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関連審決 異議2001-72006
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  慣用技術 /  上位概念 /  技術常識 /  技術的特徴 /  着想 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  のみ用いる /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 544号 特許取消決定取消請求事件
原告 ティーディーケイ株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男,富岡英次,高石秀樹,弁理士 近藤直樹
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 松本邦夫,橋本武,小曳満昭,林栄二,大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2001-72006号事件について平成14年9月5日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は,本件特許第3126244号「高周波LC複合部品」の特許権者である。本件特許は,平成4年12月18日出願(特願平4-338452)で,平成12年11月2日に特許権の設定の登録がなされた。
本件特許の請求項1に係る発明(本件発明)につき特許異議の申立てがあり,異議2001-72006号事件として審理され,原告は,その間の平成14年4月16日に訂正請求をした。平成14年9月5日,この訂正請求を認めるとともに,「特許第3126244号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定があり,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 複数の誘電体シートを積層した多層基板を具備し, 前記多層基板の一部の誘電体シートに空芯コイルを構成する導体パターンを設定したコイル部と,別の誘電体シートにコンデンサを構成する導体パターンを設定したコンデンサ部とを設けるとともに,前記コイル部とコンデンサ部とを多層基板の積層方向で向かい合った位置に配置した高周波LC複合部品において, 前記多層基板の積層方向で,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置する誘電体シートの厚みを,前記コンデンサ部を除く,他の誘電体シートの厚みよりも薄く設定し, かつ,上記コイル部とコンデンサ部との間に, 該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定したことを特徴とする高周波LC複合部品。
3 決定の理由の要点 (1) 引用刊行物 刊行物1:実願平1-101437号(実開平3-39821号)のマイクロフィルム(甲第4号証) 刊行物2:特開昭60-47413号公報(甲第5号証) 刊行物5:特開平4-207806号公報(甲第6号証) 刊行物6:特開平4-257111号公報(甲第7号証) 刊行物7:特開平4-257110号公報(甲第8号証) 刊行物8:実願昭60-190167号(実開昭62-96827号)のマイクロフィルム(甲第9号証) 刊行物9:実願昭60-190166号(実開昭62-96826号)のマイクロフィルム(甲第10号証) 刊行物10:特開平2-137212号公報(甲第11号証) 刊行物11:特開平2-250409号公報(甲第12号証) 刊行物12:特開平4-273608号公報(甲第13号証) 刊行物13:実願昭61-176798号(実開昭63-82922号)のマイクロフィルム(甲第14号証) 刊行物14:特開平2-135715号公報(甲第15号証) (2) 本件発明と刊行物記載の発明との対比 本件発明と刊行物1記載の発明とを対比すると,刊行物1記載の発明の「積層体」,「印刷塗布した導電ペースト」,「インダクタンス」,「キャパシタンス」,「積層型LCフィルタ」は,それぞれ本件発明の「多層基板」,「導体パターン」,「コイル」,「コンデンサ」,「LC複合部品」に相当するので,両者は,【一致点】「複数のシートを積層した多層基板を具備し, 前記多層基板の一部のシートにコイルを構成する導体パターンを設定したコイル部と,別のシートにコンデンサを構成する導体パターンを設定したコンデンサ部とを設けるとともに,前記コイル部とコンデンサ部とを多層基板の積層方向で向かい合った位置に配置したLC複合部品。」である点で一致し, 【相違点1】 本件発明は,シートがすべて誘電体シートであり,そのため空芯コイルを構成し,高周波用であるのに対して,刊行物1記載の発明では,そのような限定がない点, 【相違点2】 本件発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定した」のに対して,刊行物1記載の発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,ダミーシートを設けている」点, 【相違点3】 本件発明は,「多層基板の積層方向で,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みを,コンデンサ部を除く,他のシートの厚みよりも薄く設定し」ているのに対して,刊行物1記載の発明では,そのような記載がない点,において,相違する。
(3) 相違点についての判断 (3)-1 【相違点1】 刊行物1には,「グリーンシート1の材質は,磁性体,誘電体,絶縁体等を使用して自由に組み合わせることができる。・・・全グリーンシート1を誘電体シートにした場合には,キャパシタンスC1,C 2は大きな値となるが,インダクタンスLは空芯コイルと同じになって小さな値になる。」と記載されている。
そして,空芯コイルが高周波用として用いられることは,慣用手段にすぎない(必要なら,原告出願の特開平4-150011号公報参照)。
