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関連審決 無効2021-800025
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事件 令和 5年 (行ケ) 10090号 審決取消請求事件
5
原告サンド株式会社
同訴訟代理人弁護士 飯田圭
同 高石秀樹 10 同訴訟代理人弁理士 山崎一夫
同 服部博信
同 星野貴光
同 志村将 15 被告アス トラゼネカアクチ ボラグ
同訴訟代理人弁護士 末吉剛
同 高橋聖史
同復代理人弁護士 瀬戸一希 20 同訴訟代理人弁理士 寺地拓巳
同 中濱明子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2024/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
25 事 実 及 び 理 由第1 請求1特許庁が無効2021−800025号事件について令和5年7月7日にした審決のうち、特許第3713237号の請求項18ないし34に係る部分を取り消す。
第2 事案の概要5 1 特許庁における手続の経緯等? 被告は、平成13年(2001年)1月8日(パリ条約による優先権主張平成12年(2000年)1月10日、同年4月12日、いずれも(GB)英国)を国際出願日とし、名称を「フルベストラント製剤」とする発明につき特許出願(特願2001−551480号)をし、平成17年8月26日、
10 特許権の設定登録(特許第3713237号。請求項の数28。以下、この特許を「本件特許」という。)を受けた。(甲82)? 原告は、令和3年3月31日、本件特許について無効審判請求をした(無効2021−800025号事件。以下「本件無効審判請求」という。 。
)(甲59)15 ? 被告は、令和4年12月23日付けで特許請求の範囲及び明細書の訂正請求をし、令和5年1月31日付け手続補正書(方式)により、上記訂正請求に関する補正をした(以下、補正がされた上記訂正請求による訂正を「本件訂正」といい、本件訂正後の本件特許に係る明細書及び図面を併せて「本件明細書等」という。本件明細書等のうち、明細書の記載は別紙3のとおりで20 ある。 。本件訂正は、他の請求項を引用する記載のある請求項において、当)該他の請求項がさらに他の請求項を引用する部分の一部について請求項間の引用関係を解消して、独立形式請求項へ改める訂正を含むものであり、これにより請求項の数が34となった(以下、本件訂正後の各請求項に係る発明を、順に「訂正発明1」等という。 。
) (甲69〜71)25 ? 特許庁は、令和5年7月7日、本件訂正を認めた上で、「特許第3713237号の請求項1〜17に係る発明についての特許を無効とする。特許第23713237号の請求項18〜34に係る発明についての無効審判請求は、
成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、
同月18日、原告に送達された(附加期間90日)。
? 原告は、令和5年8月16日、本件審決のうち、本件特許の請求項18な5 いし34に係る部分の取消しを求めて本件訴えを提起した(以下、本件特許に係る発明のうち原告が取消しを求める請求項18ないし34に係る発明(訂正発明18ないし34)を併せて「本件各訂正発明」という。)。
2 特許請求の範囲の記載本件特許に係る本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、別紙1記載のとおり10 である(甲69)。このうち、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1、18及び29は、以下のとおりである。
? 請求項1筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、少なくとも45mg/mlのフルベストラント、製剤の容積当たり30重量%以下の医薬15 的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり少なくとも1重量%の安息香酸ベンジル、および少なくとも45mg/mlのフルベストラントの製剤を調製するのに十分な量のヒマシ油を含む、筋肉内注射に適する医薬製剤。
? 請求項18筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、少なくとも420 5mg/mlのフルベストラント、製剤の容積当たり15〜25重量%の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり10〜25重量%の、ヒマシ油中の安息香酸ベンジル、および少なくとも45mg/mlのフルベストラントの製剤を調製するのに十分な量のヒマシ油を含み、医薬的に許容できるアルコール類がエタノールおよびベンジルアルコールの混合物であり、
25 エタノールおよびベンジルアルコールが製剤の容積当たりほぼ等しい重量%で存在する、筋肉内注射に適する医薬製剤。
3? 請求項29筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、少なくとも45mg/mlのフルベストラント、製剤の容積当たり17〜23重量%の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり12〜18重量%の安息5 香酸ベンジル、を含み、医薬的に許容できるアルコール類がエタノールとベンジルアルコールの混合物であり、製剤の容積当たり10重量%のエタノール、製剤の容積当たり10重量%のベンジルアルコール、製剤の容積当たり15重量%の安息香酸ベンジル、および少なくとも45mg/mlのフルベストラントの製剤を調製するのに十分な量のヒマシ油を含み、筋肉内注射に10 適する医薬製剤。
3 本件無効審判請求で主張された無効理由原告は、本件無効審判請求において、次の無効理由を主張した。
? 無効理由1(甲1に基づく新規性欠如)訂正発明1ないし22、25ないし29、32ないし34は、 (Clinical甲115 Cancer Research, 1998, Vol.4, pp.697-711)に記載された発明であり、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができないものであり、その特許は、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
? 無効理由2(甲1に基づく進歩性欠如)訂正発明1ないし34に係る発明は、甲1に記載された発明に基づき、甲20 2ないし9(必要であれば甲10ないし12及び/又は13)に記載された事項、並びに本件特許の優先日(以下「本件優先日」という。)当時における技術常識を考慮して、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、
その特許は、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
25 ? 無効理由3(甲4に基づく進歩性欠如)訂正発明1ないし34は、甲4(British Journal of Cancer, 1996, Vol.74,4pp.300-308)に記載された発明に基づき、甲9及び10に記載された事項を考慮して、又は甲1、9及び10に記載された事項を考慮して、また加えて必要であれば甲2、3、5ないし8、11、12及び/又は13に記載された事項、並びに本件優先日当時における技術常識を考慮して、当業者が容易に5 発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである。
? 無効理由4(実施可能要件違反)本件特許の明細書における発明の詳細な説明の記載は、訂正発明1ない10 し24、26ないし34について、特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する要件を満たしておらず、
その特許は、同法123条1項4号(同法36条4項につき、平成14年法律第24号による改正前のもの。)に該当し無効とすべきである。
? 無効理由5(サポート要件違反)15 本件特許の特許請求の範囲の記載は、訂正発明1ないし34について、
特許法36条6項1号に規定する要件を満たしておらず、その特許は、同法123条1項4号に該当し無効とすべきである。
4 本件審決の理由等? 各無効理由に対する本件審決の判断は次のとおりであり、その理由の要旨20 は、別紙2「本件審決の理由の要旨」記載のとおりである。なお、本件審決は、次のアからオの順に判断している。
ア 無効理由4(実施可能要件違反:訂正発明1〜24及び26〜34)について訂正発明18ないし24及び26ないし34は実施可能要件を満たす25 が、訂正発明1ないし17は実施可能要件を満たしておらず、訂正発明1ないし17についての無効理由4は、理由がある。
5イ 無効理由5(サポート要件違反:訂正発明1〜34)について本件各訂正発明(訂正発明18ないし34)はサポート要件を満たすが、
訂正発明1ないし17はサポート要件を満たしておらず、訂正発明1ないし17についての無効理由5は、理由がある。
5 ウ 無効理由1(甲1に基づく新規性欠如:訂正発明1〜22、25〜29、
32〜34)について訂正発明1ないし22、25ないし29、32ないし34は、甲1に記載された発明ではないから、無効理由1は、理由がない。
エ 無効理由2(甲1に基づく進歩性欠如:訂正発明1〜34)について10 訂正発明1ないし34は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、無効理由2は、理由がない。
オ 無効理由3(甲4に基づく進歩性欠如:訂正発明1〜34)について訂正発明1ないし34は、甲4に記載された発明に基づいて当業者が容15 易に発明をすることができたものではないから、無効理由3は、理由がない。
? 本件審決は、上記判断をするに当たり、甲1に記載された発明及び甲4に記載された発明並びに訂正発明1と上記各発明との各一致点及び各相違点を、
次のとおり認定した。なお、甲1における「ICI182,780」は、本件特許に係20 る訂正後の特許請求の範囲における「フルベストラント」と同一の化合物を指す。
ア 甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)「A ICI 182,780 を含む、
B 10%のエタノール、10%のベンジルアルコール、及び25 C 15%安息香酸ベンジルの、
D ヒマシ油で容量を調整した媒体中、ICI 182,780 が50mg/ml6となるように予備製剤化した、
E 線維芽細胞成長因子(FGF)をトランスフェクトした乳癌細胞(MCF−7細胞)を注入された卵巣切除担癌マウスに対し皮下投与される、タモキシフェン抵抗性の乳癌の機序としてFGFオートクリン活5 性を検証するための試験用組成物。」イ 訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点(以下「相違点1」という。)<一致点>「少なくとも45mg/mlのフルベストラント、製剤の容積当たり30重量%以下の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり少なく10 とも1重量%の安息香酸ベンジル、および少なくとも45mg/mlのフルベストラントの製剤を調製するのに十分な量のヒマシ油を含む、製剤。」<相違点1>訂正発明1は、「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、「筋肉内注射に適する医薬製剤」であるのに対し、甲1発明は、
」 「線15 維芽細胞成長因子(FGF)をトランスフェクトした乳癌細胞(MCF−7細胞)を注入された卵巣切除担癌マウスに対し皮下投与される、タモキシフェン抵抗性の乳癌の機序としてFGFオートクリン活性を検証するための試験用」組成物である点。
ウ 甲4に記載された発明(以下「甲4発明」という。)20 「A 250mgの ICI 182,780 を、
D ヒマシ油ベースの媒体に含有させた製剤として、月に1回5ml(50mg/ml)で、
E 患者に筋肉内注射するための、タモキシフェン抵抗性進行性乳癌治療用医薬製剤であって、
25 1か月の投与間隔を通じてフルベストラントの連続的な放出を示し、かつ投与部位において良好な認容性を示す、製剤。」7エ 訂正発明1と甲4発明との一致点及び相違点(以下「相違点2」という。)<一致点>「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、少なくと5 も45mg/mlのフルベストラント、および少なくとも45mg/mlのフルベストラントの製剤を調製するのに十分な量のヒマシ油を含む、
筋肉内注射に適する医薬製剤。」<相違点2>訂正発明1は、 製剤の容積当たり30重量%以下の医薬的に許容でき「10 るアルコール類、製剤の容積当たり少なくとも1重量%の安息香酸ベンジル」を含むのに対し、甲4発明は、そのような特定がない点。
5 原告の主張する取消事由? 取消事由1訂正発明18〜22,25〜29、32〜34の甲1発明に対する新規性15 の有無に関する判断の誤り? 取消事由2本件各訂正発明の甲1発明に対する進歩性の有無に関する判断の誤り? 取消事由3本件各訂正発明の甲4発明に対する進歩性の有無に関する判断の誤り20 ? 取消事由4訂正発明18〜24、26〜34の実施可能要件違反の有無に関する判断の誤り? 取消事由5本件各訂正発明のサポート要件違反の有無に関する判断の誤り25 第3 当事者の主張1 取消事由1(訂正発明18〜22,25〜29、32〜34の甲1発明に対8する新規性の有無に関する判断の誤り)について〔原告の主張〕? 本件審決は甲1発明を「医薬製剤」でなく「試験用組成物」であると認定したが、以下の事情からすれば、甲1発明は「医薬製剤」である。
5 甲1は、がん治療研究の雑誌である「Clinical Cancer Research」に掲載された論文であるから、研究結果に係る組成物は「医薬」用途に用いることを当然の目標とする。
甲1における「Drugs」「ICI 182,780」は、英国 ICI 社(現在の被告)により創製された組成物(甲19)であり、特許権者である被告から提供され10 たものである。
