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事件 令和 6年 (行コ) 10005号 特許料納付書却下処分取消請求控訴事件
令和6年9月12日判決言渡 令和6年(行コ)第10005号 特許料納付書却下処分取消請求控訴事件 (原審・東京地方裁判所令和5年(行ウ)第5004号) 口頭弁論終結日 令和6年7月11日 5判決
控訴人 株式会社コンピュータ・シス テム研究所 10 同訴訟代理人弁護士 岩永利彦
被控訴人国 処分行政庁特許庁長官 15 同指定代 理人橋本政和 長崎良平 澤ア哲哉 藤井雄一 坂本千鶴子 20 大谷恵菜 中島あんず
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2024/09/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
25 事実及び理由第1 控訴の趣旨-1-1 原判決を取り消す。
2 特許庁長官が、特許第6127102号の特許権に係る第5年分の特許料納付書について、令和4年12月1日付けでした手続却下の処分を取り消す。
第2 事案の概要等5 1 事案の要旨(略語は原則として原審の例による。)本件は、特許庁長官が、控訴人を原特許権者とする特許第6127102号の特許権(本件特許権)に関する特許料及び割増特許料納付手続を却下する処分(本件却下処分)をしたところ、控訴人が、本件却下処分は違法であるとしてその取消しを求める事案である。
10 原審は、控訴人が追納すべき期間(本件追納期間)内に本件特許権の第5年分の特許料(本件特許料)等を納付することができなかったことにつき、令和3年法律第42号による改正前の特許法(旧特許法)112条の2第1項の「正当な理由があるとき」には当たらないなどとして、控訴人の請求を棄却した。
これを不服とする控訴人が控訴した。
15 2 関連法令の定め、前提事実、争点及び当事者の主張(1) 関連法令の定め、前提事実、争点及び当事者の主張は、以下に当審における当事者の補充主張を加えるほかは、原判決の事実及び理由の第2の2〜4及び第3(原判決2頁14行目〜8頁18行目)に各記載のとおりであるから、これらを引用する。ただし、争点2として「旧特許法112条の2第1項の適用の可否」とあるの20 を「新特許法112条の2第1項の適用の可否」と改める。
(2) 当審における当事者の補充主張ア 争点1(旧特許法112条の2第1項の「正当な理由」の有無)について(控訴人の主張)(ア) 原判決は、旧特許法112条の2第1項の「正当な理由があるとき」とは、
「特25 許権者(代理人を含む。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったとき」をいうとした。
-2-しかし、原判決の解釈によると、納付手続をする原特許権者に「無いこと」の証明を求めることとなり不当である。「正当な理由があるとき」は、規範的要件として、控訴人が評価根拠事実を、被控訴人が評価障害事実をそれぞれ主張立証して、総合的に認定判断されるべきものである。
5 本件弁理士は、本件特許権などの年金納付や別件の特許出願の審査請求の手数料につき、一旦金銭を立て替えなければならなかったところ、コロナ禍により副業が破綻し、それによって鬱病に起因し本業にまで支障が生じていたことから、本件弁理士にとって、これらの金銭の立替払は極めてハードルが高かった。また、本件弁理士は双極性鬱病にり患していたと考えられるところ、双極性鬱病では、活動できる10 ときとできないときとが繰り返されるし、一見単純な特許料等の計算作業も極端に困難になるから、本件弁理士が本件追納期間中に別の手続を行った事実があるとしても、そのことから直ちに本件追納期間内に本件特許料及び割増特許料(以下、併せて「本件特許料等」という。)を納付することができなかったことにつき「正当な理由」がないとはいえない。
15 本件弁理士は、本件追納期間中又はその前後において、特許出願についての出願審査の請求、他の特許料等の納付等、計18件の手続を怠っていた(甲22〜39)。
加えて、本件弁理士は、本件追納期間経過後、継続研修義務の一部の履行を怠り、日本弁理士会会費を滞納して退会処分となった(甲40〜42、49)。以上の事実を総合すると、本件弁理士は、客観的にみて本件追納期間内に本件特許料等を納付す20 ることができなかったといえ、原判決の解釈を前提としても、「正当な理由があるとき」に当たる。
