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事件 令和 5年 (行ケ) 10061号 特許取消決定取消請求事件
5
原告株式会社IHI
同訴訟代理人弁護士 三縄隆
同 松村啓 10 同訴訟代理人弁理士 服部智
同 黒瀬雅一
同 片岡央
被告特許庁長官 15 同指定代理人鈴木充
同 間中耕治
同 槙原進
同 海老原えい子
同 須田亮一 20 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 25 特許庁が異議2021−700789号事件について令和5年5月1日にし た異議の決定のうち、特許第6880823号の請求項1、3及び4に係る特 1許を取り消すとの部分を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経過等(当事者間に争いがない。) (1) 原告は、発明の名称を「燃焼器及びボイラ」とする発明について、平成 5 29年2月24日の特許出願を経て、令和3年5月10日に本件特許(特許 第6880823号)に係る特許権の設定登録を受けた(請求項の数4)。 (2) 本件特許(請求項1〜4に係るもの)について、令和3年8月10日に 特許異議の申立てがされ、特許庁は、同申立てを異議2021−70078 9号事件として審理を行った。 10 (3) 原告は、令和4年9月21日付けで取消理由通知(決定の予告)を受け たことから、その意見書提出期間内である同年11月25日、本件特許の特 許請求の範囲の訂正請求をし、さらに同年12月15日付けで訂正拒絶理由 通知を受けたため、令和5年1月17日、上記訂正請求に係る手続補正をし た(以下、同補正後の訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。これによ 15 り請求項2は削除されており、本件訂正後の請求項の数は3となった。 。) (4) 特許庁は、令和5年5月1日、本件訂正を認めた上で、本件特許の請求 項1、3及び4に係る特許を取り消し、請求項2に係る特許についての特許 異議の申立てを却下するとの異議の決定(以下「本件決定」という。)をし、 その謄本は同月11日原告に送達された。 20 (5) 原告は、令和5年6月9日、本件決定のうち、本件特許の請求項1、3 及び4に係る特許を取り消すとした部分の取消しを求める本件訴訟を提起し た。 2 本件発明の内容 (1) 特許請求の範囲の記載 25 本件特許の特許請求の範囲の記載(本件訂正後のもの)は、以下のとおり である(以下、本件訂正後の特許請求の範囲の記載によって特定される発明 2を「本件発明」といい、その各請求項に係る発明を個別に指すときは、請求 項番号に対応して「本件発明1」などという。 。) 【請求項1】 複数のバーナが二次元状に配置され、前記バーナから燃料を噴射して 5 燃焼させる燃焼器であって、 複数の前記バーナは、垂直に設けられた炉壁に二次元状に設けられ、 前記炉壁に設けられた複数の前記バーナは、第1燃料であるアンモニ アの噴射領域の周囲に前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域を 形成し、 10 個々の前記バーナは、二重管状あるいは三重管状に形成されており、 中心から前記アンモニアを噴射し、周囲から前記第2燃料及び燃焼用空 気を噴射することを特徴とする燃焼器。 【請求項2】 (削除) 15 【請求項3】 前記第2燃料は微粉炭であり、 噴射された前記アンモニアの周囲には、前記第2燃料の燃焼によって 発生する還元領域として機能する高温度領域が形成されることを特徴と する請求項1に記載の燃焼器。 20 【請求項4】 複数のバーナが二次元状に配置され、前記バーナから燃料を噴射して 燃焼させる燃焼器を備えるボイラであって、 複数の前記バーナは、垂直に設けられた炉壁に二次元状に設けられ、 前記炉壁に設けられた複数の前記バーナは、第1燃料であるアンモニ 25 アの噴射領域の周囲に前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域を 形成し、 3個々の前記バーナは、二重管状あるいは三重管状に形成されており、 中心から前記アンモニアを噴射し、周囲から前記第2燃料及び燃焼用空 気を噴射し、 噴射された前記アンモニアの周囲には、前記第2燃料の燃焼によって 5 発生する還元領域として機能する高温度領域が形成されていることを特 徴とするボイラ。 (2) 本件特許明細書(甲14)には、次のような開示があることが認められ る。 ア 本発明は、燃焼器及びボイラに関する(【0001】。) 10 イ 従来、アンモニアを燃料として燃焼させる燃焼装置が開示されている。 燃焼の技術分野ではアンモニアは専ら還元剤として用いられているが、 この燃焼装置は、燃焼ガスに含まれる二酸化炭素の濃度を低減すること を目的として水素キャリアとしてのアンモニアを燃料として用いるもの である。また、この燃焼装置は、アンモニアあるいはアンモニアと天然 15 ガスとの予混合ガスをガスタービンの燃焼器で燃焼させるものである (【0002】 。) ところで、燃焼器内の燃焼場は燃焼器の用途によって大幅に異なり、 ガスタービンの燃焼器における燃料場とガスタービン以外の燃焼器にお ける燃料場とでは燃焼条件が大幅に異なっている。ガスタービンを念頭 20 に置いた、アンモニアを燃料として燃焼させる際の窒素酸化物(NOx) の低減手法は、上述した燃焼場の違いからガスタービン以外の燃焼器、 例えばボイラにそのまま適用することができない(【0004】【000 5】 。) 本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、二酸化炭素 25 (CO2)削減の観点から石炭火力においてアンモニアを燃料として活 用するに際し、微粉炭とアンモニアとを燃料として燃焼させるボイラに 4おいて窒素酸化物(NOx)を低減することを目的とするものである (【0005】 【0006】 。、) ウ 本発明では、ボイラに係る解決手段として、下記の第1〜第4のいずれ かの解決手段に係る燃焼器を備える、という手段を採用する (【001 5 1】。) (ア) 第1の解決手段 複数のバーナが二次元状に配置され、前記バーナから燃料を噴射して 燃焼させる燃焼器であって、第1燃料であるアンモニアの噴射領域の周 囲に前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域が形成される、とい 10 う手段(【0007】) (イ) 第2の解決手段
