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事件 令和 5年 (ネ) 10026号 特許権侵害差止等請求控訴事件
令和6年1月31日判決言渡 令和5年(ネ)第10026号 特許権侵害差止等請求控訴事件 (原審・大阪地方裁判所平成29年(ワ)第4178号) 口頭弁論終結日 令和5年11月30日 5判決
控訴人(第1審原告) ヤマウチ株式会社
同訴訟代理人弁護士 重冨貴光 10 同岡田さなゑ
同 黒田佑輝
同 石津真二
同 杉野文香 15 被控訴人(第1審被告) イチカワ株式会社
同訴訟代理人弁護士 本多広和
同 田中一成
同訴訟代理人弁理士 古橋伸茂 20 同黒川恵
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2024/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における拡張請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。
25 事 実 及 び 理 由【略語】1本判決で用いる主な略語は、別紙1「略語一覧」のとおりである。その他、原判決で使用されている略語は、特に断りのない限り、本判決でもそのまま踏襲している。
第1 事案の要旨5 本件は、発明の名称を「シュープレス用ベルト」とする本件特許1(特許第3698984号)及び発明の名称を「製紙用弾性ベルト」とする本件特許2(特許第3946221号)の特許権者である控訴人が、被控訴人による被控訴人各製品の製造、販売等が特許権の侵害に当たると主張して、被控訴人に対し、その差止め、損害賠償等を求める事案である。
10 第2 当事者の求めた裁判1 控訴人の原審における請求(1) 被控訴人は、被控訴人各製品を製造し、販売し、販売の申出をし、輸出してはならない。
(2) 被控訴人は、被控訴人各製品を廃棄せよ。
15 (3) 被控訴人は、控訴人に対し、2億2000万円及びうち1億1000万円に対する平成29年5月16日から、うち1億1000万円に対する令和2年3月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(後述のとおりの請求の拡張あり)。
【請求の法的根拠】20 (1)について特許法100条1項に基づく差止請求(2)について同条2項に基づく廃棄請求(3)について25 ・ 主請求:不法行為に基づく損害賠償請求・ 附帯請求:遅延損害金請求(起算日はそれぞれ訴状及び令和2年3月232日付け訴えの追加的変更申立書の各送達日の翌日、利率は平成29年法律第44号による改正前の民法所定)2 原審の判断及び控訴の提起原審は、@被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足せず、その技5 術的範囲に属さない、A本件発明1は公然実施発明Bであって新規性を欠き、
本件特許1に基づく請求については特許無効の抗弁が認められるとして、控訴人の請求をいずれも棄却する判決をした。これを不服とする控訴人が控訴を提起するとともに、下記控訴の趣旨(3)のとおり当審において損害賠償請求を拡張した。
10 【控訴の趣旨】(1) 原判決を取り消す。
(2) 上記1(1)、(2)と同旨(3) 被控訴人は、控訴人に対し、3億3000万円及びうち1億1000万円に対する平成29年5月16日から、うち1億1000万円に対する令和215 年3月26日から、うち77万円に対する令和5年4月4日(同年3月23日付け訴えの追加的変更申立書の送達日の翌日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を、うち1億0923万円に対する同年4月4日から支払済みまで年3分の割合による金員を、それぞれ支払え。
第3 前提事実等20 1 前提事実前提事実は、原判決「事実及び理由」第2の1(2頁〜)に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 本件各発明の概要(1) 本件発明125 ア 構成要件の分説1A 補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、前記補強基3材が前記ポリウレタン中に埋設され、
1B 外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシュープレス用ベルトにおいて、
1C 外周面を構成するポリウレタンは、末端にイソシアネート基を有5 するウレタンプレポリマーと、ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されている、
1D シュープレス用ベルト。
イ 本件発明1の技術的特徴本件明細書1の記載は原判決「事実及び理由」第4の1(1)(20頁〜)10 に記載のとおりであり、これによれば、本件発明1につき、次のような開示があることが認められる。
(ア) 本件発明1は、補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、
特に製紙工業に使用されるシュープレス用ベルトにおけるポリウレタンの改良に関する(【0001】)。
15 近年、抄紙工程において、湿紙の脱水効果を高めるために、高速で走行するフェルトに載置された湿紙の一方の面をプレスロールで押さえ、
他方の面をエンドレスベルトを介して加圧シューで加圧して湿紙の脱水を行なう、いわゆるシュープレスが普及しており、補強基材と熱硬化性ポリウレタンとを一体化しエンドレスに形成したベルトが使用されてい20 る(【0002】)。
製紙用ベルトの弾性材料としては、ウレタンプレポリマーと硬化剤とを混合し、硬化させてなる熱硬化性ポリウレタンが一般的に使用されており、硬化剤として4 ,4V−メチレン−ビス−(2−クロロアニリン)(MOCA)が用いられている(【0003】)。
25 (イ) シュープレスにおいては、ベルトに対して苛酷な屈曲・加圧が繰り返されるため、ベルトを構成するポリウレタン(主に外周面)にクラ4ックが発生することが大きな問題となっていた。いったん発生したクラックは、ベルトの使用とともに大きなクラックへと進展し、潤滑油が外部へ漏れて紙に悪影響を与えたり、ベルトの層間剥離を引き起こし、ベルトの寿命低下の原因となる(【0004】)。
5 (ウ) 本件発明1は、上記の問題を解決し、クラックの発生を防止できるシュープレス用ベルトを提供することを目的とする(【0005】)。
(エ) 本件発明1に係るシュープレス用ベルトは、補強基材と熱硬化性ポリウレタンとが一体化してなり、前記補強基材が前記ポリウレタン中に埋設され、外周面および内周面が前記ポリウレタンで構成されたシ10 ュープレス用ベルトにおいて、外周面を構成するポリウレタンは、末端にイソシアネート基を有するウレタンプレポリマーと、ジメチルチオトルエンジアミン(DMTDA)を含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されており(【0006】)、この構成により、クラックの発生を防止できる(【0035】、【0043】、【0102】)。