(イ) 特許庁長官は、ウェブサイト等において、「手続をすることができなかった手続の期限の末日が令和5年5月8日(月曜日)以前の場合は、新型コロナウイルス感染症のまん延の影響を受けたとは考えにくい場合等を除き、新型コロナウイルス25 感 染 症の影響を受け た旨が 記載されてい る場合は、救済を認 めることとし ます。」、「新型コロナウイルス感染症の影響を受けた手続について、…証拠書類の提-3-出は必須としません。」と表明していた(甲19)。
本件追納期間の末日は令和5年5月8日以前であるところ、控訴人は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた旨の記載のある弁明書(甲18)を提出している。
そして、本件弁理士は、介護事業の副業を行っていたところ(甲14)、介護事業は5 新型コロナウイルス感染症のまん延により多大な影響を受けたことが知られているから(甲44)、本件弁理士が双極性鬱病にり患し、又はこれが悪化したことにつき、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたことが明白である。これらによると、
特許庁長官の上記表明に基づき、本件は、証拠書類の提出がなくとも当然に救済が認められるべきであった。
10 しかし、特許庁長官は、控訴人に対し、診断書等の資料の提出を求めた上、特許料等納付手続を却下する本件却下処分をした。これは、控訴人を他の原特許権者等と差別して取り扱うものであって憲法14条に違反するとともに、適正手続を定めた憲法31条にも違反する。
原判決は、特許庁長官による上記表明に記載された要件につき何ら検討すること15 なく控訴人の請求を棄却しており、その判断には重大な瑕疵がある。
(被控訴人の主張)本件弁理士が本件追納期間前後に複数の手続を行っていなかったとしても、その理由は複数あると考えられるから、客観的にみて特許料等の納付ができない状態にあったとはいえない。とりわけ、本件弁理士は、本件追納期間中に、手続補正書や意20 見書を起案するなど、弁理士としての専門知見に基づく手続を行っていた。
控訴人は、本件特許料等の納付手続が新型コロナウイルス感染症に影響を受けたなどと主張するが、本件弁理士の副業である介護事業が不振となったことや、本件弁理士が鬱病にり患したことを示す客観的な資料は存在せず、控訴人の推測にすぎない。
25 イ 争点2(新特許法112条の2第1項の適用の可否)について(控訴人の主張)-4-原判決は、附則2条8項は憲法29条2項に反し無効であるとの控訴人の主張を採用せず、また、新特許法附則1条5号は公布の日から起算して6か月を超える部分について違憲、無効であるとの控訴人の主張については判断しないまま、本件について旧特許法112条の2第1項を適用した。
5 しかし、法の適用に関する通則法2条本文は、法律は公布の日から起算して20日を経過した日から施行するとの原則を定めており、同条ただし書による例外が認められるとしても、許容される期間には限度があるというべきである。最新型の生成AIであるGeminiによると、多くの法律は公布から3か月から6か月以内に施行されている。旧特許法112条の2が規定された平成23年法律第63号による改10 正も、公布の日から1年を超えない範囲内で施行すると定められ、現実には公布から10か月未満で施行された。そうすると、新特許法112条の2第1項の公布から施行までは、せいぜい4か月半あれば十分であり、新特許法112条の2第1項は、令和3年10月6日までに施行されるべきであった。これに反する限りにおいて、新特許法附則1条5号及び特許法等の一部を改正する法律の一部の施行期日を15 定める政令(令和4年7月21日政令第250号。以下「本件政令」という。)は、
違憲、無効であり、その結果、本件では新特許法112条の2第1項が適用されるべきである。
(被控訴人の主張)争う。
20 第3 当裁判所の判断当裁判所も、控訴人の請求には理由がないものと判断する。その理由は、次に当審における当事者の補充主張についての判断を示すほかは、原判決の事実及び理由の第4(原判決8頁19行目〜12頁24行目)に記載のとおりであるから、これを引用する。
25 1 争点2(新特許法112条の2第1項の適用の可否)について次に、当審における控訴人の補充主張につき、争点2から判断する。
-5-控訴人は、新特許法112条の2第1項は、遅くとも新特許法公布から4か月半後の令和3年10月6日までに施行されるべきであったから、これに反する限りにおいて、特許法の一部改正に伴う経過措置を規定する附則2条8項、新特許法112条の2第1項の施行の日を公布の日から2年を超えない範囲内において政令で定5 める日と規定する新特許法附則1条5号及び新特許法112条の2第1項の施行日を令和5年4月1日と定める本件政令は、いずれも憲法29条2項に反して違憲であり無効であるとし、本件には新特許法112条の2第1項が適用されるべきと主張する。
