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関連審決 不服2002-6934
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事件 平成 17年 (行ケ) 10398号 審決取消請求事件
原告 スリーエムイノヴェイティヴ プロパティーズ カンパニー
訴訟代理人弁理士 柳田征史,佐久間剛,福尾勲将
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 井口猶二,鹿股俊雄,立川功,青木博文
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/12/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-6934号事件について平成16年11月10日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたが拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本願明細書(甲7,11,12,8)の記載によれば,「本発明はバック焦点距離が長い比較的小型の広角レトロフォーカス型レンズに関するものであり,またこのレンズを用いた液晶ディスプレー(以下LCDと称す)ライトバルブ投写型TVに関するものである。」(段落【0001】)というもので,「本発明…の目的は 1)レンズからのフォーカス距離が長く(すなわち,図面中の左から右の方向へと進行する光の場合のバック焦点距離が長く),2)レンズと出射瞳との距離が離れており(すなわち,図面中の左から右の方向へと進行する光の場合の出射瞳位置とレンズとの距離が離れており),3)視野角が広く(すなわち,図面中の左から右の方向へと進行する光の場合の視野角の半分が約25度以上であり),4)レンズ部材が小形で,5)画質に優れた,新規なレンズ構造体を提供することにある。また,本発明の第二の目的は,画質に優れ,全体的に小型な改良型レンズ装置を使用したLCD投写テレビ装置を提供することにある。」(段落【0008】)とされているところ,本願発明は,上記のようなレトロフォーカス型広角投射レンズ装置に関するものである。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:スリーエム イノヴェイティヴ プロパティーズ カンパニー(原告。なお,当初の出願人は,ユーエス プレシジョン レンズ インコーポレイテッドであったが,その後,一般承継を理由として原告に出願人名義変更がされた。) 発明の名称:「レトロフォーカス広角レンズ」 出願番号:特願平4-323930号 出願日:平成4年12月3日(優先権主張平成3年12月3日米国) (2) 本件手続 手続補正:平成13年12月18日(甲11) 拒絶査定日:平成14年1月22日 審判請求日:平成14年4月22日(不服2002-6934号) 手続補正:平成14年5月22日(甲12) 手続補正:平成16年8月10日(甲8) 審決日:平成16年11月10日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年11月24日(原告に対し。出訴期間90日を附加。) 2 本願特許請求の範囲請求項1の記載(平成16年8月10日付け補正後のもの。以下「本願発明」という。なお,請求項2ないし13の記載は省略。) 「(a)負の部材と,高分散率の正の部材と低分散率の負の部材の二部材から成る組み合わせ部材と,を備えた焦点距離がf1である負のパワーの第一レンズユニットと,(b)正の部材と,低分散率の正の部材と高分散率の負の部材の二部材から成る組み合わせ部材と,を備えた焦点距離がf2である正のパワーの第二レンズユニットと,(c)前記第一レンズユニットと前記第二レンズユニットの間に配設された開口絞りを含み,前記第一レンズユニットが,主として該第一レンズユニットに由来する収差を補正するための非球面を含んでおり,前記第二レンズユニットが,主として該第二レンズユニットに由来する収差を補正するための非球面を含んでおり,前記f1の絶対値が,全体の焦点距離f0よりも小さいことを特徴とするレトロフォーカス型広角投射レンズ装置。」 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,刊行物1として特開昭63-261213号公報(本訴甲2),刊行物2として特開平3-145613号公報(本訴甲3),刊行物3として特開平2-284108号公報(本訴甲4)を摘示した(以下,各刊行物に記載された発明を,刊行物番号に対応して「刊行物1発明」などという。)。
(2) 審決は,本願発明と刊行物1発明との一致点を次のとおり認定した。
