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事件 令和 4年 (ネ) 10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件
令和5年10月5日判決言渡 令和4年(ネ)第10094号 特許権侵害差止等請求控訴事件 (原審・東京地方裁判所令和3年(ワ)第29388号) 口頭弁論終結日 令和5年8月1日 5判決
控訴人ザ ケマーズカンパニー エフシ ー リミテッドライアビリティ 10 カンパニー
同訴訟代理人弁護士 大野聖二 大野浩之 15 被控訴人AGC株式会社
同訴訟代理人弁護士 片山英二 大月雅博 黒田薫 20 辛川力太
同訴訟代理人弁理士 加藤志麻子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2023/10/05
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
25 3 控訴人のために、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
-1-事 実 及 び 理 由用語の略称及び略称の意味は、本判決で付するもののほかは、原判決に従う。また、原判決の引用部分の「別紙」を全て「原判決別紙」と改める。
第1 控訴の趣旨5 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙被告製品目録に記載の製品の生産、使用、譲渡又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は、原判決別紙被告製品目録に記載の製品を廃棄せよ。
4 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
10 5 仮執行宣言第2 事案の概要1 事案の要旨本件は、発明の名称を「2,3−ジクロロ−1,1,1−トリフルオロプロパン、
2−クロロ−1,1,1−トリフルオロプロペン、2−クロロ−1,1,1,2−15 テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3−テトラフルオロプロペンを含む組成物」とする特許(特許第6752438号。本件特許)の特許権者である控訴人(原審原告。以下「原告」という。)が、原判決別紙被告製品目録記載の製品(被告製品)は本件特許に係る発明の技術的範囲に属しており、被控訴人(原審被告。以下「被告」という。)がこれらを生産、使用、譲渡又は譲渡の申出をする行為は本件20 特許権を侵害すると主張して、特許法100条1項及び2項に基づき、被告製品の譲渡等の差止及び廃棄を求める事案である。
原判決は、本件特許には新規性欠如の無効理由があるから、特許法104条の3第1項により、原告は被告に対し、本件特許権を行使することができないとして、
原告の請求をいずれも棄却したので、原告が控訴した。
25 2 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張以下のとおり補正し、後記3において当審における当事者の補充主張を付加する-2-ほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1から3までに記載するとおりであるから、これを引用する。
(1) 3頁6行目の「請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。」を「の請)求項1の記載(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。」と、同頁7行)5 目の「明細書を」を「明細書及び図面を」と、同頁23行目の「甲18」を「甲18の1・2」とそれぞれ改める。
(2) 5頁11行目の「ある旨明確に記載されており」を「ある旨が本件明細書に明確に記載されており」と改める。
(3) 8頁2行目の「本件原出願の出願当初の明細書(以下「原出願当初明細書」10 という。)等」を「本件原出願の願書に最初に添付した明細書(乙4)、特許請求の範囲及び図面(以下「原出願当初明細書」という。」と、同頁4行目、5行目及び)10行目の各「原出願当初明細書等」を「原出願当初明細書」とそれぞれ改める。
(4) 8頁16行目の「乙6」を「特開2018−154841号公報。乙6。」と改める。
15 (5) 10頁8行目の「原出願当初明細書等」を「原出願当初明細書」と改め、同頁13行目の末尾に改行して、
「なお、新規性の引用文献として用いるためには、当該引用文献に「具体的な技術的思想」が開示されていることが必要であるから、乙6文献を根拠として本件発明の新規性欠如を認める場合には、乙6文献に、具体的な技術的思想として、HFO−1234yfに加えて、HFC−143aを0.220 重量パーセント以下とし、かつHFC−254ebを1.9重量パーセント以下とする態様が開示されているということになり、分割要件違反がないこととなる。 を」加える。
(6) 12頁3行目の「による、原料成分にみられない新たな技術的効果」を「により生じる原料成分にみられない新たな技術的効果」と、同頁23行目及び13頁25 11行目の各「本件発明」を「本件発明に係る特許請求の範囲の記載」とそれぞれ改める。