15 (オ) ジメチルチオトルエンジアミン(DMTDA)は、3,5−ジメチルチオ−2,4−トルエンジアミン又は3,5−ジメチルチオ−2,6−トルエンジアミンを、それぞれ単独でまたは混合物として用いることができる。特に好ましい硬化材として、アルベマール社より「ETHACURE 300」(エタキュアー300)として市販されている上記の20 混合物が挙げられる(【0039】〜【0042】)。
(カ) 硬化剤としてDMTDA又はMOCAを使用した各サンプルの耐久試験の結果は、下記表のとおりである(【0087】〜【00 90】、
【表1】)。
5(2) 本件発明2ア 構成要件の分説2A 表面に排水溝を有する製紙用弾性ベルトにおいて、
5 2B 前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下であることを特徴とする、
2C 製紙用弾性ベルト。
イ 本件発明2の技術的特徴本件明細書2の記載は原判決「事実及び理由」第4の1(2)(26頁〜)10 に記載のとおりであり、これによれば、本件発明2につき、次のような開示があることが認められる。
(ア) 本件発明2は、製紙工業等の分野において、湿紙を加圧脱水処理するために用いられる、表面に排水溝を有する製紙用弾性ベルトに関する(【0001】)。
15 (イ) 製紙技術においては、プレスされる湿紙から搾り出した水を運び去るために、弾性ベルトの外表面に湿紙の走行方向に沿って多数の排水溝を設けることが知られている(【0003】)。従来から、製紙用弾性ベルトの溝については、湿紙に溝の痕跡が付くのを避けるため溝幅寸法を小さくしており、溝幅は通常0.6〜 1.5mmである(【00020 4】)。
6他の要求特性として、湿紙から搾り出した水を溝内から瞬時に外部に放出する排水性があり、高速で回転するベルトが1回転するまでの間に溝内から排水しなければ、湿紙を再湿させ、搾水性能が低下する(【0005】)。この排水性を悪化させる要因としては、ベルトの溝自体が5 持つ排水性の悪さ、紙かすの付着による排水性の低下、使用に伴うベルトの摩耗や圧縮歪による溝の空隙量の低下等が考えられる(【0006】)。
(ウ) 本件発明2の目的は、良好な搾水性能を発揮できる製紙用弾性ベルトを提供することである(【0010】)。本件発明2は、表面に排水溝10 を有する製紙用弾性ベルトにおいて、排水溝の壁面の表面粗さが、日本工業規格(JIS−B0601)で規定する算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを特徴とする(【0011】)。
(エ) 従来の弾性ベルトに対する溝加工では、溝幅が0.6〜1.5mm程度と狭いために、冷却水による加工部分の冷却が不安定となったり、切15 り屑の排出がスムーズにできなかった等の理由で、溝壁面の表面粗さは3〜4μm程度であった。溝壁面の表面粗さが所定の値以上になると、
水の流れに対する抵抗が大きくなり、また紙かすが付着し易くなって、
弾性ベルトの搾水性能を低下させる(【0009】)。
これに対し、排水溝の壁面の表面粗さを2.0μm以下にすると、水20 の流れに対する抵抗を小さくすることができるとともに、紙かすの付着が大幅に減少し、良好な搾水性能を発揮することができる(【0012】)。
溝壁面の表面粗さが0.7μm、2μm、3μmおよび4μmの各弾性ベルトを新聞紙用のシュープレスに使用し、目視により溝壁面の汚れ25 のレベルを確認した結果は、下記表のとおりである(【0026】、
【0027】、【表2】)。
7第4 争点及び当事者の主張1 争点当審における実質的な争点は、次のとおりである(これ以外の争点は、結論5 的に判断を要しないことになるため、ここには掲げない。)。
(1) 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか(原審の争点2)(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無(原審の争点3−2)ア ベルトBの外周面を構成するポリウレタンはDMTDAを含有する硬化10 剤を含む組成物から形成されているかイ ベルトBに係る発明は公然実施をされた発明に当たるか2 争点に関する当事者の主張上記争点に関する当事者の主張は、後記3のとおり当審における控訴人の補充的主張を加えるほか、原判決「事実及び理由」第3の2(11頁〜)及び原15 判決別紙「無効主張一覧表(本件発明1)@」の番号2(80頁)に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 当審における控訴人の補充的主張上記1の争点に関する控訴人の補充的主張及び当審における請求の拡張に係る主張は、別紙「当審における控訴人の補充的主張」のとおりであり、前者に20 係る主張の要旨は以下のとおりである。
(1) 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか【控訴人の主張(要旨)】ア 構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、
8算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要する」と解する根拠は、本件発明2の課題にはなく、当業者の技術常識等からみても非現実的である。
イ 本件発明2の請求項の記載、本件明細書2の説明及び当業者の技術常識5 を踏まえると、当業者からみて明らかに溝加工作業時に生じた異常(イレギュラー)を除外し、測定結果に係る各壁面の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られているか否かを検討する手法(別紙2「当審における控訴人の主張」1 ア)によるべきであり、この手法により判断した場合、当事者双方が提出した測定10 結果のほとんど(キーサンプルの一部を除く。)において、排水溝の壁面の表面粗さは2.0μm以下となる。
ウ 被控訴人各製品の排水溝壁面の表面粗さの測定結果については、使用済みの実製品については除外する合理的理由がない一方、キーサンプルについては実製品と同様の性状を有するものと評価すべきではない。
15 各測定結果をみても、未使用の実製品の測定結果(被控訴人提出の測定結果については異常値を除く平均値)はいずれも2.0μm以下であり、
使用済みの実製品の測定結果もこれと近似しているが、キーサンプルの測定結果のみは大きく乖離している。
したがって、未使用品とキーサンプルの測定結果のみを検討し、使用20 済みの実製品の測定結果を排斥した原判決は誤っている。
(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無について【控訴人の主張(要旨)】ア ベルトBが本件発明1の実施品と認められないことベルトBは 、製品自体は 証拠として提出されておらず、 QC工 程 図25 (乙32)等に拠って製造されたとみるには不自然な事情が認められ、