「刊行物1発明の『負の単レンズ』は,本願発明の『負の部材』に相当し,以下同様に,『負レンズと正レンズを貼り合わせてなるほとんど屈折力のない接合レンズA』は『正の部材と負の部材の二部材から成る組み合わせ部材』に,『前群発散レンズ系』は『焦点距離がf1である負のパワーの第一レンズユニット』に,『物体側の曲率半径の絶対値が像側の曲率半径の絶対値より大である正の単レンズ』は『正の部材』に,『正レンズと負レンズを貼り合わせてなる正の接合レンズB』は『正の部材と負の部材の二部材から成る組み合わせ部材』に,『後群収斂レンズ系』は『焦点距離がf2である正のパワーの第二レンズユニット』に,『明るさ絞り』は『第一レンズユニットと前記第二レンズユニットの間に配設された開口絞り』にそれぞれ相当するから,両者は,『(a)負の部材と,正の部材と負の部材の二部材から成る組み合わせ部材と,を備えた焦点距離がf1である負のパワーの第一レンズユニットと,(b)正の部材と,正の部材と負の部材の二部材から成る組み合わせ部材と,を備えた焦点距離がf2である正のパワーの第二レンズユニットと,(c)前記第一レンズユニットと前記第二レンズユニットの間に配設された開口絞りを含むレトロフォーカス型広角レンズ装置。』である点で一致(する)」 (3) 審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点を次のとおり認定した。
「[相違点1]本願発明が,第一レンズユニットに用いる組み合わせ部材に,高分散率の正の部材と低分散率の負の部材とを用いたのに対し,刊行物1発明には係る限定が付されていない点。
[相違点2]本願発明が,第二レンズユニットに用いる組み合わせ部材に,低分散率の正の部材と高分散率の負の部材とを用いたのに対し,刊行物1発明には係る限定が付されていない点。
[相違点3]本願発明が,第一レンズユニットが,主として該第一レンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正するための非球面を含んでおり,第二レンズユニットが,主として該第二レンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正するための非球面を含んでいるのに対し,刊行物1発明がこのような構成を採用していない点。
[相違点4]本願発明が,第1レンズユニットの焦点距離f1の絶対値を,全体の焦点距離f0よりも小さくしたのに対し,刊行物1発明には係る限定が付されていない点。
[相違点5]本願発明が,投射レンズ装置であるのに対して,刊行物1発明が内視鏡用レンズである点。」 (4) 審決は,相違点について次のとおり判断した。
(a)[相違点1]について 「刊行物1の数値例1によると,第一レンズユニットの組み合わせ部材には,アッベ数νが30.0の正部材と55.6の負の部材が用いられている。そして,アッベ数は分散率の逆数を表すものであるから,刊行物1発明は第一レンズユニットに用いる組み合わせ部材に,高分散率の正の部材と低分散率の負の部材とを用いているといえ,この点については実質的な差異はない。」 (b)[相違点2]について 「刊行物1の数値例1によると,第二レンズユニットの組み合わせ部材には,アッベ数νが56.7の正部材と23.9の負の部材が用いられている。そして,アッベ数は分散率の逆数を表すものであるから,刊行物1発明は第二レンズユニットに用いる組み合わせ部材に,低分散率の正の部材と高分散率の負の部材とを用いているといえ,この点については実質的な差異はない。」 (c)[相違点3]について 「一般に,非球面を採用する事により,レンズ系の特性を改善することは,レンズ設計の分野では広く慣用されている事項である。また,非球面は,レンズ系中のあるレンズ面(球面)において発生する収差を低減すべく設けられるものであるから,第一レンズユニットの非球面が,主として第一レンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正し,第二レンズユニットの非球面が,主として第二レンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正し,全体として像の歪み及び収差補正された像を得るようにすることは,レンズ設計において普通に採用されている技術的事項であるから,その点に格別の技術的意義は認められない。」 (d)[相違点4]について 「刊行物1の数値例1において,第1レンズユニットの焦点距離を計算すると約-0.861となり,その絶対値は,全体の焦点距離1.000よりも小さな値となっている。そして,第1レンズユニットの焦点距離f1の絶対値を,全体の焦点距離f 0よりも小さくすることの格別の技術的意義も認められないから,第1レンズユニットの焦点距離f1の絶対値を,全体の焦点距離f 0よりも小さくすることは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。」 (e)[相違点5]について 「刊行物2…,刊行物3…の記載からみて,投射レンズとして長いバックフォーカスと広い画角を有するものが好ましいということは,従来周知の事項である。
一方,刊行物1発明はレトロフォーカス(広画角)対物レンズであり,また,…刊行物1発明が長いバックフォーカスを有するものであることは明らかである。