-3-(7) 14頁20行目の「本件訂正発明」を「本件訂正発明に係る特許請求の範囲の記載」と改め、同頁23行目の「とおりであり」の次に「、被告製品が77.0モルパーセント以上のHFO−1234yfを含有することについては被告も争っていないから」を、同頁24行目の末尾に「反応途中のものや蒸留途中のものであ5 っても、
「物」として製造されるのであれば、特許法上の実施行為の対象となるのであり、原判決別紙被告製品目録の「中間製品」に係る記載では、対象製品の構成を特定しているとはいえないとの被告の主張は誤りである。その余の被告の主張に対する反論は、前記(1)〔原告の主張〕イのとおりである。」をそれぞれ加える。
(8) 15頁19行目の「被告製品は」の次に、「、前記(1)〔被告の主張〕のとお10 り」を加える。
3 当審における当事者の補充主張(1) 分割の適法性について(争点2−1に関し)(原告の主張)ア 分割出願遡及効が認められないのは、原出願に開示されていない技術的事15 項を導入し、その結果として第三者に不測の損害が及ぶ場合であるが、本件では、
原出願当初明細書において、HFC−143aを0.2モルパーセント以下とし、
かつHFC−254ebを1.9モルパーセント以下とする態様が明確に開示されており、第三者に不測の損害が及ぶものではない。
すなわち、原出願当初明細書(乙4)の表5 【表6】( )(以下単に「表5 【表6】」( )20 という。なお、本件明細書(甲2)の表5(【表6】)と同じである。)の記載に基づいてHFC−143a及びHFC−254ebの上限値を限定することは、当業者であれば当然に予想することができるものである。
イ 被告は、乙6文献に基づいて本件発明の新規性欠如を主張しているが、同主張は、乙6文献に具体的な技術的思想が開示されていることを前提とするものであ25 る。すなわち、乙6文献を根拠として本件発明の新規性欠如を認定するのであれば、
乙6文献に、
「具体的な技術的思想」として、HFO−1234yfに加えて、HF-4-C−143aを0.2モルパーセント以下とし、かつHFC−254ebを1.9モルパーセント以下とする態様が開示されていることを認定することになるところ、
乙6文献と同じ内容が開示されている原出願当初明細書から上記の具体的な技術的思想を抽出して、クレームアップすることによって、第三者に不測の損害が及ぶこ5 とはあり得ない。したがって、分割要件違反はない。
なお、本件発明と同じ組成物を開示した先行文献等は挙げられていないから、本件明細書において、技術的に意義のあるHFO−1234yfの製造方法を開示し、
当該製造工程を採用した場合には表5(【表6】)で示されるような組成物が得られることを示すこと自体に、特許権が付与されるだけの価値がある。
10 (被告の主張)ア 分割出願の適法性は、原出願の明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入するか否かという基準をもって純粋に判断されるべきである。
イ 原出願当初明細書(本件明細書も同じ)の開示内容は、低地球温暖化係数の15 化合物であるHFO−1234yfを調製する際に、その原料等に含まれる不純物や副生成物が追加の化合物として少量存在し得るという点にとどまるから、原出願当初明細書の記載から、本件発明を構成する3つの化合物を選び出し、そのうちの2つの化合物を所定割合で含有する組成物とすることは、原出願当初明細書の記載から認識し得る事項とはいえず、新たな技術的意義を導入するものである。そして、
20 原出願当初明細書の【0011】に記載された追加の化合物の組合せは5億とおり以上にも及ぶものであること、原出願当初明細書には、追加の化合物が存在する技術的意義等に関する記載や示唆はないことからすると、原出願当初明細書の記載に触れた当業者が、分割出願により、本件発明が発明の対象とされることなど予測しえないから、本件発明に遡及効を認めることは、第三者に不測の損害を及ぼす。
25 ウ 原告は、乙6文献に基づく新規性欠如を認めるのであれば、分割要件違反が認められない旨主張するが、分割適法性の判断の対象となる本件発明と、新規性欠-5-如の判断における「引用発明」は対象とする発明が異なり、本件発明は包括的な発明であるが、乙6文献に記載された引用発明は、実施例15の603℃及び626℃の反応温度で得られた特定の組成物であるから、原告の主張は失当である。
(2) サポート要件違反の存否(争点2−2に関し)5 (原告の主張)ア サポート要件を充足するには、明細書に接した当業者が、特許を受けようとする発明が明細書に記載されていると合理的に認識することができれば足り、また、
課題の解決についても、当業者において、技術常識も踏まえて課題を解決することができるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであっ10 て、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら、明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば、サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからである。
