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関連審決 無効2021-800024
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事件 審決取消請求事件
令和6年1月23日判決言渡 令和5年(行ケ)第10020号 審決取消請求事件(第1事件) 令和5年(行ケ)第10021号 審決取消請求事件(第2事件) 口頭弁論終結日 令和5年11月8日 5判決 当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2024/01/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2021−800024号事件について令和5年1月20日にした審決のうち、特許第510 967862号の請求項1及び2に係る部分を取り消す。
2 被告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1事件及び第2事件を通じて被告の負担とする。
15 事実及び理由第1 請求1 原告の請求(第1事件)主文1項と同旨2 被告の請求(第2事件)20 特許庁が無効2021−800024号事件について令和5年1月20日にした審決のうち、特許第5967862号の請求項3に係る部分を取り消す。
第2 事案の概要第1事件は、特許権者である原告が特許無効審判請求に対する審決のうち特許を無効とした部分の取消しを求める事案であり、第2事件は、特許無効審判請求の請25 求人である被告が同審決のうち審判請求は成り立たないとした部分の取消しを求める事案である。争点は、進歩性、サポート要件、明確性要件及び実施可能要件につ-1-いての各認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯等原告は、名称を「鋼管杭式桟橋」とする発明についての特許(特許第5967862号。請求項の数3。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
5 本件特許は、平成23年1月14日を出願日(以下「本件出願日」という。 とし、
)平成28年7月15日に設定登録がされた。出願時の願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面は、別紙2(本件特許に係る特許公報。甲22)に記載のとおりである(ただし、特許請求の範囲設定登録時のもの。以下、この明細書と図面を併せて「本件明細書」といい、この特許請求の範囲を単に「特許請求の範囲」と10 いう。また、以下、発明の詳細な説明の段落番号や図面番号を引用する際に【】の記号を用いる。。
)被告は、令和3年3月30日、本件特許につき、原告を被請求人として特許無効審判を請求した(甲24)。
特許庁は、これを無効2021−800024号として審理した上、令和5年115 月20日、「特許第5967862号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。特許第5967862号の請求項3に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月30日、原告及び被告にいずれも送達された。
原告は、令和5年2月27日、本件審決のうち請求項1及び2に係る発明につい20 ての特許を無効とした部分の取消しを求めて第1事件の訴えを提起し、被告は、同年3月1日、本件審決のうち請求項3に係る発明についての本件特許に対する審判請求は成り立たないとした部分の取消しを求めて第2事件の訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(以下、各請求項に係る発明を請求25 項の番号に応じて「本件発明1」などといい、本件発明1ないし3を併せて「本件各発明」という。。
)-2-【請求項1】海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋において、前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に5 生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし、
前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことを特徴とする鋼管杭式桟橋。
10 【請求項2】φp≧4.90×10−3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭式桟橋。
【請求項3】φp≧5.65×10−3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭15 式桟橋。
3 本件審決の理由の要旨等上記審判請求で主張された無効理由とこれらに対する本件審決の判断の理由の要旨は、別紙3(本件審決の要旨)のとおりである。
第3 原告主張の審決取消事由とこれに対する被告の反論20 1 取消事由(サポート要件についての判断の誤り)(1) サポート要件を満たしていること特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明とを対比すると、次のとおり、本件発明3のみならず、本件発明1及び2についても、当業者が本件各発明の課題を解決できると認識することは明らかである。
25 ア 本件各発明の課題本件各発明の課題は、港湾や河川に構築される鋼管杭式桟橋において、杭の全塑-3-性に関する要求性能を満足させる方法として、鋼管杭の板厚を上げる方法、鋼管杭の直径を大きくする方法により鋼管杭の剛性を上げ、鋼管杭式桟橋の変形量を小さくすることが考えられるが、いずれも使用鋼材重量が増加し、建設コストの増加につながるというものである。
5 イ 本件各発明の課題解決手段と明細書の記載本件各発明の課題解決手段は、「杭の局所的な変形能力を上げる」【0011】( )ことである。なお、本件明細書中、
「変形能力」と「変形性能」の語は、実質的意味において異ならない。この解決手段は、@「局所的」という要素と、A「変形性能を上げる」という要素からなる。
「変形性能」は、全塑性モーメントMpに対応する10 曲率φpで評価し、これを一定の値よりも大きくすることで目的を達成する。
「局所的」は、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分に着目し、当該部分に変形性能の大きい鋼管杭を使用することで目的を達成する。
本件明細書は、実施の形態1及び2により、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分において局所的に発生する曲率を考慮して変形性能の下限を設定するこ15 とを検討し、実施の形態3により、当該発生曲率が大きい部分以外の部分においては変形性能の低い鋼管杭を使用し得ることを検討しているところ、その結果は、
【図2】〜【図13】に要約されている。
ウ 当業者は課題を解決できると認識できること実施の形態1〜3、
【図2】〜【図13】に記載された具体的な計算結果を示され20 た当業者は、地中部における発生曲率の大きい部分に全塑性モーメントに対応する曲率が発生曲率を上回る鋼管杭を用いれば、杭全体の変形性能を上げなくても、地中部における発生曲率の大きい部分において発生曲率が全塑性モーメントに対応する曲率を超えることはないという効果が得られるとともに、杭の上端部では発生曲率が杭の全塑性モーメントに対応する曲率を上回るがその程度に変化はないことを25 理解する。これは、地中部で局所的に全塑性モーメントに対応する曲率が発生曲率を上回るという条件を満たしたことによる効果であるから、想定される地震動の大-4-きさが変わって、発生曲率が大きくなり、これに伴い全塑性モーメントに対応する曲率を大きくしたとしても、その曲率の数値の大きさを問わず、発生曲率の大きい部分のみに変形性能の大きい鋼管杭を使用すれば良いという結論は変わらず成り立つ。すなわち、実施の形態1及び2における曲率φpは、発生曲率の大きい部分の5 みに変形性能の大きい鋼管杭を使用することを示した実施の形態3においても有効である。よって、本件明細書の記載に接した当業者は、変形性能を当該曲率φp以上とする旨を発明特定事項として記載する本件発明1及び2についても、本件各発明の課題を解決できると認識するといえるから、サポート要件違反はないというべきである。
10 (2) 本件審決の誤り本件審決は、本件発明3についてサポート要件の充足を認めながらも、
実施の形態3は、実施の形態1及び2と異なる条件を設定した実施例であり、その「曲率φp」の条件を他の範囲のものとすることについて示唆も記載もなく、類推することが技術常識ともいえない。」とした。
15 しかし、鋼材のヤング率(フックの法則が成立する弾性範囲におけるひずみと応力の比例定数)が鋼材の降伏点強度の大小にかかわらずほぼ一定であることは技術常識である。このため、実施の形態2及び3のいずれにおいても、地中部における発生曲率が大きい部分の発生曲率はほぼ一致するし(【図11】につき5.36×10−3、【図12】につき5.37×10−3、【図13】につき5.35×10−3)、
20 同じ鋼管杭の上端部の発生曲率もほぼ一致する(【図8】につき2.33×10−3、
【図13】につき2.34×10−3)。
すなわち、技術常識を踏まえれば、当業者は、実施の形態2のうち変形性能を曲率φp≧5.65×10−3/Dとした【図12】の下半分及び何らの対策も取られていない鋼管杭を用いた【図8】の上半分とを併せて見ることにより、ほぼ、実施25 の形態3の結果を示す図面である【図13】における杭の上端部と地中部における発生曲率が大きい部分の各曲率を得ることができる。同様に、当業者は、実施の形-5-態2のうち変形性能を曲率φp≧4.90×10−3/Dとした【図11】の下半分及び何らの対策も取られていない鋼管杭を用いた【図8】の上半分を併せて見ることにより、ほぼ、
【図13】に対応するような各曲率を得ることができるし、実施の形態1の変形性能をφp≧4.39×10−3/Dとした【図7】の下半分及び何ら5 の対策も取られていない鋼管杭を用いた【図2】の上半分を併せて見ることにより、
ほぼ、【図13】に対応するような各曲率を得ることができる。
したがって、本件明細書の記載に接した当業者は、本件発明3のみならず本件発明1及び2についても、発明の課題を解決できると認識するというべきである。これに反し、本件発明1及び2につきサポート要件に違反すると判断した本件審決の10 判断は誤りである。
2 被告の反論(1) 本件発明1及び2の条件は記載されていないこと実施の形態3に対応する【0037】には、「実施の形態1、実施の形態2では、
鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭は、すべて同一の直径、板厚、変形性能のものを用15 いることを前提として検討してきた。これに対して実施の形態3では、曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用いた例を説明する。」とし、φp≧5.65×10−3/Dを満足する変形性能が高い鋼管杭を適用した事例 【図13】( )のみが記載されている。そして、【0037】には、実施の形態3のφpの条件を、
