運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2020-800029
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 判例 特許
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 判例 特許
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 判例 特許
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙2PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙3PDFを見る pdf
事件 令和 4年 (行ケ) 10084号 審決取消請求事件
5 当事者の表示別紙1当事者目録記載のとおり
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2024/03/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
10 第1 請求 特許庁が無効2020-800029号事件について令和4年7月5日にした審 決を取り消す。
第2 事案の概要 本件は、特許権者である原告が、特許を無効とした審決の取消しを求める事案で15 ある。争点は、進歩性に関する認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯等 原告は、平成16年2月23日、発明の名称を「重症心不全の治療方法およびそ の薬剤」とする発明について特許出願(特願2006-502681号。優先権主 張(米国):平成15年(2003年)2月24日(以下「本件優先日」という。) )20 をし、平成23年7月1日、特許権の設定登録(特許第4771937号。請求項 の数13。以下、この特許を「本件特許」という。)を受けた。出願時の願書に添付 した明細書及び特許請求の範囲は、別紙2(本件特許に係る特許公報。甲1)に記 載のとおりである(ただし、特許請求の範囲設定登録時のもの。以下、この明細 書を「本件明細書」という。また、以下、
【】の記号を用いたものは、本件明細書の25 発明の詳細な説明の段落番号等を示すものである。。
) 被告トーアエイヨーは、令和2年3月16日、本件特許につき、無効審判請求を した(無効2020-800029号事件)。同事件において、被告ニプロ、被告東 和薬品及びMeiji Seikaファルマ株式会社は、いずれも、特許法148 条1項に基づき請求人として参加した(Meiji Seikaファルマ株式会社 は、その後、同参加を取り下げた。。
)5 原告は、令和3年8月17日、上記無効審判請求事件において、本件特許の請求 項1〜13を訂正して新たに請求項1〜14とする旨の訂正請求書を提出した(訂 正後の請求項の数14。本件明細書の記載につき訂正はない。以下、同訂正を「本 件訂正」という。甲152(枝番号を含む。以下、他の書証についても同じ。) )。
特許庁は、令和4年7月5日、本件訂正を認めた上で、
「特許第4771937号10 の請求項1〜14に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(以下「本件 審決」という。)をし、その謄本は、同月15日、原告に送達された。
原告は、令和4年8月12日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後における本件特許の特許請求の範囲の記載は、別紙3(特許請求の範15 囲)に記載のとおりである(以下、本件訂正後の各請求項に係る発明を請求項の番 号に応じて「本件発明1」などといい、本件発明1〜14を併せて「本件各発明」 という。また、以下、
「5-ヒドロキシ-7-クロロ-1-[2-メチル-4-(2 -メチルベンゾイルアミノ)ベンゾイル]-2,3,4,5-テトラヒドロ-1H -ベンゾアゼピン」を「トルバプタン」といい、
「ニューヨーク心臓協会」による心20 不全重症度の分類を単に「NYHA」という。) 3 本件審決の理由の要旨等 上記審判手続において主張された無効理由のうち、無効理由5(甲2を主引用例 とする進歩性欠如)の無効理由についての判断の要旨は、次のとおりである。
(1) 本件発明1について25 ア 甲2に記載された発明 本件優先日前に頒布された刊行物である甲2(Cesare Orlandiほか「Beneficial Effects of Chronic Therapy with Tolvaptan, a Novel Vasopressin Receptor Blocker in Patients with Congestive Heart Failure 」66 Supp.1 Circulation Journal 277 (2002))には、次の(ア)〜(ウ)の発明(以下、これらを併せて「甲2発 明」という。)が記載されていると認められる。
5 (ア) 「トルバプタンを活性成分として含み、該活性成分を1日1回、30mg、
45mg若しくは60mgの用量で投与するものであり、心不全(NYHAクラス T〜V)及びうっ血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患者に、安定したフロセミ ド用量(20〜240mg/日)と組み合わされて投与される心不全(NYHAク ラスT〜V)の治療薬。」の発明(以下「甲2A発明」という。判決注:「NYHA10 クラスT〜V」とあるのは、NYHAで重症度T〜Vに該当することを示す。甲4 0。以下この判決において同じ。。
) (イ) 「活性成分のトルバプタンを含み、該活性成分を1日1回、30mg、45 mg若しくは60mgの用量で投与するものであり、心不全(NYHAクラスT〜 V)及びうっ血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患者に、安定したフロセミド用15 量(20〜240mg/日)と組み合わされて投与される心不全(NYHAクラス T〜V)の治療用医薬組成物。」の発明(以下「甲2B発明」という。。
) (ウ) 「活性成分を1日1回、30mg、45mg若しくは60mgの用量で投与 するものであり、心不全(NYHAクラスT〜V)及びうっ血の兆候(浮腫又はラ 音等)を有する患者に、安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)と組み20 合わされて投与される治療用薬剤を製造するための、活性成分のトルバプタンの使 用。」の発明(以下「甲2C発明」という。。
) イ 本件発明1と甲2A発明の対比及び一致点 本件発明1の「最適の治療」とは、本件明細書の「一般に採用されている最適の 現治療(研究者によって決定する)」との記載(【0052】。なお、以下、【00525 0】〜【0059】に記載されている実験又は試験を「本件試験」という。)に照ら すと、急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にあるNYHAクラスW(NYHA で重症度Wに該当することを示す。以下この判決において同じ。 の患者に対して一 ) 般に採用されている最適の治療であるといえる。
他方、甲2A発明の患者は、
「水分制限なしの標準治療を受けており、試験全体を 通して安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)が維持されていた」とこ5 ろ(以下、甲2に記載されている試験を「甲2試験」という。 、これらの治療は、
) 心不全(NYHAクラスT〜V)及びうっ血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患 者に対して一般に採用されている最適の治療である。
そうすると、本件発明1の「最適の治療」と甲2A発明の「安定したフロセミド 用量(20〜240mg/日)」とは、それぞれの患者に対して最適の治療である点10 で一致している。
したがって、本件発明1と甲2A発明とは、
「5-ヒドロキシ-7-クロロ-1- [2-メチル-4-(2-メチルベンゾイルアミノ)ベンゾイル]-2,3,4, 5-テトラヒドロ-1H-ベンゾアゼピンまたはその医薬的に許容される塩を活性 成分として含み、心不全の患者に最適の治療と組み合わされて投与される、心不全15 の治療薬。」である点において一致する。
ウ 相違点 本件発明1と甲2A発明とは、次の2点において相違すると認められる。
(ア) 相違点1 「心不全の患者」「心不全の治療薬」及び「活性成分」の投与について、本件発 、
20 明1では、それぞれ「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨー ク心臓協会の分類:重症度Wの患者」「重症心不全の治療薬」及び「最適の治療と 、
組み合わされて入院下で経口にて投与開始される」ものであることが特定されてい るのに対し、甲2A発明では、それぞれが「心不全(NYHAクラスT〜V)及び うっ血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患者」「心不全(NYHAクラスT〜V) 、
25 の治療薬」及び「安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)と組み合わさ れて投与される」ものであることが特定されている点。
(イ) 相違点2 活性成分の1日当たりの用量が、本件発明1では「0.371mg/kg以下の 範囲である」ことが特定されているのに対し、甲2A発明では「30mg、45m g若しくは60mgである」ことが特定されている点。
5 エ 相違点1について (ア) 「心不全の患者」について、本件発明1の患者(NYHAクラスW)の方が、
甲2発明の患者(NYHAクラスT〜V)よりも重症度が高い心不全患者である。
ここで、進行性心不全患者の多くは塩分と体液の貯留による症状を示すこと、末期 心不全の管理において体液貯留の認識及びコントロールが重要であること、体液貯10 留のある心不全患者には体液状態が正常になるまで利尿薬を投与すべきこと、利尿 薬は、心不全患者のうっ血に基づく労作時呼吸困難、浮腫等の症状を軽減するため に最も有効であり、NYHAの重症度を問わず投与される主要な治療薬であること、
NYHAの重症度が異なっても、治療及び薬剤処方に大きな差異又は有意差がない ことは、いずれも技術常識である。
15 次に、
「心不全の治療薬」について、甲2の記載(トルバプタンがNYHAクラス T〜Vの心不全患者に有効な治療効果を示し、忍容性が良好であった旨)及び上記 各技術常識を踏まえると、甲2A発明のトルバプタンを、重症度が高いNYHAク ラスWの患者に適用して「重症心不全の治療薬」の活性成分としても、その投与に より、NYHAクラスWの患者の体液貯留が改善され、浮腫等の症状が軽減される20 等の治療効果が得られることを、当業者は期待するといえる。また、本件優先日当 時、トルバプタンと同じくバソプレシンV2受容体拮抗薬である「VPA-985」 が、重症度が高いNYHAクラスWの患者に投与されていたことからすると、トル バプタンをNYHAクラスWの患者に投与することに阻害要因があったとはいえな い。
25 (イ) 「活性成分」の投与について、甲2A発明のトルバプタンの投与は、本件発 明1と同様に「経口にて投与」されたものと認められる。他方、甲2A発明の患者 が、急性心不全、慢性心不全の急性増悪期又は慢性心不全のいずれであるのか、ま た、入院患者又は外来患者のいずれであるのかは、いずれも甲2には記載されてい ない。
しかし、利尿薬は、急性・慢性のいずれの心不全でも用いられる主要な薬物であ5 ることからすると、甲2A発明のトルバプタンをNYHAクラスWの患者に適用す る場合に、その患者が急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期の患者であってもト ルバプタンを適用することを、当業者は自然に想起するし、急性心不全又は慢性心 不全の急性増悪期の患者は原則として入院が必要であることからすると、上記適用 に際して入院下で経口にて投与開始することは、当業者が通常行うことである。
10 (ウ) 以上によると、甲2A発明のトルバプタンを、入院が必要となる急性心不全 又は慢性心不全の急性増悪期にあるNYHAクラスWの患者に対して、最適の治療 と組み合わされて入院下で経口にて投与開始した場合でも、トルバプタンにより奏 される強力な水利尿薬効果により、上記患者の体液貯留が改善され、浮腫等の症状 が軽減される等の治療効果が得られることを期待して、甲2A発明を相違点1の構15 成を備えたものとすることは、甲2A発明、甲2の記載及び技術常識参酌した当 業者は容易に想到し得たといえる。
オ 相違点2について 甲2A発明のトルバプタンを、急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にあるN YHAクラスWの患者に対して、最適の治療と組み合わされて入院下で経口にて投20 与開始ために、トルバプタンの適切な用量を決定する必要があることは自明であり、
それに当たって、当業者は、当然に、従前の臨床試験で用いられた用量を参考にし てトルバプタンの適切な用量を決めるところ、甲2に記載された臨床試験の結果に よると、甲2発明のNYHAクラスT〜Vの患者に対する30mg/日という用量 は、最小有効量(治療効果を得るために必要な最小量)よりも十分に高い用量であ25 ったと解される。また、本件発明1における「0.371mg/kg」という用量 は、
「30mg処置群」に投与された用量の平均値であるから、甲2A発明の「30 mg」という用量と略同一の用量である。また、臨床試験において、活性成分を新 たな適用対象に投与する際に、少ない用量から投与を開始して、有効性及び有害事 象を確認しながら用量漸増を試みることは常套手段である。
そうすると、甲2A発明の治療薬を、
「急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期に5 あるNYHAクラスWの患者に最適の治療と組み合わされて入院下で経口にて投与 開始される急性心不全の治療薬」とする際のトルバプタンの適切な用量を、1日に つき甲2A発明の「30mg」と略同一である「0.371mg/kg」以下の範 囲とすることは、甲2A発明、甲2の記載及び技術常識参酌した当業者が適宜な し得た事項にすぎない。
10 カ 効果について (ア) 本件明細書には、本件試験、すなわち、NYHAクラスV及びWの両方の患 者が含まれる患者群に対し、トルバプタンを1日当たり30mg、60mg又は9 0mgの用量で、入院期間から開始し退院後にかけて60日間投与した臨床試験の 結果が記載されており、そこには、30mg処置群において、
「予後」の改善を含む15 有効な効果が得られ、高用量群と比較して有害事象が少なかったことが記載されて いる。
しかし、本件明細書には、NYHAクラスWの患者のみにトルバプタンを投与し た場合の治療効果及び有害事象の程度が記載されておらず、これらは不明というほ かないところ、甲2には、NYHAクラスT〜Vの患者にトルバプタンを投与した20 結果、実際に血清電解質の有害な変化なしに、尿量増加、体重減少、血清ナトリウ ム濃度の維持増加、浮腫改善の症状改善効果が実際に観察されたことが記載されて おり、当業者は、本件試験のようにNYHAクラスV〜Wの患者群にトルバプタン を投与することにより各種の症状が改善される効果がある程度得られることを予測 し得たといえ、このため、
