アデノシ ンA2A受容体アンタゴニストであるテオフィリンが、L-ドーパ療法を受 ける進行期パーキンソン病患者においてオフ時間の持続を減少させる作用 を示したことは理解できるものの、テオフィリンを当該患者におけるオフ 時間を減少させるために使用できることまでは理解し得ない。 10 また、前記1(5)のとおり、甲イ3の試験で用いる非選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストであるテオフィリンは、アデノシンA2A受容体だ けでなく、ホスホジエステラーゼやグアノシン受容体にも親和性を有する、 複数の作用を有する化合物であって、甲イ3からはどの作用点が効果を奏 したのかを特定することができない。 15 さらに、前記(3)のとおり、「ウェアリング・オフ現象」や「オン・オフ 変動」について、オフ状態に観察される症状としてはパーキンソン病の症 状と同じであること、これらの発症原因としてはL-ドーパ長期投与によ るドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下やドーパミン受容体の 感受性の低下等が唱えられていたものの、それ以外の事象も重要な発症原20 因となり得るものと認識され、十分に解明されていたとはいえず、アデノ シンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソ ン病患者においてオフ時間を減少させる効果をもたらすという作用機序の 存在について具体的に明らかになっていなかったことが、本件優先日当時 の技術常識であるから、アデノシンA2A受容体の阻害作用がウェアリング・25 オフ現象および/またはオン・オフ変動で果たす役割についての当業者の 理解は、アデノシンA2A受容体アンタゴニストを用いた「治療薬剤の開発 46 の機会」を生み出すにとどまり、アデノシンA2A受容体を阻害することで、 L-ドーパ療法を受ける進行期パーキンソン病患者においてオフ時間を減 少させるために治療上有効な、すなわちオフ時間を減少させるための薬剤 としての使用が可能になるような、化合物の存在を解明するには至ってい 5 なかった。 以上のとおり、甲イ3には、当業者においてテオフィリンを進行期パー キンソン病患者におけるオフ時間を減少させるために使用できると認識で きるだけの十分な記載はなく、テオフィリンが効果を奏したとしても、ア デノシンA2A受容体阻害作用によるものかも明らかでないのであって(そ10 れは、テオフィリンが非選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであ ること、及びアデノシンA2A受容体の阻害作用が、L-ドーパ療法を受け る進行期パーキンソン病患者においてオフ時間を減少させる効果をもたら すものであるか否かも解明されていなかったことによる。 、 ) 選択的アデノ シンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002が、進行期パーキン15 ソン病患者において、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象お よび/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるという、本件明細書 に示される効果は、甲イ3の記載及び本件優先日当時の技術常識から当業 者が予測し得ない顕著な効果というべきである。 ウ 第1事件原告は、甲イ3ではウェアリング・オフ現象を示している患者20 に対して、L-ドーパとともにテオフィリンを投与したところ、オフ時間 が減少し、オン時間が増加したことが示されており、甲イ3の著者も甲イ 80の著者も、テオフィリンを用いた試験の結果を踏まえて、より強力で 選択的なアデノシンA2Aアンタゴニストを用いた臨床試験を強く推奨して おり、より強力で選択的なアデノシンA2Aアンタゴニストを用いれば、よ25 りはっきりとオフ時間の減少やオン時間の増加が示されるであろうことを 予測されるから、本件明細書に示される効果は予測可能な範囲のものにす 47 ぎない旨主張する。 