運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 異議2002-70456
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  先行技術 /  優先権 /  優先日 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 /  異議申立 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 110号 特許取消決定取消請求事件
原告 リキッドモールディング システムズ インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士 中野収二
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 山崎豊
同 高木進
同 粟津憲一
同 松縄正登
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-70456号事件について平成14年11月11日にした決定中,特許第3202084号の請求項1,2,5,6,8に係る部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文第1,2項と同旨
前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「分配用バルブ」とする特許第3202084号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は,平成4年12月4日に特許出願(特願平4-357429号。優先日・平成3年12月6日。優先権主張国・米国。以下「本件出願」という。)され,平成13年6月22日に設定登録されたものである。
(2) Aは,平成14年2月27日,本件特許について,特許異議の申立てをした。特許庁は,同異議申立てを異議2002-70456号事件として審理をした上,同年11月11日,「特許第3202084号の請求項1,2,5,6,8に係る特許を取り消す。同請求項3,4,7に係る特許を維持する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は同月27日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨は,次のとおりである(以下,請求項1ないし8に係る発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明8」という。)。
【請求項1】 放出開口部21を備えた容器2から成る流体製品の包装体の分配用バルブにおいて,容器2の放出開口部21のまわりをシールするバルブフランジ4と,該放出開口部21のほぼ中心区域に位置するバルブヘッド5と,前記バルブフランジ4とバルブヘッド5を連結するコネクタースリーブ7とを,弾性材料で一体に成形して成り,前記バルブヘッド5は,容器内の所定の放出高圧力を受けると流体の流れを許すように開き,所定の放出高圧力を除去すると流体の流れを止めるように閉じるオリフィス6を該バルブヘッド5に貫通して設け,前記コネクタースリーブ7は,オリフィス6を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けるとバルブヘッド5を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去するとバルブヘッド5を元の位置に復帰せしめる環状の折曲部51を有し,更に,前記バルブヘッド5は,放出高圧力に至らない容器内の増加圧力による外方移行中にオリフィス6を開かず閉じているように構成されていることを特徴とする分配用バルブ。
【請求項2】 前記バルブヘッド5がオリフィス6を設けた中心部分41と該中心部分を囲む周縁部分40とを備えて成り,前記オリフィス6がバルブヘッド5の中心から放射方向に延びるスリット55,56により構成され,隣合うスリットの間にバルブフラップ57を形成して成り,バルブフラップ57の相互に対向する側面58,59を密接せしめることによりオリフィス6の閉止状態を構成する一方,バルブフラップ47(「57」の誤記と認める。)を外方に折曲せしめることによりオリフィス6の開放状態を構成することを特徴とする請求項1に記載の分配用バルブ。
【請求項3】 前記バルブヘッド5が容器2の外側に向けて臨む外側表面38を形成し,該外側表面38は,オリフィス6を閉じた状態において,容器2の外側から内側に向けて凹入するほぼ球面状の凹面を形成して成ることを特徴とする請求項1又は2に記載の分配用バルブ。
【請求項4】 前記バルブヘッド5が,オリフィス6を設けた中心部分41と,該中心部分41を囲む周縁部分40とを備え,該周縁部分40が,容器の内側から外側に向けて傾斜し且つほぼ球面状の凸面に形成された内側表面39を有して成ることを特徴とする請求項1,2又は3に記載の分配用バルブ。
【請求項5】 前記コネクタースリーブ7の折曲部51が,容器の内側に向けて対向し且つ容器の内圧を増したときコネクタースリーブ7をバルブフランジ4とバルブヘッド5の間で伸長せしめる環状の溝を形成して成ることを特徴とする請求項1,2,3又は4に記載の分配用バルブ。
【請求項6】 前記バルブヘッド5が,流体の流れのコントロールを改良しオリフィス6を速やかに且つ積極的に開閉させるように,コネクタースリーブ7の弾性により内向きに付勢されて成ることを特徴とする請求項1,2,3,4又は5に記載の分配用バルブ。
【請求項7】 前記バルブヘッド5の外側表面38は,オリフィス6が閉じられたときほぼ凹形を呈し,オリフィス6が開かれたときほぼ凸型を呈するように形成され,コネクタースリーブ7によりバルブヘッド5に与えられる内向きの付勢力とトルクが前記オリフィス6を開けたバルブヘッド5を凸形に維持するように作用せしめられ,オリフィス6を通過する流体の流れを持続するために必要な容器の内圧が,オリフィス6を開かせるために必要な容器の内圧よりも低くても足りるように構成し,流体の分配と流量コントロールが容易となるように構成して成ることを特徴とする請求項1,2,3,4,5又は6に記載の分配用バルブ。
【請求項8】 前記バルブヘッド5は,オリフィス6を開いたとき概ね凸形を呈し,オリフィス6は,完全に開いた位置と完全に閉じた位置の間で開閉すると共に,前記バルブヘッド5が概ね凸形を呈したときにオリフィス6を完全に開いた位置に自動的に移行せしめられ,容器の内圧が通常の所定範囲の間で変化してもオリフィス6を通過する流体の流量をほぼ一定に構成して成ることを特徴とする請求項1,2,3,4,5,6又は7に記載の分配用バルブ。
3 本件決定の要旨 (1) 本件発明1の進歩性について ア 本件発明1と特開平3-124568号公報(甲3。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)とを対比すると,両者は,「放出開口部を備えた容器から成る流体製品の包装体の分配用バルブにおいて,容器の放出開口部のまわりをシールするバルブフランジと,該放出開口部のほぼ中心区域に位置するバルブヘッドと,前記バルブフランジとバルブヘッドを連結するコネクタースリーブとを,弾性材料で一体に成形して成り,前記バルブヘッドは,容器内の所定の放出高圧力を受けると流体の流れを許すように開き,所定の放出高圧力を除去すると流体の流れを止めるように閉じるオリフィスを該バルブヘッドに貫通して設けた分配用バルブ」である点(以下「本件一致点」という。)で一致し,次の点で相違するものと認められる。 (ア) 本件発明1においては,コネクタースリーブは,オリフィスを開かせ る放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けるとバルブヘッドを外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去するとバルブヘッドを元の位置に復帰せしめる環状の折曲部を有しているのに対して,引用発明においては,側壁は,伸びた操作位置と,後退保管位置との間を移動できるように弾性変形自在,すなわち可撓性をもっており,かつ,後退保管位置において折りたたまれているけれども,側壁は,長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる環状の折曲部を有しているのかどうか明らかでない点(以下「相違点A」という。) (イ) 本件発明1においては,バルブヘッドは,放出高圧力に至らない容器内の増加圧力による外方移行中にオリフィスを開かず閉じているように構成されているのに対して,引用発明においては,頂壁が外方移行中にどのような圧力を受けることによって,単一長孔が開かず閉じているように構成されているのか明らかでない点(以下「相違点B」という。) イ そこで,相違点A及び相違点Bについて検討する。
