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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ネ1223特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成13ネ943特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ653特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ4920特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ5689各損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 確実性 /  技術的思想 /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  権利の濫用(権利濫用) /  参酌 /  均等 /  均等侵害 /  置換 /  置換可能性 /  同一の作用効果 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  間接侵害 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (ネ) 2732号 損害賠償等請求控訴事件
控訴人 東海ゴム工業株式会社
訴訟代理人弁護士 鳥海哲郎
同 山岸和彦
同 金子憲康
補佐人弁理士 西藤征彦
被控訴人 飛島建設株式会社
訴訟代理人弁護士 石谷勉
補佐人弁理士 原田信市
同 原田敬志
被控訴人 株式会社カテックス
訴訟代理人弁護士 大場常夫
補佐人弁理士 原田信市
同 原田敬志
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,1億3738万7115円及びうち4137万円に対する平成13年10月1日から,うち9601万7115円に対する平成8年8月30日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人飛島建設株式会社は,原判決別紙工法目録記載の方法をもって地山固結工事をしてはならない。
4 被控訴人株式会社カテックスは,原判決別紙物件目録(1)及び同(2)記載の各製品を販売してはならない。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事案の概要
控訴人は,名称を「地山固結工法」とする特許第2056106号発明(平成元年2月22日特許出願,平成8年5月23日設定登録,以下,請求項1記載の発明を「本件特許発明」といい,その特許を「本件特許」,これに基づく特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である。本件は,控訴人が,被控訴人飛島建設株式会社(以下「被控訴人飛島」という。)が行っている原判決別紙工法目録記載の方法をもって特定される工法(以下「被控訴人工法」という。)が本件特許発明技術的範囲に属し,被控訴人工法による地山固結工事の施工が本件特許権を侵害すると主張して,同被控訴人に対し,被控訴人工法による地山固結工事の施工の差止め及び損害賠償を求めるとともに,原判決別紙物件目録(1)及び同(2)記載の各製品(以下,それぞれ「被控訴人製品1」,「被控訴人製品2」という。)を製造,販売する被控訴人株式会社カテックス(以下「被控訴人カテックス」という。)の行為が,控訴人の本件特許権の間接侵害に該当し,また,被控訴人カテックスは,被控訴人飛島の被控訴人工法による地山固結工事の施工に加担し,被控訴人飛島と共同して本件特許権を侵害したと主張して,同被控訴人に対し,上記各製品の販売の差止め及び損害賠償を求めている事案である。
原審は,被控訴人工法は,本件特許発明技術的範囲に属さず,また,本件特許は,特開昭61-186613号公報(乙7,以下「本件公知文献」という。)記載の発明と公知技術を組み合わせることによって当業者が容易に想到し得たものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当するから,無効であることが明らかであり,本件特許権に基づく権利行使は権利濫用に当たるとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし3及び「第3 争点に関する当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正 (1) 原判決3頁1行目と2行目の間に,「(なお,被控訴人らは平成14年5月21日に,第一工業製薬株式会社は同年6月5日に,それぞれ本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,無効2002-35198号事件及び無効2002-35238号事件として特許庁に係属したところ,控訴人は,平成15年2月6日付け訂正請求書により,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等を訂正する旨の訂正請求をした。