実施の形態1のφpの範囲(本件発明1の条件)や実施の形態2のφpの範囲(本20 件発明2の条件)とすることについては何ら記載されていない。また、そのことを示唆する記載も見当たらない。むしろ、仮に、実施の形態2のφpの範囲であっても「鋼管杭が地中部で全塑性モーメントに対応する曲率を越えない」という要求性【0037】には、より広い「φp≧4.90×10 −3/能を満足するのであれば、
D」が記載されると考えられるから、実際には、本件発明1や本件発明2のφpの25 条件では要求性能を満足することができない旨が示唆されているといえる。
(2) 原告の主張について-6-原告は、当業者は、実施の形態2に係る【図8】の上半分と【図11】の下半分を結合して【図13】に対応する図を得ることができ、実施の形態1に係る【図2】の上半分と【図7】の下半分を結合して【図13】に対応する図を得ることができるとして、実施の形態3に係るφpの条件を他の範囲のものとしても同様の効果が5 得られることを理解できる旨主張する。
しかし、実施の形態3のように、変形性能が異なる鋼管杭を組み合わせた場合には、変形性能を部分的に変えたことによる影響が生じると考えられるから、各部分を独立して考えることはできず、発生曲率は変化するというべきである。現に、
【図8】と【図13】での各中央の鋼管杭の発生曲率はそれぞれ3.37×10 −2、3.10 41×10−2、
【図12】と【図13】での地中部における発生曲率が大きい部分の発生曲率はそれぞれ5.37×10−3、5.35×10−3であるところ、このような数値の変化が生じる理由等は、本件明細書を見ても不明である。
原告は、上記のような数値の変化を「ほぼ一致する」などと主張するが、例えば、
【図7】での地中部における発生曲率が大きい部分の曲率(4.82×10 −3)が15 1.3%変化したならば、全塑性モーメントに対応する曲率(4.88×10 −3)を越えてしまうし、
【図11】での地中部における発生曲率が大きい部分の曲率(5.36×10−3)が1.5%変化したならば、やはり全塑性モーメントに対応する曲率(5.44×10−3)を越えてしまうのであって、上記にみたような数値の変化は、無視できるような誤差とはいえない。
20 したがって、当業者は、本件明細書の記載から、実施の形態3のφpの条件を他の範囲のものとしても同様の効果を得られると理解することはないから、原告の主張する取消事由には理由がない。
第4 被告主張の審決取消事由とこれに対する原告の反論1 取消事由1(進歩性についての判断の誤り)25 (1) 被告の主張ア 被告は、本件審決が認定した甲1発明、甲13発明及びこれらと本件各発明-7-との一致点、相違点(一致点1、2、相違点1A、2A、3A、1B、2B、3B)は争わない。しかし、本件審決が、相違点3A又は3Bに係る本件発明3の構成につき、当業者にとっても容易に想到し得たということはできないとした判断は、次のとおり、誤りである。
5 イ 本件審決は、被告が提出した証拠(甲2(特開2010−101159号公報)、甲3(特開2004−143500号公報)、甲4(特開2001−288512号公報)、甲5(「港湾の施設の技術上の基準・同解説(下巻)」社団法人日本港湾協会・平成19年7月発行)1103〜1105頁)、甲7〜13)により周知技術等を認定しながら、いずれの周知技術等からも、杭の局所的な変形性能を上げる10 ために、曲率が大きくなる部分にだけ変形性能が優れる鋼管杭を用いて、鋼管杭が地中部で存塑性モーメントに対応する曲率を越えないようにするという技術思想が導出されないとした。
しかし、本件審決にいう「曲率が大きくなる部分」とは要するに「大きな曲げモーメントがかかる部分」であり、
「変形性能が優れる鋼管杭」とは要するに「鋼材降15 伏強度の特定値が高い(高強度の)鋼管杭」であり、
「全塑性モーメントに対応する曲率φpを越えないようにする」とは要するに「鋼管杭が全塑性に達しないようにする」であると解される。しかるところ、甲7、8によると、
「杭の断面力(曲げモーメントを含む概念である。 は深さ方向に変化するため、
) 深さや発生断面力に応じ杭の材質・鋼種を変更することがある」との周知技術が認定できるところ、
「杭の材20 質・鋼種を変更する」とは典型的には降伏強度の異なる鋼管杭を用いることである。
これに加え、「強度の観点のみならず経済性の観点から鋼管杭の板厚及び鋼種をその設置位置や部位ごとに変更すること」は技術常識であるから、
「杭全体のうち、大きい曲げモーメントがかかる部分についてだけ高降伏強度の鋼管杭を用いること」もまた技術常識といえる。そして、杭に生じる曲げモーメントが大きい箇所におい25 て全塑性モーメントに達しないように設計することが望ましいことも技術常識であるから、鋼管杭の設計に際し、どのくらいの降伏強度の鋼管杭とするかは、周知技-8-術に基づき適宜設計されるものである。
したがって、相違点3A又は3Bに係る構成は、周知技術又は技術常識から導出し得るものであって、本件審決の前記判断は誤りである。
ウ 次に、本件審決は、曲率の条件式と変形性能の異なる鋼管杭の組合せを有す5 る具体的な構成を設計し得る合理的な動機もないとした。
しかし、本件発明3は「物」の発明であって設計方法の発明ではなく、仮に曲率の条件式を使って「設計する」点に進歩性が認められるとしても、当該方法で設計した「物」にまで進歩性を認めることは誤りである。また、鋼材降伏強度の特性値が高い(本件発明3の数値に即すると450N/mm 2)鋼管杭を選択することは、
10 曲率の条件式を用いなくとも、ある降伏強度の鋼管杭を用いて地震応答解析をした結果に応じて強度を順に上げていくなど、通常の設計により行われ得るのであって、
その場合に、高強度の鋼管杭を発生曲率の大きい部分に局所的に配置することも経済合理性の観点から当然あり得ることである。
したがって、設計し得る合理的な動機がないことを理由に物の発明進歩性を認15 めた本件審決には論理の飛躍があり、誤っている。
エ なお、被告は、本件審決のうち本件特許の請求項3に係る部分の取消しを求めているので、本件発明3についての進歩性判断の誤りを主張するものであるが、
同様のことは、本件発明1及び2についても妥当する。
(2) 原告の反論20 ア 本件発明3による課題解決手段は、@鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧5.65×10−3/Dという関係を満足する鋼管杭としたこと、A地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことの2つの要素からなるものであり、その進歩性を判断するに際しては、これら2つの要素を組み合25 わせることが容易であったか否かによって判断すべきである。
イ 被告は、「強度の観点のみならず経済性の観点から鋼管杭の板厚又は鋼種をそ-9-の設置位置や部位ごとに変更すること」が技術常識であるとするが、従来技術において、鋼管杭の規格としてJISに規定され、技術上の基準として採用されていたのはSKK400とSKK490の2種類のみであり(甲16) 被告がいう技術常、
識は、単に、強度と経済性の観点からこれらの使い分けがされていたことを示すに5 とどまる。また、被告は、
「杭全体のうち、大きい曲げモーメントがかかる部分についてだけ高降伏強度の鋼管杭を用いること」も技術常識であるとするが、本件各発明を知った上での創作である。設計の際、地中部で杭に生じる曲げモーメントが大きくなる箇所の存在が判明することはあり得るが、その部分だけ板厚を変え又は強度を上げるような設計をした鋼管杭式桟橋は存在していなかった。したがって、被10 告の主張する技術常識等を検討しても、上記@の構成を採用することの動機とはならないし、ましてや上記Aの構成を採用する動機もない。
ウ 被告は、本件審決が「…設計し」とした点をとらえて、物の発明方法の発明とを混同しているなどと主張するが、本件審決の論理には何らの誤りもない。また、被告は、鋼材降伏強度の特性値が高い鋼管杭を選択することは、曲率の条件式15 を用いなくとも、ある降伏強度の鋼管杭を用いて地震応答解析をした結果に応じて強度を順に上げていくなど、通常の設計により行われ得ると主張するが、上記イのとおり、本件出願日当時、高強度杭として認識されていたSKK490よりも更に高強度の鋼管杭を用いて鋼管杭式桟橋を設計するといった技術常識は存在しなかったのであって、被告の主張は結論の先取りである。
20 2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)(1) 被告の主張本件審決は、本件発明3が本件明細書に記載されたものである旨判断したが、この判断は誤りである。
本件明細書には、特定の条件下(鋼管杭列の数、水深、地盤構造、鋼管杭の板厚、
25 直径)での地震応答解析(シミュレーション)で確かめられたことが記載されているにとどまり、別の条件下においても曲率φpの数値範囲(本件発明3に即してい- 10 -えば、曲率φp≧5.65×10−3/D。なお曲率φpの計算自体は、技術常識であるところのMp/EIから導出されるにすぎないものであるし、具体的な数値の導出過程の技術的説明もない。)とすることで課題が解決できると理解することができない。
5 また、本件明細書に記載されているのは、
実施の形態3」と題する【図13】の実施例のみであり、これは「−15m〜−23.3mの8.3m分を、全塑性モーメントに対する曲率が6.28×10−3の鋼管杭(φp≧5.65×10−3/Dを満足する変形性能が高い鋼管杭)を適用した」ものであるが、変形性能が優れる鋼管杭を用いた箇所の上側及び下側に変形性能が劣る鋼管杭が用いられている。これ10 と異なり、鋼管杭の地中部における上杭部分全体に変形性能が優れる鋼管杭が用いられている場合や、鋼管杭の地中部における下杭部分全体に変形性能が優れる鋼管杭が用いられている場合については、明細書において具体的な地震応答解析の結果が示されていないから、同様に課題が解決できるのかどうかは不明である。また、
【図13】では、地上部に変形性能が優れる鋼管杭を用いない場合の地震応答解析15 結果しか示されていないところ、地上部は変形性能が優れた鋼管杭にした場合であっても同様に課題が解決できるのかは不明である。本件発明3の請求項(請求項3)は、これらのような課題を解決できるか不明である場合をも含む範囲となっているから、本件明細書によりサポートされていない発明を含んでいることとなり、サポート要件に違反しているというべきである。
20 したがって、本件審決の上記判断は誤りである。
(2) 原告の反論本件発明3のみならず本件発明1及び2もサポート要件を満たすことは、上記第3の1で述べたとおりである。本件審決は、実施の形態3が開示されていることをもって、本件発明3が本件明細書に記載されたものであると結論付けているが、上25 記第3の1で述べたとおり、本件各発明が本件明細書に記載されたものであるとすべき理由は、実施の形態3のみならず、実施の形態1及び2を含めた本件明細書の- 11 -記載全体である。
被告は、あらゆる場合について具体的な地震応答解析の結果を示さなければサポート要件を充足しないかのような主張をするが、当業者の技術常識に反する主張である。地震応答解析の手法は当事者に周知であるから、桟橋の場所の地質条件と、