この種の分配弁において,弁側壁の構成を,通常は閉じている開口部を開かせることができる圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると開口部のある頂部を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂部を元の位置(弁の安定位置)に復帰せしめるような環状の折曲部を有するものとすることができることは,例えば,米国特許第2,758,755号明細書(1956年(昭和31年)8月14日特許。甲4。以下「刊行物2」という。)にみられるように,本件の出願前に広く知られていた事項である。 このことを勘案すると,引用発明において,弁の後退保管位置においては,側壁179は折りたたまれた状態で安定しており,伸びた操作位置においては,流動性商品を放出するような高圧力(予め定めたしきい値圧力)を受けると,長孔181が開き,除かれると閉じるのであるから,長孔181を開かせることができる予め定めたしきい値圧力にまで至らない容器内の増加圧力によって,頂壁180を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去することによって,頂壁180を元の位置(弁177の後退保管位置)に復帰せしめるような側壁とし,更に,流動性商品を放出するような高圧力に至らない容器内の増加圧力とすることによって,頂壁180の外方移行中に長孔181を開かず閉じているように構成することは,当業者が容易に想到できたことと認められる。 なお,原告は,刊行物1の第17図〜第19図に示された実施態様に関し,「分配弁177は実質的に,前述の分配弁3(第1〜4図)と同一である。」との記載から理解されるように,弁177は,第17図に示されるような弁側壁179を伸ばした突出形態を常態とするものである旨主張する。しかしながら,「分配弁177は実質的に,前述の分配弁(第1〜4図)と同一である。」との記載は,弁177は,自己開閉式分配弁という点で,実質的に分配弁(第1〜4図)と同一であるということを言っているのであって,弁側壁179は,上述のとおり,第18図に示されているように,折りたたまれ,閉止体178が貼着されていない状態において,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となって安定していると解されるのであるから,この形態を常態とするのが自然であり,第17図は,流動性商品を放出するような高圧力(予め定めたしきい値圧力)にまで至らない圧力を受けて弁177の側壁179が伸びた操作位置にあることを示しているものと解されるので,上記主張は採用できない。
したがって,本件発明1は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 (2) 本件発明2の進歩性について 本件発明2は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 (3) 本件発明5の進歩性について 本件発明5が本件発明1を引用している場合について検討する。 刊行物1の別紙の記載内容によれば,側壁179(コネクタースリーブ)の折目部はリム182(バルブフランジ)と頂壁180(バルブヘッド)との間で伸長する環状の溝を形成しているものと認められる。 したがって,本件発明5は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 (4) 本件発明6の進歩性について 本件発明6が本件発明1を引用している場合について検討する。 刊行物1の別紙の記載内容によれば,弁177の頂壁180は,側壁179が折り畳まれることにより弁内に力を生じさせ,オリフィス長孔が不注意に開くことを防止する機能を有しているものと認められる。
したがって,本件発明6は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。 (5) 本件発明8の進歩性について 本件発明8は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
(6) 本件発明3,4,7の進歩性について 本件発明3,4,7は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
(7) 本件発明3,4,7について,異議申立人の主張する他の申立て理由(本件出願は特許法36条5項2号の規定により特許を受けることができないものである旨の主張)も採用することができない。
(8) 以上のとおりであり,本件発明1,2,5,6及び8は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1,2,5,6及び8についての特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,取り消されるべきものである。 他方,本件発明3,4及び7の特許については,取消理由を発見し得ない。
当事者の主張
(原告の主張する本件決定の取消事由) 1 取消事由1(本件決定の手続上の瑕疵) 本件決定は,刊行物2記載の事項を「周知技術」として引用しているが,刊行物2記載の事項は周知技術ではない。確かに刊行物2は,1956年に発行されたもので,かなり古い文献であるが,原告の知る限り,容器内の圧力を増加したとき外方に移行せしめ,圧力を除去したとき内方に復帰せしめるようなコネクタースリーブを設けたバルブは,本件出願日(優先日)前の公知技術としては,刊行物2が唯一の先行技術である。
したがって,仮に,本件決定が環状の折曲部を有するコネクタースリーブを示すために刊行物2を引用した上で,本件発明1の進歩性を判断するのであれば,本件決定前に改めて取消理由通知を行い,原告に意見を述べる機会を与えるべきであるから,それを行うことなくされた本件決定は手続上違法である。
2 取消事由2(引用発明と本件発明1との一致点と相違点の認定誤り) (1) 引用発明の認定誤り ア 本件決定は,刊行物1には別紙のとおり記載されているところ,この記載は,「第18図に示されているように,側壁179は折りたたまれ,閉止体178が貼着されていない状態においても,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となって安定していることを意味し,閉止体178を粘着することにより,容器に圧力が加わっても,弁177を後退保管位置に積極的に保持できることを意味している」と認定したが,以下に述べるとおり,この認定は誤りである。
刊行物1の明細書及び図面には,引用発明(第17〜第19図に関する発明)が側壁179を折りたたんだ状態で「安定している」というようなことはどこにも記載されていない。刊行物1は,第18図に示される側壁179の折りたたみ状態に関して,「後退保管位置(第18及び第19の各図)においては,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となり,しかも側壁179は折りたたまれ,これにより弁内に力を生じさせて,オリフィス長孔181が不注意に開くことを防止する。」(11頁左上欄18行〜右上欄3行)と記載しているにすぎず,この状態で,閉止体178を貼着しなくても,側壁179の折りたたみ状態が維持されているなどというようなことは一切説明していない。上記説明の「しかも」以下の部分は,伸びた「常態」から側壁179を弾性変形させることにより折りたたむと,その弾発力により頂壁180に対して周囲から内向きに力を与えるので,オリフィス長孔181を閉じさせるように力が作用するという意味にほかならない。したがって,この記載部分は,引用発明の側壁179は,伸びた操作位置の状態と,折りたたまれた後退保管位置の何れが「常態」であるのか不明なのではなく,伸びた状態で成形されたものであるからこそ(この点は第1図〜第4図,第9図〜第13図,第14図〜第16図のバルブも同様である。),伸びた「常態」から弾性変形を介して折りたたむことにより弾性復元力を蓄積し,前述のようにオリフィス長孔181が簡単に開かないように弁内に力を生じさせるものであり,したがって,側壁179は操作位置まで伸ばされた形態が「常態」であることを積極的に明らかにしているのである。
刊行物1は,前記記載に引き続いて,閉止体178を弁177の頂壁180と容器本体のリム182に粘着することにより初めて,「分配弁177を後退保管位置に積極的に保持できる」と記載しており(11頁右上欄4〜10行),その反対解釈として,閉止体178がなければ後退保管位置に保持できないことは明らかというべきである。
すなわち,側壁179が伸長した常態において,指先等で頂壁180を押し込み,容器本体のリム182と大体面一状態になる位置まで移動させると,第18図に示されるように側壁179が弾性変形することにより折り畳まれる。この状態において,折り畳まれた側壁179は,弾性復帰すべく復元力を蓄積しており,したがって,頂壁180から指先等を離すと,直ちに伸長し,頂壁180を外方へ跳ね上げる。特に,引用発明の場合,側壁179が第17図に示されるような円錐形をなしているので,第18図に示されるような折り畳まれた状態において静止すると考えることは常識に反する。仮に,もしも,側壁179が折り畳まれた状態で静止する場合があり得るとしても,本件決定が認定するような「安定」した状態を得ることは不可能であり,常に,「不安定」な状態であると解しなければならない。
イ 刊行物1は,第17図〜第19図に記載された弁177について,「該頂壁を通って単一長孔181が設けてあり,これがオリフィスとなって作用し,予め定めたしきい値圧力を加えたり除いたりすることに呼応して開放・閉止をする」(11頁左上欄7〜10行)と記載しているが,本件決定が,この「しきい値圧力」が本件発明1の「放出高圧力」に相当すると認定したのは明らかに早計である。
刊行物1は,「術語の「しきい値圧力」とは,分配オリフィス20を閉止位置から開放位置へ移動させる流動性商品の中に生じた圧力であると本明細書では定義している」(7頁右下欄15〜18行)と記載しているように,単に,オリフィスを開かせるかどうかの1つの圧力だけを問題にしているからである。
(2) 一致点の認定誤り ア 本件発明1は,「常態」としてもバルブヘッドが「容器の放出開口部のほぼ中心区域に位置」するものであり,増加圧力を受けることにより,この位置から外方へ向けてバルブヘッドを移行させるものであるから,バルブヘッドの基準位置となる「容器の放出開口部のほぼ中心区域」は無視できない重要な技術的構成である。
これに対して,上述のとおり,刊行物1は,第17図のように「常態」としてのバルブヘッドを容器の放出開口部(リム182)から大きく外方に突出した操作位置を基準位置とするものであり,引用発明の弁は側壁179を折りたたんだ「後退保管位置」で安定しているものではない。