そして,刊行物1発明を投射レンズに転用することに格別の阻害要因が認められない以上,刊行物1発明を投射レンズに転用することは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。」 (f)「そして,本願発明の作用効果も,刊行物1に記載された発明,及び上記周知事項から当業者が予想できる範囲のものである。」 (5) 審決は,次のとおり結論付けた。
「本願発明は,刊行物1に記載された発明,及び上記周知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(相違点5についての判断の誤り) (1) 離れたところからスクリーン上の画像を観賞する投射型テレビ等の投影装置において液晶表示素子等で形成された画像をスクリーンに大きく投影する投射レンズと,体内の器官を観察するために体内の画像を微小なCCD素子上に結像する内視鏡の対物レンズとは,その用途だけでなくその技術思想も全く異なり,光の進行方向が逆であって,一口に「バックフォーカス」といっても,その意味するところは全く異なるものであり,前者に後者を転用することなど当業者であればなおさら想到し得るはずがないものである。すなわち,この転用には明らかな阻害要因があるのであって,これを「格別の阻害要因が認められない」とした審決には事実誤認と判断の誤りがある。
なぜなら,本願発明でいう「バックフォーカス」は,投射される液晶表示素子の画像(物体)の位置からレンズ後端までの長さであり,レンズ前端からスクリーン(画像側)の位置までの像側空間でのフォーカス長とは関係がないのに対し,刊行物1発明における「バックフォーカス」は,対物レンズの像側空間にプリズムやフィルターを配設可能なように長いバックフォーカスとしたもので,結像するCCD面と対物レンズの前端までの長さであって,レンズと物体(体内の器官)との距離ではない。
審決の趣旨は,光の進行方向を逆に見れば同じことであるとの見解に基づくものであるかもしれないが,それは,顕微鏡の対物レンズを望遠鏡のレンズに転用することに格別の阻害要因がないとするのと同等の議論であり,これには重大な判断の誤りがある。
したがって,刊行物1発明を投射レンズに転用することに格別の阻害要因が認められない以上,刊行物1発明を投射レンズに転用することは,当業者が容易に想到し得たものというべきであるとの認定,並びに,本願発明の作用効果も刊行物1発明及び上記周知事項から当業者が予想できる範囲のものであるとの認定には,事実誤認及び判断の誤りの違法がある。
(2) 被告は,乙1〜4(公報)を挙げて主張するが,乙1〜4に記載されている投影又は投射レンズと並列して記載されている撮影レンズは,縮写用レンズ(乙1,2),カラーカメラ又は電子写真カメラの撮影レンズ(乙3,4)であって,内視鏡の対物レンズではない。これらの撮影レンズは平面状の物体を平面上に結像させるものであって,ここには内視鏡の対物レンズは記載も示唆もされていない。
内視鏡対物レンズは,円筒状の物体(胃や腸の内壁)の内側に湾曲した内面を微小な平面状の固体撮像素子に結像するものであって,レンズ設計上要求される仕様は乙1〜4に記載されている撮影レンズとは全く異なるものであり,そのまま投影又は投射レンズになり得る撮影レンズとは光学的仕様が異なり,そのまま投影又は投射レンズにはなり得ない。
したがって,内視鏡対物レンズを投射レンズとして用いることが本件出願前周知の事項から当業者に容易であるとの被告の主張には根拠がない。
また,本願発明の投射レンズは,平面状の液晶画面等の画像を平面状のスクリーンに投射するものである一方,刊行物1の内視鏡対物レンズは,体腔内部の湾曲した物体の像を平面状の固体撮像素子の受像面に結像するものであって,要求される光学的条件が大きく異なる。すなわち,内視鏡対物レンズと投射レンズとは,大きさが全く異なるばかりでなく,投射レンズが平面状の物体(液晶画像面)を平面状のスクリーンに投射するものであるのに対し,内視鏡対物レンズは円筒状の物体(胃や腸などの内壁)の内側に湾曲した内面を微小な平面状の固体撮像素子に結像するものであって,レンズ設計上要求される仕様は全く異なるものである。もし,内視鏡対物レンズをそのまま投射レンズに使用すれば,結像する画像は,歪んだものとなり,到底使い物にならない。
したがって,当業者は,内視鏡対物レンズを投射レンズに転用するというような着想をするはずがなく,明確な阻害要因がある。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点3についての判断において,一般に非球面を採用することによりレンズ系の特性を改善することはレンズ設計の分野で広く慣用されていることであるから,第一レンズユニットの非球面が主として第一レンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正し,第二レンズユニットの非球面が主として第二レンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正し,全体として像の歪み及び収差を補正した像を得るようにすることに格別の技術的意義は認められないと認定している。