5 レベル2地震動の最大加速度が与えられれば、当業者は、具体的に鋼管杭式桟橋を設計等するに際して、本件各発明の曲率φpの数値範囲内で具体的に採用すべき数値を容易に判断できるというべきである。
3 取消事由3(明確性要件についての判断の誤り)(1) 被告の主張10 本件審決は、請求項1の「鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」は、
変形性能が優れる鋼管杭を用いる前に耐震強化施設のレベル2地震に対する性能規定に基づき求められた鋼管杭の地中部における「曲率が相対的に大きな領域」を表し、「前記鋼管杭の地中部の他の部分」は、鋼管杭の地中部において前記領域以外、
すなわち、前記領域の上下に位置する部分と理解することができるとして、本件各15 発明につき不明確な点は見いだせないとした。
しかし、一定の長さのある鋼管杭は、その領域ごとに発生曲率が異なるところ、
「曲率が相対的に大きい」などという基準では、これにより特定される具体的な領域が判断者により、また前提条件により異なり得る。したがって、本件各発明の「鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」「前記鋼管杭の地中部の他の部分」、
20 (いずれも請求項1を引用する部分)が表す内容は不明確というべきであって、本件審決の上記判断は誤りである。
(2) 原告の反論本件明細書では、「初期断面」を明確に定義した上で(【0021】、地震応答解)析の結果、鋼管杭で全塑性モーメントに対応する曲率φpを越える曲率が発生した25 地点を○印で示す旨が記載され(【0023】、
)【図2】〜【図13】にも○印が付されている。したがって、
「発生曲率が大きい部分」とは、初期断面の地震応答解析- 12 -の結果として算出された発生曲率が、初期断面の全塑性モーメントに対応する曲率を上回る部分を意味することが明らかである。また、各鋼管杭は所定の長さを有し、
各杭はこれらを連結して製造されることが当業者に自明であるところ、「発生曲率が大きい部分を…という関係を満足する」とは、発生曲率が大きい部分を余すとこ5 ろなくカバーすることを示し、
「他の部分」は、単に、必要な限度を超えてφpの大きい鋼管杭を使用しない程度の意味であることが当業者に自明というべきである。
よって、本件各発明が不明確であるというべき理由はない。
4 取消事由4(実施可能要件についての判断の誤り)(1) 被告の主張10 本件審決は、本件各発明は、
【0011】の記載から、鋼管杭の変形性能の指標として「φp=2εp/D」とすることを前提として導出されたと読み取れるから、軸力の存在を前提としない本件各発明を実施するに当たり、軸力の存在を必ずしも考慮したものとする必然性は見いだせず、実施可能でないというべき理由はないとした。
15 「曲率の算定式はφp=4.39×10−3/D=4.しかし、本件明細書のうち、
39×10−3/0.9=4.88×10−3である。この変形性能を発揮させるためには、鋼材降伏強度の特性値を315N/mm2よりも1割程度高い350N/mm2を保証できる鋼管杭を用いることで可能となる。 【0030】、
」( )「SKK490よりも変形性能が高い鋼管杭を用いることで鋼管杭の直径、板厚を減らすことがで20 きる。(」【0032】)との各記載は、軸力がない場合に正しいといえるが、軸力が発生している場合には必ずしも正しいとはいえない。したがって、本件発明3は、
当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないというべきであって、本件審決の上記判断は誤りである。
(2) 原告の反論25 本件明細書は、杭の全塑性の照査の指標を軸力と関係なく定義しているが 【00(07】、本件各発明の課題やその解決手段に照らせば、軸力がない場合のみを想定)- 13 -する理由はない。そして、被告自身が無効審判において提出した甲7に記載された式(2―20頁の(2.26))により、軸力がない場合の鋼管杭の全塑性モーメントから軸力がある場合の全塑性モーメントを求めることができ、これは当業者にとって技術常識である。したがって、本件明細書に軸力に関する記載がないとしても、
5 本件各発明が実施できないとすべき理由にはならない。
第5 当裁判所の判断1 本件各発明の概要本件明細書の記載は別紙1のとおりであり、これらの記載によると、本件各発明の概要は、次のとおりと認められる。
10 (1) 本件各発明の課題港湾や河川に構築される鋼管杭式桟橋は、鋼管杭を海中に複数本打設し、複数の鋼管杭の杭頭部を鉄筋コンクリート製の上部工で一体化することにより構築される。その設計に際しては、多くの場合、地震力で鋼管杭式桟橋の断面(鋼管杭径、
板厚、配置等)が決定される。港湾の施設の技術上の基準・同解説(以下「港湾基15 準」という。)では、地震力は、レベル1地震動及びレベル2地震動に対して設計することとなっており、特に耐震強化施設にあっては、レベル2地震動に対する照査を要し、有限要素法による地震応答解析により検討するのが一般的である。耐震強化施設(特定(緊急物資輸送対応) に該当する鋼管杭式桟橋では、
) 港湾基準により、
「当該桟橋を構成する杭の中に、二箇所以上で全塑性に達している杭が存在しない20 こと」(以下「杭の全塑性の要求性能」ということがある。)を満足する必要がある。
ここで、全塑性に達している杭とは、杭に生じる曲げモーメントが全塑性モーメントに達している杭をいう。【0001】〜【0007】( )ところで、レベル2地震動が大きな地点では、岸壁法線の変形等の要求性能を満足できても、杭の全塑性の要求性能を満足できない場合がある。このような場合、
25 鋼管杭の板厚を厚くし、又は鋼管杭の径を大きくすることが考えられるが、全塑性モーメントに対応する曲率への影響は軽微あるいは逆効果であり、仮にこれらによ- 14 -り杭の全塑性の要求性能を満足できるとしても、使用鋼材の重量が増加するため、
建設コストの増加につながるという課題がある。【0008】〜【0010】( )(2) 本件各発明の課題解決手段本件各発明は、上記課題について、鋼管杭の局所的な変形性能(本件明細書や本5 件審決には、
「変形能力」との語が使用されていることもあるが、その意義は実質的に異なるところはないと認められるから、本判決においては、原則として「変形性能」の語を用いる。)を上げることにより解決を図るものであり、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭列の一部であり、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の「地中部における発生曲率が大きい部分」の変形性能を高め、他方で、鋼管杭の「地中10 部の他の部分」は前記部分よりも変形性能が低いものとした。【0015】 【00( 、
37】)なお、本件明細書では、鋼管杭の変形性能の指標として、全塑性モーメント(Mp)に対応する曲率φp(単位は1/m)を用いる(以下、
「全塑性モーメントに対応する曲率」を単に「曲率φp」という。。これはMpを曲げ剛性EI(Eは杭の)15 鋼材のヤング率、Iは杭の断面2次モーメント)で除して算定できる(φp=Mp/EI)。また、φp=2εp/Dであるところ(εpは杭が全塑性状態に達した場合の鋼管杭の外縁の最大ひずみ、Dは鋼管杭の直径) 一般的な鋼管杭であるSKK、
490の曲率φpは(3.94〜3.98)×10−3/D程度である。
(【0007】、
【0011】)20 2 被告主張の取消事由1(進歩性についての判断の誤り)について(1) 被告の主張の要旨被告は、本件発明3が甲1発明又は甲13発明及び周知技術(甲2〜5、7〜13)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断(別紙2の第1)につき、相違点に係る容易想到性の判断に誤りがある旨25 主張する。
(2) 認定事実- 15 -ア 甲1発明、甲13発明本件出願日前に日本国内において頒布された刊行物である甲1及び13によると、本件審決が認定したとおりの甲1発明及び甲13発明を認定することができ(別紙2の第1の1参照)、また、これらの発明と本件各発明とを対比すると、本件審決5 が認定したとおりの一致点及び相違点(一致点1、2、相違点1A、2A、3A、
1B、2B、3B。別紙2の第1の2、3参照)が認められる(この点については当事者間にも争いがない。。
)イ 周知技術等本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲2〜4によると、「鋼管杭10 に高強度鋼管を採用すること」は、本件出願日当時の周知技術であったと認められる。
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲7には、「直杭式横桟橋の性能照査においては、杭に発生する応力(船舶の作用、レベル1地震動、載荷重:変動状態、レベル2地震動:偶発状態)、杭の支持力(船舶の作用、レベル1地震動、
15 載荷重、波浪の作用:変動状態、レベル2地震動:偶発状態)、変形量(レベル2地震動:偶発状態)を適切に設定して検討し、杭の断面力は、深さ方向に変化し、地中部の深いところでは小さくなるのが一般的であるため、経済性の観点から鋼管杭の板厚又は鋼種を変更することがあること」との技術(以下「技術@」という。)及び「鋼管杭に生じる軸力及び曲げモーメントに応じて杭の曲げ剛性を低下させて解20 析を行うこと」との技術(以下「技術A」という。)がそれぞれ記載されていると認められる。
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲8には、
「杭の材質には、一般にSKK490あるいはSKK400が使用されるところ、応力で決定される構造物では耐力の大きなSKK490が経済的となる場合が多いが、変位量の制約を25 受ける場合には、断面二次モーメントの大きな部材を使用することにより、許容応力度に対して発生応力度の余裕を残すことが多いため、SKK400が経済的であ- 16 -ること、及び、杭の断面力は、深さ方向に変化し、地中部の深いところで小さくなるため、経済性の観点からは鋼管杭の板厚及び材質を地中部の発生断面力に応じて変更することが望ましいこと」との技術(以下「技術B」という。)が記載されていると認められる。
5 本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲11には、「設計外力の大きくなる場合が多い杭の材質の分布は、計画水深−10m未満の岸壁では、STK400の鋼管杭を使用している事例がほとんどであるが、計画水深−10m以上の岸壁では設計外力が大きくなるためか、STK400の鋼管杭を使用している割合は38%に減少し、強度の大きいSTK490の鋼管杭を使用している割合が610 2%と大きなシェアを占めるようになること」との技術(以下「技術C」という。)が記載されていると認められる。
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲12には、「海側よりも陸側の杭の板厚を大きくすること、及び、陸側の地中部において下杭よりも上杭の板厚を大きくすること」との技術(以下「技術D」という。)が記載されていると認め15 られる。
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である乙3(「わが国における鋼管杭設計・施工技術の発展と今後の課題」土木学会論文集66巻3号、平成22年7月)には、