イ 本件発明の課題は、低地球温暖化係数(GWP)を有する1234yfを含15 有し、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィン及びポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤及び液体又はガス状形態にある消火剤(以下「熱伝達組成物等」という。)として有用な組成物を提供することであって、明確である。
20 ウ 表5(【表6】)の開示によれば、少なくとも550℃、574℃、603℃及び626℃の4つの実施例において、HFO−1234yfと、0.2モルパーセント以下のHFC−143aと、1.9モルパーセント以下のHFC−254ebを含有する組成物を具体的な技術的思想(発明)として導ける。
そうすると、当業者は、本件明細書の記載から、本件発明の構成を採ることによ25 って、低地球温暖化係数(GWP)を有する1234yfを含有し、熱伝達組成物等として有用な組成物を提供することができることを認識することができる。
-6-したがって、本件発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明で、
発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決することができると認識することができる範囲内のものである。
(被告の主張)5 ア 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、
発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識し得る範囲のものであるか否か、また、
発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし当10 該発明の課題を解決することができると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
イ ところが、本件明細書においては、
「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。(」【0003】)という「発見」に関する記載しかなく、その他の記載15 をみても、本件発明の課題を把握することができる記載がない。
本件においては、課題自体が不明確であり、課題が不明確である以上、それが解決されたか否かも不明確となるから、課題の不明確は、それ自体サポート要件違反を構成する。
ウ 仮に、本件明細書の「背景技術」の記載等から、本件発明の解決課題は「低20 地球温暖化係数の新たな組成物を提供すること」であると理解したとしても、本件明細書の記載からは、本件発明の構成が、発明の課題解決手段であることを理解することができず、また、本件発明には、発明の課題を解決することができない組成物が多々含まれるから、サポート要件を満たさない。
すなわち、本件明細書に記載されている内容は、知財高裁令和3年(ネ)第1025 043号特許権侵害差止等請求控訴事件(以下「前訴」という。)の対象であった特許(特許第5701205号)の当初明細書と同じであるところ、前訴判決(乙3)-7-が述べたとおり、
「当初明細書、特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項としては、低地球温暖化係数(GWP)の化合物であるHFO−1234yfを調製する際に、 HFO−1234yf又はその原料(HCFC−243db、HCFO−1233xf、及びHCFC−244bb)に含5 まれる不純物や副反応物が追加の化合物として少量存在し得るという点にとどまるものというほかない」のであって、本件明細書において、@HFO−1234yf、
A0.2重量パーセント以下のHFC−143a、B1.9重量パーセント以下のHFC−254ebの組合せが明確に記載されているとはいえず、また、このような組合せを必須とする組成物が、どのような技術的意義、作用効果を奏するのかに10 ついても、本件明細書において、明確に説明されているとはいえないから、当業者は、本件発明によって、課題を解決することができるとは認識しない。
また、本件明細書に記載されていない化合物には、GWPの高い物質も多数含まれ得るし、
【0004】〜【0008】に記載された化合物であっても、HFC−23(GWP:14800)、CFC−13(GWP:14400)をはじめとして、
15 GWPの高い化合物が多数含まれている。そうすると、本件発明には、低地球温暖化係数(低GWP)の組成物の提供という解決課題を解決しえない組成物を多々含むことになるから、この意味においても、本件明細書の記載及び本件優先日技術常識に基づいて、当業者が、本件発明によって課題を解決することができると理解することはない。
20 (3) 訂正要件違反の有無(争点3に関し)(原告の主張)ア 本件訂正発明は、本件訂正前の内容と比較するとHFO−1234yfの下限値を「77.0モルパーセント」として限定したものであるから、下限値を「77.0モルパーセント」として限定したことが、新規事項にあたるかどうかを判断25 する必要がある。
イ 本件明細書には、下限値である77.0モルパーセント以上のHFO−12-8-34yfを含有する組成物が表5 【表6】( )(下記参照) 具体的に示されている。