特許庁は,上記各事件について審理した上,同年5月23日にそれぞれ「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年6月4日,各事件の請求人らに送達されたが,被控訴人ら及び第一工業製薬株式会社は,それぞれ上記審決の取消しを求める訴えを提起し,当庁平成15年(行ケ)第278号,同第294号,各審決取消請求事件として係属中〔当裁判所に顕著〕であり,上記訂正の効果は生じていない。)」を加える。
(2) 同14頁20行目の「特許法101条2号」を「損害賠償請求につき平成14年法律第24号による改正前の特許法101条2号,差止請求につき同改正後の特許法101条(平成15年1月1日施行)3号」に改める。
(3) 同15頁17行目,19頁19行目及び20行目,21頁18行目及び19行目,22頁1行目の「被告飛島」をいずれも「被控訴人ら」に改める。
(4) 同22頁11行目と12行目の間に,「被控訴人カテックスは,被控訴人飛島に対し,摩訶耶トンネル工事及び木崎トンネル工事について被控訴人製品1,2を販売し,上記各工事の施工計画書の原案を作成し,施工方法を指示,指導する等して,被控訴人飛島による上記各工事の実施に積極的に加担し,被控訴人飛島と共同して本件特許権を侵害した。」を加える。
2 控訴人の当審における主張 (1) 被控訴人工法の構成要件Cの充足性 被控訴人工法における布筒パッカーは,その膨張前においても,既に本件特許発明構成要件Cの「隔壁」に該当する。乙14(被控訴人ら作成の注入確認試験ビデオ)によれば,中空の内装管Dに装着された布筒パッカーc-1,c-2は,膨張前の段階で既にその直径が鋼管Cの内径と略同寸法で,その内周面に強く接触(圧接)しており,同パッカーにより鋼管Cの内部が複数の空間に区切られていることが分かる。これにより,布筒パッカーc-1,c-2に区切られた環状隙間に注入した地山固結用薬液は,互いの環状隙間の間を行き来することがなくなり,かつ,それ自体でも鋼管の外周の地山の所どころに固結領域を形成するのを効果的に行うための作用をもたらすものであって,同パッカーは,薬液により固結する前の段階においても,既に本件特許発明の隔壁の機能を具有している。
(2) 均等侵害 被控訴人工法は,本件特許発明構成要件Eの「固結用薬液を吐出して上記各空間内に充満させる」を充足しないとしても,以下のとおり,本件特許発明均等なものとして,本件特許発明技術的範囲に属するというべきである。
ア 本件特許発明の構成と被控訴人工法との差異 本件特許発明の構成と被控訴人工法とが異なる部分は,本件特許発明構成要件Eの上記部分のみである。
イ 本件特許発明の本質的部分 本件特許発明は,その発明の経緯から,鋼管外の地山を固結するために鋼管内に隔壁を設ける等の方法を採用した点が本質的な部分であって,長尺管内に薬液を一杯に充満させることは,本件特許発明技術的思想からして本質的部分ではないことが明らかである。
置換可能性と作用効果の同一 被控訴人工法は,「固結用薬液を吐出して,上記各空間のうちインサート管内部を除く部分に充満させる」ものとして,本件特許発明構成要件Eの一部を置換したものであるが,上記置換によっても,本件特許発明の効果を達成することができるのであって,被控訴人工法は,本件特許発明同一の作用効果を奏する。
置換容易性 上記置換は,具体的には,内部に中空部を有するインサート管を長尺管たる鋼管内に挿嵌し,これを固結用薬液の吐出時においても設置していることによるが,このような置換は,当業者が容易に想到することができたものである。
公知技術・準公知技術の非該当 被控訴人工法は,本件特許発明の特許出願当時,公知技術と同一ではなく,当業者が公知技術から容易に推考できたものではない。
カ 特段の事情 被控訴人工法における「固結用薬液を吐出して,上記各空間のうちインサート管内部を除く部分に充満させる」構成は,本件特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものではなく,その他,均等を否定すべき特段の事情はない。