しかし、引用する原判決第4の2(2)のとおり、経過措置の規定である附則2条810 項の目的は正当なものであり、施行期日を定める規定も整備等の期間として正当なものといえるから、同附則及び同附則に基づき新特許法112条の2第1項の施行日を令和5年4月1日と定めた本件政令は、いずれも憲法29条2項に反するものではなく、他にこれらの法令を無効とすべき理由はない。
なお、控訴人は、原審における新特許法附則1条5号は公布の日から起算して615 か月を超える部分について違憲、無効であるとの控訴人の主張について、原判決が判断をしなかったと主張する。しかし、原判決は、新特許法112条の2第1項につき、公布の日から起算して2年を超えない範囲内(6か月を超える部分を含むことになる。 の施行日とされたことが違憲でなく、
) 無効とならないと判断しているものである上に、そもそも、新特許法は令和3年5月21日に公布されたものであって、
20 その6か月後である同年11月21日には本件追納期間は既に徒過していることになるから、控訴人の上記主張は失当である。
したがって、新特許法112条の2第1項の施行日(令和5年4月1日)に先立って本件追納期間(その末日は令和3年10月14日)が経過し、消滅したものとみなされた本件特許権については、旧特許法112条の2第1項が適用されるというべ25 きである。控訴人の主張は採用することができない。
2 争点1(旧特許法112条の2第1項の「正当な理由」の有無)について-6-(1) 「正当な理由があるとき」の意義について控訴人は、旧特許法112条の2第1項の「正当な理由があるとき」を「特許権者(代理人を含む。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったとき」と解することは、特5 許権者側に「無いこと」の証明を求めるものであって不当であると主張する。
しかし、旧特許法112条の2第1項における「正当な理由があるとき」との要件は、特許法条約(PLT)12条が、加盟国に対し、手続期間を徒過した場合の救済を認める要件として、
「Due Care 相当な注意)( を払っていた」 「Unintentional 故又は (意ではない)であった」のいずれかを選択することを認めていたところ、我が国は、
10 当時PLTには未加入であったがこれに準拠する形で、平成23年法律第63号による特許法の改正において、前者の要件、すなわち「Due Care(相当な注意)を払っていた」の要件を採用したことによるものである。
したがって、旧特許法112条の2第1項の「正当な理由があるとき」とは、「特許権者(代理人を含む。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的15 にみて追納期間内に特許料を納付することができなかったとき」をいうものと解するのが相当である。そして、この要件は、他の要件とともに、これを満たすことにより特許料等の追納期間徒過の救済という法律効果を発生させるものであるから、その効果の発生による利益を主張する原特許権者が、これを根拠付ける事実の主張責任及び立証責任を負うと解するのが相当である。
20 上記の解釈が原特許権者に「無いこと」の証明を求めることになるとの控訴人の主張は、同解釈の語尾を捉えたにすぎないものであって失当であり、採用することができない。
(2) 本件が「正当な理由があるとき」に当たるかについてア 本件弁理士が、本件追納期間中(令和3年4月15日〜同年10月14日)25 に、控訴人を出願人とする商標の登録料納付(乙11の2)、控訴人を特許権者とする2件の特許に係る特許料等の納付(乙12の3・4)、控訴人を出願人とする2件-7-の特許出願に係る手続補正書及び意見書の提出(乙10の1〜4)並びに控訴人を出願人とする商標登録出願に係る手続補正書の提出(乙10の7)をしたこと、また、本件追納期間経過後、令和4年3月22日までの間に、3件の特許に係る特許料の納付(うち1件は控訴人が特許権者である。乙11の1、乙12の1・2)、4件5 の商標に係る登録料の納付(うち2件は控訴人が商標権者である。乙11の3〜6)、
控訴人を出願人とする特許出願の審査請求(乙10の5)及び別の特許出願(乙10の6)並びに控訴人を登録義務者とする商標権移転登録手続(乙13)をしたことは、引用する原判決第4の1(1)及び掲記の各証拠のとおりである。
したがって、控訴人が主張する種々の事実を考慮しても、控訴人(その代理人であ10 る本件弁理士を含む。)が、相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて本件追納期間内に本件特許料等を納付することができなかったとはいえないから、本件において、本件特許料等を納付することができなかったことにつき「正当な理由があるとき」には当たらない。