に、
上記は実施例15に関するものであるが、HCFC−244bbからHFO−1234yfを生成する工程のものであり、HFO−1234yfを生成する際の最5 終工程に相当するものである(【図1】。このことからすると、HFO−1234y)fの含有量を高めることが当然に想定されている。
訂正に当たり、新規事項の追加が許されないのは、第三者の予測可能性がないためであることからすると、本件明細書にHFO−1234yfを調製する際の技術的事項が開示され、かつ形式的にでもHFO−1234yf以外の化合物が「約110 重量パーセント未満」であることが示されている(【0003】〜【0004】)状況の下、HFO−1234yf、HFC−143a及びHFC−254ebの「組合せ」に関して、図1のHFO−1234yfを生成する際の最終工程であって、
HCFC−244bbからHFO−1234yfを生成する場面を示した(必然的にHFO−1234yfの含有量を高めることを想定している場面である。【01)15 23】において、前記の通り示されているのであるから、HFO−1234yfの下限値を「77.0モルパーセント」と訂正することは、少なくとも本件明細書から自明な事項である。
そして、本件訂正前の請求項1には、HFO−1234yfの含有量に制限がなく、あらゆる含有量でHFO−1234yfを含む組成物が権利範囲の対象であっ20 たのに対して、本件訂正は、その権利範囲を狭めて77.0モルパーセント以上と限定しただけであるので、第三者に対して不測の損害が及ぶものではなく、本件訂-9-正が新規事項の追加となることはあり得ない。
ウ 被告は、本件明細書の表5(【表6】)に記載されている実施例の単位は、
「モルパーセント」であるから、
「HFC−143a0.2重量パーセント以下、HFC−254ebを1.9重量パーセント以下」の境界値について裏付ける記載がない5 と主張するが、表5(【表6】)の開示からすると、
「モルパーセント」と記載すべきであったところを請求項1及び2では「重量パーセント」と記載しているにすぎないものであり、
「未知」とされている化合物が存在するとしても大きな影響がないことは、被告自身が行っている計算(甲21、審判請求書29〜30頁)によっても示されている。また、本件訂正発明では「重量パーセント」が明確に用いられてい10 るのであるから、当業者が本件明細書を読んだ場合に、請求項に「重量パーセント」と示されていることによって、不測の損害を被ることはない。
(被告の主張)ア 本件明細書及び原出願の当初明細書の記載から導かれる技術的事項は、低地球温暖化係数の化合物であるHFO−1234yfを調製する際に、その原料等に15 含まれる不純物や副生成物が追加の化合物として少量存在し得るという点にとどまるから、訂正によりHFO−1234yfの下限値(77.0モルパーセント)を規定したところで、本件訂正発明の前提となるHFO−1234yfに対して、HFC−143aおよびHFC−254ebを組み合わせるという技術的思想は、本件の当初明細書からは導き出せない。
20 イ 訂正は第三者に不測の損害をもたらすものであってはならないが、それ自体が、新規事項追加の判断基準となるものではない。
ウ 訂正の適法性の判断において、新規事項の追加の該当性は、目的要件としての特許請求の範囲減縮の該当性とは別に判断されるものであって、特許請求の範囲減縮であれば新規事項の追加に当たらないというものではない。また、本件発25 明は、サポート要件を満たさないから、そのような発明におけるHFO−1234yfの下限値を限定した発明も、サポート要件を欠くものであり、そのため当然に、
- 10 -「当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」との関係において、新たな技術的事項を導入することになる。
エ 表5(【表6】)には未知の成分が存在するから、モルパーセントに基づく同表の数値に基づいて換算して、重量パーセントに基づく境界値を導き出すことは不5 可能であり、本件訂正による境界値には裏付けがない。
第3 当裁判所の判断当裁判所は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載には、分割出願が適法であるか否かにかかわらず、サポート要件違反があり、本件訂正が有効であったとしても、
サポート要件違反があることが認められるから、結局、本件特許は特許法36条610 項1号違反により無効にされるべきものであり、同法104条の3第1項により、
原告は被告に対し、本件特許権を行使することはできないと判断する。その理由は、
以下のとおりである。
1 本件発明について(1) 本件明細書には、別紙「特許公報」のとおりの記載がある(甲2)。
15 (2) 本件発明の概要前記(1)の記載によると、本件発明は、熱伝達組成物等として有用な組成物の分野に関するものであり、新たな環境規制によって、冷蔵、空調及びヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきたことを背景として、低地球温暖化係数の化合物が特に着目されているところ、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の20 化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出したというものである(本件明細書の【0001】 【0003】 以下、
