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事件 平成 14年 (ワ) 28205号 特許権再実施料請求事件
原告X
訴訟代理人弁護士 川上三郎
被告 株式会社ピー・シー・フレーム
訴訟代理人弁護士 大森実厚
同 大森綾子
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/02/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,108万1551円及びこれに対する平成15年1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,5400万1220円及びこれに対する平成15年1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,斜面切取工法についての特許権の共有持分権を有し,同特許権について,被告のために専用実施権を設定したとして,上記専用実施権設定契約に基づいて,被告に対して,専用実施権に係る未払実施料等を請求している事案である。
1 争いのない事実等(証拠により認定した事実は当該証拠番号を末尾に摘示した。) (1) 原告の有する特許権等 ア 原告は,昭和61年5月26日,以下のとおりの特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」と,その発明を「本件発明」という。)について,特許出願をし,平成6年4月25日,本件特許権の設定登録がされた(乙4の2)。
発明の名称 斜面切取工法 特許出願番号 昭和61-120849 特許番号 第1840432号 イ 本件特許に係る特許登録原簿(以下「本件登録原簿」という。)には,平成7年5月29日付けで,Aに対し,同年3月20日に本件特許権の共有持分権の譲渡がされた旨の登録がされている(乙4の2)。
ウ 本件登録原簿には,平成7年5月29日付けで,本件特許権について,以下のとおりの専用実施権が設定された旨の登録がされている(乙4の2)。
(ア) 原因 平成7年3月20日 契約 (イ) 専用実施権者 株式会社ピー・シー・フレーム(被告) 及びB (ウ) 対価の額又はその支払方法若しくは時期の定め 「Xに対し工事施工高の0.3%の金額を毎年5月31日と11月30日の2回を締切日とし,各締切日から2か月以内に支払う。株式会社ピー・シー・フレーム(被告)はAに対し,この契約の締結後直ちに500万円を一括して一時に支払う」 (2) 被告 被告は,昭和61年に,本件発明の普及と商業的販売促進を目的として設立された株式会社であり,本件特許権について専用実施権を有している(同専用実施権の設定契約の相手方,同契約の内容については争いがある。)。
(3) 原告と被告との間の前訴訟 原告は,平成11年に,被告及びAらに対し,本件特許権の帰属に関する争いについて訴訟(東京地方裁判所平成11年(ワ)12382号。以下「前訴訟」という。)を提起した。前訴訟は,別の訴訟と併合審理され,平成12年11月28日,その判決が言い渡されたが,原告は控訴し,平成14年11月25日,その控訴審判決が言い渡された(乙3,4の1)。
ア 前訴訟における原告の主張,A及び被告の各反論 (ア) 原告の主張 原告とAは,平成7年3月20日,本件特許権の共有持分権を,原告からAに譲渡する旨契約をした。また,原告とAは,同日,@原告及びAは,被告及び当時被告の代表者であったBに対して,本件特許権についての専用実施権を設定すること,A被告は,工事施工高の0.3%の金額を原告に対して支払うことを内容とする契約を締結した。ところが,被告は,上記実施料の支払を怠った。原告は,上記共有持分権譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。本件の事情の下では,原告が単独で解除権の行使をすることができる。
原告はAに対し,本件特許権の一部移転登録の抹消登録手続を求める。また,原告は被告に対し,本件特許権についての専用実施権設定登録の抹消登録手続を求める。
(イ) Aの反論 原告の主張を否認する。なお,原告は,平成7年3月22日,Aに対し,本件特許権を1000万円で譲渡した。本件登録原簿上の原告の共有持分権は名目的なものにすぎない。したがって,原告の主張は失当である。
(ウ) 被告の反論 上記ア(イ)と同旨。仮に,原告主張の解除原因が存在するとしても,上記解除の意思表示は,共有持分2分の1の共有権者である原告単独でされたものであるから,効力を生じない。