イ 本件発明1は,「(オリフィスを開かせる)所定の放出高圧力」と「(オリフィスを開かせないがコネクタースリーブ7の折曲部51を伸長せしめる)放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力」の2段階の圧力を極めて重要な要素としているのである。
これに対して,上述のとおり,引用発明は,所定の「しきい値圧力」でオリフィスを開かせるものであるが,その圧力は,本件発明1が重要な要素としている「放出高圧力」と「放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力」の何れであるかを問わないものである。
ウ 本件決定は,上記ア,イの相違点を看過し,引用発明は,バルブヘッドが「放出開口部のほぼ中心区域に位置する」点,及び「バルブヘッドは,容器内の所定の放出高圧力を受けると流体の流れを許すように開き,所定の放出高圧力を除去すると流体の流れを止めるように閉じるオリフィス」を設けた点で一致すると認定したものであり,この認定が誤りであることは明らかである。
(3) 相違点の認定誤り ア 相違点Aの認定誤り 本件決定は,相違点Aを引用発明と本件発明1との相違点と認定しているが,誤りである。
すなわち,前述のとおり,引用発明においては,側壁179が伸びた「操作位置」を「常態」としており,指先等で押し込んでやらなければ「後退保管位置」に移行しない。そして,「後退保管位置」において,閉止体178をリム182に粘着しなければ,その状態で静止できないものである。したがって,本件発明1のような「容器内の増加圧力」を受けなくても,側壁それ自体の弾性復元力によって頂壁を「後退保管位置」から「操作位置」へと外方に移行させるものであり,まして,圧力を除去したからといって「後退保管位置」に向けて内方に移動するものではない。
上記のとおり,引用発明の側壁179は,「長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる環状の折曲部を有しているのかどうか明らかでない」のではなく,そのような構成を有していないものである。
イ 相違点Bの認定誤り 本件決定は,相違点Bを引用発明と本件発明1との相違点と認定しているが,誤りである。
すなわち,前述のとおり,引用発明において,バルブヘッドが「後退保管位置」から「操作位置」へと外方に移行するのは,側壁179の弾性復元力によるからであって,本件発明1のように,容器内の増加圧力を受けるからではない。
そして,圧力を受けないのであるから,単一長孔(オリフィス)が閉じていることは常識的なことである。
上記のとおり,引用発明は,「頂壁が外方移行中にどのような圧力を受けることによって,単一長孔が開かず閉じているように構成されているのか明らかでない」のではなく,そのような構成を有していないものである。
3 取消事由3(本件発明1に関する進歩性判断の誤り) (1)ア 本件決定は,相違点Aについて,引用発明が「弁177の後退保管位置においては,側壁179は折りたたまれた状態で安定している」構成であるという認定を前提として,刊行物2を勘案すれば,「しきい値圧力にまで至らない容器内の増加圧力によって,頂壁180を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去することによって,頂壁180を元の位置(弁177の後退保管位置)に復帰せしめるような側壁」とすることは推考容易であるとしたものである。
しかしながら,そもそも,前記2(1)に述べたとおり,本件決定が前提とした引用発明の上記構成に関する認定は誤りであるから,上記推考容易の判断が誤りであることは明らかである。
イ また,本件決定は,相違点Bについて,引用発明においては,弁177が後退保管位置から何らかの圧力を受けることにより頂壁180を外方に移行せしめる構成を採用しているという認定を前提として,「流動性商品を放出するような高圧力に至らない容器内の増加圧力とすることによって,頂壁180の外方移行中に長孔181を開かず閉じているように構成すること」が推考容易であるとしたものである。
しかしながら,この点においても,前記2(1)に述べたとおり,引用発明の上記構成に関する本件認定は誤りであるから,上記推考容易の判断が誤りであることは明らかである。
(2) 本件決定は,刊行物lにおける第18図及び第19図の側壁179が折りたたまれた状態で安定していると誤認した結果,この刊行物lに基づいて刊行物2を参照すれば,本件発明1のように構成することは推考容易であると判断したものであると考えられるが,前記2(1)に述べたとおり,引用発明のバルブは,それをバルブとして見る限り,側壁179を第17図のように伸びた状態を基準として理解されるべきものである。
そして,このように刊行物1を正しく認識すれば,発明の進歩性を評価するにあたり,先行技術として刊行物1と刊行物2の組合せを予想すること自体が困難である。
けだし,流体物を放出することを目的として弾性材料により一体成形される分配用バルブは,成形された後の自然な姿勢である原形(常態)を基準として開発・設計され,その原形(常態)から,容器内の圧力を受けたとき,どのように弾性変形することにより,どのように流体物を放出するように機能するかの点が最も重要であり,これによりバルブの価値を評価されるものである。この点についてみると,引用発明のバルブは,第17図のように側壁179を伸び出し頂壁180を跳び出させた形態を「原形」ないし「常態」としており,これが弾性材料により一体成形された「原形」であり,この状態から容器の内部圧力を受けることにより,流体物を放出するためのバルブとしての本来の機能を行うものである。
これに対して,刊行物2のバルブは,ノズル19をくぼみ20内に後退させた状態で,ノズル19と環状溝壁17’の間に折曲部を備えた側壁を有する形態を「原形」ないし「常態」としており,これが弾性材料により一体成形された「原形」であり,この状態から容器の内部圧力を受けることにより,流体物を放出するためのバルブとしての本来の機能を行うものである。したがって,刊行物1のバルブと,刊行物2のバルブは,そもそも形式ないし種類が異なるものであり,しかも,バルブの作用・機能が本質的に異なるものであるから,このようにバルブ本来の作用・機能を本質的に異にする2つのバルブについて,その組合せの動機付けが存在しないと解すべきである。
(3) 仮に,刊行物2が周知技術を示すものであるとしても,刊行物1に基づいて刊行物2を参照すれば,本件発明1の進歩性を否定できるというようなものではない。
すなわち,刊行物2には,スリット(オリフィス)を有するノズル19と,環状溝壁17’と,その間に形成された折曲部分25を,弾性材料で一体成形したカップ付き膜部分15に関する発明が開示されており,同発明に係るカップ付き膜部分15は,チューブ23を圧縮することにより内部圧力を増加したとき,ノズル19が後退位置から伸長位置へと移行され,ノズル19のスリットを開くことにより流動物を放出し,そして,内部圧力を除いたとき,スリットを閉じ,ノズル19を後退させ静止位置に戻すものであることが記載されている。
したがって,刊行物2は,ノズル19を後退させた静止状態を「常態」としており,チューブ23の内部圧力を増加したとき,折曲部分25を伸長させながらノズル19を伸展位置へと外方移行せしめ,更に,チューブ23の内部圧力を除いたとき,ノズル19を後退位置に戻すものであると認められ,この限りにおいて,本件発明1と共通する。しかしながら,前記ノズル19は,中央くぼみ18をチューブ23の内側に向けて形成した構成であるから,チューブ23の内部圧力を増加することによりノズル19を外方移行せしめると,その外方移行中にスリット(オリフィス)から流動物を放出することが明らかである。
このため,刊行物2記載のバルブは,本件発明1のように「バルブヘッド5は,放出高圧力に至らない容器内の増加圧力による外方移行中にオリフィス6を開かず閉じているように構成されている」ものではない。換言すれば,刊行物2記載の発明において,スリット(オリフィス)が開かない程度の低い圧力Pを作用させたとき,果たして,ノズル(バルブヘッド)が外方移行するものかどうか全く不明であり,むしろ,その程度の圧力では外方移行しないと考えるのが自然である。
そうすると,刊行物2記載の発明に関して,「弁側壁の構成を,通常は閉じている開口部を開かせることができる 圧力 にまで 至らない 容器内 の増加圧力 を受けると 開口部 のある 頂部 を外方 に移行 せしめ ,容器内の増加圧力を除去すると頂部を元の位置(弁の安定位置)に復帰せしめるような環状の折曲部を有するもの」と認定した本件決定は,アンダーラインの箇所において刊行物2発明に関する認定を誤ったものである。
本件決定は,刊行物2記載の発明を参酌すれば本件発明1は容易に想到できる旨判断したが,刊行物2に記載の発明に関する本件決定の認定は誤りであるから,上記判断も誤りというべきである。
4 取消事由4(本件発明2,5,6,8に関する進歩性判断の誤り) (1) 本件発明2ないし8に係る各請求項は,請求項1から本件発明2ないし8に係る各請求項の直前の請求項までの各請求項のいずれかに従属するものであり,従属する請求項の構成要件をすべて満たすものであるから,本件発明1に進歩性がある以上,本件発明2,5,6,8も当然に進歩性を有する。
(2) 本件発明5の限定事項に関する進歩性判断の誤り 本件決定は,「刊行物1の別紙の記載内容によれば,側壁179(コネクタースリーブ)の折目部はリム182(バルブフランジ)と頂壁180(バルブヘッド)との間で伸長する環状の溝を形成しているものと認められる」と認定し,その結果,本件発明5は推考容易であると判断している。