「ICI 182,780」を「Drugs」と表現しているところ、薬科学大辞典甲1も、
には、
「医薬品 drug、medicine」と定義されており、医薬品を二分すると原薬と製剤に分けられ、原薬に賦形剤そのほかを加えて、使用に適切な形、性状にするよう調製された製品を製剤ということもあると記載されている(甲15 32)。
以上より、甲1発明の「ICI 182,780」を媒体中に溶解させたものは、「医薬製剤」というべきである。
? 甲1発明は本件各訂正発明の医薬製剤と同一の組成を有しており、本件実施例「F1」とも同一の製剤である。製剤がどのような投与方法に適してい20 るかは、製剤の組成によって定まる固有の性質によるものであるから、甲1発明のフルベストラントは本件各訂正発明と同様に、ヒトの筋肉内注射に適している。
また、本件優先日当時、フルベストラントがヒトに投与されるときは「筋肉内注射」であることが技術常識であり(甲3〜6、8)、特に、甲1発明と25 同一の油性媒体(ヒマシ油)に同一濃度のフルベストラントを溶かした製剤がヒトに医薬用途で筋肉内注射されていた実績があった(甲4) これらの事。
9情に照らせば、フルベストラントを医薬目的で用いることはもちろん、甲1発明の「医薬候補組成物」(本件審決がいう「試験用組成物」)を、ヒトに医薬目的で筋肉内注射することも、本件優先日当時の当業者において自明であった。
5 以上のとおり、甲1発明のフルベストラントは、筋肉内注射による投与が予定されているものであるから、本件各訂正発明の「筋肉内注射によりヒトに投与するための」という発明特定事項は、実質的な相違点ではない。
〔被告の主張〕? 甲1は、フルベストラントに関し、基礎研究において特定の仮説の検証の10 ために研究用のモデルマウスに皮下投与される試験用組成物の発明を開示しているのであって、ヒトにおける治療用の医薬組成物(医薬製剤)を開示しているわけではない。
甲1の文献「Clinical Cancer Research」は、臨床試験だけでなく、基礎的な研究も対象としており(乙11)、その研究対象は、ヒトに対する投与のた15 めの医薬製剤とは限らず、基礎研究用の製剤又は組成物も含まれている。甲1発明はその例である。
また、甲1の「Drugs」欄にはヒトに適さない投与経路及び剤型が記載されている。フルベストラントについても、
「Drugs」欄の製剤をヒトに投与することは予定されていなかった。
20 ? 本件優先日の時点において、フルベストラントは未だ承認されておらず、
乳がんの治療薬として確立されていなかった。また、徐放性の実現及び沈殿の抑制は、有効成分の濃度だけでなく、それ以外の成分(例えば、溶剤)及びその濃度に大きく依存する。フルベストラントを含有する医薬製剤の全てが本件各訂正発明と同一の効果を奏するかのような原告の主張は誤りである。
25 甲1は、動物試験での皮下投与の結果にすぎず、ヒトに対する筋肉内注射とは無関係である。本件各訂正発明の「筋肉内注射によりヒトに投与するた10めの」との文言は、当該医薬製剤がヒトへの筋肉内注射に適しているという性質を指しているのではなく、当該医薬製剤がヒトに対する筋肉内注射用であることを特定している。
2 取消事由2(本件各訂正発明の甲1発明に対する進歩性の有無に関する判断5 の誤り)について〔原告の主張〕? 本件に関しては、以下の技術常識が存在した。なお、本件明細書等の段落【0016】【0023】〜【0025】【0026】の「35重量%以下」、 、
との記載、【0027】 【0028】 【0033】 【0034】 【0036】、 、 、 、
10 の第一文の一部及び第三文、
【0038】、
【0039】、
【0045】の第二文、
【0046】 【0047】の第一文、
、 【0049】〜【0056】、特に【0051】 「注射部位におけるフルベストラントの沈殿に及ぼす製剤の影響」の 、
【0058】及び【0059】は、本件特許権に係る優先権主張の基礎出願には記載されておらず(甲83及び84) 優先権主張を伴う国際出願におい、
15 て新たに追加して記載されたものである(甲31)ことから、フルベストラントをヒトに筋肉内注射する際の注射部位での沈殿の有無及び程度が問題とされる場合には、以下の技術常識の基準時は、本件優先日である2000年(平成12年)1月10日又は4月12日ではなく、国際出願日である2001年(平成13年)1月8日とされるべきものである。
20 ア フルベストラントは既に一定の乳がん治療薬として確立しており、ヒトに投与するときは「筋肉内注射」であること(甲3〜6、8)。あるいは、
フルベストラントが、治験上、特にタモキシフェン抵抗性の進行性乳がんの治療薬の有効成分として、特に女性に対し、ひまし油等の油ベースの媒体で1か月に1回程度の長期間作用型・持続性ないし徐放性の筋肉内注射25 により投与されること。
(以下、原告が主張する上記技術常識を「技術常識T(フルベストラント11の筋肉内注射関係)」という。)イ マウスのような小動物は筋肉が少ないため、最終的にヒトに投与するときには筋肉内注射する医薬製剤であっても、マウス実験の段階では皮下注射されること(甲13、36、2の2、75〜78)。
5 (以下、原告が主張する上記技術常識を「技術常識U(マウスへの皮下注射関係)」という。)ウ フルベストラントを筋肉内注射した部位において沈殿が生じないこと。
(以下、原告が主張する上記技術常識を「技術常識V(沈殿の不発生関係)」という。)10 あるいは、フルベストラントが、治験上、特にタモキシフェン抵抗性の進行性乳がんの治療薬の有効成分として、特に女性に対し、ひまし油ベースの媒体で1か月に1回の長期間作用型・持続性ないし徐放性の筋肉内注射により比較的大きな容量(1×5ml又は2×2.5ml)で投与された場合でも、筋肉内注射した部位において忍容性が良好であること(甲4、
15 6、85、86)。
(以下、原告が主張する上記技術常識を「技術常識V’(忍容性関係)」という。原告は、技術常識V’(忍容性関係)は技術水準であるとも主張している。 。
)エ ヒトに筋肉内注射されるがん治療薬の技術分野において、注射部位での20 疼痛、硬結、腫脹、発赤等を引き起こし得る、沈殿は、多少であれば、許容され得ること(甲4、6、9、81、85、86等)。
(以下、原告が主張する上記技術常識を「技術常識W(沈殿の許容関係)」といい、上記アないしエの原告主張の技術常識(ただし、原告は、技術常識V’(忍容性関係)は技術水準であるとも主張する。)を併せて「技術常25 識T、U、V又はV’、及びW」という。)? 甲1に おいて「 Drugs」と記載され 、 被告から 提供され たものである12ICI182,780 は、少なくとも「医薬候補組成物」であるから、当業者は、これを医薬製剤としてヒトに投与することを当然に想定している。
また、技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関係)に加え、甲1発明と同一の油性媒体(ヒマシ油)に同一濃度のフルベストラントを溶かした5 製剤がヒトに医薬用途で筋肉内注射されていた実績(甲4)に照らせば、甲1発明の「医薬候補組成物」(本件審決がいう「試験用組成物」)を、ヒトに投与する医薬用途として用いる場合に、
「筋肉内注射」は当然に想到する投与方法である。
技術常識U(マウスへの皮下注射関係)によれば、甲1においてフルベス10 トラントがマウスに皮下注射されていることをもって、ヒトに筋肉注射することを当業者が想到しないことにはならない。
ヒマシ油等の油を媒体として、ICI182,780 を含む医薬組成物を、ヒトに筋肉内注射した実績は多数あり、技術常識であったから、そもそもフルベストラントをヒトに筋肉内注射する際に「筋肉内注射した部位において沈殿が生15 じる」という医薬製剤として根本的な課題はクリアしていたものと当業者は認識していたものであり、フルベストラントをヒトに投与する際に筋肉注射以外を試みる方が困難である。
したがって、
「筋肉内注射した部位において沈殿が生じない」ことについて認識していなければ、甲1発明のフルベストラントをヒトに筋肉内注射する20 ことができないことを根拠として、無効理由2が成り立たないと判断した本件審決は誤りである。
仮に上記の点を措いても、技術常識V(沈殿の不発生関係)が存在するから、甲1に沈殿の不発生が明記されていないことを理由として、筋肉内注射によりヒトに投与することの容易想到性を否定することはできない。
25 ? 甲1に接する当業者においては、甲1発明のマウスに投与される予備製剤化した試験用組成物を、ヒトに投与するための筋肉内注射に適する医薬製剤13に用途転用することに動機付けがある。
ア 甲1の記載には、@フルベストラントが、がん治療薬を含むヒトの新薬開発を業とする世界的な創薬企業において治験中の女性の乳がん治療薬の有効成分であること、Aフルベストラントを有効成分として含む乳がん5 治療薬が、第U相試験において、約30ないし40%の良好な反応を示したこと、B創薬企業自身におけるヒトのがん治療薬の著名な研究者により、
最終製剤の設計に向けた製剤研究において「予備製剤化」されたものが提供されたものであること(甲104〜106、111〜128)、及びCフルベストラントは、マウスへの媒体0.1ml中5mgの投与量での週110 回の注射での皮下投与により、「子宮内膜に対する内因性エストロゲンの効果を防ぐ」「活性を保持していた」ことが開示されているといえる。そのため、甲1に接する当業者は、甲1発明の組成に加え、上記@ないしCの開示事項を認識する。
そして、(ア)乳がんの治療薬を含む一般的な医薬品において、投与量を多15 くすれば、投与間隔を長くできる可能性があり、医薬品の開発の際には、
投与量と投与間隔を調整して、効能と副作用を観察すること、及び、抗がん剤治療において投与間隔を長くすることが好ましいことは、本件優先日前において、当業者にとって技術常識であった(甲96〜100)。また、
(イ)投与量を多くし、投与間隔を長くするために、例えば不水溶性・油溶性20 の有効成分であるステロイドホルモン等を、ヒマシ油等の油ベースの、共溶媒のアルコール類や安息香酸ベンジル等を添加した媒体に、できる限り多く良く溶かした、注射により投与される長時間作用型の医薬製剤は、従来から広く知られ用いられてきた(甲2、9、10、28、29、30等)。
したがって、甲1に接する当業者は、甲1発明に係る予備製剤の組成の25 設計思想・技術的意義が、訂正発明1と同様に、製剤研究において主に注射による投与量を多くし、長時間作用型として投与間隔を長くするように14調整したところにあることを、直ちに理解することができる。
そして、このような認識・理解に係る客観的かつ合理的な根拠に基づいて、甲1発明のマウスに投与される試験用組成物をヒトの医薬用途、特に女性の乳がん治療薬用途へ転用することを試みると、製剤研究において主5 に注射による投与量を多くし、長時間作用型として投与間隔を長くするように調整したものとして、成功するであろうことを期待するものということができ、それ故、かかる用途転用を試みる動機付けが十分にあるものといえる。
イ また、上記アの事情及び技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関10 係)、V’(忍容性関係)によれば、甲1に接する当業者において、甲1発明のマウスに投与される予備製剤化した試験用組成物をヒトの医薬用途へ転用することを試みる際、注射部位において少なくとも「忍容性が良好であること」が既に治験上実証済みである筋肉内注射ではなく、ヒトへの治験を行っていない皮下注射等の用法をあえて採用することは考え難い15 から、筋肉内注射に適するものとして適性を特定し、筋肉内注射されるように用法を変更することにも十分な動機付けがある。
技術常識U(マウスへの皮下注射関係)によれば、甲1発明が皮下注射によりマウスに投与される試験用組成物であることは、これを筋肉内注射によりヒトに投与される筋肉内注射に適する医薬製剤へ用途転用、適性特20 定及び用法変更することを阻害する事情には当たらない。また、仮に、当業者において上記用途転用、適性特定及び用途変更により多少の沈殿が予想されたとした場合でも、技術常識W(沈殿の許容関係)によれば、上記用途転用、適性特定及び用途変更を阻害する事情には当たらない。
エ 本件明細書等によれば、訂正発明1の効果は、注射後、長期間にわたっ25 て十分なフルベストラントを放出すること(段落【0041】 、及び治療)上有意なフルベストラント濃度を長期間にわたって達成できること(段落15【0043】)と一般的に記載され、具体的には、注射後少なくとも2週間は治療上有意のフルベストラント濃度を達成すること(段落【0023】、
【0024】【0025】、 )が記載されているとともに、持続放出という用語を用いる場合、少なくとも2週間のフルベストラント連続放出が達成さ5 れることを意味する(段落【0045】)と一般的に記載されている。
本件明細書等には、このような訂正発明1の効果を裏付けるための実験データとして、インビボウサギ試験の結果1例が記載されているが、ヒトの臨床試験その他の試験の結果は一切開示されておらず、インビボウサギ試験1例の結果としても、筋肉内注射後4日間を超える放出プロフィルは10 一切開示されていない。このように、本件明細書等における訂正発明1の効果に係る根拠の開示は極めて限られたものである。
そして、(a)当業者が前記ア@ないしCの甲1の開示事項を認識すること、
(b)甲1発明に係る予備製剤の組成の設計思想・技術的意義が、製剤研究において主に注射による投与量を多くし、長時間作用型として投与間隔を長15 くするように調整したところにあること、及び(c)技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関係)が存在することによれば、訂正発明1の構成、
すなわち甲1発明の上記用途転用・適性特定及び用法変更により奏される効果として、
「少なくとも2週間」程度の「徐放性」効果は、甲1に接する当業者において、上記用途転用・適性特定及び用法変更に当たり、容易に20 予測できた範囲のものである。
また、技術常識V’(忍容性関係)によれば、甲1発明の上記用途転用・適性特定及び用法変更により奏される効果として、筋肉内注射部位でフルベストラントの沈殿が可及的に抑制されて忍容性が良好である効果は、甲1に接する当業者において、上記用途転用・適性特定及び用法変更に当た25 り、容易に予測できた範囲のものである。