さらに,刊行物5においても,コンデンサとコイルを,電極等を形成しない層を含めすべて誘電体層で形成している。
したがって,刊行物1記載の発明において,全グリーンシートを誘電体シートにして空芯コイルとし,高周波用に用いることに格別の困難性は認められない。
(3)-2 【相違点2】 刊行物1では,第7図の従来例のようにコイル部及びコンデンサ部間にダミーシートがないものに比べて,ダミーシート18がコイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくしていることは明らかであり,相違点2は,実質的に相違していないといえる。
また,一般的に,電極,配線等が近接して配置されれば両者間に浮遊容量が生じることは,当業者において技術常識である。この技術常識を考慮すれば,刊行物1における「ダミーシート18の材質を変えると,インダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2の結合度はある程度自由に調整できる。」との記載中のインダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2の結合度は,両者間の浮遊容量を示唆するものであるといえる。
さらに,コイル部とコンデンサ部の間に電極等を形成しない層(本件発明のスペーサ層に相当)を設けることは,刊行物1及び5〜13に示されているように周知であり,刊行物6,7には,コンデンサとインダクタ間の電極等を形成しない層により浮遊容量の影響が少なくなる点が示唆されている。
したがって,本件発明のように,コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設けた点に格別の困難性は認められない。
いずれにしても,相違点2については,実質的な相違点ではないか,あるいは当業者にとって,格別の困難性を有するものではない。
(3)-3 【相違点3】 相違点3は,コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くして単位厚さ当たりのコイルの巻数を向上するものであるが(本件明細書【0064】参照),コイル部を構成する層の厚みを上下の保護層等の厚みよりも薄くすることは,刊行物1,6,7,10,11,14にも示されるように単なる慣用手段にすぎず,当業者が適宜採用し得るものである。
なお,シートの厚みを厚くするために,薄い層を複数層積層する代わりに一枚で厚いシートを用いることは,例えば刊行物2,14にも示されるように慣用手段である。また,複数枚のグリーンシートが圧着及び焼結により一体化して厚い層となることは刊行物11にも示されるように周知であり,厚いシートを1枚用いた場合でも,薄いシートを複数層積層して用いた場合でも,完成した時点では,どちらも実質的に同じものであり,どちらも適宜選択し得ることにすぎない。
また,相違点3は,(イ)スペーサ層,(ロ)コイル部の最上層,(ハ)コイル部の最下層,(ニ)コンデンサ部の最下層のそれぞれのシートの厚みが,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚いことを意味している。
そこで,念のため(イ)〜(ニ)の各部について検討する。
(イ)スペーサ層について: 一般的に,近接して配置された電極,配線等の間の浮遊容量を減らすためには,両者間の間隔を大きくすればよいことは,当業者において技術常識である。
また,刊行物6,7には,コンデンサとインダクタ間の電極等を形成しない層により浮遊容量の影響が少なくなる点及び電極等を形成しない層を複数枚にしてもよい点が示唆されており,刊行物5,8〜12では,電極等を形成しない層を複数層にして厚くしており,刊行物13では,コイル部とコンデンサ部の間に厚い基板を設けている。
したがって,スペーサ層の厚みをどの程度にするかは,当業者が必要に応じて適宜決定し得ることであり,本件発明のようにスペーサ層の厚みを,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚くした点に格別の困難性は認められない。
(ロ)コイル部の最上層について: 刊行物1では,コイル部の最上層は,3枚のダミーシートが積層され合計の厚みは,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚くなっており,薄い層を複数層積層する代わりに一枚で厚いシートを用いることは,当業者が適宜採用し得ることである。
(ハ)コイル部の最下層について: 本件発明では,コイル部の最下部の導体パターンを直ぐ上のシートの裏側に形成したものも含むので,最下部の導体パターンの下のコイル部の最下層は,必ずしも存在するとは限らない。したがって,存在しない場合には,最下層のシートの厚さについて検討する必要はないが,原告は平成14年4月16日付け特許異議意見書において「誘電体シート1-4は,その真下にくる誘電体シート1-5と共にスペーサ層を形成しており,スペーサ層の距離を作るために機能している。」と明細書に記載のない効果を主張しているので,念のため検討しておく。
(イ)で述べたように,一般的に,近接して配置された電極,配線等の間の浮遊容量を減らすためには,両者間の間隔を大きくすればよいことは,当業者において技術常識であり,スペーサ層の厚みをどの程度にするかは,当業者が必要に応じて適宜決定し得ることである。
そして,コイル部とコンデンサ部の間隔とは,コイル部の最下部の導体パターンとコンデンサ部の最上部の導体パターンの間隔であるから,スペーサ層の厚みとコイル部の最下層の厚みを加算したものになるので,浮遊容量を少なくしたければ,コイル部の最下層の厚みも厚くすればよいことは,当業者であれば直ぐに分かることであり,コイル部の最下層の厚みを,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚くした点に格別の困難性は認められない。