イ 控訴審の判断 前訴訟の控訴審は,以下のとおり判断した。
(ア) 事実認定 平成7年3月に原告からAに対して,本件特許権の2分の1の共有持分権が譲渡されたこと,専用実施権設定契約証書(乙2及び乙4の3の[前訴訟の乙2]。以下「乙2契約書」という場合がある。)の記載を根拠として,本件特許権の専用実施権の設定に際して,共有特許権者である原告及びAが専用実施権者から工事施工高の0.3%相当の金額を実施料として取得する旨の合意が成立したことが認められるとした。
(イ) 共有持分権譲渡契約の解除の効力 原告とAとの間の共有持分権譲渡契約の解除の効力については,被告の実施料の不払は,共有持分権譲渡契約の解除原因とはならないことを理由に,同解除の効力を否定した。
(ウ) 専用実施権設定契約の解除の効力 原告らと被告らとの専用実施権設定契約の解除の効力については,原告は,共有持分2分の1の共有権者であるにすぎないから,特別の事情のない限り,単独で解除権を行使することはできない。そして,本件においては上記特別の事情は存在しないとして,同解除の効力を否定した。
(4) 本件特許権に係る実施料の支払等 ア 被告が,平成9年6月から平成15年5月までの間に,被告の設立母体である東亜グラウト工業株式会社(以下「東亜グラウト工業」という。),日本基礎技術株式会社,株式会社富士ピー・エス,黒沢建設株式会社(以下「黒沢建設」といい,また,以上の4社を「特定4社」と総称する。)を除く企業から得た本件特許権の再実施料収入の合計は,3億4032万9225円である。
イ 被告は,原告に対し,平成7年4月以降,本件特許権に係る実施料として,少なくとも2183万7315円を支払った。
2 争点 (1) 専用実施権設定契約における実施料及び許諾料に関する合意の有無及び内容 (2) 原告が被告に対して請求できる実施料及び許諾料の額 3 当事者の主張 (1) 争点(1)(実施料に係る合意の有無)について (原告の主張) 原告は,平成6年4月25日,被告との間で,被告に対して,本件特許権について専用実施権を設定する旨の契約を締結した(甲1。以下「甲1契約」という。)。
その後,原告は,本件特許権の共有持分権をAに譲渡したことから,平成7年3月22日,原告,A,被告及びBの四者間で,原告及びAが被告及びBに対して,本件特許権について専用実施権を設定する旨の契約を締結した(以下「本件専用実施権設定契約」という。)。同契約において,実施料及び許諾料に関し,@被告及びBは,同人らが特定4社以外の企業に実施させた工事施工高の0.3%に相当する金額を実施料として被告に支払うこと,A被告及びBが新規に本件発明の実施を許諾する場合は,1社につき200万円ないし100万円を被告に支払うことが合意された。そして,本件専用実施権設定契約の締結の際には,乙2の契約書(以下「乙2契約書」という。)及び上記契約内容が記載された乙4の2の[前訴訟の甲7]の合意書(以下「本件合意書」という。)が作成された。
したがって,原告は,本件専用実施権設定契約に基づき,被告に対して,実施料及び許諾料を請求することができる。
(被告の反論) ア 本件特許は,Aのした発明について,原告が,Aに無断で特許出願して登録されたものである。そこで,原告とAとの間で,本件特許の帰属についての交渉を行い,その結果,Aが原告から1000万円で本件特許権を買い取ることになり,平成7年3月22日,その旨の契約が締結された。しかし,Bから,原告の名前だけ残すという意味で名義上は原告とAとの共有にして欲しい旨の提案があり,Aが同提案を了承したため,本件登録原簿の名義上は原告とAとの共有とされた。
以上のとおり,原告は,本件特許権について,実質的には,何らの権利も有していないから,被告に対して本件特許権に係る実施料及び許諾料の請求はできない。
イ 仮に,原告が,本件特許権について共有持分権を有しているとしても,以下のとおり,許諾料の支払についての合意はない。すなわち,本件専用実施権設定契約の根拠となる乙2契約書には,被告が原告に対して,許諾料等を支払うべき旨の記載はないのであり,そのような合意は存在しない。
以上のとおりであり,原告は,被告に対して,許諾料を請求することはできない。
(2) 争点(2)(実施料等の額)について (原告の主張) ア 実施料の額について 前記(1)で主張したとおり,原告は,被告に対して,実施料として,被告が実施させた工事施工高の0.3%に相当する金額を請求できる。
被告が,平成9年6月から平成15年5月までの期間に,特定4社以外の企業に対して本件発明を実施許諾して施工させた工事施工高の0.3%に相当する金額は,合計3403万2922円である。そして,原告が被告から支払を受けた実施料は,すべて平成9年6月以前の施工についてのものである。