「予後」が改善されたという効果が得られたことは、当業25 者の予測を超える格別顕著な効果とはいえない。1日当たり「0.371mg/k g以下」という用量の範囲を特定することに臨界的意義があるともいえない。
(イ) 本件明細書には、
「急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期」の患者と「慢性 心不全」の患者との比較、また、トルバプタンの投与開始時期が「入院下」である 場合と「外来」である場合との比較に基づく治療効果及び有害事象を評価した結果 は記載されていないから、
「急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にある」NYH5 AクラスWの患者に特定し、またトルバプタンの投与を「入院下で経口にて投与開 始される」ものとしたことに起因する特有の効果があるということはできない。
キ 小括 したがって、本件発明1は、甲2A発明、甲2に記載された事項及び技術常識参酌した当業者が容易に発明をすることができたものである。
10 (2) 本件発明2〜14について 本件発明2〜14と甲2A発明、甲2B発明又は甲2C発明との各相違点につい ては、上記(1)において述べたところに照らすと、いずれも甲2A発明、甲2B発明 又は甲C発明、甲2に記載された事項及び技術常識参酌した当業者が適宜なし得 た事項であるといえるし、本件発明2〜14の効果も当業者が予測し得ない格別顕15 著な効果であるとはいえない。
(3) 結論 以上によると、本件各発明は、いずれも甲2に記載された発明、その記載事項及 び技術常識参酌した当業者が容易に発明をすることができたものである。よって、
本件各発明に係る特許は、無効理由5(甲2を主引用例とする進歩性欠如)により、
20 無効とすべきものである。
第3 原告主張の審決取消事由(進歩性判断の誤り) 本件審決は、次に述べるとおり、本件発明1と甲2発明との相違点を看過した誤 り、相違点に係る容易想到性の判断の誤り及び本件発明1の予測できなかった顕著 な効果の評価についての誤りがある。これらの誤りは、本件発明2〜14について25 も妥当する。したがって、本件審決は、本件各発明の進歩性につき判断を誤ってお り、これは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、本件審決は取り消されるべ きである。
1 本件発明1と甲2発明との一致点、相違点の認定の誤り (1) 甲2発明の認定の誤り ア 甲2発明は「慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者」を対象とすること5 本件審決は、甲2発明の認定に際し、甲2試験の患者群がNYHAクラスT〜V であり、急性心不全の症状及び所見をNYHAに当てはめると、クラスUの一部、
クラスV及びWが該当するから、甲2試験の患者全員が慢性心不全の患者であると はいえないとした。
しかし、@甲2の表題や本文中にある「Chronic Therapy」の語は、急性治療を意10 味する「Acute Therapy」と対比される語として、慢性的な治療を意味すること、A 甲2試験ではループ利尿薬であるフロセミド用量が固定されているところ、このよ うな試験デザインが許容され得る患者群は、病態が安定した慢性心不全の軽症〜中 等症といえること、B甲2試験の内容を示す論文及び学会報告(甲127、128、
167、178、192)によると、甲2試験の対象患者は慢性心不全患者であり、
15 登録前の7日間においても安定したフロセミド用量の服用が必要とされ、逆に他の 利 尿 薬を服用した者は除外され ていたこと 、C甲2記載の患者にはうっ 血 の 「symptoms」 (症状)ではなく「signs」 (兆候)があったとされるにとどまること(甲 191) D重症の心不全患者に必要とされる水分制限がされていなかったこと 、 (甲 14、115、191、195)に照らすと、甲2試験は、慢性心不全の軽症〜中20 等症の慢性期にある患者を患者群としていたことが明らかである(全体として、甲 179)。
NYHAは、運動機能の観点から心機能を評価し、心不全の患者の病態を重症度 に応じて分類するものであって、これに基づき急性心不全の患者と慢性心不全の患 者を区別するものではないから(甲182〜185) 甲2試験の患者群にNYHA 、
25 クラスU及びVの患者が含まれていた事実をもって、甲2試験に急性心不全の患者 が含まれていると認定することはできない。
したがって、本件審決の上記認定は、甲2発明の認定を誤ったものである。
イ 甲2発明は「外来」でトルバプタンの投与が開始されること 本件審決は、甲2発明につき、外来にてトルバプタンの投与が開始される点を何 ら認定していない。
5 上記アのとおり、甲2試験の患者群は慢性心不全の軽症〜中等症の慢性期にある 患者であり、入院下でトルバプタンの投与を開始しなければならないほどの症状で はないから、トルバプタンの投与は入院下ではなく外来で行われたものと認められ る。このことは、甲2試験の結果を報告した前記論文(甲127)の記載からも裏 付けられる。
10 したがって、本件審決がこれを認定しなかったのは、甲2発明の認定を誤ったも のである。
(2) 本件発明1の「最適の治療」と甲2発明の「安定したフロセミド用量(20 〜240mg/日」とが一致するとした点の誤り 本件審決は、本件発明1の「最適の治療」と、甲2発明の「安定したフロセミド15 用量(20〜240mg/日)」とは、それぞれの患者に対して最適の治療である点 で一致しているとした。
しかし、本件発明1は、急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期という急性非代 償性心不全(Acute Decompensated Heart Failure。以下「ADHF」という。)の 重症患者を対象とするのに対し、甲2発明は慢性心不全の軽症〜中等症の慢性期に20 ある患者であるところ、本件試験では、
「すべての患者は、利尿薬、ジゴキシン、A CE阻害剤、ヒドララジン、硝酸エステル系、βブロッカーを含み得る通常の治療 を受け続けた。( 」【0052】の「試験設計」)とあるように、ADHFの重症患者 に対して一般に採用される最適の治療が行われており、利尿薬についていえば非経 口投与や用量の増加がされているが、甲2試験では、患者に投与されるフロセミド25 の用量は固定され、経口投与されている上、フロセミド以外の利尿薬を利用した者 は対象から除かれているのであるから(甲178) これらを一致するとした本件審 、
決の上記説示は誤りである。
(3) 用量のみに着目して相違点を認定した点の誤り 本件審決は、相違点1とは分断して、活性成分の1日当たりの用量のみを取り出 して本件発明1と甲2発明との相違点を相違点2として認定した。
5 しかし、心不全治療における利尿薬の用量設定において、対象患者の病態、重症 度、利尿薬抵抗性等を踏まえて技術的に考察すべきは技術常識であるから、これら の要素を捨象して用量のみを相違点とすることは不適切であり、本件審決による上 記相違点の認定手法には誤りがある。
(4) まとめ(看過相違点)10 上記(1)〜(3)に述べたところによると、本件発明1と甲2発明との相違点は、正 しくは次のとおり認定されるべきところ、本件審決はこれらの相違点を看過したも のである。
ア 看過相違点@ 本件発明1の対象患者は「ADHF(急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期)15 の重症患者」であるのに対し、甲2発明の対象患者は「慢性心不全の慢性期の軽症 〜中等症患者」である点(前記(1)ア)。
イ 看過相違点A 本件発明1では「入院下」でトルバプタンの投与が開始されるのに対し、甲2発 明では「外来」でトルバプタンの投与が開始される点(前記(1)イ)。
20 ウ 看過相違点B 本件発明1では「最適の治療」 (フロセミドの非経口(静注)投与、用量の増加及 びフロセミド以外の利尿薬の併用を含む。)と組み合わされてトルバプタンが投与 されるのに対し、甲2発明では「標準治療」 (固定用量のフロセミドの経口投与であ り、非経口投与及び用量の増加並びにフロセミド以外の利尿薬の併用を含まない。)25 と組み合わされてトルバプタンが投与される点(前記(2))。
エ 看過相違点C 本件発明1では、
「ADHF(急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期)の重症患 者」 「急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にあるNYHAクラスWの患者」を対 象として「最適の治療と組み合わされて入院下で経口にて投与開始される」治療に おいて、投与されるトルバプタンの1日当たりの用量が「0.371mg/kg以5 下の範囲内である」ことが特定されているのに対し、甲2発明では、
「慢性心不全の 慢性期の軽症〜中等症患者」 「NYHAクラスT〜V及びうっ血の兆候(浮腫又はラ 音等)を有する患者」を対象として「安定したフロセミド用量(20〜240mg /日)を組み合わされて投与される」治療において、投与されるトルバプタンの1 日当たりの用量が「30mg、45mg若しくは60mgである」ことが特定され10 ている点(前記(1)〜(3))。
2 容易想到性の判断の誤り (1) 看過相違点に係る判断の脱漏 前記1のとおり、本件審決は、本件発明1と甲2発明との相違点を看過し、これ らにつき容易想到性の判断をしていない。そして、次に述べるとおり、これらの看15 過相違点について、当業者が甲2発明から本件発明1の構成とすることが容易に想 到できるものではない。したがって、本件審決の判断の脱漏は、審決の結論に影響 を及ぼすことが明らかであり、取消しを免れない。
ア 看過相違点@について 本件優先日当時、軽症〜中等症の慢性心不全の慢性期と、重症のADHFとは、
20 病態、治療方法及び治療薬が大きく異なるとの技術常識があり、その反映として、
「慢性心不全治療ガイドライン」(甲14)と「急性重症心不全治療ガイドライン」 (甲35)という異なる治療ガイドラインが存在していた。また、甲2試験では、
試験中に慢性心不全患者が悪化した場合は試験から脱落させていた(甲127) そ 。
うすると、トルバプタンが慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者に対して浮腫改25 善効果が得られたとの甲2試験の結果をもって、トルバプタンがADHFの重症患 者にも浮腫改善効果、また心不全を悪化させないとの治療効果を奏することを評価・ 確認できたとはいえず、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
イ 看過相違点Aについて 甲2試験の対象は外来患者であり、医療機関を訪問して治療を受けることが可能 であるから、病態は安定している。これに対し、本件発明1の対象であるADHF5 の重症患者は、通常、救急搬送により入院が必要とされた入院患者である。このよ うな緊急性の高い患者に対しては、病態の安定している慢性心不全の患者とは異な る治療方針が採用される(甲35、115)。これらの治療方針の差を考慮すると、
外来患者を対象とした甲2試験の結果をもって、入院下で投与が開始される患者に 対する治療効果を評価・確認できたとはいえず、当業者が容易に想到し得たとはい10 えない。
ウ 看過相違点Bについて 甲2試験においてはフロセミド用量が固定されていたのに対し、本件試験におい てはフロセミドの非経口投与、用量の増加及びフロセミド以外の利尿薬の併用を含 む「最適の治療」が施されている。このことは、甲2試験と本件試験の試験デザイ15 ンが全く異なることを示す。すなわち、本件試験は二重盲検試験であるところ、治 験医師は、患者の状態を頻回にモニタし、これに応じて随時最適の治療(ループ利 尿薬の増量、頻回投与、他の利尿薬との併用等)を選択する。このため、プラセボ 群とトルバプタン群との間に結果として差がみられない可能性もあり、トルバプタ ンの臨床的有用性を示すために高いハードルが課せられている。これに対し、甲220 試験では、フロセミド用量が固定されているためにその治療効果に限界がある中で、
トルバプタンの上乗せ投与による効果が確認されたにとどまるものである。そうす ると、甲2試験においてトルバプタンの薬理作用が認められたからといって、随時 施される最適の治療に上乗せしてトルバプタンを投与した場合の治療効果を評価・ 確認できたとはいえず、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
25 エ 看過相違点Cについて 利尿薬の用量は、対象患者の病態、重症度、利尿薬抵抗性等によって変更される ことが技術常識である。本件優先日当時、ADHFの重症患者のうっ血及び浮腫の 治療においては、利尿薬抵抗性が存在し、その対処のために利尿薬の用量を増加す る必要があると一般に考えられていた。そうすると、甲2発明とは対象患者の病態、
重症度、利尿薬抵抗性等が大きく異なる本件発明1の対象患者について、本件発明5 1に係る用量として設定することは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。ま た、甲2発明に係る用量から増量しなくとも優れた症状改善効果を奏することも予 測できなかったというべきである。
(2) 本件審決が認定した相違点に係る判断の誤り ア 医薬分野における容易想到性について10 本件審決は、甲2発明のトルバプタンを、重症度の高いNYHAクラスWの患者 に適用して投与することにより、同患者の体液貯留、浮腫等の症状が軽減される等 の「治療効果が得られることを、当業者は期待するといえる」とか、急性心不全や 慢性心不全の急性増悪期の患者にも「トルバプタンを適用することを、当業者は自 然に想起するといえる」といった程度の認定で、容易想到性を肯定している。
15 しかし、
「実験の科学」の最たる分野というべき医薬の分野においては、実験によ って治療効果を実際に確認しなければ、治療及び治療効果を評価し得ないのである から、そのような「期待」「自然に想起」等といった程度をもって容易想到性を認 、
めることは誤りである。ある化合物が治療薬等として真に治療に係る発明の意義及 び効果を有することにつき当業者が容易に想到し得たかを判断するに当たっては、
20 当該発明の治療及び治療効果について、優先日当時における科学的根拠をもって当 業者がこれを容易に評価・確認できるかが問題とされるべきであり、その立証責任 は無効審判請求人が負うべきものである。
したがって、
「期待」「自然に想起」といった極めて緩やかな基準により容易想到 、
性を肯定した本件審決には、それのみをもって結論に影響を及ぼす誤りがあるから、
25 取消しを免れない。
イ 相違点1に係る容易想到性の判断の誤り 本件審決は、次のとおり、考慮すべき技術常識を認定せず又は適切に考慮せずに 相違点1に係る容易想到性を検討したために誤った結論に至っており、取消しを免 れない。