しかしながら,上述したように,刊行物1の側壁179は,操作位置における伸長した「常態」から弾性変形により折目部を形成しつつ後退保管位置まで押し込まれるものである。これに対して,本件発明5の折目部51に形成された環状の溝は,「容器の内圧を増したとき」に伸長するものであり(請求項5),したがって,圧力を受けない「常態」では折りたたまれており,刊行物1の技術的構成とは正反対の構成である。
したがって,本件決定の上記容易想到性の判断は誤りである。
(3) 本件発明6の限定事項に関する進歩性判断の誤り 本件決定は,「刊行物1の別紙の記載内容によれば,弁の頂壁は,側壁が折り畳まれることにより弁内に圧力を生じさせ,オリフィス長孔が不注意に開くことを防止する機能を有しているものと認められる」と認定し,その結果,本件発明6は推考容易であると判断している。
しかしながら,刊行物1において,弁内に力が生じることによりオリフィス長孔が閉じられるのは,伸びた「常態」から側壁179を弾性変形させることにより折り畳むと,蓄積された弾発力により頂壁(バルブヘッド)の周囲を内方に押圧するからであり,したがって,側壁179が伸びた「常態」においては,このような力を蓄積していないことがむしろ明らかである。
これに対して,本件発明6における「コネクタースリーブ7の弾性により内向きに付勢」という構成は,「バルブヘッド5が,流体の流れのコントロールを改良しオリフィス6を速やかにかつ積極的に開閉させるように」(請求項6)と記載されているように,バルブヘッド5を放出開口部21のほぼ中心区域に位置せしめた状態から放出高圧力に至らない容器内の増加圧力により外方移行せしめ,放出高圧力を受けると直ちにオリフィスを開かせるようにコネクタースリーブ7が伸長した状態のことを意味している。
すなわち,コネクタースリーブ7は,「常態」とされた折り畳み状態から弾性的に伸長された状態においてバルブヘッド5を内向きに付勢するものであるから,刊行物1の技術的構成とは正反対の構成である。
したがって,本件決定の上記進歩性判断は誤りである。
(被告の反論) 1 取消事由1(本件決定の手続上の瑕疵)について 原告は,刊行物2が周知技術であることを否認するが,常態では後退位置をとり,容器内の圧力増加により,突出位置に移動し,圧力除去により後退位置に戻る容器に関する技術は,刊行物2に記載されているほか,米国特許第2,175,052号明細書(乙1)にも記載されており,刊行物2に記載された技術を周知と認定することに誤りはない。
したがって,本件決定に特許法120条の4第1項違反の手続上の瑕疵があるとする原告の主張は,失当である。
2 取消事由2(引用発明と本件発明1との一致点と相違点の認定誤り)について (1) 引用発明の認定誤りの有無 ア (原告主張の取消事由)2(1)アについて 本件決定は,刊行物1に,閉止体について,「閉止体178は弁177の頂壁180に粘着するように設計されており,また容器本体176のリム182にも粘着でき,そのため弁177を後退保管位置に積極的に保持できる。」(別紙)と記載されていることから,閉止体178は,仮に容器に力が加わっても,弁177を突出しないように後退保管位置に積極的に保持するために用いられるものと解することができるので,その反対解釈として,弁177は,容器に力が加わるようなことがなければ,閉止体178がなくても後退保管位置でとどまること(消極的保持)のできるものであると解したのである。
本件決定に(原告主張の取消事由)2(1)ア記載の認定に誤りはない。 なお,本件決定の上記判断には上述のように理由があるが,上記判断は反対解釈にしかすぎないので,正確を期するために,本件決定は,相違点の抽出において,引用発明の弁177について,後退保管位置で安定するものとの断定を避け,相違点Aとして,引用発明の「側壁は,長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる環状の折曲部を有しているのかどうか明らかでない」と認定しているのである。
イ (原告主張の取消事由)2(1)イについて 本件決定は,オリフィスを開くときの圧力を,引用発明では「しきい値圧力」と呼び,本件発明1では「放出高圧力」と呼んでいるので,対比において両者が実質的に同じものを意味するとし,「しきい値圧力」を「流動性商品を放出するような高圧力」と言い換えたのである。
すなわち,引用発明における弁177は,自己開閉式分配弁である旨刊行物1に記載されており,弁177の単一長孔181は,オリフィスとなって作用し,予め定めたしきい値圧力を加えたり除いたりすることに呼応して開放・閉止をする旨記載されている(別紙参照)ので,本件決定が,刊行物1の「しきい値圧力」を,本件発明1の,オリフィス6を開かせる「放出高圧力」に相当するとした点に誤りはない。
(2) 一致点の認定誤りの有無 引用発明の弁が操作位置と後退保管位置の2つの位置をとることができるものであることに相違はないので,弁の頂壁の上記2つの位置を,本件発明1のバルブヘッドの位置と対比すれば,それぞれ放出開口部から外方に突出した位置と,放出開口部のほぼ中心区域の位置に対応することに誤りはない。そして,引用発明の弁が後退保管位置において安定するか,不安定であるかはともかく,後退保管位置において弁の頂壁が放出開口部のほぼ中心区域に位置することには相違ないので,この点で頂壁180は本件発明1のバルブヘッドと一致する。また,刊行物1の「しきい値圧力」が,本件発明1のオリフィス6を開かせる「放出高圧力」に相当することも既に述べたとおりであり,本件決定の一致点の認定に,原告主張の誤りはない。
なお,オリフィスを開かせるに至らない増加圧力の状態で,本件発明1では,コネクタースリーブ7の折曲部51が伸長するが,刊行物1には,かかる増加圧力での状態については,本件発明1に対応する明示的な記載がないので,本件決定ではこれについて,一致点とは認定していない。
(3) 相違点の認定誤りの有無 ア 相違点Aの認定誤りの有無 引用発明も,弁が後退保管位置にあるとき,その側壁が折り畳まれ,対比にあたって,本件発明1でいう「環状の折曲部」と,見かけ上対応する構成をもつのであるが,その折り畳み構造について,原告主張のように,「指先等で押し込んでやらなければ「後退保管位置」に移行せず」というようなものであるとの記載は,刊行物1に存在せず,逆に,これが「長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる」ものであるかどうかも,刊行物1の記載からは明らかではないから,この点で両者は同じとはいえない旨を本件決定は説示しているのである。
すなわち,引用発明の弁は,後退保管位置にあっては側壁に環状の折り畳み構造を有するものではあるが,刊行物1には,弁の後退保管位置と操作位置との間の移動について,格別詳述されていないので,引用発明の環状の折り畳み構造が,本件発明1の環状の折曲部に外見上相当するとしても,その機能まで一致するかどうか明らかではないとの趣旨から,本件決定は,これを相違点としたものであり,その判断に原告主張の誤りはない。 なお,引用発明の弁側壁の折り畳み構造について,本件決定のように,これを「長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる」ものであるかどうか明らかではないと言っても,あるいは,原告主張のように,そのような構成を有していないと言っても,いずれにしても,相違点Aでいう環状の折曲部の点で,本件発明1と引用発明とは一致するとはいえないから,結果的に,相違するとしたことに変わりはないので,仮に原告の主張のとおりであるとしても,このことが,本件決定の相違点の認定に実質的な違いを生じるものではなく,また,その後の相違点の判断に影響を及ぼすものでもない。
イ 相違点Bの認定誤りの有無 引用発明にあっても,弁の頂壁が後退保管位置にあるとき,オリフィスに相当する単一長孔は閉じており,弁の頂壁が操作位置にあるときも,容器内圧が,しきい値圧力になるまで単一長孔は閉じているものであるから,頂壁が後退保管位置から操作位置に外方に移動する際,単一長孔は閉じているものと推測され,引用発明と本件発明1とは,この点で見かけ上一致するものではあるが,そもそも,刊行物1には,後退保管位置と操作位置との間の弁の移動について詳述されていないのであって,どのような力に対して,単一長孔(オリフィス)が開かず閉じているようになっているのか明らかではないので,本件決定は,本件発明1と引用発明とはこの点で相違する旨,相違点Bで述べたものであり,この点に,原告主張の誤りはない。
なお,引用発明の弁の頂壁について,本件決定のように,これを「頂壁が外方移行中にどのような圧力を受けることによって,単一長孔が開かず閉じているように構成されている」のか明らかでないといっても,あるいは,原告主張のように,頂壁の構成は本件発明1のバルブヘッドのような構成ではないといっても,いずれにしても,相違点Bでいうバルブヘッドの構成の点で,本件発明1と引用発明とが相違することに変わりはないので,仮に原告の主張のとおりだとしても,このことが,本件決定の相違点の判断に影響を及ぼすものでもない。
3 取消事由3(本件発明1に関する進歩性判断の誤り)について (1) 引用発明の認定については,前記2(1)において,同認定に誤りのないことを述べた。
したがって,本件決定がした相違点A及びBに関する判断は,引用発明の原告主張の構成に関する誤った前提に立つものであって,誤りであるとする原告の主張は,その前提を欠き,失当である。
(2) 相違点A及び相違点Bに関する判断の相当性 刊行物1記載の弁の側壁が,折り畳まれた位置で安定しているというのは,確かに,そうでない場合も考え得るので,言い過ぎであることは認めるが,刊行物1に,「弁側壁179は,第14図に示す伸びた操作位置と,第15及び第16の各図に示す後退保管位置との間を移動できるように弾性変形自在,すなわち可撓性をもっている。・・・後退保管位置(第18及び第19の各図)においては,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となり,しかも側壁179は折りたたまれ」(別紙参照)とあるように,刊行物1記載の弁の側壁は,折り畳まれた位置をとることのできるものであることは確かである。そして,折り畳まれた後退保管位置と,伸びた操作位置との間の,側壁の移動態様については,既に述べたように,刊行物1の記載からは確定できないものの,弁の側壁が,折り畳まれた後退保管位置と,伸びた操作位置とをとることのできるものの態様として,例えば刊行物2に示すノズルのように,使用にあたって,容器内の圧力増加で側壁が伸びて弁が突出し,圧力が除去されると弁が後退し,側壁は折り畳まれた保管位置に復帰するものが周知であることも,確かなことである。
