関連審決 | 無効2000-35170 |
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関連ワード | 技術的思想 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 公知技術 / 技術的範囲 / 出願公開 / 発明の詳細な説明 / 発明の概要 / 技術的特徴 / 発明の利用 / 出願経過 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 混同 / 審理範囲 / 請求の範囲 / 変更 / 要旨変更 / 新たな無効理由 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
577号
審決取消請求事件
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原告 石川島播磨重工業株式会社 訴訟代理人弁護士 近藤恵嗣 同 窪田 英一郎 訴訟代理人弁理士 荒崎勝美 同 越前昌弘 被告 株式会社日立製作所 訴訟代理人弁護士 飯田秀郷 同 栗宇一樹 同 早稲本 和徳 同 七字賢彦 同 鈴木英之 訴訟代理人弁理士 中村守 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/03/09 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が無効2000−35170号事件について平成13年11月13日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨。 2 被告 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「帯鋼の巻取装置」とする特許第1475307号の特許(昭和53年8月14日出願(以下「本件出願」という。)。平成元年1月18日登録。以下「本件特許」という。発明の数は1であり,請求項の数は2である。請求項2は請求項1の実施態様項である。請求項1に係る発明を,以下,審決と同じく「本件発明」という。)の特許権者である。 原告は,平成12年4月4日,本件特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は,この請求を無効2000-35170号事件(以下「本件無効審判事件」という。)として審理し,その結果,平成13年11月13日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月26日にその謄本を原告に送達した。 2 審決の理由の要点 別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,@本件出願の審査段階でなされた昭和61年7月25日付け手続補正書(甲第22号証。以下,「本件補正書」という。)による明細書の補正(以下,「本件補正」という。)は,本件出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(甲第9号証。以下,併せて「当初明細書」という。)に記載された事項の範囲内でなされたものであり,明細書の要旨を変更するものであると認めることはできないから,その出願日は上記補正時まで繰り下がらず,本件発明は,本件出願の公開公報に記載された発明との関係で特許法29条1項に違反して特許されたものである,ということはできない,A本件特許に係る出願の願書に添付された明細書(以下,添付された図面と併せて「本件明細書」という。)の記載は,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項に規定する要件を満たしていないとすることはできない,B本件発明は,西独国特許出願公開第2158721号公報(甲第3号証。以下「甲3文献」という)に記載された発明(以下「甲3発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない,として,請求人(本訴原告)の主張する無効事由をすべて排斥するものである。 審決が上記Bの結論を導くに当たり認定した,本件発明と甲3発明との一致点・相違点は次のとおりである。 (一致点) 「帯鋼を案内片で巻取機の巻胴に押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る装置において,帯鋼の先端位置を検出する検出器と,この検出器の検出値から該巻胴に巻付けられ前記帯鋼の先端部との重なりによって生じるコイルの段付部が案内片を通過する時期を検知する段付部通過時期検知手段と,前記段付部通過時期検知手段から得られた通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器と,この指令器からの出力により操作され,前記コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片をコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押しつける駆動装置を備えせしめ,更に前記駆動装置は,該案内片を移動操作させる液圧シリンダと,この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり,前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることを特徴とする帯鋼の巻取装置。」である点 (相違点) (1)「本件発明では,巻胴に向かって進行する帯鋼の先端位置を検出する検出器を設けているのに対して,甲第3号証発明(判決注・甲3発明)では,巻胴に接触した帯鋼の先端位置を検出する検出器を設けている点」 (2)「本件発明では,コイルの段付部が案内片を通過する時期を検知する段付部通過時期検知手段として,検出器の検出値から予測演算する演算器を設けているのに対して,甲第3号証発明では,2つの隣接した案内片の間隔に相当するパルス数をカウントするパルスカウンタと制御ロジックを設けている点,すなわち,コイルの段付部の通過時期を,帯鋼先端の位置(移動距離)をパルス数としてカウントし,計測値であるカウントされたパルス数及び制御ロジックによってコイルの段付部が案内片を通過する時期を検知する段付部通過時期検知手段を設けている点」 (3)「本件発明では,コイルの段付部が該案内片を通過する前に案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけ移動させるのに対して,甲第3号証発明では,案内片を帯鋼の板厚と同一寸法だけ移動させており,さらに,本件発明では,コイル段付部が該案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させるとしているのに対して,甲第3号証発明では,コイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるとしているだけで,案内片をコイルの半径方向内方に移動させるとはしていない点」(以下,審決と同じく,「相違点3」という。) 3 本件特許の特許請求の範囲(請求項1) 「帯鋼を案内片で巻取機の巻胴に押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る装置において,巻胴に向つて進行する帯鋼の先端位置を検出する検出器と,この検出器の検出値から該巻胴に巻付けられ前記帯鋼の先端部との重なりによって生じるコイルの段付部が案内片を通過する時期を予測演算する演算器と,前記演算器で算出された通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器と,この指令器からの出力により操作され,前記コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる駆動装置を備えせしめ,更に前記駆動装置は,該案内片を移動操作させる液圧シリンダと,この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり,前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることを特徴とする帯鋼の巻取装置。」(別紙図面1参照。) |
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原告の主張の要点