しかし、甲イ3から、テオフィリンが進行期パーキンソン病患者におけ るオフ時間を減少するために使用できることまでは理解できず、甲イ3の 著者も甲イ80の著者もさらなる臨床実験をすることを推奨しているにと 5 どまり、甲イ3でテオフィリンが効果を奏したとしても、アデノシンA2A 受容体阻害作用によるものかも明らかでないのであるから、第1事件原告 の主張は採用できない。 エ 第2事件原告らは、@甲イ3には、テオフィリンがL-ドーパ治療を受 けているパーキンソン病患者において、ウェアリング・オフ現象のオフ時10 間の持続を、投与前に比べて30%まで、有意に減少したことが記載され ていたこと、AKW-6002が、テオフィリンと同じアデノシンA2A受 容体アンタゴニストであり、かつ、テオフィリンと異なり選択的アデノシ ンA2A受容体アンタゴニストでより強力な抗パーキンソン病活性を奏する 薬剤であるという技術常識があったこと、薬効持続時間においてもテオフ15 ィリンよりはるかに長く、当該薬効持続時間の長さは、L-ドーパと併用 しても発揮されることが確認されていたのであるから、当業者は、甲3発 明のテオフィリンに代えてKW-6002を適用した場合、「少なくとも テオフィリンと同程度か、それ以上の効果を有するだろう」と当然予測す るとし、本件明細書に記載の、KW-6002群の被験者ではプラセボ群20 の被験者と比較してオフ時間における有意な減少があったという効果は、 甲イ3及び技術常識に基づき、当業者が予測できた程度のものにすぎない 旨主張する。 しかし、甲イ3にはテオフィリンが進行期パーキンソン病患者における におけるオフ時間を減少するために使用できると認識できるだけの十分な25 記載はなく、テオフィリンが効果を奏したとしても、その効果がアデノシ ンA2A受容体阻害作用によるものかも明らかでないことは上述のとおりで 48 ある。 また、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動は、そ の発症原因や発症機構が確立されていたものではなく、脳内における複雑 な事象がパーキンソン病の症状の進行によって様々に変容して生じるに至 5 った病態と理解されており、実際、ウェアリング・オフ現象を生じるに至っ ていないパーキンソン病は、至適なL-ドーパによって症状の抑制ができ るのに対し、ウェアリング・オフ現象の出現後は、L-ドーパが十分機能で きない状態となっているのであるから、ウェアリング・オフ現象出現の前 後で同じ薬剤学的介入のアプローチで治療できることが、本件優先日当時10 の技術常識であったとは認められない。 また、KW-6002のパーキンソン病に対する薬効持続時間は、必ず しもオフ時間の減少によるものかどうかは明らかとはいえなかった。 そうすると、L-ドーパの補助薬として用いる抗パーキンソン病薬は作 用時間が長い方がオフ時間減少効果に有利であり、KW-6002の薬効15 持続時間がテオフィリンよりも長いことが知られていたということが、第 2事件原告らが主張するとおりであったとしても、選択的アデノシンA2A 受容体アンタゴニストであるKW-6002は、進行期パーキンソン病患 者においてオフ時間の持続を減少させる作用を有するか否かについて、そ れを実際に確認してみなければ、当業者は予測することができなかったも20 のというべきである。 よって、第2事件原告らの主張は採用できない。 (6) まとめ 以上のとおりであって、本件発明を甲3発明に基づいて容易に発明するこ とができたとは認められない。なお、上記(3)エで指摘した本件審決の認定の25 誤りは、結論に影響しないものということになる。 3 結論 49 以上によれば、原告ら主張の審決取消事由には理由がなく、本件審決に取り 消すべき理由は認められない。よって、原告らの請求を棄却することとし、主文 のとおり判決する。 |