上記第1の解決手段において、複数の前記バーナは、第1燃料を噴射 するバーナと、前記第1燃料を噴射するバーナの周りに配置される第2 燃料を噴射するバーナとからなる、という手段(【0008】) 15 (ウ) 第3の解決手段
上記第1の解決手段において、個々の前記バーナは、内側と外側とで 異なる燃料を噴射できるように形成され、前記内側から第1燃料を噴射 し、前記外側から前記第2燃料を噴射する、という手段(【0009】) (エ) 第4の解決手段 20 上記第1〜第3のいずれかの解決手段において、前記第2燃料は微粉 炭である、という手段(【0010】) エ 本発明によれば、微粉炭とアンモニアとを燃料として燃焼させるボイラ において窒素酸化物(NOx)を低減することが可能である (【001 2】 。) 25 オ 第1実施形態(図1、2) (ア) 例えば、個々のバーナM11〜M33、N11〜N33は三重管状 5に形成されており、内側管にアンモニア(第1燃料)が供給され、中 央管に微粉炭(第2燃料)が供給され、外側管に燃焼用空気が供給さ れる。したがって、火炉1内には、図示するように各々のバーナM1 1〜M33、N11〜N33について、アンモニア(第1燃料)の噴 5 射領域(アンモニア噴射領域Sa)の周囲に微粉炭(第2燃料)の噴 射領域(微粉炭噴射領域Sb)が形成される。【0026】 (イ) ここで、本第1実施形態に係る燃焼器A及びボイラでは、各々の バーナM11〜M33、N11〜N33は、アンモニア噴射領域Sa の周りに微粉炭噴射領域Sbが形成されるようにアンモニア(第1燃 10 料)及び微粉炭(第2燃料)を火炉1内に噴射する。周知のようにア ンモニア(第1燃料)は、微粉炭(第2燃料)よりも燃焼性が低く、 一般に燃え難いが、燃焼性に優れた微粉炭(第2燃料)がアンモニア (第1燃料)より先行して燃焼することにより、火炉1内に噴射され たアンモニア(第1燃料)の周囲には、微粉炭(第2燃料)の燃焼に 15 よって発生する高温度領域Skが形成される。【0029】 (ウ) この高温度領域Skは、アンモニア(第1燃料)の熱分解を促進し、 アンモニア(第1燃料)の酸化(NOx化)を抑制する。すなわち、
上記高温度領域Skはアンモニア(第1燃料)に対して還元領域とし て機能するものであり、アンモニア(第1燃料)は、高温度領域Sk 20 に曝されることにより、水素ガス(H 2 )と窒素ガス(N2 )とに熱分 解し、窒素酸化物(NOx)の生成が抑制される。このような高温度 領域Skのアンモニア(第1燃料)に対する還元作用は、アンモニア (第1燃料)と微粉炭(第2燃料)との混合燃焼実験によっても確認 されており、燃焼温度を高くする程に窒素酸化物(NOx)の生成率 25 が低下することが確認されている。【0030】 (エ) このような第1実施形態によれば、各々のバーナM11〜M33、 6N11〜N33において、アンモニア噴射領域Saの周りに微粉炭噴 射領域Sbが形成されるようにアンモニア(第1燃料)及び微粉炭 (第2燃料)を噴射する燃焼器Aをボイラに採用するので、アンモニ ア(第1燃料)を燃料として燃焼させるに際して窒素酸化物(NOx) 5 を低減することが可能である。【0031】 【図1】 10 7【図2】 3 本件決定の理由の要旨 本件決定は、本件発明1、3及び4はいずれも主引用例である甲2(本件特 5 許出願前に頒布された刊行物である特開2013−2658号公報)に記載さ れた発明(甲2発明)及び副引用例である甲1(実願昭52−151682 号・実開昭53−79782号のマイクロフィルム)に記載された技術(甲1 技術)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断し た。その理由の抜粋を別紙に掲げる。 10 4 本件決定(本件特許取消部分)の取消事由と争点 (1) 取消事由1(相違点1関係) ア 甲1技術の認定の誤り イ 甲2発明に対して甲1技術を適用する動機付けの欠如 ウ 相違点1についての容易想到性の判断の誤り 15 (2) 取消事由2(相違点2関係) 相違点2の判断の誤りに基づく本件発明3及び4の進歩性判断の誤り 8第3 当事者の主張 1 甲1技術の認定の誤り(取消事由1ア)について 【原告の主張】 以下のとおり、本件決定における甲1技術の認定(「錐状炎」及びバーナの 5 噴射態様関係)には誤りがある。 (1) 「錐状炎」の認定について 甲1の記載からは「錐状炎」が如何なる炎であるか不明である。すなわ ち、甲1の図面において、「錐状炎7」が一つだけ存在するのか(その場合 の錐状炎は、鉛直方向に回転対称軸を有する、中空でほぼ円筒形の単一の炎 10 ということになる。 、複数の炎が円環状に並んで存在するのか明らかでない ) 上、前者だとすると、如何にしてアンモニアガスが「空所」を介して「中空 な錐状炎」の外側にある「一方の反応領域」へ拡散できるのか不明であり、 後者だとすると、アンモニアガスが「中空な錐状炎7の空所」へ供給される ことはあり得ないことになる。 15 このように甲1の記載は不明確であり、甲1技術は認定できない。 (2) バーナの噴射態様の認定について 仮に甲1から「錐状炎」の態様が認定できるとしても、甲1記載によれ ば、「アンモニヤガス」が「一方の反応領域」と「第2の反応領域」につい て「これら両領域の温度はアンモニヤの燃焼に合わされて」とあることから 20 すると、錐状炎の外側の「一方の反応領域」及び内部の「第2の反応領域」 の両領域でアンモニアガスが燃焼されるはずである。そうすると、甲1の バーナ2の態様を「二重管状あるいは三重管状に形成されており、中心から 前記アンモニアを噴射し、周囲から前記第2燃料及び燃焼用空気を噴射する 態様」とする本件決定の認定(別紙「本件決定の理由(抜粋)」の2(2)ア) 25 は誤りである。 【被告の主張】 9(1) 「錐状炎」の認定について 甲1において、アンモニアガス、コークス炉ガス及び燃焼用空気が3つ の別々の通路から供給されており、コークス炉ガスが中央に空所を有する全 体として単一の環状の流出口から管状炉内へ噴出するものであることに照ら 5 せば、コークス炉ガスの燃焼により生じる「錐状炎」は、中央に空所を有す る全体として環状の単一の炎であることが明確に把握される。甲1における 「錐状炎」に関する記載が不明確であるとする原告の主張は理由がない。 (2) バーナの噴射態様の認定について アンモニアガスの燃焼領域については、甲1の「アンモニヤガスは、通 10 路としての分配ランス5を通って、環状の中空な錐状炎7の領域6へ流れ込 む」のであり、「錐状炎を包囲する外側範囲」にある「一方の反応領域」に は供給されず、中空な「錐状炎の内部」にある「第2の反応領域」に供給さ れる。こうした点を踏まえれば、アンモニアガスは、「錐状炎を包囲する外 側範囲」にある「一方の反応領域」には供給されず、中空な「錐状炎の内部」 15 にある「第2の反応領域」に供給されることが明らかである。 2 甲2発明に対して甲1技術を適用する動機付けの欠如(取消事由1イ)に ついて 【原告の主張】 仮に甲1技術が認定できたとしても、以下のとおり、当業者は甲2発明と甲 20 1技術を組み合わせる動機を有しない。 (1) 石炭を燃料として燃焼させる石炭ボイラに係る甲2発明と、コークス炉 に発生するアンモニア除去を課題とする甲1技術とは、技術分野、課題が異 なる。個別には以下の違いがある。 ア 甲2発明が想定する温度領域(甲13によれば、微粉炭を燃焼させるボ 25 イラ装置においてバーナ近傍の温度は1300度以上に達する。)と、甲 1技術が想定する温度領域(甲33によれば、アンモニアガスの自燃温 10 度は760度〜980度)は異なっている。 イ 甲2発明は複数のバーナを備える燃焼器に係る発明であるが、甲1技術 ではバーナを複数備えることは想定されていない。すなわち、甲1技術 は「コークス炉ガスを生成する際に」生ずる「アンモニヤ」を「比較的 5 低温での燃焼」により除去することを目的とする技術であり、甲2発明 のようなボイラ装置と異なり、火炉全体を均一に温めるため複数のバー ナで高温の雰囲気を作り出すことを目的としていない。 (2) 本件決定が上記動機付けを導く技術常識の根拠とする甲3は、あくまで 当時進行中の研究成果を示すだけであって、「二酸化炭素排出量を低減する 10 ために微粉炭燃焼場にアンモニアを燃料として投入すること」が当時周知で あったことの根拠とはならない。甲3がプレスリリースとして発表された事 実自体が、当時まだ、当業者の間で、微粉炭燃焼場でアンモニアが燃料とし て利用できるとまで広く認識されていなかったことを裏付けている。乙1に 関するSIPの取組も、2018年度に終了したものであり、2017年 15 (本件特許の出願年)に公知の乙1にはその途中経過までしか報告されてい ない。 (3) 後記被告主張(1)は、甲1〜3と乙1〜4を用いることで、独立した二 以上の引用発明を組み合わせて主引用発明とし、あるいは、甲1技術を他の 文献を参酌して拡張(甲1には「アンモニアを燃料として利用する」ことは 20 記載されていないのに、これが記載されているかのように認定している。) したりすることにより、進歩性否定の論理付けをしたものであって、失当で ある。 【被告の主張】 本件特許の出願時の技術常識を参酌すると、以下のとおり、当業者は、甲2 25 発明と甲1技術とを組み合わせる動機を有するといえる。 (1) 本件特許の出願当時、二酸化炭素排出量を低減することが社会的要請で 11 あり周知の課題であった。戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) 「エネルギーキャリア」の下で研究開発が行われ、石炭燃焼の技術分野にお いて、アンモニアを微粉炭発電ボイラ用燃料として投入し二酸化炭素排出量 を低減することが試みられていた(甲3、乙1)。そして、SIPと同時期 5 に微粉炭とアンモニアとをボイラの炉内で燃焼させる発電設備に関する特許 出願もされていた(乙2〜4)。コークス炉ガスに含まれるアンモニアの燃 焼熱を熱源として利用することは、本件特許の出願時における技術常識で あったといえる(乙5〜7)。こうした点を踏まえると、アンモニアを燃料 として用いて二酸化炭素排出量を低減すること、また、二酸化炭素排出量を 10 低減するために微粉炭燃焼場にアンモニアを燃料として投入することも、周 知なもの又は技術常識といえる。 そして、甲3は進行中の研究に関するものとはいえ、既に研究の成果を 出し、可能性が見出され、実用化が期待されていることを示すものであり、 本件特許の出願当時においても、二酸化炭素排出量を低減するため、アンモ 15 ニアを燃焼する甲1技術を採用する動機付けは十分あるというべきである。 (2) また、甲2発明は、燃料(微粉炭)の燃焼熱を熱源として利用するもの であるところ、甲1にもアンモニアガス4の燃焼熱を利用して油18を加熱 することが記載されている。甲1に記載された課題それ自体は、 『コークス 「 炉ガスを生成する際に』生ずる無用な『アンモニヤ』を『除去する』こと」 20 であるとしても、甲1技術に接した本件特許の出願時の当業者であれば、上 記周知ないし技術常識を踏まえ、アンモニアガスの燃焼熱を何らかの熱源と して利用することを自然に想起し得る。そうすると、甲2発明と甲1技術と は、燃料の燃焼熱を熱源として利用するという点で技術分野が関連するもの であり、微粉炭燃焼ボイラに関する発明である甲2発明において、二酸化炭 25 素排出量を低減するため、アンモニアを燃焼する甲1技術を採用する動機が あるといえる。 12 (3) 甲3及び乙1〜4は、特許法29条2項における「その発明の属する技 術の分野における通常の知識」を示すものであって、これらについて独立し た二以上の引用発明を組み合わせて主引用発明としたとか、あるいは、甲1 技術を他の文献を参酌して拡張したとかする原告の主張は失当である。 53 相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1ウ)について 【原告の主張】 本件発明と甲1技術には以下のような差異があることから、甲2発明に甲1 技術を適用しても本件発明の噴射領域を構成することはできず、本件発明を得 ることはできない。 10 (1) 本件発明の噴射領域は、微粉炭噴射領域Sbが先端を開口した中空箇所 を有さずにアンモニア噴射領域Saを覆っているものである。また、微粉炭 (第2燃料)噴射領域Sb、アンモニア噴射領域Saのいずれも高温度領域 Skに含まれる構造である。そのような構造を用いて、アンモニア噴射領域 Saを微粉炭噴射領域Sbの中に定めることにより、高温度領域Skの一部 15 であるアンモニア噴射領域Saへと確実にアンモニアを噴射でき、その結果、 アンモニアの熱分解を効率よく行い、「酸化(NOx化)」を抑制(低減)す ることができる作用機序を有する。 