裏付けが不十分であるから、ベルトBの外周層に硬化剤としてDMTD9A(エタキュアー300)が用いられたとはいえない。
したがって、ベルトBは構成要件1Cを充足せず、ベルトBにより本件発明1が公然実施をされたとはいえない。
公然実施をされた発明に当たらないこと5 本件特許1の出願時において、分析機関は独力でDMTDAを同定することはできず、分析を依頼する当業者において、@シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンに使用される硬化剤に着目・検討し、A数多くの硬化剤の中からDMTDAを特定し、B分析機関に対しDMTDAの標準品とともにベルト外周面を構成するポリウレタンのみ10 を切り出してマススペクトル測定を依頼しなければならなかった。
しかし、シュープレス用ベルトの外周面に用いる硬化剤に着目し、DMTDAを使用する製造方法は、当時の当業者に知られていなかった上、
当業者が約80種類存在した硬化剤の中からDMTDAを特定し、分析依頼をしたであろう事情は認められない。
15 このように、当業者が通常利用可能な分析技術を用いて実施品を分析しても発明の内容を知り得ず、創意工夫や試行錯誤をしなければ発明の内容を知り得ないような場合には、発明の内容が知り得る状態におかれたとはいえないから、公然実施をされたとはいえない。
第5 当裁判所の判断20 1 当裁判所も、@被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するとは認められないから、その技術的範囲に属するとはいえず、本件特許権2に基づく請求は理由がないものであり、A本件発明1は特許出願前にベルトBにより公然実施された発明であり、本件特許権1に基づく請求との関係で被控訴人の特許無効の抗弁には理由があるから、控訴人の請求はいずれも棄却すべきもの25 と判断する。
その理由は、後記2のとおり当審における控訴人の補充的主張に対する判断10を付加するほか、原判決「事実及び理由」第4の3(35頁〜)及び4(41頁〜)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決45頁9行目から同10行目にかけての括弧書きを削る(甲113の1〜3によれば、甲11により平成29年時点においてライブラリにDMTDAのマススペクトルを登5 録している分析機関があったとは認められないため)。
2 当審における控訴人の補充的主張に対する判断(1) 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するかについてア 控訴人は、構成要件2Bを「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であることを要す10 る」と解する根拠は、特許請求の範囲の文言にも本件発明2の課題にもなく、当業者の技術常識等からみても非現実的である旨主張する。
イ しかし、構成要件2Bは「前記排水溝の壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下であることを特徴とする」と規定しており、本件発明2の特許請求の範囲の文言全体をみても、排水溝壁面の表15 面粗さについて、一部は2.0μmを超えるが製品の一定範囲や所定の測定箇所が2.0μm以下であるものを含む、あるいは全体の算術平均粗さ(Ra)の平均値が2.0μm以下であるものを含むと解すべき文言はない。
この点は、本件明細書2の記載をみても同様である。控訴人が指摘す20 る本件明細書2の記載や図面は、従来技術や実施例に係る排水溝の性状等を特に留保なく説明するものであり、控訴人が主張するように、作業過程で異常(イレギュラー)が発生した箇所があることを前提とし、これを除いた「任意の箇所」を示すものであることを窺わせる記載はない。
控訴人は、@製紙用弾性ベルトの排水溝は、作業前に設定した加工条25 件に基づいて均一的に連続加工されるものであること、A作業時の諸要因によって加工結果にばらつきが生じることが避けられないこと、B排11水溝の壁面を全長にわたって測定する作業は現実的に不可能であり、任意に選定された排水溝の壁面を測定する作業によって製品の性状を把握するという、当業者の技術常識を考慮すべき旨主張する。
しかし、上記のとおり明確な構成要件2Bの文言について、明細書に5 も記載がなく、その範囲も不明確な例外を含むと解することは、不当な拡張解釈というべきであって、特許請求の範囲の解釈に当たって当業者の技術常識を考慮するという枠組みを超えるものといわざるを得ない。
控訴人の主張は、当業者が定める自社製品の品質基準としてはともかく、
独占権が付与される特許請求の範囲の解釈としては採り得ない。
10 なお、控訴人が指摘する大阪地方裁判所平成15年(ワ)第10959号同17年2月28日判決は、控訴人の主張を裏付けるものではない。
ウ したがって、原判決判示のとおり、構成要件2Bは「排水溝の『全長にわたって』、その壁面の表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下であること」を要すると解するのが相当である。
15 そうすると、控訴人が主張する<ステップ1>から<ステップ2の2B>まで、すなわち「各測定結果に係る9溝ないし18溝のデータ数値を参照し、特定の溝壁面の表面粗さ数値が他の溝の同一壁面に比して突出して高くなっている」ものを「当業者からみて明らかに溝加工作業時に生じた異常(イレギュラー)」として除外すること、及び「測定結果20 に係る各壁面の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られているか否か」(控訴人の他の主張と併せると、
任意の測定箇所の算術平均粗さの「平均値」が2.0μm以下であることを意味すると解される。)により充足性を判断する判断手法は、構成要件2Bを逸脱する独自の解釈に基づくものといわざるを得ず、採用で25 きない。
エ なお、控訴人は、@IKベルト7(甲93の7の1・2)、IKベルト1210(甲93の10)、IKベルト12(甲93の12の1・2)、IKベルト19(甲101の3の1・2)については、全ての溝の平均粗さが2.0μm以下であるから、上記ウの手法に拠らずとも、本件発明2の技術的範囲に属すると主張する。
5 しかし、IKベルト7、IKベルト10、IKベルト12、IKベルト19及び乙216〜225のベルトは、いずれも使用済みベルトであるから、その測定結果をもって未使用品の測定結果と同視できないことは、
前記引用に係る原判決第4の3(2)イ(36頁〜)及び後記オに判示のとおりである。
10 オ 控訴人は、被控訴人各製品の測定結果について、使用済みベルトの測定結果を除外する合理的理由はない旨主張する。