そこで,刊行物1記載の弁に,周知のこのような態様を適用することは,当業者が容易になし得たことであるから,本件決定は,弁の側壁を,刊行物2に示す周知のノズルを勘案して,「しきい値圧力にまで至らない容器内の増加圧力によって,頂壁180を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去することによって,頂壁180を元の位置(弁の後退保管位置)に復帰せしめるような側壁」とすることは,容易である旨判断したのである。
なお,「しきい値圧力にまで至らない容器内の増加圧力によって,頂壁180を外方に移行せしめ」という点について詳述すると,引用発明は,そもそも,弁側壁が伸びた操作位置にあるとき,内圧がしきい値圧力を越えることによって,はじめて弁を開かせることを意図したものであり,一方,刊行物2に示すような周知技術にあっても,弁側壁が伸びる前に弁が開いてしまっては,そもそも後退保管位置をとる意味がないとともに,内容物の流出により圧力が低下して,弁側壁の伸び自体が妨げられるものでもあるから,周知技術を勘案して,容器の内圧増加により,弁側壁が折り畳まれた後退保管位置から,伸びた操作位置に移動するように構成するときには,移動中に,オリフィスにあたる長孔が開かないように,しきい値圧力より低い圧力で,弁側壁を移動させるよう構成することは,当業者が当然考慮し得たことであるので,相違点に係る本件発明1の構成のようにすることは容易である旨,本件決定は判断したものである。
要するに,本件決定は,刊行物1には,後退保管位置と操作位置とをとることのできる弁が記載されており,刊行物1の記載からは,後退保管位置と操作位置との間の弁の移動態様を確定できないものの,内圧の増加によって,弁を後退保管位置から操作位置に移動させ,内圧の除去によって,弁を操作位置から後退保管位置に戻すものが周知であることから,これを参酌して,相違点のように構成することは容易であると判断したものである。
なお,仮に,引用発明の弁177の移動態様が,原告主張のとおりであったとしても,相違点A及び相違点Bに係る本件発明1の構成はそのままであるので,周知事項を参酌して,上記各相違点に係る構成のようにすることは容易であるとの判断に違いは生じないから,原告の主張は失当である。
4 取消事由4(本件発明2,5,6,8に関する進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1が進歩性を有することを前提にして,本件発明2,5,6,8も進歩性を有する旨主張するが,本件発明1に進歩性がないとした本件決定の判断に誤りはないから,原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
(2) 本件発明5の限定事項に関する進歩性判断の誤りの有無について 本件発明5は,本件発明1の,コネクタースリーブ7の「環状の折目(曲)部51」について,これが,容器の内側に向けて対向し,「環状の溝」を形成する旨限定したものである。
本件決定は,刊行物1には,後退保管位置において,側壁179(コネクタースリーブ)の折目部が,これに対応する環状の溝を形成する旨記載されているので,前記第2の3(3)のように認定したものであって,この環状の溝が,容器の内圧を増したときに伸長するとまで認定したものではない。そして,既に述べたように,引用発明の弁177の移動態様について,周知技術参酌して,本件発明1のようにすることは容易であり,そのようにした場合,刊行物1記載の折り目部は,当然,請求項5に記載された技術的構成をとることになる。
したがって,本件発明5に関する本件決定が誤っている旨の原告の主張はあたらない。
(3) 本件発明6の限定事項に関する進歩性判断の誤りの有無について 本件発明6は,本件発明1を引用するとともに,さらに,バルブヘッド5が,コネクタースリーブ7の弾性により内向きに付勢されている点を限定するものであるが,ここで,この限定構成について,コネクタースリーブ7が伸長状態におけるものであるとの明確な限定は請求項に記載がなく,この点で,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである。
一方,刊行物1には,「後退保管位置(第18及び第19の各図)においては,・・・側壁179は折りたたまれ,これにより弁内に力を生じさせて,オリフィス長孔181が不注意に開くことを防止する。」と,「後退保管位置」との限定付きではあるが,コネクタースリーブに相当する側壁の弾性により,バルブヘッドに相当する頂壁を付勢して,オリフィス長孔が不注意に開かないようにするとの技術思想が記載されているので,この限りにおいて引用発明を認定し,本件決定は,周知技術参酌して,弁が他の位置にある場合においても,そのようにすることは,当業者が容易に想到し得たとの趣旨で,上記のように判断したものである。
なお,本件発明1について,本件決定は,引用発明に周知事項を勘案して,内圧増加により側壁を伸長させ,弁を操作位置に移動させ,内圧除去により,後退保管位置に戻るように構成することは,容易である旨判断したが,このように構成した場合,結果的に,伸長状態で,側壁は頂壁を内向きに付勢するものであるから,このことからも,本件決定が,本件発明6のようにすることは,刊行物1より推考容易であると判断したことに,原告主張の誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件決定の手続上の瑕疵)について 原告は,本件決定は刊行物2記載の事項を周知事項として引用した上で,本件発明1の進歩性を判断しているが,刊行物2記載の事項は周知事項ではないから,本件審判請求の担当審判長は,本件決定前に改めて取消理由通知を行い,原告に意見を述べる機会を与えるべきであり,それを行うことなくされた本件決定は手続上違法である旨主張する。
しかしながら,本件決定が引用した刊行物2記載の事項が周知事項であるというべきことは後記3の(2)に説示するとおりである。そして,証拠(甲5)によれば,本件決定に先だって行われた特許法120条の4第1項に基づく取消理由の通知には,本件発明1を容易想到とした理由の記載において,刊行物2記載の技術事項を引用していないことが認められるが,それが周知事項である以上,上記担当審判長は,これを本件決定に引用するについて,改めて上記規定に基づく取消理由の通知を行い,上記記載事項について原告に意見を述べる機会を与えることを要しないというべきである。
原告の上記主張は採用できない。
2 取消事由2(引用発明と本件発明1との一致点と相違点の認定誤り)について (1) 引用発明の認定誤りの有無 ア 原告は,本件決定は,刊行物1には別紙のとおり記載されているところ,この記載は,「第18図に示されているように,側壁179は折りたたまれ,閉止体178が貼着されていない状態においても,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となって安定していることを意味し,閉止体178を粘着することにより,容器に圧力が加わっても,弁177を後退保管位置に積極的に保持できることを意味している」と認定したが,この認定は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,刊行物1(甲3)には,別紙のとおり記載されている。この記載においては,引用発明において,弁177は,第17図に示す伸びた操作位置と,第18及び第19の各図に示す後退保管位置とを取り得ること,また,弁177を構成する弁側壁179はその間を移動できるように弾性変形自在,すなわち可撓性をもっていること,弁177が後退保管位置にある場合,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となり,側壁179は折りたたまれ,これにより弁内に力を生じさせて,オリフイス長孔181が不注意に開くことを防止する作用効果を有すること,閉止体178は弁177の頂壁180に粘着するように設計されており,また容器本体176のリム182にも粘着でき,これにより,弁177を後退保管位置に積極的に保持する作用効果を有することが説明されている。
そして,側壁179が折りたたまれ,そのことにより弁内に力を生じ,オリフイス長孔181が不注意に開くことを防止する作用効果を有するということは,側壁179を伸び出し操作位置から弾性変形させることにより折りたたむと,その弾発力により頂壁180に対して周囲から内向きに力が与えられることから,オリフィス長孔181を閉じさせるように力が作用するということを意味するものである。また,弁177は,閉止体を弁177の頂壁180及び容器本体176のリム182に粘着することにより,後退保管位置に積極的に保持することができるものとされており,そうしないと,後退保管位置を安定的に保持できないことが示されているといえる。
加えて,刊行物1(甲3)には,第20図〜第21図の実施形態の説明において,「ここに示す分配容器188は容器本体189,自己開閉式分配弁190及び閉止体191から成る。容器本体189は,前述した容器本体176と大体同一であり,同様な捲縮方式で,その中に分配弁190を保持している。分配弁190はまた,前述した分配弁177(第17〜19の各図)と同様な跳び上り式の構造をもつ。ただし,分配弁177の頂壁180よりも若干大きい平坦な頂壁193をもつ。」(11頁右上欄12〜20行)と記載されており,この記載中において,第17図〜第19図記載の弁177が「跳び上がる」ものであることが説明されている。