(ア) 本件優先日当時、ADHFの重症患者と慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症5 患者とは、その症状、治療内容・態様、治療薬の適応・治療効果が大きく異なって いた(甲14、35、75〜77、129、168)。本件審決は、このような相違 を全く考慮していないが、これらの相違に照らすと、慢性心不全の慢性期の軽症〜 中等症患者に対する治療結果をもって、ADHFの重症患者への治療効果を、実験 を実施することもなく当業者が容易に把握し得たとはいえない。
10 (イ) 本件優先日当時、同じ心不全治療薬であっても、NYHAクラスT〜Vの患 者には有効だがクラスWの患者には効果がない又は悪化させる例があった上(甲3 8、43、47、70〜77、88)、NYHAクラスWの患者は利尿薬抵抗性の問 題がより深刻であって治療に限界が生じており(甲35、45、46、64、67、
78〜83、88)、トルバプタンにも利尿薬抵抗性の問題が認識されていた(甲415 5、46、88、154)。本件審決は、このようなNYHAクラスT〜Vの患者と クラスWの患者への各治療の差異を十分に検討していないが、これらの相違に照ら すと、NYHAクラスT〜Vの患者に対する治療結果をもって、クラスWの患者に 対する治療効果を、実験を実施することもなく当業者が容易に把握し得たとはいえ ない。
20 (ウ) 本件優先日当時に存在していた既存の利尿薬の作用機序・薬理作用は、いず れも、ナトリウムの再吸収を抑制し、尿浸透圧を上昇させて水の再吸収も抑え、尿 量を増やすというものであったが、トルバプタンの作用機序・薬理作用は、バソプ レシンV2受容体においてバソプレシンと拮抗し、ナトリウムの再吸収を抑制する ことなく水の再吸収を抑え、水のみを排泄させて尿量を増やすという異なるもので25 あって、このため、既存の利尿薬の治療に更に上乗せして投与されるものである(甲 10、38、43、81、88、112、133、171〜173)。本件審決は、
既存の利尿薬とトルバプタンとを同一視し、既存の利尿薬の治療効果に関する知見 をトルバプタンに当然に適用して容易想到性を肯定したが、上記のとおり作用機序・ 薬理作用が異なることからすると、当然に適用することはできない。
(エ) 本件優先日当時、ADHFの重症患者に対して、トルバプタンを含むバソプ5 レシンV2受容体拮抗薬を投与した実績は存在していなかったところ(甲174)、
選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用は、内因性バソプレシンレベルの上昇を誘 引し、それがバソプレシンV1a受容体を刺激することにより、心血管系や腎臓に 悪影響を及ぼすことが理解されていたから、選択的バソプレシンV2受容体拮抗作 用を有するトルバプタンを、NYHAクラスWのような重症患者に投与すれば、心10 不全の症状をさらに悪化させ、最悪の結果にもつながりかねないと認識されていた (甲3、4、84〜86、175)。本件審決は、トルバプタン投与によるリスクが 「報告されていない」として、結果として容易想到性を認めているが、上記のとお り、ADHFの重症患者への投与実績がなかったこと、選択的バソプレシンV2受 容体拮抗薬がもたらし得る血中バソプレシン上昇による悪影響に係る報告(甲3、
15 85)等に照らすと、トルバプタンをNYHAクラスWの重症患者に投与すること には阻害要因があり、当業者が容易に想到し得たとはいえない。
(オ) 本件優先日当時、本件試験のような「最適の治療」 (併用薬の用量増加、投与 経路変更を含む。)に対する上乗せ試験では、甲2試験のような併用薬の用量固定・ 経口投与のみ等の制約されたデザインの試験と比して、上乗せ治療薬の治療効果が20 得られにくいと理解されていた(甲169)。本件審決は、この点を正しく考慮して いないが、制約されたデザインの試験である甲2試験において薬理作用が認められ たからといって、ADHFの重症患者に対する「最適の治療」にトルバプタンを上 乗せする場合にも臨床的有用性を示すかは何ら評価・確認できない。
ウ 相違点2に係る容易想到性の判断の誤り25 本件審決は、相違点2について、当業者が、従前の臨床試験で用いられたトルバ プタンの用量を、適切な用量を決定する際に当然に参考にするなどとしたが、上記 イのとおり、甲2試験の対象である慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症、NYHA クラスT〜Vの患者と、本件試験の対象であるADHF、NYHAクラスWの患者 とは、病態、治療内容・態様、治療薬の適応・治療効果等が異なるのであるから、
これらを無視して、甲2発明におけるトルバプタンの用量から相違点2に係る用量5 に適宜なし得たとする点は誤りである。また、本件発明1の対象患者の特殊性から すると、甲2発明の用量から増加することなく浮腫改善等の優れた効果が得られる ことは、当業者が予測し得なかった効果というべきである。したがって、本件審決 は取消しを免れない。
3 予測できなかった顕著な効果の評価の誤り10 特許発明の効果が、優先日当時、特許発明の構成により奏する効果として当業者 が予測不可能であり又は予測の範囲を超える顕著なものであるかは、進歩性判断の 考慮要素の一つであるところ(最高裁平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月2 7日第三小法廷判決・集民262号51頁参照)、本件審決は、次のとおり、本件発 明1の奏する予測できなかった顕著な効果(予後改善・死亡率低下)を適切に評価15 せずに本件発明1の進歩性を否定し、結論を誤っているから、取消しを免れない。
(1) 本件発明1の効果が予測できなかった顕著なものであること 本件優先日当時、利尿薬は、心不全の症状であるうっ血や浮腫等を改善するもの ではあっても、心不全の予後を改善させる(死亡率を低下させる)ものとは理解さ れていなかった(甲14、23、46、64、67、72、82、83、88、120 09、116〜126、132、154、156、176、177)。そのような中、
本件試験は、ADHFの重症患者を対象として、選択的バソプレシンV2受容体拮 抗薬であるトルバプタンの予後(死亡率)に与える影響を評価するために、症状改 善効果とは別途の評価項目として死亡率低下を設定し、試験デザインを構築した初 めての試験である。
25 そして、本件試験の結果、本件審決も正しく認めるとおり、
「入院期間から外来で 投与を終了するまでの全期間の死亡率」について、投与開始から死亡事象発現まで の時間を考慮した解析(Log-Rankテスト)の結果、トルバプタン30mg 投与群でプラセボ対照群に比べて有意に低いという効果が得られている。この効果 は、当時の技術常識に照らして明らかに異質なものであり、進歩性を肯定するに足 りる予測できなかった顕著な効果というべきである。
5 加えていえば、前記2(2)イ(イ)及び(エ)のとおり、本件優先日当時、本件試験の対 象であるNYHAクラスWの重症心不全患者には利尿薬抵抗性の問題があると理解 されていたことや、選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用が心血管系や腎臓に悪 影響を及ぼすと理解されていたことに照らすと、上記の予後改善効果が、トルバプ タンの投与経路を変更することもなく(経口から静注に変更することなく)、かつ、
10 用量を増加することもなく(甲2試験の30mgから増量することなく)得られて いることは、当業者にはおよそ予測できないものであったといえる。
(2) 本件審決の誤り 本件審決は、甲2試験において症状改善効果が得られたことが甲2に記載されて いるから、本件試験において予後改善効果が得られたことも当業者の予測を超える15 格別顕著な効果とはいえないなどと判断した。
しかし、そもそも、症状改善と予後改善とは区別されるべきものである上、甲2 試験では、予後改善や死亡率の低下は評価項目とされておらず、甲2試験の結果か らは、予後改善に係る知見は何ら開示されているとはいえない。したがって、当業 者は、甲2試験における症状改善効果から、予後改善効果まで予測するものではな20 く、審決の説示は誤りである。
第4 被告らの反論 1 本件発明1と甲2発明との一致点、相違点の認定の誤りとの点について (1) 甲2発明の認定の誤りとの点について ア 甲2発明の対象患者について25 原告は、甲2試験の患者群が「慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者」であっ たと主張する。
しかし、甲2には、対象患者につき「心不全(HF、NYHAT-V)およびう っ血の兆候(浮腫またはラ音など)を有する患者」との記載があるにとどまり、慢 性心不全の慢性期であるとか、軽症〜中等症であるといった記載はない。むしろ、
本件優先日当時のガイドライン(甲14、35)によると、NYHAクラスVは中5 等症〜重症とされ、急性心不全の症状、所見をNYHAクラスに当てはめるとUの 一部、V及びWが該当するなどとされているし、フロセミド用量も通常の用量であ る40〜80mg/日(甲14、19)を超えているから、甲2試験の対象には重 症度の高い患者が含まれているといえる。
なお、原告は、甲127が、甲2試験の結果を報告した論文である旨主張するが、
10 甲127は本件優先日時点の公知文献ではない上、甲2の記載と整合しない点があ るなどその関係も不明であるから、甲127の記載に基づいて甲2発明を認定する ことは許されない。
したがって、甲2発明の患者には、
「慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者」の みならず、急性心不全及び慢性心不全の急性増悪期の患者も含まれると認められる15 べきである。
イ 「外来」でトルバプタンの投与が開始されるとの点について 原告は、甲2試験の対象患者へのトルバプタンの投与は、入院下ではなく外来で 行われたと主張する。
しかし、甲2には、対象患者へのトルバプタンの投与が入院下で行われたか外来20 で行われたかの記載はなく、全て外来で投与されたと認めることはできない。むし ろ、前記アのとおり、甲2試験の対象患者には、慢性心不全の慢性期の軽症〜中等 症の患者のみならず重症患者も含まれていたのであるから、入院患者もいたと考え るのが自然である。
(2) 本件発明1の「最適の治療」と甲2発明の「安定したフロセミド用量(2025 〜240mg/日」とが一致するとした点の誤りとの点について 原告は、本件試験ではADHFの重症患者に対して一般に採用される最適の治療 が行われ、利尿薬では非経口投与や用量の増加がされているのに対し、甲2試験で は患者に投与されるフロセミドの用量は固定されているから、本件発明1の「最適 の治療」と甲2発明の「安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)」とが一 致するとした本件審決の認定は誤りである旨主張する。
5 しかし、本件明細書の【0052】には、全ての患者は「通常の治療を受け続け た」とあって、これは本件優先日当時に行われていた患者の状態に応じた「通常の 治療」にほかならない上、本件試験においてフロセミド用量が増加されたとか、静 注投与がされた等とは記載されていない。甲2には、
「患者は水分制限なしの標準治 療を受けており、試験全体を通して安定したフロセミド用量(20〜240mg/10 日)が維持されていました。」と記載されているところ、同記載からはフロセミド用 量が「固定されている」ことは読み取れないし、他の医薬の使用や、フロセミド以 外の利尿薬の使用が限定されているとも認められない。また、甲2試験も本件試験 もプラセボ対照二重盲検試験であるから、プラセボ対照群とトルバプタン群とは平 等な条件下で比較されている。したがって、甲2の「標準治療」と本件試験の「通15 常の治療」との間に、実質的に異なる点を見いだすことはできないというべきであ る。
(3) 用量のみに着目して相違点を認定した点の誤りとの点について 原告は、心不全治療における利尿薬の用量設定では、対象患者の病態、重症度、
利尿薬抵抗性を踏まえて技術的に考察すべきであるから、これらを捨象して用量の20 みを相違点とする本件審決の認定手法に誤りがあると主張する。
しかし、そもそも本件発明1の対象が「ADHFの重症患者」であり、甲2発明 の対象が「慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者」であるとの前提が誤っている 上、本件試験あるいは甲2試験の対象患者の利尿薬抵抗性の有無等は明らかではな い。発明の比較に際し、投与用量を独立して相違点として認定する本件審決の手法25 に何ら問題はないというべきである。
(4) 原告主張の看過相違点について ア 看過相違点@について 前記(1)アのとおり、甲2発明の患者には、慢性心不全の慢性期のみならず、急性 心不全又は慢性心不全の急性増悪期の患者も含まれているというべきである。そし て、本件明細書の【0050】【0052】によると、本件試験は、当初は急性心 、
5 不全又は慢性心不全の急性増悪期の症状を呈し、その後慢性症状となる患者群に対 し、急性と慢性とを問わず、NYHAクラスVとWとを区別することもなく、単に 投与開始時に急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にあった入院の患者にトルバ プタンを投与したものにすぎないから、本件発明1の対象患者が「ADHFの重症 患者」ということはできない。したがって、原告の主張する看過相違点@は認めら10 れない。
イ 看過相違点Aについて 前記(1)イのとおり、甲2試験の患者に対するトルバプタンの投与が全て外来で 行われたとは認められないから、原告の主張する看過相違点Aは認められない。
ウ 看過相違点Bについて15 前記(2)のとおり、本件発明1における「最適の治療」と、甲2発明の「患者は水 分制限なしの標準治療を受けており、試験全体を通して安定したフロセミド用量(2 0〜240mg/日)が維持されて」いたこととの間には、実質的に異なる点はな いから、原告の主張する看過相違点Bは認められない。
エ 看過相違点Cについて20 前記(3)のとおり、トルバプタンの用量を独立して相違点とすることに何ら問題 はないから、原告の主張する看過相違点Cは認められない。
2 容易想到性の判断の誤りとの点について (1) 看過相違点に係る判断について ア 看過相違点@について25 本件明細書には、トルバプタンの投与開始時に急性心不全又は慢性心不全の急性 増悪期であったことに特有の効果は何ら記載されておらず、急性と慢性とを比較し た評価などもされていないところ、甲2試験においてNYHAクラスVという重症 心不全患者にトルバプタンが投与され、その効果が確認されていることに加えて、
利尿薬が心不全患者のうっ血に基づく労作時呼吸困難、浮腫等の症状を軽減するた め、急性・慢性を問わず、またNYHAクラスのU〜Wのいずれにおいても用いら5 れる薬物治療の常套手段であるという本件審決が正しく認定する技術常識に照らす と、仮に看過相違点@が認められるとしても、甲2発明に接した当業者が、急性心 不全又は慢性心不全の急性増悪期にある患者や、NYHAクラスWの患者にトルバ プタンを投与開始することは、容易に想到し得たことである。
イ 看過相違点Aについて10 本件明細書には、トルバプタンの投与開始時に入院下であったことに特有の効果 は何ら記載されていない上、本件優先日当時、前記アの技術常識のほか、心不全を 有する「入院」の低ナトリウム血症患者にトルバプタンを経口投与したところ、高 い忍容性を示しつつ血清ナトリウム値の正常化をもたらしたこと(甲21)が知ら れていたのであるから、仮に看過相違点Aが認められるとしても、甲2発明に接し15 た当業者が、入院下の患者にトルバプタンを投与することは、容易に想到し得たこ とというべきである。