「鋼管杭の部材として、現状ではSKK400(基準降伏点235N/mm2)及びSKK490(基準降伏点315N/mm2)が一般に用いられているが、
20 杭部材の高強度化が期待されており、最近になって基準降伏点が400N/mm2クラスの鋼管杭が、高支持力杭が普及し始めている建築分野にて商品化されていること」との技術(以下「技術E」という。)が記載されていると認められる。
(3) 相違点3Aに係る容易想到性についての検討前記1に認定した本件各発明の概要によると、本件発明3の相違点3Aに係る構25 成は、杭の全塑性の要求性能を満足させようとする際に試みる板厚又は径の増加に伴う建設コストの増加との課題に対し、鋼管杭の局所的な変形性能を上げることに- 17 -より解決を図るべく、変形性能の指標として曲率φpを用い、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分にのみ変形性能の高い鋼管杭を用いて、当該鋼管杭が地中部において曲率φpを越えないようにしたものである。
5 ここで、前記(2)のとおり、甲1発明が属する鋼管杭式桟橋においては、鋼管杭に高強度鋼管を採用することは周知技術であって、また、本件出願日当時、技術@(直杭式横桟橋の性能照査では、杭に発生する応力、杭の支持力、変形量を適切に設定して検討すること、杭の断面力は深さ方向に変化し、地中部の深いところでは小さくなるのが一般的であるため、経済性の観点から鋼管杭の板厚又は鋼種を変更する10 ことがあること) 技術A、 (鋼管杭に生じる軸力及び曲げモーメントに応じて杭の曲げ剛性を低下させて解析を行うこと)、技術B(杭の断面力は、深さ方向に変化し、
地中部の深いところで小さくなるため、経済性の観点からは鋼管杭の板厚及び材質を地中部の発生断面力に応じて変更することが望ましいこと) 技術C、 (計画水深が深い岸壁では、強度の大きいSTK490の鋼管杭を用いている例が多くなるこ15 と)、技術D(陸側の地中部において下杭よりも上杭の板厚を大きくすること)及び技術E(鋼管杭の部材として、一般に用いられているSKK400及びSKK490よりも基準降伏点の高い鋼管杭が、高支持力杭が普及し始めている建築分野にて商品化されていること)等の技術が公知であったことが認められるが、いずれの技術によっても、杭の全塑性の要求性能を満足させつつ建設コストの増加を回避する20 ため、甲1発明の「鋼管杭」を、変形性能の指標として曲率φpを用いた上で、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に変形性能の高い鋼管杭を用いて、当該部分での発生曲率が曲率φpを越えないようにすることは導出できないといわざるを得ないし、このような構成を得ることが甲1発明及び上記周知技術又は各公知技術に接した当業者が通常行25 うべき試行錯誤の範囲内のものということもできない。
したがって、当業者であっても、甲1発明の「鋼管杭」につき、相違点3Aに係- 18 -る構成にすることが容易想到であったということはできず、本件発明3は、甲1発明並びに上記周知技術及び各公知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものということはできない。
(4) 相違点3Bに係る容易想到性についての検討5 本件発明3の相違点3Bに係る構成は、前記(3)のとおり、杭の全塑性の要求性能を満足させようとする際に試みる板厚又は径の増加に伴う建設コストの増加との課題に対し、鋼管杭の局所的な変形性能を上げることにより解決を図るべく、変形性能の指標として曲率φpを用い、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分にのみ変形性能の高い鋼管杭を用いて、当該鋼管杭が地中部において全塑性モーメン10 トに対応する曲率を越えないようにしたものである。
甲13発明の「鋼管杭」は、少なくとも陸側の鋼管杭の地中部は、φ1300mm×16tのSKK490からなる上杭の下方にφ1300mm×13tのSKK400からなる下杭で構成されており、技術B及びCによると、上杭部分の強度は下杭部分よりも大きいといえる。しかし、前記(3)と同様に、前記周知技術及び公知15 技術(技術@〜E)によっても、杭の全塑性の要求性能を満足させつつ建設コストの増加を回避するため、上杭と下杭とからなる甲13発明の「鋼管杭」を、変形性能の指標として曲率φpを用いた上で、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に変形性能の高い鋼管杭を用いて、当該部分での発生曲率が曲率φpを越えないようにすることは導出でき20 ないといわざるを得ないし、このような構成を得ることが甲13発明及び上記周知技術又は各公知技術に接した当業者が通常行うべき試行錯誤の範囲内のものということもできない。
したがって、当業者であっても、甲13発明の「鋼管杭」につき、相違点3Bに係る構成にすることが容易想到であったということはできず、本件発明3は、甲125 3発明並びに上記周知技術及び各公知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものということはできない。
- 19 -(5) 被告の主張についてア 被告は、「杭の断面力(曲げモーメントを含む概念である。)は深さ方向に変化するため、深さや発生断面力に応じ杭の材質・鋼種を変更することがある」との周知技術が認定でき(技術@、B参照)、これは典型的には降伏強度の異なる鋼管杭5 を用いることである上、「強度の観点のみならず経済性の観点から鋼管杭の板厚及び鋼種をその設置位置や部位ごとに変更すること」「杭全体のうち、大きい曲げモ、
ーメントがかかる部分についてだけ高降伏強度の鋼管杭を用いること」 「杭に生じ、
る曲げモーメントが大きい箇所において全塑性モーメントに達しないように設計することが望ましいこと」がいずれも技術常識であり、鋼管杭の設計に際しどのくら10 いの降伏強度の鋼管杭とするかは周知技術に基づき適宜設計されるものだから、相違点3A又は3Bに係る構成は、周知技術又は技術常識から導出し得る旨主張する。
しかし、本件審決が説示するとおり、被告は、
「強度の観点のみならず経済性の観点から鋼管杭の板厚及び鋼種をその設置位置や部位ごとに変更すること」や「杭全体のうち、大きい曲げモーメントがかかる部分についてだけ高降伏強度の鋼管杭を15 用いること」が技術常識であることをいかなる証拠の記載から認定できるかを具体的に指摘していない上、仮に、これらが技術常識であるとしても、これらを組み合わせる動機付けや、組み合わせた結果からどのようにして相違点3A又は3Bに係る構成が導出されるかにつき、技術的視点に基づいた具体的な主張をしていない。
そして、前記のとおり、周知技術及び公知技術(技術@〜E)によっても、甲1発20 明の「鋼管杭」又は甲13発明の「鋼管杭」を、相違点3A又は3Bに係る構成にすることは導出できず、そのような構成を得ることが、当業者が通常行うべき試行錯誤の範囲内ということもできない。
したがって、被告の上記主張は採用することができない。
イ 被告は、本件審決が「曲率の条件式と変形能力の異なる鋼管杭の組合せを有25 する具体的な構成を設計し得る合理的な動機もない」とした点につき、本件発明3は「物」の発明であって設計方法の発明ではなく、仮に曲率の条件式を使って「設- 20 -計する」点に進歩性が認められるとしても、当該方法で設計した「物」にまで進歩性を認めることは誤りであるとか、鋼材降伏強度の特性値が高い(本件発明3の数値に即すると450N/mm2)鋼管杭を選択することは、曲率の条件式を用いなくとも、ある降伏強度の鋼管杭を用いて地震応答解析をした結果に応じて強度を順に5 上げていく等の通常の設計により行われ得ることであり、その場合に、高強度の鋼管杭を発生曲率の大きい部分に局所的に配置することも、経済合理性の観点から当然あり得ることであるなどとして、物の発明進歩性を認めた点に誤りがある旨主張する。
しかし、本件審決が「具体的な構成を設計し得る合理的な動機もなく」というの10 は、相違点に係る構成を想起し得る動機付けがなく、結論として当該構成につき容易に想到できない旨を述べているにすぎず、
「設計」という語を用いているからといって、設計方法に進歩性を認めているものでないことは、本件審決の論理から明らかである。また、曲率の条件式を用いずに、地震応答解析の結果を踏まえて鋼管杭の強度を順に上げていくことが通常の設計により行われ得るとしても、これを越え15 て、発生曲率の大きい部分にのみ、局所的に高強度の鋼管杭を配置するまでに当然に至るとはいえず、少なくとも相違点3A又は3Bに係る構成を容易に想到できたということは困難というほかない。
したがって、被告の上記主張はいずれも採用することができない。そのほか、被告が主張するところをもっても、上記結論は左右されない。
20 (6) 小括以上によれば、本件発明3は、甲1発明又は甲13発明、周知技術等に基づき当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない。
また、被告は、本件発明3についての進歩性判断の誤りと同様のことが本件発明25 1及び2についても妥当すると主張するが、本件発明3についての上記判断に照らすと、本件発明1及び2についても、甲1発明又は甲13発明、周知技術等に基づ- 21 -き当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない。
したがって、本件審決に誤りはなく、被告の主張する取消事由1には理由がない。
3 原告主張の取消事由(サポート要件についての判断の誤り)及び被告主張の5 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について(1) 当事者主張の取消事由についてア 被告の主張の要旨被告は、本件発明3は本件明細書に記載されたものであるとした本件審決の判断(別紙2の第2)につき、本件明細書には、特定の条件下(鋼管杭列の数、水深、
10 地盤構造、鋼管杭の板厚、直径)での地震応答解析(シミュレーション)で確かめられたことが記載されるにとどまり、別の条件下においても曲率φpの数値範囲(本件発明3ではφp≧5.65×10−3/D)とすることで課題が解決できるとは理解できないこと、請求項3は、実施の形態3(鋼管杭の地中部の中間部分にのみ変形性能が優れている鋼管杭が用いられている形態)とは異なる場合(地中部におけ15 る上部分全体、又は下部分全体の変形性能が優れている場合や、地上部全長の変形性能も優れている場合等)を含む記載となっており、これらの場合でも課題が解決できるとは理解できないことなどを主張して、本件発明3は本件明細書に記載されたものではなく、本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