してみると,引用発明において,弁177は,跳び上がり式の構造を有しており,後退保管位置で一応静止する状態になるものの,閉止体を弁177の頂壁及び容器本体176のリム182に粘着していないと,若干の圧力がかかることにより後退保管位置から跳び出て伸びた操作位置に戻るか,又は閉止体を粘着しておかなければ,その弾性により自動的に伸びた操作位置に戻るかいずれかの性質を有するものと解されるから,本件決定が,引用発明において,側壁179は折りたたまれ,閉止体178が貼着されていない状態においても,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となって安定しているとした認定は適切を欠くというべきである。
イ 原告は,刊行物1は,第17図〜第19図に記載された弁177について,「該頂壁を通って単一長孔181が設けてあり,これがオリフィスとなって作用し,予め定めたしきい値圧力を加えたり除いたりすることに呼応して開放・閉止をする」(11頁左上欄7〜10行)と記載しているが,本件決定が,この「しきい値圧力」が本件発明1における「放出高圧力」に相当すると認定したのは早計である旨主張する。
しかしながら,本件発明1に係る請求項1の記載によれば,本件発明1における「放出高圧力」がオリフィス6を開かせる圧力を指すことは明らかである。一方,引用発明における弁177は,自己開閉式分配弁であり,弁177の単一長孔181は,オリフィスとなって作用し,予め定めた「しきい値圧力」を加えたり除いたりすることに呼応して開放・閉止をする旨記載されており(別紙参照),この記載によれば,刊行物1記載の「しきい値圧力」もオリフィスとして作用する単一長孔を開かせる圧力を意味するものと認められる。
したがって,本件決定が,引用発明の「しきい値圧力」が本件発明1の「放出高圧力」に相当するとした点に誤りはない。
(2) 一致点の認定誤りの有無 ア 原告は,本件一致点(「放出開口部を備えた容器から成る流体製品の包装体の分配用バルブにおいて,容器の放出開口部のまわりをシールするバルブフランジと,該放出開口部のほぼ中心区域に位置するバルブヘッドと,前記バルブフランジとバルブヘッドを連結するコネクタースリーブとを,弾性材料で一体に成形して成り,前記バルブヘッドは,容器内の所定の放出高圧力を受けると流体の流れを許すように開き,所定の放出高圧力を除去すると流体の流れを止めるように閉じるオリフィスを該バルブヘッドに貫通して設けた分配用バルブ」)を本件発明1と引用発明との一致点であるとした本件決定の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら,引用発明において,弁177が操作位置と後退保管位置の2つの位置をとるものであることは前記(1)アに認定のとおりであり,弁177の頂壁180の上記2つの位置は,本件発明1のバルブヘッドの位置と対比すれば,それぞれ放出開口部から外方に突出した「操作位置」と,放出開口部のほぼ「中心区域」の位置に対応することになる。そして,引用発明の弁が後退保管位置において安定しているといえないとしても,後退保管位置においては弁177の頂壁180が放出開口部のほぼ中心区域に位置することになるから,この点で頂壁180は本件発明1のバルブヘッドと一致するものである。そして,本件決定は,「後退保管位置において頂壁180が安定している」点を本件一致点として挙げていない。
また,刊行物1(甲3)には,別紙のとおり,引用発明の弁177は,自己開閉式の分配弁であり,弁177の単一長孔181はオリフィスとなって作用し,予め定められた「しきい値圧力」を加えたり除いたりすることに呼応して開放・閉止する旨記載されているのであって,上記「しきい値圧力」は,オリフィスとして作用する単一長孔181を開かせる圧力であるから,本件発明1のオリフィス6を開かせる「放出高圧力」に相当することは明らかである。
したがって,本件決定の上記一致点の認定に,原告主張の誤りはない。
イ なお,この点に関し,原告は,本件発明1は,「常態」としてもバルブヘッドが「容器の放出開口部のほぼ中心区域に位置」する,この位置がバルブヘッドの基準位置となるものであるところ,引用発明においては,容器の放出開口部(リム182)から大きく外方に突出した操作位置がバルブヘッドの基準位置とするものであり,引用発明の弁は側壁179を折りたたんだ「後退保管位置」で安定しているものではないから,引用発明の頂壁180が,本件発明1と同様に「放出開口部のほぼ中心区域に位置するバルブヘッド」であると認定することは,誤りであると主張する。
しかしながら,本件発明1に係る請求項1には,「放出開口部21を備えた容器2から成る流体製品の包装体の分配用バルブにおいて,」との記載に後続して,「容器2の放出開口部21のまわりをシールするバルブフランジ4と,該放出開口部21のほぼ中心区域に位置するバルブヘッド5と,前記バルブフランジ4とバルブヘッド5を連結するコネクタースリーブ7とを,弾性材料で一体に成形して成り」と記載されているが,上記の記載は,弁の静止状態でバルブヘッドが放出開口部と同じ位置をとり得ること,その場合にバルブヘッドが「該放出開口部のほぼ中心区域」に位置するようになっていることを意味するにとどまるものというべきであり,バルブヘッドがその位置にあるときが,バルブヘッドがそこを基点として操作位置まで移動し,分配操作後に再び戻って安定するいわゆる基準位置と一致することまでを要求しているものとは解されない。しかして,引用発明において,頂壁180(バルブヘッド)が後退保管位置を占めることができるものであり,その場合において,頂壁180(バルブヘッド)が容器の「放出開口部のほぼ中心区域」に位置を占めることは上記説示のとおりである。
原告の上記主張は採用できない。
(3) 相違点の認定誤りの有無 ア 相違点Aの認定誤りの有無 原告は,本件決定の相違点Aについて,引用発明の弁177の側壁179は,伸びた「操作位置」を常態としており,指先等で押し込んでやらなければ「後退保管位置」に移行せず,閉止体178をリム182に粘着しなければ,その状態で静止できないものであるから,引用発明の側壁179は,「長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめ,容器内の増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる環状の折曲部を有しているのかどうか明らかでない」のではなく,そのような構成を有しないことが明らかである旨述べ,この点で,本件決定は,相違点の認定を誤った旨主張している。
そこで検討するに,前記(1)アに認定したとおり,引用発明において,弁177は後退保管位置において安定しているということはできないが,弁177は,@後退保管位置で一応静止する状態になるものの,閉止体を弁177の頂壁及び容器本体176のリム182に粘着していないと,若干の圧力がかかることにより後退保管位置から跳び出て伸びた操作位置に戻るものであるか,又はA閉止体を粘着しておかなければ,弁177の側壁179の弾性により自動的に伸びた操作位置に跳ね出すものであるかのいずれかの性質を有するものと解される。
引用発明の弁177は,後退保管位置にあっては側壁に環状の折り畳み構造を有するものではあるが,刊行物1には,弁177の後退保管位置と操作位置との間の移動の仕方についての記載はなく,弁177のこの移動の仕方については,上記の2つの場合があると考えられるから,本件決定が,「側壁は,長孔を開かせる放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受けると頂壁を外方に移行せしめる」かどうか明らかでない点を本件発明1と引用発明の相違点としたことは首肯できるものである。
他方,前記(1)アに認定したとおり,引用発明において,弁177は「跳び上がり式の構造」をもっており,弁177を構成する側壁179はその間を移動できるように弾性変形自在,すなわち可撓性をもっていることからすれば,弁177は,閉止体178を取り除き,あるいは増加圧力を加えられることにより,後退保管位置から跳び出し,操作位置に至るとその状態で静止し,容器内の増加圧力を除去しても,自動的には後退保管位置には戻らないと認めるのが相当である。したがって,本件決定が,引用発明の弁177は「増加圧力を除去すると頂壁を元の位置に復帰せしめる環状の折曲部を有しているのかどうか明らかでない点」を両発明の相違点としたのは誤りといわざるを得ない。
しかしながら,発明の進歩性の判断をするにあたって,当該発明と引用例とを対比して,前者が一定の構成を有するのに,後者がその構成を有しているか不明である点で相違するという場合には,後者が当該構成を備えていないものとして,当該構成を想到するのが容易かどうかを判断することになるというべきであり,本件決定も,同様の考え方に立って本件発明1の進歩性につき判断していることが明らかであるから,上記相違点の認定の誤りは本件発明1の進歩性に関する判断に影響を及ぼさないというべきである。