さらに、訂正発明1において筋肉内注射部位でフルベストラントの「沈16殿」が完全に抑制されて皆無である点について、仮にこの効果が奏されるとしても、当業者は、技術常識W(沈殿の許容関係)等を参酌することにより、フルベストラントの「沈殿」が可及的に抑制されて「忍容性が良好である」との効果を容易に予測することができるから、上記の効果は、こ5 のような当業者が容易に予測できる効果と比較して、がん治療薬として、
格別に顕著なものではない。
? 以上によれば、仮に、本件審決が認定した相違点1が存在するとしても、
甲1発明の医薬候補組成物(本件審決にいう試験用組成物)を、筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、筋肉内注射に適する医薬製10 剤として用いることは、本件優先日当時の当業者に容易想到であった。
そして、本件各訂正発明には相違点1以外の進歩性を左右する相違点はないから、本件各訂正発明は甲1発明から当業者が容易に想到することができた発明であり、本件各訂正発明の甲1発明に対する進歩性の有無に関する本件審決の判断は誤りである。
15 〔被告の主張〕? 原告が主張する技術常識はいずれも誤りである。また、技術常識U(マウスへの皮下注射関係)は、進歩性に関する原告の主張の根拠とならない。
技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関係)については、フルベストラントを含有する医薬製剤(販売名フェソロデックス)は、本件優先20 日当時、何れの国においても、未だ承認されていなかった(乙1〜8)。フルベストラントは乳がん治療薬として確立していたわけではなく、まして、
その投与方法として筋肉内注射が確立していたわけではない。本件優先日当時、フルベストラントは、未だ臨床開発の途中であり、第U相試験に続いて第V相試験の段階にあった。がんの分野における第V相試験の成功確25 率は、約50%にすぎない(乙25)。
また、フルベストラント含有製剤の中には、ヒトに対する筋肉内注射に17適していない多数の製剤が含まれる。甲4ないし6は、臨床試験中の製剤の組成が開示されておらず、これらの証拠によってフルベストラント含有製剤全般にわたる技術常識を立証することはできない。
技術常識U(マウスへの皮下注射関係)については、医薬製剤のPK(薬5 物動態)は、筋肉内注射と皮下注射とで異なる。当業者は、仮にヒトに対し筋肉内注射される製剤のPK(薬物動態)をマウスにより評価する場合であっても、マウスに対する皮下注射による実験を選択しない(乙1)。
仮に、「技術常識U(マウスへの皮下注射関係)」が存在しても、本件の争点は、当業者が「マウスへの皮下投与」から「ヒトへの筋肉内投与」に10 変更できるか否かであり、技術常識U(マウスへの皮下注射関係) 「ヒト(への筋肉内投与」から「マウスへの皮下投与」)とは順序が異なり、進歩性に関する主張の根拠とならない。
技術常識V(沈殿の不発生関係)又はV’(忍容性関係)については、沈殿生成は、フルベストラント以外の各種成分及びその濃度に強く依存する。
15 現に、本件明細書等では、フルベストラント製剤において、沈殿が生じる例が示されている。
加えて、フルベストラントの固体粒子が刺激を起こすことは、本件明細書等にて初めて見出されたものである(段落【0041】 「組織刺激/炎、
症は固体粒子の形のフルベストラントの存在によるものであると考えら20 れる。 ) 本件優先日において、
」。 フルベストラントを含有する医薬製剤全般について沈殿生成の技術常識が存在するわけではなかった(乙1)。
技術常識W(沈殿の許容関係)については、本件の全証拠によっても立証されていない。甲81の添付文書には、成分の沈殿及びそれに起因した局所刺激又は炎症に関する記載は見当たらず、甲81は本件とは関係しな25 い。
フルベストラントの沈殿の生成及びそれによる局所刺激及び炎症は、フ18ルベストラントを含有する筋肉内注射用の医薬製剤(以下「フルベストラント含有医薬製剤」という。)に特有の課題であり、本件各訂正発明の発明者によって初めて見出された新たな課題(本件明細書等段落【0041】)である。
5 仮に、ヒトに筋肉内注射されるがん治療薬の分野において、
「注射部位での副作用」(原因が沈殿か否かを問わない。 が技術常識であったとしても、
)フルベストラント含有医薬製剤には、注射部位での一般的な副作用に加えて、特有の課題が存在している。
? 甲1は、フルベストラントに関し、基礎研究(腫瘍の成長を促進する機序10 に関する。)において特定の仮説の検証のために研究用のモデルマウスに皮下投与される試験用組成物の発明を開示しているにとどまり、フルベストラント製剤の治療効果(例えば、血漿中濃度及び忍容性)を一切開示していないから(乙1)、甲1には相違点1に係る訂正発明1の構成の示唆がない。
また、甲1発明の製剤の組成は、本件優先日当時においてヒトに投与され15 ていた油性の長時間作用型筋肉内注射剤の組成の範囲の外にあるから、当業者は、甲1発明の製剤をヒトに投与しようと動機付けられることはなかった。
原告は、
〔原告の主張〕?のとおり、フルベストラントをヒトに筋肉内注射した実績は多数あるから、筋肉内注射した部位において沈殿が生じるという課題はクリアされていたと主張する。しかし、フルベストラント含有製剤を20 ヒトに筋肉内注射した例は、Zeneca Pharmaceuticals による試験に限られるのであり(甲4ないし6)、かつ、甲4及び6は、同一グループの一つの成果に関するものであって、実績が「多数」存在するわけではない。甲3及び8は、動物試験の結果に関するものである。また、甲3ないし6及び8には、
ヒトに筋肉内注射された製剤の組成の記載は存在しない。製剤の特性は、溶25 媒やその他の成分の組成(各成分及びその濃度)に大きく依存する。フルベストラント含有製剤はいずれの組成であっても筋肉内注射において沈殿を形19成しないとの前提が誤っている。
? 原告は、
〔原告の主張〕?ア@ないしCの事項が甲1において開示されていると主張する。
しかし、@(フルベストラントが、がん治療薬を含むヒトの新薬開発を業5 とする世界的な創薬企業において治験中の女性の乳がん治療薬の有効成分であること)については、前記1〔被告の主張〕?のとおり、本件優先日当時、
フルベストラントは、いまだ臨床開発の途中だったのであり、女性のがん治療薬の有効成分であることが確立していたわけではない。A(フルベストラントを有効成分として含む乳がん治療薬が、第U相試験において、約30な10 いし40%の良好な反応を示したこと)については、@の根拠となるものではない。
B(製薬企業自身におけるヒトのがん治療薬の著名な研究者により、最終製剤の設計に向けた製剤研究において「予備製剤化」されたものが提供されたものであること(甲104〜106、111〜128))については、原告15 は、甲1に記載された「preformulated」の日本語訳として「予備製剤化された」との語句を用いることにより、当該製剤があたかも最終製剤の設計に向けた医薬用の製剤研究の対象であったかのような印象を作出しているが、
「preformulated」は、より正確には「あらかじめ製剤化された」と訳されるべきであり、甲1においては、研究グループが追加の工程無しに当該製剤を20 そのまま使用できることを意味するものであって、最終製剤の設計に向けた製剤研究と結びつけることはできない。
C(フルベストラントは、マウスへの媒体0.1ml中5mgの投与量での週1回の注射での皮下投与により、「子宮内膜に対する内因性エストロゲンの効果を防ぐ」「活性を保持していた」こと)については、原告は、甲1に25 おける該当する試験の目的が治療であったかのような主張をするが、実際には、甲1においてフルベストラント含有製剤を健康なマウスに投与した目的20は、当該研究で使用された成分がエストロゲンを阻害する活性を示すことを確認することにあり、治療が目的ではないから、原告の上記主張は不正確又はミスリーディングである。
3 取消事由3(本件各訂正発明の甲4発明に対する進歩性の有無に関する判断5 の誤り)について〔原告の主張〕訂正発明1と甲4発明との相違点2(訂正発明1は、
「製剤の容積当たり30重量%以下の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり少なくとも1重量%の安息香酸ベンジル」を含むのに対し、甲4発明は、そのような特定10 がない点。 につき、
) 静脈内又は筋肉内注射医薬製剤がアルコール類を含むとともに、安息香酸ベンジルを含むことは、注射液における有効成分等の溶解度を向上させる目的であり、技術常識であったから(甲2の2、8〜10、28、
29) 相違点2は、
、 溶解度向上という周知の課題を解決するために着目されていたパラメータを、技術常識を考慮して当業者が適宜設定し得たものに過ぎず、
15 設計的事項である。
数値限定(「製剤の容積当たり30重量%以下の医薬的に許容できるアルコール類」、
「安息香酸ベンジルが製剤の容積当たり少なくとも1重量%」 につい)ても、少なくとも、医薬製剤に含まれる「アルコール類」を「医薬的に許容できる」量に制限することは当然のことであるし、また、溶解度を向上するとい20 う周知の課題を解決するために、医薬製剤が一定量以上の安息香酸ベンジルを含むという技術思想は本件優先日当時周知であったから、そのようにする動機付けがあるところ、数値自体に特別な技術的意義はなく、本件明細書等においても各数値範囲の技術的意義が実質的に開示されていない。
また、甲1は甲4の論文を参考文献として引用しており、そのような甲1に25 記載された甲1発明の溶媒と同じ具体的組成を甲4発明に用いる強い動機付けがある。そして、甲1発明の溶媒は本件明細書等の実施例F1と同一である。
21〔被告の主張〕? 相違点2は、訂正発明1と甲4発明との間の相違点であるが、本件各訂正発明は訂正発明1を更に特定したものであり、本件各訂正発明と甲4発明との間には相違点2以外の相違点もある。仮に相違点2の容易想到性が認めら5 れたとしても、相違点2以外の相違点についても容易想到性が認められるわけではない。
? 甲4発明において、ヒマシ油に加えて、エタノール、ベンジルアルコール、
安息香酸ベンジルを用いて甲1に記載された組成物と同じ組成(数値限定)とする動機付けはない。
10 原告が挙げる証拠は、フルベストラントに関して記載した文献ではない。
これらの証拠には、安息香酸ベンジル及びベンジルアルコールの濃度を本件各訂正発明の数値範囲に限定することについて、何らの記載も示唆もなく、
フルベストラントの徐放性や沈殿生成に関しても、特段の記載は見当たらない。
15 4 取消事由4(訂正発明18〜24、26〜34の実施可能要件違反の有無に関する判断の誤り)及び取消事由5(本件各訂正発明のサポート要件違反の有無に関する判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は、本件各訂正発明の課題を「少なくとも45mg/mlのフルベ20 ストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供する」ことであると判断したが、この「徐放性」が「徐放性が2週間以上継続する」ことを意味するとすれば、本件明細書等の図1を見ても4日目までしか血漿中フルベストラント濃度が確認されておらず、本件各訂正発明は、
そのような課題を解決できる物として製造できることが本件明細書等に記載さ25 れていないから、実施可能要件違反であり、かつ、そのような課題を解決できることが本件明細書等に記載されておらず、そのような課題を解決できると当22業者が理解することもできないから、サポート要件違反である。
〔被告の主張〕本件明細書等の段落【0052】(図1)には、フルベストラントの血漿中濃度を5日間にわたって測定したことが示されている。しかも、この血漿中濃度5 の測定は、51日間にわたるインビボウサギ試験の一環として行われた 【00(51】 。したがって、製剤の血漿中濃度は、5日間以上にわたって測定されて)いる。
そもそも、治療上有意の血漿中フルベストラント濃度を達成する期間は、本件各訂正発明の課題とは無関係である。本件審決も、
「訂正各発明の課題が、
『少10 なくとも2週間治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する』・・・とは解釈できない。」と正しく判断している。
第4 当裁判所の判断1 本件各訂正発明の技術的意義等? 特許請求の範囲15 本件訂正後の本件特許に係る特許請求の範囲は、別紙1記載のとおりである(前記第2の2)。
? 本件明細書等の記載本件明細書等のうち、明細書の記載は別紙3のとおり、図1は別紙4のとおりである。
20 ? 本件各訂正発明の概要ア 上記?の特許請求の範囲及び上記?の本件明細書等の記載によれば、本件各訂正発明の技術分野、背景技術、本件発明の効果は、以下のとおり認められる。
(ア) 技術分野25 本件各訂正発明は、化合物 7α-[9-(4,4,5,5,5-ペンタフルオロペンチルスルフィニル)ノニル]エストラ-1,3,5(10)-トリエン-3,17β-ジオールを含23有する、注射による投与に適する新規な徐放性(sustained release)医薬製剤に関するものであり、より具体的には、少なくとも1種類のアルコール、およびリシノレエートビヒクルに混和しうる少なくとも1種類の非水性エステル系溶剤をさらに含むリシノレエートビヒクル中の溶液5 として上記化合物を含有する、注射による投与に適する製剤に関するものである。(段落【0001】)(イ) 背景技術エストロゲン枯渇(oestrogen deprivation)は多くの良性及び悪性の胸部疾患又は生殖路疾患を治療するための基本である。 段落( 【0002】)10 エストロゲン消退(oestrogen withdrawal)のための他の方法は、エストロゲンに抗エストロゲン薬を拮抗させるものである。エストロゲン応答組織の核に存在するエストロゲン受容体(ER)への結合に対して競合する薬物である。一般的な非ステロイド系抗エストロゲン薬、例えばタモキシフェンはER結合に対して効果的に競合するが、それらは部15 分アゴニズムを示し、エストロゲン仲介活性の遮断が不完全であることにより、それらの有効性は制限されることが多い。(段落【0003】)非ステロイド系抗エストロゲン薬がアゴニスト性を示す可能性があるため、ERに高い親和性で結合する新規化合物の探索が進められた。そのような分子は「純粋な」抗エストロゲン薬であり、タモキシフェン様20 のリガンドとは明らかに区別され、エストロゲンがもつ作動作用(trophic effects)を完全に排除できる。そのような化合物はエストロゲン受容体ダウンレギュレーター(E.R.D.)と呼ばれる。
