関連審決 |
無効2019-800092 |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
元本PDF | 裁判所収録の別紙2PDFを見る |
元本PDF | 裁判所収録の別紙3PDFを見る |
事件 |
令和
4年
(行ケ)
10097号
審決取消請求事件
|
---|---|
5 原告 ユーピーケミカル カンパニー リミテッド 同訴訟代理人弁護士 根本浩 10 中野亮介 同訴訟代理人弁理士 稲葉良幸 内藤和彦 竹内工 15 被告 バーサムマテリアルズ ユーエ ス,リミティド ライアビリティ カンパニー 20 同訴訟代理人弁護士 岩間智女 同訴訟代理人弁理士 加藤志麻子 箱田満 |
|
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2024/01/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
25 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 13 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
---|---|
全容
5 第1 請求 特許庁が無効2019-800092号事件について令和4年5月11日にし た審決を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等10 (1) 被告が保有する特許に係る出願(特願2010-2245号。以下「本件出 願」という。 は、 ) 平成18年5月15日(パリ条約による優先権主張2005年(平 成17年)5月16日(以下「本件優先日」という。 、アメリカ合衆国)を出願日 ) とする特願2006-135313号(特許法36条の2第1項の規定により出願 された外国語書面出願であり、以下「原出願」という。)の一部を平成22年1月715 日に新たな外国語書面出願としたものであり、平成23年9月16日、特許権の設 定登録(特許第4824823号。請求項の数7。以下、この特許を「本件特許」 という。)がされた(甲156)。 (2) 原告は、令和元年10月31日、本件特許の請求項1〜7に係る発明の特許 について特許無効審判(無効2019-800092号)を請求した(甲157)。 20 特許庁は、令和4年5月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決 (以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月20日、原告に送達された。 (3) 原告は、令和4年9月16日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起し た。 2 特許請求の範囲の記載25 本件特許における特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(以下、 請求項1〜7に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明7」といい、これらを併せ 2 て「本件各発明」という。甲156)。 【請求項1】 以下の式により示されるアミノシラン。 【化1】 5 【請求項2】 シリコン含有膜の形成に用いられ、以下の式により示される前駆体。 【化2】 【請求項3】10 前記シリコン含有膜の形成は、化学気相成長による請求項2記載の前駆体。 【請求項4】 前記化学気相成長は、原子層堆積である請求項3記載の前駆体。 【請求項5】 以下の式により示されるジイソプロピルアミノシランを含むシリコン含有膜形15 成用の組成物。 3 【化3】 【請求項6】 前記シリコン含有膜の形成は、化学気相成長による請求項5記載の組成物。 5 【請求項7】 前記化学気相成長は、原子層堆積である請求項6記載の組成物。 3 本件審決の理由 (1) 理由の要旨 本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりである。その理由の要旨は、 10 無効理由1(甲1に基づく新規性の欠如) 無効理由2 、 (甲1に基づく進歩性の欠如)、 無効理由3(甲4に基づく新規性の欠如) 無効理由4 、 (甲4に基づく進歩性の欠如)、 無効理由5(実施可能要件違反)、無効理由6(サポート要件違反)、無効理由7(原 文新規事項、特許法123条1項5号違反)、無効理由8及び無効理由9(分割要件 違反、甲5に基づく新規性及び進歩性の欠如)は、いずれも理由がないというもの15 である。 本件審決が引用した甲1、甲4及び甲5は、次のとおりである。 甲1 特開2000-195801号公報 甲4 特開平6-132284号公報 甲5 特開2007-51363号公報20 本件審決の理由のうち、本訴における原告の取消事由と関係するところ(無効理 由1〜4)は、以下のとおりである。 (2) 無効理由1、2(甲1に基づく新規性・進歩性欠如) 4 [原告の主張]本件発明1〜6は、甲1に記載された発明であって、特許法29 条1項3号に該当し、特許を受けることができないものである(無効理由1) また、 。 本件発明1〜6は、甲1に記載された発明及び甲2 「日本工業規格ドライプロセス ( 表面処理用語 JIS H 0211」財団法人日本規格協会、平成5年1月31 5 日、13〜16頁)に記載された技術常識(以下「甲2技術常識」という。)に基づ いて当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明4及び7は、甲 1、甲3(特開2003-7700号公報)及び甲6(特表2004-52949 5号公報)に記載された発明並びに甲2技術常識に基づいて当業者が容易に発明を することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることがで10 きないものである(無効理由2)。 ア 化学物質発明における特許法29条1項3号の刊行物に記載された発明の 認定基準について 刊行物に記載された発明として化学物質が記載されているというためには、当該 刊行物に当該物質の構成が開示されているだけでなく、その製造方法を理解し得る15 程度の記載があるか、そうでない場合は、当該刊行物に接した当業者が、本件特許 の優先日当時の技術常識に基づいてその製造方法やその他の入手方法を見いだすこ とができることが必要であると解される。 イ 甲1に記載された発明の認定 (ア) 甲1には、 「有機金属気相成長法」による「シリコンがドープされた化合物半20 導体層」の形成に用いられる「シリコン原料として」の「有機アミノシラン系の原 料」が記載され、そして、「有機アミノシラン系の原料」として、「Rとしてアルカ ンを用いたSiH 3[NR2]系の原料」、更にその一例として、 「SiH 3[NH(C 3H 7) 2]」で示される「ジイソプロピルアミノシラン」(以下「DIPAS」と略す 場合がある。)が記載されている。 25 (イ) 甲1に記載された「ジイソプロピルアミノシラン」なる名称自体は、一般に は本件発明1の【化1】の式で示されるアミノシランを示しているものと理解でき 5 る。 (ウ) 一方、当該理解からすれば、甲1に記載された「SiH 3[NH(C 3H7)2]」 なる構造式は、 「ジイソプロピルアミノシラン」なる名称が示す構造式ではないとい え、甲1に記載された「SiH 3[NH(C 3H7)2]で示されるジイソプロピルアミ 5 ノシラン」との事項には技術的な誤りがあるといえるものの、これは「Rとしてア ルカンを用いたSiH 3[NR 2]系の原料」の一例として列挙されているものであ るから、窒素には二つのイソプロピル基が結合し、水素基は結合していないものを 意図したものであることは明らかで、窒素に水素基が結合した当該「SiH 3[NH (C3H7)2]」なる構造式は、「SiH 3[N(C3H7)2]」の誤記であると解するの10 が合理的である。 (エ) したがって、甲1には、構造式が「SiH 3[N(C3H 7) 2]」である「ジイ ソプロピルアミノシラン」が開示されていると認められる。 (オ) しかしながら、甲1には、ジイソプロピルアミノシランの製造方法を理解し 得る程度の記載はないし、甲1に接した当業者が、本件特許の優先日当時の甲1215 ( Journal of the Chemical Society SECTION A ; Inorganic,Physical,and Theoretical Chemistry,1967年、652〜655頁)や甲16(Journal of Molecular Structure,1987年、Vol.158、339〜346頁)記載の技術常 識から、特別の思考を経ることなく甲30(ユーピーケミカル社技術研究所所属 A 作成の「陳述書」及び「実験報告書」、2021年1月26日)及び甲31(株式会20 社ジェイアイテク所属 B作成の「実験報告書」、2021年1月21日)に記載さ れた実験装置の構成及び実験条件のようなジイソプロピルアミノシランの製造方法 やその他の入手方法を見いだすことができたということもできない。 (カ) そうである以上、上記アに照らし、甲1には、 「ジイソプロピルアミノシラン」 という化学物質が記載されていると認めることはできない。 25 (キ) 一方、SiH3[NR2]系の有機アミノシランは、甲12や甲16に記載の 技術常識から、その一例であるジメチルアミノシランやジエチルアミノシランの製 6 造方法を見いだすことができたといえるから、甲1には以下の各発明が記載されて いると認められる。 甲1発明 「Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR2]系の有機アミノシラン。」 5 甲1’発明 「有機金属気相成長法によるシリコンがドープされた化合物半導体層の形成に 用いられる、シリコン原料としてのRとしてアルカンを用いたSiH 3[NR 2]系 の有機アミノシラン。」 ウ 本件各発明と甲1発明との対比10 [相違点1] 本件発明1は、化1】 【 の式で示されるアミノシランであるのに対し、甲1発明は、 Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR2]系の有機アミノシランである点。 [相違点1’] 本件発明2〜7は、 【化2】又は【化3】の式で示される前駆体又は組成物である15 のに対し、甲1’発明は、Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR2]系の有機アミ ノシランである点。 エ 判断 (ア) 甲1には、 「SiH3[N(C 3H7)2]」で示される「ジイソプロピルアミノシ ラン」という化学物質の発明が記載されているとは認められないから、相違点1は20 実質的なものであるので、本件発明1が甲1発明であるとはいえない。また、上記 相違点1が容易想到であるというためには、本件特許の優先日当時に、当業者がジ イソプロピルアミノシランを容易に製造することができたことを立証する必要があ るところ、甲1には、本件特許の優先日当時に、当業者がジイソプロピルアミノシ ランを容易に製造することができたことが記載も示唆もされるものではないし、そ25 のほかに、このことを示す証拠もない。本件発明1は、甲1に記載された発明では なく、甲1に記載された発明及び甲2技術常識に基づいて当業者が容易に発明をす 7 ることができたものではない。 (イ) 相違点1’については、相違点1と同様であるから、相違点1の検討と同様、 相違点1’は実質的なものであるので、本件発明2〜6は甲1に記載された発明で はない。また、甲3及び甲6にも、化合物半導体膜にシリコンをドープするための 5 シリコン原料として、 「ジイソプロピルアミノシラン」という化学物質を用いること は記載されていないから、相違点1の検討と同様、甲1に記載された発明及び甲2、 3、6の記載事項から、当該相違点1’に係る本件発明2〜7の構成を有するもの とすることは、当業者が容易に想到し得るものではない。 (3) 無効理由3、4(甲4に基づく新規性・進歩性欠如)10 [原告の主張]本件発明1〜6は、甲4に記載された発明であって、特許法29 条1項3号に該当し、特許を受けることができないものである(無効理由3) また、 。 本件発明1〜6は、甲4に記載された発明及び甲2技術常識に基づいて当業者が容 易に発明をすることができたものであり、本件発明4及び7は、甲4及び甲3に記 載された発明及び甲2技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができた15 ものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができないものである (無効理由4)。 ア 甲4に記載された発明の認定 (ア) 甲4には、 「化学気相成長法により窒化珪素膜を形成する」ために用いられる 「原料ガス」としての「有機シラン化合物」である「ジプロピルアミノシラン (C (20 3H 7)2N)SiH 3」が記載されている。 (イ) しかしながら、甲4には、 「ジプロピルアミノシラン((C 3H7)2N)SiH 3」が有する二つのプロピル基の構造に関して、何らの記載も示唆もないから、甲4 に記載された「ジプロピルアミノシラン((C 3H 7)2N)SiH3」が、 「ジノルマル プロピルアミノシラン」及び「ジイソプロピルアミノシラン」のいずれを示してい25 るのか明らかでない。 (ウ) また、これが「ジイソプロピルアミノシラン」であると仮定しても、甲4に 8 は、 「ジイソプロピルアミノシラン」の製造方法については開示されておらず、上記 (2)ア同様、甲4に接した当業者が、本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて、 「ジイソプロピルアミノシラン」の製造方法やその他の入手方法を見いだすことが できない。 5 (エ) 甲4の実施例には、 「一般式(R 1R2N)nSiH 4-n(ただし、上式において、 R1、R2 がH-、CH 3-、C2H5-、C3H7-、C 4H 9-のいずれかであり、そのう ち少なくとも一つがH-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン 化合物」として、「トリスジメチルアミノシラン((CH 3)2N)3SiH」「ビスジ 、 エチルアミノシラン((C 2H5)2N)2SiH 2」「ジメチルアミノシラン( 、 (C 2H5)10 2N)SiH 3」「トリスジメチルアミノシラン( 、 (CH 3)2N)3SiH」が具体的に 記載されているから、甲4には以下の発明が記載されていると認められる。 甲4発明 「一般式(R 1R2N)nSiH 4-n(ただし、上式において、R 1、R 2 がH-、CH 3-、C 2H 5-、C 3H 7-、C 4H9-のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH15 -でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物。」 甲4’発明 「化学気相成長法により窒化珪素膜を形成するために用いられる原料ガスとし ての、一般式(R1R2N)nSiH4-n(ただし、上式において、R 1、R 2 がH-、C H3-、C2H5-、C3H7-、C4H9-のいずれかであり、そのうち少なくとも一つが20 H-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物。」 イ 本件各発明と甲4発明の対比における判断に争いのある相違点 [相違点2] 本件発明1は、化1】 【 の式で示されるアミノシランであるのに対し、甲4発明は、 一般式(R1R 2N)nSiH 4-n(ただし、上式において、R 1、R2 がH-、CH 3-、 25 C2H5-、C 3H7-、C4H9-のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH-で ない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物である点。 