そのような構造を有する本件発明は、「空所」や「充分冷却された雰囲気」 を用いる甲1技術と異なる。本件発明における微粉炭噴射領域Sbはアンモ 20 ニア噴射領域Saを取り囲む周囲に存在し、甲1にあるような先端が開口し た中空箇所は設けられていない。本件決定が本件発明の「アンモニア噴射領 域Saの先端側には、H?と反応するための酸素が供給されている」とした 認定(別紙「本件決定の理由(抜粋)」の2(2)エ)は誤りである。 (2) さらに、本件発明の作用機序は、アンモニア噴射領域Saを、微粉炭噴 25 射領域Sbの中に定めることにより、高温度領域Skの一部であるアンモニ ア噴射領域Saへと確実にアンモニアを噴射し、その結果、アンモニアの熱 13 分解を効率よく行い、酸化(NOx化)を抑制(低減)するものであり、 「アンモニヤガス」が「空所」を介して「中空な錐状炎」の外側の「充分冷 却された雰囲気」へ拡散し、これにより「アンモニヤガス」の「窒素原子」 が「酸素原子とあまり化合することはできない」ようにしている甲1技術と 5 は、作用機序も異なる。 【被告の主張】 (1) 本件発明及び甲1技術の噴射領域は、どちらも、アンモニアとは異なる 微粉炭(第2燃料)燃焼領域の内側にアンモニアを噴射し、アンモニア熱分 解の生成物が当該燃焼領域から流出する構造を有するとともに、噴射された 10 アンモニアを熱分解し、窒素酸化物の生成を抑制するという作用機序をもた らすものであるから、噴射領域の構造及び作用機序に関して差異はない。 (2) 本件発明の微粉炭噴射領域Sbはアンモニア噴射領域Saを覆っている ものであるとの原告の主張は、特許請求の範囲及び本件明細書の記載に沿っ たものではなく、前提において誤りである。本件明細書の記載に照らせば、 15 本件発明はアンモニアの熱分解で生じた水素ガス(H?)を燃焼するもので あって、その燃焼が生じるに足る程度の酸素が存在するはずである。 4 相違点2の判断の誤りに基づく本件発明3及び4の進歩性判断の誤り(取 消事由2)について 【原告の主張】 20 本件決定が行った本件発明3及び4の進歩性に関する判断、具体的には相違 点2の「還元領域」及び「高温度領域」に関する容易想到の判断には誤りがあ る。 すなわち、本件発明3及び4の「還元領域」とは、「高温度領域Skのアン モニア(第1燃料)に対する還元作用」が行われる領域を意味し、この「還元 25 領域」において、アンモニア(第1燃料)は、高温度領域Skに曝されること により、水素ガス(H?)と窒素ガス(N?)とに熱分解し、窒素酸化物(N 14 Ox)の生成が抑制される。高温度領域Skは、微粉炭噴射領域Sb及びアン モニア噴射領域Saの両方を領域の一部として含むものであって、本件決定が 「アンモニア噴射領域の内側まで『高温度領域』が形成されていること意味す るとは、解されない」とした認定判断(別紙「本件決定の理由(抜粋)」の3 5 (2)オ)は誤りである。 以上を踏まえると、本件発明3及び4は、アンモニアの高温での熱分解を利 用するのに対し、甲1技術はアンモニアガスを比較的低温で燃焼させるもので あり、そもそもの技術的思想が異なる。甲1技術は本件発明3、4の高温度領 域Skに相当する構成を有さず、甲2発明に甲1技術を組み合わせても、本件 10 発明3及び4は得られない。 【被告の主張】
原告は、本件発明3及び4はアンモニアガスを比較的低温で燃焼させるもの、 甲1技術はアンモニアの高温での熱分解を利用するものであるとして、その技 術的思想の違いを強調するが、以下のとおり失当である。 15 すなわち、高温で低酸素の状態(還元性雰囲気)において、アンモニアと酸 素の反応が抑制され、アンモニアが窒素と水素とに熱分解されること、その結 果として、有害な窒素酸化物の生成が抑制されることは、本件特許の出願時に おける技術常識であった(乙8〜10)。こうした技術常識を踏まえると、甲 1技術は、第2の反応領域において、供給されたアンモニアガスが窒素と水素 20 に熱分解され、水素ガスの燃焼反応を生じ、窒素原子が錐状炎から離れた位置 に流出するものと理解される。 甲1に記載されている従来技術も、燃料の燃焼によってアンモニアガスを加 熱してから、分解領域に通し、最後に完全燃焼させるものであるから、「分解 領域」において「加熱されたアンモニヤガス」を熱分解して、燃焼させるもの 25 であるところ、甲1技術は、この従来技術につき「費用は非常に高価」という 課題を解決しようというものであるから、従来技術と同様のアンモニアガスを 15 熱分解して燃焼させるという反応を前提にしていると考えられる。この甲1技 術の「第2の反応領域」は、酸素の少ない還元性雰囲気であり、所定の温度に 加熱されるものであるから、甲1技術の「第2の反応領域」においてアンモニ アガスが熱分解されると理解することは、技術常識とも整合するものである。 5 甲1技術の還元性雰囲気の領域(第2の反応領域)は、「比較的低温」でア ンモニアガスが燃焼する領域とされているが、甲1における「比較的低温」と は、錐状炎7を包囲する外側の範囲で酸素が直接燃焼ガス流であるコークス炉 ガスに当たる領域の温度と比較して「低温」であることを意味すると解され、 錐状炎7よりは低温であるが、アンモニアの熱分解が生じる程度の温度と解さ 10 れるのであり、本件発明3及び4の高温度領域Skと異なるものである。 なお、本件発明3及び4は「噴射された前記アンモニアの周囲には、前記第 2燃料の燃焼によって発生する還元領域として機能する高温度領域が形成され る」ものであるから、「噴射された前記アンモニア」が存在する領域と、「前記 第2燃料の燃焼によって発生する還元領域として機能する高温度領域」とは、 15 それぞれ別の領域として区別されるものであって、「アンモニア噴射領域の内 側まで『高温度領域』が形成されていること意味するとは、解されない」とし た本件決定に誤りはない。 第4 当裁判所の判断 1 引用例の記載事項 20 (1) 甲2(主引用例)には以下の記載があることが認められる。 ア 【技術分野】 【0001】 本発明は、互いに対向する缶前壁及び缶後壁に、それぞれ複数の バーナを縦横に並べて配置して成る対向燃焼ボイラを備えた対向燃焼 25 ボイラ装置に関するものである。 イ 【0016】 16 図1に示すように、この石炭焚きタワーボイラ装置1は、互いに 対向する缶前壁11及び缶後壁12を有していると共に上部に過熱器 及び再熱器を配置した全体で箱型を成す石炭焚きボイラ10を備えて いる(過熱器及び再熱器は図示省略)。 