審決は,@本件補正による要旨変更の有無についての判断を誤り,A本件明細書の記載不備の有無についての判断を誤り,B本件発明と甲3発明との相違点の認定を誤り,C自らが認定した相違点の一つ(相違点3)についての判断を誤ったものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 要旨変更の有無についての判断の誤り (1) 本件出願前において,本件特許に係る巻取装置(ダウンコイラ。帯鋼(熱い鉄板)をコイル状に巻き取る装置。)について,全く異なる二つの方式が存在した。「押圧のみを行うシリンダーとこのシリンダーの押圧を制限するためのストッパーを設けた方式」(以下「ストッパー方式」という。)と,「シリンダーが押圧するとともに自ら後退してストリップ段差部との衝突を回避することができるようにした方式」(以下「シリンダー方式」という。)である。 両方式の違いは,ストッパー方式においては,ラッパーロール(案内片)を帯鋼へ押し付ける押圧装置と,位置決め用の装置とが別の装置となっているのに対し,シリンダー方式においては,押圧装置と位置決め用の装置とが同一の装置(一つのシリンダー)となっている点にある。 被告は,当初明細書に記載された発明(以下「当初発明」という。)が,本来,ストッパー方式のみに関する発明であったのを,本件補正によってシリンダー方式まで含み得るように補正した。このように,本件補正の結果,明細書の要旨が変更された。それにもかかわらず,審決は,誤って,要旨変更はないとの判断をした。 (2) 当初発明がストッパー方式による巻取装置のみに関するものであることは,次のことから明らかである。 ア 当初明細書には,案内片の位置決めを行うのが「急速開閉装置」であることが記載されている(甲第5号証・特許請求の範囲3項,4項,4頁左上欄12行〜14行等)。同明細書の実施例には,急速開閉装置とは別の装置としてシリンダ64,65,66が設けられており,「ストリップを巻き取る力は油圧又は空気圧等を発生するシリンダ64,65,66を連接棒67,68,69を介してラッパーフレームに伝達することによって得る」(同4頁左上欄2行〜5行),「ラッパーフレーム57は再びシリンダ66の圧力によって,ラッパーローラ54がコイル表面に押圧される如く移動する。」(同4頁左下欄11行〜13行)との記載がある。 このように,当初明細書の実施例において押圧機能を有するのはシリンダ64ないし66であり,「急速開閉装置」に押圧手段は含まれていない。同一明細書中において,同じ語は同じ意味を持つものとして理解するのが当然であるから,当初発明における「急速開閉装置」に押圧手段は含まれず,当初発明の巻取装置においては,位置決めを行う「急速開閉装置」と,案内片を帯鋼に押し付ける押圧装置とは別のものとされている,と理解すべきである。 イ 当初明細書には,押圧装置と位置決め装置とが同じ装置でよい旨の記載は一切なく,これを示唆する記載もない。むしろ,同明細書中には,従来のダウンコイラにおいては段付部がラッパーローラを通過する際にラッパーローラは「コイル表面からはね上がり,コイル表面で振動しながら再びコイルを押圧する」(同2頁左上欄10行〜12行)との記載があり,第2図Cには従来のラッパーローラの移動曲線が示されている。シリンダー方式のダウンコイラにおいては,このようなラッパーローラのはね上がりは見られないから,上記記載は,本件特許でいう従来のダウンコイラがストッパー方式以外のものを含んでいないことを示すものであることが明らかである。 (3) 本件補正後の特許請求の範囲第2項は「帯鋼を案内片で巻取機の巻胴に押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る装置において,巻胴に向って進行する帯鋼の先端位置を検出する検出器と,この検出器の検出値から該巻胴に巻付けられ前記帯鋼の先端部との重なりによって生じるコイルの段付部が案内片を通過する時期を予測演算する演算器と,前記演算器で算出された通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器と,この指令器からの出力により操作され,前記コイルの段付部が該案内片を通過する直前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した直後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる駆動装置を備えせしめ,更に前記駆動装置は,該案内片を移動操作させる液圧シリンダと,この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり,前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることを特徴とする帯鋼の巻取装置。」というものである。 ここにいう「駆動装置」は,案内片の位置決めをするだけではなく,「案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるように」する機能をも有するものとして,記載されている。 当初明細書に記載されている装置は,案内片の位置決め機能を「急速開閉装置」が分担し,「案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるように」する機能をシリンダ64ないし66が分担するもの,すなわち,押圧機能と位置決め機能とが別装置によって行われているストッパー方式のものに限られている。同明細書中には,両方の機能を単一の装置で実現することの記載も,これを示唆する記載もなく,現実にどのような方法でそれを実現するかについての記載もない。 両方の機能を単一の「駆動装置」で実現する,シリンダー方式による巻取装置まで含まれるものとすることは,発明の要旨を変更するものである。 (4) 審決は,「本件発明の駆動装置は,本件当初明細書に記載されていた急速開閉装置を,これと同じ構造を有し,動作をする駆動装置と単に言い換えたにすぎず,本件明細書に記載されていた事項の範囲内のものであるから,「急速開閉装置」を「駆動装置」とする補正は,明細書の要旨を変更するものであるとはいえない。」(審決書10頁19行〜23行)と判断した。 しかし,当初明細書に記載された「急速開閉装置」が,「案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるように」する機能を有していないものであるこおは,上に述べたとおりである。それにもかかわらず,審決は,「急速開閉装置・・・の動作は,コイルの段付部が案内片を通過する時に案内片と巻胴との間隙を大きくさせ,通過直後に再び案内片と巻胴の間隙を小さくして案内片で帯鋼を巻胴に押圧する」(審決書9頁7行〜12行)として,急速開閉装置に押圧機能があると認定し,その結果,急速開閉装置と駆動装置との構造,動作が同じであるとして,本件出願経過において要旨変更となる補正はないとの判断をした。これが誤りであることは明らかである。 2 本件明細書の記載不備の有無についての判断の誤り (1) 本件補正により,本件発明にはシリンダー方式のものまでが含まれることとなった。 しかし,もともと,シリンダー方式は,当初明細書において全く考えられていなかったものであるため,結果的に,本件発明の最終的な明細書である本件明細書中には,当業者がシリンダー方式を実施することができる程度の記載はない。 審決が,本件明細書中に記載不備の違法がない,と判断したのは誤りである。 (2) 本件特許の特許請求の範囲には, @「コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,」 かつ A「前記コイルの段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内包に移動させる」 駆動装置 が記載されている。 本件発明がシリンダー方式のものをも包含するとの前提に立つ以上,「案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付ける」装置自身が上記@及びAの機能を有する場合について,当業者が実施することが可能なような説明が記載されていなければならない。ところが,本件明細書中には,そのような説明は全くない。 審決は,本件明細書中の実施例に関する記載に基づいて上記@及びAの構成を実施するに足りる記載があると判断した(審決書13頁30行〜14頁8行,15頁17行〜16頁11行等)。 しかし,本件明細書に記載された実施例において,駆動装置に相当する急速開閉装置には,「案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付ける」機能はない。この機能を担っているのは,シリンダ64,65,66である。急速開閉装置は,これらのシリンダによる「所定の圧力」を一時的に殺しているにすぎない。上記実施例の記載は,案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付ける機能を有する装置自身が上記@及びAの機能を有する場合について記載したものではない。審決の上記判断は誤りである。 (3) シリンダー方式では,最初にサーボ弁を位置制御モードで制御することにより上記@の機能を実現し,その後に,段付部が案内片を通過するタイミングを計って,サーボ弁の制御を押付力制御に切り替えることにより上記Aの機能を実現している。そのために,サーボ弁の制御信号を位置センサー(検出器)から圧力センサーに切り替えることも同時に行われる。甲3文献にはそのような機構が開示されている。 シリンダー方式が本件出願時に当業者に十分知られていたとの前提に立てば,具体的な実施例の開示がなくても,特許請求の範囲に包含されるシリンダー方式を当業者が実施するに足りる記載があるとの結論もあり得る。 