しかし、シュープレス用ベルトにおいては、ベルトに対して苛酷な屈曲・加圧が繰り返され(本件明細書1【0004】)、排水溝には湿紙から搾り出した水を高速で回転するベルトが1回転するまでの間に外部15 に放出する排水性が要求され(本件明細書2【0005】)、使用に伴う紙かすの付着による排水性の低下、ベルトの摩耗や圧縮歪による溝の空隙量の低下等がある上(同【0006】)、被控訴人提出の測定結果(乙156〔反番 65+5101、67+7077、69+7458、70+1077 の各未使用品及び使用済み品〕、194〔反番 65+7567・使用済み〕、195〔同じ反20 番・未使用〕、197〔反番 67+4163・使用済み〕、198〔同じ反番・未使用〕、212)をみると、測定箇所が同一でないことを考慮しても、
同一反番の使用済み品は未使用品よりも算術平均粗さ(Ra)の値が低くなる傾向が見て取れる(少なくとも不規則な増減が見られる)ことからすれば、排水溝壁面の算術平均粗さ(Ra)が使用により低下する可25 能性は否定できず、使用済みベルトの測定結果をもってその製品の未使用時の測定結果と同視すること(具体的には、2.0μm以下であった13測定箇所は未使用時にも2.0μm以下であったと認めること)は、積極的な根拠がない限りできないというべきである。
控訴人は、甲20、21をもって使用済みベルトの測定結果を未使用時の測定結果と同視できる根拠となる旨主張するが、甲21は、1つの5 控訴人製品の検査用サンプル(未使用)の溝を9か所測定した結果が0.34μm〜0.78μmの範囲内で、その製品をユーザーが6か月間使用した後に9か所を測定した結果が非加圧部で0.30μm〜0.97μm、加圧部で0.45μm〜0.69μmであったというものにすぎず、甲20と併せても、使用済みの被控訴人製品の測定結果が未使用時10 のものと同視できることを積極的に裏付けるものとはいえない。
したがって、被控訴人各製品について、使用済みベルトの測定結果を考慮しないことは合理的理由があり、控訴人の主張は採用できない。
カ 控訴人は、キーサンプルについては実製品と同様の性状を有するものとは評価できず、その測定結果を採用すべきではない旨主張する。
15 しかし、証拠(乙168、183、188)によれば、被控訴人は、
ベルトの溝切加工において、製品化する際に切断する面の前後を製品化する部分と同様に加工し、切断したベルトの加工終了側の余裕代を品質管理等の目的でサンプルとして採取し、個別のロット番号である反番毎のキーサンプルとして大量に保管していたものと認められる。特に、乙20 169〜179(10反)の測定結果のサンプルは保管されていたキーサンプルからの抽出に公証人が立ち合い(乙183事実実験公正証書)、
乙189〜211(23反)のサンプルは公証人が抽出して著しい毀損、
汚損、変形等がないことを確認し(乙188事実実験公正証書)、封印した各サンプルを第三者機関が測定したものであって、その保管状況等25 に疑問を差し挟むべき事情は認められない。
控訴人は、未使用の実製品及び使用済みの実製品の測定結果の平均値と14比較して、キーサンプルの測定結果が不自然である(別紙3、4)旨主張する。
しかし、控訴人が指摘する各測定結果は、その測定された製品の反数をみると、別紙3の@(IKベルト1〜19)は19反(甲92、935 〔枝番省略〕、弁論の全趣旨)、同Aは5反、同Bは1反(これのみ1反から10サンプル)、同Cは18反、別紙4のAは3反、同Cは合計83反(乙7の2は4反、乙152〜156は57反、乙169〜179は11反、乙181は11反)であり、測定した溝の本数をみると、
別紙3の@(IKベルト1〜19)は1サンプルにつき9本、上記各乙10 号証は1サンプルにつき18本である等、母数となる製品数、測定箇所の数等が相当異なるものである(上記各証拠のほか、別紙3、4に記載の各証拠)。
加えて、被控訴人各製品において、個別製品の排水溝壁面の表面粗さが全体として均一であることは、キーサンプルの測定結果を除く上記各15 証拠によって裏付けられているとはいえず、控訴人の主張によっても、
シュープレス用ベルトにおいて作業時の諸要因によって加工結果にばらつきが生じることが避けられないことが技術常識であるというのであるから、上記の単純な平均値や大まかな傾向をもって、キーサンプルの測定結果が不自然であり採用し難いものとみることはできない。
20 キ 控訴人は、 原審が控訴人の原審第38準備書面、第39準備書面に係る主張及び甲99〜104を時機に後れた攻撃防御方法として却下したことが不当かつ手続違背である旨主張する。
しかし、控訴人の主張を踏まえて原審記録を精査しても、原審の上記却下決定が不当であるとも手続違背であるとも認められない。
25 ク 以上によれば、被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足すると認めることはできず、これに反する控訴人の主張はいずれも採用でき15ない。
(2) 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無についてア ベルトBに係る発明が本件発明1の実施品と認められるかについて(ア) 控訴人は、ベルトBがQC工程図(乙32)に基づいて作成された5 とみるには不自然な事情が認められ、裏付けが不十分であるから、ベルトBの外周層に硬化剤としてエタキュアー300が用いられたとはいえない旨主張する。
(イ) しかし、エタキュアー300については、@開発されたのは1980年代半ばであり(乙37、130)、A昭和62年発行の「ポリウ10 レタン樹脂ハンドブック」と題する文献(乙128)には、「実用化されている熱硬化PUエラストマー用芳香族ジアミン架橋剤」として、
MOCAを含む主な5つの硬化剤の一つとして紹介されており、Bアルベマール社の関連会社であるアルベマール浅野株式会社は、平成3年2月28日に通商産業省(当時)の指導に基づく指定化学物質安全15 データシートを作成している(乙36)ことが認められる。
そして、被控訴人は、同年3月に同社からエタキュアー300のサンプル提供を受け、平成5年から商業規模で使用を開始し、平成9年7月には消防関係部署にエタキュアー300を貯蔵する旨の報告がなされ、
平成10年には年間1万1938sを、その後も引き続き同程度の量を20 購入していたことが認められる(乙130〜133)。
控訴人指摘の乙37は、上記のアルベマール浅野株式会社の名義で、
技術情報誌「Polyfile」1999年1月号に掲載された記事であるが、その内容は、エタキュアー300の紹介に当たり米国での規制撤廃を受けて平成10年6月に本格生産が開始されたとの事情に触れた25 もので、それ以前から製造され、被控訴人が使用していた事実を否定する根拠とはならない。
16したがって、同年10月以前からエタキュアー300が採用されていた旨を述べる被控訴人元従業員の陳述書(乙83)の内容が不自然不合理ということはできない。
(ウ) また、ベルトBの製品カード(乙28〜31)には、いずれも化学処5 理コード欄に「00J0」と記載されているところ、証拠(乙229の1〜3)によれば、上記コードはベルトの外周面及び内周面にエタキュアー300を用いたことを示していると認められる。
(エ) 上記(イ)、(ウ)に前記引用に係る原判決(42頁〜)の認定を併せると、
ベルトBがいずれもQC工程図(乙32)に記載された工程に基づいて10 製造され、外周層(及び内周層)に硬化剤としてエタキュアー300が用いられたことが認められる。