〜 。 特に断らない限り、
単に【 】内の4桁の数字は、本件明細書の段落を指す。。
)2 争点2−2(サポート要件違反を無効理由とする無効の抗弁の成否)について25 (1) 特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明- 11 -が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、
また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討5 して判断すべきものである。
(2) 本件についてみると、本件明細書(以下、原出願当初明細書も同じ。)には、
「発明が解決しようとする課題」として、
「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。(」【0003】)との記載がある。また、
「本発明によれば、HFO−110 234yfと、HFO−1234ze、HFO−1243zf、HCFC−243db、HCFC−244db、HFC−245cb、HFC−245fa、HCFO−1233xf、HCFO−1233zd、HCFC−253fb、HCFC−234ab、HCFC−243fa、エチレン、HFC−23、CFC−13、HFC−143a、HFC−152a、HFO−1243zf、HFC−236fa、
15 HCO−1130、HCO−1130a、HFO−1336、HCFC−133a、
HCFC−254fb、HCFC−1131、HFC−1141、HCFO−1242zf、HCFO−1223xd、HCFC−233ab、HCFC−226baおよびHFC−227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成物は、少なくとも1つの追加の化合物の約20 1重量パーセント未満を含有する。(」【0004】、
)「HFO−1234yfには、
いくつかある用途の中で特に、冷蔵、熱伝達流体、エアロゾル噴霧剤、発泡膨張剤としての用途が示唆されてきた。また、HFO−1234yfは、V.C.Papadimitriouらにより、Physical Chemistry Chemical Physics、2007、9巻、1−13頁に記録されているとお25 り、低地球温暖化係数(GWP)を有することも分かっており有利である。このように、HFO−1234yfは、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補である。」- 12 -(【0010】 といった記載に、 0013】) 【 、
【0016】 0019】 0022】、
【 、
【 、
【0030】【図1】の記載を総合すると、本件明細書には、HFO−1234y、
fが低地球温暖化係数(GWP)を有することが知られており、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であること、HFO−1234yfを調製する際に特定の5 追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC−143aがあること、HFO−1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO−1234yf又はその原料(HCFC−243db、HCFO−1233xf、HCFC−244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているということが10 できる。
しかるところ、HFO−1234yfは、原出願日前において、既に低地球温暖化係数(GWP)を有する化合物として有用であることが知られていたことは、
【0010】の記載自体からも明らかである。したがって、HFO−1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義がある15 のか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。しかし、本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。本件明細書には、「技術分野」として、「本開20 示内容は、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、2,3,3,3,−テトラフルオロプロペン(HFO−1234yfまたは1234yf)また25 は2,3−ジクロロ−1,1,1−トリフルオロプロパン(HCFC−243dbまたは243db)、2−クロロ−1,1,1−トリフルオロプロペン(HCFO−- 13 -1233xfまたは1233xf)または2−クロロ−1,1,1,2−テトラフルオロプロパン(HCFC−244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。(」【0001】)との記載があるが、同記載は、本件発明が属する技術分野の説明にすぎないから、この記載から本件発明が解決しようとする課5 題を理解することはできない。