しかし,審決は,一方で,甲3発明には半径方向内方への移動に関する記載がなく,かつ,それから容易に推考することもできない,としている。審決は,このようにして,Aの点について本件発明の進歩性を認めながら,その点についての具体的説明が全くない明細書に記載不備の違法はないとしているのである。その判断に誤りがあることは明らかである。 シリンダー方式が本件出願時に当業者に十分知られているのでない限り,シリンダー方式の位置制御,押付力制御をどのような装置によって行い,これをどのように組み合わせるか,またこれらの制御をどの信号に基づいてどのようなタイミングで行うか等は,当業者が容易に実施できるものではない。発明の詳細な説明に全く記載がないにもかかわらず,当業者が本件発明をシリンダー方式にも適用することが容易であったと結論するためには,少なくとも,本件特許出願時にシリンダー方式が当業者に周知であり,シリンダー方式を採用するか,ストッパー方式を採用するかは,単なる設計事項であったとの前提が必要である。この前提が成り立たない限り,本件特許には記載不備の違法があるとの結論に至らざるを得ない。 この点について,審決は,シリンダー方式が周知であったことなど認定していないばかりか,かえって,シリンダー方式の公知技術である甲3文献において「コイルの半径方向内方に移動させる」点が読みとれないと認定している(この認定が誤りであることは後述のとおりである。)。一方で本件発明がシリンダー方式の甲3発明からの進歩性を有することを認めながら,他方では,暗黙のうちにシリンダー方式の周知性を前提として記載不備の違法はないと判断した審決には明らかな論理矛盾がある。この論理矛盾が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 3 相違点の認定の誤り 甲3発明は,コイルの段付部が案内片を通過する前に,案内片を「ストリップの厚み分」だけ後退させ,段付部の通過後に案内片を押圧制御に切り換えることを内容とする発明である。 審決は,甲3発明の「ストリップの厚み分」を「帯鋼の板厚と同一寸法」であると読み替え,本件発明と甲3発明とは「本件発明では,コイルの段付部が該案内片を通過する前に案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけ移動させるのに対して,甲3発明では,案内片を帯鋼の板厚と同一寸法だけ移動させ」る点において相違する,と認定した(審決書21頁8行〜10行。相違点3の一部。)。 しかし,「ストリップの厚み分」と「帯鋼の板厚と同一寸法」とは,同じでない。 「ストリップの厚み分」という語の中には,段付部を避けるのに十分な距離という含みがあり,「ストリップの厚み程度」といったものも含まれる(原文の「um der Betrag der Banddicke」の「um」に注目せよ。)。このことは,シリンダー方式のもともとの機能からしても当然のことである。このことは,甲3文献中の「ストリップの厚みsに相当する目標値」(甲第3号証訳文3頁17行),「該押圧ローラは,ストリップ厚みの値分だけ既に第1のストリップ層から持ち上げられていて,その結果,該押圧ローラは,ストリップ先端部を衝撃なしに通過できる。これによってストリップ表面に条痕が現れることがない。」(同訳文4頁7行〜10行)との表現にも現れている(衝撃が生じないということは,ストリップ先端部とローラとが接触しないことを表しているからである。)。 甲3発明の「ストリップの厚み分」の語を「帯鋼の板厚と同一寸法」と解釈することは誤りである。甲3発明と本件発明とは,案内片の移動距離において異ならない。甲3発明の「ストリップの厚み分」は,本件発明の「段付部の段差寸法より大きな距離」と同じである。審決には,相違点でないものを相違点と認定した誤りがあり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかである。 4 相違点についての判断の誤り (1) 審決は,本件発明と甲3発明との相違点の一つとして自ら認定したところ(本件発明では,コイルの段付部が該案内片を通過する前に案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけ移動させるのに対して,甲3発明では,案内片を帯鋼の板厚と同一寸法だけ移動させており,さらに,本件発明では,コイル段付部が該案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させるとしているのに対して,甲3発明では,コイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるとしているだけで,案内片をコイルの半径方向内方に移動させるとはしていない点。 相違点3)について,@甲3発明では半径方向内方への案内片の移動動作が必要とされることはない点,A本件発明では甲3発明からは得られない作用効果が奏される点,B甲3発明で本件発明と同様の構成を取ると,適正な動作が行われなくなる点を挙げ,これらの点を根拠に,当業者は,甲3発明から,上記相違点に係る構成に容易に想到することができない,と判断した。 しかし,審決の上記判断は誤りである。 ア @について 審決は,「本件発明では,コイル段付部通過後には,案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるために,案内片をコイルの半径方向内方に移動させるというその後の動作を必要とするのに対して,甲3発明では,コイル段付部通過後,案内片の位置を変化させなくても案内片は帯鋼表面に接触した状態を維持するのであるから,コイル半径方向内方への案内片の移動動作が必要とされることはありえない。してみれば,甲3文献の記載によって,本件発明の如き動作を行わせる案内片の駆動装置が開示乃至示唆されているとすることはできないから,上記相違点3を当業者が容易に想到し得たとすることはできない。」(審決書22頁30行〜23頁1行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。 仮に,審決が述べるように,甲3発明が,帯鋼の段付部が案内片(押圧ローラ)を通過する前に,「帯鋼の板厚と同一寸法だけ」押圧ローラを後退させるだけで,帯鋼の段付部が通過した後,案内片の位置を変化させることがない,という内容のものであるとすれば,帯鋼の段付部が通過しても,押圧ローラはストリップ表面を押圧することはできない。なぜならば,この場合,押圧ローラとストリップ(帯鋼)表面とは接しているだけであり,両者の間に圧力は生じないからである。押圧ローラとストリップ表面との間に圧力を生じさせようとすれば,押圧ローラを半径方向内方に向かって移動させ,帯鋼がその移動に抗する力を用いて圧力を生じさせるほかはない。甲3発明においては,ストリップ先端部の通過後に「押圧ローラを押圧するという意味において・・・信号を受け取る」(甲第3号証訳文4頁13行〜14行)とされている。押圧するということは,そこに何もなければ内方に向かって移動していくことを当然に意味する。甲3発明が案内片のコイル半径方向内方への移動手段を備えていることは自明である。 甲3発明において,案内片が後退するのが,厳密な意味において「帯鋼の板厚と同一寸法だけ」ではなく,それより大きな距離であることは,3で述べたとおりである。しかし,仮に,甲3発明の案内片が後退するのが厳密な意味で「帯鋼の板厚と同一寸法だけ」であるとした場合でも,このように,甲3発明は,段付部が近づくと衝突しないように押圧ローラを持ち上げ,段付部が通過した後に再度ローラをストリップ表面に押圧するように作動するので,押圧ローラは厳密にはコイルの半径方向内方に移動することとなる。仮に,ストリップの厚みとまったく同じ寸法だけ押圧ローラが持ち上げられているとすると,その状態で押圧ローラはストリップ表面と接しているだけであり,両者の間に圧力はない。押圧ローラがストリップ表面に押し付けられることにより,押圧ローラはストリップの素材自体が持つバネの力に抗して移動し,その結果シリンダーがストリップを押し付ける押付力が発生するからである。 イ Aについて 審決は,本件発明は,上記相違点をその構成として備えることにより,本件明細書に記載されたとおり,段付部と案内片との衝突を確実に避けられる,帯鋼の板厚に誤差があったり帯鋼の先端にまくれ上がりが生じていた場合も案内片の振動を低減できる,帯鋼の押付時間が十分に確保できる,といった格別の作用効果がある,と認定した(審決23頁2行〜12行参照)。 しかし,仮に,甲3発明が「帯鋼の板厚と同一寸法だけ」移動するものであるとしても,甲3発明と本件発明との間に有意な差はない。本件発明は「段付部の段差寸法より大きな距離」だけ移動するとしているにすぎず,移動距離がどの程度「大きな距離」であるかは一切定義していないからである。本件発明は,理論上は,例えば人間の力では到底測定し得ないようなわずかな距離でも段付部の段差寸法より大きな距離をその技術的範囲に含むことになる。 