(段落【0004】)7α位にアルキルスルフィニル側鎖をもつステロイド系のエストラジオール類似体(analogues)は、エストロゲン活性のない最初の化合物例25 となった。これらのうち 7α-[9-(4,4,5,5,5-ペンタフルオロペンチルスルフィニル)ノニル]エストラ-1,3,5(10)-トリエン-3,17β-ジオールを、そ24の純粋なエストロゲンアンタゴニスト活性、及び他の抗エストロゲン薬より有意に高い抗エストロゲン力価に基づいて、集中的研究のために選択し、これについてのインビトロ所見及び初期の臨床試験から、エストロゲン依存性適応症、たとえば乳がん及び特定の良性婦人科症状に対す5 る 療 法 薬 と し て の 薬 物 の 開 発 に 関 心 が 向 け ら れ た 。 化 合 物 7α-[9-(4,4,5,5,5-ペンタフルオロペンチルスルフィニル)ノニル]エストラ-1,3,5(10)-トリエン-3,17β-ジオール、すなわち ICI 182,780 には国際的な非商標名フルベストラント(fulvestrant)が当てられた。
(段落【0005】 【0006】、 )10 フルベストラントはエストラジオールと類似の親和性でERに結合し、
エストラジオールがインビトロでヒト乳がん細胞に及ぼす成長刺激作用を完全に遮断する。フルベストラントはこの観点においてタモキシフェンより有効かつ効果的である。フルベストラントは臨床的に使用されているタモキシフェン又はトレミフェンのような抗エストロゲン薬に特徴15 的なエストロゲン様刺激活性をもたないので、腫瘍退縮がより迅速、完全、又は長時間持続性であり、処置に対する耐性の発生率や発生速度がより低く、腫瘍侵襲性が低下するといった特徴をもつ改良された療法活性を提供できる。(段落【0007】 【0008】、 )フルベストラントには、ステロイドを基本とする他の化合物と同様に、
20 これらの化合物の配合を困難にする物理的特性がある。フルベストラントは、他のステロイド系化合物と比較しても特に親油性の分子であり、
それの水溶性は約10ng/mlときわめて低い。(段落【0011】)現在、多数の徐放性注射用ステロイド製剤が市販されている。一般にこれらの製剤は油を溶剤として用い、さらに添加剤(excipients)が存在25 してもよい。市販の徐放性注射用製剤においては、多種多様な油が化合物の可溶化に用いられ、さらに安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール25及びエタノールなどの添加剤が用いられている。
(段落【0012】【0、
013】)USP5,183,814、例3にはフルベストラントの注射用油性製剤が記載されており、これは50mgのフルベストラント、400mgのベンジ5 ルアルコール、及び溶液を1mlの容積にするのに十分なヒマシ油を含む。この製剤の商業的規模での製造は、高いアルコール濃度のため複雑となるであろうから、フルベストラント製剤のアルコール濃度を低下させつつ、他方で製剤からフルベストラントが沈殿するのを防ぐ必要がある。(段落【0016】)10 (ウ) 本件発明の効果フルベストラントは他のいずれの油よりヒマシ油中において有意に溶解度が高い。しかし、本発明者らは、最良の油性溶剤であるヒマシ油を用いた場合ですら、フルベストラントを油性溶剤のみに溶解して低容積の注射で患者に投与するのに十分な高濃度を達成しかつ療法的に有意の15 放出速度を達成するのは不可能であることを見出した。 段落( 【0019】、
【0020】)現在、指針では5mlより多い液体を1回の注射で筋肉内に注射しないよう推奨している。1カ月の長時間作用型フルベストラントデポ製剤に必要な薬理活性用量は約250mgである。ヒマシ油のみに溶解する20 場合、フルベストラントは少なくとも10mlのヒマシ油中において投与する必要がある。フルベストラントが易溶性であり、かつヒマシ油と混和性である有機溶剤、たとえばアルコール類の添加を採用できる。高濃度のアルコール類を添加すると、ヒマシ油製剤中50mg/mlより高いフルベストラント濃度を達成でき、これにより5mlより少ない注25 射容積が得られる。本発明者らは、意外にもヒマシ油及びアルコール類に混和性である非水性エステル系溶剤の導入により予想外に容易にフル26ベストラントを少なくとも50mg/mlの濃度に可溶化できることを見出した。非水性エステル系溶剤中におけるフルベストラントの溶解度はアルコール中におけるフルベストラントの溶解度より有意に低いので、
この知見は予想外である。
(段落【0021】、
【0022】、
【0048】、
5 表3)本発明者らは予想外に、本発明の製剤が筋肉内注射後、長期間にわたって十分なフルベストラントを放出することを見出した。この知見は次の理由からみて確かに予想外である。@予め水性懸濁液剤の形の筋肉内フルベストラント注射試験を行った。注射部位における著しい局所組織10 刺激性及び低い放出プロフィル(release profile)が認められた。組織刺激/炎症は固体粒子の形のフルベストラントの存在によるものであると考えられる。放出プロフィルは注射部位の炎症/刺激の程度により測定され、変動性で制御が困難であると思われた。フルベストラント放出速度も臨床的に有意であるのに十分なほど高くなかった。AC 14 標識ベン15 ジルアルコールを用いた試験の所見は、それが注射部位から速やかに散逸し、投与後24時間以内に身体から排除されることを示す。Bエタノールは注射部位から少なくとも速やかに(直ちにではなくても)散逸すると予想される。C安息香酸ベンジルはヒトの肝臓でグリシンとの抱合により代謝されて尿中へ排出されることは既知である。 段落( 【0041】、
20 【0042】)本発明者らは、追加の可溶化添加剤(solubilising excipients)、すなわちアルコール類及び医薬的に許容できる非水性エステル系溶剤が製剤の注射後、製剤ビヒクル及び注射部位から直ちに排除されるにもかかわらず、本発明の製剤によればなお治療上有意なフルベストラント濃度を25 長期間にわたって達成できることを見出した。(段落【0043】)「持続放出(extended release)」という用語を用いる場合、少なくと27も2週間、フルベストラント連続放出が達成されることを意味する。好ましい態様においては、36日間の持続放出が達成される。
(段落【0045】)フルベストラントを油性液剤に単に可溶化することは、良好な放出プ5 ロフィル、又は注射後に薬物が注射部位に沈殿しないことを予測させるものではない。表3の結果から、フルベストラントは安息香酸ベンジル中における溶解度がアルコール類又はヒマシ油における溶解度より低いにもかかわらず、安息香酸ベンジルがヒマシ油中のフルベストラント溶解度にプラスの作用を及ぼすことが明らかに示される。段落( 【0047】)10 イ 前記アによれば、訂正発明1及び本件各訂正発明は、低容量の注射で、
必要な薬理活性容量を一度に患者に投与することができる高濃度を達成し、かつ、筋肉内注射後、長期間にわたって十分なフルベストラントを放出する(徐放性を有する)組成からなるフルベストラント医薬製剤に関するものであると認められる。
15 2 取消事由1(訂正発明18〜22,25〜29、32〜34の甲1発明に対する新規性の有無に関する判断の誤り)について? 甲1の記載内容は、別紙5「甲1の記載内容」のとおりである。
別紙5のとおりである甲1の記載内容によれば、甲1には本件審決が認定した甲1発明(前記第2の4?ア)が記載されていると認められる。
20 そして、甲1発明の内容に照らせば、訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、本件審決が認定した前記第2の4?イのとおりであると認められる。すなわち、訂正発明1と甲1発明との間には、本件審決が認定した相違点1(訂正発明1は、
「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、「筋肉内注射に適する医薬製剤」であるのに対し、甲1発明は、
」 「線25 維芽細胞成長因子(FGF)をトランスフェクトした乳癌細胞(MCF−7細胞)を注入された卵巣切除担癌マウスに対し皮下投与される、タモキシフ28ェン抵抗性の乳癌の機序としてFGFオートクリン活性を検証するための試験用」組成物である点。 があると認められ、
) 甲1発明に係る試験用組成物は、
ヒトに対する治療又は予防を行うためにヒトへ筋肉内投与することを前提とした組成物であるとは認められないから、上記相違点1は、実質的な相違点5 であり、訂正発明1は甲1発明とは異なる発明であって、新規性を有するものと認められる。
? 本件審決は、本件各訂正発明のうち、訂正発明2ないし14は、訂正発明1において、アルコール類と安息香酸ベンジルの含有量をさらに特定するものであるから、訂正発明2ないし14と甲1発明とは、少なくとも相違点110 において相違し、また、訂正発明15、16、18、29、32ないし34は、訂正発明1と同様に、筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤」「であり、
「筋肉内注射に適する医薬製剤」という発明特定事項を有し、訂正発明17、19ないし22、25ないし28は、訂正発明1、15、16又は18において、さらに成分の含有量、アルコール類の種類、用途等を特定す15 るものであるから、訂正発明15ないし22、25ないし29、32ないし34と甲1発明とは、少なくとも相違点1において相違するとし、このように、これらの訂正発明2ないし22,25ないし29,32ないし34は、
甲1発明とは、少なくとも相違点1において相違しており、甲1に記載された発明ではないと判断しているところ(別紙2「本件審決の理由の要旨」320 ?)、この判断は相当である。
? 原告の主張(前記第3の1〔原告の主張〕)に対する判断ア 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕?のとおり、甲1に記載された発明は医薬製剤であって、これを試験用組成物であると認定した本件審決は誤りであると主張する。
25 しかし、別紙5の甲1の記載内容によれば、甲1に記載された実験は、
タモキシフェン抵抗性のメカニズムを明らかにすることを目的として行29われたものであることが認められる。そして、甲1は、マウスに存在する少量のエストロゲンの影響を排除するために、FGF遺伝子をトランスフェクトした乳がん細胞が注入されたマウスに対し、抗エストロゲン薬として ICI 182,780(フルベストラント)を投与したところ、エストロゲン活5 性を排除しても腫瘍が増殖したことから、エストロゲン受容体(ER)とは別の作用機序として、FGF受容体を介したシグナル伝達、すなわち、
がん細胞が分泌したFGFが、自己のFGF受容体と結合することを介して、自己の増殖を活性化するというFGFオートクリン活性があるとの仮説を支持したものであると認められる。そうすると、甲1が、フルベスト10 ラントをヒトに対する治療用の医薬組成物として開示しているとは認められない。
甲1が掲載された雑誌ががん治療研究の雑誌であるからといって、これに掲載された記事に記載のある薬の全てがヒトに対する治療用の医薬組成物に該当すると認められることにはならない。また、甲1の「Drugs」15 の箇所に ICI182,780 が記載されているとしても、
「Drug」の語はヒトに対して投与される医薬品以外の薬を意味することもあるから(甲54) これ、
によって ICI182,780 がヒトに対する治療用の医薬組成物に該当すると認められることにはならない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
20 イ 原告は、前記第3の1〔原告の主張〕?のとおり、甲1発明のフルベストラントは、筋肉内注射による投与が予定されているものであり、これは本件優先日当時の当業者に知られていた事項であるから、本件各訂正発明の「筋肉内注射によりヒトに投与するための」という発明特定事項は、実質的な相違点ではないと主張する。
25 しかし、そもそも甲1は、フルベストラントをヒトに対する治療用の医薬組成物として開示していないのであるから、仮にフルベストラントをヒ30トに投与する場合には筋肉内注射をするということが技術常識といえるとしても、そのことにより、ヒトに投与するための医薬製剤か、マウスに対し投与される試験用組成物かという点に係る相違点1が、訂正発明1と甲1発明との実質的な相違点でなくなることはない。
5 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
? なお、原告は、訂正発明1は甲1発明を主引例として新規性を欠如するとの意見が記載された意見書(甲80)を証拠として提出する。
上記意見書は、当業者が、甲1の記載に接すれば、甲1発明の製剤が、マウスにおける乳がん細胞を増殖させるエストロゲン活性を排除する効果があ10 ったことを容易に看取することができるから、甲1発明において、訂正発明1に係る組成物がマウスの乳がん細胞の増殖を抑制させることが開示されているとの内容を前提として、新規性が認められないとの結論を述べている。
しかし、甲1に記載された実験では、FGF遺伝子をトランスフェクトした乳がん細胞が注入されたマウスに、ICI182,780(フルベストラント)を皮15 下投与して、マウスに存在する少量のエストロゲンによるエストロゲン活性を排除したが、乳がん細胞の増殖が抑制されなかったものである。そうすると、当業者が、甲1の記載から、甲1記載の組成物についてマウスの乳がん細胞の増殖を抑制させる製剤であると把握するとは認められない。
そうすると、上記意見書の意見は、その前提が誤っており、採用すること20 ができず、上記意見書をもって、前記?の結論は左右されない。
? 取消事由1に関する結論以上によれば、訂正発明18〜22,25〜29、32〜34の甲1発明に対する新規性の有無に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由1には理由がない。