(3) 本件特許発明進歩性 ア 本件公知文献(乙7)記載の発明では,長手方向にゾーンごとに区画して注入口が形成された外管と,この外管内をその軸芯方向に移動自在とされた内管部材とを備えた注入装置を,地盤に建て込まれスリーブグラウトが注入されたケーシング内に挿入し,次いで,ケーシングを引き抜く前施工後,内管部材からグラウトを注出室内に注出し,外管の注入口からスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へと注入することを,内管部材を外管の軸芯方向に移動させてゾーンごとにステップアップしながら行うものであり,注入後,内管部材は引き抜かれ,外管内には残置されない。これに対し,本件特許発明は,地山に穿設した長孔内に周壁孔空き長尺管を挿嵌固定し,吐出管の先端から,長尺管内の隔壁で区切られた各空間内に固結用薬液を吐出することにより,各空間に対する薬液充満と長尺管外周の地山に対する薬液の浸透とを行わせ,長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであり,吐出管は,吐出の過程で引き抜かれるものではなく,長尺管内に残置される。このように,本件特許発明では,吐出管の先端から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程により,各空間内に固結用薬液を充満させ,さらに,長尺管外周の地山に浸透硬化させ,長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであるところ,上記公知文献記載の発明では,内管部材が引き抜かれた後の外管は空の状態で地盤中に残って,そこには固結領域は形成されないのである。
この点に関し,原判決は,乙17の回答書を根拠に,長尺管内に固結領域を形成することは本件特許発明の出願前に公然実施されているから,これを公知文献発明と組み合せれば,本件特許発明進歩性はないと判断しているが,上記回答書は,ソレタンシュ工法の施工により周辺地盤への注入が終了した後,内管部材を引き抜いた後の空の外管内に,後からセメントベントナイト等の中詰め材を中詰めして固結領域を形成することを示しているにすぎない。
イ また,本件特許発明は,長尺管内を隔壁で区切ることにより長尺管内を狭く区分し,その各空間に固結用薬液を,長尺管内に残置される吐出管から吐出させるため,従来,長尺管では使用できなかった速硬性の薬液の使用が可能となり,それによって作業時間の短縮等の効果を奏するものである。他方,本件公知文献記載の発明においては,内管部材を外管内の軸方向に移動させてゾーンごとにステップアップしながら周辺地山へ固結用薬液を注入することから,速硬性の薬液を使用すると,ゾーンごとに注入し,次いでステップアップすることを繰り返す過程で,内管部材内で薬液が固結してしまうため,速硬性の薬液を使用することができず,作業時間の短縮等の効果を奏することができなかった。このように,本件特許発明は,公知文献発明が奏し得ない顕著な作用効果を有するものであり,進歩性を有することが明らかである。
3 控訴人の当審における主張に対する被控訴人らの反論 (1) 被控訴人工法の構成要件Cの充足性について 被控訴人工法において,薬液注入セットAが鋼管Cへ装着されたままの状態では,布筒パッカーc-1,c-2は,内装管Dに嵌挿しただけのいまだ膨張前のすぼんだ状態にあり,かつ,その状態の布筒パッカーc-1とc-2との間等に地山用薬液注入チューブb-1〜b-3の開口先端を位置させている。そして,これら布筒パッカーc-1,c-2は,次工程,すなわちパッカー用薬液注入で,薬液の圧送注入により膨張して初めて鋼管Cの内壁面に圧接する仕切壁d-1,d-2を形成するものである。仮に,控訴人が主張するように,布筒パッカーc-1,c-2が,膨張前の段階で鋼管Cの内周面に強く接触(圧接)したものであれば,現実には,その鋼管への装着自体が不可能か,少なくとも著しく困難で到底実用的ではなく,そもそも布筒パッカーを採用する意味がない。
(2) 均等侵害について ア 本件特許発明の本質的部分について 本件特許発明構成要件Eの「固結用薬液を吐出して上記各空間内に充満させる」部分は,本件特許発明特有の作用効果を生じさせるための構成であり,「作業が容易で,かつ速硬性の固結用薬液を使用することのできる地山固結工法」(本件公報〔甲2〕の3欄39行目〜41行目)を提供するという発明の目的を達成するために必要不可欠の構成であって,本件特許発明の本質的部分といわなければならない。
置換可能性と作用効果の同一について 本件特許発明においては,固結用薬液は「上記各空間」に充満し,かつ,長尺管内に中空部を残すことなく,その全部及び長尺管の周囲の地山に固結領域を形成し,本件特許発明特有の作用効果を生じさせるものであるのに対し,被控訴人工法においては,薬液は鋼管Cと内装管D(インサート管)との間の環状隙間1-1〜1-3と地山に固結領域を形成するだけで,鋼管Cの内部,更に具体的には内装管Dの内部に中空部をそのまま残存させるものであることにおいて,本件特許発明同一の作用効果を奏するとはいえない。