しかしながら,刊行物1発明のような内視鏡用対物レンズは,患者の体内を全体的に観察するものであり,歪みのない正確なイメージを取得する必要はないため,取得イメージの端部にまでわたって高精度な歪みの補正を実現することは重要でなく,現に,刊行物1に記載された内視鏡用対物レンズには,歪みを補正するための非球面は全く設けられていない。
これに対し,投射レンズにおいては,広画角及び長いバックフォーカスの確保のみならず,投射される像全体にわたる高精度の歪み(すなわち歪曲収差)の補正が課題であるため,本願発明は,非球面を設けたことを要件としているものである。
例えば,文書や図形のイメージを投射レンズを介してスクリーン上に投影する際に,その文書や図形のイメージが,スクリーンやディスプレイの中央部のみならず端部においても歪みなく表示されることは,画質や製品価値の確保の上で極めて重要である。そこで,本願発明の投射レンズでは,非球面を用いることにより,高精度な歪みの補正を実現しているものであって,これには格別の技術的意義があるものであって,これに格別の技術的意義は認められないとした審決には事実誤認,判断の誤りがある。
実際,本願発明の実施例1,3,5〜7について歪みを計算すると,添付の収差曲線(甲5)に示すように,投射される像の歪みは,画像の周縁において,いずれの実施例でも0.5%未満の極めて低い水準に抑えられている。
これに対し,刊行物1発明の内視鏡対物レンズでは,上記のように歪みのない正確なイメージを取得する必要はないため,数値例1及び2に係るレンズによる歪み(歪曲収差)は,周縁部において刊行物1の第3図及び第4図の右上の歪曲収差曲線が示すとおり,いずれも25%程度もの大きな値となっている(甲6)。
なお,非球面を設けることは,刊行物2にも刊行物3にも記載されていない。
(2) 内視鏡対物レンズに非球面を採用して歪曲を改善するようなことをすれば,内視鏡対物レンズの本来の性能が損なわれてしまうのであり,当業者であればそのようなことをするはずがない。すなわち,内視鏡対物レンズは,湾曲した体腔の画像を平面状の固体撮像素子上に結像するように設計されているものであるから,それに歪曲収差の補正をすれば像は歪んで適正な結像ができなくなり,胃腸内の患部を観察し,診断するという内視鏡対物レンズとしての本来の機能が果たせなくなる。
したがって,当業者であればなおさら,内視鏡対物レンズに非球面を採用して歪曲を改善するようなことをするはずがない。
被告の主張の要点
1 取消事由1(相違点5についての判断の誤り)に対して 本願発明は,フィルターとビームスプリッターをLCDパネルとレンズの間に介在させるために,バックフォーカス(レンズからLCDパネルまでの距離)を長くした投射用のレトロフォーカス型レンズであるのに対し,刊行物1発明は,光路変換素子用プリズムやフィルターを固体撮像素子とレンズの間に介在させるために,像側のバックフォーカスを長くした撮影用のレトロフォーカス型レンズである。
ここで,レトロフォーカス型レンズが,撮影レンズの像側のバックフォーカスを長くするため,及び投射レンズの物体側のバックフォーカスを長くするためのいずれの場合にも使用可能であることは,本件出願前周知の事項である(乙1〜4)。
また,審決において周知技術として引用した刊行物2及び刊行物3には,三色のLCD(液晶表示装置)を用いた投射レンズとして長いバックフォーカスと広い画角を有するレトロフォーカス型レンズが用いられることが周知であることが示されている。
してみると,刊行物1に係るレトロフォーカス型レンズは,対物レンズの像側のバックフォーカスを長くするために用いられているものであるが,これを投射レンズの物体側のバックフォーカスを長くするために用いること,すなわち投射装置の投射レンズとして用いることは,レトロフォーカス型レンズが,撮影レンズの像側のバックフォーカスを長くするため,及び投射レンズの物体側のバックフォーカスを長くするためのいずれの場合にも使用可能であること,並びに,レトロフォーカス型レンズが投射装置の投射レンズとして用いられることが周知であることを考慮すれば,当業者であれば容易に想到することできたものである。
さらに,「光の進行方向が逆である」から「転用には明らかな阻害要因がある」との原告の主張については,そもそもレトロフォーカス型レンズは,原告がいう「光の進行方向が逆の場合」にも利用可能であることが本願出願前周知であるから,当業者であれば,刊行物1発明に係るレトロフォーカス型レンズを投射装置の投射レンズに転用することは,容易に着想することができたものである。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)に対して 審決の「相違点3」についての判断では,刊行物1発明に係る内視鏡に用いられるレトロフォーカス型レンズの非球面による収差補正について述べているのではなく,逆に,刊行物1発明には非球面による収差補正に関する記載がないことを認めた上で,一般的なレンズ設計における非球面による収差補正について言及したものである。