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5裁判長裁判官宮坂昌利裁判官10本吉弘行裁判官岩井直幸50別紙1略語一覧(略語)(意味)・本件特許:被告を特許権者とする特許第4376630号の特許5・本件優先日:本件特許に係る優先権主張日(平成14年1月28日、優先権主張国:米国)・本件審決:本件特許に係る無効2020-800076号事件(無効審判請求人・第2事件原告ら、手続参加人・第1事件原告)について特許庁が令和5年7月12日にした審決(本件訴訟の対象)・本件発明:本件特許に係る発明10・本件明細書:本件特許に係る明細書・甲3発明:甲イ3(NEUROLOGY、1999年、Vol.52、p.1916。本件審決上の表記:甲3)に記載された発明として本件審決が認定した内容(本文第2の3(2))・KW-6002:(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メ15チルキサンチン・ドーパミン:中枢神経系に存在する神経伝達物質。ドパミン等と表記されることもあるが、 文献を直接引用する場合を除き、「ドーパミン」の表記を用いる。 ・L-ドーパ:L-ドーパ脱炭酸酵素によりドーパミンに変換されるドーパミンの前駆体物。 L-ドパ、レポドパ等と表記されることもあるが、文献を直接引用する場合を20除き「L-ドーパ」の表記を用いる。 ・アデノシンA2A受容体:アデノシンが作用する主要な4種のサブタイプの一つ。 「アデノシンA2A受容体」と表記されることもあるが、文献や審決を引用する場合を除き「アデノシンA2A受容体」の表記を用いる。 51別紙2本件明細書の記載事項及び図面(抜粋)【技術分野】【0001】本発明は、少なくとも1種のアデノシンA2A受容体アンタゴニストを投与することを特徴と5する運動障害を患っている患者を治療する方法に関する。 【背景技術】【0005】通常、パーキンソン病の最初の症状は、特に身体を静止しているときの肢の振戦(震えまたは振動)である。振戦は半身で始まることが多く、片側の手において頻繁に起きる。その他のよく10起こる症状としては、例えばゆっくりとした動き(運動緩慢)、運動不能(アキネジア)、体肢の硬直、引きずり歩行、前かがみの姿勢等のその他の運動障害が挙げられる。パーキンソン病患者は表情が乏しくなり、静かな声で話すことが多い。この疾病は、鬱病、不安、人格変化、認知障害、痴呆、睡眠障害、言語障害または性的不全といった二次的な症状を引き起こすことがある。 パーキンソン病の治療法は知られていない。治療はそれらの症状の制御を目的としている。薬物15療法では主として神経伝達物質間の不均衡を制御することによってそれらの症状を制御する。ほとんどのパーキンソン病の初期患者は、ドーパミン補充療法による対症療法に対してよく応答するが、疾病が進行するにつれ能力障害が増加する。 【0007】ほとんどのパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じ、ほとんどの抗パーキンソン20薬はドーパミンを元の状態に戻すかドーパミンの作用を模倣するものである。しかし、これらの薬剤はドーパミンを恒久的に元に戻すものではなく、ドーパミンの作用を正確に模倣するものでもない。黒質にドーパミン細胞がないことがパーキンソン病の主な特徴ではあるが、非ドーパミン神経細胞も喪失している。さらに、ドーパミン応答細胞は黒質だけでなく他の脳領域にも存在する。したがって、パーキンソン病において有効な薬剤は、これらの細胞を刺激することにより、 25例えば悪心、幻覚、錯乱等の副作用を引き起こし得る。 52L-ドーパは1967年に報告され、以来最も有効な抗パーキンソン薬となっている。L-ドーパの有効性が最も高い症状としては、運動緩慢、硬直、静止時振戦、歩行困難および小書症が挙げられる。L-ドーパの有効性があまり望めない症状としては、姿勢不安定、動作時振戦および嚥下困難が挙げられる。L-ドーパは痴呆を悪化させる可能性がある。L-ドーパは、パーキ5ンソン病において、強くかつ急速な治療上の効果をもたらすが、最終的には、例えばウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア等の運動合併症をはじめとするドーパミンによって引き起こされる重篤で好ましくない反応が現れる。マースデン(Marsden)ら(1982)。