置換容易性について 控訴人は,上記置換は,具体的には,内部に中空部を有するインサート管を長尺管たる鋼管内に挿嵌し,これを固結用薬液の吐出時においても設置していることによると主張するが,同主張によっては,置換の対象部分が不明である。本件特許発明と被控訴人工法とは,本質的部分を異にすることが上記のとおりである以上,その置換が容易ということはできない。
エ 特段の事情について 被控訴人工法の「膨張する布筒パッカー及びそれが固結用薬液を注入する空間を分け隔てる壁として用いられること」及び本件特許発明の「上記複数の吐出管の先端開口から固結用薬液を吐出して上記各空間に充満させ」は,いずれも本件特許発明の特許出願当時の周知技術であり,本件特許発明の特許出願人である控訴人が,後者の構成を選択した以上,前者の構成は特許請求の範囲から意識的に除外したものというべきである。
(3) 本件特許発明進歩性について ア 本件特許発明と本件公知文献記載の発明との控訴人主張の相違点は,原判決摘示の昭和53年5月1日山海堂発行「土木施工」19巻6号43頁〜49頁(乙18),同年6月1日発行同19巻7号27頁〜31頁(乙19),昭和57年11月20日理工図書発行「トンネルにおけるパイプルーフ工法・地盤」17頁〜21頁,38頁〜42頁,104頁〜105頁(乙10-2添付),昭和61年11月5日土木学会同年改訂版発行「トンネル標準示方書(山岳編)・同解説」185頁〜190頁(同),特公昭63-63688号公報(同)及び実開昭58-194299号のマイクロフィルム(同,乙8)に記載の公知技術を組み合せることによって容易に想到し得たものである。
イ 控訴人主張に係る「速硬性の固結用薬液」は,いかなる固結用薬液であるのか本件明細書によって明らかではない上,「速硬性の固結用薬液」を用いる地山固結工法は,本件特許発明の特許出願前から公知の技術であるから,控訴人主張の本件特許発明の作用効果によって進歩性が肯定されることはない。
当裁判所の判断
1 争点5(本件特許に無効理由があり,控訴人が本件特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について (1) 被控訴人らは,特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないところ,本件特許発明は,本件公知文献(乙7)記載の発明に基づいて,あるいはこれに公知技術を組み合わせて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであって,本件特許には,明白な無効理由があるから,本件特許権に基づく本訴請求は権利濫用に当たり許されないと主張するので検討する。
(2) 本件公知文献(乙7)には次の記載がある。
ア 「長手方向にゾーンごと区画して注入口が形成された外管と,この外管内をその軸心方向に移動自在とされた内管部材とを備えた注入装置において;前記内管部材は,複数の独立した流路を有する内管と,その長手方向に間隔を置いて外管の内面にそれぞれ内接してグラウトの液密を図るべく設けられた3以上のパッカー部とを有し;前記パッカー部間における外管と内管との間隙たる相互に異なる注出室に,前記内管の各流路が1対1で独立的に連通していることを特徴とするグラウト注入装置」(1頁左下欄,特許請求の範囲(1)) イ 「〔従来の技術〕この種のグラウト注入工法として,いわゆるソレタンシュ注入工法は,注入位置を適確に定めることができるなどの利点から,汎く用いられている。同工法に使用する注入装置は,外管にはたとえば33cmごと注入口が形成され,そこをゴムスリーブで覆うとともに,内管の先端には注出口が形成され,その先端および基端側にパッカー部が設けられたもので,注入位置の選定には内管を外管内において移動させることにより行うものである。注入装置の流路は1つである。また,同工法に使用されるグラウトは1種のみで,もし異種グラウトを注入するのであれば,先行注入グラウトを注入した後,他の種のグラウトで流路を置換する必要がある」(1頁左下欄末行〜右下欄第3段落) ウ 「〔発明が解決しようとする問題点〕・・・本発明は,注入の確実性を損うことなく施工能率を向上させることができ,異種グラウトの同時注入を行うことができるグラウト注入装置を提供することを主たる目的としている」(1頁右下欄最終段落〜2頁左上欄第2段落) エ 「〔作用〕本発明は,内管に複数の流路を独立的に構成していること,パッカー部を3以上設けていること,前記各流路の注出口がパッカー部間において開口しており,各流路と相互に異なる注出室とが1対1で対応していることを主要点としている。したがって,内管の第1流路に第1グラウトを供給し,注出口から注出室に注出させ,さらに注入口から直接に,またはスリーブを撓せながら周辺地盤へ注入しているときに,内管の他の第2流路に第2グラウトを供給し,同様にして別の注入口から周辺地盤に注入できる。