イ 相違点Bの認定誤りの有無 原告は,本件決定は相違点B(「本件発明1においては,バルブヘッドは,放出高圧力に至らない容器内の増加圧力による外方移行中にオリフィスを開かずに閉じているように構成されているのに対して,引用発明においては,頂壁が外方移行中にどのような圧力を受けることによって,単一長孔が開かず閉じているように構成されているのか明らかでない点」)を本件発明1と引用発明の相違点としているが,引用発明においては,頂壁が外方移行中に一定の圧力を受けることによって,単一長孔が開かず閉じているような構成は採用されていないことが明らかであり,したがって,上記相違点に関する認定は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,刊行物1(甲3)の別紙記載によれば,引用発明においても,弁177の頂壁180が後退保管位置にあるとき,オリフィスに相当する単一長孔181は閉じており,弁177の頂壁180が操作位置にあるときも,容器内圧が,しきい値圧力になるまで単一長孔181は閉じていると認められるから,頂壁180が後退保管位置から操作位置に外方に移動する際,単一長孔は閉じているものと推測される。しかし,刊行物1には,弁177の後退保管位置と操作位置との間の移動の仕方についての記載はなく,弁177のこの移動の仕方については,上記アに指摘した@及びAの2つの場合があると考えられるとはいうものの,その2つの場合,特にAの場合については,弁177が外方移行中に,どのような力に対して,単一長孔(オリフィス)が開かず閉じているようになっているのかは明らかでないというほかない。
したがって,相違点Bを両発明の相違点とした本件決定の認定に誤りがあるということはできない。
なお,本件発明1に係る請求項1には,「バルブヘッドの外方への移行が完全に行われた後に,バルブ開口が行われる」とする特定はされておらず,したがって,上記請求項の記載によれば,本件発明1においては,バルブの開口は,バルブヘッドの外方への移行に先立って生じることはないものの,バルブヘッドの外方への移行が開始された後であれば,バルブヘッドの外方への移行を完全に終了する以前に,バルブが開口する構成とすることを排除したものとはいえない。
3 取消事由3(本件発明1に関する進歩性判断の誤り)について (1) 引用発明において,弁177は,第17図に示す伸びた操作位置と,第18及び第19の各図に示す後退保管位置とを取り得ること,また,弁177を構成する側壁179はその間を移動できるように弾性変形自在,すなわち可撓性をもっていることは,前記2(1)アに認定したとおりである。
(2)ア 刊行物2(甲4の訳文)には,次の記載がある。
(ア) 本発明は,内部に収容された流動性ペースト材料用の放出ノズルを備 えた押出しチューブ及びボトルに関する。歯磨き,シェービングクリーム,消臭塗剤,ゼリー状医薬品,グリース,塗料等とすることができる内容物を押出すために,該容器は手で圧縮される。本発明の目的は,圧力が容器に適用された時には自動的に開き,圧力が除去された時には自動的に閉じるノズルを有する新規で改良された前記のクラスの押出し容器を提供することにある。・・・そのさらなる目的は,非使用時には通常は容器の内部の後退位置にあり,容器からの放出が行われている間はアプリケータとして簡単に使用することができるように容器から突出させられる,前記タイプの圧縮性容器用の新規で改良された放出ノズルを提供することにある(1頁本文1〜11行)。
(イ) 図1は,本発明の教示を実施した圧縮性容器の放出端の絵画部分図である。チューブとノズル構造はここでは一体である。図2は,本発明により構成された圧縮性チューブの中央縦断面図であり,図1の線2-2についての断面図であると見なすこともできる。図3は,図2に示されたチューブの部分縦断面図であり,該チューブはここでは圧縮された状態が示されており,その場合,ノズルはその後退位置から伸張位置に自動的に移動させられ,開かれ,若干の内容物がノズルから押出される(1頁本文26〜32行)。
(ウ) 図面においては,番号15は一般的に適当なゴム又はプラスチックの 弾性材料のカップ付き膜部分である。・・・この膜部分は,図2や3のように一体構造でもよいし,金属箔製の場合の様に例えば圧縮性を有するチューブ16の延長部として折返し止めされた分離部分15’でもよい。該カップ付き膜部分15の底の内部表面は,環状溝17が中央くぼみ18を囲んでいる状態に形成されており,それにより,該膜部分15の底の外部表面はくぼみ20により囲まれた乳首19を提供し,カップ内部のくぼみ20の底壁表面が凹形である。この乳首は,その先端に,図3のように容器23が圧縮された時に容器内のペースト状物質が押出される際に通る1対の交差スリット21を有する。膜部分15を構成する通常の静止・閉鎖位置は図2に示されている(2頁3〜11行)。
(エ) チューブ又は容器23にペースト状物質22を全部又は一部に充填されている場合,かかる物質22が常に膜部分15を満たしていることになる。圧力が容器に適用されると,部分15は図3に示されたように膨張させられ,乳首又は放出ノズル19はカップ15の中から伸張し,放出を行う。該乳首又はノズルは実際に長さが伸張している。かかる圧力が除去されると,膜部分15は再び図2のような通常の静止状態に戻り,その場合,ノズル先端19’と,少なくとも17’により示されたようなノズルから離れた環状溝壁の主要部分を構成する緊張させられた比較的厚い部分がスプリングバックし,該部分の底の残りが25に示されたように比較的薄い状態のままなので,ノズル19はカップ15の中に後退し,短縮され,その口のリップ24は全てが自動的に閉じられる。くぼみ20の底壁の前記形状により,圧力がチュ-ブに適用された時の乳首19の延長とかかる圧力が除去された時の該乳首の短縮とが容易になる(2頁12〜21行)。
(オ) 壁17’の方を厚くしてあるのは,膨張した時に緊張させられるが,しかし膜部分15が元の静止位置に戻るようにペースト状物質22を押戻すのに十分なだけの力を保持する構造を提供するためである。もちろん,ペースト状物質の粘度は,必要な図2の開放位置から図3の閉鎖位置へのクロージャー手段の動きを可能にするのに十分な程度に低いものである。必要とするスプリングバック特性を損なわずに,壁17’は浅い環状溝26を有することもできる。この溝は壁を薄するが,その曲がり領域であり,かかる溝に隣接する該壁のより厚い部分が膜部分15の実質的な本体となる。通常の静止位置においては,ノズル19が閉じられ,完全にカップ15の内部にあることは明らかである。従って,容器は膜部分15を下にして直立状態で保存することができ,それにより,ノズルが完全に密閉されることから,ノズルはダストから防護される(2頁22〜31行)。
イ 上記ア認定の刊行物2の記載によれば,刊行物2には,スリット(オリフィス)を有するノズル19と,環状溝壁17’と,その間に形成された折曲部分25を,弾性材料で一体成形したカップ付き膜部分15に関する発明が開示されており,同発明に係るカップ付き膜部分15は,容器23を圧縮することにより内部圧力を増加したとき,ノズル19が後退位置から伸長位置へと移行され,ノズル19のスリットを開くことにより流動物を放出し,そして,内部圧力を除去したとき,スリットを閉じ,ノズル19を後退させ静止位置に戻すものであることが記載されており,刊行物2記載の発明につきアメリカで特許が付与された時期が1956年8月であり,そのころ,刊行物2が発行されたものと推認されること,また,米国特許2,175,052号明細書(乙1(訳文は被告提出に係る平成15年6月27日付け証拠説明書に記載)。1939年(昭和14年)10月3日特許)にも,弁が後退位置をとり,容器に圧力を加えることにより突出位置に移動し,圧力除去により後退位置に戻る上記と同種のノズル構成が開示されていることに照らせば,刊行物2記載の上記技術事項は,本件出願当時,当業者に周知であったものと認めるのが相当である。
しかして,刊行物2には,上記のとおり,@「本発明」の「そのさらなる目的は,非使用時には通常は容器の内部の後退位置にあり,容器からの放出が行われている間はアプリケータとして簡単に使用することができるように容器から突出させられる,前記タイプの圧縮性容器用の新規で改良された放出ノズルを提供することにある」,A「図3は,図2に示されたチューブの部分縦断面図であり,該チューブはここでは圧縮された状態が示されており,その場合,ノズルはその後退位置から伸張位置に自動的に移動させられ,開かれ,若干の内容物がノズルから押出される。」,B「圧力が容器に適用されると,部分15は図3に示されたように膨張させられ,乳首又は放出ノズル19はカップ15の中から伸張し,放出を行う。」との各記載があること,また,折曲部分25が伸びる前にノズルのスリットが開いてしまっては,そもそも後退位置をとる意味がないし,内容物の流出により圧力が低下して,折曲部分25の伸び自体が妨げられることにもなることを考慮すれば,少なくとも,刊行物2記載の発明においては,容器に圧力をかけると同時,すなわちノズルが後退位置から伸長位置に移行を開始すると同時にノズルのスリットが開くということはなく,その移行過程の中には,放出高圧力にまで至らない容器内の増加圧力を受け,ノズル19が伸長位置へ移行する過程が含まれているものと認めるのが相当であり,このことは,当業者であれば当然に理解し得ることであるというべきである。
この点に関し,原告は,刊行物2記載のバルブは,本件発明1のように「バルブヘッド5は,放出高圧力に至らない容器内の増加圧力による外方移行中にオリフィス6を開かず閉じているように構成されている」ものではない,換言すれば,刊行物2記載の発明において,スリット(オリフィス)が開かない程度の低い圧力Pを作用させたとき,果たして,ノズル(バルブヘッド)が外方移行するものかどうか全く不明であり,むしろ,その程度の圧力では外方移行しないと考えるのが自然である旨主張しているが,刊行物2の記載を正解しないものであって,採用できない。
(3) 原告は,引用発明のバルブは,第17図のように側壁179を伸び出し頂壁180を跳び出させた形態を「原形」ないし「常態」としており,これが弾性材料により一体成形された「原形」であり,この状態から容器の内部圧力を受けることにより,流体物を放出するためのバルブとしての本来の機能を行うものであるのに対して,刊行物2記載の発明のバルブは,ノズル19をくぼみ20内に後退させた状態で,ノズル19と環状溝壁17’の間に折曲部を備えた側壁を有する形態を「原形」ないし「常態」としており,これが弾性材料により一体成形された「原形」であり,この状態から容器の内部圧力を受けることにより,流体物を放出するためのバルブとしての本来の機能を行うものであり,このようにバルブ本来の作用・機能を本質的に異にする2つのバルブについて,その組合せの動機付けは存在しないと解すべきである旨主張する。