控訴人は、被控訴人が乙32以外のQC工程図を提出していないことや各証拠の細部の記載等を取り上げてさまざまに主張するが、いずれも憶測の域を出るものではなく、上記認定を左右しない。
15 イ 公然実施をされた発明に当たるかについて(ア) 控訴人は、本件特許1の出願当時、当業者は、ベルトBの外周面にDMTDA(エタキュアー300)が使用されていることを通常利用可能な分析方法によって知ることができなかった旨主張する。
(イ) しかし、まず、証拠(乙37、124、128、129)によれば、
20 エタキュアー300は、本件特許1の出願前から実用化され、ウレタン用の硬化剤として注目されていたことが認められる(原判決44頁〜)。
控訴人は、上記文献等はシュープレス用ベルトに使用される硬化剤について言及するものでないと主張するが、上記文献等はポリウレタン全般向けの硬化剤としてエタキュアー300を説明するものであるところ、
25 シュープレス用ベルトに利用される硬化剤が他の一般的なポリウレタンの硬化剤と異なるとみるべき根拠はない(上記文献等には、代表的な従17来品が本件明細書1【0003】に従来のシュープレス用ベルトの硬化剤として記載されているMOCAである旨の記載も複数ある。)。
また、被控訴人は、遅くとも平成9年7月時点ではエタキュアー300を使用していたところ(原判決45頁)、上記ア(イ)の認定事実によ5 れば、被控訴人は硬化剤としてDMTDAを使用することを独自に見出したのではなく、エタキュアー300を製造販売するアルベマール社の国内関連会社との取引を契機として知ったと認められる。この事情は、
他の当業者が硬化剤の候補としてエタキュアー300に着目する蓋然性を裏付ける事情となることは明らかである。
10 控訴人は、さらに、ポリウレタンの硬化剤はDMTDAの他にも約80種類存在し(甲43)、その全てについて標準品を準備して分析依頼を行うことは非現実的であると主張する。
しかし、「ポリウレタン樹脂ハンドブック」(乙128)に「実用化されている熱硬化PUエラストマー用芳香族ジアミン架橋剤」として記15 載された5種類、あるいは特開2000−248040号公報(乙127)にポリウレタンプレポリマーと反応させるアミン硬化剤組成物として記載された芳香族ポリアミンの15種類、その中でも好ましいと記載された4種類には、いずれもエタキュアー300又はDMTDAが含まれており、当業者は、従来用いられているMOCA(本件明細書1【020 003】)と同類であるこれらの硬化剤を想定するとみるのが自然である。
(ウ) 控訴人は、ベルトの外周面に着目し、外周面のみを切り出して分析を依頼することは、当業者が通常に利用可能な分析技術とはいえない旨主張する。
25 しかし、本件特許1の出願日前において、外周層、内周層等の複数の層を積層してベルトを製造することやウレタンプレポリマーと硬化剤と18を混合してベルトの弾性材料とすることは技術常識であり(原判決44頁)、自由に解析等をなし得る状態に置かれたベルトを解析して構造等を特定することは可能であったと認められる(このことは甲25に記載された断面写真から明らかであり、原判決の認定に問題はない。)。
5 したがって、ベルトBの外周層を切り出して分析を依頼することは、
本件訴訟において控訴人(甲10の1〜4)及び被控訴人(乙1〜3)が行ったのと同様、本件特許1出願前の当業者にも可能であったと認められる。
なお、当業者が仮に外周層と内周層に異なる硬化剤を用いる製造方法10 を認識せず、これらを区別せずに分析を依頼した場合、全体について硬化剤としてDMTDAが使用されているという分析結果を知ることになり、この結果はベルトBの正しい構成なのであるから(乙32)、「外周面を構成するポリウレタンは、」「ジメチルチオトルエンジアミンを含有する硬化剤と、を含む組成物から形成されている」との構成を含め、
15 本件発明1の内容を知り得たといえることに変わりはない。
(エ) したがって、本件特許1の出願当時、当業者は、ベルトBの外周面にDMTDA(エタキュアー300)が使用されていることを通常利用可能な分析方法によって知ることができたと認められる。ベルトBが公然実施された発明とはいえない旨をいう控訴人の主張は採用できない。
20 3 結論以上によれば、控訴人の原審における請求を全部棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、また、上記説示したところによれば、控訴人の当審における拡張請求も理由がないことに帰するから、同請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
25 知的財産高等裁判所第4部19裁判長裁判官宮 坂 昌 利5 裁判官本 吉 弘 行裁判官頼 晋 一1020別紙1 略語一覧(略語) (意味)〇本件特許1 :控訴人を特許権者とする特許第3698984号5 ・本件発明1 :本件特許1の特許請求の範囲の請求項1に係る発明・本件明細書1 :本件特許1に係る明細書(甲2)〇本件特許2 :控訴人を特許権者とする特許第3946221号・本件発明2 :本件特許2の特許請求の範囲の請求項1に係る発明・本件明細書2 :本件特許2に係る明細書(甲4)10 〇被控訴人各製品 :下記被控訴人製品1〜5を含むベルト製品であって、控訴人において、原判決別紙イ号製品目録又はロ号製品目録に記載の構成を有すると主張しているもの・被控訴人製品1:反番 67+1867製品名 ベルトエースU IX−A15 ・被控訴人製品2:反番 67+1495製品名 ベルトエースT Ichiriki・被控訴人製品3:反番 67+4127製品名 ベルトエースT Ichiriki・被控訴人製品4:反番 65+448420 製品名 ベルトエースT IX−F・被控訴人製品5:反番 68+1902製品名 ベルトエースT Yawara〇DMTDA :ジメチルチオトルエンジアミン〇エタキュアー300:アルベマール社が販売するDMTDAを含有する硬化剤25 「ETHACURE 300」(本件明細書1【0042】)21〇公然実施発明B :被控訴人が平成11年5月から平成12年4月までの間に日本製紙株式会社向けに出荷したベルト4反(ベルトB)に係る公然実施発明以 上522別紙2 当審における控訴人の補充的主張1 被控訴人各製品は本件発明2の構成要件2Bを充足するか(1) 構成要件2Bの解釈について5 ア 構成要件2Bには「排水溝の全長にわたって」とは記載されていない。
本件発明2は、「製紙用弾性ベルトの排水溝の『壁面全域にわたって例外なく』表面粗さが算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である壁面を設けること」、すなわち量産技術の確立を課題としたものではなく、「排水溝の表面粗さ」に注目し、「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μ10 m以下である」という排水溝の壁面が良好な搾水性能を有することを見出した新たな着想に係る発明であって、そのような技術的要素を備えたことを特徴とした製紙用弾性ベルトをいうものである。