イ 原告の主張の要旨20 原告は、本件明細書には、地中部における発生曲率が大きい部分の曲率の条件を「φp≧5.65×10−3/Dを満足」するものとし、かつ地中部の他の部分は変形性能を低いものとした実施例として、実施の形態3のみが記載されているにとどまり、曲率の条件を他のものとすることについて記載も示唆もないから、本件発明1及び2の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化でき25 ないとした本件審決の判断(別紙2の第2)につき、実施の形態1〜3と【図2】〜【図13】に開示された具体的な計算結果を示された当業者は、地中部における- 22 -発生曲率が大きい部分に変形性能の高い鋼管杭を用いれば、杭全体の変形性能を上げなくても、当該発生曲率が大きい部分において曲率φpを上回ることはないこと、
杭の上端部での曲率に変化はないことを理解し、実施の形態1及び2の結果を示した図面を組み合わせることにより、実施の形態3の結果を示した【図13】にほぼ5 対応する各曲率を得ることができるから、本件発明1及び2の曲率の条件であっても、発明の課題を解決できることを認識できるとして、本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
(2) 検討ア はじめに10 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照ら15 し当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
イ 特許請求の範囲の記載本件各発明の特許請求の範囲は前記第2の2のとおりであるが、次に再掲する(以下、各請求項に記載された「4.39×10 −3/D」「4.90×10−3/D」、 、
20 「5.65×10−3/D」の各値を順に「φp1」「φp2」「φp3」というこ、 、
とがある。。
)【請求項1】海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋25 において、前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における- 23 -発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし、
前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことを特徴とする鋼管杭式桟橋。
5 【請求項2】φp≧4.90×10−3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭式桟橋。
【請求項3】φp≧5.65×10−3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭10 式桟橋。
ウ 本件各発明の課題及びその解決手段本件各発明の課題及びその解決手段は、前記1(1)及び(2)のとおり、鋼管杭式桟橋において、杭の全塑性の要求性能を満足させようとする際に試みる板厚又は径の増加に伴う建設コストの増加との課題に対し、鋼管杭の局所的な変形性能を上げる15 ことにより解決を図るべく、変形性能の指標として曲率φpを用い、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に変形性能の高い鋼管杭を用いて、当該部分の発生曲率が曲率φpを越えないようにしたものである。
実施の形態について20 (ア) 実施の形態1実施の形態1においては、当初、鋼管杭としてSKK490材(直径900mm、
板厚14mm、曲率φp=3.95×10−3/D)を用いた鋼管杭式桟橋(以下、
この鋼管杭の断面を「初期断面」という。)に対し、所定の地盤定数を用いて、レベル2地震動に対する地震応答解析を行ったところ、地中部で局所的に鋼管杭の変形25 性能が不足し、杭の全塑性の要求性能を満足しなかった。その結果は次の【図2】のとおりである。なお、図上部の左向き矢印上の数値は残留水平変位を指し、○印- 24 -が付されている箇所は、発生曲率φが曲率φpを上回った箇所、すなわち全塑性に達した箇所を示している。【0021】〜【0023】【図1】【図2】( 、 、 )そこで、鋼管杭の変形性能を向上させた鋼管杭(具体的には、曲率φpをφp1、
すなわち4.39×10−3/Dとしたもの。直径Dが0.9mであるから4.885 ×10−3となる。)を用いて同様の地震応答解析を行ったところ、地中部で曲率φpを越える曲率は発生せず(地中部の発生曲率は4.82×10−3) 杭の全塑性の、
要求性能を満足することができた。その結果は次の【図7】のとおりである。【0(030】【0031】【図7】、 、 )10 (イ) 実施の形態2実施の形態2では、初期断面に対し、レベル2地震動の最大加速度を7.5%大きくして地震応答解析を行ったところ、地中部で局所的に鋼管杭の変形性能が不足し、杭の全塑性の要求性能を満足しなかった。その結果は次の【図8】のとおりである。【0033】【図8】( 、 )15 そこで、鋼管杭の変形性能を向上させた鋼管杭(具体的には、曲率φpをφp2、
すなわち4.90×10−3/Dとしたもの。直径Dが0.9mであるから5.44×10−3となる。)を用いて同様の地震応答解析を行ったところ、地中部で曲率φpを越える曲率は発生せず(地中部の発生曲率は5.36×10−3) 杭の全塑性の、
要求性能をほぼ満足することができた。その結果は次の【図11】のとおりである。
20 (【0035】【図11】、 )- 25 -また、鋼管杭の変形性能を更に向上させた鋼管杭(具体的には、曲率φpをφp3、すなわち5.65×10−3/Dとしたもの。直径Dが0.9mであるから6.28×10−3となる。)を用いて同様の地震応答解析を行ったところ、地中部で曲率φpを越える曲率は発生せず、杭の全塑性の要求性能を完全に満足することがで5 きた。その結果は次の【図12】のとおりである。【0036】【図12】( 、 )(ウ) 実施の形態3実施の形態1及び2では、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭は、全て同一の直径、
10 板厚、変形性能のものを用いることを前提として検討してきたが、実施の形態3では、発生曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用いた。すなわち、実施の形態2における初期断面(【図8】)のうち、地中部における発生曲率が大きい部分に変形性能が優れる鋼管杭(具体的には、曲率φpをφp3、すなわち5.65×10−3/Dとしたもの。直径Dが0.9mであるから6.28×10−3- 26 -となる。 を用いて同様の地震応答解析を行ったところ、
) 残留水平変位は初期断面と変わらないものの、地中部で曲率φpを越える曲率は発生せず、杭の全塑性の要求性能を満足することができた。その結果は次の【図13】のとおりである。【00(37】【図8】【図13】、 、 )5オ 技術常識等本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲23(青木徹彦「構造力学」(コロナ社、昭和61年))によると、一般的な構造材料において、塑性域に達するまでの弾性範囲内においては、一軸方向の応力とひずみとの間には比例関係が成り10 立ち(フックの法則)、その比例定数をヤング係数と呼ぶこと、構造物に一般的に用いられる構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値(2.1×106kgf/cm2。なお、同数値は本件明細書の【0003】【0011】にあ、
るSKK490材のヤング率として記載されている10 8kPaに近似している。)であることが認められ、このことは、当業者にとって技術常識であったと認められ15 る。
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲7によると、鋼管杭を用いた直杭式桟橋の性能照査に際し、弾塑性法による解析は、鋼管杭に生じる軸力及び曲げモーメントに応じて杭の曲げ剛性を低下させて解析を行うところ、鋼管杭の曲げモーメントと曲率の関係は、次の図−2.14に示すような全塑性モーメントを20 上限値とするトリリニアモデルを用いるが、一般的な諸元の桟橋では、トリリニア- 27 -モデルに代えて、より計算が簡単なバイリニアモデルを用いても計算結果に差があまり見られないので、バイリニアモデルを用いてもよいとされていることが認められ、このことは、当業者にとって技術常識であったと認められる。なお、本件明細書は、【0007】にて、「曲率φpは全塑性モーメントMpを曲げ剛性EI(Eは5 杭の鋼材のヤング率、Iは杭の断面2次モーメント)で割ることで算定できる。」と記載しているから、地震応答解析に際し、バイリニアモデルを前提としていることが読み取れる。
カ 課題を解決できると認識できるか10 本件各発明は、いずれも、形式的には本件明細書の【0012】〜【0015】に記載されているといえるところ、本件明細書の発明の詳細な説明の記載、示唆及び本件出願日当時の技術常識に照らし、当業者において、本件各発明の構成を採用することにより本件各発明の課題を解決できると認識できるかを順に検討する。
(ア) 本件発明3について15 本件発明3は、鋼管杭式桟橋において、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能につき、「曲率φp≧φp3」という関係を満足するものとし、地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能を低いものとしたものであるところ、実施の形態3に関する上記本件明細書の記載【0037】【図8】【図13】には、初期断面に対する地震応答解、 、
20 析の結果として局所的に鋼管杭の変形性能が不足していた部分付近のみの変形性能- 28 -を「曲率φp=φp3」として、それ以外の部分を初期断面と同様の変形性能とした場合に、杭の全塑性の要求性能を満足したことが示されている。この場合において、曲率φpをφp3より大きいものとした場合 「曲率φp>φp3」( とした場合)にも杭の全塑性の要求性能を満足することは自明であるし、地中部の他の部分の鋼5 管杭の変形性能を低くすることにより、建設コストの増加との課題を解決することができることも明らかである。
したがって、本件発明3は、本件明細書の記載及び技術常識に照らし、当業者において、その構成を採用することにより、発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
10 (イ) 本件発明1及び2について本件発明1及び2、すなわち、鋼管杭式桟橋において、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能につき、
「曲率φp≧φp1」(本件発明1)又は「曲率φp≧φp2」(本件発明2)という関係を満足するものとし、地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能15 を低いものとしたものについて、本件明細書には、これをそのまま実施した実施例は記載されていない。
もっとも、本件明細書は、バイリニアモデルを前提とした地震応答解析により、
杭の全塑性の要求性能を満足させられるかを照査しているところ、バイリニアモデルでは、塑性域に達するまでの弾性範囲内では、応力とひずみとの間にはヤング係20 数を定数とする比例関係が成り立ち(フックの法則) 構造物に一般的に用いられる、
構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、