ウ 看過相違点Bについて 入院下の急性心不全の患者に対して最適の治療(本件優先日当時に行われていた 患者の状態に応じた通常の治療)を行うべきは医療関係者として当然であるところ、
20 本件優先日当時、重症心不全の患者がループ利尿薬に抵抗性を示した際、作用部位 の異なる利尿薬の併用により利尿効果がみられること(甲38) 急性心不全時には 、
利尿薬は静注を原則とすること(甲35)などが知られていたのであるから、仮に 看過相違点Bが認められるとしても、甲2発明に接した当業者が、ループ利尿薬の 増量、投与経路の変更及び利尿薬の併用を含む最適の治療と組み合わせて、作用部25 位の異なる利尿薬としてトルバプタンを使用することには、むしろ動機付けがあり、
容易に想到し得たことである。
エ 看過相違点Cについて 本件明細書は、本件試験における患者の重症度や急性・慢性等を区別することな く、試験群ごとに同量のトルバプタンを退院後も7週間にわたって投与しており、
ADHFの重症患者に特有の投与量を何ら明らかにしていないところ、治療対象患5 者に異なる複数の用量の薬物を投与して有効用量の範囲を調べることは当業者が当 然に行うことであり、前記のとおり、利尿薬が、心不全患者のうっ血に基づく症状 を軽減するため、急性・慢性を問わず、また、NYHAクラスのU〜Wのいずれに おいても用いられること等の技術常識にも照らすと、仮に看過相違点Cが認められ るとしても、甲2発明に接した当業者が、本件発明1の対象患者につき、トルバプ10 タンの用量を本件発明1に係る用量として適宜選択し、設定することは、容易に想 到し得たことである。
(2) 本件審決が認定した相違点に係る判断について ア 容易想到性の判断基準について 原告は、容易想到性の判断基準について、
「ある化合物が治療薬等として真に治療15 に係る発明の意義及び効果を有することにつき当業者が容易に想到し得たかを判断 するに当たっては、当該発明の治療及び治療効果について、優先日当時における科 学的根拠をもって当業者がこれを容易に評価・確認できるかが問題とされるべき」 などと主張する。
しかし、原告の主張する基準は独自のものであって失当である。また、本件にお20 ける甲2発明は、有効成分であるトルバプタンをNYHAクラスT〜Vの心不全患 者に投与して症状を改善させる治療効果を実証して確認したものであるから、原告 が「期待」「自然に想起」といった語から前提とするような実際の治療効果が確認 、
されていない場合には当たらないし、他方、本件試験は、NYHAクラスVとWの 患者を混合し、これらを区別していないから、クラスWの患者のみに特有の治療効25 果を実証して確認することに失敗しているというほかなく、原告の主張によると、
なおさら進歩性を肯定することはできないはずである。
イ 相違点1について (ア) 原告は、本件優先日当時、ADHFの重症患者と慢性心不全の慢性期の軽症 〜中等症患者とは、その症状、治療内容・態様、治療薬の適応・治療効果が大きく 異なると主張する。
5 しかし、原告が挙げる証拠(甲75〜77)によっても、急性心不全と慢性心不 全とを区別して投与されるのは、強心薬、ACE阻害薬等であり、利尿薬ではない。
利尿薬は、急性心不全と慢性心不全のいずれにも適用でき、これらを区別して異な る利尿薬を使用するという技術常識は存在しない。したがって、ADHFの重症患 者にトルバプタンを投与して浮腫改善等の効果が得られることは当然に予測可能で10 ある。
(イ) 原告は、本件優先日当時、同じ心不全治療薬であっても、NYHAクラスT 〜Vの患者には有効だがクラスWの患者には効果がない又は悪化させる例があった ほか、クラスWの患者は利尿薬抵抗性の問題がより深刻であって治療に限界があり、
トルバプタンにも利尿薬抵抗性の問題が認識されていたと主張する。
15 しかし、そもそも本件試験自体が、NYHAクラスVとWの双方の患者を対象と し、区別することなく実施されたものであり(本件明細書にもその内訳が記載され ていない。、NYHAクラスWのみを特別視する技術常識がなかったことを示して ) いる。NYHA分類は医師による主観的評価を反映するものであり、しばしばクラ スが変化し、クラスが異なっても治療に大差がないこと、薬剤処方に有意差が認め20 られなかったことが知られていた(甲15、20)。原告は、NYHAクラスWの患 者に対してのみ特別な利尿薬治療が施されている例を挙げることができていない。
NYHAクラスVとWとを比較して特にクラスWの患者に利尿薬抵抗性が生じる ことは示されておらず、利尿薬の投与に関して心不全の重症度はあまり影響せず、
重症度が高くても利尿薬を投与する必要があるというのが技術常識である。本件優25 先日当時、利尿薬に抵抗を示す場合には、作用部位の異なる利尿薬を併用すること により利尿作用がみられ得ることが知られており(甲38、45、64)、主として 利尿薬抵抗性が問題となるループ利尿薬と組み合わせて作用部位の異なる利尿薬で あるトルバプタンを併用することには、むしろ動機付けがあるというべきである。
利尿薬抵抗性の基本的メカニズムは近位・遠位尿細管における再吸収増加による ナトリウム貯留とされているところ(甲45)、本件優先日当時、トルバプタンは水5 のみを排出する利尿薬として知られていたから、利尿薬抵抗性の懸念が高かったと はいえず、仮に抵抗性の懸念があったとしても、投与することの阻害要因とはなら ないというべきである。
(ウ) 原告は、既存の利尿薬とトルバプタンの作用機序・薬理作用は異なるとして、
本件審決がこれらを同一視して容易想到性を肯定したことが誤りである旨主張す10 る。
しかし、主引用例とされている甲2は、既存の利尿薬ではなくトルバプタンに関 するものであるから、これと技術常識に基づけば、同じくトルバプタンを投与した 本件試験の効果は容易に予測できるものである。また、トルバプタンも、腎臓での 水の再吸収を抑制して水分を体外に排出するという利尿薬であり、水分を体外に排15 出してうっ血等に基づく症状を軽減する点では他の利尿薬と異なるところはないか ら、容易想到性の判断に際して既存の利尿薬に係る知見を適用することは当然であ る。
(エ) 原告は、本件優先日当時、ADHFの重症患者への選択的バソプレシンV2 受容体拮抗薬の投与実績がなく、選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用には心血20 管系や腎臓に悪影響を及ぼすことが理解されており、トルバプタンをNYHAクラ スWの重症患者に投与することには阻害要因があったと主張する。
しかし、本件優先日前に選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用を有する利尿薬 がNYHAクラスWの患者に投与された実績はあるし(甲149)、そもそも、甲2 試験は、その対象にADHFの重症患者も含まれていたというべきであるから、そ25 れ自体が投与実績というべきものである。
また、選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用が内因性バソプレシンの分泌を促 進し、これがバソプレシンV1a受容体を刺激することにより心不全患者の病態を 悪化させる可能性があるとして原告が挙げる文献(甲84〜86)は、いずれも抽 象的な可能性を示す仮説レベルのものにすぎない。実際には、選択的バソプレシン V2受容体拮抗作用により血中バソプレシン濃度が増加しても、心血管系及び腎臓5 への悪影響もなく有効性及び安全性が確認された事実がある上(甲149) 血中バ 、
ソプレシン濃度を10pg/mL以下にコントロールすればこれらの悪影響が発生 しないことが知られていた(乙B5、6)。いずれにしても、当業者において、トル バプタンが心不全の病態を悪化させる可能性があるとか、NYHAクラスWの重症 患者への投与を控えるべきとの認識が共有されていた事実はない。むしろ、甲84、
10 86には、心不全患者の死亡率との関係が高い低ナトリウム血症を引き起こさない 選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用の有用性が示唆されており、重症度の高い 心不全患者にバソプレシンを投与する動機付けがあるとさえいえる。
(オ) 原告は、本件優先日当時、本件試験のような「最適の治療」に対する上乗せ 試験では、甲2試験のような制約されたデザインの試験と比して、上乗せ治療薬の15 治療効果が得られにくいと理解されていたと主張する。
しかし、前記1(2)のとおり、本件試験の「最適の治療」と甲2試験の「標準治療」 との間に実質的な差異は認められないから、原告の主張は前提を欠くものである。
ウ 相違点2について 前記(1)エのとおり、本件明細書は、ADHFの重症患者に特有の投与量を何ら明20 らかにしていないところ、利尿薬が、心不全患者のうっ血に基づく症状を軽減する ため、急性・慢性を問わず、またNYHAクラスのU〜Wのいずれにおいても用い られること等の技術常識に照らすと、甲2発明に接した当業者が、本件発明1の対 象患者につき、トルバプタンの用量を本件発明1に係る用量として設定することは、
容易に想到し得たことである。
25 3 予測できなかった顕著な効果の評価の誤りとの点について 原告は、本件優先日当時、利尿薬は、心不全の症状であるうっ血や浮腫を改善す るものではあっても、心不全の予後を改善させる(死亡率を低下させる)ものとは 理解されていなかったところ、本件試験により、トルバプタン30mg投与群で死 亡率がプラセボ対照群に比べて有意に低いという効果が得られ、これは当業者には およそ予測できなかった効果であるから、進歩性を肯定する要素として考慮するべ5 きである旨主張する。
しかし、本件試験では、
「外来患者の主要評価項目」として「心不全の悪化」が設 定され、
「死亡」は「心不全の悪化」を判定するための一要素にすぎないところ(入 院患者の評価項目には含まれてすらいない。 、このような副次的要素に一応の有意 ) 性が示された結果のみをもっては、当業者は、実際に死亡率低下の効果が確認され10 たとは理解しない。本件試験の対象患者の母数は少なく、死亡数もプラセボ対照群 で7名、30mg投与群で3名にとどまる上、60mg投与群や90mg投与群で は有意な死亡率の低下が確認できないこと、検定の多重性の問題に対処していない こと、患者の死亡についての時系列データが示されておらずLog-Rankテス トの結果を検証できないことからしても、本件試験の結果から死亡率低下に係る特15 有の効果があると結論付けることには無理がある。加えて、本件試験は、NYHA クラスVの患者とクラスWの患者を区別しておらず、本件発明1が対象とするクラ スWの患者との関係で死亡率低下の効果が生じたかも不明である。なお、その後、
トルバプタンに予後改善の効果がなかったことが明らかになっているところである (甲147、乙B3)。
20 仮に本件明細書の記載をもって予後改善効果を認め得るとしても、甲2には、ト ルバプタンの投与により重症心不全患者を含む患者の血清ナトリウム濃度の正常 化、うっ血の改善等も確認されていたところ、従来の利尿薬の副作用として低ナト リウム血症が知られており(甲38、43、45)、これは予後に影響することが知 られていたし(甲149、乙B9、10)、うっ血の改善と死亡率の低下との関係に25 も相関関係が認められていたから(乙B9、11)、水のみを排出するトルバプタン が血清電解質の有害な変化等を生じさせることなくうっ血等の症状を改善し、ひい ては予後を改善させることは、当業者にとって予測の範囲を超えるものではない。
したがって、本件発明1に予測できなかった顕著な効果があるとの原告の主張は 失当である。
4 小括5 以上によると、本件発明1は、甲2発明、甲2に記載された事項及び技術常識参酌した当業者が容易に発明をすることができたとする本件審決に誤りはない。そ して、上記に述べたところは本件発明2〜14についても同様に当てはまるから、
本件各発明に係る特許を無効とすべきものとした本件審決に誤りはない。
第5 当裁判所の判断10 1 本件各発明の概要 本件訂正後における本件特許の特許請求の範囲は別紙3のとおりであり、本件明 細書の記載は別紙2のとおりである。これらの記載によると、本件各発明の概要は、
次のとおりと認められる。
(1) 本件各発明は、活性成分としてトルバプタンを含む薬剤を用いて重症心不全15 を治療する方法及びそれに用いられる薬剤に関する。【0001】 ( ) (2) トルバプタンは、バソプレシン拮抗作用を有し、血管拡張剤、降圧剤、利尿 剤、血小板凝集抑制剤等として有用であることが公知であった。【0003】 ( ) 心不全は、左心室の機能及び神経ホルモン調節の異常が特徴の複雑な臨床症候群 として定義され、労作不耐性、水分貯留及び寿命の減少につながる。心不全のほと20 んどは原因療法で治療できず、症状は徐々に悪化する。心不全、特に「重症心不全」 (明細書及び特許請求の範囲の用語としては、急性心不全及び慢性心不全の急性増 悪期で、例えば、NYHAクラスV及びWを意味する。)と診断された患者の予後は 悪い。【0006】【0009】【0035】 ( 、 、 ) (3) 発明者らが行った本件試験では、重症心不全の患者を対象に、一般に採用さ25 れている最適の現治療(研究者によって決定する。)と組み合わせて、トルバプタン を1日当たり30、60又は90mgの用量で、10日までは急性の入院患者での 試験投薬、続く7週間では外来での投薬により、合わせて60日間投与した。その 結果、30mg処置群(1日当たり体重1kg当たりの用量に換算すると0.37 1±0.096mg/kg(77例))において、副作用による頻尿の発現頻度及び 投与中断例の割合がいずれも低く、全尿排出量の増加、体重の減少のほか、ベース5 ラインにおける低ナトリウム血症の患者には血清ナトリウム濃度の上昇等の効果が 得られた。【0036】【0050】〜【0052】 ( 、 ) (4) 本件各発明は、トルバプタン又はその医薬的に許容される塩を活性成分とし て含み、該成分の1日当たりの用量が30mg/個体(体重換算値では0.371 mg/kg)以下の範囲であり、NYHAクラスWの患者に、最適の治療と組み合10 わされて経口にて投与される、重症心不全の治療薬、重症心不全の治療用医薬組成 物及びその治療用薬剤を製造するためのトルバプタン又はその塩の使用についての ものである。
その患者は更に急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にあってよく、投与は入 院下で開始されてもよく、医薬組成物として通常の医薬的に許容される担体又は希15 釈剤を含んでもよく、浮腫の改善又は予後の改善を特徴とする場合を含む。
2 認定事実 それぞれに掲記した証拠及び弁論の全趣旨によると、本件優先日当時の技術水準 等に関し、次の事実が認められる。
(1) 利尿薬、バソプレシン及びトルバプタン20 ア 利尿薬(甲38、112) 利尿薬は、主として腎臓に作用して、尿中への水及びナトリウムイオンの排泄を 増加させる薬物である。一般には、尿細管のナトリウムイオン再吸収を抑制するこ とにより、尿中へのナトリウムイオンの排泄を増加させ、水及びナトリウムの排泄 を増加させる。