イ @製紙用弾性ベルトの排水溝は、作業前に設定した加工条件に基づいて均一的に連続加工されるものであること、A作業時の諸要因によって加工結果15 にばらつきが生じることが避けられないことは、当業者の技術常識である。
さらに、製紙用弾性ベルトは長大な製品であるから、排水溝の壁面の表面粗さを全長にわたって測定する作業は現実的に不可能であり、加工終了後のベルトに多数設けられた排水溝のうち、任意に選定された排水溝の壁面を測定する作業によって把握するのが当業者の実務(技術常識)である。
20 このことは、被控訴人の製品カード(乙28〜31)の「検査項目」において、任意に選定された排水溝の形状(深さ、幅、ピッチ)が測定され、
その測定結果が記載されていることにも裏付けられている。被控訴人は、この測定結果をもとにベルトの性状を把握・確認している。
ウ 本件明細書等の記載においても、多数の排水溝の壁面全域にわたって測定25 することや、全ての壁面の算術平均粗さが2.0?以下であることの説明はなく、多数設けられた排水溝のうち、任意に選定された排水溝の断面を示し23てその技術的意義が説明されており(【0003】、【0004】、【0016】、【0017】、【図2】〜【図4】)、この「任意に選定された排水溝」が、通常の溝加工作業工程によって形成された排水溝であって、作業過程で異常(イレギュラー)が発生していない排水溝を意味することは自明5 である。
エ したがって、溝の連続加工作業時に不可避的に生じる加工結果のばらつきによって算術的平均粗さが2.0μmを超える部分が一部存在したとしても、
直ちに非充足と解すべきではない。例えば、目標を2.0μmとして設定された加工条件に基づいて加工された場合、各溝の表面粗さはおおむね2.010 μm前後で分散し、平均値は2.0μmに収れんする。当然ばらつきは存在するが、このような分布において壁面が良好な搾水性能を有するか否かは、
平均値を採用することによって的確に判断される。
(2) 技術的範囲の属否判断の方法ア 本件発明2の技術的範囲の属否判断は、上記(1)の請求項の記載、明細書15 の説明及び当業者の技術常識を踏まえ、対象製品となる製紙用弾性ベルトに多数設けられた排水溝のうち任意に選定された排水溝の壁面において「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下である」結果が得られているか否かを確認しつつ、溝加工作業時に不可避的に生じるばらつきを考慮しても均一的な連続加工作業によって排水溝の壁面「表面粗さが、算術平均20 粗さ(Ra)で、2.0μm以下である」という技術的要素を特徴とするベルトが得られているか否かによって行うべきであり、具体的には以下のステップ1〜2の手順で行うべきである。
<ステップ1>控訴人及び被控訴人の測定結果に係る9溝ないし18溝の排水溝のうち、
25 任意に選定された排水溝(通常の溝加工作業によって形成された排水溝であり、諸要因によって異常(イレギュラー)が発生していない排水溝を意味す24る。)の壁面において「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下である」という排水溝の壁面が溝加工の結果として得られているか否かを確認する。
ここでいう「異常(イレギュラー)」とは、各測定結果に係る9溝ない5 し18溝のデータ数値を参照し、特定の溝壁面の表面粗さ数値が他の溝の同一壁面に比して突出して高くなっていることをいう。
<ステップ2>ステップ1において、ステップ1に係る排水溝の壁面が得られていることが確認された場合には、溝加工作業時のばらつきを考慮しても均一的な連10 続加工作業によって「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、2.0μm以下である」という排水溝の壁面に係る技術的要素を特徴とする製紙用弾性ベルトが得られているか否かを確認する。そして、ここでの具体的確認作業は以下のとおりである。
<ステップ2の1>15 まず、少なくとも、当業者からみて明らかに溝加工作業時に生じた異常(イレギュラー)であると判断できる溝加工結果のデータを除外せずに、測定結果に係る各壁面(溝底壁面、側壁面A、側壁面B)の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られている場合には、ステップ2の2以下に進むことなく、溝加工作業時のばらつきを考慮し20 ても均一的な連続加工作業によって「表面粗さが、算術平均粗さ(Ra)で、
2.0μm以下である」という排水溝の壁面に係る技術的要素を特徴とする製紙用弾性ベルトが得られていると評価できる。
<ステップ2の2A>次に、仮に上記ステップ2の1において、当業者からみて明らかに溝加25 工作業時に生じた異常(イレギュラー)であると判断できる溝加工結果のデータを除外せずに、測定結果に係る各壁面(溝底壁面、側壁面A、側壁面B)25の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下とはならない場合には、当該異常(イレギュラー)データは除外する。異常(イレギュラー)であると判断できる溝加工結果データは、控訴人及び被控訴人の測定結果に係る9溝ないし18溝(底、側壁A、側壁Bのそれぞれ)の表面粗さデ5 ータ数値を参照し、特定の溝の表面粗さ数値が同一壁面の他の溝に比して突出して高くなっている溝加工結果データである。
<ステップ2の2B>ステップ2の2Aにおいて異常(イレギュラー)であると判断できる溝加工結果データを除外した後に、測定結果に係る各壁面(溝底壁面、側壁面10 A、側壁面B)の表面粗さの平均値が算術平均粗さ(Ra)で2.0μm以下である結果が得られているか否かを確認する。
イ 上記アの手法により判断した場合、少なくとも、控訴人測定結果のうちIKベルト1〜12(甲93の1の1〜甲93の12の1の2)及び17〜19(甲101の1の1〜甲101の3の2)、従前の控訴人測定結果全て15 (甲12、25、47)並びに被控訴人測定結果の一部の実製品(乙156のうち反番67+7007〔使用済み〕及び反番70+1077〔使用済み〕)、乙194、199、205、207、216〜225)は、ステップ1及びステップ2を通過するものであり、本件発明2の技術的範囲に属するといえる。
20 ウ なお、IKベルト7(甲93の7の1・2)、IKベルト10(甲93の10)、IKベルト12(甲93の12の1・2)、IKベルト19(甲101の3の1・2)については、全ての溝の平均粗さが2.0μm以下であるから、上記アの手法に拠らずとも、本件発明2の技術的範囲に属する。
(3) 考慮すべき測定結果についての原判決の誤り25 ア 原判決は、使用済みの実製品の測定結果について、@加圧部は回転や加圧による変形、紙かすの付着や水流による摩耗を受け、非加圧部は回転による26変形等を受けること、A使用済みの実製品の加圧部と非加圧部を明確に区別できるか不明であることを理由に、製品販売時における壁面の表面粗さと同視することはできないとして検討対象から除外した。