9 [相違点2’] 本件発明2〜7は、上記【化2】又は【化3】の式で示される前駆体又は組成物 であるのに対し、甲4’発明は、一般式(R1R 2N)nSiH4-n(ただし、上式にお いて、R1、R 2 がH-、CH 3-、C2H 5-、C3H 7-、C4H9-のいずれかであり、 5 そのうち少なくとも一つがH-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機 シラン化合物の原料ガスである点。 ウ 判断 (ア) 甲4発明の「C 3H7-」が「ノルマルプロピル基」及び「イソプロピル基」の いずれを示しているのかが明らかでないことに加えて、甲4には、 「ジイソプロピル10 アミノシラン」という化学物質が記載されているとは認められないから、相違点2 は実質的なものであるので、本件発明1が甲4発明であるとはいえない。また、上 記相違点2の容易想到性について検討すると、上記(2)アで検討したのと同様、本件 特許の優先日当時に、当業者がイソプロピルアミノシランを容易に製造することが できたことを示す証拠もないから、甲4発明において、相違点2に係る本件発明115 の構成を採用することは当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。本件 発明1は、甲4に記載された発明ではなく、甲4に記載された発明及び甲2技術常 識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (イ) 相違点2’については、相違点2と同様であるから、相違点2の検討と同様、 相違点2’は実質的なものであるので、本件発明2〜6は甲4に記載された発明で20 はない。また、甲3にも、パッシベーション膜を化学気相成長するための原料ガス として「ジイソプロピルアミノシラン」という化学物質を用いることは記載されて いないから、相違点2の検討と同様、甲4に記載された発明及び甲2、3の記載事 項から、当該相違点2’に係る本件発明2〜7の構成を有するものとすることは、 当業者が容易に想到し得るものではない。 25 第3 当事者の主張 原告主張の取消事由は、以下のとおり、本件審決の無効理由1及び2(甲1に基 10 づく新規性・進歩性欠如)の判断誤り(取消事由1及び2)、本件審決の無効理由3 及び4(甲4に基づく新規性・進歩性欠如)の判断誤り(取消事由3及び4)並び に本件審決の手続違背(取消事由5)である。 1 取消事由1及び2(無効理由1及び2(甲1に基づく新規性・進歩性欠如) 5 の判断誤り) (1) 原告の主張 ア 新規性(取消事由1) (ア) 本件各発明のような物の発明の場合については、物としての同一性を判断す るに当たって、本件各発明と対比される刊行物の記載としては、物の構成が開示さ10 れていれば十分であり、さらに、その物を製造する具体的な方法まで開示されてい る必要はない。化学物質の「製造方法を理解しうる程度の記載があるか、そうでな い場合は、当該刊行物に接した当業者が、本件特許の優先日当時の技術常識に基づ いてその製造方法やその他の入手方法を見いだすことができることが必要である」 といった本件審決の基準は過剰に厳格なものとして不要である。甲1には、 「構造式15 が「SiH3[N(C 3H7)2]」である「ジイソプロピルアミノシラン」なる化合物」 の発明及び「有機金属気相成長法によるシリコンがドープされた化合物半導体層の 形成に用いられる、シリコン原料としての構造式が「SiH3[N(C3H7)2]」であ る「ジイソプロピルアミノシラン」なる化合物」の発明が記載されている。そうで あるから、本件発明1〜6は、原告が認定する甲1に記載された発明に対して新規20 性が欠如している。 (イ) 新規性判断の対象となる引用文献に記載された物の発明の認定の場面にお いて、 「製造方法やその他の入手方法を見いだすことができること」についての立証 責任を審判請求人に課すことは、何ら具体的な根拠なく一方的に被告である特許権 者を有利に取り扱うものであって、許容されるものではない。 25 (ウ) 本件審決は、甲12や甲16の記載事項を本件特許の優先日当時の技術常識 と認定しながらも、 「甲1は、甲12や甲16の記載事項を引用していないことから 11 、当業者は、甲1に記載された事項に基づいて、甲12や甲16の記載事項に直ち に到達できるものではない。 (本件審決27頁2〜9行)と判断しているが、当業 」 者の技術常識とは、本件審決が述べるように、特定の技術文献内で引用された記載 によって、当業者が「到達」するようなものではない。仮に、技術常識の適用のた 5 めの動機付けが必要であるとした場合であっても、甲1発明の技術分野と甲12、 16などにより示される技術常識は、いずれも有機ケイ素化合物であるアルキルア ミノシランの合成に関する技術分野であることから、技術分野の同一性が認められ 、十分な動機付けがあることは明らかである。 (エ) 本件優先日当時のアミノシラン類の合成に関する以下の技術常識@及びA(10 甲12、16、202〜204)が認められ、本件優先日当時の技術常識を有する 当業者が甲1のジイソプロピルアミノシランの記載に接した場合には、ジイソプロ ピルアミノシランの製造方法を認識できることは明らかであり、甲1には「ジイソ プロピルアミノシラン」の化合物が記載されているといえる。なお、アルキル基の 嵩高さによる立体障害の存在により、反応が進行しにくくなることはあっても、反15 応そのものが進行しないわけではなく、反応速度や反応生成物の収率の問題が生ず る程度であることから、当業者であれば、立体障害を理由に甲12の方法によりD IPASが合成できないとは考えない。 @ハロゲン化シランとNH基(アミノ基)を含む窒素化合物とを反応してSi- N単結合を形成する合成方法は、化学反応の一般式として示せる程度に一般的な知20 識とされ、合成されるアミノシラン類はジメチルアミノシランやジエチルアミノシ ランに限定されるものではなかったこと(以下「当業者の技術常識@」という。 。 ) A前記@のアミノシラン類の合成方法を、より安定な化合物を得ることを目的と して、ジメチルアミノシランやジエチルアミノシランよりも有機置換基を構成する 炭化水素基の大きさがより大きい(より炭素数の大きい)ジイソプロピルアミノシ25 ランのようなアミノシラン類の合成に適用すること(以下「当業者の技術常識A」 という。 。 ) 12 (オ) 本件特許と同じ原出願からの分割出願である特許第5646248号の出 願経過における平成26年10月1日付け意見書(甲217)において、出願人( 本件特許出願人(原特許権者)と同一の出願人であるエア プロダクツ アンド ケ ミカルズ インコーポレイテッド)は、アミノシランであるジ-sec-ブチルア 5 ミノシラン(DSBAS)及びジ-tert-ブチルアミノシラン(DTBAS) は 、ジアルキルアミノシランであり、その点で、実施例において合成されているジ エチルアミノシラン(例1)及びジイソプロピルアミノシラン(例2)と同族であ るといえ、しかも、後者のジイソプロピルアミノシラン(例2)が有する各アルキ ル基の炭素数が一つ多いだけの化合物であるDSBAS及びDTBASは、当業者10 であれば、上記実施例の記載に基づいて同様に製造することができることを主張す るが、当審における被告の主張はこれと矛盾する内容であり、自らに都合の良い主 張を適宜行っているにすぎない。 (カ) 本件審決は、甲30や甲31の実験装置や実験条件が甲12と異なることか ら、甲1に接した当業者が、本件特許の優先日当時の甲12や甲16記載の技術常15 識から、特別の思考を経ることなく甲30及び甲31に記載された実験装置の構成 及び実験条件のようなジイソプロピルアミノシランの製造方法やその他の入手方法 を見いだすことができたということもできないとしているが、当業者であれば、目 的とするアルキルアミノシラン類の合成のために選択する原材料の物性に応じて、 適宜、合成に必要な反応条件等を調整して化学反応を進めさせることが可能であり20 、甲30及び甲31の実験結果は、本件優先当時の技術常識に基づき、当業者がジ イソプロピルアミノシランを合成し得ることを示すものである。また、甲12と実 験装置の構成と同じにした甲212の実験において、液体生成物について 1 H-N MRを分析したところ、DIPASが合成されていることを確認した。 (キ) 本件発明1は、 【化1】の式で示されるアミノシランである「ジイソプロピル25 アミノシラン」であって、上記(ア)〜(カ)によると、本件発明1は、甲1に記載され た発明である。 13 (ク) 本件発明2と甲1に記載された発明とを対比すると、 【化2】の式で示される アミノシランは、甲1に記載された発明である構造式が「SiH 3 [N(C 3 H 7)2 ] 」である「ジイソプロピルアミノシラン」たる化合物であり、一致している。また 、甲1に記載された発明の「シリコンがドープされた化合物半導体層」は、シリコ 5 ンを含有する半導体層であるといえるから、本件発明2の「シリコン含有膜」に相 当するといえる。 そうすると、両者は「シリコン含有膜の形成に用いられ」る「ジイソプロピルア ミノシラン」という点で一致し、本件発明2は「前駆体」であるのに対し、甲1に 記載された発明は「有機金属気相成長法」に用いられる「シリコン原料」である点10 で一応相違する。しかし、甲2には「前駆体」の説明として「化学反応において、 生成物のすぐ前段階に存在して、生成物と構造上密接な関係がある物質。 (甲2の 」 13頁・番号4010)と記載されており、化学気相反応においては、膜形成時に 使用される膜成分を含む原料ガスがこれに相当するものといえる。また、有機金属 気相成長とは、有機金属化合物を原料ガスとする化学気相成長を意味する(甲1の15 【0003】〜【0010】)から、甲1に記載された発明において「有機金属気相 成長法」に用いられる「シリコン原料」は、本件発明2の「前駆体」に相当するも のといえ、この相違点は実質的なものではない。 以上によると、本件発明2は、甲1に記載された発明である。 (ケ) 本件発明3は、本件発明2の前駆体を引用するものであり、 「前記シリコン含20 有膜の形成は、化学気相成長による」との発明特定事項を有するものである。しか るところ、前記(ク)のとおり、甲1に記載された発明の有機金属気相成長とは、有機 金属化合物を原料ガスとする化学気相成長を意味するので、当該発明特定事項は、 新たな相違点ではない。 以上によると、本件発明3は、甲1に記載された発明である。 25 (コ) 本件発明4は、本件発明3の前駆体を引用するものであり、 「前記化学気相成 長は、原子層堆積である」との発明特定事項を有するものである。本件発明4は「 14 前駆体」という物の発明であるところ、原子層堆積に用いられる前駆体と原子層堆 積以外の化学気相成長に用いられる前駆体として、アミノシラン原料が同様に使用 可能であることは、甲6の記載(甲6の【0012】【0096】 、 )から明らかであ る。また、本件特許の明細書及び図面(以下「本件明細書」という。)中には、原子 5 層堆積に用いられる前駆体と原子層堆積以外の化学気相成長に用いられる前駆体の 差異に関する記載は存在せず、かつ、原子層堆積を使用した実施例の記載も存在し ない。 以上よると、本件発明4と甲1に記載された発明との間に物としての構成上の差 異は認められないから、本件発明4の「前記化学気相成長は、原子層堆積である」10 との発明特定事項は、実質的な相違点ではない。 したがって、本件発明4は、甲1に記載された発明である。 (サ) 本件発明5及び6は、本件発明2及び3における「前駆体」を「組成物」に 変更したものであり、その他の記載は同一であるから、本件発明5及び6は「組成 物」であるのに対し、甲1に記載された発明は「有機金属気相成長法」に用いられ15 る「シリコン原料」である点において一応相違し、それ以外の相違点は前記(ク)及び (ケ)における本件発明2及び3と同様である。しかし、本件明細書には「組成物」の 記載がなされておらず、本件発明5及び6の「組成物」が通常と異なる意味内容を 示すものとは解釈し得ない。また、甲1に記載された発明の有機金属気相成長法に 用いられるシリコン原料は、 「ジイソプロピルアミノシラン」たる化合物であるから20 、いわゆる「組成物」である。したがって、本件発明5及び6は「組成物」である のに対し、甲1に記載された発明は「有機金属気相成長法」に用いられる「シリコ ン原料」である点は実質的な相違点ではない。 以上によると、本件発明5及び6は、甲1に記載された発明である。 イ 進歩性(取消事由2)25 (ア) 本件審決は、 「相違点1が容易想到であるというためには、本件特許の優先日 当時に、当業者がジイソプロピルアミノシランを容易に製造することができたこと 15 を立証する必要があると認められる。」という容易想到性の判断基準を示している が、相違点に係る構成の容易想到性に加えて、 「当業者が容易に製造することができ たこと」という特許法の条文上の根拠に基づくものではない基準要件が追加されて おり、立証命題の設定が誤っている。 5 (イ) 甲1の【0022】のように限定的な範囲における具体的な化合物が列挙さ れている甲1の記載内容を踏まえれば、甲1に記載された発明には、甲1の具体的 な記載内容を踏まえた範囲が限定された以下の「原告認定甲1発明」が記載されて いるというべきである。 原告認定甲1発明10 「一般式(NR 2 )SiH 3 (ただし、上式において、RはC n H 2n+1 -であり、 nは1〜4の範囲である)で表される有機アミノシラン。」 原告認定甲1発明は、本件発明1を包含する関係にあり、アルキルアミノシラン の合成に関する技術分野の同一性も認められるから、本件発明1の構成を採用する ことに関して、当業者の技術常識@及びAを適用する十分な動機付けがあることは15 明らかである。 (ウ) 甲1発明及び原告認定甲1発明の下位概念に包含されている本件発明1は、 甲1発明及び原告認定甲1発明の開示により、新規性が欠如した発明であることか ら、甲1発明及び原告認定甲1発明に比較して「顕著な特有の効果」を奏するよう な例外的な場合でなければ特許性を有しない。そして、本件明細書の実施例には、 20 甲1に記載されたジエチルアミノシラン(DEAS)とDIPASが同程度又はD IPASはDEASに劣る程度のエッチング速度しか示していないことが開示され ている(甲156【0063】【0069】 、 、表1、 【0070】)ことからして、本 件発明1には、甲1発明及び原告認定甲1発明に比較して、 「顕著な特有の効果」を 奏することは示されていない。 25 (エ) 前記ア(ク)〜(サ)によると、少なくとも、本件発明2〜6は甲1に記載された 発明から当業者が容易に想到し得るものである。本件発明7は、本件発明4におけ 16 る「前駆体」を「組成物」に変更したものであり、また、本件発明6の組成物を引 用するものであって「前記化学気相成長は、原子層堆積である」との発明特定事項 を有するものであるが、甲1に記載された発明のシリコン原料を原子層堆積に用い ることは当業者が容易に想到し得るものである。 5 (オ) したがって、本件各発明は甲1に記載された発明に対して進歩性が欠如して いる。 (2) 被告の主張 ア 新規性(取消事由1) (ア) 新規化合物の発明は、合成方法を見いだすことにより、実際に新規な化合物10 を提供できた点に技術的意義を有するものであるから、特許法29条1項3号にい う「刊行物に記載された発明」を認定する場合には、当該刊行物においても、対象 となる化合物についての合成方法の記載あるいはその他の記載又は技術常識により、 当該化合物を実際に提供できることが必要になる。甲1に接した当業者が、思考や 試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてジ15 イソプロピルアミノシランの製造方法その他の入手方法を見いだすことができると はいえない。 (イ) 原告は、 「技術常識は、 「到達」するものではない」などとして、本件審決に 技術常識の認定判断の誤りがあると主張するが、本件審決が問題にしているのは、 甲1に、甲12や甲16の記載事項が引用されていないにもかかわらず、なぜ、唐20 突に、当業者が甲12や甲16の記載事項に行きつく(到達する)のかを疑問視し、 正当性がないと述べているだけであるから、原告の主張は失当である。 (ウ) 室温の反応でジメチルアミノシランやジエチルアミノシランが生成したか らといって、有機化学に関する基礎的な知識を有する当業者であれば、ジイソプロ ピルアミノシランの合成を同様の方法で行うことができると予想できるようなもの25 ではない。立体障害により反応速度が遅くなること、反応性が増し容易に発火や爆 発をすることは技術常識であり、当業者がジイソプロピルアミノシランの合成に関 17 して、甲12や甲16の方法を採用しようなどと考えることはない。また、原告提 示のDIPASについての情報やその合成方法が記載されていない甲202(Peter Eigen ら著「Si Silicon : Handbook of Inorganic and Organometallic Chemistry (Gmelin Handbook of Inorganic and Organometallic Chemistry - 8th Edition」 5 145〜184頁)に示される7つの化合物(ジメチルアミノシラン、ジエチルアミ ノシラン、ジフェニルアミノシラン、1-アゼチジニルシラン、1-ピロリジニル シラン、1-ピロリルシラン、1-ピペリジニルシラン)は、合成方法、条件が、 化合物によって異なることが理解でき、これらの合成方法の違いからは、仮に反応 式が一般化できたとしても、当業者にとって、その下位概念に含まれる化合物の合10 成方法が直ちに理解できるとか、又は技術常識であったなどとはいえないことが明 確に理解できる。このような記載を当業者が見たならば、DIPASについては製 造することができないと理解する。 イ 進歩性(取消事由2) (ア) 本件審決が、容易想到性の判断において、 「当業者がジイソプロピルアミノシ15 ランを容易に製造することができたものとはいえない」としたのは、化合物の発明 が新規化合物の提供にある点に鑑みて、引用文献に化合物の名称しかない場合に、 そのような形式的な記載から当業者が本件各発明に係る化合物に容易に想到し得る というためには、製造方法の検討が必要であるとの考え方に基づくものであると理 解される。実体のある「化合物A」に係る発明の進歩性の有無を判断するに当たっ20 ては、実際に化合物Aが得られないにもかかわらず、発明が容易想到であるという ことはできない。 (イ) 新規性の判断において、DIPASが甲1に記載された発明でないという判 断が出ている以上、進歩性の判断において、DIPASを包含し得る上位概念的な 発明を形式的に認定した場合、DIPASの部分については、新規性の判断におい25 てされた認定を踏襲して引用発明となる部分がない(=穴抜け状態)と理解するし かない。少なくとも穴抜け状態である上位概念である甲1発明を引用発明とした場 18 合、DIPASに当業者が容易に想到し得るはずがない。 (ウ) DIPASは、嵩高いジイソプロピルアミノ基を有しながらも、安定性のみ ならず成膜性の良さという両方の好ましい性質を兼ね備えているのであり、当業者 であれば、この二律背反性において、DIPASがDEASよりも優れていると理 5 解する。 2 取消事由3、4(無効理由3、4(甲4に基づく新規性・進歩性欠如)の判 断誤り) ? 原告の主張 ア 新規性(取消事由3)10 (ア) 甲4には、 「ジプロピルアミノシラン」 「ジノルマルプロピルアミノシラン」 が を示す記載であると限定的に解釈することを示す記載は存在せず、また、分岐構造 を有する構造異性体であることを示す意図の場合は、あえて「イソ」の表記を付し て区別しようとしているものと理解されるから、甲4記載の「イソ」の表記がない 「ジプロピルアミノシラン」は、 「ジノルマルプロピルアミノシラン」及び「ジイソ15 プロピルアミノシラン」の両化合物を意味すると解釈するのが合理的であり、本件 発明1の「ジイソプロピルアミノシラン」という化合物が記載されていると認めら れる。また、本件優先日当時の技術常識を有する当業者が甲4の「ジイソプロピル アミノシラン」を示す「ジプロピルアミノシラン」の記載に接した場合、その製造 方法を見いだすことができる。 20 (イ) 本件発明1は、 【化1】の式で示されるアミノシランである「ジイソプロピル アミノシラン」であって、前記(ア)によると、本件発明1は甲4に記載された発明で ある。 (ウ) 本件発明2と甲4に記載された発明とを対比すると、 【化2】の式で示される アミノシランは、甲4に記載された発明である構造式が「SiH 3[N(C3H7)2]」25 である「ジイソプロピルアミノシラン」たる化合物であり、一致している。また、 甲4記載の発明の「窒化珪素膜」は,珪素であるシリコンを含有する半導体層であ 19 るといえるから、本件発明2の「シリコン含有膜」に相当するといえる。 そうすると、両者は「シリコン含有膜の形成に用いられ」る「ジイソプロピルア ミノシラン」という点で一致し、本件発明2は「前駆体」であるのに対し、甲4に 記載された発明は「化学気相成長法」に用いられる「原料ガスとしての有機シラン 5 化合物」である点で一応相違する。しかし、甲2には「前駆体」の説明として、 「化 学反応において、生成物のすぐ前段階に存在して、生成物と構造上密接な関係があ る物質。 (甲2の13頁・番号4010)と記載されており、化学気相反応におい 」 ては、膜形成時に使用される膜成分を含む原料ガスがこれに相当するものといえ、 甲4に記載された発明において「化学気相成長法」に用いられる「原料ガスとして10 の有機シラン化合物」は、本件発明2の「前駆体」に相当するものといえ、この相 違点は実質的なものではない。 以上によると、本件発明2は、甲4に記載された発明である。 (エ) 本件発明3は、本件発明2の前駆体を引用するものであり、 「前記シリコン含 有膜の形成は、化学気相成長による」との発明特定事項を有するものである。しか15 るところ、前記(ウ)のとおり、甲4に記載された発明も「化学気相成長法」を用いる ので、当該発明特定事項は、新たな相違点ではない。 以上によると、本件発明3は、甲4に記載された発明である。 (オ) 本件発明4は、本件発明3の前駆体を引用するものであり、 「前記化学気相成 長は,原子層堆積である」との発明特定事項を有するものである。本件発明4は「前20 駆体」という物の発明であるところ、原子層堆積に用いられる前駆体と原子層堆積 以外の化学気相成長に用いられる前駆体として、アミノシラン原料が同様に使用可 能であることは、甲6の記載(甲6の【0012】、 【0096】 から明らかである。 ) また、本件明細書中には、原子層堆積に用いられる前駆体と原子層堆積以外の化学 気相成長に用いられる前駆体の差異に関する記載は存在せず、かつ、原子層堆積を25 使用した実施例の記載も存在しない。 以上によると、本件発明4と甲4記載の発明との間に物としての構成上の差異は 20 認められないから,本件発明4の「前記化学気相成長は,原子層堆積である」との 発明特定事項は、実質的な相違点ではない。 したがって,本件発明4は、甲4に記載された発明である。 (カ) 本件発明5及び6は、本件発明2及び3における「前駆体」を「組成物」に 5 変更したものであり、その他の記載は同一であるから、本件発明5及び6は「組成 物」であるのに対し、甲4記載の発明は「原料ガスとしての有機シラン化合物」で ある点において一応相違し、それ以外の相違点は前記(ウ)及び(エ)における本件発明 2及び3と同様である。しかし、本件明細書には「組成物」の記載がなされておら ず、本件発明5及び6の「組成物」が通常と異なる意味内容を示すものとは解釈し10 得ない。また,甲4記載の発明の「原料ガスとしての有機シラン化合物」は、 「ジイ ソプロピルアミノシラン」たる化合物であるから、いわゆる「組成物」である。し たがって,本件発明5及び6は「組成物」であるのに対し、甲4記載の発明は「原 料ガスとしての有機シラン化合物」である点は実質的な相違点ではない。 以上によると、本件発明5及び6は、甲4に記載された発明である。 15 イ 進歩性(取消事由4) (ア) 本件審決は、 「本件特許の優先日当時に、当業者がイソプロピルアミノシラン を容易に製造することができたことを示す証拠もないから、甲4発明において、相 違点2に係る本件発明1の構成を採用することは当業者が容易に想到し得たもので あるとはいえない。」と述べているが、取消事由2と同様、容易想到性の判断基準に20 誤りがある。 (イ) 本件審決が認定したように、甲4に記載された「ジプロピルアミノシラン」 ((C3H 7)2 N)SiH 3)が、 「ジノルマルプロピルアミノシラン」及び「ジイソ プロピルアミノシラン」のいずれを示しているのか明らかでないと解釈する場合や、 甲4に記載された「ジプロピルアミノシラン」を「ジノルマルプロピルアミノシラ25 ン」と限定的に解釈する場合でも、 「ジイソプロピルアミノシラン」という化合物を 容易に想到し、かつ、当該化合物を容易に製造することは可能である。 21 (ウ) 具体的な化合物が列挙されている甲4の請求項3の記載内容を踏まえれば、 甲4に記載された発明は、本件審決が認定した広い範囲を包含するような内容では なく、以下のような範囲が限定された「原告認定甲4発明」が記載されているとい うべきである。 5 原告認定甲4発明: 「一般式(NR 2 )SiH 3 (ただし、上式において、RはC n H 2n+1 -、であり、 nは1〜4の範囲である)で表される有機シラン化合物。」 原告認定甲4発明は、本件発明1を包含する関係にあり、アルキルアミノシラン の合成に関する技術分野の同一性も認められるから、本件発明1の構成を採用する10 ことに関して、当業者の技術常識@及びAを適用する十分な動機付けがあることは 明らかである。 (エ) 本件発明1のDIPASは甲4発明に開示されているDEASと同程度又 は劣る程度のエッチ速度を示すものでしかなく、甲4発明に開示されているDEA Sに比して「顕著な特有の効果」を有することを何ら示すものではなく、本件発明15 1は甲4発明の下位概念に包含される発明として、進歩性を欠如していることから 特許性を有しない。 (オ) 前記ア(ウ)〜(カ)によると、少なくとも、本件発明2〜6は、甲4に記載され た発明の下位概念に包含される発明であって、甲4に記載された発明から当業者が 容易に想到し得るものである。本件発明7は、本件発明4における「前駆体」を「組20 成物」に変更したものであり、また、本件発明6の組成物を引用するものであって 「前記化学気相成長は、原子層堆積である」との発明特定事項を有するものである が、甲4に記載された発明の「原料ガスとしての有機シラン化合物」を原子層堆積 に用いることは当業者が容易に想到し得るものである。 (2) 被告の主張25 ア 新規性(取消事由3) 22 IUPAC命名法では、 「ノルマル」や「n-」などの接頭語は、側鎖がある場合 にのみ付与されることになったため「n-」等の接頭語がない場合は直鎖を表す(甲 111(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典6」、共立出版株式会社、1997年 9月20日発行、縮刷版第36刷943頁)。甲4において「ジプロピルアミノシ ) 5 ラン」が他の有機シラン化合物との関係でどのようにして記載されているかに着目 すれば、むしろ、当該化合物は「ジノルマルプロピルアミノシラン」を示している と理解できる。すなわち、甲4の請求項3に記載された有機シラン化合物としての 12個の化合物名及び化学式のうち、 「イソ」の文言を含んでいる化合物は、それぞ れイソブチル基を有する単一の化合物を意味していると理解するのが合理的である10 ことからすると、「ジプロピルアミノシラン」については、「イソ」の記載がされて いない以上、当業者であれば、それぞれ、「直鎖状」(ノルマル)の単一の化合物で ある「ジノルマルプロピルアミノシラン」を意味していると理解する。 イ 進歩性(取消事由4) (ア) 甲4において、DIPASは発明として記載されていないから、本来、甲415 の「ジプロピルアミノシラン((C 3H 7 )2 N)SiH 3 」の化合物名に基づいて進歩 性欠如が成り立つ余地はない。仮に、本件審決の判断のとおり、甲4の「ジプロピ ルアミノシラン」が「ジノルマルプロピルアミノシラン」 「ジイソプロピルアミノ 、 シラン」のいずれを指しているのかが明らかでないことを前提とし、 「製造・入手要 件」の欠如を理由として、本件発明1が甲4に記載された発明でないとする場合に20 は、進歩性の判断は、甲1との関連で述べたのと同じ帰結となる。 (イ) 甲4発明のDIPASを除いた発明から、当業者がDIPASを容易に製造 することができたか否かを判断するという判断手法によったとしても、甲4発明に 含まれるジエチルアミノシラン、ジメチルアミノシラン、実施例に記載されるなど の他の化合物からも、DIPASに想到し得るというべき理由は一切ない。 25 (ウ) 甲4において、DIPASは発明として記載されていないから、本件発明1 の上位概念に当たる甲4発明においては、少なくともDIPASは穴抜け状態であ 23 ることが明らかであり、上位概念である甲4発明を引用発明とした場合、DIPA Sに当業者が容易に想到し得るはずがなく、本件審決の判断に誤りはない。 (エ) 上記(ウ)のとおり、甲4発明にDIPASは含まれていない(構成が存在しな い)にもかかわらず、原告が主張するように、そのような甲4発明と、本件発明1 5 との「効果」のみを比較し、 「顕著な特有な効果」がなければ、特許性を有すると判 断するなどというのは、特許性の判断手法として明らかに合理性を欠いている。 3 取消事由5(手続違背) (1) 原告の主張 ア 審決の予告は、裁判所と特許庁との間の「キャッチボール現象」発生防止の10 ために、合議体の判断を示した後に被請求人に訂正をする機会を付与するための手 続であり、訂正請求がされない以上、審理を終結し、審決の予告どおりの審決をし なければならず、更なる審理をするための主張立証を許容することは、違法といわ ざるを得ない。本件審判での審決の予告以降の審理継続により、被告には不当に主 張立証の機会が付与された。 15 イ 本件においては、被告が、特許庁に対して、不当な後出しの主張を行い、審 理の蒸し返しをすることにより、特許庁において、制度上許されざる判断の変更が 生じている。このような運用は、立法趣旨に違反する看過し難い過ちというほかな く、デュープロセス(憲法31条)に違反する。 ウ 審決予告制度は、 「無効」 @ の特許については審決をするのに熟した場合に、 20 「審決予告」により、特許権者に、本来「訂正の機会」のみを許容しているにもか かわらず、更にかかる制度趣旨を超えて、 「無効」な特許を「有効」と争う「蒸し返 しの機会」をも特許権者に許すならば、他方でA「有効」とされる特許については、 審決をするのに熟した場合には、審判請求人に異議申立て(審理の蒸し返し)の機 会を付与せずに「審決」がなされ、かかる「有効」な特許を「無効」と争う機会が25 審判請求人には一切認められていないこととの対比により、特許権者と審判請求人 との間で平等原則(憲法14条)に違反する。 24 (2) 被告の主張 ア 特許法156条3項のように無効審判では、審判合議体は職権を行使してで も審理を尽くすことが求められるのであるから、審決の予告の後、更に審理を尽く すために当事者が主張立証することは、何ら不公平ではなく、特許権者のみに有利 5 な制度でもない。また、本件では、審決の予告に対して被告が反論(甲166)し たところ、審判合議体が原告に対して審尋を行い、原告は十分に主張立証を行った のであるから、本件審理の手続に何ら不当な点はない。 イ 原告は、本件合議体の審理がデュープロセス(憲法31条)に違反すると主 張するが、審決の予告の後に主張立証の機会を付与することは、何ら特許法の趣旨10 に反しないし、むしろ審決の予告の後の当事者の主張立証を禁ずることの方が、審 理の万全を尽くすという無効審判の制度趣旨に反するものとなる。 