しかしながら,引用発明におけるバルブも刊行物2記載のバルブも,いずれも流体物を収納する容器に備える分配用バルブであり,その内容物の適宜の放出を行い得る構成であって,技術分野を共通にするというべきであり,また,両バルブともに,弾性材料で構成され,自動開閉式のオリフィスを有している点で構成上の共通性があり,規定の放出高圧力により容器内の流体製品を放出させ,規定の放出圧力に至らないときには,容器内の流体製品が放出されず,ノズルを有する周辺部分の弾性変形を生じることにとどまるようにしなければならないという点で,機能的にも共通するところがある。したがって,両バルブに関する発明を組み合わせる動機付けがないとはいえない。
そして,両バルブは,引用発明においては,弁177が後退保管位置から伸びた「操作位置」に移動すると自動的には元にもどらないのに対し,刊行物2の発明においては,容器に対する圧力により後退位置から伸長位置に移動したノズルが,圧力を除くことにより後退位置に戻る点で相違するものの,上記の各共通性を考慮すれば,かかる相違点は,引用発明に刊行物2記載の技術事項を適用するについての阻害要因とはならないと考えられ,他に,上記適用を阻害する要因があると認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4) 以上検討したところからすれば,当業者において,引用発明に刊行物2記載の発明を適用して相違点A及び相違点Bに係る本件発明1の構成を想到することは容易にできたことであると認められ,これと同旨の本件決定の判断は相当として是認することができる。
原告は,本件決定は,相違点Aについて,@引用発明が「弁177の後退保管位置においては,側壁179は折りたたまれた状態で安定している」構成であるという認定を前提として,また,相違点Bについて,A引用発明においては,弁177が後退保管位置から何らかの圧力を受けることにより頂壁180を外方に移行せしめる構成を採用しているという認定を前提として,それぞれ相違点A,相違点Bに係る本件発明1の構成を推考することは容易である旨判断しているが,引用発明の上記各構成に関する本件決定の認定は誤りであるから,上記推考容易の判断が誤りであることは明らかである旨主張する。
しかしながら,本件決定の相違点A,相違点Bに関する各容易想到性の判断は,上記@,Aの引用発明に関する各認定を前提とするものとはいえず,したがって,原告の上記主張は,本件決定の内容を正解しないものであり,理由がない。
4 取消事由4(本件発明2,5,6,8に関する進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明2ないし8に係る各請求項は,請求項1から本件発明2ないし8に係る各請求項の直前の請求項までの各請求項のいずれかに従属するものであり,従属する請求項の構成要件をすべて満たすものであるから,本件発明1に進歩性がある以上,本件発明2,5,6,8も当然に進歩性を有する旨主張する。
しかしながら,本件発明1が進歩性を有しないとした本件決定の判断に誤りがないことは既に説示したとおりであり,したがって,原告の上記主張はその前提を欠き,失当である。
(2) 本件発明5の限定事項に関する進歩性判断の誤りの有無について 原告は,本件発明5において「折目(曲)部51」に形成した環状の溝は,「容器の内圧を増したとき」に伸張するものであり,圧力を受けない「常態」では折りたたまれており,刊行物1に記載の引用発明の技術的構成とは正反対の構成であるから,本件決定の上記限定事項の進歩性に関する判断は誤りである旨主張する。
そこで検討するに,本件発明5は,本件発明1を引用するとともに,本件発明1におけるコネクタースリーブ7の「環状の折目(曲)部51」について,これが,容器の内側に向けて対向し,「環状の溝」を形成すると構成することにより本件発明1を限定したものであるところ,刊行物1には,別紙記載のとおり,「後退保管位置(第18及び第19の各図)においては,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となり,しかも側壁179は折りたたまれ」と記載されており,この記載からすれば,引用発明においても,後退保管位置においては,側壁179の折目部は,これに対応する環状の溝を形成していると認められる。
引用発明の上記環状の溝が容器の内圧を増したとき伸長するものであるかどうかは,刊行物1の記載からは明らかでないが,引用発明に刊行物2記載の周知技術を適用し,弁177の後退保管位置から操作位置への移動態様を本件発明1と同様にすれば,上記環状の溝は,バルブフランジに相当するリム182とバルブヘッドに相当する頂壁180の間で伸長することになると認められる。
したがって,本件発明1を引用する場合の本件発明5は,当業者が引用発明及び上記周知技術に基づいて容易に想到できるものというべきであり,この点に関する本件決定の判断に誤りはない。
原告の上記主張は採用できない。
(3) 本件発明6の限定事項に関する進歩性判断の誤りの有無について 原告は,本件発明6における「コネクタースリーブ7の弾性により内向きに付勢」という構成は,「バルブヘッド5が,流体の流れのコントロールを改良しオリフィス6を速やかにかつ積極的に開閉させるように」と記載されているように,バルブヘッド5を放出開口部21のほぼ中心区域に位置せしめた状態から放出高圧力に至らない容器内の増加圧力により外方移行せしめ,放出高圧力を受けると直ちにオリフィスを開かせるようにコネクタースリーブ7が伸長した状態のことを意味しており,コネクタースリーブ7は,「常態」とされた折り畳み状態から弾性的に伸長された状態においてバルブヘッド5を内向きに付勢するものであるから,刊行物1の技術的構成とは正反対の構成であって,本件決定の上記進歩性判断は誤りである旨主張する。
そこで,検討するに,本件発明6は,本件発明1を引用するとともに,バルブヘッド5が,コネクタースリーブ7の弾性により内向きに付勢されていると構成することにより本件発明1を限定するものであるが,同発明に係る請求項6には,上記限定事項について,コネクタースリーブ7が伸長状態におけるものであるとする明確な記載はなく,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものといわざるを得ない。
一方,刊行物1には,別紙のとおり,「後退保管位置(第18及び第19の各図)においては,・・・側壁179は折りたたまれ,これにより弁内に力を生じさせて,オリフィス長孔181が不注意に開くことを防止する。」と記載され,「後退保管位置」においてとの限定付きではあるが,コネクタースリーブに相当する側壁179の弾性により,バルブヘッドに相当する頂壁180を付勢して,オリフィス長孔が不注意に開かないようにするとの技術思想が開示されており,刊行物2記載の周知技術を適用して,弁の移動態様を本件発明1と同様にした場合,すなわち,容器内の圧力増加により側壁179を伸長させ,弁177を操作位置に移動させ,同圧力の除去により,後退保管位置に戻るように構成した場合においては,弁177が操作位置に移動したときには,側壁179の弾性により元の位置に戻ろうとする力が働き,頂壁180が内向きに付勢されることは技術常識に属する。
したがって,本件発明1を引用した場合の本件発明6は,引用発明及び上記周知技術に基づいて容易に想到できるものというべきであり,この点に関する本件決定の判断に誤りはない。
原告の上記主張は理由がない。
5 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,また,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
別紙刊行物1(甲3)の10頁右下欄18行〜11頁右上欄10行「本発明に係るもう1つの実施態様を第17〜19の各図に示してあるが,ここに示す分配容器175は,容器本体176,自己開閉式分配弁177,及び閉止体178から成る。容器本体176は,実質的に,前述した容器本体2(第1〜4図)と同一であり,分配弁177は実質的に,前述の分配弁3(第1〜4図)と同一である。分配弁177は前述した方法で容器本体の中に-体的に捲縮できる。分配弁177は円錐形側壁179と実貿的に平坦な項壁180とをもち,該頂壁を通って単一長孔181が設けてあり,これがオリフイスとなって作用し,予め定めたしきい値圧力を加えたり除いたりすることに呼応して開放・閉止をする。弁側壁179は,第14図に示す伸びた操作位置と,第15及び第16の各図に示す後退保管位置との間を移動できるように弾性変形自在,すなわち可撓性をもっている。伸び出した操作位置(第17図)にある場合,弁177の頂壁180は伸び,容器本体176のリム182から,予め設定した距離だけ外方に遊離して位置し,長孔181を開かしめ,しかも流動性商品を容器本体176から分配させる。後退保管位置(第18及び第19の各図)においては,弁177の頂壁180は,容器本体176のリム182と大体面一状態となり,しかも側壁179は折りたたまれ,これにより弁内に力を生じさせて,オリフイス長孔181が不注意に開くことを防止する。
第17〜19図に示す閉止体178は,下面に感圧接着剤184がある無孔当板から成り,直径が若干大きい以外は,閉止体(第1〜4図)にほとんど類似している。閉止体178は弁177の頂壁180に粘着するように設計されており,また容器本体176のリム182にも粘着でき,そのため弁177を後退保管位置に積極的に保持できる。」
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 清水節