25 利尿薬には、効力の高いもの(ループ利尿薬など)、中程度のもの(サイアザイド 系利尿薬など)及び弱いもの(炭酸脱水酵素阻害薬、カリウム保持性利尿薬、浸透 圧利尿薬など)があり、それぞれ作用機序や作用部位が異なる。フロセミドに代表 されるループ利尿薬は、塩化ナトリウムが能動的に再吸収される太いHenle上 行脚に作用し、塩化ナトリウムの再吸収を抑制する。臨床応用としては、腎不全に よる浮腫、肝硬変による腹水を含む全ての型の浮腫の治療に適応となる。ループ利5 尿薬は、強力な利尿作用を有するが、副作用として低ナトリウム血症、低カリウム 血症、低マグネシウム血症等の電解質異常が挙げられる。
水利尿薬は、抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)のように水のみが 細胞外液に貯留して低ナトリウム血症が起こるような場合に、水だけを選択的に排 出する目的で用いられる。
10 イ バソプレシン(甲4、14、150) アルギニン・バソプレシン(以下、単に「バソプレシン」という。)は、血液の浸 透圧上昇又は循環血液量の減少等に応じて下垂体後葉より分泌され、腎集合尿細管 に働き水の再吸収を増加させるよう働く抗利尿ホルモンであり、自由水吸収、体液 浸透圧、血液量、細胞収縮、血圧の調節等に重要な役割を果たす。バソプレシンの15 抗利尿作用は、腎髄質部の集合管の基底外側膜に発現するバソプレシンV2受容体 により媒介される。
ウ 選択的バソプレシンV2受容体拮抗薬及びトルバプタン(甲2〜4、27、
84〜86、112、149、150) トルバプタンは、疾患進行性うっ血性心不全の治療薬として更なる開発のために20 選択された、特異的かつ選択的な非ペプチド性の経口活性を有する選択的バソプレ シンV2受容体拮抗薬であり、腎髄質部の集合管に作用して水のみを排泄する、経 口投与で強力な水利尿薬として作用する薬物である。
選択的バソプレシンV2受容体拮抗薬及びバソプレシンV1/V2両受容体拮抗 薬の利尿作用については、多数の報告がされている。甲2試験も、選択的バソプレ25 シンV2受容体拮抗薬であるトルバプタンをうっ血の兆候を有する心不全患者に投 与したところ、忍容性が良好で、尿量の増加を確認した例である。
(2) 心不全(甲14、35、39) 心不全は、心臓が血液を循環させるために果たすポンプ機能(以下「心ポンプ機 能」という。)が種々の原因により低下したために身体に生じる症候群をいい、症状 の発現する速さによって急性心不全と慢性心不全とに分類される。
5 慢性心不全は、典型的には、慢性の心筋障害により心ポンプ機能が低下し、末梢 主要臓器の酸素需要量に見合うだけの血液量を拍出できない状態であり、肺又は体 静脈系にうっ血をきたし生活機能に障害を生じた病態をいうとされる。労作時呼吸 困難、息切れ、尿量減少、四肢の浮腫、肝肥大などの症状の出現により生活の質的 低下(QOL低下)が生じ、日常生活が著しく障害される。全ての心疾患の終末的10 な病態でその生命予後は極めて悪いとされる。
急性心不全は、機能的あるいは構造的異常が急激に発生し、低下した心ポンプ機 能を代償する時間がないか、代償機転が充分でないような重篤な障害が起こり招来 される病態をいう。急性心不全は臨床的に、心原性肺水腫、心原性ショック及び慢 性心不全の急性増悪の三病態を含むとされる。突然に出現する呼吸困難、前胸部圧15 迫感、息切れ、起坐呼吸、精神・神経症状などがあれば急性心不全を疑うとされる。
(3) 心不全の治療等に関する本件優先日当時のガイドライン(甲14、15、3 5) 米国では、1995年頃、アメリカ心臓学会(American College of Cardiology。
以下「ACC」という。)とアメリカ心臓協会(American Heart Association。以下20 「AHA」という。)が共同で、心不全の評価と管理のためのガイドラインを初めて 公表した。ACCとAHAは、さらに、心不全に関するその後の治療に関する知見 を織り込むため、ACC、AHAのほか、米国胸部疾患学会、米国心不全学会、国 際心肺移植学会、米国家庭医協会及び米国医師会-内科協会から委員を招集してガ イドライン改訂委員会を構成して、2001年12月までに、
「ACC/AHA Guidelines25 for the Evaluation and Management of Chronic Heart Failure in the Adult: Executive Summary」と題する文書(甲15。以下、単に「ACC/AHAガイドラ イン」という。)を作成し、この文書は、同月に公刊された。
我が国においても、日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会、日本胸 部外科学会、日本小児循環器学会、日本心電学会及び日本高血圧学会から推薦され た班員により構成された合同研究班が、日本人の慢性心不全患者を対象とする治療5 ガイドラインとして、平成12年までに「慢性心不全治療ガイドライン」(甲14。
以下「慢性ガイドライン」という。)を作成し、同年、公刊物に掲載された。また、
日本循環器学会、日本心臓病学会、日本心不全学会、日本胸部外科学会及び日本心 臓血管外科学会から推薦された班員により構成された合同研究班が、心不全の中で も予後が極めて悪く早期からの積極的な治療が必要とされる急性重症心不全患者を10 主たる対象とする治療ガイドラインとして、平成12年までに「急性重症心不全治 療ガイドライン」(甲35。以下「急性ガイドライン」という。)を作成し、同年、
公刊物に掲載された。
(4) NYHA(甲14、15、35、40) NYHAは、心不全による機能障害の程度を定量化するためによく使用される分15 類法であり、症状が生じる運動の程度によって患者を4つの機能分類に分けるもの である。
慢性ガイドラインには、心不全の重症度の指標としてNYHAを用い、クラスT を無症候性、クラスUを軽症、クラスVを中等症〜重症、クラスWを難治性として 治療指針を説明している箇所がある。急性ガイドラインでは、急性心不全の症状、
20 所見をNYHAに当てはめると、クラスUの一部、クラスV及びWが該当するので、
原則として入院の上、診断の確定と治療が必要となると説明する箇所がある。
もっとも、ACC/AHAガイドラインでは、NYHAでの分類について、医師 による主観的評価を反映するもので、しばしば短期間にクラスが変化し、NYHA のクラスが異なっても治療に大きな差がないことが長年にわたって認識されている25 として、心不全の過程にある患者を確実かつ客観的に特定し、ステージごとにそれ ぞれ適切な治療に結びつくような分類法の必要性が指摘されている。また、慢性ガ イドラインにおいても、NYHAによる機能評価は労作時の自覚症状に基づいてお り、客観性には乏しい旨が指摘されている。
(5) 心不全患者に対する薬物治療(甲14、15、20、38〜40) 心不全の治療は、弱った心筋収縮力を増加させる(陽性変力作用)とともに、循5 環血液量を減らし(主に前負荷軽減)、末梢抵抗を減らして(主に後負荷軽減)、心 臓へかかる負荷を減少させることにより行われる。
薬物治療としては、体内の余分な水分を取り除く利尿薬、心臓にかかる負担を軽 くする血管拡張剤であるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、心臓に障害 を与えやすい神経やホルモンの作用を抑制するβ遮断薬、心臓の働きを手助けする10 ジギタリス等が用いられる。心不全の患者の治療に際してこれら複数種の薬物を併 用することは、広く行われている。
(6) 心不全と利尿薬 ア 利尿薬の併用と利尿薬抵抗性(甲2、15、38、46) 体液貯留のある心不全患者には、体液状態が正常になるまで利尿薬を投与すべき15 であり、体液貯留の再発を防ぐために、利尿薬の投与を継続しなければならない。
投与される利尿薬の具体例としては、ループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬、カリ ウム保持性利尿薬があり、これらが併用されることもある。なお、甲2試験は、試 験全体を通してループ利尿薬であるフロセミドを投与しつつ、選択的バソプレシン V2受容体拮抗薬であるトルバプタンを併用して投与した例である。
20 利尿薬は、うっ血性心不全管理において重要な要素であるが、うっ血性心不全患 者のおよそ3例中1例において、また特に中等症及び重症のうっ血性心不全患者に おいてはより頻繁に、時間の経過とともに適切な水分排出が生じる前に、ナトリウ ムと水の排泄が増加しなくなる現象が発生し、利尿薬抵抗性と呼ばれている。
ループ利尿薬に利尿薬抵抗性を示す場合に、作用部位の異なる利尿薬の併用によ25 り、利尿効果がみられることがある。
イ 慢性心不全と利尿薬(甲14、15) 慢性ガイドラインには、利尿薬について、心不全患者のうっ血に基づく労作時呼 吸困難、浮腫などの症状を軽減するために最も有効な薬剤であり、ループ利尿薬で 十分な利尿が得られない場合にはサイアザイド系利尿薬との併用を試みてもよい旨 が記載されている。ただし、これらの利尿薬は低カリウム血症、低マグネシウム血5 症をきたしやすいため、血清カリウム及びマグネシウムの保持を心掛ける必要があ るとされている。
重症患者に対する利尿薬の投与について、慢性ガイドラインでは、
「心不全の重症 度からみた治療指針(図3)」として、次の図3のとおり、利尿薬がNYHAクラス U〜Wまでの患者に用いられるものとして説明されている。また、ACC/AHA10 ガイドラインでは、
「難治性末期心不全患者」につき、
「進行性心不全患者の多くは、
塩分と体液の貯留による症状を示すため、ナトリウムバランスを回復する治療が有 効である。したがって、末期心不全の管理を成功させるために重要なことは、体液 貯留を認識し、注意深くコントロールすることである。」と指摘している。
ウ 急性心不全と利尿薬(甲35、115) 急性心不全患者への利尿薬の投与について、急性ガイドラインには、
「急性心不全 発症以前に脱水を生じていない限り、利尿薬の投与を必要とする。急性心不全時に は経口投与の利尿薬が十分に作用しないことがあるので、利尿薬は静脈内投与を原5 則とする。第一選択薬としてループ利尿薬であるフロセミドを用いる。、
」「急性心不 全に対して、サイアザイド系利尿薬を併用する必要が生じることは殆どないが、慢 性心不全事例で、急性増悪以前より利尿薬に対して抵抗性を示す症例に対しては、
急性増悪時にこのようなサイアザイド系利尿薬とループ利尿薬との併用を検討する 必要がある症例も存在する。」と指摘されている。
10 また、本件優先日前に頒布された刊行物である甲115(小川聡ほか編「標準循 環器病学」 (医学書院・平成13年)には、急性心不全について、
「Forrester心機能 分類に応じた治療を行う(図4-8)」として、肺うっ血が認められる場合には利 。
尿薬を使用する旨の記載がある。
15 3 本件発明1の進歩性についての容易想到性の誤りについて (1) 本件発明1 ア 本件発明1の要旨 進歩性の要件が認められるかを判断するに当たっては、本願発明又は特許発明を 認定した上で主引用発明と対比し、一致点及び相違点を認定した上で、相違点につ5 き容易想到性を判断するが、本願発明及び特許発明の認定は、特許請求の範囲の記 載の技術的意義が一義的に理解することができないとか、あるいは一見してその誤 記が発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記 載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲に基づいてさ れるべきである(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判10 決。民集45巻3号123頁参照)。
これを本件についてみると、本件発明1は、次のとおりである。
「トルバプタンまたはその医薬的に許容される塩を活性成分として含み、該活性 成分の1日当たりの用量が0.371mg/kg以下の範囲であることを特徴とす る、急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨーク心臓協会の分類:15 重症度Wの患者に最適の治療と組み合わされて入院下で経口にて投与開始される重 症心不全の治療薬。」 イ 原告の主張について (ア) 対象患者について 前記第3の1(4)ア及びエのとおり、原告は、本件各発明の対象患者を「ADHF20 (急性非代償性心不全)の重症患者」であると主張し(本件発明1と甲2発明との 看過相違点@、C)、また、ADHFにつき、機能的あるいは構造的異常が急激に発 生し、低下した心ポンプ機能を代償する時間がないか、代償機転が十分でないよう な重篤な障害が起こり招来される病態をいうと主張する。
しかし、本件訂正後における本件特許の特許請求の範囲の記載には、
「急性心不全25 または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患 者」 (請求項1、7、8、10及びそれらの従属項)、
「ニューヨーク心臓協会の分類: 重症度Wの患者」 (請求項3、4及びそれらの従属項)と記載されているにとどまる。
また、本件明細書の発明の詳細な説明においても、
「明細書および特許請求の範囲に ある用語「重症心不全」とは、急性心不全または慢性心不全の急性憎悪期(判決注: 「増悪期」の誤り。以下「増悪期」と記載する。)で、例えば、ニューヨーク心臓協5 会の分類で重症度VおよびWを意味する。( 」【0035】)との記載があるものの、
「[1]第一の態様において、本発明は、式(1)…の有効量を、治療が必要な患者 に投与することからなる、重症心不全の新規な治療方法を提供する。【0012】、
( 」 ) 「別の態様において、本発明は重症心不全が急性心不全または慢性心不全の急性増 悪期である、上記[1]の重症心不全の治療方法を提供する。 ( 」【0018】)及び10 「別の態様において、本発明は重症心不全がニューヨーク心臓協会の分類:重症度 VおよびWの重症心不全である、上記[1]の重症心不全の治療方法を提供する。」 (【0019】)との記載があり、
「ADHF(急性非代償性心不全)の重症患者」と の語は見当たらない。
このように、特許請求の範囲はおろか、本件明細書の発明の詳細な説明において15 も、本件優先日当時、
「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨー ク心臓協会の分類:重症度Wの患者」「ニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの 、
患者」との記載をもって、
「ADHF(急性非代償性心不全)の重症患者」を示すこ とが自明であったことを認めるに足りる証拠はない。
また、
「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期」と「ADHF(急性非代償性20 心不全)」との関係も、証拠上明らかとはいえない。
したがって、本件各発明の対象患者を「ADHFの重症患者」であるとする原告 の主張は認められず、特許請求の範囲に従い、
「急性心不全または慢性心不全の急性 増悪期にあるニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」又は「ニューヨーク 心臓協会の分類:重症度Wの患者」と認定されるべきものである。
25 (イ) 「最適の治療」について 前記第3の1(4)ウのとおり、原告は、本件各発明におけるトルバプタン等と組み 合わせる「最適の治療」が「フロセミドの非経口投与、用量の増加及びフロセミド 以外の利尿薬の併用を含む」ものであると主張する(本件発明1と甲2発明との看 過相違点B)。