実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同25 じ結果が得られるであろうことが理解できる。このことは、本件明細書に記載された初期断面(【図8】)において、鋼管杭の地上部への発生曲率が海側から順に「4.- 29 -37×10−2」「3.37×10−2」「2.33×10−2」であるのに対し、実施の形態3(【図13】)における変形性能を高めていない鋼管杭の地上部への発生曲率が海側から順に「4.38×10−2」「3.41×10−2」「2.34×10−2」とほぼ一致していることや、逆に、実施の形態2及び3において、変形性能を高めた5 ために弾性範囲内であった地中部の鋼管杭への発生曲率が「5.36×10 −3」(【図)「5.37×10−3」【図12】11】、 ( )及び「5.35×10−3」【図13】( )とほぼ一致していることからも裏付けられる。
そうすると、本件明細書の実施の形態2及び3に関する上記記載に接した当業者は、上記技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形10 性能を「曲率φp≧φp2」という関係を満足するものとしても、杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、地中部の他の部分の鋼管杭の変形性能を低くすることにより、
建設コストの増加との課題を解決することができることを認識できるというべきである。
また、実施の形態1についても、実施の形態2とはレベル2地震動の最大加速度15 の条件が異なっているにすぎず、開示されている技術的思想において実施の形態2と異なるところはないから、本件明細書の記載に接した当業者は、技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp1」という関係を満足するものとした場合であっても、発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
20 (3) 被告の主張についてア 被告は、【0037】には、実施の形態3のうち曲率φpの条件をφp1やφp2とすることについては何ら記載されていないとか、同記載に照らせば実際にはφp1やφp2では要求性能を満足できない旨が示唆されている旨主張するが、前記のとおり、本件明細書のうち実施の形態に関する記載(とりわけ各図面に記載さ25 れた発生曲率の数値)に接した当業者は、技術常識に照らして、曲率φpの条件をφp1以上やφp2以上とした場合においても発明の課題を解決できることを認識- 30 -できるといえるから、上記主張は採用することができない。
イ 被告は、【図8】及び【図11】〜【図13】に示された数値の変化は無視できない誤差である旨主張するが、これらの図に記載された数値が近似していることは、前記のとおり、バイリニアモデルを前提としたフックの法則とヤング係数の値5 がどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識から導かれる「本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうこと」を裏付けるに十分なものといえ、被告が指摘する誤差の程度をもって、その結論が10 左右されるものとは認め難く、上記主張は採用することができない。
ウ 被告は、本件明細書には特定の条件下(鋼管杭列の数、水深、地盤構造、鋼管杭の板厚、直径)での地震応答解析(シミュレーション)で確かめられたことが記載されるにとどまり、別の条件下においても曲率φpの数値範囲とすることで課題が解決できるとは理解できない旨主張するが、もとより鋼管杭式桟橋が設置され15 る地盤等は様々であって、その性能照査は状況に応じた適切な方法によらねばならないものであるが、本件明細書が開示しているのは、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に特定の数値以上の変形性能を有する鋼管杭を用いるという技術的思想であって、これに触れた当業者は、現実に地震応答解析等の性能照査を行う場合、他の条件を加味し20 た上で、適宜上記技術的思想を取り入れ、本件各発明の課題を解決することが可能であるから、特定の条件下での結果のみが記載されていることのみをもって、本件各発明がサポート要件を満たさないとする理由とはならないというべきである。上記主張は採用することができない。
エ 被告は、請求項の記載が、実施の形態3(鋼管杭の地中部の中間部分にのみ25 変形性能が優れている鋼管杭が用いられている形態)とは異なる場合(地中部における上部分全体、又は下部分全体の変形性能が優れている場合や、地上部全長の変- 31 -形性能も優れている場合等)を含む記載となっており、これらの場合でも課題が解決できるとは理解できない旨主張するが、本件各発明の構成を備えることにより、
局所的に変形性能の高い鋼管杭を用いて杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、それ以外の場所で変形性能の高くない鋼管杭を用いて建設コストの増加との課題を解決5 することができることは容易に認識でき、被告が例として挙げる場合であっても異なるところはないから、上記主張は採用することができない。
(4) まとめ以上によると、本件各発明は、いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるということができ、サポート要件を満たしているというべきである。
10 したがって、本件発明1及び2につきこれを満たさないとした本件審決の判断には誤りがあり、原告の主張する取消事由には理由がある。他方、本件発明3につきこれを満たすとした本件審決の判断には誤りがないから、被告の主張する取消事由2には理由がない。
4 被告主張の取消事由3(明確性要件についての判断の誤り)について15 (1) 被告の主張の要旨被告は、本件各発明は不明確とはいえないとした本件審決の判断(別紙2の第3)につき、一定の長さのある鋼管杭はその領域ごとに発生曲率が異なるところ、
「曲率が相対的に大きい」などという基準では、これにより特定される具体的な領域が判断者により、また前提条件により異なり得るから、本件各発明の「鋼管杭の地中部20 における発生曲率が大きい部分」「前記鋼管杭の地中部の他の部分」(いずれも請求項1を引用)が表す内容は不明確であるというべきであって、本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
(2) 検討【0020】【0021】には、港湾基準の記載と、
、 「杭の二箇所で全塑性に達す25 る場合は、杭と上部工の境界部分一箇所と、地中部の一箇所以上で全塑性に達することが一般的である」との理解とを前提に、
「本事例のレベル2地震に対する要求性- 32 -能」の一つとして「地中部で全塑性に対応する曲率を超えない」ことを定めた上で、
初期断面(鋼管杭として直径900mm、板厚14mmのSKK490材を用いたもの)に対して、偶発状態のレベル2地震に対する地震応答解析を行った旨が記載されている。
5 そして、実施の形態1に関する【0023】では、初期断面では「陸側の鋼管杭の地中部において全塑性モーメントに対応する曲率を1.4倍程度越えてしまっている(φ=6.11×10−3)」と記載され、対応する図面である【図2】には当該部分が「○」で示されている。同様に、実施の形態2に関する【0033】でも、
初期断面では「陸側の地中部において全塑性モーメントに対応する曲率を1.9倍10 程度越えてしまっている(φ=8.56×10−3)」と記載され、対応する図面である【図8】には当該部分が「○」で示されている。その上で、実施の形態3に対応する【0037】には、
実施の形態2の初期断面では、陸側の鋼管杭の地中部で全塑性モーメントに対応する曲率が発生している(図8参照)。この断面に対して、地中部における発生曲率が大きい部分に変形性能が優れる鋼管杭を用いることを検討15 した。」と記載され、対応する図面である【図13】には、【図8】にて「○」が付された部分付近(−15m〜−23.3m)に、変形性能が優れる鋼管杭が用いられることが示されている。
以上の記載を踏まえると、請求項1における「鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」とは、初期断面に対する地震応答解析の結果、鋼管杭の地中部にお20 いて全塑性モーメントに対応する曲率を上回った部分を示すものと理解できる。
(3) 小括したがって、請求項1における「鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」、
「前記鋼管杭の地中部の他の部分」が表す内容が明確でないということはできず、
請求項1を引用する請求項2及び3記載の発明を含む本件各発明は、いずれも特許25 法36条6項2号の規定により特許を受けることができないものということはできない。本件審決に誤りはなく、被告の主張する取消事由3には理由がない。
- 33 -5 被告主張の取消事由4(実施可能要件についての判断の誤り)について(1) 被告の主張の要旨被告は、本件各発明は実施可能要件を満たすとした本件審決の判断(別紙2の第4)につき、
【0011】の記載を踏まえると、鋼管杭の変形能力の指標として「φ5 p=2εp/D」とすることを前提として、本件各発明が導出され得るものであることが読みとれるから、軸力の存在を前提としない本件各発明を実施するに当たり、
軸力の存在を必ずしも考慮したものとする必然性は見いだせないこと、【0030】に「曲率の算定式はφp=4.39×10−3/D=4.39×10−3/0.9=4.88×10−3である。この変形性能を発揮させるためには、鋼材降伏強度の特性値10 を315N/mm 2よりも1割程度高い350N/mm 2 を保証できる鋼管杭を用いることで可能となる。、
」【0032】に「SKK490よりも変形性能が高い鋼管杭を用いることで鋼管杭の直径、板厚を減らすことができる。 と各記載されている」事項は、軸力がない場合に正しいといえるが、軸力が発生している場合には必ずしも正しいとはいえないことから、本件各発明は、当業者がその実施をすることがで15 きる程度に明確かつ十分に記載したものではないというべきであって、本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
(2) 検討前記1(2)のとおり、本件明細書では、鋼管杭の変形性能の指標として曲率φpを用い、これはMp(全塑性モーメント)を曲げ剛性EI(Eは杭の鋼材のヤング率、
20 Iは杭の断面2次モーメント)で除して算定できる(φp=Mp/EI)としており(【0007】、曲率φpは、軸力の有無に関係なく導出されることが示されてい)る。また、甲7によると、当業者は、軸力がない場合の全塑性モーメントから、軸力を考慮した全塑性モーメントを計算でき、このことは技術常識と認められる。そうすると、当業者は、本件明細書の記載及び上記技術常識に従い、本件各発明を実25 施することができるというべきである。
被告は、