なお,被告から,本件特許権の実施料として受領した額は,合計2183万7315円である。
イ 許諾料の額について 未払許諾料は合計1700万円である。
ウ まとめ 以上より,平成15年5月までの未払実施料と未払許諾料は,合計で5103万2922円である。原告は被告に対し,上記金額から上記実施料及び許諾料の一部として受領した500万円を控除した4603万2922円の支払を求める。 (被告の反論) ア 実施料の額について 原告が被告に請求できる実施料の額は,乙2契約書の記載に基づき,以下のとおり算定されるべきである。
(ア) まず,原告及びAは,被告が特定4社以外の企業に対して,本件発明を実施許諾して施工させた工事施工高の0.3%に相当する金額を実施料として請求できるが,原告の取り分はそのうちの2分の1である。
(イ) そして,平成7年6月から平成15年5月までの間に,被告が特定4社を除く企業から得た本件特許権の再実施料収入の合計は,4億3834万3812円である。上記再実施料の算定基準は,工事施工高の3%とされている。
原告及びAが被告から支払を受けるべき実施料は,工事施工高の0.3%であるから,4383万4381円となり,原告分は,その2分の1の2191万7190円となる。
(ウ) 被告は原告に対して,本件特許権の実施料として,合計2331万7315円を支払った。
(エ) したがって,被告は,本件特許権の実施料として,被告に,140万125円(2331万7315円-4383万4381円×1/2)を過払いしていることになり,原告が被告に対して請求できる実施料の額は,ゼロである。
イ 許諾料について 前記(1)で主張したように,被告が本件発明を他社に実施許諾することについて,原告に対して許諾料を支払う旨の合意はない。
仮に,被告に許諾料の支払義務があるとした場合,平成7年4月から平成15年5月までの許諾料の合計は2400万円である。
当裁判所の判断
1 争点(1)(実施料に係る合意の有無)について (1) 事実認定 証拠(乙1,2,4の2ないし5,5の2ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
ア Aは,昭和56ないし57年ころ,当時東亜グラウト工業の従業員であったCから斜面の安定法に関する技術的な相談を受けた際,かねてから持っていたアイデアとして,斜面の上方から下方に向けてプレキャストコンクリートフレームをグラウンドアンカーで順次固定していく工法(逆打工法)を教示するとともに,黒沢建設の技術課長であったDに作成させた検討書をCに交付した。その後,長崎県土師野尾ダム建設工事等において,このアイデアに基づいた施工がされた。
イ 原告は,昭和61年5月26日,本件特許の出願をした。なお,同出願において,発明者は,原告及びCを含む計3名と記載されている。Cは,同発明は,Aから教示され,土師野尾ダム建設工事等において施工された逆打工法であるとの認識を有している。
ウ Aは,昭和61年後半,原告による本件特許出願を知ると,同出願は,自分が教示した技術についての冒認出願であると確信し,原告とCを黒沢建設の本社に呼びつけた上,なぜ自分の教示した技術を無断で特許出願したのかと叱責した。Cは,Aから教示を受けたとの認識を有していたため謝罪し,原告も,Aに頭を下げた上,「特許が下りたらA社長のところに持ってくる」と約束した。A及びCは,原告の発言について,原告が特許付与後に無償で特許権を譲渡することを約したものと理解した。
エ 本件特許は,平成5年12月9日に登録審決がされ,平成6年4月25日に設定登録がされた。同年11月9日,A,D,原告,Bらは,料亭「勇駒」で,会食し,その席上,原告及びBは,Aに対し,「専用実施権許諾契約書」との表題の書面(乙4の3の[前訴訟の乙17])を渡し,押印を求めた。しかし,その内容は,原告が,特許権者として,被告,A及びBに対して専用実施権を設定するという内容であったため,Aは,特許権の無償譲渡という話と違うと考え,これに押印することなく,継続協議となった。
オ その後の協議は,原告はほとんどBを介して,A側は,部下のEらを介して行われたが,専用実施権の設定を主張するBと,特許権の無償譲渡を主張するA側の言い分が平行線をたどり,進展を見なかった。
この間の平成6年末ころ,被告は,役員会に付議の上,原告との間で,専用実施権許諾契約(甲1契約)を交わしたが,その登録は留保された。