実際には,巻取装置の性能や仕様,さらには巻き取る帯鋼の種類,厚さ等によって段付部の段差寸法の誤差には違いが出てくるから,「段差寸法より大きな距離」であれば常に段付部と案内片の衝突を確実に避けられるというわけではない。「めくれ上がり」の場合は,帯鋼が二重になっているのであるから,これを避けようとすれば常に段差寸法の2倍以上の距離を移動させなければならない。十分な押付時間については,「板厚と同一寸法だけ」移動させる場合の方がより大きな押付時間を確保できる。このように,上記効果は,本件発明を実施した場合に常に得られる効果というわけではない。効果の点において,本件発明と甲3発明との間に有意な差はない。本件発明に格別な作用効果があると判断した審決の上記認定は誤りである。 ウ Bについて 審決は,「コイル段付部が所定の案内片に達した時点で,その下流側案内片の駆動装置への信号が出力されるのであるから,甲3発明で安全率を考慮した案内片の駆動を行なわせたとすれば,コイル段付部が所定の案内片に到着した後(或いは通過後)に信号が出力されることになり,その影響として下流側への信号には遅れ・誤差等が生じ,その結果,下流側の案内片駆動装置について,適正な動作が行なわれなくなることは明らかである。」(審決書23頁36行〜24頁4行)と判断した。 しかし,甲3発明において,案内片を段付部の段差寸法より大きく移動させることと下流側への信号の出力時期とは無関係である。審決の上記判断は誤りである。 審決の上記判断は,押圧ローラとコイル段付部とが接触しない限り,下流側への信号が出力されないとの考えに基づくものであると考えられる。しかし,甲3発明においては,ストリップ(帯鋼)とリールマンドレル(巻胴)との間にスリップ(滑り)がなく,パルスカウンタAと作動接続されているパルス発生器はリール軸と連結されている。したがって,パルスカウンタAのカウント数は,リール軸の回転と同期しているのである。甲3文献において,「パルスカウンタAは,該パルスカウンタが特定の数のパルスのもとでそれぞれ1つの信号を出力するようにプログラミングされている。信号を出力するまでのパルス数は,2つの隣接した押圧ローラの間隔に相当する。」(甲第3号証訳文3頁8〜10行),「ストリップの先端8が押圧ローラ7aに達するとともに,パルスカウンタAが次の信号を出力するのであ」る(同訳文3頁24行〜25行),と記載されていることから分かるように,サーボバルブ(サーボ弁)の制御はパルスカウンタの信号のみに基づいて行われている。「ストリップ先端8が押圧ローラに達するとともに」というのは,単にパルスカウンタが信号を出すタイミングを述べているにすぎず,押圧ローラから何らかの信号が出されていることを意味しているわけではない。 審決は,最初にパルス発生器によってパルスカウンタAを作動させる際の条件と,その後のパルスカウンタAからの信号の出力とを混同したものと思われる。最初にローラ4aと5aを通過するまではスリップのない巻取りは保証されていないから,パルスカウンタAは,ストリップ先端8が現実に押圧ローラ6aに達したときからパルス発生器からのパルスをカウントする。しかし,その後は,パルスカウンタAのカウント数がストリップ先端8の位置を指示するのである。 甲3発明において「段差寸法より大きな」距離を移動させたとしても,それによって制御信号が影響を受けることはあり得ない。 (2) 仮に,本件発明における「段差寸法より大きな距離」が,甲3発明の「ストリップの厚みの値分」を含まず,これよりも大きい距離を意味するとしても,より確実な衝突回避を目的として,甲3発明における押圧ローラ3a等の移動距離を「段差寸法より大きな距離」に変え,これに伴い,段付部が押圧ローラを通過した後に押圧ローラを帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようコイルの半径方向内方に移動させるようにすることは,当業者が極めて容易になし得ることである。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,審決を取り消すべき理由はない。 1 原告の主張1(要旨変更の有無についての判断の誤り)について (1) 原告の造語である「ストッパー方式」及び「シリンダー方式」の語を用いた要旨変更の主張は,本件無効審判事件の段階においては一切主張されておらず,本件訴訟に至り,初めて原告準備書面(1)で主張されたものである。 本件無効審判事件において,当初,請求人(原告)が主張していた無効理由は,「急速開閉装置」を「駆動装置」と補正した点が要旨変更である,というものであった。 審決は,「ストッパー方式」及び「シリンダー方式」という用語を用いて,本件発明及び甲号各証記載の発明の認定や比較検討をしているわけではない。 本件発明が本来ストッパー方式のもののみに関する発明であったかどうか,あるいは,本件補正にシリンダー方式のものまで含み得るかのようにしたかどうか,については一切認定判断していない。審決は,「ストッパー方式」あるいは「シリンダー方式」については一切審理の対象にしていないのである。 「ストッパー方式」のもののみに関する発明であったものを「シリンダー方式」のものをも含み得るものに補正したがゆえに発明の要旨を変更したことになる,との原告の主張は,審判段階で主張していなかった新たな無効理由の主張であり,本件訴訟の審理範囲を逸脱するものである。 請求人(原告)が本件の無効審判事件において提出した平成13年6月25日付け上申書(乙第1号証の6)中には,上記造語を用いた主張がある。しかし,上記主張は,「上申書」においてなされているものにすぎず,特許庁がこれを請求人(原告)の無効主張として採用したということもない。 原告が準備書面(1)で述べている上記無効理由は,上記上申書で述べた無効理由とも異なる。上記上申書では「一シリンダー方式」という用語が用いられているにすぎず,「シリンダー方式」との用語は用いられていない。「シリンダー方式」という用語の意味と,「一シリンダー方式」という用語の意味が同一であるとの保証はない。仮に,「一シリンダー方式」と「シリンダー方式」の用語の意味が同一であるとしても,「ストッパー方式」と「シリンダー方式(一シリンダー方式)」との分類の観点においては異なる。上記上申書においてしているのは,「ストッパー方式」と「一シリンダー方式」とは,「段付部がラッパーローラに衝突して大きな衝撃を発生しないように案内片又はラッパーローラを持ち上げる方式には2つのものがあった」(乙第1号証の6の2頁17行〜19行)としていることから分かるように,衝撃回避のための案内片の持ち上げ方式の観点からの分類であるのに対し,原告準備書面(1)でしているのは,「ラッパーロールは2巻目以降の段付部・・・を回避するようには構成されていない」(原告準備書面(1)7頁13行〜14行)ストッパー方式と,「シリンダーが押圧をすると共に自ら後退してストリップ段差部との衝突を回避できるようにした」(原告準備書面(1)6頁15行〜17行)シリンダー方式と述べていることからも分かるように,ラッパーロールが段差部と衝突するかしないかの観点からの分類である。両者は完全に分類の観点において相違している。原告準備書面(1)における上記主張は,上記上申書の主張とも異なる全く新規な無効理由の主張であるから,審決取消訴訟において取消事由として主張することは許されない。 (2) 本件発明は,その特許請求の範囲で規定するとおり,「コイルの段付部が案内片を通過する前にこの案内片を段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つコイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」こと(以下,この案内片の動作を「ジャンピング動作」という。)を主要な技術的特徴としているものである。この技術的特徴は,ダウンコイラが「ストッパー方式」であるか「シリンダー方式」であるかには全く関係のないものである。 原告は,「シリンダー方式」については,同方式であれば本件発明の「ジャンピング動作」の機能を構造上必然的に得られるかのように,換言すれば,それ自体に「ジャンピング動作」の概念を包含するように定義し,また,「ストッパー方式」については,「ジャンピング動作」の機能を発揮しないように定義をした上で,そのような「ストッパー方式」を「シリンダー方式」に変更するのは要旨変更に当たると主張するものであって,その論理は極めて恣意的である。 (3) 原告は,当初明細書には,押圧機能と位置決め機能とが別装置によって発揮されているストッパー方式のみが記載ないし示唆されている,と主張する。 ア 原告がその主張の根拠として引用する当初明細書の記載中に,発明の実施例として,押圧機能を急速開閉装置とは別の装置が発揮するものが開示されているのは事実である。しかし上記引用部分は,原告が主張する「ストッパー方式」を何ら示すものではない。示唆するものでもない。 イ 原告は,シリンダー方式のダウンコイラにおいては,当初明細書に記載されたようなラッパーローラの跳ね上がりは見られない,と主張する。 