そして,通常の投射レンズにおいて,レンズに起因する歪曲収差を補正する必要があること,その歪曲収差の補正のために非球面を設けることは,周知の事項である。
また,レンズユニットのあるレンズに設けられた非球面が主としてそのレンズユニットに由来する像の歪み及び収差を補正することも周知の事項である。
さらに,上述したように,刊行物1発明に係るレトロフォーカス型レンズを用途の異なる投射型レンズに転用することに,何ら困難性はない。
以上から,刊行物1発明に係るレトロフォーカス型レンズを用途の異なる投射レンズに転用する際に,上記周知の事項である歪曲収差の補正のために非球面を設けることは,レンズ設計にかかわる当業者であれば容易に着想することができたものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点5についての判断の誤り)について (1) 原告の主張は,刊行物1発明を投射レンズに転用することに格別の阻害要因が認められない以上,刊行物1発明を投射レンズに転用することは,当業者が容易に想到し得たものというべきであるとした審決の認定,並びに,本願発明の作用効果も刊行物1発明及び上記周知事項から当業者が予想できる範囲のものであるとの審決の認定が誤っているとして,前記第3,1のように述べるものである。
そこで,以下に検討するが,本判決では,本願明細書(甲7)の図1にみられるように,「負のパワーの第一のレンズユニット」の向かって右側に「正のパワーの第二レンズユニット」を配置したものを想定し,この位置関係を前提として,向かってどのように位置するかという意味で,「右」「左」ということとする(上記甲7でも同様の使われ方がされている(段落【0032】等)。)。
(2) 本願発明の属する技術分野における技術常識を確認しておく。
(a) 本件出願の前に公開された刊行物2(甲3)には,次の記載がある。
「〔従来の技術〕まず,第7図に一般的な液晶表示素子に形成された画像をスクリーンに投影するカラー液晶プロジェクションTV受像器の構成図を示す。…投影レンズの最終面から液晶表示素子までの間(バックフォーカス間)に色像合成のための例えばダイクロイツクプリズムの様な光学素子を配置する必要から,長いバックフォーカスを確保しなければならない。また,スクリーンの裏面から投影像を観察する様なリアプロジェクションTV受像器として用いる場合には…大画面を得るために,できるだけ広い画角を得る必要がある。」(1頁右下欄6行〜2頁左上欄5行) (b) 本件出願の前に公開された刊行物3(甲4)には,次の記載がある。
「〔従来の技術〕…3枚の液晶板をB,G,Rの3色光で照明し,液晶板上の映像を投影レンズでスクリーン上に投影して映像を鑑賞するカラー液晶プロジェクションテレビに於てもダイクロプリズムやダイクロミラー等の色合成系が液晶板と投影レンズの間に設けられており,ここでもバックフォーカスの大きなレンズが必要となる。」(2頁左上欄19行〜右上欄15行) なお,上記記載では,直接的記載はないが,液晶板と投影レンズの間の距離を長くするためにバックフォーカスの大きなレンズが必要となることが記載されていることからして,投影レンズの最終面から液晶表示素子までの距離をバックフォーカスというものと解される。
(c) 以上によれば,本件出願前の従来技術として,投射装置のバックフォーカスは,投影(投射)レンズの最終面から液晶表示素子までの距離を意味するものととらえ,投射に使用されるレンズとしては,バックフォーカスの長いものや画角の広いものが望まれていたことが記載されていると認められ,これらの事項は,本件出願当時には,周知であったものと認められる。
(3) 本願発明と刊行物1発明における「バックフォーカス」の意味するところについて検討する。
(3-1) 本願発明における「バックフォーカス」について (a) 本願明細書(甲7,11,12,8)には,次のような記載がある。
【発明が解決しようとする課題】の欄において, 「本発明は,…その目的は 1)レンズからのフォーカス距離が長く(すなわち,図面中の左から右の方向へと進行する光の場合のバック焦点距離が長く),…新規なレンズ構造体を提供することにある。