なお,刊行物11にも示されるように複数枚のグリーンシートは圧着及び焼結により一体化して厚い層となるので,スペーサ層の厚みを必要に応じてより厚くしたものと比べ,コイル部の最下層の厚みを厚くしたことに格別の効果は認められない。
(ニ)コンデンサ部の最下層について: 刊行物1では,コンデンサ部の最下層は,コンデンサ電極を形成したシートと3枚のダミーシートが積層され合計の厚みを有しているので,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みより厚くなっており,薄い層を複数層積層する代わりに一枚で厚いシートを用いることは,当業者が適宜採用し得ることである。
なお,本件発明の効果についても,当業者の予想を超えるものとは認められない。
したがって,本件発明は,刊行物1,2,5〜14から当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4) 決定のむすび 以上のとおりであるから,本件発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
原告主張の決定取消事由
1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り) (1) 決定は,刊行物1に開示された「積層型LCフィルタ」が,本件発明の「LC複合部品」に相当すると認定したが,両者は,目的・設計思想を根本的に異にする機能部品であって,一致するものではない。
本件発明及び刊行物1に記載の発明は,いずれもコンデンサ及びコイルを積層基板内に一体的に形成することによって,一種の電気回路を単一の素子としたものである。現在,このような形態を取った機能部品としては,「高周波フィルタ」及び「ノイズフィルタ」の2種類の商品ラインナップが一般的に存在しているが,それぞれの技術分野は異なっている。本件発明は「高周波フィルタ」に関するものであるのに対し,刊行物1に記載の発明は「ノイズフィルタ」に関するものであるから,既に電気技術が高度に発展を遂げ,技術分野の細分化が進んでいた本件出願当時においては,両者は技術分野を異にするものであり,相互の関連性は極めて希薄である。
(2) 本件発明の特許請求の範囲には,単に「高周波LC複合部品」とのみ記載されており,上記2種類のフィルターのいずれに関するものであるかについては必ずしも明確には記載されていない。しかしながら,「空芯コイル」を使用する構成が特許請求の範囲に記載されており(訂正後の明細書),これは高周波LCフィルタであることを示唆するものである。
しかも,本件発明の明細書中【発明が解決しようとする課題】部分には,「例えば,50MHz〜300MHz帯の高周波LCフィルタを設計する場合,コイルの値は数10nH〜200nH程度となり,フェライト材料が使用しづらくなる周波数帯である。
このようなフェライト材料がしづらい周波数帯では,コイルは空芯コイルが使用される。」(本件特許公報(甲第2号証)2頁右欄17〜22行)との記載があり,本件発明の属する技術分野は,周波数帯が高周波のフィルタであり,それに特有な問題を解決することを課題とするものであること,及びコイルにフェライトを使用しないフィルタであることが明らかにされている。
また,本件明細書には,Q値を高めることが有用な作用であり,本件発明の目的であることが記載されている。
これらより,本件発明が「高周波フィルタ」の技術分野に属することは明らかである。
一方,刊行物1には,「本考案は,インダクタンスとキャパシタンスをπ形に接続した等価回路を有する積層型LCフィルタに関し,雑音防止用等に用いることができるものである。」(2頁2行〜5行)との記載があり,そこに記載の発明が「ノイズフィルタ」に関するものであることを明示的に記載している。また,そこには,磁性体シートの使用を肯定的に記載している。磁性体は一般的に高周波領域で磁気損失が大きくなること,及び,前記のとおり,積層型LCフィルタで使用される磁性体としてはフェライトが一般的であることを参酌すると,刊行物1に開示されている発明は,磁性体による高周波領域での磁気損失を許容するものであり,このことは同発明が「ノイズフィルタ」に関することを裏付けている。
以上によれば,本件発明は「高周波フィルタ」であるのに対し,刊行物1に開示された発明は「ノイズフィルタ」であって,両者は,目的及び特性が異なる別種のフィルタであり,別の技術分野に属するものである。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) (1) 決定は,刊行物1に「空芯コイル」を使用した実施例が記載されているか,これが示唆されているものと認定した上で,空芯コイルを高周波用として用いることは慣用手段にすぎないと判断しているが,誤りである。
刊行物1では,インダクタに「誘電体シート」を用いると,「インダクタンスLは空芯コイルと同じになって小さな値になる」という不具合があるために「インダクタンス形成用の印刷シート11,12に対して磁性体シートを用い」ることが記載されているのであって,「空芯コイル」は不適切な例として挙げられているのである。
(2) 刊行物5に開示されている発明について,これが高周波フィルタであるからといって,空芯コイルの適用を考えることも容易でない。
刊行物5に記載のデュプレクサ(高周波フィルタ)は,インダクタとしてコイルではなく蛇行した導線を使用した,分布定数型のいわゆる蛇行インダクタである(刊行物5第2図参照)。刊行物5に記載の発明には,空芯コイルとフェライトコイルとの種別の違いが現れる特徴的構成である「インダクタの内部に磁性体を配置する」という観念を適用する余地がない。そのため,刊行物5には磁性体層が記載されていないということが,直ちに空芯コイルを示すものということもできない。
このように,ノイズフィルタである刊行物1の発明に,技術分野の異なる高周波用フィルタである刊行物5を適用し,さらに,刊行物1では明示的に排除されている空芯コイルを適用することには,二重の困難があり,これらの着想が容易であるともいえない。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) (1) 決定は,相違点2について,「刊行物1では,第7図の従来例のようにコイル部及びコンデンサ部間にダミーシートがないものに比べて,ダミーシート18がコイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくしていることは明らかであり,相違点2は,実質的に相違していないといえる。」と判断したが,誤りである。