そこで検討すると、特許請求の範囲には「最適の治療」とあるが、その技術的意5 義は必ずしも一義的に理解することができない。そこで、発明の詳細な説明参酌 すると、本件明細書の【0052】には、
「目的:10日までは急性の入院患者での 試験投薬、続く7週間では外来での投薬で、一般に採用されている最適の現治療(研 究者によって決定する)と組み合わせた3つの(A)の用量またはプラセボの効果 を評価」「試験設計:…すべての患者は、利尿薬、ジゴキシン、ACE阻害剤、ヒ 、
10 ドララジン、硝酸エステル系、βブロッカーを含み得る通常の治療を受け続けた。」 (いずれも、特に注目すべき箇所に下線を付した。以下の下線も同じ。)との記載が あるが、フロセミドを非経口投与したこと、用量を増加したこと、フロセミド以外 の利尿薬を併用したことは記載されていない。したがって、本件各発明にいう「最 適の治療」は、本件優先日時点で知られた心不全患者への治療であって、前記(ア)記15 載の患者に対し、その症状等に応じて適宜決定されるものと理解すべきであり、
「フ ロセミドの非経口投与、用量の増加及びフロセミド以外の利尿薬の併用を含む」こ とを否定するものではないが、これらを必須とするものともいえないから、本件各 発明の発明特定事項として認定すべきものとはいえない。
なお、急性ガイドラインには、
「急性心不全時には経口投与の利尿薬が十分に作用20 しないことがあるので、利尿薬は静脈内投与を原則とする…初回投与に対して十分 な反応が見られない場合には、初回投与量の2倍量を投与し、これに対しても反応 が見られない場合には、2回目の投与量の2倍量を投与する。(甲35の1142 」 頁)「急性左心不全の診断がついたらまず利尿薬を用いる。通常はフロセミドの4 、
0mgを経口投与し、無効なときは20〜40mgの静注をする。 同1160頁) 」 ( 、
25 「慢性心不全で利尿薬に対して抵抗性を示す症例では、サイアザイド系利尿薬を併 用することによって利尿反応を期待できる場合がある。…急性心不全に対して、サ イアザイド系利尿薬を併用する必要が生じることは殆どないが、慢性心不全事例で、
急性増悪以前より利尿薬に対して抵抗性を示す症例に対しては、急性増悪期に…併 用を検討する必要がある症例も存在する。(同1144頁)との各記載があり、本 」 件試験において、フロセミドの非経口投与、用量の増加及びフロセミド以外の利尿5 薬の併用がされた可能性は否定できないが、当然にこれらが行われたともいえない から、前記認定を左右するものではない。
(2) 甲2に記載された発明(甲2発明) ア 甲2の記載 (ア) 本件優先日前に頒布された刊行物である甲2には、次の記載がある。
10 (タイトル) 「うっ血性心不全患者における新規バソプレシン受容体遮断薬であるトルバプタ ンによる長期治療(Chronic Therapy)の有益な効果」 (本文) 「〔1〕トルバプタン(OPC-41061、TLV)は、新規の非ペプチド性バ15 ソプレシン受容体拮抗薬である。
〔2〕心不全(HF、NYHAT〜V)及びうっ血の兆候(signs)(浮腫又はラ 音等)を有する患者を対象に、3用量のTLVの効果を調査するプラセボ対照二重 盲検試験を行った。
〔3〕3日間の慣らし期間の後、250人の患者をプラセボ群(n=62)、又は20 TLV30mg群(n=64)、45mg群(n=62)若しくは60mg群(n= 62)に無作為化し、1日1回、25日間投与した。
〔4〕患者は水分制限なしの標準治療を受けており、試験全体を通して安定した フロセミド用量(20〜240mg/日)が維持されていた。
〔5〕ベースラインでは、プラセボ群、TVL30mg群、45mg群及び6025 mg群においてそれぞれ34%、23%、23%及び32%に低ナトリウム血症(血 清Na+=136mEq/L)が見られた。
〔6〕TLV群の忍容性は良好であった。
〔7〕投与1日目に、TLV30mg群、45mg群及び60mg群の体重はベ ースラインに対してそれぞれ-0.79±.99kg、-0.96±.93kg、
-0.84±.02kgの減少が観察されたが、プラセボ群の体重はベースライン5 に対して+0.32±.46kgの増加を示した(プラセボ群に対してすべての治 療群でP<0.001)。
〔8〕この体重減少は、25日間の治療期間にわたって維持された。
〔9〕プラセボ群と比較して、TLV群では統計学的に有意かつ用量依存的な尿 量の増加も観察された(TLV30mg群、45mg群、60mg群及びプラセボ10 群の投与1日目の尿量は、それぞれ3.9±.6L、4.2±.9L、4.6±. 4L、2.3±.2L/24時間。p<0.001)。
〔10〕TLV投与患者では、プラセボ群と比べて脚の浮腫の著しい減少が観察 された(p<0.05)。
〔11〕血清Na+の増加も、試験期間全体を通してTLV投与患者で観察された15 (プラセボに対してp<0.0001)。
〔12〕この効果は、ベースライン時に低ナトリウム血症の患者でより顕著で持 続的であった。
〔13〕血清カリウム値やその他の臨床検査値、及び血圧の変化は観察されなか った。
20 〔14〕HFの患者において、長期のTLV治療(chronic TLV therapy)は、血 清電解質の有害な変化なしに、プラセボと比較して体重を減少させ、浮腫を軽減さ せた。」 (判決注 文章ごとに改行を施し、
: 特定のために各文章の冒頭に文番号を付した。) (イ) これに対し原告は、
「Chronic Therapy」及び「chronic TLV therapy」を「慢25 性治療」及び「慢性のTLV治療」と訳出すべき旨主張する。しかし、「chronic」 という英単語は、
「長年の、習慣的な、長患いの」といった意味を有する形容詞であ るところ(ランダムハウス英和大辞典第二版)、甲2の原文中のいずれの「chronic」 の語も、
「patients(患者)」や「Heart Failure(心不全)」等ではなく「Therapy(治 療)」という名詞を修飾している。そして、上記記載に照らせば、甲2試験は、トル バプタンを1日1回、25日間にかけて投与するという、ある程度の期間にわたっ5 て実施される試験と認められるのであるから、上記のとおり訳出するのが相当であ る。
イ 甲2発明の認定 前記ア(ア)によると、甲2には、次の発明(甲2発明)が記載されていると認めら れる。
10 「トルバプタンを活性成分として含み、該活性成分を1日1回、30mg、45 mg又は60mgの用量で投与するものであり、心不全(NYHAクラスT〜V) 及びうっ血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患者に、水分制限なしの標準治療及 び安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)と組み合わされて投与される 心不全(NYHAクラスT〜V)の治療薬、治療用医薬組成物又は治療用薬剤を製15 造するためのトルバプタンの使用。」 ウ 原告の主張について (ア) 原告は、まず、甲2発明の要旨を認定するに際し、甲2試験の結果の論文、
学会報告等として甲127、128、167、178、192を挙げ、記載されて いる試験デザインの類似性、著者の一部重複等の事情や、原告の従業員作成に係る20 試験説明書(甲179)等により、これらはいずれも甲2試験の内容を表すもので あることが明らかであるから、上記各証拠により甲2発明を認定すべき旨主張する。
しかし、進歩性の判断に際して認定される「刊行物に記載された発明」 (特許法2 9条1項3号)は、これに接した当業者が優先日当時の技術水準に基づいて本願発 明又は特許発明容易に発明することができたかを判断する基礎となるものである25 から、その認定に当たり、当該刊行物に記載されているに等しい事項を導き出すた めに優先日当時の技術常識参酌することは格別として、当該刊行物とは異なる別 の刊行物の記載事項を組み合わせて認定することは、原則として許されないという べきである。
原告が提出する上記各証拠は、いずれも甲2とは作成者や作成年月日の異なる別 の刊行物であり(うち甲127及び179は本件優先日以降に作成又は頒布された5 ものである。、これらが甲2と実質的に一体の刊行物と認めるべき事情もうかがわ ) れない。また、これらの証拠の記載事項のうち、原告が甲2試験の内容であると主 張する事項が本件優先日時点での技術常識であったと認めることもできない。した がって、これらの証拠を用いて甲2発明を認定することはできず、原告の前記主張 は採用することができない。
10 以下では、本件審決が甲2発明の認定を誤ったとする原告の主張につき、本件優 先日時点での技術常識参酌すると甲2に記載されているに等しいといえるかとい う観点から検討を加える。
(イ) 原告は、甲2試験では、@NYHAは心不全の病態を重症度に応じて分類す るものであって急性心不全と慢性心不全とを区別するものではないことを前提に、
15 Aループ利尿薬であるフロセミドの用量が固定されていたこと、Bフロセミドが経 口投与されていたこと、C水分制限がされなかったこと、D甲2試験の患者にみら れたのは「symptoms」 (症状)ではなく「signs」 (兆候)にすぎなかったことを挙げ て、甲2発明が対象とする患者は慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者である旨 主張するので、以下、順に検討する。
20 a @について 急性ガイドライン(甲35)によると、
「今回我々が作成するガイドラインは心不 全の中でも予後がきわめて悪く早期からの積極的な治療が必要とされる急性重症心 不全患者を主たる対象としているが、重症度に関する基準はいまだ明確なものでは なく、心不全患者全体を対象として作成した」(1131頁)「1 急性心不全の定 、
25 義/心不全はその発現する速さによって急性および慢性心不全に分類される。急性 心不全では機能的あるいは構造的異常が急激に発生し、低下した心ポンプ機能を代 償する時間がないか、代償機転が充分でないような重篤な障害が起こり招来される 病態である。(1132頁)とされ、本件優先日当時、急性心不全と慢性心不全と 」 の分類は、その症状が発現する速さによってされるものであり、慢性心不全の患者 が急性増悪する病態も、その症状の進行の速度に鑑みて「急性心不全」に含むもの5 と理解されていたといえる。他方、前記2(4)のとおり、NYHAは、心不全による 機能障害の程度を定量化するための分類基準であり、急性心不全と慢性心不全とを 問わず心不全の重症度の簡便な指標として用いられるものといえる。
そうすると、急性・慢性の区別の点からは、NYHAクラスVであるから直ちに 急性心不全(慢性心不全の急性増悪期を含む。以下この項((イ)a〜f)において同10 じ。 であるとか、
) クラスT又はUであるから急性心不全ではないなどと即断するこ とはできない。また、前記2(6)イのとおり、重症度の点からは、少なくとも慢性ガ イドラインでは、NYHAクラスVは「中等症〜重症」として治療方針が説明され ているのであるから、これを重症ではないと即断することもできない。
そして、甲2試験の対象患者は、NYHAクラスT〜Vであり(前記ア(ア)〔2〕、
)15 クラスU及びVを含んでいるのであるから、これらの患者の中に、急性心不全の患 者が含まれていた可能性や、心不全の重症患者が含まれていた可能性を否定できな い。
b Aについて 甲2には、
「患者は水分制限なしの標準治療を受けており、試験全体を通して安定20 したフロセミド用量(20〜240mg/日)が維持されていた。」 (前記ア(ア)〔4〕 (原文は「Patients were on standard therapy, not fluid restricted, and were maintained on stable furosemide doses (20-240 mg/day) throughout the study.」)と記載されているにとどまり、そもそも、甲2試験において投与される ) フロセミドの用量が「固定されていた」(制限され、用量が変わることがなかった)25 とまで読み取ることはできない。
また、フロセミドの用量につき、急性ガイドラインには、
「…20mgの投与より 開始し、投与後の尿量の反応を観察しながら…初回投与に対して十分な反応が見ら れない場合には、初回投与量の2倍量を投与し、これに対しても反応が見られない 場合には、2回目の投与量の2倍量を投与する。(甲35の1142頁)との記載 」 があるが、他方で、慢性ガイドラインにも、
「…フロセミド換算で10〜20mg/5 日より開始し、症状に応じて増減する。…慢性心不全急性増悪期には、フロセミド の経静脈的投与が必要となることが多いが、重度の肺うっ血がない限り、まず5〜 10mg単回静脈内投与を行い、利尿反応をみて用量を調節する。(甲14の10 」 60頁)との記載があって、少量から投与を開始し、反応を確認しながら徐々に増 量を検討すべきことは、急性心不全と慢性心不全とで特段異なるところはない。フ10 ロセミドの添付文書(甲44、乙A2)にも、少量から投与を開始し、効果をみな がら徐々に増量すべき旨が記載されているが、急性心不全と慢性心不全とで取扱い を異にすべき旨の記載はない。そうすると、安定したフロセミド用量が維持される ことは、急性心不全の患者に対してもあり得ることであるから、甲2試験に急性心 不全の患者が参加していた可能性を否定できない。
15 さらに、慢性ガイドラインでは、国内で承認されたフロセミドの適応症・用量は 40〜80mg/日とされ(甲14の1050頁)、急性ガイドラインでは、1日投 与量は160mgまで、ただし腎機能低下例には500mgまで増量できるとされ (甲35の1143頁) 本件優先日前に発行された刊行物である甲38 、 (北村惣一 郎ほか編「重症心不全-診断・治療・病理の最前線」 (医学書院・平成15年1月))20 には「重症心不全には1,000mgまで増量可能である。 との記載があるところ、
」 甲2試験では、フロセミド用量として20〜240mg/日が維持された旨記載さ れているから、1日投与量とされる用量を超えてフロセミドを投与された患者がい るということとなる。そうすると、甲2試験に心不全の重症患者が参加していた可 能性を否定できない。
25 c Bについて まず、甲2には、フロセミドが患者に経口、静注のいずれの方法により投与され たかについては何ら記載されていないから、甲2試験の対象患者の全てが経口によ りフロセミドを投与されていたことを読み取ることはできない。
また、急性ガイドラインには、確かに「急性心不全時には経口投与の利尿薬が十 分に作用しないことがあるので、利尿薬は静脈内投与を原則とする。(甲35の1 」5 142頁)との記載があるが、同時に「急性左心不全の診断がついたらまず利尿薬 を用いる。通常はフロセミドの40mgを経口投与し、無効な時は20〜40mg の静注をする。(甲35の1160頁)とも記載されており、急性心不全であるか 」 らといって必ず静注の方法によるとは認められない。また、重症度が高いからとい って必ずしも経口による投与が禁止されるとする技術常識も見当たらない。したが10 って、仮に甲2試験の対象患者の全てが経口によりフロセミドを投与されていたこ とが読み取れるとしても、同対象患者に急性心不全の患者や、心不全の重症患者が 含まれている可能性を否定できない。