また,本発明の第二の目的は,画質に優れ,全体的に小型な改良型レンズ装置を使用したLCD投写テレビ装置を提供することにある。」(甲11,段落【0008】) 【作用および効果】の欄において, 「本発明のレトロフォーカス型広角レンズ装置は…図中の左から右方向へと進行する光のバックフォーカス距離を長くしている。」(甲7,段落【0013】) 【実施例】の欄において, 「第二レンズユニットとレンズの右側焦点との間の距離を長くする,すなわち図面の左から右へと進行する光のバック焦点距離を長くし,またレンズを小形のままにしておくため,第一ユニットのパワーを強めるとよい。」(甲7,段落【0022】) 「第1-8図には本発明に係るレンズ装置の構成が複数図示されている。これらの装置のレンズ処方が表1-8にそれぞれ示されている。また,これらの装置の特性が表9および10にまとめられている。上記図面および表において,符号"L"は各レンズを,"S"はレンズ面を,"IS"は画像面を,"G"はレンズユニットまたはグループを示している。」(甲7,段落【0028】) 「図1-8において,光は左から右,…へと伝播するものとする。液晶ディスプレーを使用する投写型TV装置の場合は,反対方向すなわち右から左の方向へと光は進行する。このような装置の場合,第二レンズユニットの右にLCDを配設し,映像スクリーンを第一レンズユニットの左側に配置する。図1,3,5-7では,G2の右側方向に平坦なブロックとしてLCDタイプのディスプレーが模式的に図示されている。」(甲7,段落【0032】) 「図9は本発明に係るLCDライトバルブ投写型TV10の概略図である。図に示されているように,投写型TV10はキャビネット12を備えており,そのフロント面に沿って投写スクリーン14が配設されている。投写画像はモジュール16で形成されている。当該モジュールは,光源と,3枚のLCDパネルと,三枚のパネルからの光を単一ビームに集束するためのダイクロイックビームスプリッターのセットとから構成されている。」(甲7,段落【0034】) また,表10には,「バックフォーカス距離4」との記載があり,その脚注において,「4 図面の左から右方向へと光が進行する場合における第二レンズユニットの最後部側光学面からの距離」との記載がある。
(b) 以上の記載によれば,本願発明における「バックフォーカス」の意味するところは,基本的に,「負のパワーの第一レンズユニット」から「正のパワーの第二レンズユニット」へ,すなわち,図面の左方向から右方向へと光が進行する例で説明されており,その場合には,正のパワーの第二レンズユニットの最後部側光学面からその右側焦点までの距離をバックフォーカスとしていることが認められる。
しかし,前記のように,「液晶ディスプレーを使用する投写型TV装置の場合は,反対方向すなわち右から左の方向へと光は進行する。」とされ,「このような装置の場合,第二レンズユニットの右にLCDを配設し,映像スクリーンを第一レンズユニットの左側に配置する。」とされており,本願発明に係る構成の説明は,この説明が当てはまるものである。このように,投写型の場合には,上記基本的な説明とは,光の進行方向は逆になるのであるが,上記記載に照らせば,バックフォーカスとしては,第二レンズユニットの右にLCDを配設し,その配設された空間におけるレンズからの距離を長くするものとして説明されているものと理解される。
加えて,前判示のように,投射装置のバックフォーカスが投影(投射)レンズの最終面から液晶表示素子までの距離を意味することは本件出願当時周知である。
そうすると,本願発明に係るレトロフォーカス型広角レンズ装置を投射レンズとして使用した場合においても,「正のパワーの第二レンズユニット」の最後部側光学面からその右側のLCD(液晶ディスプレー,液晶表示素子)までの距離をバックフォーカスとし,これを長くとることが記載されているものと認められる。
(3-2) 刊行物1発明における「バックフォーカス」について 刊行物1(甲2)によれば,刊行物1発明に係る内視鏡は,「レトロフォーカス型広角レンズ装置」が,対物レンズとして,物体と固体撮像素子との間に,物体側である左側に「負のパワーの第一レンズユニット」を,その右側に「正のパワーの第二レンズユニット」を配置し,さらに「第二レンズユニット」の右方向に固体撮像素子が位置する構成が開示されていることが認められる。
そして,刊行物1(甲2)の(発明が解決しようとする問題点)の欄には,次のような記載がある。
「本発明は,固体撮影素子に対応して軸上色収差並びに倍率色収差を良好に補正するとともに,対物レンズの像側空間にプリズムやフィルター等を配設可能なように,対物レンズの合成焦点距離に比べて十分長いバックフォーカスを有する内視鏡用対物レンズを提供することを目的とするものである。」(2頁右上欄12〜18行) これらによれば,刊行物1発明に係る内視鏡は,上記「レトロフォーカス型広角レンズ装置」の像側空間(固体撮影素子側),つまり「正のパワーの第二レンズユニット」の右側の空間にプリズムやフィルターを配設可能にするために,対物レンズのバックフォーカスを長くするものであると認められる。
(3-3) 以上によれば,本願発明に係るレトロフォーカス型広角投射レンズ装置のバックフォーカスと刊行物1発明係る内視鏡のバックフォーカスとは,いずれも「正のパワーの第二レンズユニット」の右側のものを意味するものと認められる。
(4) 以上をふまえて,相違点5についての審決の判断の当否を検討する。
(a) 前判示のとおり,本件出願当時,投射に使用されるレンズとしてバックフォーカスの長いものや画角の広いものが望まれていたことは,周知であった。
したがって,審決が「投射レンズとして長いバックフォーカスと広い画角を有するものが好ましいということは,従来周知の事項である。」とした認定は,相当である。