刊行物1に記載の発明はノイズフィルタであり,通過周波数帯は通常100MHzまでである。他方,本件の高周波フィルタは,100MHzの数倍から数十倍の高周波にまで使用される。一般に,使用周波数帯の低いノイズフィルタでは,高周波フィルタと比較して浮遊容量の影響がはるかに小さいため,そもそも浮遊容量を考慮した設計を行う必要性に乏しいといえる。また,浮遊容量によるインピーダンスの低下は,素子のQ値の低下を引き起こすが,ノイズフィルタにおいてはQ値を高くする必要がないため,相当程度の浮遊容量があったとしても,素子に実質的に悪影響を与えない。
このことからも,引用文献1に記載のダミーシートは浮遊容量の低減を目的としたものではないことが明らかである。
間隔の大きさについて,本件発明は,Q値を高めるように,スペーサ層の厚さすなわちコイル部とコンデンサとの間隔を当業者の常識により定めるものであることは当然である。これに対して,刊行物1記載のダミーシートを挿入する目的がQ値を高めることではないと考えられるのであるから,その目的が異なる以上,当然にその適切な間隔の値自体及びその決定方法も異なってくるはずである。
その作用効果も,本件発明の場合と異なるものとなることは容易に推測することができる。
したがって,その目的が異なるにもかかわらず,単に刊行物1のダミーシートが厚さを有するということのみをもって,決定のいうように,本件発明のスペーサ層と実質的に相違していないというのは誤りである。
(2) 決定は,「刊行物1における『ダミーシート18の材質を変えると,インダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2の結合度はある程度自由に調整できる。』との記載中のインダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2の結合度は,両者間の浮遊容量を示唆するものであるといえる。」と認定した。
しかしながら,「機械用語大辞典」(日刊工業新聞社・平成9年。甲第20号証),「IEEE電気・電子用語辞典」(丸善・平成元年。甲第21号証)に記載される結合度の一般的な用語の意義中に,浮遊容量を意味する例はない。
甲第22号証(「セラミックス」1986(昭和61)年3号192頁),甲第23号証(「セラミックス基板とその応用」学献社・昭和63年,204〜205頁),甲第24号証(「積層セラミックコンデンサ」学献社・昭和63年発行,57〜58頁),甲第25号証(「エレクトロニクス実装学会誌」平成12年4号286頁)には,刊行物1発行当時(平成元年)の本件発明,あるいはこれに近似する技術分野では,「積層体同士の物理的な密着性」が技術的課題であったことが示されているから,本件発明にいう「結合度」はこれを意味すると解釈するのが自然である。
また,対向する導体間の静電容量は,「@極板間の距離」,「A極板間の誘電体の誘電率」,又は「B極板の面積」の3つの要素で決定されるから,コイルとコンデンサの導体の「面積」が一定の下では,「@それらの間の距離」,又は「Aそれらの間の誘電体の誘電率」の2つの要素を調整することが行われる。しかるに,刊行物1には,「結合度」調整について「材質」の変更しか記載されておらず,不自然である。
一方,結合度が物理的な密着性を意味しているとすると,それは「@距離」には関連せず,「A材質」にのみ関連するので,刊行物1の記載とよりよく一致する。
以上によれば,刊行物1の「結合度」という記載が,インダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2との間の浮遊容量を示唆するものであるという決定の認定は,誤りである。
(3) 決定は,「コイル部とコンデンサ部の間に電極等を形成しない層(本件発明のスペーサ層に相当)を設けることは,刊行物1及び5〜13に示されているように周知であり,刊行物6,7には,コンデンサとインダクタ間の電極等を形成しない層により浮遊容量の影響が少なくなる点が示唆されている。」と認定した上で,「本件発明のように,コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設けた点に格別の困難性は認められない。」と判断した。
しかし,各引用刊行物は,いずれも本件発明のスペーサ層に相当するということができる構成を開示するものではない。
刊行物1に記載のダミーシートは,本質的に本件発明のスペーサ層と異なるものである。
刊行物5に記載されているインダクタは分布定数型のいわゆる蛇行インダクタであるから,刊行物5に記載の誘電体層は,本件発明のスペーサ層と対比すべき構成ではない。
刊行物6〜11に記載されるものは,ノイズフィルタであって,素子内の浮遊容量を問題とするものではない。また,各刊行物に記載されるシートは,浮遊容量を低減する目的が記載されておらず,本件発明のスペーサ層に相当する構成ということはできない。
刊行物13の第1図に示されたコンデンサ層及びコイル層が表裏に形成された基板2は,印刷の台となる基板にすぎず,本件発明のスペーサ層に相当するということは妥当でない。
また,刊行物6には,4頁左欄17〜18行に,「寄生インダクタンスや浮遊容量による影響が少なくなり」との記載があるが,この記載は,素子自体に関するものではなく,同素子を使用した回路の全体としての効果を述べたものにすぎない。
すなわち,小型化が図れることにより,実装密度が向上し,配線間の距離を一定に保っても対向する配線同士の面積が小さくなるため,回路基板の「浮遊容量」は小さくなるからである。刊行物7についても同様にいうことができる。
以上のように,刊行物1及び5〜13には,本件発明のスペーサ層のように,浮遊容量を低減する目的の下に設けられたコイルとコンデンサとの間の層は,開示されておらず,いずれも本件発明のスペーサ層に相当するということのできる構成を有しないものであって,それらの目的に応じて様々に異なる構成を有するものである。