5 【0017】 また、この石炭焚きタワーボイラ装置1は、燃料の石炭を粉砕し て微粉炭を製造する複数のミル2(2A〜2D)と、複数のミル2か らの微粉炭を石炭焚きボイラ10側に送る給炭管4(4A〜4D)と、 この給炭管4により運ばれるミル2からの微粉炭を一次空気とともに 10 石炭焚きボイラ10内部に供給する複数のバーナ3から成るバーナ群 30を備えている。 【0018】 このバーナ群30は、バーナ3を水平方向に複数並べて成るバー ナ列31を垂直方向に複数段並べて成っており、この実施例では、図 15 2に示すように、バーナ3を水平方向に6個並べてバーナ列31を形 成し、このバーナ列31を4段並べてバーナ群30を形成している。 このバーナ群30は、4段のバーナ列31の各バーナ3同士が互 いに対向するようにして石炭焚きボイラ10の缶前壁11及び缶後壁 12にそれぞれ配置されている。 20 ウ 【0020】 缶前壁11及び缶後壁12の各バーナ群30の上方で且つ壁幅方 向(水平方向)には、二次空気を通す二段燃焼用ポート13がそれぞ れ複数並べて配置されており、これらの二段燃焼用ポート13の両端 には、サイドポート14が配置されている。二次空気は、これらの二 25 段燃焼用ポート13及びサイドポート14により分配されて石炭焚き ボイラ10内に供給され、ポート13、14個々の空気通過量は、手 17 動ダンパ5により運転前の段階でそれぞれ設定されるようになってい る。 エ 図面 【図1】 【図2】 5 10 (2) 甲1(副引用例)には以下の記載があることが認められる(下線は本判 15 決による注記である。 。) ア 考案の詳細な説明 本考案は、コークス炉ガスの精製の際生ずるガス―蒸気混合気の燃焼 装置に関する。 コークス炉ガスを精製する際に特に生ずるアンモニヤは、空中窒素固 20 定工業の分野における技術の開発以来、競争性がないため実用的には無 用なものとして考えられていた。この理由で、既に長年来アンモニヤを できるだけ費用を節約して除去するように非常な努力が払われて来てお り、環境特に空気汚染に関して法律の不断にきびしくなる要求を考慮す るようにしている。 25 この点を考慮して、煙道ガスと共に大気中へ放出される窒素酸化物を できるだけ少なくするように、アンモニヤを燃焼させることも提案され 18 ている。放出されるアンモニヤガスを炉において燃焼させることも公知 である(米国特許第3000693号明細書)。 イ しかしながらアンモニヤガスを燃焼する際に生ずる熱を経済的に利用す ることは知られており、コークス工場およびガス工場のガスを処理する 5 際に生ずるアンモニヤを燃焼する別の提案もある(ドイツ特許第120 2772号明細書)。この方法によれば、反応装置において、アンモニヤ ガスは燃料の燃焼により加熱され、続いて高温ガス混合気が、耐熱性充 填材あるいはニツケル触媒を満たされた任意の形の分解領域を通して導 かれ、最後に第3の領域においてさらに空気を付加して完全に燃焼させ 10 る。この提案された方法を実施するために必要な費用は非常に高価であ る。したがって3つの異なった領域とガス、空気およびアンモニヤ用の 別々の入口をもつ特別な反応装置が設けられる。最後に、燃焼熱を完全 に利用するために、煙道ガスは、後に接続された廃熱ボイラに導かねば ならない。 15 ウ 本考案の目的は、上述の欠点のない燃焼装置を提供することにある。 この目的を達するため、本考案によれば、バーナが、アンモニヤガス、 コークス炉ガスおよび燃焼用空気を同時に供給する3つの別々な通路を もち、これら通路のうちコークス炉ガスを導く通路が、環状流出口をも つノズルに終っており、このノズルの中心に、アンモニヤガスを導く分 20 配ランスの形の通路が開口しており、燃焼用空気を導く通路が分配ラン スおよびノズルを包囲しており、バーナが、熱伝達媒体の通るコイル管 を設けられた炉空間内へ入り込んでいる。 こうしてバーナは通常の圧力すなわち大気圧のガス圧でしかも低温の自 立炎で動作し、コークス炉ガスおよび空気はアンモニヤガスと混合され 25 ず、別々に火炎へ供給され、換言すれば、アンモニヤは中空な錐状炎の 空所へ供給され、空気はその外周の範囲へ供給されるようにすることが 19 できる。その大きい利点は、空所をもつ錐状炎が形成され、この火炎を 包囲する外側範囲から直接熱が取り出されることである。すなわち一方 の反応領域は、錐状炎を包囲する外側範囲にあり、この範囲では酸素が 直接燃焼ガス流に当って、必要な温度を生じる。第2の反応領域は、錐 5 状炎の内部にあり、ここでは酸素が少なく、したがってここには還元性 雰囲気が生じる。これら両領域の温度はアンモニヤの燃焼に合わされて、 窒素原子がこの反応領域の後で充分冷却された雰囲気に当り、この雰囲 気中ではもはや酸素原子とあまり化合することはできないようにする。 それにより燃焼炉が著しく簡単になり、窒素酸化物の生成が著しく低 10 減され、後燃えおよび爆発のおそれがなくなる。 エ 以下図面により本考案の実施例を説明する。 管状炉1の中では、バーナ2により、導管3を通して導かれるアンモ ニヤガス4が燃焼される。この目的で、アンモニヤガスは、通路として の分配ランス5を通って、環状の中空な錐状炎7の領域6へ流れ込む。 15 導管10を通りかつ通路11を経てノズル9の環状流出口8から出る コークス炉ガス12と、導管14からノズル9の少なくとも流出口8を 囲む通路15を経て外方から錐状炎7へ導かれる燃焼用空気13とによ り、この錐状炎7が形成される。高温の燃焼ガス16は、コイル管17 の所で冷却され、その際このコイル管17中を流れる油18を加熱する。 20 炎7の縁の範囲における酸素過剰の領域が錐状炎7の中心軸線へ向 かって酸素不足の領域へ移行するように燃焼用空気13を供給される錐 状炎7の形成により、この酸素不足の領域へ導入されたアンモニヤガス 4は、還元性雰囲気中で比較的低温で燃焼するので、燃焼の際生ずる窒 素酸化物の量は僅少に維持される。 25 20 図面 2 甲1技術の認定の誤り(取消事由1ア)について (1) 原告は、甲1の「錐状炎」に係る本件決定の認定の誤りを主張するが、 5 上記1(2)ウの甲1の記載及び図面によれば、アンモニアガス4、コークス 炉ガス12及び燃焼用空気13が3つの別々の通路から供給されており、 コークス炉ガスが中央に空所を有する全体として単一の環状の流出口から管 状炉内へ噴出するものであることが認められる。