【0030】及び【0032】の記載が、軸力が発生している場合には必- 34 -ずしも正しいとはいえないから、本件各発明は実施可能要件を満たさない旨主張するが、上記のとおり、当業者は、軸力がない場合の全塑性モーメントから、軸力を考慮した全塑性モーメントを計算できるのであるから、軸力を考慮した場合に【0030】及び【0032】の記載が直ちに成り立たない場合があるとしても、その5 ことをもって本件各発明が実施できないものであるということはできない。被告の上記主張は採用することができない。
(3) 小括したがって、本件各発明は、いずれも当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものということができるから、特許法36条4項1号10 の規定により特許を受けることができないものということはできない。本件審決に誤りはなく、被告の主張する取消事由4には理由がない。
6 結論以上のとおり、原告が主張する審決取消事由には理由があり、他方で、被告が主張する審決取消事由にはいずれも理由がない。
15 よって、原告の請求には理由があるから本件審決のうち請求項1及び2に係る部分を取り消すこととし、他方、被告の請求には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部20裁判長裁判官本 多 知 成25- 35 -裁判官遠 山 敦 士510 裁判官天 野 研 司- 36 -(別紙1)当事者目録第1事件原告兼第2事件被告5 JFEスチール株式会社(以下「原告」という。)同訴訟代理人弁護士 近 藤 惠 嗣同訴訟代理人弁理士 石 川 壽 彦10第1事件被告兼第2事件原告日 本 製 鉄 株 式 会 社(以下「被告」という。)15 同訴訟代理人弁護士 石 神 恒 太 郎薄 葉 健 司佐 藤 信 吾三 芳 大 紀同訴訟代理人弁理士 福 地 律 生20 齋 藤 学木 村 健 治岩 田 純- 37 -(別紙2)本件特許に係る特許公報-38--39--40--41--42--43--44--45--46--47--48--49-(別紙3)本件審決の要旨第1 無効理由1(進歩性欠如)について1 甲1(特開2001−288725号公報)及び甲13(「沿岸技術研究セン5 ター論文集No.1」(2001年8月)に掲載された「PC桟橋の設計・施工に関する共同研究〔大柳修一ほか著〕)に記載された発明の認定(1) 甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
港湾等の水域における杭式桟橋に使用する鋼管杭9の頭部が鉄筋コンクリート製の梁により互いに連結されている杭式基礎構造物40aにおいて、
10 複数の鋼管杭9は、列状に配置され、
杭式基礎構造物40aにおける鉄筋コンクリート製の梁43は、鋼管杭9を水底地盤に打設後、海洋上の現位置において施工された、
杭式基礎構造物40a。
(2) 甲13には、次の発明(以下「甲13発明」という。)が記載されている。
15 海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭からなる鋼管杭列と法線直角方向に配置され、海面上に突出した部位にある上部工主梁からなる直杭式の桟橋であって、
少なくとも陸側の鋼管杭の地中部は、φ1300mm×16tのSKK490からなる上杭の下方に φ1300mm×13tのSKK400からなる下杭で構成されている、
20 直杭式の桟橋。
2 甲1を主引用例とする無効理由1(進歩性欠如)について(1) 本件発明1についてア 本件発明1と甲1発明との対比(一致点1)25 海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋。
- 50 -(相違点1A)本件発明1の「鋼管杭」が「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の5 全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとした」ものであるのに対し、甲1発明の「鋼管杭9」がそのようなものか不明である点。
イ 相違点1Aについての容易想到性の判断10 本件発明1の相違点1Aに係る構成は、杭の局所的な変形性能を上げるために、
鋼管杭の変形性能の指標として、全塑性モーメントMpに対応する曲率 φpを用い、
曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用いて、鋼管杭が地中部で全塑性モーメントに対応する曲率を越えないという要求性能を満足するものである。
15 鋼管杭に高強度鋼管を採用することは周知技術であり、@直杭式横桟橋の性能照査において、杭に発生する応力、杭の支持力、変形量を適切に設定して検討すること、及び、杭の断面力は、深さ方向に変化し、地中部の深いところでは小さくなるのが一般的であるため、経済性の観点から鋼管杭の板厚又は鋼種を変更することがあること(甲7(「港湾構造物設計事例集(平成19年改訂版)上巻」(財団法人沿20 岸技術研究センター、平成19年)) A鋼管杭に生じる軸力及び曲げモーメントに)、
応じて杭の曲げ剛性を低下させて解析を行うこと(甲7) B応力で決定される構造、
物では耐力の大きなSKK490が経済的となる場合が多いが、変位量の制約を受ける場合には、断面二次モーメントの大きな部材を使用することにより、許容応力度に対して発生応力度の余裕を残すことが多いため、SKK400が経済的であり25 、杭の断面力は、深さ方向に変化し、地中部の深いところで小さくなるため、経済性の観点からは鋼管杭の板厚及び材質を地中部の発生断面力に応じて変更すること- 51 -が望ましいこと(甲8(「港湾構造物設計事例集(上巻)第1編係留施設」(財団法人沿岸開発技術研究センター、平成11年) ) C設計外力の大きくなる場合が多い)、
陸側の杭の材質の分布は、計画水深−10m未満の岸壁では、STK400の鋼管杭を使用している事例がほとんどであるが、計画水深−10m以上の岸壁では設計5 外力が大きくなるためか、STK400の鋼管杭を使用している割合は38%に減少し、強度の大きいSTK490の鋼管杭を使用している割合が62%と大きなシェアを占めるようになること(甲11(老平武弘ほか「直ぐい式横桟橋の構造諸元の統計的分析」港湾技研資料749号(運輸省港湾技術研究所、平成5年) )) 、D海側よりも陸側の杭の板厚を大きくすること、及び、陸側の地中部において下杭より10 も上杭の板厚を大きくすること(甲12(横田弘ほか「鋼管杭式桟橋の地震応答解析結果に基づく設計水平震度の考察」港湾技術研究所報告37巻2号(運輸省港湾技術研究所、平成10年) )が、各々周知技術であるとしても、いずれの周知技術)からも「杭の局所的な変形能力を上げるために、曲率が大きくなる部分にだけ変形性能が優れる鋼管杭を用いて、鋼管杭が地中部で全塑性モーメントに対応する曲率15 を越えない」ようにするという技術思想が導出され得ず、また、前記周知技術をどのように組み合わせても前記技術思想を想起し、さらに前記技術思想に基づき、曲率の条件式と変形能力の異なる鋼管杭の組み合わせを有する具体的な構成を設計し得る合理的な動機もなく、技術常識ともいえない。また、甲9(国土交通省関東地方整備局作成「平成16年度・工事名「東京国際空港D滑走路建設外工事」の「桟20 橋部杭構成図(3)」、甲10(国土交通省中部地方整備局名古屋港湾空港工事事」)務所作成「平成14年度・工事名「名古屋港飛鳥ふ頭南岸壁(−16m)本体製作及び据付工事」の「標準断面図(J3)」、甲14(」) 「横荷重を受ける杭と矢板の縦梁解法」(株式会社山海堂、平成4年2月20日)120〜121頁)、甲15(「構造力学公式集 昭和61年版(第2版・第9刷)(社団法人土木学会、平成15年」25 3月31日)43〜45、49頁)、甲16(「港湾の施設の技術上の基準・同解説(上巻)(社団法人日本港湾協会、平成11年5月発行)317〜319頁)」 、甲1- 52 -7(国土交通省関東地方整備局作成「平成16年度・工事名「東京国際空港D滑走路建設外工事」の「新滑走路島横断図(7)」、甲18(国土交通省関東地方整備」)局東京空港整備事務所ホームページ「羽田空港の情報 羽田空港の歴史」(令和4年4月出力インターネット<URL: https://www.pa.ktr.mlit.go.jp/haneda/hane5 da/05-info/history.html>)、甲19(五洋建設株式会社ホームページ「ソリュー)ション技術プロジェクト紹介・プロジェクトストーリー・東京国際空港D滑走路建設外工事」(令和4年4月出力<URL:https://www.penta-ocean.co.jp/business/project/pj_story/024.html>)、甲20() 「鹿島:KAJIMAダイジェスト特集:羽田Report−D滑走路建設工事」令和4年4月出力<URL: https://ww10 w.kajima.co.jp/news/digest/feb_2009/tokushu/tokushu.htm>)及び甲21(平成15年1月20日官報(号外政府調達第7号))を考慮しても同様である。
よって、当業者といえども、甲1発明の「鋼管杭9」を「鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭15 の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとした」ものに設計し、相違点1Aのようにすることはできないから、本件発明1は、甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
20 (2) 本件発明2についてア 本件発明2と甲1発明との対比(一致点)本件発明2と甲1発明とは、前記(1)アの一致点1において一致する。
(相違点2A)25 本件発明2の「鋼管杭」が「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管- 53 -杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.90×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとした」ものであるのに対し、甲1発明の「鋼管杭9」がそのようなもの5 か不明である点。
イ 相違点2Aについての容易想到性の判断相違点2Aは、相違点1Aと曲率の数値範囲が異なるものである。よって、前記(1)イと同様の理由により、本件発明2は、甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
10 (3) 本件発明3についてア 本件発明3と甲1発明との対比(一致点)本件発明3と甲1発明とは、前記(1)アの一致点1において一致する。
(相違点3A)15 本件発明3の「鋼管杭」が「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧5.65×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が20 低いものとした」ものであるのに対し、甲1発明の「鋼管杭9」がそのようなものか不明である点。
イ 相違点3Aについての容易想到性の判断相違点3Aは、相違点1Aと曲率の数値範囲が異なるものである。よって、前記(1)イと同様の理由により、本件発明3は、甲1発明及び周知技術に基づいて当業者25 が容易に発明をすることができたものということはできない。