したがって,これらの技術を一括して本件発明に周知技術として適用することは,妥当なものとはいうことができない。
4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り) (1) 決定は,コイル部を構成する層の厚みを上下の保護層等の厚みよりも薄くすることは,刊行物1,6,7,10,11,14にも示されるように単なる慣用手段にすぎず,当業者が適宜採用し得るものであると認定したが,上記刊行物には,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という本件発明の技術的思想は,実質的に開示されていない。
a. 刊行物1の第1図に,「1枚のシートからなるインダクタンスとキャパシタンスの間のダミーシート,3枚のシートからなる上下の保護層」が示されている。しかし,刊行物1にはそれぞれのシートの厚みについての記載がなく,第1図においては,どのシートも厚みをもって図示されていないため,各シートの厚みが同一であるのか,異なるのか不明であり,また,3枚のシートの合計の厚さが,他のシートと比べて厚くなっているのか,等しいのかすら不明である。したがって,刊行物1は,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という本件発明の技術的思想を示しているということはできない。
b. 刊行物6及び7においては,それぞれその第4図及び第3図に示されているように,上下の保護層は3枚のシートを重ねているが,他のシートの厚さは同じであると考えられる。したがって,刊行物1に関して上述したように,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という本件発明の技術的思想を示していない。
c. 刊行物10においては,その第2図から分かるように,インダクタ未焼成積層体6の中のインダクタはコイル形状ではなく,直線状のインダクタである。したがって,コイル部を構成する層という概念が存在せず,その層の厚みという概念も当然に存在しない。このため刊行物10は,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という技術的思想を開示する余地がない。
d. 刊行物11においては,その第5図から分かるように,「コイル部を構成する層」であるインダクター部4の上下の層は,磁性体層1であって,「コイル部を構成する層」と対比すべき構成ということはできない。
e. 刊行物14においては,上下の「磁性体層1」は磁性体であるから,本件発明の「コイル部を構成する層」と対比できる要素ではない。さらに,刊行物14には,他の層との間で厚さを変えるという記載がなく,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という本件発明の技術的特徴を示していない。
(2) 本件発明は,コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置する誘電体シートの厚み(TL)をコンデンサ部を除く他の誘電体シートの厚み(TO)よりも薄く(TL実施例として開示されている構成のコンデンサ部を除くすべての各層について,各別にコイル部の層よりも厚い例を挙げることができたとしても,これに加え,これらの各層のいずれをもコイル部よりも厚いものとすることが,慣用技術であるといい得る理由がない限り,これを安易に慣用技術あるいは推考容易ということはできない。
本件発明において,「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすること」の目的は,インダクタンスを高くし,導線の長さを短くすることによって,高いQ値を得ることである。しかし,前記各引用刊行物のいずれにも,高いQ値を得るという目的は記載されていない。これは,引用刊行物のほとんどが「高周波フィルタ」ではなくて「ノイズフィルタ」であるためであるが,そもそもコイル部の層を薄くすることの動機である高いQ値を得るという技術的思想が示されていない。
本件出願時においては,甲第26号証(特開平6-45185号公報)の段落【0009】に示されているように,均一の厚みのシートを使用することが一般的であり,層間の厚みを調整する際には複数枚数重ねることによってそれを行っており,シートの厚み自体を他のシートと変えることは一般的には行われていなかった。これは,均一の厚みのシートを用いることが,製造工程の単純化,シートの材料コストの低減化,及び管理コストの削減などに結びつき,製造コストの低減のために非常に有効であるという技術的意義があったためである。したがって,シートの厚みを更に薄くすることは,製造コストとの関係で通常行われていたことではなく,また引用刊行物にも記載されていない。
5 取消事由5(顕著な効果の看過) 本件発明は,脱バインダー性及び焼成の容易さの観点からの要求であるLC複合素子の厚みを薄く保つという条件の下で,フィルタの特性を向上させるための高いQ値を実現するという,複合的な効果を狙ったものである。
これを実現するために,本件発明は,コイル部とコンデンサ部との間にスペーサ層を設けること(相違点2)と,コイル部を構成するシートの厚みを他の層より薄くすること(相違点3)とを,LC複合素子の厚みをほぼ変えないという条件の下で組み合わせているものであり,単に,スペーサ層を設けて浮遊容量を小さくするということだけでは,そのような複合的な効果を得ることはできない。
実際,単にスペーサ層を設けただけでは,LC複合素子の厚みは厚くなってしまい,脱バインダー性及び焼成の容易さは低下してしまうという新たな問題が発生する。