しかしながら,甲3文献には,「公知の方法で油圧式作動シリンダによって作動された押圧ローラは,リールマンドレルとストリップ始端部との間の自己摩擦によって押圧ローラの力を借りることなしにストリップの,スリップのない巻付けが保証されている限り,一定の力でリールマンドレルに,あるいは該リールマンドレル上に巻き取られたストリップ層に押し付けられる。該自己摩擦は,約5層のストリップ層ののちに達成される。これら初期のストリップ層の問に,ストリップ先端の範囲においてコイルの直径がそれぞれ新しいストリップ層の開始に連れてストリップの厚み分だけ変化する。トラッキングシリンダを有する押圧ローラは,その慣性により押圧力を増加させることだけによってこの直径飛躍に従わねばならない。その際に押圧力は,押圧ローラがストリップ表面の,しかもストリップ先端の範囲において条痕を残す程の大きさに達するものである」(甲第3号証訳文1頁4行〜14行)との記載がある。上記「ストリップ先端の範囲において条痕を残す」との記載がラッパーローラの跳ね上がりを意味することは,明らかである。このように,ラッパーローラの跳ね上がりの問題は,「ストッパー方式」だけに特有な問題ではなく,「シリンダー方式」においても問題とされていたものである。 甲3発明は,従来の「シリンダー方式」で問題とされていた跳ね上がりによる条痕を防止するために,押圧ローラをストリップ厚みの値分だけ第1のストリップ層から持ち上げることによって,押圧ローラをストリップ段差部との衝撃なしに通過させようとしたものである。しかしながら,実際の問題としては,押圧ローラをストリップ厚みの値分だけ第1のストリップ層から持ち上げたとしても,押圧ローラのストリップ段差部への衝突の回避はできない(甲3文献にも「衝突の回避」という用語は用いられていない。)。この跳ね上がりは板厚や巻取り速度によって条件は大きく相違するものの,一般的には,板厚が厚く,巻取り速度が速い方が跳ね上がりは大きい。そこで,本件発明は,「ジャンピング動作」によって,押圧ローラとストリップ段差部との衝突自体を回避したものである。 このように,押圧ローラとストリップ段差部との衝突の回避が達成されるか否かは,ダウンコイラが「ストッパー方式」か「シリンダー方式」かによって決まるものではなく,本件発明で規定する「ジャンピング動作」をさせるか否か,つまり「コイルの段付部が案内片を通過する前にこの案内片を段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つコイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」か否か,によって決まるものである。 原告は,「ストッパー方式」では衝突が回避できず,「シリンダー方式」であれば必然的に衝突が回避できる,との定義を定立するものであり,その主張及び論理の展開は極めて恣意的である。 (4) 当初明細書の記載(特許請求の範囲第1,3項,発明の詳細な説明中の,公開公報2頁右下欄8行〜15行,同3頁右上欄11行〜左下欄3行,同4頁右上欄8行〜右下欄5行に対応する部分,第1図,第2図。甲第5号証参照)によれば,「急速開閉装置」とは,その用語のとおりに,ラッパーローラ54を急速に開いたり閉じたりする装置であり,当初明細書に示された第1図及び第2図に示した軌跡に沿ってラッパーローラ54を急速に開閉する装置である。 本件補正は,「ラッパーローラの急速開閉装置」すなわち「ラッパーローラを急速に開いたり閉じたりする装置」を,単に「ラッパーローラの駆動装置」と表現しただけであるから,発明の要旨を変更するものではない。 2 原告の主張2(本件明細書の記載不備の有無についての判断の誤り)について 本件明細書には,第5図(別紙図面参照)に示した一実施例の急速開閉装置のサーボ制御ブロック図に加えて次のとおりの記載がある。 「次に本発明の動作をラッパフレーム57を例にとり説明する。第3図においてミル1で圧延されたストリップ2はランアウトテーブルローラ3で搬送され,ピンチローラ4にて下方に曲げダウンコイラ5に送り込まれる。ここで,ストリップ先端が通過したことを位置検出器101,102で検出する。検出された信号は第5図に示す計算機100に入力され,ストリップ先端の位置と速度を計算する。同時にストリップ先端がマンドレル51に巻付いた後にラッパーローラ54を通過する時刻を予測計算する。また,圧延後のストリップ2の板厚は厚み計103により検出され計算機100に入力されている。ここで計算機はラッパーローラ54がストリップ先端部,すなわちコイルの段付部に達する直前にサーボ弁91に指令を出す。サーボ弁はこの指令に基づいて,ピストン84を移動しラッパーローラ54がコイル表面に接しない程度又はラッパーローラに衝撃が加わらない程度にラッパーフレーム57のレバー78を持ち上げる。 次に,ラッパーローラ54がコイルの段付部を通過直後に計算器100はサーボ弁91に指令を出す。サーボ弁はこの指令に基づいてピストン84を移動する。このピストン84の移動によって,ラッパーフレーム57は再びシリンダ66の圧力によって,ラッパーローラ54がコイル表面に押圧される如く移動する,このピストン84の動きは位置検出器により逐次計算機100にフィードバックされている。なお,巻取り中のコイルの巻き太りに応じてラッパーローラ54を後退させるために,シリンダ85,ピストン84は一体となってレバー78を移動させる。このシリンダ85の位置は,予め厚さ設定器104によって入力されるストリップ板厚とモータ86の回転計105によって入力されたシリンダ85の回転数によって計算機100で演算された信号に基づいてモータ86を駆動することによって得られ,その結果,ピストン84はコイルの巻き太りに応じてレバー78を所望の位置に設定する。」(甲第2号証4頁右上欄8行〜左下欄5行) 上に認定した記載によれば,本件明細書には,本件発明を,当業者が容易に実施し得る程度にその目的,構成,効果が記載されているということができる。同明細書は,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項の規定に違反するものではない。 3 原告の主張3(相違点の認定の誤り)について 原告は,甲3発明の「ストリップの厚み分」という語の中には,段付部を避けるのに十分な距離という「含み」があり,「ストリップの厚み程度」といったものも含まれ,「ストリップの厚み分」と「帯鋼の板厚と同一寸法」とは一致しない,と主張する。 そもそも,甲3文献には本件発明のように「段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動」するとの明確な記載は存しない。 原告は,甲3文献の「ストリップの厚み分」という用語に着目して,当該用語には「段付部を避けるのに十分な距離という『含み』があり,この語には『ストリップの厚み程度』といったものも含まれる」と主張する。しかし,このような原告の主張は,甲3文献の記載を恣意的に変容して解釈するものにほかならない。 原告は,甲3文献には「ストリップの厚み分」という記載があると主張する。しかし,同文献にそのような記載は存しない。甲3文献にはドイツ語で“den Betrag der Banddicke”と記載されている。この“den Betrag der Banddicke”を英語に直訳すれば“the amount of the strip thickness”であり,日本語に直訳すれば「そのストリップ厚みの値」となる。同文献には,原告が主張する「ストリップの厚み分」との記載はない。原告の主張は甲3文献のドイツ語原文を自己に有利に意訳したものにすぎない。原告の主張は,その前提において誤っている。 4 原告の主張4(相違点についての判断の誤り)について (1) 甲3発明からの進歩性について ア 甲3発明は,2層目以上の巻取りにおいて「該押圧ローラは,ストリップの厚みの値分だけ既に第1のストリップ層から持ち上げられていて,その結果,該押圧ローラは,ストリップ先端部を衝撃なしに通過できる。これによってストリップ表面に条痕が,現れることがない」(甲3号証訳文4頁7行〜10行)との考え方を基礎とするものである。甲3発明においては,常に3個の押圧ローラによりストリップをマンドレルに対して押し付けるとともに,押圧ローラに到達したストリップ段差部のストリップ表面を,到達した時点から即座に押圧することによってスリップを伴わない巻取りを達成する。この点において,甲3発明は,ストリップ段差部から押圧ローラを離間させないという本件発明以前の従来の固定観念に立脚している。本件発明以前において,押圧ローラをストリップ表面からストリップの厚みsを超えて持ち上げることができなかったことは,当業者にとって自明である。 甲3文献には,次のとおり,従来の「シリンダー方式」のダウンコイラにおいても跳ね上がりが問題とされていたことを示す記載がある。 「公知の方法で油圧式作動シリンダによって作動された押圧ローラは,リールマンドレルとストリップ始端部との間の自己摩擦によって押圧ローラの力を借りることなしにストリップの,スリップのない巻付けが保証されている限り,一定の力でリールマンドレルに,あるいは該リールマンドレル上に巻き取られたストリップ層に押し付けられる。該自己摩擦は,約5層のストリップ層ののちに達成される。