そうすると、甲1記載の コークス炉ガスの燃焼により生じる「錐状炎」とは、中央に空所を有する全 10 体として環状の単一の炎であることが把握されるといえ、その形状は、コー クス炉ガス噴出孔から炎の先端に向かって先細る円錐形の炎を形成している ことが見てとれる。よって、「錐状炎」の記載が不明確で甲1技術の認定が できないなどとはいえない。 (2) 次に原告は、甲1技術におけるバーナの噴射態様の認定の誤りを主張す 15 る。 しかし、甲1の上記1(2)ウの下線部のとおり、「アンモニヤは中空な錐 状炎の空所へ供給され、空気はその外周の範囲へ供給される」のであり、 21 「空所をもつ錐状炎が形成され」 「一方の反応領域は、錐状炎を包囲する外 、 側範囲にあり、この範囲では酸素が直接燃焼ガス流に当って、必要な温度を 生じ」 「第2の反応領域は、錐状炎の内部にあり、ここでは酸素が少なく、 、 したがってここには還元性雰囲気が生じる」のであるから、甲1技術のバー 5 ナ2は「二重管状あるいは三重管状に形成されており、中心から前記アンモ ニアを噴射し、周囲から前記第2燃料及び燃焼用空気を噴射する態様」のも のであり、アンモニアガスは中空な錐状炎の空所である第2の反応領域に供 給されると解するのが相当である。甲1の「これら両領域の温度はアンモニ ヤの燃焼に合わされて」との記載(前記1(2)ウ下線部)は、両領域(「一 10 方の反応領域」及び「第2の反応領域」)の温度がアンモニアの燃焼によっ て定まることを意味するにすぎず、この記載をもって、アンモニアが燃焼す る領域自体が「両領域」であると表現されているとまでは読み取れない。 (3) よって、取消事由1アは理由がない。 3 甲2発明に対して甲1技術を適用する動機付けの欠如(取消事由1イ)に 15 ついて (1) 原告は、甲2発明と甲1技術とは技術分野及び課題が異なるとして、本 件発明が容易想到ではない旨主張する。 しかし、甲2発明は微粉炭を燃焼させるボイラに関する発明であるところ、 甲1技術は、コークス炉に発生するアンモニアを燃焼により除去することを 20 目的として有するものではあるが、その燃焼による燃焼ガス16でコイル管 17中を流れる油18を加熱していること(上記1(2)エ)に鑑みると、両 者は共に燃焼により生じる熱を利用する装置であって、同じ技術分野に属す るといえる。 そして、証拠(甲3、乙1)によれば、本件特許の出願当時、二酸化炭 25 素排出量低減が社会的要請ないし周知の課題であったことが認められる。ま た、アンモニアの燃焼熱を熱源として利用することについては、甲1におけ 22 る従来技術としても「アンモニヤガスを燃焼する際に生ずる熱を経済的に利 用することは知られており」と言及されており、しかも、証拠(乙5〜7) によれば、本件特許の出願当時、アンモニアの燃焼熱の熱源としての利用は 技術常識であったと認めることができる。 5 そうすると、甲2発明と甲1技術は、燃焼熱を利用する装置という同じ 技術分野に属するといえ、さらに、上記周知の課題や技術常識に照らせば、 課題及び解決手段の点において共通していることは当業者には明らかであり、 甲2発明に甲1技術を適用する動機付けがあるとした本件決定の判断は相当 である。 10 (2) 原告は、上記(1)の技術常識の根拠である甲3について、これはあくま で当時進行中の研究成果を示すだけであって、当該技術常識を認める証拠と はならない旨主張する。 しかし、甲3(本件特許の出願日である平成29年2月24日に先立つ
同年1月10日付けプレスリリース)には「燃焼してもCO?を排出しない 15 アンモニア(NH?)を燃料として利用する技術開発を進めています」 「こ 、 のたび、・・・可能性を見出しました。本成果は、アンモニアの発電分野にお ける利用技術として実用化が期待されます。」との記載があり、単なる途中 経過を報告するものではなく、実用化を見据えた報告をするものである。甲 3は、本件特許の出願当時、二酸化炭素排出量低減が社会的要請ないし周知 20 の課題であったこと、さらにはアンモニアの燃焼熱を熱源として利用するこ とが技術常識であったことをも認めるに足りるものである。 なお、上記甲3及び上記(1)で援用した乙1、5〜7は、いずれも本件特 許の出願当時における技術常識を示すものであって、独立した引用例として 用いるものではない。これと異なる前提で被告主張を論難する原告の主張は 25 失当である。 (3) 原告は、甲2発明が想定する微粉炭燃焼ボイラの温度領域(甲13によ 23 れば1300度以上)と甲1技術が想定するアンモニア燃焼の温度領域(甲 33によれば760〜980度)の違いを主張するが、甲2及び甲1には想 定される温度領域が記載されているわけではなく、原告の主張する各温度領 域が、甲2発明と甲1技術にそのまま妥当するかどうかは明らかでない(現 5 に、乙12は微粉炭バーナ近傍であっても最高1000度程度としている。。) 仮に、一定の温度領域の違いがあるとしても、甲2発明に甲1技術を適用す ることの阻害要因になることを示す具体的な主張立証はない。 (4) また、原告は、甲1技術は複数のバーナを備えることを想定していない 点で甲2発明と異なると主張するが、甲1にはバーナの数を一つとした実施 10 例(図面)が示されている一方、バーナの数を一つに限定するものであるこ とを明記ないし示唆する記載は見当たらない。また、甲1技術を採用すると 甲2発明における石炭炊きボイラからの二酸化炭素排出量を低減することが できなくなる等の事情を認めるに足りる証拠もないから、甲2発明において 甲1技術を採用することの動機付けがないと判断することもできない。 15 (5) 以上により、取消事由1イは理由がない。 4 相違点1についての容易想到性の判断の誤り(取消事由1ウ)について (1) 原告は、本件発明の噴射領域は、微粉炭噴射領域Sbが先端を開口した 中空箇所を有さずにアンモニア噴射領域Saを覆っているものであるとして (特許異議手続においては、「第1燃料であるアンモニアの噴射領域の外周 20 の周りに前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域を形成する」と表現 していたものである。 、これと甲1技術の噴射領域との違いを主張する。 ) しかし、本件発明が、窒素酸化物の発生を低減させるため第1燃料であるア ンモニアの噴射領域への酸素の流入を抑制するという技術的思想を有してい るからといって、「微粉炭噴射領域Sbが先端を開口した中空箇所を有さず 25 にアンモニア噴射領域Saを覆っている」構成が必然的に導かれるわけでは ない。このほか、原告の上記主張は、本件特許明細書、特許請求の範囲の記 24 載に根拠を見出すことはできず、採用できない。