他方,「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすること」のみが本件発明の特徴的構成ではなく,また,それのみによって本件発明の目的が達せられるわけでもない。すなわち,本件発明は,相違点2についての取消事由3に関して上述したように,脱バインダー性及び焼成の容易さの観点からの要求であるLC複合素子の厚みを薄く保つという条件の下で,フィルタの特性を向上させるための高いQ値を実現するという,複合的な効果を狙ったものである。
したがって,単に,コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くして単位厚さ当たりのコイルの巻数を向上させただけでは,そのような複合的な効果を得ることはできない。
コンデンサとコイルの間の距離を変えない条件の下で「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くする」と,浮遊容量に関しては,それは逆に増大してしまう。浮遊容量の増大は,素子のQ値の低下となって現れるため,上述の機構によっても「コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすること」によるQ値の増大が,相殺されることになってしまう。
これに対し,本件発明では,コイル部を薄くしたことによるLC複合素子の厚みの余裕分をスペーサ層を厚くすることに充当することによって浮遊容量の増加,及びQ値の減少を効果的に防止し,上記のような問題が新たに発生することを防ぐのに成功している。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について 原告は,本件発明の「LC複合部品」と,刊行物1に記載された「積層型LCフィルタ」とは,前者が高周波フィルタであるのに対して,後者はノイズフィルタであり,両者は使用目的及び特性が異なる別種のフィルタであって,異なる技術分野に属するものであるから,両者が単に「LC複合部品」である点で一致するとして,フィルタとしての相違点を看過した決定の認定は,誤りであると主張する。
しかし,決定は,本件発明の「高周波LC複合部品」と刊行物1に記載された発明の「積層型LCフィルタ」とから,使用目的や特性が特定されない上位概念としての「LC複合部品」を抽出し,両者が,「複数のシートを積層した多層基板を具備し,前記多層基板の一部のシートにコイルを構成する導体パターンを設定したコイル部と,別のシートにコンデンサを構成する導体パターンを設定したコンデンサ部とを設けるとともに,前記コイル部とコンデンサ部とを多層基板の積層方向で向かい合った位置に配置したLC複合部品。」である点で一致すると認定したものである。本件発明の「高周波LC複合部品」が高周波フィルタを得るものであり,原告主張のように,刊行物1記載の「積層型LCフィルタ」の実施例であるノイズフィルタとは異なるフィルタであるとしても,決定が一致点として認定したのは,シートを構成する材料についての限定がない,複数のシートを積層した多層基板にコイル部とコンデンサ部とを配置した複合部品としてのものである。決定は,本件発明の「高周波LC複合部品」を高周波フィルタとするための特定事項である「シートがすべて誘電体シート」である点を,相違点1として認定している。そして,上記一致点に係る構成は,本件発明の「高周波LC複合部品」も,刊行物1の「積層型LCフィルタ」も備えている。
原告は,本件発明の「高周波フィルタ」と刊行物1記載の「ノイズフィルタ」とは,目的及び特性が異なるとも主張するが,決定が,本件発明の「高周波LC複合部品」と刊行物1記載の「ノイズフィルタ」の使用目的や特性が一致すると認定したのでないことは,決定の認定から明らかである。
したがって,決定には,原告主張の一致点及び相違点の認定に誤りがあるということはできない。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 刊行物1に記載の発明において,全グリーンシートを誘電体シートにして空芯コイルとすることについて,原告は,刊行物1では,「空芯コイル」が不適切な例として記載されており,全グリーンシートを誘電体シートにすることが排除されているから,相違点1の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,刊行物1(甲第4号証)に,「グリーンシート1の材質は,磁性体,誘電体,絶縁体等を使用して自由に組み合わせることができる。・・・全グリーンシート1を誘電体シートにした場合には,キャパシタンスC1,C 2は大きな値となるが,インダクタンスLは空芯コイルと同じになって小さな値になる。」(11頁)と記載されており,空芯コイルが高周波用として用いられることが慣用手段にすぎず(特開平4-150011号公報(乙第1号証)),刊行物5(甲第6号証)において,コンデンサとコイルを,電極等を形成しない層を含めすべて誘電体層で形成しているものが開示されていることは明らかである。
原告主張のように,刊行物1に記載のノイズフィルタにおいて,インダクタンスLを形成するグリーンシートを誘電体とすることによりインダクタンスを空芯コイルとすることが採用されていないとしても,上記のように,グリーンシートを誘電体シートにした場合にはインダクタンスが空芯コイルになることが刊行物1に記載されている以上,高周波LCフィルタを形成するという目的であれば,刊行物1記載の発明において,全グリーンシートを誘電体シートにして空芯コイルとすることに格別の困難性は認められないというべきである。
原告が主張するように,「高周波フィルタ」と「ノイズフィルタ」が異なるフィルタであるとしても,両者はコイルとコンデンサを組み合わせた「フィルタ」という点で共通するものであり,しかも,多層基板のシートに導体パターンを設定してコイル部とコンデンサ部を設けたLC複合部品という共通の構成を有するものであるから,シートの材質を変えて異なる目的,特性のフィルタとすることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
(2) 原告は,刊行物5に開示されている発明は,空芯コイルでなく,「芯」を有さない「蛇行インダクタ」であるから,刊行物1記載の発明に刊行物5記載の発明を適用することはできないと主張する。