したがって,同時にゾーンごと区画された注入口から各グラウトを注入できる。その結果,各注入口からの注入量が従来例と同じであっても,時間当りの注入量は2倍となり,施工手間は1/2となる。そして,第1グラウトと第2グラウトとの種別を異らせておくと,異種グラウトを同時注入できる」(2頁右上欄第2段落〜左下欄第2段落) オ 「(基本例の作用)かかる装置においては,まずボーリング機を用いてケーシングを建込み,そこにいわゆるスリーブグラウトを注入し,その後ケーシング内に本装置を挿入し,次いでケーシングを引き抜く。この前施工後,本体内管部材50の内側管にAグラウト(A液)を供給する。その結果,A液は,ソケット60,接手61および第2内側管22Bを通り,第2パッカー部32を抜け第1内側管22A内に入り,その注出口22aから注出室71内に注出され,さらにそれ自体の圧力で,注入口11Aからスリーブ12を撓せながらその両端部から注入され,続いてスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へと注入される。これに対して,本体内管部材50の外側管51と内側管との間にBグラウト(B液)を圧送すると,B液はソケット60の貫通孔60cを抜け,継手33Cおよび33Eと接手61との間隙を通り,第1外側管21Aと第2内側管22Bとの間に入った後,注出口21a,注出室72および注入口11Bを通り,スリーブ12を撓せながら,周辺地盤へと注入される。前述の説明からも明らかなように,A液およびB液の流路(A液路,B液路)は,内管部材20内において独立しており,また注出口21a,22a,換言すれば注入口11B,11Aが装置の長手方向において間隔を置いて区分されている。(施工例)したがって,A,B両流路に異種のA,B両液を同時に供給して,注入することができる。またA,B両流路を通して同種グラウトを長手方向に異なる注入口11A,11Bから同時に注入することができる。その結果,改造ゾーン当りの施工時間は実質的に1/2となる。勿論,注入口12A,12Bからの注入タイミングを適宜ずらすことも可能である。同種グラウトを同時注入する場合,第3図のように,注入口11A,11Bの間隔長の2倍のステップごとステップアップしながら注入することができる」(3頁右上欄最終段落〜右下欄最終段落) カ 「上記例は2重内管例であるが,第7図のような3重管以上の流路構成にて3個所以上からの同時注入を行うこともできる。なお,第7図の左方には第4パッカーが設けられるが,図示されていない」(4頁左上欄第3段落) (3) また,昭和57年3月20日鹿島出版会改訂版発行,坪井直道著「薬液注入工法の実際」236頁〜238頁(甲14)には,ソレタンシュ工法,すなわち,@削孔機(掘削機)を用いて直径100mm前後の孔を設けケーシングを建て込み,Aこの孔の中に約30cm間隔に注入孔が開けられ,バルブとして作用する短いゴムスリーブで覆われた内径40mmのマンシェットチューブを建て込み,Bマンシェットチューブとケーシングとの間に,スリーブグラウトと呼ばれる特殊注入を行い,その後にケーシングを引き抜き,C注入予定箇所の上下にダブルパッカーを設置できる仕組みの注入パイプをマンシェットチューブの中にセットして注入する,という工程の薬液注入工法が記載されている。
(4) 本件公知文献(乙7)の上記(2)の記載によれば,本件公知文献には,ソレタンシュ工法の改良工法が開示されていると認められるが,そのほかに,内管に複数の流路を独立的に構成していること,パッカー部を3以上設けていること,前記各流路の注出口がパッカー部間において開口し,各流路と相互に異なる注出室とが1対1で対応していることを主要点としており,「3重管以上の流路構成にて3個所以上からの同時注入を行うこともできる」(上記(2)カ)との記載から,内管の独立的に構成した複数の流路の数を,周辺地盤へグラウトを注入させるべき外管の注入口の数と同数とし,当該流路の注出口に対応する注出室をパッカー部間により形成し,各注出口から同時に注出室に注出させ,さらにスリーブをたわませながら周辺地盤へグラウトを注入する工法が開示されているものと認めることができ,この工法によれば,内管部材を移動させる必要がないから,ソレタンシュ工法ではない工法,すなわち「地盤にボーリングしたケーシング内に,長手方向にゾーンごと区画してその壁を貫く注入口が形成された外管を挿入して固定し,この外管内に,前記注入口の数と同じ独立した流路を有する内管と,長手方向に間隔を置いて外管の内面にそれぞれ内接してグラウトの液密を図るべく設けられた3以上のパッカー部とを有する内管部材を挿入して,前記パッカー部間における外管と内管との間隙たる相互に異なる注出室に,前記内管の各流路が1対1で独立的に連通するようにし,複数の独立した流路を有する内管の注出口からグラウトを,同時に相互に異なる注出室内に注出し,外管の注入口からスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へ注入する地盤へのグラウト注入工法」の発明(以下「引用発明」という。)