イ 控訴人は、@本件弁理士は、コロナ禍により副業が破綻し、それによって鬱病15 に起因し本業にまで支障が生じていたことから金銭の立替払は極めてハードルが高かったことや、双極性鬱病にり患していたと考えられるところ、双極性鬱病においては活動できるときとできないときが繰り返され、計算作業も極端に困難になるから、本件弁理士が本件追納期間中に別の手続を行ったことをもって直ちに「正当な理由」がないとはいえないこと、A本件弁理士は、本件追納期間中又はその前後にお20 いて計18件の手続を怠ったほか、本件追納期間経過後には継続研修義務の一部や日本弁理士会会費の履行を怠ったことからすると、客観的にみて本件追納期間内に本件特許料等を納付することができなかったといえると主張する。
しかし、@について、本件弁理士が鬱病にり患していたことをうかがわせる証拠としては、本件弁理士以外の者が作成した陳述書や報告書等を除くと、本件弁理士25 が令和4年2月14日に控訴人の従業員に送付した「今はうつがひどく対応ができません 申し訳ありません」とのメッセージ(甲9)があるにとどまり、その病状の-8-存在や程度を示す具体的エピソード等を認めるに足りる証拠はない。Aについて、
控訴人が主張する他の手続を本件弁理士が怠った理由は不明であるが、その点をおくとしても、前記アのとおり、本件弁理士は、本件追納期間中に、特許料や商標の登録料の納付、手続補正書等の提出等、複数の手続を現実に行っていたのであり、しか5 もこれらはいずれも控訴人を代理してされた手続なのであるから、控訴人(その代理人である本件弁理士を含む。)が、相当な注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて本件特許料等を納付することができなかったとはいえないことに変わりはない。本件弁理士が継続研修の履修を怠ったのは、本件追納期間経過後の令和3年11月1日から令和5年3月31日までの履修期間中について1単位に限ら10 れ(甲42)、また、本件弁理士が日本弁理士会会費の滞納を始めたのは本件追納期間の末日から約1年が経過した令和4年10月分からであり(甲40) これらの不、
履行に至るまでの間は継続研修の履修や会費の支払を続けてきたと考えられることからすると、控訴人が主張する事実関係をもってしても、上記認定は左右されない。
したがって、控訴人の主張は、いずれも採用することができない。
15 (3) 新型コロナウイルス感染症の影響を受けたとの点について控訴人は、特許庁長官が、「新型コロナウイルス感染症の影響を受けた旨が記載されている場合は、救済を認めることとします。」、「証拠書類の提出は必須としません。 と表明していたのに、
」 新型コロナウイルス感染症のまん延の影響を受けたことが明白な介護事業を副業としていた本件弁理士が本件特許料等を納付することがで20 きなかったことにつき、診断書等の提出を求めた上、救済を認めず本件却下処分をしたことは、憲法14条31条に違反すると主張する。
しかし、 (甲19)証拠 によると、特許庁長官は、控訴人が主張する文言と共に、
「新型コロナウイルス感染症のまん延の影響を受けたとは考えにくい場合等を除き…救済を認めることとします。」、「記載された事項について疑義があると判断した場25 合、事情を裏付ける証拠書類(罹患証明書、事務所の閉鎖の事実を証明する書類等)の提出を求めることがありますのでご留意下さい。」とも表明していたのであって、
-9-新型コロナウイルス感染症の影響を受けた旨が記載されてさえいれば、何らの資料等の提出を求めることなく、無限定に救済を認める趣旨でないことは明らかである。
そして、前記(2)のとおり、本件弁理士は、本件追納期間中に、控訴人を出願人等とする各種手続を現実に行っていたのであって、控訴人(代理人である本件弁理士5 を含む。 が、
) 新型コロナウイルス感染症の影響を受けたために本件特許料等を納付することができなかったとは考え難い。
したがって、特許庁長官が、控訴人が主張する事情について診断書等の客観的資料がないと指摘する却下理由を通知した上(乙1) その後の控訴人の主張等によっ、
ても同理由が解消されていないとして本件却下処分をしたこと(乙2)は、憲法1410 条や31条に違反するとはいえない。控訴人の主張は採用することができない。
3 結論以上の次第であるから、控訴人の請求には理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
15 知的財産高等裁判所第1部裁判長裁判官20 本 多 知 成裁判官25 遠 山 敦 士- 10 -裁判官天 野 研 司- 11 -
事実及び理由
全容