しかし,決定は,刊行物5に記載されたコイルが空芯コイルであることを認定したのではなく,刊行物5において,コンデンサとコイルを誘電体層で形成することを認定したものである。刊行物5に記載されるコイルが分布定数型のいわゆる蛇行インダクタであるとしても,これを磁性体層上に形成すれば,本件発明と同じように高周波領域では磁気損失が増大するのであり,高周波用として使用するために誘電体層上に形成してあると認められるのであるから,このような事項を刊行物1に適用して,全グリーンシートを誘電体シートにすることは容易に想到し得るものということができる。
(3) 以上のように,刊行物1の記載事項に,決定が認定した慣用手段あるいは刊行物5の記載を適用すれば,相違点1に係る本件の構成を得ることは当業者が容易に想到することができたというべきであるから,相違点1に関する決定の判断に,原告主張の誤りはない。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1記載の発明のダミーシートは,浮遊容量の低減を目的としたものでないことは明らかであって,目的が異なり,その間隔の値や決定方法が異なるから,相違点2は実質的に相違していないとした決定の認定判断は誤りであると主張する。
相違点2として決定が認定したのは,本件発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定した」のに対して,刊行物1記載の発明は,「コイル部とコンデンサ部との間に,ダミーシートを設けている」との点である。相違点2に係る刊行物1記載発明のダミーシートは,これがない場合に比べて,コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくしていることは明らかである。原告が主張する間隔の大きさやその決定方法は相違点2に係る事項ではないから,間隔の大きさやその決定方法が異なるとの根拠によっては,相違点2に関する決定の判断を誤りとすることはできない。
(2) 原告は,刊行物1記載のダミーシートに関して,「インダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2の結合度は,両者間の浮遊容量を示唆するものであるといえる」との決定の判断は誤りであるとも主張し,一般的な用語の意義中に浮遊容量を意味する例はないと主張する。
しかし,乙第2号証(「IEEE電気・電子用語辞典」(丸善平成元年発行)抜粋。甲第21号証として提出されたものとは別の頁のもの)には,「容量結合」の意味として,「容量結合(妨害に関する用語) 妨害源と信号システムの間の容量による結合であり,妨害源により作り出される電界により,妨害を信号システムに与える。」(714頁)と記載され,その付属図には,妨害源と信号システムの間の浮遊容量による「容量結合(妨害)」が記載されていること,「結合」の意味として,「(4)(干渉専門語)(電気回路) あるシステムが他のシステムへ及ぼす影響。(1)例えば,伝送システムでの干渉源の影響。」(165頁)と記載され,さらに,「結合係数」として「結合係数 2つの回路網にある同種の素子のインピーダンスの積の平方根に対する,両者の結合インピーダンスの比率,注:(1)抵抗,容量,自己誘導,及び誘導結合の場合にのみ用いる。」(165〜166頁)と記載されていることが認められる。したがって,一般的な用語の意義中に浮遊容量を意味する例はないとする原告の主張は,失当である。
原告は,刊行物1発行当時の本件発明や刊行物1記載の発明に係る技術分野の技術的課題を考慮すると,「結合度」は「積層体同士の物理的な密着性」を意味すると解釈するのが自然であると主張する。
しかし,コイルやコンデンサ等の電気部品が近接して配置された場合に,その間に浮遊容量が生じるのが,当業者の技術常識であることは自明である。刊行物1には,結合度に関して,「インダクタンスLとキャパシタンスC1,C 2の結合度」と記載されているが,「インダクタンス」及び「キャパシタンス」は,一般的には,回路要素を表す技術用語であるから,刊行物1の記載からは,結合度は印刷シート間の物理的な密着性をいうのではなく,回路要素間の容量的結合を意味すると解すべきである。また,刊行物1(甲第4号証)には「結合度をある程度自由に調整する」(12頁3〜4行)と記載されており,刊行物1において,「物理的な密着性」を自由に調整する必要性は認められないから,原告主張のように解することはできない。
したがって,決定が,「結合度」を容量結合に関するものであり,浮遊容量による結合を示唆するものであると判断した点に誤りはない。
(3) 原告は,刊行物1,5〜13は,いずれも本件発明のスペーサ層に相当する構成を開示するものではなく,刊行物6,7の寄生容量に関する記載は,素子自体に関するものでなく,同素子を使用した回路全体の効果を述べたものにすぎないと主張する。
しかし,上記刊行物には,いずれにも,コイル部とコンデンサ部との間に層を介在させる構成が開示されている。また,刊行物6(甲第7号証)の段落【0006】における,「【作用】・・・また,積層チップコンデンサに対向するインダクタの面には帯状導体線路が形成されていないフェライト層又はバリスタ層が介在していること等により,層の密着性がよくなり,磁束のもれを減らすことになりインダクタンスを大きくし,小型化が図れるとともに,実装密度を高くでき,寄生インダクタンスや浮遊容量による影響が少なくなり,減衰特性のバラツキが少ない周波数特性のよい信頼性の高いEMI除去フィルタが得られる。」との記載は,チップコンデンサとインダクタ間のフェライト層又はバリスタ層からなる層についての記載であることは明らかであるから,スペーサ層により浮遊容量による影響が少なくなることが記載されていると認めることができる。刊行物6と同一人の出願人による同一出願日に係る公開特許公報である刊行物7(甲第8号証)についても,段落【0006】から同様に認めることができる。
そうすると,コイル部とコンデンサ部との間に,本件発明のように,スペーサ層を設定することは周知であり,これらの層が,コイル部とコンデンサ部との間の容量的結合を減少させることは当業者に自明であるから,相違点2に係る構成を格別の困難性がないとした決定の判断に,原告主張の誤りはない。