これら初期のストリップ層の間に,ストリップ先端の範囲においてコイルの直径がそれぞれ新しいストリップ層の開始に連れてストリップの厚み分だけ変化する。トラッキングシリンダを有する押圧ローラは,その慣性により押圧力を増加させることだけによってこの直径飛躍に従わねばならない。その際に押圧力は,押圧ローラがストリップ表面の,しかもストリップ先端の範囲において条痕を残す程の大きさに達するものである」(甲第3号証訳文1頁4〜14行) 上記「ストリップ先端の範囲において条痕を残す」との記載が明示するように,ラッパーローラの跳ね上がりの問題は,原告が主張する「ストッパー方式」だけの特有な問題ではなく,「シリンダー方式」においても問題とされていたものである。甲3発明は,従来の「シリンダー方式」で問題とされていた跳ね上がりによる条痕を防止するために,押圧ローラを,ストリップ厚みの値分だけ第1のストリップ層から持ち上げることによって,衝撃なしにストリップ段差部を通過させようとしたものである。しかし,実際の問題としては,押圧ローラをストリップ厚みの値分だけ第1のストリップ層から持ち上げたとしても,押圧ローラのストリップ段差部への衝突を回避することはできない。甲3文献中にも「衝突の回避」という用語は用いられていない。 この跳ね上がりの大きさは,板厚や巻取り速度によって異なる。一般的には,板厚が厚く,巻取り速度が速い方が「はね上がり」は大きい。そこで,本件発明は,「ジャンピング動作」を採用することによって,押圧ローラとストリップ段差部との衝突自体を回避したものである。 このように,押圧ローラとストリップ段差部との衝突の回避が達成されるか否かは,本件発明で規定するところの「ジャンピング動作」をさせるか否か,つまり「コイルの段付部が案内片を通過する前にこの案内片を段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つコイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」か否かによって決まるものである。ダウンコイラが「ストッパー方式」か「シリンダー方式」かによって決まるものではない。 イ 本件発明のジャンピング動作について 従来は,巻き締め力を確保するために押圧ローラによってストリップを押し付けておかなければならないとする固定観念から,衝撃をなくすことだけをねらって,押圧ローラをストリップ層から持ち上げることはできなかった。このことは甲3発明においても例外ではない。 このような固定観念を打ち破ったのが,本件発明による「ジャンピング動作」の採用,すなわち,「コイルの段付部が案内片を通過する前にこの案内片を段付部の段差寸法よりも大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つコイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」との構成の採用である。 本件発明は,わずかな時間であれば押圧ローラをストリップ層から持ち上げても巻き締め力を低下させずに衝突を回避し「はね上がり」を回避できるので,かえって長い時間ストリップ層を押圧することができることに気付いたものである。 甲3発明には,本件発明の「ジャンピング動作」についての記載はなく,そのような思想の示唆すらもない。 ウ まとめ 従来技術では押えロールを板厚以上に退避させるとマンドレルに対するストリップの押し付け力がなくなってしまい,結局,ストリップの巻き取りができなくなってしまうので,いかなる場合でも,押えロールを板厚以上に退避させてはいけないと考えられていた。このような従来技術の固定観念の下では,押えロールを板厚以上に退避させることになるジャンピング動作(ただし,その直後に押圧を行う)という技術的思想は存在し得なかったのである。 本件発明のジャンピング機能は,ストリップ段差部からラッパーロールが離間するという点で,正に従来技術の固定観念を打ち破るコロンブスの卵ともいうべき発明である。 以上のとおりであるから,本件発明は,甲3発明から容易に想到することはできないというべきである。 (2) 原告の主張について ア 原告は,審決が,甲3発明ではコイル半径方向内方への移動操作が必要とされることはあり得ない,と判断したのは誤りである,と主張する。 しかし,甲3発明の押圧ローラでは,帯鋼の板厚と同一寸法だけ押圧ローラが後退するため,その直下にストリップ表面が存在し,押圧ローラが押圧を開始すれば,直ちに押圧力が発生し出すのであって,半径方向内方への移動などあり得ない。 イ 原告は,本件発明における「段差寸法より大きな距離」には特段の限定がないから,実質的に段差寸法と同一であって,髪の毛の太さほどでも段差寸法より大きければ「段差寸法より大きな距離」ということができ,この場合には,審決が本件発明の作用効果として認定した「帯鋼の先端にまくれ上がりが生じていた場合でも案内片の振動を低減できる,帯鋼の押付時間が十分に確保できる,といった格別の効果がある」との作用効果を奏しない,と主張する。 しかしながら,本件発明は,前記のとおり,「コイルの段付部が案内片を通過する前にこの案内片を段付部の段差寸法よりも大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つコイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」こと(ジャンピング動作)をその本質としており,この構成によって,上記の作用効果を奏する。本件発明における「段差寸法より大きな距離」が髪の毛の太さほどでも段差寸法より大きな場合を含むとの原告の主張は,失当である。 ウ 原告は,審決が,「甲第3号証発明で安全率を考慮した案内片の駆動を行わせたとすれば,コイル段付部が所定の案内片に到着した後(あるいは通過後)に信号が出力されることになり,その影響として下流側の信号には遅れ・誤差等が生じ,その結果,下流側の案内片駆動装置について,適正な動作が行われなくなることは明らかである」と認定したのは誤りである,と主張する。 審決がいかなる理解に基づいて上記のような認定をしたのかは,被告には不明である。しかし,審決の上記認定部分は,甲3発明で安全率を考慮した案内片の駆動を行わせたと仮定した場合を推測してその場合の不都合を説明したものであるにすぎない。甲3発明では,安全率を考慮した案内片の半径方向への駆動を行っていないから,仮に,審決の上記認定部分に誤りがあったとしても,審決の結論に影響を及ぼさないことは,明らかである。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の概要 本件発明について,本件明細書には,次の記載がある。 ア「帯鋼を案内片で巻取機の巻胴に押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る装置において,巻胴に向つて進行する帯鋼の先端位置を検出する検出器と,この検出器の検出値から該巻胴に巻付けられ前記帯鋼の先端部との重なりによって生じるコイルの段付部が案内片を通過する時期を予測演算する演算器と,前記演算器で算出された通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器と,この指令器からの出力により操作され,前記コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる駆動装置を備えせしめ,更に前記駆動装置は,該案内片を移動操作させる液圧シリンダと,この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり,前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることを特徴とする帯鋼の巻取装置。」(甲第2号証・特許請求の範囲請求項1) イ「〔発明の利用分野〕 本発明は熱間帯鋼(ホットストリップ)の巻取機(ダウンコイラ)に係わり,とくに巻取り時の衝撃の緩和と巻取り性能向上に関する発明である。 〔発明の背景〕 ダウンコイラは圧延されたホットストリップをラッパーローラで押圧しながら巻胴に巻付けてコイル状に巻取るものである。この巻初めにはストリップ先端部の板厚分だけコイルが盛上がり段差が生じる。とくに巻取り初期にはこの段差部をラッパーローラが通過する際には,ラッパーローラはストリップ板厚分だけ押し戻され,コイル表面からはね上がり,コイル表面で振動しながら再びコイルを押圧する。とくに近年ストリップ板厚が大きく,しかも巻取り速度が大きい場合にはラッパーローラを数10トンの大きな力で巻胴に押圧する必要があり,ラッパーローラがコイル段差部を通過する際には,ラッパーローラ及びラッパーローラ支持機構に非常に大きな衝撃エネルギが加わり,衝撃力としては数100トンに及ぶことになる。・・・。さらに,この衝撃エネルギ,衝撃力に耐えるために,ラッパーローラ及びローラ支持機構を一層強固な構造にする必要があるが,これらラッパーローラ部の重量を減少しない限り,衝撃エネルギーは減少せず,かえって衝撃エネルギーを増大する可能性がある。 