原告は、上記主張を前提に、本件発明の「アンモニア噴射領域Saの先端 側にはH 2 と反応するための酸素が供給されている」とした本件決定の認定 の誤りをいうが、その前提において失当である。 5 (2)原告は、本件発明と甲1技術の作用機序の違いについても主張するが、 以下に述べるとおり、甲1技術も、本件発明と同様、アンモニアの熱分解を 行うことで窒素酸化物を抑制するものであり、基本的な作用機序において異 なるところはないと解される。 すなわち、甲1に記載された従来技術は、「反応装置において、アンモニ 10 ヤガスは燃料の燃焼により加熱され、続いて高温ガス混合気が、耐熱性充填 材あるいはニッケル触媒を満たされた任意の形の分解領域を通して導かれ、 最後に第3の領域においてさらに空気を付加して完全に燃焼される」もので あり、「分解領域」において「加熱されたアンモニヤガス」を熱分解して、 燃焼させるものであるというのが相当である。その上で、甲1技術は、この 15 従来技術に対して「この提案された方法を実施するために必要な費用は非常 に高価である」という欠点のない燃焼装置を提供するものであるから、甲1 の従来技術と同様のアンモニアガスを熱分解して燃焼させるという反応を前 提にしていると認めるのが相当である。そして、上記のとおり、甲1技術に おいて、アンモニアガスが供給される箇所は「第2の反応領域」であり、こ 20 の「第2の反応領域」は「酸素が少なく、したがってここには還元性雰囲気 が生じる」ものであるから、甲1技術の「第2の反応領域」は、甲1の従来 技術の「分解領域」と同様に機能するといえる。その上、証拠(乙8〜10) 及び弁論の全趣旨によれば、高温で低酸素の状態(還元性雰囲気)において、 アンモニアと酸素の反応が抑制され、アンモニアが窒素と水素とに熱分解さ 25 れること、その結果として、有害な窒素酸化物の生成が抑制されることは、 本件特許の出願時における技術常識であったと認められる。 25 よって、甲1技術は「第2の反応領域」においてアンモニアガスを熱分解 するものであるといえる。 (3) 以上により、取消事由1ウは理由がない。 5 相違点2の判断の誤りに基づく本件発明3及び4の進歩性判断の誤り(取 5 消事由2)について
原告は、本件発明3及び4はアンモニアの高温での熱分解を利用するのに対 し、甲1技術はアンモニアを比較的低温で燃焼させるものであり、甲1技術は 本件発明3及び4の高温度領域Skに相当する構成を有さない旨主張する。 しかし、甲1技術が、本件発明と同様、アンモニアの熱分解を行うことで窒 10 素酸化物を抑制するものであることは、上記4(2)で述べたとおりである。そ うすると、甲1技術における「第2の反応領域」は、還元的雰囲気下でアンモ ニアを熱分解するに足りる温度になっていると考えられ、そのような領域は本 件発明3及び4の「高温度領域」に相当するものといえる。
原告は、甲1中に「アンモニヤガス4は、還元性雰囲気中で比較的低温で燃 15 焼する」との記載(上記1(2)エの下線部)があることから、本件発明3及び 4の「高温度領域」とは異なると指摘するが、何をもって「高温」ないし「低 温」とするかは相対的なものである。甲1の「比較的低温で燃焼」という上記 記載は、酸素が直接燃焼ガス流に当たって高温を発する「一方の反応領域」と の対比において、相対的に低温であると説明するものと理解することができ、 20 そのような理解が不自然ともいえない。 よって、取消事由2は理由がない。 6 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件決定にこれ を取り消すべき違法は認められない。よって、原告の請求を棄却することとし 25 て、主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 26 裁判長裁判官 宮坂昌利 5 裁判官 本吉弘行 裁判官 岩井直幸 10 27 別紙 本件決定の理由(抜粋) 1 甲1〜3の記載事項 (1) 甲2発明 5 甲2には、以下の甲2発明が記載されていると認められる。 「 互いに対向する缶前壁11及び缶後壁12を有しており、全体で箱型を成す石炭焚 きボイラ10であって、 垂直に設けられた缶前壁11及び缶後壁12のそれぞれに、バーナ群30が配置さ れており、 10 バーナ群30は、バーナ3を水平方向に複数並べて成るバーナ列31を垂直方向に 複数段並べて成っており、 缶前壁11及び缶後壁12に設けられた複数のバーナ3は、微粉炭を供給し、 複数のバーナ3は、微粉炭を一次空気とともに供給する、 石炭焚きボイラ10。」 15 (2) 甲1技術 甲1には、以下の甲1技術が記載されていると認められる。 「 バーナ2は、アンモニヤガス4を中空な錐状炎7の空所へ供給し、コークス炉ガス 12を錐状炎7へ供給し、 バーナ2は、3つの別々な通路を持ち、これら通路のうちコークス炉ガス12を導 20 く通路が、環状流出口8を持つノズル9に終わっており、このノズル9の中心に、ア ンモニヤガス4を導く分配ランスの形の通路が開口しており、燃焼用空気13を導く 通路が分配ランス及びノズル9を包囲する、という技術。」 (3) 甲3事項 甲3(電力中央研究所プレスリリース、2017年1月10日、「石炭火力発電所での 25 アンモニア利用の実現に向けて―窒素酸化物の排出を抑制した微粉炭との混焼技術を開 発―」)には、以下の事項(甲3事項)が記載されていると認められる。 28 「 石炭火力発電所からの二酸化炭素排出量を低減するため、微粉炭燃焼場にアンモニ アを燃料として投入しても窒素酸化物(NOx)の排出を石炭の専燃時と同等レベル に抑制すること。」 2 本件発明1について 5 (1)本件発明1と甲2発明は、次の一致点及び相違点を有する。 【一致点】 「 複数のバーナが二次元状に配置され、バーナから燃料を噴射して燃焼させる燃焼器 であって、 複数のバーナは、垂直に設けられた炉壁に二次元状に設けられ、 10 炉壁に設けられた複数のバーナは、アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域を形 成し、 個々のバーナは、第2燃料及び燃焼用空気を噴射する、燃焼器。」 