4 取消事由4(相違点3の判断の誤り)について (1) 決定は,相違点3を,「コイルを構成する層の厚みを上下の保護層等の厚みよりも薄くすることは,刊行物1,6,7,10,11,14にも示されるように単なる慣用手段にすぎず,当業者が適宜採用し得るものである」と判断したが,原告は,刊行物1,6,7,10,11,14には,「コイル部を構成する層の厚みをコンデンサ部を除く『他のすべての層』より薄くする」という技術的思想は実質的に開示されていないと主張する。
刊行物1に,「複数のグリーンシートを積層した積層体を具備し,前記積層体の一部のグリーンシートに導電ペーストを印刷塗布したインダクタンスと,別のグリーンシートに導電ペーストを印刷塗布したキャパシタンスとを設けるとともに,前記インダクタンスとキャパシタンスとを積層体の積層方向で向かい合った位置に配置した積層型LCフィルタにおいて,インダクタンスとキャパシタンスとの間に,ダミーシートを設け,かつ,上下にそれぞれ3枚のグリーンシートから構成されたダミーシートを積層した積層型LCフィルタ」が記載されていることは,決定が認定したとおりであり,この点は原告も争っていない。
刊行物1には,インダクタンスを形成するグリーンシートの厚さと,上下のダミーシートを構成するグリーンシートの厚さとの関係についての記載はない。しかし,特に記載のない限り,各グリーンシートの厚さは同一であると考えるのが自然であり,LC複合部品の技術分野において,均一の厚さのシートを使用することが一般的であることは,原告も自ら主張しているところである。また,本件明細書にも,従来例として,コンデンサ部の層だけを薄くし,他の層はすべて同じ厚みにしたものが記載されている(段落【0010】,甲第3号証)。
そうであれば,刊行物1記載の積層型LCフィルタの3枚のグリーンシートから構成されたダミーシートは,インダクタンスを形成するグリーンシートよりの厚さが厚いものとなるから,刊行物1には,「コイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みを,上下の保護層のダミーシートよりも薄く設定する」ことが記載されているといえる。
(2) 刊行物1(甲第4号証)には,決定認定のとおり,「インダクタンスとキャパシタンスとの間に,ダミーシートを設け」た構成が記載されており,これは,上記3で検討したとおり,本件発明の「コイル部とコンデンサ部との間に,該コイル部及びコンデンサ部間の間隔を大きくするスペーサ層を設定した」構成と実質的に相違はない。
刊行物1には,上記ダミーシートとインダクタンスを形成するグリーンシートとの厚さの関係について記載はないが,その材質によって,インダクタンスとキャパシタンスの間の結合度をある程度自由に調節し,インダクタンスとキャパシタンスの結合度によっては挿入しなくても差し支えないことが記載されている(11頁19行〜12頁7行参照)。また,刊行物11(甲第12号証)には,コイル部とコンデンサ部との間に,電極を形成しないグリーンシートを複数枚重ねて配置することが記載されている(3頁右上欄13〜20行及び図5,図6参照)。
そうすると,高周波LC複合部品を得るためのインダクタンスとキャパシタンスとの間の結合度を減少させて浮遊容量を減少させ,高Q値のインダクタンスを得るため,コイル部とコンデンサ部との間のダミーシートの厚みをコイル部に設定した最上部の導体パターンと最下部の導体パターンの間に位置するシートの厚みよりも厚く設定することは,当業者が容易になし得ることであるというべきである。
また,上記以外で,コンデンサ部を除くその他のシートの厚みをどのようにするかは,インダクタンスや浮遊容量に実質的に影響しないものであるから,設計上の事項にすぎないというべきものである。
したがって,刊行物1に記載される積層型LCフィルタにおいて,相違点3に係る本件発明の構成を採用することは,当業者が容易になし得る事項であるから,その判断に誤りがあるとする原告の主張は理由がない。
(3) 原告は,本件出願時においては,均一の厚みのシートを使用することが一般的であり,層間の厚みを調整する際には複数枚数重ねることによってそれを行っており,シートの厚み自体を他のシートと変えることは一般的には行われていなかったから,コイル部を構成する層の厚みを他の層より薄くすることに困難性があると主張する。
しかし,本件明細書(甲第3号証)には,本件発明の従来例として,コンデンサ部のシートの厚みを他の層より薄くすることが記載されており(段落【0014】),コンデンサやコイルを形成するシートの厚みをどのようにするかは,必要な特性のフィルタを設計する際に当業者が適宜設定すべき事項であると認められる。本件明細書(甲第3号証)にも「スペーサ層の層数は,任意の層数で良い。」(段落【0063】)と記載されており,本件発明のようにシートの厚み自体を調整するか,刊行物1等に記載されるように複数枚重ねて使用するかは,当業者が適宜採用し得る事項であるというべきである。
5 取消事由5(顕著な効果の看過)について 上記3及び4で検討したとおり,相違点2は実質的な相違点とはいえず,相違点3についても,コイルを構成するシートの厚さをスペーサ層を構成するシートの厚さよりも薄く設定することは,高周波LC複合部品を構成するという目的の下,当業者が容易に想到することができるものである。
脱バインダー性及び焼成の容易さから,LC複合部品の全体の厚さを薄く保つというのは,当業者に周知な課題であって,原告主張のような,コイル部のシートの厚さを薄くしてインダクタンスを大きくするともに,コイル部とコンデンサ部との間の浮遊容量を減少させるため,スペーサ層の厚さをコイル部より厚くすることは,当業者が容易に採用し得る事項であり,これにより高いQ値のインダクタンスを得ることも,当業者が刊行物1等の記載から予測可能なものである。
したがって,本件発明の顕著な効果を看過したとする取消事由5も,理由がない。
結論
以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実