3 甲13を主引用例とする無効理由1(進歩性欠如)について- 54 -(1) 本件発明1についてア 本件発明1と甲13発明との対比(一致点2)海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭5 列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋。
(相違点1B)本件発明1の「鋼管杭」が「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の10 全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとした」ものであるのに対し、甲13発明の「鋼管杭」は、少なくとも陸側の鋼管杭の地中部は、φ1300mm×16tのSKK490からなる上杭の下方にφ1300mm×13tのSKK400からなる下杭で構成されているが、曲15 率との関係が不明な点。
イ 相違点1Bについての容易想到性の判断相違点1Bにおける本件発明1の構成は、前記2(1)アに述べた相違点1Aと同じものである。よって、前記2(1)イと同様の理由により、本件発明1は、甲13発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということ20 はできない。
(2) 本件発明2についてア 本件発明2と甲13発明との対比(一致点)本件発明2と甲13発明とは、前記(1)アの一致点2において一致する。
25 (相違点2B)本件発明2の「鋼管杭」が「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外- 55 -力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.90×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が5 低いものとした」ものであるのに対し、甲13発明の「鋼管杭」は、少なくとも陸側の鋼管杭の地中部は、φ1300mm×16tのSKK490からなる上杭の下方にφ1300mm×13tのSKK400からなる下杭で構成されているが、曲率との関係が不明な点。
イ 相違点2Bについての容易想到性の判断10 相違点2Bは、相違点1Bと曲率の数値範囲が異なるものである。よって、前記(1)イと同様の理由により、本件発明2は、甲13発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(3) 本件発明3についてア 本件発明3と甲13発明との対比15 (一致点)本件発明3と甲13発明とは、前記(1)アの一致点2において一致する。
(相違点3B)本件発明3の「鋼管杭」が「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管20 杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧5.65×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとした」ものであるのに対し、甲13発明の「鋼管杭」は、少なくとも陸側の鋼管杭の地中部は、φ1300mm×16tのSKK490からなる上杭の下25 方にφ1300mm×13tのSKK400からなる下杭で構成されているが、曲率との関係が不明な点。
- 56 -イ 相違点3Bについての容易想到性の判断相違点3Bは、相違点1Bと曲率の数値範囲が異なるものである。よって、前記(1)イと同様の理由により、本件発明3は、甲13発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
5 4 小括したがって、本件各発明は、甲1発明又は甲13発明及び周知技術に基づいて、
当業者が容易に発明することができたものではなく、特許法29条2項の規定に違反して出願されたものではない。
第2 無効理由2(サポート要件違反)について10 1 本件各発明が解決しようとする課題及び課題を解決するための手段本件各発明が解決しようとする課題は、本件明細書の記載からすると、港湾や河川に構築される鋼管杭式桟橋において、杭の全塑性に関する要求性能を満足させる方法として、鋼管杭の板厚を上げる方法、鋼管杭の直径を大きくする方法により鋼管杭の剛性を上げ、鋼管杭式桟橋の変形量を小さくすることが考えられるが、いず15 れも使用鋼材重量が増加し、建設コストの増加につながるというものと認められる。
そして、本件各発明は、【0011】及び【0037】の記載からして、「杭の局所的な変形能力を上げる」ために、
「鋼管杭の変形能力の指標は、全塑性モーメントMpに対応する曲率 φpを用い」「曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れ、
る鋼管杭を用い」て、『鋼管杭が地中部で全塑性モーメントに対応する曲率を越え「20 ない』という要求性能を満足」することにより上記の課題を解決したものと認められる。
請求項1において、前記「曲率φpを用い」ることに関し「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記25 鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし」、前記「曲率が大きくなる部分- 57 -にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用い」ることに関し、
「前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたこと」により、上記課題を解決し得るものであるといえる。また、請求項2及び3についても「曲率φp」の数値範囲を変更したものであるから、同様に上記課題を解決し得るものであるといえる。
5 以上によれば、請求項1ないし3には、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が記載されており、本件各発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲のものである。
2 本件各発明と発明の詳細な説明に記載された範囲の関係(1) 本件発明1について10 本件発明1は、
「前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率 φpが、φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとし15 た」ことを構成として有するものである。
ここで、
【0020】〜【0032】には、
実施の形態1」として「曲率φpが、
φp≧4.39×10−3/Dという関係を満足するもの」が記載されているが、
【0037】には、
実施の形態1、実施の形態2では、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭は、すべて同一の直径、板厚、変形性能のものを用いることを前提として検討して20 きた。これに対して実施の形態3では、曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用いた例を説明する。」と記載されていることからすると、「実施の形態1」 「外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面しては、
配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」を前記「曲率φp」の条件を満たし、「前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低い25 ものと」することについて記載したものとはいえない。そして、
実施の形態3」は、
曲率の条件に関して「φp≧5.65×10−3/Dを満足する」実施例が記載され- 58 -ているのみであり、その条件を他のものにすることについて記載も示唆もなく、技術常識ともいえない。
よって、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明1は、
5 発明の詳細に記載されたものではない。
(2) 本件発明2について本件発明2は、本件発明1における曲率 φpにつき、「φp≧4.90×10−3/Dを満足すること」としたものである。
ここで、【0033】〜【0036】には、「実施の形態2」として「φp≧4.10 90×10−3/Dを満足する」ものが記載されているが、前記(1)と同様の理由により、「実施の形態2」は、「外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」を前記「曲率φp」の条件を満たし、
「前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものと」することについて記載したものとはいえないし、
実施の形態15 3」は、曲率の条件に関して「φp≧5.65×10−3/Dを満足する」実施例が記載されているのみであり、その条件を他のものにすることについて記載も示唆もなく、技術常識ともいえない。
よって、出願時の技術常識に照らしても、本件発明2の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明2は、
20 発明の詳細に記載されたものではない。
(3) 本件発明3について本件発明3は、【0037】に「実施の形態3」として記載されたものである。
3 小括以上によれば、本件発明1及び2は、発明の詳細な説明に記載したもの(特許法25 36条6項1号)ではないから、同法123条1項4号に該当し、無効とすべきものである。他方、本件発明3は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、サ- 59 -ポート要件(特許法36条6項1号)違反は認められない。
第3 無効理由3(明確性要件違反)について【0037】及び【0007】の記載を参酌すると、
「鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」は、
「変形性能が優れる鋼管杭」を用いる前に耐震強化施設の5 レベル2地震に対する性能規定に基づき求められた「鋼管杭の地中部」における「曲率」が相対的に大きな「領域」を表し、「前記鋼管杭の地中部の他の部分」は、「鋼管杭の地中部」において前記「領域」以外、すなわち、前記「領域」の上下に位置する部分を「鋼管杭の地中部の他の部分」と理解することができるから、請求項1の記載が明確でないとはいえない。
10 よって、本件各発明につき明確性要件(特許法36条6項2号)違反は認められない。
第4 無効理由4(実施可能要件違反)について【0011】の記載を踏まえると、鋼管杭の変形能力の指標として「φp=2εp/D」とすることを前提として、本件各発明が導出され得るものであることが読み15 とれるから、軸力の存在を前提としない本件各発明を実施するに当たり、軸力の存在を必ずしも考慮したものとする必然性は見いだせない。そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。
よって、本件各発明につき実施可能要件(特許法36条4項1号)違反は認めら20 れない。
以 上- 60 -
事実及び理由
全容