ウ 原告は、本件合議体の審理が特許権者と審判請求人との間に不平等を生じさ せるので、平等原則(憲法14条)に反すると主張するが、審決の予告の後に主張 立証の機会を付与することが、特許権者のみに有利であるとはいえない。予告後の15 主張立証を一律に禁ずる運用がなされているのであればともかく、そのような事実 はなく、むしろ審判便覧には予告の後に主張立証が追加されることもあり得ること を前提とした記載がされており(甲205) 本件の請求人が他の請求人に比して不 、 平等な取扱いを受けたことにはならない。 第4 当裁判所の判断20 1 本件各発明について (1) 本件明細書の記載について 本件明細書(甲156)には、次のような記載がある(下記記載中に引用する表 1及び図3については別紙1を参照)。 ア 発明の名称25 アミノシラン、シリコン含有膜の形成用前駆体、シリコン含有膜の形成用組成物 イ 背景技術 25 【0001】 半導体デバイスの製作においては、窒化ケイ素(Si 3 N 4 )又は炭窒化ケイ素(S i xC y N z)のような化学的に不活性な誘電材料の薄い不動態層が必須である。窒 化ケイ素の薄層は、拡散マスク、酸化バリアー、トレンチアイソレーション、高絶 5 縁破壊電圧を備えた金属間誘電材料及びパッシベーション層として機能する。・・・ 【0002】 最近の半導体デバイスの多くは、非常に低いエッチ速度若しくは非常に高い膜応 力、又はその両方を有する誘電膜を必要とする。さらには、良好な電気特性を維持 しながら、600℃未満の温度で膜が形成されることが好ましく必要な場合がある。 10 膜の硬さは電気部品の設計の際に考慮すべき別の因子であり、窒化ケイ素膜は実に 極めて硬い膜を提供する。 【0003】 窒化ケイ素被膜を形成するための商業的な方法の1つは、前駆体反応体としてジ クロロシランとアンモニアを用いる。ジクロロシラン及びアンモニアのような前駆15 体を使用する低圧化学気相成長(LPCVD)は、最良の膜特性を獲得するために 高い堆積温度を必要とする。例えば、750℃よりも高い温度が、適度な成長速度 と均一性を得るために必要とされる場合がある。他の処理の問題は、塩素及び塩素 副生成物の危険な側面を包含している。 ウ 発明が解決しようとする課題20 【0016】 CVD法による一般式Si x C yN z の炭窒化ケイ素膜の生成を可能にする液体ア ミノシランのクラスが見出された。これらのアミノシランは、これまで用いられて いる幾つかの前駆体とは対照的に、室温及び室圧において液体であり、好都合な取 扱いを可能にする。加えて、本発明は、このような膜を生成させるための堆積方法25 に関する。 エ 課題を解決するための手段 26 【0017】 これらのクラスの化合物は、一般に以下の式及びそれらの混合物によって表され る: 【0018】 5 【化1】 (式中、 Rは、直鎖、分枝若しくは環状の飽和若しくは不飽和C 1〜C 10 アルキル基、芳 香族、複素環、又は式Cにおいてシリルから選択され、 10 R1 は、直鎖、分枝又は環状の飽和又は不飽和のC 2 〜C 10 アルキル基、芳香族、 複素環、水素、シリル基から選択され、置換基を有していても又は有していなくて もよく、 式AにおいてRとR 1 を結合して環状基(CH 2 )n(式中、nは2〜6、好ましく は4及び5である)にすることも可能であり、かつ15 R2は、単結合、(CH 2) m鎖、環、SiR 2又はSiH2 を表す)。 【0019】 好ましい化合物は、RとR 1 の両方が少なくとも2個の炭素原子を有するような ものである。 【0020】20 CVD法において用いられる前駆体は、数多くの利点を達成することができ、こ れらの利点としては、下記の点が挙げられる: プラズマ堆積の問題を招くことなく、低い熱条件において誘電膜の形成を促進で きること; 27 Si-C結合のSi-N結合に対する比を制御すること、及びそれにより得られ る膜の特性を制御することを可能にするために、種々の化学量論量において、アミ ノシランを、他の前駆体、例えばアンモニアと混合できること; 高い屈折率及び膜応力を有する膜を生成できること; 5 低い酸エッチ速度を有する膜を生成できること; 高密度の膜を生成できること; 塩素汚染を避けながら、膜を生成できること; 製造可能なバッチ炉(100個以上のウェハ)において、低い圧力(20mTo rr〜2Torr)で操作できること;並びに10 低温、例えば550℃以下の低い温度で、Si x Cy N z膜を生成できること。 オ 発明を実施するための形態 (ア) 本発明の化合物と合成反応について 【0023】 本発明の化合物は、大気圧、及び室温、即ち25℃において液体であり、したがっ15 てトリメチル置換のアミノシランについて報告されている使用よりも有意な利点を 提供する。これらの化合物は、アミノ基の鎖中に少なくとも2個の炭素原子を有す る有機基で置換されており、従来の取扱い及び処理条件下において安定性を提供す る。 【0027】20 このクラスに含まれる幾つかの好ましい化合物の例示的なものは、以下の式に よって表される(nは2〜6、好ましくは4又は5である): 【0028】 【化3】 28 【0038】 これらの化合物は、一般に以下の反応によって合成され、これらの反応はまた、 例1、2、3及び4によって示される。 5 【0039】 【化8】 【0041】 これらの化合物の幾つかは、The Preparation and Pro10 perties of Dimethylamino and Diethyla mino Silane[Aylett及びEmsley,J.Chem.Soc. (A),p652〜655,1967]において記載されているように、モノハロシ ランと対応するアミンの反応によって合成することもできる。 【0042】15 【化9】 29 【0043】 この反応に十分適した代表的なアミンは、アルキル、環状及び複素環のものであ る。好ましいアミンは、低級アルキルアミン、例えばエチル、イソプロピル、t- ブチル及びシクロヘキシルである。さらには、アミンは、所望の生成物に応じて、 5 第1級又は第2級であることができる。 (イ) 窒炭化ケイ素膜の形成について 【0044】 炭窒化ケイ素膜の形成においては、モノ又はジアミノシランは、任意選択でアン モニア又は窒素源とともに、堆積チャンバーにおいて通常の堆積温度で反応させる10 ことができる。このような膜は、化学気相成長(CVD)、例えば低圧化学気相成長 (LPCVD)、プラズマCVD(PECVD)、原子層堆積(ALD)などのため に設計された堆積チャンバーにおいて形成することができる。本明細書で用いられ るCVDという用語は、半導体の堆積において用いられるこれらプロセスのそれぞ れを包含するものである。 15 【0045】 利点において記載したように、本明細書に記載される液体アミノシランにより、 多くの場合において、製造業者が比較的低温でCVDによって炭窒化ケイ素膜を形 成できるようになる。ただし、一般的な温度範囲は500〜700℃である。意外 にも、Si xCyN z 膜の堆積は、おそらくは1つ又は複数のSiH 3 基の高い活性に20 よって、に達成することができる。ケイ素中心におけるアンモニアアミノ基転移反 応に関する低い立体障害により、比較的低温でこれらの化合物がアンモニアと反応 し、かつ窒素濃度が増加した膜を堆積させることが可能になると考えられる。 (ウ) 実施例 a 本件各発明の化合物の合成[例2]25 【0051】 [例2] 30 [ジ-イソ-プロピルアミノシランの合成] トリフルオロメタンスルホン酸50g(0.33mol)とペンタン80mlを 250mlのフラスコに添加した。窒素の保護下でフラスコを-40℃に冷却した。 フェニルシラン35.6g(0.33mol)をゆっくりと添加した。次いで、フ 5 ラスコを-60℃に冷却した。トリエチルアミン33.3g(0.33mol)を ゆっくりと添加し、次いでペンタン15ml中ジ-イソ-プロピルアミン33.3 g(0.33mol)の溶液を添加した。添加後、フラスコの温度を室温まで徐々 に温めた。2つの液層が形成された。分液漏斗を用いて上層を分離した。蒸留によ り溶媒と副生成物のベンゼンを除去した。減圧蒸留によりジ-イソ-プロピルアミ10 ノシラン30gを得た。ジ-イソ-プロピルアミノシランの沸点は、106mmH gにおいて55℃であった。 b 本件各発明の化合物を用いた炭窒化ケイ素膜の形成 【0062】 [例7]15 [NH 3 なしでN 2 を用いたジイソプロピルアミノシラン前駆体による炭窒化ケ イ素膜の形成] 前駆体を除いて例5の手順に従った。ジイソプロピルアミノシラン(DIPAS) 10sccmを、He20sccm及びN 2 20sccmとともに、1.0Torr (133Pa)で以って、70分の堆積時間にわたり570℃で反応器に流した。 20 【0063】 平均の膜厚は46nmであり、屈折率は2.056であった。膜応力は、1.0 7×10 10ダイン/cm 2 であることが測定された。驚くべきことに、ジイソプロ ピルアミノシランに関する屈折率及び応力は、例6の前駆体と同様であった。これ らの結果は、このクラスの物質内で優れた応力値が達成され得ることを示している。 25 c 本件各発明の化合物を用いて形成した炭窒化ケイ素膜の膜質 【0069】 31 [例9] [窒化ケイ素及び炭窒化ケイ素膜のエッチ抵抗性] 本例においては、種々の窒化ケイ素及び炭窒化ケイ素膜のエッチング結果が、表 1に示される。表1は、1%の(49%)HFにおける幾つかの前駆体からの膜の 5 エッチング結果を示している。エッチ速度は、同時にエッチングされた熱成長二酸 化ケイ素のエッチ速度に対して与えられている。膜のエッチ速度が低いほど、望ま しくない二酸化ケイ素を除去するときに、幾何学的形状を維持し及び下地の層を保 護するのに良好である。 【0070】10 【表1】 【0071】 上記の表1から、DEASは、0:1〜2:1のNH 3:前駆体比において、優れ た低エッチ速度を有することが示される。一方で、0:1のNH 3:BTBAS比で さえ、2:1のNH 3:DEASよりも高いエッチ速度を得た。優れた低エッチ速度15 が低NH 3 :BTBAS比において示されるが、BTBASの応力レベルが、低 NH3:BTBASレベルでは十分でないことが思い起こされる。 【0072】 要約すると、式Si xC yN z の炭窒化ケイ素誘電膜は、CVD及び他の堆積プロ セスにより、記載されるクラスのアミノシランから生成することができる。SiH320 基の高い活性は、550℃程度の低い温度においてSi x C y N z膜堆積物の生成を 可能にするのに対し、Si xC y N z 膜を形成するための前駆体の多くが十分には機 能しないと考えられる。 【0073】 また、ケイ素中心におけるアンモニアアミノ基転移反応に関する低い立体障害に25 より、比較的低温で、これらの化合物がアンモニアと反応し、かつ窒素濃度が増加 した膜を形成することが可能になると考えられる。エチル、イソプロピル、ブチル 32 などの配位子は、それらがβ-水素化物の脱離により揮発性副生成物になるので、 優れた脱離基として作用する。後に残された炭素は、ケイ素と結合する。対照的に、 これまでに報告されたメチル基を有するアミノシラン前駆体は、この解離経路を有 していない。それらは窒素と結合したままであり、成長する膜中に組み込まれ、捕 5 捉され得る。このような捕捉されたメチル基の存在は、赤外スペクトルにおいて容 易に見分けられる(図3を参照)。しかしながら、ここで、図3においてC-Hピー クが存在しないことは、膜中に捕捉された炭化水素が非常に低いレベルにすぎない かもしれないということを示している。 (2) 本件各発明の技術的意義10 上記(1)よると、本件各発明の技術的意義は、次のとおりであると認められる。 ア 本件各発明は、半導体デバイスの製作に必須の化学的に不活性な誘電材料の 薄い不動態層に用いられる炭窒化ケイ素(Si x C y N z)をCVDにより生成する ための前駆体に関する。 【0001】 【0022】 ( 、 ) イ 化学的に不活性な誘電材料を形成するための商業的な方法の一つは、ジクロ15 ロシラン及びアンモニアのような前駆体を使用する窒化ケイ素被膜の低圧化学気相 成長(LPCVD)であるが、最良の膜特性を獲得するために高い堆積温度を必要 とするし、塩素及び塩素副生成物の危険な側面を包含している。 【0001】 【0 ( 、 003】) ウ 本件各発明は、CVDにこれまで用いられている幾つかの前駆体とは対照的20 に、室温及び室圧において液体であり、好都合な取扱いを可能にするアミノシラン を提供するものである。 【0016】 ( ) エ 本件各発明のジイソプロピルアミノシランは、大気圧及び室温において液体 であり、好都合な取扱いを可能にするほか、アミノ基の鎖中に少なくとも2個の炭 素原子を有する有機基で置換されており、従来の取扱い及び処理条件下において安25 定性を提供する。 【0016】 【0023】 ( 、 ) また、SiH3基の高い活性は、550℃程度の低い温度においてSi xC y N z 33 膜堆積物の生成を可能にし、また、ケイ素中心におけるアンモニアアミノ基転移反 応に関する低い立体障害により、比較的低温で、これらの化合物がアンモニアと反 応し、かつ、窒素濃度が増加した膜を形成することが可能になる。 (【0072】、 【0 073】) 5 2 取消事由1、2(無効理由1、2(甲1に基づく新規性・進歩性欠如の判断 誤り))について (1) 甲1に記載された発明 ア 甲1の記載 甲1には、以下のとおりの記載がある。 10 (ア) 特許請求の範囲 【請求項1】 シリコンがドープされた化合物半導体層を形成する半導体装置の製 造方法において、 前記化合物半導体層にドープするためのシリコン原料として、SiH 4 又はS i 2 H 6 と、SiH 4 又はSi 2H6 の水素基の一部をアミノ基で置換した有機アミノシラン15 系の原料とを同時に使用することを特徴とする半導体装置の製造方法。 【請求項4】 請求項1記載の半導体装置の製造方法において、 前記化合物半導体層は、有機金属気相成長法により形成することを特徴とする半導 体装置の製造方法。 (イ) 発明の属する技術分野20 【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は、半導体装置の製造方法に係り、特に、シリコ ンドープの化合物半導体層を形成する半導体装置の製造方法に関する。 (ウ) 従来の技術 【0002】25 【従来の技術】GaAsをはじめとする III-V族化合物半導体材料は、電子の有効 質量が小さい特徴的なバンド構造を有しており、高電子移動度トランジスタ(HE 34 MT:High Electron Mobility Transistor)やホットエレクトロントランジスタ (HET:Hot Electron Transistor)、或いは、ヘテロ接合バイポーラトランジス タ(HBT:Hetero-Bipolar Transistor)などの高速の半導体装置に広く適用され ている。また、これら化合物半導体材料の中には直接遷移型のバンド構造を有する 5 ものがあり、レーザダイオードなどの光半導体装置に適用されている。 【0003】これら化合物半導体材料を用いた半導体装置では、化合物半導体基板 の上に、組成やドーピング特性の異なる膜を何層にも積層したエピタキシャル膜を 使用することが多くなってきている。より高性能のデバイスを実現するために、各 層の制御性に優れ、且つ、界面急峻性を実現可能な有機金属気相成長法(MOVP10 E)法が、このようなエピタキシャル膜の形成に広く用いられている。 【0004】高速化合物半導体装置のHEMTやHBTでは、従来、電子供給層や エミッタ層にAlGaAs層を用いていたが、近年、更に高性能化が可能なInG aP層を用いるようになってきている。InGaP層へのn形ドーパントとしては、 成長中や成長後のデバイスプロセスにおいて拡散しにくいSiが一般に使用されて15 いる。MOVPE法を用いた成膜においては、ドーパント原料として一般に S i 2 H 6若しくはSiH4 が用いられている。 (エ) 発明が解決しようとする課題 【0005】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら、InGaPなど、P系の化合物半20 導体にSi2H 6 若しくはSiH 4 を用いてSiをドーピングする場合、GaAsなど のAs系の化合物半導体に対してドーピング濃度が均一になるように条件を最適化 すると、横型若しくはバレル型の炉のようにウェーハに対して平行に原料ガスが流 れる炉では、ウェーハ周辺部で濃度が大きく低下する傾向にあった。 【0006】一方、特開平7-321041号公報においては、フェニルシランな25 どの分解温度の低い原料を用いることでInGaPのドーピング濃度が均一化でき ることが示されているが、横型やバレル型の炉を用いる場合には、分解温度が低い 35 ためむしろ周辺部の濃度が高くなる傾向が出やすい。また、逆に、P系の化合物半 導体に対して条件を最適化すると、As系の化合物半導体での面内分布が劣化する。 【0007】このように、V族元素の異なる化合物半導体層を連続して成膜する場 合、これら化合物半導体層のドーピングの面内分布を均一化するのは困難であった。 5 このため、デバイスを作成したとき、ウェーハ面内でデバイス特性が大きくばらつ くことがあった。本発明の目的は、V族元素の異なる化合物半導体層を成膜する場 合に、各層におけるSiドーピングの面内均一性を向上しうる半導体装置の製造方 法を提供することにある。 (オ) 課題を解決するための手段10 【0008】 【課題を解決するための手段】上記目的は、シリコンがドープされた化合物半導体 層を形成する半導体装置の製造方法において、前記化合物半導体層にドープするた めのシリコン原料として、SiH 4 又はSi2H 6 と、SiH 4 又はSi 2H6 の水素基 の一部をアミノ基で置換した有機アミノシラン系の原料とを同時に使用することを15 特徴とする半導体装置の製造方法によって達成される。 【0009】また、上記の半導体装置の製造方法において、前記有機アミノシラン 系の原料としては、SiH 2[NR2]2、SiH2[NHR] [NR2]又はSiH 3[N R 2](但し、Rはアルカン、アルケン、アルキン、アリル又はアリールを表し、N R2 基は、NH2、NHRを含む。)のいずれかを適用することができる。また、上記20 の半導体装置の製造方法において、前記有機アミノシラン系の原料としては、 i 2 S H2[NR 2]4、Si2H3[NR 2]3 又はSi2H 4[NR2]2(但し、Rはアルカン、 アルケン、アルキン、アリル又はアリールを表し、NR 2 基は、NH 2、NHRを含 む。)のいずれかを適用することができる。 【0010】また、上記の半導体装置の製造方法において、前記化合物半導体層は、 25 有機金属気相成長法により形成するようにしてもよい。また、上記の半導体装置の 製造方法において、前記化合物半導体層は、前記化合物半導体層を成長するウェー 36 ハに対して前記シリコン原料をほぼ平行に流す成長炉により形成するようにしても よい。 (カ) 発明の実施の形態 【0014】 5 【発明の実施の形態】[本発明の原理]本発明による半導体装置の製造方法は、 SiH 4やSi 2H6 の水素基の一部をアミノ基で置換した原料(以下、有機アミノシ ラン系の原料と呼ぶ)と、SiH 4 若しくはSi2H 6 とをシリコンのドーピングガス として同時に使用することに特徴がある。 【0015】有機アミノシラン系の原料は、分解に要するエネルギーが小さいため、 10 より低温で分解する。このため、横型炉やバレル型の炉において有機アミノシラン 系の原料をSiドーパント原料として用いると、ウェーハ周辺部においてドーピン グ濃度が高くなりやすい傾向にある。一方、SiH 4 やSi2H 6 は分解温度が高いた め、ウェーハ周辺部の濃度が低下しやすい傾向にある。したがって、このような特 性を有する原料ガスを同時に使用し、これらの流量を適宜最適化することにより、 15 両者の欠点を互いにうち消し合うことが可能となり、均一なSiドーピングをする ことができる。・・・ 【0022】また、Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR2]系の原料としては、 SiH3[NH2]で示されるアミノシラン、SiH 3[NH(CH 3) 2]で示される ジメチルアミノシラン、SiH 3[NH(C2H 5)2]で示されるジエチルアミノシラ20 ン、SiH3[NH(C3H 7)2]で示されるジプロピルアミノシランやジイソプロピ ルアミノシラン、SiH 3[NH(C 4H 9)2]で示されるジブチルアミノシラン、ジ イソブチルアミノシランやジターシャリブチルアミノシランなどを適用することが できる。 【0026】また、上記の原料ようにRとしてアルカンを用いたもののほか、Rと25 してアルケン、アルキン、アリル、アリールなどの有機基を用いた有機アミノシラ ン系の原料を適用することもできる。 37 [第1実施形態]本発明の第1実施形態による半導体装置の製造方法について図1 乃至図5を用いて説明する。・・・ 【0031】同様に、インジウム原料であるTMI(トリメチルインジウム)は、 原料容器48に封入されており、MFC50によって流量が制御された水素ガスに 5 よってバブリング、気化され、原料ガス供給配管18に導入されるようになってい る。また、ドーピングのためのシリコン原料であるSiH 2[N(i-C3H 7) 2]2 (ビスジイソプロピルアミノシラン)は、原料容器52に封入されており、MFC 54によって流量制御された水素ガスによってバブリング、気化され、原料ガス供 給配管18に導入されるようになっている。 10 イ 甲1における「ジイソプロピルアミノシラン」に関する記載内容 (ア) 上記アのとおりの甲1の請求項1に係る特許請求の範囲及び【0007】 【0 008】〜【0010】 【0022】によると、甲1には、V族元素の異なる化合 、 物半導体層を成膜する場合に、各層におけるSiドーピングの面内均一性を向上し 得る半導体装置の製造方法を提供することを目的とした「有機金属気相成長法によ15 るシリコンがドープされた化合物半導体層を形成する半導体装置の製造方法におい て、前記化合物半導体層にドープするためのシリコン原料として、SiH 4 又はSi 2 H6 と、SiH 4 又はSi2H6 の水素基の一部をアミノ基で置換した有機アミノシラ ン系の原料とを同時に使用する」 「半導体装置の製造方法」の発明が記載されている ものといえる。 20 なお、このような発明においてSiH 4 又はSi 2H 6 と、SiH4 又はS i 2 H 6の 水素基の一部をアミノ基で置換した有機アミノシラン系の原料とを同時に使用する 理由は、甲1の【0015】に、 「有機アミノシラン系の原料は、分解に要するエネ ルギーが小さいため、より低温で分解する。このため、横型炉やバレル型の炉にお いて有機アミノシラン系の原料をSiドーパント原料として用いると、ウェーハ周25 辺部においてドーピング濃度が高くなりやすい傾向にある。一方、SiH 4 やSi 2 H6 は分解温度が高いため、ウェーハ周辺部の濃度が低下しやすい傾向にある。した 38 がって、このような特性を有する原料ガスを同時に使用し、これらの流量を適宜最 適化することにより、両者の欠点を互いにうち消し合うことが可能となり、均一な Siドーピングをすることができる。」と説明されるとおりである。 (イ) また、上記アによると、甲1の【0009】には、上記イ(ア)の発明の有機ア 5 ミノシラン系の原料として、SiH 3[NR2](但し、Rはアルカン、アルケン、ア ルキン、アリル又はアリールを表し、NR 2 基は、NH 2、NHRを含む。)を適用す ることができることが記載され、さらに、 【0022】には、Rとしてアルカンを用 いたSiH3[NR 2]系の原料として、SiH 3[NH(C 3H7)2]で示されるジプロ ピルアミノシランやジイソプロピルアミノシランを適用することができることが記10 載されている。 (ウ) ここで、甲1に記載された「ジイソプロピルアミノシラン」なる名称自体は、 一般には本件発明1の【化1】の式で示されるアミノシランを示しているものと理 解され、この点について当事者間に争いはない一方、甲1の【0022】に記載さ れた「SiH 3[NH(C 3H 7) 2]」との化学式は、「ジイソプロピルアミノシラン」15 に対応する本件発明1の【化1】の式で示されるアミノシランとは明らかに整合し ないものとなっているから、甲1の【0022】に記載された「SiH 3[NH(C 3 H 7)2]で示されるジイソプロピルアミノシラン」との事項は、化学物質の名称と 化学式とが対応していない点において技術的な誤りがある。 これに関し、上記「SiH 3[NH(C3H7)2]で示されるジイソプロピルアミノ20 シラン」は、甲1の【0022】において、 「Rとしてアルカンを用いたSiH 3[N R2]系の原料」の一例として列挙されているもので、かつ、かかる原料一般式のR に「イソプロピル基」も該当し得ることは明らかであるから、本件発明1の【化1】 の式で示されるアミノシランと認識される「ジイソプロピルアミノシラン」は、上 記一例として整合している一方、 「SiH 3[NH(C 3H7)2]」なる化学式は、 「Si25 H3[N(C 3H7)2]」の誤記であると理解するのが合理的である。 (エ) 以上によると、甲1には、実質的に「SiH 3[N(C 3H7)2]」との化学式 39 に対応した化学物質の名称である「ジイソプロピルアミノシラン」が記載されてい るといえる。 ウ 甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピルアミノシラン」を 特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」に認定することの可否 5 (ア) 判断基準 a 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に 記載された発明」については特許を受けることができないと規定し、同条2項は、 同条1項3号に掲げる発明も含め、「特許出願前にその発明の属する技術の分野に おける通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をするこ10 とができたとき」については特許を受けることができないと規定するものであると ころ、上記「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に当 該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が 技術的思想の創作であること(同法2条1項)に鑑みれば、当該刊行物に接した当 業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常15 識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示さ れていることを要するものというべきである。 特に、少なくとも化学分野の場合、化学物質の化学式や名称を、その製造方法そ の他の入手方法を見いだせているか否かには関係なく、形式的に表記すること自体 可能である場合もあるから、刊行物に化学物質の発明としての技術的思想が開示さ20 れているというためには、一般に、当該化学物質の構成が開示されていることに止 まらず、その製造方法その他の入手方法を理解し得る程度の記載があることを要す るというべきである。また、刊行物に製造方法その他の入手方法を理解し得る程度 の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能 力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の25 入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。 b 以上を前提として検討するに、上記イ(エ)のとおり、甲1には、実質的に 40 「SiH3[N(C3H7)2]」との化学式に対応した化学物質の名称である「ジイソプロ ピルアミノシラン」が記載されているといえるものの、甲1によってもその製造方 法その他の入手方法を理解し得る程度の記載は見当たらない。 したがって、甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピルアミノシ 5 ラン」を認定するためには、甲1に接した本件優先日前の当業者が、思考や試行錯 誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日前の技術常識に基づいて、 「ジイ ソプロピルアミノシラン」の製造方法その他の入手方法を見いだすことができたと いえることが必要である。 (イ) 「ジイソプロピルアミノシラン」の製造方法その他の入手方法に関する技術10 常識の検討 a 原告が本件審判で本件優先日前のアミノシランを製造する方法に関する技 術常識の根拠として提示をした甲12及び甲16には、それぞれ以下の記載がある。 (a) 甲12の記載事項 「ジメチルアミノシランはC及びDによってジメチルアミン及びクロロシラン15 の反応から求められた・・・E及びFは、ジメチルアミン及びブロモシランからア ミノシランを85%の収率で調整した。 ・・・G及びHは、ジメチルアミノシランの n.m.r.スペクトルを研究し・・・彼らは、ジメチルアミン及びヨードシラン から彼らのサンプルを調製した・・・」(652頁左欄1〜19行) 「ジメチルアミン及びジエチルアミンは気相中でヨードシランと迅速に反応し、 20 ほぼ定量的な収量で対応するジアルキルアミノシランを生成した。 SiH 3I+2NHR2→SiH3NR2+NH2R2I(R=Me,Et) (1)(652 」 頁左欄20〜24行) 「ジメチルアミノシラン-調製。ヨードシラン(522.4mg,3.31mm ol)は気相中でジメチルアミン(286.1mg,6.37mmol)と反応し25 た。装置は説明されている。蒸気が混合されるとすぐに、白い固体が煙として生成 された。室温にて15分後、揮発性生成物をポンプで取り除いた;約4時間を要し 41 た。生成物(237.0mg,3.16mmol,95%)は、-96°に保持しな がら、繰り返し分画することにより精製された。 654頁左欄下から13〜5行) 」 ( 「ジエチルアミノシラン-調製。ヨードシラン(260.6mg,1.65mm ol)は気相中でジエチルアミン(239.0mg,3.27mmol)と反応し 5 た。15分後、すべての揮発性生成物をポンプで取り除いた(<1/2時間)。-7 8°に保持しながら、フラクションにより、ジエチルアミノシラン(167.4mg, 1.63mmol,99%)を得た。 (654頁右欄下から6〜2行) 」 (b) 甲16の記載事項 「ジエチル(シリル)アミンのサンプルは、ジエチルアミンとクロロシランの気10 相中での反応により調製された。 (340頁10〜11行) 」 b そして、甲12及び甲16の上記各記載事項によると、ジメチルアミノシラ ンやジエチルアミノシランが、ジメチルアミンやジエチルアミンと、ヨードシラン やクロロシランの反応により製造できること、当該反応は気相中、室温下で進行す ることについては、本件優先日前の技術常識であったといえる。他方、 「ジイソプロ15 ピルアミノシラン」の製造方法が本件特許の優先日前に知られていたことを認める に足りる証拠はない。 c また、原告は「アルキル基の嵩高さによる立体障害の存在により、反応が進 行しにくくなることはあっても、反応そのものが進行しないわけではなく、反応速 度や反応生成物の収率の問題が生ずる程度である」と主張するが、原告作成の甲220 18(36頁)によっても「立体障害とは、Rが嵩高いことで、SiとNの間の結 合が邪魔されて、反応が進行しにくくなること」と説明されているように、一般に、 化学反応の進行のしやすさは、分子の立体障害の違いにより変わることが知られて いるところ、原告が本件優先日当時のアミノシラン類の合成に係る技術常識を示す ものとして提出する甲202においても、 「ジイソプロピルアミノシラン」の合成方25 法に関する文献の記載がないことに加え、甲202に挙げられている合成方法に関 する文献が記載されたアミノシラン類の7つの化合物(ジメチルアミノシラン、ジ 42 エチルアミノシラン、ジフェニルアミノシラン、1-アゼチジニルシラン、1-ピ ロリジニルシラン、1-ピロリルシラン、1-ピペリジニルシラン)の合成方法や 条件を比較しても化合物によって合成の反応条件が異なることからも、仮に反応式 が一般化できたとしても、当業者にとって、その下位概念に含まれる化合物の合成 5 方法が直ちに理解できるとか、又は技術常識であったとまでは認められない。 