(b) 次に,刊行物2(甲3)の〔従来の技術〕の欄に,「バックフォーカスの長い広角レンズとしては…レトロフォーカス型レンズが知られている。」(2頁左上欄6〜9行)と記載され,刊行物3(甲4)の〔従来の技術〕の欄にも「バックフォーカスが大きなレンズとしてレトロフォーカス型レンズが従来知られている。」(2頁右上欄16〜17行)との記載があることに照らせば,レトロフォーカス型レンズのバックフォーカスが長いことは,本件出願当時周知であったものと認められる。
また,刊行物1(甲2)によれば,刊行物1発明として「レトロフォーカス型広角レンズ装置」であることを認めることができる(審決が,本願発明と刊行物1発明との一致点として認定するところであり,原告もこの認定は争わない。)。
さらに,広角レンズは広い画角を有することは技術常識である。
そうすると,審決が,刊行物1発明について,「刊行物1発明はレトロフォーカス(広画角)対物レンズであり,また,…刊行物1発明が長いバックフォーカスを有するものであることは明らかである。」とした認定は,是認し得るものである。
(c) そして,前判示の各周知技術を認識する当業者であれば,投射レンズとして長いバックフォーカスを有するものが好ましいという周知の技術課題を解決するために,長いバックフォーカスを有する刊行物1発明に係るレトロフォーカス型広角レンズ装置を投射レンズとして使用し,本願発明の相違点5に係る構成とすることに格別の困難性は見出せず,その構成を容易に想到し得たものというべきである。
また,刊行物1発明に係るレトロフォーカス型広角レンズ装置を投射レンズとして利用することにより,格別の作用効果が生じるとも認められない。
そうすると,審決が,相違点5について,「刊行物1発明を投射レンズに転用することは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。そして,本願発明の作用効果も,刊行物1に記載された発明,及び上記周知事項から当業者が予想できる範囲のものである。」とした認定判断は,是認し得るものであって,誤りはない。
(5) 原告は,前記第3,1のように主張する。
(a) 原告の主張のうち,本願発明の投射レンズと刊行物1発明の対物レンズとは,光の進行方向が逆であって,前者に後者を転用することは当業者であれば想到し得るはずがないという点について検討する。
まず,審決は,内視鏡の対物レンズをそのまま投射レンズとして使用することの容易想到性を判断しているわけではなく,審決が本願発明と刊行物1発明との一致点として認定した程度に抽象化された「レトロフォーカス型広角レンズ装置」の用途を投射用とすることの容易想到性を判断しているものと解される。
そして,「レトロフォーカス型広角レンズ装置」は,光が「負のパワーの第一レンズユニット」から入射しても,「正のパワーの第二レンズユニット」から入射しても,入射した光に屈折作用を及ぼすことは明らかであって,光の進行方向を逆にしても光に屈折作用を及ぼして,レンズとしての機能を奏するものといえる。
そうすると,本願発明に係るレトロフォーカス型広角投射レンズ装置と刊行物1発明の内視鏡対物レンズとでは,レンズにおける光の進行方向が逆であるとしても,「レトロフォーカス型広角レンズ装置」の具体的用途の相違に基づくものであって,刊行物1発明から認定し得る「レトロフォーカス型広角レンズ装置」のレンズとしての機能を制限するものではないから,前記「レトロフォーカス型広角レンズ装置」を投射レンズに転用することの阻害要因となるものとはいえない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(b) 次に,原告は,内視鏡対物レンズと投射レンズとは,大きさが全く異なるばかりでなく,投射レンズが平面状の物体(液晶画像面)を平面状のスクリーンに投射するものであるのに対し,内視鏡対物レンズは円筒状の物体(胃や腸などの内壁)の内側に湾曲した内面を微小な平面状の固体撮像素子に結像するものであって,レンズ設計上要求される仕様は全く異なるものであるから,もし内視鏡対物レンズをそのまま投射レンズに使用すれば,結像する画像は,歪んだものとなり,使い物にならないとも主張する。
しかし,そもそも,審決は,内視鏡の対物レンズをそのまま投射レンズとして使用することとして容易想到性を判断しているのではないことは,前記のとおりであり,原告の主張は,審決を正解しないで非難するものであって,失当である。
さらに,内視鏡対物レンズと投射レンズとの間に,原告が指摘する大きさやレンズ設計上要求される仕様の相違が存在するとしても,それらは,内視鏡対物レンズと投射レンズの用途の相違に基づく具体的構成の相違をいうものにとどまり,審決が本願発明と刊行物1発明の一致点として認定した程度に抽象化された「レトロフォーカス型広角レンズ装置」の用途を投射用とすることの容易想到性についての前記の判断を覆し得るものはないから,刊行物1発明に係る「レトロフォーカス型広角レンズ装置」を投射レンズに転用するについての阻害要因とはいえない。