また,この衝撃を緩和,吸収する目的で,従来はラッパーローラとローラ支持機構,すなわちラッパーローラフレーム間にスプリングやダンパーを設けることが行われているが,逆にラッパーローラの振動を助長し,巻付力の低下の原因になっている。すなわち,ストリップの巻胴への巻付力はラッパーローラによるストリップ巻胴への押圧力と押圧時間にほぼ比例する。従って,ラッパーローラがコイル段付部で振動してしまえば,少なくともラッパーローラがコイルからはね上がっている状態では巻付力は十分に得られないわけである。 このように巻取り時に生じる衝撃エネルギはダウンコイラ設備の故障,劣化につながり,頻繁な設備の保守,点検を必要ならしめている。」(甲第2号証2欄11行〜3欄37行) ウ「〔発明の目的〕 本発明の目的は,帯鋼の巻取時に発生する帯鋼先端との重なりにより生じるコイルの段付部と案内片との間の衝撃を確実に回避して,案内片との衝撃に起因した帯鋼先端部の重ねきずの発生並びに案内片の振動を抑制すると共に,案内片がコイル表面を押圧する時間を十分確保して帯鋼の巻付性能を向上させる帯鋼の巻取装置を提供することにある。」(甲第2号証3欄38行〜4欄2行) エ 上記の目的を達成するため,本件発明は,その特許請求の範囲(前記ア)記載のとおりの構成を採用した。 オ「本発明の実施例によれば,帯鋼先端との重なりによって生じるコイル段付部が案内片を通過する時間の予測に基づいて該コイル段付部が案内片を通過する前に前記案内片を帯鋼の板厚以上の距離だけコイルの半径外方に移動操作して帯鋼表面から離間させたことから,コイルの段付部と案内片との衝突を確実に避けることが可能となって,帯鋼先端部の重ねきずの発生を抑制することができ,その上帯鋼の板厚に誤差があったり帯鋼の先端にまくれ上がりが生じていた場合でも,帯鋼の巻取り時に案内片に働く衝撃を緩和して案内片の振動を低減できるものとなる。 しかも,本発明の実施例ではコイルの段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼の表面に押し付けるように操作させることから,案内片はコイル段付部が通過する前後の短時間を除いて帯鋼の表面を押圧している押付時間が十分確保でき。よって帯鋼の巻付性能を向上できるものとなる。 〔発明の効果〕 従って本発明は,コイルの段付部と案内片との衝突を確実に回避してこの衝突に起因した帯鋼先端部の重ねきずの発生を抑制できると共に,この案内片に生じる振動も抑制でき,しかも案内片と帯鋼表面との間に十分な押圧時間が得れるもので帯鋼の巻付力が確保され,よって帯鋼の巻付性能を向上できるという効果を奏するものである。」(甲第2号証8欄42行〜10欄4行) 上に認定した本件明細書の記載によれば,本件発明は,熱間帯鋼(ホットストリップ)の巻取機(ダウンコイラ)において,帯鋼の巻取時に発生する帯鋼先端との重なりにより生じるコイルの段付部と案内片との衝突による衝撃を確実に回避して,案内片との衝撃に起因する帯鋼先端部の重ねきずの発生や案内片の振動を抑制するとともに,案内片がコイル表面を押圧する時間を十分確保して帯鋼の巻付性能を向上させることを目的として,コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,かつ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させるようにしたものである,ということができる。 2 原告の主張4(相違点についての判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲3発明との相違点の一つ(相違点3)として,「本件発明では,コイルの段付部が該案内片を通過する前に案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけ移動させるのに対して,甲第3号証発明(判決注・甲3発明)では,案内片を帯鋼の板厚と同一寸法だけ移動させており,さらに,本件発明では,コイル段付部が該案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させるとしているのに対して,甲第3号証発明では,コイル段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるとしているだけで,案内片をコイルの半径方向内方に移動させるとはしていない点」を認定した上で,この相違点につき,「甲第3号証発明の駆動装置は,コイル段付部通過時に,案内片をコイル半径方向外方へ移動させているが,その移動距離は帯鋼の板厚と同一寸法であって,巻き太り分に相当する移動距離にすぎず,段付部の段差寸法より大きな距離,即ち,巻き太り分を超えた距離,だけ案内片を離間・移動させる本件発明とは,段付部通過時の案内片の移動距離,即ち,案内片に対する駆動装置の動作,が明らかに異なっている。しかも,本件発明では,コイル段付部通過後には,案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるために,案内片をコイルの半径方向内方に移動させるというその後の動作を必要とするのに対して,甲第3号証発明では,コイル段付部通過後,案内片の位置を変化させなくても案内片は帯鋼表面に接触した状態を維持するのであるから,コイル半径方向内方への案内片の移動操作が必要とされることはありえない。してみれば,甲第3号証の記載によって,本件発明の如き動作を行わせる案内片の駆動装置が開示ないし示唆されているとすることはできないから,上記相違点3を当業者が容易に想到し得たとすることはできない。そして,本件発明は,上記相違点3をもその構成として備えることにより,「コイルの段付部と案内片との衝突を確実に避けることが可能となって,帯鋼先端部の重ねきずの発生を抑制することができ,その上帯鋼の板厚に誤差があったり帯鋼の先端にまくれ上がりが生じていた場合でも,帯鋼の巻取り時に案内片に働く衝撃を緩和して案内片の振動を低減できるものとなる。しかも,本発明の実施例ではコイルの段付部が案内片を通過した後に案内片を帯鋼の表面に押し付けるように操作させることから,案内片はコイル段付部が通過する前後の短時間を除いて帯鋼の表面を押圧している押付時間が十分確保でき,よって帯鋼の巻付性能を向上できるものとなる。」(本件公告公報(甲第1号証)9欄3行〜10欄4行参照)という作用効果を奏するものである。したがって,上記相違点3をその構成として備える本件発明を,甲第3号証発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。」(審決書22頁24行〜23頁15行)と判断した。 (2) 甲3文献には,次の記載がある(下線部は,裁判所において付した。)。 (別紙図面2参照) ア「1.ストリップをリールマンドレルに押し付けるための制御された押圧ローラを有するストリップ巻取り機において,該リール軸は,パルス発生器(1G1)と結合されていて,そして該パルス発生器(1G1)と作用結合しているパルスカウンタ(A)は,リールマンドレル(1)にストリップ先端がスリップなしに接触したあとに運転させられ,そしてリールマンドレル(1)が2つの隣接した押圧ローラ(3a・・・7a)の間隔分だけそれぞれさらに回転した後に信号が,パルスカウンタ(A)から制御ロジック(L)を介して,トラッキングシリンダ(3・・・7)を持ち上げるために制御部品(SV3・・・SV7)へと伝達され,該トラッキングシリンダの押圧ローラは,ストリップの厚み(s)分だけ(判決注・原文は,「um der Betrag der Banddicke」)持ち上げられるように定められていることを特徴とするストリップ巻取り機。」(甲第3号証の訳文5頁・特許請求の範囲) イ「本発明は,ストリップをリールマンドレルに押し付けるための制御された押圧ローラを有するストリップ巻取り機に関するものである。公知の方法で油圧式作動シリンダによって作動された押圧ローラは,リールマンドレルとストリップ始端部との間の自己摩擦によって押圧ローラの力を借りることなしにストリップの,スリップのない巻付けが保証されている限り,一定の力でリールマンドレルに,あるいは該リールマンドレル上に巻き取られたストリップ層に押し付けられる。該自己摩擦は,約5層のストリップ層ののちに達成される。これら初期のストリップ層の間に,ストリップ先端の範囲においてコイルの直径がそれぞれ新しいストリップ層の開始に連れてストリップの厚み分だけ変化する。トラッキングシリンダを有する押圧ローラは,その慣性により押圧力を増加させることだけによってこの直径飛躍に従わねばばらない。その際に押圧力は,押圧ローラがストリップ表面の,しかもストリップ先端の範囲において条痕を残す程の大きさに達するものである。 本発明の課題は,ストリップの価値低下を表している,ストリップ表面のこの条痕を制御された押圧ローラを用いて阻止することであって,該押圧ローラは,これがそれぞれコイルの直径飛躍をもたらすストリップ先端を通過する前に,ストリップの厚み分だけリトラクトされるのである。 