d そうすると、本件優先日前において、甲12及び甲16に記載されるように、 メチルアミノシランやジエチルアミノシランが、ジメチルアミンやジエチルアミン と、ヨードシランやクロロシランの反応により製造できることは技術常識であった としても、ジイソプロピルアミノシランを製造できることまでは知られていなかっ10 たものといえる。 e さらに、甲101の1・2は、被告の分割前の会社であるエア プロダクツ アンド ケミカルズ インコーポレイテッド(本件特許登録時における特許権者) が、本件優先日の翌年の2006年(平成18年)9月27日に、ジイソプロピル アミノシランをCAS(アメリカ化学会の下部組織である Chemical Abstracts15 Service の略称。アメリカ化学会が発行する Chemical Abstracts 誌で使用されるC AS登録番号の登録業務を行っている。)に登録し、「公に公開されることを認め、 了解します」と陳述したものであって、それ以前にジイソプロピルアミノシランが CASに登録された事実はうかがわれないこと、本件優先日やCASの登録の20 06年以降、DIPASが記載された文献が増えており(甲138)、本件出願の公20 開やCASの登録が契機となってDIPASに関連する文献が公表されることに なったものと認められる。 そして、このほか、本件優先日前の当業者が、ジイソプロピルアミノシランの製 造方法その他の入手方法を容易に見いだすことができたと認めるべき事情はうかが われない。 25 (ウ) 小括 以上によると、甲1に接した本件優先日前の当業者が、思考や試行錯誤等の創作 43 能力を発揮するまでもなく、本件優先日前の技術常識に基づいて、ジイソプロピル アミノシランの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない。 この点、原告は甲12及び甲16の記載に基づく実験結果(甲30、31、21 2、216)をもって、本件優先日当時、ジイソプロピルアミノシランが製造でき 5 たと主張する。しかし、そもそもこれらの実験は、本件優先日後に事後的に行われ たものである上に、これらの実験結果についてみると、甲30や甲212に記載さ れた沸点はジイソプロピルアミノシランの沸点と一致せず、甲216には、それら の記載の沸点が誤記であることの説明がされているものの、誤記の合理的な説明が されていないこと、甲31の実験は液相反応であって甲16の実験の条件である気10 相反応を満たしていないことなどの疑義があり、その信用性に疑問があるほか、こ れらの具体的な実験内容によっても、当業者が思考や試行錯誤等の能力を発揮する までもなく、製造方法その他の入手方法を見いだすことができたと評価できるもの ではなく、原告の上記主張は採用できない。 したがって、甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピルアミノシ15 ラン」を、特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」と認定することは できない。 よって、甲1に記載された発明として「ジイソプロピルアミノシラン」が記載さ れていることを前提とする原告の主張はいずれも理由がない。 エ 本件審決が認定した甲1発明及び甲1’発明について20 (ア) 本件審決は、甲1に記載された発明として、次の発明を認定している。 甲1発明 「Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR2]系の有機アミノシラン。」 甲1’発明 「有機金属気相成長法によるシリコンがドープされた化合物半導体層の形成に25 用いられる、シリコン原料としてのRとしてアルカンを用いたSiH 3[NR 2]系 の有機アミノシラン。」 44 (イ) 甲1(【0008】〜【0010】 【0022】 、 )によると、有機金属気相成 長法による、シリコンがドープされた化合物半導体層の形成に用いられるシリコン 原料としての有機アミノシラン系の原料が記載され、有機アミノシラン系の原料と して、Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR 2]系の原料が記載されていること 5 が、また、SiH3[NR2]系の有機アミノシランは、甲12や甲16に記載の技術 常識から、その一例であるジメチルアミノシランやジエチルアミノシランの製造方 法を見いだすことができたことが認められる。 以上によると、本件審決における甲1発明及び甲1’発明の認定内容に誤りがあ るとはいえない。 10 また、甲1発明及び甲1’発明は、上記ウ(ア)のとおり、「刊行物に製造方法その 他の入手方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者 が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に 基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要である というべきである。 との前提において、 」 刊行物に記載された発明としての内容を把15 握すべきものといえるから、一見すると、甲1発明及び甲1’発明の有機アミノシ ランに包含されるような化合物であっても、上記前提を満たさないものについては、 刊行物に記載された発明としての甲1発明及び甲1’発明の有機アミノシランには 包含されないものと解される。 したがって、本件審決の新規性の判断における「甲1には、 「SiH3[N(C3H20 7)2]」で示される「ジイソプロピルアミノシラン」という化学物質の発明が記載さ れているとは認められないとして、甲1発明に「「SiH3[N(C3H7)2]」で示さ れるジイソプロピルアミノシラン」を包含しないとする認定判断に誤りがあるとは いえない。また、同様に、本件審決の甲1’発明についても「SiH3[N(C 3H7) 2]」で示される「ジイソプロピルアミノシラン」を包含しないとする認定判断に誤25 りがあるとはいえない。 (2) 本件審決の甲1に基づく新規性・進歩性欠如に関する判断について 45 ア 本件発明1 (ア) 前記第2の2及び上記(1)エに基づき本件発明1と甲1発明とを対比すると、 両発明の化学物質に関し、本件発明1は【化1】の式により示されるアミノシラン であるのに対し、甲1発明は「Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR 2]系の有機 5 アミノシラン。」であり、「SiH 3[N(C3H7)2] 「 」で示されるジイソプロピルア ミノシラン」を包含していない点において相違している(相違点1)。 (イ) そして、以下 a〜c のとおり、甲1発明を基にして検討し、本件発明1の上記 相違点1に係る構成を、本件優先日前に当業者が容易になし得たものとはいえない。 a 上記(1)ウ(イ)で検討したように、本件優先日前にジメチルアミノシランやジ10 エチルアミノシランが製造できることは知られていても、ジイソプロピルアミノシ ランを製造・入手できることまでは知られていなかったといえ、通常の創作能力を 有する当業者であっても、本件優先日前に本件発明1のジイソプロピルアミノシラ ンを得ることが容易であったとはいえない。 b 甲1発明に対し、置換基を構成する炭化水素基の大きさが大きい(炭素数の15 大きい)有機置換基を導入したものの方が、より安定するといったアミノシラン類 の安定性に関する当業者の技術常識(甲202)を勘案した場合でも、本件発明1 に記載されている「ジイソプロピルアミノシラン」が、本件明細書【0023】に 記載される「従来の取扱い及び処理条件下において安定性を提供する」ことまでは 予測できるといえるものの、それと同時に、本件明細書【0072】 【0073】に20 要約されるように炭窒化ケイ素誘電膜を比較的低温で形成できるような反応性の高 さを兼ね備えるという、安定性とは相反するような性質をも両立させられる効果ま では、予測できたものとはいえない。そうすると、仮に、本件優先日前にジエチル アミノシランを製造・入手できる技術常識が存在していたとしても、予測できない 効果を奏する本件発明1のジイソプロピルアミノシランを得ることが容易であった25 とはいえない。 c また、甲2には、化学蒸着法に関する用語「化学蒸着」の定義「気相化学反 46 応によって、基板(2001参照)上に膜を形成させること。化学気相成長ともい う。略称、CVD。(13頁番号4001) 」 、化学蒸着法に関する用語「前駆体」の 定義「化学反応(4002参照)において、生成物のすぐ前段階に存在して、生成 物と構造上密接な関係がある物質。」 (13頁番号4010) 化学蒸着法に関する用 、 5 語「原料ガス」の定義「膜形成時に使用される膜成分を含むガス。反応ガスともい う。(13頁番号4011) 」 、化学蒸着法に関する用語「MOCVD」の定義「有機 金属化合物を原料ガス(4011参照)とするCVD(4001参照)。有機金属気 相成長ともいう。 (14頁番号4027)との記載があるが、甲2には「ジイソプ 」 ロピルアミノシラン」に関する記載はなく、その製造方法その他の入手方法を把握10 することはできない。 (ウ) なお、仮に、甲1の請求項1に記載された「SiH 4 又はSi2H6 と、SiH 4 又はSi 2H6 の水素基の一部をアミノ基で置換した有機アミノシラン系の原料」の 中から、本件特許の優先日前の技術常識として製造できることが知られていた「ジ メチルアミノシラン」や「ジエチルアミノシラン」等の具体的な化合物を選択し、 15 甲1発明及び甲1’発明に代えて用いる別の引用発明を認定した場合を考えても、 上記(イ)と同様に、当該別の引用発明からも、本件発明1の当審で認定した相違点1 に係る構成を本件優先日前に当業者が容易になし得たものとはいえない。 (エ) したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明ではなく、甲1に記載さ れた発明及び甲2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすること20 ができたものでもない。本件審決が、「相違点1が容易想到であるというためには、 本件特許の優先日当時に、当業者がジイソプロピルアミノシランを容易に製造する ことができたことを立証する必要がある」ところ、 「甲1には、本件特許の優先日当 時に、当業者がジイソプロピルアミノシランを容易に製造することができたことが 記載も示唆もされるものではないし、そのほかに、このことを示す証拠もない。」旨25 を判断し、甲1発明から本件発明1との相違点につき容易想到性が認められないと 判断した点は、上記の趣旨を判断したものと解されるから、本件審決に誤りがある 47 とはいえない。 イ 本件発明2〜7 (ア) 前記第2の2及び上記(1)エに基づき本件発明2〜7と甲1’発明とをそれ ぞれ対比すると、少なくとも、両発明の化学物質に関し、本件発明2〜7の前駆体 5 又は組成物は、【化2】の式により示される前駆体であるか、【化3】の式により示 されるジイソプロピルアミノシランを含むシリコン含有膜形成用の組成物であるの に対し、甲1’発明は、 「Rとしてアルカンを用いたSiH 3[NR2]系の有機アミ ノシラン」であり、 「SiH3[N(C 3H7)2] 「 」で示されるジイソプロピルアミノ シラン」を包含していない点において相違している。 10 (イ) そして、発明に含まれる化学物質の相違内容の点において、当審で認定した 相違点1’は当審で認定した相違点1と同内容のものであるといえるから、上記ア と同様のことがいえる。 (ウ) また、甲3には、【請求項1】「チャンバ内に基板を設置する段階(a)と、 前記チャンバ内にSiおよびアミノシランを含む第1反応物質を導入する段階(b)15 と、前記第1反応物質の一部を前記基板上に化学吸着させ、前記第1反応物質の他 の一部を前記基板上部に物理吸着させる段階(c)と、前記段階(c)で前記基板 上部に物理吸着された前記第1反応物質を前記チャンバから除去する段階(d)と、 前記チャンバ内部に第2反応物質を導入する段階(e)と、前記段階(c)で前記 基板上に化学吸着された前記第1反応物質に、前記第2反応物質の一部を化学的に20 反応させ、前記基板上にシリコン含有固体物質を形成する段階(f)と、前記第2 反応物質の反応しない部分を前記チャンバから除去する段階(g)と、を含むこと を特徴とするシリコンを含有する固体薄膜層を形成するための原子層積層方法」と の記載、 【0002】 【従来技術】 「一般的に、Si3N4 およびSiO 2 薄膜は化学気相 蒸着(CVD)、減圧化学気相蒸着(LPCVD)、プラズマ-励起化学気相蒸着(P25 ECVD)などのような積層方法を使用して形成される」との記載、 【0005】 「近 年、Si 3N 4 およびSiO2 薄膜を形成するためのCVDによる方法として、原子層 48 蒸着(ALD;Atomic Layer Deposition)が提案されてい る。ALDとは、原子の表面運動体系(surface kinetic regi me)による表面制御工程のことであり、特に、基板表面上に2次元的積層(tw o-dimesional layer-by-layerdeposition) 5 を形成する技術のことである。ジクロロシラン(DCS)およびNH 3 プラズマを使 用するALD積層方法で、Si 3N4 薄膜を形成する例は、Goto等によって開示 されている(Goto et al.,Appl.Surf.Sci.,112,75 〜81(1997);Appl.Phys.Lett.68(23),3257〜9 (1996) 。 ) しかし、この方法で製造される薄膜は、不純物である塩素を0.5%10 程度含み、かつ酸素を許容できないほど多く含むという問題がある。さらに、Si およびNがSi:N=41:37の成分比で結合するために、化学量論的なS i 3 N 4 薄膜を形成できない。また、薄膜の成長速度が1サイクル(300秒)当たり0. 91Åと遅く、工業生産に不利である」との記載がある。 また、甲6には、【0012】「化学気相堆積(CVD)は、マイクロ電子デバイ15 ス構造体の高密度大規模製造に最適な薄膜堆積法であり、半導体製造業者はその使 用に関する広範な専門知識を有する。有機金属CVD(MOCVD)、より特定的に は原子層MOCVD(ALCVD)は、より低い堆積温度を可能にするとともに形 成される層の化学量論および厚さのより厳密な制御を可能にするので、とくに有利 な方法である」との記載、【0096】「本発明の誘電体薄膜を堆積させるために使20 用する特定のCVD法は、当業者に公知の多く方法のうちの1つであってよい。本 発明の金属アミド源試薬化合物およびアミノシラン源試薬化合物を供給および堆積 させるのにとくに好ましいCVD法としては、液体供給化学気相堆積(LDCVD) および原子層化学気相堆積(ALCVD)が挙げられる」との記載がある。 しかし、上記甲2、甲3及び甲6にはジイソプロピルアミノシランに関する記載25 はなく、その製造方法その他の入手方法を把握することはできない。 (エ) したがって、本件発明2〜6は、甲1に記載された発明及び甲2に記載され 49 た技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件 発明4及び7は、甲1、甲3及び甲6に記載された発明並びに甲2に記載された技 術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。