カ 平成7年3月に至り,Aは,特許権の無償譲渡という当初の考えから譲歩し,1000万円で本件特許権を買い取るとの案をBに提示した。これに対し,Bは,原告側の利害を代弁する形で,名前だけ残すという意味で名義上は共有として欲しい旨の対案を示し,Aは,その旨の覚書を差し入れることを条件にこれを了承した。
これを受けて,同月22日,黒沢建設の本社社長室に,A,黒沢建設総務部長F,原告及びBの4名が参集し,「共有契約証書」(乙1。以下「乙1契約書」といい,その契約を「本件共有契約」という。)及び「専用実施権設定契約証書」(乙2契約書)の調印が行われ,本件共有契約及び本件専用実施権設定契約が成立した。乙1契約書には,「上記特許権は,共有同意者X所有のところ,今般共有加入者Aと共有とすることを契約します。」と記載されており,本件共有契約は,原告がAに対し本件特許権の共有持分権(持分割合の定めなし)を譲渡することが内容とされ,その対価1000万円はその場で授受された。本件専用実施権設定契約は,特許権者である原告及びAが被告及びBに対し,本件特許権について専用実施権を設定する旨の契約であり,乙2契約書の「対価」の項には,「工事施工高の0.3%の金額を毎年5月31日と11月30日の2回を締切日とし,各締切日から2ヶ月以内に支払う」とのみ記載されていた。併せて,専用実施権許諾料として,被告からAに対し,500万円が支払われた。
キ その後,乙1契約書及び乙2契約書を原因証書とする特許権の一部移転登録(共有登録)手続及び専用実施権設定登録手続が行われたが,その際,上記各契約書のAの押印が黒沢建設の社判で押捺されていたことが判明し,改めて個人印を押捺する必要性が生じた。また,乙2契約書に押捺されていた捨印を利用する形で,Aに無断で,「対価」の項に手書きによる書き込みが加えられ,「Xに対し工事施工高の0.3%の金額を毎年5月31日と11月30日の2回を締切日とし,各締切日から2ヶ月以内に支払う。株式会社ピー ・シー ・フレーム はAに対し,当該契約 の締結後直 ちに 500 万円 を一括 して 一時 に支払 う」と修正された(下線部が書込部分。乙4の2の[前訴訟の甲3])。
ク 平成7年4月ころ,Bは,黒沢建設のE取締役を訪れ,「合意書」との表題の書面(乙4の3の[前訴訟の乙19])を渡して,Aに押印してもうらうよう求めた。その内容は,上記書込部分と同様,実施料を原告のみに支払うというものであったが,Aはそのような内容を承諾したことはないとして押印を拒否した。
ところが,その後,被告の担当者が黒沢建設のF総務部長を訪れ,A専務の了解を受けているので押印して欲しい旨告げて,本件合意書(乙4の2の[前訴訟の甲7])を差し出したところ,これを信じたF総務部長は,内容を十分確認しないまま黒沢建設の社判を押捺してこれを交付した。本件合意書には,上記キの書込部分と同様,実施料を受領するのは原告だけである旨が明記されていたほか,実施料算定方法についても若干の詳細な内容の別紙が付加され,合意書の作成日付欄には前記の乙1契約書及び乙2契約書の調印日と同一日付が手書きされている。
ケ 被告の当時の代表者は,契約の交渉を担当したBであったため,被告は,原告に対しては,本件合意書の趣旨に沿って,実施料の支払を行った。他方,Aは,被告から実施料の支払を受けるべきものと考えていたが,被告に対して,事業が軌道に乗り黒字経営になるまでは実施料の支払を免除又は猶予するという意向を伝えていたこともあり,自身に対する実施料の支払がないことについては,異議を述べなかった。また,本件合意書は,被告の役員会等に付議されたり,説明されることもなく,共同出資者である5社ですら,その存在を知らされていなかった。
コ 平成9年12月1日及び同月8日の被告の役員会において,Bの代表取締役からの退任及びAの同就任が承認された(登記上は同月1日付け)。引継に際して,原告との「特許契約の継続」という項目が提示されたが,Aは,原告は,形式上,名義は残っているものの,本件特許権に関して実質的な権利はない旨を主張したため,議事が紛糾したが,結局,議事録からは「特許」の文字を削除することで了解された。その際,Bは,Aに対し,今後は,原告に対して実施料を支払う代わりに,被告の顧問として,年500万円の顧問料を支払うことで,原告を納得させる旨を確約するとともに,かねて懸案となっていた,「覚書」(上記カ)を原告に作成させて,これを被告に差し入れることを改めて約した。