このことは,本発明によれば該リール軸が,パルス発生器と結合されていて,そして該パルス発生器と作用結合しているパルスカウンタが,リールマンドレルにストリップ先端がスリップなしに接触したあと運転させられることによって簡単な方法で達成され,その際にリールマンドレルが,2つの隣接した押圧ローラの間隔分だけそれぞれ回転したのちに信号が,パルスカウンタから制御ロジックを介して,トラッキングシリンダを持ち上げるために制御部品へと伝達されるのであって,該トラッキングシリンダの押圧ローラは,ストリップの厚み分だけ持ち上げられるように定められている。」(甲第3号証の訳文1頁3行〜末行) ウ「ストリップ巻取り機の作動方法は,以下の通りである: 5個の押圧ローラ3aから7aは,トラッキングシリンダ3から7によって,巻取り過程を開始する前にリールマンドレル1の表面9からストリップの厚みsの90%分だけ離して調整されている。ストリップ先端8が,図には示していない入口ガイドを介してリールマンドレル1と押圧ローラ3aとの間の間隙に達すると,ストリップ先端は間隙がストリップの厚みに対して10%小さいために,そしてこれと関連してリールマンドレル1と押圧ローラ3aとの間のピンチ作用のために,リールマンドレルによって当初はスリップを伴って巻き取られる。ストリップ先端8が押圧ローラ4aと5aを通過すると直ちに,リールマンドレル1によってストリップ始端部のスリップのない巻取りが保証されている。押圧ローラ6aに達するとストリップ先端8は,リール軸と連結されたパルス発生器1G1と作用接続されているパルスカウンタAを作動させるための,図には示されていないリレーを作動させるための回路を閉じる。パルスカウンタAは,該パルスカウンタが特定の数のパルスのもとでそれぞれ1つの信号を出力するようにプログラミングされている。信号を出力するまでのパルス数は,2つの隣接した押圧ローラの間隔に相当する。パルスカウンタAの作動によって,トラッキングシリンダ3が押圧ローラ3aとともに持ち上げ運動を実施するという意味において,トラッキングシリンダ3に割り当てられたサーボバルブSV3は制御ロジックLを介して同時に制御のための信号を受け取る。該持ち上げ運動は,トラッキングシリンダと結合されたパルス発生器IG3を通じてパルスの形で制御ロジックLを介して実測値としてパルスカウンタBに供給される。該パルスカウンタBにはトラッキングシリンダ3,もしくはHZIの持ち上げ運動に関してストリップの厚みsに相当する目標値が入力されている。パルス発生器IG3によってパルスカウンタB(パルス発生器)に供給された,トラッキングシリンダ3の持ち上げ運動の実測値が,入力された目標値に等しいと,サーボバルブSV3はディジタル・アナログ変換器Iと制御ロジックLを介してトラッキングシリンダ3をその出発位置へとリトラクトさせるための信号を受け取る。これによってトラッキングシリンダ3,もしくはHZIの持ち上げ運動が,終了する。 ストリップの先端8が押圧ローラ7aに達するとともに,パルスカウンタAが次の信号を出力するのであって,該信号は,今回は制御ロジックLを介してトラッキングシリンダ4に割り当てられたサーボバルブSV4に供給される。これと結びついたサーボバルブSV4の開放は,トラッキングシリンダ4の持ち上げ運動を引き起こす。該持ち上げ運動は,トラッキングシリンダ4と結合されたパルス発生器IG4を介して,並びに同じく制御ロジックLを介してパルスカウンタCに実測値として供給される。実測値が,パルスカウンタCに入力した目標値に達すると,サーボバルブSV4はパルスカウンタCからディジタル・アナログ変換器Uと制御ロジックLを介して,トラッキングシリンダ4をその出発位置へとリトラクトさせるための信号を受け取り,その結果,トラッキングシリンダ4の持ち上げ運動が,同じく終了する。リールマンドレルに摩擦結合的に接しているストリップ先端部8が押圧ローラ3aに達すると,該押圧ローラは,ストリップ厚みの値分だけ既に第1のストリップ層から持ち上げられていて,その結果,該押圧ローラは,ストリップ先端部を衝撃なしに通過できる。これによってストリップ表面に条痕が,現れることがない。」(甲第3号証訳文2頁19行〜4頁10行) (3) 上に認定したとおり,甲3文献には,甲3発明のストリップ巻取り機において,押圧ローラは,「ストリップの厚みsに相当する目標値」が入力されたパルスカウンタの作動に基づき,「ストリップの厚み分だけ」,「ストリップ厚みの値分だけ」持ち上げられることによって,ストリップ先端部(段付部)と衝突することなく通過する,とされている。 原告は,甲3発明における案内片の移動距離は,帯鋼の板厚と同一寸法を意味するのではなく,段付部を避けるのに十分な距離,を意味するから,本件発明における,段付部の段差寸法より大きな距離,と異ならない,として,審決の上記相違点の認定は,相違点でないものを誤って相違点と認定したものである,と主張し,被告は,審決の認定は正しいとして,これを争っている。 しかしながら,仮に,審決の上記相違点についての認定が正しく,甲3発明における案内片の移動距離が帯鋼の板厚と同一寸法を意味するとしても,上に認定したとおり,帯鋼の巻取装置において,巻取りの初期にストリップの先端部(段付部)が押圧ローラ(案内片)と衝突することによって,ストリップの表面に条痕がつくことを防止するために,案内片を移動させて衝突を避ける,との技術思想自体は,甲3文献に既に開示されている。 そうである以上,甲3文献に接した当業者において,より確実な衝突回避を目的として,甲3発明における押圧ローラ3a等の移動距離を「ストリップの厚み分」(帯鋼の板厚と同一寸法)から,「段差寸法より大きな距離」に変える,との発想(この発想は,必然的に,段付部が押圧ローラを通過した後に押圧ローラを帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようコイルの半径方向内方に移動させる,との発想を伴う。)を得ることは,反対に解すべき特段の事情が認められない限り,当業者が極めて容易になし得ることであるというべきである。 被告は,従来技術では押えロールを板厚以上に退避させるとマンドレルに対するストリップの押し付け力がなくなってしまい,結局,ストリップの巻き取りができなくなってしまうので,いかなる場合でも,押えロールを板厚以上に退避させてはいけないと考えられており,このような従来技術の固定観念の下では,押えロールを板厚以上に退避させることになるジャンピング動作(ただし,その直後に押圧を行う)という技術的思想は存在し得なかった,本件発明の構成は,ストリップ段差部からラッパーロールが離間するという点で,従来技術の固定観念をうち破るコロンブスの卵ともいうべき発明である,と主張する。 しかしながら,被告の主張する固定観念の存在は,本件全証拠によっても認めることはできない。 本件明細書の特許請求の範囲は,前述のとおり,「帯鋼を案内片で巻取機の巻胴に押圧しながら巻付けてコイル状に巻取る装置において,巻胴に向つて進行する帯鋼の先端位置を検出する検出器と,この検出器の検出値から該巻胴に巻付けられ前記帯鋼の先端部との重なりによって生じるコイルの段付部が案内片を通過する時期を予測演算する演算器と,前記演算器で算出された通過時期に基づいて操作信号を出力する指令器と,この指令器からの出力により操作され,前記コイルの段付部が該案内片を通過する前にこの案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる駆動装置を備えせしめ,更に前記駆動装置は,該案内片を移動操作させる液圧シリンダと,この液圧シリンダを駆動する液圧サーボ弁からなり,前記指令器からの操作信号に基づいて前記液圧サーボ弁を作動して案内片の移動を制御するものであることを特徴とする帯鋼の巻取装置。」というものであり,発明の詳細な説明中にも,従来技術において押えロールを板厚以上に退避させることの技術的困難性についても,この困難性を克服するための具体的技術についても,何らの記載も見当たらない。本件明細書のこのような記載内容に照らすと,相違点3に係る本件発明の構成は,「案内片を前記段付部の段差寸法より大きな距離だけコイルの半径方向外方に移動して該案内片と帯鋼表面との間隙を大きくし,且つ前記コイル段付部が該案内片を通過した後に前記案内片を帯鋼表面に所定の圧力で押し付けるようにこの案内片をコイルの半径方向内方に移動させる」との発想自体をその内容とするものとみるほかない。相違点3に係る本件発明の構成がこのようなものであるとすると,仮にこの発想を現実化することには困難が伴うことが知られていたとしても,相違点3に係る本件発明の構成自体に至ることは,むしろ,極めて容易なことというべきである。 被告の主張は採用することができない。 他にも,上記特段の事情に該当するものは,本件全資料を検討しても見いだすことはできない。 審決の相違点3についての判断は誤りであり,この点についての原告の主張は理由がある。 |
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結論
以上のとおりであるから,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由があることが明らかである。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 阿部正幸 |
裁判官 | 高瀬順久 |