しかし、上記@については科学的根拠がなく、本件明細書1【0004】5 及び本件明細書2【0006】にも裏付けとなる記載はないし、控訴人製品は未使用時と使用後で溝の表面粗さに変化がなく(甲21)、被控訴人製品は控訴人製品の約2倍の耐摩耗性を有すること(甲20)も検討されていない。
上記Aについては、色の違いにより判別可能であることは明らかであり10 (甲92の7頁、甲100の7〜8頁)、被控訴人においても区別できている(乙185)。
イ 原判決は、キーサンプルは被控訴人が製造販売したベルトのサンプルを保管していたものであるとして、その測定結果(乙7の2、乙152〜156、
169〜179、181、189〜193、195、196、198、2015 0〜204、206、208〜211)を検討対象とした。
しかし、キーサンプルの作製、保管の態様を裏付ける客観的な証拠はない上、被控訴人が恣意的に選別した疑いが払拭できないこと、キーサンプルの写真の多くに通常の製品にみられない「ばり」(「かどのエッジにおける、
幾何学的な形状の外側の残留物で、機械加工又は成型工程における部品上の20 残留物」(JIS B 0051)であり、加工時の刃物が正しく当たっていない又は刃物の状態がよくないことを示す。)の存在が確認されること、
及び後記ウの不自然な測定結果からみて、実製品と同様の性状を有するものとは評価できない。
ウ 各測定結果をみると、未使用の実製品の場合、甲18の測定結果はいずれ25 も2.0μm以下であり、乙216〜225の測定結果は、異常値を除く平均値では溝底壁面、溝側壁面A、Bとも2.0μm以下である。
27また、使用済みの実製品(非加圧部、加圧部及びそのいずれか特定されていないもの)の測定結果の平均値は、別紙3及び別紙4のとおり、いずれも未使用の実製品の測定結果と近似している一方、これらと比較して、キーサンプルの測定結果の平均値は粗い方に大きく乖離している。
5 エ したがって、キーサンプルの測定結果は証拠力を有しないというべきである一方、使用済みの実製品の測定結果は考慮されるべきであるから、未使用品とキーサンプルのみを対象とし、使用済みの実製品の測定結果を排斥した原判決は誤っている。
(4) 原審が時機に後れた攻撃防御方法として控訴人の主張立証を却下したこと10 について原審は、上記(3)の主張を記載した第38準備書面及び第39準備書面の陳述を認め、これを裏付ける甲99〜104を取り調べたにもかかわらず、判決において時機に後れた攻撃防御方法であるとして却下したが、不当であるとともに手続違背である。
15 2 公然実施発明Bに基づく本件発明1の新規性欠如の有無(1) ベルトBに係る発明が本件発明1の実施品と認められないことベルトBが構成要件1Cを充足すること、すなわち外周層に硬化剤としてDMTDAが用いられていることについて、実物の分析結果等、構成を明らかにする立証はない。そして、以下のとおり、他の証拠からの立証は不十分である。
20 したがって、ベルトBは構成要件1Cを充足するとはいえないから、ベルトBにより本件発明1が公然実施をされたとはいえない。
ア QC工程図(乙32)の作成、施行時期について(ア) 米国でエタキュア−300の製造が開始されたのは1998年(平成10年)6月であり(乙37)、日本国内において本格的に販売開始され25 るに至ったのは平成11年1月頃と推認されるから、平成10年10月以前から乙32と同内容の製造工程、すなわちエタキュアー300が採28用されていたと述べる被控訴人元従業員の陳述書(乙83)の信用性は疑わしい。
(イ) 被控訴人は、昭和63年からシュープレス用ベルトの量産事業を行ってきたところ、QC工程図(乙32)のように品質水準維持のために製造5 工程を一元的に明記した書類がなかったとは到底考え難い。しかし、被控訴人は、ベルトB納入のわずか3か月前である平成11年2月26日に作成されたとする乙32を提出するのみで、それ以前のQC工程図を全く提出していない。また、@どの時期にいかなる硬化剤を使用してきたか、AQC工程図をはじめとして、製造工程をどのように策定し、記10 録化してきたか、Bいずれかの時期にエタキュア−300の使用を開始したというのであれば、いかなる契機にて使用が開始されたのか、Cそれ以前に使用していた硬化剤との切り替えはどのようになされたのかといった事実関係について、何ら説明できていない。
(ウ) このように、乙32の作成時期及び作成経緯に関する被控訴人の主張立15 証には不自然な点があり、実際には平成11年2月26日より前から別のQC工程図が作成されており、乙32はそれより後に作成されたものであるという疑念を何ら払拭することが ない。この点からも、陳述書(乙83)の信用性は疑わしい。
イ QC工程図(乙32)の作成日が真実としても、同日以降に製造された全20 ての溝切タイプのベルトに適用されたかどうかは不明である。むしろ、被控訴人の主張及び陳述書(乙83)によれば、乙32は従前より採用してきた製造工程を整理したものであって、乙32の作成と実際に採用された製造工程は時期において一致しないことを被控訴人自ら認めているから、乙32の作成日は、同日以降に製造された溝切タイプベルトの製造工程を一義的に示25 すものではない。
また、乙32が当時存在した唯一のQC工程図であるとは限らない。被29控訴人は、同時期にケイチャー21を使用していた可能性があるところ(乙133)、乙32にはケイチャー21は記載されていないことから、ケイチャー21を使用する製造工程を示したQC工程図が別途存在していた可能性がある。更に、シュープレス用ベルトは受注生産品であることからすれば、
5 そもそも乙32の「樹脂受入れ」欄の記載は、単に樹脂の一例を記載したものである可能性もある。
ウ 他の証拠をみても、@ベルトBの製品カード(乙28〜31)には、製造に使用された原料については全く記載されておらず、かつ、乙32のQC工程図に準拠して製造されたことも、作業標準書に従って作製されたことも一10 切記載されていない。A次に、作業標準書(乙91〜117)については、
そもそもベルトBが乙32に準拠して製造されたかどうかが不明である以上、
作業標準書に準拠して製造されたかどうかも不明である。BベルトB1及びB2に至っては、製造当時の作業標準書すら提出されておらず(最も古い乙91でもベルトB1及びB2が全製造工程を終えた後の平成11年8月1115 日付改正版である。)、ベルトB3及びB4の製造日に対応する乙91及び92についても、広範囲のマスキングが施され、いかなる工程でエタキュア−300が使用されたのかは全く不明である。
エ 被控訴人は、製品カード(乙28〜31)記載の化学処理コード「00J0」について、化学処理コード(乙229の1〜3)を提出し、外周面及び20 内周面にエタキュアー300を用いたことを示すと主張するが、乙229の1〜3には「種別 技術標準」、分類番号として「技企−5011」又は「技管−5011」と記載されているところ、乙32(QC工程図)には異なる分類番号が記載されていることから、乙32と乙229の1〜3の内容には齟齬があり、被控訴人の主張立証を補強するものではない。