も開示されていると認められる。そして,本件公知文献の上記記載によれば,引用発明の工法は,内管を移動させる必要がなく,また,「内管(本件発明の吐出管に相当する。以下,同様に相当する構成を記載する。)から吐出されたグラウト(固結用薬液)を各注出室(空間)内に注出させ,さらに,スリーブをたわませながら(充満させたのち),外管(長尺管)の注入口(周壁孔)から外管(長尺管)外周の地盤(地山)内に浸透硬化させ,上記外管(長尺管)内及び外管(長尺管)外周の地盤(地山)に固結領域を形成する」ものであることが明らかである。
(5) 本件特許発明と引用発明とを対比すると,引用発明の「ケーシング内」,「外管の壁を貫く注入口」,「外管」,「挿入して固定し」,「内管」,「パッカー部」,「注出室」,「グラウト」及び「グラウト注入工法」は,それぞれ本件特許発明の「長孔内」,「周壁孔」,「長尺管」,「挿嵌固定し」,「吐出管」,「隔壁」,「空間」,「固結用薬液」及び「固結工法」に相当し,また,引用発明の「外管内に,前記注入口の数と同じ独立した流路を有する内管と,長手方向に間隔を置いて外管の内面にそれぞれ内接してグラウトの液密を図るべく設けられた3以上のパッカー部とを有する内管部材を挿入して,前記パッカー部間における外管と内管との間隙たる相互に異なる注出室に,前記内管の各流路が1対1で独立的に連通する」ことは,本件特許発明と同様に,「長尺管の内部を,長手方向に所定間隔に設けた隔壁により複数の空間に区切るとともに複数の吐出管を上記長尺管内に配設して複数の吐出管をそれぞれ上記複数の空間に開口させた状態にし」ているといえる。さらに,引用発明の「グラウトを,同時に相互に異なる注出室内に注出し,外管の注入口からスリーブグラウトを破りながら周辺地盤へ注入する」とは,グラウトが注出室内に充満してその圧力でスリーブグラウトを破って周辺地盤へ注入される(浸透される)ことを意味し,グラウトは時間の経過とともに硬化するから,注出室内及び周辺地盤に固結領域ができることは上記のとおりである。したがって,両者は,「地盤に穿設した長孔内に,周壁孔開き長尺管を挿嵌固定し,上記長尺管の内部を,長手方向に所定間隔に設けた隔壁により複数の空間に区切るとともに複数の吐出管を上記長尺管内に配設して複数の吐出管をそれぞれ上記複数の空間に開口させた状態にし,上記複数の吐出管の開口から固結用薬液を吐出して上記各空間内に充満させたのち,さらに上記長尺管の周壁孔から長尺管外周の地盤内に浸透硬化させ,上記長尺管内及び長尺管外周の地盤に固結領域を形成することを特徴とする地盤固結工法」の発明である点で一致しており,他方,@固結工法の対象である「地盤」が,本件特許発明では「地山」であるのに対し,引用発明ではどのような地盤であるのか不明である点(以下「相違点@」という。),A長尺管内の各空間に開口しているのが,引用発明では吐出管の周壁に形成された注出口であるのに対し,本件特許発明では吐出管の先端である点(以下「相違点A」という。)において一応相違していると認められる。
控訴人は,本件公知文献(乙7)記載の発明では,内管部材を外管の軸芯方向に移動させてゾーンごとにステップアップしながら行うものであり,注入後,内管部材は引き抜かれ,外管内には残置されないのに対し,本件特許発明は,ステップアップして吐出作業を行うものではなく,また,後に吐出管は引き抜かれるものではなく,長尺管内に残置されるものであるから,本件特許発明では,吐出管の先端から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程により,各空間内に固結用薬液を充満させ,さらに,長尺管外周の地山に浸透硬化させ,長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであるところ,上記公知文献記載の発明では,内管部材が引き抜かれた後の外管は空の状態で地盤中に残って,そこには固結領域は形成されない点も相違点として主張する。しかしながら,本件公知文献にはソレタンシュ工法のほかに,引用発明の工法が開示されており,引用発明の工法においては,吐出管は吐出の過程で引き抜かれるものではなく長尺管内に残置されるものであり,吐出管から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程により長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであることは上記のとおりであるから,控訴人主張の点を相違点ということはできない。