サ 原告は,平成9年12月19日付けのAあての「確約書」との表題の書面(乙4の3の[前訴訟の乙23]。以下「本件確約書」という。)を作成し,Aに差し入れた。同書面には,「私(X)は,貴殿より平成7年3月22付契約の別紙合意書に基づき,金10,000,000万円也を同日受領し,その対価として・・・特許権を貴殿に譲渡いたしましたことを確約いたします。」「貴殿の御好意により,私の特許権者名義のみを残していただきましたが,私は,あくまでも上記特許権者の名義のみであって,特許権の実質の権限は何等無いことを本書にて確約いたします。以上の証として,本確約書を一札差し入れます」と記載されている。しかし,原告は,実施料の代わりに顧問料を支払うとの申し出に対しては拒絶したため,その話合いは決裂した。
(2) 以上を前提にして,本件専用実施権設定契約における実施料及び許諾料の合意の有無及び内容について検討する。
実施料について (ア) 平成6年4月25日に本件特許が登録された後,同年末ころ,原告は,被告との間で,甲1契約を締結したが,同契約に基づく登録は留保された。しかし,その後,原告は,平成7年3月22日,Aとの間で本件共有契約を締結して,本件特許権の共有持分権をAに譲渡し,同日,本件特許権の共有持分権を有する原告及びAと,被告及びBとの間で,乙2契約書どおりの内容の本件専用実施権設定契約を締結し,被告及びBに対し,本件特許権についての専用実施権を設定した。したがって,本件共有契約及び本件専用実施権設定契約が締結された経緯に照らすならば,甲1契約は,その効力を消滅させる旨の合意があったというべきである。
ところで,被告は,以下のとおり主張する。すなわち,Aは原告から1000万円で,本件特許権を買い取ったが,名義のみ,原告との共有にしたのであるから,原告は,本件特許権の共有持分権を有していないと主張する。そして,前記のとおり,原告は,本件共有契約が締結された後の平成9年に,Aにあてて,「原告は,本件特許権の権利者の名義のみを有し,本件特許権についての実質的な権限は何ら有していない」旨記載した確約書を交付したことがある。しかし,原告及びAが作成した乙1契約書には,「上記特許権,共有同意者X所有のところ,今般共有加入者Aと共有することを契約します」との記載のみがされ,その他,被告の主張に沿うような記載が一切存在しないという事情に照らすならば,後日,本件確約書が作成されたからといって,平成7年3月22日,原告からAに対して譲渡された権利が,本件特許権の共有持分権ではなく,特許権であったと判断するのは相当ではない。
また,原告は,被告に対して,本件専用実施権設定契約の内容は本件合意書のとおりであるから,本件合意書に記載された内容による実施料の請求ができる旨主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,@本件合意書の黒沢建設の社判は,Fが,Aの了解を受けている旨欺罔され,内容を確認せずに押捺したこと,本件合意書は,被告役員会に付議されたり,説明されることもなく,ことさら秘匿されていた形跡があること等本件合意書の作成経過及びその後の状況に照らすならば,本件合意書が真正に成立したものか疑わしいこと,A本件合意書の内容をみると,原告のみが実施料を取得できる旨規定されており,Aは1000万円を支払って本件特許権の共有持分権を取得したにもかかわらず,専用実施権許諾料として被告から500万円の支払を受けるほかに何らの経済的利益を受けることができないというのは,いかにも不合理で,そのような内容で合意をするとは考えられないこと,B原告は,Aから本件特許出願が冒認出願である旨を指摘された際に,その指摘について事実上認容して謝罪し,「特許が下りたらA社長のところに持ってくる」と約束した経緯があること,等の事情を総合考慮すれば,本件合意書に記載されたとおりの合意が成立したと認めることはできない。原告の上記主張は理由がない。
(イ) そして,乙2契約書には,「対価」の欄に「工事施工高の0.3%の金額を・・・支払う」と記載されているのであるから,本件専用実施権設定契約に基づき,被告及びBは,原告及びAに対して,実施料として,工事施工高の0.3%に相当する金額を支払う義務を負うというべきである(原告及びAのそれぞれに対して工事施工高の0.3%に相当する実施料を支払う必要があるかについては,後記2で判示する。)。
イ 許諾料について 前記アで判示したとおり,原告と被告との間の本件専用実施権設定契約の内容は,乙2契約書によって規定されており,本件合意書記載の合意は成立していないところ,乙2契約書には,許諾料の支払については一切記載がない。また,本件全証拠によるも,本件合意書の他に,原告主張に係る合意の存在を窺わせるに足りる事実は認められない。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,原告の被告に対する許諾料の請求は理由がない。