【相違点1】 「バーナ」に関して、本件発明1では、「炉壁に設けられた複数の前記バーナは、第 15 1燃料であるアンモニアの噴射領域の周囲に前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴 射領域を形成し、 「個々の前記バーナは、二重管状あるいは三重管状に形成されてお 」 り、中心から前記アンモニアを噴射し、周囲から前記第2燃料及び燃焼用空気を噴射 する」のに対し、甲2発明では、「缶前壁11及び缶後壁12に設けられた複数のバー ナ3は、微粉炭を供給し、 「複数のバーナ3は、微粉炭を一次空気とともに供給する」 」 20 点。 (2) 上記相違点1について検討する。 ア 甲1技術におけるバーナ2の態様は、二重管状あるいは三重管状に形成されており、 中心からアンモニアを噴射し、周囲から第2燃料及び燃料用空気を噴射する態様であ るといえる。 25 イ そして、例えば甲3事項に示されるように、二酸化炭素排出量を低減することは社 会的要請であって、石炭燃焼の技術分野において、二酸化炭素排出量を低減すること 29 は、周知な課題であるといえる。そして、当該周知の課題に対して、二酸化炭素排出 量を低減するために微粉炭燃焼場にアンモニアを燃料として投入することも周知であ るといえるから、微粉炭を燃焼させる甲2発明において、アンモニアを燃料として投 入して二酸化炭素排出量を低減するべく、バーナの中心からアンモニアを噴射する技 5 術である甲1技術を採用することには、動機があるといえる。 ウ そうすると、甲2発明における各「バーナ3」の具体的構造に甲1技術を採用し、 炉壁に設けられた複数のバーナを、第1燃料であるアンモニアの噴射領域の周囲に前 記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域を形成し、個々の前記バーナは、二重管 状あるいは三重管状に形成されており、中心から前記アンモニアを噴射し、周囲から 10 前記第2燃料及び燃焼用空気を噴射するように構成することは、当業者が容易に想到 し得たことである。 エ なお、特許権者(原告)は、本件発明1の「第1燃料であるアンモニアの噴射領域 の周囲に前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射領域を形成し」とは、第1燃料で あるアンモニアの噴射領域の外周の周りに前記アンモニアとは異なる第2燃料の噴射 15 領域を形成すること(下線は本判決による注記である。)であるところ、そのような構 成は甲1には示唆されていない旨主張する。しかし、アンモニア噴射領域Saの先端 側には、H?と反応するための酸素が供給されていると解することが合理的であって、 噴射領域の構成に関する特許権者の上記解釈は、本件特許明細書、特許請求の範囲の 記載に基づかないものである。 20 3 本件発明3について (1) 本件発明3と甲2発明とを対比すると、上記相違点1に加えて、以下の相違点2で相 違する。 【相違点2】 本件発明3は、「噴射された前記アンモニアの周囲には、前記第2燃料の燃焼によっ 25 て発生する還元領域として機能する高温度領域が形成される」のに対して、甲2発明 は、そのような構成を備えない点。 30 (2) 上記相違点2について検討する。 ア 甲1技術では、錐状炎7の周囲にコークス炉ガス4の燃焼によって発生する還元性 雰囲気の領域が形成されることが甲1に記載されている。 イ 「高温度領域」について検討すると、甲1技術の還元性雰囲気の領域は、「比較的低 5 温」でアンモニヤガスが燃焼する領域であるが、甲1における「比較的低温」とは、 錐状炎7(本件決定中に「錘状炎7」とあるのは誤記であるから、訂正して引用する。) を包囲する外側の範囲で酸素が直接燃焼ガス流であるコークス炉ガスにあたる領域の 温度と比較して「低温」であることを意味すると解され、錐状炎7を包囲する外側の 範囲に「還元性雰囲気」の領域が形成されているのであるから、錐状炎7よりは低温 10 であるが、炉内の錐状炎7から遠い領域と比較したら、むしろ「高温度領域」である と認められる。 ウ また、甲1の還元性雰囲気では「・・・窒素原子がこの反応領域の後で充分冷却さ れた雰囲気に当り、この雰囲気中ではもはや酸素原子とあまり化合することはできな い・・・」ようにしてアンモニヤガスが「比較的低温で燃焼する」のであるから、ア 15 ンモニヤガスを熱分解することで、窒素原子と酸素原子との化学反応に起因したNO xの生成を抑制しようとする本件発明3の「高温度領域」と同様の作用機序をもたら すものと解するのが合理的である。 エ そして、甲1技術でのコークス炉ガス12の燃焼ではなく、本件発明3の微粉炭の 燃焼によっても還元性雰囲気を形成することができることが技術常識であるから、甲 20 2発明に甲1技術を適用する際に、微粉炭をアンモニアの周囲から供給して空所をも つ錐状炎7を形成し、錐状炎7の内部に酸素の少ない還元性雰囲気の領域を形成する ことは、当業者が容易になし得たことである。 オ 特許権者は、本件発明3、4の「還元領域として機能する高温度領域」は、アンモ ニアの噴射領域にも形成されるものである一方、甲1には、アンモニアガスが比較的 25 低温の還元性雰囲気で燃焼するとされており、上記「還元領域として機能する高温度 領域が形成」されることは記載されていない旨主張する。しかし、本件発明3におい 31 て、アンモニア噴射領域の内側まで「高温度領域」が形成されていることを意味する とは解されない。 4 本件発明4について 甲2発明における「石炭焚きボイラ10」は、本件発明4における「燃焼器を備える」 5 「ボイラ」に相当する。そうすると、本件発明4と甲2発明とは、上記一致点で一致し、 相違点1、相違点2で相違する。しかしながら、相違点1、相違点2については、上記 2 (2)及び3(2)で論じたとおりであるから、本件発明4も、甲2発明及び甲1技術に基づい て、当業者が容易に発明をすることができたものである。 5 結論 10 請求項1、3、4に係る本件特許は、特許法29条2項の規定に反してされたものであ り、同法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。 32
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2024/06/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
事実及び理由
全容