運動合併症は、通常、一度発症すると、L-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤による処置では制御不能である。 10【0009】・・・その発見から30年、L-ドーパは依然としてパーキンソン病の最良の治療である。この疾病の初期段階では、患者は通常L-ドーパに対する良好な反応を享受するが、疾病が進行すると、L-ドーパはあまり有用でなくなる傾向がある。これはL-ドーパの効力の喪失によるものではなく、例えばエンド・オブ・ドーズ(end-of-dose)での悪化または「ウェアリ15ング・オフ(wearing-off)、 」「オン/オフ変動」、ジスキネジア等の運動応答における逆変動のような運動合併症の発症によるものである。オン/オフ変動とは、薬剤治療における効果(「オン」状態、患者にパーキンソン病の症状が比較的ない期間)が、突然、容認できないほどに失われ、パーキンソン状態(「オフ」状態)を発現することである。ウェアリング・オフ現象はL-ドーパが有効である期間の減少であり、「オフ」状態が徐々に再発することを特徴と20し、「オン」状態が短くなる。ジスキネジアは、舞踏病(多動性の、目的のないダンスのような動き)とジストニア(持続性の、異常な筋収縮)に大別することができる。1974年に、ディボアザンが最初にこれらの異常な不随意運動に着目し、パーキンソン病の患者の半数以上が治療の6ヶ月以内にジスキネジアを発症するということを見出した・・・。 【0032】53・・・アデノシンA2A受容体アンタゴニストが数種類のパーキンソン病の動物モデル(例えば、 MPTP処置したサル)の運動機能障害を改善するが、またドーパミン作動性薬剤とは異なるA受容体アンタゴニストの特徴も示すことを、行動研究は示している。 2A・・・【0033】5選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002の抗パーキンソン病作用は、MPTP処置したマーモセットおよびカニクイザルを用いて研究されてきた。・・・MPTP処置マーモセットでは、KW-6002の経口投与により、用量依存的に自発運動の増加が誘発され、最大11時間まで持続した。・・・自発運動は正常動物で認められるレベルまで増加したが、L-ドーパでは運動亢進が誘発された。さらに、L-ドーパを前投与したMPTP処置マ10ーモセットでは、21日間のKW-6002を用いた処置により、ジスキネジアがほとんどまたは全く誘発されなかったが、同じ条件下での、L-ドーパを用いた処置では、顕著なジスキネジアが誘発された。ジスキネジアを発症するように処置されたMPTP処置マーモセットに、KW-6002(20mg/kg)を閾値のL-ドーパとともに1日1回、5日間投与した場合、ジスキネジアを増加させることなく抗パーキンソン病活性が増強された。・・・総合すれば、これ15らの研究結果は、アデノシンA2Aアンタゴニストが、パーキンソン病の初期の患者に単独療法として抗パーキンソン病効果をもたらす可能性があること、およびL-ドーパ治療を受けた運動合併症患者では、ジスキネジアを増加させることなく抗パーキンソン病作用を改善させる可能性があることを示唆している。 【0034】20アデノシンA2Aアンタゴニストが抗パーキンソン病作用を発揮するメカニズムは依然として十分には解明されていないが、現在、次のメカニズムが提唱されている。 霊長類のパーキンソン病またはMPTP処置のいずれにおいても、黒質-線条体ドーパミン作動性経路が破壊された後の最も関連のある変化は、線条体淡蒼球系の経路の活動亢進である。このような活動亢進の原因は、直接的な線条体黒質系の経路および間接的な線条体淡蒼球系の経路25間の不均衡にあり、これがパーキンソン病状態を引き起こす。 ・・・【0036】54A2A受容体を媒介した作用メカニズムは、線条体淡蒼球系の中型の有棘ニューロンにあるA2受容体とともに局在しているドーパミンD2受容体とは関係なく機能する可能性がある・・・A【0038】それゆえ、アデノシンA2A受容体の遮断効果を有する非ドーパミン作動性薬剤療法が、パーキ5ンソン病を治療するための手段として提供される。