25 3 取消事由2(本件各訂正発明の甲1発明に対する進歩性の有無に関する判断の誤り)について31?ア 前記2?アのとおり、甲1は、マウスに存在する少量のエストロゲンの影響を排除するために、FGF遺伝子をトランスフェクトした乳がん細胞が注入されたマウスに対し、抗エストロゲン薬として ICI 182,780(フルベストラント)を投与する実験を行ったところ、エストロゲン活性を排除5 しても腫瘍が増殖したことから、エストロゲン受容体(ER)とは別の作用機序として、FGF受容体を介したシグナル伝達、すなわち、がん細胞が分泌したFGFが、自己のFGF受容体と結合することを介して、自己の増殖を活性化するというFGFオートクリン活性があるとの仮説を支持したものである。このように、甲1において、フルベストラントが抗エス10 トロゲン薬であることは開示されているものの、上記実験における補助剤としてマウスに使用されており、かつ、これを投与しても腫瘍の増殖が抑えられなかったものである。
これに対し、訂正発明1及び本件各訂正発明は、低容量の注射で、必要な薬理活性容量を一度に患者に投与することができる高濃度を達成し、か15 つ、筋肉内注射後、長期間にわたって十分なフルベストラントを放出する(徐放性を有する)組成からなるフルベストラント医薬製剤に関するものである(前記1?イ)。
イ 本件明細書等では、@最良の油性溶剤であるヒマシ油を用いた場合ですら、フルベストラントを油性溶剤のみに溶解して低容積の注射で患者に投20 与するのに十分な高濃度を達成しかつ療法的に有意の放出速度を達成するのは不可能であるところ、ヒマシ油及びアルコール類に混和性である非水性エステル系溶剤の導入により、容易にフルベストラントを少なくとも50mg/mlの濃度に可溶化できるとの知見が見出されたが、非水性エステル系溶剤中におけるフルベストラントの溶解度はアルコール中にお25 けるフルベストラントの溶解度より有意に低いものであること、エタノールは注射部位から少なくとも速やかに散逸すると予想されること、安息香32酸ベンジルはヒトの肝臓でグリシンとの抱合により代謝されて尿中へ排出されることが既知であることからすると、上記知見は予想外であったとされている(段落【0021】【0022】、 、前記1?ア(ウ))。また、A本件特許に係る発明の製剤が、筋肉内注射後、長期間にわたって十分なフル5 ベストラントを放出するとの知見が見出されたが、あらかじめ水性懸濁液剤の形の筋肉内フルベストラント注射試験を行ったところ、注射部位における著しい局所組織刺激性及び低い放出プロフィルが認められたこと、及び、C 14標識ベンジルアルコールを用いた試験の所見は、それが注射部位から速やかに散逸し、投与後24時間以内に身体から排除されることを示10 すものであったことからすると、上記知見は予想外であったとされている(段落【0041】、前記1?ア(ウ))。そして、本件明細書等では、本件特許に係る発明の製剤をインビボウサギ試験に用いて、フルベストラントの沈殿及び放出プロフィルの測定を行っている(別紙3、段落【0052】、
別紙4、【図1】 。
)15 ウ このように、甲1では、フルベストラントを投与しても腫瘍の増殖が抑えられなかったとされていたこと等の事情(前記ア) 及び本件明細書等に、
は、本件各訂正発明に係る知見に予想外のものがある旨記載されていること等の事情(前記イ)を総合すれば、甲1に示された組成物をそのままヒトの医薬用途に使用して治療剤とし、さらには、試験用組成物としてマウ20 スの皮下注射に使用した組成物をそのままの組成でヒトに対して筋肉内注射に用いる動機があるとは認められない。
したがって、甲1発明はタモキシフェン抵抗性の乳がんの機序としてFGFオートクリン活性を検証するための試験用組成物であるところ、これを「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、筋肉内注25 射に適する医薬製剤」とすることによって、相違点1に係る訂正発明1の構成を導くことは、当業者が容易に想到できたものであるとは認められな33い。
? 本件審決は、本件各訂正発明を含む訂正発明2ないし34について、訂正発明1と同様に、相違点1に係る訂正発明1の構成を有する、又は相違点1を更に特定した発明特定事項を有するから、訂正発明2ないし34と甲1発5 明とは、少なくとも相違点1において相違し、甲1発明を相違点1に係る訂正発明1の構成を有するものとすることを当業者が容易に想到することができたとはいえない以上、訂正発明2ないし34も、甲1に記載された発明に基づき、他の文献に記載された事項、周知技術又は技術常識を考慮して、当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断しているところ10 (別紙2「本件審決の理由の要旨」4?)、この判断は相当である。
? 原告の主張(前記第3の2〔原告の主張〕)に対する判断ア 原告は、前記第3の2〔原告の主張〕?のとおり、技術常識T、U、V又はV’、及びWが存在し、これらの技術常識又は技術水準が、本件各発明が甲1発明に対する進歩性を欠くことの根拠となる旨主張する。しかし、
15 以下のとおり、原告主張の技術常識が存在すると認めることはできず、また、仮にある程度の技術常識が存在したとしても、本件各訂正発明に至る動機付けがあったとは認められない。
(ア) 技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関係)についてフルベストラントを含有する医薬製剤は、本件優先日当時、臨床試験20 中であったのであって、いずれの国においてもいまだ承認されていなかったから(乙1、9)、フルベストラントが乳がん治療薬として確立していたとは認められない。したがって、技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関係)が存在したとは認められない。
もっとも、本件優先日当時実施されていたフルベストラントに関する25 薬物動態の試験(PK試験)及び臨床試験の結果(甲4〜6)によれば、
本件優先日当時、フルベストラントが、乳がん治療薬として使用される34可能性があるものとして治験中であり、治験においては筋肉内注射により投与されていることが技術常識であったという余地はある。しかし、
このような技術常識があるとしても、甲1の文献において抗エストロゲン薬としてマウスに投与された組成物を、その組成のまま、直ちにヒト5 に対して筋肉内注射により投与する医薬製剤として用いることができると、当業者が容易に認識するとは認められない。
(イ) 技術常識U(マウスへの皮下注射関係)について原告が挙げる文献(甲2の2、13、36、75〜78)には、マウス等の小さな実験動物種については、筋肉内注射が困難である旨の記載10 や、ヒトに投与する場合に筋肉内注射を行う薬剤についてマウス等の小さな実験動物種を用いた試験では皮下に投与された例の記載等があるものの、ラットに筋肉内注射をした旨の記載も存在しており(甲2の2・例3)、上記文献の記載によっても、原告が主張する技術常識U(マウスへの皮下注射関係)が本件優先日当時に存在したとまでは認められない。
15 また、仮に、技術常識U(マウスへの皮下注射関係)が存在するとしても、マウスを用いた実験において皮下注射した薬剤であれば、常にヒトに対しては筋肉内注射をするという技術常識があるということにはならない。
さらに、「ヒトに投与するときに筋肉内注射する医薬製剤であっても、
20 マウスを用いた実験においては皮下注射されることがある」という限度で技術常識が存在するとしても、マウスに皮下注射した薬剤の組成と同一の組成の薬剤をヒトに筋肉内注射することが技術常識であるとは認められず、まして、甲1発明でマウスに投与されたフルベストラントは、
仮説検証のための実験において、エストロゲン活性を排除するための補25 助剤として用いられているのであって、このフルベストラントの組成と同一の組成の薬剤をヒトに筋肉内注射することが動機付けられるとはい35えない。
(ウ) 技術常識V(沈殿の不発生関係)又はV’(忍容性関係)について原告は、技術常識V(沈殿の不発生関係)又はV’(忍容性関係)の根拠として複数の文献を挙げるが、以下のとおり、これらの文献によって、
5 技術常識V(沈殿の不発生関係)又はV’(忍容性関係)の存在が裏付けられるとは認められない。
すなわち、甲4及び6はフルベストラント含有製剤を用いた試験について記載されているが、これらの文献では試験で用いた製剤の具体的な組成が明らかにされていない。また、フルベストラント製剤の沈殿生成10 の有無は、フルベストラント以外の成分やその濃度によって結果が異なる(本件明細書等段落【0051】、甲57)。そうすると、甲4及び6のフルベストラント製剤につき、投与部位における良好な忍容性が認められたとしても、いかなる組成のフルベストラント含有製剤において良好な忍容性が認められるのか明らかでなく、かつ、任意の組成のフルベ15 ストラント製剤について筋肉内注射した部位において忍容性が良好であると認められることにはならない。
原告は、フルベストラントをヒトに筋肉内注射する際の注射部位での沈殿の有無及び程度が問題とされる場合には、技術常識の基準時は、本件優先日ではなく、本件特許に係る国際出願の日と解すべきであるとし20 た上で、本件優先日後に発行された文献である甲85、86を挙げ、これらの文献も技術常識V(沈殿の不発生関係)又はV’(忍容性関係)の根拠となると主張する。しかし、甲85、86はフルベストラント製剤に関するものであるが、これらの文献には当該製剤の具体的な組成が記載されていない上、このような二つの文献の記載をもって、フルベスト25 ラント製剤が、その具体的な組成にかかわらず、これを筋肉内注射した部位において沈殿が生じないとか、忍容性が良好であるとの技術常識が36存在すると認めることはできない。
その他の文献(甲9、22、73、74、79)は、フルベストラントに関する言及が存在しないので、技術常識V(沈殿の不発生関係)又はV’(忍容性関係)の根拠となるとは認められない。
5 (エ) 技術常識W(沈殿の許容関係)原告は、技術常識W(沈殿の許容関係)の根拠として、甲81の添付文書を挙げる。甲81の添付文書は、我が国において許認可を受けて販売されており、筋肉内注射によって投与されるがん治療薬の添付文書であるところ、原告は、これらの添付文書に、注射部位での疼痛等が副作10 用や適用上の注意として記載されたものが多数あることから、疼痛等が多少は許容されているのが技術常識であると主張する。しかし、甲81の添付文書には、沈殿に関する説明は存在しないから、これらの添付文書をもって、技術常識W(沈殿の許容関係)が存在すると認めることはできない。
15 また、原告は、フルベストラントその他のがん治療薬をヒトに筋肉内注射する際の注射部位での忍容性が良好であったことを示す証拠(甲4、
6、9、85、86等)は、注射部位で疼痛、硬結、腫脹、発赤等を引き起こし得る沈殿が多少であれば許容され得るという技術常識W(沈殿の許容関係)の根拠となる旨主張する。しかし、原告の摘示する上記の20 証拠には、個別の製剤において筋肉内注射した部位における忍容性が良好であった旨の記載があるにとどまり、それらのいずれにも、沈殿との関連性は示されていない。フルベストラント製剤の沈殿生成の有無は、
フルベストラント以外の成分やその濃度によって結果が異なるところ(本件明細書等段落【0051】、甲57)、原告の摘示する上記の証拠25 のうち甲4,6,85,86はフルベストラント製剤であるものの、その具体的組成は不明であり、それらにおける沈殿の有無・程度は明らか37でない。そうすると、原告が摘示する上記の証拠によって、技術常識W(沈殿の許容関係)のように一般的に注射部位での沈殿が多少であれば許容されるとの技術常識が存在するとは認められず、その他に、技術常識W(沈殿の許容関係)が存在することを認めるに足りる証拠はない。
5 (オ) 以上によれば、原告が主張する技術常識はいずれも認められず、また、
仮にある程度の技術常識が存在したとしても、本件各訂正発明に至る動機付けがあったとは認められない。
イ 原告は、前記第3の2〔原告の主張〕?ないし?のとおり、フルベストラントは筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、甲110 発明の医薬候補組成物を筋肉内注射に適する医薬製剤として用いることは、本件優先日当時の当業者に容易想到であったと主張する。
しかし、前記?のとおり、甲1において、フルベストラントは実験における補助剤としてマウスに使用されており、かつ、これを投与しても腫瘍の増殖が抑えられなかったのであるから、甲1に示された組成物をそのま15 まヒトの医薬用途に使用して治療剤とする動機付けがあったとは認められず、当業者が、甲1の記載から、フルベストラントを医薬製剤としてヒトに投与することを当然に想定するとは認められない。甲1の「Drugs」の箇所に ICI182,780 が記載されているとしても、
「Drug」の語はヒトに対して投与される医薬品のみを意味するものではないから(前記2?ア) こ、
20 の記載によって、当業者が、甲1の記載から、フルベストラントを医薬製剤としてヒトに投与することを想定すると認めることはできない。
また、仮に、フルベストラントを含む製剤をヒトに投与する場合には筋肉内注射を行うということが技術常識であったとしても、マウスに皮下注射した薬剤の組成と同一の組成の薬剤をヒトに筋肉内注射することが技25 術常識であるとは認められず、まして、甲1発明でマウスに投与されたフルベストラントは、仮説検証のための実験において、エストロゲン活性を38排除するための補助剤として用いられているのであって、このフルベストラントの組成と同一の組成の薬剤をヒトに筋肉内注射することが動機付けられるとはいえず、このことは、前記ア(イ)に説示したところと同様である。
5 さらに、仮に、前記第3の2〔原告の主張〕?アの@ないしCの事項が甲1において開示されており、かつ同(ア)及び(イ)の技術常識が存在するとしても、甲1において、フルベストラントは、エストロゲンの影響を排除するための補助剤として用いられたものである。そうすると、このように、