25 (2) 公然実施をされた発明に当たるかについてア 公然実施された発明(特許法29条1項2号)の要件30特許出願前に公然実施された発明に特許が付与されない理由は、既に社会的に知られている技術的手段や、当業者であればその発明を実施することができるように知られた技術的思想であれば、社会や当業者はそれを自由に利用することができる状態となっていることから、そのような発明に特許を5 付与する必要がないことにある。
したがって、公然実施が成立したというためには、当業者が出願前の時点において通常に利用可能な分析技術を用いて実施品を分析することにより、
発明の内容を知り得る状態におかれたことを要すると解すべきである。
そして、当業者が通常に利用可能な分析技術を用いて実施品を分析して10 も発明の内容を知り得ず、当該分析作業を超えて創意工夫や試行錯誤をしなければ発明の内容を知り得ないような場合には、そのような場合における発明は、その内容が知り得る状態におかれたとはいえず、公然実施されたとはいえないと解すべきである。
これに対し、当業者が行い得たであろう創意工夫や試行錯誤を判断の基15 礎とすることは、出願前に当業者に知られておらず、着目もされていなかった技術的事項について、後知恵的発想を取り入れることによってあたかも出願前の時点で当業者が発明の内容を知ることができたとする検討手法であり、
そのような検討手法によって公然実施の成立を認めるべきではない。
イ ベルトBにDMTDAを含有する硬化剤が用いられていたとしても、当業20 者が構成要件1Cの構成を知り得る状態におかれたとはいえないこと(ア) ベルトBについて当業者が通常に利用可能な分析手法は、成分分析を分析機関に依頼し、GC(ガスクロマトグラフ)/MS(質量分析)法によって定性分析することである。
そして、質量分析により分析対象物に含まれる各成分のマススペクト25 ル(質量スペクトル)が得られるが、このマススペクトルから成分を同定するためには、マススペクトルライブラリを用いるか、依頼者が特定31した化合物の標準品を用いる必要があり、分析機関はそれ以外の成分を同定することはできない。
(イ) しかし、マススペクトルライブラリにDMTDAが登録されている例は、
平成29年時点において1件もなく、本件特許1の出願(平成12年15 1月10日)の前も同様であった。
なお、控訴人が依頼した分析機関における分析は、控訴人が提供したエタキュアー300を用いて行われた(甲26の1、甲113の1〜3)。
(ウ) そして、本件特許1出願前には、シュープレス用ベルトの製造において、
10 外周面を構成するポリウレタンにDMTDAを使用する製造方法は知られていなかったから、当業者が構成要件1Cに相当する構成を知るためには、@シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタンに使用される硬化剤に着目・検討し、A数多くの硬化剤の中からDMTDAを特定し、B分析機関に対し、DMTDAの標準品とともにベルト外周面15 を構成するポリウレタンのみを切り出してマススペクトル測定を依頼するという、幾重にもわたる創意工夫や試行錯誤を要した。
このような方法は、当業者が通常に利用可能な分析方法とはいえないから、ベルトBに係る発明が公然実施されたとはいえない。
(エ) さらに、本件特許1出願前には、@シュープレス用ベルトに用いる硬化20 剤にはMOCAが用いられており(甲2【0003】)、「シュープレス用ベルトの外周面を構成するポリウレタン」に使用する硬化剤の種別に当業者が着目していた事情もなかったこと、Aポリウレタンの硬化剤はDMTDAの他にも約80種類存在し(甲43)、その全てについて標準品を準備して分析依頼を行うことは非現実的であること、B厚さ525 mm 程度であるベルトの外周面のみを切り出して分析を依頼することは、
本件発明1の構成要件1Cを知る者だけができることであり、通常に利32用可能な分析技術とはいえないことからすれば、当業者において上記(ウ)の創意工夫や試行錯誤が行われる状況すらなかったといえる。
(オ) 原判決が、当業者がエタキュアー300をサンプル提供して分析を依頼した蓋然性があったとして挙げる事情は、シュープレス用ベルトに使用5 される硬化剤について言及するものでない記載(原判決44頁16行目以下の@〜C)、当業者一般が知り得たことの根拠とならない、実施者である被控訴人の使用事実(同D)、ウレタン用に使用された主要な硬化剤が10種類前後であるとの誤った事実(同E)であり、いずれも公然実施の根拠とはなり得ない。
10 3 損害の発生及びその額(争点6)について被控訴人は、令和2年3月24日以降、イ号製品及びロ号製品を少なくとも年間60反販売しており、1反当たりの利益額は800万円であるから、令和5年3月23日までの期間における売上高は14億円を下らず、被控訴人が得た利益額は9億8000万円を下らないところ、控訴人は同額の損害を被った15 と推定される(特許法102条2項)。
控訴人は、上記損害の一部請求として1億円を請求する。
また、上記損害に係る訴訟対応のため弁護士及び弁理士に支払うことを要した費用相当の損害は1000万円を下らない。
以 上2033別紙3(異常値含む)実製品 キープサンプル@ A B C2μm以下の溝の割合 87.99% 87.78% 80.74% 45.06%2μm以上3μm以下の溝の割合 10.21% 11.11% 11.67% 33.85%3μm以上の溝の割合 1.80% 1.11% 7.59% 21.09%(異常値除く)実製品 キープサンプル@ A B C2μm以下の溝の割合 88.29% 87.78% 84.17% 47.45%2μm以上3μm以下の溝の割合 10.25% 11.11% 12.16% 35.64%3μm以上の溝の割合 1.46% 1.11% 3.67% 16.90%@控訴人(一審原告)測定結果(IKベルト1〜19の測定結果)A被控訴人(一審被告)測定使用済み実製品(乙194、197、199、205、207)B被控訴人(一審被告)測定未使用実製品(乙216〜225)C被控訴人(一審被告)測定キープサンプル(乙189〜193、乙195〜196、乙198、乙200〜204、乙206、乙208〜211)34別紙4(異常値含む)実製品 キープサンプル@ A C2μm以下の溝の割合 100.00% 77.16% 53.09%2μm以上3μm以下の溝の割合 0.00% 20.37% 24.72%3μm以上の溝の割合 0.00% 2.47% 22.20%(異常値除く)実製品 キープサンプル@ A C2μm以下の溝の割合 100.00% 78.13% 53.60%2μm以上3μm以下の溝の割合 0.00% 20.63% 24.95%3μm以上の溝の割合 0.00% 1.25% 21.45%@控訴人(一審原告)測定結果(甲12、25、47の測定結果)A被控訴人(一審被告)測定使用済み実製品(乙156(67+7007(使用済み)、69+7458(使用済み)、70+1077(使用済み)))C被控訴人(一審被告)測定キープサンプル(乙7の2、乙152〜155、乙156(67+7007(新品)、69+7458(新品)、70+1077(新品))、乙169〜179、乙181)35
事実及び理由
全容