d Cについて 慢性ガイドラインには、「軽症の慢性心不全では自由水の排出は損なわれておら15 ず水分制限は不要であるが、口渇により過剰な水分摂取をしていることがあるので 注意を要する。重症心不全で希釈性低ナトリウム血症をきたした場合には水分制限 が必要となる。」と記載されており(甲14の1043頁)、本件優先日当時、重症 度が高くなるほど水分制限を推奨する文献が複数あったと認められる(甲115、
191、195)。したがって、水分制限がなかった(前記ア(ア)〔4〕)甲2試験の20 患者は、少なくとも希釈性低ナトリウム血症をきたしていなかった可能性が高いと いうことはできる。しかし、これをもって、直ちに、甲2試験の患者に心不全の重 症患者がいなかったということはできないし、ましてや急性心不全の患者がいなか ったということもできない。
e Dについて25 甲2には「うっ血の兆候(signs)(浮腫又はラ音等)を有する患者」と記載され ているのみであるところ、
「兆候(signs)」であれば急性心不全でないとか、重症で ないとすべき技術常識は見当たらないから、甲2の上記記載から、甲2試験の患者 に急性心不全の患者がいなかったとか、心不全の重症患者がいなかったということ はできない。
f 小括5 以上に検討したところによると、「甲2試験の患者が慢性心不全の慢性期の軽症 〜中等症患者」であることが甲2に記載されているとか、技術常識参酌すれば記 載されているに等しいということはできないから、原告の前記主張は採用すること ができない。
(ウ) 原告は、甲2試験では患者は外来にてトルバプタンの投与が開始された旨主10 張する。
しかし、甲2にはそのような記載がなく、原告が主張するように甲2試験の患者 が慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者に限られていたと読み取ることはできな い上、慢性ガイドラインには、「慢性心不全患者における入院の基準」として、「外 来治療に抵抗性の慢性心不全増悪(NYHAV、W度)、
」「軽度〜中程度の臨床症状15 を有する慢性心不全」「初めて軽度心不全が発生した患者」等が記載されているよ 、
うに(甲14の1044頁)、慢性心不全であり、又は重症度が軽症〜中等症である からといって、患者が入院していないということにはならない。
そうすると、甲2試験において、トルバプタンの投与が外来で行われたというこ とが、甲2に記載されているとか、技術常識参酌すれば記載されているに等しい20 ということはできないから、原告の前記主張は採用することができない。
(3) 本件発明1と甲2発明との対比 本件発明1と甲2発明とを対比すると、本件発明1と甲2発明との一致点及び相 違点は、次のとおりと認められる。
ア 一致点25 本件発明1と甲2発明とは、「トルバプタンまたはその医薬的に許容される塩を 活性成分として含み、心不全の患者に最適の治療と組み合わされて投与される、心 不全の治療薬」である点において一致する。
イ 相違点 (ア) 相違点1 「心不全の患者」「心不全の治療薬」及び「活性成分の投与」について、本件発 、
5 明1では、それぞれ「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨー ク心臓協会の分類:重症度Wの患者」「重症心不全の治療薬」及び「最適の治療と 、
組み合わされて入院下で経口にて投与開始される」ものであることが特定されてい るのに対し、甲2発明では、それぞれ「心不全(NYHAクラスT〜V)及びうっ 血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患者」「心不全(NYHAクラスT〜V)の 、
10 治療薬」及び「安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)と組み合わされ て投与される」ものであることが特定されている点。
(イ) 相違点2 活性成分の1日当たりの用量が、本件発明1では「0.371mg/kg以下の 範囲である」ことが特定されているのに対し、甲2発明では「30mg、45mg15 若しくは60mgである」ことが特定されている点。
ウ 原告の主張する看過相違点について (ア) 看過相違点@について 原告は、本件審決が、
「本件発明1の対象患者は「ADHF(急性心不全又は慢性 心不全の急性増悪期)の重症患者」であるのに対し、甲2発明の対象患者は「慢性20 心不全の慢性期の軽症〜中等症患者」である点」を相違点として認定しなかった誤 りがあると主張する。
しかし、前記(1)イ(ア)のとおり、本件発明1の対象患者を「ADHF(急性心不 全又は慢性心不全の急性増悪期)の重症患者」と認定することはできないし、前記 (2)ウ(イ)のとおり、甲2発明の対象患者を「慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患25 者」と認定することもできないから、原告の主張は採用することができない。
(イ) 看過相違点Aについて 原告は、本件審決が、
「本件発明1では「入院下」でトルバプタンの投与が開始さ れるのに対し、甲2発明では「外来」でトルバプタンの投与が開始される点」を相 違点として認定しなかった誤りがあると主張する。
しかし、前記(1)アのとおり、本件発明1では入院下でトルバプタンの投与が開始5 されるのに対し、前記(2)ウ(ウ)のとおり、甲2発明において外来にてトルバプタン の投与が開始されたかは不明であって、入院下でトルバプタンの投与が開始された 可能性もあるということができる。したがって、甲2発明でのトルバプタンの投与 が「外来」で行われたと認定しなかった本件審決には誤りはない。原告の主張は採 用することができない。
10 (ウ) 看過相違点Bについて 原告は、本件審決が、
「本件発明1では「最適の治療」 (フロセミドの非経口投与、
用量の増加及びフロセミド以外の利尿薬の併用を含む。)と組み合わされてトルバ プタンが投与されるのに対し、甲2発明では「標準治療」 (固定用量のフロセミドの 経口投与であり、非経口投与及び用量の増加並びにフロセミド以外の利尿薬の併用15 を含まない。 と組み合わされてトルバプタンが投与される点」 ) を相違点として認定 しなかった誤りがあると主張する。
そこで検討すると、まず、前記(1)イ(イ)のとおり、本件発明1の発明特定事項と して「フロセミドの非経口投与、用量の増加及びフロセミド以外の利尿薬の併用を 含む。」点を認定することはできず、前記(2)ウ(イ)のとおり、甲2発明においてフロ20 セミドの用量が固定された経口投与であり、投与方法の変更、用量の増加及び他の 利尿薬の併用がされなかったと認定することもできない。
次に、本件発明1では、
「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニュー ヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」に対する「最適の治療」と組み合わされ てトルバプタンが投与されるのに対し、甲2発明では「心不全(NYHAクラスT25 〜V)の患者」に対する「水分制限なしの標準治療及び安定したフロセミド用量(2 0〜240mg/日)」と組み合わされてトルバプタンが投与されるものであって、
この点は形式的には相違するものといえる。
しかし、本件発明1における「最適の治療」は、【0052】によると、「一般に 採用されている最適の現治療」「利尿薬、ジゴキシン、ACE阻害剤、ヒドララジ 、
ン、硝酸エステル系、βブロッカーを含む通常の治療を受け続けた。」とあり、これ5 らは、前記2(5)に認定した本件優先日当時の一般的な薬物治療にほかならない。そ して、前記(2)ウ(イ)bのとおり、甲2発明における「安定したフロセミド用量」と の点が、フロセミドを必要に応じて投与することを制限する趣旨と読み取ることは できないところ、甲2の記載及び本件優先日当時の技術常識参酌しても、甲2発 明の「水分制限なしの標準治療」が、前記2(5)に認定した本件優先日時点での一般10 的な薬物治療と異なるものと認めることはできない。
したがって、この点は、実質的な相違点とはいい難く、これを相違点として認定 しなかった本件審決の認定に誤りがあるとはいえない。原告の主張は採用すること ができない。
(エ) 看過相違点Cについて15 原告は、本件審決が、「本件発明1では、「ADHF(急性心不全又は慢性心不全 の急性増悪期)の重症患者」 「急性心不全又は慢性心不全の急性増悪期にあるNYH AクラスWの患者」を対象として「最適の治療と組み合わされて入院下で経口にて 投与開始される」治療において、投与されるトルバプタンの1日当たりの用量が「0. 371mg/kg以下の範囲内である」ことが特定されているのに対し、甲2発明20 では、「慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者」「NYHAクラスT〜V及びうっ 血の兆候(浮腫又はラ音)を有する患者」を対象として「安定したフロセミド用量 (20〜240mg/日)と組み合わされて投与される」治療において、投与され るトルバプタンの1日当たりの用量が「30mg、45mg若しくは60mgであ る」ことが特定されている点」を相違点として認定しなかった誤りがあると主張す25 る。
しかし、治療薬の用量を検討するに際しては、対象患者や治療の相違は当然に考 慮に入れるべきものであり、治療薬に係る特許発明と引用発明の相違点を認定する に際し、対象患者や治療について相違点を認定したときに、用量についてこれら対 象患者や治療を含めた相違点として重ねて認定する必要はないというべきである。
したがって、本件審決が、前記の相違点1と区別して、トルバプタンの1日当たり5 の用量の点のみを相違点2として認定したことに誤りはない。原告の主張は採用す ることができない。
(4) 相違点に係る容易想到性について ア 相違点1について (ア) 「心不全の患者」及び「心不全の治療薬」について10 前記2(1)、(2)、(5)及び(6)のとおり、本件優先日当時、利尿薬は、心不全の症 状の一つである体液貯留、うっ血、浮腫等を改善する治療薬として、急性心不全(慢 性心不全の急性増悪期を含む。 と慢性心不全とを問わず、
) また心不全の重症度を問 わず、広く用いられていた薬剤である。また、代表的な利尿薬として用いられるフ ロセミド等のループ利尿薬は、利尿作用が強い反面、塩化ナトリウムの再吸収を抑15 制するために低ナトリウム血症等の電解質異常をきたし得るとの副作用がある上、
利尿薬抵抗性の問題も認識されており、加えて、特に重症心不全患者においては、
体液貯留の管理が重要とされていた。
そして、前記(2)ア(ア)のとおり、甲2には、体液貯留のある心不全患者(NYH AクラスT〜V)に対し、フロセミドに上乗せして、異なる部位に作用し、また、
20 ナトリウムを排泄せずに水のみを排泄する選択的バソプレシンV2受容体拮抗薬と してのトルバプタンを投与したところ、良好な忍容性とともに、血清電解質の有害 な変化なく、体重減少、尿量増加及び浮腫改善等の効果が得られた旨が記載されて いる。
そうすると、本件優先日当時、甲2発明及び甲2の記載に接した当業者において、
25 前記2に認定した技術常識も考慮して、甲2発明のトルバプタンを、
「急性心不全ま たは慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨーク心臓協会の分類 重症度Wの患者」 : における体液貯留等を改善するための治療薬とすることには、十分な動機付けがあ り、容易に想到し得たということができる。
(イ) 「活性成分の投与」について 甲2発明における「安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)」が、フロ5 セミドを必要に応じて投与することを制限する趣旨と読み取れないことは、前記 (2)ウ(イ)bのとおりであるから、この点は実質的な相違点とはいい難い。また、前 記(2)ウ(ウ)のとおり、対象患者の症状や投与方法等を捨象した、単に治療薬を投与 する際に患者が入院下であるか否かという点も、実質的な相違点とはいい難い。
次に、前記2(1)ウのとおり、本件優先日当時、トルバプタンは、経口投与で強力10 な水利尿薬として作用する薬物として知られていたのであるから、甲2発明では経 口投与されたか不明であるトルバプタンを本件発明1の対象患者に投与するに当た り、これを経口投与とすることは、当業者が適宜なし得た事項というべきである。
(ウ) 原告の主張について 原告は、@医薬分野における容易想到性は、
「当該発明の治療及び治療効果につい15 て、優先日当時における科学的根拠をもって当業者がこれを容易に評価・確認でき るか」という観点から判断されるべきであるとした上で、本件優先日当時の技術常 識として、AADHFの重症患者と慢性心不全の慢性期の軽症〜中等症患者とは、
その症状、治療内容・態様、治療薬の適応・治療効果が大きく異なっていた、B同 じ心不全治療薬であっても、NYHAクラスT〜Vの患者には有効だがクラスWの20 患者には効果がない又は悪化させる例があった上、NYHAクラスWの患者は利尿 薬抵抗性の問題がより深刻であって治療に限界が生じており、トルバプタンにも利 尿薬抵抗性の問題が認識されていた、C既存の利尿薬の作用機序・薬理作用と、ト ルバプタンの作用機序・薬理作用は異なるものである、DADHFの重症患者に対 して、トルバプタンを含む選択的バソプレシンV2受容体拮抗薬の投与実績は存在25 していなかったところ、選択的バソプレシンV2受容体拮抗作用は、内因性バソプ レシンレベルの上昇を誘引し、それがバソプレシンV1a受容体を刺激することに より、心血管系や腎臓に悪影響を及ぼすことが理解されていたから、選択的バソプ レシンV2受容体拮抗作用を有するトルバプタンを、NYHAクラスWのような重 症患者に投与すれば、心不全の症状をさらに悪化させ、最悪の結果にもつながりか ねないと認識されていた、E本件試験のような「最適の治療」(併用薬の用量増加、
5 投与経路変更を含む。 に対する上乗せ試験では、
) 甲2試験のような併用薬の用量固 定・経口投与のみ等の制約されたデザインの試験と比して、上乗せ治療薬の治療効 果が得られにくいと理解されていたなどと主張し、これらの技術常識によると、甲 2発明から相違点1に係る本件発明1の構成に想到する動機付けはなく、又は阻害 要因があると主張する。
10 しかし、@について、進歩性についての判断基準として独自の見解というほかな く、採用の限りではない。Aについて、急性心不全(慢性心不全の急性増悪期を含 む。以下この項において同じ。)と慢性心不全とで、また重症患者と軽症〜中等症患 者とで、治療の内容が異なる点は指摘のとおりであるが、前記2のとおり、利尿薬 に関していえば、急性心不全と慢性心不全とを問わず、また重症と軽症〜中等症と15 を問わず、心不全の症状の一つである体液貯留、うっ血、浮腫等を改善する治療薬 として広く用いられていたのであるから、甲2に記載されたトルバプタンの水利尿 効果が、体液貯留等の症状を呈する急性心不全の患者や重症患者にも得られるであ ろうことを、当業者は当然に想起するというべきである。Bについて、NYHAク ラスT〜Vの患者とクラスWの患者とで取扱いを異にする例として原告が挙げてい20 る例(甲38、43、47、70〜77、88)には、利尿薬とは異なる心不全治 療薬が含まれているほか、利尿薬に関するものであっても、NYHAクラスWであ ることを理由に利尿薬の取扱いを異にすべき旨が記載されているとは読み取ること はできない。前記2(6)のとおり、重症心不全患者では、特に体液貯留等の管理が重 要とされており、重症度の高さや利尿薬抵抗性の問題から利尿薬が十分に効果を発25 揮しない場合があるとしても、また、仮にトルバプタンにも利尿薬抵抗性の問題が あるとしても、当業者は、NYHAクラスによる重症度を問うことなく、体液貯留 等の症状を改善するために利尿薬の使用を試みるというべきである。Cについて、