本件審決 が「甲3及び甲6にも、化合物半導体膜にシリコンをドープするためのシリコン原 5 料として、 「ジイソプロピルアミノシラン」という化学物質を用いることは記載され ていないから」「相違点1の検討と同様、甲1に記載された発明及び甲2、3、6 、 の記載事項から、当該相違点1’に係る本件発明2〜7の構成を有するものとする ことは、当業者が容易に想到し得るものではない。」旨を判断し、甲1’発明から本 件発明2〜7との相違点1’につき容易想到性が認められないと判断した点は、上10 記の趣旨を判断したものと解されるから、本件審決に誤りがあるとはいえない。 (3) 原告の主張について ア 前記第3の1(1)ア(ア)及び(イ)の原告の主張は、本件各発明と対比される刊 行物に記載された発明の化学物質として、製造方法その他の入手方法を見いだすこ とができないとの意味において、実体を伴わず形式的に記載された化学物質も認定15 可能であることを前提とするものであるが、上記(1)ウ(ア)に判断したとおりであっ て、採用できない。 イ 前記第3の1(1)ア(ウ)及び(エ)の原告の主張につき、本件優先日当時の技術 常識@及びAを有する当業者が甲1のジイソプロピルアミノシランの記載に接した 場合には、ジイソプロピルアミノシランの製造方法を認識できる旨の主張もしてい20 るが、仮に、原告が主張するような二つの技術常識@及びAを基に、その製造方法 を見いだせる可能性が考えられたとしても、それを実現するには、少なくとも二つ の技術常識を組み合わせる特別の思考が必要であって、当業者が何らの創作能力を 発揮することなく見いだせたとまではいえない。 したがって、前記第3の1(1)ア(ウ)及び(エ)の主張は採用できない。 25 ウ 前記第3の1(1)ア(オ)の原告の主張につき、被告は、甲217の意見書に述 べられているDIPAS、DSBAS及びDTBASはいずれも嵩高い化合物であ 50 るから、当業者がこれらの化合物が同様の製造方法で製造できると理解することは あったとしても、当業者が嵩高くないジエチルアミノシランの製造方法に基づいて、 嵩高いDIPASを容易に製造し得ると考えることはない旨を主張しているところ、 原告の主張する甲217の記載をもって、直ちに、ジイソプロビルアミノシランを 5 製造できたと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、採用で きない。 エ 前記第3の1(1)ア(カ)の原告の主張は、上記(1)ウのとおり、原告による実験 結果を参酌するまでもなく、甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロ ピルアミノシラン」を認定することはできないから、採用できない。 10 オ 前記第3の1(1)イ(ア)の原告の主張は、刊行物に記載された発明から、どの ようにして実施できるかも分からない発明を当業者が容易になし得たとする不合理 な判断を許容する内容というものであって、採用できない。 カ 前記第3の1(1)イ(イ)及び(ウ)の原告の主張は、いずれも甲1に記載された 発明として、本件発明1を包含する上位概念の発明が認定できることを前提とする15 が、上記(1)ウのとおり、「製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとは いえない」との理由から甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピル アミノシラン」を認定することはできない以上、同様の理由により、甲1に記載さ れた発明として「ジイソプロピルアミノシラン」を包含する発明を認定することが できず前提を欠くから、いずれも採用できない。また、前記第3の1(1)ア(キ)〜(サ)20 及びイ(エ)〜(オ)の原告の主張も前提を欠き採用できない。 (4) 小括 以上によると、「本件発明1〜7が甲1に記載された発明に対して新規性及び進 歩性が欠如しているとはいえないので、無効理由1及び2には理由がない。 とした 」 本件審決の判断に誤りはなく、取消事由1、2は理由がない。 25 3 取消事由3、4(無効理由3、4(甲4に基づく新規性・進歩性欠如の判断 誤り))について 51 (1) 甲4に記載された発明 ア 甲4の記載 甲4には、以下のとおりの記載がある。 (ア) 特許請求の範囲 5 【請求項1】一般式(R 1R 2N)nSiH 4-n(ただし、上式において、R 1、R 2 がH -、CH3-、C2H 5-、C3H7-、C4H9-のいずれかであり、そのうち少なくとも 一つがH-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物を原料 ガスとして化学気相成長法により窒化珪素膜を形成することを特徴とする半導体装 置の保護膜形成方法。 10 【請求項2】有機シラン化合物を2種類以上組み合わせて用いる請求項1に記載 の半導体装置の保護膜形成方法。 【請求項3】有機シラン化合物が、 トリスジメチルアミノシラン((CH 3) 2N)3SiH、 ビスジメチルアミノシラン((CH 3) 2N)2SiH2、 15 ジメチルアミノシラン((CH 3)2N)SiH3、 トリスジエチルアミノシラン((C 2H 5)2N)3SiH、 ビスジエチルアミノシラン((C 2H5) 2N)2SiH2、 ジエチルアミノシラン((C 2H5) 2N)SiH3、 トリスジプロピルアミノシラン((C 3H 7)2N)3SiH、 20 ビスジプロピルアミノシラン((C 3H 7)2N)2SiH 2、 ジプロピルアミノシラン((C 3H7) 2N)SiH 3、 トリスジイソブチルアミノシラン((C 4H 9) 2N)3SiH、 ビスジイソブチルアミノシラン((C 4H 9)2N)2SiH2、 ジイソブチルアミノシラン((C 4H9) 2N)SiH 3 である請求項1または2に記25 載の半導体装置の保護膜形成方法。 (イ) 産業上の利用分野 52 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は半導体装置の薄膜作成方法に関するものであり、特 に高信頼性を有する半導体を保護するパッシベーション膜の製造方法に関するもの である。 5 (ウ) 従来の技術 【0002】 【従来の技術】半導体装置の保護膜はデバイスの活性領域への外部から来る水分や ナトリウムなどのアルカリ金属等の異物の侵入を遮断するとともに、その硬い膜に よりデバイスを損傷から保護することなどの働きにより、デバイスの信頼性を向上10 させる手法として用いられてきている。半導体装置にとって信頼性は最も重要な ファクターであり、その製造ラインの評価を決定するものと言える。 【0003】 この保護膜の形成技術はその目的(保護対象、形成温度等)に応じて、種々の膜が 開発、実用化されてきたが、その中でも、不純物侵入阻止効果(アルカリイオン、 15 水分)、機械的強度、ステップカバレッジの点から窒化珪素膜(SiN膜)が最も 有効であると考えられ、現在広範囲に使用されている。 【0004】 このSiN膜の合成法として、シランガスとアンモニア(もしくは窒素)を原料ガ スとし、比較的低温で合成できるプラズマCVD(RECVD)法が一般的に用い20 られる。プラズマCVD法の他には、熱CVD法による合成法もある。この方法に よるとプラズマCVD法で合成した膜と比較して密度、水素含有量は向上するが、 膜応力は増大してしまう。さらに、この方法は成膜時に700〜1000℃という 高温加熱を必要とするため、保護膜として成膜する場合プロセス的に不可能であ る。 25 (エ) 発明が解決しようとする課題 【0005】 53 【発明が解決しようとする課題】上述したごとく、プラズマ合成SiN膜(正確に はSiNxHy 膜)は優れた物性を持つが、いくつかの問題点が指摘されている。例 えば、膜応力が大きい点であり、膜応力がAl配線にかかりボイドの発生等の配線 の劣化が起こり、ついには断線に至ってしまう可能性がある。また、水素含有量が 5 多い点も挙げられ、膜中の含有水素がデバイスのSiO 2/Si面に侵入し、MOS 特性劣化の原因となると考えられている。さらに、プラズマからの電子やイオンの 照射によるデバイスの損傷も考慮する必要がある。今後、デバイスがより微細化、 高密度化するとこれらの問題が顕著になり、Al配線やデバイスの信頼性が劣化す る可能性がある。 10 【0007】 したがって、本発明は、硬度、応力、水素含有量など全てにおいて満足できる信頼 性の大きな半導体装置の保護膜形成方法を提供することを目的とする。 (オ) 課題を解決するための手段 【0008】15 【課題を解決するための手段】本発明者らが鋭意努力検討した結果、上記プラズマ SiN膜の問題点は、プラズマ内で生成する活性種に選択性がないことから生じる ことが原因であることを見いだした。すなわち、プラズマ放電空間内で原料ガスは 電子衝突で分解し反応が進むが、この時の電子エネルギーはある分布を持つため、 反応が複雑になり、成膜に関与する反応活性種が種々存在するようになる。そのた20 め成膜パラメータをどのように変えても、膜の物性は最適化されずに、例えば、水 素含有量と応力との間でトレードオフ現象が生じる。従って、成膜に関与する活性 種をある程度決定、制御することにより、本問題を解決できることが判った。反応 を制御する方法としてプラズマのかわりに熱分解反応を用いる方法が考えられる。 従来の熱CVD法の原料ガスはシランと窒素やアンモニアを用いているため、前述25 したごとく成膜には800℃程度にまで上げなければならなかった。このため、本 研究者らは低温化できるガスについて、研究を深めた結果、今回新しい有機系の反 54 応ガスを発見するに至った。・・・ 【0009】 すなわち、本発明は、一般式(R 1R2N)nSiH 4-n (ただし、上式において、R 1、R 2 がH-、CH 3-、C 2H5-、C3H 7-、C 4H 9- 5 のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH-でない。nは1〜4の整数であ る)で表される有機シラン化合物を原料ガスとして化学気相成長法により窒化珪素 膜を形成することを特徴とする半導体装置の保護膜形成方法を提供する。 【0011】 有機シラン化合物としては、トリスジメチルアミノシラン((CH 3)2N)3SiH、 10 ビスジメチルアミノシラン((CH 3)2N)2SiH2、ジメチルアミノシラン((CH 3 )2N)SiH3、トリスジエチルアミノシラン((C 2H 5)2N)3SiH、ビスジエチ ルアミノシラン((C2H5)2N)2SiH 2、ジエチルアミノシラン((C 2H5)2N)S iH3、トリスジプロピルアミノシラン((C 3H7)2N)3SiH、ビスジプロピルア ミノシラン((C 3H7)2N)2SiH2、ジプロピルアミノシラン((C 3H7)2N)Si15 H3、トリスジイソブチルアミノシラン((C 4H9)2N)3SiH、ビスジイソブチル アミノシラン((C 4H9)2N) 2SiH2、ジイソブチルアミノシラン((C 4H9) 2N) SiH 3 を用いるのが好ましい。 (カ) 発明の作用 【0012】20 【発明の作用】以下に本発明をさらに詳細に説明する。本発明の方法により半導体 装置に保護膜を形成するに際しては、有機シラン化合物を原料ガスとして化学気相 成長法により半導体装置上に窒化珪素膜を形成する。 【0013】 本発明においては、有機シラン化合物としては、一般式25 (R1R2N) nSiH 4-n 55 (ただし、上式において、R 1、R 2 がH-、CH 3-、C 2H5-、C3H 7-、C 4H 9- のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH-でない。nは1〜4の整数であ る)で表される有機化合物を少なくとも1種用いる。 【0014】 5 上記有機シラン化合物としては、有機シラン化合物が、トリスジメチルアミノシラ ン((CH3)2N)3SiH、ビスジメチルアミノシラン((CH 3)2N)2SiH2、ジ メチルアミノシラン( CH 3)2N)SiH3、トリスジエチルアミノシラン ( ((C2H5)2N)3SiH、ビスジエチルアミノシラン((C 2H5)2N)2SiH2、ジエ チルアミノシラン( C 2H5)2N)SiH3、トリスジプロピルアミノシラン (10 ((C3H7)2N)3SiH、ビスジプロピルアミノシラン((C 3H 7)2N)2SiH2、 ジプロピルアミノシラン((C 3H 7)2N)SiH3、トリスジイソブチルアミノシラン ((C 4H9)2N)3SiH、ビスジイソブチルアミノシラン((C 4H9)2N)2SiH 2、 ジイソブチルアミノシラン((C 4H9) 2N)SiH 3 を用いるのが好ましい。 【0015】15 本発明の方法を実施する際にしては、図1に模式的に示す装置を用いるのが好適で ある。同図において、1は原料ガス、2は基板、3はヒータ、4はオイルバス、5 は成膜室、6はノズル、7は排気ポンプ、8はストップバルブ、9はガスラインで ある。 【0016】20 本発明の保護膜形成法によれば、本原料ガスを用い、反応を制御(温度、添加ガス 等)することで、適当な反応活性種を選択でき、それにより膜中のSi-H、N- H結合密度を自在に変化させられることができ、膜中水素含有量を制御できる。ま た応力に関しても膜中のSi/N比等を調整することにより、適当な真性応力値に 設定できる。またこの2つの効果を同時に達成できる。またプラズマを用いていな25 いため電子やイオン等による照射損傷はない。さらに、ステップカバレッジの点で も有機材料の流動性から従来のプラズマSiN膜よりは改善される。デバイスへ与 56 える効果としては、応力が配線に与えるストレスマイグレーション等の影響を低減 でき、寿命が向上する。また、プラズマCVD膜の特徴である膜中の未反応結合手 (ダングリングボンド-水素移動の原因と考えられる)が少ない膜が得られるため MOSデバイスへの影響が低減できる。 5 (キ) 実施例 【0017】 【実施例】以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。 (実施例1)本実施例においては、図1に示す装置を用いて成膜を行った。原料ガ スとしてはトリスジメチルアミノシラン((CH 3) 2N)3SiHを用いた。・・・10 【0018】 (実施例2)本実施例においても、実施例1と同様に図1に示す装置を 用いて成膜を行った。原料ガスとしてはビスジエチルアミノシラン ((C2H5)2N)2SiH 2 を用いた。・・・ 【0019】 (実施例3)本実施例においても、実施例1と同様に図1に示す装置を用いて成膜15 を行った。原料ガスとしてはジメチルアミノシラン((C 2H5)2N)SiH 3 とトリ スジメチルアミノシラン((CH 3)2N)3SiHを種々の比率で混合したものを用 いた。・・・ イ 甲4における有機シラン化合物に関する記載内容 (ア) 上記アの甲4の請求項1に係る特許請求の範囲及び【0007】の記載によ20 ると、甲4には、硬度、応力、水素含有量など全てにおいて満足できる信頼性の大 きな半導体装置の保護膜形成方法を提供することを目的とした、 「一般式(R 1R 2N) n SiH4-n(ただし、上式において、R 1、R2 がH-、CH3-、C2H 5-、C 3H 7-、 C4H9-のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH-でない。nは1〜4の整 数である)で表される有機シラン化合物を原料ガスとして化学気相成長法により窒25 化珪素膜を形成する」 「半導体装置の保護膜形成方法」の発明が記載されているもの といえる。 57 (イ) また、甲4の請求項3に係る特許請求の範囲並びに【0011】及び【00 14】の記載によると、上記(ア)の発明で用いられる特定の有機シラン化合物として 好ましい具体的な化合物としては、「トリスジメチルアミノシラン((CH3)2N)3 SiH、ビスジメチルアミノシラン((CH 3)2N)2SiH2、ジメチルアミノシラン 5 ((CH3)2N)SiH 3、トリスジエチルアミノシラン((C2H5)2N)3SiH、ビ スジエチルアミノシラン( C2H5)2N)2SiH2、ジエチルアミノシラン ( ((C 2 H 5 ) 2 N)SiH 3、トリスジプロピルアミノシラン (C 3H7) N) SiH、 ( 2 3 ビスジプロピルアミノシラン((C 3 H 7 ) 2 N) 2 SiH 2 、ジプロピルアミノシラン ((C 3 H 7 ) 2 N)SiH 3、トリスジイソブチルアミノシラン((C4H9)2N)3SiH、 10 ビスジイソブチルアミノシラン((C 4H9)2N) 2SiH2、ジイソブチルアミノシラ ン((C4H9) 2N)SiH3」が、それぞれ挙げられている。 (ウ) ここで、上記の「ジプロピルアミノシラン((C 3H 7)2N)SiH 3」について は、 「ジノルマルプロピルアミノシラン」及び「ジイソプロピルアミノシラン」とい う構造の異なる2種類の化合物を意味するのか、「ジノルマルプロピルアミノシラ15 ン」のみを意味するのかに争いがあり、甲4に「ジイソプロピルアミノシラン」に 相当する化合物が実質的に記載されているといえるか否かという点にも関連するの で、以下検討する。 a まず、甲4における「ジプロピルアミノシラン((C 3H7)2N)SiH 3」との 記載が、ジイソプロピルアミノシラン」 「 をも含めた意図で書かれたものであるかは、 20 甲4全体の記載事項を見ても具体的な記載も示唆もされていない。 b また、甲111によると、「ノルマル、・・・直鎖状化合物の命名に用いられ る接頭語。普通 n-と略記する。 例:n-ブチル、n-へプタン、IUPAC命 名法では、側鎖がある場合にのみ特殊な接頭語を用いることになったので、n-の ない場合に直鎖を表す。 ことが示されていることから、 」 本件優先日前の技術常識に25 基づいて、甲4における「ジプロピルアミノシラン((C 3H7)2N)SiH 3」との記 載が「ジノルマルプロピルアミノシラン」のみを意味する余地もあるとはいえる一 58 方、甲4記載の有機シラン化合物が甲111記載の「IUPAC命名法」に基づき 命名されているかどうかは不明であるため、甲4におけるこのような記載が、一義 的に「ジノルマルプロピルアミノシラン」のみを意味するとまではいえない。 c そこで、特定の有機シラン化合物として好ましい具体的な化合物として上記 5 (イ)で列挙した内容を改めて確認すると、名前に「ノルマル」との表記が入った化合 物は何ら見当たらない一方で、「イソ」との表記が入った化合物として、「トリスジ イソブチルアミノシラン」 「ビスジイソブチルアミノシラン」及び「ジイソブチル 、 アミノシラン」が確認できる。そして、 「トリスジイソブチルアミノシラン」「ビス 、 ジイソブチルアミノシラン」及び「ジイソブチルアミノシラン」なるこれらの化合10 物は、それぞれ、複数の異性体が存在しているところを「イソ」の表記を用いなが ら1種類の構造の化合物だけに特定したものとなっていることに鑑みると、 (請 甲4 求項3等)において、これら化合物と並列的に列挙記載されている「ジプロピルア ミノシラン」を、 「ジノルマルプロピルアミノシラン」及び「ジイソプロピルアミノ シラン」という構造の異なる2種類の化合物と解するのは不自然であり、上記bの15 「IUPAC命名法」のように、側鎖を表す接頭語がないことをもって、一義的に 直鎖構造の化合物を意図していると解するのが自然である。 (エ) 以上によると、甲4に「ジイソプロピルアミノシラン」に相当する有機シラ ン化合物が記載されているとは認められない。 したがって、甲4に「ジイソプロピルアミノシラン」に相当する有機シラン化合20 物が記載されていることを前提とする原告の主張はいずれも理由がない。 ウ 本件審決で認定した甲4発明及び甲4’発明について (ア) 本件審決は、甲4に記載された発明として、次の発明を認定している。 甲4発明「一般式(R 1R2N)nSiH 4-n(ただし、上式において、R 1、R2 がH -、CH 3-、C2H5-、C3H7-、C 4H 9-のいずれかであり、そのうち少なくとも25 一つがH-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物。」 甲4’発明「化学気相成長法により窒化珪素膜を形成するために用いられる原料 59 ガスとしての、一般式(R 1R 2N)nSiH4-n(ただし、上式において、R 1、R2 が H-、CH 3-、C 2H5-、C3H7-、C4H 9-のいずれかであり、そのうち少なくと も一つがH-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物。」 (イ) 甲4(【請求項1】【請求項3】【0017】〜【0019】)によると、 、 、 「一 5 般式(R 1R2N)SiH 4-n n (ただし、上式において、 1、 2 がH-、 R R CH3-、 2 H 5 - C 、 C3H7-、C4H 9-のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH-でない。nは 1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物」について、実施例 【0017】 ( 〜【0019】)に、 「トリスジメチルアミノシラン((CH 3)2N)3SiH」「ビス 、 ジ エ チ ル ア ミ ノ シ ラ ン ( (C2H5)2N)2 S i H 2 」 「 ジ メ チ ル ア ミ ノ シ ラ ン 、 10 ((C2H5)2N)SiH 3」「トリスジメチルアミノシラン( 、 (CH 3)2N)3SiHが記 載されていることが認められる。 以上によると、本件審決における甲4発明及び甲4’発明の認定内容に誤りがあ るとはいえない。 (ウ) また、甲4発明及び甲4’発明は、前記2(1)ウ(ア)のとおり、 「刊行物に製造15 方法やその他の入手方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接 した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の 技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが 必要であるというべきである。 との前提において、 」 刊行物に記載された発明として の内容を把握すべきものといえるから、一見すると、甲4発明及び甲4’発明の有20 機アミノシランに包含されるような化合物であっても、上記前提を満たさないもの については、刊行物に記載された発明としての甲4発明及び甲4’発明の有機アミ ノシランには包含されないものと解される。 したがって、本件審決の新規性の判断における「甲4発明の「C 3H 7-」が「ノル マルプロピル基」及び「イソプロピル基」のいずれを示しているのかが明らかでな25 いことに加えて、甲4には、 「ジイソプロピルアミノシラン」という化学物質が記載 されているとは認められないとして、甲4発明に「「SiH 3[N(C 3H 7)2]」で示 60 されるジイソプロピルアミノシラン」を包含しないとする認定判断に誤りがあると はいえない。また、同様に、本件審決の甲4’発明についても「「SiH 3[N(C 3 H7)2]」で示されるジイソプロピルアミノシラン」を包含しないとする認定判断に 誤りがあるとはいえない。 5 (2) 本件審決の甲4に基づく新規性・進歩性欠如に関する判断について ア 本件発明1 (ア) 前記第2の2及び上記(1)ウに基づき本件発明1と甲4発明とを対比すると、 両発明の化学物質に関し、本件発明1は【化1】の式により示されるアミノシラン であるのに対し、甲4発明は「一般式(R 1R 2N)nSiH4-n(ただし、上式におい10 て、R 1、R2 がH-、CH3-、C2H5-、C3H 7-、C4H9-のいずれかであり、そ のうち少なくとも一つがH-でない。nは1〜4の整数である)で表される有機シ ラン化合物」であり、 「SiH3[N(C 3H7) 2] 「 」で示されるジイソプロピルアミ ノシラン」を包含していない点において相違している(相違点2)。 (イ) そして、上記相違点2は前記2(2)ア(ア)の相違点1と実質同じ内容のもので15 あるから、前記2(2)ア(イ)と同様のことがいえる。 (ウ) したがって、本件発明1は、甲4に記載された発明ではなく、甲4に記載さ れた発明及び甲2に記載された技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすること ができたものでもない。本件審決が「本件特許の優先日当時に、当業者がイソプロ ピルアミノシランを容易に製造することができたことを示す証拠もないから、甲420 発明において、相違点2に係る本件発明1の構成を採用することは当業者が容易に 想到し得たものであるとはいえない」旨を判断し、甲4発明から本件発明1との相 違点につき容易想到性が認められないと判断した点は、上記の趣旨を判断したもの と解されるから、本件審決に誤りがあるとはいえない。 イ 本件発明2〜725 (ア) 前記第2の2及び上記(1)ウに基づき本件発明2〜7と甲4’発明とをそれ ぞれ対比すると、両者は少なくとも、本件発明2〜7は「ジイソプロピルアミノシ 61 ラン」に相当する構造式【化2】又は【化3】のアミノシラン(以下「ジイソプロ ピルアミノシラン」と言い替える。)を備えるのに対し、甲4’発明は「一般式(R 1R2N) n SiH 4-n (ただし、上式において、R 1、R2 がH-、CH 3-、C 2H 5-、 C 3 H 7 -、C 4H 9-のいずれかであり、そのうち少なくとも一つがH-でない。n 5 は1〜4の整数である)で表される有機シラン化合物の原料ガス」であり、 「Si 「 H3[N(C 3H7)2]」で示されるジイソプロピルアミノシラン」を包含していない 点において相違している(相違点2’ 。 ) (イ) そして、発明に含まれる化学物質の相違内容の点において、上記相違点2’ は上記相違点2と実質同じ内容のものであり、さらに上記アで述べたように、上記10 相違点2は前記2(2)ア(ア)の相違点1と実質同じ内容のものである。また、無効理 由4の本件発明2〜7の進歩性判断において提示された甲2及び3の記載事項を併 せて検討しても、 「ジイソプロピルアミノシラン」に関する記載はなく、その製造方 法その他の入手方法を把握することはできない。 (ウ) したがって、本件発明2〜6は、甲4に記載された発明及び甲2に記載され15 た技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、本件 発明4及び7は、甲4及び3に記載された発明並びに甲2に記載された技術常識に 基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。本件審決が「甲3 にも、パッシベーション膜を化学気相成長するための原料ガスとして「ジイソプロ ピルアミノシラン」という化学物質を用いることは記載されていないから、相違点20 2の検討と同様、甲4に記載された発明及び甲2、3の記載事項から、当該相違点 2’に係る本件発明2〜7の構成を有するものとすることは、当業者が容易に想到 し得るものではない。」旨を判断し、甲4’発明から本件発明1との相違点につき容 易想到性が認められないと判断した点は、上記の趣旨を判断したものと解されるか ら、本件審決に誤りがあるとはいえない。 25 (3) 原告の主張について ア 前記第3の2(1)ア(ア)の原告の主張は、上記(1)イ(ウ)で判断したとおり、甲 62 4に「ジイソプロピルアミノシラン」に相当する有機シラン化合物が記載されてい るとは認められないから、採用できない。 イ 前記第3の2(1)イ(ア)及び(イ)の原告の主張は、刊行物に記載された発明か ら、どのようにして実施できるかも分からない発明を当業者が容易になし得たとす 5 る、不合理な判断を許容する内容となるものであり、また、本件優先日前の技術常 識を勘案したところで、甲4に記載された発明において本件各発明のようなイソプ ロピルアミノシランを採用する動機が何ら見いだせないことから、いずれも採用で きない。 ウ 前記第3の2(1)イ(ウ)及び(エ)の原告の主張は、いずれも甲4に記載された10 発明として、本件発明1を包含する上位概念の発明が認定できることを前提とする が、上記(1)イ(エ)のとおり、甲4に「ジイソプロピルアミノシラン」に相当する有 機シラン化合物が記載されているとは認められないものであるから、甲4に記載さ れた発明として「ジイソプロピルアミノシラン」を包含する発明を認定することが できず前提を欠くから、いずれも採用できない。また、前記第3の2(1)ア(イ)〜(カ)15 及びイ(オ)の原告の主張も前提を欠き採用できない。 (4) 小括 したがって、「本件発明1〜7が甲4に記載された発明に対して新規性及び進歩 性が欠如しているとはいえないので、無効理由3及び4には理由がない。 とした本 」 件審決の判断に誤りはなく、取消事由3、4は理由がない。 20 4 取消事由5(手続違背)について (1) 取消事由5は、 「審決の予告は、裁判所と特許庁との間の「キャッチボール現 象」発生防止のために、合議体の判断を示した後に被請求人に訂正をする機会を付 与するための手続であり、訂正請求がされない以上、審理を終結し、審決の予告ど おりの審決をしなければならず、更なる審理をするための主張立証を許容すること25 は、違法といわざるを得ない。」と主張して、本件審判において手続違背があったと するものである。 63 (2) しかしながら、特許法164条の2に規定される特許無効審判における審決 の予告の制度は、特許無効審判の審決に対する審決取消訴訟提起後の訂正審判の請 求につき、それに起因する特許庁と裁判所との間の事件の往復による審理の遅延ひ いては審決の確定の遅延を解消する一方で、特許無効審判の審判合議体が審決にお 5 いて示した特許の有効性の判断を踏まえた訂正の機会を得られるという利点を確保 するために、審決取消訴訟提起後の訂正審判の請求を禁止することと併せて設けら れたものとはいえるものの、訂正請求がされない以上、審理を終結し、審決の予告 どおりの審決をしなければならないものとはいえず、そのような定めもない。 むしろ特許法では、審決の予告の後、審理の終結を通知した場合であっても、審10 判長は、必要があるときは、当事者若しくは参加人の申立てにより又は職権で、審 理の再開をすることができ(同法156条3項) 無効審判において審理を尽くす制 、 度設計が図られているのであって、審判合議体が、審理を十分に尽くしていないこ とが明らかになったような「事情の変更」があると認める場合には、更に審理を行 うものであって、審決の予告に記載した判断内容で審決をするとは限らず、審決の15 予告と異なる判断内容で審決をすることもあり得るものである。 (3) 本件審判での手続状況 本件審判では、審決の予告(甲165)に対し、被告である被請求人がその判断 の誤りを指摘する上申書(甲166)を提出したことから、審判合議体が、審理を 尽くす上で終結できない「事情の変更」が生じたものと認めたものといえる。さら20 に、原告である請求人には、このような「事情の変更」が生じた点に関し、審尋に より意見を述べる機会も与えられていたことからすると、審決の予告後の審決に到 るまでの手続が特許制度の趣旨に反するとはいえず、審決の予告後には請求人にも 十分な主張の機会が与えられていたともいえ、本件審判の手続に違法があったもの とはいえない。 25 (4) 原告の主張について 上記(1)〜(3)によると、本件審判の手続において、特許権者(被請求人・被告) 64 への不当な主張立証の機会付与がされたものとも、デュープロセス(憲法31条) 違反があったものともいえず、平等原則(憲法14条)に違反があったともいえな いから、採用できない。 (5) 小括 5 したがって、本件審決に至るまでの手続に違法があったものとはいえず、取消事 由5は理由がない。 第5 結論 以上の次第であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれ を取り消すべき違法は認められない。 10 よって、原告の請求は棄却されるべきものであるから、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 15本多知成 |
---|