さらに、代表的なドーパミン作動薬の副作用、 つまり運動合併症を増加させる危険もしくは発症させる危険がほとんどまたは全くない、抗パーキンソン病作用を提供するアデノシンA2A受容体アンタゴニストが望ましい。・・・【発明の開示】【課題を解決するための手段】10【0039】本発明は、パーキンソン病患者に1種以上のA2A受容体アンタゴニストを投与することまたは併用投与することを特徴とするL-ドーパ療法の副作用を軽減または抑制する方法を提供する。このような治療は、例えばL-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤で誘発される運動合併症を患っている患者を治療して、オフ時間を減少させるおよび/またはジスキネジアを改善す15るのに有効であり得る。 【0121】・・本発明の方法に有用な好ましくアデノシンA2A受容体アンタゴニストは、 ・(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン(次式(II))を含有する。 【0122】20【化121】55また本発明では、式IIはKW-6002と称される。 【0123】「L-ドーパによる副作用を軽減または抑制する」とは、本発明によれば、本発明の化合物が患者の覚醒時間(awaketime)中の「オフ」状態の量を減少させることを意味すると解さ5れる。オフ状態とは、本発明によれば、パーキンソン病用薬剤の服用による治療効果が薄れ、その結果、患者が、例えばパーキンソン病統一スケール(UPDRS)ならびにヘーン(Hoehn)およびヤール(Yahr)(HY)尺度等によって分類されるようなパーキンソン病の症状を起こす期間を意味すると解される。 【0124】10本発明は、また、患者の覚醒時間中の「オン」状態の割合を増やすことによってL-ドーパによる副作用を軽減することを対象とする。オン状態とは、パーキンソン病用薬剤の服用後、UPDRSおよびHY尺度によって分類されるパーキンソン病の症状が、患者に比較的みられない期間を意味する。本発明の方法によって治療可能な患者としては、パーキンソン・ジスキネジア・スケール(PDS)によって判定される運動合併症を伴うかまたは伴わない、初期段階、中間段15階および進行した段階のパーキンソン病の患者が挙げられる。 ・・・【実施例1】【0147】アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002の、L-ドーパ関連の運動合併症によって悪化したパーキンソン病の治療としての安全性および有効性を、12週間の多施設試20験研究(multicenter,exploratorystudy)にて検討した。運動合併症を伴うPD被験者を、無作為かつ盲目的に、つのパラレル治療群3(paralleltreatmentarms)のうちの1つに振り分けた:プラセボ(n=29);KW-6002最大20mg/日(n=26);KW-6002最大40mg/日(n=28)。2つの主要な有効性指標を設定した:1)8時間の来院中に治験担当医師によって判定される「オフ」25時間の変化、および2)被験者の自宅での運動日誌によって判定される「オフ」時間の変化。 【0148】5683人の登録被験者のうち65人が試験を完了した;中止脱落率は、治療群間において同様であった。KW-6002治療は、患者の覚醒時間中の「オフ」状態で過ごす割合の減少において、プラセボ治療よりも有意に効果的であった。自宅での日誌により評価した場合には、覚醒時間中のオフ状態で過ごす割合が、プラセボ群では2.2%増加したのと比較して、KW-60052に振り分けられた被験者では7.1%減少した(p=0.008)。プラセボ群よりもKW-6002群におけるオフ時間の減少が1.7時間多かった(p=0.004)。治験担当医師による8時間のオン/オフ判定の結果では、統計学的な有意性に達した(p=0.054)。KW-6002で治療された患者が過ごした「オフ」状態の時間は、プラセボ群の患者のものよりも0.51時間少なかった(p=0.061)。 10試験では、またプラセボ群と比較して、ベースラインから12週までKW-6002で治療した患者における早朝ジストニアの減少が示された。 