既存の利尿薬とトルバプタンとの作用機序・薬理作用が異なることは、上記(ア)のと おり、むしろ動機付けとなるといえる。Dについて、本件優先日前に頒布された刊 行物である甲149(Florence Wongほか「A Vasopression Receptor Antagonist5 (VPA-985) Improves Serum Sodium Concentration in Patients With Hyponatremia: A Multicenter, Randomized, Placebo-Controlled Trial 」 37 Hepatology 182 (2003))には、NYHAクラスWのうっ血性心不全患者に対し、ト ルバプタンと同じ選択的バソプレシンV2受容体拮抗薬である「VPA-985」 を既存の利尿薬と組み合わせて投与したところ、低用量群(25mgを1日2回投10 与)では、起立性血圧、血清クレアチニン値及び血清バソプレシン濃度の有意な変 化なしに、プラセボ対照群と比して有意な水利尿反応及び血清ナトリウム値の増加 が得られた旨が記載されている。同記載からすると、原告が主張するように、選択 的バソプレシンV2受容体拮抗薬につき、血中バソプレシン濃度上昇による悪影響 がある可能性を指摘する文献があったことを考慮しても、適切な用量設定等により15 安全に効果を得られることが示されていたのであるから、トルバプタンをNYHA クラスWの重症患者に、また急性心不全の患者に適用することが禁忌であったとは いえず、阻害要因となるべきものとは認められない。Eについては、前記(3)ウ(ウ) のとおり、トルバプタンと組み合わされる本件発明1の「最適の治療」と甲2発明 の「水分制限なしの標準治療」に実質的に異なるところはなく、また、前記(2)ウ(イ)20 bのとおり、甲2発明における「安定したフロセミド用量(20〜240mg/日)」 が、治療の制限を意味するものとは読み取れない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。
イ 相違点2について 有効成分を新たな患者等に投与する際に、臨床試験等を行って治療薬の最適な用25 量を定めること、その際に従前の試験における用量範囲を参考にすることは、当業 者が通常行う事項である。
甲2には、甲2試験の結果として、体重減少及び尿量増加の効果につき、プラセ ボ投与群と1日当たり30mg投与群との差が、1日当たり30mg投与群と45 mg投与群との差に比べて格段に大きかった旨が記載されており、これは、トルバ プタンの1日当たり30mgという用量が、最小有効量よりも十分に高い用量であ5 ったと理解できる記載といえる。そうすると、甲2に接した当業者が、甲2発明の トルバプタンを「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨーク心 臓協会の分類:重症度Wの患者」のための、他の治療と組み合わせて使用される治 療薬とするに当たり、甲2の最小有効量とほぼ同一の用量である1日当たり0.3 71mg/kg(本件試験におけるトルバプタン30mg/日群の体重換算値)以10 下とすることは、甲2の記載及び技術常識参酌して適宜なし得ることというべき である。
(5) 予測できなかった顕著な効果について 原告は、本件優先日当時、利尿薬は、心不全の予後を改善させる(死亡率を低下 させる)ものとは理解されていなかったところ、本件試験は、症状改善効果とは別15 途の評価項目として死亡率低下を設定し、その結果、トルバプタン30mg投与群 で、
「入院期間から外来で投与を終了するまでの全期間の死亡率」が有意に低く、こ の効果は、予測できなかった顕著な効果であるから、本件発明1の進歩性を肯定す る事情として考慮されるべき旨主張する。
しかし、まず、本件試験は、NYHAクラスV及びWの患者が混在した試験であ20 り、クラスWの患者のみについての死亡数は明らかになっていないのであるから、
本件発明1の対象患者である「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニ ューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」の予後にいかなる効果を奏するのか は不明である。
次に、原告は、死亡率低下を本件試験の評価項目と設定したとするが、
【0053】25 (表1(続き))によると、本件試験では、「入院患者の主要評価項目」が「投与2 4時間後の体重変化」「外来患者の主要評価項目」が「心不全の悪化」とされてい 、
るところ、
「心不全の悪化」の定義として、
「入院」「CHFのための、救急治療部、

外来診療、または心不全の増加療法または新たな治療のいずれかの要求に関連する 搬送ユニットへの臨時の受診」とともに「死亡」が挙げられているにとどまり、本 件試験は、トルバプタンの投与開始時には急性の入院患者(10日間)であったが、
5 その後の7週間は外来となった患者(【0052】 (表1.試験の概要))の、その外 来時の心不全の悪化の一指標(事象)として「死亡」が用いられているにすぎない。
そして、【0051】では、「入院期間から外来で投与を終了するまでの全期間の死 亡率が、投与開始から死亡事象発現までの時間を考慮した解析の結果(Log-R ankテスト) 30mg投与群で対照群に比べて有意に低かった 、 (表5)」 。 とされ、
10 入院期間も含めた全期間の患者の死亡事象に基づき解析されているのであるから、
【0051】及び【0057】 (表5)の結果は、上記の外来患者の主要評価項目に 沿った評価がされた結果というわけでもない。
このように、原告の主張とは異なり、本件試験は、
「急性心不全または慢性心不全 の急性増悪期にあるニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」の予後を評価15 するための試験として設計されたものではなく、その効果も明らかにはなっていな い。加えて、本件試験の対象患者の母数は少なく、死亡者数もプラセボ投与群で7 名、30mg投与群で3名であって、60mg投与群ではプラセボ対照群を超える 8名が死亡しているのに、90mg投与群では2名が死亡するにとどまることも考 慮すると、30mg投与群においてp値が0.05を下回っているとしても、当業20 者において、技術常識参酌しても、本件発明1の構成を採用することにより、3 0mg投与群のみにおいて、その対象患者の予後が改善する効果を奏したとは理解 できないというほかはない。
なお、原告は、トルバプタンの利尿薬抵抗性や選択的バソプレシンV2受容体拮 抗作用の悪影響の可能性が理解されていたこと、投与経路の変更や用量の増加もな25 く、上記予後の改善効果のほか、浮腫改善等や心不全の悪化率の低下の効果も得ら れたことが、予測できなかった顕著な効果である旨も主張する。しかし、予後の改 善が効果として認められないことは上記のとおりである。また、心不全の悪化につ いても、上記に述べたところも含め、本件明細書には、外来患者の主要評価項目と された心不全の悪化についての評価結果が記載されておらず、その効果は不明とい うほかない。また、浮腫改善等の効果は、うっ血性心不全患者に利尿薬が投与され5 る本来の目的そのものであって、甲2において従来のループ利尿薬に上乗せしてト ルバプタンを投与したことにより治療効果が得られたことが記載されているのであ るから、用量の増加や投与経路の変更がないとしても、これをもって予測できなか った顕著な効果ということは困難である。
(6) 小括10 以上によると、本件発明1は、甲2発明に接した当業者が、甲2発明、甲2の記 載及び技術常識に基づき容易にすることができたものと認められる。
4 本件発明2〜14の進歩性についての容易想到性の誤りについて (1) 本件発明2〜14と甲2発明の相違点の認定 本件発明2〜14と甲2発明とを対比すると、相違点は次のとおりとなる。
15 ア 前記相違点1(本件発明2、7、8、9及び10) イ 前記相違点2(本件発明4、5及び8) ウ 相違点3(本件発明2、3、6、7、9及び10) 活性成分の1日当たりの用量について、本件各発明では「0.1mg/kgから 0.371mg/kg以下の範囲である」 (本件発明26及び9)又は「1日当たり20 15〜30mg/個体の範囲である」 (本件発明3、7及び10)とされているのに 対し、甲2発明では「30mg、45mg若しくは60mgである」ことが特定さ れている点。
エ 相違点4(本件発明2、5、9及び14) 本件発明2、9及び14では「予後を改善すること」が特定されているのに対し、
25 甲2発明ではこのような特定がされていない点。
オ 相違点5(本件発明3〜6) 「心不全の患者」「心不全の治療薬」及び「活性成分」の投与について、本件発 、
明3〜6では、それぞれ「ニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」「重症 、
心不全の治療薬」及び「最適の治療と組み合わされて経口にて投与開始される」も のであることが特定されているのに対し、甲2発明では、それぞれ「心不全(NY5 HAクラスT〜V)及びうっ血の兆候(浮腫又はラ音等)を有する患者」「心不全 、
(NYHAクラスT〜V)の治療薬」及び「安定したフロセミド用量(20〜24 0mg/日)と組み合わされて投与される」ものであることが特定されている点。
カ 相違点6(本件発明4) 本件発明4では、
「通常の医薬的に許容される担体または希釈剤を含」むことが特10 定されているのに対し、甲2発明ではこのような特定がされていない点。
キ 相違点7(本件発明5) 本件発明5では、
「活性成分が、該組成物の重量に基づいて1〜70重量%の量で 含まれ」ることが特定されているのに対し、甲2発明ではこのような特定がされて いない点。
15 ク 相違点8(本件発明11〜14) 請求項1〜3のいずれかの治療剤(本件発明11) 請求項4〜6のいずれかの医 、
薬組成物(本件発明12)、請求項8〜10のいずれかの使用(本件発明13)又は 請求項7の医薬組成物(本件発明14)における「ニューヨーク心臓協会の分類: 重症度Wの重症心不全において浮腫を改善する」ことが特定されているのに対し、
20 甲2発明ではこのような特定がされていない点。
(2) 相違点についての検討 ア 相違点1及び2について 相違点1及び2については、前記3(4)で説示のとおりである。
イ 相違点3について25 前記3(4)イのとおり、有効成分を新たな患者等に投与する際に、臨床試験等を行 って治療薬の最適な用量を定めること、その際に従前の試験における用量範囲を参 考にすることは、当業者が通常行う事項であるから、当業者が、甲2発明のトルバ プタンを「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニューヨーク心臓協会 の分類:重症度Wの患者」又は「ニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」 のための治療薬、医薬組成物又は治療用薬剤とするに際し、その用量を「0.1m5 g/kgから0.371mg/kg以下の範囲である」又は「1日当たり15〜3 0mg/個体の範囲である」とすることは、甲2の記載及び技術常識参酌して適 宜なし得たことである。
イ 相違点4について 前記3(5)のとおり、本件明細書の記載をもっては、本件各発明の構成を採用する10 ことにより、対象患者である「急性心不全または慢性心不全の急性増悪期にあるニ ューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」又は「ニューヨーク心臓協会の分類: 重症度Wの患者」の予後にいかなる効果を奏するのかは不明であるし、技術常識を 考慮しても、当業者において、対象患者の予後が改善する効果を奏したとは理解で きないものである。
15 したがって、このような意味における「予後を改善すること」を発明特定事項と して記載したとしても、本件明細書の記載からは理解できない程度の効果を記載し たにすぎないというほかないから、相違点4は、実質的な相違点ではないというべ きである。
ウ 相違点5について20 相違点5については、相違点1における本件発明1の「急性心不全または慢性心 不全の急性増悪期にあるニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」が本件各 発明の「ニューヨーク心臓協会の分類:重症度Wの患者」となるものであって、相 違点1についての前記3(4)アの説示のとおりである。
エ 相違点6について25 治療用医薬組成物を調製する際に、通常の医薬的に許容される担体または希釈剤 を含むことは、当業者が適宜なし得たことである。
オ 相違点7について 治療用医薬組成物を調整する際に、活性成分の含有量範囲を適切に設定すること は、当業者が適宜なし得たことである。
オ 相違点8について5 前記3(2)ウ(イ)のとおり、甲2発明の対象患者を「慢性心不全の慢性期の軽症〜 中等症患者」と限定することはできず、また、トルバプタンの投与により浮腫を改 善することは、甲2に記載されているから、甲2発明の治療薬、医薬組成物又は治 療用薬剤の特徴として「ニューヨーク心臓協会の分類:重症度IVの重症心不全に おいて浮腫を改善すること」を挙げることは、甲2に接した当業者が適宜なし得た10 ことである。
また、請求項1〜3のいずれかの治療剤、請求項4〜6のいずれかの医薬組成物、
請求項8〜10のいずれかの使用又は請求項7の医薬組成物であることに係る甲2 発明との相違点は、前記のとおりの相違点1〜7に係る説示のとおりである。
(3) 小括15 以上によると、本件発明2〜14は、いずれも、甲2発明に接した当業者が、甲 2発明、甲2の記載及び技術常識に基づき容易にすることができたものと認められ る。
5 結論 以上のとおりであるから、本件審決が、本件各発明は、甲2に記載された発明(本20 件審決認定に係る甲2A発明、甲2B発明又は甲2C発明) その記載事項及び技術 、
常識を参酌した当業者が容易に発明をすることができたものであるとしたことに誤 りはなく、原告が主張する審決取消事由には理由がない。
よって、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとお り判決する。
追加
5裁判長裁判官本多知成10裁判官遠山敦士15裁判官20天野研司 (別紙1)当事者目録原告大塚製薬株式会社5同訴訟代理人弁護士重冨貴光古庄俊哉黒田佑輝松本健男10石津真二杉野文香渡辺洋同訴訟復代理人弁護士田中想音15被告トーアエイヨー株式会社(以下「被告トーアエイヨー」という。)同訴訟代理人弁護士牧野知彦岡田健太郎20被告ニプロ株式会社(以下「被告ニプロ」という。)同訴訟代理人弁護士川田篤25同訴訟代理人弁理士北村明弘祐成篤哉 来間清志被告東和薬品株式会社(以下「被告東和薬品」という。)5同訴訟代理人弁理士早坂巧以上 (別紙2)本件特許に係る特許公報(甲1) -64- -65- -66- -67- -68- -69- -70- -71- -72- -73- -74- -75- -76- -77- -78- -79- (別紙3)特許請求の範囲(甲152の2) -81- -82-