エストロゲンの影響を排除するための補助剤として用いられているにと10 どまるフルベストラントについて、当業者が、甲1発明に係る予備製剤の組成の設計思想・技術的意義は、製剤研究において主に注射による投与量を多くし、長時間作用型として投与間隔を長くするように調整したところにあると認識すると認めることはできず、また、甲1で用いられたフルベストラント製剤の組成をそのままヒトの医薬に転用する動機付けがある15 と認めることもできない。
原告は、技術常識T、U、V又はV’、及びWに基づく主張もするが、これらの技術常識が存在すると認められないことは、前記アのとおりである。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
? 原告が提出する意見書(甲80、前記2?)には、甲1を主引用例とした20 場合に、本件各訂正発明は進歩性が認められない旨の意見が記載されている。
上記意見書の意見は、当業者が、甲1の記載に接すれば、甲1発明の製剤が、マウスにおける乳がん細胞を増殖させるエストロゲン活性を排除する効果があったことを容易に看取することができるから、甲1発明においては訂正発明1に係る組成物がマウスの乳がん細胞の増殖を抑制させることが開示25 されているとの内容を前提としている。しかし、当業者が、甲1の記載から、
甲1記載の組成物についてマウスの乳がん細胞の増殖を抑制させる製剤であ39ると把握するとは認められないことは、前記2?のとおりである。また、上記意見書は、進歩性については、原告の主張する技術常識T(フルベストラントの筋肉内注射関係)、U(マウスへの皮下注射関係)、V(沈殿の不発生関係)及びW(沈殿の許容関係)が存在することを前提とする内容であると5 ころ、これらの技術常識が存在すると認められないことは前記?アのとおりである。
したがって、上記意見書の意見はその前提を欠くものであって採用できず、
上記意見書をもって、前記?の結論は左右されない。
? 取消事由2に関する結論10 以上によれば、本件各訂正発明の甲1発明に対する進歩性の有無に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由2には理由がない。
4 取消事由3(本件各訂正発明の甲4発明に対する進歩性の有無に関する判断の誤り)について? 甲4の記載内容によれば、甲4には本件審決が認定した甲4発明(前記第15 2の4?ウ)が記載されていると認められる。
そして、この甲4発明の内容に照らせば、訂正発明1と甲4発明との一致点及び相違点は、本件審決が認定した前記第2の4?エのとおりであると認められる。
なお、甲4発明の内容並びに訂正発明1と甲4発明との一致点及び相違点20 (相違点2 訂正発明1は、「製剤の容積当たり30重量%以下の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり少なくとも1重量%の安息香酸ベンジル」を含むのに対し、甲4発明は、そのような特定がない点。)については、原告も争っていない。
? 前記2?、3?、3?ア(イ)のとおり、甲1発明は、タモキシフェン抵抗性25 の機序としてのFGFオートクリン活性を検証することを目的とした試験の補助剤としてマウスに皮下投与して使用される試験用組成物であるから、ヒ40トに筋肉内注射するための製剤である甲4発明において、目的も投与方法も異なる甲1に記載された組成の溶剤を使用することが動機付けられるとは認められない。
また、甲4発明はヒマシ油ベースの媒体であるが、用いることが可能な添5 加物として多数存在するものの中から、エタノール、ベンジルアルコール及び安息香酸ベンジルを選択し、さらにそれぞれの添加物の含有量を特定することが容易であるとは認められない。
したがって、甲4発明について、
「製剤の容積当たり30重量%以下の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり少なくとも1重量%の安息10 香酸ベンジル」という特定をすることによって、相違点2に係る訂正発明1の構成を導くことは、当業者が容易に想到できたものであるとは認められない。
? 本件審決は、本件各訂正発明(訂正発明18ないし34)を含む訂正発明2ないし34につき、相違点2に係る訂正発明1の構成を有する、又は相違15 点2を更に特定した発明特定事項を有するから、訂正発明2ないし34と甲4発明とは、少なくとも相違点2において相違しており、甲4発明を相違点2に係る訂正発明1の構成を有するものとすることを当業者が容易に想到することができたとはいえない以上、訂正発明2ないし34も、甲4に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものではないと20 判断しているところ(別紙2「本件審決の理由の要旨」5?)、この判断は相当である。
? 原告の主張(前記第3の3〔原告の主張〕)に対する判断原告は、相違点2は、溶解度向上という周知の課題を解決するために着目されていたパラメータを、技術常識を考慮して当業者が適宜設定し得たもの25 に過ぎず、設計的事項であるとか、相違点2に係る数値限定の数値自体に特別な技術的意義はないから、容易想到であった旨主張する。
41しかし、本件明細書等の段落【0047】、
【0048】及び表3によれば、
安息香酸ベンジルの有無及び配合量を変化させた場合に、ヒマシ油中におけるフルベストラント溶解度に影響が及ぶことが確認されているから、フルベストラント製剤の共溶媒の配合割合には技術的意義があると認められ、その5 配合割合は設計的事項にとどまるとはいえない。
甲1において甲4を参考文献として引用しているとしても、甲1においてフルベストラントが抗タモキシフェン薬としてマウスに皮下投与されているにすぎないことからすれば、甲1発明の溶媒と同じ具体的組成を、乳癌治療用医薬製剤の発明である甲4発明に適用する動機付けがあると認めることは10 できない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
? 取消事由3に関する結論以上によれば、本件各訂正発明の甲4発明に対する進歩性の有無に関する本件審決の判断に誤りはなく、取消事由3には理由がない。
15 5 取消事由4(訂正発明18〜24、26〜34の実施可能要件違反の有無に関する判断の誤り)及び取消事由5(本件各訂正発明のサポート要件違反の有無に関する判断の誤り)? 実施可能要件違反について特許法36条4項に規定する実施可能要件については、明細書の発明の詳20 細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、
過度の試行錯誤を要することなく、特許請求の範囲に記載された発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているかを検討すべきである。
本件明細書等では、エタノール[96%](10%)、ベンジルアルコール(10%)及び安息香酸ベンジル(15%)について、65mg/mlとい25 う十分なフルベストラント溶解度を有することが確認されており(段落【0047】 0048】 表3) フルベストラント、
【 、 、 (5%) エタノール、 [96%]42(10%)、ベンジルアルコール(10%)及び安息香酸ベンジル(15%)を含み、ヒマシ油で容積調整した製剤を「製剤F1」と呼び、この製剤F1について、インビボウサギ試験を行い、5日間にわたってフルベストラントの沈殿及び放出プロフィルを測定したところ、均一な放出プロフィルを示し、
5 フルベストラントの沈殿の証拠がなかったことが確認されている。そのため、
本件明細書等の発明の詳細な説明によれば、本件明細書等の「製剤F1」、すなわち「エタノール10重量%、ベンジルアルコール10重量%、安息香酸ベンジル15重量%、十分な量のヒマシ油」である組成の溶剤とすることにより、少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含み、筋肉内注射に10 よりヒトに投与し、乳がんの治療に用いるための徐放性の医薬製剤を、当業者が過度な試行錯誤を要することなく製造し使用できることを理解することができると認められる。
そして、本件各訂正発明(訂正発明18ないし34)は、本件明細書等の「製剤F1」の溶剤と比較すると、溶剤の種類が同一であり、各溶剤の含有15 量が同一又は近似しているといえるから、本件各訂正発明は、当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造し使用することができたものと認められる。
したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明は、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、
本件各訂正発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認めら20 れる。したがって、本件各訂正発明について、実施可能要件違反は認められない。
? サポート要件違反について特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載され25 た発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである43か否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
本件特許に係る特許請求の範囲の記載及び本件各訂正発明の概要(前記15 ?)によれば、本件各訂正発明の課題は、少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供することであると認められる。
前記?によれば、本件明細書等において、製剤F1について、ウサギに筋肉内注射した際に、注射部位に沈殿が生じず、徐放性を有することが確認さ10 れており、製剤F1については、
「少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供する」という課題を解決できることが具体的に確認されている。
そして、前記?のとおり、本件各訂正発明は、溶剤の種類が製剤F1と同一であり、各溶剤の含有量が製剤F1と同一又は近似している。
15 したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時における技術常識に照らし、本件各訂正発明は、当業者が上記の課題を十分に解決できると認識できる範囲のものであり、かつ、発明の詳細な説明に記載されたものと認められる。したがって、本件各訂正発明について、サポート要件違反は認められない。
20 ? 原告の主張(前記第3の4〔原告の主張〕)に対する判断原告は、本件各訂正発明の課題(前記?)にいう「徐放性」が「徐放性が2週間以上継続する」ことを意味するとすれば、本件明細書等では4日目までしか血漿中フルベストラント濃度が確認されておらず、本件各訂正発明は、
そのような課題を解決できる物として製造できることが本件明細書等に記載25 されていないから、実施可能要件違反であり、かつ、そのような課題を解決できることが本件明細書等に記載されておらず、そのような課題を解決でき44ると当業者が理解することもできないから、サポート要件違反であると主張する。
しかし、本件各訂正発明の特許請求の範囲の記載には、徐放性が2週間以上継続するものであるとの内容は含まれていないから、本件明細書等におい5 て2週間の徐放性が継続することが確認されていないことをもって、本件各訂正発明が実施可能要件に違反するとは認められないまた、本件明細書等には、
「2週間治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する」と記載された段落があるが(段落【0023】 【0024】 、
、 )段落【0023】には、
「本発明の1態様として…少なくとも2週間は治療上10 有意の血漿フルベストラント濃度を達成する医薬製剤を提供する。」と記載され、段落【0024】には、
「本発明の他の態様は、…少なくとも2週間は治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する医薬製剤である。」と記載されており、これらの段落全体の記載からすれば、これらは発明の一つの態様として記載されたものと認められ、本件各訂正発明の課題が、
「少なくと15 も2週間治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する」 あるいは、 「徐放性が2週間以上継続する」ことを示す記載であるとは認められない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
? 取消事由4及び5に関する結論以上によれば、本件審決の、本件各訂正発明(訂正発明18ないし34)20 の実施可能要件の有無に関する判断及びサポート要件違反の有無に関する判断に誤りはなく、取消事由4及び5には理由がない。
6 結論以上のとおりであり、原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく、本件審決のうち請求項18ないし34に係る部分について、これを取り消すべき違25 法はない。したがって、原告の請求は棄却されるべきである。
よって、主文のとおり判決する。
45知的財産高等裁判所第3部5裁判長裁判官中 平 健10裁判官今 井 弘 晃15裁判官水 野 正 則20(別紙1特許請求の範囲、別紙3明細書 写し省略 )46別紙2本件審決の理由の要旨1 無効理由4:実施可能要件違反(請求項1〜17理由あり、請求項18〜24、
5 26〜34理由なし)? 訂正発明1ないし17についてア 本件明細書等の発明の詳細な説明によれば、
「製剤F1」に対応する「エタノール10重量%、ベンジルアルコール10重量%、安息香酸ベンジル15重量%、十分な量のヒマシ油」である組成の溶剤とすることにより、少なく10 とも45mg/mlのフルベストラントを含み、筋肉内注射によりヒトに投与し、乳がんの治療に用いるための徐放性の医薬製剤を、当業者が過度な試行錯誤を要することなく製造し使用できることを、当業者は理解することができる。
(本件明細書等段落【0005】、
【0051】 【0052】 図1)表、 、
イ 他方、本件明細書等の表3には、エタノール5重量%、ベンジルアルコー15 ル5重量%及び安息香酸ベンジル15重量%、ヒマシ油100重量%になる量の場合にはフルベストラント溶解度が36mg/mlであり、少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含む製剤を調製できないことが示されている。