2 争点(2)について (1) 前記1で判示したように,本件専用実施権設定契約の内容は,乙2契約書によって規定されているのであるから,原告が被告に対して請求できる実施料の額は乙2契約書に基づき算定すべきである。
ところで,乙2契約書には,実施料の額については,「工事施工高の0.3%の金額を毎年5月31日と11月30日の2回を締切日とし,各締切日から2ヶ月以内に支払う」とのみ記載されており,乙2契約書からは,専用実施権者が,工事施工高の0.3%に相当する実施料を,原告及びAのそれぞれに対して支払うべきか,それとも原告及びAの両者に対して合計額として支払うべきか,必ずしも明らかではない。そこで,この点について以下検討する。
まず,本件特許権の共有持分権をAに譲渡する前に,原告と被告との間で締結した甲1契約では,被告が原告に対して支払うべき実施料の額は工事施工高の0.3%に相当する額であるとされていたことが認められる(前記1,甲1)。本件専用実施権設定契約は,本件特許権の共有持分権がAに譲渡されて共有になり,その事情変更に対応するために,新たに締結されたものであること,甲1契約の実施料額を変更することを目的とするものではなく,契約締結に当たっても,実施料額の変更協議された形跡はないこと等の事実に照らすならば,専用実施権者の支払うべき実施料額の変更はないと解するのが相当である。
以上の事実,及び,原告自身が関与,作成した本件合意書(なお,前記のとおり,本件専用実施権設定契約において,本件合意書記載の合意の成立は認められない。)においても,被告が支払うべき実施料額は,工事施工高の0.3%と規定されており(乙4の2の[前訴訟の甲7]),その記載によっても,原告は,被告の支払うべき実施料額を甲1契約における実施料額を倍額に引き上げる意思を 推認することはできないこと,乙2契約書の記載によっても,工事施工高の0.3%に相当する実施料は,特許権(全体)に基づく専用実施権設定の対価とみるのが自然であること等を総合すれば,乙2契約書の前記実施料条項は,被告が原告とAの両者に支払う実施料額の合計を工事施工高の0.3%に相当する金額とする旨定めたものと解するのが相当である。
そうすると,同金額を共有持分権者である原告と被告とで分配することになるが,本件全証拠によっても,原告と被告の共有持分の割合は明らかではないから,両者の持分は均等と推定され(民法250条),また,金銭債権は可分債権であるから,結局,原告は,被告に対し,工事施工高の0.3%に相当する金額の2分の1に相当する金額を請求できることになる。
(2) 上記(1)に認定判断したところを前提に,実施料額を以下検討する。
証拠(乙7の1ないし8)及び弁論の全趣旨(原告は,平成9年6月から平成15年5月まで(第12期〜第17期)に,被告が,特定4社以外の企業から得た本件特許権の再実施料収入が乙7の3ないし8に基づく被告主張のとおりであることは認めている。)によれば,被告が平成7年3月22日から平成15年5月までの間に,特定4社を除く企業から得た本件特許権の再実施料収入は,合計4億5837万7326円であると認められる(第11期の再実施料については,本件証拠中にこれを算定する証拠がない。原告が自認する7769万6434円の範囲で採用した。第17期の実施料については,少なくとも,被告が自認する金額である5408万7985円を下回らないものと推測されるから,同金額とする。)。
そして,弁論の全趣旨によれば,上記再実施料は,工事施工高の3%であることが認められるから,被告が原告に対して支払うべき,上記期間の本件特許権の実施料は,2291万8866円(4億5837万7326円×0.1×0.5。1円未満切り捨て。)となる。なお,平成15年6月1日から同年11月30日までの間の再実施に係る実施料の支払期限は,平成16年1月31日であるから(乙2),本件口頭弁論終結時(平成15年12月17日)においては未だ上記の期間の実施料の支払期限は到来していない。
また,被告は原告に対して,上記期間の本件特許権の実施料として,合計2331万7315円を支払ったと主張する。このうち2183万7315円の支払いの事実は当事者間に争いがないが,被告が同金額以上を原告に対して支払ったことを認めるに足りる証拠はないから,被告が原告に対して,上記期間の本件特許権の実施料として支払った額は,上記争いのない2183万7315円となる。
したがって,原告が被告に対して,上記実施料として請求できる金額は108万1551円(2291万8866円-2183万7315円)となる。 3 結論 よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信