そうすると、本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるというこ10 ともできない。
(3) 仮に、上記【0001】の記載をもって本件発明の課題を説明したものと理解したとしても、次に述べるとおり、本件明細書の記載をもって、当業者が当該課題を解決することができると認識することができるとは認められない。
すなわち、この場合の本件発明の課題は、
「2,3,3,3,−テトラフルオロプ15 ロペン(HFO−1234yfまたは1234yf)または2,3−ジクロロ−1,1,1−トリフルオロプロパン(HCFC−243dbまたは243db)、2−クロロ−1,1,1−トリフルオロプロペン(HCFO−1233xfまたは1233xf)または2−クロロ−1,1,1,2−テトラフルオロプロパン(HCFC−244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物を提供すること」20 と理解されることとなるはずである。
そして、本件発明は、@HFO−1234yf、A0.2重量パーセント以下のHFC−143a、B1.9重量パーセント以下のHFC−254ebを含む組成物によって、当該課題を解決するものということになる。
しかるところ、本件明細書には、上記@〜Bを含む組成物についての記載がされ25 ているとはいえない。すなわち、
【0121】 【0123】〜 (表5 【表6】)( ) には、
実施例15として、HCFC−244bbからHFO−1234yfへ、触媒無し- 14 -で変換したところ生じた、HFO−1234yf、HFC−143a及びHFC−254ebを含む組成物が4例記載されており(加熱された温度(℃)がそれぞれ550、574、603、626)、当該組成物に含まれるHFC−143aの量がそれぞれ、0.1、0.1、0.2、0.2モルパーセントであること、及び同H5 FC−254ebの量がそれぞれ1.7、1.9、1.4、0.7モルパーセントであることが記載されている。しかしながら、表5(【表6】)に記載された組成物には「未知」のものが含まれており、その分子量を知ることができないから、同表において、モルパーセントの単位をもって記載されたHFC−143a及びHFC−254ebの含有量を、重量パーセントの含有量へと換算することはできない。
10 そうすると、本件明細書には、上記@〜Bの構成を有する組成物についての記載がされていないというほかない。それのみならず、本件明細書には、このような構成を有する組成物が、HFO−1234yfの前記有用性にとどまらず、いかなる意味において「有用」な組成物になるのか、という点について何ら記載されておらず、
示唆した部分もない。したがって、当業者が、本件明細書の記載から、上記@〜B15 の構成を有する組成物が、熱伝達組成物として「有用な」組成物であるものと理解することもできない。
したがって、当業者は、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することはない。
(4) 以上のとおり、分割出願が有効であり、出願日が原出願日(平成21年5月20 7日)となると考えたとしても、本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するということができないから、本件発明に係る特許は、無効審判請求により無効とされるべきものである(特許法123条1項4号36条6項1号)。
そして、このことは、分割出願が無効であり、出願日が分割出願の日(令和元年9月4日)となる場合でも同様である。
25 3 争点3(訂正の再抗弁の成否)について本件訂正発明についても、本件発明に係る請求項1のHFO−1234yfにつ- 15 -いて「77.0モルパーセント以上」という下限が設定されただけで、本件訂正後の特許請求の範囲及び本件明細書の記載を総合しても、当該下限にどのような技術的意義があり、これによりどのような課題を解決することができるのかは明らかにされていない。また、前記2(2)及び(3)と同様、本件訂正発明に係る組成物の構成5 により解決しようとしている課題や、その解決方法が本件明細書に記載されていないことには変わりはない。したがって、訂正が有効だとしても、本件訂正発明に係る特許請求の範囲の記載には、前記2(2)及び(3)と同じ理由により、サポート要件違反の無効理由が存在することとなるので、訂正の再抗弁によりサポート要件違反の無効理由を解消することはできない。
10 そうすると、本件訂正の適法性及びその余の争点につき判断するまでもなく、特許法104条の3第1項により、原告は被告に対し、本件特許権を行使することができない。
4 結論以上の次第で、原告の請求にはいずれも理由がないから、原告の請求をいずれも15 棄却した原判決は結論において相当である。よって、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部20裁判長裁判官清 水 響25- 16 -裁判官5 浅 井 憲裁判官10 勝 又 来 未 子- 17 -別紙 「特許公報」(省略)- 18 -
事実及び理由
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