ウ また、本件明細書等には、訂正発明1の組成の溶剤を用いる場合に、表320 及び表4に記載された組成の溶剤以外に、どのようなアルコール類を用い、
各溶剤の含有量をどの範囲に設定すれば、少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含む製剤を調製することができるかについて、具体的な指針が記載されていない。
エ 以上を総合すると、本件明細書等において、実際にウサギに筋肉内注射し25 て、注射部位における沈殿の有無やフルベストラントの血漿濃度の変化を測定し、筋肉内注射により投与するための医薬製剤として使用できることを確認しているのは、
「製剤F1」のみであり、アルコール類の種類と、アルコール類と安息香酸ベンジルとの含有量とが、筋肉内注射した場合の沈殿や徐放性にどの程度影響するのかを、当業者が本件明細書等の記載から理解することはできない。
5 また、本件特許の出願時において、医薬的に許容できるアルコール類、安息香酸ベンジル及びヒマシ油を含む混合溶剤におけるフルベストラントの溶解性について、どのようなアルコール類を使用できるか、また、各溶剤の含有量をどの程度とすればフルベストラントの溶解性が向上するかについて、
何らかの技術常識があったともいえない。
10 オ そうすると、本件特許の出願時の技術常識に照らし、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載により、医薬的に許容できるアルコール類の種類も各溶剤の含有量もが「製剤F1」と大きく異なる組成の溶剤を含む訂正発明1に係る医薬製剤を製造し使用するためには、当業者が過度の試行錯誤を要するといえる。
15 カ したがって、訂正発明1に係る本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、
実施可能要件を満たしていない。
キ 訂正発明2ないし17は、訂正発明1と同様の理由により、これらの訂正発明に係る医薬製剤を製造し使用するためには、当業者が過度の試行錯誤を要するといえる。
20 ? 訂正発明28ないし34についてア 訂正発明28は、訂正発明25に係る医薬製剤を含有する「注射器又はバイアル」であるところ、訂正発明25に係る医薬製剤は、訂正発明1ないし16及び18ないし24のいずれかにおいて溶剤を「10重量%のエタノール、10重量%のベンジルアルコール、15重量%の安息香酸ベンジル、十25 分な量のヒマシ油」に特定したものであって、この組成の溶剤は「製剤F1」に対応するものであるから、訂正発明25に係る医薬製剤は、当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造し使用することができたものである。そうすると、訂正発明28も当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造し使用することができたものである。
イ 訂正発明29ないし34は、いずれも訂正発明28と同様に「製剤F1」5 に対応する組成の溶剤を有するものであり、当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造し使用することができたものである。
? 訂正発明18ないし24、26、27についてア 訂正発明18ないし21における溶剤は、
「製剤F1」の溶剤とアルコール類の種類が同じであり、各溶剤の含有量が近似するものであるから、当業者10 が過度の試行錯誤を要することなく製造し使用することができたものである。
イ 訂正発明22ないし24は訂正発明21をさらに特定したもの、訂正発明26は訂正発明21又は25をさらに特定したもの、訂正発明27は訂正発明21又は25において医薬製剤の調剤におけるフルベストラントの使用の発明であるから、いずれも、当業者が過度の試行錯誤を要することなく製造15 し使用することができたものである。
2 無効理由5:サポート要件違反(請求項1〜17理由あり、請求項18〜34理由なし)? 訂正発明1ないし34の課題について特許請求の範囲の記載及び本件明細書等の段落【0001】〜【0021】の20 従来技術の記載によれば、訂正発明1ないし34の課題は、
「少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供する」ことであると認められる。
? 訂正発明1ないし34の課題が解決できる範囲についてア 本件明細書等において、上記?の課題を解決できることが具体的に確認さ25 れているのは、ウサギに筋肉内注射した際に、注射部位に沈殿が生じず、徐放性を有することが確認された「製剤F1」のみである。
イ 本件明細書等には、アルコール類としてエタノールとベンジルアルコール以外に使用できるものは記載されていないし、表3によれば、エタノールの含有量が5重量%変化しても、フルベストラントの溶解度が36mg/mlと54mg/mlのように大きく変化することが示されている。
5 また、フルベストラントの溶解度がアルコールとヒマシ油よりも低い安息香酸ベンジルが、予想外にもヒマシ油のフルベストラントの溶解度にプラスの作用を及ぼすことが示されているものの(段落【0022】 【0047】、 、
【0048】 、表3及び表4において安息香酸ベンジルの含有量は15重)量%で固定され、含有量を変化させた場合にフルベストラントの溶解度がど10 のように変化するのかについて指針となる記載もない。
さらに、本件明細書等には、製剤F1におけるヒマシ油を変更すると、注射部位に沈殿が生じ、徐放性に劣ることが示されているものの、アルコール類の種類やアルコール類と安息香酸ベンジルの含有量が変化した場合に、注射部位における沈殿と徐放性がどのように変化するのかは明らかではない。
15 ウ 他方、本件特許の出願時において、アルコール類の種類や各溶剤の含有量が、フルベストラントの溶解性、注射部位における沈殿、徐放性においてどのように影響するかについて、何らかの技術常識があったともいえない。
エ そうすると、本件特許の出願時の技術常識に照らし、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載により、課題を解決できると当業者が認識することがで20 きるのは、製剤F1又はそれと近似した組成の製剤のみであるといえる。
? 訂正発明1ないし17について訂正発明1の溶剤の組成は、上記?に示した、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲(製剤F1と同じか又はそれに近似する製剤)を超えている。訂正発明2ないし17についても、同様の理由により、当業者が当25 該発明の課題を解決できると認識でいる範囲を超えている。
したがって、訂正発明1ないし17は、本件特許の出願時の技術常識に照らし、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載により、当該発明の課題を解決できることを当業者が認識できる範囲のものではなく、サポート要件を満たしていない。
? 訂正発明18〜34について5 訂正発明18ないし34は、エタノール、ベンジルアルコール、安息香酸ベンジル及びヒマシ油を含む溶剤組成を有するものであり、溶剤の種類及び各溶剤の含有量も含め、当該発明の課題を解決できると当業者が認識できる「製剤F1」と、同じか又はそれに近似する溶剤組成を有するものであるから、サポート要件を満たす。
10 3 無効理由1:甲1に基づく新規性欠如(請求項1〜22、25〜29、32〜34理由なし)? 訂正発明1についてア 訂正発明1と甲1発明との対比は、本判決本文の第2の4?イのとおりである。
15 イ 判断甲1は、乳がんの治療にタモキシフェンを長期使用した場合に生じる、タモキシフェン抵抗性のメカニズムを調べるために、線維芽細胞増殖因子(FGF)オートクリン活性(FGF自己分泌活性)によって上記抵抗性が生じるとの仮説を証明するための試験を行った結果を報告する論文である。
20 甲1には、ICI 182,780 を「10%のエタノール、15%の安息香酸ベンジル、10%のベンジルアルコールの、ヒマシ油で容量を調整した媒体中で50mg/mlに予備製剤化した drug」は、図1のB及びCに示される実験において、週1回マウスに皮下投与されて用いられているところ、当該試験の結果として、全てのエストロゲン活性を排除するための薬理学的戦略であ25 る、ステロイド性抗エストロゲン薬である ICI 182,780 と2種のアロマターゼ阻害剤(4−OHA、レトロゾール)のいずれによっても、FGFをトランスフェクトした MCF-7 細胞のエストロゲン非依存性の上記マウスにおけるインビボ増殖は影響を受けず、増殖が持続したことから、当該増殖は、トランスフェクトされたFGFの直接の作用によるという仮説を支持する旨が記載されている。
5 上記記載によれば、甲1における、 182,780 をICI 「・・・予備製剤化した drug」は、ICI 182,780 が有する抗エストロゲン活性を利用した「エストロゲン活性を排除するための薬理学的戦略」のツール(手段)として使用されたものであって、マウスにおける乳がん細胞(MCF-7)の増殖を抑制させてマウスにおける腫瘍の治療又は予防を行うために使用されたものではないし、腫瘍の10 治療又は予防を行うためにヒトへ筋肉内投与することを前提としたものとも解されない。
そうすると、上記「予備製剤化した drug」である甲1発明に係る試験用組成物は、腫瘍の治療又は予防を行うためにヒトへ筋肉内投与することを前提とした組成物であるとは認められないから、上記相違点1は、実質的な相違15 点である。
したがって、訂正発明1は甲1発明ではない。
? 訂正発明2ないし22、25ないし29、32ないし34について訂正発明2ないし14は、訂正発明1において、アルコール類と安息香酸ベンジルの含有量をさらに特定するものであるから、訂正発明2ないし14と甲20 1発明とは、少なくとも相違点1において相違する。
また、訂正発明15、16、18、29、32ないし34は、訂正発明1と同様に、「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤」であり、「筋肉内注射に適する医薬製剤」という発明特定事項を有し、訂正発明17、19ないし22、25ないし28は、訂正発明1、15、16又は18において、さら25 に成分の含有量、アルコール類の種類、用途等を特定するものであるから、訂正発明15ないし22、25ないし29、32ないし34と甲1発明とは、少なくとも相違点1において相違する。
相違点1は実質的な相違点であるから、訂正発明2ないし22、25ないし29、32ないし34は、甲1発明ではない。
4 無効理由2:甲1に基づく進歩性欠如(請求項1〜34理由なし)5 ? 訂正発明1についてア 訂正発明1と甲1発明との相違点1は前記3?のとおりである。
イ 訂正発明1の技術的特徴(段落【0041】〜【0047】 【0005】、 、
【0006】 【0048】表3、
、 【0051】)訂正発明1は、フルベストラントを、エタノールやベンジルアルコールと10 いった医薬的に許容できるアルコール類、及び、安息香酸ベンジルを含むヒマシ油ベースの製剤とすることにより、筋肉内注射部位において沈殿がなく、
徐放性の製剤となるという効果を奏することから、当該製剤を、
「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって」「筋肉内注射に適する医薬製剤」とできる、というものである。
15 ウ 甲1には、甲1発明に係る組成物を、治療を目的として筋肉内注射する医薬組成物として使用することについての記載はなく、そのように使用した場合の注射部位の沈殿の有無や徐放性等について参考となる記載も示唆もない。
また、甲1には、甲1発明に係る組成物と並列に、エタノールとラッカセイ油を溶剤とした ICI 182,780 を含む組成物が記載されており、これらの2種20 の組成物のうち、特に甲1発明に係る組成物に着目する根拠はない。
そうすると、当業者が、甲1に記載された2種の組成物のうち、甲1発明に係る組成物が、注射部位に沈殿がなく徐放性を有することを予測し得たとはいえず、「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって」「筋肉内注射に適する医薬製剤」とできることを容易に想到できたともいえない。
25 エ 甲1発明における ICI 182,780 は、エストロゲン活性を有しない、純粋な抗エストロゲン活性を有する化合物で、乳がん等に対して抗腫瘍活性を有するものであること、ヒマシ油とベンジルアルコールとの混合物やラッカセイ油等の、油をベースとする溶剤に溶解されて、皮下注射や筋肉内注射により投与されることが周知技術又は技術常識であった(甲2〜8)。
さらに、甲9には、(i)ステロイドホルモンは油性溶液中で高い濃度で非経5 口的に投与し長時間の作用を示すが、このような作用の延長は活性成分の脂質性デポー中での貯蔵と関係があること、(ii)ステロイドの植物油へのヒマシ油と安息香酸ベンジルを媒体として含有する 17-ヒドロキシプロゲステロンカプロエート製剤が良好な認容性を示したこと、(iii)ヒマシ油への、共溶剤であるベンジルアルコール又は安息香酸ベンジルの添加が、より低い好ましい10 粘度をもたらし注射をより容易にさせたことが記載されていた。
これらの周知技術又は技術常識、及び甲9の記載事項を踏まえた当業者が、
甲1発明に係る組成物について、その有効成分とその溶剤組成からみて、ヒトに筋肉内注射できる可能性について想定したとしても、甲1発明の溶剤組成を有する製剤が、注射部位の沈殿がなく、徐放性を有する効果を奏するこ15 とまでは、当業者が予測することができたとはいえず、
「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であり、 「筋肉内注射に適する医薬製剤」とで」きることを当業者が容易に想到し得たともいえない。
オ 甲10ないし13の記載内容を考慮しても、上記エの判断には影響しない。
カ したがって、甲1発明を相違点1に係る訂正発明1の構成を有するものと20 することを当業者が容易に想到することができたとはいえない。