【0149】方法これは、運動合併症を伴うL-ドーパで治療されたPD患者における補助療法としてのKW-156002の安全性および有効性についての、12週間の、二重盲検の、プラセボ対照の、無作為の、パラレル群の多施設試験研究である。適格患者は、英国パーキンソン病協会(UnitedKingdomPDSociety(UKPDS))脳バンク診断基準(ダニエル(Daniel)ら(1993))を満たし、少なくとも1年間、L-ドーパ/カルビドパを服用しており、1日当たり少なくとも4回、L-ドーパ/カルビドパを服用しており、かつエンド・オブ・ドーズ(e20nd-of-dose)でのウェアリング・オフ(wearing-off)をはじめとする運動合併症を起こしている患者とした。 ・・・【0151】スクリーニングおよびベースラインの評価を無事終了した被験者を、KW-6002の2つの投与用量用法群または対応するプラセボのうちの1群に、1:1:1の比で無作為に振り分けた。 25KW-6002群に無作為に振り分けられた患者は、1週〜4週の期間に5mg/日、5週〜8週の期間に10mg/日および9週〜12週の期間に20mg/日(5/10/20群)、または571週〜4週の期間に10mg/日、5週〜8週の期間に20mg/日および5週〜9週の期間に40mg/日(10/20/40群)のいずれかで投与を受けた(図1)。試験薬は、毎日、被験者の通常の朝食とともに、1回量として服用した。 ・・・【0152】5結果83人の被験者を無作為に振り分けた。 試験群間では、人口統計的およびベースライン特性の顕著な差は見られなかった。 3治療群全ての被験者は、それらの試験薬をピル数に基づく99%を服薬した。試験中、いずれの治療群においてもまたは上記2つのKW-6002群を併せた群とプラセボ群とを比較し10ても、L-ドーパの平均1日投与量に有意な変化はなかった。 【0153】自宅での日誌で評価した場合、上記2つのKW-6002群に無作為に振り分けられた被験者は、プラセボ群に無作為に振り分けられた被験者と比較して、オフ時間における有意な減少があった(図1)。覚醒時間中のオフ状態で過ごす割合が、プラセボ群では2.2%増加したのと比15較して、KW-6002に振り分けられた被験者では7.1%減少した(p=0.008)。上記2つのKW-6002投与群はいずれも、プラセボ群と比較して、オフ時間の割合において有意な減少を示した。同様に、各KW-6002群と同様に上記2つのKW-6002群を併せた群では、オフ時間の合計時間において、有意な減少を示した。オフ時間において、プラセボ群での0.5時間増加したのと比較して、KW-6002に振り分けられた被験者では1.2時間減20少した(p=0.004)(図1)。 【0154】上記2つのKW-6002群を併せた群では、プラセボ群と比較して、オフ時間におけるより大きな減少傾向があることが、8時間の院内評価での医師によるオフ時間の判定で確認された。 オフ時間が、プラセボ群では3.3%減少したのと比較して、KW-6002に振り分けられた25被験者では10.0%の減少を示した(p=0.05)。同様に、オフ時間が、プラセボ群では0.3時間の減少したのと比較して、KW-6002に振り分けられた被験者では0.8時間の58減少を示した(p=0.06)。高用量KW-6002群(10/20/40群)でのオフ時間の減少は有意なものであった(p=0.02)。 KW-6002で治療した患者の早朝ジストニアは、プラセボ群と比較して、ベースラインから12週まで減少した。 5【0155】・・・本試験では、ドーパミンアゴニスト(例えばプラミペキソール、ペルゴリド、ロピニロール、 ブロモクリプチン)、COMT阻害剤(例えばエンタカポン、トルカポン)およびMAO阻害剤であるセレギリンとの種々の医薬の併用下で、KW-6002はオフ時間を有意に減少させ、か10つ安全性および優れた忍容性を示した。 この試験での結果に基づき、アデノシンA2A受容体アンタゴニストであるKW-6002は、 L-ドーパによる運動合併症を伴うパーキンソン病患者のオフ時間を安全にかつ有効に減少させることができる。 15【図1】59 |