(6) まず,上記相違点@について検討する。「地盤」は,「@地の表面。地殻。A工作物その他を据え置く基礎となる土地。土台」(広辞苑第5版)を,「地山」は,「@陸地の山。・・・A(盛土などに対して)自然の丘陵。その土地本来の山」(同)を意味するところ,引用発明は「地盤」を対象としているものであるが,「地盤」は,第一次的には,水平な地面を一応想定しているものとしても,水平でない「地山」を除外しているものとまでは解されず,この点は大きな差異ということはできない。そして,本件特許発明の特許出願前に公知文献である昭和53年5月1日山海堂発行「土木施工」19巻6号43頁〜49頁(乙18),同年6月1日発行同19巻7号27頁〜31頁(乙19)には,トンネル工事の地山に,ソレタンシュ工法を適用することが記載され,また,昭和57年11月20日理工図書発行「トンネルにおけるパイプルーフ工法・地盤」17頁〜21頁,38頁〜42頁,104頁〜105頁(乙10-2添付),昭和61年11月5日土木学会同年改訂版発行「トンネル標準示方書(山岳編)・同解説」185頁〜190頁(同),特公昭63-63688号公報(同)及び実開昭58-194299号のマイクロフィルム(同,乙8)には,水平な地盤に限らない「地山」に削孔を穿設し,パイプを挿嵌固定してそのパイプからモルタル等の固結用薬液を注入して地山をトンネル地盤を強化する技術が開示されており,これらの記載によれば,固結用薬液を注入して地盤を強化する工法を地山に用いることは,本件特許発明の特許出願前に公知の技術であったと認められる。したがって,上記相違点@に係る構成は,当業者が,公知技術参酌することにより容易に想到し得ることが明らかである。
次に,上記相違点Aについて検討すると,引用発明においては,各注出室に対応して内管の注出口が開口していることが重要であって,この点は本件特許発明と同様というべきである。その開口の設け方については,本件公知文献にも「なお,内管部材の流路は同芯であることに限定されない」(4頁左上欄第4段落)と記載されているように,例えば,上記実開昭58-194299号のマイクロフィルムにおける膨出用パイプ17や2次凝結材用パイプ18と同様,各内管の各先端から吐出されるようにすることは,当業者が適宜採用し得る事項というべきである。
(7) 控訴人は,本件公知文献記載の発明においては,内管部材を外管内の軸方向に移動させてゾーンごとにステップアップしながら周辺地山へ固結用薬液を注入することから,速硬性の薬液を使用すると,ゾーンごとに注入し,次いでステップアップすることを繰り返す過程で,内管部材内で薬液が固結してしまうため,速硬性の薬液を使用することができないのに対し,本件特許発明は,長尺管内を隔壁で区切ることにより長尺管内を狭く区分し,その各空間に固結用薬液を,長尺管内に残置される吐出管から吐出させるため,従来,長尺管では使用できなかった速硬性の薬液の使用が可能となり,それによって作業時間の短縮等の顕著な作用効果を奏すると主張する。控訴人の上記主張は,本件公知文献記載の発明がソレタンシュ工法又はその改良工法であることを前提とした主張であるが,上記のとおり,本件公知文献にはソレタンシュ工法ではない引用発明の工法が開示されており,引用発明の工法においては,吐出管は吐出の過程で引き抜かれるものではなく長尺管内に残置されるものであり,吐出管から各空間内に固結用薬液を吐出させるという一工程により長尺管内及び長尺管外周の地山に固結領域を形成するものであること,長尺管内を隔壁で区切ることにより長尺管内を狭く区分し,その各空間に固結用薬液を,長尺管内に残置させる吐出管から吐出させるため,従来,長尺管では使用できなかった速硬性の薬液の使用が可能となり,それによって作業時間の短縮等,控訴人が本件特許発明の作用効果として主張するのと同様の効果を奏することができることは明らかである。したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(8) 以上のとおり,本件特許発明は,本件公知文献に開示されている引用発明及び公知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであって,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当するから,無効であることは明らかである。
2 結論 以上のとおり,本件特許に無効理由が存在することは明らかであり,本件特許権に基づく権利行使は権利濫用に当たり許されないから,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
よって,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