? 訂正発明2〜34について訂正発明2ないし34は、訂正発明1と同様に、相違点1に係る訂正発明1の構成を有する、又は相違点1をさらに特定した発明特定事項を有するから、
訂正発明2ないし34と甲1発明は、少なくとも相違点1において相違する。
25 したがって、甲1発明を相違点1に係る訂正発明1の構成を有するものとすることを当業者が容易に想到することができたとはいえない以上、訂正発明2ないし34も、甲1に記載された発明に基づき、甲2ないし9(必要であればさらに甲10、11、12及び/又は13)に記載された事項、並びに周知技術又は技術常識を考慮して、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
5 5 無効理由3:甲4に基づく進歩性欠如(請求項1〜34理由なし)? 訂正発明1についてア 訂正発明1と甲4発明との対比は、本判決本文の第2の4?エのとおりである。
イ 判断10 甲10には、エタノール、ベンジルアルコール、安息香酸ベンジル及びヒマシ油が、非経口製剤用の医薬品添加物として使用されること、エタノールを 0.61~49.0%w/v、ベンジルアルコールを 0.5~10.0%w/v、安息香酸ベンジルを 20.0~40.0%w/v を、それぞれ含み得ることが記載されている(表1)。
また、甲9には、ステロイドホルモンは油性溶液中で高い濃度で非経口的15 に投与することができ、長時間の作用を示すこと(891頁「Abstract」 、
)及び、ヒマシ油へのベンジルアルコール又は安息香酸ベンジルの添加がより低い好ましい粘度をもたらし注射をより容易にさせたことが記載され(893頁右欄下から2行〜894頁左欄6行)、表5と表6(894頁)には、2種のステロイドホルモンを、ヒマシ油又はゴマ油ベースの溶剤に溶解させて、
20 ウサギ外側広筋へ注射した場合の反応を調べた結果が記載されている。
甲1には、甲4発明と同じ濃度の ICI 182,780 を含む、
「10%のエタノール、10%のベンジルアルコール、15%の安息香酸ベンジル」を含むヒマシ油をベースとする組成物が記載されている(「甲1発明」参照)。
しかし、甲9には、同じ「ヒマシ油、安息香酸ベンジル、ベンジルアルコ25 ール2%」を含む溶剤であっても、安息香酸ベンジルが40%と46%のわずかな違いで、注射した場合の結果が「受け入れられた」か「拒絶された」かが異なっているとされており(894頁表5)、エタノール、ベンジルアルコール、安息香酸ベンジル及びヒマシ油が、それぞれ非経口製剤用の医薬品添加物として周知であったとしても(甲10)、その組成比によらず、筋肉注射した場合に認容性があるかは不明であるし、甲9の試験結果が、同じステ5 ロイド骨格を有する化合物ではあるが、具体的な構造が異なるフルベストラントにおいても当てはまるかは、当業者においても自明とはいえない。
そうすると、甲1において、甲4発明と同じ濃度の組成物が記載されていたとしても、それが直ちに、甲1に記載された溶剤組成を用いれば、ヒトに筋肉注射した際に許容可能であり、1か月の投与間隔を通じてフルベストラ10 ントの連続的な放出が維持されたままとなるかは、当業者が予測することができたとはいえない。
したがって、甲4発明において、ヒマシ油に加えて、エタノール、ベンジルアルコール、安息香酸ベンジルを用いて甲1に記載された組成物と同じ組成とする動機付けがあったとはいえない。
15 甲2、3、5ないし8、11、12、13に記載された事項を検討しても、
上記の判断には影響しない。
したがって、訂正発明1は、甲4発明に基づき、甲9及び10に記載された事項を考慮して、又は甲1、9及び10に記載された事項を考慮して、また加えて必要であれば甲2、3、5ないし8、11、12及び/又は13に20 記載された事項、並びに周知技術又は技術常識を考慮して、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
? 訂正発明2ないし34について訂正発明2ないし34は、相違点2に係る訂正発明1の構成を有する、又は、
相違点2をさらに特定した発明特定事項を有するから、訂正発明2ないし3425 と甲4発明とは、少なくとも相違点2において相違する。
したがって、訂正発明2ないし34も、甲4発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
以 上別紙4図面5図1別紙5甲1の記載内容下線は、本件審決が甲1の記載の摘示において付したものと同一である。
51「要約抗エストロゲン薬であるタモキシフェンは、エストロゲン受容体(ER)陽性乳癌の治療の中心であるが、タモキシフェン反応性腫瘍の治療の成功後、しばしばタモキシフェン抵抗性の獲得が起きる。次いで、患者の 30〜40%のみが二次10 ホルモン療法に良好な反応を示す。この反応の欠如は、タモキシフェンに存在する少量のエストロゲン活性に対して ER 経路を敏感にする、又は ER 経路を完全にバイパスするタモキシフェン抵抗性のメカニズムによって説明されるかもしれない。タモキシフェン抵抗性の1つの可能性のあるメカニズムを解明するために、我々は、線維芽細胞増殖因子(FGF)をトランスフェクトした MCF-7 乳15 癌細胞を注入された卵巣切除担癌マウスを、ICI 182,780、又は2種のアロマターゼ阻害剤、4-0HA 若しくはレトロゾールのうちの1種で処置した。これらの治療は、卵巣切除ヌードマウスにおいて FGF をトランスフェクトした MCF-7細胞により産生された腫瘍のエストロゲン非依存性増殖を遅らせず転移も防がなかった。FGF をトランスフェクトした細胞は ICI 182,780 に対するインビト20 ロでの反応を低下させており、これはトランスフェクトされた FGF のオートクリン活性が腫瘍増殖の増殖刺激としてエストロゲンに取って代わっている可能性があることを示唆している。 FGF トランスフェクタントにおける ER レベルはダウンレギュレートされておらず、エストロゲン誘発遺伝子の転写産物の基礎レベル、又は FGF 発現細胞におけるエストロゲン応答エレメント(ERE)ルシ25 フェラーゼレポーターコンストラクトの ER 媒介性転写の基礎レベルは、親細胞よりも高くなかった。このことは、ホルモン応答の変化が、ER のダウンレギュレーションや FGF が媒介する ER の活性化によるものでないことを暗示している。これらの研究は、エストロゲン非依存性が、ER 経路から独立した FGF シグナル伝達経路を通して達成される可能性があることを示している。もしそうであれば、作動しているメカニズムに向けた治療法が治療的応答を生じるか、
5 又は第2の抗エストロゲン治療に対する応答を可能にするかもしれない。 (6」97頁「ABSTRACT」)2「従来の治療法は臨床上の乳癌において通常治癒的ではないため、タモキシフェンによって以前に増殖阻害された乳房腫瘍が不応性になるタモキシフェン抵抗性の進展が、重要な治療上のジレンマを表す。しかしながら、タモキシフェン10 抵抗性の進展は必ずしも ER3 陰性表現型への進行と関連しているわけではない。臨床上のタモキシフェン抵抗性の多くの症例では、ER 発現は保持され得(1-4)、タモキシフェン抵抗性はタモキシフェン/ER 複合体の活性の変化によることが暗示されている。そのような症例におけるタモキシフェン抵抗性は、3つの可能性のあるメカニズムから生じる可能性があり、現在の知識によれば、そ15 れらは代替ホルモン療法による治療の成功を妨げないであろう。第1には、ERの変化が生じ、タモキシフェンに対する抑制的応答が減少又は消失し、タモキシフェンの部分アゴニスト作用のみが残り優位になるという可能性がある(5-8)。第2には、無傷な ER の設定で発生するタモキシフェン抵抗性が、腫瘍内タモキシフェン代謝の変化の結果であり、より多くのエストロゲン様代謝物を局20 所的に生成するという可能性がある(7, 9-11)。第3には、利用可能なタモキシフェンが、ER に関連しない抗エストロゲン結合部位の増加により引き離されてしまうという可能性がある(12)。言及したとおり、これら3つの例の各々において、タモキシフェンとは異なるホルモン療法の代替は臨床的な応答をもたらし得る。この報告において用いた2つのそのような代替療法は、タモキシフェン25 の部分アゴニスト活性を持たない ICI 182,780 等のステロイド性抗エストロゲン薬と、全ての組織による内因性エストロゲン産生を阻害し、ER からそのリガンドを奪うアロマターゼ阻害剤である。
上記タモキシフェン抵抗性のメカニズムからは代替ホルモン療法による治療が可能なはずであるが、少数のタモキシフェン抵抗性患者に関する早期の結果5 では、ICI 182,780 又はアロマターゼ阻害剤での次の療法に対して良好な反応を示す患者は約 30〜40%のみであったことが示された(13-20)。これらのデータはタモキシフェン抵抗性に関する別のメカニズムを暗示している。腫瘍細胞によるオートクリン増殖因子又は増殖因子受容体の構成的産生が、ER 経路が関与し得る又は関与しないかもしれないタモキシフェン抵抗性のメカニズムとして提10 案されている。この仮説を支持する証拠が、増殖因子又は増殖因子受容体がエストロゲン依存性乳癌細胞株で過剰発現している、このレポートで使用されているもの等の腫瘍モデルにおけるエストロゲン非依存性増殖の獲得から得られる (21-26)。また、c-erbB2 を過剰発現している腫瘍の治療におけるタモキシフェンの有効性の低下を示す最近の臨床データ(27)は、臨床上のタモキシフェン抵15 抗性における増殖因子シグナル伝達が果たす役割を支持している。ERB-B 経路等、増殖因子シグナル伝達経路には ER シグナル伝達経路と相互作用することが示されているものがあるため(25, 28-32)、増殖因子シグナル伝達の増加は、上記タモキシフェン自体の部分アゴニスト活性又はそのエストロゲン様代謝物により生成される、以前は無効な量であったエストロゲン性刺激に対して細胞が敏20 感になる可能性があるメカニズムであり得る。そのような相互作用が示されている場合には、増殖因子と ER 経路は協調的に作用する可能性があり(25)、最終転帰をいずれかの経路の薬理学的な操作に影響を受けやすくし、セカンドラインのホルモン療法が効果を発揮する可能性があることを暗示する。しかしながら、オートクリン又はイントラクリン増殖因子シグナル伝達の増加は、腫瘍細25 胞における ER を介した増殖刺激の必要性を回避し、又は内皮細胞又は免疫細胞等の腫瘍の間質成分に影響を与え(33-36)、腫瘍の増殖を助長する方法で腫瘍環境を変化させるかもしれない。どちらの場合にも、代替のホルモン療法は効果的でないかもしれない。 (697頁右欄15行〜698頁左欄34行)」3「Drugs.ICI 182,780 は、Zeneca Pharmaceuticals (Macclesfield,England)の Dr. Alan Wake1ing により親切にも提供され、媒体 0.1ml 中 5mg の投与量5 で、週1回、皮下投与した。図1に示される実験について、最初に粉末の drugを 100%エタノールに溶解し、温めたラッカセイ油(Eastman Kodak,Rochester,NY)中に加え、50mg/ml の最終濃度とした。図1、B 及び C に示される実験に関し、10%のエタノール、15%の安息香酸ベンジル、10%のベンジルアルコールの、ヒマシ油で容量を調整した媒体中で 50 mg/ml に予備製剤化した drug10 が、B.M.Vose(Zeneca Pharmaceuticals)により提供された。 (698頁右欄3」3〜43行)4「卵巣切除された又はタモキシフェンで治療されたヌードマウスにおける FGFをトランスフェクトした細胞の増殖が、卵巣切除ヌードマウスに依然として存在する少量のエストロゲンに対する過敏性の増加によるものであるという仮説15 を検証するために、我々は、純粋な抗エストロゲン薬である ICI 182,780 と、2種のアロマターゼ阻害剤、4-0HA 及びレトロゾールの、これらの FGF をトランスフェクトした細胞株によりもたらされるエストロゲン非依存性腫瘍増殖に対する阻害能を試験した。 (700頁右欄37〜45行)」5「ICI 182,780、4-0HA、及びレトロゾールは、上記実験において効果を有しな20 かったため、我々は、これらの化合物を上記の実験で使用したのと同じ投与量で2週間無傷の雌マウスに再現的に注射し、子宮内膜に対する内因性エストロゲンの効果を防ぐ活性を観察した。ICI 182,780、4-0HA、及びレトロゾールのいずれかを注射したマウスから採取した子宮は、対照マウスからの子宮の重量未満となり、子宮内膜の腺構造の完全な欠如を示した(データは示していな25 い)。したがって、これらの化合物は、我々の実験において腫瘍の増殖に影響を与えなかったが、活性を保持していた。 (701頁右欄21行〜702頁左欄」6行)6「この報告で、ICI 182,780 によっても、2種のアロマターゼ阻害剤のいずれによっても、FGF をトランスフェクトした MCF-7 細胞のエストロゲン非依存性5 のインビボ増殖は影響を受けないことを我々は示した。この治療の失敗は、エストロゲン誘発性、タモキシフェン誘発性、又は FGF 誘発性の、ヌードマウスに残存している免疫能力の減少には起因し得ない。全てのエストロゲン活性を排除するための薬理学的戦略にもかかわらずエストロゲン非依存性増殖が持続したことは、そのような増殖を促進する FGF トランスフェクションの作用は、
10 トランスフェクトされた FGF の直接の作用によるという仮説を支持する。 (7」06頁右欄7〜16行)7「このように、FGF 受容体を介したシグナル伝達は、ER 陽性の乳房腫瘍のかなりの割合で機能していそうである。したがって、この報告で説明されているモデルは、抗エストロゲンによる治療に不応性である腫瘍増殖の多くの臨床例15 に関連しているかもしれない。二次ホルモン療法に反応するであろうタモキシフェン抵抗性乳房腫瘍を模倣する可能性のある上記モデルのいくつかとは対照的に、FGF 受容体を介したシグナル伝達が自律的な増殖を駆動している腫瘍は、タモキシフェンだけでなく代替ホルモン療法にも不応性であろうと我々は予測する。 (708頁右欄49〜58行)」20 8「謝辞B. M. Vose は、製剤化された ICI 182,780 を提供した。 (709頁」「ACKNOWLEDGMENTS」)以 上
事実及び理由
全容