(c) 原告は,被告が援用する乙1〜4に関する主張もするので,検討しておく。
乙4に「負の屈折力の前群と正の屈折力の後群の2つのレンズ群より構成した,所謂逆望遠型(レトロフォーカス型)のバックフォーカスの長いレンズ系」(2頁左上欄4〜7行)と記載されているように,「レトロフォーカス型」は,レンズ系を構成する正レンズと負レンズの配置を意味するものであって,原告が指摘するような本願発明の構成を備えているか否かや視野角の大きさの点は,乙1〜4にレトロフォーカス型レンズについて記載されていること自体を否定するものではない。
原告が指摘する点は,乙1〜4から,レトロフォーカス型レンズを投射用レンズとして使用することが本件出願当時周知であったと認定することを左右し得るものではない。
また,乙1〜4に記載のレンズが投射レンズとして有用であるか否かは,レンズ性能に関する事項にとどまり,上記周知事項の認定を左右するものではない。
(d) 原告の前記第3,1の主張のうちその余の点も,既に判示したところに照らし,いずれも採用の限りではない。
(6) 原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(相違点3についての判断の誤り)について (1) 一般に,非球面を採用することにより,レンズ系の特性を改善することは,レンズ設計の分野では広く慣用されている事項であり(この点は,原告も第2回準備書面4頁において認めている。),また,非球面は,レンズ系中のあるレンズ面(球面)において発生する収差を低減すべく設けられるものであって,各レンズユニットで発生する収差が「レトロフォーカス型広角レンズ装置」全体の収差に寄与していることは明らかである(乙5,6,弁論の全趣旨)。
したがって,当業者であれば,レンズの用途,つまりレンズが結像対象とする物体やその目的に応じて,レンズに非球面を施すか否かを当然に選択するものというべきであるから,刊行物1発明に係る「レトロフォーカス型広角レンズ装置」に非球面を採用することは,当業者が必要に応じて容易になし得る事項であり,また,その採用に当たり,本願発明の相違点3に係る「第一レンズユニットが,主として該第一レンズユニットに由来する像の歪みおよび収差を補正するための非球面を含んでおり,第二レンズユニットが,主として該第二レンズユニットに由来する像の歪みおよび収差を補正するための非球面を含んでいる」構成とすることは,当業者が必要に応じて容易になし得る設計事項にすぎないというべきである。
そうすると,審決における相違点3についての認定判断は,「第一レンズユニットの非球面が,主として第一レンズユニットに由来する像の歪みおよび収差を補正し,第二レンズユニットの非球面が,主として第二レンズユニットに由来する像の歪みおよび収差を補正し,全体として像の歪みおよび収差補正された像を得るようにすること…その点に格別の技術的意義は認められない。」とした点において,誤りはない。 (2) この点につき,原告は,前記第3,2のとおり主張する。
(a) しかし,そもそも,審決は,内視鏡の対物レンズをそのまま投射レンズとして使用するものとして容易想到性を判断しているのではなく,審決が本願発明と刊行物1発明との一致点として認定した程度に抽象化された「レトロフォーカス型広角レンズ装置」の用途を投射用とすることの容易想到性を相違点5として別途認定判断し,上記「レトロフォーカス型広角レンズ装置」に非球面を採用し,本願発明の相違点3に係る構成とすることの容易想到性について認定判断しているものである。よって,原告の主張は,審決を正解しないものであって,採用し得ない。
(b) そして,原告の主張のうち,内視鏡対物レンズと投射レンズにおける収差補正の重要性の相違や,本願発明の実施例1,3,5〜7の収差と,刊行物1発明に係る内視鏡対物レンズの数値例1及び2の収差との相違をいう点も,前記「レトロフォーカス型広角レンズ装置」の具体的用途の相違に基づくものにとどまり,しかも,当業者であれば,レンズの用途に応じてレンズに非球面を施すか否かを当然に選択するものというべきであるから,原告の主張する点は,前記「レトロフォーカス型広角レンズ装置」に非球面を採用し,本願発明の相違点3に係る構成とすることの容易想到性についての前記判断を否定し得るものではない。
(c) 原告は,内視鏡対物レンズに非球面を採用して歪曲を改善すると,内視鏡対物レンズとしての本来の性能が損なわれてしまうとも主張する。
しかしながら,内視鏡対物レンズと投射レンズとの間に,原告が指摘する収差補正の必要性についての相違が存在するとしても,これらは,内視鏡対物レンズと投射レンズの用途に起因した相違をいうものにとどまり,刊行物1発明に係る「レトロフォーカス型広角レンズ装置」に非球面を施すことの阻害要因となるものではないというべきである。
(d) 原告の前記第3,2の主張のうちその余の点も,既に判示したところに照らし,いずれも採用の限りではない。
(3) 原告主張の取消事由2は,理由がない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 清水知恵子